Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

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本「プラトン 哲学者とは何か (シリーズ・哲学のエッセンス)」納富信留5

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プラトン―哲学者とは何か (シリーズ・哲学のエッセンス)
プラトン 哲学者とは何か (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 納富信留
○出版: 日本放送出版協会 (2002/11, 単行本 123ページ)
○定価: 1,050円
○ISBN: 978-4140093023







青年プラトンが経験したソクラテスとの衝撃的な出会いから、哲学は始まった。哲学者の生を生きるとは、どういうことなのか。「対話」「現実」「生」という三つの言葉を手がかりに、プラトンがどのような謎と格闘し、どのように生を実現したかをたどり、「哲学の始まり」が何であったかを考える。


≪目次: ≫
はじめに

第一部 対話
出会い/時代のギャップ/「知者」ソクラテス/対話篇という謎/時代への眼差し/対話する人々の顔/時代への呼びかけ/書かれた対話/対話篇の逆説/言葉が生を吟味する/ソクラテスの問い/アポリアと空とぼけ/アポロンの信託/対話の生

第二部 現実
現実との対決/クリティアスの失敗/クリティアスとプラトン/クリティアスの吟味/「思慮深さ」の理解/政治イデオロギー/クリティアス論駁/悪の原因/政治と哲学のギャップ/現実への目眩/現実の混沌/現実の逆転/根拠の絶対性/プラトンの呪縛/魂を向けかえる/対話の術/哲学者による政治/政治への跳躍

第三部 生
ソクラテスの死/洞窟の暗闇で/ソクラテスの告発/ソクラテスと政治.「政治」という理念/政治家ソクラテス/ソクラテスと教育/対話の可能性/ソクラテスと敬神/不知と神/ソクラテス裁判の逆転/言葉と生/ある絶対的なものとの出会い

プラトン小伝
読書案内
あとがき (二〇〇二年 秋 納富信留)
人名索引
鍵となる言葉


≪著者: ≫ 納富信留 (のうとみ・のぶる) 1965年東京都生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院修士課程修了。ケンブリッジ大学古典学部博士号取得。九州大学文学部助教授を経て、慶応義塾大学文学部助教授(を経て、慶応義塾大学文学部教授)。専門は西洋古代哲学。主な著書に『ソフィストと哲学者の間――プラトン『ソフィスト』を読む』(名古屋大学出版会)、『空間へのパースぺクティヴ』(編著、九州大学出版会)ほか。

納富信留 『哲学者の誕生 ソクラテスをめぐる人々」(ちくま新書、2005年) '12/11/23
プラトン 『ソクラテスの弁明』(納富信留 訳、光文社古典新訳文庫、2012年) '12/11/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01

熊野純彦 『カント 世界の限界を経験することは可能か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '12/09/28
檜垣立哉 『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/10/04
入不二基義 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/09/11
小泉義之 『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003年) '09/06/06
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/12
神崎繁 『フーコー 他のように考え、そして生きるために』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/06
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/04/12





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本「カント 世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)」熊野純彦5

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カント―世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)
カント 世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 熊野純彦
○出版: 日本放送出版協会 (2002/11, 単行本 125ページ)
○定価: 1,050円
○ISBN: 978-4140093030
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やっぱり主著としては、『純粋理性批判』ということで、おおかたの意見は一致すると思われる、常識的な線にしたがえば、カントの哲学はなによりもまず批判哲学なのであって、いわゆる三批判書と呼ばれるものこそが、カントの実質的な主著であると考えるのが妥当なところであり、なかでも『純粋理性批判』が主著のなかの主著であることについて、、、とは巻末の読書案内において

第一アンティノミー(「二律背反」)において、テーゼ(肯定的な命題、「定立」)を「世界は、時間的・空間的に有限である。」とし、アンティテーゼ(否定的な主張、「反定立」)を「世界は、時間的・空間的に無限である。」として



世界の始まりをだれも見たことはない。だれも世界の果てを見ることはできない。それでもなぜ、ひとは世界の始まりや果てについて考えてしまうのか。そして、思考の限界をのぞきこむ経験とはいったいどんなものなのか。〈境界〉をめぐるカントImmanuel Kant, 1724-1804)の哲学的思考を鮮やかにとらえる。


≪目次: ≫
序章 青ぞらのはてのはて
1 問いの始まりへ

「ビッグバン」の、そのてまえ/問いの始まり、思考の始まり/有限なじぶんを超えるもの
2 世界の始まりをめぐる思考
拒むことも答えることもできない問い/神、自由、魂の不死、世界の始まり/世界の始まりをめぐる思考

第一章 世界は始まりをもつか?
1 世界の限界をめぐる問いへ

アンティノミーとはなにか/四つのアンティノミー/第一アンティノミー
2 世界は有限か、無限か?
背理法による証明をめぐって/テーゼの証明について/アンティテーゼの証明について
3 過ぎ去った永遠、空虚な時間
テーゼの証明・再考/「無限量」という問題をめぐって/アンティテーゼの証明・再考
4 世界は経験を超えている
超越論的観念論という立場/第一アンティノミーはほんとうの「対立」になっているか/「現象の総括」としての世界
5 世界は有限でも無限でもない
「経験的遡源」という視点/第一アンティノミーの「解決」/カント自身による証明――矛盾対当と弁証論的対当

第二章 神は世界のそとにある?
1 〈見ること〉とその形式

超越論的観念論・再考/超越論的感性論の課題/形式と素材の区別について
2 見えるもの、見えないもの
認識は経験から開始される/空間はア・プリオリな形式である/「現象」と「物自体」の区別、あるいは超越論的観念論
3 時間と空間を超えるもの
超越論的感性論の位置について/超越論的感性論がなぜ重要なのか/「一般的注解」について――神は時空を超越する
4 神の存在は証明できるか?
第四アンティノミー/第三アンティノミーについて/神の存在論的証明をめぐって
5 思考の底知れない裂け目
因果律による証明、目的論的な証明、存在論的な証明/最高存在の独語――「理性の深淵」について/なぜ偶像崇拝が禁止されるのか――「崇高なものへ」

第三章 〈不可能なもの〉をめぐる経験
1 感覚と、感覚を超えるもの

道徳神学の問題――「理想」論から「要請」論へ/『判断力批判』の課題――感性的なものと超感性的なもの/『判断力批判』の構成をめぐって
2 美しいことと気高いこと
「感情的判断力」の問題/「美しいもの」と「崇高なもの」/『美と崇高なものにかんする観察』
3 他のすべてを超えて大きなもの
数学的崇高と力学的崇高の区別/数学的に崇高なもの――比較を絶して巨大なもの/大きさの「感情的な評価」という問題
4 無限なものと〈不可能なもの〉
美と崇高の区別・再考――かたちなきかたち/無限なものの影、〈不可能なもの〉の経験/呈示されえないものを呈示すること――構想力にとっての「深淵」
5 〈境界〉をめぐる思考
大きすぎること、近すぎること、遠ざかりすぎること/崇高と不可能なもの――〈境界〉をめぐる経験/〈境界〉をめぐる思考

カント小伝
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あとがき (二〇〇二年 秋 熊野純彦)


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年神奈川県生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業。同大学院博士課程単位取得退学。東北大学文学部助教授等を経て、東京大学文学部助教授(を経て、東京大学教授)。専門は倫理学。主な著書に『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房)、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)ほか。


神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに』(大西克智、楠川幸子、村上勝三、上野修 著、講談社選書メチエ、2012年) '12/07/15
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '12/06/17
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '12/06/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(乗立雄輝/小田部胤久/滝口清栄/杉山直樹 著、講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(近藤智彦/土橋茂樹/永嶋哲也/周藤多紀/山本芳久/上枝美典/加藤和哉/藤本温/山内志朗 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13

イマヌエル・カント 『道徳形而上学の基礎づけ  Grundlegung zur Metaphysik der Sitten, 1785 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2012年) '12/09/10
カント 『純粋理性批判 1234567  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2010〜2012年) '10/02/21〜'12/02/13
カント 『永遠平和のために』(宇都宮芳明 訳、ワイド版岩波文庫、2005年) '08/11/25
カント 『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/09/02

坂部恵/佐藤康邦 編著 『カント哲学のアクチュアリティー 哲学の原点を求めて』(黒崎政男/松山壽一/渋谷治美/小田部胤久/勢力尚雅/山根雄一郎/滝沢正之 著、ナカニシヤ出版、2008年) '12/09/21
佐藤康邦 『カント『判断力批判』と現代 目的論の新たな可能性を求めて』(岩波書店、2005年) '12/09/17
村岡晋一 『ドイツ観念論 カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲル』(講談社選書メチエ、2012年) '12/09/06
カント研究会 編、石川求・寺田俊郎 編著 『世界市民の哲学 (現代カント研究12)』(晃洋書房、2012年) '12/05/04
中島義道 『悪への自由 カント倫理学の深層文法』(勁草書房、2011年) '11/11/18
竹田青嗣 『完全解読 カント『実践理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '11/01/05
中島義道 『『純粋理性批判』を噛み砕く』(講談社、2010年) '10/10/26
竹田青嗣 『完全解読 カント『純粋理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '10/06/09
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963.』(國分功一郎 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
中島義道 『カントの自我論』(岩波現代文庫、2007年) '09/06/24
中島義道 『カントの法論』(ちくま学芸文庫、2006年) '09/02/09
中島義道 『カントの人間学』(講談社現代新書、1997年) '09/02/07
中島義道 『カントの時間論』(岩波現代文庫、2001年)'09/01/28
中島義道 『カントの読み方』(ちくま新書、2008年) '09/01/23





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本「すぐに役立つ はじめてのドイツ語 (NHK CDブック)」関口一郎5

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本「すぐに役立つ はじめてのドイツ語」関口一郎
すぐに役立つ はじめてのドイツ語 (NHK CDブック)

○著者: 関口一郎
○出版: 日本放送出版協会 (1992/2, 単行本 150ページ)
○価格: 3,262円 (品切れ)
○ISBN: 978-4140392003
おすすめ度: 5.0
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そう、記憶力について。
加齢(老化)にともう「記憶力の減退」に同意を求められて(なにげない会話のなかで)、ついつい「年齢を重ねることによって記憶力の使い方というか、記憶力にたいして、みずからが求めるところが、周囲から求められることが、ずいぶん変わってきた」などと力説して反論するには、明確に記憶力の減退を意識している、ハッキリと自覚がある。記憶力の減退を認知するか否かは、ともかくのこととして。
ドイツ語をはじめて、いちおう全15回の講義「ドイツ語入門」をひととおり終了して、二巡目に着手して(並行して英文法と日本語学!?)。もっとも、一巡目を、とにかく一度最後まで終わらせることを主目的として、理解を二の次として。ぼくのなかでは、すでに若くないぼくの語学学習の目的は、そのひとつには単位取得があることを意識しながら、ドイツ語で書かれた文献を原語で読みたい!、であり、まぁ、そう考えるには、分かるまで、分からない理解できないことを前提として、分かるまでくりかえしくりかえし、とにかく分かるまでくりかえしくりかえし、分かるまでくりかえしくりかえし、、、日常的に使用されている言語であり、廃れることなく現在も使われている言語であること考えるには、まぁなんとかなるだろう、あの手この手と頭も使って、時間と労力を惜しまなければ、いずれやがて


≪目次: ≫
はじめに (1992年2月 関口一郎)
本書の使い方 (発音と「カタカナ表記」、付属のCDについて/キーセンテンスとその応用/応用対話例/単語と応用表現のコーナー/文法のまとめ)

1 文字と発音/2 あいさつの表現/3 自己紹介/4 飲食の好み/5 レストランで(1)/6 レストランで(2)/7 ワインとビール/8 趣味を語る/9 道をたずねる/10 持ち物と品定め/11 買い物/12 お金の表現/13 鉄道の旅/14 ホテルで/15 質問と申し出/16 郵便/17 体験を語る/18 経歴を語る/19 待ち合わせの約束/20 自動車/21 入場券を買う/22 芸術について語る/23 観光地で/24 写真を撮る/25 天気の話/26 からだの具合/27 招待(1)/28 招待(2)

文法のまとめ
-1 人称(人称代名詞/2人称親称のduとihr)/-2 動詞の現在人称変化(規則動詞の現在人称変化/seinとhaben/seinの基本的な意味/habenの基本的な意味/fahren型の不規則動詞/sprechenの不規則動詞/その他の不規則な動詞/werdenの3つの用法)/-3 命令・願望の表現(Sieに対して/duに対して)/-4 分離動詞/-5 語法の助動詞(話法の助動詞の現在人称変化/助動詞の構文/話法の助動詞の独立用法/未来・推量の助動詞 werden/使役の助動詞 lassen/「〜がほしい」「…したい」のmöchte[n])/-6 動詞の3基本形(規則動詞/不規則動詞1/不規則動詞2/分離動詞の過去分詞/過去分詞にge-のつかない動詞/重要な不規則動詞)/-7 現在完了形(現在完了形の基本構文/haben支配とsein支配/過去完了形)/-8 過去形(過去形の人称変化)/-9 受動文(状態受動)/-10 再帰動詞(再帰代名詞/再帰動詞)/-11 非人称動詞/-12 zu不定句(zu不定句のいくつかの用法)/-13 接続法
-1 名詞の性格と冠詞(名詞の性と冠詞/名詞の「格」)/-2 冠詞の用法と格変化(定冠詞・dieser型の格変化/定冠詞/dieserなど/不定冠詞・否定冠詞/所有冠詞)/-3 名詞の複数形(同尾式、e式/er式/n式、s式/s式/n式、s式以外/student型の名詞(男性弱変化名詞))/-4 人称代名詞の格変化/-5 指示代名詞の不定代名詞(指示代名詞/不定代名詞/man)/-6 関係代名詞(定関係代名詞/関係副詞のwo/不定関係代名詞のwasとwer)/-7 形容詞と副詞/-8 形容詞の格変化/-9 形容詞の比較変化(最高級の用法)/-10 形容詞の名詞化(形容詞の中性名詞化)
-1 動詞と文の語順(定形(定動詞)と不定形/定形2位の原則)/-2 疑問文の語順(Ja/neinで答える疑問文は定形1位/疑問詞のついた疑問文)/-3 副文と接続詞(並列の接続詞/副文と従属の接続詞)/-4 前置詞(3格支配の前置詞/4格支配の前置詞/3・4格支配の前置詞/前置詞と定冠詞の融合形)
duを使う会話(海外旅行/ドイツ語研修/ドイツ留学/仕事でのドイツ滞在/duとihrを主語とした動詞の基本的人称変化)
数/年号/月/季節/曜日


