Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

新潮選書

本「「便利」は人を不幸にする (新潮選書)」佐倉統5

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「便利」は人を不幸にする (新潮選書)
「便利」は人を不幸にする (新潮選書)

○著者: 佐倉 統
○出版: 新潮社 (2013/5, 単行本 188ページ)
○定価: 1,155円
○ISBN: 978-4106037269




のび太はドラえもんのおかげで、本当に幸せになれたのか?

「進歩」がエンドレスならば、私たちが満たされる日は永久に訪れないのか?

科学技術は日々進歩している。消費社会もまた、新しい「便利」を生み出し続けなければならない運命にある。「進歩」には益もあれば害もあることを我々は知っているのだが、そのゲームから降りることはできない。「便利」と「幸福」の間の、ほどよい着地点はどこにあるのか? 「科学技術」と「人間」のあるべき関係を気鋭のサイエンティストがさぐる。


≪目次: ≫
まえがき

第一章 欲望と、技術の進歩
きりのない欲望/総不幸量一定の法則/インドで感じたこと/ぼくの食生活とルイ一四世のそれ/機械仕掛けのトルコ人/知らないものは怖い

第二章 三月一一日の刻印
あの日以降/なくていいもの/誰もが被害者、誰もが加害者/小さなユニット/文明と実務の間(あいだ)/梅棹方式に代わるメゾ・システム

第三章 原子力ムラへ架かる橋
目利きの不在/個人の判断/正確な情報だけでは不充分/象をどうやって飼い慣らすか/学校で教える/聖徳太子の「十七条憲法」を

第四章 「便利」は共同体を崩壊させるのでしょうか?
オウム真理教裁判と原発事故/受益者か被害者か/善と悪の境目/コミュニティが薄まっていく

第五章 何もなくて豊かな島の理由
究極の便利な島で起きたこと/ぼんやりとした幸福な世界/日本人が買った小島/キンシャサ・シンフォニーの教え

第六章 不快なものの必要性
ガリレオにとっての望遠鏡/お掃除を超えた「ルンバ」/機械の視線/ロボットの自然選択/大局が苦手で局所が得意/不気味の谷

第七章 既得権益と透明性
ヴァンクーヴァーでバスに乗る/公務員を公募する国/異論への許容度

第八章 パッケージ化した科学技術の外側
雑種文化/言論の封殺/日本の原子力導入の「藪の中」/国家を超えて/普遍的科学技術と日本


あとがき (東日本大震災からちょうど二年目の二〇一三年三月一一日に  佐倉 統)


※初出 『考える人』二〇一一年春号〜二〇一三年冬号


≪著者: ≫ 佐倉 統 Sakura Osamu 1960年東京生れ。東京大学大学院情報学環教授。京都大学大学院理学研究科博士課程修了、理学博士。もともとの専門は進化生態学・霊長類学だが、最近は生物学史や科学技術社会論に研究の焦点をうつし、とくに3・11以降は放射能汚染をめぐる科学技術と社会の関係について積極的に発言している。著書に『現代思想としての環境問題 脳と遺伝子の共生』『科学の横道 サイエンス・マインドを探る12の対話』(共に中公新書)、『進化論の挑戦』(角川文庫)、『進化論という考えかた』(講談社現代新書)など。


伊谷純一郎 『高崎山のサル』(佐倉統 解説、講談社学術文庫、2010年) '10/09/09
ルイス・キャロル 『不思議の国の論理学  Logics in Wonderland 』(柳瀬尚紀 編訳、佐倉統 解説、ちくま学芸文庫、2005年) '09/12/24



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本「私たちはなぜ税金を納めるのか 租税の経済思想史 (新潮選書)」諸富徹5

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私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)
私たちはなぜ税金を納めるのか 租税の経済思想史 (新潮選書)

○著者: 諸富 徹
○出版: 新潮社 (2013/5, 単行本 302ページ)
○定価: 1,470円
○ISBN: 978-4106037276




納税は義務か、それとも権利か? 21世紀必読の税金論!

私たち市民にとって、税金とはいったい何なのか? また、国家にとって租税は財源調達手段なのか、それとも政策遂行手段なのか? 17世紀イギリスの市民革命から21世紀のEU金融取引税まで、ジョン・ロックからケインズそしてジェームズ・トービンまで――世界の税制とそれを支えた経済思想の流れを辿り、「税」の本質を多角的に描き出す。


≪目次: ≫
第一章 近代は租税から始まった――市民革命期のイギリス
戦争と税金
十七世紀の財政危機/一六四三年の新税/名誉革命へ/「家産国家」から「租税国家」へ/官房学の興隆と衰退
ホッブズとロックの租税論
租税とは何か/ホッブズの国家論/ロックの国家論/個人と国家のドライな関係、そしてデカルト哲学
史上初の所得税
革命以前の租税システム/消費税をいかに正当化するか/所得税の誕生
アダム・スミスの消費税反対論
グラスゴウ大学講義/『国富論』第五編/「所得」概念と「租税」理論

第二章 国家にとって租税とは何か――十九世紀ドイツの財政学
国家と個人は一心同体
『法の哲学』/有機組織としての国家
ロレンツ・フォン・シュタインの租税理論
理念型としての国家と、現実の国家/パリ留学の衝撃/「社会改良」と租税
アドルフ・ワーグナーの国民経済論・租税論
ドイツ経済の興隆期/経済活動の動機は一つではない/三つの経済組織/慈善経済論の先見性/「社会政策」としての租税
国家主導の功罪
ドイツ財政学と近代日本/ドイツ財政学の現代的遺産

第三章 公平課税を求めて――十九・二十世紀アメリカの所得税
所得税の成立と廃止 一八六一〜七二
戦費調達のために/所得税はなぜ短命に終わったのか
共和党 vs. 民主党 一八七三〜九四
人民党とヘンリー・ジョージ/二大政党の激突/「下から」の税制改革
所得税をめぐる複雑なる闘い 一八九五〜一九一三
所得税は違憲である!/共和党内の新勢力/オルドリッチ上院議員の策謀/憲法改正と所得税恒久化に向けて
税の「主役」交代 一九一四〜二六
第一次世界大戦中の税制改革/法人税を政策手段として用いる/ウィルソン政権の遺産
戦争、民主主義、資本主義
三つの関係/独占・寡占をめぐる二つのビジョン

第四章 大恐慌の後で――ニューディール税制の挑戦
世界大恐慌はなぜ起こったか
株式会社とは何か/所得格差の実態/『フォーチュン』誌のアンケート
史上最強の政策課税
一九三四年の税制改革/一九三五年の大転換/大統領教書の衝撃/最も過激な法人税/計画主義者とブランダイス主義者/留保利潤税は何をもたらすか/留保利潤税の運命
「政策手段としての租税」再考
資本主義の無政府性/政策課税の問題点/市民の「道具」としての租税

第五章 世界税制史の一里塚――二十一世紀のEU金融取引税
資本主義経済システムの変貌
ニクソン・ショック/金融が資本主義を変えた/ケインズの「美人投票の論理」/リーマン・ショックを予言したミンスキー理論
トービン税とは何か
頻発する通貨危機/トービン税の射程/トービン税は非現実的か?
EU金融取引税の挑戦
二つの目的/高頻度取引に砂を撒く/金融派生商品に対抗する/「世界税制史の一里塚」へ向けて/イギリスの複雑な心境

第六章 近未来の税制――グローバルタックスの可能性
世界の税制にいま何が起きているのか
下方シフト現象の背景/下方シフト現象のゆくえ/税制の現実
国際課税のネットワーク
居住地原則と源泉地原則/能動所得と受動所得/多国籍企業のタックス・プランニング
グローバルタックスの現在と未来
グローバルタックスとは何か/地球温暖化への「適応」資金/フランス「国際連帯税」の先駆性/グローバルタックスはなぜ必要なのか/グローバルタックスはどこへ向かうのか

終章 国境を超えて
租税、国家、資本主義/「政策課題」思想の伝統/国境を超える課税権力/私たちは国境を超えられるか


参考文献
あとがき (二〇一三年四月 諸富 徹)


≪著者: ≫ 諸富 徹 Morotomi Toru 1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。京都大学大学院経済学研究科教授(専攻は財政学、環境経済学)。著書に『思考のフロンティア 環境』『ヒューマニティーズ 経済学』(岩波書店)、『環境税の理論と実際』(有斐閣)があり、共著に『所得税の理論と思想』(税務経理協会)、『低炭素経済への道』(岩波新書)などがある。

石橋克彦 編 『原発を終わらせる』(田中三彦/後藤政志/鎌田遵/上澤千尋/井野博満/今中哲二/吉岡斉/伊藤久雄/田窪雅文/飯田哲也/清水修二/諸富徹/山口幸夫 著、岩波新書、2011年) '12/09/27

志賀櫻 『タックス・ヘイブン 逃げていく税金』(岩波新書、2013年) '13/05/07




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本「戦前日本の「グローバリズム」 一九三〇年代の教訓 (新潮選書)」井上寿一5

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戦前日本の「グローバリズム」 一九三〇年代の教訓 (新潮選書)
戦前日本の「グローバリズム」 一九三〇年代の教訓 (新潮選書)

○著者: 井上寿一
○出版: 新潮社 (2011/5, 単行本 253ページ)
○定価: 1,260円
○ISBN: 978-4106036781
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「昭和史三部作」の第二部は“対外関係”、なるほど、1930年代の戦前日本の「グローバリズム」として、「ヒト・モノ・カネ」の地球的規模での拡大があって、その国際ネットワークのなかでの国際認識の深まり(かならずしも思惑どおりにゆくともかぎられない)、その対外発信(対外政策が意図とは異なる、およそ正反対の結果をもたらすことにも)とか。そこに働く歴史の逆説の力学、どうなんだろう、考えよう、学ぼう、今日と共通する課題、〈世界のなかの日本〉について、日本の国際化の問題
さて、三部作は、第一部が“戦前昭和の社会”(『戦前昭和の社会 1926-1945』(講談社現代新書、2011年))、第三部が“政治”(『戦前昭和の国家構想』(講談社選書メチエ、2012年))によって構成される。



昭和史の定説を覆し、新たな戦前像を構築する意欲的論考――。
満州と関東軍、軍部の政治介入、ブロック経済による孤立化、日中戦争…… 多くの歴史教科書が「戦争とファシズム」の時代と括る1930年代。だが、位相を少しずらして見てみると、全く違った国家と外交の姿が見えてくる。国際協調に腐心した為政者たち、通商の自由を掲げた経済外交、民族を超えた地域主義を模索する知識人―― 実は、日本人にとって世界が最も広がった時代だった。


