Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

ガブリエル・ガルシア=マルケス

本「誘拐の知らせ  Gabriel Garcia Marquez: “Noticia de un secuestro”, 1996. (ちくま文庫)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、旦敬介 訳5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
誘拐の知らせ (ちくま文庫)
誘拐の知らせ  Gabriel García Márquez: “Noticia de un secuestro”, 1996. (ちくま文庫)

○著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス旦敬介
○出版: 筑摩書房 (2010/11, 文庫 427ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4480427649
クチコミを見る



さいきんの日本では、誘拐事件を目耳にしないような気がしているんだけど、もしかしたら表に出る機会がニュースになるような機会が表出していないだけで世間(マスメディア?!)に認知されていないだけで、じつは行方不明者って人知れず少なからずいるのかもしれない。すこし前までは、ぼくが記憶しているかぎりでときどき、身代金目的の誘拐みたいな事件がニュースになって世間を騒がせて、しかし犯罪としての成功率は著しく低くって(割に合わない、成功しない、逃げ切れない)、でもときどき誘拐事件はあった、表立って誘拐事件は起こっていた(過去形)。
さて、「文庫版のための追記」にあって、訳者によると、その後のコロンビアの状況は、大きく改善していないどころか、ひどくなっているとも言える、とある。いいとか悪いとか優劣とか、カンタンに言いえるものでもないような、複雑な、歴史的背景やら社会構造やら、なんなんだろう、どうなんだろう



南米コロンビアで起こったある誘拐事件。やがて、事件は政府・マスコミの要人を狙って麻薬密輸組織が起こした、十件もの誘拐事件の一端であったことが判明する。連続誘拐事件を繋ぐ一本の糸とは? その背後で繰り広げられる、麻薬密輸組織と政府当局の凄惨な争いの結末は? ノーベル賞作家の著者が、綿密な取材をもとに現代コロンビア社会の暗部をえぐったノンフィクション。


≪目次: ≫
謝辞 (G・G・M カタルヘーナ・デ・インディアス 一九九六年五月)
誘拐の知らせ Noticia de un secuestro, 1996.

訳者あとがき (一九九七年十一月一日  旦 敬介)
文庫版のための追記 (二〇一〇年九月二十四日  旦 敬介)


※この作品は一九九七年十二月、角川春樹事務所より『誘拐』の題名で刊行されました。


≪著者: ≫ ガブリエル・ガルシア=マルケス (Gabriel García Márquez) 1928年、コロンビアに生まれる。ボゴタ大学中退後新聞記者となり、ヨーロッパ、ベネズエラなどでジャーナリストとして活動。そのかたわら小説を執筆し、1955年、処女短篇集『落葉』を出版。1967年発表の『百年の孤独』で世界的に評価される。1982年ノーベル文学賞受賞。主な作品に『族長の秋』『エレンディラ』などがある。

[訳者] 旦敬介 (だん・けいすけ) 1959年、東京都出身。東京大学教養学科卒業。作家、翻訳家、明治大学国際日本学部教授。著書に『逃亡篇』『ライティング・マシーン』、訳書にガルシア=マルケス『幸福な無名時代』『生きて、語り伝える』、ゴイティソーロ『戦いの後の光景』、ソル・ファナ『知への讃歌』などがある。

生きて、語り伝える  Vivir para contarla, 2002.』(ガルシア=マルケス自伝、新潮社、旦敬介訳、2009年) '09/12/22
エレンディラ  La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada, 1978.』(ちくま文庫、鼓直/木村榮一訳、1988年) '08/09/01
幸福な無名時代  OBRA PERIODISTICA, VOLUMEN Ⅵ :DE EUROPIA Y AMERICA Ⅱ, 1955-1960.』(ちくま文庫、旦敬介訳、1995年) '08/08/23
予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語  Crónica de una muerte anunciada, 1981 / Doce cuentos peregrinos, 1992.』(ガルシア=マルケス全小説 1976-1992、新潮社、野谷文昭/旦敬介訳、2008年) '08/05/11
迷宮の将軍  El general en su laberinto, 1989.』(ガルシア=マルケス全小説 1989、新潮社、木村榮一訳、2007年) '07/12/12
愛その他の悪霊について  Del amor y otros demonios, 1994.』(ガルシア=マルケス全小説 1994、新潮社、旦敬介訳、2007年) '07/10/03
悪い時 他9篇  La mala hora, 1962, y otros 9 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1958-1962、新潮社、高見英一/内田吉彦/安藤哲行他訳、2007年) '07/08/19
族長の秋 他6篇  El otoño del patriarca, 1975, y otros 9 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1968-1975、新潮社、鼓直/木村榮一訳、2007年) '07/06/08
予告された殺人の記録  Crónica de una muerte anunciada, 1981.』(新潮文庫、野谷文昭訳、1997年) '07/05/11
物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ教室  Cómo se cuenta un cuento, 1996.』(岩波書店、木村榮一訳、2002年) '07/04/23
コレラの時代の愛  El amor en los tiempos del cólera, 1985.』(ガルシア=マルケス全小説 1985、新潮社、木村榮一訳、2006年) '07/04/04
落葉 他12篇  La hojarasca, 1955, y otros 12 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1947-1955、新潮社、高見英一/桑名一博/井上義一訳、2007年) '07/03/10
百年の孤独  Cien años de soledad, 1967.』(ガルシア=マルケス全小説 1967、新潮社、鼓直訳、2006年) '07/02/06)
わが悲しき娼婦たちの思い出  Memorias de mis putas tristes, 2004.』(ガルシア=マルケス全小説 2004、新潮社、木村榮一訳、2006年) '06/12/29

ソル・フアナ 『知への賛歌 修道女フアナの手紙』(旦敬介訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '08/08/25





人気ブログランキングへ


2010; 440 (12-36,11-35,10-38,9-36,8-35,7-42,6-33,5-35,4-37,3-38,2-34,1-41).


本「生きて、語り伝える  Gabriel García Márquez:“Vivir para contarla” 2002. (ガルシア=マルケス自伝)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、旦敬介/訳5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
生きて、語り伝える
生きて、語り伝える  Gabriel García Márquez:“Vivir para contarla” 2002. (ガルシア=マルケス自伝)

○著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス旦敬介
○出版: 新潮社 (2009/10, 単行本 676ページ)
○価格: 3,780円
○ISBN: 978-4105090180
クチコミを見る



来年明けて早々に40歳を迎えるぼくは、まだまだひよっこ(未熟者)であることを少なからず自覚していながらも、こと仕事の場面などでは、年若い営業スタッフからの相談に、それなりの回答をしたい(越権行為?!)、などと目論んでいたりなんかして(無自覚!?)、まぁ、なんだかんだと15年くらい同じ仕事を続けていれば、それなりにいろいろな経験の蓄積のなかから、問題解決の糸口というのか、なにが問題であり問題ではないのか、なにを問題とすべきであり、また問題とすべきではないことはなにか、みずからの経験と照らし合わせるには、などと。ところが、かつて同じような問題を抱えて右往左往していたぼくがどうであったかを考えるには、まずは他人に相談することが苦手であったのだけれども、好く言えば一所懸命、ぶっちゃけ近視眼的に、なにをどうしていいものやら、トンチンカン。それでも、どうにかこうにか表面的な形だけを整えることにのみ腐心して(それも経験、失敗してこそ体で覚える)。すでに発生してしまっている問題を目前にして、なかなか冷静ではいられない状況は、手に取るように(わからないものでもない)。ところで、当事者にあらざるぼくは現場の状況がわからないから、まずは、いくつかの質問を投げかけて状況の整理を図るところから。
さて、どこまで遡って、どこからなにから話を語り始めよう♪


