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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

再発見

本「吉本隆明――詩人の叡智 (再発見 日本の哲学)」菅野覚明5

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吉本隆明――詩人の叡智 (再発見日本の哲学)
吉本隆明――詩人の叡智 (再発見 日本の哲学)

○著者: 菅野覚明
○出版: 講談社 (2013/2, 単行本 272ページ)
○定価: 1,575円
○ISBN: 978-4062787659





「逆立」する「幻想」とは、なんだ!? 戦後の日本思想界を代表する巨星の歿後1年、ついに出た吉本論の決定版。複雑にして多岐にわたる思想家としての活動を、初期から最晩年まで一貫した一つの哲学的営為として捉える。そして、その思想の全体像を、初期詩編の傑作「固有時との対話」に見出す決定的力作。これが、詩的思想家・吉本隆明の本質だ!


≪もくじ: ≫
序章 見取り図
「個」という問い/詩的なものからの出発/異和としての自己/像(イメージ)としての自立/「じぶんの哲学」

第一章 思索の原点
一、「地獄のやうな青春の宿題」
二、純体験のかたち
三、戦争協力詩と日本的近代自我
近代的詩意識の崩壊/内部世界の論理化

第二章 固有時との対話
一、題名及び題辞をめぐって
「固有時」という詩語/「関係の絶対性」と反トミスム/「抽象」のめざすもの
二、現存の基底へ
二つの風景/ランボオとの同型性
三、存在を交換する場所
XY平面/神のいない真昼間/Z軸と「風」/宿命の測度/空洞のような場所へ

第三章 詩的思想の展開
理論としての風景/自己幻想と共同幻想の逆立/意識の自己表出性/沈黙の有意味性/大衆の原像と詩・文学/普遍文学という思想


附録
 吉本隆明 年譜 (1924・大正13年〜2012・平成24年)
 読書案内 (吉本隆明の著作/吉本隆明論)

あとがき (菅野覚明)


吉本隆明 (よしもと・たかあき) 1924年東京生まれ。1945年、東京工業大学入学。47年、同繰り上げ卒業。1951年、東洋インキ製造に入社。52年、詩集『固有時との対話』発行。55年、東洋インキ製造を退職。59年、『芸術的抵抗と挫折』『抒情の論理』刊行。1965年、『言語にとって美とはなにか』刊行。68年、『吉本隆明全著作集』刊行開始。『共同幻想論』刊行。71年、『心的現象論序説』刊行。76年、『最後の親鸞』、77年『初期歌謡論』、1989年〜94年『ハイ・イメージ論 I・II・III』など、多くの著作を刊行。2008年、『心的現象論本論』刊行。2012年3月、死去。


≪著者: ≫ 菅野覚明 (かんの・かくみょう) 1956年生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。東京大学教授(を経て、皇學館大学神道学専攻科教授)。専攻は、倫理学、日本倫理思想史。おもな著書に『本居宣長』(ぺりかん社)、『神道の逆襲』(サントリー学芸賞受賞)『武士道の逆襲』(いずれも、講談社現代新書)、『詩と国家』(勁草書房)など。

菅野覚明 『神道の逆襲』(講談社現代新書、2001年) '10/11/18
菅野覚明 『武士道の逆襲』(講談社現代新書、2004年) '10/11/03

小田部胤久 『木村素衞――「表現愛」の美学』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/08/12
遠山敦 『丸山眞男――理念への信』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/08/06
滝浦真人 『山田孝雄――共同体の国学の夢』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/30
嘉戸一将 『北一輝――国家と進化』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/23
吉田真樹 『平田篤胤――霊魂のゆくえ』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/17
宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集
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本「木村素衞――「表現愛」の美学 (再発見 日本の哲学)」小田部胤久5

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木村素衞――「表現愛」の美学 (再発見 日本の哲学)
木村素衞――「表現愛」の美学 (再発見 日本の哲学)

○著者: 小田部胤久
○出版: 講談社 (2010/9, 単行本 212ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787628
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じっさい、弱冷房車を選択して乗車することは皆無であり、駅のホームで電車を待つ際には、とくに屋外にあっては空調が稼動している待合室を積極的に利用する、日中の炎天下を出歩かなければならないときには帽子を目深にかぶってつよい陽射しを避けるべく日陰を選んで歩く、外出先での手洗い場では火照った腕を肩ちかくまで水道水で汗を流してクールダウン(ホントは全身水浴びしたいところをガマンして、だから顔なんかはジャブジャブジャブジャブ洗っちゃうよ)、もちろん自室に帰宅するなり扇風機とエアコンを、いちおうエアコンの設定温度は風量はすこしだけ控えめの設定に、心ばかりの配慮をしないものでもないのだけれども、就寝するまで消すことがオフにストップすることができない、そんなヘナチョコなぼくには、原子力発電に、どうなんだろう、反対を唱えるようなことは、できないだろうなぁ



西田幾多郎田辺元からの影響、フィヒテシェリングの受容…… 身体論から国家論まで独自の美学とは!

師の西田幾多郎に嘱望され、西田の嘱望をけっして裏切ることのない珠玉の著作を残した木村素衞、彼はカント、フィヒテを中心とするドイツ観念論の哲学研究から出発し、(略)彼自身の造語になる「表現愛」の理論を提起して、(略)独自の考察を行った。だが、このように木村の営みの概略を書き連ねても、それは彼の思考の単なる外的軌跡をなぞることを出ないであろう。木村の哲学的営みへの導入となるべき序章において必要なのは、むしろ、彼の思考の原点へと遡ることである。 ――本書より


≪もくじ: ≫
凡例

序章 木村素衞の原点    思考の原点/意志から愛へ/国家および日本をめぐって/文化価値への道/修業時代の終わり

第一章 遍歴時代
 一 観ることから作ることへ    観ることの自律と徹底としての作ること/フィードラーと西田/芸術創作のモティーフ
 二 発出論の批判    発出と表現/意志から宥和へ/田辺元からの影響/身体的想像力
 三 意志と行為と愛    身体への注視/意志から愛へ/教育学と哲学・美学との間で

第ニ章 身体――内と外とを媒介するものとしての    芸術創作をめぐる二つの理論
 一 表現にとっての「外」と「内」    表現的環境としての「外」/身体的に見るものとしての「内」/ハイデガーとの対決
 二 表現する身体    表現の三段階/身体の技術性
 三 「自己をもてあます」存在としての人間    「手不足」と「手分け」/欠陥動物論の系譜/身体の変貌

第三章 文化――エロスとアガペ
 一 文化における自然と自由    「成る」と「成す」/ドイツ観念論との対決
 二 表現愛    イデアとの距離/ノエマを包むノエシス/自己をノエマ的に投影するノエシス/フィヒテおよびシェリングとの関係/発出論の影

第四章 国家――個人と人類を媒介するものとしての
 一 社会における人間    全体と個人/比なき人
 二 人類文化と国民文化    国民文化の間国民性/世界史的生命の動く立体空間/ランケとシュプランガー/東洋思想とのかかわり
 三 最後の思考    敗戦後の日本文化論/発出論の批判――再考/交響する時空間へ



文献表

付録
 木村素衞 年譜
 人名索引

あとがき (二〇一〇年七月 著者識)


木村素衞 (きむら・もともり) 1895年、石川県に生まれる。24歳の時、西田幾多郎を訪ね、聴講を許可される。1923年、京都帝国大学文学部哲学科選科修了。田辺元のフィヒテの演習に参加。35歳で広島文理科大学助教授兼広島高等師範学校教授に就任。翌年、フィヒテ『全知識学の基礎其他』の翻訳を刊行。1940年、京都帝国大学教授となる。主な著作に、『フィヒテ』(1937年)、『国民と教養』(1939年)、『表現愛』(1939年)、『美のかたち』(1941年)、『形式的自覚』(1941年)、『国家に於ける文化と教育』(1946年)など。1946年、急逝。


≪著者: ≫ 小田部胤久 (おたべ・たねひさ) 1958年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科、ハンブルク大学哲学科に学ぶ。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授。主な著書に、『象徴の美学』『芸術の逆説――近代美学の成立』『芸術の条件――近代美学の境界』『西洋美学史』(いずれも東京大学出版会)。

小田部胤久 『西洋美学史』(東京大学出版会、2009年) '09/09/28

遠山敦 『丸山眞男――理念への信』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/08/06
滝浦真人 『山田孝雄――共同体の国学の夢』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/30
嘉戸一将 『北一輝――国家と進化』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/23
吉田真樹 『平田篤胤――霊魂のゆくえ』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/17
宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!






