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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

南木佳士

本「草すべり その他の短篇」南木佳士5

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草すべり その他の短篇

○著者: 南木佳士
○出版: 文藝春秋 (2008/7,単行本 216ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4163271804


黙すしかなかった。
  (P.118、「旧盆」)


≪目次: ≫
草すべり   「文學界」二〇〇八年一月号
旧盆     「文學界」二〇〇六年九月号
バカ尾根   「文學界」二〇〇七年八月号
穂高山    「文學界」二〇〇六年一月号

浅間外輪山、黒斑山の草すべり上部からトーミの頭/撮影・梅香亮一


≪著者: ≫ 南木佳士(なぎ けいし) 一九五一年、群馬県に生れる。秋田大学医学部卒業。現在、長野県佐久市に住む。一九八一年、内科医として難民医療日本チームに加わり、タイ・カンボジア国境に赴き、同地で「破水」の第53回文學界新人賞受賞を知る。一九八九年、「ダイヤモンドダスト」で第100回芥川賞受賞。著書に、短篇集「神かくし」「家族」、長篇小説「阿弥陀堂だより」「医学生」、中篇小説「海へ」、「トラや」、連作短篇集「こぶしの上のダルマ」、エッセイ集「ふいに吹く風」「医者という仕事」「天地有情」「急な青空」などがある。


玉ボケ♪




本「トラや」南木佳士5


トラや
著者: 南木佳士
単行本: 196ページ
出版社: 文藝春秋 (2007/11)




猫の“トラ”をめぐる小説。
子猫のトラとの出逢いから、15歳で生命を全うするまで。
最初に見掛けた時には5匹いた子猫が、ほんの1、2ヶ月後には2匹になってしまって、飼うつもりなどなかったのに、気が付けば欠かせない家族の一員に。トラとの出逢いと時を同じくして、―だから、鮮明に記憶しているのであり、家族にとって必要とされたのでもあり―うつ病に苦しんだ。
トラと共に歩んだ15年の歳月。自らの病、親や近しい人たちの介護、そして、死、、、、 当時、小学生だった二人の息子は大学生になって家を出た。互いに老いた夫婦二人の生活。トラの不在。


そう、これぞ“南木佳士”。
例えば、「相変わらずのいつもの展開でツマラナイ」と感じる人もいれば、「この感じがタマラナイ♪」と感じる人がいる。ぼくは、「この感じが好き!」 もっと言えば、「この感じを必要としている人も、少なからずいるだろうなぁ」と想像する。
1951年10月13日群馬県生まれ。現役の医師であり、小説家(芥川賞受賞)。56歳。
どうやら、少し前まで、100年くらい前(現生人類の十数万年の歴史から比較すると、ほんの少し前)までは、人間の寿命は50年だった。
最近手にした、池田晶子(哲学者)「暮らしの哲学(毎日新聞社,2007.6)」にも、池谷裕二(脳科学者)「進化しすぎた脳 (講談社ブルーバックス,2007.1)」でも、さらっと書き記していて、何気なく読み飛ばすところなんだろうけれども、医療技術の発展に伴い、飛躍的に伸びた(伸ばされた)寿命。一方では、種の保存の原理原則に従えば、本来生き延びるべきではない(?!)種さえもが、生き残ってしまっている!?
単純なぼくは、それまで何の考えもなしに、「100歳まで生きる!」と能天気に唱えてみたり、「最近は不健康な生活を送っているから、70歳くらいまでかなぁ」などと考えていたりしたものだが、果たして科学(医療)技術の力を借りて、そこまでして無理に長く生きる意義とは?








「急な青空 -南木佳士」読みました。5


急な青空
著者: 南木佳士
単行本: 228ページ
出版社: 文藝春秋 (2003/03)




直木賞作家”南木佳士”著作に漂う雰囲気は、当然ながら大差が無い。それでも、手にする度に、噛めば噛むほどに、新たな側面が垣間見え、決して飽きることが無い。

それでも実は、小説家吉村昭の生い立ちと混同している。幼少の頃から病弱であって、肉親を幼くして失い、自らが大病を患い、常に身近な”死”。
そして、吉村昭「死顔」の書き出しが、人間の記憶に関する記述であったことを、ふと思い出す。
人間の本能。

軽井沢の病院住宅での日常生活から紡ぎ出される物語。厳しい冬、零下二十度の世界。大気の水分が凍結して浮遊する”ダイヤモンドダスト”。
自然が織り成す”美”。
日曜大工の”水車”。
なるほど、直木賞受賞作品「ダイヤモンドダスト」。
一度読んだ著作の世界を、あらためて別の角度から見ることができると、理解が深まる。