≪目次: ≫
はじめに

I章 満州――見捨てられた荒野
1 本土の無関心
松岡洋右の怒り/対「満蒙」経済アプローチ/張作霖に対する評価/「我国の生命線」/幣原喜重郎外相の反論/協調外交と政党政治の高まり
2 現地居留民と関東軍の危機
満洲青年聯盟遊説隊/本土から見捨てられた荒野/張作霖爆殺事件/大陸の在外公館の認識/孤立無援の関東軍/中村震太郎大尉事件
3 満州事変――「満洲」の再発見
事変勃発/領有から独立国家へ/大恐慌の怨嗟の矛先/協調外交のネットワーク/政民協力内閣構想/満州国の建国/「王道楽土」の理想とは裏腹に

II章 国際連盟脱退とその後――欧州を知る
1 欧州の現実を目の当たりに
国際連盟外交/「五人委員会」それぞれの内情/チェコスロヴァキアと日本/常任理事国としての立場/緊迫するジュネーヴ情勢
2 極東における危機と欧州にとっての危機
リットン調査団の来日/国内外からのテロの脅威/小国への働きかけと大国の意向/メディアの役割/芦田均「非脱退の論理」/脱退問題へ松岡の努力/「失敗した。失敗した。失敗した」
3 欧州諸国との新しい外交関係の模索
その後のジュネーヴ情勢/ドイツとの関わり方/脱退後の欧州外交基軸/ファシズム国家への警戒/海軍軍縮予備交渉/横山正幸の報告/蝋山政道の構想

III章 国内体制の模範を求めて
1 「挙国一致内閣」の国際的な連動
河合栄治郎の欧米報告/新渡戸稲造の対米広報外交/日米関係、蝋山の結論/近衛文麿のアメリカ印象記/予備交渉決裂が相互理解に/日本の模範国として
2 国家主義のなかの欧米
岡田忠彦の欧米視察/星島二郎がみたナチス党大会/ドイツに傾斜する鳩山一郎伍堂卓雄の評価修正/失業対策と農村救済策/ヒトラーの下での平等/新しい国家像と生活様式
3 民主主義の再定義
英米協調論者の対独伊接近/斎藤隆夫が説く「中道」/対ファシズム国接近/矢部貞治のヒトラー観/パリでの「デモクラシー」論争/社会大衆党の躍進

IV章 外交地平の拡大
1 地球の反対側にまで展開する経済外交
誤った日本外交のイメージ/「我国として活くるの途」/アフリカ、中南米、非欧米世界の国へ/「最も遠隔の地」ブラジル/対米関係修復の方策として/バンビー・ミッション/独伊、自給自足圏の壁
2 経済摩擦と国際認識
世界経済のブロック化/相互主義の限界/カナダへ通商擁護法の発動/オーストラリアでの「日本脅威」論/「印度は英国の生命線」/政治の意思で妥協した日蘭会商/包括的通商政策七つの原則
3 地域研究の始まり
東亜経済調査局附属研究所/イスラーム研究の先駆者、大川周明/中国に特化した東亜同文書院/国民の中国理解の促進に

V章 戦争と国際認識の変容
1 日中戦争と「東亜」の創出
満州国の「門戸開放」/盧溝橋事件/国内の好戦ムード/トラウトマン工作/「国民政府を対手とせず」/中国再認識論/「支那人をもっと知ろう」/中山優と第二次近衛声明「東亜協同体」論
2 ファシズム国家との対立
日独防共協定/排英運動の高まり/「隔離」演説/ファシズム国へ歩み寄る矢部/蝋山政道の対英協調論/行き過ぎた強硬論/「持てる国」対「持たざる国」/対独伊接近の抑制/「東亜協同体」論の挫折/日中戦争解決のための対米工作/独ソ不可侵条約の影響/大政翼賛会の成立
3 「南洋」との出会い
太平洋委任統治諸島/正当化する矢内原忠雄/丸山義二が感じた対日感情/二つの「南洋」旅行記/企画院直属の東亜研究所/「南進」へと傾けた役割/対「南洋」経済的アプローチ/バタヴィアに派遣された小林一三商相/「大東亜共栄圏」の虚構を指摘する/日独伊三国同盟と日米戦争の接近

おわりに
南方戦線の現実/敗戦の合理化を図った「大東亜宣言」/そして、戦後構想へ

参考文献リスト

あとがき (二〇一一年四月 井上寿一)


≪著者: ≫ 井上寿一 Inoue Toshikazu 1956年、東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業。学習院大学法学部教授。法学博士。専攻は日本政治外交史。主な著書に、『危機のなかの協調外交――日中戦争に至る対外政策の形成と展開』(山川出版社、吉田茂賞)、『日中戦争下の日本』(講談社選書メチエ)、『昭和史の逆説』(新潮新書)、『山県有朋と明治国家』(NHKブックス)、『吉田茂と昭和史』、『戦前昭和の社会 1926−1945』(共に講談社現代新書)。

井上寿一 『戦前昭和の社会 1926-1945』(講談社現代新書、2011年) '12/07/03
井上寿一 『戦前昭和の国家構想』(講談社選書メチエ、2012年) '12/06/23





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本「蕩尽する中世 (新潮選書)」本郷恵子5

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蕩尽する中世 (新潮選書)
蕩尽する中世 (新潮選書)

○著者: 本郷恵子
○出版: 新潮社 (2012/1, 単行本 254ページ)
○定価: 1,365円
○ISBN: 978-4106036965
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中世400年


わが国の中世は、地方から吸いあげた富を蕩尽することから始まった。過剰なまでの消費を支えた政治・経済システムとは一体どんなものだったのか。平氏の物流戦略、知識人の清貧礼讃、鎌倉御家人の複雑極まる金融操作、そして悪党の経済力の本質とは? 「蕩尽」という一見非合理な消費性向に着目し、院政期から応仁の乱に至る400年の流れを見つめ直す。


≪目次: ≫
はじめに

第一章 限りなく消費する――院政期
受領のユートピア
めでたいもの尽くし/不老不死から金の真砂(まさご)へ/受領は倒るるところに土をも掴め/利仁(りじん)将軍の芋粥/白河院と受領/天下の過差
中世はどのように始まったのか
「幽玄の境」から政治の主導者に/荘園整理令――中世的文書(もんじょ)主義のさきがけ/ナンデウ文書カハ候ベキ/延久の宣旨枡/舅と婿/受領と主人/母系から男系へ
後白河院と今様の世界観
後白河院と『梁塵秘抄』/武者の世/遊女・傀儡(くぐつ)・白拍子(しらびょうし)/交錯する視線/蒔絵師宅を訪問する

第二章 財貨をいかに徴収するか――武家社会の始まり
国務と目代
傀儡の目代/『医心方(いしんぼう)』紙背文書/目代の出自――山木兼隆と二階堂行政
下文と財貨
吉祥天女の下文/猫恐(ねこおじ)の富豪/土佐国が主殿寮(とのもりょう)を訴える/第一の争点――国下(こくげ)か京下(きょうげ)か?/第二の争点――宣旨枡か寮枡か?/国下から京下へ
「中央―地方」関係の転換
諸国条事定(しょこくじょうじさだめ)・公家新制/手形化する富/受領から知行国主へ/京庫の消滅
蕩尽から戦争へ
武装化の時代/保元の乱/平氏政権の構想/受領の最終形態としての平氏

第三章 隠遁文学の思想――鎌倉時代(一)
鴨長明と『方丈記』
旱魃・飢饉・地震/『方丈記』の無常観/鴨長明の「家の履歴書」/隠遁の経緯/鎌倉への旅
『徒然草』の世界
何も持たでこそあらまほしき/妻という物こそ、男の持つまじき物なれ/「そして二人は幸せに暮らしました」で終わらない物語/資産の信託/しろうるりと芋頭(いもがしら)/大福長者のモラル/ふたつの経済圏/饒舌な清貧者

第四章 御家人千葉氏を支える人々――鎌倉時代(二)
弱者は訴える
日蓮の紙背文書/日蓮と富木常忍(ときじょうにん)/富木常忍の仕事/人身支配をめぐる葛藤――下総国吉田郷/名主(みょうしゅ)と百姓――下総国寺山郷/主人と下人/自立と隷属のあいだ――伊賀国久吉名(ひさよしみょう)
千葉氏をめぐる金融―閑院内裏・蓮華王院・大番役―
御家人と公事/了行(りょうぎょう)法師の腹立ち/奔走する代官――肥前国小城(おぎ)郷/小城郷の金融事情/拠点としての京都
千葉氏をめぐる金融―法橋長専の奮闘―
鎌倉の公事/長専の嘆き/田舎へ具して下り候はん/御家人領の構成
不条理を支えるもの
金融業者のモラルと文書の尊重/文書の現物主義/冠者(かじゃ)重吉の場合
浄土の希求、現世の蕩尽
撫民政策と在地の現実/北条重時の思想/北条重時の家訓/内省から行動へ

第五章 悪党の肖像――南北朝時代
夜討・強盗・山賊・海賊
悪党=悪い奴?/後鳥羽院の強盗見物/訴訟用語としての「悪党」
跳梁する悪党
矢野荘悪党寺田法念/瀬戸内海の悪党和泉法眼淵信/淵信の財力/浄土寺の再興/尾道の繁栄と長井貞重
富・力・自由
悪党と有徳人/一括請負と料所(りょうしょ)/悪党とはなにか/過差と逸脱/戦乱の時代へ

第六章 蕩尽から再生産へ――室町時代
収奪から贈答へ
実力主義の限界/寄合(よりあい)の論理/贈与依存型財政
八朔とモノの経済圏
八朔(はっさく)の贈答/愛蔵品と目利き/モノの経済圏
モノをめぐる価値意識
蓮華王院の宝物/古いものと新しいもの/座敷飾りと御物(ぎょぶつ)/東山御物と名物(めいぶつ)

おわりに

参考文献
あとがき (二〇一一年十一月二十七日 本郷 恵子)


≪著者: ≫ 本郷恵子 Hongo Keiko 1960年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学史料編纂所教授(専攻は日本中世史)。著書に『中世公家政権の研究』(東京大学出版会)、『京・鎌倉 ふたつの王権』(小学館)、『物語の舞台を歩く 古今著聞集』(山川出版社)、『将軍権力の発見』(講談社)などがあり、共著に『岩波講座 天皇と王権を考える2 統治と権力』(岩波書店)などがある。

本郷恵子 『将軍権力の発見』(選書日本中世史3、講談社選書メチエ、2010年) '10/12/19





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本「形態の生命誌 なぜ生物にカタチがあるのか (新潮選書)」長沼毅5

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形態の生命誌―なぜ生物にカタチがあるのか (新潮選書)
形態の生命誌 なぜ生物にカタチがあるのか (新潮選書)

○著者: 長沼 毅
○出版: 新潮社 (2011/7, 単行本 229ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4106036835
クチコミを見る



8月の最終日31日は、曇りがちながら暑く東京の最高気温は30℃を超えたのであろう、夕方18時半頃にはグラリと千葉県北西部を震源とするマグニチュード4.5で最大震度3の揺れが地震があって、台風12号(Talas, タラス)は大型で強くゆっくりと日本列島にむかっていて3日後の上陸が予報されている
とくに大したことはしていないのだけれども“夏バテ”を口外しちゃっていて、しかし考えてみたら朝早くから起きて、もちろんだから夜は早目に寝るんだけれども(ひとりサマータイム)、ガッコウのベンキョウのカリキュラムをこれまでにも増してコツコツとたんたんと(アタリマエのように仕事もこなすよ)、もっともフツーのいわゆる社会生活イッパンと言われるようなことのほとんど多くは疎かに意識して積極的に(放棄?!)しちゃっているから、むしろそのことのほうを咎められたとしてもシカタガナイ(ゴメンチャイ♪)だろうなぁ


奇妙で不思議な生物の「形」に、壮大な進化の秘密が隠されている!
ヒマワリの花はなぜ美しい螺旋を描いているのか? シマウマや熱帯魚はどうして「アニマル柄」なのか? 数学者もビックリした蜂の巣の六角形構造とは? 最先端の研究である進化発生学(エヴォ・デヴォ)の成果を援用しながら、「生命が織り成す形」の法則性を探り、個体の発生プロセスに進化のダイナミズムを見出す、生物学の新しい冒険!