Vivir para contarlaVivir para contarla
著者: Gabriel García Márquez
出版: Knopf (2002/11、スペイン語)
ISBN: 978-1400041060
クチコミを見る


≪著者: ≫ ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel García Márquez 1927年コロンビアの小さな町アラカタカに生まれる。ボゴタ大学法学部中退。自由派の新聞「エル・エスペクタドル」の記者となり、1955年初めてヨーロッパを訪れ、ジュネーブ、ローマ、パリと各地を転々とする。1955年処女作『落葉』を出版。1959 年、カストロ政権の機関紙の編集に携わり健筆をふるう。1967年『百年の孤独』を発表、空前のベストセラーとなる。以後『族長の秋』(1975年)、『予告された殺人の記録』(1981年)、『コレラの時代の愛』(1985年)、『迷宮の将軍』(1989年)、『十二の遍歴の物語』(1992年)、『愛その他の悪霊について』(1994年)など次々と意欲作を刊行。1982年度ノーベル文学賞を受賞。

[訳者] 旦 敬介 (だん けいすけ, 1959- ) 明治大学国際日本学部准教授

エレンディラ  La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada, 1978.』(ちくま文庫、鼓直/木村榮一訳、1988年) '08/09/01
幸福な無名時代  OBRA PERIODISTICA, VOLUMEN :DE EUROPIA Y AMERICA , 1955-1960.』(ちくま文庫、旦敬介訳、1995年) '08/08/23
予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語  Crónica de una muerte anunciada, 1981 / Doce cuentos peregrinos, 1992.』(ガルシア=マルケス全小説 1976-1992、新潮社、野谷文昭/旦敬介訳、2008年) '08/05/11
迷宮の将軍  El general en su laberinto, 1989.』(ガルシア=マルケス全小説 1989、新潮社、木村榮一訳、2007年) '07/12/12
愛その他の悪霊について  Del amor y otros demonios, 1994.』(ガルシア=マルケス全小説 1994、新潮社、旦敬介訳、2007年) '07/10/03
悪い時 他9篇  La mala hora, 1962, y otros 9 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1958-1962、新潮社、高見英一/内田吉彦/安藤哲行他訳、2007年) '07/08/19
族長の秋 他6篇  El otoño del patriarca, 1975, y otros 9 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1968-1975、新潮社、鼓直/木村榮一訳、2007年) '07/06/08
予告された殺人の記録  Crónica de una muerte anunciada, 1981.』(新潮文庫、野谷文昭訳、1997年) '07/05/11
物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ教室  Cómo se cuenta un cuento, 1996.』(岩波書店、木村榮一訳、2002年) '07/04/23
コレラの時代の愛  El amor en los tiempos del cólera, 1985.』(ガルシア=マルケス全小説 1985、新潮社、木村榮一訳、2006年) '07/04/04
落葉 他12篇  La hojarasca, 1955, y otros 12 cuentos.』(ガルシア=マルケス全小説 1947-1955、新潮社、高見英一/桑名一博/井上義一訳、2007年) '07/03/10
百年の孤独  Cien años de soledad, 1967.』(ガルシア=マルケス全小説 1967、新潮社、鼓直訳、2006年) '07/02/06)
わが悲しき娼婦たちの思い出  Memorias de mis putas tristes, 2004.』(ガルシア=マルケス全小説 2004、新潮社、木村榮一訳、2006年) '06/12/29

ソル・フアナ 『知への賛歌 修道女フアナの手紙』(旦敬介訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '08/08/25







人気ブログランキングへ

本「エレンディラ   LA INCREÍBLE Y TRISTE HISTORIA DE LA CÁNDIDA WRÉNDIRA Y DE SU ABUELA DESALMADA by Gabriel José García Márquez (ちくま文庫)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、鼓直・木村榮一 訳5


エレンディラ   LA INCREÍBLE Y TRISTE HISTORIA DE LA CÁNDIDA WRÉNDIRA Y DE SU ABUELA DESALMADA by Gabriel José García Márquez (ちくま文庫)

○著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス鼓直木村榮一
○出版: 筑摩書房 (1988/12,文庫 205ページ)
○価格: 567円
≫Amazon


雨が降りだして三日目、家のなかで殺した蟹の山のような死骸の始末に困って、ペラーショは水びたしの中庭を越え、浜へ捨てに出かけた。昨晩、赤ん坊が夜っぴて高熱に苦しんだが、その悪臭が原因だと思われたからだ。火曜日から陰気な毎日が続いている。空も海も灰色のひと色、三月になれば火の粉のようにきらきら光る砂の海岸までが、腐った貝まじりの泥のスープに成り下がっていた。蟹の死骸を捨て終わってわが家へ引き返そうとしたペラーヨは、何やら中庭の奥で蠢きながら呻いているものがあることに気づいたが、真っ昼間だというのに乏しい光線のせいだろう、容易にその正体が突き止められなかった。間近に寄って初めて分かったが、それはひどく年取った男で、ぬかるみにうつぶせに倒れ、もがけばもがくほど大きな翼が邪魔になって、立ち上がることができずにいた。 (P.8、「大きな翼のある、ひどく年取った男」)



≪目次: ≫
大きな翼のある、ひどく年取った男
 ――Un señor muy viejo con unas alas enormes(鼓直訳)
失われた時の海
 ――El mar del tiempo perdido(木村榮一訳)
この世でいちばん美しい水死人
 ――El ahogado más hermoso del mundo(木村榮一訳)
愛の彼方の変わることなき死
 ――Muerte constante más allá del amor(木村榮一訳)
幽霊船の最後の航海
 ――El último viaje del buque fantasma(鼓直訳)
奇跡の行商人、善人のブラカマン
 ――Blacamán el bueno vendedor de milagros(木村榮一訳)
無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語
 ――La increíble y triste historia de la cándida Eréndira y de su abuela desalmada(鼓直訳)
訳者あとがき/木村榮一


≪著者: ≫ ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel José García Márquez 1928年、コロンビアのアラカタカに生まれる。新聞記者を経て小説家となる。1982年ノーベル文学賞受賞。主な著書に『百年の孤独』『族長の秋』『予告された殺人の記録』『コレラの時代の愛』などがある。

[訳者] 鼓直 Tudumi tadashi 1930年、韓国の馬山に生まれる。法政大学教授(当時。2000年に退職。名誉教授)。主な訳書に『百年の孤独』『族長の秋』『ブエノスアイレス事件』などがある。 

