Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

河出文庫

本「過酷なるニーチェ der harte Nietzsche (河出文庫)」中島義道5

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・・・・・・
 なお、「神が死んだ」の原文は“Gott ist tot.” であって、「神は死んでいる」と訳すほうが正確である。いま「死んでいる」のは、かつて生きていたからではない。そうなら、ニーチェ自身が、かつて生きていた神の死を悼む者、あるいは正反対に、神の死を喜ぶ者になってしまうであろう。
 そうではないのだ。そうではないところに、「われわれが神を殺したのだ」というセリフが狂気の男によって語られたという意味が生きてくる。この男はあまりにも真剣であり、そこにいた群衆に嘲笑される。群衆は、神の死にいかなる衝撃も受けない。いかなる真摯な態度も示さない。彼らは、ある意味で「正しく」時代をとらえているであろう。現代において、神が「存在しない」ことは自明なのだ。そんなことでオタオタすることはないのである。あらゆる深刻なことを笑い飛ばし、すべてを軽く軽くとらえるこうした輩は、いつでも「みんな」と同じ感受性を持ち、「みんな」と同じ信念を持っている。そして、それからわずかにでも外れる人を目撃すると、寄ってたかって嘲笑し、排斥するのだ。
 こうした軽薄で、怠惰で、小賢しい近代人たちに比べれば、狂気の男は、はるかにまし(besser)である。そこには、・・・・・・    (p18-19)



「明るいニヒリズム」の哲学者が「誰の役にもたたず、人々を絶望させ、あらゆる価値をなぎたおす」ニーチェに挑む。生の無意味さと人間の醜さの彼方に肯定を見出す真に過酷なニーチェ入門の決定版。

「明るいニヒリズム」の哲学者がニヒリズムの始祖のニーチェの哲学に真っ向から立ち向かいながら、哲学のおそろしさと歓び、生の無意味と人間の醜さの彼方に「ヤー(然り!)」を見出すニーチェ入門の決定版。真に「過酷な哲学者」としてのニーチェがここに蘇る。


≪目次: ≫
はじめに

第1章 神は死んだ
 ハイデガーの解釈/神はもともと死んでいた/ニーチェのパウロ主義批判/ニーチェのイエス批判/神の死と人間の死/新しい神?

第2章 ニヒリズムに徹する
 ヨーロッパのニヒリズム/ツァラトゥストラのサル/ニーチェに「反抗する」ことがニーチェを理解することである/ニヒリズムの三形式/受動的ニヒリズムの諸相/ニーチェの「怒り」を引き受ける/カントとニーチェ

第3章 出来事はただ現に起こるだけである
 徹底的懐疑と最善感/必然的なものはない/(いわゆる)偶然的なもの/偶然の消滅=運命愛/近代法にもぐり込んだ因果応報/現代日本の畜群たち

第4章 人生は無意味である
 「よく生きる」/よく生きることと死/考える葦/広大な宇宙のただ中で/『神の死』を誠実に受け容れること/誠実とエゴイズム/遠近法主義/真理は女である/永遠との結婚

第5章 「人間」という醜悪な者
 人間的、あまりに人間的/純朴なニーチェ/戦わないニーチェ/虚栄心/精神の奇形/弱者は生きる価値がない/柔和な畜群/ルサンチマン/火のイヌ/ヒトラーとニーチェ/『ツァラトゥストラ』第四部/最も醜い人間/同情の克服/「子ども」という概念の二重性

第6章 没落への意志
 「没落する」ということ/真理を伝える人間たちへの嫌悪/殉教者?

第7章 力への意志
 力への意志と誠実であること/「僧侶=パウロ主義者」という力ある者/永遠回帰を受け容れる意志

第8章 永遠回帰
 永遠回帰とは何か?/批判的検討/モグラの永遠回帰/パウロ主義も永遠回帰する?/小びとの永遠回帰/瞬間と永遠回帰/ニヒリズムの完成?

