Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

双書哲学塾

本【第二読】「なぜ意識は実在しないのか (双書哲学塾07)」永井 均5

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なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)
なぜ意識は実在しないのか (双書哲学塾07)

○著者: 永井 均
○出版: 岩波書店 (2007/11,単行本 157ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281577
おすすめ度: 4.5
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けっこうマジでわからない。せめてなにがわからないのか、どこがどのようにわからないのか、くらいは書き記せるようにならなければなぁ、と思ってしまうほどに。じつは、永井均をはじめて読んだのが本書であった、2009年2月のこと
自分で言うのもヘンだが、ヘンを承知で書き記すならば、ぼくは相当に暑苦しい。ときに無理をしてでも演じてみせる一所懸命。なによりも好ましいと感じている、一所懸命、熱心、本気(マジ)真剣。ところで、記憶している幼少の頃のことであり、社会人になってからも最近まで変わらなかったかもしれない、ぼくのなかでの“一所懸命のカッコ悪さ”にたいする想い。クールにサラッとなにげなく成し遂げることの、努力しているさまをも見せることなく、汗をかくこともなく。歯をくいしばって死に物狂いで、なりふり構わずなにがなんでも、なんて不格好なすがたは、ノーサンキュー。きっとそんなヒミツの近道みたいなものがあると、疑うことがなかったのだなぁ。つねに100%全力疾走をすることは、そもそも求めるものではないけれど、ボンヤリしちゃってヌケガラみたいになっていることも少なくないけれど、意味があろうが無かろうが、誰が見ていようが誰も見ていなかろうが、ぼくがやると決めたことについて、その必要を性をぼく自身が見出したならば、なにがどうあろうとも。


≪目次: ≫
はじめに
第1日 なぜ意識は哲学の問題なのか

心なんて一般的なものはない/脳と意識の関係は他のどんな関係にも似ていない/時間との類比を試みてみよう/時間との類比はもう一つあって,この方がより重要である/「自分」とは誰か――「私」vs「当人」/質疑応答
第2日 なぜわれわれはゾンビなのか
現象的と心理的の対比は累進する/論理的付随と自然的付随を隔てるもの/二次元的意味論を3次元へ/「意識」以外の付随しないもの――指標的事実/「意識」以外の付随しないもの――因果性/いよいよゾンビ登場!/逆方向からの二つの反論を同時に/累進構造から一般的な「意識」の成立/クオリアの逆転はいかにして可能か/ジャクソンのメアリーとネーゲルのコウモリ/現象判断のパラドクスと神の存在論的証明/質疑応答
第3日 なぜ意識は志向的なのか
人称化と時制化による客観的世界の成立と志向性/知覚経験はいかにして志向的となるか/志向性と内包をつなぐもの/「私」の第〇次内包へ/質疑応答


≪著者: ≫ 永井 均 (ながい ひとし) 1951年生まれ.専攻,哲学・倫理学.現在,日本大学文理学部教授.著書:『〈私〉のメタフィジックス』 『〈魂〉に対する態度』『〈私〉の存在の比類なさ』(勁草書房),『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書)『翔太と猫のインサイトの夏休み  哲学的諸問題へのいざない』(ちくま学芸文庫)『転校生とブラック・ジャック  独在性をめぐるセミナー』(岩波書店),『これがニーチェだ』 『私・今・そして神  開闢の哲学』(講談社現代新書),『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(NHK出版)ほか.


み〜つけた♪




本「魂(アニマ)への態度――古代から現代まで (双書哲学塾12)」神崎繁5

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魂(アニマ)への態度──古代から現代まで(双書 哲学塾)
魂(アニマ)への態度――古代から現代まで (双書哲学塾12)

○著者: 神崎 繁
○出版: 岩波書店 (2008/3, 単行本 224ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281621
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・・・この講義では、今までの哲学史では必ずしも充分に取り上げられてこなかった、もしくは取り上げられても単なる発展史として論述されてきた問題を、ズレと変容――フーコーのように、必ずしも断絶面だけを強調するのではなく、連続性と不連続性の束、これを私は「掛粘(かけつぎ)」と呼んでいるのですが――を通して明らかにしたいと思っています。
そのテーマとは「魂」――「(アニマ)」とカッコ書きを添えたのは、アニマル(動物)やアニメ(動画)などの関連する語に見られるように、この語が本来もつ生命の動的な側面を汲みとってほしかったからです。(中略)
要するに表題に「アニマ」を添えたのは、「魂」を死者の霊魂ではなく、生きているものの生命の原理という意味にとってほしいという気持ちからですが、実はこの「アニマ」も元を辿れば、ギリシャ語の「プシュケー」にまでさかのぼります。  (P.4-P.5、「第1日 はじめに」)



≪目次: ≫
講義の7日間 『魂(アニマ)への態度』
第1日 はじめに「機械の中の幽霊」
第2日 アキレウスには意識も意志も存在しない?
第3日 魂の一体性と部分――ソクラテスからプラトンへ
第4日 メデアは理性のゆえに狂った――「葛藤」と「振動」
第5日 「憐れみ(ミゼリコルディア)」の否定から肯定へ――アウグスティヌスにおける「心臓(コル)」と「横隔膜(プラエコルディア)」
第6日 「舟と船人の比喩」――一六・一七世紀東アジアへの『魂論(デ・アニマ)』導入
第7日 もう一つの「舟と船人の比喩」――『魂論(デ・アニマ)』崩壊以後
講義を終えて
参考文献一覧

ホメロス『イリアス』(上下、松平千秋訳、岩波文庫、一九九二)、『オデュッセイア』(上下、松平千秋訳、岩波文庫、一九九四)
エウリピデス『メーディア』(丹下和彦訳、ギリシア悲劇全集第五巻所収、岩波書店、一九九〇。『メディア』、中村善也訳、ギリシア悲劇全集第三巻所収、人文書院、一九六〇)
プラトン『プロタゴラス』(藤沢令夫訳、岩波文庫、一九八八)、『パイドン』(岩田靖夫訳、岩波文庫、一九九八。同、藤沢令夫訳『世界文学大系・プラトン』所収、筑摩書房、一九五九)、『国家』(上下、藤沢令夫訳、岩波文庫、一九七九)
アリストテレス『魂論(魂について)』(中畑正志訳、京都大学学術出版会、二〇〇一)、『動物運動論』(坂下浩司訳、『動物部分論・動物運動論・動物進行論』所収、京都大学学術出版会、二〇〇五)
ウェルギリウス『アエネーイス』(岡道男・高橋宏幸訳、京都大学学術出版会、二〇〇一)
キケロ『神々の本性について』(山下太郎訳、キケロー選集第一一巻所収、岩波書店、二〇〇〇)
セネカ『メデア』(小林標訳、セネカ悲劇集1所収、京都大学学術出版会、一九九七)、『怒りについて』(兼利琢也訳、セネカ哲学全集第一巻所収、岩波書店、二〇〇五)
プルタコス『倫理的徳について』(戸塚七郎訳、『モラリア6』所収、京都大学学術出版会、二〇〇〇)
ガレノス『ヒッポクラテスとプラトンの学説』(第1巻、内山勝利・木原志乃訳、京都大学学術出版会、二〇〇五)
アウグスティヌス『告白』(上下、服部英次郎訳、岩波文庫、一九七六)、『神の国』(全五冊、服部英次郎訳、岩波文庫、一九八二−九一)、『三位一体論』(中沢宣夫訳、東京大学出版会、一九七五)
ヴァリニャーノ『日本ノカテキズモ(エヴォラ屛風文書)』(『キリシタン教理書』所収、「キリシタン文学双書」、教文館、一九九三。『日本ノカテキズモ』家入敏光編、天理図書館、一九六九)
ペドロ・ゴメス『イエズス会日本コレジョの講義要綱』(全三冊、尾原悟編、「キリシタン文学双書」、教文館、一九九七−九九。同、写真複製版、上智大学キリシタン文庫編、The Latin and Japanese MSS of Pedro Gomez's Compendia 、大空社、一九九七)
『ぎやどぺかどる』(尾原悟編、「キリシタン文学双書」、教文館、二〇〇一。『ぎや・ど・ぺかどる』上下、写真複製版、福島邦道編、勉誠社、一九八一)
マテオ・リッチ(利瑪竇)『天主実義』(柴田篤訳、平凡社東洋文庫、二〇〇四)
ハビアン『妙貞問答』(『キリシタン教理書』所収、「キリシタン文学双書」、教文館、一九九三)、『ハビヤン抄キリシタン版・平家物語』(亀井高孝・阪田雪子翻字、吉川弘文館、一九六六)
デカルト『方法序説』(谷川多佳子訳、岩波文庫、一九九七)、『省察』(山田弘明訳、ちくま学芸文庫、二〇〇六)、『情念論』(谷川多佳子訳、岩波文庫、二〇〇八)
ハイデガー『存在と時間』(上下、細谷貞雄訳、ちくま学芸文庫、一九九四)
ヴィトゲンシュタイン『哲学探究』(黒田亘編『ヴィトゲンシュタインセレクション』平凡社ライブラリー、二〇〇〇)


