Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

新潮クレスト・ブックス

本「週末  Das Wochenende (新潮クレスト・ブックス)」ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 訳5

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週末 (新潮クレスト・ブックス)
週末  Bernhard Schlink: “Das Wochenende”, 2008. (新潮クレスト・ブックス)

○著者: ベルンハルト・シュリンク松永美穂
○出版: 新潮社 (2011/6, 単行本 247ページ)
○価格: 1,995円
○ISBN: 978-4105900908
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……, Freitag, Samstag, und Sonntag


かつて赤軍派テロを首謀した男が、恩赦を受けて20年ぶりに出所した。姉は郊外の邸宅を準備し、旧友たちを呼び寄せる。彼らの胸に甦る、失われた恋、裏切り、自殺した家族の記憶。明らかになる苦い真実と、やがて静かに湧き上がる未来への祈り――。正しいと信じた行為が決定的に損なったものを、人はどのように償いうるのか? 世界的ベストセラー『朗読者』の著者が、ナチスドイツの犯罪や9.11テロも視野に描く、罪と償い、愛と未来をめぐる最新長篇。


≪著者: ≫ ベルンハルト・シュリンク (Bernhard Schlink) 1944年ドイツ生まれ。小説家、法律家。ハイデルベルク大学、ベルリン自由大学で法律を学び、1982年以降ボン大学、フンボルト大学などで教鞭をとる。1987年、ヴァルター・ポップとの共著『ゼルプの裁き』で作家デビュー。1992年発表の『ゼルプの欺瞞』でドイツ・ミステリー大賞を受賞。1995年刊行の『朗読者』は世界的ベストセラーとなり2008年に映画化された(邦題『愛を読むひと』)。現在、ベルリンおよびニューヨークに在住。

[訳者] 松永美穂 (まつなが・みほ) 早稲田大学教授。著書に『誤解でございます』など、訳書にベルンハルト・シュリンク『朗読者』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、ジークフリート・レンツ『黙祷の時間』、ヘルマン・ヘッセ『車輪の下で』、ユーディット・ヘルマン『幽霊コレクター』など。


ベルンハルト・シュリンク 『帰郷者  Die Heimkehr, 2006.』(松永美穂訳、新潮クレスト・ブックス、2008年) '09/01/21
ベルンハルト・シュリンク 『朗読者  Der Vorleser, 1995.』(松永美穂訳、新潮文庫、2003年) '08/03/29
ベルンハルト・シュリンク 『過去の責任と現在の法 ドイツの場合』(岩淵達治/中村昌子/藤倉孚子/岩井智子訳、岩波書店、2005年) '08/04/10

ヘッセ 『車輪の下で  Unterm Rad, 1906.』(松永美穂訳、2007年) '08/09/21





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本「ある秘密  Philippe Grimbert: “Un secret”, 2004. (新潮クレスト・ブックス)」フィリップ・グランベール、野崎歓 訳5

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ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)
ある秘密  Philippe Grimbert: “Un secret”, 2004. (新潮クレスト・ブックス)

○著者: フィリップ・グランベール、野崎歓
○出版: 新潮社 (2005/11, 単行本 158ページ)
○価格: 1,680円
○ISBN: 978-4105900519
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そう、ときにぼくも無意識のうちに「平和」などと、なんの配慮もなく言って語って書き記してしまっちゃうんだけど。たとえば、日本であれば「ヒロシマ・ナガサキ」であり、「ヤスクニ」とか「テンノウ」とか「東京裁判」とか。遅ればせながら、さいきん、すこし前から、いまさらながらに、いまなお(いまだからこそ!?)、ときどき思い出したように関連するような、戦争の時代、どうなんだろう、ある意味では近代化して大量虐殺みたいなことが技術的に可能になってしまって、それまで、戦争に専門的に従事する戦闘者集団だけが、多くの大衆であり一般市民とはあまり関係のないような(市街地にあらざる!?)場所で行なわれていた戦争が、グローバリズム?!、世界戦争に発展した、歴史的な出来事としての戦争を、その時代背景であり、流れというのか時代の動き、なんでそう(戦争であり大量虐殺に)なっちゃったんだろうか?!、多角的に多面的に、ポイント絞って詳細に、ときに周辺?!からも、視点や角度を変えて


父と母は何か隠している……。ひとりっ子で病弱なぼくは、想像上の兄を作って遊んでいたが、ある日、屋根裏部屋で、かつて本当の兄が存在していた形跡を見つける。両親の秘密とは何か。ナチスによる弾圧と虐殺のはざまで、二人に何が起ったのか。一九五〇年代のパリを舞台にした自伝的長編。高校生が選ぶゴンクール賞受賞作。


≪目次: ≫
ある秘密Un secret, 2004.)』

訳者あとがき (二〇〇五年十月  野崎 歓)


≪著者: ≫ フィリップ・グランベール Philippe Grimbert 1948年、パリ生まれ。パリ大学ナンテール校で心理学を学ぶ。現在、パリで精神分析クリニックを開業。精神分析に関するエッセーを3冊刊行したのち、2001年に小説『ポールの小さなドレス』を発表。続いて2004年に刊行された『ある秘密』は高校生が選ぶゴンクール賞、および「エル」読者大賞を獲得、ベストセラーとなった。

[訳者] 野崎 歓 (のざき・かん) 1959年生まれ。フランス文学者。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部准教授。

スタンダール 『赤と黒〈下〉  Le Rouge et le Noir, 1830.』(野崎歓訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '09/07/30
スタンダール 『赤と黒〈上〉  Le Rouge et le Noir, 1830.』(野崎歓訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '09/07/28
野崎歓 『カミュ『よそもの』 きみの友だち』(理想の教室、みすず書房、2006年) '09/03/11
サン=テグジュペリ 『ちいさな王子  Le Petit Prince, 1943.』(野崎歓訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/08/26

吉見俊哉/テッサ・モーリス‐スズキ 『天皇とアメリカ』(集英社新書、2010年) '10/10/23
上坂冬子 『戦争を知らない人のための靖国問題』(文春新書、2006年) '09/11/27
三土修平 『頭を冷やすための靖国論』(ちくま新書、2007年) '09/11/24
小島毅 『靖国史観 幕末維新という深淵』(ちくま新書、2007年) '09/11/19
高橋哲哉 『靖国問題』(ちくま新書、2005年) '09/10/27
半藤一利/保阪正康/井上亮 『「東京裁判」を読む』(日本経済新聞出版社、2009年) '09/11/05
竹内修司 『創られた「東京裁判」』(新潮選書、2009年) '09/10/29
東郷和彦 『歴史と外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書、2008年) '09/07/27

ハンナ・アーレント 『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(大久保和郎訳、みすず書房、1994年、1969年) '09/02/19
ハンナ・アレント 『政治の約束』(ジェローム・コーン編、高橋勇夫訳、筑摩書房、2008年) '09/01/24
ハンナ・アレント 『責任と判断』(ジェローム・コーン編、中山元訳、筑摩書房、2007年) '09/01/16
フリードリヒ・A・ハイエク 『隷従への道 全体主義と自由』(一谷藤一郎/一谷映理子訳、東京創元社、1992年、1954年) '09/05/29
エーリッヒ・フロム 『自由からの逃亡』(日高六郎訳、東京創元社、1965年、1951年) '09/05/25
イツハク・カツェネルソン 『滅ぼされたユダヤの民の歌』(飛鳥井雅友/細見和之訳、みすず書房、1999年) '09/09/25
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第5巻 ナチス・ドイツの滅亡』(松浦伶訳、東京創元社、2009年、1960年) '09/06/12
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/12/07
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第3巻 第二次世界大戦』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '09/10/12
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第2巻 戦争への道』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/07/19
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/07/06
V.E.フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』(霜山徳爾訳、みすず書房、2002年、1961年) '09/05/31
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版』(池田香代子訳、みすず書房、2002年) '09/05/27
ウワディスワフ・シュピルマン『戦場のピアニスト』(佐藤泰一訳、春秋社、2003年) '09/06/17
ベルンハルト・シュリンク 『帰郷者』(松永美穂訳、新潮クレスト・ブックス、2008年) '09/01/21
ベルンハルト・シュリンク 『朗読者』(松永美穂訳、新潮文庫、2003年) '08/03/29
ベルンハルト・シュリンク 『過去の責任と現在の法 ドイツの場合』(岩淵達治/中村昌子/藤倉孚子/岩井智子訳、岩波書店、2005年) '08/04/10
ジークムント・フロイト 『人はなぜ戦争をするのか/エロスとタナトス』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '09/06/11、'08/08/24
ジークムント・フロイト 『幻想の未来/文化への不満』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '09/06/04、'08/08/30
ルース・ベネディクト 『菊と刀 日本の文化に見られる行動パターン』(角田安正訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '09/02/11
池内紀 『カフカの生涯』(新書館、2007年) '09/06/14
内田樹 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、2006年) '09/01/25