≪目次: ≫
まえがき――メタバイオロジー序説
第1章 イノチのカタチ――体節と左右対称
生物種の多様性と種分化/動物の「カタチ」の起源/骨格の効用/「かたち」の基本――体節と左右対称/カンブリアの「進化の大爆発」
第2章 イノチの小部屋――細胞骨格の構造
生物学に対する死物学/生物と生命/細胞――具現化された生命の基本単位/細胞壁――細胞の多彩の外骨格/細胞骨格――細胞の強くて柔らかい内骨格
第3章 不都合なカタチ――食道と気管
不都合な二叉路/惜しかった幻の排気口/「人体の十字路」改造への期待
第4章 口のカタチ――タテグチかヨコグチか
タテグチとヨコグチ/口吻というストロー/節足動物の体のツクリ/タテグチ――旧口動物対ヨコグチ――新口動物/恐ろしき陥入吻/異形の生物、オパビニア
第5章 不動の動のカタチ――植物の「原型」
神の御心(デザイン)に宿る原型/仮想植物の帰結
第6章 数学的なカタチ――黄金比と螺旋
仮想的(ヴァーチャル)と現実的(フィジカル)/アルキメデスの螺旋/「黄金分割」は本当か?/白銀螺旋のオウムガイ
第7章 哲学的なカタチ――生成のアルゴリズム
細胞が細胞列を生む/簡単なルールで構成される複雑なカタチ/生成文法と合成生物学/襞として畳み込まれた差異
第8章 模様のカタチ――チューリング・パターン
「天邪鬼の自己言及」/チューリング・パターン/アニマル柄になる理由/エントロピーに対峙する生命体
第9章 イノチをつくる散逸構造――ミツバチの巣の謎
散逸構造は凹凸に現れる/テセウスの船/省コスト図形・六角形/空間をぎっしり埋める立体
第10章 カタチをつくる衝動――カメは甲羅を脱げるのか
イノベーションかリノベーションか/肋骨の急速な扇状外展/whyでなくhowを問え
第11章 逸脱したカタチ――天使の翼と昆虫の翅
ペンギンの脛が長い理由/生物学の難問、昆虫の翅の起源/蛹の中味がドロドロになる謎/心配な「少指化問題」
第12章 カタチの原型――進化と発生のリズム
幸福な捕食者・三葉虫の天下/眼が生んだ「同族食い」地獄/カタチの淵源としての「形成衝動」/宇宙の根源形象は渦巻きである/ゲノムに記録された一期一会の歴史
あとがき (二〇一一年三月 南極観測船(砕氷艦)「しらせ」にて  長沼 毅)

初出 『考える人』2008年夏号〜2011年春号


≪著者: ≫ 長沼 毅 Naganuma Takeshi 1961年生まれ。辺境生物学者。広島大学大学院生物圏科学研究科准教授。専攻、微生物生態学。著書に『深海生物学への招待』、『生命の星・エウロパ』、『深層水「湧昇」、海を耕す!』、『長沼さん、エイリアンって地球にもいるんですか?』、『宇宙がよろこぶ生命論』、『辺境生物探訪記』(藤崎慎吾との共著)など、訳書に『生物海洋学入門』がある。

長沼毅 『生命の星・エウロパ』(NHKブックス、日本放送出版教会、2004年) '11/05/14
長沼毅/藤崎慎吾 『辺境生物探訪記 生命の本質を求めて』(光文社新書、2010年) '11/03/16
長沼毅 『生命の起源を宇宙に求めて パンスペルミアの方舟』(DOJIN選書、化学同人、2010年) '10/12/27

アンドリュー・パーカー 『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く  Andrew Parker: “In the Blink of an Eye: The Cause of the Most Dramatic Event in the History of Life”, 2003.』(渡辺政隆/今西康子訳、草思社、2006年) '10/02/05
スティーヴン・ジェイ・グールド 『ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語  Stephen Jay Gould: “Wonderful Life: The Burgess Shale and the Nature of the History”, 1989.』(渡辺政隆訳、ハヤカワ文庫NF、2000年) '10/01/20
チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈下〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”, 1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '10/01/28
チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈上〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”, 1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/10/27

デリック・E.G. ブリッグス/ダグラス・H. アーヴィン/フレデリック・J. カリア、チップ・クラーク 写真 『バージェス頁岩 化石図譜  Derek E.G. Briggs/Douglas H. Erwin/Frederick J. Collier/Chip Clark: “The Fossils of the Burgess Shale”, 1994.』(大野照文 監訳、鈴木寿志/瀬戸口美恵子/山口啓子訳、朝倉書店、2003年) '10/02/15
サイモン・コンウェイ・モリス 『カンブリア紀の怪物たち 進化はなぜ大爆発したか  Simon Conway Morris: “Journery to the Cambrian: the Burgess Shell and the explosion of animal life”』(木下智子訳、松井孝典監訳、講談社現代新書、1997年) '10/02/11
ニール・シュービン 『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト 最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅  Neil Shubin: “Your Inner Fish: A Journey into the 3.5-Billion-Year History of the Human Body”, 2008.』(垂水雄二訳、早川書房、2008年) '10/01/24

田近英一 『地球環境46億年の大変動史』(DOJIN選書、化学同人、2009年) '09/07/02
田近英一 『凍った地球 スノーボールアースと生命進化の物語』(新潮選書、2009年) '09/02/28
川上紳一 『全地球凍結』(集英社新書、2003年) '08/05/18
ガブリエル・ウォーカー 『スノーボール・アース 生命大進化をもたらした全地球凍結  Gabrielle Walker: “Snowball Earth: The Story of the Great Global Catastrophe that Spawned Life as We know it”, 2003.』(川上紳一監修、渡会圭子訳、早川書房、2004/2) '08/05/16

大島育雄 『エスキモーになった日本人』(文藝春秋 、1989年) '10/03/07
武田剛 写真・文 『地球最北に生きる日本人 イヌイット大島育雄との旅』(グラフィックドキュメント・シリーズ、フレーベル館、2009年) '10/03/02





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本「日本辺境論 (新潮新書336)」内田樹5

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日本辺境論 (新潮新書)
日本辺境論 (新潮新書336)

○著者: 内田 樹
○出版: 新潮社 (2009/11, 新書 255ページ)
○価格: 777円
○ISBN: 978-4106103360
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日本人とは辺境人である――「日本人とは何ものか」という大きな問いに、著者は正面から答える。常にどこかに「世界の中心」を必要とする辺境の民、それが日本人なのだ、と。日露戦争から太平洋戦争までは、辺境人が自らの特性を忘れた特異な時期だった。丸山眞男、澤庵、武士道から水戸黄門、養老孟司、マンガまで、多様なテーマを自在に扱いつつ日本を論じる。読み出したら止らない、日本論の金字塔、ここに誕生。


≪目次: ≫
はじめに
I 日本人は辺境人である
    「大きな物語」が消えてしまった/日本人はきょろきょろする/オバマ演説を日本人ができない理由/他国との比較でしか自国を語れない/「お前の気持ちがわかる」空気で戦争/ロジックはいつも「被害者意識」/「辺境人」のメンタリティ/明治人にとって「日本は中華」だった/日本人が日本人でなくなるとき/とことん辺境で行こう
II 辺境人の「学び」は効率がいい    「アメリカの司馬遼太郎」/君が代と日の丸の根拠/虎の威を借る狐の意見/起源からの遅れ/『武士道』を読む/無防備に開放する日本人/便所掃除がなぜ修業なのか/学びの極意/『水戸黄門』のドラマツルギー
III 「機」の思想    どこか遠くにあるはずの叡智/極楽でも地獄でもよい/「機」と「辺境人の時間」/武道的な「天下無敵」の意味/敵を作らない「私」とは/肌理細かく身体を使う/「ありもの」の「使い回し」/「学ぶ力」の劣化/わからないけれど、わかる/「世界の中心にいない」という前提
IV 辺境人は日本語と共に    「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか/「もしもし」が伝わること/不自然なほどに態度の大きな人間/日本語の特殊性はどこにあるか/日本語がマンガ脳を育んだ/「真名」と「仮名」の使い分け/日本人の召命
終わりに (二〇〇九年晩夏 内田樹)


≪著者: ≫ 内田 樹 (うちだ たつる) 1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部卒。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著作に『先生はえらい』『下流志向』『私家版・ユダヤ文化論』(小林秀雄賞受賞)他。

内田樹 『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、2006年) '09/01/25
内田樹 『先生はえらい』(ちくまプリマー新書、2005年) '08/12/27
橋本治/内田樹 『橋本治と内田樹』(筑摩書房、2008年) '08/12/23

中根千枝 『タテ社会の力学』(講談社学術文庫、2009年) '11/01/03
阿部謹也 『「世間」とは何か』(講談社現代新書、1995年) '11/01/01
中根千枝 『タテ社会の人間関係 単一社会の理論』(講談社現代新書、1967年) '10/12/27
阿部謹也 『学問と「世間」』(岩波新書、2001年) '10/12/24
船曳建夫 『「日本人論」再考』(講談社学術文庫、2010年) '10/12/15





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本「誤読された万葉集 (新潮選書073)」古橋信孝5

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誤読された万葉集 (新潮新書)
誤読された万葉集 (新潮新書073)

