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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

中島義道

本「死の練習 シニアのための哲学入門 (ワニブックスPLUS新書250)」中島義道5

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世界の光景はもちろん、あなたの“死の意味”をも大転回させる――
【戦う哲学者】、哲学を志して五十二年の最終結論。
「読者諸賢、(おそらく)二度と生き返ることがない『あなた自身』について、死ぬ前に本腰を入れて考えてみたらいかがでしょうか?」

哲学は、死後の永遠の魂を保証するものではない。ただ、自分が死後「無になる」ことが当然ではない、という不思議さに驚き続けることなのであり、それは、自分がこの世界に「ある」ことの不思議さに驚き続けることにほかならないのです。


≪目次: ≫
はじめに――「死の練習」とは?

第1章 哲学の問い
 「ぼくは死んでしまう」/「哲学者」と「俗人」/ロゴス(理性)中心主義/ロゴス中心主義批判/科学主義・実証主義/かつては、誰も「私とは何か?」と問わなかった!/エピステーメの枠/かつての大問題/心身問題/肯定的関係と否定的関係/哲学すること

第2章 「無」というあり方
神なき人間の惨めさ/永遠回帰/「無」の起源/概念は言葉の上だけの存在ではない/二重の否定/自己自身との否定的関係

第3章 過去・未来は「ある」のか?
 過去への運動?/マクタガートの議論/過去の実在性を保証するもの 想起/大森荘蔵の「立ち現われ一元論」とその修正/過去の実在性を保証するもの 証拠/想起と知覚との絶対的違い/未来は「どこから来る」のか?/新たなことが湧き出す不思議

第4章 〈いま〉は「ある」のか?
 サルトルの『嘔吐』/「さっき、この部屋にプードルがいた」/時間論に戻る/「現在」と〈いま〉の区別/矛盾をそのまま保持して受け容れる

第5章 自由は「ある」のか?
 決定論と自由/カントのアンチノミー(二律背反)/非決定論的決定論/過去を基準とした客観的世界と〈いま〉/未来と将来/言葉の意味からの自由

第6章 私は「ある」のか?
 「私は考える、ゆえに、私はある」/固有の体験を否定する/超越論的統覚/各人は同じ「私」という言葉を理解する/内的経験/ある現存在の感じ/否定の否定/二重の視点/魂の注入?/「他人の心」という問題/「私」と「私の身体」との否定的自己関係/客観的実在世界の秘密

第7章 死は「ある」のか?
 「私の死」とは客観的実在世界からの退場ではない/私が「ある」ことはほんとうに「驚く」こと

おわりに (二〇一八年一二月一七日、明日はまたウィーン 中島義道)


≪著者: ≫ 中島 義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学教養学部・法学部卒業。同大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。「哲学塾カント」を主宰。おもな著書に、『明るく死ぬための哲学』(文藝春秋)、『時間と死』(ぷねうま舎)、『七〇歳の絶望』 (角川新書)、『カントの時間論』『哲学の教科書』(以上、講談社学術文庫)、『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)、『悪について』 (岩波新書)、など多数。




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本「カントの「悪」論 (講談社学術文庫2524)」中島義道5

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カントの「悪」論 (講談社学術文庫)
○著者: 中島義道
○定価: 本体1,150円(税別)
○ISBN: 978-4065131602









誠実性の原理



カント倫理学にはアディアフォラ(道徳的に善くも悪くもない領域)が開かれていない。その倫理学に一貫する徹底した「誠実性の原理」。「幸福の原理」を従わせ、自己愛を追求する人間本性に対し「理性」が命ずる誠実性とは何か。人間が悪へ向かう性癖と根本悪、道徳的善さに至る前提としての「自由」とは? カントが洞察した善と悪の深層構造を探る。


≪目次: ≫
はじめに
凡例

第一章 自然本性としての自己愛
1 カント倫理学を支える信念
 自己愛の強さと普遍性/道徳的善さと自己愛/カントの問い、理性に従う不思議
2 「幸福の原理」
 エピクロス派批判/ストア派批判/アディアフォラ(adiaphora)
3 定言命法と仮言命法
 義務に適った行為と義務からの行為/定言命法と内容/われわれは「危うい立場」にある/意志の自律と他律/「幸福の原理」と「誠実性の原理」/「欲する」ことと「すべき」こと/実践的愛/道徳的熱狂に対する警戒

第二章 道徳法則と「誠実性の原理」
1 道徳法則の形式性
 道徳法則は「形式」のみであるのか?/「誠実性の原理」と他人に親切にする義務/範型論/道徳法則の演繹
2 道徳法則に対する尊敬
 われわれはいやいやながら道徳法則を尊敬する/道徳感情論批判/道徳法則は人間の「そと」にあるのか「うち」にあるのか?/尊敬はしても従わない
3 誠実性とは何か?
 一般的と普遍的/誠実性という独特の義務/ユダヤ人を絶滅させるべきか?/職務を果たす誠実性/生命は最高の価値ではない/嘘論文/パレーシア/誠実性と謙虚さ/キルケゴールの「反抗」/幸福に値すること

第三章 自由による因果性
1 責任論的解釈
 自由と道徳法則との等根源性/理性の事実/自然因果性とは何か?/「べし」の世界/生起しなかった行為の必然性/行為者を非難する理由/互いに完全に独立な二世界論
2 実在論的解釈
 可想界から現象界への実在的な関係/同一の出来事における二重の因果関係の成立/「性格(Charakter)」というディスポジション(disposition)?/可想界と現象界とを繋ぐ因果性/可想的性格と経験的性格の同型性/ブラックボックスとしての経験的性格/可想的性格の感性的図式としての経験的性格/理性の没時間性/実在論的解釈の帰結
3 因果性と時間性
 カントはヒュームを批判しえたか?/未来は統整的原理のもとにある/決定論と自由意志/決定論と他行為不可能性/現在の行為と過去の行為のあいだの断絶/根源的な現在

第四章 悪への自由・悪からの自由
1 悪へ向かう性癖 
 実践的自由の可能性/実践的自由と決定論/ヴォカンソンの自動機械/すべての人間は根本悪に陥る
2 性癖からの自由
 われわれは道徳的に高まりうるのでなければならない/性癖に身をゆだねる自由とそれに逆らう自由
3 神の現存在の要請
 魂・自由・不死/カントにおける神学/人間の不完全性と神/神の現存在の要請

附録 カントとラカン

あとがき (二〇一八年七月九日、七十二歳の誕生日を迎えて 中島義道)
索引


※本書の原本は、『悪への自由――カント倫理学の深層文法』として、二〇一一年に勁草書房より刊行されました。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院哲学専攻修士課程修了。ウィーン大学で哲学博士号取得。電気通信大学教授を経て、現在は「哲学塾カント」を主宰。専攻は時間論、自我論。著書に『哲学の教科書』『「時間」を哲学する』『ウィーン愛憎』『「私」の秘密』『「純粋理性批判」を噛み砕く』『哲学塾授業』『差別感情の哲学』『不在の哲学』『カントの時間論』ほか多数。



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本「明るく死ぬための哲学」中島義道5

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明るく死ぬための哲学
○著者: 中島義道
○定価: 本体1,500円+税
○ISBN: 978-4163906720







私が住んでいる世界、私が見ている世界は「このようにある」のではない。
客観的世界のあり方と、「私がある」というあり方はまったく異なるのだ。
「私がある」とは、私がこの世界には属さないということである。
では私が死ぬ、とは果たしてどういうことなのか?

私が死ぬとき、私は新しい〈いま〉に直面する――。


子どものころから死とは何かを問い続けてきたカント哲学者が、
古希を迎えて改めて大難題に挑んだ哲学的思索。


≪目次: ≫
はじめに

第一章 古希を迎えて
 「死」すら見すえ続ける/一七年間の惑いの年/職業としての哲学/「気晴らし」の数々/「書く」こと/『うるさい日本の私』/電気病?/復讐の書/「時間」という巨大なテーマ/デュシャンの誤り/「カント」という梯子/自他の幸福を追い求めない/朝日カルチャーセンターとの闘争、その発端/朝日カルチャーセンターとの闘争、その変容/朝日カルチャーセンターとの闘争、その終結/哲学と世間/他人に何も期待しない/人生を〈半分〉降りる/「無用塾」から「哲学塾カント」へ

第二章 世界は実在しない
 仮の世/世界は「観念」である/言語が仮象を生み出す/瞬間と未来/言葉と実在/「実在」という名の不在/ポンペイ/録画と録音/未来を知ることができないという絶望?/「立ち現われ一元論」/「過去の制作論」/受動的能動性

第三章 不在としての私
 客観的世界と私/思考する私の起源/現存在する感じ/存在忘却の歴史?/世界へと超越する「私」/固有の身体を振り捨てる「私」/余計物としての「私」/不在としての内的経験/内的経験は外的経験に否定的に依存する/二重の否定/意味としての「痛み」の優位/他者の内的経験/一人称意識存在としての神/不在としての私

第四章 私が死ぬということ
 「死」より重要な問題はない/「無」という名の有/根源的否定性としての過去/明るいニヒリズム


あとがき (二〇一七年四月中旬 今年の桜はなかなか散らないなあと思いつつ 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学教養学部・法学部卒業。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。「哲学塾カント」を主宰。著書に『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『「時間」を哲学する』『人生を〈半分〉降りる』『カントの人間学』『うるさい日本の私』『愛という試練』『悪について』『私の嫌いな10人の人びと』『「死」を哲学する』『観念的生活』『カントの読み方』『〈ふつう〉から遠くはなれて』『哲学塾の風景』などがある。




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本「東大助手物語 (新潮文庫)」中島義道5

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東大助手物語 (新潮文庫)
○著者: 中島義道
○定価: 本体460円(税別)
○ISBN: 978-4101467313








あれは、いまから〇〇年前の出来事であった。・・・ 〇〇年前のあの体験・・・



「きみのあの態度は何だ!」15年間の大学生活、ウィーンへの私費留学・・・・・・。出口のない生活から私を救い、東大助手に採用してくれた教授の一言から「いじめ」は始まった。「髭を剃ったらどうか?」私を助教授にするため、あれこれ画策してくれる「恩人」から数カ月に及ぶ罵声と執拗な攻撃を受けながら、大学とは、学界とはなんたるかを知るまでを描く壮絶な「アカデミズムの最底辺」体験記。


≪目次: ≫
1 きみの態度は何だ!
2 東大教授たち
3 妻のわだかまり
4 大学常勤をめぐる闘争
5 エスカレートする教授のいじめ
6 大学人事の内幕
7 論文を書くことが禁じられている大学もある
8 東大合格発表の思い出
9 教授宅訪問
10 髭を剃ったらどうか?
11 きみの就職先がやっと決まったよ
12 夏休みにうちの芝生を刈ってくれないか?
13 奥さん、口先だけの言葉はいいんだよ
14 やはり金を渡すべきなのか?
15 すべてを学科長に話そう
16 事件があると困るからどこかに隠れていなさい
17 きみ、助手を辞めますか?
18 中島はどこだ! 中島はどこだ!

あとがき (二〇一四年九月末 蝉の死骸を見ることが多いこのごろ 中島義道)
解説 井上章一 (平成二十九年四月、風俗史家、国際日本文化研究センター教授)

※この作品は二〇一四年一一月新潮社より刊行された。(人物や固有名詞の一部を仮名にしています。)


≪著者: ≫ 中島義道 Nakajima Yoshimichi 1946(昭和21)年福岡県生れ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。哲学博士(ウィーン大学)。2009(平成21)年、電気通信大学教授を退官。著書に『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『〈対話〉のない社会』『孤独について』『人生を〈半分〉降りる』『私の嫌いな10の言葉』『働くことがイヤな人のための本』『続・ウィーン愛憎』『悪について』『狂人三歩手前』『人生に生きる価値はない』『人生、しょせん気晴らし』『差別感情の哲学』『ウィーン家族』『英語コンプレックスの正体』などがある。



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本「〈ふつう〉から遠くはなれて  「生きにくさ」に悩むすべての人へ 中島義道語録」中島義道5

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不器用に生きる人への「生き方」指南の書『カイン 自分の「弱さ」に悩むきみへ』、仕事としっくりいかず、生きがいを見いだせない人に向けた『働くことがイヤな人のための本』、日常的にふりかかる「嫌い」の現実と対処法を説いた『ひとを〈嫌う〉ということ』など、仕事、孤独、人間関係、対話、日本社会論…と、多岐にわたるテーマに思索をめぐらし、これまで65冊の本を書いてきた著者の主要著書20冊より人生に役立つ名文章をまとめた著者初の名文集。
「死」に対する恐怖をはじめ、自身の独特の生きにくさを真摯に見つめ探究し尽くした著者の言葉は、すべての人にとって、「よく生きる」ための示唆に富んでいます。
往年のファンにはもちろん、著者の本をはじめて手にとる人にも楽しめる、「ためになる毒」に満ちた珠玉の一冊です。

――「普通」という自縄自縛から自由になる――
「普通は」結婚する、「普通は」子どもを産む、「普通は」学校へ行く、「普通は」仕事をする、大人なら、会社員なら、日本人なら「普通は」こうする、こう考える・・・・・・。 そんな「普通」という価値観の縛りが「生きにくさ」を生む。
著者は「普通」を否定するわけでは決してない。(むしろ心から普通になりたかったがどうしてもなれなかったとあとがきにあるとおり。)「普通」から(完全に)離れることを薦めているわけでもない。著者は、「普通」の中で、普通になれないままに、つまり生きにくさの中で生き、苦悶、思索した自らの言葉(人生)を同じく生きにくさに悩む人たちに考えるヒント、「素材」として提供している。
近代私小説の主人公の独白を思わせる(担当編集私感)その言葉の数々から、我々は多様性と可能性に思索を巡らし、「普通」の中で、できるだけ、自由に、自分らしく生きるヒントが得られることと思う。


≪目次: ≫
はじめに

1 いつも「死」を考えている
 どうせ死んでしまう/死んでしまうかぎり「幸福」はありえない/生きる一条の意味/すべてを無限に超えた仕事/「死の恐怖」と対峙する/「死」と「不幸」の関係/孤独に死にたい/私の不幸論の舞台裏

2 自分の中の「悪」をよく見る
 自他の心に住まう「悪」/人の価値は、「悪意」といかに対処するか/善人は無自覚に悪を犯す/ジャーナリズムにおける悪/「怒り」という悪/嫌うこと・嫌われることは「自然」である/嫌う技術/「嫌い」の力学を活用する

3 自分の「欠点」を活かす
 適性のヒント/欠点を「伸ばす」/「弱い人」に言いたいこと/健全に闘争しよう/自分の「城」に完全にこもらない/「立派な社会人」は唯一正しい生き方ではない/自分固有の「生きにくさ」を確認する/自分自身でありたいのなら

4 自分の「願望」に忠実になる
 人生で何をすべきか/矜持をもって生きたい/正直に生きたい/自分らしく生きたい/〈対話〉のない社会/「思いやり」と「優しさ」という暴力/他者との対立を大切にする

5 すべて自分が選びとったものだと考える
 この運命は自分が選びとったのだ!/人は自らが選んだ苦痛には耐えられる/組織で殺されないための三原則/進路の選び方/社会的不適応を誇らない/人間関係に揉まれる/価値観の枠を外す/何人たりとも、人生は豊かにすべきだ

6 与えられた仕事において努力の限りを尽くす
 仕事の醍醐味/とにかく働き出すこと/カネと評価/信頼を得る方法/血を流す思いで書いてきた/倒れたら倒れたままでいる