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本「帰郷者 DIE HEIMKEHR by Bernhard Schlink (新潮クレスト・ブックス)」ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 訳5

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帰郷者 (新潮クレスト・ブックス)
帰郷者 DIE HEIMKEHR by Bernhard Schlink (新潮クレスト・ブックス)

○著者: ベルンハルト・シュリンク松永美穂
○出版: 新潮社 (2008/11,単行本 355ページ)
○価格: 2,310円
○ISBN: 978-4105900724
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通勤時間はぼくの貴重な読書タイムで、本を読みたいがために比較すると空いている各駅停車を選んで乗ったりするんだけど、今朝乗り合わせた車両は(普段は周囲を見回すことなく独り本の世界に入り込むのに)、ふと周囲を見回すとほとんどみんなが本を読んでいた(ビックリ)。たしかに、朝の通勤時間帯の超満員の急行電車では本を読むどころではなく、なにをすることもなくひたすら意識をなくして目的地に運ばれるまで時間が経過するのをただただ耐えるのみだけど、各駅停車は電車2〜3本分の余裕(これを捻出するのは多少の困難を伴う)を持つことによって得られる、ゆとり♪。
新潮クレスト・ブックスは装丁が特徴的で、カチッとしすぎないやわらかい印象があって(ぼくは好きだなぁ)一目でわかる。ぼくの隣で読書に耽る男性が読んでいたのは、チラリと見えた表紙が、タイトル部分だけシンプルなオレンジ色に囲われていたから、あれはきっとジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所 (2008/8)』♪、物語があまり得意ではない(ミステリやサスペンスがまるでダメ)ぼくも、この新潮クレスト・ブックス光文社古典新訳文庫のシリーズは、ときどき読むようにしている(読みたくなる、というほど積極的ではないものの、読んでおこうかなぁ、と)。手の込んだ物語性よりも、物語の形を採用して織り込まれる大切なことであり、メッセージを拾い集める作業(?!)に勤しむ。

・・・どうやって悲しみを消化すればいいのだろう? じっくりと考えることによって? 何について? どれくらいのあいだ家にこもってレコードを聴いたり本を読んだりすればいいのだろう? どれくらい頻繁に友人と、自分の心の痛みや悲しみについて話せばいいんだ? 彼らは困惑しながら耳を傾け、ぼくを傷つけることなくまたすぐにいつもの友だち付き合いに戻れたらいいのに、と願う。愛の喪失を悲しむ作業が、すぐそばにいる人の腕のなかに飛び込むということではないのはわかる。どっちみちぼくはそんな気分ではない。
しかしぼくは、結婚や恋愛が破綻した後ですぐに次の関係をもっと若い女と築き上げてしまう友人や同僚たちが、未消化の過去から立ち直り、それを克服したのだとは考えない。あるいは愛の喪失後に引きこもっていた人間が、その後、より強い人間となって人生を歩み始めるとも思わない。ときには、抑圧と消化が、世代が変わるごとに勧められたり戒められたりしてきた、赤ん坊のうつぶせ寝と仰向け寝のように思えてしまう。・・・  (P.124)

あと数日で、ぼくがひとり暮らしを始めてから丸二年が経過する。ずいぶんとひとりの生活にも慣れて、ひとりの気楽さを心地好く感じていることは確かだけれども、、、寂しくないと言ったら嘘になる。もともと心配性だから不安は少なくない。混乱から脱した、とはとても言える状態にない。それでも、いずれ時間の経過とともに、あのときは、、、などと振り返って語れるときが来るのかもしれないけれど、記憶は徐々に薄れて環境に適応するのであろうが、今は安易に流されたくない気持が強いかな!?


≪著者: ≫ ベルンハルト・シュリンク Bernhard Schlink 1944年ドイツ生まれ。ハイデルベルク大学、ベルリン自由大学で法律を学び、1982年以降、ボン大学などで教鞭をとる。現在フンボルト大学法学部教授。1987年、ヴァルター・ポップとの共著『ゼルプの裁き』で作家デビュー。1992年発表の『ゼルプの欺瞞』でドイツ・ミステリー大賞を受賞。1995年、『朗読者』刊行。2000年には短篇集『逃げてゆく愛』を発表している。『朗読者』は映画化され、2009年に公開予定。
朗読者 Der Vorleser (松永美穂 訳、新潮クレスト・ブックス 2000/4、新潮文庫 2003/5)』
過去の責任と現在の法 ドイツの場合 (岩波書店 2005/2)』

[訳者] 松永美穂 愛知県生れ。東京大学、ハンブルク大学などでドイツ文学を学び、現在は早稲田大学教授。訳書にベルンハルト・シュリンク『朗読者』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、ジークフリート・レンツ『遺失物管理所』、マーレーネ・シュトレールヴィッツ『ワイキキ・ビーチ。』などがある。


ろうばい




本「記憶に残っていること (新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション)」堀江敏幸 編5

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記憶に残っていること (新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション)
記憶に残っていること (新潮クレスト・ブックス 短篇小説ベスト・コレクション)

○編者: 堀江敏幸
○出版: 新潮社 (2008/8,単行本 254ページ)
○価格: 1,995円
○ISBN: 978-4105900700
おすすめ度: 5.0
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新潮クレスト・ブックス創刊10周年特別企画】アンソロジー
The Best Short Stories from Shincho Crest Books
 edited by Horie Toshiyuki

≪目次: ≫
マッサージ療法士ロマン・バーマン/デイヴィッド・ベズモーズギス
 Roman Berman, Massage Therapist/David Bezmozgis (1973- )
 (『ナターシャ』より、小竹由美子 訳)
もつれた糸/アンソニー・ドーア
 A Tangle by the Rapid River/Anthony Doerr (1973- )
 (『シェル・コレクター』より、岩本正恵 訳)
エルクの言葉/エリザベス・ギルバート
 Elk Talk/Elizabeth Gilbert (1969- )
 (『巡礼者』より、岩本正恵 訳)
献身的な愛/アダム・ヘイズリット
 Devotion/Adam Haslett (1970- )
 (『あなたはひとりぼっちじゃない』より、古屋美登里 訳)
ピルザダさんが食事に来たころジュンパ・ラヒリ
 When Mr. Pirzada came to Dine/Jhumpa Lahiri (1967- )
 (『停電の夜に』より、小川高義 訳)
あまりもの/イーユン・リー
 Extra/Yiyun Li (1972- )
 (『千年の祈り』より、篠森ゆりこ 訳)
/アリステア・マクラウド
 Island/Alistair MacLeod (1936- )
 (『冬の犬』より、中野恵津子 訳)
記憶に残っていること/アリス・マンロー
 What is Remembered/Alice Munro (1931- )
 (『イラクサ』より、小竹由美子 訳)
息子ベルンハルト・シュリンク
 Der Sohn/Bernhard Schlink (1944- )
 (『逃げていく愛』より、松永美穂 訳)
死者とともにウィリアム・トレヴァー
 Sitting with the Dead/William Trevor (1928- )
 (『密会』より、中野恵津子 訳)