○著者: 古橋信孝
○出版: 新潮社 (2004/6, 新書 204ページ)
○価格: 714円
○ISBN: 978-4106100734
おすすめ度: 4.0
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そうそう、珍しく会社帰りに同僚との酒席を得て、まぁまぁぼくはよくもわるくも(どちらかといえば周りに迷惑をかける機会が多いことを考えるには言わずもがな)イッショケンメイで、イッショウケンメイは適正な方向へとエネルギーが向けられるならばケッコウなことなんだろうけれど


万葉集は誤って理解されてきた――。庶民の素朴な生活感情を素直に表現した国民歌集などではない。山上憶良は家族思いで大伴旅人は大酒飲みというイメージには問題がある。性の歌もある。都市生活が営まれ、郊外も誕生していた。平安文学とのあいだに断絶はない。……従来の万葉観を大胆にくつがえし、最古の古典に新たな輝きを与える。


≪目次: ≫
はじめに(万葉集は国民歌集か/「マンヨウシュウ」か「マンニョウシュウ」か/異世界に触れる楽しさ)
1 人麻呂は妻の死に泣いたのか(黄色は死を統御する色/恋人の死 妻の死/人麻呂は日本最初の文学者/歴史書に人麻呂の名がない理由は)
2 額田王天武天皇は不倫の関係か(秘められた恋?/宴会は今も昔も/人妻とは)
3 山上憶良は家族思いだったか(マイホーム・パパか理想家タイプの政治家か/母と子の関係が揺らいでいた/家族問題に関心の強かった奈良時代/政治家・憶良の主張)
4 大伴旅人は大酒飲みか(酒の讃歌/竹林の七賢/旅人は読書人/この世の男が仙女に出会う/清貧への憧れ)
5 逢引の夜には月が出ている(逢えるのは満月の前後/出かける前に占いをする/雨の夜は逢えない/月の呪力/十六夜はなぜ「いざよい」と読むのか/「立ち待ち」「居待ち」「寝待ち」の月)
6 妹が妻や恋人の意となるわけは(妹の山 兄の山/「妹」と「妻」/異母妹と同母妹は区別される/兄と妹の関係は神話的/理想の結婚相手)
7 枕詞にも意味がある(太陽に関係する/夜が明けるときの空の色/「たらちねの」母とは/枕詞の三条件/起源はどこにあるか/春日をなぜカスガと読むのか/新しい枕詞)
8 序詞の不思議を解く(旅の歌に地名が詠まれるわけ/土地を称える/無関係な二つの文が一つに/生産過程をうたう)
9 挽歌は異常死の死者を悼む歌である(有馬皇子の魂は/万葉集は歌の歴史を語る/異常死の魂を鎮める/大伴旅人の妻の場合/さまよう客死した人の鎮魂)
10 旅の歌には美意識がある(健康管理は主婦の役割/父への想いをうたうのは防人歌だけ/恋人か妻による無事の祈願/美意識の誕生/和歌成立期の緊張)
11 斎藤茂吉の解釈にも問題はある(もの足りない見方/行幸に従う宮廷歌人は/神代のままに久しくある木/千鳥はなぜ鳴くのか)
12 方言はなぜ東歌と防人歌にかぎられるのか(万葉集の表記/東国は特別な地方だった/未開の地というイメージ/編集意図があった/方言に興趣をひかれた家持
13 性の笑いもある(あんたのモノは小さいね/お前のアレはカサカサだ/解釈する意味はない/縁語の起源/こんな歌も宮廷ではうたわれていた/宴会では愛唱歌をうたう/からかう歌もある)
14 日本には古代から郊外があった(春日野の変化で季節の到来を知る/一日の時間の変化/神々の力をもらう時節/都市の野遊びは郊外に向かう/神々は郊外に集まる/都市を支える空間)
15 万葉集から平安文学へ(本当に「国風暗黒時代」だったのか/英雄の悲劇から個人の悲劇へ/仮名文の習熟がなければ/仮名文とは/万葉集が平安文学を生み出す)
あとがき (平成十六年五月五日 古橋信孝)
参考文献

※万葉集の表記は中西進『万葉集 全訳注原文付 (一)〜(四)』(講談社文庫)を参考にした。――著者


≪著者: ≫ 古橋信孝 (ふるはし・のぶよし) 1943(昭和18)年東京生まれ。国文学者。武蔵大学教授(国文学)。東京大学文学部国文科卒業。著書に『古代の恋愛生活』『吉本ばななと俵万智』『万葉歌の成立』『古代都市の文芸生活』『雨夜の逢引』『平安京の都市生活と郊外』『和文学の成立』など。





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本「地球システムの崩壊 (新潮選書)」松井孝典5

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地球システムの崩壊 (新潮選書)
地球システムの崩壊 (新潮選書)

○著者: 松井孝典
○出版: 新潮社 (2007/8, 単行本 221ページ)
○価格: 1,155円
○ISBN: 978-4106035883
おすすめ度: 3.0
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システムとしての地球、地球システムとして。地球学、チキュウ学、智求。


≪目次: ≫
第一部 二一世紀の宇宙と文明を探る
現代とはいかなる時代か
 (地球システム/文明のパラドックス/俯瞰する視点/現生人類はなぜ人間圏をつくったか/文明の三段階発展論/共同幻想を抱く動物/我々はなぜ豊かになったのか/学の統合と、新たな学の創造とは/「チキュウ学」の試み//人間圏というシステムのユニットをどうとるか)
宇宙とは何か (世界の始まり/宇宙の年齢/膨脹する宇宙/理論的背景/ビッグバンの瞬間/インフレーション仮説/宇宙はなぜ膨脹したのか)
太陽系の現在 (比較惑星学/水星:太陽系で平均密度がもっとも高い惑星/地球型惑星の集積過程/金星は地球の未来の姿/二酸化炭素の温室効果について/金星の地表/火星に水があった。生命は?/火星探査/小惑星が地球に衝突する日/太陽系の小天体/天外天からの贈り物/新種の隕石/太陽系の“夜明け”の探査/最小の地球型惑星、ベスタ/系外惑星系)
地球はどんな惑星か (地球の誕生とは/隕石重爆撃期/水惑星の意味/雪球地球/地球の歴史/酸素を含む大気の不思議/地球の未来)

第二部 辺境に普遍を探る
タイタン:もうひとつの地球
 (近代化とはどういうことか/普遍性への挑戦/アストロバイオロジー/地球史における革命的事件/惑星探査とタイの津波石/惑星の定義/「分かる」ことと「納得する」こと)

あとがき (二〇〇七年七月 松井孝典)

※初出 第一部:「潮」二〇〇〇年五月号〜二〇〇四年二月号掲載〈21世紀の宇宙探訪〉 第二部:「考える人」二〇〇五年春号〜二〇〇七年冬号連載〈辺境に普遍を探る〉に共に加筆。


≪著者: ≫ 松井孝典 (Matsui Takafumi) 1946年静岡県生まれ。1972年東京大学大学院修了。NASA客員研究員などを経て、現在(刊行当時)は東京大学大学院新領域創成科学研究科教授(を経て、千葉工業大学惑星探査研究センター所長。東京大学名誉教授)。理学博士。専攻は地球惑星物理学。最近はアストロバイオロジーに関する研究を行っている。著書に、『水惑星はなぜ生まれたか』『地球・宇宙・そして人間』『宇宙誌』『宇宙人としての生き方』『松井教授の東大駒場講義録』『コトの本質』など多数。







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本「パリの日本人 (新潮選書)」鹿島茂5

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新潮選書 パリの日本人
パリの日本人 (新潮選書)

○著者: 鹿島茂
○出版: 新潮社 (2009/10, 単行本 26ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4106036507
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≪目次: ≫
まえがき
明治の元勲・西園寺公望
江戸最後の粋人・成島柳北
平民宰相・原敬
日本美術の大恩人・林忠正
宮様総理・東久邇宮稔彦
京都の親仏派・稲畑勝太郎
人間交差点・松尾邦之助
コレクター・石黒敬七
山の手作家・獅子文六
妖婦(ヴァンプ)・中平・武林・宮田文子
諏訪老人についての短い覚書

あとがき (二〇〇九年九月十六日 鹿島茂)
初出一覧


≪著者: ≫ 鹿島 茂 (Kashima Shigeru) 1949年神奈川県横浜市生れ。1973年東京大学仏文科卒業。1978年同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。現在明治大学国際日本学部教授。19世紀フランスの社会・小説が専門。古書コレクターとしても知られる。『馬車が買いたい!』で1991年度サントリー学芸賞、『子供より古書が大事と思いたい』で1996年講談社エッセイ賞、1999年『愛書狂』でゲスナー賞、1999年『職業別パリ風俗』で読売文学賞評論・伝記賞を受賞。近刊に『モンマルトル風俗事典』『吉本隆明 1968』など。







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本「創られた「東京裁判」 (新潮選書)」竹内修司5

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新潮選書 創られた「東京裁判」
創られた「東京裁判」 (新潮選書)

○著者: 竹内修司
○出版: 新潮社 (2009/8, 単行本 254ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4106036453
おすすめ度: 2.0
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いわゆる「東京裁判(極東国際軍事裁判)」とは、今から61年前、1948年11月に終わった出来事で、果たしていま「東京裁判」を読み解く意味とはなんだろう?、としばらく頭の片隅にありつづけていて、そう、本書が新潮選書のラインアップとして今年8月に刊行されたことはその時にチェックしていたけれど、まさかここまで「なんなんだろう??」が長引くとは思いもよらず、ちょうど哲学者“高橋哲哉”著『靖国問題』(ちくま新書、2005年)を読了した後に、勤務先近くの図書館の新刊本コーナーにあって目に留まり、「ということは縁がある、縁があった、ということだろうから、まぁ読んでおこう!」と迷わず手にした♪

“第二次世界大戦が始まるまで、いかなる戦争も犯罪とは見做されなかった。”

なるほど、ウェッブ裁判長の「デス・バイ・ハンギング!」の声を、小学6年生のときにラジオの実況中継で聴いた著者の思い。まさに、虫の這うように時系列に従って、関係文書や資料を、たどり直すことの意義。

連合国による「勝者の裁き」は、連合国というあり方自体が特異なもので(まとまりをえない)、さらには、ナチス・ドイツを裁く「ニュルンベルク裁判」との連関であり、相違。事後に制定されたとも言えよう「平和に対する罪」は、事後法であるがゆえに、整合性を満たすことの困難を伴う。もっとも、そんななかで、日本の文化や歴史的な背景、とくには天皇制に結果的に一定の理解をえられたこと(君主たる天皇の戦争責任を問われる意見がなかったわけではないが裁かれることはなかった)は、興味深い。