7 幸福を過度に求めない
 幸福は盲目で怠惰で狭量で傲慢であることの産物/よく生きるとは幸福に生きることではない/幸福はなくても困らない/幸福を求めると不幸になる/幸福はいつも真実を食い尽くす/わが国における「幸福教」の暴力的な布教/幸福という錯覚/共同幻想から「醒める」/幸福教への荒治療

8 他人に何も期待しない
 期待すると不幸になる/社会の期待/善人の期待/自分への期待/人間関係にくたびれ果てないために/他人の人生論は役に立たない

9 世の中は理不尽であると認める
 人生は「理不尽」のひとことに尽きる/何ごとも割り切れない/他人は合理的にあなたを遇してはくれない/人生は思い通りにならないのがあたりまえ/生涯「運」に翻弄されつづける/評価は必要悪である/きみは理不尽に成功し、理不尽に失敗する/みんな違ってみんないい?/能力のある者は少数派である/すべては運命なのか

10 哲学する
 哲学は何の役にも立たない/常識の枠から自由になる/「あたりまえ」を解体し、新たに構築する/哲学する

おわりに (二〇一六年八月十二日 リオ・オリンピックたけなわ、五二年前の東京オリンピック(私は十八歳でした)を思い出しながら 中島義道)
出典著作一覧


≪著者: ≫ 中島 義道 (なかじま よしみち) 1946年福岡県生まれ。東京大学法学部卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰(http://gido.ph/)。著書に『うるさい日本の私』(角川文庫)、『私の嫌いな10の言葉』(新潮文庫)、『悪について』(岩波新書)、『「時間」を哲学する』(講談社現代新書)ほか多数。



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本「過酷なるニーチェ der harte Nietzsche (河出文庫)」中島義道5

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・・・・・・
 なお、「神が死んだ」の原文は“Gott ist tot.” であって、「神は死んでいる」と訳すほうが正確である。いま「死んでいる」のは、かつて生きていたからではない。そうなら、ニーチェ自身が、かつて生きていた神の死を悼む者、あるいは正反対に、神の死を喜ぶ者になってしまうであろう。
 そうではないのだ。そうではないところに、「われわれが神を殺したのだ」というセリフが狂気の男によって語られたという意味が生きてくる。この男はあまりにも真剣であり、そこにいた群衆に嘲笑される。群衆は、神の死にいかなる衝撃も受けない。いかなる真摯な態度も示さない。彼らは、ある意味で「正しく」時代をとらえているであろう。現代において、神が「存在しない」ことは自明なのだ。そんなことでオタオタすることはないのである。あらゆる深刻なことを笑い飛ばし、すべてを軽く軽くとらえるこうした輩は、いつでも「みんな」と同じ感受性を持ち、「みんな」と同じ信念を持っている。そして、それからわずかにでも外れる人を目撃すると、寄ってたかって嘲笑し、排斥するのだ。
 こうした軽薄で、怠惰で、小賢しい近代人たちに比べれば、狂気の男は、はるかにまし(besser)である。そこには、・・・・・・    (p18-19)



「明るいニヒリズム」の哲学者が「誰の役にもたたず、人々を絶望させ、あらゆる価値をなぎたおす」ニーチェに挑む。生の無意味さと人間の醜さの彼方に肯定を見出す真に過酷なニーチェ入門の決定版。

「明るいニヒリズム」の哲学者がニヒリズムの始祖のニーチェの哲学に真っ向から立ち向かいながら、哲学のおそろしさと歓び、生の無意味と人間の醜さの彼方に「ヤー(然り!)」を見出すニーチェ入門の決定版。真に「過酷な哲学者」としてのニーチェがここに蘇る。


≪目次: ≫
はじめに

第1章 神は死んだ
 ハイデガーの解釈/神はもともと死んでいた/ニーチェのパウロ主義批判/ニーチェのイエス批判/神の死と人間の死/新しい神?

第2章 ニヒリズムに徹する
 ヨーロッパのニヒリズム/ツァラトゥストラのサル/ニーチェに「反抗する」ことがニーチェを理解することである/ニヒリズムの三形式/受動的ニヒリズムの諸相/ニーチェの「怒り」を引き受ける/カントとニーチェ

第3章 出来事はただ現に起こるだけである
 徹底的懐疑と最善感/必然的なものはない/(いわゆる)偶然的なもの/偶然の消滅=運命愛/近代法にもぐり込んだ因果応報/現代日本の畜群たち

第4章 人生は無意味である
 「よく生きる」/よく生きることと死/考える葦/広大な宇宙のただ中で/『神の死』を誠実に受け容れること/誠実とエゴイズム/遠近法主義/真理は女である/永遠との結婚

第5章 「人間」という醜悪な者
 人間的、あまりに人間的/純朴なニーチェ/戦わないニーチェ/虚栄心/精神の奇形/弱者は生きる価値がない/柔和な畜群/ルサンチマン/火のイヌ/ヒトラーとニーチェ/『ツァラトゥストラ』第四部/最も醜い人間/同情の克服/「子ども」という概念の二重性

第6章 没落への意志
 「没落する」ということ/真理を伝える人間たちへの嫌悪/殉教者?

第7章 力への意志
 力への意志と誠実であること/「僧侶=パウロ主義者」という力ある者/永遠回帰を受け容れる意志

第8章 永遠回帰
 永遠回帰とは何か?/批判的検討/モグラの永遠回帰/パウロ主義も永遠回帰する?/小びとの永遠回帰/瞬間と永遠回帰/ニヒリズムの完成?

あとがき (二〇一二年 十一月中旬 ウィーンでは、そろそろクリストキンドルマルクトの屋台が出ているころだなあと思いつつ・・・・・・ 中島義道)

解説 香山リカ(精神科医)

※本書は二〇一三年に河出書房新社より刊行した『ニーチェ ニヒリズムを生きる』を改訂の上、文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。哲学者。「哲学塾カント」を主宰。著書、『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)、『生き生きした過去』(河出書房新社)、『東大助手物語』(新潮社)、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』(講談社)など多数。



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本「時間と死 不在と無のあいだで」中島義道5

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時間と死――不在と無のあいだで
○著者: 中島義道
○定価: 本体2,300円+税
○ISBN: 978-4906791620






──七歳のころから「私(ぼく)が死ぬとしたら人生には何の意味もない」という叫び声が私の体内に響いていた。 (「はじめに」より)
そこにあると思っている客観的世界も、流れてやまないと信じられている時間も、「不在」なのではないか──常識の骨組みを、一つ一つ抜き去ってきた哲学者が、ついに「私」の死の問題に挑戦する。
客観的な世界が仮象なら、死は世界からの消滅ではない。死とは、不在から無への転換、不在である「私」がほとんど失うもののない転換なのだ。


時間を問い、死の問題に肉迫し、常識的な世界像を脱臼させてきた
哲学の道の到達点を示す書下し、さて、この断崖からどこへ跳躍を?

カントを出発点として、大森荘蔵の哲学と対話をつづけ、
アリストテレス、アウグスチヌス、ヘーゲル、ベルクソン、
そしてサルトルからデリダまで、あらゆるタイプの時間論を視野に
構築された「不在の哲学」。
その切っ先は死の「残酷な意味を剥奪する」地点に至った。
「私」が死ぬとは、絶えず湧き出す、新たな〈いま〉から消滅すること、
「有」から「無」への転換ではなく、「不在」から「無」への転換、
あらゆる意味で「不在」である「私」が、失うもののない転換なのである。


≪目次: ≫
はじめに
凡例

第一章 時間と「時間」という概念
 現在・過去・未来は時間の必然的な存在性格であるのか?/空虚な時間/マクタガート/時間の実在と対象の実在/文法的優位/時間と実在/〈いま〉の長さ/物質の湧き出しと〈いま〉

第二章 過去が「もうない」とはいかなることか?
1 想起と過去
 想起は過去の事象に的中しているか?/フッサールのブレンターノ批判/第一次想起と第二次想起/現に体験したこと/想起の内容と対象/保存されている過去と直線時間/過去への運動
2 大森荘蔵の時間論を批判する
 立ち現われ一元論と過去/過去の制作論への転換/過去自体と物自体
3 超越論的観念論
 自己同一的なもの/超越論的観念論と物質/超越論的現象学と物質/物体と物質のあいだ

第三章 現在が「ある」とはいかなることか?
1 アリストテレスの〈いま〉
 知覚する時としての現在/限界としての〈いま〉/微小な〈いま〉/拡大収縮する〈いま〉/時間の空間化?/本来的時間と非本来的時間
2 アウグスチヌスの現在中心主義
 精神の延長/本来的現在と非本来的現在/「生き生きした現在」/想起における作用と内容
3 自由な行為の時
 行為の開始の時としての〈いま〉/原因としての意志?/〈いま〉と未来との境?

第四章 未来は「まだない」のか?
1 未来の非存在
 「まだない」とはいかなることか?/予測された未来とは過去における未来である/未来と無知/神の決定と無知/超越論的仮象

第五章 「私」の死
 超越論的統覚と「現存在の感じ」/物自体と英知体/永井均の「カント原理」について/超越論的統覚と「私」の死/「不在」から「無」へ


あとがき (二〇一六年七月九日 古希を迎えた朝  著者識)

※装丁=間村俊一


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。著書に、『時間を哲学する──過去はどこへ行ったのか』(講談社現代新書)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『時間論』(ちくま学芸文庫)、『死を哲学する』(岩波書店)、『生き生きした過去──大森荘蔵の時間論、その批判的解説』(河出書房新社)、『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)など。



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本「生き生きした過去 大森荘蔵の時間論、その批判的解読」中島義道5

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哲学者・大森荘蔵にその教え子である著者が自身の哲学のすべてを賭けて挑む。大森哲学の魅力と可能性、そしてその限界を知られざる素顔とともに描くふたりの哲学者のスリリングな対決。

大森荘蔵にその教え子である著者が挑む。大森哲学の魅力と可能性、そしてその限界を知られざる素顔とともに描く二人の哲学者の対決。

現代哲学の巨人・大森に教え子・中島がすべてを賭けて挑み、ふたつの哲学が火花を散らす―愛と畏敬にみちた対決だからこそ迫ることができた大森哲学の魅惑と奈落、そして人間・大森の真実。


≪目次: ≫
まえがき

1 立ち現われ一元論
 バークレイ/「存在するとは知覚されることである」/独我論的現象一元論/知覚の優位/「現在信仰」批判/「私がある」ということ/独我論を「語る」ということ/独我論に「同意する」あるいは「反対する」ということ/超越論的観念論/可能な立ち現われの排除/意識作用の否定/知覚の因果説批判/重ね描き論/「不在」の重ね描き

2 過去がじかに立ち現われる
 現在と過去とを「つなぐ」ことはできない/本物とそのコピー/「過去から」〈いま〉立ち現れることができるのか?/物理学的時間を手放さない/現在も過去も実在する/重ね描きと想起/アニミズム

3 過去透視・脳透視
 タイムトラベルは不可能である/遠い天体からの光は〈いま〉見える/昔の音や光景として〈いま〉意味付与している/〈いま〉は時間単位ではない/脳透視/脳透視するもの/脳透視と「私」

4 「思い」の立ち現われ
 やりすぎること?/「思い」は世界の「うち」にある/「像」と「思い」との差異/同一体制/「虚想」の立ち現われ/四次元の全宇宙が立ち現れる/幻覚、錯覚、空想/「不在の猫」の立ち現われ/「三角形」の立ち現われ/「他人の心」の立ち現われ

5 過去の制作
 コペルニクス的転回/立ち現われ・立ち現わし/過去を立ち現わす/過去の初体験/原型のないコピー/原生時間とリニア時間/時間と自我の双生/音と空間/風情論

6 生と死
 奈落が見えてきた/奈落を避けることはない/人間的意味と存在/色即是空の実在論/無意味な世界の中で意味を作る/殉教者?

あとがき (二〇一四年一月末 とても寒いのだが、春の到来をまったく待ち望むことなく 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。哲学塾「カント」主宰。著書『時間論』『「純粋理性批判」を嚙み砕く』『差別感情の哲学』『明るいヒリズム』『観念的生活』など多数。



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本「「思いやり」という暴力 哲学のない社会をつくるもの (PHP文庫)」中島義道5

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思いやりとは、利己主義の変形である。すべての人を傷つけないように語ることはできない――

教師が語りかけても沈黙を続ける学生たち。街には無意味な放送や看板が氾濫する。なぜ私たちは正面から向き合う「対話」を避けるのか? 無意味で暴力的な言葉の氾濫に耐えているのか?
著者は、日本的な優しさこそが「対話」を妨げていると指摘。誰も傷つけずに語ることのズルさや虚しさを訴える。風通しのよい社会を願い、日本人の精神風土の深層に迫る。
『〈対話〉のない社会』(PHP研究所)を改題。


≪目次: ≫
文庫版へのまえがき (二〇一六年一月一日 建物の蔭から昇る初日の出を眺めながら 中島義道)

第一章 沈黙する学生の群れ
第二章 アアセヨ・コウセヨという言葉の氾濫
第三章 〈対話〉とは何か
第四章 「思いやり」と〈対話〉
第五章 「思いやり」とエゴイズム
第六章 〈対話〉のない社会・〈対話〉のある社会

あとがき (一九九七年八月八日 (息子の誕生日) 中島義道)


 ※この作品は、1997年11月にPHP研究所より刊行された『〈対話〉のない社会』を改題し、加筆・修正したものである。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 哲学者。1946年、福岡県生まれ。元電気通信大学教授。「哲学塾カント」を主宰。東京大学教養学部並びに法学部を卒業。77年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。著書に、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『孤独について』『観念的生活』(以上、文春文庫)、『悪について』(岩波新書)、『「死」を哲学する』(岩波書店)、『カントの自我論』『カントの時間論』(以上、岩波現代文庫)、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』(講談社)、『明るいニヒリズム』『不幸論』(以上、PHP文庫)など多数。




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本「不在の哲学 (ちくま学芸文庫)」中島義道5

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不在の哲学 (ちくま学芸文庫)
○著者: 中島義道
○定価: 本体価格1,300円+税
○ISBN: 978-4480097217





言語を習得した有機体S

本書のテーマは、「不在(absence, Abwesenheit)」であって、「無(nothing, Nichts)」ではない


古来、西洋哲学は確固とした普遍的「実在」を求めてきた。本書は、そうした客観的・統一的な脱自己中心的世界としての「実在」ではなく、対立概念である「不在」こそが「真にあること」ではないかという問題に取組む。言語=理性を習得してしまった人間は、客観的・統一的な「実在」こそ普遍的であり、それを、多元的・自己中心的な「私の世界」よりも優位に置く図式に、なかなか抗うことができない。そして、自分が住んでいる世界の相貌を語りつくすことができない。それはなぜなのか。不在を生み出す時間、自己と他者というトリック等、数々の哲学のアポリアに迫る、渾身の書下ろし。


≪目次: ≫
凡例

序章 実在と不在
 なぜ「不在」なのか/自己中心化と脱自己中心化/客観的世界という仮象

第1章 不在というあり方
1 物体とパーススペクティヴ
 哲学の開始/不在のパースペクティヴ/統一的世界記述とそれへの反逆/不在としての現在・過去・未来
2 脱自己中心化と二次的自己中心化
 脱自己中心化/二次的自己中心化/ノエマとその射映/「不在」の痛みを理解する/クオリア問題は消去される
3 物質の形而上学
 物質と感覚とのあいだ/感覚と意味とのあいだ/知覚の因果説およびその批判/能動的不在/観念論の構図/記憶物質/知覚的意味と想起的意味/物質と〈いま〉

