Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

*た 行の作家

本「ロードバイクQ&A 今さらきけないソボクな疑問」高千穂遙5

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ロードバイクQ&A 今さらきけないソボクな疑問
ロードバイクQ&A 今さらきけないソボクな疑問

○著者: 高千穂 遙
○出版: 小学館 (2012/2, 単行本 223ページ)
○定価: 1,365円
○ISBN: 978-4093882330
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ロードバイク入門したての皆さん、初歩的すぎてきくにきけなかったあんなこと、そんな疑問、モジモジしないできいていいんです! これはまさに読む自転車教習所。非アスリート系ローディーのカリスマ、高千穂遙が手取り足取りお答えしましょう!!


≪目次: ≫
はじめに

第一章 自転車について、はじめにききたいQ&A
スポーツ自転車ってどんなもの/ピストってどんな自転車/最初に買うべき自転車は/超運動音痴なんですが/肺活量皆無です/10万のバイクと150万のバイクの差は/自分に合ったサイズって/国産or外国製/いちばんいい素材は/軽いものほどいいの?/97kgあるんですが/コンパクトクランクって/お勧め価格帯は/最低限いくらかかるの/気に入ったバイクが手に入りません/絶対鉄板のバイクは/豪雪地在住です/結局ロードバイクって何?

第二章 パーツについて、今さらきけないQ&A
700×23Cってなんのこと/こんなタイヤで走れるの/ドロップハンドル、心配です/サドルが痛くって/ビンディングペダル、びびります/パーツの価格差は/ホイールのアップグレード/サイコン、必要ですか/エアポンプ、必要ですか/ライトについて教えてください/ベルやバックミラーは/ロードバイクを駐輪するには/室内保管、いい方法は/掃除た注油の秘訣は/自転車本体以外に必要なもの/ネット通販との付き合い方/ローラー台の導入

第三章 ウェアについて、今こそききたいQ&A
レーパン・ジャージでなきゃだめなの/ヘルメットがグロいです/下着はどうするの/シューズとソックスは/軍手じゃだめですか/サングラス、アイウェア/日焼け対策は/荷物を運ぶには/防寒対策について/逆に、真夏は?

第四章 乗りはじめたら、でてくるでてくるQ&A
自転車はやはり車道なの/教えて、最低限の交通ルール/ポジションがわかりません/足がつかないんですが/正しい停止のしかた/骨盤は立てるの、寝かせるの/ケイデンスについて/20速のギヤって本当に必要?/いろんな自転車道があるみたいです/正しい手信号/自転車での正しい減量法/補給食って重要ですよね/重度の花粉症なんですけど/坂、嫌いです

第五章 あしたのために、知っておきたいQ&A
サプリメントについて教えてください/筋トレは必要?/腰痛持ちなんです/用品、ウエアの洗い方/保険について教えてください/ロードバイクって本当に痩せるの/やまめの学校ってなんですか?


≪著者: ≫ 高千穂 遙 (たかちほ はるか) 1951年、愛知県名古屋市生まれ。大学在学中から、アニメ、SFの企画に関わる。77年、日本初の本格的スペース・オペラ『クラシャージョウ 連帯惑星ピザンの危機』で小説家デビュー。以後SF、格闘技、自転車など様々な分野でベストセラーを送り出している。07年から09年まで日本SF作家クラブ会長を務める。今も週に200キロを越える距離を走り、レースに参戦する現役ヒルクライマーである。現在の愛車はスペシャライズド Sワークス ルーべSL3 Di2仕様。
「TAKACHIHO NOTES」(http://www.takachiho-haruka.com/)

高千穂遙 『ヒルクライマー宣言 自転車で山に登る人』(小学館新書、2010年) '10/07/22
高千穂遙 『ヒルクライマー  Hill Climber 』(小学館、2009年) '09/09/09
高千穂遙 『自転車三昧』(生活人新書、日本放送出版協会、2008年) '08/07/22
高千穂遙 『自転車で痩せた人』(生活人新書、日本放送出版協会、2006年) '08/07/16





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本「ヒルクライマー Hill Climber」高千穂 遙5

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ヒルクライマー
ヒルクライマー Hill Climber

○著者: 高千穂 遙
○出版: 小学館 (2009/7, 単行本 288ページ)
○価格: 1,502円
○ISBN: 978-4093862479
おすすめ度: 4.0
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このあいだ1年点検のときだったか、神金自転車商会のカウンターのガラスケースの上に陳列されていた『ヒルクライマー』高千穂遙
そう、1年とすこし前のこと、ぶらりとなにげなく、近所だし、店構えがキレイだったから抵抗感なく。プロショップというのか、機械が苦手なぼくは、メカメカした雰囲気を前面におしだされてしまうと、なんとなく気おくれしてしまう、足がすくむ。なんどか店の前を通りすぎて様子を窺った後に意を決して店に足を踏み入れ、「遠〜くまで走れる自転車が欲しくって」とだけ言った、ぼくの曖昧なオーダーに、一所懸命に説明してくれた森田さん(4代目若社長)。スパッと即決できないぼくは、その日は決断することなく店を後にしたんだけど、「買うならココで」ゆるぎなく。たかが自転車、されど自転車。ヘルメットとグローブと空気入れと。いろいろススメられて、さんざん迷って、クロスバイク(TREK7.3FX)にした。1年を経過してなお、チェーン黒光り、すこぶる調子がいい。