≪著者: ≫ 関口一郎 (せきぐち いちろう, 1946-2001) 1946年 長野県茅野市に生まれる。上智大学卒業。早稲田大学大学院博士課程修了。1976〜78年 アーヘン大学に留学。慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス 総合政策学部(言語コミュニケーション研究所)教授。著書「マイスター・ドイツ語コース」(全3巻〈文法〉〈表現〉〈語法〉、大修館書店)、「慶應湘南藤沢キャンパス・外国語教育への挑戦」(三修社)、「役に立つドイツ語会話」(三修社)、「ドイツ語表現ハンドブック」(白水社)、ほか。

関口存男、関口一郎改訂 『関口・新ドイツ語の基礎  Bausteine der deutchen Sprache (復刻版・CD付)』(三修社、2008年) '10/05/03





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本「暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る (NHKブックス1099)」山極寿一5

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暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る (NHKブックス)
暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る (NHKブックス1099)

○著者: 山極寿一
○出版: 日本放送出版協会 (2007/12, 単行本 244ページ)
○価格: 1,019円
○ISBN: 978-4140910993
おすすめ度: 4.0
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そう、どこからきたか?、そして、どこへいくのか♪
根源的な問い、生物学的に、とくにヒトに近しいサルゴリラチンパンジー


≪目次: ≫
はじめに(戦いの記憶/暴力はどこからきたか)
第一章 攻撃性をめぐる神話    1.人類の進化史と攻撃性(武器をもった猿人?/「血塗られた歴史」という物語/ローレンツの描く「人間性」)/2.狩猟仮説(狩猟民は攻撃的か/攻撃性は本能に直結しない/祖型人類は狩猟民か/人類が受け継いだものの研究)/3.暴力とは何か(暴力への愛憎/『キング・コング』という誤解/異種への攻撃性と同種への攻撃性/争いと暴力の原点を探る)
第二章 食が社会を生んだ    1.生物がともに生きる意味(熱帯雨林に生きるということ/霊長類始まりの地/共生の森から/種子散布という戦略/霊長類と被子植物の共進化)/2.食べることによって進化した能力(ゴリラのグルメ/霊長類の始まりの姿/葉食を可能にするメカニズム/ヒトに受け継がれた類人猿の食性)/3.食物の違いがもたらすもの(霊長類だけがもつ特徴/食と体軀の多様な関係/食の相違が左右する社会構造)/4.ニッチとテリトリー(熱帯雨林は食物の宝庫か/鳥類のテリトリーと食虫類のテリトリー/単独行動ペア型テリトリー)/5.昼の世界が集団生活を生んだ(単独で暮らす夜行性のサルたち/群れを作る昼行性のサルたち/昼の世界がもたらすもの)/6.食物と捕食者の影響(真猨類は単独生活をしない/食物の質と分布が「群れ」を生むのか/身を守るために群れる)/7.食物をめぐる争いと社会性の進化(テリトリーから群れへ/優劣順位により争いを回避するニホンザル/スクランブルとコンテスト、二つの競合のかたち/食による社会理解の盲点)
第三章 性をめぐる争い    1.インセストの回避と社会の進化(サルたちのインセスト回避/家族の起源)2.ペア生活の進化(ペア生活のもたらす利益/テナガザルのペア生活/ペアと育児の関係)/3.メスがオスの共存を左右する(オスが単数の群れと複数の群れの違い/出産期間かメスの数か/性皮の有無が分けるもの/人間集団の性の不思議)/4.母系と父系(「血縁のないメス社会」という謎/ニホンザルの血縁関係/チンパンジーの社会性に迫る.群れを移籍するメスゴリラ/メスゴリラのいさかいとオスの仲裁/霊長類の母系と父系)/5.娘と息子のゆくえ(インセストの回避が霊長類の社会構造を動かす/DNAが明かすサルたちの血縁/チンパンジーとボノボの交尾回数/ゴリラの旅立ち/インセストタブーがもたらす共存)
第四章 サルはどうやって葛藤を解決しているか    1.優劣順位とは何か(直線的に序列を決めるオスニホンザル/メスニホンザルの家系順位/群れの中の序列をどう読むか)/2.所有をめぐる争い(「先行者優先の原則」の混乱/序列意識の強いサルと弱いサル)/3.和解の方法(サルのさまざまな和解/チンパンジーは仲直りに積極的/「ホカホカ」で緊張を抑えるボノボたち/ゴリラが見つめ合う理由/仲裁と介入はどう違うか/三角関係のもつれをゴリラはどう収めたか/弱者による仲裁)/4.食物を分配する類人猿(ゴリラたちの食卓/小さなゴリラが大きなゴリラをどかす/仲間に食物を乞うチンパンジー/ボノボの食物乞いは自己顕示なのか/類人猿以外のサルたちの分配/食物を分け与えるという戦略)/5.性の相手は分けられない(異性をめぐる争いに解決策はあるか/順位の低いオスほど交尾する?/メスチンパンジーをめぐるオスたちの同盟/ボノボの不思議な発情/オスたちの共存、ボノボ・チンパンジー・ゴリラ/娘ゴリラと父親の別れ/DNAが明かす父親ゴリラと息子の関係)
第五章 暴力の自然誌――子殺しから戦争まで    1.子殺しと社会の変異(病理か必然か/子殺しを生む社会/メスゴリラが群れを出るとき/子殺しの有無が社会構造を変える/「子殺し」発生の波紋/交尾と授乳の衝突/父性という抑制装置/人間社会は性と暴力をコントロールしているか)/2.人間はどう進化してきたか(人類誕生の地から/初期人類のチンパンジーとの違い/二足歩行と狩猟/脳の進化と肉食/食べられる獲物としての人類/森を出た人類・森に残った類人猿)/3.家族と不思議な生活史(二足歩行起源の諸説/二足歩行が生む分配/「多産」という人類の初期条件/人類と子殺し/祖型人類の社会構造を探る/インセストタブーが「家族」を生んだ/家族が分かち合うもの)/4.分かち合う社会(狩猟民の惜しみなき分配社会/贈与されるのは心理的負債か/「分け与える」ことと「分かち合う」ことは違う/類人猿と人類の分配の違い/食物のもつ社会的な力)/5.所有と家族の起源(家族という社会/歌は言語に先立つ)/6.戦いの本質とは何か(チンパンジーは戦争をするか/拡大した共同体のゆくえ/大量殺戮はなぜ生まれたのか/狩猟的空間認知と農耕的空間認知/起源への問いが戦争を呼ぶ/霊長類としての人類の可能性)
参考文献
おわりに
(二〇〇七年一一月 ガボンの森、ムカラバのキャンプにて 山極寿一)


≪著者: ≫ 山極寿一 (やまぎわ・じゅいち) 1952年東京生まれ。京都大学大学院博士課程修了。理学博士。現在、京都大学大学院理学研究科教授。日本霊長類学会会長。専攻は霊長類社会生態学、人類進化論。長年にわたり、フィールドにて野生のニホンザルやチンパンジー、ゴリラの社会的行動の姿を追うとともに、その保護活動でも国際的に活躍する。著書に『ゴリラ――森に輝く白銀の背』(平凡社)、『ゴリラとヒトの間』(講談社現代新書)、『家族の起源――父性の登場』『ゴリラ』(ともに東京大学出版会)、『オトコの進化論――男らしさの起源を求めて』(ちくま新書)、『父という余分なもの――サルに探る文明の起源』(新書館)、『サルと歩いた屋久島』(山と渓谷社)ほか多数。





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本「鳥たちの旅 渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス1038)」樋口広芳5

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鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス)
鳥たちの旅 渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス1038)

○著者: 樋口広芳
○出版: 日本放送出版協会 (2005/9, 単行本 251ページ)
○価格: 1,218円
○ISBN: 978-4140910382
おすすめ度: 5.0
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鳥にとっては、日本も中国もロシアも韓国も北朝鮮も、人間がカッテに(政治的に)決めた国境なんてカンケイナイ。より好適な環境を求めて、エサが豊富なところに、その特長である翼(羽根)をつかって移動


≪目次: ≫
はじめに (二〇〇五年四月二〇日)
機…擦領垢鯆匹
一章 鳥の旅、その1 特定個体の旅を追う
    コハクチョウ「のり子」の旅/マナヅル親子、春の旅/秋、出水への旅/サシバ「福ちゃん」「新子」の国内旅行/ハチクマ「あずみ」、東アジア歴訪の旅
二章 旅を追う仕組み    これまでの追跡法/衛星追跡の仕組みと方法/使用される送信機/移動経路を地図上に描く
三章 鳥の旅、その2 旅路の特徴    鹿児島県の出水から北上するマナヅル/ロシア南部から南下するタンチョウ/ヒマラヤを越えるアネハヅル/ロシアツンドラからのソデグロヅルの旅/青森県小湊からのオオハクチョウの渡り/北海道からオホーツク海沿岸を周遊するオジロワシサシバの春秋の渡り/ハチクマの春秋の渡り
四章 旅先の自然    朝鮮半島非武装地帯鉄原/朝鮮半島非武装地帯、板門店/朝鮮半島東海岸、金野/中国黒竜江省、三江平原/中国黒竜江省、ザーロン(札龍)/中国、黄河河口/中国江蘇省塩城/中国、揚子江中流域、ポーヤン湖/ロシア・中国国境、ハンカ湖/ロシア、ヒンガンスクとムラビヨフカ/インドネシア、ジャワ島、タシクマラヤ/ミャンマー、ケントン
渡り鳥の生活
五章 渡り鳥の生態と行動
    渡り鳥とは?/渡り鳥の生活/渡り鳥はなぜ渡る/渡る先をどうやって知るのか
六章 渡り鳥の危機    夏鳥の減少の実態/なぜ減っているのか/つい最近の減少/狂い始めた鳥暦
掘[垢明かした意外なことがら
七章 旅のあり方、いろいろ
    大きく迂回するのはなぜ?/親子の別れ/大人と子供の渡り様式の違い/こまめに移動する鳥、カエル跳びをする鳥/旅の失敗――サシバの例/夜も渡るサシバ/途中で逆戻り――ホウロクシギの例
八章 鳥の渡りと朝鮮半島の非武装地帯    マナヅルの渡りにとっての非武装地帯/タンチョウの越冬地としての非武装地帯/クロツラヘラサギの繁殖地、ホウロクシギの中継地/野外観測からわかる重要性/なぜ、非武装地帯なのか?/失われるとどうなるか/どうすればよいのか?
検仝Φ翦甦遒海發瓦
九章 渡り研究の道筋
    そもそもの始まり/クッチャロ湖での最初の試み/新しいプロジェクトの推進/新たな挑戦
一〇章 研究に苦労はつきもの    鳥の捕獲/困難続きの装着問題/研究費の獲得
一一章 渡り研究が結ぶ人と人    フランス、ストラスブールでの講演/二つの映画/子供たちからの便り/アリランの青い鳥
后〔ね茲妨けて
一二章 保全への利用
    重要生息地の特定と保護区の設定/遭遇している環境問題の特定/保護区の範囲や境界の見直し/生息地の環境解析/生息地のネットワーク解析/保全のためのネットワークの構築
一三章 衛星追跡の課題    送信機の大きさや性能/送信機の装着/送信機の回収/費用の問題/GPSの利用
エピローグ 渡り鳥がつなぐ世界の自然
引用文献 〜よりくわしく知りたい人のために
あとがき (二〇〇五年六月二五日 長野県南佐久郡野辺山にて)

※イラスト:重原美智子


≪著者: ≫ 樋口広芳 (ひぐち・ひろよし) 1948年横浜生まれ。宇都宮大学農学部卒業、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、農学博士。東京大学農学部助手、米国ミシガン大学動物学博物館客員研究員、日本野鳥の会研究センター所長を経て、現在、東京大学大学院農学生命科学研究科教授(生圏システム学専攻)、日本鳥学会前会長、The Society for Conservation Biology-Asian Section 前会長。主著に「鳥の生態と進化」(思索社)、「鳥たちの生態学」(朝日新聞)、「飛べない鳥の謎」(平凡社)、「湿地と生きる」(共著、岩波書店)、「保全生物学」(編著、東京大学出版会)、「カラス、どこが悪い!?」(共著、小学館)が、主訳書に「進化」「野外鳥類学への招待」(思索社)、「猛獣はなぜ数が少ないか――生態学への招待」「フィンチの嘴」(早川書房)がある。

樋口広芳 『生命にぎわう青い星 生物の多様性と私たちのくらし』(DOJIN選書、化学同人、2010年) '10/02/27







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本「〈つまずき〉のなかの哲学 (NHKブックス1076)」山内志朗5

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「つまずき」のなかの哲学 (NHKブックス)
〈つまずき〉のなかの哲学 (NHKブックス1076)

○著者: 山内志朗
○出版: 日本放送出版協会 (2007/1, 単行本 221ページ)
○価格: 966円
○ISBN: 978-4140910764
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〈つまずき〉
  するりといかない、ひっかかり(トマル、現象スル!?!)。
問い、〈謎〉、何か??