エッセイには、短い”書評”が顔を出す。
つくづく実感する、
「私は全く本を読まずに、これまでの時間を過ごしてきてしまった。」
既に過ぎ去った時間を悔いても仕方が無い。時間を取り戻すことはできない。
であるならば、今、”本が好き!プロジェクト”に参画させていただいて、新刊本を手にさせていただくことができること、図書館の幅広い豊富な蔵書を手にできる、現状の現実の目の前の幸せを噛み締めたい。そして、今がその時期なのであり、今、自らの意思で深く強く求めててにしているからこそ、深い理解が得られ、深く沁み込む幸せ。
感謝。









「こぶしの上のダルマ -南木佳士」読みました。5


こぶしの上のダルマ
著者: 南木佳士
単行本: 220ページ
出版社: 文藝春秋 (2005/04)




南木佳士の作品が嫌いだ。
しかし、それは即ち、自らの否定に他ならない。

読書を心の拠り所として、日々を遣り過ごす。手にする本が絶えることが、正直怖い。ほぼ依存症状態。
参画させていただいている”本が好き!プロジェクト”からの献本の他に、二箇所の公立図書館を愛用する。その時の気分で、あまり深く考えることなく手に取る。気になる本は、予約で気長に待つ。
そして、深く考えることなく手にした本であっても、手にしたからには、何らかの必然に基づいていると考えるから、読み続けていけば、いずれは終わりが来ると考えるから、とにかく最後まで読む。この世に生み出された本には、全てその必要に基づいている。
そんな頑なな考えが、自らを更に追い込むことを理解していながら、それでも性格だから仕方が無い。

人里離れた山奥の廃屋同然の古家に住み、人知れず轆轤(ろくろ)を回し自給自足の生活を営む・・・


南木佳士との出会いは、やはり図書館の新刊本コーナーにて「からだのままに」。まるで魔が差したかのように、引き寄せられた。
そしてまた、何故か手にしてしまった。
それでも、1988年に芥川賞を受賞して、特別に目立つ活躍をされている印象を受けることが無い(?!、私が知らないだけ??)ものの、今現在も著作を出し続けている。大手出版社”文藝春秋”だって、供給が見込まれない著作は、過去の栄光だけでは出版することがないであろう。


派手さは無い。漂う空気は、重く暗い。
父親との確執。死。自らの病い。山。
決して明るい、楽天的な物語ではない。深く深く沈み込んで、苦しみや痛みさえも感じさせる物語。
静かに正直に素直に語られるが故に、深く沁み込む。決して心地好さは無い、出来得ることであれば、逃げ出したい。それでも、逃げ出して、放棄したところで、自らの内に秘められた”何か”が、それを圧し止める。










「ダイヤモンドダスト -南木佳士」読みました。5

ダイヤモンドダスト -南木佳士

ダイヤモンドダスト
著者: 南木佳士
単行本: 203ページ
出版社: 文藝春秋 (1989/02)




”「私の家のような百姓と別荘の客達が親外の分をわきまえていた時代が、この町のいちばんいい頃だったのね。差別じゃなくて、区別がはっきりしていたのよね」”
 〜「ダイヤモンドダスト」より〜


記念すべき、第100回 芥川賞受賞作品。
先日、何気なく手にしたエッセイ集「からだのままに」から、南木佳士に興味を抱いた。


小説「ダイヤモンドダスト」の他に、エッセイ(?!)が三篇。
長野県の佐久総合病院の医師として勤務し、日常的に”死”と向かい合う日々。
大きな夢を抱いて医師を志したものの、それでも生真面目な性格故に、現実的な”死”を常に目にする苦悩。”死”の淵に立たされながらも、奇跡的な生命力によって生き返る人がいれば、突然に呆気なく訪れる”死”があり、高度に発達した医療技術によって、延命措置を受けている人。
特に、カンボジア難民医療団として赴任した経験が、より一層、人の”死”の不条理や宿命を浮き立たせる。カンボジアの、度重なる内戦などによる貧困や階級格差。経済的に豊かな(?!)国、日本から経済支援の名の下に派遣される医師団が、酷暑や不衛生などの過酷な環境にあって、支援できる範囲には限りがある。個人的な感情に流される行動は許されない。異国の地、しかも劣悪な環境にあって、救いたくても救うことができない命もある。それさえも、宿命であり、抗うことができない現実。それは、カンボジアだけでなく、高度に医療技術が発展した日本にあっても変わらない。
一方、日本においては、高度に発展した医療技術によって、人工的に生かされている人もいる現実。家族からの要望がある場合があり、時には医師の名声のためであったりもする。意識も無いままに人工的に、自然の流れに反してコントロールされる”死”。医師としての評価は、学会での論文の発表(?!)であり、手術の件数や、その後の延命の長短であったりする部分もあり、それを商売のネタにするメディアは、当然の如く、目に見えて分かり易い材料として、盛んにあおり立て、患者側の心理としても、ついつい目に見える数字や評判を判断材料とする。資本主義自由経済化にあっては、当然の流れでもあろう。
当然に医師も人の子であり、地位も名声もお金も欲しい、人の命を救う、高度な専門性を有した高貴な職業であることに、全く異存は無い。仮にそれが医師の私利私欲であったとしても、人の命が助かり、長くこの世に生を受けることができて、喜ぶ人がいる事実に相違は無い。必要な存在であることに間違いは無い。
それでも考える、喜ぶ人がいるけれども、喜ぶ人がいるってことは、その陰には、絶対的に、喜べない、喜んでいない、不幸な人が存在することを。コップの水は常に満杯で、新たに水が入ってくれば、絶対的に溢れ出る。
それでも世の中は上手くバランスが保たれていて、様々な種類の人が存在していて、医師だって人間だから、医師の中にも色々な人が存在する。

