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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

小谷野敦

本「日本人のための世界史入門 (新潮新書506)」小谷野敦5

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日本人のための世界史入門 (新潮新書)
日本人のための世界史入門 (新潮新書506)

○著者: 小谷野 敦
○出版: 新潮社 (2013/2, 新書 271ページ)
○定価: 819円
○ISBN: 978-4106105067




世界史の“コツ”、教えます――。古代ギリシアから現代まで。3000年を一冊で大づかみ!

いつから日本人は世界史が“苦手”になったのだろう。“コツ”さえつかめば、世界史ほど面白いものはないのに――。「物語のない歴史は退屈である」「日本人にキリスト教がわからないのは当然」「中世とルネッサンスは何が違うのか」「フランス革命の楽しみ方」……。歴史の“流れ”を大づかみするための補助線を引きながら、古代ギリシアから現代までを一気呵成に論じる。一冊で苦手意識を克服できる、便利な世界史入門。


≪目次: ≫
序言 歴史は偶然の連続である
“歴史離れ”は「知」への軽蔑/歴史に“法則”なんかあるのか/拍子抜けの『銃・病原菌・鉄』/英雄史観と民衆史観の両方があってよい/江戸時代は「江戸時代」でいいじゃないか/物語のない歴史は退屈である

第一章 皇帝とは何か、王とは何か
「皇帝」「王」が意味するもの/古代ギリシアのトロイ戦争と『オデュッセイア』/「ローマ礼賛」への違和感/カエサルからオクタウィアヌスへ/私にはキリスト教がよく分からない/ローマ帝国の興亡/シナの王朝と三国志/ローマ帝国の東西分裂
コラム(1) 同性愛と宦官

第二章 あえて「暗黒の中世」と言ってみる
ローマ帝国滅亡後の世界/神聖ローマ帝国とイスラムの登場/歴史において想像力は害悪である/宗教と世俗権力の衝突/フランスにはなぜ女王がいないのか/意外と新しい英国の歴史/“キリスト教”と“イスラム教”の激闘/宗教は理性では理解できない/『水滸伝』の時代/チンギス・ハーンは本当にヨーロッパの脅威だったのか/恋愛はアラブからの輸入品か/「暗黒の中世」はキリスト教がもたらした/東洋の発見
コラム(2) 西洋の名前と五爵の制

第三章 ルネッサンスとは何か
「中世=暗黒」への反論/なぜ裸の女が描かれるのか/王権とは何か/英仏百年戦争とジャンヌ=ダルク/明とオスマン帝国/ルネッサンスの本場・イタリア/アメリカの発見と大航海時代/うわっつらなオリエント・ブーム/姦通や離婚と宗教改革/地中海から大西洋へ――覇権の移動/シェイクスピアの時代/旧教国vs.新教国/英国は不思議な国である/明の滅亡と太陽王・ルイ十四世/泣いても喚いても西洋の科学の発展にはかなわない/中世以降のヨーロッパは戦争の歴史である/啓蒙思想家の登場
コラム(3) 「曜日」と代表権

第四章 フランス革命と十九世紀
アメリカの独立/フランス革命はなぜ起きたのか/革命政府vs.ヨーロッパ諸国/皇帝ナポレオンの時代/第二共和制から第二帝政へ/アヘン戦争と近代化への抵抗/植民地とモンロー主義/ナショナリズムの時代/社会主義思想とユダヤ人迫害

第五章 日本の擡頭、二度の大戦
日清・日露戦争と激化する列強の覇権争い/ヨーロッパの没落とアメリカの擡頭/社会主義と共産主義/ファシズムと第二次世界大戦
コラム(4) 大統領、首相、書記長

第六章 現代の世界
戦後独立する国々/冷戦の幕開け
コラム(5) 歴史を歪める安易な呼称変更

あとがき だいたいでええんや


≪著者: ≫ 小谷野 敦 (こやの あつし) 1962(昭和37)年生まれ。東京大学文学部英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。学術博士。著書に『もてない男』『バカのための読書術』『日本売春史』『「こころ」は本当に名作か』『谷崎潤一郎伝 堂々たる人生』『母子寮前』『日本恋愛思想史』など。