≪目次: ≫
はじめに
プロローグ 「東條を逮捕させろ!」(1946年9月11日)
第1章 「主要戦争犯罪人」という概念(1941年〜44年)    ヨーロッパ及びアジアの枢軸国に対し……/「一国の指導者を裁く」という思想/国務・陸・海三省調整委員会(SWNCC)誕生/連合国戦争犯罪委員会、活動開始
第2章 「国際軍事法廷」という発想(1944年4月〜45年2月)    「共同謀議」という概念の登場/「17の穴のストーリー」とは?/「ケロッグ・ブリアン条約(パリ不戦条約)」は評判がよくない/覚書「ナチス犯罪人の裁判と処罰について」
第3章 「平和に対する罪」という新犯罪類型(1945年2月〜8月)    「ナチス・ドイツ裁判」への胎動/「将来の遡及法の下での」裁判/「ロンドン会議」紛糾続く/「ポツダム宣言」の条文をどう解釈するか/日本側はこう読み説いた/天皇のリストアップをめぐって/「ナチスに対比されるような迫害はなかった」
第4章  先行する「ニュルンベルク」との整合(1945年8月〜9月)    ポツダム宣言に言う「戦争犯罪人」とは?/中国、ようやく戦犯リスト提出/合衆国戦争犯罪局動き出す
第5章 「降伏条件は契約ではない!」(1945年9月)    「ドイツと同一の原則」確定/米国、UNWCCを無視/「東條逮捕」の報至って
第6章 ワシントンからの「戦犯容疑者リスト」(1945年9月)    リストに挙げられた53人の「精度」/日本が侵犯した条約・国際保証とは
第7章 猛反発するマッカーサー(1945年9月〜11月)    日本専門家じゃない、だからいいんだ/東久邇も逮捕すべきである/近衞を逮捕しないのは間違いだった/マッカーサー対アチソンの攻防
第8章 ようやく「逮捕令」相次ぐ(1945年11月〜12月)    「13人の容疑者氏名リストをお送りします」/「平和に対する罪」か、合衆国に対する「戦争犯罪」か/二度目の逮捕指令、伝達さる/「近衞の触れるものは、みな残骸と化す」
第9章 近衛文麿「自殺」の衝撃(1945年11月〜12月)    一挙、59人に逮捕指令/キーナン検事到着す/近衞は「生き証人」に擬せられていた?
第10章 「ヒロヒト」戦犯指名の衝撃(1945年12月〜46年1月)    綿密なマスコミへの戦略/日本戦争犯罪人の裁判と処罰について/七番目に「ヒロヒト」の名が!/「極東委員会」を出し抜く?/「極東国際軍事裁判憲章」公布さる
第11章 「極東国際軍事裁判憲章」の検討(1946年1月〜2月)    「憲章」への各国の反応/ソ連の強硬な反論と主張/残る未解明点のいくつか
長いエピローグ 起訴を免れたA級容疑者たち(1946年〜48年)    児玉笹川は有害、危険な人物である/原爆投下と東條陳述への世論への警戒/残るA級容疑者について、後続裁判を断念
あとがき プロクルステスの寝台

引用文献および資料一覧
索引


≪著者: ≫ 竹内修司 Takeuchi Shuji 1936年生まれ。東京外国語大学を卒業後、文藝春秋に入社し、雑誌・書籍の編集に携わる。2000年、退社。文教大学情報学部教授を経て、現在はフリー。著書に『幻の終戦工作――ピース・フィーラーズ 1945夏』(文春新書)、『占領下日本』(共著、筑摩書房)がある。







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Tm 4:17'45, Dst 98.43, Av 22.9, Mx 60.5, Odo 711.7 (大垂水峠)...

本「中東 危機の震源を読む (新潮選書)」池内恵5

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中東 危機の震源を読む (新潮選書)
中東 危機の震源を読む (新潮選書)

○著者: 池内 恵
○出版: 新潮社 (2009/7, 単行本 367ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4106036439
おすすめ度:5.0
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どうにもぼくにはわかった気がしていないんだけど。
中東」と「イスラームイスラム教)」は、イコール(=)で結んでいいのかなぁ、≒くらいの感じかな、それとも等しくないのかも。
良くも悪くもホットなエリア。
もともと地理的にも歴史的にも、ヨーロッパとアジアを結ぶ文化の交流する地点としての要所であり、イスラーム発祥の地として。イスラームが、キリスト教につぐ信徒を擁する世界的伝統的宗教として、キリスト教から派生して、そのキリスト教(新教)はユダヤ教をもと(旧教)として。このあたりを語るには、語りたいと欲しているからこそ、まったく知識が不足していると自覚していて、欠け欠けの穴だらけで、誤解や誤認を承知して、ちょっとチャレンジ。中東(=イスラーム)として。
2001年の9・11同時多発テロ事件で、唯一の覇権国家アメリカに対抗する地位を、世界にたいして明確にした「中東(≒イスラーム)」。二項対立が好まれる風潮からするには、ポスト冷戦と言っちゃってもいいのかしら。中東にそのほとんどが埋蔵される化石燃料に依存する現代社会にあって、世界における権力の増大や地位の向上は、なるべくして、世界は、とくに先進諸国は化石燃料の産出国に、なにがどうあっても依存せざるをえない。ひそやかに、東西冷戦の陰にあって着々と力を蓄えていたのかしら、中東。もっとも東西冷戦は、二度の世界大戦の間に構築された関係に基づくもので、自由主義民主主義陣営(西側)と共産主義陣営(東側)とに、世界を二分した。世界大戦と銘打たれる戦争は、それまでの限定された国家間のものとは様相を異にした。産業革命による技術の革新かなぁ、歩いたり馬やなんかに乗って機械に頼らず人力を中心としたレヴェルで戦争している分には、大規模で広範な戦争は為しえない。船や鉄道や、飛行機なんかが登場して、化学兵器やらが開発されちゃうと、それまでの戦争が、一般市民とは直接的に無関係な戦地において、志願した、もしくは選出された兵士が、兵士のみが参戦して、比較的のんびりと(休憩や休戦をはさみながら)戦争していたものが、そんな悠長なことをやっていられなくなっちゃって、市街地も戦場になっちゃって、一般市民までもが巻き込まれちゃって。そんな「国際戦争」(世界戦争ではない)の最初が、いわゆる「三十年戦争(1618-1648)」ともいわれるみたい、近代の起点として(ずいぶんさかのぼるなぁ)。で、同時に「宗教戦争」の最後だったりもするらしい。ということは、それまでは、国家間というよりは、異教徒間での教義をめぐる争い、信徒獲得、勢力拡大を目的とする母集団は宗教団体、キリスト教であり、おなじキリスト教に中での宗派間の争いであったり、そう、イスラームであったり。そう、「寛容」を掲げてみるも、寛容の解釈には異なる宗教間での解釈の差異が小さくないのも、その歴史や立場や位置関係ゆえに。


≪目次: ≫
序説
2004
   12.9 「アラビーヤ」がもたらすアラブ・メディアの対立軸
2005   1.7 国民議会選挙に向かうイラク 「恐怖」との戦い/2.11 イランとシーア派の影響力を精査する/3.13 混迷のレバノン史に新たなページは開くのか/4.10 「アラブの発展モデル」エジプトが試される時/5.14 アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験/6.11 イラク史に塗り込められたテロと略奪の政治文化/7.11 エジプトとシリア 立憲主義を骨抜きにする「緊急事態法」/8.15 イギリスの多文化主義を揺るがす「寛容のジレンマ」/9.11 イラク憲法草案の文言に込められた政治的配慮/10.7 イラク安定の鍵を握るシーア派の粘り強さ/11.10 イラク新国家成立を左右するクルド民族主義の出方/12.12 「取り残された若者たち」をフランスはどう扱うのか
2006   1.16 シャロンの退場とパレスチナ和平の行末//2.10 風刺画問題が炙り出した西欧とイスラームの「対立軸」/3.13 「ハマース政権」の足枷となる「憲章」の強硬姿勢/4.9 アフガニスタン改宗者裁判が問う「自由」と「寛容」の意味/5.13 イスラエルとの「特別な関係」を自問し始めたアメリカ/6.11 エジプトの「コプト教徒問題」に危険な展開の兆し/7.8 アレクサンドリアとヴェネツィアの奇縁/8.14 ヒズブッラーを利した米「中東政策」の逆効果/9.10 「痛み分け」で終わったレバノン紛争の希望と危惧/10.15 ローマ法王発言とパムクのノーベル文学賞/11.12 「絶対の真理」への傾斜で薄れゆく「知の共通項」/12・10 米国イラク調査グループの重要かつ初歩的な提案
2007   1.15 フセイン処刑に表われた「イラク流」の政治/2.10 「価値の闘争」を打ち出したイギリスの危機感/3.11 千年河清を俟つごときイラクの現状と曙光/4.16 イギリス兵拘束と解放でイランが見せた宣伝戦/5.14 安倍首相中東歴訪で考える「日本の活路」/6.10 二〇〇七年サミットでは「中東問題」に沈黙/7.13 深化する強硬思想と戦うイギリス新首相の「人心掌握」/8.12 エジプトの改宗騒動が浮彫りにした人権概念の乖離/9.6 岐路に立たされるレバノンの宗派主義体制/10.14 情報リークが謎を深めたイスラエルのシリア攻撃/11.10 中東の秩序を支えてきたエジプトが悩む後継問題/12.7 イランNIE文書とブッシュ政権の「遺産形成」
2008   1.13 「祖父の地点」に逆戻りしたエジプトの近代改革/2.10 海底ケーブル切断が示した「帝国の通信ルート」/3.10 「八年前」を繰り返すごとき中東紛争/4.13 東南アジアの「穏健な」イスラームの可能性と限界/5.11 レバノン市街戦で蘇る内戦の危機/6.16 「オバマ大統領」誕生が道徳上の力となる可能性/7.14 次期政権を見据えて進む米「知的インフラ」の再編成/8.10 北京五輪が露呈させた「帝国中国」/9.15 フィリピン政治で解決不能なミンダナオ和平/10.12 世界金融危機で湾岸ドバイが岐路に立つ/11.8 オバマにのしかかる中東の「高すぎる期待」/12.15 ソマリア沖海賊問題へのアラブ諸国の複雑な感情
2009   1.12 イスラエルのガザ攻撃「国際世論は味方せず」/2.16 中東に歩み寄るオバマを待つ困難な決断/3.15 ドバイとサウジアラビアの「補完関係」/4.12 中東・イスラームに向けられた「オバマの言葉」
むすびに

関連年表
索引 ( 国名・地名/ 人名/ その他の事項)