≪目次: ≫
はじめに
第一章 つまずきとしての〈謎〉を考える    (途方に暮れるという幸福)/1 スフィンクスの守りし〈謎〉(ナゾナゾで哲学 オイディプスとスフィンクスの悲劇 隠された対決)/2 ナゾナゾが教えてくれること(ナゾナゾ・バトルロワイヤル ナゾナゾの持つ力)/3 謎につまずこう!(〈謎〉を笑う者は〈謎〉に泣く 答えのない問い つまずきによって気づく)/4 謎はどこから生まれたか(哲学の生みだす謎的思考 「曖昧さ」という病?)
第二章 ヴィトゲンシュタインの人生論    (哲学者という勇者)/1 スフィンクスvs.ヴィトゲンシュタイン(ヴィトゲンシュタインの「人生の解決」 つけ加えて説く 〈謎〉は論理の外にある  卞罅咾硫鯏 ◆卞罅咾硫鯏 〈謎〉=無意味論 ヴィトゲンシュタイン、ひとたび去る 神秘への未練)/2 「神の存在証明」の射程(デカルトと謎 神は隠れている 「神の存在を証明する」ことの文法 眼前の〈謎〉と背後の〈謎〉 過去を見ながら前に進む)/3 けっして消えない〈謎〉がある(善業に報いはあるか 絶対善という幻想 世界への驚き ヴィトゲンシュタインの悟り 知性を正しく使う 自分と仲直りする哲学 優越感と自己嫌悪の間で)
第三章 「私」をいかに身につけるか    (「私」を問う なぜ私はひとり? プロセスとしての私)/1 難儀な「私」(自己への救済/自己からの救済 “私を救う”キリスト教の火花 “私から救う”仏教の静けさ 難儀な「私」を抱えて)/2 「私」の唯一性を求めて(「私」を遠ざける 遠ざかることで高まる性的欲望 青い鳥の見つけ方)/3 「私」と出会うための自己表現(自己表現による気づき 表現とは何か 他に促される 鏡としての他者)/4 「私」というハビトゥス(前座の話術と真打ちの話芸 「芸」の核心 模倣が生む個性 「私」というハビトゥスの正体)
第四章 つまずきと「希望」の微妙な関係    (慰めではなく元気を! 倫理という〈謎〉)/1 人生の目的とは何か(目的に縛られるツラさ 愚か者の喜び 無限の連鎖とつかの間の「私」)/2 生きる希望を生む仕組み(探し物としての「目的」 今を楽しむ 普遍を見出す力 なぜ桜を美しいと言えるのか 反省的判断の構造 「自分自身」を判断する)/3 人生の規則を探して(規則とハビトゥス 価値を享受する能力 幸福力としてのハビトゥス)
第五章 「欲望」はどこから来て、どこへ行くのか    (個性と秘密の欲望)/1 「私性」の起源にある秘密(私らしさのあり処 哲学はハビトゥスである 恥ずかしい「私」 恥と告白の制度 「私」を密輸入する)/2 欲望の起源(自立的な「私」はいらない 終わらない恋愛の多角形)/3 欲望と希望の行方(希望に気をつけろ 役に立つことははかない 使用と享受)
第六章 人生にとってつまずきとは何か    (後ろ向きに前へ)/1 〈謎〉につまずくこと(哲学史のなかの〈謎〉 二つの顔を受け入れる 地の無知)/2 人生のあり処(さまよえる魂の最後 エネルゲイアとキネーシス 人生の至高の瞬間 ヴィトゲンシュタインvs.スフィンクスの行方)/3 グランドフィナーレ(Show must go on)

参考文献
あとがき (二〇〇七年一月吉日 山内志朗)

※装画●奈良美智


≪著者: ≫ 山内志朗 (やまうち・しろう) 1957年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得。新潟大学人文学部教授(を経て、慶応義塾大学文学部教授)。専攻のスコラ学など中世哲学から、メディア論・コミュニケーション論・身体論までを幅広く論じる。主な著書に『天使の記号学』(岩波書店)、『普遍論争』(哲学書房)、『ぎりぎり合格への論文マニュアル』(平凡社新書)、『ドイツ観念論前史』(共著、弘文堂)、『哲学のエッセンス・ライプニッツ』(日本放送出版協会)ほか多数。

山内志朗 『〈畳長さ〉が大切です』(双書哲学塾、岩波書店、2007年) '09/02/18







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本「冷泉家・蔵番ものがたり 「和歌の家」千年をひもとく (NHKブックス1141)」冷泉為人5

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冷泉家・蔵番ものがたり―「和歌の家」千年をひもとく (NHKブックス)
冷泉家・蔵番ものがたり 「和歌の家」千年をひもとく (NHKブックス1141)

○著者: 冷泉為人
○出版: 日本放送出版協会 (2009/8, 単行本 254ページ)
○価格: 1,124円
○ISBN: 978-4140911419
おすすめ度: 5.0
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ときどき目にする、たまたま目にした、雑誌『芸術新潮 2009年11月号』の特集「京都千年のタイムカプセル 冷泉家のひみつ」をパラパラと読んで知りえて、しばらく後に図書館の書架に目にしたとあっては。ちなみに、ぼくは読めなかった『レイゼイケ』。
“千年”はスゴイ。スゴイから千年つづいた、なのか、千年つづいたからスゴイ、なのか、どちらもアリで、なるほど、超一流の有形無形の文化“財”。

企画展「冷泉家 王朝の和歌守展」は、2009年10月24日(土)から12月20日(日)まで、東京都美術館にて。


≪目次: ≫
序 和歌の家・京都冷泉家    冷泉家とは何か/二人の和歌の神様/冷泉家住宅の歴史/冷泉流歌道の特徴/千年つづく年中行事/冷泉家時雨亭文庫と文化財/冷泉家の蔵番/日本文化の継承保存

第一部 冷泉家千年の歴史をひもとく
1 俊成定家の二大歌人――冷泉家前史
    冷泉家の遠縁・俊成/俊成と新玉津島神社/浄如禅尼の積善がつなぐ縁/定家の嵯峨の別荘/百人一首の誕生/定家様・冷泉家筆様/越部荘の「てんかさん」/ことばかこころか
2 冷泉家はどのように成立したか――草創期から存亡期まで    阿仏尼為相/阿仏尼・決死の鎌倉下向/為廣の能登下向/七尾の廣塚/為和と駿府今川氏の親交/家元制度の萌芽
3 大坂下向から御文庫勅封まで――近世前期の波乱苦難期    為満の流寓生活/家康との面談/冷泉家存亡の危機/霊元天皇による御文庫勅封/岩出山伊達家への輿入れ/当別伊達家の打掛と振袖
4 歌道師範家としての隆盛――安泰の江戸時代    将軍吉宗との知遇/御文庫開封/幕府から豪商まで集まった文化サロン/先祖への深い敬愛/和歌の指導者として活躍/天明の大火と住宅再建
5 明治以降の激動の時代    最後の公卿・為理の日記/多才多芸の人/明治の文化人・為紀為系・為臣父子の大正昭和期/太平洋戦争の悲劇/冷泉家の戦後/冷泉家時雨亭文庫の設立/現在の財団の活躍

第二部 現代に息づく公家文化
1 典籍類から日本文化を考える
    冷泉家伝来の典籍類/『古来風躰抄』の大発見/俊成の文字から受けた衝撃/門外不出の秘本『古今和歌集』/定家の執念みなぎる『後撰和歌集』/冷泉流歌道の象徴『拾遺愚草』/定家の書写活動の意義/美の錬金術師/ライバルからの中傷――新儀非拠達磨歌/『新古今和歌集』における革新と伝統/私家集に見る貴族の美意識/平安時代の私家集/子孫のための加筆/鎌倉時代の私家集
2 古文書から時代を読み解く    日記から紙背文書まで/『明月記』が語る定家の性格/俊成・定家の親子愛/「定家申文草案」に見る昇進への執着/「紅旗征戎ハ吾ゲ事ニ非ズ」/定家の家族愛/為家への教育指導/天文学に寄与した客星の記事/障子絵の制作裏話/非連続の連続/十二ヵ月を象徴する花と鳥/『明月記』の紙背文書/携帯用の儀式マニュアル/冷泉家のはじまりを示す「譲状
3 現存する最古の公家住宅    二つの大修理/冷泉家住宅の間取り/東西二列の大台所/「神殿」としての御文庫/修理費用をめぐる苦悩/二つの展覧会/御神体の出展/硬直した文化行政/解体修理時のこぼれ話
4 冷泉流歌道と「型」の文化    冷泉家歌道における美意識/「型」とは何か/四季の自然を詠む/冷泉家歌道の四季題/題詠の作法/歌会の作法/披講の作法
5 「和歌の家」の年中行事    年中行事とは何か/冷泉家の正月事始め/正月から歌会始めまで/冷泉家におけるはじめての正月/民俗的な節分/先代との節分の思い出/四段の雛人形/幟を立てる端午の節句/乞巧奠の儀式/家族で行う七夕の行事/俊成供養の秋山会/定家の命日・黄門影供
結 文化財を継承するために    なぜ八百年もつづいたのか/和歌に専念/冷泉家における「型」の文化/「型」の体得について/狩野派に見る「型」/家業としての継承保存/文化と教育/新しい価値基準を求めて

冷泉家略年表
あとがき
(二〇〇九年七月 冷泉為人)


≪著者: ≫ 冷泉為人 (れいぜい・ためひと) 1944年、兵庫県生まれ。関西学院大学大学院文学研究科博士課程単位取得。冷泉家二十五代当主、冷泉家時雨亭文庫理事長。また、同志社女子大学客員教授、立命館大学特別招聘教授も務める。専門は日本美術史(近世絵画史)。編著に『京都冷泉家の八百年――和歌の心を伝える』(NHK出版)、共著に『五節供の楽しみ――七草・雛祭・端午・七夕・重陽』『瑞穂の国・日本――四季耕作図の世界』(ともに淡交社)、監修に『冷泉家 時の絵巻』『冷泉家 歌の家の人々』(ともに書肆フローラ)などがある。







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本「ウィンナ・ワルツ ハプスブルク帝国の遺産 (NHKブックス985)」加藤雅彦5

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ウィンナ・ワルツ ~ハプスブルグ帝国の遺産 (NHKブックス)
ウィンナ・ワルツ ハプスブルク帝国の遺産 (NHKブックス985)

○著者: 加藤雅彦
○出版: 日本放送出版協会 (2003/12, 単行本 240ページ)
○価格: 966円 (品切れ)
○ISBN: 978-4140019856
おすすめ度: 3.5
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ハプスブルク帝国下の安定した、とも限られない、1789年のフランス革命の後にあっては、君主制にたいする批判がないわけでもなく、革命や戦争はたびたびおこなわれて(ときに負けて)、それでもやっぱり、ハプスブルク帝国にあってこそ花開いて栄えた文化としての「ウィンナ・ワルツ(Vienna Waltz)」♪