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本「丸山眞男――理念への信 (再発見 日本の哲学)」遠山敦5

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丸山眞男――理念への信 (再発見日本の哲学)
丸山眞男――理念への信 (再発見 日本の哲学)

○著者: 遠山敦
○出版: 講談社 (2010/6, 単行本 232ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787611
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本気でマジでよく分からないのだよ、日本語で(外国語ならいざ知らず、慣れ親しんでいるハズの日本語?で)書いてあるにもかかわらず、およそ理解したとは言いかねる(ほど遠い)、おいおいダイジョウブ??!、たぶんいまのところダイジョウブではない(ダメでもないけどね)などとは、どうにも他人事ではない、ゆゆしき、といったところなのかどうなのか、ところが本人の当事者の自覚のほどは、クレイジー(よく分からない)♪、どうやら、やがていずれか(死ぬまでには)、論文みたいなものを著したいとは思っていないものではないみたいだけれども、さらには日本の思想史といわれるような、和辻哲郎とか本居宣長とか古事記とかといったような日本の古代以来の正統に、いやいや脇道から正統はありえないだろうとは自覚しないものでもないのだけれども、死ぬまでとか、20年くらいのスパンで、とか言い訳を交えながら、ジッサイ「回り道」などしている余裕など有していないのであって、とは言え「近道」がないようなことも自覚していないものでもない、チクショウ、地道にコツコツと積み重ねて、一歩一歩確実に着実に進んでいくしか方法はないのだろうなぁ


「原型」論、「古層」論…… 日本思想史に何を見出そうとしたのか?

丸山眞男の魅力は、その分析にみられる明晰さや鮮やかな切れ味、(略)など、さまざまな点に求めることができるだろう。だが、今なお彼の残した業績が人々を惹きつけてやまないものであるなら、その根底にあるのは、右に見たような、ある種精神主義とでもいえるような「理念」への「偏向」というその生き方や倫理的態度であり、またそれを生涯を通じて一貫して維持した精神の強靱さとでもいうべきものにあるのではないだろうか。 ――本書より


≪もくじ: ≫
第一章 強い自己という課題――理念へのコミットメント
第ニ章 個と政治との関係
第三章 「古層」論の概要――「日本的な歴史主義」の意識化
第四章 「古層」論に基づく日本仏教理解
第五章 可能性の探究と「理念」の模索

附録
 丸山眞男 年譜 (大正3・1914年〜平成8・1996年)
 読書案内


丸山眞男 (まるやま・まさお) 1914年、大阪に生まれる。7歳で東京市麹町転居。第一高等学校文科乙類、東京帝国大学法学部を経て、1937年東京帝国大学法学部助手。1945年陸軍船舶司令部に応召し、8月に広島で被爆。1946年、『世界』に「超国家主義の論理と心理」」を発表。以降、戦後日本の代表的オピニオン・リーダーとして活躍。『日本の思想』『戦中と戦後の間』『日本政治思想史研究』『「文明論之概略」を読む』『忠誠と反逆』など、著書多数。戦後の言論界に多大な影響を与え続けた。1996年、死去。


≪著者: ≫ 遠山敦 (とおやま・あつし) 1958年、東京生まれ。東京大学大学院人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。三重大学人文学部教授。専攻は倫理学・日本倫理思想史。主な論文に、「近松における「心中」の意義――『心中天の綱島』を手懸りとして――」、「伊藤仁斎の「情」理解」などがある。


滝浦真人 『山田孝雄――共同体の国学の夢』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/30
嘉戸一将 『北一輝――国家と進化』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/23
吉田真樹 『平田篤胤――霊魂のゆくえ』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/17
宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!


苅部直 『丸山眞男 リベラリストの肖像』(岩波新書、2006年) '11/04/18
長谷川宏 『丸山眞男をどう読むか』(講談社現代新書、2001年) '09/02/08





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本「山田孝雄――共同体の国学の夢 (再発見 日本の哲学)」滝浦真人5

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山田孝雄 共同体の国学の夢 (再発見 日本の哲学)
山田孝雄――共同体の国学の夢 (再発見 日本の哲学)

○著者: 滝浦真人
○出版: 講談社 (2009/10, 単行本 224ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787604
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あぁ、セミが鳴いているなぁ、セミの鳴き声がしているなぁ、とかんじたのは、もしかして、意識して耳にしたのは、ことしのなつはじめてのことかもしれなくって、旧い校舎がたつ敷地に、おおきな樹木が豊かな緑が心地好い(とぼくはかんじて好きだ)ガッコウでのこと、そう、いまにかぎったことではないんだけれども、このところ著しく余裕を欠いていた(とは自覚していないものでもない)のは、そのおおきな要因のひとつとしては(細かいことのひとつひとつをあげたらキリがない)単位認定試験があって、けふ2つを終えて、明日さいしゅうの1つ(あぁおわるんだなぁ)、ジッサイにセミの鳴き声を意識したのは今日の2つ(2科目)の試験を受験する前の自習をしているときのことだから、それでも、翌日の夕方にはすべてを終えて、とりあえず目の前に立ち塞がっている試験の緊張からは、よくもわるくもなにがあろうがなかろうがどうあっても、解放される(後戻りはできない)、そんなことを意識しないものでもないのであって、んでもって、そののちに、いろいろボンヤリのらりくらりといつものように考えるには、そのうちには、セミの音と耳鳴りとが、なんだかぼくのかんじている耳鳴りはセミの鳴き声(止むことのない音響)に、もしかしたら似ているのかもしれないなぁ、などと考えるには、やがて耳鳴りのほうが、すでにセミの鳴き声なんかちっとも聞こえなくなっている(場所も時間もあきらかにハズれている)のに、耳鳴りだけは妙にハッキリ意識されるようになってしまって(すこしつかれているのかもしれない、体調の精神状態のバロメータみたいなものでもあって、すこしブレーキをかけてアクセルを緩めよう、そのように意識して意識している)、もっとも、ぼくにとっての耳鳴りは長く長く付き合っていくつもりでいるものだから(とくに医学的な科学的な治療みたいなもので人為的?!に強制的に音響を止めてしまうつもりは考えは、ない)、むしろ耳鳴りが聞こえなくなったときのほうがシンパイしなくちゃいけない(聴力を失う?!)ような考えもあるのであって、そうそう、どうやらぼくの会社の社長も、社長のビジネスパートナーもそれぞれ耳鳴りしているみたいでね(そんな会話が交わされていたような)、まぁ、耳が聞こえていないわけでは聞こえなくなっちゃっているわけではなくって、フツーに聞こえているんだけれども、さらに余計な音まで過剰に聞こえている、ある意味では聞こえすぎているだけで、たとえばマイクがハウリングするみたいなかんじかしら


文法、敬語、国体論そして連歌…… 国語学と国学を貫く“畢生の目的”とは?