人はなにかを失わずになにかを得ることはできない堀江敏幸(二〇〇八年七月)


≪編者: ≫ 堀江敏幸 1964年、岐阜県生まれ。早稲田大学教授。1999年『おぱらばん』で三島由紀夫賞を、2001年「熊の敷石」で芥川賞を、2003年「スタンス・ドット」で川端康成文学賞を、2004年、同作収録の『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞を、2006年『河岸忘日抄』で読売文学賞を受賞。著書に『郊外へ』『いつか王子駅で』『めぐらし屋』『バン・マリーへの手紙』『アイロンと朝の詩人―回送電車III―』など。訳書にジャック・レダ『パリの廃墟』、パトリック・モディアノ『八月の日曜日』、フィリップ・ソレルス『神秘のモーツァルト』ほか。


玉ボケ♪




本「ソーネチカ  Сонечка 1992 Людмила Улицкая (新潮クレスト・ブックス)」リュドミラ・ウリツカヤ、沼野恭子 訳5

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ソーネチカ  Сонечка 1992 Людмила Улицкая (新潮クレスト・ブックス)
ソーネチカ  Сонечка 1992 Людмила Улицкая (新潮クレスト・ブックス)

○著者: リュドミラ・ウリツカヤ沼野恭子
○出版: 新潮社 (2002/12,単行本 142ページ)
○価格: 1,680円
○ISBN: 978-4105900335
おすすめ度: 4.5
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ソーネチカは自分の家へ、自分の愛する幸せな家へ向かったが、その家は、なぜだか解体して丸太んぼうにしてしまわなければいけないという。涙が皺だらけの長い頬を伝ったが、たちまち乾いて、かさかさの唇で彼女はつぶやいた。
「とっくの昔に起こってもおかしくなかった、とっくの昔に……。ずっとわかっていたんだもの、こんなこと、ありえないって……こんなこと、あるはずなかったんだ……」
そして家に帰るまでののこの一〇分のあいだに、ソーネチカは、十七年続いた幸福な結婚生活がこれで幕をとじたということをはっきり理解し、もう今となっては自分には何もないということを悟った。ロベルト・ヴィクトロヴィチも自分のものではないし(でも彼がいったいいつ、だれのものだったというのか)、ターニャも自分のものではなく(何から何までまったく異質で、父親似なのだか、祖父似なのだか、ともかくソーネチカのようなおとなしいタイプではない)、家だってそうで、老人が年々、自分の体を自分のものでないように感じていくみたいに、ソーネチカは夜な夜な家の溜め息やうめき声を感じとっていた……。「あの人のそばに、若くて、きれいで、やさしくて、上品なあの子がいてくれたら、こんなにいいことはない。優れているところも非凡なところも、あの人と釣り合っているもの。人生ってなんてうまくできているんだろう、老年にさしかかったあの人にこんな奇跡がおとずれて、あの人のなかの一番大事なもの、絵の仕事にもう一度立ち戻らせてくらたなんて」と、ソーネチカは考えた。
すっかり空っぽになり、軽くなったソーネチカは、澄んだ耳鳴りを聞きながら自分の部屋にはいり、本棚に近づいて、あてずっぽうに本を抜き、真ん中あたりを開いて横になった。それは、プーシキンの短編「百姓娘になりすました令嬢」だった。耳たぶにまで白粉をぬって、家庭教師の老嬢ジャクソンよりも濃く眉墨をひいた令嬢リーザが、ちょうど食卓にやってきた場面で、アレクセイ・ベレストフは、遊び人で物思わしげな青年の役どころを演じている。「百姓娘になりすました令嬢」を何ページか読み、プーシキンの研ぎすまされた言葉やこの上なく気品あふれる表現を味わっているうちに、ソーネチカは静かな幸福感に満たされてきた。 (P.106-P.107)



≪著者: ≫ リュドミラ・ウリツカヤ Людмила Улицкая 1943年生まれ。モスクワ大学(遺伝学専攻)卒業。『ソーネチカ』で一躍脚光を浴び、1996年、フランスのメディシス賞及びイタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞を受賞。2001年『クコツキーの事例』でロシア・ブッカー賞を受賞。ロシアでは、ポストモダンの小説がもてはやされる一方で、ウリツカヤのような伝統的ともいえる力強いリアリズム小説の評判は高く、多くの読者を獲得している。フランス、ドイツでも作品が出版される、今ロシアで最も活躍する人気作家の一人である。

バーデン・バーデンの夏 (新潮クレスト・ブックス、レオニード・ツィプキン 著、沼野恭子 訳、2008/5)』
初恋 (光文社古典新訳文庫、トゥルゲーネフ 著、沼野恭子 訳、2006/9)』

Mt.Fuji




本「見知らぬ場所  UNACCUSTOMED EARTH by Jhumpa Lahiri (新潮クレスト・ブックス)」ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳5

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見知らぬ場所 (Shinchosha CREST BOOKS)

見知らぬ場所  UNACCUSTOMED EARTH by Jhumpa Lahiri (新潮クレスト・ブックス)

○著者: ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳
○出版: 新潮社 (2008/8,単行本 415ページ)
○価格: 2,415円
○ISBN: 978-4105900687


・・・父は言った。「毎晩、からっぽの家に帰ってくるのが、いやになった」
どっちもどっちかもしれないが、父が恋愛から再婚したというのと、そばにいる人がほしいだけで知らない女とくっついたというのと、どっちがひどい話だろう。  (P.315、「年の暮れ」)

そりゃぁぼくだって、毎晩からっぽの部屋に帰ってくるのは、たのしいことではないさぁ。そろそろ独り暮らしを始めてから二年が経過しようとしている最近では、簡単な自炊を覚えて、外食の機会が減った。もともと外食を苦手としていて、今回の独り暮らしをするまで、考えてみたら独りで飲食店に入るという習慣を持ち合わせていなかった、自立障害。協調性を欠き、独りを好むように見せかけて、そのくせ独りでは何もできない、依存症。
「また一緒に暮らすことなど、考えたこともない」
と明確に何度も否定されて、それでも未練がましいのは、男のぼく。ぼくに、もっと経済力があったら、きっぱり気持ちを切り替えて、、、なんて可能性を考えないわけでもないけれど、考えれば考えるほどに、ぼくは共同生活に適格性を欠き、むしろ11年もの間、婚姻関係と共同生活を継続できたことが不思議なくらいだ。もっとも、娘という保護(?!、養育)すべき存在がなければ継続しえなかったことであろうから、小学生高学年という時期を考えると少し早い気がしないでもないけれど、いずれ独立するのだから、タイミングの問題でしかない、とも考える。子どもの養育(生殖)という共同作業を目的とする家族?!、愛ってなに?、家族ってなんだろう?