≪目次: ≫
プロローグ オペラ舞踏会の夜
第一章 ワルツの世紀    1 一九世紀初頭のウィーンハプスブルク帝国 市壁の内と外 ゲミュートリヒカイト(心地よさ、快適さ))/2 会議は踊るパリで革命、ウィーンにワルツ ウィーン会議 「メヌエットの世紀」の終わり )/3 ワルツの起源(レントラーとドイツ舞曲 悪魔のダンス モーツァルトたちと舞曲 『舞踏への勧誘』)
第二章 ウィンナ・ワルツ誕生    1 独特の音楽風土(ビーダーマイアー E音楽とU音楽 ミヒャエル・パーマー)/2 ワルツ合戦(ヨーゼフ・ランナー ヨハン・シュトラウス一世 ショパンの嘆き)/3 欧州全土を風靡(オーストリアのナポレオン バッキンガムにワルツの響き)
第三章 中欧バルカンの要    1 多民族都市ウィーン(歴史的混血 多彩な音楽と舞踊 レオポルトシュタット)/2 シュトラウス家(父と子 鹿の館 お早う、息子シュトラウスよ!)/3 バルカンへの旅(『セルビア人・カドリーユ』 カルパチア山脈をこえて)
第四章 革命下の帝都    1 革命勃発(逸楽の生活にかげり 軍隊発砲で市民蜂起 『ラデツキー行進曲』 ウィーン燃ゆ)/2 政治と音楽(皇帝派と革命派 オーストリアのマーチ)/3 フランツ・ヨーゼフ時代(シュトラウス一世逝く ワルツの血統)
第五章 シュトラウス王朝    1 「王朝」樹立(ヨハン二世 ヨーゼフ エドゥアルト)/2 ロシアは招く(ワルシャワ事件 パヴロフスク「音楽駅」 「ロシアの夏」の豊穣)/3 白夜の「美しい世界」(生きるならロシアにかぎる オルガとの恋)
第六章 シンフォニック・ワルツ    1 近代の息吹き(帝都改造 時代にちなむ名曲 『朝刊』対『夕刊』)/2 しあわせの六〇年代(ワルツ王結婚 理想のパートナー モンスター舞踏会)/3 『美しく青きドナウ』(敗戦から不朽の名曲 初演は不評? 「暴れ河」ドナウ パリで大反響)
第七章 ワルツ・オペレッタ    1 舞踏会から劇場へ(転機 オッフェンバック シュトラウスとの出会い)/2 オペレッタの流行(フランツ・フォン・スッペ 郊外劇場)/3 帝国を映す大衆芸術(ウィーンへの流入者急増 オペレッタと多民族社会)
第八章 夢と現実    1 バブル崩壊(『マンハッタン・ワルツ』 ウィーン万博と株式大暴落)/2 『こうもり』(忘れる人は幸せ 別離、失意、そしてコーブルクで)/3 ベラ・イタリア(『シトロエンの花咲くところ』 イタリア・ノスタルジー ウィーンのヴェネツィア)
第九章 世紀末ウィーン    1 『ハンガリー万歳!』(マジャール人 二重帝国 『ジプシー男爵』)/2 リングシュトラーセの光彩(『大ウィーン』 オペレッタ「黄金の時代」 マイアリングの悲劇)/3 帝国崩壊(絢爛の落日 ワルツ王朝の凋落 たそがれの芳醇「白銀の時代」 残された人類遺産)
エピローグ 限りある生への限りなき讃歌

参考文献
あとがき (二〇〇三年晩秋 加藤雅彦)


≪著者: ≫ 加藤雅彦 (かとう・まさひこ) 1927年、名古屋市生まれ。東京大学法学部政治学科卒業後、NHK入局。ベルリン自由大学留学、NHKベオグラード、ボン支局長、解説委員をへて、現在欧州問題研究家。著書『中欧の復活――「ベルリンの壁」のあとに』(NHKブックス)、『ドナウ河紀行――東欧・中欧の歴史と文化』(岩波書店、日本エッセイストクラブ賞受賞)、『図解・ハプスブルク帝国』(河出書房新社)、『ライン河――ヨーロッパ史の動脈』(岩波書店)。訳書にP.ミケル著『ヨーロッパ最後の王たち』(監訳・創元社)がある。

加藤雅彦 『ハプスブルク帝国』(河出文庫、2006年) '09/11/12







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本「ドゥルーズ 解けない問いを生きる (シリーズ・哲学のエッセンス)」檜垣立哉5

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ドゥルーズ―解けない問いを生きる (シリーズ・哲学のエッセンス)
ドゥルーズ 解けない問いを生きる (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 檜垣立哉
○出版: 日本放送出版協会 (2002/10, 単行本 126ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4140093016
おすすめ度: 4.0
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そう、解けない問いを生きる!?、って。
どうやら、そのために生きているのかも。解けない問いを、問いをたてて、たてた問いを真剣に解くべく取り組んで、ときにカンタンに解ける問いもあれば、アタリマエのようにカンタンには解けない問いがあって、カンタンに解けてしまう問いばかりだったら、ラクでいいかもしれないけれど、少なくともぼくはワガママ(ヒネクレモノ)だから、そんなんじゃぁ〜ツマラナイ♪


≪目次: ≫
機,呂犬瓩法宗讐鬚韻覆ぬ笋いあらわになってくること
哲学とは何か/ドゥルーズと哲学/いまという時代/人間とそれ以降/解けない問いに直面する/情報と生命/ドゥルーズの思考/ドゥルーズとこの時代

供\こΔ箸浪鬚韻覆ぬ笋い任△襦宗愁疋ゥ襦璽困痢凖学〉素描
世界とは卵(ラン)である/生成する流れの論理/異質的な連続性/可能性ではない潜在性
1 世界はどのように捉えられるのか
1 流れをそのままにつかまえること――理性と内在(かたちなき生成 理念と内在の意味)/2 定点をもたないこと――現象学的ではないドゥルーズ(現象学と定点の探究 無限の速度での俯瞰 視点なき世界と生成)/3 視点のなさは不在を意味しない(デリダと不在の思考 解けない問いへの姿勢)/4 ポジティヴィストとしてのドゥルーズ――フーコーとの共振(プルーストとカフカ)
2 世界とは何か
1 問題としての世界(生命と問題 理念と問題)/2 出来事のロジック(ライプニッツと出来事 共立不可能的な世界)/3 個体化と分化のプロセス(システムと個体 特異的なものである個体)
3 時間とは何か
三つの時間のモデル/第三の時間と生成の亀裂/時間と情動

掘 匯筺咾任呂覆ぁ匕賃痢咾生きること――結論に代えて
ドゥルーズの倫理/個体と生/個体には固有性も中心もない/個体の倫理は、共同性も他者も死も中心化しはしない/個体の倫理と生命/生命の政治的思考/個体とは偏ったものである


ドゥルーズ小伝
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あとがき
(二〇〇二年八月 檜垣立哉)


≪著者: ≫ 桧垣立哉 (ひがき・たつや) 1964年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中途退学。大阪大学大学院人間科学研究科助教授(を経て、大阪大学大学院人間科学研究科教授)。専門は哲学・現代思想。主な著書に『ベルクソンの哲学――生成する実在の肯定』(勁草書房)ほか。

檜垣立哉 『生と権力の哲学』(ちくま新書、2006年) '09/10/03
檜垣立哉 『西田幾多郎の生命哲学 ベルクソン、ドゥルーズと響き合う思考』(講談社現代新書、2005年) '09/09/29
檜垣立哉 『ドゥルーズ入門』(ちくま新書、2009年) '09/09/24

ジル・ドゥルーズ 『フーコー  Foucault, 1986 』(宇野邦一訳、河出文庫、2007年) '09/09/22
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965 』(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/16
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/13
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963 』(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?』(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23

小泉義之 『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年) '09/06/10
ライダー・デュー 『ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007 』(中山元訳、新曜社、2009年) '09/07/03

≪シリーズ・哲学のエッセンス≫
入不二基義 『ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(2006年) '09/09/11
小泉義之 『レヴィナス 何のために生きるのか』(2003年) '09/06/06
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(2006年) '09/05/12
神崎繁 『フーコー 他のように考え、そして生きるために』(2006年) '09/05/06







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本「ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)」入不二基義5

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ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)
ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 入不二 基義
○出版: 日本放送出版協会 (2006/5, 単行本 126ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4140093320
おすすめ度: 5.0
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いやぁ、わかった気はしないながらも、つい最近読んだいわゆる「論考(論理哲学論考、Tractatus Logico-philosophicus, 1921)」なんかが説かれちゃったりすると、正直ウレシクなっちゃう、あぁなるほど、そう解釈するのね、フムフム、ニヤニヤと朝の無言の混雑した通勤電車のなかにあって、至福。
ところで、「独我論」とは?、ぼくにはどうしてもわからなくって、その概念を知りたい、理解したと思いつつ、わからないままに気がつくと読了しちゃっていて。なんとなく理解する機会を失してしまっているような気がしているんだけど、もともとわからないままにこれまでず〜っとながいこと遣り過ごしてきたわけだし、だからといってなんの不都合を感じることもなかったのだから、今すぐに無理をして詰め込む必要はないのかなぁ、などと呑気に。意識をしていないわけではないぼくが、どこかに意識を持ちつつ読みすすめているうちに、あるとき突然ひかりが射しこむようにビリビリ来ちゃったりして、いいんじゃないの、愉しみだなぁ、いつ来るかなぁ、来るか来るかと期待して構えてきたら来ないような気もするし、なにげない瞬間に突然っていうのが。


≪目次: ≫
序章 不二の法門に入る――補助線として
この本のテーマ/正反対の一致/不二の法門に入る/維摩の沈黙/ことばと沈黙/さとりとおおぼけ
第一章 独我論――「限界」としての「私」とは何か
1 『論理哲学論考』――自らを消し去るべき本(『論考』の全体像/「独我論」の位置)
2 いわゆる独我論(反転図形/素朴な実在論といわゆる独我論/いわゆる独我論と『論考』の独我論)
3 徹底された独我論(二つの「私」/第一の比喩――「私が見出した世界」という本/第二の比喩――眼と視野/「限界」という概念/「私」の昇華/「私」の解体/独我論と実在論の一致)
4 独我論は示されうるか(語ること=写像すること/「思考」の二重性/独我論が示されるところ/示されえない独我論)
第二章 無主体論――独我と無我は一致する
1 いわゆる無主体論(非人称表現/直接経験/デカルト的なエゴの消去)
2 ウィトゲンシュタインの無主体論(独我論としての無主体論/独我論と行動主義/独我論の葛藤/経験から文法へ/言語内的な無主体主義)
3 独我論と類比(所有物・感覚・固有性/類比的な移行/独我論と無我)
第三章 私的言語論――「ない」ままで「あり」続ける「私」
1 私的言語とわれわれの言語(私的言語の「定義」/われわれの一致)
2 私的言語への接近とその不全(表出なき「痛み」/「感覚日記」/「感覚日記」批判/「感覚日記」批判の空転/言語ゲームの無根拠性)
3 私的言語は可能/不可能なのか(私的言語のディレンマ/ディレンマの反復/私的言語の消去と遍在)

ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein, 1889-1951)小伝
読書案内
あとがき


≪著者: ≫ 入不二 基義 (いりふじ・もとよし) 1958年11月11日生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院博士課程単位取得。山口大学助教授を経て、青山学院大学文学部助教授(を経て、青山学院大学 教育人間科学部教授)。専攻は哲学(自我論・相対主義論・時間論など)。主な著書に『相対主義の極北』(春秋社)、『時間は実在するか』(講談社現代新書)など。

入不二基義「時間は実在するか」(講談社現代新書、2002)
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考 Tractatus Logico-philosophicus, 1921」(中平浩司訳、ちくま学芸文庫、2005)
永井均「ウィトゲンシュタイン入門」(ちくま新書、1995)

≪シリーズ・哲学のエッセンス≫
小泉義之「レヴィナス 何のために生きるのか」(2003)
永井均「西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か」(2006)
神崎繁「フーコー 他のように考え、そして生きるために」(2006)







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本「レヴィナス 何のために生きるのか (シリーズ・哲学のエッセンス)」小泉義之5

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レヴィナス―何のために生きるのか (シリーズ・哲学のエッセンス)
レヴィナス 何のために生きるのか (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 小泉義之
○出版: 日本放送出版協会 (2003/3, 単行本 109ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4140093054
おすすめ度: 4.0
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朝、目が覚めて雨が降っていることにホッとした、と言ってしまうほどにカンタンな心持ちではないのだが、、、
中学一年生の娘の体育祭が雨天のため延期となったことを学校の公式ホームページで知ったのは朝8時前後のこと。いろいろあって別居中の娘と話をしたのは4月26日と携帯電話にて記録(履歴)が確認できる。とくべつに話をする用件もないことがおよそ40日間の音信不通状態(連絡しなければならないような悪い出来事もないと理解するようにしている)の要因ではあるのだが、じつはその4月26日には奇しくも体育祭の日程の連絡に関すること(ぼくの仕事の休みの予定を決める都合)で、些細な行き違いの積み重ねから、ぼくは娘にたいして怒りを爆発させてしまったことを明らかにしておきたい(ぼくは明確に記憶している)。そのときも疲れていたのかもしれない、細かい経緯についてはよく覚えていないのだが、どうでもいいような小さな事柄だとぼくだって思わないこともないんだけれど、ぼくにとってはどうしてもおろそかにできないことで気になって気になって仕方がないことであった。オトナゲないと自分でも思うのだが、イライラすると破滅的な衝動に駆られてコントロールを失うことがあることを否定できない。
タイミングの問題だと思っている、忙しい状態とヒマな状態の波は歴然とあるのであって、その日は体育祭だからと言って他のメンバーに仕事を委ねなければならないことにたいするストレスだってあるのかもしれない。ぼくがひとりで仕事をかかえこむ必要がまったくないことを承知して、それでも他者にお願いしなければならないことが、ぼくにとっては少なからぬ負担として感じてしまっていることを否定できない。そんなことおあってか、疲労感のようなものが抜けない気がしてイライライライラしながら仕事をしているぼくの状態に、周囲だって迷惑しているであろうことをもなんとなく雰囲気を察知していないわけでもない。そんなヘナチョコな状態のぼくに気を遣って「だいじょうぶですかぁ〜?」と優しく声をかけてくれた年若い女性スタッフに「だいじょうぶじゃない」などとこたえるぼくは大バカモノで、しかしすぐに我にかえって「な〜んて言っちゃったらイケナイよねぇ〜」と顔を引きつらせながらフォローしてみたりするぼくは、