国学者としての山田は、戦前における国粋主義的言説に強く現れたが、それらの言説は敗戦とともに顧みられなくなった。そうすると、後世の評価においては、国語学者の山田は語れるが、国学者の山田は語れないという傾きになる。本書は、このことを疑う。そして、山田が始めから国学者を志したこと、国学者であろうとしたからこそ国語学者山田があり得たのであって、逆ではなく、そのいみでは国語学者山田は国学者山田の一部と見なければならない。 ――本書より


≪目次: ≫
凡例
はじめに
第一章 国学と国語学――畢生の目的    二つの出発/「南海浮浪」/「国の文献学」から「国学」へ――文法学に見出されたもの/旧派 対 新派/山田は本居宣長をどう読んだか
第ニ章 文法という思想――喚体・述体とは何だったか    「山田文法」というトピック/思考の鋳型としての言語/山田における語論と句論/句論の展開――述体句と喚体句/〈はたらき〉と〈かたち〉の齟齬/「か」と陳述の力/二つのモダニティーと山田文法――王公と家臣の地位をめぐって
第三章 敬語の「法則」は発見されたか――敬語論と「人称説」    震災と『敬語法の研究』/敬語論における語論と句論――「法則」であるために必要なこと/発見された「法則」/敬語の二分法――消された「丁寧」/「法則」は発見されたか/法則的対応の夢
第四章 「敬語」の語り方――山田が遺したもの    敬語を語り出すこと/負の日本語/見出され放擲されたもの/「推譲」と「親愛」/「自敬敬語」という論点/軍人勅諭と「親愛(したしみ)」/「親愛の敬語」はあるか?/言語の普遍と日本語の特殊のはざま
第五章 国体と桜――最後の連歌師と“動かぬもの”    「万世一系」とは何か?/歌の共同体/連歌、そして言葉の「本意」/『櫻史』/日本精神と本居宣長/国史編修院長と公職追放/本意の辞典、中今の句集
おわりに


引用文献

附録
 山田孝雄 年譜 (1875・明治8年〜1958・昭和33年)
 読書案内
 『山田孝雄博士著作年譜』

あとがき


山田孝雄 (やまだ・よしお) 1875年、富山に生まれる。尋常中学1年修学ののち、独学で教員免許を取得。富山県内の小学校教員を経て、奈良県、高知県などで中学教諭。1906年に上京、08年に『日本文法論』を上梓。以後、国語学・国文学・国史学に加え、国学全般にわたる膨大な著作をのこす。1915年に結婚、忠雄(国語学)、英雄(日本史学)・俊雄(国語学)・みづえ(詩人)ら9人の子をもうける。日本大学を経て、1925年東北帝国大学に赴任。27年、同教授。1933年に退官後は神宮皇学館大学学長などを歴任。1945年8月国史編修院長に就任するも、11月に依願免官。翌年、公職追放されるが、1951年追放解放後、文化功労者、文化勲章受賞、富山市名誉市民。1958年仙台にて没。享年83。


≪著者: ≫ 滝浦真人 (たきうら・まさと) 1962年、岩手県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院人文科学研究科博士課程中退。麗澤大学外国語学部・大学院言語教育研究科教授。専攻は言語学・コミュニケーション論。対人関係の言語学として、敬語やポライトネスを主に研究。ほかに、ことば遊び、オノマトペ(擬音語・擬態語)、失語症に関する研究もある。著書に『日本の敬語論』(大修館書店)、『ポライトネス入門』(研究社)など。


嘉戸一将 『北一輝――国家と進化』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/23
吉田真樹 『平田篤胤――霊魂のゆくえ』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/17
宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!


杉浦克己 『日本語学 母語のすがたと歴史 '09』(放送大学教材、放送大学教育振興会、2009年) '10/07/26





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本「北一輝――国家と進化 (再発見 日本の哲学)」嘉戸一将5

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北一輝――国家と進化 (再発見 日本の哲学)
北一輝――国家と進化 (再発見 日本の哲学)

○著者: 嘉戸一将
○出版: 講談社 (2009/7, 単行本 284ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4062787598
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あらしのごとく、マーゴンさんは台風6号で(ウロウロフラフラとなが居してようやく日本列島から離れて行った)、すこしまえまでは、いまから考えるにはありゃなんなんだったんだろうとかるく混乱に陥ってしまうのだが(少なくともぼくは変化に対応するのにストレスをさまざまに感じないものではない)、そう、まいにちまいにち抜けるような青空の夏空がひろがって(雲ひとつその姿を見せないような、迷いのない?!、逃げ場のない??!)太陽ギラギラ、もっとも湿気が湿度が低い分だけそれまでの梅雨空のムシムシジメジメした不快感に比するには(猛烈な不快感を経て体感して耐え忍んできたがゆえに!?)、どうなんだろう、それでも順応するのに過分な労力(体力の消耗)を要するね、失われ奪われる体力は水分、血液の濃度とかビタミンとか、体内の水分の出入りが激しいと汗とかかいて流出する消失するエネルギーや栄養分も相当な分量になるであろうことから、まぁバランスを保つことの体調を維持することの困難は想像に難くなくフツーに疲労するだろう、んでもって、このところ(マーゴンさんの置き土産、などと言ってしまうにはその影響は変化の度合いは小さくない!?)暑いんだか涼しいんだか判断に迷うというのか体が反応がかるく混乱しちゃっているようなケンメイに調整を図っているのかな、ヒトのからだはそれなりによくできたもので、やがて時間の経過とともに慣れる順応する(スゴイね♪)
さて、いよいよ明日から緊張の単位認定試験が7科目、6日にわたって、、、まわりみちばっかり厭うことなくむしろ好んでしてるから、どうしても素直になれなくって♪、すでにかなりヘトヘトヘロヘロなんだけど、それをあらしの台風の暑さの気温変動のせいにしてみたところで



独自の社会主義論、進化論、そして革命と改造…… その思想の根幹を照射する! 「国家」に可能性はあるか!?

たしかに社会主義革命の方法論の次元では、北の国家論は大きく「転回」している。しかし、果たして、革命の方法論上の「転回」は、思想的な断絶を意味するのだろうか。この点で興味深いのは、当時の内務省による北の評価である。警察は北の前半生を社会主義者として、後半生を過激な国家社会主義者として監視していた。ところが、内務省は北を転向したとは見ていなかった。内務省の公文書に記された北の思想は、一貫したものだったのだ。 ――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに

第一章 国体論批判と理想の国家
第一節 国体論と北一輝    国体論とは何か/穂積八束批判/有賀長雄批判という謎
第二節 明治憲法体制をめぐって    明治憲法制定期の準拠論/明治憲法体制の国家と道徳/穂積八束のモデルはキリスト教
第三節 「純正社会主義」の目指すもの    権力闘争としての体制批判/道徳論の拒絶
第四節 道徳と科学主義    国民道徳としての教育勅語/北一輝の教育勅語批判/井上哲次郎の教育勅語論/北一輝の「忠君」批判、あるいは道徳論の解消
第五節 「神類」とは何者か    社会進化論をめぐって/北一輝の進化論/理想の国家か、畜群の世界か

第ニ章 理想の国家とは何か
第一節 進化論の意味するもの    「神類」という理想状態について/明治憲法体制とニーチェ受容/「神類」は主権者たりうるか
第二節 実在する人格としての国家    個人主義をめぐって/北一輝の国家有機体説/精神を宿すものとしての有機体/北一輝とヘーゲル――精神の体現者をめぐって
第三節 有機体としての国家と精神    体制イデオロギーにおける有機体説/有機体説の民主化に向けて/北一輝と美濃部達吉/北一輝と吉野作造
第四節 北一輝とプラトン    マルクス批判とプラトン主義/明治期のプラトン受容と北一輝のプラトン主義/イデア革命としての社会主義革命

第三章 北一輝と革命
第一節 北一輝と戦後改革    民主化としての「国家改造」と戦後改革/「一君万民」論をめぐって――北一輝と敗戦直後の法学者たち/田辺元の「社会民主主義」論/「国家改造」というプラトン主義
第二節 北一輝における天皇    北一輝と「青年将校」たちとの「疎隔」という問題/北一輝の本音/北一輝と国民の「疎隔」
第三節 平等はいかにして実現されるのか    北一輝と地方問題/北一輝の社会改良論批判・国家社会主義批判/帝国主義をめぐって/北一輝と幸徳秋水/国家の強権性が意味するもの/国民としての同化・「覚醒」という論理
第四節 絶対者をめぐって    三木清の準拠論としての神話論/北一輝における神話

むすび

附録
 北一輝 年譜 (明治16・1883年〜昭和12・1937年)
 読書案内


北一輝 (きた・いっき) 1883(明治16)年、新潟県佐渡郡に生まれる。佐渡中学入学の頃から社会問題に関心を寄せる。眼疾を得て入院。18歳で『明星』に短歌を投稿。上京し社会主義思想に関心を持つ。1906年、『国体論及び純正社会主義』を自費出版。発禁になる。中国改革に協力し、33歳で法華経信仰を深める。1926年、『日本改造法案大綱』出版。1932年、『対外国策ニ関スル建白書』執筆、領布。1936年、ニ・ニ六事件。憲兵隊に引致され、警視庁で取調。調書が軍法会議に送られ、死刑求刑。1937年8月14日、死刑判決。同19日、銃殺刑。


≪著者: ≫ 嘉戸一将 (かど・かずまさ) 1970年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程中退。相愛大学准教授。専攻は、法思想史、政治思想史。主な論文に「正統性と〈理性〉――井上毅と法・行政の礎」など。著書に『西田幾多郎と国家への問い』、共著に『明治国家の精神史的研究――〈明治の精神〉をめぐって』(いずれも以文社)などがある。


吉田真樹 『平田篤胤――霊魂のゆくえ』(再発見 日本の哲学、講談社、2009年) '11/07/17
宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!