≪著者: ≫ 高千穂 遙 (たかちほ・はるか) 1951年、名古屋市生まれ。日本SF作家クラブ会長(2009年まで)。本格スペースオペラを日本で初めて手掛け、多くの大ヒット作を執筆。自転車関係の著書では『自転車で痩せた人』『自転車三昧』『じてんしゃ日記』等。50歳にして自転車に熱中。それまで高血圧や高脂血症(脂質異常症)に悩まされていたことがウソのように、食事制限なしで84キロの体重が60キロに(体脂肪率も24%から10%に低下)。現在の愛車はTREKマドン6.9Pro。コンポはシマノDURA-ACE7900。最近のお気に入りはチューブレスタイヤ。

高千穂遙「自転車三昧」(生活人新書、日本放送出版協会、2008)
高千穂遙「自転車で痩せた人」(生活人新書、日本放送出版協会、2006)







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本「エクソフォニー 母語の外へ出る旅」多和田葉子5

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エクソフォニー-母語の外へ出る旅-
エクソフォニー 母語の外へ出る旅

○著者: 多和田葉子
○出版: 岩波書店 (2003/8, 単行本 188ページ)
○価格: 2,100円
○ISBN: 978-4000222662
おすすめ度: 4.5
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いまのところぼくは、日本語の能力を高めることに注力している。外国語に興味がないわけではない。むしろ、翻訳著書を原著で読みたい欲求は小さいものではない。それでも、目的をより深く多角的な理解を求めることとしたときに、あくまでもぼくが選択する方法として。年若いころより「ことば」に興味をいだいて取り組んでいたら、その選択は異なったものとなるであろう。
旅にたいする興味を失して久しい。経済的な問題が小さくないことを理由として掲げたとしても、それ以上に、本を読みすすめて知れば知るほど文化や歴史にたいする無知におもいいたり、現状のわからない状態のままに、時間と労力を費やして足を運び入れることに意義を見出せない。卵が先か鶏が先か、ではないけれど、難しく考えすぎずに直接目で見て肌で空気を感じることで得られるモノだって看過できないことに一定の理解を示しつつ。
まぁ、無理をする必要はなかろう。


≪目次: ≫
初めに
第一部 母語の外へ出る旅
1 ダカール エクソフォニーは常識/2 ベルリン 植民地の呪縛/3 ロサンジェルス 言語のあいだの詩的な峡谷/4 パリ 一つの言語は一つの言語ではない/5 ケープタウン 夢は何語で見る?/6 奥会津 言語移民の特権について/7 バーゼル 国境の越え方/8 ソウル 押し付けられたエクソフォニー/9 ウィーン 移民の言語を排斥する/10 ハンブルク 声をもとめて/11 ゲインズヴィル 世界文学、再考/12 ワイマール 小さな言語、大きな言語/13 ソフィア 言葉そのものの宿る場所/14 北京 移り住む文字たち/15 フライブルク 音楽と言葉/16 ボストン 英語は他の言語を変えたか/17 チュービンゲン 未知の言語からの翻訳/18 バルセロナ 舞台動物たち/19 モスクワ 売れなくても構わない/20 マルセイユ 言葉が解体する地平
第二部 実践編 ドイツ語の冒険
1 空間の世話をする人/2 ただのちっぽけな言葉/3 嘘つきの言葉/4 単語の中に隠された手足や内臓の話/5 月の誤訳/6 引く話/7 言葉を綴る/8 からだからだ/9 衣装/10 感じる意味

著作リスト


≪著者: ≫ 多和田葉子 (たわだ ようこ) 1960年、東京生まれ。高校時代、第二外国語として、ドイツ語を習い始める。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。ハンブルク大学修士課程、チューリッヒ大学博士課程修了。文学博士(専門はドイツ文学)。1982年よりハンブルク在住。1991年「かかとを失くして」で第34回群像新人文学賞を受賞、1993年「犬婿入り」で第108回芥川賞を受賞。1994年にはハンブルク市からレッシング奨励賞を、また1996年にはドイツ語での文学活動に対してバイエルン州芸術アカデミーからシャミッソー文学賞を授与される。2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花賞、2002年『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2003年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞を受賞するなど、日本語の作家として、またドイツ語の作家として旺盛な創作活動を展開している。

多和田葉子「旅をする裸の眼」(講談社文庫、2008)







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本「旅をする裸の眼 (講談社文庫)」多和田葉子5

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旅をする裸の眼 (講談社文庫)
旅をする裸の眼 (講談社文庫)