・・・シナ歴代王朝の覚え方として、「夏殷周秦前漢新後漢三国西晋東晋南北朝隋唐五代北宋南宋元明清中華民国中華人民共和国」というのを、私は使っている。「かいんしゅうしん、ぜんかんしん、ごかんさんごく、せいしんとうしんなんぼくちょう、ずいとうごだい、ほくそうなんそう、げんみんしん」である。これは覚えてほしい。
 ・・・   (P73、「第一章 皇帝とは何か、王とは何か」)


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本「日本恋愛思想史 記紀万葉から現代まで (中公新書2193)」小谷野敦5

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日本恋愛思想史 - 記紀万葉から現代まで (中公新書)
日本恋愛思想史 記紀万葉から現代まで (中公新書2193)

○著者: 小谷野 敦
○出版: 中央公論新社 (2012/11, 新書 243ページ)
○定価: 861円
○ISBN: 978-4121021939





日本人はどのような恋愛をしてきたのか――。記紀万葉の時代から公家文化、武家文化、町人文化の時代を経て、近代の恋愛結婚至上主義、戦後の純潔教育、性の解放へ。恋愛研究の第一人者である作家・比較文学者が、古今東西の文献を博捜し、古典的名作から戦後の通俗小説、映像作品まで目配りしつつ圧倒的なスケールで描く、比較恋愛思想史の決定版。『〈男の恋〉の文学史』以来一五年におよぶ研究の集大成。


≪目次: ≫
序文

I 思想としての恋愛
第一章 恋愛輸入品説と十二世紀西欧の発明説――どう間違っているか
佐伯順子への疑念/明治の文学者は『源氏物語』を読んでいなかった/輸入品説論者の主張/戦後も続く西洋幻想/「愛」という言葉/キリスト教の「愛」は恋愛の愛ではない/中世までの庶民の恋愛はわからない/階層によって異なる性道徳/江戸幻想への批判/近代恋愛の特徴/もてない男女はどうすれば……/起源の探究は無理
第二章 古代恋愛文藝の東西
資料としての文学作品/恋の詩・恋の歌/異性愛の詩に乏しい古代ギリシア/オルフェウス神話と記紀神話/ギリシアとエジプトの詩/ソクラテス、プラトンの少年愛/ローマ喜劇の驚くべき結末/恋愛エレゲイア詩の登場/『ダフニスとクロエー』/ローマ帝国における恋愛文藝の衰微
第三章 日本の公家文化とトゥルバドゥールの時代
川端康成の日本文化論/男が恋することの美醜/光源氏の二つの側面/恋する男の物語/男が悩み、苦しみ、ため息をつく/アラブ初期の恋愛文藝/アリエノール/『宮廷風恋愛について』/恋愛法廷/恋愛対象は人妻/「アーサー王伝説」とイングランド中世文学/『源氏物語』とそれ以降の王朝物語/女が書いたからこそ、男の恋に同情的か/貞操観念と強姦/『梁塵秘抄』と和歌/中世と影響力を増す仏教/「恋のためし」/女は男の思いに応えるべき/小野小町/能楽/『太平記』
第四章 ルネッサンスと徳川文化
老獪な偽善者ダンテ/アレゴリーという手法/女性嫌悪(ミソジニー)と結婚否定論/ペルシアの雄大な恋物語/『狂えるオルランド』の大流行/シェイクスピアの時代/仮名草子と浮世草子/売春恋愛哲学「色道」/『好色一代男』/近世日本の農民と町人の恋/藝能民と売春/男色/少年愛の賛美と女性蔑視/遊里の世界/近松門左衛門/「摂州合邦辻」/近世的頽廃と宣長・馬琴の抵抗/洒落本『傾城買二筋道』/人情本/近世文藝の特徴/近世日本人の純潔
第五章 西洋近代の恋愛思想
梅毒の恐怖がもたらしたもの/『アベラールとエロイーズの書簡』/手紙の重要な役割/サミュエル・ピープスの日記/ルソーからゲーテへ/十八世紀のイギリスとフランス/「恋愛思想」を示さない十九世紀小説/二十世紀の姦通小説