第2章 不在と〈いま〉
1 変化と〈いま〉 (アリストテレスの時間論)
 あらゆる〈いま〉を等価する/数えられる数としての時間/数えられる数としての〈いま〉/無限小と極小単位/〈いま〉の幅/微小時間単位としての《いま》
2 時間の非実在性 (マクタガートの時間論)
 実在と無矛盾性/未来の除去/不在の述語/変化とA系列/ラディカルなA系列論者
3 レテンツィオンという不在 (フッサールの時間論)
 音と時間とのあいだ/現前の形而上学/「もはやない」というあり方/レテンツィオンの二重性/横の志向性と縦の志向性/過去における未来/客観的時間=現象における過去時間

第3章 不在としての過去
1 過去の痕跡に充ちた世界
 現存する〈いま〉と不在の〈いま〉/私は過去の出来事を〈いま〉想起する/私は過去の出来事を〈いま〉再認する/知覚とは再認である/私は過去に〈いま〉直接関わっている/受動的綜合とは何か?/過去透視?/私は世界を〈いま〉現在と過去に二分する
2 原型のないコピー
 大森荘蔵の過去論/再認には「原型体験」は必要ない/スーパーヴィーニエンス/あらゆる芸術は〈いま〉成立する
3 反復するものとしないもの
 想起と想像/意味構成体と反復可能性/公共的なものと個人的なもの/反復不可能なもの/時間と物質の形而上学

第4章 不在としての私
1 デカルトのトリック
 正しい文法に従うこと/「私は考える」と「私はある」とのあいだ/「私は考えた、ゆえに、私はあった」こそ第一原理である/「私は考える、ゆえに、私はある」の特異な明証性/「悪霊」の威力とその限界/ヘーゲルの洞察
2 人間的私 (=身体を伴う私)
 言語は世界に不在を到来させる/外的経験と内的経験/自己触発/不在の系列/内部知覚/自己同一的な不在/非措定的意識/独我論
3 不在としての他者
 「私」と「他者」の成立/M述語とP述語/「刺激意味」と「意味」とのあいだ/否定的判断・否定的態度・否定的行為/アスペクトと他者/他者の二つの意味/意味づけの主体としての他者

第5章 観念としての客観的世界
1 客観的世界の観念化
 実在から観念へ/観念としての過去/未来を観念化(過去化)する/〈いま〉を観念化する/観念化している時としての〈いま〉/実在的可能性と現実性/超越論的仮象
2 客観的時間の構成
 時間の空間化/年表的世界像/タイムトラベル?
3 客観的世界を統一する意識
 唯一の特権的パースペクティヴ/現存在する「私」/超越論的統覚と私の身体/固有の実在=不在?/観念以前の〈いま〉から観念の〈いま〉への転換

第6章 多元的原事実
1 偶然性と必然性
 パースペクティヴとしての様相観念/すべての出来事は一度だけ起こる/天文学的に低い確率?/内部の視点と外部の視点/偶然性という不在/必然性という不在/運命論
2 不在と自由
 決定論と自由意思/行為における能動的不在/行為における一人称問題/意味付与としての自由意志/自由な選択と帰責/〈いま〉における根源的自由
3 心身問題のありか
 「心身問題」という擬似問題――心身二元論/ジェームズの「それ」/大森荘蔵の「重ね描き」//心身問題の多様な層/湧き出す〈いま〉の神秘

終章 不在と無




あとがき (二〇一五年 師走一日 未来があるかのような語り方をすれば、「今年もあと少し」 中島義道)


※本書は「ちくま学芸文庫」のために書き下ろされたものである。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年福岡県生まれ。東京大学法学部卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。著書に『私の嫌いな10の言葉』『私の嫌いな10の人びと』(以上、新潮文庫)『哲学の教科書』(講談社学術文庫)『哲学の道場』『人生を〈半分〉降りる――哲学的生き方のすすめ』(以上、ちくま文庫)『反〈絆〉論』(ちくま新書)『明るいニヒリズム』(PHP文庫)『生き生きした過去――大森荘蔵の時間論、その批判的解読』(河出書房新社)などがある。



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本「反〈絆〉論 (ちくま新書1103)」中島義道5

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反〈絆〉論 (ちくま新書)
○著者: 中島義道
○定価: 本体価格760円+税
○ISBN: 978-4480068118




あぁうまくいってるんだかうまくいってないんだかよくわかんないけれども
うまくいってるとはおもえないのだが
うまくいってないともおもえない
今現在があって、未来があって、それは過去からの連続で
どうなんだろう、傾向、かたむき、ベクトル、向かっている先

ときどきひとりでふかくふかくしずみこんで、いつもひとでかんがえこんで
そうして生きてゆく、かなぁ


〈絆〉は美しい言葉
だからこそ
暴力が潜んでいる

東日本大震災後、列島中がなびいた〈絆〉という価値観。だがそこには暴力が潜んでいる? 〈絆〉からの自由は認められないのか。哲学にしかできない領域で考える。

東日本大震災後、絶対的価値となった〈絆〉という一文字。テレビは「優しさ」を声高に称揚するようになり、列島中がその大号令に流されて、権威を当然のものとして受け入れてしまったかに見える。だが、そこには暴力が潜んでいないだろうか。陰影のある、他の「繊細な精神」を圧殺する強制力がはたらいているのではないだろうか。哲学にしかできない領域から〈絆〉からの自由、さらに〈絆〉への自由の、可能性を問いただす。


≪目次: ≫
まえがき

第1章 〈絆〉は重苦しい
一人の死と一万人の死/〈絆〉という言葉/「家族」という錦の御旗/道徳的言語を語る仕方/他人に注意するということ/マグダラのマリア/他人の悪行を注意しない人は共犯者である/ヒステリックなパウロ/敵のうちに自分自身を見る

第2章 〈絆〉は有益である
シニカルにまた無垢に/「人生は虚しくない」と語ることは虚しい/「人生は虚しくない」と語るほうがトクをする/「二重の視点」という宝/「私は正しくない」ということ/他人の幸福を求めること/「希望」という名の欺瞞/〈絆〉のありがた味/〈絆〉の劣化

第3章 組織における〈絆〉
共同体主義/「繊細な精神」/戦争は「繊細な精神」を殺す/善意の嘘/朝日新聞バッシングについて/信条や感受性の支配/二重の基準をもって生きる/理性の私的使用と公的使用/組織に留まるべきか、組織から出るべきか/内部告発/非社会的ネットワークの形成

第4章 (なるべく)他人に同情しない
「同情」のダイナミクス/同情とアガペー/シェーラーの同情批判/冷淡かつ道徳的な行為/第三の道/原罪

第5章 (自他の)孤独を尊重する
〈絆〉と孤独とのあいだ/自発的孤独/おもてなし/シャルドンヌ/受動的孤独/自発的・受動的孤独

第6章 生命は最高の価値か?
自殺してはならない理由/生命を放棄すべき理由/自殺賛成論者・ヒューム/それでも生きるべき理由

第7章 〈絆〉からの自由・〈絆〉への自由
〈絆から〉の自由/〈絆〉への自由


付録1 美談が覆う真実もある――震災への「なぜ」今こそ (『東京新聞』 2011年5月17日夕刊掲載)

付録2 『がんばろう日本』という暴力――震災に耐える日本人に、世界中から賞賛の声が上がった。しかし、一連の報道に私は違和感を覚え続けている。
大いなる違和感/サンデル氏の公開講義を聴いて/「がんばろう 日本!」の裏に潜むもの/「思いやり」の強制/「普通主義」の威力/「よい言葉」の退化/「なぜ?」という問いの欠如/そして、被災地に入った/繊細な精神 (『新潮45』 2011年6月号掲載)

付録3 「いい人」だからこそ陥る「みんな一緒主義」
過剰なパターナリズム/自己判断と自己責任/お互いさまの「わがまま」を認め合う精神 (『児童心理』 金子書房、2011年8月号掲載)

あとがき (二〇一四年 一〇月一〇日 東京オリンピック開幕からちょうど五〇年目の日、私は当時高校三年生。中原中也とともに呟けば「とにかく私は苦労して来た。苦労して来たことであった!」。 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年福岡県生まれ。東京大学法学部卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。著書に『私の嫌いな10の言葉』『私の嫌いな10の人びと』(以上、新潮文庫)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『哲学の道場』『人生を〈半分〉降りる――哲学的生き方のすすめ』(以上、ちくま文庫)などがある。



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本「哲学の道場 (ちくま文庫)」中島義道5

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哲学の道場 (ちくま文庫)
○著者: 中島義道
○定価: 798円
○ISBN: 978-4480430748






――易しい哲学などない! それでも哲学を必要とする人のための最適な入門書――
哲学は難解で危険なものだ。しかし、世の中にはこれを必要とする人たちがいる。――死の不条理への問いを中心に、哲学の神髄を伝える。

哲学するとは「私が今生きているとは、そして、まもなく死んでしまうとはどういうことなのか?」という問いを発し続けることである。しかし、それは決して容易ではない。センスや仲間を必要とし、難解な書物を徹底的に読まねばならない。しかも、社会的にはまったく無意味な営みだ。それでも哲学を必要とする人にとって本書はこの上なく親切な入門書となるだろう。


≪目次: ≫
はじめに――哲学はやさしくない
哲学は難しい/私が死ぬことの不条理/死は状態ではない/哲学は幸福を目指すものではない/あなたは哲学していない!

第一章 哲学にはセンスが必要である
死の恐怖/驚き/哲学は知識ではない/悩む技術を習得する/とっぴなお話を作る/たえず問い続ける/自分で問い自分で答える/キルケゴールの『死に至る病』を読む/死に切ることしか救いはない/死ぬことも生きることもできない/絶望の三段階/絶望と哲学

第二章 哲学には暇が必要である
長い長い修業期間/「分析哲学」との出会い/哲学的大革命の予感/一九年間の迷い

第三章 哲学には師と仲間が必要である
年取って哲学を続けているのは滑稽である?/大森荘蔵先生の授業/東大紛争のころ/「日暮れて道遠しです」/多彩な仲間たち/ウィーンから帰ってみると/今からでも哲学はできる/哲学の道場とは?

第四章 哲学には修行が必要である
 1 哲学的思索の修行
哲学の問いはすぐ言葉がなくなる/哲学は常識にもとづく/ヒュームのこだわり/プラトンの「洞窟の比喩」/私が「机」を見るとはいかなることか?/心身問題は時間問題である/神も一〇〇ターラーも「ある」/主観的普遍性/問いの変質という罠/自分は哲学してきたのか?
 2 哲学的議論の修行
実感に沿って語る/サルトルの言葉/肉体の言語/横光利一の『旅愁』から/トーマス・マンの『魔の山』から/哲学的客観主義/相対論/懐疑論と独断論/ライプニッツの『人間知性新論』
 3 哲学書の読み方
『純粋理性批判』を読む/Subjekt の三重の意味/翻訳は不可能である/誤訳をくぐりぬけて/「直観」とは何か?/だんだんわかってくる/自我は各人に共通にあるものではない/超越論的 Subjekt /表象一般の形式としての自我/自我は情報の束ではない/単一性の誤謬推理/文法的単一性と実体的単一性/人格性の誤謬推理/私自身の観点と他者の観点との違い/現実性の誤謬推理/実践理性の要請としての「不死」/哲学者の成立

おわりに――哲学は役に立たない

あとがき (一九九八年三月二一日(お彼岸) 中島義道)
文庫版へのあとがき (二〇一三年五月末日 ああ、あと何年生きていられるのだろう? 中島義道)
解説/小浜逸郎


※本書は、一九九八年六月に筑摩書房より刊行された。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。主な著書に『人生を〈半分〉降りる』(ちくま文庫)、『時間論』(ちくま学芸文庫)、『カントの読み方』(ちくま新書)、『ウィーン愛憎』(中公新書)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『ニーチェ――ニヒリズムを生きる』(河出ブックス)など多数がある。


中島義道 『哲学の道場』(ちくま新書、1998年) '09/01/26




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本「非社交的社交性 大人になるということ (講談社現代新書2008)」中島義道5

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非社交的社交性 大人になるということ (講談社現代新書)
非社交的社交性 大人になるということ (講談社現代新書2008)

○著者: 中島義道
○出版: 講談社 (2013/5, 新書 224ページ)
○定価: 777円
○ISBN: 978-4062882088



オワリマシタ
(解放サレタ?!)
クタビレマシタ、、、なにはともあれ(結果がどうであれ)、まずは、おわってよかった
おわりははじまり、すでにはじまっている
いろいろいろいろ、やらなくてはならないことが山積みで、しかしじっさい、なかなかカラダが言うことをきかない、レスポンスがよろしくない(クタビレ)

大学の、こないだうけた面接授業(はじめての哲学系の授業♪)の課題レポートの締切が水曜日だから、月・火・水でまとめて仕上げて提出する。
七月の末には単位認定試験がある。これまで(三年六回)に比較するにはペースを半分に落として四科目。このところ日夜パソコンにむかっているあいだに繰り返し何度も聴講しつづけている「民法 '13」「事例から学ぶ日本国憲法 '13」、、、
来年、大学生活五年目にして、卒業研究にとりくむ。そのための、大学に提出する書類をまとめなければならない。

ぼくのむすめはいま高校二年生で、大学進学を、就職まで考慮にいれて、、、はたして、ぼくに、なにが、なにを、父親って、なんなんだろう
いっしょに暮らしているわけではないから、、、子どもの意識が何歳からハッキリしているのか、たとえば三歳くらいからだとすると、まもなく別々の生活のほうが長くなる。
まったくぼくにはなにがどうなっているのか、まるで様子がわからない。
それでも、なんとかしたい、と思うのは、ぼくのシッパイの苦しみを、おなじ過ちを重ねるようなことだけは、できるかぎり避けたほうがいいだろうと、ぼくはそう思うのだが、そう思うのは(あくまでも)ぼくであって、それを他人に伝えてさらにそのように仕向けることやなんかは、う〜ん、そうそうカンタンなものではない

シゴトを劣後させて、サイアク、実入り(収入)がゼロになっても、七夕の試験が終わるまではなんとかなる目算を立ててのチャレンジであった。
そう考えるには、ありがたいことに、在宅でのシゴトを許容してくれて、クビにしないでシゴトをくれて、報酬をくれた、カイシャにシャチョウに感謝しなければならない。
むすめの高校と大学の学費として、プールしていたお金を、ここ数カ月で取り崩しているから、リカバーすべく、体制を立て直す、方向修正を試みる、具体策を詳細に組み立てねば



「人間嫌い」のための居心地のいい人間関係のつくりかた

人間は一人でいることはできない。といって、他人と一緒にいると不快なことだらけ――。「人間嫌い」のための、居心地のいい人間関係のつくり方とは。哲学者が、カントの言葉「非社交的社交性」を手がかりに、哲学、日本、若者を考えるエッセイ。


≪目次: ≫
はじめに 大人になる君へ

第I部 非社交的社交性
1 哲学に至る道
根なし草/関門海峡/高家/サクラメント/ケーニヒスベルク/食卓の仲間/自殺/たった一つの絆/横滑り/何もかもわからなくなって……
2 半隠遁という生き方
心の弱さと哲学/克己心/孤立と自立/反対の一致/ネット上の強者/善意という暴力/帰属意識/期待という名の凶器/誇りと差別意識/繊細な精神/他人の痛みのわかる人?/個室/哲学病の効用/嫉妬の虚しさ/嫌いな人/儀式
3 遊びと哲学
ソフィストとソクラテス/「人生の虚しさ」を見つめるという遊び/ニヒリズムという遊び
4 未来は「ない」
哲学者の会話/十分の一秒の差/可能世界?/偶然と必然/自由意志?/未来は「ない」/超越論的観念論/私が死ぬということ
5 西洋と日本のあいだ
結婚/離婚/国際別居夫婦/西洋に暮らして日本の学校を見る/日本人学校という調教現場/アメリカン・インターナショナル・スクールの「自由な」雰囲気/帰国子女のひとりとして/ウィーン半移住/ウィーンの森?/ウィーン気質/言葉とその意味/お節介文化/誠実あるいは誠意/ギレライエ/チュービンゲン

第II部 こころ優しく凶暴な若者たち
1 「生きにくい」人々
朝まで生テレビ/絶望に陥らない不幸/「生きにくい」若者たち/専門哲学者への道/なぜ「哲学塾」に来るのか?/「人生の意味」こそ、哲学最大の問いである
2 過度の「合理性」を求める
なんでもネットで調べて反論する/間違って買った文庫本の代金を払ってください/ここはウソを教えるところですか!/「文字通り」しかわからない/「文字通り」を鍛え上げる/先生が書いているものを次の中から選んでください
3 言われなければわからない!
心から挨拶しなくてもいいんですか?/僕はこう解釈しました/未納問題
4 「ワガママ」にしがみつく
イヤなことは絶対にしない/先生とホワイトボード以外見たくないんです/「カント研究会」での出来事/組織に属するということ
5 成熟を拒否する
ピーターパン・シンドローム?/死ぬのが怖いから、何もしない/無知を恥じない/奢ってもらうときはあまり食べるな!/規則を勝手にラクな方に変えてしまう/コピー機のトレイを壊し、ダンボールで補充する/先生、私を見抜いているんですね?/自暴自棄になって生きていきます
6 軽蔑されたくない!
「もちろん」って言わないでください/みんな平等のはずである/先生とのあいだに深い溝ができました/「無能」と言われたからやめます
7 「リア充」の意味するところ
ぼくが痴漢なんてあんまりです!/三冠王?