○著者: 多和田葉子
○出版: 講談社 (2008/1, 文庫 290ページ)
○価格: 620円
○ISBN: 978-4062759427
おすすめ度: 4.5
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そう、キッカケは、西成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)にあって。東西冷戦を経て、ベルリンの壁が壊されて、ひとつになったドイツ(に学んだ著者)。東と西と、世界を二分する対立があった時代があって。なるほど、ベトナム、ヨーロッパから距離的には遠く離れたアジアにあって、かつてフランスの植民地として、しかし東西冷戦時代には東側諸国として、東ドイツ、ソ連(ロシア)に近かった。混濁の。「裂け目」としての「視力」とは?、カメラの眼によるシネマ(映画)。たいするみずからの眼により、みずからの眼の視力によって眼にする異国。いきなりあっけなくも誘拐されてはじまる物語ではあるものの、みずからの意思にあらざるところから展開される、異国から異国へと移動をつづける、外からの偶然性の高い出来事に起因して移動を余儀なくされながらも、移動する主体としての少女の眼を通して「旅」。


≪目次: ≫
第一章 1988 Repulsion 1965
第二章 1989 Zig Zag 1974
第三章 1990 Tristana 1970
第四章 1991 The Hunger 1983
第五章 1992 Indochina 1992
第六章 1993 Drôle d'endroit pour une renconrte 1988
第七章 1994 Belle de jour 1966
第八章 1995 Si c'était à refaire 1976
第九章 1996 Les voleurs 1996
第十章 1997 Le dernier Métro 1980
第十一章 1998 Place Vendôme 1998
第十二章 1999 Est-ouest 1999
第十三章 2000 Dancer in the dark 2000

解説「文学的想像力としての裸の眼」/中川成美(立命館大学文学部教授)

※この作品は、二〇〇四年十二月に小社より刊行されたものです。


≪著者: ≫ 多和田葉子 (たわだ・ようこ) 1960年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学文学修士課程修了。チューリヒ大学文学博士課程修了。ベルリン在住。'91年「かかとを失くして」で群像新人文学賞を受賞。'93年「犬婿入り」で芥川賞を受賞。ドイツ語での文学活動に対、し'96年シャミッソー文学賞、2005年ゲーテ・メダルを授与される。'00年「ヒナギクのお茶の場合」で泉鏡花賞、'02年「球形時間」でBunkamuraドゥマゴ文学賞、'03年「容疑者の夜行列車」で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。近著に「海に落とした名前」「アメリカ 非道の大陸」「溶ける街透ける路」などがある。







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本「東京・地震・たんぽぽ」豊島ミホ5


東京・地震・たんぽぽ
著者: 豊島ミホ
単行本: 203ページ
出版社: 集英社 (2007/08)



地震(じしん)とは、普段は固着している地下の岩盤が、一定の部分を境目にして、急にずれ動くこと。また、それによって引き起こされる地面の振動。〜Wikipediaより

日常生活に、突然生じる、非日常的な出来事。
非日常の時に垣間見えてしまう、人間の本能的な弱さ、脆さ、醜さ。
確か、「青空チェリー」で、戦争が起きている非日常的な日常生活を描いていた”豊島ミホ”(1982.2.15-)。
十四人が心に抱いた”地震”の物語、十四篇。
ひとつひとつの物語は、短く十数ページにギュッと凝縮されて、大きな余白を残したまま閉ざされる。その余白の大きさが、心地好い。
非日常的な現実の生活の中に、ふとよみがえる記憶。
目の前に横たわる”死”。
それでも一方では、日常生活を普通に生きることも、決して楽ではなくって、時に”戦場”だったりする。
地震によって、便利で快適な日常生活は奪われ、原始的な避難所での共同生活。配給や支援物資を待つ、避難所の学校の体育館。朝の仮設トイレに並ぶ長蛇の列。体育館の冷たい板張りに敷き詰められたブルーシート。必要最小限の荷物、貴重品、家財道具。夜になっても消えない灯り、いびき、寝言、歯軋り。風呂に入ることができず、着替えだって、洗濯だって満足にできない、それよりも先にしなければならない重要なことが山ほどある。汗と埃の臭い。
会社に待機する人、家路に向かう人。交通機関は軒並みマヒしている。大混乱。自らの足で歩くしかない。
連絡手段の携帯電話、固定電話は、満足につながらない。心配される安否。
親兄弟、恋人、妻子。
育児に疲れた妻との生活に擦り減ったサラリーマンの男が、自ら進んで会社待機を希望する「夢を見ていた」。妻と子供に連絡は取れないから、安否の確認はできない。もしかしたら、被災しているかもしれない。二度と逢うことができないかもしれない。それでも、オフィスの高層ビルから見下ろす街は大混乱で、急いで帰宅したとしても、出逢えるとも限らない。それも宿命かと。非日常的な緊張が、若い女性スタッフを動揺させ、何だか妖しげな雰囲気に。それでも想う、
誰が相手だろうと、結婚生活だの不倫だのが劇的にうまくいったりすることなどないのだ。擦り減らないでするすると逃げるように生きていくことなんて、多分できない。
それが現実、仮に非日常であっても、その現実に相違はない。
そんな一方で、最愛の恋人への、まだまだ熱かった想いが突然に断ち切られ、悲嘆に暮れた歳月を経て、事故現場を訪れる機会がやってきた「いのりのはじまり」。そう、
あたしは優基に向かって泣いているんじゃなかった。恋人に死なれたかわいそうなあたしに向かって、えんえんと泣いているのだった。