II 恋愛と日本の近代
第六章 明治期知識人の混乱
センセーション・ノヴェル『谷間の姫百合』/明治二十年代の恋愛論/北村透谷の誤解/二葉亭による恋する男の再発見/女に振られた経験を描く私小説/『金色夜叉』の前近代性/「プラトニックなぞは古い」/大塚楠諸子研究への注釈
第七章 「恋愛結婚至上主義」への道
エネルギッシュな与謝野晶子/知的青年の意識と江馬修『受難者』/童貞問題/漱石には恋愛思想はない/大正作家たちの恋愛体験/ユーモア小説/岸田國士と山本有三の新聞小説/存外にリベラルだった昭和戦前期
第八章 戦後の純潔教育のなかで
性道徳に最も厳しい世代の誕生/石坂洋次郎の活躍/「青春論」「人生論」のなかの恋愛/売春防止法とその後/読者諸氏へのお願い
第九章 性の解放と近世の美化
「中流」とは何か/柴田翔と学生運動の盛り上がり/全共闘世代のロマンティックな恋愛観/サブカルチャーによる恋愛結婚の理想化/東大生は女に不自由しないか/「金曜日の妻たちへ」と不倫の定着/『めぞん一刻』のソープランド論争/『ノルウェイの森』と『サラダ記念日』/上野千鶴子の擡頭/九〇年代後半、『もてない男』へ/恋愛思想の近代化は終わってはいない

あとがき (二〇一二年十月 小谷野敦)

主要参考文献
索引


≪著者: ≫ 小谷野 敦 (こやの・あつし) 1962年、茨城県生まれ、埼玉県育ち。87年、東京大学文学部英文科卒業。97年、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。学術博士。90〜92年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学。94年より大阪大学言語文化部講師、助教授、国際日本文化研究センター客員助教授などを経て作家、比較文学者。2002年、『聖母のいない国』でサントリー学芸賞受賞。09年、小説『童貞放浪記』が映画化、10年、「母子寮前」が第144回芥川賞候補となる。著書、『〈男の恋〉の文学史』(朝日選書、1997)、『もてない男』(ちくま新書、1999)、『日本売春史』(新潮選書、2007)、『谷崎潤一郎伝』(中央公論新社、2006)、『江戸幻想批判』(改訂新版 新曜社、2008)、『現代文学論争』(筑摩選書、2010)、『悲望』(幻冬舎、2007 のちに幻冬舎文庫)、『美人作家は二度死ぬ』(論創社、2009)、『母子寮前』(文藝春秋、2010)ほか多数。






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本「友達がいないということ (ちくまプリマー新書159)」小谷野敦5

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友達がいないということ (ちくまプリマー新書 159)
友達がいないということ (ちくまプリマー新書159)

○著者: 小谷野敦
○出版: 筑摩書房 (2011/5, 新書 187ページ)
○価格: 819円
○ISBN: 978-4480688606
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サイキン、どうなんだろう?!、屋外のベンチとかで昼間、手弁当を食する人の姿をおおく見かけるような気がしているんだけれども、ぼくもそのひとりで、などと言ってしまうほどにカッコいいものでもなくって(外食は苦手だ、メンドクサイ、気が乗らない、なによりモッタイナイ)、ジッサイまるで隠れるように、ひとりムシャムシャと本を片手に読み耽りながら