≪著者: ≫ 神崎 繁 (かんざき しげる) 1952年生まれ.専攻,西洋古代哲学.現在,専修大学文学部教授.著書:『プラトンと反遠近法』(新書館,1999),『ニーチェ』(シリーズ・哲学のエッセンス,NHK出版,2002),『フーコー』(シリーズ・哲学のエッセンス,NHK出版,2006)ほか.


水仙♪






【 双書哲学塾 全15冊 】
01. 土屋賢二 「もしもソクラテスに口説かれたら――愛について・自己について」
02. 野家啓一 「歴史を哲学する」
03. 山内志朗 「〈畳長さ〉が大切です」
04. 村田純一 「「わたし」を探険する」
05. 中島義道 「「死」を哲学する」
06. 伊藤邦武 「宇宙を哲学する」
07. 永井 均 「なぜ意識は実在しないのか」
08. 中岡成文 「パラドックスの扉」
09. 竹内章郎 「新自由主義の嘘」
10. 清水哲郎 「世界を語るということ――「言葉と物」の系譜学」
11. 内山勝利 「ここにも神々はいます」
12. 神崎 繁 「魂(アニマ)への態度――古代から現代まで」
13. 井上達夫 「自由論」
14. 川本隆史 「共生から」
15. 長谷川宏 「生活を哲学する」

本「共生から (双書哲学塾14)」川本隆史5

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共生から (双書 哲学塾)
共生から (双書哲学塾14)

○著者: 川本隆史
○出版: 岩波書店 (2008/4, 単行本 153ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281652
おすすめ度: 4.0
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私の守備範囲は、大学の講義科目で言うと「倫理学」にあたるわけですが、使い慣れた看板を安直に掛けることは避けました。「倫理学」そのままだとカタ苦しくて敬遠されそうだが、「共に生きる」ならはるかにソフトで近づきやすくなるはず……といった計算が働いていなかったとは申しません。でも私のねらいは別にあります。「共生」という文字づらが醸しだす何やらほんわかしたムードにもたれかかることなく、そこに伏在している複数の異質なモチーフを読み分けていくことです。・・・  (P.4、第1日 「共生」の両義性)


≪目次: ≫
講義の七日間『共に生きる』
第1日 「共生」の両義性
第2日 孤独と共生
第3日 ケアと共生
第4日 教育と共生
第5日 臨床と共生
第6日 エコロジーと共生
第7日 「あなたを苦しめているものは何ですか」
補講 人間の権利の再定義――三つの道具を使いこなして

文献
あとがき (二〇〇八年三月一九日 女性二人との棲家にて 川本隆史)


≪著者: ≫ 川本隆史 (かわもと たかし) 1951年生まれ.東京大学大学院教育学研究科教員.専攻:社会倫理学.著書:『現代倫理学の冒険――社会理論のネットワーキングへ』(創文社),『ロールズ 正義の原理』(講談社)ほか.


Ipheion Pink Star




本「自由論 (双書哲学塾13)」井上達夫5

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自由論(双書 哲学塾)
自由論 (双書哲学塾13)

○著者: 井上達夫
○出版: 岩波書店 (2008/3, 単行本 164ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN-13: 978-4000281638
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むむむむむ(易しくない)、『自由の秩序』(“自由”っていったいなんなんだ??!)、法哲学。。。

自由の秩序の構想が応えるべき最も基本的な「秩序問題」は、「国家権力はそもそも、またなぜ、必要なのか?」です。ロバート・ノージックが『アナキー・国家・ユートピア』(Robert Nozick, Anarcky, State, and Utopia, Basic Books, 1974[嶋津格訳、木鐸社、一九九二年])で使った表現を借りれば、「なぜアナキーのままでいないのか(Why not have anachy?)」です。われわれは本来、自由な身として生まれたはずなのに、現実には国家という鉄鎖に繋がれている。国家という「人為的」拘束はわれわれの「自然的」自由といかにして、またそもそも両立可能なのか。ルソーをはじめとする近代社会契約説のこの問題意識は、自由の秩序の構想にとって国家の存在理由が最初に問われるべき「秩序問題」であることを端的に示しています。
国家については「人倫の最高の発展形態」だの「民族精神の具現」だの、種々定義はあるでしょうが、一切の虚構を廃した即物的定義をすれば、それは「刀狩り」です。人々が自分の武器と自分の判断で自分の権利を守る権利、すなわち自力救済権の剥奪ないし制限です。・・・  (P.44-P.45、「第4日 秩序のトゥリアーデ――国家・市場・共同体」)



≪目次: ≫
講義案内
講義の7日間 『「自由秩序」を哲学する』
 第1日 アルバニアは英国より自由か
 第2日 自由の秩序性と両義性
 第3日 自由概念の袋小路
 第4日 秩序のトゥリアーデ――国家市場共同体
 第5日 専制のトゥリアーデ――全体主義資本主義共同体主義
 第6日 自由の秩序の相対性と普遍性
 第7日 世界秩序をめぐる討議
場外補講 『リベラリズムにおける自由と正義の位置』
あとがき (二〇〇七年一二月二七日 井上達夫)

*本書は「新・哲学講義」第七巻『自由・権力・ユートピア』(岩波書店、一九九八年)に収録された拙稿「講義の七日間――自由の秩序」に、新たに書き下ろした拙稿「場外補講――リベラリズムにおける自由と正義の位置」を付したものである。旧稿部分の加筆修正は書誌情報や状況記述の更新、表現の補正等の形式的・末梢的なものに限り、旧稿執筆後の私の思索の進展は「場外補講」に組み込むことにさせていただいた。 (P.163、あとがき)


≪著者: ≫ 井上達夫 (いのうえ たつお) 1954年生まれ.東京大学大学院法学政治学研究科教授.専攻:法哲学.著書:『共生の作法―会話としての正義』(創文社),『他者への自由―公共性の哲学としてのリベラリズム』(創文社),『現代の貧困』(岩波書店),『普遍の再生』(岩波書店),『法という企て』(東京大学出版会)ほか.