≪目次: ≫
はじめに
生きていてよいのか
第一章 自分のために生きる
こんなもののために生まれてきたんじゃない/No Music, No Life/幸せに生きること/ただ生きること/逃走の欲求、形而上学的欲求
第二章 他者のために生きる
倫理の始まり/他者の顔/他者の最初の語/基盤としての倫理/弱者の像/言葉の受肉/「私」の受肉/人類のために生きる
第三章 来るべき他者のために
とはいえ、私は死ぬ/存在と無、生成と消滅、生と死/肉体の愛/他者のための生殖/生命の断絶と連続/生殖の存在論へ

レヴィナス小伝
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あとがき (二〇〇三年二月 小泉義之)


≪著者: ≫ 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年札幌市生まれ。1988年東京大学大学院博士課程退学。宇都宮大学教授を経て、現在、立命館大学教授。専門は、哲学・倫理学。主な著書に『ドゥルーズの哲学――生命・自然・未来のために』『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書)『弔いの哲学』(河出書房新社)ほか。
『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)


戯れ、、、




本「レヴィナスを読む 〈異常な日常〉の思想 (NHKブックス866)」合田正人5

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レヴィナスを読む―「異常な日常」の思想 (NHKブックス (866))
レヴィナスを読む 〈異常な日常〉の思想 (NHKブックス866)

○著者: 合田正人
○出版: 日本放送出版協会 (1999/8, 単行本 301ページ)
○価格: 1,176円 (品切れ)
○ISBN: 978-4140018668
おすすめ度: 2.0
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エマニュエル・レヴィナスは、一九〇六年にリトアニアに生まれたユダヤ系の思想家である。その著作は近年、世界各地で大きな反響を惹き起こしている。自出も国籍も世代も生活環境も異にする人々が今もどこかで、壊れかけた世界と苦しい日々の生活の道標を、レヴィナスの言葉のうちに探し求めているのだろう。
(中略)
幼年期に第一次世界大戦とロシア革命を体験。その後、ストラスブール大学とフライブルク大学に留学して、フッサール、ハイデガーらの教えを受ける。一九三一年にはフランスに帰化。パリのユダヤ人機関「全イスラエル同盟」に勤務するかたわら、数々の哲学論考を発表し始める。第二次世界大戦中はフランス軍捕虜としてドイツで抑留生活を送るが、在リトアニアの彼の親族たちはほぼ全員ドイツ軍によって殺害された。戦後は長く「東方イスラエル師範学校」の校長を務め、一九六一年に『全体性と無限』で国家博士号を取得した後、ポワチエ大学、パリ第一〇大学、パリ第四大学の教授を歴任。一九九五年暮れにこの世を去った。  (P.7-P.9、序章 書物の浜辺)

そもそもレヴィナスにとっては、隣人愛の知恵は、「他人とは私が殺したいと意志しうる唯一の存在者である」(1/360)という認識と不可分のものであった。「なぜ殺してはならないのか」と問うことそれ自体をあざ笑うこの世紀のなかで、殺人と自殺と虐待が日常茶飯事であるこの日々のなかで、眠りを奪われ、心身の平衡を失いながら、レヴィナスは「汝、殺すなかれ」という、あまりにも虚しい古来の命令の意味と無意味を考えつづけた。「近き者にも、遠き者にも、平安あれ、平安あれ」という『イザヤ書』の聖句の意味と無意味を。仮に殺人の禁止が自明の事態であれば、彼が改めてそれを取り上げることはなかったろう。
極限的な状況が語られているのではない。ここにいう殺人が、「あたりまえの生の無垢なる残忍さによって、近き者と遠き者への『潔白なる』無関心によって、さらには、何としても客体化し主題化せんとする高慢な執着心によって(……)犯される緩慢な不可視の暗殺のすべて」(13/185)を含むとするなら、「私は何もしてない」と断言して憚らないあなたは日々、何人のひとを殺しているのだろうか。  (P.16-P.17、序章 書物の浜辺)


≪目次: ≫
序章 書物の浜辺――今、なぜレヴィナスなのか
第一章 境界の思考
1 レヴィナスの軌跡――現象学からタルムードまで
   二つの流れに挟まれた町/西欧への旅立ち/留学の成果/若き思想家とその家族/捕囚の日々の友情/学校長――思索と賄いと釈義/世界への応答(レスポンサ)
2 列車の外傷――満員電車からシオニズムまで   かくも恐ろしき巨大な善/狂った遠近法/娑婆は満員電車である/善きサマリア人法/優しき贈与?/ユダヤ人国家と鉄道/無数の界面/超越論的経験論とは何か/現代思想と超越論的経験論
第二章 孤独というドラマ
1 他者なき実存――「同じもの」は「他なるもの」なのか
   扉も窓もない部屋/「私は思う」のカタストロフ/経験論批判/「超越論的なもの」の変容/クラインの壺/感性と知性の界面――構想力/不可思議な図式論/同じものと他なるもの/「感染」は不可避/恐るべき共犯関係
2 身体という呪縛――人はなぜ疲労するのか   疲労と怠惰の時代/ストレスと疲労の思想家たち/〈私〉と「私の身体」/『わが闘争』解読/血と肉の神話/ハイデガーの身体論/身体制作の陥穽(かんせい)
3 出口なき脱出の方途――私は私から逃げられるか   逃走論の背景/「存在の充足」としての西欧文明/「自己現前」の終身刑/自同律の不快/羞恥と吐き気/レヴィナスを読むサルトル/鏡の不在/自己自身を映す自己
第三章 他者とは誰か
1 実存と実存者――〈ある〉が〈私〉に変身するとき
   「隣人」の不可能性/〈ある〉の文法/〈ある〉とは私たちの日常である/〈ある〉の混沌、〈ある〉のざわめき/「死の欲動」としての〈ある〉/眠りを奪う「力の場」/「眠り」による基体化/〈ある〉の図式と「コーラ」/間(ま)のシステム
2 影と分身――闇の中の伴侶   ヘーゲルとの微妙な関係/影法師/現象学における「影」/イマージュとリズム/「似ている」とはどういうことか/分身から他者へ/正面と側面――他者はどこにいるのか
3 顔と責任――汝、殺すなかれ   死という「他なるもの」/内的限界と外的限界/「間(ま)」をいかに維持するか/甦る鏡/ラカンのL図の射程/対面の非ユークリッド幾何学/絶対的命令?/二人称の死/顔と「物自体」
4 対面と正義――「隣人」をめぐる問いかけ   顔の自同性/老いゆく顔/「素顔」は可能なのか/顔と演技/レヴィナスと女性/父性への逆説的同一化/撒種(さんしゅ)の呪縛と父殺し/家族も他人である/「第三者」の無限連鎖/倫理的配置の変貌/全方位の死角
第四章 家政術と商人術
1 世界は糧か――「環境倫理」という隘路
   まずは食べること、それから/「対面」による所有の審問/「享受」への疑義/食人肉の倫理/「飢え」という岐路/解き放たれたプロメテウスと古き倫理/ユートピア批判と「遠い未来への責任」/人間中心主義の二重の隘路
2 貨幣とは何か――返済不能な債務   贈与は所有の最たるもの?/娼婦と兄弟/〈私〉という「生きた貨幣」/贈与は可能か/捏造された「永遠の債務者」/なぜ「市場」と「類似」が結びつくのか/市場と戦場の界面
3 倫理的言語は可能か――「語りえないもの」を超えて   すべては挨拶から/一度だけの言及――現象学から懐疑論へ/命題化しえないもの/「語りえないもの」に媚びるな/存在の言語と図式/贈与としての命題/言語の限界は突破できるか/相対主義と絶対主義を超えるゲーム
第五章 界面の倫理
1 存在の位相論――レヴィナスとハイデガー
   「中心」とは何か/「無」としての線の位相論/深淵を挟んだ「闘争」と「対話」/「痛みは敷居を石と化したり」/正義・公正の分割線/「界面の超越化」とは何か
2 自己保存の迷宮――レヴィナスとスピノザ   スピノザ・アレルギー/踏み絵としてのスピノザ/「アレルギーなき関係」が可能な三つの理由/レヴィナスの「アトポロジー」/一なる実体の多様性/レヴィナスのスピノザ主義/隷属(servitude)ならざる服従(obéissance)/善と悪、偶然と必然の反転
3 アレルギーの時代に――レヴィナスから新しい倫理へ   界面の螺旋運動/レヴィナスにおける「免疫的寛容」/「逆-免疫」の盲点/調和から混沌のシステムへ――イマージュの蠢き/界面を生きる者たち/二分法を超えて/どのように「界面」を語るのか

主要参考文献
レヴィナス略年表
あとがき (一九九九年七月 合田正人)


≪著者: ≫ 合田正人 (ごうだ・まさと) 1957年香川県多度津町生まれ。一橋大学社会学部卒業。パリ第八大学哲学科に留学。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。琉球大学講師を経て、現在(刊行当時)、東京都立大学人文学部助教授(現在は明治大学文学部教授)。専攻は思想史。著書に「レヴィナスの思想――希望の揺籃」(弘文堂、改訂版がちくま学芸文庫より近刊予定)など。論文に、「境界のラプソディ――ジャンケレヴィッチ試論」(『みすず』に連載中)など。訳書に、レヴィナス『全体性と無限』(国文社)、『固有名』(みすず書房)、『存在の彼方へ』(講談社学術文庫)、『レヴィナス・コレクション』(ちくま学芸文庫)、ベルクソン『講義録』(法政大学出版局)、ジャンケレヴィッチ『最初と最後のページ』(みすず書房)など。


Calendula officinalis





レヴィナスの著作
1 『レヴィナス・コレクション』合田正人編訳、ちくま学芸文庫、一九九九年
2 『フッサールの現象学の直観理論』佐藤真理人/桑野耕三訳、法政大学出版局、一九九一年
3 『実存から実存者へ』西谷修訳、講談社学術文庫、一九九六年
4 『実存の発見』佐藤真理人他訳、法政大学出版局、一九九六年
5 『全体性と無限』合田正人訳、国文社、一九八九年
6 『困難な自由』内田樹訳、国文社、一九八五年
7 『タルムード四講話』内田樹訳、国文社、一九八七年
8 『他人のユマニスム』小林康夫訳、水声社、一九九〇年
9 『存在の彼方へ』合田正人訳、講談社学術文庫、一九九九年
10 『固有名』合田正人訳、みすず書房、一九九四年
11 『タルムード新五講話 神聖から聖潔へ』内田樹訳、国文社、一九九〇年
12 『観念に到来する神について』内田樹訳、国文社、一九九七年
13 『聖句の彼方』合田正人訳、法政大学出版局、一九九六年
14 『倫理と無限』原田佳彦訳、朝日出版社、一九八五年
15 『外の主体』合田正人訳、みすず書房、一九九七年
16 『暴力と聖性』内田樹訳、国文社、一九九一年
17 『諸国民の時に』合田正人訳、法政大学出版局、一九九三年
18 『われわれのあいだで』合田正人/谷口博史訳、法政大学出版局、一九九三年
19 『神・死・時間』合田正人訳、法政大学出版局、一九九四年
20 『歴史の不測』合田正人/谷口博史訳、法政大学出版局、一九九七年  (P.6)


本「ニーチェ どうして同情してはいけないのか (シリーズ・哲学のエッセンス01)」神崎繁5

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ニーチェ―どうして同情してはいけないのか (シリーズ・哲学のエッセンス)
ニーチェ どうして同情してはいけないのか (シリーズ・哲学のエッセンス01)

○著者: 神崎 繁
○出版: 日本放送出版協会 (2002/10, 単行本 126ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4140092996
おすすめ度: 3.5
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そう、ニーチェ(Nietzsche, 1844-1900)を読みたい、読まずにはいられない、と強く思っていて、チラチラと岩波ワイド版文庫の『ツァラトゥストラはこう言った』を横目で気にしながら、気になりながら、それでもなかなかな手が伸びずにいるのは、いきなり読んじゃってもいいんだけど、いきなり読むよりは、すこし遠まわりのようでもいいから、ちょっとまわり道をしちゃったけれどちゃんと辿り着いた、みたいな方法を選択したい、というのか、そのうちぼくの手中に入るべく、ホントに必要とされているのならば、無理をせずとも導かれてくるであろう、というような、そんな自然(?!)な流れに身を委ねたい、というのか、そんな法則のようなものを採用したいのである。というわけで、ニーチェ、ニーチェ、ニーチェ、ニーチェ、ニーチェ、、、との想いが頭の片隅にあったぼくが、いつもの図書館の本棚にて、ニーチェの文字と、まだ記憶に新しい先日、岩波書店の双書哲学塾シリーズにあって、その著作『魂(アニマ)への態度――古代から現代まで』に触れた、そしてその著作の中でも書き記されていた、神崎繁のニーチェ、を目にしたとあっては、あぁ、これぞ思し召し!??!