哲学へのヘンないざない――あとがきに代えて (二〇一三年四月一〇日 桜が散りあっという間にまぶしい新緑 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。ウィーン大学にて哲学博士号取得。電気通信大学教授を経て、「哲学塾カント」主宰。専攻は時間論、自我論。著書に『哲学の教科書』『「私」の秘密』(以上、講談社学術文庫)、『「時間」を哲学する』『カントの人間学』(以上、講談社現代新書)、『差別感情の哲学』『哲学塾授業』(以上、講談社)、『孤独について』『観念的生活』(以上、文春文庫)、『ウィーン愛憎』(中公新書)、『明るいニヒリズム』(PHP研究所)、『ニーチェ――ニヒリズムを生きる』(河出ブックス)など多数。




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本「ニーチェ ニヒリズムを生きる (河出ブックス052)」中島義道5

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ニーチェ ---ニヒリズムを生きる (河出ブックス)
ニーチェ ニヒリズムを生きる (河出ブックス052)

○著者: 中島義道
○出版: 河出書房新社 (2013/2, 単行本 208ページ)
○定価: 1,365円
○ISBN: 978-4309624525




「誰の役にも立たず、ほとんどの人を絶望させ、苛立たせ、(略)あらゆる『価値あるもの』をなぎ倒し… 近・現代人とまさに正反対の価値観を高らかに歌い上げる」 ニーチェへ――「明るいニヒリズム」の哲学者がニヒリズムの始祖ニーチェの哲学に真っ向から立ち向かいながら、哲学のおそろしさと歓び、生の無意味と人間の醜さの彼方に「ヤー(然り)!」を見出すニーチェ論の決定版。真に「過酷なニーチェ」がここに甦る。


≪目次: ≫
はじめに

第1章 神は死んだ
ハイデガーの解釈/神はもともと死んでいた/ニーチェのパウロ主義批判/ニーチェのイエス批判/神の死と人間の死/新しい神?
第2章 ニヒリズムに徹する
ヨーロッパのニヒリズム/ツァラトゥストラのサル/ニーチェに「反抗する」ことがニーチェを理解することである/ニヒリズムの三形式/受動的ニヒリズムの諸相/ニーチェの「怒り」を引き受ける/カントとニーチェ
第3章 出来事はただ現に起こるだけである
徹底的懐疑と最善感/必然的なものはない/(いわゆる)偶然的なもの/偶然の消滅=運命愛/近代法にもぐり込んだ因果応報/現代日本の畜群たち
第4章 人生は無意味である
「よく生きる」/よく生きることと死/考える葦/広大な宇宙のただ中で/『神の死』を誠実に受け容れること/誠実とエゴイズム/遠近法主義/真理は女である/永遠との結婚
第5章 「人間」という醜悪な者
人間的、あまりに人間的/純朴なニーチェ/戦わないニーチェ/虚栄心/精神の奇形/弱者は生きる価値がない/柔和な畜群/ルサンチマン/火のイヌ/ヒトラーとニーチェ/『ツァラトゥストラ』第四部/最も醜い人間/同情の克服/「子ども」という概念の二重性
第6章 没落への意志
「没落する」ということ/真理を伝える人間たちへの嫌悪/殉教者?
第7章 力への意志
力への意志と誠実であること/「僧侶=パウロ主義者」という力ある者/永遠回帰を受け容れる意志
第8章 永遠回帰
永遠回帰とは何か?/批判的検討/モグラの永遠回帰/パウロ主義も永遠回帰する?/小びとの永遠回帰/瞬間と永遠回帰/ニヒリズムの完成?

あとがき (二〇一二年 十一月中旬 ウィーンでは、そろそろクリストキンドルマルクトの屋台が出ているころだなあと思いつつ…… 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。電気通信大学元教授。「哲学塾カント」を主宰。著書に『カントの自我論』(岩波現代文庫)、『カントの人間学』(講談社現代新書)、『ヒトラーのウィーン』(新潮社)、『悪について』(岩波新書)、『観念的生活』(文春文庫)、『真理のための闘争』(河出書房新社)、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』(講談社)、『ウィーン家族』(角川書店)、『カイン』(新潮文庫)など。


フリードリヒ・ニーチェ 『喜ばしき知恵  Die fröhliche Wissenschaft: la gaya scienza 』(村井則夫 訳、河出文庫、2012年) '12/11/07
ニーチェ 『ツァラトゥストラ 〈下〉  Also sprach Zarathustra, III 1884, IV 1885 』(丘沢静也 訳、光文社古典新訳文庫、2011年) '11/02/21
ニーチェ 『ツァラトゥストラ 〈上〉  Also sprach Zarathustra, I 1883, II 1883 』(丘沢静也 訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/12/08
ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈下〉』(竹山道雄 訳、新潮文庫、1953年) '09/09/29
ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈上〉』(竹山道雄 訳、新潮文庫、1953年) '09/09/27
ニーチェ 『道徳の系譜学  Zur Genealogie der Moral, 1887 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/07/08
ニーチェ 『善悪の彼岸  Jenseits von Gut und Bose, 1886.』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/05/10

ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965』(湯浅博雄 訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  Nietzsche aujourd'hui? 』(林好雄/本間邦雄/森本和夫 訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23
須藤訓任 『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ、1999年) '09/04/26
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
田島正樹 『ニーチェの遠近法』(クリティーク叢書、青弓社、1996年、新装版 2003年) '09/04/21
永井均 『ルサンチマンの哲学』 (シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997年) '09/04/20
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/04/12
長谷川宏 『格闘する理性 ヘーゲル・ニーチェ・キルケゴール』(洋泉社MC新書、2008年) '09/01/27






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本「「私」の秘密 私はなぜ〈いま・ここ〉にいないのか (講談社学術文庫2129)中島義道5

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「私」の秘密――私はなぜ〈いま・ここ〉にいないのか (講談社学術文庫)
「私」の秘密 私はなぜ〈いま・ここ〉にいないのか (講談社学術文庫2129)

○著者: 中島義道
○出版: 講談社 (2012/9, 文庫 208ページ)
○定価: 798円
○ISBN: 978-4062921299
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人間の欲望(欲求)のおおきなふたつ、「食欲」と「性欲」と
食欲は、人間が生物のヒト(ホモ・サピエンス)としてこの世に生きて存在するために必要不可欠のものである。生命を保持するために必要とされるエネルギーを摂取しなければ、生存することはできない。
人間は必ず死ぬ。死を避けることはできない。
人間は社会的動物である。役割を分担し、分業することによって、社会生活を営む。
おおく動物はどうであろう? どのように生きているのだろう?
たとえば、野良猫や鳥たちは、おおむねみずからの生命を維持するために、みずからが摂取する食べ物を採集することが、その主たる活動であろう。ときに、未熟なままに誕生した子どもがいる動物の親は、その子どもが自立するまでのあいだに限り、養育する。
かたや、大量の子を産み、むしろ多く死滅することを想定して保護・養育することなく、厳しい環境に克ち残った子だけが、生きることがかなう(環境に適応できない種は死滅する)生き物がいる、魚とかカエルとか。
生存戦略は多種多様である。
子を親が谷に突き落とす動物がいる、と聞く。親だって、みずからが生きるのに精一杯だ。子の保護、養育、食べ物の採集は、その親の負担はちいさくない。それは、親みずからの生命をも脅かしかねない。
個体として必ず死ぬ生物にとって、その遺伝子を親から子に伝達し残存しなければ、種として絶滅する。自然環境は厳しく、容易に変転し、安定しない。環境に適応できずに絶滅する種はすくなくないであろう。
種を後世に遺伝するために、変転する環境に適応させるためにも、ときに、みずからの種を遺伝子をも変転させる必要がある。種の遺伝子の変転は、親から子への遺伝によって果たされる。(どうなんだろう、分裂による遺伝子の増殖を無視することはできない、かもしれない、が)。(人間においては)オスとメスの親から子への遺伝によって果たす以外に方途はない。オスとメスの親の遺伝子は、オスとメスの両方の遺伝子が子に引き継がれる。オスとメスの両方の遺伝子が混合することによって、それぞれの個体の良いところも悪いところも含めて、どちらか一方のみが100%ではなく、ほぼ偶然的に遺伝する。遺伝子の偶然的な遺伝は、ときに変異を生じさせる。遺伝子の突然変異は、ときに死滅を招くかもしれないが、ときには環境の変転にも適応する可能性があり、種の死滅を絶滅を回避する可能性を含む。なにがどう作用するかは分からない。プログラムの不安定で不確定な様相もまた、生存戦略のひとつであろう。
人間は、その種の遺伝のプログラムとして、オスとメスの性交により子を産み育てる戦略を採用する。性交を欲する「性欲」は人間の生存戦略上、必要不可欠である。



「私とは何か」と問う者こそが、「私というあり方」をする者である。過去と現在、両立しえない二つの時間をつなぐ能力こそが、「私」である。時間論と身体論の邂逅によって「私」という不可思議な存在の謎に迫り、「私というあり方」は解き明かされてゆく。既存の哲学の焼き直しでなく、自身のことばで考え抜かれたまったく新しい自我論が立ち上がる!


≪目次: ≫
まえがき
第一章 「私とは何か」という問いの特殊性
「私というあり方」とはどのようなあり方か/カントが徹底的に考察したこと/開かれた問題/超越論的統覚/発話に権利上伴うコギト/想起モデル/「私」とは「私とは何か」と問う者である
第二章 知覚の現場に私はいない
「私」を安直に前提してはならない/「私は〜であると思われる」/絶対に確実なこと/両立不可能なあり方を「つなぐ」者/独特のパースペクティヴの成立/ライプニッツのモナド/身体感覚/大森荘蔵の「立ち現われ一元論」/四つの分類――いつ「この」パースペクティヴは「私の」パースペクティヴになるのか/ヒュームの考え方/あの夢が私の夢になるとき――権利上の意識作用/総合的に統一する者
第三章 見えるものと見えさせるもの
見える世界と見えない世界/残りの全世界が見えないことが、微小な眼前の世界を見えさせている/知覚の対象から視覚中枢までの見えないところ/クオリアには特別な問題はない/空間的=時間的隔たりも見えない/心身問題と想起/心身問題は時間問題である/想起が呼ぶアポリア――過去事象とそのコピー/フッサールと大森の場合/想起は自然科学的世界像から駆逐される
第四章 想起とその主体としての私
想起とは現在と過去を結ぶ「糸」ではない/複数の〈いま〉の成立/測定機能としての時間順序と〈いま〉の意味/〈いま〉の幅/関係概念としての〈いま〉/過去の真理性/的中している感じ/想起している時としての現在/想起と時間の成立/概念的に世界をとらえなおす/否定としての過去/「もはやない」というかたちで「あった」ことを知っている者/私は(明確に)知覚しないことをも(明確に)想起することができる/私の夢/「立ち現われ一元論」と想起/そのとき忽然として「私」は登場する/概念としての未来/思考し知覚する者も想起しなければ「私」ではない
第五章 観念に対する者としての私
刺激から観念への移行/観念としての痛み/大森荘蔵の「痛み=ふるまい」論/大森荘蔵の「痛み=制作」論/私の痛みはまちがいえないか/疑似物体としての観念/一人称問題/内的関係/反省理論/過去の私と現在の私の同一性/自己触発/「根源的自我」への旅は虚しい
第六章 「この」身体から「私の」身体への転換
見える世界とその背後/物体としての私の身体/私の場所/意志する物体としての私の身体/意志と行為/「この」身体/過去における「あの」身体/超越論的身体/「私が悲しかったこと」の想起/私は「この」身体の「うち」に住んでいる?/「うち」と「そと」という概念のずらし/過去への唯一の「抜け穴」
第七章 他者たちの成立
他者の成立/他者とは過去形を体系的に使える者である/私の過去と私の他者の類比/私と他者は同時発生しない/「他の私」の身体/不在としての他者/まなざし
第八章 不在としての私
想起されるのは首のない身体ではない/直観と概念の二重写し/あらたに構成されたあの特有の身体/私は読書に没頭していた/現在形と過去形/睡眠と覚醒/私は失神していた/間接的な承認/「あるべきもの」としての私/壮大な後悔と自己欺瞞/私は気がつくべきだった/「不在」としての他者
エピローグ 私の死
私はなぜ死ぬと無くなるのか/死と夢

原本あとがき (二〇〇二年一〇月一〇日 芦花公園近くの牢獄のような新居で、ひきこもりつつ 中島義道)
学術文庫版あとがき (二〇一二年六月一〇日 さあ、今年もそろそろウィーンに行こう(戻ろう)と思いつつ 中島義道)


※本書の原本は、二〇〇二年一一月、小社より講談社選書メチエ『「私」の秘密――哲学的自我論への誘い』として刊行されました。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院哲学専攻修士課程修了。ウィーン大学で哲学博士号取得。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『哲学の教科書』『「時間」を哲学する』『ウィーン愛憎』『差別感情の哲学』『「純粋理性批判」を嚙み砕く』『哲学塾授業』ほか多数。

中島義道 『「私」の秘密 哲学的自我論への誘い』(講談社選書メチエ、2002年) '08/12/14





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本「生きてるだけでなぜ悪い? 哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋 (講談社+α文庫)」中島義道+香山リカ5

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生きてるだけでなぜ悪い? 哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋 (講談社プラスアルファ文庫)
生きてるだけでなぜ悪い? 哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋 (講談社+α文庫)

○著者: 中島義道香山リカ
○出版: 講談社 (2012/3, 文庫 256ページ)
○定価: 690円
○ISBN: 978-4062814676
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およそ価値観の転倒、というのか、アタリマエだと信じて疑うことがマッタクなかったようなことがらのことごとくが、まさにガラガラと音をたてて崩れ落ちる、みたいな、、、もっとも、壊れるべくして、そもそも、なにを根拠として?!、なんらの確信めいたものをも持ち得ていなかった(じぶんでもじぶんじしんを信じることができなかった)のであって、そんなことやなんかをも認めることを忌避して回避して、いた(きた)とするならば、、、
はたして、どうなんだろう?!、疑うことのできないゼッタイにカクジツ、みたいなこと、とは


「人生で本当に必要なこと」は何なのか。世間の常識に逆らう哲学者と、臨床を通じて現代の社会問題を探る精神科医が、「結婚」「就職」「お金」「常識」「生きがい」「人間関係」をテーマに論じあう。生きにくさを感じている人々に、「甘えを蹴飛ばし、自己幻想を引き破り、しっかり自分を見よ」と励ます。他人を恐れ、仕事を恐れ、結婚を恐れ、失敗を恐れ、最初の第一歩が踏み出せない人たちに送る、辛口ながらも愛のあるエール。


≪目次: ≫
まえがき (二〇〇八年五月 中島義道)

第一章 結婚なんかしなくていい!
やっぱりモテないとダメですか?