※本書は『フォーサイト』(2005年1月号〜2009年5月号)に連載された「中東――危機の震源を読む」に加筆修正をしたものである。


≪著者: ≫ 池内恵 Ikeuchi Satoshi 1973年、東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授。東京大学文学部イスラム学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(大佛次郎論壇賞)、『書物の運命』(毎日書評賞)、『アラブ政治の今を読む』『イスラーム世界の論じ方』などがある。

ブルース・ローレンス「コーラン」(池内恵訳、名著誕生、ポプラ社、2008)







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本「自然はそんなにヤワじゃない 誤解だらけの生態系 (新潮選書)」花里孝幸5

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自然はそんなにヤワじゃない―誤解だらけの生態系 (新潮選書)
自然はそんなにヤワじゃない 誤解だらけの生態系 (新潮選書)

○著者: 花里孝幸
○出版: 新潮社 (2009/5, 単行本 175ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4106036392
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記憶力は悪い方ではないとの自覚があって、ときどきピコピコ♪と機能してみたりする。新潮社のホームページで新刊書籍を検索していたのは、村上春樹の新作小説が気になっていないわけではないのだけれど(ぼくが本を読むキッカケを与えてくれたのが村上春樹の旧い小説でたちで、それなりに読んだ)、今となっては昔の話?!、いまのぼくには2冊組のおよそ1,000ページを読んだら読んだでなにがしかの満足を得られるのであろうと思いつつ、いつも活用している図書館のweb予約状況を確認して300件以上の予約が入っている状況を確認して、すぐに無関係を決め込んだ。みんなが読む本を、みんながみんな読むんだったら、あえてぼくが読む必要性を感じない、などと言ってみたりしちゃう。そう、なにげなく“花里孝幸”の著者名に反応を示したのは、ぼくの名前に近いから?!、だけではなく、『ネッシーに学ぶ生態系』(岩波書店、2008)の記憶があったから??!、ピコピコピコ♪
ところで、「優占」って、ぼくには見慣れないことばが本書に多用されて説かれていて、とっても納得(正しく理解できているかどうかはまた別の問題として)。字のごとく、すぐれた(優れた)生物が多くを占める(優勢)ということ、かと。優れていない生物は淘汰されて、多くを占めることなく細々と生存するか、場合によっては絶滅しちゃう。自然はやさしくない、甘くない、容赦しない、厳しい。厳しいなかにあって結果として生き残れているということは、生き残るに値するなんらかの強さを持ちあわせているということで、なんらかの生き残る強さを持ちあわせていない生物は遅かれ早かれ生き残ることができずに消滅(絶滅)してしまうのであろう。逆から見るならば、消滅(絶滅)しない生物はなんらかの生き残る強さを持ちあわせているということでもあり、生き残ったものは強さを持ちあわせていたということが、ある意味においては証明されていることにもなろう。
ときどきぼくが生物学に関する著書を手にするのは、著書を手にしている時点ですでに生物学に興味がないわけではないのだけれど、しかし生物学につよい興味をいだくことができずに、名前をまったく覚えることができずに、つづけて深めて究めていこうという意欲は起きないのは、生態系攪乱や優占などにみられる生物多様性に、カンタンには言い表せないのだけれども、ぼくという社会性を欠いた存在(生物)が、ときおり(頻繁に?!)いだく、「ぼくなんか存在しない方がいいんじゃないか」とか「死んじゃった方がいいんじゃないか」といったような思いが、決してカンゼンに打ち消されて安穏としていられるようになる、といったカンタンなものではないのだけれども、ぼくがみずから手を下す(自死する)までもなく、ホントにぼくという存在(生物)が不必要なのであれば淘汰されて存在しえない(死体化する)のであろうことから、現に淘汰されることなく存在できてしまっている現状を考えるに、考えるまでもなく、ぼくは不要な無用な存在などではなく、だからと言って有用であるとも言えるわけではないのであろうが(無用でも存在することはできる、むしろ無用なものの方が攻撃を受けることがなく存在に適していたりする?!)、存在していてはいけないことはない(存在することが許されている、誰に??!、神か???)とも解することができるのかと。


≪目次: ≫
まえがき (二〇〇九年四月一日 長野県諏訪市にて 花里孝幸)
第一章 生物を差別する人間
邪魔者扱いされる雑草/すばらしい庭でしょう/虫けらはバカものか/やがてロボットになる人間/差別される微生物/クジラだけがなぜ贔屓される/微生物は環境浄化の万能選手ではない/嫌われ者のユスリカが人を助ける/ドジな犬がヒロインになるとき/アマゾン奥地の未開民族が問いかける/誰もが満足する環境はあり得ない
第二章 生物多様性への誤解
生物多様性と直感/プランクトンは殺虫剤にどう反応したか/大型種ほど殺虫剤に弱い/殺虫剤が生物多様性を上げる/汚れた湖の方が生物多様性は高い/食物連鎖とエネルギー/水域で矛盾することを望む人間/洪水が河川の生物多様性を上げる/洪水と人間社会/「見えない」と「いない」は大きなちがい/ビルや道路も多様性に貢献
第三章 人間によってつくられる生態系
温暖化で増える生物もいる/見えることの落とし穴/大きさで異なる生存戦略/人間の攪乱を喜ぶ生物/r‐戦略者が優占する生態系/r‐戦略者がつくる食物連鎖/連鎖のルートは変わる/かつてある生物が地球環境を激変させた/人間が生態系を変えた後
第四章 生態系は誰のためにあるのか
存在するだけで影響を与えている/故郷は人によってちがう/冷静に水田をながめると/水田の我田引水/里山は人間と自然のせめぎあい/昔ながらの景観の意味/生態系は人類のために/地球に人間はいらない/少子化社会の維持を/火星人に学ぶ/主観的な生態系の危うさ
参考文献


≪著者: ≫ 花里孝幸 (Hanazato Takayuki) 1957年東京生まれ。信州大学山岳科学総合研究所教授。理学博士。千葉大学理学部卒。国立環境研究所研究員を経て現職。専門は陸水生態学。特に湖沼の動物プランクトンの生態研究が中心。著書に『ミジンコ先生の水環境ゼミ』(地人書館)、『ミジンコはすごい!』(岩波ジュニア新書)、『ネッシーに学ぶ生態系』(岩波書店)など。
ネッシーに学ぶ生態系』(岩波書店、2008)

標高392m♪




本「凍った地球 スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)」田近英一5

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凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)
凍った地球 スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

○著者: 田近英一
○出版: 新潮社 (2009/1,単行本 195ページ)
○価格: 1,155円
○ISBN: 978-4106036255
おすすめ度: 2.0
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ここで重要なポイントは何かというと、ほとんどの種はいつか絶滅する運命をたどる、ということだ。生命史は、「進化の歴史」であると同時に、実は「絶滅の歴史」でもあるのだ。  (P.30)

・・・全球凍結と多細胞動物の出現との因果関係はどうなっているのだろうか。それは必ずしも自明ではないが、いくつかの可能性は考えられる。ひとつには、全球凍結が生物進化のフィルターとしての役割を果たしたというものである。全球凍結によって生物多様性が大幅に減少することでボトルネックが生じ、その直後に生物の多様化が促されたのではないかという可能性である。もうひとつ重要な要因として考えられることは、全球凍結直後に大気中の酸素濃度が増加したことによって、生物の大進化が促されたという可能性である。
(中略)
全地凍結イベントという破局的な地球環境変動が生じれば、生物進化に与える影響は計り知れない。全球凍結による生物多様性の大幅な低下と大気中の酸素濃度の増加が重なり、新核生物や多細胞動物の出現という、生物進化史上の大進化をもたらしたのだとしたら、全球凍結は生物の進化にとって決定的な役割を果たすものだったといえるであろう。
全球凍結が生じなければ、地球上の生物はいまだバクテリアのままだったかもしれないのだ。  (P.164-P.165)

全球凍結(スノーボールアース、Snowball Earth)”に関する著書として、
全地球凍結 (集英社新書、川上紳一 著、2003/9)
スノーボール・アース 生命大進化をもたらした全地球凍結 (ガブリエル・ウォーカー 著、早川書房、2004/2)


≪目次: ≫
まえがき (二〇〇八年十一月 東京にて 田近英一)
プロローグ
第一章 寒暖を繰り返す地球  1 南アフリカの大地に証拠が/2 氷河時代にいる私たち/3 赤道まで凍っていた
第二章 地球の気候はこう決まる  1 環境を決める三つの要素/2 一気に凍り、一気に融ける/3 太陽は少しずつ明るくなっている/4 地球環境はなぜ安定しているのか/5 プレートテクトニクスの役割
第三章 仮説  1 気づかれなかった論文/2 四つの謎が一つの仮説で解けた/3 零下五〇度から摂氏五〇度まで
第四章 論争  1 激しいやりとり/2 地球は横倒しになっていた?/3 生物はどうやって生き延びたのか/4 ソフトかハードか/5 答えは南極大陸に/6 なぜ全球凍結したのか
第五章 二二億年前にも凍結した  1 地球と生物の共進化/2 なぜ酸素濃度は急激に上がったのか/3 カナダ・ヒューロン湖にある地層
第六章 地球環境と生物  1 絶滅と進化の繰り返し/2 真核生物の誕生/3 生物進化に与えた影響
第七章 地球以外に生命はいるのか?  1 地球のような惑星/2 金星や火星にも海があった/3 存在するスノーボールプラネット
エピローグ


≪著者: ≫ 田近英一 Tajika Eiichi 1963年、東京都杉並区生まれ。東京大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。現在、東京大学大学院理学系研究科准教授。専門は地球惑星システム科学。2003年第29回山崎賞、2007年日本気象学会堀内賞受賞。著書に、『進化する地球惑星システム』『宇宙で地球はたった一つの惑星か』『地球惑星科学入門』『地球システム科学』『地球進化論』『新しい地球史』(すべて共著)等。


春ということばを使うことなくして今日ぼくが冷たい北風にあって感じた春をあらわす試みとしての・・・・・・




本「醜い日本の私 (新潮選書)」中島義道5

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醜い日本の私 (新潮選書)
醜い日本の私 (新潮選書)