[訳者] 木村榮一 Kimura Eiichi 1943年、大阪市に生まれる。神戸市外国語大学教授(2005年より学長)。主な訳書に『緑の家』『遊戯の終り』『ボルヘス、オラル』などがある。


Cosmos sulphureus




本「幸福な無名時代 OBRA PERIODISTICA , VOLUMEN :DE EUROPIA Y AMERICA 供1955-1960  Gabriel García Márquez (ちくま文庫)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、旦敬介 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!
本「幸福な無名時代」ガルシア・マルケス
幸福な無名時代 OBRA PERIODISTICA , VOLUMEN :DE EUROPIA Y AMERICA 供1955-1960  Gabriel García Márquez (ちくま文庫)

○著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス、旦敬介 訳
○出版: 筑摩書房 (1995/3,文庫 209ページ)
○価格: 735円
≫Amazon


なるほど、スペイン語世界に流通している「私が幸福で無名だったころ」ないしは「私が幸福で無知だったころ」という意味の題名をもっている本(Cuando era feliz e indocumentado 1973 ?!)と同一ではないと“あとがき”に説明される本書『幸福な無名時代』は、翻訳の底本として『ジャーナリズム作品全集』第六巻『ヨーロッパとアメリカ大陸から 第二集 (1955-1960)』を使い、そのなかから三分の一ほどを選んで訳出。
描かれるのは、1958年、激動のベネズエラの首都カラカス、六年間続いたペレス・ヒメネス将軍の独裁政権が崩壊し、民主政権への移行により謳歌される自由の一方で、たえずクーデターの噂が飛びかう不安な政治社会情勢、ルポルタージュ。それでも、検閲や公安警察の監視からの解放は、1955年7月以来およそ2年半にわたり駆けずりまわったヨーロッパ(旧大陸)遍歴――スイス、ジュネーブ、ヴェネツィア、ウイーン、ローマ、フランス、東ドイツ、ハンガリー、ソビエト連邦――は、一年に満たずして特派員(記者)としての職務が途切れて、その後に、金も仕事もなく(時間ばかりがあった)、定住することもなく移動し続けた経験があったからこそ、生み出された小説の方法での作品たち♪


≪目次: ≫
市民が通りを埋めた日
(『モメント』誌 1958年1月24日号 ,プリオニ・アプレヨ・メンドーサと共同執筆)
戦う聖職者
ミサに行かない内務大臣。しかし説教の内容は知っていた。/一時間半のうちにエルナンデス神父は反政府活動家になった。/カテドラルにビラの雨。公安警察は機会をうかがう。/五人の聖職者を投獄。政府は崩壊の道を走りはじめる。/縦横無尽の活動家、アルバレス神父。/蹂躙された教会のなかでは負傷した司祭が助けを待っていた……
(『モメント』誌 1958年2月7日号)
命の猶予は十二時間
午前六時、キッチンに犬の死体/十二時、テレビのSOS/「月曜日では遅すぎる」/最後に一分、七度五分の熱
(『モメント』誌 1958年3月14日号)
杭につながれて四年
すべてが怖ろしかった。インディオの娘たちの愛撫までが。/鸚鵡がダイヤモンドを食べる街で空腹と戦う。
(『モメント』誌 1958年1月10日号)
潜伏からの帰還
完璧な脱獄のためには、女が七時半に来なくてはならない。/四台の車を乗りついで一番安全なアジト、日常生活へ。/「あのかわいそうなケリーさんと会ったら……」
(『モメント』誌 1958年1月24日号)
さよならベネズエラ
五千人の失業者。返事はひとつ、「もう繰り延べは認めない」/第二世代が作ったアメリカ大陸。/独裁が犯したもうひとつのいんちき、「門戸開放」政策。/ガリャルディ最後の手管。/すべての移民が去るわけではない。
(『モメント』誌 1958年2月28日号)
七つの死――真相を追って
カラカス在住シチリア人の怯え。どうして死が追ってくるのか、誰にもわからない。/「ダイナマイトの上はあぶないぞ」公安警察の声が取材をストップ。/「きみらが殺すべき人物その名はペレス・ヒメネスだ」/ローマ靴屋のパーティを二十人の隊員が監視する。
(『モメント』誌 1958年5月16日号)
1958年6月6日、干上がったカラカス
もしあした雨が降ったら、このルポルタージュは嘘だったということになる。六月に入ってまだ雨が降らなかったときに読んでみること。/異変の最初の兆候――庭に水をやる婦人。/通りで鼠が渇き死ぬ。政府は冷静な行動を呼びかける。/ロス・テケスへの脱出。日射病で死んでいく市民。/完全な沈黙。最後の瞬間まであと一分。
(『モメント』誌 1958年4月11日号)
ベネズエラは犠牲を払うに値する
数字で見る現実/十五万の会社役員作戦/実名において
(『ベネスエラ・グラフィカ』誌 1958年8月15日号)
ベネズエラを揺さぶった七十二時間
最後の夜が明けた/第二ラウンドは将軍の負け/おいしいテレビ朝食/陰謀の七騎士
(『ベネスエラ・グラフィカ』誌 1958年8月1日号)
続七十二時間・憶測の彼方で議長は一服
人はいかにして大統領候補になるか/口を閉ざして……/イエス……か……ノーか?
(『ベネスエラ・グラフィカ』誌 1958年8月8日号)
貧困のなかの楽園
(『ベネスエラ・グラフィカ』誌 1958年7月25日号)
セネガルの譲渡
十時四十五分、ひとりの男がおずおずと声をあげた――「七万ボリーバルだ」/出走十五回にして無敗/謎――独裁政権の馬はいつも勝つ。
(『モメント』誌 1958年5月2日号)

訳者あとがき/旦敬介
文庫版あとがき/旦敬介


≪著者: ≫ ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel García Márquez 1928年、コロンビアに生まれる。18歳で新聞記者となり、ヨーロッパ、ベネズエラなどでジャーナリストとして活動。後、メキシコで創作に精進。『百年の孤独』で作家の地位を確立。1982年ノーベル文学賞受賞。主な作品に『族長の秋』『エレンディラ』などがある。

≪訳者: ≫ 旦敬介 Dan Keisuke 1959年、東京生まれ。東京大学教養学科フランス科卒業。同大学院総合文化研究科修士課程中退。専攻、ラテンアメリカ文学。明治大学助教授。著書に『ラテンアメリカ文学案内』(共著、冬樹社)、訳書にバルガス=リョサ『世界終末戦争』(新潮社)がある。


肌色♪




本「予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語 (ガルシア=マルケス全小説)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、野谷文昭,旦敬介 訳5

予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語 (ガルシア=マルケス全小説) Crónica de una muerte anunciada , Doce cuentos peregrinos ; Obras de García Márquez | 1976-1992
著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス、野谷文昭,旦敬介 訳
単行本: 349ページ
出版社: 新潮社 (2008/01)