モテない男よりモテない女のほうが悲惨?/男と女はだましだまされる関係!?/モテのハードルが高くなっている/男性が養い女性が養われる関係は不変ではない/プライドと学力は反比例する?/やっぱりかわいいほうが得をする
結婚すると幸せになれますか?
専業主婦志向が増えている?/結婚に意味を見出す雇均等世代/なぜ女性の生き方が揺らぐのか/女性が上がれない場所って……/見られていることを意識する女たち/結婚は考えないでするもの?/女性社会特有の厳しさ/社会を支える糟糠の妻

第二章 就職なんかしなくていい!
何のために働くのですか?

下積みを我慢できない若者たち/大人は嫌なことをしてお金を儲ける/就職は社会のシステムの一つ/人聞きのいい仕事やオシャレな会社を選ぼう
夢がないといけませんか?
やりたいことを一つに絞らない生き方/夢と折り合いをつける方法とは/屈託がない天才たち/一歩踏み出せば何かが変わる/適性は自分では分からない/他人の生き方をモデルにしない方がいい/自分自身に忠実に生きる/マイナス評価でいいじゃないか

第三章 金持ちなんかにならなくていい!
格差って本当にありますか?

若者はホームレスに抵抗がない!?/失敗するチャンスを回避する若者たち/お金を稼いでもむなしいのはなぜ?/お金の話をするのははしたない/金銭感覚は人それぞれ
お金がなくても生きていけますか?
幸せな生活とは何だろう/お金の稼ぎ方が多様化した/お金持ちも普通の人もお金の使い方は同じ/お金持ちの暮らしがうらやましくなくなった/お金で買えないものにこそ価値がある/上流階級は成り上がりを受け入れない

第四章 常識なんかなくてもいい!
今どき常識って必要ですか?

知のレベルが落ちている現代人/大学四年間で学生が劣化するのは当たり前?/つつがない毎日でなぜ悪い?/好きなことに没頭すると他人が気にならない/「楽をする」ことにこだわる若者
人生の目的って何ですか?
スピリチュアルにはまる女性たち/なぜ他人の評価を気にするのか/知識の吸収にいそしむ高齢者たち

第五章 生きがいなんかなくていいい!
生きていると面白いことがありますか?

暇になると人間はロクなことを考えない/自分を棚にあげる人の精神構造/幻想の中で生きてはいけない/いつかは自立するときが来る
生きがいがないといけませんか?
単純作業の繰り返しに生きがいを見出す/今どきの若者は日本が大好き?/日本は本当にいい国になったのか

第六章 人間関係に悩まなくていい!
人間関係がうまくいくコツはありますか?

対人関係をうまくやることは人生のスキル/異質なものを排除しない社会に/不合理な縦社会はなくならない/他人に期待するから傷つけられる/「明日の食糧」のために生きればいい
人間関係はどうあるべきですか?
人生の出来事はすべて偶然にすぎない/「強者のコミュニケーション」で乗り切ろう/与えられた役割をただ演じればいい/人間の心には善と悪の両面がある/本当のことを言い合おう/居酒屋で上司の陰口を言って何が悪い?

あとがき (香山リカ)

用語・人物解説
ニーチェ(1844-1900)東電OL殺人事件アスペルガー症候群カント(1724-1804)カミュ(1913-60)ゴッホ(1853-90)ランボー(1854-91)マリア・カラス(1923-77)ヴィトゲンシュタイン(1888-1951)二宮尊徳(1787-1856)ドストエフスキー(1821-81)サルトル(1905-80)シラー(1759-1805)ゲーテ(1749-1832)魔法のiらんどアダルトチルドレンフロイト(1856-1939)キルケゴール(1813-55)カフカ(1883-1924)パスカル(1623-62)円谷幸吉(1940-68)


※本書は二〇〇八年六月に、ビジネス社より刊行された『生きてるだけでなぜ悪い?』を、文庫収録にあたり、加筆、再編成したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。1977年、東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。1983年、ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了、哲学博士。電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科元教授。おもな著書には『うるさい日本の私』『働くことがイヤな人のための本』(以上、日経ビジネス人文庫)、『人生に生きる価値はない』(新潮文庫)、『カントの読み方』(ちくま新書)などがある。

≪著者: ≫ 香山リカ (かやま・りか) 1960年生まれ。東京医科大学医学部医学科卒業。精神科医。学生時代より雑誌等に寄稿。立教大学現代心理学部教授。おもな著書には『〈不安な時代〉の精神病理』(講談社現代新書)、『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)、『就職がこわい』(講談社+α文庫)などがある。

中島義道×香山リカ 『生きてるだけでなぜ悪い? 哲学者と精神科医がすすめる幸せの処方箋』(ビジネス社、2008年) '09/03/27





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本「哲学塾授業 難解書物の読み解き方」中島義道5

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哲学塾授業  難解書物の読み解き方
哲学塾授業 難解書物の読み解き方

○著者: 中島義道
○出版: 講談社 (2012/4, 単行本 258ページ)
○定価: 1,680円
○ISBN: 978-4062176729
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時間とお金がゆるされるのならば(ゆるすもゆるさないもぼくのこころひとつなのだが、そう考えるには時がいまだ満ちていないのであろう、か)、


カントやニーチェあるいはキルケゴール。哲学書は自分勝手に読んでも、じつは何もわからない。この塾で伝授されるのは、正確に読み解くための独特の技術。手加減しない師匠の、厳しくも愛に満ちた授業を初公開。


≪目次: ≫
はしがき

1 ロック『人間知性論』 〈テキスト:大槻春彦 訳、岩波文庫〉
哲学とはユーラシア大陸の西の先端で発生した思考法/ロックはデカルトの「生得観念」を木端微塵に破壊したい/実際に観察される事実しか認めない/ロックのやり方は、強引に自分の土俵に敵を引き込んでいく/正確にわかっていれば正確に言えるはずだ/相手の前提から導かれる不合理な結論を示して論駁する/「生得観念は理知によって知られる」という説がはらむ矛盾/ロックはデカルトとは違った意味で徹底的に物事を見ている

2 カント『プロレゴーメナ』 〈テキスト:篠田英雄 訳、岩波文庫〉
「直観に与えられたもの」って一体何なのだろう?/哲学の論議が概して素人にわかりにくいのは/「ア・プリオリ」「必然的」「因果律」って何だろう?/自分の頭でさらに考えねばならない/物質が「ある」ことはカントの認識論のどこからも出てこない/カント「について」哲学するのではなく、カント「とともに」哲学する

3 ベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論』 〈テキスト:合田正人/平井靖史 訳、ちくま学芸文庫〉
時間・自由・意識・行為などの概念が指し示す根本的な問題/目的が違うにつれて運動全体のあり方も違ってくる/深く根を張っている連合主義的考え方を批判する/「どこがどうわからないのか」を正確に言語化すること/「外的で社会的な生」が実在を見せなくする

4 ニーチェ『ツァラトゥストラ』 〈テキスト:吉沢伝三郎 訳、ちくま学芸文庫〉
ニーチェにとっては超人以外のいかなる人間も生きる価値がない/ニーチェには、あらゆる正義は薄汚いという大前提がある/「正しい」とは「復讐欲で満たされた」という意味である/徳すなわち(いわゆる)善悪は完全な嘘なのだ/「復讐心」と「奴隷道徳」は互いにぴったりと肩を寄せ合っている/自分が書いた本のようにニーチェが正確に読める

5 キルケゴール『死に至る病』 〈テキスト:斎藤信治 訳、岩波文庫〉
キルケゴールとニーチェはちっとも似ていない/絶望というカテゴリーにおいて、客観的尺度と主観的尺度は逆転している/具体的自己=実存をもって理解しなければならない/誠実であろうとする限り、「反抗」という絶望の最高段階に至る/ニーチェのものの見方は他罰的だが、キルケゴールは自罰的だ/これこそ、彼の「イロニー」という手法である/悪魔的な絶望は人目につかない/キルケゴールの個人的体験を読み込む/おれの神は「書き損ない」である

6 サルトル『存在と無』 〈テキスト:松浪信三郎 訳、ちくま学芸文庫〉
人生の初めから、サルトルにとって他人は地獄なのであった/誰かが私に「まなざし」を向けている/サルトルの思考法の「癖」を研究して/私を対象化する他者が直接私に与えられている現場/「対他存在」は対自の根源的あり方なのだ/「自由」とは残酷に私を縛るもの/対象=私は「私」の所有ではなく「他者」の所有である/サルトルの原罪思想

あとがき (二〇一二年三月一五日 もうすぐお彼岸なのに 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院哲学専攻修士課程修了。ウィーン大学にて哲学博士号取得。電気通信大学教授を経て、哲学塾主宰。著書に『哲学の教科書』『「時間」を哲学する』『ウィーン愛憎』『「私」の秘密』『差別感情の哲学』『後悔と自責の哲学』『私の嫌いな10の人びと』『悪について』『人生に生きる価値はない』『「純粋理性批判」を嚙み砕く』など多数。






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本「真理のための闘争 中島義道の哲学課外授業」中島義道5

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真理のための闘争---中島義道の哲学課外授業
真理のための闘争 中島義道の哲学課外授業

○著者: 中島義道
○出版: 河出書房新社 (2012/3, 単行本 215ページ)
○定価: 1,575円
○ISBN: 978-4309245874
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思わぬことから長年の講義の職場と闘うことになった哲学者はその哲学的な意味を新たな教え子たちと真剣に討議しあう。誠実とは、理性の使用とは何か。かつてなかった哲学への実践的入門。


≪目次: ≫
第一部 実践篇
1 先生、私、何も知らなかったのです
2 私の初動ミスです、お詫びします
3 おいでいただければ、ご説明いたします
4 おいでいただいても、お目にかかることはありません
5 逆に、先生に損害賠償を請求することもできます
6 先生の連続講義を中断します

第二部 理論篇
1 理性の公的使用と私的使用
2 哲学の学校概念と世界概念
3 根源的自我と寄生的自我
4 自由な投企と責任
5 幾何学的精神と繊細な精神
6 真実の重み

あとがき (二〇一二年二月三日 ああ、今日は節分だったなあ、と思いつつ…… 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。哲学塾カント主宰。著書『明るいニヒリズム』『「純粋理性批判」を嚙み砕く』『観念的生活』『カイン』『不幸論』『ヒトラーのウィーン』など多数。






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本「ヒトラーのウィーン」中島義道5

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ヒトラーのウィーン
ヒトラーのウィーン

○著者: 中島義道
○出版: 新潮社 (2012/1, 単行本 236ページ)
○定価: 1,575円
○ISBN: 978-4104397082
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歴史的、政治的、社会的関心なんかではなくって、あくまでも個人としての、「ヒトラーのウィーン」として


「美しき都」は、ヒトラーのグロテスクな怨念を、どのように醸成したのか。

各界の天才が一堂に会していたウィーンで、天才とは程遠い負け犬だったヒトラーは、ユダヤ人絶滅を「善」とする主観を形成した。彼の過剰な健康志向・潔癖症の根もウィーンにある。だが現在ウィーンからヒトラーの行跡は消されている。それをあぶり出すべく、ウィーンと関係の深い哲学者が怪物の青年期を様々な視角から追う。


≪目次: ≫
はじめに
第一章 ウィーン西駅
ぼくはウィーンに行って芸術家になるのだ!/ヒトラーにおける真実と嘘/親友クビツェクの到着/ヒトラー少年の秘密/私の最後の哲学修行時代
第二章 シュトゥンペル通り三十一番地
ウィーン時代を宿泊所によって三期に分ける/第一の宿泊所を訪ねる/クビツェクの印象/ウィーンの悲惨な住宅問題/ヒトラー少年に対する女家主の誘惑/私のウィーン下宿生活/暗い影/嘘の重みに押しつぶされて……/クビツェク、音楽院に合格する
第三章 造形美術アカデミー
入学試験の様子/絵画科か建築科か?/推理に推理を重ねると/ヒトラーの異様な苛立ち/クビツェクの増大する疑い/ヒトラーの告白/「これからどうするんだ?」
第四章 シェーンブルン宮殿
ウィーンのクリスマス/なぜ、シェーンブルンなのか?/ヨーロッパ史の舞台としてのシェーンブルン/フランツ=ヨーゼフに対するヒトラーの無関心/国際政治の舞台としてのシェーンブルン/最後の皇妃ツィタオットー・フォン・ハプスブルクの葬儀/ウィリアム=パトリック・ヒトラー/
第五章 国立歌劇場
沈んだ箱/立ち見席のルール/ヒトラーのオペラ鑑賞法/ワグナー崇拝/ヒトラーにとってのウィーン世紀末
第六章 ウィーン大学
都の西北/ヨーロッパの大学制度/ウィーン大学食堂/ヒトラーの食生活/異様なほどの潔癖性/カール・ルエガー博士リンク/シェーネラーと汎ドイツ主義運動/第二の父カール・ルエガー?/カール・ルエガーとヒトラーのあいだ
第七章 国会議事堂
ヒトラーの帝国議会傍聴体験/国会議事堂案内ツアーに参加する/ヒトラーの政治的関心の目覚め/ハプスブルク帝国批判とチェコ批判/「普通の」反ユダヤ主義/ウィーンが与えた実地教育
第八章 浮浪者収容所
ヒトラーの反ユダヤ主義/共産主義革命容疑者の告発係/ユダヤ人憎悪とウィーン憎悪/クビツェクとの別れ/兵役の拒否/マイドリンク
第九章 独身者施設
メルデマン通り二十七番地/独身者施設時代の生活/宰相ヒトラーとクビツェクとの再会/イェツィンガーの著『ヒトラーの青春』/クビツェクとイェツィンガーの勝敗/ルドルフ・ホイスラー
第十章 リンツ
そうだ、ミュンヘンへ行こう!/オーストリアに対する愛とハプスブルク帝国に対する憎悪/ヒトラーの理想都市リンツ/正真正銘の劣等生/進学に関する父親との対立/「わが人生で最も幸福な時代」/クビツェクによるヒトラーの第一印象/シュテファニーへの片想い/まだ何もしていない!
第十一章 ブラウナウ
第一次世界大戦の勃発/父、アロイス・ヒトラーの出生の秘密/シックルグルーバーからヒトラーへ/アロイス・ヒトラーの異常な結婚歴/ブラウナウを訪れる/パッサウ、ハーフェルト、ランバッハ、レオンディング/きわめてストレスのたまる状況
第十二章 英雄広場
オーストリア併合ベルヒテスガーデンを訪れる/ウィーン凱旋/俺はついにウィーンに勝った?