Larus




本「世界を語るということ 「言葉と物」の系譜学 (双書哲学塾10)」清水哲郎5

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世界を語るということ―「言葉と物」の系譜学 (双書哲学塾)
世界を語るということ 「言葉と物」の系譜学 (双書哲学塾10)

○著者: 清水哲郎
○出版: 岩波書店 (2008/1,単行本 161ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281584
おすすめ度:4.0
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≪目次: ≫
集中講義 『世界を語るということ』
第1講 人間における「語り」=ロゴスの成立
   「ロゴス」ということ/人間の生活における「なぜ・どうして」の起源/言葉についての言葉であるロゴス
第2講 ロゴスとピュシス   「フィロソフィア philosophia」という語の用法を遡る/哲学の起源に遡って/ピュシスに向かってロゴスを問う/生成消滅を司る秩序としてのロゴス
第3講 〈ある〉の途を辿るロゴス   ロゴスの中にロゴスを求める/再び、何についての議論か
第4講 ロゴスとフィロソフィアの途   プラトンのフィロソフィア
第5講 語りかけ、創り出すロゴス   神のロゴスの参加/永遠の言葉――人間の言葉
第6講 三位一体説の形成   イエス・キリストの神格化/アレイオス論争とニカイア信条(論点1「生まれる」は時の内の変化ではない 論点2「……から」と「ウーシアが同じ」 〈同じ〉ということ ニカイア信条のまとめ)/ニュッサのグレゴリオス――ウーシアとヒュポスタシス(神は一つ/人も一つ 三つのヒュポスタシスのコイノニア)/個は対話の相手として浮かび上がってくる
第7講 言葉が先か世界が先か   アルクィヌスの言葉理解/アンセルムスの存在理解と言葉の問題(信を横によけておいて、理に徹する思索 神の存在証明 音声言葉――心の言葉 世界に先立つ言葉)/ペトルス・アベラルドゥスと一一−一二世紀の普遍戦争(《普遍》ということ――論争のテーマ 音声言語論vs実在論)/実在論派の諸理論(a質料としての存在者本体(essentia materialis)論 b無差異(indifferens)論 ウーシア−ヒュポスタシス理解を想起して)/アベラルドゥスの挑戦(音声=言語論者としてデビュー 理論の改訂1――事態 理論の改訂2――表示の働き 創造に先立つ神のうちなる概念 唯名論派の成立 概念論?)/固体化をめぐる発想
第8講 普遍の認識か個の認識か   トマス・アクィナスドゥンス・スコトゥスオッカムのウィリアムと一四世紀的唯名論/普遍であるのは概念=理解する働き(概念は言葉の側に 個物の認識=言葉の把握 創造に先立つ神の認識)
第9講 方法としての論理と語りかける働きとしての言葉   元祖オッカムの剃刀は論理=ロゴスの方法論/修正版剃刀――近代自然科学をリードする理性/ルターと神の語りかける言葉の再発見/私の現場に戻って

参考文献
ヘロドトス『歴史』松平千秋訳、『世界の名著5 ヘロドトス トゥキュディデス』村川堅太郎編、中央公論社、一九七〇年
トゥキュディデス『戦史』久保正彰訳、『世界の名著5 ヘロドトス トゥキュディデス』村川堅太郎編、中央公論社、一九七〇年
Hermann Diels/Walther Kranz, Die Fragmente der Vorsokratiker, Berlin, 1954.
ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(上・中・下)加来彰俊訳、岩波文庫、一九八四−九四年
井上忠『パルメニデス』青土社、一九九六年
G・E・L・オーエン『エレア派の問い』山本巍訳、『ギリシア哲学の最前線1』井上忠・山本巍編訳、東京大学出版会、一九八六年
プラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』久保勉訳、岩波文庫
プラトン『パイドン――魂の不死について』岩田靖夫訳、岩波文庫
清水哲郎「ソクラテスのオデュッセイア――「ヒッピアス(小)」の複層構造」、北海道大学哲学会『哲学』二四号、一−二一頁、一九八八年
清水哲郎「魂の配慮としての哲学――『ソクラテスの弁明』が提示すること」、東北大学哲学研究会『思索』二八号、一−一七ページ、一九九五年
清水哲郎『パウロの言語哲学』岩波書店、二〇〇一年
エチエンヌ・トロメク『キリスト教の揺籃期――その誕生と成立』加藤隆訳、新教出版、一九九八年
清水哲郎「ヨハネの福音書の『律法』解釈とキリスト論」、思想とキリスト教研究会編『途上』二五号、一四九−一六六頁、二〇〇三年
坂口ふみ『〈個〉の誕生――キリスト教教理をつくった人びと』岩波書店、一九九六年
V・ロースキィ『キリスト教東方の神秘思想』宮本久雄訳、勁草書房、一九八六年
清水哲郎『医療現場に挑む哲学供宗修海箸个僕燭觧笋燭繊捍α霆駛次二〇〇〇年
P.Schaff, The Creeds of Christendom, with a history and critical notrs, Vol. 2.
O・クルマン『キリストと時――原始キリスト教の時間観及び歴史観』前田護郎訳、岩波書店、一九五四年
ニュッサのグレゴリオス「ウーシアとヒュポスタシス」、Saint Basile, Lettres Texte établi et traduit par Yves Courtonne, 2vols., Collection Budé, Paris, 1957.
Shimizu, T., “Alcuin's Theory of Signification and System of Philosophy”, Didascalia 2, pp. 1-18, 1996.
F. S. Schmit, ed., S. Anselmi Cantnariensis Archiepiscopi Opera Omnia, 1946.
アンセルムス「モノロギオン」古田暁訳、『中世思想原典集成7 前期スコラ学』平凡社、一九九六年
アンセルムス「言の受肉に関する書簡(初稿)」古田暁訳、『中世思想原典集成7 前期スコラ学』平凡社、一九九六年
清水哲郎「人生天語――初期中世における言語理解とアンセルムス」、哲学会編『ギリシア・中世哲学研究の現在』(『哲学雑誌』第一一三巻七八五号)、九四−一一二頁、有斐閣、一九九八年
清水哲郎「アンセルムスの存在論的証明と普遍問題」、思想とキリスト教研究会編『途上』一五号、四七−六九頁、一九八五年
Shimizu, T.,“Words and Concepts in Anselm and Abelard”, in J. Biard, éd., Langage, sciences, philosophie au XIIe siécle,Paris, Vrin, 1999.
Shimizu, T.,“Words and Esse in Anselm and Abelard”, G. E. M. Gasper & H. Kohlenberger, eds., Anselm and Abelard: Investigations and Juxtapositions, Pontifical Institute of Medieval Studies, 2006.
Iwakuma, T.,“Vocales,' or early nominalists”, Traditio XLVII, 1992.
ペトルス・アベラルドゥス「ポルフェリウス註訳(イングレディエンティブス)」清水哲郎訳、『中世思想原典集成7 前期スコラ学』平凡社、一九九六年
ピエール・アベラール/エロイーズ『アベラールとエロイーズ――愛と修道の手紙』畠中尚志訳、岩波文庫
清水哲郎「唯名論−論理学の視点へ――アベラール表示理論の展開」、日本哲学会編『哲学』四三号、四九−七〇頁、一九九三年
Shimizu, T., “From Vocalism to Nominakism: Progression in Abelard's Theory of Signification”, Didascalia 1, pp. 15-46, 1995.
Shimizu, T.,“The place of intellectus in the theory of signification by Abelard and ars meliduna”, in Intellectvet imagination dans la Philosophie Médiévale: Actes du XIIe Congrés International de Philosophie Médiéval de la Société International pour l'Étude de la Philosophie Médiévale (S.I.E.P.M.) Porto, du 26 au 31 août 2002, pp. 927-939, Brepols, 2006.
稲垣良典『抽象と直観――中世後期認識理論の研究』創文社、一九九〇年
清水哲郎『オッカムの言語哲学』勁草書房、一九九〇年
清水哲郎「オッカムにおける方法としての論理学」、『中世における知と超越』創文社、一九九二年
Shimizu, T.,“Time and Eternity: Ockham's Logical Point of View”, Franciscan Studies 50, PP. 283-307, 1990.
清水哲郎「元祖《オッカムの剃刀》――性能と使用方法の分析」、『季刊哲学』一一号、八−二三頁、一九九〇年
清水哲郎「ルター」、伊藤博明編『哲学の歴史4(15-16世紀)ルネッサンス』中央公論社、二〇〇七年
清水哲郎『医療現場に挑む哲学』勁草書房、一九九七年