本「神田川デイズ」豊島ミホ5


神田川デイズ
著者: 豊島ミホ
単行本: 275ページ
出版社: 角川書店 (2007/05)




神田川”と言えば??
かぐや姫”!?、♪あなたは、もう、忘れたかしら〜♪、
って旧いかしら。
1973年9月、シングル「神田川」を発売、1975年4月に解散。とあるから、リアルタイムで目に耳にした記憶はないハズ。青春チックで、貧乏臭さが好きになれなかったけど、不思議と歌詞を全て暗記している。

ちなみに、河川としては、東京都三鷹市の”井の頭恩賜公園”内にある井の頭池を源として、隅田川に注ぐ一級河川。(Wikipediaより)

実は、十数年前に、西早稲田の住所の地に居住していた時期があり、神田川を眺めた微かな記憶がある。
当時、既にサラリーマン(契約社員)をしていて、地方出張を常とする営業マン。平日は地方を泊まり歩き、金曜日の夜か土曜日に東京に戻って、週末だけ自宅に寝泊りして、月曜日の会議を終えたら、一週間分の荷物を抱えて、そのまま大手町(東京駅)から新幹線に乗ってGo!、みたいな生活。実家が埼玉県の東京寄りにあって、弟たち(男三人兄弟の長男だった)は学生で、ひとり暮らしをする明確な理由はなかったけれど、それなりの給料を貰って、ちょっともったいないかな?!、とか思いながらも、とにかく独立したかった、20歳前後の私。サラリーマンを淡々と勤め上げる父親のようにはなりたくない!、「絶対に俺はビックになってやる!!」、と何の根拠も、具体的な夢もビジョンもないままに、ただただ息巻いていた。
大隈講堂の角を曲がった、当時たしかファミリーマートの二階のワンルーム。マイ神田川デイズ♪


豊島ミホは、早稲田大学第二文学部卒業。1982年に、秋田県に生まれ育つ。大学在学中の2002年、「青空チェリー」で新潮社主催の公募新人文学賞「R-18文学賞(読者賞)」を受賞してデビュー。今年(2007年)、既に三作品(本作、ぽろぽろドール、東京・地震・たんぽぽ)を刊行。

そう、秋田県の高校生時代、保健室に籠っていた豊島ミホ。豊島ミホ自身と、その周囲の友人知人たちとその関係をベースに、心の内の深い部分を丁寧に描く物語。
他人事に思えない、近しさを隠せない。
父親の転勤で、地方都市を転々として育ったとはいえ、高校卒業時には、首都圏に居住していたから、特に、田舎(地方)を飛び出して、憧れの”東京へ”という意識は無かった、と思っていた私。ふと、いただいたコメントに、甦った記憶。
”親兄弟を忌避して、逃げた”

そろそろいい加減いい歳をして、それなりの人生経験を積み重ねさせているのに、それでもまだまだ”自分”というものを見出すことができない。
最近は、不摂生から人生75年かな?、などと気弱になっているものの、元来100年生きると勝手に考えていた私にとって、37歳という現在の私は、やっと1/3を経過したに過ぎない。だから、何も分からなくっても、ある意味では「当然だ!」と、開き直る。今現在で理解し得てしまったら、残りの2/3の人生はあまりにも長すぎる?!

だからいいんだ(?!)、青春小説♪









本「感傷コンパス」多島斗志之5


感傷コンパス
著者: 多島 斗志之
単行本: 231ページ
出版社: 角川書店 (2007/08)



小説家 多島斗志之 が描く、懐かしく温かく、哀しい、心に沁みる、遠い記憶の物語。

物語の舞台は、1955年、伊賀の山奥の分校。全校生徒18名の小学校に赴任した、新任女性教師と子供、村人。
新しい生活への期待と不安は勿論、断ち切りたい想いや、煩わしい世間や人間関係(家族)から逃れたい、逃れることができてホッとしていたりする複雑な想い。
唯一の同僚の女性教師は独身ながらも、何処か翳のある、思い詰めた様子を漂わせる。
当初担任した五年生と六年生の男女六名も、共にそれぞれの家庭環境に、それぞれの複雑な事情を秘めている。
狭い山里の村の中は、皆が知り合い、顔見知り。親戚縁者だったりするから、複雑な事情は、全て筒抜け。プライバシーなど、へったくれも無い。生まれた時から現在に至るまでの全てがお見通し。善いことや、褒められたことだけじゃなくって、ふとした出来心から起こした事件や情事だって、言葉にしないまでも、いつまでも村人たちの胸の内にしっかりと在る。

面倒臭い、煩わしい、人間関係。だから、現在においては、とかく敬遠される地域社会のコミュニティ(共同体)
高度に発達した経済社会、不自由の無い豊かな生活。会社勤めをすれば、比較的容易に手に入れることができる経済力。誰かに頼ることなく、自らの力で営むことが可能な生活。面倒臭い、煩わしい人間関係を避けて、生きることができてしまう現実。ある意味では、コミュニティが失われるのも、当然の成り行き。