あとがき (二〇一一年九月十六日 最後のオーストリア皇帝の息子、オットー・フォン・ハプスブルクの葬儀から二ヶ月が経って ウィーンにて 中島義道)
主要参考文献一覧
(1)ヒトラー/ナチズム関係 (2)反ユダヤ主義関係 (3)ウィーン関係

※本書は、『波』二〇〇八年十二月号〜二〇〇九年十一月号に連載された「ヒトラーのウィーン」に大幅に訂正・加筆を施し、再構成したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。電気通信大学人間コミュニケーション学科教授の職を2009年3月に退官。専攻は時間論、自我論。著書に『カントの人間学』(講談社現代新書)、『ウィーン愛憎』(中公新書)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『「時間」を哲学する』(講談社現代新書)、『うるさい日本の私』(日経ビジネス人文庫)、『人生を〈半分〉降りる』(ちくま文庫)、『〈対話〉のない社会』(PHP新書)、『私の嫌いな10の言葉』(新潮文庫)、『働くことがイヤな人のための本』(新潮文庫)、『エゴイスト入門』(新潮文庫)、『カイン』(新潮文庫)、『ぐれる!』(新潮新書)、『悪について』(岩波新書)、『私の嫌いな10の人びと』(新潮文庫)、『狂人三歩手前』(新潮文庫)、『「人間嫌い」のルール』(PHP新書)、『観念的生活』(文春文庫)、『カントの読み方』(ちくま新書)、『明るいニヒリズム』(PHPエディターズ・グループ)、『人生に生きる価値はない』(新潮文庫)などがある。


エーリッヒ・フロム 『自由からの逃走』(日高六郎 訳、東京創元社、1965年) '09/05/25
V. E. フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』(霜山徳爾 訳、みすず書房、2002年、1961年) '09/05/31
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版』(池田香代子 訳、みすず書房、2002年) '09/05/27
ハンナ・アーレント 『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(大久保和郎 訳、みすず書房、1994年、1969年) '09/02/19
内田樹 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、2006年) '09/01/25





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本「悪への自由 カント倫理学の深層文法」中島義道5

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悪への自由: カント倫理学の深層文法
悪への自由 カント倫理学の深層文法

○著者: 中島義道
○出版: 勁草書房 (2011/10, 単行本 235ページ)
○定価: 2,520円
○ISBN: 978-4326154197
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およそおぼろげながらに分かったとか分からないとか言いえるようなレヴェルにはないのだけれども、まずはなかなか言葉の定義であり意味みたいなところの焦点がピントが、前提の前提の前提とされちゃうようなところの話なんだろうからね


道徳的善さは、悪への自由の開かれているただ中で、それに逆行して善いことを求めることのうちにある――カント倫理学の核心を抉る!

人間は、自らの快や幸福を求める自己愛を自然本性として持っている。カント倫理学はこの自己愛を理性によって打ちのめし、自己愛の張り付いた外形的に「善い行為」を否定して、定言命法という手続きから道徳的善さを導こうとする。この定言命法のうちに「誠実性の原理」を読み解きカント倫理学の深層に迫る、哲学者・中島義道の到達点。


≪目次: ≫
はじめに
凡例

第一章 自然本性としての自己愛
1 カント倫理学を支える信念
    自己愛の強さと普遍性/道徳的善さと自己愛/カントの問い、理性に従う不思議
2 「幸福の原理」    エピクロス派批判/ストア派批判/アディアフォラ(adiaphora)
3 定言命法と仮言命法    義務に適った行為と義務からの行為/定言命法と内容/われわれは「危うい立場」にある/意志の自律と他律/「幸福の原理」と「誠実性の原理」/「欲する」ことと「すべき」こと/実践的愛/道徳的熱狂に対する警戒

第二章 道徳法則と「誠実性の原理」
1 道徳法則の形式性
    道徳法則は「形式」のみであるのか?/「誠実性の原理」と他人に親切にする義務/範型論/アナロギア(analogia)と一つの理性/道徳法則の演繹
2 道徳法則に対する尊敬    われわれはいやいやながら道徳法則を尊敬する/道徳感情論批判/道徳法則は人間の「そと」にあるのか「うち」にあるのか?/尊敬はしても従わない
3 誠実性とは何か?    一般的と普遍的/誠実性という独特の義務/ユダヤ人を絶滅させるべきか?/職務を果たす誠実性/死刑の肯定/生命は最高の価値ではない/嘘論文/パレーシア/真実を語ることが得になる場合/誠実性と謙虚さ/キルケゴールの「反抗」

第三章 自由による因果性
1 責任論的解釈
    自由と道徳法則との等根源性/理性の事実/自然因果性とは何か?/「べし」の世界/生起しなかった行為の必然性/行為者を非難する理由/互いに完全に独立な二世界論
2 実在論的解釈    可想界から現象界への実在的な関係/同一の出来事における二重の因果関係の成立/「性格(Charakter)」というディスポジション(disposition)?/可想界と現象界とを繋ぐ因果性/可想的正確と経験的性格の同型性/経験的性格と決定論/ブラックボックスとしての経験的性格/可想的性格の感性的図式としての経験的性格/理性の没時間性/可想的原因の根拠は認識できない/実在論的解釈の帰結
3 因果性と時間性    カントはヒュームを批判しえたか?/個々の現象間の因果関係と現象一般の因果関係/未来は統整的原理のもとにある/決定論と自由意志/決定論と他行為不可能性/決定論者と自由意志論者の言い分/現在の行為と過去の行為のあいだの断絶/根源的な現在

第四章 悪への自由・悪からの自由
1 悪へ向かう性癖
    実践的自由の可能性/実践的に「できたはずだ」ということ/実践的自由と決定論/ヴォカンソンの自動機械/人間は原理的に悪い行為が「できる」のでなければならない/すべての人間は根本悪に陥る/それにもかかわらず、人間は根源悪から抜け出すことができる
2 性癖からの自由    われわれは道徳的に高まりうるのでなければならない/性癖に身をゆだねる自由とそれに逆らう自由
3 神の現存在の要請    魂の自由と不死/人間の不完全性と神/道徳的心意と神/最高善

附録 カントとラカン

あとがき (二〇一一年四月十一日 中島義道)
索引


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年福岡県に生まれる。1977年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1983年ウィーン大学大学院基礎総合学部修了。哲学博士。哲学塾カント主宰。主著『明るいニヒリズム』(PHP研究所)、『『純粋理性批判』を嚙み砕く』(講談社)、『きみはなぜ生きているのか?』(偕成社)、『悪について』(岩波新書)、『カントの読み方』(ちくま新書)ほか。






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本「さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室  Philosophy training for children」中島義道5

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さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室
さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室  Philosophy training for children

○著者: 中島義道、若泉さな絵 画
○出版: 講談社 (2011/7, 単行本 162ページ)
○定価: 1,260円
○ISBN: 978-4062170901
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ぼくにはどうにも相手の気持ちみたいなものがよく読めない分からないのだが、たとえば、こないだふと思ったんだけど、どうなんだろう、いわゆる日本語で、ぼくの母国語としての日本語を駆使して会話をしている場面とかでね、相手との会話がやりとりが意思の疎通が理解の度合いがどれほどなんだろう?、みたいなことを考えてみたときにね、50%くらいかなぁ、もしかしたら30%も分かっちゃいないのかもしれないなぁ、などと(ぼくはそう考えるのだが、相手がどう考えているのかは分からない)。そもそもぼくには、じぶんじしんのことだって、ジッサイよく分かっていない分からないことだらけで、どうなっちゃっているのやら困っちゃっていないものでもないのであって、その対応にそれなりの労力を費やす必要があると考えるようなところがあって、なかなかじぶん以外の他人にまでおもいたらない


カントの考えと全身で「格闘(かくとう)」してもらいたいんだ。そうした格闘のあとではじめて、どこがどう「わかんない」か正確に言ってもらいたい。それがテツガクすることなんだから。


≪目次: ≫
1章 なぜ、死んではいけないの?    テツガクって何だろう/何が「よい」ことで、何が「悪い」こと?/テツガクの父ソクラテス/カントというテツガク者の考える「よい子」とは/きみが心の底からほんとうに望んでいること/なぜだ、とどこまでも問うこと
2章 なぜ、ウソをついてはいけないの?    善意のウソはいいの?/ウソをついた自分を見つめてみる/人の命は大切だけど……?/「道徳的によい行為」と「美しい行為」
3章 なぜ、人に親切にしなければならないの?    みんな自分で自分をだましている/美しい行為を強制してしまう社会だとしたら……/その親切の動機は何だろう/「役に立つ」ことが「よい」こと?/自分が思っているとおり、という「真実」
4章 なぜ、勉強しなければならないの?    人間は考えるアシである/人生の暗黒面を見なくてはいけないときにそなえて
5章 なんのために、生きてるの?    試練の前にいるきみたちへ/自分の道を自分で選び、それを貫くために
あとがき (二〇一一年一月 粉雪の舞うウィーンで 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじまよしみち) 1946年福岡県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。哲学博士(ウィーン大学)。2009年、電気通信大学教授を定年前に退官。「哲学塾カント」を主宰。著書に『哲学の教科書』『「時間」を哲学する』『うるさい日本の私』『人生を〈半分〉降りる』『カイン 自分の「弱さ」に悩むきみへ』『差別感情の哲学』『「純粋理性批判」を噛み砕く』など多数。






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本「観念的生活 (文春文庫)」中島義道5

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観念的生活 (文春文庫)
観念的生活 (文春文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 文藝春秋 (2011/5, 文庫 259ページ)
○価格: 580円
○ISBN: 978-4167801328
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ジッサイなかなか言葉を駆使してなんらか表現することの、むつかしさ、みたいなものを痛感しないものでもなくってね、いやいやどうにも書きえない、もどかしさばかりがつのるのだけれども、まさにもどかしいからこそ自分自身がまったくもって不甲斐なくって悔しくってね、どうしてこのまま引き下がれよう、、、いつのことやら(いつかかならず、死ぬまでには、それまではおいそれとカンタンには死ねないなぁ)


デカルトに疑念を呈し、ニーチェの矛盾を看破、ドストエフスキーを笑い飛ばしもする。この一年半の生と思索の軌跡のなかで、唯一無比の哲学者は、死を怖れつつ死を哲学的に追い詰め、時間論を発展させ、高き領域にまで達するのだ。また、新稿「観念的生活、その後」で明かされる、最終的境地への予感。


≪目次: ≫
1章 死んだら困る
2章 物自体
3章 独我論
4章 「時の流れ」という錯覚
5章 不在としての私
6章 過去と他者の超越
7章 二重の「いま」
8章 超越論的観念論
9章 原因としての意志
10章 想起モデル
11章 悪への自由
12章 共通感覚
13章 懐疑論
14章 ニヒリズム
15章 哲学という病

あとがき (二〇〇七年十月十日 東京オリンピックから四十三年が経った日 中島義道)
観念的生活、その後 (二〇一一年二月二八日 明るい日差しに戸惑い当分冬でいいと思いつつ 中島義道)
解説  永井 均(哲学者)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。東京大学教養学部・法学部卒業。同大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。電気通信大学人間コミュニケーション学科元教授。「哲学塾カント」を主宰。専門は時間論、自我論。著書に『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『時間を哲学する』『人生を〈半分〉降りる』『カントの人間学』『うるさい日本の私』『愛という試練』『悪について』『私の嫌いな10の人びと』『「死」を哲学する』『カントの読み方』『きみはなぜ生きているのか?』『「純粋理性批判」を噛み砕く』など。

中島義道 『観念的生活』(文藝春秋、2007年) '09/05/03





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本「明るいニヒリズム」中島義道5

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明るいニヒリズム
明るいニヒリズム

○著者: 中島義道
○出版: PHP研究所 (2011/5, 単行本 214ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4569797823
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月あかりの、夜空を照らす月の「あかるさ」(あかるいさま)というのか、もちろん太陽とは昼間のあかるさとは同じではないのだが、そう、家屋の壁に囲まれた息苦しさみたいなものを、不自然(人工的)?!というのか、違和感と言ってしまうほどのものでもないんだろうけれども、オシリがムズムズと座りが落ち着きが居心地が悪いような、ときに、、、モチロン夜の太陽のない(沈み隠れた)世界(時間帯)は相対的に暗い、すべてのものがハッキリくっきり(視認できる)とはいかないけれども、そもそもハッキリくっきり見える(見る)必要があるのかどうかと考えるには、消極的にではあるがすべてがまるで見えすぎないほうが、程よくほどほどに見えないところがあるくらいのほうが


すべては壮大な、幻想かもしれない。
過去もない。未来もない――。哲学を突き詰めたとき仄見える、清潔であっけらかんとした世界。

一瞬一瞬、宇宙の総体は消え続けているのであり、持続してあるかのようなものは観念の集合であって、人間が言語によって拵え上げた架空物なのである。過去は「ない」のであるから、私が死んだ「あと」ビッグバン以来の一五〇億年に及ぶ「客観的世界」が広がっているわけではない。(中略)私はいずれ死ぬであろう。そして、何も失わないであろう。 [本文より]


≪目次: ≫
まえがき    負の能力/能動的ニヒリズム/「明るいニヒリズム」とは?
1 宇宙の全体は消え続けてきた    「あった」というあり方/〈いま〉とは何か?/〈いま〉の交代という謎/想起という根源的作用/過去の痕跡も〈いま〉知覚される/過去の場所はない/すべてが〈いま〉起こっているだけである/あっという間の出来事/「一つのもの」とその属性
2 「客観的世界」という仮象    客観的時間の成立/「縦の志向性」と「横の志向性」/実在とその観念/ノエマとしての家とレアールな家/年表的世界像/過去を取り戻すことができる?/タイムトラベル?/「過去透視」/未来をも観念化する/〈いま〉をも観念化する/観念とその「そと」/超越論的仮象/触発するもの=X
3 〈いま〉に染み込んでいる過去    ギレライエでの体験/想起の出来事それ自身が「立ち現われる」?/過去は「天から降ってくる」?/知覚風景に「もはやない」という意味を注ぎ込む/過去はどこにも「保存」されていない/眼前の風景に染み込んでいる過去/〈いま〉過去を「再現」することができる?/非意図的再認/世界内存在と過去/無に向けての企て?/あらゆる芸術は〈いま〉成立する
4 世界に意味付与する「私」    超越論的自我の成立/「自我と時間の双生」/「現在するもの」と「不在のもの」/内官(innerer Sinn)と内的経験/“cogitam, ergo eram”/過ぎ去ったばかりの体験は明晰かつ判明である/非措定的(non-thétique あるいは「非定立的」non-conditionnel)意識の身分/ドイテン(deuten)とエアドイテン(erdeuten)/エアドイテンの諸層/眼前の知覚風景に「不在のもの」を読み込む/〈いま〉の知覚風景に至るまでの過去/個人史と記憶喪失/他者/まなざし/重層的な意味付与の現場
5 根源的湧き出しとしての〈いま〉    世界が消えゆく時としての〈いま〉/世界が湧き出す時としての〈いま〉/世界に意味付与する時としての〈いま〉/「私は夢を見ていた」/〈いま〉と自由/心身問題のありか/多元的原事実
6 私は死に、そして何も失わないだろう