*本書は、『新・哲学講義1 ロゴス その死と再生』(一九九八年、岩波書店)に収録された「講義の七日間 ロゴスの遍歴」を大幅に加筆・訂正したものである。


≪著者: ≫ 清水哲郎 (しみず てつろう) 1947年生まれ.東京大学大学院人文社会系研究科次世代人文学開発センター上廣死生学講座教授.専攻,哲学.著書:『パウロの言語哲学』(岩波書店),『オッカムの言語哲学』(勁草書房),『医療現場に臨む哲学』(勁草書房)ほか.


かぜにまけるなベイヴィ〜♪




本「ここにも神々はいます (双書哲学塾11)」内山勝利5

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ここにも神々はいます (双書哲学塾)
ここにも神々はいます (双書哲学塾11)

○著者: 内山勝利
○出版: 岩波書店 (2008/1,単行本 144ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281614
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・・・われわれには、「知らないと知る」ことしか許されていないとしても、それはまた、われわれのそのつどの「思いなし(ドクサ)」について、「そうではない、として知る」ことでもあるはずです。傍目には一方的な「論駁」と見えようとも、知の否定の過程が、とりもなおさず知の追求の過程にほかならない。知を求めながらの論駁は、けっしてもとの無知へと舞いもどるものではありません。それはかならず、より高次の思いなしを誘発し、より真理に近接した知の可能性をさぐりあて、そしてふたたびそれの吟味と論駁をうながしつづけることになるでしょう。そのようにして反復される否定的論駁をくぐり抜けながら、「人間の知恵」はよりすぐれた質を獲得していくのであり、おそらくその無限のかなたには、完全な知を望み見ることができるでしょう。  (P.52、第4日)

エロースはまた、美しきものの中での出産を目指しもします。異性間の恋愛では、まさにそういうしかたで相手を求め合うわけですが、これも「死すべき者」たちにとっては必然的な行為なのです。なぜなら、われわれに与えられた「よきもの」はたえざる生成消滅の過程の中にしかありえず、したがって再生産の連鎖によってしかその存在を確保できないからです。不死なる神々であればやすやすと実現していることを、不断の滅びを懸命にとりつくろうことによって、われわれはかろうじて、その影のようなものをなぞりとっている。いや、身体的な永続性についてだけではありません。精神の領域においても事は同様です。知識や徳でさえも、われわれは幾度も学びなおし思い出しなおしながら、つまり生成と消滅をくり返しながら、何とか身につけているのが実情でしょう。そして、それらをさらに長く保持するためには、すぐれた若者たちを見つけ出して、彼らの中に(ちょうど子種を宿すようにして)芽生えさせるようにしなければならない。その欲求(エロース)の発動が「少年愛(パイデラスティアー)」というかたちをとるのです(ですから、これはかならずしも同性間だけで成立するものではありえません)。  (P.60-P.61、第5日)

あるとき、初期哲学者の一人ヘラクレイトスのもとを訪れた客人たちは、彼が調理場の竈(かまど)のそばで暖をとっているのを目にして近づきかねていると、当の主人は彼らにこういったとのことです。「遠慮なくお入りなさい、ここにも神々は在(い)ますから」。おそらく厨房のようなところへは、普通は客人が足を踏み入れたりしないものだったのでしょう。しかし、ミレトス派の考え方を発展させたヘラクレイトスにとって、燃えている火は、宇宙的エネルギーの顕現として世界の実相を如実に示すものだったのであり、それゆえに彼は台所で燃えている火をも神々と呼んでいるのです。あるいはさらに、彼は、神々が世界のすみずみにまで遍在していることをもいわんとしていたのかもしれません。  (P.13-P.14、第一日)



≪目次: ≫
講義の七日間 『神・自然・理性』
第1日 「ここにも神々は在(い)ます」
第2日 原因としての神
第3日 実在と生成のパラドックス
第4日 理性を越えるもの
第5日 美のイデア
第6日 無神論とアトミズム
第7日 神・人間・世界
補講 愛知(フィロソフィア)の言語と文体

さらに考察を深めたい人のための読書案内
ホメロス
『イリアス』(上・下)平松千秋訳、岩波文庫
『オデュッセイア』(上・下)平松千秋訳、岩波文庫
ヘシオドス
『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫
『仕事と日』平松千秋訳、岩波文庫
ヘロドトス
『歴史』(上・中・下)平松千秋訳、岩波文庫
初期ギリシア哲学者たち
『ソクラテス以前哲学者断片集』(5分冊+別冊)内山勝利編、岩波書店
『プラトン全集』(15巻+別巻)田中美知太郎・藤沢令夫編、岩波書店
『ソークラテスの弁明・クリトーン・パイドーン』田中美知太郎。池田美恵訳、新潮文庫[『ソクラテスの弁明・クリトン』久保勉訳、岩波文庫/『ソクラテスの弁明・クリトン』三嶋輝夫・田中享英訳、講談社学術文庫]
『饗宴』久保勉訳、岩波文庫[『饗宴』森進一訳、新潮文庫/『饗宴・パイドン』(西洋古典叢書)朴一功訳、京都大学学術出版会]
『国家』(上・下)藤沢令夫訳、岩波文庫
『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫
『法律』(上・下)森進一・池田美恵・加来彰俊訳、岩波文庫
アリストテレス
『形而上学』(上・下)出隆訳、岩波文庫

G・S・カーク/J・E・レイヴン/M・スコフィールド『ソクラテス以前の哲学者たち』内山勝利他訳、京都大学学術出版会
廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』講談社学術文庫
R・S・ブラック『プラトン入門』内山勝利訳、岩波文庫
藤沢令夫『プラトンの哲学』岩波新書
G・E・R・ロイド『アリストテレス――その思想の成長と構造』川田殖訳、みすず書房
山口義久『アリストテレス入門』ちくま新書

*本書中の「講義の七日間」は『新・哲学講義2 神と実在へのまなざし』(岩波書店、一九九八年)に収録されたものを加筆訂正したものである。「補講」は「定年退職講義録」を加筆訂正したものである。


≪著者: ≫ 内山勝利 (うちやま かつとし) 1942年生まれ.京都大学名誉教授.専攻,ギリシア哲学.著書:『対話という思想』(岩波書店),『哲学の初源へギリシア哲学論集』(世界思想社)ほか.






crocus

本「新自由主義の嘘 (双書哲学塾09)」竹内章郎5

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新自由主義の嘘 (双書 哲学塾)
新自由主義の嘘 (双書哲学塾09)

○著者: 竹内章郎
○出版: 岩波書店 (2007/12,単行本 158ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281645
おすすめ度: 5.0
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この講義の表題は、『新自由主義の嘘』と堅苦しいのですが、実は若いみなさんの生活のどこにでもある身近な「私のもの」の話です。特に「私のもの(私有物)」を市場で巧くやり取りすればすべてオーケーという、新自由主義がふりまく嘘を暴き、私有や市場の問題と共に、その反対側の共同ということを真剣に考える講義でして……。  (P.1)