≪目次: ≫
はじめに   あの事件/他者の苦痛を体験できるか/一つの神話/苦難と距離を取り、それに向き合うこと
機“畄爐ソクラテス――ディオニュソス的二重性   作品としての人生/「書きもの」への引きこもり/ニーチェにおける「三段階の変化」/『悲劇の誕生』――悲劇の起源?/「起源」をめぐる誤解/「他人の災悪を自分のことと感じる」/「自らの災悪を他人のことと感じる」/ソクラテスのデュオニッソス的二重性
供\犬隼爐留鷆疔 宗住衒‖慮海留   病者の視点/海の比喩/ルクレティウスと死者の視点/エピクロス/「アルカディア」幻想/幸福の背景にある死/ニーチェにおける「海山のあひだ」/至福体験と「赤い蜘蛛」/海抜六千フィートからの思考
掘 ̄扮鷁鶺◆宗宗屮瓮縫奪撻◆徂に   『ツァラトゥストラ』における「三段階の変化」/ニーチェの『動物誌』/鷲と蛇――あるいは、飛翔と円環/「パロディのはじまり」とサテュロス劇/「メニッペア」――高みからの哄笑/メニッポス研究の先駆者としてのニーチェ/キュニコス主義=シニズム(冷笑主義)?/世界への「引きこもり」としてのキュニコス主義

ニーチェ小伝
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あとがき (二〇〇二年九月十一日 神崎 繁)


≪著者: ≫ 神崎 繁 (かんざき・しげる) 1952年姫路市生まれ。東北大学文学部卒業。東京大学大学院修了。現在、東京都立大学教授。専門はプラトン、アリストテレスなどの古典哲学。主な著書に『プラトンと反遠近法』(新書館)。
『魂(アニマ)への態度――古代から現代まで (岩波書店、2008)』


ワル





*読書案内
永井均『これがニーチェだ』(講談社現代新書)
永井均『ルサンチマンの哲学』(河出書房新社)
田島正樹『ニーチェの遠近法』(青弓社)
神崎繁『プラトンと反遠近法』(新書館)
須藤訓任『ニーチェ――〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ)
ハイデガー『ニーチェ機Ν供戞丙拊貞雄・杉田泰一・輪田稔訳、平凡社ライブラリー)

本「日本という方法  おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)」松岡正剛5

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日本という方法  おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)

著者: 松岡正剛
出版: 日本放送出版協会 (2006/09,単行本 318ページ)
価格: 1,218円
≫Amazon



実は、松岡正剛を唯一読んだ「17歳のための世界と日本の見方 −セイゴオ先生の人間文化講義 (文藝春秋,2006.12)」に、ぼくはうちのめされた印象があって、「タイトルに17歳とあるから、、、」などと油断していたわけではないのだけれども、あまりにレベルが高くて、辛い読書だった記憶だけが残っていて(もちろん収穫は多かった)、その後に他の著作に手を出せずにいた。一方では、いつか読もう、いつか読みたい、という思いもなかったわけではなかった。
そんなこともあってかどうか、404 Blog Not Found『この手があったか! - 書評 - 日本という方法』の、「まずこれを読め!」に思わずポチッとしたはいいけれど、その際に、なにも考えなかったわけではない。かつての辛い記憶はよみがえった。でも、全318ページならなんとかなると思った。案の定、目の前に積んでからも、なかなか手が伸びなかった。そして、意を決するも、当然にラクな読書ではなかった。さらには書き得ない苦痛も。なんの疑いもなく、得るところは多い。でもでも、やっぱり、やっぱり、やっぱり、理解に及ばない。まだまだ圧倒的に知識が、情報が、能力が不足している。

すぐれた編集工学者“松岡正剛”が、2004年6月から7月にかけて、NHK人間講座で8回にわたって放映された『おもかげの国・うつろいの国 −日本の編集文化を考える』のときのテキストと語りをもとに書籍化。

日本は「一途で多様な国」です。
信仰や宗教の面から見ても、多神で多仏です。『源氏』と信長の横着と芭蕉のサビが同居しているのです。考えてみれば、日本には天皇制王朝文化がずっと主流になっていたことなどないのです。天皇将軍がいて、関白執権がいて、仏教神道儒教民間信仰が共存してきた。(中略)
日本が単一民族国家だという説もとっくに崩れています。(中略)
日本はその本来の様相が多様なのです。 (P.10-P.11)

私はある程度の矛盾や葛藤は放っておいてもいいと思っているのです。(中略)矛盾と葛藤のない社会や人生などはなからありえないし、そもそも人間という存在が矛盾と葛藤のうえに成り立っていると思っているからです。純化と粛正は紙一重、やたらに凹凸をならしてしまわないほうがいいことも少なくない。 (P.127-P.238)



≪目次: ≫
第1章 日本をどのように見るか
日本人の自信?/一途で、多様な国/日本という方法/日本的編集性/「おもかげの国」「うつろいの国」/プロフィールとしての日本
第2章 天皇万葉仮名と語り部
華人ネットワークと朝鮮と倭人/倭人から日本人への道/漢コードの和モード化/万葉仮名の登場/神名と枕詞のつくりかた/場所の記憶が重要だった
第3章 和漢が並んでいる
和風旅館と洋風ホテル/仮名と非対称の文化/日本文字が日本文化をつくった/紀貫之の日本語計画/宮廷文芸の編集/貫之の偽装と冒険/和漢様式の完成
第4章 神仏習合の不思議
神奈備と産土/神と仏の接近/本地垂迹神社神道顕密寺社体制と神祗体制/神国思想の波及
第5章 ウツとウツツの世界
ウツロイ感の広がり/ウツから何かが生まれる/リバース・モードの鍵と鍵穴/無常とウツロイ/悉皆浄土の思想/「常世」と「無常」の往還
第6章 主と客と数寄の文化
「好み」と「客神」/数寄の文化が発するもの/茶文化の多様な流行/目利きと同朋衆の登場/和漢の「さかい」をこえる/連歌の一座の趣向/一座建立と付句の世界/連歌から茶の湯の「見立て」へ
第7章 徳川社会と日本モデル
日本の本来と将来/秀吉のアジア政策と徳川体制/徳川幕府とレジティマシー/の崩壊が与えた影響/山鹿素行の日本モデル/徳川経済のモデル/株仲間の独自性
第8章 朱子学陽明学・日本儒学
二宮金次郎が読んでいる本/朱子学と陽明学の導入/王陽明とは何者か/日本の陽明学の動向/安岡正篤三島由紀夫/新しい日本儒学の心
第9章 古学国学の挑戦
日米安保と「からごころ」/本居宣長の編集方法/契沖荷田春満田安宗武加茂真淵の古意の力/真淵から宣長へ/『古事記伝』の壮絶な読み/「本来」と「将来」のあわい
第10章 二つのJに挟まれて
海を意識しなかった日本/近代日本の「忘れもの」/島崎藤村の『夜明け前』/内村鑑三が苦悩した「二つのJ」/本気の日本が動いた境界線/「和魂」の問いなおし/内村鑑三の提案
第11条 矛盾と葛藤を編集する
「てりむくり」の可能性/矛盾を消滅させるべきか/二項同体とミニマル・ポシブル/がもたらした日本哲学/西田幾太郎の「無の場所」/無の場所のはたらき/絶対矛盾的自己同一/日本の古層と深層
第12条 日本の失敗
方法には誤謬もまじっている/日米の仮想敵国と満蒙問題/対支二十一カ条の要求/日本を改造してしまいたい/密教的天皇と顕教的天皇/北一輝の変貌/統帥権干犯問題満州事変に突入していく/石原莞爾の日米最終戦争論
第13条 失われた面影を求めて
「渡」と「瀬戸際」/詩人の抵抗/哀しい存在を見つめる/お家がどんどん遠くなる/「異質性」への憧れ/可能性が可能のままであったところ/異胎の国の瀬戸/司馬遼太郎の言いっぷり/「真水」のある日本


≪著者: ≫ 松岡正剛  1944年、京都生まれ。早稲田大学出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授をへて、編集工学研究所所長、ISIS編集学校校長。情報文化と情報技術をつなぐ研究開発に多数携わる。日本文化研究の第一人者でもある。


早朝の静寂・・・
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本「自転車三昧 (生活人新書)」高千穂遙5

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自転車三昧 (生活人新書)

○著者: 高千穂遙
○出版: 日本放送出版協会 (2008/04,新書 245ページ)
○価格: 777円
≫Amazon



思想の基本は、ひとつしかない。
楽しいこと。それだけだ。
まずそれがなくては、思想が成立しない。自分にとって、なにが楽しいのか。それがわかってくると、思想が形をなす。 (P.105)
なんの疑いもなく、自転車の本。
ロードバイクに魅せられた、SF作家“高千穂遙”の著作、第二弾。前作『自転車で痩せた人 (生活人新書,2006.4)』に引き続き、愉しむ♪、これを愉しい♪、と感じるぼくもローディになるのかなぁ♪(と否定しない)、仮にぼくがスポーツ自転車走行を「愉しい♪」と感じて、持続することになった場合に、行き着く先は他に考えられない。自動車のステアリングを握る予定は、今のところまったくない。現状の、電車か徒歩かママチャリかの選択肢に、スポーツバイクが加わる効果たるやいかに?!、乗ってみて、走ってみなければわかるまい♪


≪目次: ≫
第一章 ママチャリ生活
おとなのための自転車/安心できる環境/長所と短所/ママチャリで都心へ/ママチャリで郊外へ/夜間走行/安全に活用する/自転車の進化
第二章 ポタリング生活
目的地を決める/ポタの達人/わたしのポタリング/はじめてのポタ走行会/高尾山に行く/ライトウイング活用/決め手は車重だ/GPSが必携?/コラム
第三章 ロードバイク生活 思想編
行き着く先はロード/ロードバイクの特殊性/思想の基本/思想とメニュー/レース参加のメニュー/たまには峠も登る/コラム
第四章 ロードバイク生活 実践編
自転車のお値段/孤独走と集団走/手信号を使おう/「優先」の意味/ローディの手信号/多摩サイから一般道路へ/ひたすた飲む。ひたすら食う/解決できない問題/コラム
第五章 ピスト生活
ピストってなに?/三本ローラー台専用/バンクを走る/前後ブレーキ装着/いろいろ使える固定ローラー台/ローラー台の必須対策/コラム
第六章 乗らない生活
最初はパンク修理から/自転車を洗う/室内保管法/コラムァロードレースの観戦/コラムΑ国際競輪がすごかった/競輪ノススメ
短いあとがき


≪著者: ≫ 高千穂 遙 (たかちほ・はるか) SF作家。1951年名古屋生まれ。法政大学卒業。大学在学中よりアニメの企画を手掛け、1977年に「クラッシャージョウ 連帯惑星ピザンの危機」で作家デビュー。1980年に星雲賞・日本短編部門、1986年に星雲賞、日本長編部門を受賞。「クラッシャージョウシリーズ」等、著書多数。自転車関連では『自転車で痩せた人』など多数。愛車は、2008年3月からトレック6.9プロになった。公式HP「TAKACHIHO NOTES」運営。


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本「自転車で痩せた人 (生活人新書)」高千穂遙5

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自転車で痩せた人 (生活人新書)

○著者: 高千穂遙
○出版: 日本放送出版協会 (2006/04,新書 224ページ)
○価格: 735円
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なにから話そうか、、、

ぶっちゃけ、家族との別居生活を余儀なくされて(自らに起因する自業自得)、それまで“ひとり”というものを経験したことがなかった(約11年半の結婚生活?!)、と思い知るにいたって、ぼくが“拠りどころ”(依存先?!)としたのが、小六の我が娘で、毎週末に逢うことをただただ指折り数える生活が、すでに1年半を経過しようとしている。ぼくは、彼女に逢えることを大きな愉しみとしているものの、それはあくまでもぼくの都合でしかない。強要できるものではないと理解して(彼女にだって都合があろう)、「ご飯を食べよう!」などと控え目(?!)に誘うのだけれども、断られるのが怖い!?、ということは言うまでもない。とどのつまりは、別居している元妻に、なにをどう言おうが、それまで散々依存していたことに相違なく(だから嫌悪された?!)、そのぼくの本質的な“依存症”になんら変化がない(変われない!?)以上、依存する対象を求め続けて彷徨うことを避けられない。“依存”癖は、単純に否定して忌避すべきものでもないのであろうが、それにはそれなりの態度というものもあろう。他者に対する“寛容さ”が著しく欠落している自らを棚に上げて、ましてや他者の依存など一切理解して受け容れることなく拒絶する態度を示す、とあっては、そこに関係を築くことなど、どうしてできようか。
2週間以上も彼女に逢えずに“ひとり”で過ごす休日は、考える時間は果てしなくあり、決して後ろ向きなことばかりではないのだけれども、前向きにも後ろ向きにも斜め方向にも、とにかく考えは尽きない。
そんなぼくは、だから本を読む(読まずにはいられない)のであり、それもすべては“自立を果たしたい!、依存からの解放!?”との思いに駆り立てられて。


ところで、ぼくが自動車のステアリングを握らなくなって、すでに2年以上が経過している。一時期は、通勤を含めた移動をすべて自動車に担っていたぼくにあっては、自動車の存在を否定するものではないけれど、考えれば考えるほどに”持続可能性 (sustainability)”に問題を抱える、と言わざるを得ない。
だからといって、簡単に“自転車”を支持するということでもないのだけれども、着目すべきであろうことに異存はない。
そんなことを考えながら、ふと近所の自転車屋さん(専門店)が目に留まったのは、最近のことではない。しかし、ママチャリ以外の自転車を知らないぼくには、どうにも敷居が高く、美しい自転車たちの並ぶ姿をガラス越しに眺めるだけの時期が長くあった。
つい先日、所用があって愛用のママチャリで出掛けた先で、夕立に遭いそうになって、慌ててママチャリを漕いだ約30分間の後、結果的に雨に濡れることなく自宅に辿り着いてホッとして、急いだ分だけ余剰が生じた時間の遣い道として、ふと思い立って件の自転車屋さんに足を運んだ。
ぼくの「遠くまで行ける自転車が欲しい!」の要望に対して、店員さん(どうやら4代目若社長?!)から懇切丁寧に説明を受けること約一時間。超初心者のぼくを満足させて余りある応対に、必然的にぼくの選択肢は「自転車を買うならこのお店から。あとは、買う決断をするか否か!?」だけ。だって、ヘルメットやら、グローブやら、なにやらかにやらをひと揃えしようと思うと、相当の出費が見込まれる。果たして、その出費に見合うものを、ぼくは手に入れることができるであろうか。金額の高い安いは問題ではない。本物は、やっぱり安くない。その価値に対して、見合う価格が設定されている。安いものはそれなりであろう。
というわけで、自室に戻って調べると、その道で有名な老舗のショップ“神金自転車商会”であることを知り、そして、その愛用者としての“高千穂遙 (1951- )”を知るにいたっては、読まずにはいられない♪