「便所めし」という言葉があるが、友達がいないということは、「もてない」よりもつらいかもしれない。文学作品を始め、さまざまな視点から描く、ネット時代の友達論。


≪目次: ≫
まえがき――「便所めし」の悲哀
第一章 友達にだって片思いはある    人間関係プロレタリアート/レイプされたら友達を呼ぶ?/人づきあいの面倒な人/「どうしてあいつがいるの?」/友達片思い/「もてない」よりもつらい/趣味が合っても気が合わず……/徒党を組む「悪人」/生きるのが下手な人/子供っぽい大人のつきあい/他人の笑いについていけない/いじめられっ子か、孤高の人か/東大生は性格が悪い?
第二章 虚構としての友達物語    みんなそんなに友達がいるの?/淋しい人必見のドラマ/ヴァラエティー番組の「親友」は、やらせ?/民放のドラマは嘘臭い/昔の「友情」が美しい理由/さまざまな「友情」作品/漱石の孤独、上田敏の淋しさ/菊池寛の友情/大学内の作家仲間/長電話文化と「単独者」/江藤淳も友がいなかったのでは?
第三章 友達関係はホモソーシャル    男同士の絆(きずな)/ホモソーシャルとは?/「やおい」は女のホモソーシャル?/異性の友達は可能か?/精神的ホモエロティック/漢詩と男の友情/前近代の日本に友情はなかった?/バイセクシャル(両刀使い)/近代になって男色が復活/『平家物語』はホモ文学?/世界の文学は同性愛から始まった
第四章 友情か、正義か    母子関係が友達関係に影響する?/友達の悪行を見逃せるか?/自己啓発書の友達論/世間はそんなに甘くない/知識人向け人生論/フロム愛するということ』/過去は美化される/犬猫への愛情
第五章 「いじめ」のことなど    「いじめ」の定義/暴力の否定が「いじめ」を増やした/「言葉いじめ」の陰湿さ/言葉づかいと友達/「友達が多い自分」への憧れ/不良にもなれず、優等生にもなれない/「引っ越し」の哀しみ
第六章 友達は面倒でもある    誰かを選べば誰かを排除することになる/『徒然草』の友情観/北方謙三村上龍の人生論/結婚のすすめ/「男同士」の友情への嫌悪/実らぬ恋のまま生涯を終えること/田中英光『オリンポスの果実』/役に立たない実用書/精神を病む/阿部和重『グランド・フィナーレ』/「友達に全否定される」怖さ/喧嘩別れのあと/一人でいるのが平気な人/義理に縛られたつきあい
第七章 ネット時代の友達論    現代文学における友達/大江健三郎の関係描写/文人同士のつきあい/ネット時代にも変わらない側面/ネットでの交流/変人に癒(いや)される
第八章 孤独な人々のための読書    孤独を描いた名作/男は嫌われて一人前――子母沢寛勝海舟』/『大明帝国 朱元璋(しゅげんしょう)』の恐ろしさ/ビジネス書はビジネスの役に立つのか?    
終章 「あきらめ」と「明日」    「不幸な人生」というものはあるのか?/一人ぼっちは本人のせいじゃない
あとがき

※イラストレーション=なかむらるみ


≪著者: ≫ 小谷野敦 (こやの・とん) 1962年茨城県生まれ。本名読み・あつし。東京大学文学部英文科卒、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。1990−92年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学。大阪大学助教授、東大非常勤講師などを経て、作家、文筆家。著書に『もてない男』『バカのための読書術』(ちくま新書)、『〈男の恋〉の文学史』(朝日選書)、『日本売春史』(新潮選書)、『聖母のいない国』(河出文庫、サントリー学芸賞受賞)、『恋愛の昭和史』(文春文庫)、『現代文学論争』(筑摩選書)ほか多数。小説に『悲望』『童貞放浪記』(幻冬舎)、『母子寮前』(文藝春秋、芥川賞候補)などがある。






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本「すばらしき愚民社会 (新潮文庫)」小谷野敦5

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すばらしき愚民社会 (新潮文庫)

○著者: 小谷野敦
○出版: 新潮社 (2007/1,文庫 317ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4101306711


表出する言説や表現に惑わされて、本質を見誤ることを避けたい。
聞こえのいい言説が、だからと言って、即ち正しい、ということは、、、ほとんどない。耳障りがいいことを常に言い及ぶのは、究極的には、自らの腹を痛めて産み落とした母親だけ。それ以外の他者にあっては、何らかに意図に基づく作為に満ちる。
否定して拒絶して排除するにしても、その本質であり、中身を見定めることがなくては、その判断すら採用することが憚られる。
小谷野敦にあって、展開される情報量と、その編集力に魅せられる。

私が「愚民」と呼んでいるのは、豆腐屋や靴屋やトラックの運転手や、競馬やパチンコの好きなお父さんではない。電車の中で七人がけのところに六人で座って詰めようとしない連中や、携帯メール中毒になってじっと携帯を見つめている若者は、部分的に愚民ではあるが、もし大量に愚民が存在する領域があるとしたら、それはいわゆる知識人、つまり「大学」や「学者社会」、そして大学院生や学生たちなのではないかという気が、今ではしている。月曜になると、『週刊現代』や『週刊ポスト』を、煽情的な記事やらヌード写真目当てに買う人々は、どちらかというと愛している。愚民向け雑誌といえば、『AERA』や『SPA!』ではないか。前者のお父さんたちは、自分が選良だなどとは思っていないだろうから、愚民ではない。自分らが選良だと思っている者たちのほうが愚民なのである。  (P.306)