あとがき (二〇一二年 十一月中旬 ウィーンでは、そろそろクリストキンドルマルクトの屋台が出ているころだなあと思いつつ・・・・・・ 中島義道)

解説 香山リカ(精神科医)

※本書は二〇一三年に河出書房新社より刊行した『ニーチェ ニヒリズムを生きる』を改訂の上、文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。哲学者。「哲学塾カント」を主宰。著書、『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)、『生き生きした過去』(河出書房新社)、『東大助手物語』(新潮社)、『「純粋理性批判」を嚙み砕く』(講談社)など多数。



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本「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 後篇 〔新装新版〕 (河出文庫)」橋本治5

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みんな、だいすきだよ



橋本治 「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇 〔新装新版〕」(河出文庫、2015年) '15/10/07


それまで誰も語ってこなかった「少女マンガ」を、はじめて論じた歴史的・マンガ評論。後篇は、「オトメチックマンガ」の陸奥A子、「孤高のギャグマンガ」の土田よしこ、なぜか少年マンガの吾妻ひでおや江口寿史も巻き込んで、「ハッピィエンドの女王」大島弓子論へと辿りつく。切なさと愛に満ちた、すべての少女マンガ読者必読の書。  ◎解説=中条省平

大島弓子、萩尾望都、山岸凉子、陸奥A子・・・・・・ 「少女マンガ」がはじめて公で語られた、伝説の漫画評論集。三浦しをん氏絶賛、待望の復刊!


≪目次: ≫
前篇のあらすじ

第V章 九十九里坂の海賊の家――江口寿史論+鴨川つばめ
 第一部 他人の章
  第一篇 少女マンガ隆盛のこと
        少女マンガ、少年マンガを侵すこと
  第二篇 星の飛雄馬は縞々パンツのこと
        衣食足って礼節を知る訳ないのこと 
  第三篇 矢吹丈、過渡期に生を享くること
        パンツの前に躊躇う少年のこと
  第四篇 少年、白を着れずにシラをきること
        パンツ売場は逢魔が時間のこと
  第五篇 郷ひろみゲテ物の由来のこと
        遠藤蘭、眉毛がドンドン下がること
  第六篇 格好だけで何が悪い? のこと
        “今の若い者”は黙殺の合言葉のこと
  第七篇 時の過ぎ行かないままにのこと
        世界はボクらの癲狂院(きちがいびょういん)かもしれないこと
  第八篇 美少年症候群(ナルシシズム・シンドローム)蔓延のこと
        マカロニ坂の菠薐草(ほうれんそう)住人のこと
  第九篇 キンドウさんトシちゃん観覧車のこと
        扉の陰に誰か、いる・・・・・・のこと
 暗中模索の章
 第二部 当人の章
  第一篇 少年マンガ衰退のこと
        少年マンガ、少女マンガになること
  第二篇 趣味趣味音楽DEVOのこと
        吾輩はナウであるのこと
  第三篇 唐突な唐突なギャクですのこと
        ストレンジャーは浪曲がお好きのこと
  第四篇 勝手に染谷輝一郎のこと
        嘲笑するは我にありのこと
  第五篇 富士一平、変身のこと
        ベッドでオカマにならないでのこと
  第六篇 江口寿史式相対性理論のこと
        ぼっぼっぼくらは少年・・・・・・のこと

第VI章 優しいポルノグラフィー――陸奥A子
 1 となりのキャシーはお年頃
 2 お散歩帰りに見る夢は
 3 もう泣いちゃうの
 4 扉を開けたらお花畑
 5 拝啓わたしのBF(あなた)様

第VII章 それでも地球は、廻っているのだ!――土田よしこ
 1 如何なる星の下に・・・
 2 クソ冠の姫
 3 リラよ

第VIII章 全面肯定としての笑い――吾妻ひでお
 1 ちょっとムチャですが
 2 癲狂院(きちがいびょういん)としての世界
 3 全面肯定としての笑い

第IX章 ハッピィエンドの女王――大島弓子
 1 有刺鉄線の向う側
 2 鳥は鳥に
 3 『バナナブレッドのプディング』九つの謎
 4 決然たる曖昧さ
 5 『綿の国星』再び
 6 時計を先に進めないで
 7 すべて男色家になる日まで
 8 屹立するせつなさ
 9 ハッピィエンドの女王