あとがき (二〇一一年 二月末 また来ん春と人は云ふ(中原中也) 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 哲学者。1946年、福岡県生まれ。前電気通信大学教授。「哲学塾カント」を主宰。東京大学教養学部並びに法学部を卒業。77年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。著書に『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『孤独について』『観念的生活』(以上、文春文庫)、『悪について』(岩波新書)、『「死」を哲学する』(岩波書店)、『カントの自我論』『カントの時間論』(以上、岩波現代文庫)、『「純粋理性批判」を噛み砕く』(講談社)など多数。






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本「『純粋理性批判』を噛み砕く」中島義道5

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『純粋理性批判』を噛み砕く
『純粋理性批判』を噛み砕く

○著者: 中島義道
○出版: 講談社 (2010/8, 単行本 352ページ)
○価格: 2,415円
○ISBN: 978-4062163637
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どうやらぼくには「分かろう!」という意欲が希薄みたいで、カント(Immanuel Kant, 1724-1804)の『純粋理性批判(Kritik der reinen Vernunft)』を、じつはいろいろなかたちで方法で角度を変えて、手を変え品を変え、というか、ぼくがトクベツな注意力を有していなくとも、ボンヤリしたままでも、なにかの機会にヒットして(ということは縁がある、縁があったということだから?!)「あぁそれじゃぁ読んでおこうかなぁ」と、手を伸ばすのだが、そうそう、ドイツ語の語学学習もそれなりにカリキュラムを淡々とこなして消化して、ドイツ語のなんたるかを分かった気にはなれずとも(読んでも聞いてもまだちっともよく分からないのではあるが)、ドイツ語特有の単語のつづりを見るには目に入ると、思わず小声で発音してしまう、で、本を読みながら、どうにもよく分からないながらも、日本語の解説(噛み砕かれた)と漢字と字面から受ける印象とドイツ語と、あっちからもこっちからも意識を総動員して、いろんな角度からの多面的な解釈を試みるのだが、そう、じつはこころのどこかでは、分かることを安易に分かったような気になってしまうことを、頑なに拒んでいる、みたいな。さて、はじまったばかり、まだまだこれから♪



≪目次: ≫
序章 難しくて易しいカント
第一章 アンチノミーとは何か?
第二章 宇宙論的理念
第三章 無条件者への無限背進
第四章 予盾対当と反対対当
第五章 哲学の競技場
第六章 世界は時間的始まりを持つか?(第一アンチノミー、テーゼ、アンチテーゼ、時間について)
第七章 世界は空間的に無限か?(第一アンチノミー、テーゼ、アンチテーゼ、空間について)
第八章 空虚な空間・空虚な時間(第一アンチノミー、注)
第九章 世界は無限分割できるか?(第二アンチノミー、テーゼ)
第十章 世界は単純な部分から成っているか?(第二アンチノミー、テーゼ)
第十一章 単子論の弁証的原理(第二アンチノミー、注)
第十二章 自由は認められるか?(第三アンチノミー、テーゼ、アンチテーゼ)
第十三章 現象の系列における絶対的な始まり(第三アンチノミー、注)
第十四章 絶対に必然的な存在社はあるか?(第四アンチノミー、テーゼ、アンチテーゼ)
第十五章 必然性と偶然性(第四アンチノミー、注)
終章 易しくて難しいカント

※初出「群像」二〇〇八年四月号〜二〇〇九年八月号


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年福岡県生れ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。哲学博士(ウィーン大学)。2009年、電気通信大学教授を退官。『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『時間を哲学する』『うるさい日本の私』『人生を〈半分〉降りる』『〈対話〉のない社会』『孤独について』『私の嫌いな10の言葉』『時間論』『カイン 自分の「弱さ」に悩むきみへ』『働くことがイヤな人のための本』『続・ウィーン愛憎』『悪について』『狂人三歩手前』『人生に生きる価値はない』『人生、しょせん気晴らし』『カントの読み方』『差別感情の哲学』『ウィーン家族』など著書多数。近著に『きみはなぜ生きているのか?』『女の好きな10の言葉』がある。


カント 『純粋理性批判〈3〉  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787.』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/05
カント 『純粋理性批判〈2〉  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787.』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/06/24
カント 『純粋理性批判〈1〉  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787.』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/02/21
カント 『永遠平和のために』(宇都宮芳明訳、ワイド版岩波文庫、2005年) '08/11/25
カント 『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/09/02

竹田青嗣 『完全解読 カント『純粋理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '10/06/09
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963.』(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
中島義道 『カントの自我論』(岩波現代文庫、2007年) '09/06/24
中島義道 『カントの法論』(ちくま学芸文庫、2006年) '09/02/09
中島義道 『カントの人間学』(講談社現代新書、1997年) '09/02/07
中島義道 『カントの時間論』(岩波現代文庫、2001年)'09/01/28
中島義道 『カントの読み方』(ちくま新書、2008年) '09/01/23





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本「善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21 A-120)」中島義道5

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善人ほど悪い奴はいない  ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21)
善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21 A-120)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2010/8, 新書 221ページ)
○価格: 760円
○ISBN: 978-4047102491
おすすめ度: 4.5
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なにが善で善いことでイッパンに善いとされて、なにが悪で悪いことでイッパンに悪いとされて、もっとも、ぼくの考えはイッパンテキではない、どこかズレてるところがあると自覚していることから、ズレを意識した考察に、ズレを前提として考えてみて、見えて分かってくること、一方では明白に、やっぱり見えていない分かっちゃいない理解できていないんだろうなぁ、と思いいたることしばしばしばしば。ものごころついた幼少のころから、ぼくは良い子(オリコウサン)を演じることを常としてきて、親の期待(があったのかどうなのか、ホントのところはよく分からない)に背くことなく?!、身内や親戚のまえで、そう、ぼくはイイ子で、その頃まだぼくよりさらに幼少(4歳差)だった次弟は、互いにオトナになってから、「兄ちゃんはズル賢くて、なぜだかいつも気がつくと、兄ちゃんはイイ子で、ぼく(次弟)はワルイ子で。それは違う、そうじゃないんだ、ホントはね、って言おうと思っても、すでに周りのイメージはできあがっちゃっていて、なんども悔しい思いをした、、、」ようなことを、笑いながら話してくれた、ぼくも否定しない、否定できない、ぼくはぼくなりに必死だったんだよ、でも必死だからと言って周囲の近しい人を力(4年の年齢)の差を悪用して蹴落とすようなことが、ゆるされるものなのかどうかと言えば


≪目次: ≫
はじめに――ニーチェを読む若者たちへ
第一章 善人と弱者    弱者とは何か?/弱者の一変種/弱者=善人/弱者は「弱さ」を生きる理由にする/弱者は悪いことをしない/弱者は人間のうちに潜む「悪」に向き合わない/すぐに仰向けになるイヌ/弱者は加害者である/「優しさ教」の犠牲者/正直者が損をする?/新型の弱者/弱者の好む「強者支配」/弱者は権力と権威を愛する/(公認の)被差別者は弱者ではない
第二章 善人は安全を求める    善人の最高価値は身の保全である/バカ管理放送漬け/後期高齢者/善人はあきらめるふりをする/善人はけっしてあきらめない/ジャーナリズムが善人を指導してきた/善人はすぐに騙される/「くそ真面目な精神」/善人はけっして「没落」しない/野生のイヌ/運命愛と偶然
第三章 善人は嘘をつく    善人が嘘をつくのは必然的である/善人の大好きな「善意の嘘」/善人の示す好意/善人は相手におもねる文章を書く/善人はバカ丁寧な文章を書く/善人はすぐ無礼な態度をとる/善人はすぐ弱い者いじめをする/善人は誠実でありたいと願う/嘘をつく勇気さえない者/女はすぐ嘘をつく/女のところへ行くには鞭を持っていけ!/ルー・ザロメ/女に対する恐れ
第四章 善人は群れをなす    善人は群れをなして権力を握る/善人は公正を求め、法律を遵守する/群れをなす善人は管理されることを好む/弱者は「不正に」扱われることに耐えられない/善人は人間の「平等」を信ずる/「タラントゥラ」という毒蜘蛛ども/テレビ画面という極限的欺瞞空間/善人は例外者を排斥する/善人は自分と異質なものを切り捨てる/善人はエゴイズムを嫌う/群れをなさない弱者
第五章 善人は同情する    善人は誰からも苦痛を与えられたくない/善人は同情されたいから同情する/他人を辛がらせるという権力/同情は自由な人間関係を崩壊させる/同情と羞恥心/噛めば歯が折れるほどの友/ニーチェの「優しさ」
第六章 善人はルサンチマン(恨み)を抱く    道徳の起源/ニーチェとルサンチマン/あまりにも単純な学者批判/身を挺して戦わない男/負け犬の遠吠え?/カエルの遠近法/ニーチェはホモセクシャルか?/ワグナーとの決別/エリーザベト・ニーチェ
おわりに――ニーチェという善人    弱く傷つきやすいニーチェ/卑小な人間たちへの興味/優越者への卑劣な態度/対等な人間関係を結べない/「悪意」のせい?/「ぼくは偉いのだ!」/美しきものは少数者のものなり
あとがき (2010年5月25日 「畜群」にも「超人」にもなりたくないな、と思いつつ  中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 哲学者。1946年、福岡県生まれ。前電気通信大学教授。現在は私塾「哲学塾カント」を主宰。東京大学教養学部並びに法学部を卒業。77年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について 生きるのが困難な人々へ』『醜い日本の私』『ひとを〈嫌う〉ということ』『生きにくい… 私は哲学病。』『ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白』『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?』『孤独な少年の部屋』『ウィーン家族』など話題作多数。





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本「エゴイスト入門 (新潮文庫)」中島義道5

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エゴイスト入門 (新潮文庫)
エゴイスト入門 (新潮文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 新潮社 (2010/5, 文庫 271ページ)
○価格: 460円
○ISBN: 978-4101467290
おすすめ度: 3.0
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ぼくには、コツコツコツコツとひたすら継続しつづけることを好む、というよりも、いちど始めたことを途中でやめるという発想がない、もちろんこれまで、なんどもなんども挫折(失敗、あやまち)を繰り返してきて、中途半端ななまま、あやふやに、まぁいいかぁ、で中断したことは、アタリマエのように数知れない(いまだに変わってないかもしれない)。また、世の中的にも、たしかに必要に求められて、そのときには話のなりゆき上、そうすることが、あらたに決定して採用して、なんらかを始めることが、相応しいであろう、などといった合意が、なんとなくなされて、じつはすこし考えると継続性に乏しかったりしたとしても、とりあえず、なりゆき上で!?、そう決めました、などということも少なくない(ような気がしている)。その後はトウゼンのように、時間の経過とともに、およそ同じような事案が問題として発生する可能性は、もともと確率論的には高くないこともあり(ふかく考えるまでもなく、すこし考えればわかるであろうに)、たしかにそのときは、問題が生じたその時点においては必要と思われた(ことに相違はない)決めごとやルールが、なしくずし的に。だったら、そんな必要のないような、やがてなしくずし的に消滅して、誰も守ることがなくなってしまうようなルールや決めごとを、制定(論議)することの無意味さ、などということを。
などと口外するぼくは、また他の面では、変化を忌み嫌っていながらも安定や定着をすることなく落ち着くことがなかったりする、社会不適格(適応障害傾向?!)。そう、語れること、書きえること、語りえないこと、書きえないこと、状況は刻々と変化しつづけているのであって、いまのこの時点における状況を一方的に、一方向から、短期的な狭い視点から解釈して判断して意見することを、その意義に疑義を呈したい、慎重を期したい、かなぁ(もっとも、判断しかねる、見る角度を変えると見え方が異なる、この先どうなるか展開の予測がつかない、分からない、がショウジキなところかも♨)



倫理的に生きるとは、個人の信念と美学を貫くことである。大勢と違う行動の人を見るとヒステリックに「ジコチュー」とわめきたてる「日本型エゴイスト」は、日和見主義の事勿れ主義だ。生きにくさを抱えつつも、世の中にあふれる不快さとの戦いをやめられない哲学者の日常をユーモア交じりに語りながら、「倫理的エゴイスト」の道を説く。『哲学者というならず者がいる』改題。


≪目次: ≫
機 崚学する」という生き方    それでも地球は回っている/醜く・賢く・狡猾なカント/無用塾閉鎖宣言/すばらしい同業者たち/悪について/なぜこんなヒドイことが起こったのか?/「偶然」とは何だろう?
供_か不快か    ならず者が旅をすると……/「有用塾」?/放蕩オヤジの帰還?/私は耐えない!/他者は「いる」のか?/徳は孤ならず?/自民党圧勝の「原因」は何か?/ああ、有名人!
掘.┘乾ぅ好箸寮錣    日本型エゴイスト/大学教授であること/ライブドア・ショックと哲学/戦いの日々/哲学者がそんなに偉いのか!/多国籍軍に守られて/差別の哲学/「前に来なさい!」/日本酒を愛でる会/アウシュヴィッツ/先生、自殺していいですか?/先生、自殺していいですか?(承前)

あとがき (二〇〇七年一月三日 今年もひとりだけの正月を迎えて 中島義道)
文庫版へのあとがき (二〇一〇年四月半ば 窓外のうらぶれた「葉桜」をじっと見ながら 中島義道)
しびれる「愛知者」への道 〜ああ、私は中島義道さんになりたかったんだ!!  勝間和代(二〇一〇年四月、経済評論家)


*この作品は二〇〇七年二月新潮社より刊行された『哲学者というならず者がいる』を改題したものである。


≪著者: ≫ 中島義道 Nakajima Yoshimichi 1946(昭和21)年福岡県生れ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。哲学博士(ウィーン大学)。2009(平成21)年、電気通信大学教授を退官。著書に『ウィーン愛憎』『哲学の教科書』『〈対話〉のない社会』『孤独について』『人生を〈半分〉降りる』『私の嫌いな10の言葉』『働くことがイヤな人のための本』『続・ウィーン愛憎』『悪について』『狂人三歩手前』『人生に生きる価値はない』『人生、しょせん気晴らし』『差別感情の哲学』『ウィーン家族』などがある。

中島義道 『哲学者というならず者がいる』(新潮社、2007年) '09/06/03





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本「きみはなぜ生きているのか?」中島義道5

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きみはなぜ生きているのか?
きみはなぜ生きているのか?