私的所有を焦点に、市場や市場ルールや市民権、市場とその外部との関係や社会権について話をし、私的所有や市場についての新自由主義の嘘を暴きながら、「能力の共同性」論にまで話を延長してきました。「能力の共同性」論は、新自由主義の嘘に対抗する拠点として、本講義の結論であるとともに、真の共生(共に生きること)への契機でもあります。  (P.153、講義を終えて)



≪目次: ≫
第1日 私のもの、私的所有物、市場は当たり前?――開講の辞にかえて
身近な私的所有/「自分のもの」は「自分のもの」?/新自由主義の問題――講義の二日目以降への橋渡し
第2日 私的所有の世界と市場はどうなっていて、どんなルールがあるか?
自己チュウは公共心の欠如?――自己チュウと私的所有/身近な私的所有と市場の四つのルール/私的所有権とは/自由な契約権と等価交換/私的所有物の自由な処理
第3日 私的所有と市場は数々の問題を引き起こす
「私的所有物の自由な処理」の大問題――私的所有物の無駄使い/私的所有権が生む貧富の格差/自由な契約権がもたらす不公平
第4日 どんなことが公平であり公正である、と言えるか?
同一ルールの同一適用は公平・公正か? スポーツのルールは公平か?/スポーツと市場は違う/「同一ルールの同一適用」の不公平/市場には、その外部が必要だ/市場ルールの規制
第5日 権利が不公平で不公正になる場合がある
市民的権利と政治的権利の不公平・不公正/社会権抜きには不公平・不公正なままだ/『人権宣言(人及び市民の諸権利宣言)』の不平等と社会権の登場による平等化/
第6日 権利はお金の流れと関連する――市民権〔法〕的世界と社会権〔法〕的世界とお金
〇埔譴任了篥財産の等価交換/非市場での累進課税の不等価交換/H昌埔貪な,鉢△涼羇屬箸靴討亮匆駟欷
第7日 経済の基本的な仕組みにとっても、市場の外側は重要だ
市場の外部抜きには市場は成立しない/経済の仕組みと市場の外部/自然環境の無償利用――膨大な市場の外部の一つ目/社会の安全性の無償利用――二つ目/貧富の格差の無償利用――三つ目/労働の在り方の無償利用――四つ目/家庭生活の無償利用――五つ目/人間個人の無償利用――六つ目
第8日 新自由主義を、その根本から批判する
a 「強者」仕様の新自由主義/b 国家介入による不平等/c ルール主義による不平等/d 市場の外を否定する不平等/e 自由主義との共通性、自由主義以上の不平等
第9日 能力が個人の私的所有物である理由
近代の幕開けとしての能力による差別/ジョン・ロックの理論と能力による差別/同じ私的所有でもさまざまな意味がある――まずは、プロパティ(property)としての所有/オウナーシップ(ownership)としての所有/ポゼッション(possession)としての所有/ハヴ(have)としての所有
第10日 私的所有物としての能力は疑わしい
その所有者から「離れて」も存在する能力/自立せよ、が間違っている理由/他者に依存した自分の能力/「弱者性」の普遍性、作られる「弱者性」
第11日 「能力の共同性」ということを考えよう
能力の私的所有は社会・文化が決める/個人の生命力も共同体的なものである/「能力の共同性」と個人の自然性/「能力の共同性」の定式/能力の私的所有は「後から」のこと/共同・共生全般を「能力の共同性」から考える

講義を終えて
参考文献
バーネット/島津格・森村進監訳『自由の構造』木鐸社、二〇〇〇年
Ewald, F. Der Vorsorgestaat, aus dem Französischen ins Deutsche von W. Bayer und H. Kocyba, Suhrkamp Verlag, 1993(Titel der Originalausgabe; L'Etat providence, Bernad Grasset, 1986)
後藤道夫・吉崎祥司・竹内章郎・中西新太郎・渡辺憲正『格差社会とたたかう』青木書店、二〇〇七年
ハイエク、F・A・西沢千明・矢嶋釣次監修『自由の条件』と『法と立法と自由』の各三分冊(ハイエク全集五−一〇巻)春秋社、一九八六年
貝原益軒/伊藤友信現代語訳『養生訓』講談社学術文庫、一九八二年
金子勝『市場と制度の政治経済学』東京大学出版会、一九九七年
加藤尚武『倫理学の基礎』日本放送出版協会、一九九三年
ロック、J/伊藤宏之訳『統治論』柏書房、一九九七年
マーシャル、T・H/岩崎信彦・中村健吾訳『シチズンシップと社会階級』法律文化社、一九九三年
マルクス、K/マルクス=エンゲルス全集刊行委員会訳『資本論』全三巻、大月書店、一九六八年
ミーゼス、L/村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』春秋社、一九九一年
中西新太郎『〈生きにくさ〉の根はどこにあるのか――格差社会と若者のいま』JRC、二〇〇七年
ノージック、R/島津格訳『アナーキー・国家・ユートピア』上下、木鐸社、一九八五、八九年
スミス、T/藤原孝訳者代表『権利の限界と政治的自由』サンワ・コーポレーション、一九九七年
平子友長「カント『永遠平和のために』のアクチュアリティ」東京唯物論研究会編『唯物論』七九号、二〇〇五年
竹内章郎・中西新太郎・後藤道夫・小池直人・吉崎祥司『平等主義が福祉をすくう――脱〈自己責任=格差社会〉の理論』青木書店、二〇〇五年
竹内章郎『「弱者」の哲学』大月書店、一九九三年
竹内章郎『平等哲学への道程』青木書店、二〇〇一年
竹内章郎『いのちの平等論――現代の優生思想に抗して』岩波書店、二〇〇五年
竹内章郎「「障害者自立支援法」がもたらす不平等の克復のために」共著『障害者自立支援法と人間らしく生きる権利』かもがわ出版、二〇〇七年
渡辺治『構造改革政治の時代 小泉政権論』花伝社、二〇〇五年
渡辺憲正「無所有の歴史的ポテンシャル」唯物論研究会編『唯物論研究年誌第七号 所有をめぐる〈私〉と〈公共〉』青木書店、二〇〇二年


≪著者: ≫ 竹内章郎 (たけうち あきろう) 1954年生まれ.専攻,社会哲学・生命倫理学・障害者論.現在,岐阜大学地域科学部教授.著書:『「弱者」の哲学』(大月書店),『現代平等論ガイド』『平等論哲学への道程』(青木書店),『障害者を位置づけた哲学的人間学の研究』(科研費報告書),『いのちの平等論』(岩波書店)ほか.


♪♪




本「パラドックスの扉 (双書哲学塾08)」中岡成文5

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パラドックスの扉(双書 哲学塾)
パラドックスの扉 (双書哲学塾08)

○著者: 中岡成文
○出版: 岩波書店 (2007/12,単行本 148ページ)
○価格: 1,365
○ISBN: 978-4000281607
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パラドックスはもともとpara(超える、逆らう)+doxa(考え)というギリシア語から来ています。背理とか逆説と訳されますが、それが哲学的にどういう姿をとるかはおいおい説明することにします。  (P.3)

「生きるなかで知る」というモットーにあくまで私はこだわりたい。
むしろ哲学教師として大切なのは、思索の広がりをとめてしまうつまらない事例、中途半端な事例を持ち出さないことだと信じています。  (P.133、補講)



≪目次: ≫
講義の7日間 『知るということ』
第1日 恵と知識
第2日 原型という知
第3日 知のテクノロジー
第4日 知と環境
第5日 知と愛
第6日 自己増殖する知
第7日 知の臨界
補講 生きるなかで知る――そのパラドックス

*本書中の「講義の七日間」は、『新・哲学講義3 知のパラドックス』(一九九八年、岩波書店)に収録されたものを訂正したものである。「補講」は新たに書き下ろされた。


≪著者: ≫ 中岡成文 (なかおか なりふみ) 1950年生まれ.大阪大学大学院文学研究科教授.専攻,哲学・倫理学.著書:『臨床的理性批判』(岩波書店),『私と出会うための西田幾多郎』(出窓社),『ハーバーマス――コミュニケーション行為』(講談社)ほか.