病に臥した母親と遠く離れ、最愛の母の回復を祈り、元の家族での生活を夢見て、祖母の元に身を寄せる兄弟。母への想い。
村の呉服屋の妖艶な女将は、常に村の男衆の視線を集め、デレデレする男の妻からのやっかみを受ける。その母を持つ娘は、しっかり者で級長をつとめるも、ホントは母親に甘えたい。母の化粧を真似て覗き見た鏡に映る自分の姿に感じる女。
朝から農業に勤しむ父母に換わって、幼い弟妹を背負い、家事をこなし、面倒を見る女児。

子供だけじゃなくって、大人たちだって、心の内に抱えている何かが在る。
お医者さんの家庭持ちの先生との逢瀬を重ね、その末の自殺未遂事件。社会的地位の高い、常識を持ち得た人物なのに、それだけに動転する姿。駆り立てる衝動の非情なチカラ。
過去に犯した過ちによって、心に深い傷を負い、心を閉ざして漫然と生きる男。誰にも心を開くことなく、猪の研究に没頭する。
最愛の妻を亡くした心の痛手を拭い去れず、妻の命と引き換えに生まれ出た娘とのふたり暮らしを続けるも、10年以上の歳月が経過してもなお、自らの殻に閉じ籠り、育児を放棄し、自らの薬草の研究のみに没頭する男。
何も抱えていない者など、この世の中には存在しない現実。抱えているモノが、大きいか小さいかだけの違いでしかない。必ず誰もが心の内に何かを抱えて生きている。

そんな心の内に何かを抱えている彼らも、何食わぬ顔で淡々と送る日常生活。時折垣間見える異変や、奇異な行動だって、事情を知らぬ者には、ただの変な人、困った人、病んでる人でしかない。関係ないから、無視して、近付かないようにしよう。巻き込まれたくない。無関係を装う。

人間は過ちを犯す生き物である。
過ちを犯さぬ人間など存在し得ない。
過ちを犯してしまった人間を、何も言わずに全てを受け容れる包容力、コミュニティ。
人間ひとりの力は、弱く儚い。往々にして過ちを犯す。
過ちは決して許されるべきではないけれども、犯してしまった過ちは、どんな償いをしたとしたって、決して消え去ることは無い。たとえ死をもって償ったとしたって。心の内にいつまでもいつまでも深く刻み込まれて残る想い。一生背負って生きていかなければならない。








本「白楼夢―海峡植民地にて」多島斗志之5


白楼夢―海峡植民地にて
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書評/ミステリ・サスペンス



本が好き!PJ”からの献本、七十作品目の書き記し。

多島斗志之が、”海峡植民地”と呼ばれていた、1920年代の英国領シンガポールを舞台に描くミステリ小説。
あとがきの”解説”にて、ミステリ研究家日下三蔵が評する。
当時の国際情勢を背景にした謀略小説であり、外地に進出した日本人たちを描く歴史小説であり、殺人事件の意外な真相を探る本格ミステリであり、迫力満点の逃亡サスペンスであり、男と女の色の行方を描く恋愛小説でもある。”

物語に描かれた後の、1941年には太平洋戦争が始まる。
日本と、主にアメリカイギリスオランダなど連合国との戦争は、ハワイオアフ島真珠湾攻撃”の 1時間49分前、1941年12月8日 日本時間午前1時30分(ハワイ時間12月7日午前6時)に、日本陸軍はアジアにおけるイギリスの拠点であるシンガポール攻略のために、当時イギリスの植民地であったマレー半島の、タイ王国国境に近いコタ・バル上陸作戦を仕掛けた、マレー作戦に始まる。
 (〜Wikipediaより)
第一次世界大戦 1914年〜1918年。

当時のシンガポールを、支配していた”イギリス”。
大航海時代を経て、世界屈指の海洋国家として、世界に植民地を拡大し、世界最大の奴隷貿易国などの、築き上げられた栄華に翳りが見え始めた頃?!
そして、イギリスは歴史的に階級社会であるとされる。
王室と世襲貴族を頂点に、爵位に基づく称号栄典上の階級が大規模に存続する。労働者階級であり、上流階級中流階級
本国から遠く離れていても、遠く離れているからこそ色濃く漂う。

外地に進出する日本人や華僑たち。自らの生まれ育った国を、何らかの理由から出でて、新たな可能性を求める行動を起こす。現在のように飛行機で何処でも気軽に、という時代ではない筈で、「二度と祖国の土を踏むことは無い」という強い想いを胸に抱き。異国の地で生きることに必死な人々。生きるために、娼婦だって拒まない。
そうして形成される、同文同種のコミュニティ(共同体)
日本人は日本人同士で、華僑は華僑同士で。経済活動に優れ、財を成した華僑たちは、更なる富を求め、利権を漁る。経済活動には、競争原理が働くから、生き残るために繰り広げられる熾烈な争い。時に武力抗争へと発展する。力の強い者だけが生き残る。支配する者と、支配される者。個人を超越して、国家間の策略さえもが垣間見える。
異国に地にあっても、築き上げられたコミュニティに働く、種の保存の本能。歳月を経ることによって、誰もが老い、輝きや威力を失い、翳りを見せる力。だからこそ、継ぎたい”血”。濃い血を遺す本能。強い者が放つ光、匂いが、強い者を惹き付ける。
それでも、血は抗えない。対抗する勢力同士であっても、何かのキッカケで引き起こされてしまう過ちは、それさえも時に必然であり、濃い血を有する者の”宿命”とさえ。
想像を絶するほどに苛酷な”血”。
歳月を経て、母であり、娘に襲い掛かる、不条理な事件。