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本「平田篤胤――霊魂のゆくえ (再発見 日本の哲学)」吉田真樹5

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平田篤胤――霊魂のゆくえ (再発見 日本の哲学)
平田篤胤――霊魂のゆくえ (再発見 日本の哲学)

○著者: 吉田真樹
○出版: 講談社 (2009/1, 単行本 284ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4062787581
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いやぁ、日本の哲学(再発見♪)、、、いわゆるところの「哲学」は近代になって(明治維新?!)から西洋からやってきた(よくもわるくも押し寄せてきて容れられた)、ようなものなんだろう?!!けれども、さて、近代以前に哲学(みたいなもの)は日本になかった、のかどうなのかなどと考えるに??!(マジムズイ)



近代は篤胤から何をつくりだし、何を見失ったのか? 人間の尊厳を問うた思考の粋!

篤胤において死の問題は、死後の存在としての霊魂の問題となり、さらには霊魂の行き場所の問題となる。もし人が死後に霊魂となることが確実であり、霊魂の行き着く場所が特定されるのであれば、先に現在の私たちに即して述べたような死の問題は、「解決」されるに違いない。篤胤はまさにそのことを『霊の真柱』において試み、「幽冥界」という観念を提示することになる。 ――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに
第一章 篤胤の抱えた問い――自己    「兄弟をころして家をうばふ相」/近世人相学と業の問題/篤胤の問い
第二章 神へ――問いの具体化    1 神の体験/2 宣長へ(夢中入門/村岡説の「解釈」/「夢中対面図」の内容/「をしへ子」篤胤/夢を信じる「あやしさ」/篤胤の「あやしさ」への批判)/3 『呵妄書(かもうしょ, 1803年)』(なぜ宣長か/「道」と「神」/宣長との距離/「神道」をめぐる篤胤と宣長/「神」の定義/身の大本)
第三章 『新鬼神論(しんきしんろん, 1805年)』――死んだら霊魂となる    1 『新鬼神論』の前提(白石『鬼神論』の背景/「白石先生」の意味/篤胤と儒学/実感としての儀礼・祭祀/宣長の場合/篤胤による分裂の否定)/2 『新鬼神論』の思想(『新鬼神論』の総論/篤胤の朱子学批判/篤胤の孔子論/誰でも祀ることができるか/通常の神祀り/篤胤の人鬼論/淫祀論に対して/死の問題/霊魂と肉体の関係/宣長における「産霊」/死者こそ尊厳を獲得できる/篤胤が宣長に見出した活路/図式化)
第四章 近世庶民仏教と『出定笑語(しゅつじょうしょうご, 1811年)』    1 近世庶民仏教の思想(近世庶民仏教思想の図式化/仏教における死後転落の問題)/2 『出定笑語』の仏教批判
第五章 『霊の真柱』――霊魂のゆくえ    死の問題/『霊の真柱』の序/神がかりでの執筆/篤胤学の構想/「真道」へ/『霊の真柱』の壮大さ/死の問題のもたらす壮大さ/篤胤の乗り越え/『三大考』と『霊の真柱』/『三大考』における分離としての死/『霊の真柱』へ/伊邪那美命は死んでいない/風・火・水・土の神/なぜ死ぬか/火神の死/火産霊神の憎しみ/分け霊/大国主命の居場所/幽冥のイメージ/死後黄泉行き説の否定/地獄説/人の側に即した幽冥界イメージ/今の現の事実/霊魂は墓の上にいる/志は墓を超越する
終章 近代へ    『霊の真柱』以降の篤胤/『仙境異聞』の二つの極/霊魂の尊厳と業/近代国家による篤胤像/民俗学と儒学/篤胤による業の体現


参考文献

附録
 平田篤胤 年譜 (安永5・1776年〜天保14・1843年)
 読書案内


平田篤胤 (ひらた・あつたね) 1776(安永5)年秋田藩士大和田清兵衛祚胤の四男として生まれる。幼名正吉。20歳で脱藩し江戸へ向かう。25歳で松山藩士平田藤兵衛の養嗣子となる。28歳で本居宣長の著書に出会い、夢中で対面。29歳、真菅乃屋と称して講釈をはじめ、以降、『古道大意』『仏道大意』(後の『出定笑語』)『古史徴』など旺盛に著述を開始。37歳で主著『霊の真柱』成立。『仙境異聞』『大扶桑国考』などを成立させ、1843(天保14)年、68歳で死去。


≪著者: ≫ 吉田真樹 (よしだ・まさき) 1971年、東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。静岡県立大学国際関係学部講師(を経て、静岡県立大学国際関係学部准教授)。専攻は倫理学・日本倫理思想史。主な論文に、「死と生の祀り――イザナキ・イザナミ神話の生命思想」、「光源氏の存在の基底について」などがある。


宮川敬之 『和辻哲郎――人格から間柄へ』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/23
木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
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本「和辻哲郎――人格から間柄へ (再発見 日本の哲学)」宮川敬之5

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和辻哲郎  人格から間柄へ (再発見 日本の哲学)
和辻哲郎――人格から間柄へ (再発見 日本の哲学)

○著者: 宮川敬之
○出版: 講談社 (2008/7, 単行本 278ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787574
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さて、


どうなんだろう、ぼくが目指す山は、もちろん?!低い山ではなくってそれなりに高い山だと考えているんだろうけれども(よく分からないショウジキまだ定まらない、いまのぼくには定めることができないのだが)、低い山はまずは目指す対象にはなりえないだろうし、少なくともぼくはそこに照準を合わせることをしたくないと考える、そもそも低い山とはなにであり高い山とはなにでありなにではないのか、、、まぁまぁ死ぬまでぼくの命が尽きるまであちらの世界からのお呼びがかかるまで、もしかしたら明日かも今夜かもしれないし、はたまた100歳くらいまでお呼びがかからず考えつづける時間が機会が猶予が与えられて、もちろん考えるためには生きつづけてこの世に生存しつづけなければならないのであり、なんらかのいろいろな意味での糧を得て他人との関係を築き持続させながら



仏教から倫理学へ 思想生成の根幹に迫る!
一年間のドイツ留学を終えて帰国した昭和三年以降、和辻哲郎の思想の変遷に最も強い影響を与えたのは疑いなくハイデッガーの思想である。だが、和辻がハイデッガーをなんの前提もバイアスもなく読解したと考えるのはまちがっている。和辻のハイデッガー受容の基礎を与えたのは西田幾多郎の思考であった。……西田は昭和五年二月八日付けで和辻に宛ててつぎのように書き送っている。 ――本書より


≪もくじ: ≫
I あらかじめ喪(うしな)われたこどもに    1 死んで生まれる/2 「もの」と「こと」/3 「表現」の変容/4 様式と「様式」
II 表現としての人格    1 「人格」の変容/2 『福音書』と『正法眼蔵』/3 表現・真理・人格/4 「沙門道元」後半部/5 自筆する表現/6 経験我と普遍我/7 五蘊説/8 縁起説/9 認識と実践
III 人格から間柄へ    1 西田幾多郎/2 ハイデッガー/3 「人格と人類性」/4 道徳的人格性/5 「もの」も恢復/6 主体の再生/7 構造変換/8 間柄/9 すり合わせ/10 自己言及性