新潮社の季刊誌「考える人 2008年春号」が特集『海外の長篇小説ベスト100』を組んでいて、さまざまなジャンルの著名な書き手 総勢129名からのアンケート集計の結果、第一位は“ガブリエル・ガルシア=マルケス (Gabriel José García Márquez,1928- )”『百年の孤独 Cien años de soledad 1967』であった。
新潮社からは、2006年9月より『ガルシア・マルケス全小説 Obras de García Márquez』シリーズがスタート(本作にて2008年1月に全9巻を完結)しているので、少なからぬその影響を否定できないのであろうけれども、129名中37名(2位は25名)が投票し、合計207ポイント(2位は163)を獲得した集計の結果として、素直に讃えたい。
本作 『予告された殺人事件の記録 Crónica de una muerte anunciada 1981』においても、2名の投票による17ポイントを獲得して、第83位にランクイン。


基本的にぼくは理解能力に劣るので、なかなかに内容の深い理解にまで及ばない。日々読書に勤しむことによって、何となく習得した(と思われる?!)速読をしても、精読をしたとしても、どちらも深い理解に至らないことには相違がないようであり(哀しい現実)、であるならば、数量で質を補うしかない。
可笑しなことに最近は、ゆっくり読むと雑念に頭が占められてしまう。ぐぅわぁ〜っと目(視覚)も頭(脳)もフル回転させている状態が、感覚機能の低下を防ぎ、記憶が活発に機能する。時折、ピンとくる瞬間があって、とりあえず次々と付箋を貼り付けていくんだけれども、どんなに頑張ったとしても、著作のすべてを記憶することは不可能であり、重要な個所であったとしてもモレが生じることを避けられない。その時々の精神状態にだって大きく左右されようから。そう考えるに、ますますモレた箇所については、その時点において不必要な項目であり、必要がないから着目することなくモレたのであって、結果的に着目した箇所が必要とされる項目だったのであろう。


「予告された殺人の記録」は、実際に30年前に身内で起こった殺人事件をベースに描かれた物語。

特別付録「ラテンアメリカの孤独」に、ラテンアメリカと、“ガブリエル・ガルシア=マルケス”の在り方に思いを馳せる。
最初の世界周航に赴くマゼランに同行したフィレンツェ生まれの航海者ですけれども、アントニオ・ピガフェッタという男が、南アメリカを通過したさい、極めて精細でありながら、同時に突拍子もない妄想という印象を与える、一冊の記録を書き残しました。そのなかで彼は、背中にへそのある豚や、雌が雄の背中の上で卵を抱いている、肢のない鳥や、スプーンそっくりのくちばしをした、舌のない、鰹鳥まがいの別種の鳥などを見た、と語っています。また、騾馬の頭と耳に駱駝の胴をそなえ、脚は鹿のもの、いななきは馬そっくりという動物の仔を見た、と語っています。さらに、パタゴニア地方で出くわした最初の原住民の眼の前に一枚の鏡を置いたところ、いきり立っていたこの巨人は、自分の姿に怯えて気を失った、と語っています。
今日のラテンアメリカ小説の萌芽が早くもそこに見られるのですが、しかしこの簡潔でしかも魅力に富んだ書物が、当時のラテンアメリカの現実についての最も驚くべき証言というわけでは決してありません。(中略)
スペインの支配からの脱却も、われわれを狂気から解放することはできませんでした。(中略)

ラテンアメリカは、意志というものを持たないチェスの駒であることを望んではいません。そのようなものである理由もないのです。ラテンアメリカの独立と独創性への希求が西欧の願望するところのものと一致したとしても、少しも不思議ではないのです。とは言うものの、われわれのアメリカ大陸とヨーロッパを隔てる長い距離を短縮した航海術の進歩は、その一方で逆に、われわれの文化的疎隔を深めたような気がいたします。(中略)結構有益だった自分たちの若げの過ちを忘れた老人の幼児退行とでも言いますか、世界を支配する二大強国の言いなりになって生きること以外に道はない、と信じているかのようです。これこそが、友人の皆さん、われわれの孤独のスケールなのです。
しかし、抑圧や収奪、遺棄に対するわれわれの応えは、生命力そのものであります。洪水も悪疫も、飢餓も天災も、永遠に続くと思われる戦乱でさえも、死に対する生の圧倒的優位をくつがえすことはできませんでした。この優位の幅は、ますます大きくなりつつあるのです。(後略)
  (P.315-P.321)


≪目次: ≫
 予告された殺人の記録
    Crónica de una muerte anunciada, 1981
 十二の遍歴の物語
    Doce cuentos peregrinos, 1992
   諸言 (1992.4)
    −なぜ十二なのか なぜ短篇なのか なぜ遍歴なのか
   大統領閣下、よいお旅を (1979.6)
   聖女 (1981.8)
   眠れる美女の飛行 (1982.6)
   私の夢、貸します (1980.3)
   「電話をかけに来ただけなのに」 (1978.4)
   八月の亡霊 (1980.10)
   悦楽のマリア (1979.5)
   毒を盛られた十七人のイギリス人 (1980.4)
   トラモンターナ (1982.1)
   ミセス・フォーブスの幸福な夏 (1976)
   光は水のよう (1978.12)
   雪の上に落ちたお前の血の跡 (1976)
 特別付録 ラテンアメリカの孤独
      −1982年度ノーベル文学賞受賞講演
    La soledad de America Latine, 1982


赤い薔薇♪
Powered by PICS





本「迷宮の将軍  El general en su laberinto 1989」ガブリエル・ガルシア=マルケス、木村栄一 訳5


迷宮の将軍  El general en su laberinto 1989
著者: ガルシア・ガブリエル=マルケス
訳者: 木村榮一
単行本: 363ページ
出版社: 新潮社 (2007/10)




僕は何故に生きているのか?!
何故に生きていかなくっちゃいけないの?、僕なんか居なくったって何も変わらないし、居なくて困っちゃうことなど何もない。辛くて苦しく哀しいことばっかりで、何をどうしていいのやら、、、込み上げる想いに涙が溢れそうになっても、泣くことだってエネルギーが必要とされるんだね、重く垂れ籠める無力感。いっそのこと、涙が枯れるまで泣き尽くしたら、泣き尽くすことができるのならば、心の痛みが少しは軽くなれるのかもしれないね、などと考えながらも、それには僕は少し年を取り過ぎていて、余計な経験をしちゃったみたい、なのかもしれない?!、、、2007年12月12日14時58分。
時間は、書き記されちゃうとただの文字列による記号でしかなくって、刻々と経過する時の流れの中においては””でしかない。なるほど、点とは”空間における正確な位置のみを定義する概念”(Wikipediaより)とある。特別な意味を成さない。
正直、な〜んにもしたくない、何も考えたくない、ず〜っとひとりで殻に閉じ籠っていじけていたい、云々、、何だかんだと言いながらも、生きていくことを自ら選択しちゃう僕にはこれしかないから書き記す。書き記したいから、本を読む、読むしかないんだよ、自分との約束。小さな約束ほど、ちゃんと守っていきたいんだ、誰も気に掛けていなくても、みんなが忘れ去ろうとも、それは僕自身との約束、できない約束をしないことも僕にとっては大切にしたい約束。そんなことを考えながら、ひたすらに流れに身を委ねて、今日もいつもと何も変わることなく、思うがままに本の世界に漂う。