自転車はすごい。
自転車はいい。
自転車は楽しい。
  (P.40)


≪目次: ≫
第一章 そうだ。自転車があった
それは運動ではない/歩道走行は非常識/スポーツ自転車で極楽ライフ/ほとんど病人だった/人生のパートナー/毎日、走ってやる/一気に健康体
コラム ショップを探す/多摩川の四季・秋/食事とサプリメント
第二章 自転車にもいろいろある
クロスバイクを買った/スポルティーフをオーダーした/自転車を持ち運びたい/MTBはひたすら頑丈/MTBをマルチに使う/ママチャリも侮れない
コラム リカンベント/自転車保管法
第三章 毎日、楽しく乗りまくろう
趣味と連係プレー/仲間と走る/ひとりで走る/義務化もひとつの方法/走る前に健康診断/自転車通勤を利用する/クロスバイクは万能車/途中までじてつう/プラス一日の効果
コラム 仲間と♨めぐり/ひとりで峠越え/多摩川の四季・春/坂馬鹿もまた楽し
第四章 ただ走ればいいというものでもない
ひったりパンツは恥ずかしい/専用ウエアには意味がある/重要なのは、汗対策/雨が降ったら/冬はどうする?/整備は空気入れから/なんでも自分で交換する/自転車にもコンピュータ
コラム ヘルメット/多摩川の四季・冬/ボトルケージとライト
第五章 効率よく、安全に走る
やり過ぎに注意/走行ローテーションを決める/減量はゆっくりと/レイオフをとる/ギアが足りない?/無法ライダーにならない 震桔.薀ぅ澄爾砲覆蕕覆き◆深蠖号を活用する/夫婦でポタリング/MTBで遊ぶ/長距離ツーリング
コラム 保険に入ろう/ケンケン乗りは禁止/多摩川の四季・夏
あとがき
参考書籍&お勧め本一覧
インターネットの便利サイトとさまざまなショップ


≪著者: ≫ 高千穂遙 SF作家。1951年名古屋生まれ。法政大学社会学部卒業。大学在学中よりアニメの企画を手掛け、77年に「クラッシャージョウ 連帯惑星ビザンの危機」で作家デビュー。
公式HP「TAKACHIHO NOTES」運営。



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本「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉 (NHKブックス)」亀山郁夫5


ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉 (NHKブックス)
単行本: 316ページ
出版社: 日本放送出版協会 (2004/07)




上巻に引き続き、“亀山郁夫 (1949- )”による、『ドストエフスキー 父殺しの文学論』講義を愉しむ♪
ホントは別の著作を読む予定を変更して本書を手にしたのは、本書を読みたかったから、というよりは、読み易いから!?、何より、引用したいと思わせる論説がたくさんあることが容易に想像できるから。書けない。とにかく書けなくて、悪循環。夜、書き記すために自室のPCにむかうも、まとまらないままに時間ばかりが経過して、結果的に慢性的な睡眠不足。そのうちには、読むのもつらくなる。無理をする必要はないのであろうが、つまらないと思えるような小さなことこそ簡単に変更できない、変更したくない、頑なな性格、鬱鬱と神経症
どうやら修復(変更)不可能な性格とあっては、自ら認めて受け容れて対応していくしかない。読めない(ペースダウン)状態を何とか乗り切って、やっとの思いで読了するも、やっぱり書けないことには変わりない。自らの不勉強(無能力)を棚に上げて、他者に対する羨望からイジケて自閉して、、、あぁあ。
このところ、全身の皮膚の痒みに悩まされる。最初は足首のあたり、靴下のゴムのところが痒くなって、無意識のうちにポリポリボリボリ、かさぶたに。その時点で「食生活(栄養バランス)の乱れと、精神的なものが原因だろうなぁ」と自己分析するも、長引く痒みにに根負け(?!)して、薬局ですすめられた塗り薬で抑えようとしたのが運のつき、あっという間に全身に拡がる。


本書において読み説かれる“父殺し”の文学論。
・・・二十二歳の年に封印したはずの情熱をふたたび蘇らせることになった。といっても、過去四半世紀近く、ドストエフスキーに対する注意を一年たりとも疎かにしたことはなかった。大学の教壇に立ってから毎年、「使嗾する神々」「父殺しの子どもたち」というタイトルで、繰りかえし『悪霊』と『カラマーゾフの兄弟』を講じてきたのだ。年を経るごとに論じる対象も少しずつ広がっていったが、取り上げたテーマは飽きもせず「父殺し」と「使嗾」だった。そしていつかこのテーマで本を書きたいと願い、その時がいつかは来ると信じて、文献集めにも怠らずに励んできた。 (P.311-P.312)


≪下巻目次: ≫
死と生のギャラリー 2 生けるキリスト

第二部 聖なる徴のもとに
第七講 犠牲、欲望、象徴

【事件と証言7】ファイル1「商人スースロフ殺人事件」、ファイル2「ジェマーリン一家惨殺事件」、ファイル3「フォン・ゾーン事件」/【伝記7】異国放浪/【講義7】犠牲、欲望、象徴
第八講 使嗾する神々
【事件と証言8】ファイル「ネチャーエフ事件」/【伝記8】再びドレスデンにて/【テクスト14】『悪霊 (Бесы,1871)』/【講義8の1】使嗾する神々/【テクスト15】『永遠の夫 (1870)』/【講義8の2】使嗾するコキュ

第三部 彷徨える大地の子ら
第九講 偶然の家族

【事件と証言9】ファイル1「ドルグーシン事件」、ファイル2「カイーロワ事件」、ファイル3「女商人ペローワ殺人事件」、ファイル4「クローネベルグ事件」、ファイル5「コロニーロワ事件」、ファイル6「ジェンコフスキー事件」/【伝記9】三重生活/【テクスト16】『未成年 (Подросток,1875)』/【講義9】偶然の家族
第十講 プロとコントラ
【事件と証言10】ファイル1「ペテルブルグ市長トレーポフ暗殺未遂事件」、ファイル2「憲兵総監メゼンツォフ刺殺事件」、ファイル3「陸軍将校ドゥプローヴィン事件」/【伝記10】テロルに抗して/【講義10の1】テロルと傷/【テクスト17】『カラマーゾフの兄弟 (Братья Карамазовы,1879)』/【講義10の2】プロとコントラ
第十一講 解体の原理、復活のヴィジョン
【事件と証言11】ファイル1「ドリチェリン将軍暗殺未遂事件」、ファイル2「参謀本部前皇帝暗殺未遂事件」、ファイル3「皇帝列車爆破事件」/【伝記11】栄光と酒/【講義11】解体の原理、復活のヴィジョン
第十二講 「父殺し」の子どもたち【事件と証言12】ファイル1「冬宮爆破事件」、ファイル2「内相ロリス・メリコフ暗殺未遂事件」、ファイル3「カーメンヌイ橋爆破未遂事件」/【伝記12】最後の一年/【講義12】父殺しの子どもたち

エピローグ 父殺しの場所 2
おわりに 


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本「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉 (NHKブックス)」亀山郁夫5


ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉 (NHKブックス)
著者: 亀山郁夫
単行本: 312ページ
出版社: 日本放送出版協会 (2004/07)





ドストエフスキー (Фёдор Михайлович Достоевский,1821-1881)未読のぼくは、それでも憧れだけは抱いていて、「いつか読みたいなぁ、読むなら新訳“亀山郁夫 (1949- )”『カラマーゾフの兄弟 (2006.9)』かなぁ?!」と、積読以前だった。のはずが、気がついたら、やめられない止まらない!?、上下巻セットのまずは上巻を読了。講義形式の書籍。

ところで、時間を費やせば、いずれ著作は読了する。限りあるものに、終わりは必ず訪れる。だから淡々と時間を費やして読書に耽る。ところが、書き記しとなると、そう簡単にいかない。書こうと思ったこと、書きたいと思ったことが、どうにもに表現できない。言葉が足りない、知識が情報が著しく不足している。

ドストエフスキーに現代の衣装をまとわせ、たとえ反面教師の姿をとることになろうとも、もう一度、彼を、現代に連れもどさなくてはならない。私のなかでそんな思いが少しずつ高じてきたのは、現代社会におけるコミュニケーションのありように根本的な疑いを持っているからです。情報技術の発達によって、私たちのコミュニケーションの密度は驚くほど希薄になり、断片化しつつあるように感じます。トータルな存在として自分を認識したり、経験できる機会が少なくなりました。恋愛一つをとってもまさに水のごとし、というのが世の風潮のように思えます。他方、そうした状況を背に、私たちの身の回りには、鬱と呼ばれる病に苦しんでいる人がどれほど多いことでしょう。限りない価値の多様化と世代間の分断のなかで、ドストエフスキーが放った言葉がどれくらいのインパクトを持ち得るのか、あるいはドストエフスキーの描いた世界は、どこまで現代に通じるものをもっているのか。グローバル化のなかで見失われていく価値の源をもう一度見直したいという願いが私のなかにあります。(中略)
・・・本講義の中心となるテーマは、「父殺し」です。なんと剣呑な、と眉をひそめる方もいらっしゃるかもしれませんが、私があえてこのテーマを選んだのは、ドストエフスキー文学の柱となったのが、まさに父と子の永遠の対立というテーマだからです。彼はこの対立の解決と救いを求めて模索しつづけました。父と子の対立は二つの側面において顕在化しています。一つは家庭の崩壊であり、もう一つは社会の崩壊です。自殺、幼児虐待、飲酒、売春、その他、ドストエフスキーが生きた十九世紀後半のロシアは、あたかも世界の終末を思わせるほど破局的な姿をさらしていました。とりわけ、晩年の十年は、皇帝権力に対するテロルの嵐が吹き荒れた時代です。皇帝は、国民全体にとっていわば父親のような存在でした。こうした社会において、皇帝暗殺はまさに「父殺し」の一つの究極的な形態であったといってよいのです。そこで明らかになったのは、皇帝と父親によって虐げられた子どもたちの抵抗です。親による子殺しと子どもによる親殺しの恐れべき相克――。それがドストエフスキーの晩年でした。今日、私たちの時代を被っている無差別テロは、グローバル化という強大な遠心力にふるい落とされた人々の抵抗運動という側面があります。テロルの源はつねに絶望と孤独にあります。農奴解放後、資本主義の荒波に生きたロシアという一つの社会に、現代世界のグローバル化が重なっていきます。十九世紀後半のロシアの知識人たちも、その絶望の深さでは、現代人となんら変わるところはありませんでした。相次ぐテロルのまえで、ドストエフスキーが模索した救いとは何だったのでしょうか。 (P.58-P.60)

「私はついに愛することができなかった。というのは、繰り返していうけれども、私にとって愛とは、暴君のようにふるまうこと、精神的に優位に立つことを意味していたからだ。私はこれまでずっとそれとは別の愛を想像することもできず、時として今でも愛というのは、愛する対象から、暴君のようにふるまう権利を自発的に授けられることだと考えている。地下室でみる夢のなかでも、私は愛を闘争以外の何ものかと考えたことはなく、つねに憎しみからはじめて、精神的な制服に終わるのが常だったし、しかる後に征服した相手をどうするかなどは考えることもできなかったのである」
 (P.158-P.159)

ドストエフスキーがマゾヒズムに見た最大の意味はおそらく恋愛感情にあったと思われる。彼が、マリヤ・イサーエワ、ヴェルグーノフとの三角関係に見たのは、疎外されることによって得られるエクスタシーの存在だった。まさにマゾヒズムである。恋の勝者となり、この疎外から救われることはむしろエクスタシーの消滅につながった。癲癇の発作時に経験される「全世界の調和」の感覚が、一切の理想的帰結であったとするなら、ドストエフスキーにとっては恋愛もまた、そうした感覚の創造によって霊感を与えられねばならない。ところが現実はそうではなかった。勝利によって愛は終わる。少なくともマリヤ・イサーエワとの愛は、理想主義の破綻と一体化した。勝利は究極的なものと位置付けられたのである。逆に後年のドストエフスキーがアポリナーリヤ・スースロウという「宿命の女性」との愛に見るのは、勝利は束の間であり、むしろ闘争の始まりであるという認識である。そして、その闘争は、不断の苦しみの連続であるということである。文字通り、サド・マゾヒズムによる精神愛だった。 (P.162-P.163)

・・・「告白」からの一節を朗読しておきましょう。
「それほどまでに自分のものにしたいと望んでいる女性を、実はまったく愛していないこと、今後もうだれを愛することもできないだろうこと、〔情欲以外には何もないだろうこと〕まで、彼は打ち明けたのです」
賭博者アレクセイ=ドストエフスキーをとらえた狂気、その狂気のなかに現出するもの、それもやはり観念という名の狂気だったのかもしれません。 (P.246-P.247)