参考文献

附録
 和辻哲郎 略年譜 (明治22・1889年〜昭和35・1960年)
 読書案内

あとがき (平成二十年戊子(つちのえね)のとし 宮川敬之)


和辻哲郎 (わつじ・てつろう) 1889年、兵庫県仁豊野に生まれる。1909年東京帝国大学文科大学哲学科入学。20代で『ニーチェ研究』『ゼエレン・キエルケゴオル』を出し、奈良へ古寺を巡る旅をする。『古寺巡礼』は多くの読者を獲得した。仏教研究に成果をあげ、ドイツ留学。帰国後、京都帝国大学文学部教授。45歳のとき、東京帝国大学文学部教授に転任。『人間の学としての倫理学』『続日本精神史研究』『風土』『倫理学』など、主著となる著作を刊行。戦後も、『鎖国』『日本倫理思想史』などを発表し、日本思想を追求する独自の思索を続けた。1960年、71歳で死去。


≪著者: ≫ 宮川敬之 (みやがわ・けいし) 1971年鳥取県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。大本山永平寺に安居修行。鳥取県天徳寺副住職、岡山県円満寺住職。主な論文に、「中国近代佛学の起源」(『中国哲学研究』第12号)、「異物感覚と歴史」(『中国における「近代知」の生成』東方書店)。2003年より「」(講談社)に菅野覚明と「『眼蔵』をよむ」を隔月連載中。


和辻哲郎 『古寺巡礼』(ワイド版岩波文庫、1991年) '10/01/29
和辻哲郎 『人間の学としての倫理学』(岩波文庫、2007年) '09/04/07
和辻哲郎 『風土 人間学的考察』(ワイド版岩波文庫) '09/02/25
和辻哲郎 『孔子』(ワイド版岩波文庫) '08/11/29

苅部直 『光の領国 和辻哲郎』(岩波現代文庫、2010年) '11/04/22
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13

木村純二 『折口信夫――いきどほる心』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/13
佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!






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本「折口信夫――いきどほる心 (再発見 日本の哲学)」木村純二5

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折口信夫――いきどほる心 (再発見 日本の哲学)
折口信夫――いきどほる心 (再発見 日本の哲学)

○著者: 木村純二
○出版: 講談社 (2008/5, 単行本 284ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787567
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いきどほり、いきどほる

感情の振れ幅がね、感覚のモンダイなのかぁ、、、ある時期から、といってもすこし前のことで、ひとりに、結果的にひとりにならざるをえなくって結果としてひとりになって(まぁそういうことなんだろうと理解している受け容れている、すこしずつ時間をかけてすこしずつ)、そう、他人との交渉に人間関係に、障碍と言ってしまうほどのものでもないんだろうけれども、どうにも上手くいかなくって上手くできる気がしなくって、ぶっちゃけ、怒りの感情が、どうなんだろう、ほぼキレる状態、コントロールしようと思えば思うほどに抑圧が歪みを増して、およそ気も狂わんばかりに衝動的に、、、といったようなこともあって(なのかどうなのか)、まずはじぶんじしんがなによりも傷つきたくなかった、そしてその次には誰をも傷つけたくなくって(とくにタイセツな人を無意識のうちに結果的に傷つけてしまっていることにその後に気がついたときの、ヤルセナイ、まさに、いきどほり)、そう考えるには、その方法のひとつとしては、積極的に他人との交渉を避ける、かかわりを絶つ、よくもわるくも、悪いことだけでなく良いことにいたっても、要求しない欲しない、与えられたモノだけで状況の環境のなかで(たぶん違う、間違っているだろう、そう、間違っているにしても間違っていることを深く自覚しなければ、間違っていることを行動を変えることができないものなのだよ、メンドクサイけど、そうやって、不器用にまわりみちしながら一歩また一歩と)


――日本の神とは何か? そのこよなく深い思索に分け入る!―― 怒りを忘れた日本人へ

従来、折口の歌に、旅の「さびしさ」「かそけさ」を歌ったものが多いことはしばしば言われてきたが、その根底に、「いきどほりをおぼえる旅のすべなさよ」といった「いきどほり」の情念が流れていることを、折口あるいは迢空を論ずる者は、まず見届けるべきだろう。折口の中では、「いきどほり」という動の激情と、「さびしさ」という静の陰鬱さが、一つの情念として分かち難く結ばれていたのである。 ――本書より


≪もくじ: ≫
序章 折口の情念――「いきどほり」と「さびしさ」
第一章 国学者折口信夫    1 新しい国学/2 「神の道徳」と「人の道徳」/3 折口と平田篤胤/4 折口の学問的位置/5 古代の理想――愛欲・猾智・残虐/6 自由への憧憬
第二章 『古代研究』における神    1 常世神/2 神と精霊/3 天皇霊/4 ほかひびと/5 天つ罪
第三章 戦後の折口学    1 神道宗教化に向けて――ムスビの神/2 既存者/3 贖罪者としてのスサノヲ/4 贖罪論の矛盾/5 内なるエートスとしての浄土真宗/6 『死者の書』
第四章 罪、恋、そして死    1 罪――母・折口こうをめぐって/2 恋――恋人・藤無染をめぐって/3 死――愛弟子・藤井春洋をめぐって/4 「未完成の霊魂」のゆくえ/5 残された課題


引用文献一覧

附録
 折口信夫 年譜 (明治20・1887年〜昭和28・1953年)
 読書案内


折口信夫 (おりくち・しのぶ) 1887年、大阪府西成郡木津村に生まれる。幼いころから文学に親しみ、十代にして『国家大観』を読破したという。1919年、母校国学院大学の専任教員となり、国文学・民俗学・日本芸能史まど、多方面にまたがる独自の学を展開する。1923年には慶應大学の講師となり、終生両校を兼務した。1929年から翌年にかけて、『古代研究』全三巻を刊行。また、釈迢空(しゃく ちょうくう)の名で歌人としても活躍し、『海やまのあひだ』『春のことぶれ』などの歌集を出す。1948年、詩集『古代感愛集』により日本芸術院賞受賞。1953年死去。


≪著者: ≫ 木村純二 (きむら・じゅんじ) 1970年、愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。弘前大学人文学部准教授。専攻は、倫理学、日本倫理思想史。主な論文に、「和辻哲郎における死の問題」『理想』No.677、「情念論のゆくえ――物語か歴史か――」『差異のエチカ』(ナカニシヤ出版)などがある。


神野志隆光 『本居宣長『古事記伝』を読む 〈II〉』(講談社メチエ、2011年) '10/06/10
J・G・フレーザー 『図説 金枝篇 〈下〉  The Illustrated GOLDEN BOUGH』(M・ダグラス監修/S・マコーマック編集、吉岡晶子訳、講談社学術文庫、2011年) '11/05/30
J・G・フレーザー 『図説 金枝篇 〈上〉  The Illustrated GOLDEN BOUGH』(M・ダグラス監修/S・マコーマック編集、吉岡晶子訳、講談社学術文庫、2011年) '11/05/11
林達也編著 『国文学入門 '08』(堀川貴司/古橋信孝/勝原晴希/盒暁郢肪、放送大学教材、放送大学教育振興会、2008年) '10/07/31
池田弥三郎 『日本故事物語 〈下〉』(橋本治 解説、岡田嘉夫 絵、河出書房新社、2009年) '10/07/04
池田弥三郎 『日本故事物語 〈上〉』(橋本治 解説、岡田嘉夫 絵、河出書房新社、2009年) '10/06/24
橋本治 『古事記』(21世紀版・少年少女古典文学館、講談社、2009年) '10/05/01
神野志隆光 『本居宣長『古事記伝』を読む 〈I〉』(講談社メチエ、2010年) '10/04/22
石川公彌子 『〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学 戦時下の柳田國男、保田與重郎、折口信夫』(講談社選書メチエ、2009年) '10/01/03
橋本治 『古事記』(少年少女古典文学館、講談社、1993年) '08/03/28

佐藤正英 『小林秀雄――近代日本の発見』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/06/02
荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!






