ちゃんと話すための敬語の本 (ちくまプリマー新書)
著者: 橋本治
新書: 127ページ
出版社: 筑摩書房 (2005/01)




読者対象「10代のはじめ」に向けて、おとなの橋本治(1948年生まれ)が年若い読者との「距離」を考えながらも懇切丁寧に説く、
この本は、「敬語ってなんなんだ?」を考えて、「やっぱりないと困る。だから、みなさんでそれぞれ、正しい敬語の使いかたを考えてください」と言う本なのです。(P.8)
ちくまプリマー新書001。

ぼくの小五の娘も読みました。けど、感想は聞いてません。途中で「丁寧で分かり易い」とは言っていました。
ぼくが感想を聞かないのは、ぼく自身が他人から感想を求められるのが嫌だから。著者が魂を注ぎ込んだ数百ページの労力を、簡単にひとことふたことで纏められて、しかも、感想を求めた人の耳触りの好い言葉(時に痛烈な批判だって、著者本人じゃないから、また仮にそうであったとしても、それはそれで耳触りが好かったりもする!?)を選んで、キレイに語られちゃう意見(感想)に、何の意味があろう。またそこには、「感想を求める」という、立場というか、穿った見方かもしれないけれど、上下関係なんかも垣間見えちゃったりして、当然に感想を求める側は、その意見に対しての評価を下す、「どうだったんだ?、おぅっ?!、言ってみろや!」みたいな(笑)。

そんなぼくにとって、「敬語」、特に「丁寧語」って必需品で、どんなに相手が年若かろうが、会話の基本は「丁寧語」。
よそよそしく感じてるんだろうなぁ、とは思っても、ずっとそうしてきた。
なるほど、「距離」だったのね。無意識だったけど、そう、「距離」を保ちたかった。気持のどこかには、「あまり近くに寄って欲しくないなぁ」という意識があって、「馴れ馴れしいのは嫌だなぁ、面倒臭いなぁ」とか考えちゃう。
だから、時に相手を和ませたい(その必要がある)時、例えば、明確に相手が固くなっていることを察知しちゃったり、どうにも不慣れな時とかには、あえて、ぶっちゃけた語り口(タメ口)を使ってみる。
言葉って、相手とのコミュニケーションツールで、特にぼくは人間関係の形成や、良好で永続的な友好関係の維持の不得手を自負しちゃっているから、あくまでも、ぼく自身の目的を果たすための「手段」として活用するまで。特別な友好関係を永続的に築こうとか、そんな大仰なことなど、これっぽっちも考えないから、その瞬間を互い(まずはぼく)が不快感を抱くことなく、最終的に互い(特にぼく)の利益が担保されればそれでいい!、と。
おまけで、互いが気持ち好くって愉しければ、なお好いよね♪


≪目次:≫
 まえがき
 1 「先生がいらっしゃった」と言いますか?
 2 「ねぇ、先生」はいけないのか?
 3 敬語がはやらなくなったわけ
 4 三種類の敬語
 5 正しく使うとへんになる敬語
 6 見上げれば尊いけど、見上げないと尊くない先生
 7 「目上の人」ってどんな人?
 8 「えらい人の世界」はたいへんだ
 9 敬語ができあがった時代
 10 尊敬したくない相手に「尊敬の敬語」を使う理由
 11 えらい人はなぜ「先生」と呼ばれるのか
 12 「えらい人」がえらそうなわけ
 13 だれがだれやらわからない日本語
 14 「えらいか、えらくないか」しか考えなかった日本人は、「自分のこと」しか考えられない
 15 日本語には豊かな表現がある
 16 敬語は時代によって変わる
 17 やっぱり敬語が必要なわけ
 18 大昔の中国人は「丁寧」という楽器をボワーンと鳴らした
 あとがき ― ちゃんと敬語を使ってくださいね