”死”という不存在によって、覆い隠され、封印されてしまう真実。
それでも、どんなことがあったって、それが真実であるならば、いずれ明らかにされてしまう現実。

とどのつまりが、殺人事件の「犯人が誰であるか?」ということよりも、「何故に殺人事件が引き起こされたのか?」であり、そこに垣間見える人間模様が、物語の妙であり、犯人が明かされる痛快さに勝る、深い充実感に満たされる。









 祝!ブログ開設、一周年♪

「ぽろぽろドール -豊島ミホ」読みました。5


ぽろぽろドール
著者: 豊島ミホ
単行本: 230ページ
出版社: 幻冬舎 (2007/06)




久し振りの”豊島ミホ”。
思い返すと、出会いは、新潮社主催の公募新人文学賞R-18文学賞」受賞作品、「花宵道中 -宮木あや子」であり、「ほしいあいたいすきいれて -南綾子」から抱かれた興味であり、いずれも”本が好き!PJ”からの献本。私の読書遍歴は、このプロジェクト抜きには語れない。改めて感謝の意を表する。
それでも、抱かれた興味は、「青空チェリー」、「檸檬のころ」の二作品で一旦は満了し、私の記憶に留まった。だから、書店で新刊本として見掛けた瞬間に反応を示した。シンプルに「読みたい!」と。
無意識に反応した直感に素直に従い、結果として得られた”深い満足♪”。


物語は、”人形(ドール)”をテーマに描かれる六篇の短編小説。
人形が、人間の姿や形を似せて作られた造作物であり、愛玩する対象物であり、自らの過去の世界を遺し、永遠に不変の存在としての意義を有する。時に、愛玩するが故に、自分自身以外の第三者には決して語ることができない秘密をも内に秘める存在。人形という、生命や意思を有することがない、その非現実性が、リアルにその存在を浮かび上がらせる物語を織り成す。
素直に、感嘆させられた。

やっぱり、最後を締める、書き下ろし作品「僕が人形と眠るまで」が、ある意味では、この物語たちの全てを集約しちゃっているんだけれども、表題にもなる「ぽろぽろドール」であり、「手のひらの中のやわらかな星」に、深い感銘を覚えた。
夕食のあと、クロスを外したテーブルにミシンを置いて、お母さんはつぶやいた。
「咲子、高校に入ってからずっと元気ないみたいだったから。」
私はだだっとミシンを動かして。聞こえないふりをした。
 〜「手のひらの中のやわらかな星」
何気ない母と高校生の娘との日常会話。その短い言葉に秘められた想い、母の愛。自らの腹を痛めてこの世に産み落とし、自らの命を掛けて護り抜きたいと切実に願う存在”我が子”。表面上はともかく、本能的な意識下に、新しい高校生生活に対する不安感を抱く親心。余計なことを口にするまでもなく、その愛しい我が子の、普段とは異なる表情や行動、態度に感じるところは少なくないハズ。それでも、本能的に本質的に愛するが故に、その場しのぎの軽口は叩けない。我が子の痛みは、そのままに親の痛みでもあろう。だから、その表情に明るさを取り戻した瞬間を、決して見逃すことがなく、やっと訪れた安堵。涙なしには語れない、深い深い、母の愛。子供の立場にしてみれば、時に重く、ウザい、などとも感じかねない感情であろうが、親は真剣なのだよ。
だから、子供の成長は、嬉しくもあり、微妙に哀しくもある。

そうして、成長を続け、人間としての人格を形成していく”子供”。
その子供が、成長の過程において愛玩する”人形”。

人間は、生命を宿し、生きているが故に、歳月を経て、その形を刻々と変え続ける。その成長と共に、常に変化し続けることによって、存在することを可能とする。変わり続けることなくして、この世の中に存在することはできない。
一方、人形は、その姿形を変えないことに、その存在の意義を有する。生命や意思を有していないが故に、変わることなど有り得ないのではあるが、その変わり得ない存在であるが故に、人間の不確実な”記憶”という過去の出来事を思い浮かばせ、また、人間が変わり続けているという現実を認識させる”媒体”としての存在。
その存在と、その存在を媒体とした記憶が紡ぎだす物語たちの妙。









「檸檬のころ -豊島ミホ」読みました。5


檸檬のころ
著者: 豊島ミホ
単行本: 261ページ
出版社: 幻冬舎 (2005/03)




”痛々しい。見ているこっちが疲れるんだよ。” 〜本文『金子商店の夏』より抜粋〜

痛々しいのって、本人が一番良く分かっていて、言われちゃうと結構キツイ。だって、誰だって好き好んでそんな状況に身を置いている訳では無いし、とはいえ全て自らに起因していることは間違い無くって、それでも自らの力や手では抜け出さないから甘んじて受け入れていることで、どうしようもないことだったりするから。
圧倒的に開き直るしかない!
だって、どうしようもないんだもん。人生色々あるんだから、こんな時があったって、仕方が無いよね。色々あって、色々な人たちがいるからバランスが取れているんだよ。誰にだって、そういう時があるよね。色々あるから愉しいんだよ。