オレンジ♪




本「なぜ意識は実在しないのか (双書哲学塾07)」永井 均5

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なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)
なぜ意識は実在しないのか (双書哲学塾07)

○著者: 永井 均
○出版: 岩波書店 (2007/11,単行本 157ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281577
おすすめ度: 4.5
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だって、そうじゃないですか。心なんて一般的なものは見たこともないのに、なぜそんなものが一般的に――私にもあなたにも彼にも彼女にも――あると信じられてしまっているのか、それがまずは、問題じゃないですか。なんといってもそこがまず不思議じゃないですか。なぜそこに問題を感じないのでしょうか。  (P.5)


≪目次: ≫
はじめに
第1日 なぜ意識は哲学の問題なのか
心なんて一般的なものはない/脳と意識の関係は他のどんな関係にも似ていない/時間との類比を試みてみよう/時間との類比はもう一つあって,この方がより重要である/「自分」とは誰か――「私」vs「当人」/質疑応答
第2日 なぜわれわれはゾンビなのか
現象的と心理的の対比は累進する/論理的付随と自然的付随を隔てるもの/二次元的意味論を3次元へ/「意識」以外の付随しないもの――指標的事実/「意識」以外の付随しないもの――因果性/いよいよゾンビ登場!/逆方向からの二つの反論を同時に/累進構造から一般的な「意識」の成立/クオリアの逆転はいかにして可能か/ジャクソンのメアリーとネーゲルのコウモリ/現象判断のパラドクスと神の存在論的証明/質疑応答
第3日 なぜ意識は志向的なのか
人称化と時制化による客観的世界の成立と志向性/知覚経験はいかにして志向的となるか/志向性と内包をつなぐもの/「私」の第〇次内包へ/質疑応答


≪著者: ≫ 永井 均 (ながい ひとし) 1951年生まれ.専攻,哲学・倫理学.現在,日本大学文理学部教授.著書:『〈私〉のメタフィジックス』 『〈魂〉に対する態度』『〈私〉の存在の比類なさ』(勁草書房),『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書),『翔太と猫のインサイトの夏休み  哲学的諸問題へのいざない』(ちくま学芸文庫),『転校生とブラック・ジャック  独在性をめぐるセミナー』(岩波書店),『これがニーチェだ』 『私・今・そして神  開闢の哲学』(講談社現代新書),『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(NHK出版)ほか.


♪♪




本「宇宙を哲学する (双書哲学塾06)」伊藤邦武5

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宇宙を哲学する (双書哲学塾)
宇宙を哲学する (双書哲学塾06)

○著者: 伊藤邦武
○出版: 岩波書店 (2007/11,単行本 152ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281560
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世界は無から生まれた有限なものか、それとも永久の彼方から続いているものなのか――。  (P.150)


≪目次: ≫
講義の7日間 『自然哲学のゆくえ』
第1日 コスモロジーの自立
第2日 ケプラーの夢
第3日 無限宇宙の永遠の沈黙
第4日 時空をめぐる論争
第5日 レヴォリューション――回転か革命
第6日 決定論の崩壊
第7日 ビッグバンの方へ


補講 宇宙の時間、有限か無限か
補講第1日 有限説と無限説
補講第2日 カントアンチノミー
補講第3日 パース宇宙論


人名索引

*本書中の「講義の七日間」は、『新・哲学講義5 コスモロジーの闘争』(一九九七年、岩波書店)に収録されたものを訂正したものである。「補講」は新たに書き下ろされた。


≪著者: ≫ 伊藤邦武 (いとう くにたけ) 1949年生まれ.京都大学大学院文学研究科教授.専攻,哲学.著書:『パースの宇宙論』(岩波書店),『パースのプラグマティズム』(勁草書房),『偶然の宇宙』(岩波書店),『人間的な合理性の哲学』(勁草書房)ほか.


見〜つけたッ♪




本「「わたし」を探険する (双書哲学塾04)」村田純一5

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「わたし」を探険する (双書哲学塾)
「わたし」を探険する (双書哲学塾04)

○著者: 村田純一
販売元:岩波書店 (2007/10,単行本 150ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281546
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「わたし(ぼく)」の問いに、どうやら簡単に答えは見つからないもので、むしろ簡単に答えのようなものを出してしまって、問うことを止めることが、もっとも避けるべきことなのかなぁ。
心の哲学♪


≪目次: ≫
講義の前に
講義の7日間 『「わたし」とは誰か』
第1日 「わたし」の起源
第2日 身体としての「わたし」
第3日 他者との出会い
第4日 わたしの「内面」
第5日 考える「わたし」そして/あるいは行為する「わたし」
第6日 脳と心
第7日 「わたし」の消滅

本講義で使われた参考文献
補講 色彩をめぐる他者問題――わたしの見ている色はあなたと同じだろうか?

*本書中の「講義の七日間」は『新・哲学講義4「わたし」とは誰か』(岩波書店、一九九八年)に収録されたものを訂正したものである。「補講」は、「あなたの見ている色、私と同じ?――「他者」の知覚している色を理解するとはいかなることか」(『四大(地・水・火・風)の感性論――思想・アート・自然科学の関わりについての基礎研究――』平成13−16年度科学研究費補助金(基礎(A)(1))研究成果報告書[代表者・京都大学文学研究科教授・岩城見一]二〇〇五年、所収)に大幅に手を加えてなったものである。


≪著者: ≫ 村田純一 (むらた じゅんいち) 1948 年生まれ.東京大学大学院総合文化研究科教授.専攻,現象学・科学哲学.著書:『知覚と生活世界』(東京大学出版会),『色彩の哲学』(岩波書店),『技術の倫理学』(丸善)ほか.


見あげてごらんョ♪




本「〈畳長さ〉が大切です (双書哲学塾03)」山内志朗5

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“畳長さ”が大切です (双書哲学塾)
〈畳長さ〉が大切です (双書哲学塾03)

○著者: 山内志朗
○出版: 岩波書店 (2007/9,単行本 152ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281539
おすすめ度: 1.0
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畳長性♪、
英語だとredundancyです。同じ音の言葉に、「冗長性」というのがあります。しかし、この「冗長性」ではダメなんです。  (P.、はじめに)
一般に畳長性を付与する方法には(中略)大きく分けますと、(1)同一のメッセージを一つの回線に何度も流す、(2)回線を多重にする、(3)回線に流す文字種を限定する、(4)受け手が既に知っていることを伝送する、という四種類に分かれるという見方があります。  (P.10)

コミュニケーションってむずかしい。いつもぼくには相手に伝えたいことが上手くキチンと伝わっている気がしなくて、もっとも、相手が発した情報をぼくがキチンと理解できていない、理解できた気がしていない、ということもあったりして、そんなこともあって、できる限りにおいてことばを尽くして説明を試みたりするんだけれど、またそれはそれで相手にとっては、ビックリしちゃったり、迷惑だったり、ときにひいちゃったりするんだろうなぁ、と思わなくもない。それでもぼくとしては中途半端にしておけない、、、