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本「小林秀雄――近代日本の発見 (再発見 日本の哲学)」佐藤正英5

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小林秀雄 近代日本の発見 (再発見 日本の哲学)
小林秀雄――近代日本の発見 (再発見 日本の哲学)

○著者: 佐藤正英
○出版: 講談社 (2008/3, 単行本 236ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4062787550
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なかなかどうして、ぼくはこの「再発見 日本の哲学」のシリーズをたのしみにしてワクワクしながらヒリヒリしながらドキドキしながら読み進めているんだけれども、ジッサイに内容をどこまで理解できているかなどと言ったような愚問は、ノーサンキュー。どうなんだろう、再発見、そう、すでにこれまでに数多く広く論考が展開されてきた近代の、近代をきりひらいた(?!と思しき)思想家たちをひとりひとり、さて、いまさらなにをどうして??!などと考えるには、そりゃなかなかカンタンなモノではないことは想像に難くない、若手(と言ってしまうほどには若くない?!、ぼくとほぼ同年代!?の)研究者のチャレンジ、ヴェテラン研究者の



シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!


――ランボオドストエフスキイから本居宣長まで―― 小林が見通した「日本人の知恵」はどこへ行ったのか?

小林は、選良層である国民として、すなわち、近代日本における文明共同体を構成する一人としてこの事態を坐視することができなかった。小林は、戦争に直かに接し、触れるべく、「文藝春秋」特派の従軍記者を志願した。…… 前線で戦闘した自分には戦争がよくわからないという文学者としての火野の率直な感想は、重く小林にのしかかった。前線での戦闘の当事者である兵士に戦争がわからないのであれば、一体だれに戦争という大状況がわかるのであろうか。 ――本書より


≪もくじ: ≫
第一章 ランボオ――宿命との出逢い
第二章 ドストエフスキイ――生きる悲しみ
第三章 「故郷を失った文学」から『無常という事』――歴史の試み
第四章 『モオツァルト』からベルグソン――〈たま〉としての母
第五章 『本居宣長』――あやしさの伝説 

附録
 小林秀雄年譜 (明治35・1902年〜昭和58・1983年)
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あとがき


小林秀雄 (こばやし・ひでお) 1902年、東京神田に生まれる。第一高等学校文科丙類に入学し富永太郎と交流を深める。東京帝国大学文学部フランス文学科卒。在学中に、中原中也長谷川泰子と知り合う。1929年、「様々なる意匠」で「改造」懸賞評論二席に入選。以後、文芸評論家として生計を立てる。ランボオドストエフスキイに傾倒して評論を多数発表し、また、戦後には、日本の古典世界に自らの歴史観をたずねた。ランボオ『地獄の季節』の翻訳、『ドストエフスキイの生活』『無常という事』『モオツアルト』『考えるヒント』『本居宣長』など、著書多数。1983年歿。


≪著者: ≫ 佐藤正英 (さとう・まさひで) 1936年、長野県生まれ。1958年、東京大学文学部卒。東京大学名誉教授。専攻は、倫理学・日本倫理思想史。主な著書に、『隠遁の思想――西行をめぐって』(ちくま学芸文庫)、『歎異抄論釈』(青土社)、『聖徳太子の仏法』(講談社現代新書)、『日本倫理思想史』(東京大学出版会)などがある。


橋本治 『小林秀雄の恵み』(新潮文庫、2011年) '11/04/07
橋本治 『小林秀雄の恵み』(新潮社、2007年) '08/02/18

荒谷大輔 『西田幾多郎――歴史の論理学』(再発見 日本の哲学、講談社、2008年) '11/05/27
野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15





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本「西田幾多郎――歴史の論理学 (再発見 日本の哲学)」荒谷大輔5

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西田幾多郎 ―歴史の論理学 (再発見 日本の哲学)
西田幾多郎――歴史の論理学 (再発見 日本の哲学)

○著者: 荒谷大輔
○出版: 講談社 (2008/1, 単行本 236ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4062787543
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やっぱり哲学はチンプンカンプンよく分からない、読めども気分は一向にノッテくることないのだが、だがしかし読めないものでもなくって、困難だから読書スピードが加速することはなくとも(明らかにスピードダウン)読み進めるのを止める気にはならない、まぁそういうもの(いまのぼくにはまだ分からない)なんだろうなぁ〜とかボンヤリと思いながら



シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!

――西田は西田ではないことで西田である?―― 絶対矛盾的自己同一とは、どんな論理なのか!?

だが、とりわけ西田の哲学に関する限り、理論と政治の結びつきは、そう単純には切り離せるものではない。生物学、数学、芸術学等々、様々な学問を参照して展開される西田の論述は、それらの他なるものを西田の論理の中に位置づけ直し、そのことによって自らの理論を最も根源的なものの次元に置く傾向をもっていた。「それはすなわち、所謂私の絶対矛盾的自己同一の論理にほかならない」――。 本書より


≪もくじ: ≫
はじめに
第一章 絶対矛盾的自己同一という「謎」    1 歴史の形成作用と種の論理/2 絶対矛盾的自己同一の直観/3 西田の論理と形而上学
第二章 うそつきの論理学    1 うそつきと矛盾/2 言語階層の分化とその重なり/3 真理の判定
第三章 コミュニケーションの真理    1 意味と真理/2 対話の「愛」とその意味/3 「謎」の解釈
第四章 「欺く神」の論理学    1 真理の根拠としての「絶対無」/2 「欺く神」の真理/3 「うそつき」の真実
第五章 歴史の論理学    1 行為的直観の論理/2 事実としての宗教/3 「近代の超克」の他者


参考文献
あとがき (二〇〇七年一一月 著者)
附録
 西田幾多郎略歴
 読書案内


西田幾多郎 (にしだ・きたろう) 1870年、石川県河北郡宇ノ気村に生まれる。東京帝国大学選科を修了し、1895年、石川県尋常中学校七尾分校の講師となる。その後、母校である金沢第四高等学校教授などを経て、1909年に学習院教授、翌年に京都帝国大学助教授に就任する。1911年に『善の研究』を公刊。一躍注目を集め、『自覚に於ける直観と反省』『働くものから見るものへ』をはじめとする著作を発表。京都帝国大学退官後も精力的に執筆活動を続け、『哲学論文集 第一〜第七』『日本文化の問題』などを公刊。1945年に逝去。


≪著者: ≫ 荒谷大輔 (あらや・だいすけ) 1974年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、江戸川大学准教授。専攻は、哲学・倫理学。主な著作に、「捻されたイマージュ ベルクソンにおける知覚と存在の錯節をめぐって」『哲学』第55号(日本哲学会)、「刻まれる再 ドゥルーズ=ガタリとラカンにおける創設の機能をめぐって」、『差異のエチカ』(ナカニシヤ出版)などがある。


西田幾多郎 『善の研究』(ワイド版岩波文庫、2001年) '08/10/18

檜垣立哉 『西田幾多郎の生命哲学』(講談社学術文庫、2011年) '11/02/19
檜垣立哉 『西田幾多郎の生命哲学 ベルクソン、ドゥルーズと響き合う思考』(講談社現代新書、2005年) '09/09/29
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/12

熊野純彦編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26

野矢茂樹 『大森荘蔵――哲学の見本』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/19
藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15





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本「大森荘蔵――哲学の見本 (再発見 日本の哲学)」野矢茂樹5

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大森荘蔵 -哲学の見本 (再発見日本の哲学)
大森荘蔵――哲学の見本 (再発見 日本の哲学)

○著者: 野矢茂樹
○出版: 講談社 (2007/10, 単行本 260ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4062787536
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そう、ぼくにとって決まっている(みずから決めている)ことは「哲学」をベンキョウすること修めること、そのために、そのことを目的として、それなりに意を決して、よそ(40歳)にして大学生になった。大学生になって2年目、まぁいろいろあって、よくもわるくも安定なんてものは望むこと自体に無理があろうと思いながら、その途は平坦でも安易なものでもなくって、すすめるごとにすすむごとにつぎからつぎへとこれでもかこれでもかと、、、ハハハハハァ、それなりにカクゴ決めちゃってるからねぇ、引き返そうにも、すでにどこをどうして引き返す途など、どこにもあるものでもないことから(これまでサボってきたツケと考えるには)、ケッキョクみずから切り拓いてすすむこと以外に選択肢はなく困難はあっても安楽はないのだから、安楽がないとしたうえで前にすすむのか後ろにさがるのか、、、後ろにさがって引き返すにも苦難が避けられない考えるには、まぁ、前に歩をすすめたほうがいいものなのかどうなのか



シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!