R-18文学賞第1回の読者賞を受賞して、作家デビューを果たした、豊島ミホ、デビュー作の『青空チェリー 文庫版』に続いて手にした。1982年、戌年生まれということは、干支でひと回りも違うのね!? それでも、読みたくなるのは、やっぱり好きだから! 正直に言っておきます、いいです! そうそうそうだよねぇ〜、とか、そうだったなぁ〜、とか、そういうことだったのね!?、とか、おぢさんにも納得、思い起こされる懐かしい記憶、それだけでなく現在の現実でも思い当たる節がありあり、自然に心に沁み込む部分がてんこ盛り。甘く切ないだけじゃない。

著作は、東北地方の片田舎の高校生活(北高校)を、高校3年生の男女生徒とその周りの人々を主人公とした、七つの物語から成り立っている。高校生活の最後、卒業して生まれ育った故郷を離れ、夢と不安を抱いて東京へと飛び立つところまでが描かれる。
『タンポポのわたげみたいだね』は、橘ゆみ子の口から語られる。いつからか保健室の常連となっていた小嶋智と出会いと、藤山君の告白、そしてあらためて確認する小島智との友情。
『金子商店の夏』は、東京で司法試験の予備校に通う28歳の痛い金子晋平。金子の実家は、北校前の駄菓子屋。母から「おじいちゃんが死にそうなの」との電話で、久し振りに、避けていた帰郷を果たし、直面する跡継ぎ問題やら厳しい現実やら。それでも、駄菓子屋の店先に飾る風鈴を買いに行こうと思う夏。
『ルパンとレモン』は、北校の野球部の西君。中学の同級生で吹奏楽部の秋元加代子とは、中学卒業の頃にいい感じの時があって、今でも淡い恋心を抱いていて、でも同じ野球部の佐々木富蔵に奪われてしまう、悲しい現実。レモン味のリップクリームと、秋元さんが佐々木君のために奏でるルパンのファンファーレと。
『ジュリエット・スター』は、北校生らの下宿で母を手伝う娘、24歳の理可。美容師の彼氏、木島君がいて、北校の林君との規則違反の男女交際が故に下宿を追われる南高校の水橋珠記の対応を、父と母から押し付けられる。水橋珠記の、時に男に色目を使い、時に舞台を描いての迫真の演技。
『ラブソング』は、音楽好きの白田恵。いとこの志摩ちゃん(こちらも何故か保健室の常連)が音楽雑誌にレビューが掲載されて失われる自信。同じクラスの辻本君と音楽の趣味から恋心を抱いて、夢破れる現実。現実を知る前に書いちゃった、辻本君がバンド演奏する曲に合わせた詩。それは当然に、恋の詩。格好悪いけど、それが現実、格好悪くないよ!
『担任稼業』は、北校の教師の丹波先生。勤続15年あまり、マンネリで、多少自信喪失気味。独身で両親と同居。結構現実味ありあり。小嶋智の対応に苦慮する、出席が足りなくて卒業できないよ〜。何故か坂口安吾の「桜の森の満開の下」
『雪の降る町、春に散る花』は、やっぱりマドンナ秋元加代子。いよいよ卒業だもんね、クライマックス、美味しいところ。交際中の野球部の佐々木君の合格通知はいまだ届かず奮闘中、そして彼女は東京の大学へと準備に追われ、夢と希望と不安と色々な思いを胸に故郷を後にする。4年前に先に東京での生活を送る兄と、その実家に残された兄の部屋、そして父と母の会話、別れの時。故郷の思い出。

女子高校生の視点、男子高校生の視点、教師の視点、下宿の娘の視点、高校脇の駄菓子屋の孫(?!)の視点で、それぞれの想いをそれぞれの側面から綴ることによって、さらに大きく鮮明に描き出される物語。
当然にひとつひとつの物語は短編小説として独立して完結している。しかし、そのひとつひとつを完全に独立した物語として完結させているが故に、微妙な関連性のみを残して完結させているが故に、全体の物語の完成度が高められている。

それは即ち、そのまま映画にしたくなるのも頷ける訳で、映画「檸檬のころ -れもんのころ-」、著者が意図した訳では無いと思われるが、映画としても状況や情景が描き易い。当然に私も、その映画化の情報を入手した後に手にしている訳で、その部分のリサーチも興味深い部分ではあった。

読了後の、拙い私のリサーチでは、著者は、決して主役とならない保健室の常連『小嶋 智』?! 主役にはならないけれど、主役にならないからこそ、物語における重要な鍵を握っていて、この物語を創り出すことができた?!

とか色々言いながら、実際には、男性の教師や金子商店の孫の予備校生の描写には、多少の違和感を感じたり、う〜んと考えちゃうとこととか、若さ故とか、現実はね、何てところがない訳じゃ無いのよ(笑)!
そんな小さなことなんて、全く気にならない溢れる魅力!