≪目次: ≫
序 大衆論とその後
今や「大衆」は司馬遼太郎さえ読まない/「ハリポタ」をリクエストする東大生
第一章 バカが意見を言う世の中
「大衆社会」から「大衆教育社会」へ/高校と大学の数を減らすべき/ネット肯定論者の不誠実/バカはネットで物を言う/論争はネットにお任せ?
第二章 迷走する階級・格差社会論
階級・格差社会論の萌芽/遺伝というものがあるではないか/何のための三流大学なのか/戦後日本の中流・平等幻想/「西洋社会=平等社会」幻想/「階級」を認めない日本人/格差? やっとバブルが終わっただけ……/ニート論の欺瞞をめぐって/バカな若者をこれ以上甘やかすな
第三章 日本の中間階層文化
二十年前の「大衆」/バカに選挙権を与えていいのか/なぜ「名前連呼」が選挙運動か/独特な日本の中間階層文化/近代批判の流行と近世への思考停止
第四章 「近世」を忘れた日本知識人
歴史は近代から始まるわけではない/非歴史的な「日本論」/『太平記』の凋落、南北朝を巡る混乱/なぜ「歴史」が抜け落ちてしまうのか/日本知識人と近世/インチキ現代思想より、近世を!
第五章 「説得力ある説明」を疑え!―― カール・ポパー復興
通俗心理学を疑え!/「何でも説明できる」からこそいかがわしい/政治的に利用される心理学/岸田秀の場合……/「――とは何か」とは、一体何なのか?/「お手軽分析」がまかり通る世の中/「時代論」に気をつけろ!/政治と研究をごっちゃにするな/「分からない」は「分からない」で良いではないか
第六章 他人を嘲笑したがる者たち
やんちゃな文体/意見を言うようになったバカ/ネット言論の功罪/「2ちゃんねる」とマスコミと知識人/表現の自由と匿名性/「まじめ」を忌避し、「笑い」を求める/「2ちゃんねらー」と江戸町人文化/元来「笑い」とは嗜虐的かつ猥褻なものである/「笑い」の変化と強制/日本に「西洋風ジョーク」は似合わない/「笑ったもん勝ち」は許せない/「正論」なき時代の「シニシズム」/「笑われること」を恐れるな!
第七章 若者とフェミに媚びる文化人
「正しいおじさん」と「わがままな若者」/オヤジとギャルの二項対立/なぜ文化人は若者に媚びるのか/日本の新たなタブー/「中立を認めない」と「中立を目指す」の差/ポストモダニズムは「やけくそ哲学」/「事実」が言説による構築ならば……/「生物学的男女差」と「政治的男女差」/フェミニズムにおける不平等/離婚慰謝料における「男女差」
第八章 マスメディアにおける性と暴力
ポルノグラフィーは性犯罪を助長するか/検閲ではなく批判を/性・暴力表現を甘受してはいけない/「リベラル」ぶるのもいい加減にしろ!/暴力表現に寛容なのがそんなに進歩的か?/暴力が好きな映画評論家たち
第九章 アカデミズムとジャーナリズム
「新書戦争」に物申す!/新書に「世界史」が、ない/アカデミズムとジャーナリズムの溝/「国文学の三悪人」/「文学研究者」という悲しい職業/「論争」を忌避する学者たち/粗製濫造される「へなちょこ学問」/「研究」とはかくも難しいものなのである
第十章 禁煙ファシズムと戦う
反煙草運動の急速な広がり/強制力のない法律を前に自己規制/非学問的な「受動喫煙」被害/身体に悪いものなどほかにもあろうに/「禁煙医師連盟」に精神科医がいないわけ/たばこ屋の孫に生まれて/喫煙は単なるニコチン中毒か/酒はいいのか、酒は!/比較は公正にすべし/ストレス社会こそ元凶/禁煙ファシズムが隠蔽しているもの
あとがき
文庫版あとがき