○著者: 中島義道
○出版: 新潮社 (2006/12,単行本 205ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4106035739
おすすめ度:3.5
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新潮社の雑誌『考える人』(二〇〇二年夏号〜二〇〇五年冬号)に連載されたものに大幅加筆して書籍化された、とある本書(読み始めて知ったのであるが)を、“選書”である(文庫でも新書でもない)という理由からチョイスしたのであるが、、、読み始めてしばらくして(あくまでも冒頭部分においてであり、途中から考えが変わることは、ここに書き記すまでもない)、『考える人』に連載されたから、さすがに新書で、というわけにはいかなかったのかなぁ、、、とか、だから、単行本じゃないんだよ、、、などと、下世話な勘ぐりを抱くぼくは、十分に醜い(あぁ、「マイナスのナルシス」、、、他者に向かう視線は屈折して屈折して自己に向けられる、自己愛?!)。そもそも、醜さは人間であれば誰でもが有しているもので、醜さを持ち合わせていない人間など存在しえないけれど、だからといってその醜さ(相手や周囲に不快感を抱かせる)を隠すことなく前面に出してしまっては、潤滑な社会生活を営むことに困難が生じる。
「そんなに怒ってばかりいると、独りになっちゃうよ」と言われ続けて、案の定(ぼくは自分を変えることができなかったから)結婚生活が破綻して家を追い出されて(ぼくが出ることが、子どもへの負担がもっとも少ないであろうと判断して協議のうえで)独りになって(そのくせに混乱した、混乱し続けている)、それでもぼくは怒ることをやめられない(独りの生活も悪くない、むしろ気楽で快適であるとさえ感じ始めていることを逆の意味で懸念しないこともない?!)。かつては、怒った後には必ずと言っていいほどに自己嫌悪に陥ったものだが(今でも自己嫌悪に陥ることがないわけではない)、現時点においてもっぱら考えるのは、自らの(他者や周囲、社会に対する)怒りの正当性(不当な要求は許されない。正当性が担保されれば当然に主張しえる、その主張が認知されるか否かを別として)。ぼくが怒りの感情を抱くことは避けられない(個性!?)。怒りの原因でもあろう“不快”を察知するレベルの感覚の問題であり、そのセンサー(のようなもの)の機能性に個性や差異があってしかるべきで、同一性は担保されない。そんな怒り(不快)の感情を一定のレベルまで抑圧する努力を怠ることは許されないものであろうけれども、抑圧は歪みを生じるものであり、簡単に抑圧するべき(抑圧すればいいという)ものでもない。すでにそんなことを考えている時点において、円滑な社会生活(とくに結婚生活)を営むことを求めることに絶対的な無理や矛盾が生じていよう。

≪目次: ≫
1 ゴミ溜めのような街
明大前商店街/日本人は美に敏感である/祭と商店街/「醜」を排除しない体質/「うち」と「そと」/第一次輪郭線と第二次輪郭線/繊細な人の鈍感さ/秋葉原で三時間の読書!/芸術家は醜さに敏感か?/東京はポストモダン都市?/ヨーロッパ人も日本の「醜さ」を評価するようになった?/路上観察学会/東京の商店街は「きりりっとしている」?/金沢の耐えがたい醜さ/東日本もまるごとアジアである/京都は異国?/日本文化は簡素か?
2 欲望自然主義
日本は美しい/欲望自然主義とは何か?/副詞としての自然/「おのずから」と「みずから」/象徴的=観念的知覚/精神主義/「見えない」眼をつくる/永井荷風の嘆き/欲望自然主義と世間
3 奴隷的サービス
日本人客室乗務員と欧米人客室乗務員の違い/江戸しぐさ/奴隷的サービスを要求する客たち/一方向的コミュ ニケーション/「呼びかけ」の規則/ヨーロッパの夏休み/「人間だからまちがいはあります!」/「私はタバコを吸わないから、わからない」/「マインド・ザ・ギャップ!」/機械のようにしゃべる店員/「いらっしゃいませ、こんばんは」/「お箸、お入れしますか?」/「きれいに使っていただいてありがとうございます」
4 言葉を信じない文化
垂れ流しキャンペーン/『その油断 火から炎へ 災いへ』/祝詞としての言葉/オールコックの驚き/私と喧嘩すると店はつぶれる?/特殊日本的嘘/集団的催眠ゲーム/理系教官による文系教官いじめ/大学内に飛び交う怪文書/いじわるな私
5 醜と不快の哲学
醜と不快との関係/感受性と普遍化/感受性や信念の普遍化/生理的不快/美学的不快/倫理的不快/強力なパターナリズム/「振り込め詐欺に注意しましょう」/他者危害の原則/マイノリティの「迷惑」は切り捨てられる/愚行権/不快の多様性/微妙な「ずれ」の残酷さ/迫害されるとほんとうに「病気になっていく」理不尽さ/私は「治り」たくない!/感受性の「共生」をめざして
あとがき(二〇〇六年十一月中旬 紅葉の美しいころ 中島義道)

*「考える人」(二〇〇二年夏号〜二〇〇五年冬号)に大幅加筆した。


≪著者: ≫ 中島義道 (Nakajima Yoshimichi) 1946年生まれ。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。電気通信大学人間コミュニケーション学科教授。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『ウィーン愛憎』(中公新書)、『うるさい日本の私』『私の嫌いな10の言葉』『働くことがイヤな人のための本』『偏食的生き方のすすめ』(新潮文庫)、『〈対話〉のない社会』(PHP新書)、『ぐれる!』(新潮新書)、『悪について』(岩波新書)、『私の嫌いな10の人びと』(新潮社)など。


ダムダムダムダムダ、、、、、




本「秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)」石原千秋5


秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)
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書評/教育・学習





かつて、ぼくが参画している“本が好き!PJ”経由で新潮社より献本があって、タイトルの“大学”であり“受験”への拒否反応(ぼくは大学受験に失敗し、大学教育を受ける機会を逸している)を感じつつ、それでもどうしても拭い去れない興味♪、コンプレックスとマイナス思考が強いぼくは、素直に“憧れ”と表現できない。まずは否定して拒絶して、そしてやっと認識に到る。しかし、認識に到っても、すぐには興味と感じることができない認知障害!? 何ともややこしい作業と時間をも余計に費やして、ようやっと行動へと。ふぅ〜っ、、、という訳で、やっとのことで手にして、ボチボチボチボチッと拒否反応と闘い(のらりくらりと付き合い)ながら、それでもやっぱり取り上げられた過去問に挑めない。どうしようもない頑固で偏屈、救い難い、、、それがぼく♪
だから、結構な苦痛を伴う。本来、その制度やら意義やら云々の前に、乗り越えるべき受験勉強に挑まなかった。あれやらこれやら色々な理由を並べて、それは結局自分自身への言い訳でしかなく、とどのつまりは「回避しちゃった、現実逃避!」。ただそれだけ、問答無用。

しかし、今のぼくは文字を追うことには慣れている。拒否反応なんて当たり前。そんなのものは、いつだって(毎日毎日毎日)感じている。煩わしい人間関係に比べれば(比べるものでもないのだが)、余裕のよっちゃん♪、そう、ここ最近、“うつ”状態がよくなくて、目の奥がチリチリすること数知れず、かぁ〜っと熱くなって(外はまだまだ寒い)、何だかどうでもよくなっちゃったり、何事もヤル気が失せてしまったり、朝は起きられないし、まったく調子が優れない。仕方がないんだよ、上手く付き合っていくしかない。出来得る限り独りで引き籠って、無用な対人関係を避ける(もう誰も傷付けたくない!?)しかないのかな!?、などと考えながら、鬱鬱と読む本じゃぁないんだろうけどねぇ〜♪

ぼくは、今さら大学受験をする気もないし、受験のための特殊なテクニックやらを習得する必要もない(知っておくことは有益であろうが)から、“受験”であり“大学教育”が抱える問題、大学教育現場の現状とその歴史的背景などの知識として愉しんだ。
そうだよね、二項対立整理能力やら文脈要約能力やら、文学作品を読み解く手法の解説もあったりして、なるほどなるほど、、、 それでも僕の理解には遥かに及ばないのだけれども、頭に脳にインプット♪、ホントにぼくに必要なのであれば、いずれか必要とされるその瞬間に、きっと浮かび上がってくる!、と信じて、それ以上の深追いはしない。その辺りのいい加減さが、ぼくの悪癖で諸悪の根源なのかもしれないけれど、仮にそうであるのであれば、それはそれで仕方がない♪


≪目次: ≫
 第1章 大学受験国語は時代を映す
 第2章 近代の大学受験国語―教養主義の時代
 第3章 大学入試センターが求める国語力
 第4章 私立大学受験国語は二項対立整理能力
 第5章 国立大学受験国語は文脈要約能力








教養主義は階級社会とセットになっていたのだ。教養主義は階級社会に支えられ、上流階級は教養主義を自らの階級を他の階級と差別化する目印としていた。だから、教養主義は上流階級によって再生産され続けたのである。したがって、片方が消滅すればもう片方も消滅する運命にあった。こうして、教養主義と階級社会が消滅することで、近代日本は階級という桎梏(しっこく)を離れて多くの人が大学に進学する大衆教育社会を実現することができたのだ。
近代日本は教養主義の終焉という代償を払って階級社会と手を切ったのである。だとすれば、教養主義を復活させるためには階級社会をも復活させて、大学進学率を最大でも二十パーセント程度まで落とさなければならないことになる。それは、幸せな社会だろうか。
 (第2章 近代の大学受験国語、P.107-P.108)

構築主義の前提には、「言語論的転回」という言語にかかわる発想の転換があった。「コペルニクス的転回」をもじって言語論的転回と言っているので、「転回」はこの文字を用いる。これは一言で言えば「世界は言語である」とする思想である。もとはヴィトゲンシュタインの思想だが、この言語論的転回があってはじめて構築主義が成り立ったと言える。コペルニクスは、宇宙が動いていると考える「天動説」に対して、動いているのは地球の方だと「地動説」を唱えて、それまでの宇宙観をひっくり返した。「言語論的転回」はそれに匹敵する哲学上の「大発見」というわけだ。
僕たちはふつう世界が存在していて、それを言葉によって人に伝えていると思っている。しかし、これは言語道具説といういまや古くなった考え方だ。言語論的転回では、僕たちは言語を通してしか世界を理解することができない、いや、言語としてしか世界はぼく達にやってこないと考える。ベクトルが逆なのだ。世界から人間の方にベクトルが向いているのが言語道具説で、人間の方から言語を通して世界にベクトルが向いているのが言語論的転回の考え方である。
ただし、この説明は厳密ではない。もう少し厳密に言えば、言語論的転回においては、言語のベクトルの先に実体としての世界は想定されていないからだ。僕たちはモノそのものにふれることさえできない。「世界は言語である」と考えるのだから、言葉がすべてなのだ。妙な言い方をするなら、僕たちが生きている世界はすべて言語で汚染されている。言語の外に世界はない。僕たちはまるで言語の世界に閉じ込められている。だから、言語論的転回のような考え方を、別の言い方で「テクストに外部はない」とか、やや否定的に「言語の牢獄」と呼ぶ人もいる。
 (第4章 私立大学受験国語は二項対立整理能力、P.151-P.152)

本「世界文学を読みほどく −スタンダールからピンチョンまで」池澤夏樹5


世界文学を読みほどく −スタンダールからピンチョンまで (新潮選書)
著者: 池澤夏樹
単行本: 445ページ
出版社: 新潮社 (2005/1/15)