僕は、古くから仕えている”召使”のホセ・パラシオスかなぁ。絶対的に”将軍”には成り得ないね、残念ながら僕は一般大衆、庶民だもんね。とっても従順で、将軍に絶対服従を誓い、常に黒子に徹する彼にだって、実は誰にも言えない内緒の秘密があったりして。

物語は、実在の人物で、1830年12月17日午後1時7分に”死”を迎える”将軍シモン・バリボールの最期、老い衰え没落して国を追われマグダレーナ河を下る旅と、その旅に纏わる記憶が綿々と綴られる。
実は、本としては全363ページなんだけど、将軍の年表やら解説やら何やらで、実際の物語の正味は全291ページだから、ガブリエル・ガルシア=マルケスの物語としては、決して長篇(百年の孤独 492ページコレラの時代の愛 528ページ)の部類に属されず(多分!?)、1989年に発表されているから1982年のノーベル文学賞受賞後の成功と名声を得た後の作品で、比較的に読み易い、まとも(?!)な作品、僕でも随分と(何とか?!)理解ができた。憧れだけで、これまでにガブリエル・ガルシア=マルケスの九作品を読んできたけど、やっと文字を追うだけの作業から少しは解放された?! まぁ、僕が初めて手にした彼の作品「わが悲しき娼婦たちの思い出  Memorias de mis putas tristes 2004」を読んでから、実に一年の歳月が経過しようとしていて、その間に読了した本は300冊を下らないと思うから、完全に理解できて愉しむ領域まで到達するには、あと三倍くらいの1,000冊、今のペースで三年くらいあれば、何とかなるかしら?!(笑)

何がって、劇的なフィナーレは筆舌し難い!、陳腐な言葉だけど”感動”モノでしょう。
ホントは、感動のフィナーレのセリフを書き記しちゃいたいんだけど、僕はそれまでガブリエル・ガルシア=マルケスが丹精込めて積み重ねてきた物語の298ページまで読み切って、そこまでの時間と労力を費やしたからこそ盛り上げられた気分の上に感動が得られるのであって、その美味しいところだけをぺろっと出しちゃったところで、それはまるで前菜を経ることなくいきなりコース料理のメインディッシュを出しちゃうことであり、まだまだピンピンしていてこれから闘おうとしている怪獣にとどめのスペシウム光線を仕掛けちゃうことであり、何重にも複雑なトリックが仕掛けられているミステリ作品のネタを最初に明かしちゃうような、それこそ無味乾燥なものにしてしまったら、この秀作をこれから読もうとしている読者は勿論、大変な労力を惜しみなく注ぎ込んだ著者ガブリエル・ガルシア=マルケスに申し訳が立たない!?

ところで、”将軍”って、やっぱり特別な存在で、大勢の軍隊を率いて指揮を執るトップ(頂点)。
物語に描かれる将軍シモン・バリボールは、ラテンアメリカの広大な土地を、当時栄華を誇っていた宗主国スペインから奪い取り、自由で統一のとれた連合国家を存続させるために、何と20年もの長きに亘り、戦場で指揮を執り統治してきた、国民的な”英雄”。当然に軍人である以上、死を避け難いものと考えていて、実際に幾度となく目の当たりにしてきた死、奇跡的に暗殺の難などを逃れて、何とか生き延びてきた壮絶な47年の生涯。大陸でも屈指の名家に生まれ、何代にも受け継いだ莫大な財産がありながらも、早くに両親と死に別れ、結婚した妻にも早くに先立たれ、後継ぎを残すことなく孤独に耐え、祖国ラテンアメリカのために莫大な財産を使い果たして、40代にして健康を損なうまでに身を呈したからこそ、将軍と讃えられた男の最期。
著しく損なわれた健康状態で第一線に立ち続けることは不可能かもしれないけれど、だからと言って、長老として名誉職の座が用意されるほど悠長な世界じゃない、弱肉強食、厳しい実力の世界。 かつての栄光や権力が一瞬にして奪われちゃう、厳しい現実。
そう、「敗北者には絶望が似合っている」(P.214)









 将軍は言葉巧みに説明する医師の話しを聞いていなかった。これまで数々の不幸、災厄に見舞われながらも、夢を捨てずに狂ったように駆け続けてきた。だが、とうとう今、最終のゴールにたどりついたのだ、目のくらむようなその啓示を受けて思わず体を震わせた。あとに残されたのは闇だけだった。
「くそっ」と溜息まじりに言った。「いったいどうすればこの迷宮から抜け出せるんだ!」
 死を間近に控えた人特有の洞察力で部屋の中を見回していた将軍は、はじめて事実を発見した。将軍を迎えることになるベッドは借りもので、傷だらけの化粧台につけられた鏡は曇っていて、いくら顔を近付けても映らないにちがいない、水を張った陶器の洗面器はあちこち欠けているし、タオルと石鹸はほかの人が手を洗うのに使っている、そして八角形の時計は、将軍が死を迎えることになる十二月十七日午後一時七分にむかって無情にも休みなく時を刻んでいる。胸の上で両手の指を組んだ将軍の耳に、圧搾機のところで聖母マリアをたたえる六時の祈りをとなえている奴隷たちの輝くような声が聞こえてきた。窓を通して、やがて永遠に見ることのできなくなる空にダイヤのように輝いている宵の明星が、万年雪が、新しい蔓草が見えた。次の土曜日は喪に服して家が閉め切られ、そのせいで窓の外に咲く黄色い花を見ることはできなかった。さらに、生命のきらめくような光がみられた。それ以後何世紀にもわたってふたたび現れることのない輝きだった。 (P.290-P.291)

本「愛その他の悪霊について」G・ガブリエル=マルケス、旦敬介 訳5


愛その他の悪霊について
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学



憧れだけで読んでます。

ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquez)は、1928年(1927年?!)生まれ、コロンビア作家小説家。1982年、ノーベル文学賞受賞。
祖国コロンビアは、40年以上も内戦が続いている。独裁者革命家、目の当たりにし、振り回される民衆、日常生活。
一方、家庭の事情から、父母と離別し、退役軍人の祖父と、旧い迷信や言い伝え、噂話し好きの祖母、叔母たちとの生活を送った幼年期。口述された、戦争体験や近所の噂話、土地に伝わる神話や伝承は、深く記憶に刻み込まれ、やがて、マジックリアリズムな物語を生み出す。

だから、76歳の1994年に発表された本作「愛その他の悪霊について」の源が、ほぼ半世紀前の昏倒するような記憶、1949年10月26日、ボゴタ大学に入学するも、暴動(ボコタ騒動)による大学の閉鎖などを経て中退し、駆け出しの記者として働いていた新聞社の編集長からの指示で、駆け付けた”サンタ・クララ修道院”の地下納骨堂で行われていた遺骨撤去作業現場にある。遺骨は、司教、女子修道院長、副王愛人教母侯爵夫人、そしてそして、二十二メートル十一センチの見事な赤銅色をした生なましいみだれ髪をあふれさせる少女の亡骸。二百年間の埋葬の間も毎月一センチずつの成長を続けたのであろうと平然と語る工事主任。よみがえる祖母から聞かされた伝説の物語。数々の奇跡を行ったとして大いに崇められていた、長い髪を花嫁衣装の尾っぽのようにひきずる十二歳の侯爵令嬢は、狂犬病で死んだという、カリブ地方の村々の伝説。