≪目次: ≫
第一部
見知らぬ場所  Unaccustomed Earth
地獄/天国  Hell-Heaven
今夜の泊まり  A Choice of Accommodations
よいところだけ  Only Goodness
関係ないこと  Nobody's Business

第二部 ヘーマとカウシク 
一生に一度  Once in a Lifetime
年の暮れ  Year's End
陸地へ  Going Ashore

訳者あとがき


≪著者: ≫ ジュンパ・ラヒリ Jhumpa Lahiri 1967年、ロンドン生まれ。両親ともカルカッタ出身のベンガル人。幼少時に渡米し、ロードアイランド州で育つ。大学・大学院を経て、1999年「病気の通訳」でO・ヘンリー賞受賞。同作収録のデビュー短篇集『停電の夜に』でPEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞、さらに新人としてはきわめて異例のピュリツァー賞ほかを独占。2004年、初の長篇小説『その名にちなんで』刊行。ミーラー・ナーイル監督による映画化も話題に。『見知らぬ場所』は『停電の夜に』以来9年ぶり、待望の第二短篇集。第四回フランク・オコナー国際短篇賞を満場一致で受賞する。現在、夫と二人の子どもとともにNY在住。


Dianthus superbus var. longicalycinus




本「バーデン・バーデンの夏 (新潮クレスト・ブックス) SUMMER IN BADEN-BADEN」レオニード・ツィプキン、沼野恭子 訳5

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バーデン・バーデンの夏 (新潮クレスト・ブックス) SUMMER IN BADEN-BADEN

○著者: レオニード・ツィプキン、沼野恭子
○出版: 新潮社 (2008/05,単行本 255ページ)
○価格: 1,995円
≫Amazon



私はドストエフスキーの妻アンナの日記を携え旅に出た――ロシアの幻の傑作!
と評される、ソ連時代の末期、1977年に書き始められ、1980年に完成した物語。著者“レオニード・ツィプキン”がユダヤ系ロシア人であり、病理学者を本業としていたことも、この物語の背景の理解には欠かせない(ぼくの理解がそこまで及んでいるとは思えないのだが)。けっして明るく愉しい物語ではないけれど、だからこそ好い♪

なにも、“ドストエフスキー (Ф.М.Достоевский,1821-1881)”『カラマーゾフの兄弟 Братья Карамазовы 1879-1880』を読書中の、中途(折り返し?!)の第3部の次に読まなくても、、、正直、『カラマーゾフの兄弟』の読書中にあっても、亀山郁夫 (1949- )のこれまでに読んだ他の著作に説かれた、『カラマーゾフの兄弟』の物語の内容であったり、“ドストエフスキー”その人のエピソードであったり、常に混乱は避けられない。もともと登場人物の名前を覚えることを不得手とするのに、同じ人物にいくつもの呼称が与えられるロシア語は、それを忌避して読まないのはもったいないくらいに不思議な魅力に溢れる。
と、内容の理解が伴わない理由を言い訳をして開き直るのは、1940年に米国で刊行されたロングセラー著書『本を読む本 HOW TO READ A BOOK (講談社学術文庫,1997/10)』の影響が小さくない。読書の方法(How to)を説くものの、「簡単に説き明かす!」といった類いのものではないので、なにが正しいのか、どんな読書方法がベストなのか、その探究は当然に自らに課せられる。それでも、少し肩の力を抜いて本に挑めるなどの数々の効用は、簡単に答え(のようなもの)を与えられることとは比較にならないくらいに、自らの血肉となる可能性を併せ持つ(と信じる)。


≪目次: ≫
バーデン・バーデンの夏
ドストエフスキーを愛するということ/スーザン・ソンタグ (Susan Sontag,1933-2004)
訳者あとがき/沼野恭子 (1957- )

≪著者: ≫ レオニード・ツィプキン Leonid Tsypkin  1926年、ロシアのミンスクに生れる。ロシア系ユダヤ人で、優秀な病理学者。若い頃から散文や詩を書き始める。ソ連末期の停滞時代に書かれた「バーデン・バーデンの夏」は、国内では日の目を見ることができまかった。1982年、冒頭部分がニューヨークのロシア語週刊誌に掲載されたが、その誌面を見ることなく、数日後、56歳で心臓発作で亡くなる。その後英訳され出版されたが注目されなかったこの作品を、批評家スーザン・ソンタグがロンドンの書店の古本の中から発掘し、「最も美しく感動的でユニークな『世紀の文学』」と絶賛、2001年にソンタグの序文つきで新版が刊行され、英語圏にセンセーションを巻き起こした。



Spiraea cantoniensis.
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本「サフラン・キッチン The Saffron Kitchen (新潮クレスト・ブックス)」ヤスミン・クラウザー、小竹由美子 訳5


サフラン・キッチン The Saffron Kitchen (新潮クレスト・ブックス)
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書評/海外純文学



新潮社より、“本が好き!PJ”経由の献本を受けた、シルフレイさんから、“本が好き!PJ”経由の回し読み、御礼!

久しぶりの泣ける小説は、読んでた場所が騒々しいファミレスじゃなく自室だったら号泣していた!?、ちょっと周りを気にしながらも、軽く鼻を啜り、目を細め、口を歪める程度にして耐えた。「感動(感涙)=秀逸」と簡単に言い切ることはできないけれども、正直なところ、終盤にいたるまで、まったく物語を理解できなくて、ちっとも愉しくない、どちらかといえば苦痛だった(中途に2、3冊挿み読む)のが、まるでウソのように最後の最後に突き抜ける、これぞ“読書の醍醐味”!?、イラン系英国人女性作家“ヤスミン・クラウザー (Yasmin Crowther)”による、なるほど(自らの言葉では言いえない…)『深い余韻を残す』長篇♪
「ここへ来ないままで人生を送ることはできなかったんじゃないかな」 (P.303-P.304)
「いちばん大事なのは、あなたたち二人とも今こうしてここにいてくれることなの」マリアムは低い声で言った。「あの忌まわしい日がなかったら、わたしたちの誰もここにいないかもしれない」 (P.316)
そんなのフィクション(虚構の物語)だから当たり前のことだ、と言ってしまえばそれまでだけど、それを無くして物語として成立しえないことにも理解を示しつつ、どうしたっても感情移入せずにはいられない。
マリアムの祖国イランにあって、英国にひとり残された英国人の夫エドワード、母マリアムに対して烈しい憤りをもはや隠そうとしない娘サラ。そして、アリ。40年もの歳月を経て、40年間という長い歳月を経たからこそ、封印を解くことができた心の傷、決して誰にも言えるものでもない。茫然自失、怒りと怯え、心も体も魂までもを壊されて、生きてはいながらも死んだような状態のままに生きた40年間、、、
イラン・イスラーム共和国、1979年イラン・イスラム革命の動乱。



≪著者: ≫ ヤスミン・クラウザー (Yasmin Crowther)
イラン人の母とイギリス人の父のもと英国に生まれる。オックスフォード大学、ケント大学に学び、シンクタンク、サステイナビリティー社に勤務。企業コンサルタントのかたわら、35歳で『サフラン・キッチン』を執筆。2005年、ロンドン・ブックフェアにおいて、各国の出版社の注目を集め、ドイツ、イタリア、オランダなどでの出版が早々に決まり話題となる。


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本「密会 (新潮クレスト・ブックス) A BIT ON THE SIDE by William Trevor」ウィリアム・トレヴァー、中野 恵津子 訳5

本「密会 新潮クレスト・ブックス」

密会 (新潮クレスト・ブックス)
A BIT ON THE SIDE by William Trevor

ウィリアム・トレヴァー 著、中野恵津子 訳
新潮社 (2008/03,単行本 278ページ)
● 1,995円



英語圏最高の短篇作家と称される“ウィリアム・トレヴァー (1928- )”、2004年に出版した短篇集「A Bit on the Side」の全訳、新潮クレスト・ブックスシリーズ。
アイルランドイギリスを舞台に描かれる全12篇。


誰にだって、少なからぬ秘密がある。決して口外することなく、自らの内に抱え続ける秘密。言うに及ばないような小さなことから、絶対に誰にも言えない秘密まで、特に意識しないままに口外しないことまでを含めると、抱えている秘密は少なくない。

“幸せ”について考えるに、『不幸ではないこと』と定義してみる。
「不幸」の定義は、「幸せではないこと」でもあり、堂々巡りのループに入り込んでしまうのだが、「幸せ」も「不幸」も、自らの心の在り方で、どちらかと言えば、「幸せ」に比較して、「不幸」な感情を抱きやすい(特にぼくはその傾向が強い)。
いつか「きっと幸せが訪れるはずだ」と夢見て待ち望む。いつかきっとくる「幸せ」が訪れるまでは、「幸せ」であるとは認められない。今が「幸せ」だと認めてしまったら、夢のような「幸せ」が訪れることがなくなってしまう!?、いずれ訪れる(はずの)「幸せ」のために、今は「不幸」でなければならない?!
一方、いつ訪れるともわからない「幸せ」は、果たしてほんとうに訪れるのであろうか?!、「きっと訪れるはずだ!」と信じたい!?、信じる者は救われる?!、ん??!