解説 中条省平

●作品リスト


※本書は、一九七九年六月、北宋社から単行本として刊行され、一九八四年一月、河出文庫より刊行されました。


≪著者: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。イラストレーターを経て、77年、初の小説『桃尻娘』を発表。79年には、初の評論である本書で話題となる。以後、小説・評論・戯曲・エッセイ、古典の現代語訳など、多彩な執筆活動を行う。96年、『宗教なんて怖くない!』で新潮学芸賞、2002年、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、05年、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、08年、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『桃尻語訳 枕草子』『ひらがな日本美術史』『バカになったか、日本人』『結婚』他多数。


橋本治 「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇 〔新装新版〕」(河出文庫、2015年) '15/10/07



 人間は社会生活をする動物です。そこに人間がいれば、そこには社会があるのです。
 私達は社会の中に生まれて来ます。
 社会は、そこに生きる人間達が最も都合よく生きていけるように出来ています。そして、そこに生まれた人間は、その都合よく生きて行ける社会を支える人間になるように、成長して行くのです。
 社会は動いて行きます、そこに生きる人間の動きに合わせて。
 そこには人間が生きています、その社会に合わせて。そして、その社会はそのまま物語なのです。
 そこに生きる人間は、そこで生きているように、その物語を作ります。だから、その物語のハッピィエンドは、その社会でのハッピィエンドなのです。でも、そこにいるすべての人間の都合を社会が聞き入れてくれる訳ではありません。
 ある者は耐え、ある者はあきらめ、ある者は抗い、ある者は従って、そしてある者は社会を捨てるのです。
 一人の人間を捨てたところで、社会がどう変わるものでもありません。社会は依然もとのままです。
 だから、社会と相容れない人間の物語も登場します。それが、“悲しい結末(サッド・エンド)”です。
 耐えて、あきらめて、嘆いて、抗って、そして死んでしまう悲しい結末です。社会の望むハッピィエンドと、彼等の望むハッピィエンドとでは、全然種類が違うのです。
 物語の中、人は生きて行きます。誰も自分の物語がサッド・エンドに終わることを望んだりしないはしないのです。
 でも、自分の思うことが、自分の望むものが、そこにあるハッピィエンドとは違うと、人はいつか気づくのです。
 物語の中で、絡み合ういくつかの挿話の中で、もつれあって流されながら、決して結末の見えることのない人間。どうしてこんなに渦巻くのだろう? どうしてこんなにもつれるのだろう?――それは結末が見えないから。
 この物語の中で、私は自分の結末が探せるのだろうか? そう考えた時、物語に結末はなくなるのです。
 どこまで続くか分からない、果てしない渦の中でグルグルグルグルどこまでもどこまでも、物語は続くのです。時間を先に引き延ばすのです。
 物語が終わる時、時間は正常に動き出します。でもその物語に終わりがないのなら、時間は決して動かないのです。ただ、夢のように漂うのです。
 ・・・  (p295-296)



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本「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇 〔新装新版〕 (河出文庫)」橋本治5

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みんなだいすきだよ――橋本治


女の子は、どうしたら女の子になれるのでしょう? 1970年代末、人気を極めながら誰にも語られてこなかった「少女マンガ」を、はじめて論じた歴史的・評論集。前篇は、萩尾望都や山岸凉子ほか、四人の少女マンガ家の世界を、超絶技巧の「橋本節」で繊細かつ華麗に読みといていく。マンガを愛するすべての読者に贈る!
 ◎「文庫新版のあとがき」収録

大島弓子、萩尾望都、山岸凉子、陸奥A子・・・・・・ 「少女マンガ」がはじめて公で語られた伝説の漫画評論集。三浦しをん氏絶賛、待望の復刊!