侯爵の家族は、人々の注目を浴び、何かと噂の的となる。
狂犬に咬まれた十二歳の侯爵令嬢に表れた悪霊憑きの徴候。
娘に深刻な状況(狂犬病、死)が差し迫っているのに、全く他人行儀な父と母。彼らは、娘を愛していないし、愛されていないことを明確に認識している。むしろ、互いに憎しみすら感じている。それぞれに受け継がれた人生。名誉も地位もあるが故に、自由奔放と見せ掛けながら、歪みだらけ、親兄弟身内をも絡めた私利私欲に塗れたドロドロな人生。互いが同じ処に居ることすら受け容れ難い苦痛。苦痛すら宿命。雁字搦め。
婚姻関係に基づく夫婦であっても、血縁関係を有する親子であっても、それぞれに固有の人格を有した人間。それぞれの事情がある。庶民も、奴隷も、侯爵も、同じ人間、とどのつまりは大差ない。









本「悪い時 他9篇」ガブリエル・ガルシア=マルケス5


悪い時 他9篇
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学


「なぁ〜んだか、よっくわっかんねぇ物語だなぁ〜」と、とりあえず言ってみる。
そんなよく分からない、ちょっと昔話の物語を、好んで手にして、しかも483ページもの大作を読了。

あとがきにて、野村竜仁(神戸市外語大学)が書き記す。
ジャーナリスト時代の、それでも失業と放浪と貧困の最中にあった、ガブリエル・ガルシア=マルケス、その著作は、ヨーロッパでは出版の機会を得ることがなかった。1958年から1962年の作品 全十篇。
名作「百年の孤独」に至る道程。
そうか、社会主義を支持し、キューバカストロ議長とも親交があった。なるほど、コミュニティ(共同体)階級社会、、、

正直、物語として、愉快でも軽快でも口当たりが好い訳でもない。涙を誘うことも、深い感動もない。
あるのは、独裁者や権力者の支配。戦争の傷跡。病や死の恐怖。


きっと、ガブリエル・ガルシア=マルケスを絶賛する方々の声と、ノーベル文学賞作家であること、最初に手にした「わが悲しき娼婦たちの思い出」が読み易かったこと、その余波。
つい、著作を手にできた喜びから、”本が好き!PJ”に書籍登録をしてしまったこと。登録してしまった以上、後には引けない。
だから(?!)、短い作品が続く前半の九篇でウォームアップを完了し、いざ中篇「悪い時」。

時代背景も、歴史的事柄も、階級社会も、マコンドや、権力者たちも、想像すらつかない事物。理解し得ないことは、仕方がない。40年以上も前に描かれた物語たち。
いっそ、ラテンアメリカ文学魔術的リアリズムを、ただただ堪能しよう。

だってね、
歯が痛い町長、悪評を書き記すビラを貼られて戸惑う町の人々、次々と起こる悪い事件、だから「悪い時」。で、犯人は誰なの?
「大佐に手紙は来ない」だって、退役軍人が恩給を受け取るための手続き書類をひたすらひたすら待ち続ける。手紙が届いて、手続きすれば、受け取れるハズの金銭。それでも、具体的には届く当ての無い手紙をただただ待ち続けるうちに、自らが食べる物にも事欠く有り様。息子も死んでしまった。トウモロコシを貪り食う軍鶏。
「最近のある日」で、歯痛の村長が歯科医の治療を受ける。
「この村に泥棒はいない」は、玉突き場の玉を盗んでしまった男が、何だかんだで結局、玉を返しに行くんだけれども、、、
「ママ・グランデの葬儀」に描かれる女性権力者。
それぞれの物語が、「悪い時」のどこかを構成している物語であり、「悪い時」から独立した物語。


考えれば考えるほどに、何が愉しいのか?、何を描きたいのか?、混乱を生じさせながら湧き起こる大きな疑問。

「何とも馬鹿らしい!?」と、失笑を覚えながら、壮大な虚構の世界、その昔話の物語を愉しむ。それでいい。それでいいんだよね。









「族長の秋 他6篇 -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。5


族長の秋(El otoño del patriarca 1975) 他6篇
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学



ガブリエル・ガルシア=マルケスの、何とも表現し得ない魅力に取り憑かれて、実は既に六作品を手にしているのですが、読了後の満足感に反比例して、書き記すことの困難さに、それは何よりも私自身が理解し得ない現実が、悩ましいのである。

例えば、
”・・・閣下の足跡です、わたしたちは石のように身を固くして、ばかでかくて凸凹のある靴底の残したその跡を眺めた、それには、孤独な生き方が身についたジャガーの鷹揚さと静かな自信、そして足の皮膚病の臭気が感じられたよ、わたしたちはその靴跡にまざまざと権力を見、言ってみれば、はるかに啓示的な力と彼の神秘性とのつながりを感じた、そしてそのときだった、・・・”
と、句読点で区切られて延々と果てしなく継続される文章は、息を付かせる暇もなく、それでいて、気が付くと語り手さえも変わっていたりして、深い深い迷宮の底に圧倒的な勢いのままに引きずり込まれる。そしてまたその表現が、その心理状態やその想いを、壮大な比喩を用いて、大袈裟に描かれるから、その表現自体の美しさや奥の深さに酔っているうちに、やっぱり気が付くと次に展開に進んでいたりする。しかも、章もなければ、段落すらもなく、大統領は死を迎えたはずなのに、やっぱり気が付くと、しっかり存在があって、当然にその時間の流れは行ったり来たりで、、、私は理解することを放棄しなければ、いつまでたっても、この作品から離れることができないとの絶望感に苛まれる。それでもとにかく読み進めるしかなくって、読み進めたくって、随所に散らばる、笑ってしまうような、思わず感嘆を洩らすような表現だけが頼りなのである。

描かれるのは、権力の象徴たる”大統領”の悲哀ぶり?!、彼が語るときだけは、”わし”と表記されるために、それだけは明確であるのだが、やっぱり一人の人間であって、母親の身体から生まれ出てきた、マザコンだったりする。彼は度々、年老いても常々、
”おふくろよ、ベディシオン・アルバラドよ”
と、哀願する。孤独に悩み苛まれ、誰も信じることができずに、ひとり母の名を呼ぶ。権力の象徴たる、孤高の大統領であっても、やっぱり人間、なのであろう。

年老いて、力は衰えても、その権力に固執し、周りの人々のたった一人も信じることができなくって、だからこそ既に亡き母を頼るのでもあろうが、長きに渡る権力の集中によって、周囲は完全な”虚偽”で固められる。それは残念ながら、何処かでは彼自身が求めたものの結果でもあり、その必然に導かれて構築された関係でもあったりする。彼の元には、真実は伝わらない。それはある意味では、彼が真実を知る必要がないこともあろうし、彼がその真実を知り得ないことによって保たれる平穏やバランスがあったりするのであろうし、その真実が本当に本当に彼にとっての必要な情報であれば、それは何処からか伝わってきたり、何かを感じたりするのでもあったりする。
”・・・虚偽は疑惑よりも快適であり、愛よりも有用であり、真実よりも永遠のものであることを知ったのだ。”