池澤夏樹が2003年9月15日〜21日の7日間に全14回、京都大学文学部の夏季特殊講義を行った議事録の書籍化。
読了後の満足感に満たされて、興奮状態が冷めやらぬままに、色々と書き記したいことが取り留めもなく溢れてきて、、、思いつくままに、とりあえず書き記し始めよう。

講義のテーマは、19世紀と20世紀の欧米(世界と言って過言ではない!?)の傑作長篇小説10篇+α(自著作品)についての、まさに「世界文学を読みほどく!」なんだけど、、、何を隠そう、僕が読んだことがあるのは、ガルシア=マルケス「百年の孤独」だけで、それも相当に苦しみながら長い時間を費やして、それでも文字を追うのが精一杯、単に「読んだ」だけ。ドストエフスキー、トルストイ、トウェインくらいは名前を知っていても、スタンダール、メルヴィル、ピンチョンは、まったく存じ上げない無知。学生時代の不勉強を今さら悔んでみたところで、残念ながら(?!)時間を巻き戻すことなど到底できないのだから、「これからじっくりたっぷり挑む愉しみを得た!?」としよう。

最近、営業職として入社した会社の仲間で、つい先日に研修ということで半日同行した30代前半の男性スタッフ(ん〜、仮に「いわやん」にしよう)と、色々話しをする中で読書談義に展開したところで、何といわやんは大学の文学部を卒業していて、さらには卒論が「池澤夏樹」だったことが判明。偶然にしては出来過ぎ(笑)!?
そう、その時にいわやんは自嘲気味に「文学なんて役に立たない」などと言っていたのだが、僕は「へぇ〜、スゴイね! だって、文学って何にだって応用が利く、人間の基本中の基本、根源の部分の学問じゃん!」のようなことを言ったと思うのだが、遅蒔きながらも約一年半前の36歳の夏にして、本の愉しみというのか悦びに目覚めて、それまでは小説というものを「作り物の偽物だ!?」などと詭弁を唱え、読んだことさえなかった僕は、現在では本がなければ生きていけないほどの重度の依存症を自負している。小説を愉しむにも、広範な知識が求められ、果てしなく繰り広げられる無限の世界(?!)に、時に途方に暮れつつも、それでも、読めば読むほどに拡がりを得られる世界(?!)は、「僕が何者であるのか?」とか、「何故に生きるのか?」などという、人間の根源的な問いに対して、決してその答えを簡単に導くことをしないんだけれども、自己の行動や思考、在り方などの規範の形成を助け、何よりも、僕に生きる勇気を与えてくれる。

とどのつまりが、ここ(この著作であり、そのベースとなる講義)で池澤夏樹によって「読みほど」かれる世界文学作品は、既に作家らの手を離れ、世界中で多くの人びとを魅了し愛され続けてきて、多くの評論家(池澤夏樹も含まれよう)の研究対象とされてきて、様々な解説が展開されているもので、だから池澤夏樹もまた、それらの過去の解説をも踏まえた上で、題材とする世界文学を媒介として、「池澤夏樹なりの論説を解く」のであるから、僕は僕なりの解釈(理解)を得る助けとすればいい。池澤夏樹は、どんなに頑張ったところで作者じゃない(自著の解説もしているが)から、あくまでも池澤夏樹の自らに集積された知識や経験がベースとなる。池澤夏樹が、北海道に生れ、実の両親との確執があって、生まれた北海道だって遡れば開拓者として淡路島から移住してきた経緯があって、両親の離婚を経た幼少の頃に母と東京に移り住み、物理学を志した大学を中退し、南太平洋の島々を中心に世界を旅し、時にギリシャに暮らし、沖縄に居を構え、現在のフランス・フォンテーヌブローでの暮らしに至る、ひとつの地に留まることなく巡ることを欲する生き方、その人生観であり、そこから得られた世界観。

それでも、僕がガルシア=マルケス「百年の孤独」を理解できなかった(単なる意地だけで読み切った)ように、傑作といわれる長篇小説を理解し愉しむに至るまでは、それなり以上の知識と経験を必要とされる。だから、いきなり何の準備もないままに挑んだとしても、愉しみを感じるどころか、すぐに苦痛と挫折を味わうのがオチであり、作品に籠められている、地理や歴史や民族や宗教や文化的な背景があって、作者の生い立ちであり置かれている社会的な状況があって、そんなこんな深いところまでの理解が得られなければ、ホントの理解は得られない!
それでも、「ホントの理解って何?」と考えるに、またまた「作者には成り得ない」が顔を出し、「ホントの理解など有り得ない」となるから、であるならば「理解し得る状況は決して訪れることがない」ともなってしまい、とすると「理解し得ないから読まない」の選択と、また一方では「理解し得ないから読む」の選択があって、それは読者(僕)の意思によるものでもあろう。
池澤夏樹も講義に先立ち、学生に対し「できれば読むように」に止めている。
文学を志す文学部の学生だから、世界文学を読み解くことが、学生として求められる勉学なのかもしれないけれども、考えようによっては、無理をして読むことによって苦痛を感じてしまうよりも、講義(読了)によって理解の助けを借り、その結果として興味が抱かれた後に着手する読み方だって、充分に考慮されていい。


≪目次:≫
パルムの僧院(La Chartreuse de Parme,1839)』
 スタンダール(Stendhal,1783.1.23-1842.3.23,フランス)
アンナ・カレーニナ(Анна Каренина,1877)』
 トルストイ(Lev Nikorajevich Tolstoj,1828.9.9-1910.11.20,ロシア) 
カラマーゾフの兄弟(Братья Карамазовы,1880)』
 ドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский,1821.11.11-1881.2.9,ロシア)
白鯨(Moby-Dick,1851)』
 メルヴィル(Herman Melville,1819.8.1-1891.9.28,アメリカ)
ユリシーズ(Ulysses,1922)』
 ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce,1882.2.2–1941.1.13,アイルランド)
魔の山(Der Zauberberg,1924)』
 マン(Paul Thomas Mann,1875.6.6-1955.8.12,ドイツ)
アブサロム、アブサロム!(Absalom, Absalom!,1936)』
 フォークナー(William Cuthbert Faulkner,1897.9.25-1962.7.6,アメリカ)
ハックルベリ・フィンの冒険(Adventures of Huckleberry Finn,1885)』
 トウェイン(Mark Twain,1835.11.30-1910.4.21,アメリカ)
百年の孤独(Cien años de soledad,1967)』
 ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquez,1928.3.6- ,コロンビア)
静かな大地(2004)』
 池沢夏樹(1945.7.7- ,日本)
競売ナンバー49の叫び(The Crying of Lot 49,1966)』
 ピンチョン(Thomas Ruggles Pynchon,1937.5.8.- ,アメリカ)








本「日本売春史―遊行女婦からソープランドまで」小谷野敦5


日本売春史―遊行女婦からソープランドまで
著者: 小谷野敦
単行本: 239ページ
出版社: 新潮社 (2007/09)




壮大な目論見を見守りたい。

小谷野 敦(こやのあつし,1962.12.21- )は比較文学者、評論家。東京大学非常勤講師。近代的理念を再評価する「新近代主義」の立場を取り、現代日本の論壇人への苛烈な批判で知られる。 〜Wikipediaより
『猫を償うに猫をもってせよ(小谷野敦のはてなダイアリー)』

エイズという梅毒より恐ろしい性病が現れたいま、売春非合法だが存在する状態にしておくのは、現実的政策とはいえないだろう。ヨーロッパ並に合法化し、性病予防を徹底するべきであろう。(P.194)”
だから、本文の最後に書き記す、
私の目的は、ここに達成された。というのは、中世遊女は聖なるものであったと論じる者たちを私は批判したが、彼らの多くは、現代の娼婦について語ろうとしないからだ。(中略) 現在わが国に存在する職業としての売春を黙殺して、過去を賛美するような行為は不誠実である。古代から現代に至るまでの、一貫した日本売春史を記述することによって、そうした論者たちを追い詰めることが目論見だった。(P.208)”


約150以上もの参考文献を紐解き、ほとんど資料らしきものが存在しない古代まで遡った、比較文学的論評。
ちなみに、比較文学とは、文学作品などを比較して、表現・精神性などを対比させて論じる文学の一分野。〜Wikipediaより
売春や娼婦など、日本の精神史を解いた過去の数多の文献を検証し、時に痛烈な批判を展開する。ばっさばっさと、痛快にメッタ斬り。あまりの独断振りに、暫し言葉を失うも、なるほどなるほど、それが”比較文学比較文化”的な理論展開なのかも!?、と何となく納得、嫌いじゃない。曖昧な人情論や感情論による展開を排除。


人類セックスの特徴は、発情期がなく、常にセックスが可能であることだ。(P.17)”
”多くの側室を持った明治天皇に対し、大正昭和天皇は、一妻であった。
(P.24)”
それが事実であり、現実。否定しても、忌避して隠しても、どうなるものでもない。

人間の本能と、需要と供給、その必然。
人類が、生殖を目的としない、快楽のためのセックスをするであることは確かだ。(中略) セックスの後で男が消え去ってしまい、女が妊娠すれば、それを引き受けるのは女だから、女は不特定多数とのセックスを忌避するだろう。もし、妊娠を回避する確実な方法を彼らが知っていたら、男女ともに快楽を求める結果として、売春は発生しなかったかもしれない。(P.17-18)”

それにしても、ここで紹介した研究書のほとんどが現在入手困難で、人はこれほどまでに歴史の暗部から目を逸らしたがるものか、と思う。(P.145)”
”要するに日本の一般人は、けなげな下級女郎の悲劇や、聖なる遊女論のようなものを好むのだと言うほかない。
(P.107)”


”まえがき”の冒頭に書き記す、
「われわれにとって容易なことでなく、またそうすることが大へん必要なのは、ある本に刺戟を受けたときに、原著者に猛烈に嫉妬することではないかと私には思われる。嫉妬するということは、なぜそのような本が自分または自分たちによって書かれないのかと真剣に問い質すことである」。
十六年前に書かれた、文化人類学者・山口昌男の『本の神話学』(中公文庫、元本は一九七一)の冒頭に、「翻訳餓鬼道」、つまり外国(もっぱら西洋)の著者の翻訳して、それで済ませてしまう態度への批判が書かれている。



≪目次≫
第1章 売春に起源はあるのか
第2章 古代の遊女は巫女が起源か
第3章 遊女論争―網野善彦による「密輸入」
第4章 「聖なる性」論の起源
第5章 中世の遊女と網野史学
第6章 近世の遊女史
第7章 岡場所、地方遊廓飯盛女
第8章 日本近代の売春―廃娼運動と自由恋愛
第9章 現代日本にも存在する売春―カフェ赤線ソープランド








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