ブログ告知板としまもどうぞ。

好きだなぁ!
で、☆×5つ!







「青空チェリー -豊島ミホ」読みました。5


青空チェリー
著者: 豊島ミホ
文庫: 232ページ
出版社: 新潮社 (2005/07)



妄想は圧倒的に”しあわせ”になれる♪

新潮社の”R-18文学賞”第1回 読者賞受賞作品「青空チェリー」を含む、3つの物語が綴り込まれています。豊島ミホの短編集。著者のブログも要チェック!

受賞作品「青空チェリー」に綴られる、ちょっとエッチに興味津津の予備校生の女の子と男の子の、妄想(なんと予備校の隣に建ったラブホテルのノゾキ!?ながらの自慰行為)の世界と現実の世界の物語。妄想の世界はひとりの世界であり、その妄想の世界をひょんなことから共有してしまう二人。妄想と現実が入り乱れ、現実の世界でのリアルな部分に突入するところで、当然に物語の幕は閉ざされる。70ページの短い物語の、軽快なテンポで妄想を駆け抜ける心地好さ!? なるほど、読者の熱い支持を受けるに値する秀作。
「誓いじゃないけど僕は思った」では、かつて13〜14歳のたった短い時間を共有しただけの、交際もしていなくて、ただただタイミングが合って”放課後の廊下”で共感する瞬間があったというだけの同級生の女の子が忘れられなくて(依存?!)、現実の今を生きることが、目の前の女性を愛することができない、22歳の大学4年生の男の子の物語。こちらも、当然に妄想の世界が全開で、妄想の世界を中心に、現実の物語が少しずつ進行していく。同級生やサークルの仲間との交わりの中から、自分自身を深く見詰める。揺れ動く心の様。ちっぽけで凡庸な自分自身。不安な気持ちや迷いや悩みを抱えながら、それでも妄想や思い出と共に生きていく現実。
圧巻は「ハニィ、空が灼けているよ。」、妄想が爆裂して暴走しています。主人公の大学生の女の子は地方から東京に出てきていて、教授と付き合っている。そして何故か、物語の中では戦争をしている。でも具体的な戦闘は、目が届く範囲では行われていない。遠い遠い世界で戦争は行われている。戦争中なのに緊張感の欠片も感じない不思議な平和な世界。しかし、その平和は実はバランスを崩しかけていて、東京は間も無く戦場と化す、という末恐ろしい情報を教授は耳にする。それでも自らは愛する国を護るため、その職務を全うするために東京に残り、愛する(?!大好きな?!)彼女を田舎(彼女の実家)に疎開させる。大好きな教授の愛を感じながら、田舎で過ごす女の子は、そのやるせない気持ちを、同級生のフリーターと過ごして心の隙間を埋める。ある日彼は、同級生の一人が戦地から帰還して入院している病院に見舞いに行く。戦地で深い心の傷を負い、心のバランスを崩し、自分を責める元兵士。しかし、そんな同級生のフリーターの下にも、赤紙が届き招集され・・・。
赤く灼けている空を見ながら、物語の幕は閉ざされる。

完全に著者は妄想の世界を駆け巡っていて、滅茶苦茶なのにやるせなく切ない思いが募る。
そもそも物語たるもの、展開される妄想の世界を楽しむものなのである!?、という圧倒的な現実。そしてその妄想を楽しめる幸せ。








「こんな女でごめんあそばせ -蝶々」読みました。5


こんな女でごめんあそばせ
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/




私、これ好きです(笑)!
あそばせさせていただきました(笑)! 大満足です(笑)!!
<蝶々ワールド>全開バリバリ(?!)、と〜っても楽しかった〜!!
早速、ブログ「CHOCHO生しぼり」もチェックしました!
世の中の流行に疎い私は『蝶々さま』存じ上げませんでした。 こんなに素敵な女性が、ブームを巻き起こし、ご活躍されるのは、そりゃ〜当たり前のことでしょうし、マスコミが放っておく道理がありません!!
何なんでしょうか? 文字と文字、言葉と言葉の間から、ヒシヒシと感じさせる輝き(?!)、オーラ! す、凄い、凄過ぎる「蝶々さま」! 私のような一般庶民には、「ご縁」は無いのでしょうが(当たり前!?)、是非、実物のご本人から、そのオーラを拝ませていただきたい(笑)!

ところで私は、蝶々さまが、まるで何かに導かれるかのように、著しい進化を遂げていく様を、本作品の中に感じた。 2003年〜2004年と2006年では、同じ人間であることを確認することはできるものの、全く別人である! しかし、2003年〜2004年の蝶々さまがあるから、2006年の蝶々さまが受け入れられるのであり、また、2006年の蝶々さまで無ければ、決して本作品が輩出されることは無かったのでは?! とも考える! だから凄い!


私は2006年、ブログデビュー(?!)を果たした(笑)!
凡庸で、無力な一般庶民の私は、何かに導かれるのか? (蝶々さまの著作に、導かれて、ご縁をいただいたように!) そして、進化を受けて発展していくのか??
んなわけ、ないかぁ(笑)!





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主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

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▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

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