一握りの支配者階級と、圧倒的多数の労働者階級という”階級社会”によって生み出された物語。
やっぱり理解し得ない、のである。









「予告された殺人の記録 -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。5


予告された殺人の記録  Crónica de una muerte anunciada 1981
著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス
文庫: 158ページ
出版社: 新潮社 (1997/11)




やっぱり理解し得ない。
そして今回は、あとがきや解説や書評を読めば読むほどに深まる混乱。 正直、手にして読了してしまったことを後悔していた、少し前まで。
やっと、その混乱から脱出することができて、ホッとしている。
それでも、理解し得ないことに変わりはないが、、、

物語は、ガブリエル・ガルシア=マルケスの身内に、現実に起こった殺人事件を基に描かれる。 30年前に起きた事件が、時空を超えて再現される。
予告されていたにもかかわらず、未然に防ぐことができなかった殺人事件。 その背景や状況、それぞれの心理を、身近な立場だからこそ知り得た事柄を盛り込んで、詳細に鮮明に紡がれる物語。

著作「物語の作り方−ガルシア=マルケスのシナリオ教室」で語られている通り、自然な流れの中で人物像やその背景や状況が設定され、描写され、そして全体の物語が組み立てられている。 なるほど、こういうことなのね!、とその部分は妙に納得。 まさに、映像が浮かび上がらんばかり!

そして、解説などには、いつもの如く絶賛の雨嵐。
物語がリアル(現実)がベースとなっているんだけど、やっぱり氏のある意味ではブッ飛んじゃっている魔術的な表現に、文字を追うことに精一杯の私としては、やっぱり深い理解は得られない。 リアルな現実の事実の出来事なんだから、理解しなくちゃ!、って躍起になっている私がいた。

これまで手にしてきた作品は全て(?!)、旧い言い伝えや迷信や神話などからの妄想の想像の物語がベースであり、理解し得ないことを前提に、雰囲気を、そのリズムや流れを愉しむことだけを目的としてきた。 というか、そうアドバイスされて、そうしてきた、理解しようと思わないこと!、と。

ということで、理解をしようと思ってはいけないということを、すっかり失念しておりました(笑)。


あとね、贅沢な話なんだけど、ガブリエル・ガルシア=マルケスさまの小説は、やっぱりハードカバーの重厚な単行本で手にしたい!
文庫本だと、有難味半減(?!)みたいな?!
全く贅沢な話しで、理解もできないクセに、どうにも生意気ですが、、、
新潮社『ガルシア・マルケス全小説』シリーズでの再読に期す!








「物語の作り方−ガルシア=マルケスのシナリオ教室」読みました。5


物語の作り方 −ガルシア=マルケスのシナリオ教室
著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス
訳者: 木村 榮一
単行本: 405ページ
出版社: 岩波書店 (2002/02)



只のファンです、ガブリエル・ガルシア=マルケスさま♪
なるほど、物語はこうして作られる訳ですね!? 少〜しだけ、理解が深まった気がいたします!
この本で語られるのは、脚本家として愛称の「ガボ」で登場する氏(時に小説家の側面も顔も垣間見せていただける・・・)が、キューバの映画学校で、各参加者の30分間のテレビドラマの脚本を仕上げる目的で集結した若手脚本家やその卵、映画監督たちとのディスカッションを愉しむ、そのシナリオ教室での淡々と(?!)熱く討論が交わされる対話集。
「お話をどう語るか -1996」、「語るという幸せなマニア -1998」の翻訳作品。

ジャンルとしては、エッセイに分類されるのかしら?!、とにかく討論が対話が書き連ねられていて、しかもそれが、映画やテレビドラマなど脚本についてのお話しで、映像よりも圧倒的に文字(小説)好きの私には、理解しがたい部分を多分に含み、そして何と、文字が小さい上下に二段に分かれている400ページ超・・・、もしも私が、ガボへの興味が薄かったら、間違いなく挫折して投げ出していた!、そう断言できる(?!)著作です! だって、登場する皆さんにはきっと鮮明な映像が浮かんでいるのでしょうが、私には膨大な文字による丁寧な描写が無いと、ちっとも映像(イメージ)が浮かんでこない(笑)! それだも、ファンの私にとっては、残り僅かとなったときの複雑な切なさたるや(笑)
物語ファンであります♪

実は、私が参加させていただいています”本が好き!”プロジェクトのメンバーさまから、ご紹介いただき手にしております! 大変に感謝いたしております、ありがとうございます!! この場を借りて、お礼申し上げます!
”本が好き!”PJに参加させていただいたことによって得られた、ガボの「わが悲しき娼婦たちの思い出 (Memorias de mis putas tristes)-2004」との運命的な出会い、そこから「百年の孤独 (Cien años de soledad)-1967」、「短編集 落葉 (La hojarasca)-1955 他12篇」、「コレラ時代の愛 (El amor en los tiempos del cólera)-1985」、何故か川端康成の「眠れる美女 -1963」、「みずうみ -1955」、「伊豆の踊子 -1927」と、、、
ガボの「魔術的リアリズム(レアリスモ・マヒコ)」な文学作品の世界への魅力は衰えることなく、一方では理解は一向に深まらず、であるならば、理解し得ないこと自体を愉しむしかない!、と開き直って、文字を追い、ただただ読み重ねる不可思議な愉しみ!?


本作の中で、ガボは数々の名言(迷言?!)を吐く。
「このストーリーには気違いじみたところがない、そう言いたいんだ。君たちは真面目過ぎるんだよ。」
「私の場合、目が覚めると、真っ先に自分が誰なのかを一生懸命思い出すんだ。で、自分が死すべき運命にあるごく普通の人間だということに気が付く。そこで完全に目覚めるんだ。」
「ドラマティックな状況の方は、実際にはそんなにないんで、人生と愛と死の三つだけだよ。」
「宿命(ファトウム)」


何かを物語りたいという幸せなマニア(奇病)にかかっている、ガボが見せる手品のような話術、溢れる知識。
幼少の頃より物語を聞かされて育ち、自らも物語を愉しみ、作家になるべくしてなり、現在の地位を確立したガボ。
そのガボの日常の姿に触れられる幸せ、作品への思い入れを知り、なるほど著作への理解も深まる。

物語は、川の流れのような絶対的に自然な流れが必要であり、それでも何処までも自由であっていい。それでもやっぱり大切なのは流れであり、流れは不自然であってはいけなくって、奇想天外ではあっても、一本の筋を通さなければいけなくって、その辺りの境界線って、きっと経験だったり、もっと言うと天性の感性だったりするのかなぁ?!
やっぱりすごいよ、ガボ!

最近、物語の愉しさに目覚め世界が変わった。
物語の世界を受け入れることで、現実の世界に広がりが生じ、愉しみが加わった。
物語が圧倒的な現実の事実や、過去の経験に基づき形成されている現実。

物語、大好き! ☆×5つ!!