*この作品は平成十六年八月に新潮社より刊行された。


≪著者: ≫ 小谷野敦 Koyano Atsushi 1962(昭和37)年生まれ。東京大学文学部英文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。学術博士。2007年現在、東京大学非常勤講師。2002(平成14)年、『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞。著書は『〈男の恋〉の文学史』『もてない男』『バカのための読書術』『恋愛の超克』『退屈論』『中庸、ときどきラディカル』『俺も女を泣かせてみたい』『反=文藝評論』『片思いの発見』『なぜ悪人を殺してはいけないのか』『谷崎潤一郎伝』など多数。


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本「悲望」小谷野敦5


悲望
著者: 小谷野敦
単行本: 213ページ
出版社: 幻冬舎 (2007/08)




ちょうど先日手にした、ピアニスト”フジ子・ヘミング”「あなたに届けば To you from Fujiko Hemming (オークラ出版、2005.12)」に、ドキッとさせられた一節があって、
”恋について言えば、やっぱり、男のほうが未練がましいかもしれないわね。”
って。そう、そうなんだよねぇ〜、ホントに未練がましくって、自分でもホトホト厭になるくらいに、いつまでもいつまでも、グズグズグズグズと。もしかしたら?!、まだ!?、ん〜、やっぱりもしかしたら?!、とか、何かにつけて、ことあるごとに。
手続き的にも明確に区切りが付けられて、何の関係も有しない、既に「縁がなかった」ということで双方の話し合いによる合意事項として、明確な決着が付いているにも拘らず。
救いを求められたらどうしよう、状況が変わって気が変わるかもしれない、もしかしたら待ち望んでいるかもしれない、、、99.9999999999%の可能性がないことを充分に承知していながら、それでもなお。

だから、童貞の若い男(大学院生だから、実は若くない?!)の長年に亘る、切ない恋心が迸る『悲望』、と言っても、それは純粋な”恋心”と簡単には言い切れないのだけれども、偶然の連続による若者(特に若い男)にありがちな勘違いと思い込みと。果たして、想い入れた相手に対する熱意ある行動、しかしそれは往々にしてついつい度を越して迷惑がられて怖がられ、時に”ストーカー”なんて呼ばれたりしちゃうんだろうけれど、駆り立てられて抑え切れない衝動を、熱い想いを、ただただ単純に咎めることなど、、、ん〜、やっぱりできない!?!
それ(ストーカー行為など)が殺人事件にまで発展しちゃうのと、それはそれでまた違う側面の問題が大きいのであろうから別としても、時に迸る想いが昂じ過ぎて(加害者と言うことになろうか?!)、またその想いを大きな負担に感じて(そうなると被害者?!)、それが故に仮にも精神を病んでしまったとして、ところが精神を病んでいるのは被害者は勿論だけれど、案外と加害者の側もある意味では病んでいたりして、だからと言って病んでる加害者の行為が赦されるかと言えば、それとこれとは別の問題だから、決して赦されることなどはなく、そんなに簡単に事が済む問題ではないのであろうが、若いというだけで既に一般的には経験も知識も不足している未成熟を示していて、残念ながら自分以外の他者を傷付けて、その無意識の内に、残酷なまでに他者を傷付け痛めつけた自らの行為によって、相手が苦しみ悶える姿を見るにつけて、感じる痛みを知って初めて、それを自らの経験として、そのひとつひとつを自己の行動規範として積み重ねる。
そんな一筋縄ではいかない、若い男の迸る熱情と哀愛に満ちた物語は、歳月を混ぜこぜに超越して、美しく幕を閉じる。というより、物語だから、どうしたって幕を閉じなければならない訳で、終わらせなければキリがなくって、いつまでたっても終われない。物語と違って、現実を生きてる僕らは、簡単に幕を閉じちゃう訳にはいかなくって、そこには虚構と現実の歴然とした格差があって、だからこそ「幕を閉じました。ハイ、お終い。」と言う訳にいかないのだから、著者は読者のための余白、物語の続きを残しておかなきゃいけない!?、何よりも、キレイにハッピーエンドに纏まる話しなど決して多くはない。

と、若い男汁(?!)をたっぷりと滴らせつつ、初めて挑んだ小説作品。さぁ、考えよう!?、ん〜、一度使ったネタは、もう二度と使えない。

なるほど、第二弾では、相対する女性の視点から客観的に冷静に淡々と描かれる物語。
ちょっと高度に専門的で「なんとなく、リベラル」な展開の物語、自らの置かれている境遇(大学教授、非常勤講師)であり、憂いている社会的な問題。それでもやっぱり、明快に私小説!