○著者: 中島義道
○出版: 偕成社 (2010/6, 単行本 187ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4038143106
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そう、いつか死ぬ、かならず死ぬ、死なないことは(避けることができ)ない。いつ死ぬかは、分からない。ぼくが欲している67歳(娘が40歳になるとき)まで生きられるものなのか、もっと長く生きるのか、はたまた明日には今日にも死んでしまうかもしれない(みずから欲していないにしても、なんらかの外的な要因で命を落とす可能性は誰しも否定できない)。
じゃぁ、生きることに意味があるものなのかどうなのか?、意味がないものでもないだろう、意味があるかどうかは分からない。が、少なくともぼくは自分自身では(他人の意見は知らない)「みずからが生きる意味はあるだろう(意味がないものではない、よりも積極的に)」と考えるにいたっている(それなりには考えたつもりだし、これからもつねに考えつづけるであろう、たぶん死ぬまでず〜っと)、いまのところ、じぶんのなかでは、だから死なない、死にたくない、みずから死を選択(自殺)することなく、生きたい、かなぁ。そう、たとえば、朝から愛用のクロスバイクで峠越えのトレーニングに行くとして、月に一度くらいのトレーニングをみずからになんとなく(気分次第で)課していて、ときどきは煮詰まりすぎないようにアタマカラッポにカラダヘトヘトにしたいと欲するような気分のときが、みずから発するサインのようなもの(見逃すとタイヘンだ暴発しちゃう)を感じたりして。クロスバイクランはトレーニングだから、約88kmの大垂水峠を越えるルートを、3時間半から4時間くらい集中してハードに走りまくる、基本的にはノンストップで、所要時間(平均速度)を気にしながら。汗を大量にかく。専用のウェアが、高機能なもの(ポケットが優れモノのようだ)を欲しいなぁとは思いながら、いろいろあって(イチバンはモッタイナイから貧乏性)、ユニクロだから、ポケットが使えない(汗まみれになる)こともあって、携帯も財布もお金も持たず、給水ドリンクと自室のカギを1本だけで、ここ数回は。なにかトラブル(パンクとか事故とか)があったらどうしよう?!、とか考えないわけではないのだが、そのときはそのとき、なんとかなるだろう、なんともならないものでもないだろう。フツーに車が走っている舗装道路を走行するのだから、人知れず、なんてことにはならないハズ。コケないように注意しながら(どんなに注意しようがトラブルや事故を避けることは不可能だ)、そう、自室に辿り着くと毎回ホッとするのだが、まさに、無事が何より、とつくづく思う。出発前には、前日(前夜)から、縁起でもない話だがホントのところ毎回毎回、事故にあって死ぬ可能性を考えないときはない。高速走行中に車と接触したら命はないだろう、などと事故に遭遇して死ぬ可能性を考えて、もちろんみずからの意志としては生きたいと欲しているからこそ、さらには、よく(好く、善く)生きたいと欲しているからこそ、リスクを引き受けて。というわけで、どういうわけだか知らないが、、、2010/8/8(sun) 5:43-9:20(3:37), Tm 3:28'58, Dst 88.02km, Av 25.2km/h, Mx 55.9km, Odo 2975.1km. 津久井湖畔でトイレ休憩(給水)。


「ぼくはきみの味方。これから五日に一度手紙を書くよ――」
高校生になって、ひきこもってしまったクライ君のもとに、ある日とどいた一通の手紙。そこには少年を勇気づけるように、「過去」「未来」「いま」そして「死」について、つづられていました。
死を見つめ、考え続ける哲学者が放つ、哲学ファンタジー。


≪目次: ≫
はじめに
1 きみがいつか死ぬということ
2 未来はどこから来るんだろう?
3 過去はどこへ行ってしまったのだろう?
4 「いま」って何だろう?
5 どうしたらきみは幸せになれるんだろう?
6 どうせ死んでしまうのに、なぜ自殺してはいけないんだろう?
7 きみはだれだろう?

「生きること」を真剣に考えているきみへ (二〇一〇年二月二日 立春の前の前の日 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年福岡県生まれ。東大大学院人文科学研究科修士課程修了。哲学博士(ウィーン大学)。2009年、電気通信大学教授を定年前に退官。現在「哲学塾カント」を主宰。著書に『哲学の教科書』『孤独について』『不幸論』『「死」を哲学する』『「時間」を哲学する』などがある。

[カバー装画] 谷内こうた (たにうち・こうた) 1947年神奈川県生まれ。1971年、絵本『なつのあさ』でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。そのほかの絵本に『のらいぬ』『ひこうきとぼく』、画集に『緑と風の丘』などがある。

[本文挿絵] 井筒啓之 (いづつ・ひろゆき) 1955年香川県生まれ。長沢節氏に師事。1998年、講談社出版文化賞受賞。主な仕事に『鉄道員(ぽっぽや)』『負け犬の遠吠え』(以上、装画)、「8月の果て」「流星の絆」(以上、連載小説挿絵)などがある。





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本「女の好きな10の言葉」中島義道5

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女の好きな10の言葉
女の好きな10の言葉

○著者: 中島義道
○出版: 新潮社 (2010/5, 単行本 205ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4104397075
おすすめ度: 1.0
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だからどうと言うことでもなく(勝手に好きでやっている)、ジャンルを問うことなく(まとまりなく)、気の向くままに本を読んでいる、そう、いつからか毎日一冊読了することをみずからに課している。誰から言われたのでも指示されたのでも強要されたのでもないことから(他人からの指示だったら入口のところで受けつけないだろう、どう考えてもインセンティブがはたらかない)、イヤだったら止めればいい(そう思うことはすくなくない)。もっとも、誰から言われも指示も強要もされてないからこそ、みずからとの拘束力のないきめごとだからこそ、反故にすることはカンタンだから



≪目次: ≫
1 ほんとうの愛って何?    すべての女は愛されたい?/誰からも選ばれなかった?/女にとっての「美」という財産/しかたないこと、でも「本当のこと」/嵐が丘/恋する女たち/女の愛と生涯/人魚姫若草物語/女流作家のテーマは「愛」だけ?/男の裸体への興味?
2 私はあなたの何なの?    根源的問い?/明暗女坂闇のなかの祝祭アンナ・カレーニナ居酒屋岡本かの子長谷川泰子或る女旅情太陽がいっぱい異邦人アンドレ・ジッドシュテファニーエヴァ・ブラウンゲリラストダンスは私に
3 私を人間として見て!    対等な人間関係?/人形の家/定年離婚/伸子男たちへ
4 あなたには私が必要なの!    あなた/ダメ男が好きな女/やけたトタン屋根の上の猫ジェーン・エア/女と犯罪者/母性愛の現われ?/マグダラのマリア/犯罪行為を助ける女/男の愛をつなぎとめるための犯罪/少年にちょっかいを出す少女/少年にちょっかいを出す女/男と「組む」女
5 あなたは不潔よ!    女にとって男の性欲は原理的に「不潔」である/おじさま、不潔よ!/「清潔な」男?/舞踏会の手帖欲望という名の電車嘆きの天使/自己欺瞞/女は差別主義者である/女は権威主義者である/教養と文化には抵抗できない/デリカシーに欠ける?
6 私に何でも言って!    棄てられる恐怖/他人に夢を託すという暴力/ヴィヨンの妻太宰治の自殺について/太宰と三島かわいい女
7 私に心配かけないで!    知りたくないの/「心配したくない」という欲望/ウエスト・サイド物語トスカルチア
8 わかんなーい!    媚を売る/イケメンのインストラクター/紫式部日記/嫉妬の構造
9 かわいーい!    「私のお気に入り」/贈り物が大好き/フランソワーズ・サガン高峰秀子森茉莉幸田文/車内で化粧する女の撃退法
10 すごーい!    現実性のかたまり

あとがき (二〇一〇年三月末 桜が七分咲き 中島義道)
女がわかる111の本、映画、オペラ、ミュージカル、歌〔謡〕曲
    

≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生れ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授の職を2009年3月に退官。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『カントの人間学』(講談社現代新書)、『ウィーン愛憎』(中公新書)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『「時間」を哲学する』(講談社現代新書)、『うるさい日本の私』(洋泉社)、『人生を〈半分〉降りる』(ちくま文庫)、『〈対話〉のない社会』(PHP新書)、『ひとを〈嫌う〉ということ』(角川文庫)、『私の嫌いな10の言葉』(新潮文庫)、『働くことがイヤな人のための本』(新潮文庫)、『偏食的生き方のすすめ』(新潮文庫)、『カイン』(新潮文庫)、『ぐれる!』(新潮新書)、『悪について』(岩波新書)、『私の嫌いな10の人びと』(新潮文庫)、『狂人三歩手前』(新潮文庫)、『醜い日本の私』(新潮文庫)、『「人間嫌い」のルール』(PHP新書)、『観念的生活』(文藝春秋)、『カントの読み方』(ちくま新書)、『人生に生きる価値はない』(新潮社)など。






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本「ひとを〈嫌う〉ということ (角川文庫13048)」中島義道5

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ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)
ひとを〈嫌う〉ということ (角川文庫13048)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2003/8, 文庫 238ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4043496020
おすすめ度: 4.0
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嫌い!、嫌う(嫌われる)ことについて、すこしまえにいろいろあって。
まずは仕事でね、それまでだったら、ぼくは「仕事だから、報酬を得ているのだから、我慢するのも演じるのもアタリマエのこと」と考えて、可能なかぎりでいろいろな感覚の感知レヴェルをダウン(低下、劣化、見て見ぬふり、聞いて聞かないふり、見えて聞こえていても無関心を装って積極的な関与を避ける)させることを常としているのであって、だから、などと言ってしまうとおかしなロジックなんだけど、わざわざ一緒に仕事をする、仕事をして顔を突き合わせなければならない相手を〈嫌う〉必要がない、とりたてて好きになることもないけれど、もともと深く関与する気などサラサラないのだから、好きも嫌いも関係ない、無関心、といったところが本音のところかしら。まぁプライヴェートでもいろいろあって、ほんとはそのことを整理して考えをまとめておかなければならない、明らかにしておかなければならないのかもしれないのだが、急いては事をし損じる、なのか、にっちもさっちもどうにも、なのか、なんのことやら、ぼくは冷静さを取り戻すことができないでいる(惑い惑わされ)のであって、、、で、生理的にうけつけない、というのかなぁ、その生理的に〈嫌い〉みたいなものを、説明を試みよう!、と考えて、あげてみた理由のひとつひとつはどれも取るに足らない、自分で言うのもなんだけど、はぁ〜だからなんなのぉ??!、といったレヴェルの事柄ばかりで、いわゆる〈チリも積もれば山となる〉!!?、イヤなものはイヤ!、って、こどもじゃないんだから




あなたはひとから嫌い!と言われたら動揺するでしょう? あなたは自分が嫌いなひとからもできれば嫌われたくないでしょう? 日常的にふりかかる「嫌い」の現実とその対処法を、家族にとことん嫌われた哲学者が徹底的に考え抜いた。「嫌い」の要因8項を探りあて、自己嫌悪、嫉妬、軽蔑、復讐の本質をみきわめ、“サラッと嫌い合う”技術と効用を解き明かしていく――。豊かな人生を過ごすために、きちんとひとと嫌い合う、「嫌いのバイブル」誕生。


≪目次: ≫
はじめに
1 すべての人を好きにはなれない    (嫌われたくない症候群/中学生に見る人間本性/「嫌い」に向き合わない人/他人のまなざしの厳しさ/さらっと嫌い合う関係)
2 「嫌い」の諸段階    (日常的な「嫌い」こそ難問である/えせ平等社会/中学生日記『あいつ』/先生の「人間宣言」/みんなから嫌われる生き方もある/「嫌い」の結晶化作用/適度の復讐のすすめ/「嫌い」の効用)
3 「嫌い」の原因を探る    (「原因」とは何か?/原因と自己正当化/真の原因は自覚されない/「嫌い」の八つの原因)/一 相手が自分の期待に応えてくれないこと(家庭の中の期待/いつも他人と感情を共有したい人)/二 相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがあること(自分の弱みを握る人を嫌う/恩をめぐる「嫌い」)/三 相手に対する嫉妬(嫉妬の構造/嫉妬は自尊心を傷つける/正しい嫉妬/嫉妬と自己愛)/四 相手に対する軽蔑(軽蔑は快である/モラヴィアの『軽蔑』/ジッドの『女の学校』/モーリヤックの『テレーズ・デスケイルゥ』)/五 相手が自分を「軽蔑している」という感じがすること(成りあがり者の苦悩/技巧を見破る目/欧米コンプレックス/持てる者と持たざる者との会話)/六 相手が自分を「嫌っている」という感じがすること(人間は理不尽に嫌う/適度に「嫌い」のある人生)/七 相手に対する絶対的無関心(すべての人に関心はもてない/成功者と不成功者)/八 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応(その人だから嫌い/自分の弱点を相手に投影する)
4 自己嫌悪    (自己嫌悪と自我理想/自己嫌悪と「ひきこもり」/「人間嫌い」という名の自己嫌悪/自己嫌悪における自己愛/豊かな「孤独」)
5 「嫌い」と人生の豊かさ    (「嫌い」を抹消することはできない/「嫌い」は自己反省させる/人生を「重く取る」こと/「嫌い」と結婚)
あとがき (1999年9月9日(重陽の節句) 中島義道)
参考文献

解説 岸本葉子


※本書は2000年6月小社刊の単行本を文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに東大法学部を卒業。1977年、東大人文科学大学院修士課程修了。1983年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授(2009年退任)。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『人生を〈半分〉降りる』『愛という試練』などがある。





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本「「哲学実技」のすすめ そして誰もいなくなった……  (角川oneテーマ21 C-1)」中島義道5

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「哲学実技」のすすめ―そして誰もいなくなった・・・ (角川oneテーマ21 (C-1))
「哲学実技」のすすめ そして誰もいなくなった……  (角川oneテーマ21 C-1)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2000/12, 新書 220ページ)
○価格: 600円
○ISBN: 978-4047040014
おすすめ度: 4.5
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すこし時間を得て。そう、求めて?!、なるべくして
そうそう、ドイツ語の勉強を(10:00から12:50まで)図書館の自習室にこもってしていたときに、「あっちゃ〜やられたぁ〜〜♪」ってしばらくうたれたように考えこまされてしまった例文(例題)があって、「Ich liebe dich, aber du liebst mich nicht.」は、ちなみに、人称代名詞の格変化、ich, du, Sieの格変化がテーマ。「私はおまえを愛するが、おまえは私を愛さない」と訳注にある。もっとも、ここでこの例文から学ぶべきは、dich(君を)がdu(君が。二人称親称単数)の4格であり、mich(私を)がich(私が。一人称単数)の4格であるということであって、愛するとか愛さない(愛されるとか愛されない)とか、ひとさまの揺れ動く不安定な情動(lieben、ich liebe、du liebst)がどうであれ、そんなことはどうだっていいこと(ゴチソウサマ♨)で、さらには、愛されなくても(否定のnicht)、愛されないことを分かっていながら、それでも、それだからこそ?!、健気?!にも「私はおまえを愛する」とは??!、まぁまぁ、その背景にはいろいろと、ときには駆け引きだって戦略だってあるんだろうことは、ぼくだって理解しないわけではない(ホントのところはよく分からない)


≪目次: ≫
はじめに
1 哲学することと生きること
「からだ」で考える
2 健全なエゴイズムを育てる
3 「不幸」を糧にして考える
4 あらゆる「悪」を考える
「ほんとうのこと」を語る
5 「きれいごと」を語らない
6 他人を傷つけても語る
7 身の危険を感じても語る
自分自身になる
8 精神のヨタモノになる
9 偉くならない
10 自分から自由になる
あとがき (二〇世紀最後の真夏 ウィーンにて 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 Nakajima Yoshimichi 1946年福岡生まれ。東京大学教養学部並びに法学部を卒業するも社会不適応を繰り返しながら、東大人文科学大学院修士課程を修了、33歳にしてウィーンに立つ。1983年ウィーン大学哲学科修了。電気通信大学教授(2009年退任)の傍ら「無用塾」を開いている(現在は「哲学塾カント」主宰)。専攻はドイツ哲学、時間論、自我論。著書に『戦う哲学者のウィーン愛憎』『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『人生を〈半分〉降りる』『私の嫌いな10の言葉』など多数。近著に、妻子との関係をじっくり考えた『ひとを〈嫌う〉ということ』がある。





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主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

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▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

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