――他我問題、知覚、言語と時間……―― 哲学ってのはこうやるもんなんだ!

だが、私は、大森荘蔵という一人の哲学者が、その全身で自らの思索を刻んでいく姿を描き出したかった。大森ブランドの哲学製品をショーウインドウに並べ、解説したり値踏みしたりするのではなく、それを作り、壊し、未完成のまま低く呻き声をあげている、その生身の身体を、読者の前に差し出したい。乱暴に言い切ってしまえば、そうして、「哲学ってのはこうやるもんなんだ!」と見得を切りたいのである。――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに (二〇〇七年 初夏)
凡例
1 「超越」という問題    1-1 物と知覚/1-2 電子の存在/1-3 他我問題/1-4 知覚像語の構成
2 無限集合を生成する言葉    2-1 二元論批判/2-2 「超越」の正体/2-3 知覚因果説への応答/2-4 物と知覚の重ね描き
3 立ち現われ一元論への転回    3-1 「心の作用」の否定/3-2 知覚と思い/3-3 世界そのものが立ち現われる/3-4 立ち現われの虚と実
4 立ち現われの風景    4-1 想起と過去/4-2 四次元宇宙と有情の世界/4-3 重ね描き・無脳論・脳透視/4-4 他我の虚想とアニミズム
5 言語的制作の可能性    5-1 語り存在/5-2 過去の制作/5-3 経験の時間と制作された時間/5-4 自我と他我
あとがき
附録
 大森荘蔵 年譜(1921年〜1997年)
 読書案内


大森荘蔵 (おおもり・しょうぞう) 1921年、岡山県岡山市に生まれる。1944年、東京帝国大学理学部卒業。海軍に入隊するが翌年に終戦により退役。1946年に東京帝国大学文学部哲学科に入学、1949年に東京大学大学院に進む。1952年に東京大学教養学部助手に就任。1956年に同学部助教授、1966年に同学部教授となる。在任中の著作に『言語・知覚・世界』『物と心』など、1982年に東京大学を定年退官、『新視覚新論』発表。同年に脳梗塞を患い後遺症のため左半身麻痺となるも、精力的に研究・執筆を続け、『思考と論理』『時間と存在』などを公刊。1997年死去。


≪著者: ≫ 野矢茂樹 (のや・しげき) 1954年、東京に生まれる。1985年、東京大学大学院博士課程修了。北海道大学文学部助教授を経て、東京大学大学院総合文化研究科教授。専攻は哲学。主な著書に、『哲学の謎』『無限論の教室』(ともに、講談社現代新書)、『論理トレーニング』(産業図書)、『ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)、『哲学・航海日誌』(春秋社)など。

野矢茂樹 『哲学・航海日誌 II』(中公文庫、2010年) '10/05/14
野矢茂樹 『哲学・航海日誌 I』(中公文庫、2010年) '10/05/12
野矢茂樹 『入門!論理学』(中公新書、2006年) '10/02/02
ウィトゲンシュタイン 『論理哲学論考  Ludwig Wittgenstein: “Tractatus Logico-Philosophicus”1921』(野矢茂樹訳、岩波文庫、2003年) '10/01/31
ロバート・フォグリン 『理性はどうしたって綱渡りです  Robert Fogelin: “Walking the Tightrope of Reason: The Precarious Life of a Rational Animal”2003』(野矢茂樹/村上祐子/塩谷賢訳、春秋社、2005年) '10/01/30
野矢茂樹 『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』(ちくま学芸文庫、2006年) '10/01/22

ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン 『青色本  Ludwig Wittgenstein: “The Blue and Brown Books”1958』(大森荘蔵訳、野矢茂樹解説、ちくま学芸文庫、2010年) '11/05/15

藤村安芸子 『石原莞爾――愛と最終戦争』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/05/12
栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15





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本「石原莞爾――愛と最終戦争 (再発見 日本の哲学)」藤村安芸子5

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石原莞爾 -愛と最終戦争 (再発見 日本の哲学)
石原莞爾――愛と最終戦争 (再発見 日本の哲学)

○著者: 藤村安芸子
○出版: 講談社 (2007/9, 単行本 236ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4062787529
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あぁ、「愛」ってなんなんなんなんだぁ、まじ(本気)でぼくには、これほどよく分からないことはないってなくらいに、もっとも他のことだって、さまざまなことがらの、いわゆるジョウシキみたいなもののいっさいに疎いのであって、社会や世間やら、トンチンカンなことこのうえないとは自覚していないものでもないんだけれども、ダメだなぁ、まったく分からない、手がかりやキッカケみたいなものも、まるで、、、一方で、好戦的でありながら、ジッサイのところ、腕力が強いわけでもなく、ひょろひょろのマッチ棒だからさ、なんとはなくも気が短いことは確かだけれど、瞬間湯沸かし器よろしく、パッと点いてはパッと(シュンと)消えるみたいなところはまるで情けないほどに、ホンキでブン殴ったこともブン殴られたことも記憶に経験にない



シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす!

法華経と世界統一」の思想を解明する!――関東軍参謀、満州事変の主導者は、なぜ、戦争放棄を唱えたか!?

本書がめざすのは、この変転きわまりない石原の思想に、一貫して流れるものを見出すということである。それは最終的には、「最終戦争論」から戦争放棄への変化を、唐突な飛躍としてではなく、一つの論理に貫かれたものとしてとらえようとすることを意味している。(略) 石原は、「大正デモクラシー」とよばれる、様々な思想や運動が新しく登場する時代の中で、国家と真理の関係について、人生における戦争の意味について問うた。――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに
第一章 真理と正義と世界統一    1 大正九年の春――日蓮との出会い/2 真理なき日本/3 正義なき日本/4 法華経による世界統一/5 銻とのかかわり――愛と正義の道行
第二章 戦争と仏教    1 石原の問い――真理と国家/2 かかわりのかたち――武の力と法の力/3 法――自然にはたらきかける技術/4 物質的統一と精神的統一/5 ベルリンにて
第三章 最終戦争論    1 有限なる世界/2 「歩く」存在としての人/3 陸と海/4 「一心」と「不惜身命」
第四章 王道と戦争放棄    1 石原の方法/2 銻という他者、アメリカという他者/3 王道の登場/4 道と力/5 戦争放棄/6 「一天四海皆帰妙法」と「王道」――法から天皇へ
おわりに

参考文献
附録
 石原莞爾略歴
 読書案内


石原莞爾 (いしはら・かんじ) 1889年、山形県西田川郡鶴岡町に生まれる。13歳で仙台陸軍地方幼年学校に入学、陸軍中央幼年学校をへて陸軍士官学校に進学。1915年、陸軍大学校に入学。第30期。1919年、国府銻と結婚。1928年、関東軍参謀として旅順に赴く。1931年に勃発した満州事変は石原の「関東軍満蒙領有計画」による軍事行動であった。1935年、参謀本部作戦課長に就任。その後、関東軍参謀副長をへて、舞鶴要塞司令官、京都第十六師団長。1940年、『世界最終戦論』刊行。しかし、翌年予備役編入となり、『戦争史大観』『国防論』が出版差し止め。故郷鶴岡へ居を移して終戦を迎えた。1946年、西山に入植し、1949年死去。


≪著者: ≫ 藤村安芸子 (ふじむら・あきこ) 1971年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。専攻は、倫理学、日本倫理思想史。駿河台大学現代文化学部准教授。主な論文に、「『風景』と『人生』――柳田国男の紀行文をめぐって」「行としての盂蘭盆会――『三宝絵』の統一的理解を通じて」など。


栗原剛 『佐藤一斎――克己の思想』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/29
小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15





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本「佐藤一斎――克己の思想 (再発見 日本の哲学)」栗原剛5

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佐藤一斎 -克己の思想 (再発見 日本の哲学)
佐藤一斎――克己の思想 (再発見 日本の哲学)