・・・ブーヴェリー先生はためらい、ローズは泣いた。いったいどうしたのかと周囲が騒いでいるあいだに、ブーヴェリー先生はぎこちなく立ちあがった。ローズは、先生の無言の苦痛を思い、何も知らない母がどうしてもと言い張ったために気の滅入る招待を受けざるをえなかった心中を思いやって、泣いた。この夕食会がほかの二人にとって、罪深い行為ゆえに最後には顔を壁のほうに向けるしかなかった女にとって、また妻への義務に縛られる男にとって、最後の絶好の機会を与えたことを思って、ローズは泣いた。生徒も愛人ももう二度と来ない家に残された〈妥協的生き方(モーダス・ヴィエンディ)〉を思い、それを垣間見た自分が秘密を外に漏らしてしまったことを思って、泣いた。ローズは、友だち――マンネリになったら不倫する友だち、ひどい目に遭いやすい友だち、気前がよすぎる友だち、ロマンチックな友だち、疑問をはさみたがる友だち――を思って泣いた。ローズは、母親の人のいい笑い声と、父親の陽気さと、自分にふさわしい場所に落ち着きつつあるジェイソンの、堅そうで脆い表面を思って泣いた。彼女の前途にある若い人生と、これからまた垣間見ることや、また裏切りに出合うことに備えて、ローズは泣いた。 (P.186-P.187)


≪目次: ≫
 死者とともに  〜Sitting with the Dead
 伝統  〜Traditions
 ジャスティーナの神父  〜Justina's Priest
 夜の外出  〜An Evening Out
 グレイリスの遺産  〜Graillis's Legacy
 孤独  〜Solitude
 聖像  〜Scared Statues
 ローズは泣いた  〜Rose Wept
 大金の夢  〜Big Bucks
 路上で  〜On the Streets
 ダンス教師の音楽  〜The Dancing-Master's Music
 密会  〜A Bit on the Side


≪著者: ≫
ウィリアム・トレヴァー (William Trevor)
1928年、アイルランドコーク州生まれ。少数派である、プロテスタントのイングランド系アイルランド人(アングロアイリッシュ)に属する。トリニティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、教師、彫刻家、コピーライターなどを経て、1960年代より本格的な作家活動に入る。1965年、第二作「同窓」がホーソンデン賞を受賞、以後すぐれた長篇、短篇を次々に発表し、数多くの賞を受賞している(ホイットブレッド賞は3回)。短篇の評価はきわめて高く、初期からの短篇集7冊を合せた短篇全集(1992年)はベストセラー。現役の最高の短篇作家と称される。邦訳短篇選集に『聖母の贈り物』がある。英国デヴォン州在住。


White
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本「朗読者 Der Vorleser (新潮文庫)」ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 訳5


朗読者 Der Vorleser (新潮文庫)
著者: ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 訳
文庫: 258ページ
出版社: 新潮社 (2003/05)




なるほど、ドイツで1995年に刊行された後の5年間で20以上の言語に翻訳され、アメリカでは200万部を超えるミリオンセラーになった、世界的大ベストセラー。日本では、新潮クレスト・ブックスシリーズの1冊として2000年4月に、文庫版が2003年5月に。
ドイツを舞台として描く物語においては欠くことができない、ナチズム強制収容所ユダヤ人、そして日本と同じく第二世界大戦での敗戦。
多くの歴史的な哲学者や思想家たちを生み出した地“ドイツ”。
著者“ベルンハルト・シュリンク (Bernhard Schlink)”は終戦の前年の1944年、ドイツ西部ビーレフェルト近郊に生まれる。現在、ベルリン・フンボルト大学法学部教授、憲法裁判所判事でもあった。
終戦(1945年)の前年の生まれ。

描かれる裁判シーン、法廷で裁かれるべく、何らかの犯罪行為を行った人間がいて、法律により裁きを下す裁判官も人間であり、犯罪行為によって被害を被った側の人間、傍聴する人間の存在も在る。
物語のドラマティックな展開に、簡単に感動することを否定したい。
多くの人が手にするべく、随所に盛り込まれ、アッと驚かされ、思わず涙を誘う物語の展開は、決して最後まで読む者を飽きさせない。じわじわと明かされる何重もの巧みな仕掛けは、まるでミステリー小説。事実、著者は3冊のミステリー小説を執筆していて、そのうちの1作はテレビドラマ化されているという。

なぜだろう? どうして、かつてはすばらしかったできごとが、そこに醜い真実が隠されていたというだけで、回想の中もずたずたにされてしまうのだろう? パートナーにずっと愛人がいたのだとわかったとたん、幸せな結婚生活の思い出が苦いものになってしまうのはなぜだろう? そんな状況のもとで幸せでいるというのは、あり得ないことだからか? でもたしかに幸せだったのだ! 苦しい結末を迎えてしまうと、思い出もその幸福を忠実には伝えないのか? 幸せというのは、それが永久に続く場合にのみ本物だというのか? 辛い結果に終わった人間関係はすべて辛い体験に分類されてしまうのか? たとえその辛さを当初意識せず、何も気づいていなかったとしても? でも、意識せず、認識もできない痛みというのはいったい何なんだろう? (P.45-P.46)

「わたしはずっと、どのみち誰にも理解してもらえないし、わたしが何者で、どうしてこうなってしまったかということも、誰も知らないんだという気がしていたの。誰にも理解されないなら、誰に弁明を求められることもないのよ。裁判所だって、わたしに弁明を求める権利はない。ただ、死者にはそれができるのよ。死者は理解してくれる。その場に居合わす必要はないけれど、もしそこにいたのだったら、とりわけよく理解してくれる。刑務所では死者たちがたくさんわたしのところにいたのよ。わたしが望もうと望むまいと、毎晩のようにやってきたわ。裁判の前には、彼らが来ようとしても追い払うことができたのに」
ぼくが何か言うかと彼女は待っていたが、ぼくには何も思いつかなかった。ぼくは最初、ぼくは何も追い払えないんだと言おうとした。しかし、それは正しくない。誰かを隙間に追いやることで、追い払っていることもあるのだ。
 (P.223-P.224)


静寂
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本「停電の夜に (新潮文庫)」ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳5


停電の夜に (新潮文庫)
 Interpreter of Maladies
著者: ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳
文庫: 327ページ
出版社: 新潮社 (2003/02)




ジュンパ・ラヒリ (Jhumpa Lahiri)のデビュー作、全9篇の短篇集。1999年に、『Interpretor of Maladies (病気の通訳)』のタイトルで刊行。本作で、オー・ヘンリー賞・ヘミングウェイ賞・ニューヨーカー新人賞・ピューリッツァー賞 フィクション部門を受賞。
日本では、2000年8月に“新潮クレスト・ブックス”シリーズで刊行。日本語のタイトルとしては、確かに「病気の通訳」より「停電の夜に」の方が、想像力と興味を駆り立てられ、本作に相応しいとも!?、ところで、理解力に不安があるぼくは迷わず文庫版を選択して、あとがき(解説)の充実を期待するも、文庫化にあたっての訳者あとがきへの追記は、たったの2行、確かにそれ以上の解説を必要としない。

そして、デビュー第2作で2003年刊行の『The Namesake (その名にちなんで)』は、2006年11月にイギリスとアメリカで映画化された。こちらも、日本では2004年7月にふたたび“新潮クレスト・ブックス”シリーズで刊行。
ぼくは、日本での映画公開をきっかけに、と言っても実は映画を見そびれてしまって、ちょうどそんなタイミングで文庫本が刊行されていることを知って、それが“新潮クレスト・ブックス”シリーズだったことで、さらに興味が倍加して、だから先行して読んだのが「その名にちなんで The Namesake (新潮文庫,2007.10)」で、それを足がかりに、憧れ(?!)のロシア文学「外套・鼻 (ゴーゴリ,岩波文庫,2006.2)」を経て、やっぱりデビュー作を読んでおきたい!、でしょう♪