≪目次: ≫
はじめに
講義の7日間 『〈畳長さ〉による、〈畳長さ〉のための』
第1日 言葉はなぜ思い通りに話せないのか――コミュニケーションと畳長性
第2日 落語はなぜ面白いのか――コミュニケーションの多層性
第3日 習熟した〈藝〉はなぜ意識されてはならないのか――畳長性の座としての身体
第4日 畳長性は冗長ではなかった――情報理論とシステム工学における畳長性
第5日 誤謬の自己訂正としての畳長性――新しさが受容されるための可能性の条件
第6日 フィードバックについて――サイバネティックスにおける畳長性
第7日 無限の多様性を生み出すものとしての畳長性――畳長性と多様性・個性
補講 畳長性とは何か――存在論からコミュニケーション論へ  1 多様性の基体としての畳長性/2 思想の肉体としての文体/3 偶有性としての畳長性/4 畳長性と普遍の実在性/5 /情報と畳長性/6 ダブルバインドについて/7 畳長性の行方

引用・参考文献


≪著者: ≫ 山内志朗 (やまうち しろう) 1957年生まれ.専攻,スコラ哲学.現在,慶應義塾大学文学部教授.著書:『普遍論争』(哲学書房),『天使の記号学』(岩波書店),『ライプニッツ』(NHK出版),『笑いと哲学の微妙な関係』(哲学書房),『〈つまずき〉のなかの哲学』(NHK出版)ほか.


春ということばを使うことなくしてぼくが感じた春をあらわす試みとしての・・・・・・





本「歴史を哲学する (双書哲学塾02)」野家啓一5

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歴史を哲学する (双書哲学塾)
歴史を哲学する (双書哲学塾02)

○著者: 野家啓一
○出版: 岩波書店 (2007/9,単行本 170ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281522
おすすめ度: 4.5
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「歴史(history)」の語源ともなっているギリシア語の「ヒストリア(historia)」が、もともとは「探究」や「探究によって学ぶこと」を意味する言語であった・・・「探究」を意味する一般的な語が、後になって特に「歴史」を表す言葉になったという事実の中にこそ、過去が何よりも「探究」の対象であり、「われわれが探りを入れると存在してくる」実在であることが端的に示されているのではないでしょうか。・・・  (P.168)


≪目次: ≫
講義の7日間 歴史を哲学する
第1日 歴史哲学と科学哲学
第2日 歴史認識をめぐる論争
第3日 出来事としての歴史/記述としての歴史
第4日 歴史における説明と理解
第5日 歴史の物語り論(ナラトロジー)
第6日 過去の実在
第7日 歴史記述の「論理」と「倫理」
補講 過去の実在・再考
   過去と記憶/過去自体/理論的存在/志向的統一/過去物語り
あとがき(二〇〇七年八月二日 野家啓一)


≪著者: ≫ 野家啓一 (のえ けいいち) 1949年生まれ.東北大学文学研究科教授.専攻,現代哲学・科学哲学.著書:『増補 科学の解釈学』(ちくま学芸文庫),『物語の哲学』(岩波現代文庫),『言語行為の現象学』(勁草書房),『無根拠からの出発』(勁草書房)ほか.


新芽




本「もしもソクラテスに口説かれたら――愛について・自己について (双書哲学塾01)」土屋賢二5

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もしもソクラテスに口説かれたら―愛について・自己について (双書哲学塾)
もしもソクラテスに口説かれたら――愛について・自己について (双書哲学塾01)

○著者: 土屋賢二
○出版: 岩波書店 (2007/9,単行本 155ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281515
おすすめ度:3.5
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もし、「わたしはあなたの顔も性格も嫌いですが、あなた自身を愛しています」と言われたら、うれしいだろうか。うれしくないなら、なぜだろうか。
この挑発的な口説き文句は、いまから二千五百年前にソクラテスが考えたものである。この中に含まれている哲学的問題を検討し、ソクラテスの言い分が正しいかどうかを判断するのは、ふつうの人が思うほど簡単ではない。・・・  (P.鵝△呂犬瓩)
と、プラトンの『アルキビアデス』という対話篇をテキストに展開された二日間のゼミ(自由に発言できる議論中心の授業)を基に書籍化。
岩波書店のシリーズ『双書 哲学塾』は、講義形式の哲学入門と謳われる。正直なところ、中島義道先生と長谷川宏先生から、それ以上ぼくとしては拡げるつもりはなかったんだけど、ちょうど大著というのか難解な本と併読を目論み、併読しないと毎日読了は果たせないから、その他に考えたいことや気がかりなことがあったりして、ちょっとライトな軽めの本として、とりあえずシリーズ01巻から、タイトルにも掲げられるソクラテスがことばで著すことをしなかったことに興味をいだいていたりもして♪
ソクラテスの影響が一番大きいと思うんですけど、哲学で何かを主張するときは、神がかり的なことを言っても相手にされません。相手にされるためには、理屈を並べてどんな人でも納得できるように、説得しなくちゃいけないんです。そのときにどんな理屈を使ったらいいかは決まっているわけじゃなくて、自分で独創的な理屈を考えてもいいんです。ソクラテスみたいにね。・・・  (P.155)

たびたびぼくはペロッと気軽に言ってしまうんだけど、愛がわからない、愛がなんだかわからない、愛とはなにものなのか?、と。とりあえず今のぼくには必要がなさそうで、直接的に困ることはないんだけれど、心のどこかでは知りたい気持ちがないわけではない。今のところ、自分自身との対話の中から、一言で〈ぼく〉と言っても単一の、一種類だけの人格やら性格で語れてしまうほどに簡単なものでもないと考えていて、Aという〈ぼく〉もいれば、Bという〈ぼく〉もいて、どっちも〈ぼく〉には違いなくて、表面には登場してこないZなんて〈ぼく〉もじつはいたりして、そんな少なからぬ〈ぼく〉を、ぼくはその〈ぼく〉たちの統括役というのか、下っ端なのかもしれないけれど、ある意味では語りたいだけ語らせちゃって、その対話のようなものの中から〈ぼく〉を客観的に見詰め直す作業、などといったら可笑しいかもしれないけれど、結構真剣に考えていたりして、それは、ぼくがぼく自身をわからずして、相手とのコミュニケーションを、それは愛に限られずに、円滑に成し遂げることはできない、というより、ぼくにはそんな中途半端な曖昧な状態が受け容れ難い、円滑に成立するとはにわかに信じ難い、という個人的な問題であろうか。正直、潔癖にすぎて、ぎすぎすと音がしてきそうなほどに窮屈では、それこそ円滑なコミュニケーションが成立しないと言えなくもないことをそれなりに承知して、それでもぼくは、ぼくがこのブログのサブタイトルにも掲げているんだけれど、実験としての側面をも考えていたりして、そこには最近なにげに強く感じている、人が採用する行動に〈間違い〉はないんじゃないかぁ、というような思いがあったりする。〈間違った〉行動、の対極に位置するであろう、〈正しい〉行動、と解される行動だって、果たしてホントに〈正しい〉のか、今の時点における特定の人の判断における〈正しい〉が、その後にあっても、第三者の客観的な判断においても、必ずしも〈正しい〉ものであると断定できるかどうかは疑わしい。そう考えるに、その瞬間において〈間違い〉と評される行動が、その後にあってそれ以外の第三者によっても〈間違い〉であると判断されるとは限られず、〈正しい〉と判断されることだって可能性として十分に考えられよう。もっとも、行動を採用した本人にとって、仮に他人がなんと言おうとも、その行動を採らずにいられないのであるとするならば、その必然に基づいた行動は採られてしかるべきで、その結果として本人が少なからぬ不利益を被ったとしたって、それは自己責任の範疇であって、むしろその責任はみずから果たされるべきであって、他人がなんら庇護すべきものでもないであろうし、その貴重な経験の機会を、ぼくは失敗や過ちを貴重な経験と考えているんだけど、過保護や過干渉によって他人が奪う権利はないんじゃないかな、などと言ったら言いすぎかしら。