○著者: 栗原剛
○出版: 講談社 (2007/7, 単行本 284ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787512
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なにをどうして、あぁ生きるって、なんてメンドクサイ、タイヘンなことなんだろう♪、もっともラクをして、自堕落なままに生きさばらえようとは、これっぽっちも考えていなくって、むしろ、無目的に生きてしまうには(どうしてもぼくには自分が自分にたいして耐えられない)、ぼくは他人に迷惑をかけすぎる、そのことに無自覚にはいられない(たいして自覚できているとも思えない、気がついていないことのほうが、見えていないことのほうが、あまりにも多すぎる大きすぎる、あぁ)



シリーズ「再発見 日本の哲学」、菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす

佐藤一斎西郷南洲との間にある思想的な関係は、そうした一斎の思想が近代にどう持ち込まれたかを示す、具体的な材料である。西郷もまた、今ここに立つ自己の何たるかを、儒学的教養に依拠しながら表現していた。両者を並べて見たときに言えるのは、彼らが、己が己として立つことを独立と捉えながらも、その根拠をなお天に(少なくとも天という概念に)託していた、ということである。 ――本書より


≪目次: ≫
序論――真の自己とは何か
第一章 立志と学
    1 佐藤一斎略伝/2 志とは何か/3 利刃と清泉――立志のイメージ/4 立志こそ学の根本である/5 「古今第一等」を目指す
第二章 学の理論――天、仮己、真己    1 天と己の関係性/2 仮己を脱して真己を生きる/3 肉体は悪であるか?/4 心の霊光を見出す/5 立志と学――終わりなき営み
第三章 学を実践する場面――なぜ静坐するのか    1 学の種類と段階/2 静坐の工夫/3 最終段階としての心学
第四章 心の霊光への道のり I――欲を慎み、口を慎む    1 蒸気に蓋を――還元・対流の工夫/2 男女・飲食・言語の欲/3 暴怒の衝動と恥じる敏感/4 已むべからざるの勢――発露の基準
第五章 心の霊光への道のり II――行から心へ    1 独りを慎む――心学への移行/2 静坐と自省の内実(I 早朝――夢への反省/II 深夜――霊光に達する瞬間)
第六章 独立する自己    1 心とは天である――自己の真相 I/2 心とは知である――自己の真相 II/3 敬と真――学の両輪/4 屹立する自己
第七章 死を畏れざる理――運命論と死生観    1 天定の数――運命とは何か/2 佐藤一斎の死生観/3 老いと養生の果て――「志」という理想/4 結論

補章 西郷南洲と佐藤一斎    1 西郷隆盛の中にあったもの/2 「南州翁遺訓」・「遺教」の検討(I 「敬天愛人」について/II 敬天――人を相手にせず/III 愛人――己に克つべし/IV 克己でつながれる敬天/愛人/V 天の愛/VI 宏大・最大・包容のイメージ/VII 佐藤一斎モデルとの距離/VIII 西郷南州の志)/3 「西郷南州手抄言志録」の検討/4 結論

附録
佐藤一斎 年譜 (安永元年・1772年〜安政六年・1859年)
佐藤一斎『言志四録』、西郷南洲「西郷南州手抄言志録」 条文対照表
文献案内


≪著者: ≫ 栗原 剛 (くりはら・ごう) 1975年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士号(文学)取得。専攻は、倫理学、日本倫理思想史。東京大学大学院人文社会系研究科次世代人文学開発センター研究員。都留文科大学比較文化学科非常勤講師。主な論文に、「伊藤仁斎の『道徳』観――『本体』『修為』論の構造から」「『曾根崎心中』における生命」など。


小林敏明 『廣松渉――近代の超克』(再発見 日本の哲学、講談社、2007年) '11/04/21
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15





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本「廣松渉――近代の超克 (再発見 日本の哲学)」小林敏明5

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廣松渉-近代の超克 (再発見日本の哲学)
廣松渉――近代の超克 (再発見 日本の哲学)

○著者: 小林敏明
○出版: 講談社 (2007/6, 単行本 196ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4062141062
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近代の超克

なにをどうして気がついて知りえて手に入れる(読書する)にいたったのだろう?、どうしてこれまで知りえなかった気がつくことがなかったのであろう??、、、シリーズ「再発見 日本の哲学」菅野覚明熊野純彦 責任編集、日本の近代思想を読みなおす。既刊14巻


ここに廣松のとらえた「唯物論」の真髄がある。唯物論とは、これまでよく素朴な論者がそう理解してきたように、たんなる物質という実体に依拠して論を立てることではない。廣松はそうした発想を「唯物論」ならぬ「唯物論(ただものろん)」と呼んで、きびしくしりぞける。……まず物と物があって、その間に関係が成り立つのではない。まず関係があって、そこから物が出来してくるのだ。 ――本書より


≪もくじ: ≫
序章 乗り越えへの希求    1 難解な文体の起源をめぐって/2 宣言する思想/3 郷里(くに)を出る知の型
第一章 近代という問題系    1 市民社会とネーション/2 機械的合理主義/3 アトミズムと主観・客観の分離
第二章 マルクス主義の地平    1 疎外論から物象化論へ/2 世界の共同主観的存在構造/3 役割行為から権力へ
第三章 日本思想の中の廣松渉    1 京都学派批判の意味するもの/2 近代主義の近代観/3 近代の超克のパラドックス

参考文献
附録:廣松渉略歴 (1933年8月〜1994年5月)
読書案内
あとがき (2007年初春 ベルリンにて 著者)


≪著者: ≫ 小林敏明 (こばやし・としあき) 1948年、岐阜県生まれ。ライプツィヒ大学東アジア研究所教授。専攻は、哲学、精神病理学。主な著書に、『西田幾多郎の憂鬱』『西田幾多郎 他性の文体』『精神病理からみる現代思想』『〈ことなり〉の現象学』などがある。また、編著に、廣松をロングインタビューして個人史をまとめた『哲学者廣松渉の告白的回想録』がある。

小林敏明 『父と子の思想 日本の近代を読み解く』(ちくま新書、2009年) '10/11/12
小林敏明 『〈主体〉のゆくえ 日本近代思想史への一視角』(講談社選書メチエ、2010年) '10/11/05

廣松渉 『マルクス主義の理路 ヘーゲルからマルクスへ』(勁草書房、改装版2009年, 1974年) '09/08/07
マルクス/エンゲルス 『新編輯版 ドイツ・イデオロギー』(廣松渉編訳、小林昌之補訳、ワイド版岩波文庫、2005年) '09/0713

熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15




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本「埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)」熊野純彦5

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埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)
埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)

○著者: 熊野純彦
○出版: 講談社 (2010/11, 単行本 308ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787635
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本書では、しかしそうした論点はしばらく措き、埴谷雄高の思考、わけても『死霊』のそれを、カントの思考とのかかわりをときに意識しながら読みといてゆくことにしよう。そのくわだては、『死霊』の作者の思考を、この国の近代が生んだ、ある特異なかたちでの哲学的思考のひとつとして問題としてゆくこころみともなるはずである。 ――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに――カントとの出会い
序章 存在の不快――《霧》――    1 途絶/2 情死/3 泣き声
第一章 宇宙的気配――《夜》――    1 原型/2 感覚/3 背景/4 虚体(一)
第二章 叛逆と逸脱――《闇》――    1 経験/2 一人狼/3 謀叛型/4 逸脱/5 臨死
第三章 存在と倫理――《夢》――    1 死者/2 存在/3 根源悪(A 白日夢/B 審判/C 自己)/4 深淵(A 可能性/B 無出現/C 絶対無)/5 希望/6 虚体(二)


附録:埴谷雄高 年譜 1910(明治43)年〜1997(平成9)年
おわりに――読書案内をかねて (二〇一〇年十一月  熊野 純彦)


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学文学部教授。主な著書に、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『西洋哲学史』全2冊(岩波新書)『和辻哲郎』(岩波新書)『日本哲学小史』(中公新書、編著)ほか、訳書に『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)がある。

熊野純彦編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





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ジッサイあぁなにやっちゃってんだかなぁと凹むことふさぎこむことしきり


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