ところが、どうにも頭に這入らない。何とか文字を追うことはできても、余計なことばかりが頭を占めて、物語に這入り込めない。仕方がないよね、第一篇で日本語版の表題作にもなっている、「停電の夜に A Temporary Matter」にいきなりのノックアウト。あまりにも痛烈なパンチに朦朧としたままに、それはそれとしてとりあえず読了。
というわけで、果たしてこれを読了としていいものなのかどうなのか、ぼくにもわからない。

知ってしまったことに泣けた。  (「停電の夜に」P.39)


≪目次: ≫
 停電の夜に  A Temporary Matter
 ピルザダさんが食事に来たころ
         When Mr.Pirzada Came to Dine
 病気の通訳  Interpreter of Maladies
 本物の門番  A Real Durwan
 セクシー  Sexy
 セン夫人の家  Mrs.Sen's
 神の恵みの家  This Blessed House
 ビビ・ハルダーの治療  The Treatment of Bibi Haldar
 三度目で最後の大陸  The Third And Final Continent


しっとりピンク♪
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本「ペット・サウンズ PET SOUNDS (新潮クレスト・ブックス)」ジム・フジーリ、村上春樹 訳5


ペット・サウンズ PET SOUNDS (新潮クレスト・ブックス)
ジム・フジーリ、村上春樹 訳
単行本: 187ページ
出版社: 新潮社 (2008/2/29)




そう、“ペット・サウンズ(Pet Sounds)”は、1966年5月16日、アメリカのポップグループ“ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)”がリリースしたアルバム、「ロックの歴史を変える名盤」と謳われる、ブライアン・ウィルソン(Brian Douglas Wilson,1942.6.20- )の傑作。
その時13歳だった著者“ジム・フジーリ(Jim Fusilli)”が描く物語。

・・・我々が立ち会うのは、ナレーターであるブライアンが女の子に向かって初めて心を打ち明ける場面だ。でも思ったように心の内を言葉にすることができない。抽象的ではあるが、高度にパーソナルな宣言、それが彼にできることのすべてだ。愛が自分の人生に何をもたらしてくれることを望んでいるのか、自分でも今ひとつ確信が持てないみたいだ。そしてどうしようもなく混乱をきたしている。深く、すべてを包み込むような愛を、その心は何よりも希求している。彼女が相手だからそうなのか、あるいは相手とはかかわりなく、彼が本来そういうものを強く求め続けているのか。そしてそのようなタイプの愛は現実に実在するのだろうか。あるいはそれは幻想が生み出し、意志が作り上げたものに過ぎないのか。 (P.73-P.74)

あぁ、ペット・サウンズも、ビーチ・ボーイズも、ブライアン・ウィルソンも、ロックも、ぼくにはまったく無縁の世界、まずは知らないし、そして残念ながら興味を持ち得ない。ただ“村上春樹”が読みたかった。

波乱万丈と簡単には語ってしまいたくない、ブライアン・ウィルソンの生き様。心を病み、引き籠もり、ドラッグや酒に溺れ、体重が160キロ近くにまで。
何とか(?!、どうにかこうにか、やっとのことで)、1988年からソロ活動を再開(復活を果たす!?、20年超?!)するも、、、


≪目次: ≫
 プロローグ 「僕にはちゃんとわかっているんだ。
            自分が間違った場所にいるってことが」
  “I know perfectly well I'm not where I should be...”
 第1章 「ときにはとても悲しくなる」
  “Sometimes I feel very sad...”
 第2章 「僕らが二人で口にできる言葉がいくつかある」
  “There are words we both could say...”
 第3章 「キスがどれも終わることがなければいいのに」
  “I wish that every kiss was never-ending...”
 第4章 「ひとりでそれができることを、
            僕は証明しなくちゃならなかった」
  “I had to prove that I could make it alone now...”
 第5章 「しばらくどこかに消えたいね」
  “Let's go away for awhile..”
 第6章 「自分にぴったりの場所を僕は探している」
  “I keep looking for a place to fit in...”
 第7章 「でもときどき僕はしくじってしまうんだ」
  “But sometimes I fail myself...”
 第8章 「答えがあることはわかっているんだ」
  “I know there's an answer...”
 第9章 「この世界が僕に示せるものなど何ひとつない」
  “The world could show nothing to me...”
 第10章 「美しいものが死んでいくのを見るのはとてもつらい」
  “It's so sad to watch a sweet thing die...”
 エピローグ 「もし僕らが真剣に考え、望み、祈るなら、
            それは実現するかもしれないよ」
  “Maybe if we think and wish and hope and pray
   it might come true...”
 訳者あとがき 神さまだけが知っていること


ツブツブの実!?
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本「その名にちなんで The Namesake (新潮文庫)」ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳5


その名にちなんで The Namesake (新潮文庫)
著者: ジュンパ・ラヒリ、小川高義 訳
文庫: 468ページ
出版社: 新潮社 (2007/10)




映画「その名にちなんで」を映画館の上映予告で目にして気になっていたけど「まぁ観るまでもないかなぁ」と思っていたのが昨年秋頃のことで、年が明けて今年の2月頃だったか「最近、映画観てないなぁ」と思って(2007年11月14日を最後に映画館に足を運んでいない)、ウェブで検索して「ん〜今観るとしたらこれかなぁ」などと考えているうちに劇場公開が終了してしまったので「縁がなかった」と勝手に判断していた後にチェックした新潮社HP「映画・テレビ・舞台化作品」コーナーにひょっこり見掛けて(もう降ろされました)、何と“新潮クレスト・ブック”シリーズが文庫化された秀作の映画化だった、と知るに及び「これは読まないわけにはいかないでしょう!」と、本格派物語小説を愉しむ♪

著者“ジュンパ・ラヒリ (Jhumpa Lahiri、本名 Nilanjana Sudeshna)”は、1967年ロンドン生まれ。両親はインド・カルカッタ生まれのベンガル人。幼少時に渡米し、アメリカ・ロードアイランド州で成長し、現在ニューヨーク在住。
オー・ヘンリー賞、ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞、ピューリッツァー賞 フィクション部門受賞。


ぶっちゃけ、ぼくはおよそ11年と7か月に亘る結婚生活が破綻して別居を始めてから1年と1か月が過ぎてなお、いまだ心の整理がつかない状態のままにいる。
別居に踏み切った時には、既に互いに別居生活以外の方法を考えられない状況まで追い詰められていて、双方の合意の上での判断。
“結婚”って何なんだろう?、って考える。
まぁ、ぼくは社会性に著しい問題を抱えていて、依存心ばかりが強いのに自立していなくって、元来結婚生活を含む共同生活に不向きであることを、やっと最近になって認識することができるようになりつつある。(それでもパートナーを欲していることを否定できない)
そんなぼくが不思議な一期一会の出逢いを経て結婚を決意し(無知が故に簡単に決意できた!?)、それに相手も同意をした上で、互いに契りを交わした。まさに一期一会という言葉が相応しく、それまで何の関係をも有しなかった赤の他人同士の男女が、恋愛という互いの気持ちの高揚を得て、互いに何らかの思うところがあって到った結婚。その過程において、何かひとつでも上手くいかないところがあれば、結婚まで到らないことも多いわけだろうから、奇跡と言ってもおかしくない。いくら恋愛に燃え上がっている男女が、若さ故に未成熟で盲目的であったとしたって、運命の悪戯、などと片付けてしまえるほどに、軽薄で無責任でいいのであろうか。かといって、何の感情をも有しなくなってしまった(それさえもが必然!?)者同士が、かつて交わした契りの責任面ばかりに縛られて、互いに不自由を強いることに、果たして何の意義があるのか?!、と問われれば、ますます回答に窮する。元々が他人同士なのであるから、更には状況や環境が刻々と変化し続けるものであるから、感情や考え方に変化が生じることを、単純に咎めることはできない。