【読み返すたびに泣いてしまう。読者の思いと考えを、これほど的確に言葉にしてくれた少女漫画評論は、ほかに知らない。――三浦しをん】 少女マンガが初めて論じられた伝説の名著! 書き下ろし自作解説。


≪目次: ≫
第I章 失われた水分を求めて――倉多江美
 1 ロマコメの方へ
 2 花咲く乙女達のかげでは
 3 地獄寺も方へ
 4 裾野と黄楊の木城
 5 囚われの太陽
 6 逃げ去るストーリー
 7 見出されたコウモリ傘

第II章 眠りの中へ・・・――萩尾望都
 序章 すべてもとにはもどらない
 1 ゴールデンライラック
 2 銀河は燦(きら)めく砂粒の如く
 3 薔薇を、メリーベルに薄紅(うすべに)の薔薇を・・・

第III章 世界を変えた唇――大矢ちき 付、猫十字社論
 1 愛のレッスン
 2 下唇はエロスの匂い
 3 ポップ・マニエリスム
 4 本朝女学生縁起(ともかくじょしだいせえなのだ)
 付(つけたり)、油虫釈迦釈迦地獄変(ゴキブリシャカシャカジゴクヘン)――猫十字社論

第IV章 妖精王國女皇紀――山岸凉子
 1 少年の章
 2 少女の章
 3 抒情の章
 4 女妖の章
 5 女皇の章

文庫新版のあとがき (二〇一五年六月)

●作品リスト


※本書は、一九七九年四月、北宋社から単行本として刊行され、一九八四年一月、河出文庫より刊行されました。


≪著者: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。イラストレーターを経て、77年、初の小説『桃尻娘』を発表。79年には、初の評論である本書で話題となる。以後、小説・評論・戯曲・エッセイ、古典の現代語訳など、多彩な執筆活動を行う。96年、『宗教なんて怖くない!』で新潮学芸賞、2002年、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、05年、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、08年、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『桃尻語訳 枕草子』『ひらがな日本美術史』『バカになったか、日本人』『結婚』他多数。



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本「大不況には本を読む (河出文庫)」橋本治5

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大不況には本を読む (河出文庫)
○著者: 橋本治
○定価: 本体640円(税別)
○ISBN: 978-4309413792







 ・・・・・・一人の人間の頭の中に、そんなに膨大なものが入るはずはありません。「本を読む」という行為は、その膨大なるゴミの山の一角に入って、「自分が分担出来る片付け」を実行するというほどのものです――それが実のところは「自分のあり方を探す」なのです・・・・・・  (p245)


「思想性ゼロ」の国・日本は、二十世紀後半に貿易戦争に勝利し、一億総中流を実現させた。だが、ペリーの黒船来航に始まる近代百五十年の成功体験はもはや過去となり、不景気が当たり前になってしまった。いま日本人のなすべきことは?――貧しても、鈍する前に、本を読め。橋本治がすべての現代日本人におくる救国の書。


≪目次: ≫
文庫版のまえがき
はじめに

第一章 この不況はどのような不況なのか?
一 解決は困難だが、解明はそう困難ではない大不況
 この大不況はどんな不況か?/日本を中心にしてこの大不況を考える/日本という国の特殊性/経済大国日本と「先進国」の変貌/世界経済のひそやかなる転換点/どうしてアメリカ人は、自分達が必要とする自動車を作らなかったんだろう?/「自由貿易」という、富を増大させるルール/「いるんだかいらないんだか分からないもの」を買って、経済を拡大させる/一九八五年に日本が経済の規模を縮小させていたら――/あきれるほどのいいことずくめ/「円高」だってこわくなかった/ライヴァルがいなければ、安心して内政に集中出来る/グローバリズムへの道/そしてアメリカは攻勢に出る/「物」ではなく「考え方」が輸出される/「日本人は遅れている」という日本人自身の思い込み/「頭のいいやつだけが勝てる」という錯覚
二 この大不況はどのように収束されるのか?
 世界はその時「限界」を暗示していた/「経済」だって「侵略」になる/それは「戦争」だったかもしれない/「真犯人」が日本である可能性/「働くしか能のないやつは働かせておけ」という考え方/「右肩上がりの時代は終わった」と言っていたくせに/「中途半端な豊かさ」は、すべてをより危うくさせる/「豊かさに慣れてしまう」ということ/大不況は「どこ」で収束されるのか?/「どこに戻るべきか」を考えてみる/「昔に戻せばいい」というわけではない/大不況を収束させるための考え方