そう、”小谷野敦”には申し訳ないけれど、つまらない(?!)教授職なんかに落ち着くことなく、広く日本国の将来のためにも、身を呈して展開する批判、評論、執筆などの精力的な活動を大いに期したい!



 初出
 「悲望」(『文學界』2006年8月号)
 「なんとなく、リベラル」(『文学界』2007年2月号)








本「禁煙ファシズムと戦う」小谷野敦、斎藤貴男、栗原裕一郎5


禁煙ファシズムと戦う
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書評/社会・政治



僕と”小谷野敦”との出逢いは、新潮選書「日本売春史 −遊行女婦からソープランドまで (2007/9)」(2007.10.28読了)で、正直その時は、ただただ言葉を失っちゃうほどの衝撃を受けちゃって、しばらくず〜っと言い知れぬ後を引いていて、どうやらそれは他人事とは思えない近しさ!?、その論調の烈しさに垣間見える苦しみ、辛い、痛みを伴い、軽薄な言葉で簡単に表現することを憚られる、どうにもしようがない”何か”の存在。そんな訳で、なかなか簡単には次の著作に手を伸ばすことができなかった。
そんなこんなで、やっと二作目。手にしてから気が付いたことだが、かつて、”本が好き!PJ”経由の献本がベストセラーズからあった。その献本の記憶が僕の中にあったから、今回手にしたのかどうかは定かではない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、、、

ところで僕はタバコを吸わない。もっと言えば、37年の人生で一度もタバコを口にしたことがない。「機会がなかったから」と言うと驚く人も多いが、あまり人と交わることを得意としなかったせいか、家族(両親)に喫煙の習慣がなかったからか、一度も興味を抱くことがなかった。

そんなこともあって、一時期は真剣にタバコを嫌悪した。臭くて煙くて健康に悪影響を及ぼし(寿命は遺伝の影響が著しく大きく、節制しても大した変化をもたらさないことが、2003年のヒトゲノム解明により判明している)、中毒症状(依存症)を引き起こす、絶対に許されない行為だ!、と。
そう、権威主義傾向が強い僕は、自分が負けそうにない攻撃対象を選別した上で、自己都合をひた隠して、”偽善”を振りかざした。
「正義が悪を討つ!」とばかりに。ところで、そんな僕はホントにホントに正義?、何のための?、誰のため(都合)の??

そういう時期を経て、と言っても今だってタバコの煙や臭いは嫌いだから、禁煙の店(席)を選んで確認するようにしているし、歩行喫煙している人を見掛けたら、歩行ルートを変えたり、気にならない距離を保ち、関わらないように(僕は神経が過敏だから)、自ら努力や工夫をしている訳で、タバコであり喫煙行為に対する嫌悪感に変化はないが、、、例えば、僕はアルコール飲料を止められない、カフェイン(珈琲)を止められない、インターネット(ブログ)を止められない、その他にも、止められないこと、依存していること、それらの数知れぬ行為の上に、何とか保たれる精神の安定。
たまたま僕には喫煙の機会がなかったから習慣がない(小谷野敦のようにタバコ屋の孫に生まれていたら・・・)だけで、僕の神経が過敏だから喫煙行為が気になるというだけで、様々なものに依存しなければ生きていけない僕に、喫煙行為を咎めることができようか?、もし仮に違法行為(ちなみにタバコは合法で、貴重な税収源)であったとしたって、その人にとって精神の安定が得られるものであるとするならば、状況やら原因に一切触れることなく、表面的な禁止のみを加えることに、何の意義があろう。


≪目次: ≫
 第吃 禁煙ファシズム・闘争宣言 【小谷野 敦
 第局 「禁煙ファシズム」の狂気 【斎藤 貴男
 第敬 嫌煙と反‐嫌煙のサンバ 【栗原 裕一郎】
 第孤 反・禁煙放談 【小谷野 敦 × 斎藤 貴男
 付録 エンストローム論文 (2003年 UCLA発表)