≪目次: ≫
はじめに
第1日 愛と魂  ソクラテスの口説き方は効果があるか?/どうやって魂を認識するのか?/魂と身体はどう関係するか?/心とは何か/同一人物かどうかを見分ける方法
第2日 ソクラテスのどこが間違っているか  心を愛するとは?/脳死になったら/身体も愛するのでは?/何が変化するか/使う・使われるの関係から何が言えるか/身体はわたしの一部か?/「A≠C,B≠C ゆえに A=B」は正しい?/ことばの問題


≪著者: ≫ 土屋賢二 (つちや けんじ) 1944年生まれ.専攻,ギリシア哲学・分析哲学.現在,お茶の水女子大学文教育学部教授.著書:『われ笑う,ゆえにわれあり』(文藝春秋),『哲学者かく笑えり』(講談社),『猫とロボットとモーツァルト』(勁草書房),『汝みずからを笑え』(文藝春秋),『ソクラテスの口説き方』(文藝春秋),『ツチヤ学部長の弁明』(講談社),『簡単に断れない』(文藝春秋),『ツチヤ教授の哲学講義』(岩波書店),『貧相ですが,何か?』(文藝春秋)ほか.


百人番所




本「生活を哲学する (双書哲学塾15)」長谷川宏5

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生活を哲学する (双書哲学塾)
生活を哲学する (双書哲学塾15)

○著者: 長谷川宏
○出版: 岩波書店 (2008/9,単行本 159ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281591
おすすめ度: 4.0
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個人は自由になった分だけ孤独になったのです。自由と孤独とが表と裏になっているのが近代社会における個人のありのままのすがたです。  (P.137、「第6日 個人、家族、地域」)

ふと、あのとき(子供の頃であったり、最近であったり)に感じていた違和感というのか座りの悪さというか言いえぬ思いの、原因と言えるのかどうなのか断定はできないけれども、もしかしたら、そういうことだったのかなぁ、、、、などとボンヤリと思い浮かんできて考えたりすることがときどきあって、本を読んでいて集中力が途切れたとき、PCに向かっているとき、なんにも考えないときはないから、あのときのあれ(違和感や座りの悪さ)は自然な異常ではない正常な感情だったんだろうなぁ、などと考えてみて、それでもどうしても哀しい気分を拭い去ることはできない。あのとき苦しかった思いが消失することはないからね。さらには、日常生活において違和感を感じることが、最近ますます増えている、というか、明確に違和感を感じていながらも、その違和感や居場所のなさを不快に感じなくなってきているんだろうな、とも思っていて、だから違和感をそのまんま受け容れちゃっている。違和感を忌避して排除しようとして、どんなに抗ってみたところで、ぼくの能力なんてたかが知れているから、排除できない不甲斐ない自分にも苛立つ結果は火を見るより明らかで、そんな蟻地獄的な愚行をぼくは何度何度も繰り返し経験し続けてきた気がしている。


≪目次: ≫
講義の六日間 生活を哲学する
第1日 生活と哲学とのあいだ  日常と非日常/戦争とファンタジー――日常からの飛躍 その一/聖なるもの――日常からの飛躍 その二/イデアと「われ思う、ゆえにわれ在り」――日常からの飛躍 その三/日常への帰還
第2日 子育ての経験  孤独と自由――高校・大学・大学院の時代/塾と子育て――共に生きる時間へ/松田道雄の思想
第3日 大衆の原像とは  「知識人/大衆」という図式の転倒――吉本隆明/「生活の幅」と「工作者」――埴谷雄高谷川雁/原像へと還っていく/日々の暮らしこそ価値の源泉
第4日 晴れと褻(け)  日常の時と非日常の時/共同体の結びつきをたしかめる/個人が演出するイベントとなった「晴れ」/未知の共同体へ
第5日 夏合宿という生活経験  十泊十一日の褻/晴れの行事/信頼する・信頼される/自然体の生活/褻への執着
第6日 個人、家族、地域  近代の孤独と自由/「いじめ」の基本型/つながりを求めて、孤独をおそれず/情感の共有/さまざまな関係の網の目のなかで/自由と孤独と共同性を生きる


≪著者: ≫ 長谷川宏 1940年生まれ.専攻,哲学.東京大学大学院博士課程単位取得後,大学アカデミズムを離れ,在野の哲学者として,多くの読書会・研究会を主宰する.また,38年にわたって続いている私塾・赤門塾は,ユニークな活動をもって知られる.著書:『ヘーゲルの歴史意識』(講談社学術文庫),『ことばへの道――言語意識の存在論』(勁草書房),『赤門塾通信きのふ・けふ・あす』(現代書館),『黒田喜夫――村と革命のゆくえ』(未来社),『同時代人サルトル』(講談社学術文庫),『ヘーゲルを読む』(河出書房新社),『丸山眞男をどう読むか』(講談社現代新書),『日常の地平から』(作品社),『高校生のための哲学入門』(ちくま新書)ほか.


Larus




本「「死」を哲学する (双書哲学塾05)」中島義道5

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「死」を哲学する (双書哲学塾)
「死」を哲学する (双書哲学塾05)

○著者: 中島義道
○出版: 岩波書店 (2007/10,単行本 140ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4000281553
おすすめ度: 5.0
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じつは少し前にふと「他人」と「他者」って違いはなんだろう?、と漠然とした疑問を抱いて、ぼくとしてはそれぞれの定義や差異を理解することも探究することもなく、なんとなくの印象で「他人」に冷たい感覚を覚えて「他者」を採用していたのだが、心のどこかでは「そのうちわかるさ♪」とあえて放置プレイ、歩みを緩めることなく(止まることをおそれ)先を急ぐ!?
私は(レヴィナスと異なって)、「他者」という言葉によって、私を超越する「他なるもの一般」を意味し、それがとくに人間である場合を「他人」と表わします。・・・ (P.80)
なるほど“中島義道”流の解釈によれば、ぼくは自分自身以外の人間のことを指し示していたので「他人」であろうか。

ぼくには正直なところ『死』の概念が希薄で、なかなか現実のものとして捉え難いのではあるが、そうは言っても『死』を意識しないことはない。ときに自分の存在を疎ましく思い、自らの存在の意義(無意味・不必要)を問うことがないわけではない。


≪目次: ≫
はじめに
講義の7日間 「死」を哲学する
第1日 死と人生の意味
第2日 死ぬ時としての未来(1)
第3日 死ぬ時としての未来(2)
第4日 私の死・他人の死
第5日 不在と無
第6日 「無」という名の有
第7日 「無」という名の無・死の超克


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち)
1946年生まれ.専攻,時間論,自我論,コミュニケーション論.現在,電気通信大学人間コミュニケーション学科教授.
著書:『カントの人間学』(講談社現代新書),『時間と自由』(講談社学術文庫),『戦う哲学者のウィーン愛憎』(角川文庫),『孤独について』(文春新書),『「時間」を哲学する』(講談社現代新書),『哲学の道場』(ちくま新書),『うるさい日本の私』(新潮文庫),『カントの時間論』(岩波現代文庫),『時間論』(ちくま学芸文庫),『悪について』(岩波新書),『カントの自我論』(岩波現代文庫)ほか.


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