第二章 人類の折り返し点
一 黒船にやって来られた国の考え方
 日本人が「どうすればいいのか?」を考えた時期/「経済は一流、政治は二流以下」の実態/「思想性ゼロ」の国/「和魂洋才(わこんようさい)」という言葉/「和魂漢才(わこんかんさい)」という言葉だってあった/「和魂」のなにが珍しいんだ?/「和魂」が「洋才」を嫌う/「和魂洋才」から「洋魂洋才」へ/アイデンティティーなんかどうでもいいのかもしれない/「和魂」は本当に「大和魂」なのか?/「用語の規定」が混乱しても仕方がないかもしれない/だから「中途半端な思想性なんかない方がいい」のかもしれない/実際的な日本人が忘れていること
二 経済は永遠に発展しうるのか?
 なんで「保護主義」はいけないんだろう?/経済が永遠に発展をつづけるならば/「エコ」は産業となりうるのか?/「エコ」は産業の発展を保証しない/「発展」だけが経済ではない/どこかで「富の均質化」が話し合われているらしい/「発展する経済」を野放しにすると――/「自由貿易」というのはなんなのか?/その「必要」は誰が決めるのか?/いつまでも「悪いやつ」はいないだろうに――/でも、経済は「飽和状態」を迎える
三 歴史はもう停止しているかもしれない
 出版関係者は経済に強くない/経験が人を賢くしないことはない/再び、経済はただグルグルと回る/日本人に「世界経済」は分からない/それで、世界経済はこの先どうなるのだろう?/なぜ経済は「グルグル回る」をしなくなったのか?/経済の循環を可能にする「高低差」がなくなれば――/「一億総中流」というハッピーエンド/日本人はなにを変えたか?
四 日本と世界の不思議な関係
 グルグル回りの世界で、ある時なにかが変わった/「一億総中流」が実現されてしまった特異な国/なぜ日本は変わっているのか?/日本の町人は「市民」なんかじゃない/「君臨させておいて統治されない」というあり方/海の向こうからイチャモンが来る/産業革命がもたらしたもの/日本人が考えてもいいこと

終章 「本を読む」ということ
一 役に立たない「本書のまとめ」
 あまり役に立たない「本書のまとめ」/外のことは、内を見ても分かる/「バイ・ジャパニーズ!」を言われなくても/「これからは農業」かもしれないけれど/「農業で食って行ける」を実現することのむずかしさ/「農業で食って行く」を実現するたった一つの方法/最終的にトクをしていたのは誰なのか?/しかし、すべての物事には「限界」がある/近代工業の抱えるトラウマ/都市生活者の哀しい復讐
二 「本を読む」ということ
 今「本を読む」がどうして必要なのか/「その本」はどこにあるのか?/「書かれていないこと」を読む/「コピペ」は今に始まったことではない/「書かれたこと」を読んで、「書かれていないこと」を考える/「もうそんなことは分かりきっている」と思われた時/「過去」を拒絶して、時代はただ若くなった/離れられた「活字」には、離れられるだけの理由がある/本の中には、それを読む人間そのものがいる/「読まなければいけないもの」は膨大にある/それで、この大不況には本を読む/なぜ人は、「不景気になると本を読む」ということをしたのか


※本書は二〇〇九年六月、中公新書ラクレとして刊行されました。


≪著者: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。イラストレーターを経て、77年、小説『桃尻娘』を発表。以後、小説・評論・戯曲・エッセイ、古典の現代語訳など、多彩な執筆活動を行う。96年、『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、2002年、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、05年、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、08年、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『桃尻語訳 枕草子』『ひらがな日本美術史』『バカになったか、日本人』『結婚』他多数。



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本「ドゥルーズ 経験不可能の経験 (河出文庫)」ジャン=クレ・マルタン、合田正人 訳5