「コレラの時代の愛 -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。5


コレラの時代の愛 El amor en los tiempos del cólera 1985
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学




「命の続く限りだ」と彼は言った。

「こんなにだらだら長いと、悲しむどころじゃないわ」


五十一年九ヶ月と四日間、フェルミーナ・ダーサを愛し続け、彼女のことを片時も忘れることがなかった、フロレンティーノ・アリーサの壮大な愛の物語。
コレラが死をもたらす病として人々から恐れられ、戦争や内戦が絶えなかった時代。

フェルミーナ・ダーサの夫、フベルナ・ウルビーノ博士が死を迎えるに至る、ジェレミア・ド・サン・タムールが報われない恋(?!)に苦しみ自殺した場面に、博士が立会い、
ビターアーモンドを思わせる匂いがすると、ああ、この恋も報われなかったのだなぁと思った場面から、物語はその幕を開ける。
その博士が自宅の庭で、はしごから落ちて死に、フェルミーナ・ダーサが初めて迎えるひとりで過ごす夜に、この時を待ち侘びていたフロンティーナ・アリーサから求愛を受ける。

その二人の出会いから、その互いに別の道を歩み続けた長い期間の、その間にお互いが出会い、経験したひとつひとつの出来事が、現実と妄想の垣根を飛び越えて入り乱れ、時系列も登場人物も、果てしなく、限りなく延々と広がりを放つ物語として綴られる。親、親戚、兄弟、友人、恋人、夫、愛人、様々な人々を通して、彼らの人格が形成されるに至る物語の数々には、人生の、愛の普遍のメッセージが散りばめられる。その数々のメッセージは、妄想と現実を超越した物語の中で語られるが故に、その輝きを増す。

フロレンティーナ・アリーサは、船旅の最中に真っ暗な客室に無理やり引き込まれ童貞を失い、長く連れ込み宿に身を置き女性と戯れ、多くの女性と同時進行で愛を楽しむ、しかし、フェルミーナ・ダーサのことを片時も忘れることなく、結婚することなくその愛を貫く。

フェルミーナ・ダーサは、ラベルナ・ウルビーノ博士との夫婦生活を楽しみ苦しみ迷い悩みながらも、その安定した地位と名誉と与えられた役目を果たす。

男と女と、愛と性と、勘違いと理想と現実と、不甲斐なさと、理不尽さ、勘違いと、すれ違いと、圧倒的な矛盾に満ち溢れた壮大な妄想の物語。
そして、愛は命ある限り続く!?


こちらの著作は、私が参画させていただいている”本が好き!PJ”で知り、ノーベル文学書作家 ガブリエル・ガルシア=マルケスの圧倒的なファンのひとりとして深い興味を抱き自ら入手した。
☆×5つ!








「落葉 他12篇 -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。5


落葉 他12篇
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学




もう、圧倒的なファンです。
うら若き乙女のように、ただただ愛しい想い。
無条件降伏!?

わが悲しき娼婦たちの思い出」との衝撃的な出会い、調子に乗って「百年の孤独」に果敢に挑み玉砕し(理解し得なかった!)、それでもなお手にしたくなる魅力。 心の欲するままに、その流れに身を委ね♪

この「落葉 他12篇」は、若き日のガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquez、1928- )」、の作品集である。 1947年から1955年というから、19歳から23歳、若い!
当然に、その作品からも”若さ”を端々に感じる。
私が最初に手にした「わが悲しき娼婦たちの思い出」は、2004年に76歳にして生み出された老獪な作品であった。対して、本作の特に初期作品において描かれる物語の根底に流れる、抗い難い物事に対する過剰とも言える程の不安や焦り、その苦悩、しかしその物事に対する痛いほどの真剣さ。 ”若さ”故に、経験が無いが故に、何が不安であるかすら分からない不安に襲われ、その中で必死にもがき苦しむ、必死で真剣だからこそ見出せる、そこでの痛みや苦しみを受け容れ、それを自らの手で乗り越えたものだけに与えられるある種の”パワー”を、その作品の僅か8年の時系列の中に見ることができる。 8年という年月の、そこで積み上げられる経験。 磨き上げられ、研ぎ澄まされる。

何だか「孤独」も「死」も「病い」も「老い」も悪くない!?








「百年の孤独 -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。5


百年の孤独 Cien años de soledad 1967
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学



一気に読めました!
全492ページ、容易い作業ではありませんでしたが、不思議と投げ出す気になれず、浮気(併読?!)することなく、ひたすらコツコツと読み進めた。

外国の一族の物語であり、その名前と関係、経過する年月の理解(激しく困難です・・・)を試みることなく、とにかくリズミカルな流れを楽しんで駆け抜けた。
だから、とにかく凄い!としか言い得ない。

流石に「わが悲しき娼婦たちの思い出」のようにはいかなかった・・・
ノーベル文学賞「ガブリエル・ガルシア=マルケスGabriel José García Márquez、1928-」、1967年発表の、20世紀の文化遺産のひとつと評される名作。





百年の孤独

「わが悲しき娼婦たちの思い出 Memorias de mis putas triste -ガブリエル・ガルシア=マルケス」読みました。4


わが悲しき娼婦たちの思い出 Memorias de mis putas tristes
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/海外純文学




正直、深過ぎて理解し得ない(笑)! が、不思議な、素敵な、美しい作品で、楽しく読めました!!?!
書きだしの一語の印象が衝撃的で、しかし、そこにもきっと必然性があるのであろうが・・・ 何故90歳で、何故14歳なのか? そして、愛と性と、死の恐怖と、孤独と、時に怒りと暴力と・・・ 人間の本能のままに本質を深く追求し、その行動は本能の赴くままに・・・ 老人なのに? 少女なのに??
ノーベル文学賞「ガブリエル・ガルシア=マルケスGabriel José García Márquez、1928-」、2004年発表の小説作品です。 ご芳名を、存じ上げませんでした・・・ 恥ずかしながら(笑)!?
この決して長編ではなく、平易な文章をもって、親しみ易い中に込められた、著者のメッセージとは?!・・・ と、懸命に思考を巡らせながら読んだが、理解し得ない・・・
そうだ、川端康成の「眠れる美女」に、一度触れてみよう! その後に、いずれ再び、この作品を手にし、何かを感じるのであろう!?

何はともあれ、ノーベル文学賞作家の作品が、このような手軽(?!、きっと言葉が正しくない!?)な形で触れることができ、楽しませていただけたことに感謝したい!




訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

since 2007.11.19

Categories
じゃらんnet 宿・ホテル予約

Amazon
honto
TagCloud
本が好き!
本が好き!
記事検索
管理人・連絡先
管理人 Gori が書き記しています。 不適切な表現及び解釈などありましたら連絡ください。
ppdwy632@yahoo.co.jp
livedoor プロフィール

Gori

主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

‘表 BLOG (since 2006.8)
▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

Archives
Recent Comments
Recent TrackBacks
父が子に語る近現代史 (本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館])
本「父が子に語る日本史」小島毅
BlogRanking
  • ライブドアブログ