こうなるしかなかったと読者には言っておこう。この男に別の名前をつけることは考えられなかったとも言いたい。
 ―ニコライ・ゴーゴリ外套」 (P.6)

 






本「海に帰る日」ジョン・バンヴィル、村松潔 訳5


海に帰る日 (Shinchosha CREST BOOKS)
著者: ジョン・バンヴィル
訳者: 村松潔
単行本: 255ページ
出版社: 新潮社 (2007/08)



新潮クレスト・ブックスシリーズ。
信頼に足る新潮社が、”海外のもっとも優れた豊かな作品を紹介するシリーズ”と謳う。
保守的論調を、つまらない、と感じるか、安心できる、と感じるか、好みの分かれるところではあろうが、揺るぎない特長を有することは、即ち大手の特権。歴史と実績に裏打ちされた風格。
理解、判断能力に不安を抱える者としては、大きな選定基準。

という訳で、全てを委ねて、安心して読書に勤しんだ、
2005年ブッカー賞受賞作品、ジョン・バンヴィル(1945年、アイルランド生まれ)の”海へ帰る日 − The Sea ”。

年老いた男の、幼少の頃からの記憶の物語。
最愛の妻を亡くし、自らの生命も先が長くないことを感じている。
母なる海。
子供の頃に感じた、今となっては恥ずかしいほどに生々しい記憶の数々。
そうそう、まだまだ幼く、愛も性も何も理解し得ない頃、ドキドキと胸打つ密やかな想い、年長の女性の、普段は衣服に隠された体のパーツ。だからどうということのない、何の意味も有しないような記憶。
それでも、現在の自らを形成する要素のひとつ。直接的な関連性を有していない事柄も、唐突に湧き起ったかのような出来事も、長い歳月を経て、なお鮮明な記憶としてよみがえるには、それなりの理由があろう。

正直なところ、読むの精一杯で、内容がどうの、表現がどうの、好いも悪いも、何もかにも、よく分からない。
それでも、この作品が世界の文学界で高い評価を受けた。








本「千年の祈り」イーユン・リー、篠森ゆりこ 訳5


千年の祈り (Shinchosha CREST BOOKS)
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書評/海外純文学



本が好き!PJ」からの献本。
”各賞独占、瞠目のデビュー短篇集!”、全十篇。

物語は、虚構の妄想の世界の出来事だけれども、ベースとなるリアルな現実が無ければ成立しない。自らの記憶を、熱い想いを籠めて、記録として後世に遺す意義を感じたからこそ紡がれる。

著者 イーユン・リー(Li,Yiyun)は、文化大革命の最中の1972年、中国北京に生まれた女性。核開発の研究者の父と、教師の母、かつて国民党軍の兵士だった祖父。高校生だった1989年、自宅近くの天安門広場を舞台にした天安門事件。そして、抑圧を受けながら手にした多くの海外文学作品。北京大学を卒業後に渡米。アイオア大学大学院にて免疫学修士号取得の後に、作家活動に目覚める。現在、大学助教授として、夫と息子二人とアメリカに暮らす。

共同体(コミュニティー)と独裁者、権力による抑圧。
その後には、崩壊の道を辿る共産主義
「教育こそ抑圧から逃げ出せる道だと悟り」、開放を求め、自らの手で掴み取った自由の象徴”アメリカ”での生活。
新たな言語”英語”が自由な表現をもたらした”自己検閲”からの解放。幼少の頃からの、深く体に刻み込まれた恐怖心。弾圧、虐殺。一度体験した強烈な記憶は、決して消え失せることなく、いつまでも深く片隅に居残る。

急激な変貌を遂げる中国。変わることは、その必要があって、必然に求められて、より良いと思われる方向への変化であろう。変わることによって得られる大きなモノ。自由、平和、豊かさ。
一方、大きく得られるものがあれば、大きく失われるものもあろう。その善悪を別として、かつて大きく存在していた事実。記憶を、記録として遺す意義。現在を構成する要素。現在を知るに欠かせない過程にあった、歴史的事実。

新たな言語、新たな文化、生活を得て、見識を広めた”イーユン・リー”にとって、記憶を呼び戻し、過去を振り返ることは、痛みを伴う、辛い作業。

自由を得て、平和と豊かさを享受し、尊重される個性。個性の重視によって、当然に薄まる家族関係、血の繋がり。行動集団の縮小化。希薄になる人間関係。

誰もが、自らの内に抱える傷。その大小に差異こそあれ、必ず何かを抱えている。人間は、過ちを犯す生き物である。経済力も、生まれ育ちも、何もかも無関係に、それぞれがそれぞれに。
生きることは、楽しいことばかりでは無い。

物語『息子 Son 』。
ゲイの”ハン”は、母国の中国に母を残し、アメリカでソフトウエアの開発者として独身生活を送る。アメリカ市民として帰化した三十三歳。自由の国に自由を求めて飛び立ち、送る日常生活は、自らの責任で、自らの目耳鼻肌で感じ取り、全て自らの責任の下に判断する、政治的・文化的・宗教的・民族的な抑圧は無い。
ハンが結婚しないのは、彼が愛せるのが同性の男性だけだから。気がついた時には、ゲイだった。広く世間一般には、好意的に認知されない。当然に両親に打ち明けていない。決して晴れることが無い心の内。自らを”救いようがない存在、手のほどこしようがない”と。
久し振りの帰国、変わらない母、息子への溢れる愛情。信仰が、共産主義から、キリスト教へと、表面的な変化があっても、信仰に全てを依存する生き方に、何ら変わりが無い。夫を亡くした痛手は、他の依存する存在(信仰)への依存度合いの高まりによって解消される。長く抑圧され続けた生活。自由の無い生活は、自ら判断する意志をも喪失している。
物乞いの子供。死。
変わらぬ愛を湛える母を前に、自らの痛みに苦悩を抱えて烈しく揺れ動く息子。
幸せの本質。


第1回フランク・オコナー国際短篇賞受賞
PEN/ヘミングウェイ賞受賞
ガーディアン新人賞・プッシュカート賞受賞
New York Times Book Reviewエディターズ・チョイス賞受賞
The Best American Short Stories2006収録
グランタ「もっとも有望な若手アメリカ作家」2007選出









本「ナンバー9ドリーム」デイヴィッド・ミッチェル、高吉一郎 訳5


ナンバー9ドリーム
著者: デイヴィッド・ミッチェル
訳者: 高吉 一郎
単行本: 558ページ
出版社: 新潮社 (2007/2/24)



「・・・夢っていうのは嘘つきだからな。真に受けたらだめなんだよ。」
そんなことを言われたって、ついつい真に受けちゃって、生真面目に真剣に突っ込んじゃう。んで、何が何だか訳が分からなくって、軽い混乱に陥る、軽い拒否反応。
イギリス人作家が描く、日本を舞台にした日本人の物語。

著者 デイヴィッド・ミッチェルは、世界的に権威のある文学賞”ブッカー賞”の候補作を連発する、イギリス文学界で最も注目される作家。1969年生まれ。日本での八年間の英語教師としての滞在経験。
なるほど、ジョン・レノン村上春樹へのオマージュ(敬意)に溢れる。

夢と現実が渾沌とした九つの物語。
19歳の少年”詠爾(エイジ)”を廻る、果てしない暴走を続ける妄想、夢想、旧い記憶。
そう、何処を目指すとも無く、島(屋久島)を離れ、”まだ見ぬ父を捜すため”、東京を彷徨い、やがて島に戻る、壮大な冒険物語なのである。冒険物語を形作るのは、様々な場面で出逢う人々との奇想天外、複雑怪奇な出来事。ある意味、現実社会の現状を色濃く描く。メッセージ。
ここまでも妄想に溢れた物語に乗せなければ、描くことができない程に、意味不明でイカレタ状態が蔓延る現実社会。それは、何時の時代も、人間の社会には普遍の原理原則。