本「日本売春史―遊行女婦からソープランドまで」小谷野敦5


日本売春史―遊行女婦からソープランドまで
著者: 小谷野敦
単行本: 239ページ
出版社: 新潮社 (2007/09)




壮大な目論見を見守りたい。

小谷野 敦(こやのあつし,1962.12.21- )は比較文学者、評論家。東京大学非常勤講師。近代的理念を再評価する「新近代主義」の立場を取り、現代日本の論壇人への苛烈な批判で知られる。 〜Wikipediaより
『猫を償うに猫をもってせよ(小谷野敦のはてなダイアリー)』

エイズという梅毒より恐ろしい性病が現れたいま、売春非合法だが存在する状態にしておくのは、現実的政策とはいえないだろう。ヨーロッパ並に合法化し、性病予防を徹底するべきであろう。(P.194)”
だから、本文の最後に書き記す、
私の目的は、ここに達成された。というのは、中世遊女は聖なるものであったと論じる者たちを私は批判したが、彼らの多くは、現代の娼婦について語ろうとしないからだ。(中略) 現在わが国に存在する職業としての売春を黙殺して、過去を賛美するような行為は不誠実である。古代から現代に至るまでの、一貫した日本売春史を記述することによって、そうした論者たちを追い詰めることが目論見だった。(P.208)”


約150以上もの参考文献を紐解き、ほとんど資料らしきものが存在しない古代まで遡った、比較文学的論評。
ちなみに、比較文学とは、文学作品などを比較して、表現・精神性などを対比させて論じる文学の一分野。〜Wikipediaより
売春や娼婦など、日本の精神史を解いた過去の数多の文献を検証し、時に痛烈な批判を展開する。ばっさばっさと、痛快にメッタ斬り。あまりの独断振りに、暫し言葉を失うも、なるほどなるほど、それが”比較文学比較文化”的な理論展開なのかも!?、と何となく納得、嫌いじゃない。曖昧な人情論や感情論による展開を排除。


人類セックスの特徴は、発情期がなく、常にセックスが可能であることだ。(P.17)”
”多くの側室を持った明治天皇に対し、大正昭和天皇は、一妻であった。
(P.24)”
それが事実であり、現実。否定しても、忌避して隠しても、どうなるものでもない。

人間の本能と、需要と供給、その必然。
人類が、生殖を目的としない、快楽のためのセックスをするであることは確かだ。(中略) セックスの後で男が消え去ってしまい、女が妊娠すれば、それを引き受けるのは女だから、女は不特定多数とのセックスを忌避するだろう。もし、妊娠を回避する確実な方法を彼らが知っていたら、男女ともに快楽を求める結果として、売春は発生しなかったかもしれない。(P.17-18)”

それにしても、ここで紹介した研究書のほとんどが現在入手困難で、人はこれほどまでに歴史の暗部から目を逸らしたがるものか、と思う。(P.145)”
”要するに日本の一般人は、けなげな下級女郎の悲劇や、聖なる遊女論のようなものを好むのだと言うほかない。
(P.107)”


”まえがき”の冒頭に書き記す、
「われわれにとって容易なことでなく、またそうすることが大へん必要なのは、ある本に刺戟を受けたときに、原著者に猛烈に嫉妬することではないかと私には思われる。嫉妬するということは、なぜそのような本が自分または自分たちによって書かれないのかと真剣に問い質すことである」。
十六年前に書かれた、文化人類学者・山口昌男の『本の神話学』(中公文庫、元本は一九七一)の冒頭に、「翻訳餓鬼道」、つまり外国(もっぱら西洋)の著者の翻訳して、それで済ませてしまう態度への批判が書かれている。



≪目次≫
第1章 売春に起源はあるのか
第2章 古代の遊女は巫女が起源か
第3章 遊女論争―網野善彦による「密輸入」
第4章 「聖なる性」論の起源
第5章 中世の遊女と網野史学
第6章 近世の遊女史
第7章 岡場所、地方遊廓飯盛女
第8章 日本近代の売春―廃娼運動と自由恋愛
第9章 現代日本にも存在する売春―カフェ赤線ソープランド








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