生真面目で真剣で一生懸命すぎちゃって、時に痛々しい。
趣味の釣りだって、アユは131匹、ワカサギは560匹。

とても他人事とは思えなくって、だから私は手にする。








「からだのままに -南木佳士」読みました。5


からだのままに
著者: 南木佳士
単行本: 168ページ
出版社: 文藝春秋 (2007/02)




”人の真実はそれぞれに多様で、表現するのは難しそうだけれど、現実をそのまま活字に置き換えるよりも、虚構を用いたほうがより雑多な真実を作品のなかに取り込めそうな気がした。そうしなければ、書かれた人物の輪郭や陰影を表せないと直感した。だれかにきちんと読んでもらえなければ、悩みを開示する意味はないのだから。
昭和五十六年二月の寒い朝、育ての親だった祖母が死んだ。
・・・
語り合う者を亡くしたとき、見慣れたはずの風景さえもがらりと形相を変える。医師になって四年目で、他者の死には慣れたはずだったが、想い出を共有した人を亡くすのは初めての体験だった。一人の人間の死が、永遠の不在が、これほどまでに強烈に、遺される者の世界を変容させる一大事なのだと、このときになってようやく気づいたのだった。”

 〜「浅間山麓で書く」より抜粋〜


著者の南木 佳士(1951年生まれ)は、大学卒業後の三十年を、九百ベッドを有する大規模総合病院佐久総合病院に勤務する、現役の医師であり、第53回文學界新人賞、記念すべき第100回芥川賞受賞の小説家である。

自らが、「母が三十代前半、祖父も五十そこそこで逝っている短命な家系」との宿命を感じていて、そして、現実に三十八歳でパニック障害、その後のうつ病、肺の手術を経て、五十五歳の今を生きる、その想いを綴るエッセイ集。

あとがきに
”過去は絶えず新たに制作されてしまうものだから、これもいまの想いにすぎないのだが、五十五年の頼りない足跡は、これまでの人生がまさにからだが生き延びるためのものであったことを明確に教えてくれる。・・・”
とある。

人の”死”が日常茶飯事となっている医療現場に携わっているが故に、”遣り甲斐”などとチープな言葉では表現し切れない複雑な想いがあろう。
一方では、不謹慎かもしれないが、ある意味では”商売”であるとの割り切りから、無頓着に感覚を麻痺させる選択肢、または考え方もあろう。考え過ぎて、結果的に好いことは無い。真剣に考えれば考えるほどに、悩み、苦しみ、精神的に尋常ではいられなくもなろう。特に、性格的に生真面目な場合、その精神的負担は、想像に難くない。私には耐えられる自信が無い。
それでも、世の中は上手くできたもので、その善悪を問わず、精神的に負担に感じない方も絶対的に存在する。ある意味では、”正義のミカタ”的な存在。絶対的に必要な存在。その存在無くして、正常な社会秩序(?!)が保たれない。また一方では、誰でも成り得るものではない。
そしてまた、精神的な負担と、深い苦悩の中から、それだからこそ生み出される、新たな側面と、その可能性を否定できない。順調な人生の中からは、決して窺い知ることができない事柄。
その必然に導かれて、そして保たれるバランスもあろう。



足繁く通う区立図書館の”新刊本コーナー”で目にして、何気なく手にした。
実は、かのガブリエル・ガルシア=マルケスの新刊『族長の秋 他6篇』(2007年4月27日発売)の予約準備が整った旨のメールが届いていたこともあり、それでも、現在は別の海外純文学の超大作(やはり新潮社のクレスト・ブックス!)に挑んでいる真っ最中にため、心の何処かで手軽な(?!)著作を求める弱い心が顔を出していて、一気に読めると思しき著作として手にした三冊のうちの一冊。こんな支離滅裂、気紛れな読み方をしているから、本格的な作品への理解が深まらないとの思いを有しつつも、それでも、本格的文学作品の”読了”に対する意義に重きを置く現実も。悩ましいが、とにかく本が読みたいのである。








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