親子の血であり、愛と憎しみ。

九つ目の物語は、そう、「あなたのために!」









「イラクサ -アリス・マンロー」読みました。5


イラクサ
著者: アリス・マンロー
訳者: 小竹由美子
単行本: 448ページ
出版社: 新潮社 (2006/3/29)




”マイクは言わなかった。僕のせいなんだ、乗り越えることなんてできないよ、とは。僕はぜったいに自分を許せないだろう。でも、できるだけ許そうとはしているんだ、とは。
あるいは、妻は僕を許してくれるけど、彼女も乗り越えることはできないんだ、とも。
わたしたちはみんなわかった。これで、彼が最悪を経験した男であることがわかった。最悪というのが具体的にどういうものなのか ―わたしは知らないし、知りそうになったこともないが― 知っている人間であると。彼と彼の妻はともにそれを知り、そのことが彼らを結び付けている。そういったことはどちらかでしかないのだ、引き裂くか、一生結びつけるか。彼らが最悪の状態で生きるだろうというのではない。そうではなく、そんな状態を知っているということを共有していくだろうということなのだ ―その冷たく空っぽで閉じられた核心を。
誰にでも起こりうることだ。
そのとおり。だが、そういうふうには思えない。この人、あの人と、そこここで一人ずつ特別に選ばれているように思えてしまう。
わたしは言った。「不公平よね」・・・”

 〜〜「イラクサ Nettles」より抜粋〜


「林檎の木の下で -アリス・マンロー」を、理解し得なかったにもかかわらず、何故か手にしてしまった、448ページの超大作。
やっぱり理解し得なかった。
それでも、単なる自慰的な満足感だけではなく、不思議な感覚に満たされる。
400ページを越えた辺りから、何だか妙に離れ難い感覚に襲われて、、、


スタンス”・・・、辞書には、姿勢・態度・構え、と。
先日読了した「象の背中 -秋元康」以降、何かスッキリしない気分に覆われていた。
その人物から浮かび上がる”イメージ”。良くも悪くも、ある人物に対して、瞬間的に、また事あるごとに、人物像がイメージ付けられる。第一印象であり、積み重ねられた過去の出来事であり。あくまでも、他人が、断片的な情報から勝手に想像する、イメージでしかないから、全くあてにはならないけれど、それでも、そう判断された、という事実は事実として存在する。意図的に植え付けられるイメージもあれば、予想外の展開によるイメージもあろう。
それでもやっぱり、他人が勝手に想像する”イメージ”ではあっても、それを全て否定することはできない。醸し出されるものがあり、そう判断されるだけの事実が存在したのだから。

などと考えながら、その後に何気なく手にした「からだのままに -南木佳士」。どうしてだろう、不思議な”縁”を感じてしまう。いいんです、力の抜け具合(?!)が心地好い。
でもね、よくよく考えてみると、決して力を抜いている訳ではなくって、むしろ、誰よりも生真面目に真剣に一生懸命に生きている。逆に、ある意味では、痛々しいほどに。
それでいて、派手さが無い。どちらかといえば、”地味"。決してカッコ好くはない。
好んで手にする、「橋本治」も、突き詰めて考えていくと、実は「村上春樹」も?!


そう、この「イラクサ」の読書中にも、読了後にも、穏やかな心持ちでいられる”幸福”。
決して、派手では無いけれど、それでもドキドキさせられて、なるほど、そういうことなのね!、と納得させられる、長い年月に培われた深い経験から紡ぎ出される物語。私小説的部分を多分に含んでいるだけに、思いっ切り感情移入させられて、時に込み上げてくるものもある。
70余年という、生きてきた年数だけに積み重ねられてきたものではない、真面目に真剣に一生懸命に生きてきたからこそ、描くことができた物語を、こうして手にできる幸福。








「林檎の木の下で -アリス・マンロー」読みました。5


林檎の木の下で
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書評/海外純文学



”わたしたちは魅せられるのだ。 これはたいてい老年期に起こる。 わたしたち個人の未来は閉じてしまい、しかも自分の子供たちのそのまた子供たちの未来など想像できない ―― ときには信じることができない。 こんなふうに過去を探らないではいられないのだ。 怪しげな証拠を選り分け、ばらばらの名前や疑わしい日付や逸話をひとつにつなげ、糸にしがみつき、死んだ人たちと結びついている、だから、生きることと結びついているのだ、と主張しないではいられないのだ。”
 〜本文「メッセンジャー」より抜粋〜


最初に正直に申し上げます。
理解し得ません。
ただただ難解な長編(429ページ)作品です。
何度も挫折しかけて、少しずつ読み進めながら、その間に実は10冊以上も読了しちゃってます。 現実逃避です。
読了は、殆ど自己満足の世界で、「やっとのことで、何とか読み終わりました!」というのが本音です。

それでも、先に翻訳されている短篇集『イラクサ』、機会があれば読みたい! そう思わせる不思議な魅力があります。
きっと、ノーベル文学賞候補!、という世評を目にしている部分が大きいと思いますが、、、 とどのつまり、文学の良し悪しを含めた、理解する能力が圧倒的に不足していて、自らでは判断できないから世評に委ねてしまう。 恥ずかしながら、そんな状況があります。
それでも、理解し得たい!、という強い願望に後押しされて、それには経験を積むしかなくって、近道は無いから、一歩一歩確実に上り詰めていくしかない訳で、できるだけ早い段階で理解し得たいから、結構頑張っちゃってます。 まぁ、今までが頑張らな過ぎだったから、仕方が無いことなんですけど。
そんな中でも、やっぱりノーベル文学賞っていうのは、少ない経験則から、ひとつ強い興味を抱いていまして、、、 かのガブリエル・ガルシア=マルケスであり、川端康成であり、、、
理解し得ないながらも、ひとりのファンとして、その作品に取り組ませていただいている側面があります。 特にガブリエル・ガルシア=マルケスにいたっては、「物語の作り方−ガルシア=マルケスのシナリオ教室」の著作の中で、その独創的な発想の一部を公開いただいて、そこからさらに興味が深まっています。

そして、海外純文学というジャンル(ニコール・クラウス「ヒストリー・オブ・ラブ」ジュディ・バドニッツ「空中スキップ」イースターエッグに降る雪」・・・)についても、それが日本国で日本語に翻訳されてまで出版される、その意義というか必然というか、当然に出版社なり翻訳家は、そこに需要と商機、(それだけではなく、良いものを世に知らしめたいという責務感もあるとは思います)が有ると目している訳でしょうから、そこを否定しても始まらないし、でき得ることであれば、積極的に取り入れていきたい、と考えます。 仮に難解な作品であっても、長編作品であっても。

そんな訳で、読中に何度も「あとがき」や「解説」、他の方の「書評」などを目にしながらの読書となるのであるが(そうしないと、止まってしまって進まない。)、それでも、最後まで読了後に目にする「あとがき」や「解説」や「書評」で、やっと理解ができています。
全てを自らの力で成し得た者だけが手に入れることができる快感、達成感(?!)、満足感。 もう、ただそれだけ、それが全て!、とも。


物語は、―この作品は著者の自伝的作品と位置付けられていますが、当然に物語的側面を有しており、敢えて物語と記します―、作家アリス・マンロー自身の一族の、三世紀の時を貫く物語であり、それが短篇形式で綴られます。
75歳を迎え、自らが老齢期に差し掛かったと感じ、その過去を探って主張したい欲求に導かれ、その必然に基づいて語られた物語。
やっぱり語るうえでは、物語の形式を採るのが最も自然であり、理に適っている。ただただ淡々と語るよりは、色を付けて(一寸大袈裟に!)、そこにメッセージを織り込むことは、その語りたいという必然からくる必要な事柄であろうとも。
時を経て、その瞬間には語ることができなかった想いであり、様々な積み重ねられた経験則から語られる物語であり、ずっと心に残っている幼少期の記憶であり、その時の想い、その意義、必然、、、

物語は、こうして語り継がれていくべきものであり、また、私たちも語り継いでいかなければならないし、語り継いでいきたいものです。








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