≪目次: ≫
プロローグ 父殺しの場所
第一部 若き魂の刻印
第一講 楽園追放

【事件と証言1】ファイル「領主ミハイル・ドストエフスキー殺害事件」/【伝記1】出生から作家デビューまで/【講義1の1】父殺しとテロル/【テクスト1】『貧しき人々 (Бедные люди,1846)』/【講義1の2】楽園追放
第二講 引き裂かれた夢想家
【事件と証言2】ファイル「ぺトラシェフスキー事件」/【伝記2】栄光と転落/【講義2の1】引き裂かれた夢想家/【テクスト2】『分身 (Двойник,1846)』/【講義2の2】分身か、兄弟か −似た者同士の闘い/【テクスト3】『家主の妻 (1847)』/【講義2の3】妄想の劇化、または幻想のなかの親殺し/【テクスト4】『他人の女房とベッドの下の亭主 (Честный вор,1848)』/【講義2の4】模倣の欲望/【テクスト5】『白夜 (Белые ночи,1848)』/【講義2の5】美しいコキュ/【テクスト6】『ネートチカ・ネズワーノワ (Неточка Незванова,1849)』/【講義2の6】合わせ鏡のなかの孤児たち
第三講 回心、神をはらめる民
【事件と証言3】ファイル「マリア・イサーエワとの結婚」/【伝記3】シベリア流刑/【テクスト7】『ステパンチコヴォ村とその住人 (Село Степанчиково и его обитатели,1859)』/【講義3の1】奪還と二枚舌/【テクスト8】『死の家の記録 (Записки из мёртвого дома,1860)』/【講義3の2】回心、神をはらめる民
第四講 地下室の誕生
【事件と証言4】ファイル「『エジプトの夜』公開朗読事件」/【伝記4】混迷の時代/【講義4の1】地下室の誕生/【テクスト9】『虐げられた人々 (Униженные и оскорбленные,1861)』/【講義4の2】無力な博愛主義/【テクスト10】『地下室の手記 (Записки из подполья,1864)』/【講義4の3】サド・マゾヒズムの二重性

第二部 聖なる徴のもとに
第五講 観念という狂気

【事件と証言5】ファイル1「ゲラシム・チストフ事件」、ファイル2「高利貸し商ベック氏殺人事件」、ファイル3「アレクセイ・ダニーロフ事件」、ファイル4「カラコーゾフ事件」/【伝記5】ペテルブルグの夢/【テクスト11】『罪と罰 (Преступление и наказание,1866)』/【講義5の1】観念という狂気/【テクスト12】『賭博者 (Игрок,1866)』/【講義5の2】傲慢の悲喜劇、「勝利」の意味
第六講 聖なる者の運命
【事件と証言6】ファイル1「宝石商カルムイコフ殺人事件」/ファイル2「ベレゾフスキ事件」、ファイル3「ウメツキ一家事件」/【伝記6】ジュネーブ・ドレスデン時代/【テクスト13】『白痴 (Идиот,1868)』/【講義6】聖なる者の運命

死と生のギャラリー 1 死せるキリスト(ハンス・ホルバイン)


幸せの黄色い花♪
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本「国家論 −日本社会をどう強化するか (NHKブックス)」佐藤優5


国家論 −日本社会をどう強化するか (NHKブックス)
著者: 佐藤優
単行本: 315ページ
出版社: 日本放送出版協会 (2007/12)




佐藤優”が、2007年夏に十数名の編集者や研究者の前で行った八回の講義をもとに書き上げた書籍化は、まさに、特別講義を受けているかの臨場感。
活字を通じて真摯な対話をした、カール・マルクス (Karl Heinrich Marx,1818.5.5-1883.3.14)宇野弘蔵 (1897.11.12-1977.2.22)アーネスト・ゲルナー (Ernest Gellner,1925.12.9-1995.11.5)柄谷行人 (1941.8.6- )カール・バルト (Karl Barth,1886.5.10-1968.12.10)といった、知の巨人から生み出された、佐藤優イズム、国家論。

大きな夢をもつことです。会社の社長になりたい、中央官庁の事務次官になりたい、あるいは、内閣総理大臣になりたいなどの夢はスケールが小さすぎます。貧困がまったく存在しない社会、絶対に戦争がない世界、これが私のいう大きな夢、すなわち「究極的なもの」です。こういう夢を実現することに満足を感じる、言い換えるならば、大きな、とてつもなく大きな夢がエゴとなるような人間が増えれば社会は強化されると私は考えます。 (P.310)
大真面目に考えて、ホントにこれは大きな夢で、なかなか万人に理解されることはないであろうけれども、まさに究極的というに相応しい。


さてバルトは、〈われわれはわれわれの信仰を他人に要求しない 『ローマ書講解』〉と言っていますが、これは非常に重要な一節です。日本では一神教に関する誤解があります。一神教は単一の世界観に基づくため、自らの信仰を人に強要する傾向があるという議論がありますが、それは嘘です。一神教世界の人の関心は(神との関係における)自分自身の救いですから、人の救いなどはどうでもいい。他人の救いに関心がるのはイエスぐらいで、他の人は基本的に自分のことで手一杯なのです。これが一神教の標準的な感覚です。
ですから、エルサレムに行くと、キリスト教徒とユダヤ教徒、ムスリムの人たちが併存、共存している。キリスト教の中でもヤコブ派とかコプト教会、アルメニアの人々などのまったく異なる宗派の教会が、それこそ文字どおり併存しているわけです。お互いの教義については何も知りません。関心がないのです。自分にとっての救済にしか関心がないから、他人がどういう道筋を通って救済されるかというのはどうでもいいのです。他者に対する大いなる無関心から宗教的な寛容が出てきて、結果として併存することになる。こういう構成です。だから、中東キリスト教と中東イスラームの間の紛争は、かつてはほとんどなかった。ああいうかたちで宗教紛争が大規模かつ恒常的に起きるようになったのは、近代以降の現象です。 (P.277)


「“寛容”に在りたい」と強く思うぼくは、前提として「寛容ではない」自らに思い悩んでいる。その思いが強ければ強いほど、そう思うに至らしめる「不寛容な」自分自身を嫌悪して、自らの不寛容さを恥じて隠し、意識して無理矢理にも「寛容」を装い演じる。ところが、無理をしても続かない。破綻する。ますます、不寛容さに苦しむ。
無関心でいられるのならば、決して思い悩むことなどないであろう。
歴然と関心が在る、抱かずにいられないのである。過剰なまでに示す反応を、自らがコントロールできるのであれば、、、


≪目次: ≫
 序章 国家と社会 −区別はされても分離せず
   1 五世紀にまで遡る
   2 創られた民族 −中央アジアの民族境界線画定問題
   3 国家の暴走にどう対抗するか
 第一章 社会 −『資本論』で読み解く「日本社会の構造」
   1 マルクスの二つの魂
   2 価値形態論と国家論
   3 国家登場! −原理論から段階論へ
 第二章 社会への介入 −「宇野経済学」で読み解く「社会のスキマ」
   1 日本資本主義論争
   2 貨幣が鋳貨に変わるとき
   3 国家介入の四つの契機
 第三章 国家 −「民族」で読み解く「ナショナリズムの本質」
   1 スターリンの民族定義
   2 暴力独占機関としての国家
   3 ナショナリズムとは何か
   4 国家と社会の起源はどこにあるのか
   5 ファシズムとボナパルティズム)
 第四章 国家と神 −『聖書』で読み解く「国家との付き合いかた」
   1 国家とは距離を置け! −バルトの革命観
   2 国家という偶像
   3 歴史は複数の真実をもつ
 終章 社会を強化する −「不可能の可能性」に挑め!
   1 良心は心の外にある
   2 結語 −「究極以前のもの」を通して「究極的なもの」に至る
 引用・参考文献


Spiraea cantoniensis.
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「モーツァルトとクジラ」読みました。5


モーツァルトとクジラ
著者: ジェリー・ニューポート、メアリー・ニューポート、ジョニー・ドッド
訳者: 八坂ありさ
単行本: 293ページ
出版社: 日本放送出版協会 (2007/01)



あのねあのね、あたしね、どれくらい前かなぁ、躁鬱病なんじゃないかって思ってね、周りからも言われたしね、それで精神病院に行ってみようとも思ったんだけどね、勇気が出せなくって(見栄、世間体、虚栄心?!)結局は行かなかったんだけどね、自分の感情をコントロールできなくなっちゃうの、特に怒りの感情が尋常じゃなくってね、普段は平気なんだけどね普通に日常生活も送れている(そう思っているだけ?!)しね、きっかけはほんの些細なことなんだけどね、いったん頭に血がのぼっちゃうとね、もうどうにもこうにもにっちもさっちもどうしょうもなくなってしまってね、全く周りのことが見えなくなってしまってね、あたり構わず後先考えずに、相手の気持ちを顧みることも周囲の状況を考えることもできなくなってしまってね、何も考えずに怒りをぶちまけてしまってね、でもね、怒りをぶちまけた後にはすぐに冷静になるんだけどね、冷静になると今度は何でこんなことをしちゃったんだろう、どうしてどうして訳分かんないって自己嫌悪に陥っちゃってね、自己嫌悪に陥ってどうしようもない自分を責めて責めてね、でもでも何度も何度も懲りずに同じことを繰り返してね、それでねそれでね、大切な人に大きな心の傷を負わせてしまってね、だからねだからね、、、



物語(ノンフィクションだけど、映画化されており、そう呼ぶのが相応しい)は、アスペルガー症候群サヴァンのジェリーが、運命の女性と感じて生涯初めての交際の後に結婚した同じアスペルガー症候群サヴァンのメアリーとの愛の生活が打ち砕かれ離婚し別の道を歩み、その失意の末に睡眠薬による投薬自殺を図るところから始まる。薄れ行く意識の中で思い起こされる運命の出会いと、その楽しかった充実した日々。やっぱりメアリーは運命の女性だったのでは、と。
一方その時を少し遡る頃、メアリーもまた、貧困と失意に打ちひしがれ、投薬とリストカットによる自殺を図る。メアリーもまた、ジェリーと同じように、薄れ行く意識の中で、その困難に満ちた生涯と、運命に男性ジェリーとの出会いを振り返る。やはり、ジェリーを運命の男性だったのでは、と。
運命の出会いは、ハロウィンパーティーでの、メアリーがモーツァルトに、ジェリーがクジラに扮している姿で、パーティー会場のトイレだった。

訳者の”あとがき”によると、
アスペルガー症候群は、「高機能自閉症」、つまり「知的障害や言語障害を伴わない自閉症」と考えられ、「コミュニケーション能力の欠如」や「想像力の欠如」などの特徴から、しばしば「対人関係における困難」が生じ、本人は、自分の思いが言葉で正しく伝えられないもどかしさ、相手の気持ちが汲み取れない苛立ちを感じている、と。
サヴァン症候群は、フランス語で「賢い人」「賢者」を意味し、数学や芸術などの分野での超人的な才能や記憶力を発揮し、半数以上が自閉症で、約90%が男性といわれ、有名なところでは映画「レインマン」のモデルとなったキム・ピークであろう、と。
そして、妻のメアリーはモーツァルトとゴッホを愛し、音楽と絵画に優れた才能を持ち、夫のジェリーは数学に驚くような才能を見せる。

物語は、ジェリーとメアリーとそれぞれの口から、それぞれの生い立ち、そしてそれぞれが現在の彼らを形成するに至る過去の出来事が詳細に語られる。そのそれぞれの物語は、余りにも鮮明に、その豊かな表現力をもって、事実が、そしてそのときに受けた痛み、辛い思い、苦悩、苦悶する様が、淡々と語られる。

仮に、アスペルガー症候群を患っていなかったとしても、人間は誰しも、生きていくうえで、痛みを伴う辛い思いというものを、決して避けて通ることができない。その思いが経験が、その人物の人格を形成する要素のひとつひとつとして重要なパーツとして、その人物の本質的な深みとして活かされる。ある意味では、そのパーツの数が、その人間の本質的な魅力の深さにも表れる。決して表面には現れることが無い、本質的な部分において。

彼らは、繊細で、敏感で、純真で、誰よりも大きな傷をその心にも体にも数多く負った。
純真で汚れていない分だけ、残酷で、残忍な仕打ちを、その事実を現実を、真正面から受け止めてしまう。繊細で敏感なだけに、その傷や痛みはよりいっそう大きく深くなる。

物語は、そんな彼らが、そんな彼らだからこそ、真実の愛(もしかしたらそれは愛ではないのかもしれないが!?)に、運命的な導きにより、再び夫婦として、アリゾナの砂漠を見渡す家で、お互いが穏やかな安らいだ心持ちで過ごすところまでが語られ、その幕を閉じる。

特にメアリーの言葉が表現が、その心の内が、その心の底から溢れ出る言葉が、その言葉から滲み出る心の叫びが、私の心にこだまする。余りにも多くの言葉が、怒涛のように押し寄せる。堪え切れない。

わたしたち、人生でほしいものは、なんでも手に入れられると思うの。心の傷と怒りを全部捨てればね

圧倒的な感動を呼び起こす秀作。文句無しの☆×5つ!







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父が子に語る近現代史 (本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館])
本「父が子に語る日本史」小島毅
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