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ドゥルーズ ---経験不可能の経験 (河出文庫)
ドゥルーズ 経験不可能の経験  Jean-Clet Martin: “Deleuze ”, Editions de l'Éclat, 2012 (河出文庫)

○著者: ジャン=クレ・マルタン合田正人
○出版: 河出書房新社 (2013/5, 文庫 200ページ)
○定価: 1,260円
○ISBN: 978-4309463841





ドゥルーズの直系にして最もドゥルーズ的な哲学者が諸概念を横断しながら、ドゥルーズ哲学のエッセンスを閃光のようにとりだして、危うく美しいその思考のラディカリズムを浮き彫りにする珠玉の名著。文庫訳し下ろし。日本語版オリジナル「ドゥルーズとグァタリ」を併載。


≪目次: ≫
Deleuze”, Editions de l'Éclat, 2012

1 問題の意味
2 批判的・危機的諸経験
3 ドラマ化
4 差異と反復
5 表層と深層
6 出来事・事件
7 諸多様体
8 器官なき身体
9 シネマでのイメージ
10 概念

補遺 ドゥルーズとグァタリ Deleuze & Guattari


訳者あとがき (二〇一三年一月二五日 合田正人)


≪著者: ≫ ジャン=クレ・マルタン Jean-Clet Martin 1958年生まれ。ドゥルーズ直系の哲学者。訳された著書に『ドゥルーズ/変奏』『百人の哲学者 百の哲学』『物のまなざし ファン・ゴッホ論』『フェルメールとスピノザ 〈永遠の公式〉』『哲学の犯罪計画 ヘーゲル「精神現象学」を読む』がある。

≪訳者: ≫ 合田正人 (ごうだ・まさと) 1957年生まれ。著書『ジャンケレヴィッチ』、『心と身体に響く、アランの幸福論』ほか、訳書、ドゥルーズ『ヒューム』、レヴィナス『存在の彼方へ』ほか。


ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ 『哲学とは何か  Qu'est-ce que la philosophie?, 1991 』(財津理 訳、河出文庫、2012年) '12/09/20
ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈下〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/12/19
ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈中〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/12/04
ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈上〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/10/18
ジル・ドゥルーズ 『批判と臨床  Critique et Clinique, 1993 』(守中高明/谷昌親/鈴木雅大 訳、河出書房新社、2002年) '09/11/07
ジル・ドゥルーズ 『スピノザ 実践の哲学  Spinoza: Philosophie pratique, 1981 』(鈴木雅大 訳、平凡社ライブラリー、2002年) '09/11/06
ジル・ドゥルーズ 『記号と事件 1972-1990年の対話  Pourparlers, 1990 』(宮林寛 訳、河出文庫、2007年) '09/10/28
ジル・ドゥルーズ 『差異について〈新装版〉  “Henri Bergson, Différence et Différenciation”, La conception de la différence chez Bergson, 1956/Bergson 1859-1941, 1956 』(平井啓之 訳・解題、青土社、2000年) '09/10/26
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ 『アンチ・オイディプス 〈下〉 資本主義と分裂症  L'Anti-Œdipe, Capitalism et schizophrénie, 1972 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2006年) '09/10/25
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ 『アンチ・オイディプス 〈上〉 資本主義と分裂症  L'Anti-Œdipe, Capitalism et schizophrénie, 1972 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2006年) '09/10/19
ジル・ドゥルーズ 『差異について〈増補新版〉  La conception de la différence chez Bergson/Bergson 1859-1941, 1956 』(平井啓之 訳・解題、青土社、2000年, 1992年, 1987年) '09/10/17
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェと哲学  Nietzsche et la Philosophie, 1962 』(江川隆男 訳、河出文庫、2008年) '09/10/11
ジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ 『対話  Dialogues, 1977 』(江川隆男/増田靖彦 訳、河出書房新社、2008年) '09/10/08
ジル・ドゥルーズ 『フーコー  Foucault, 1986 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2007年) '09/09/22
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965 』(湯浅博雄 訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之 訳、河出文庫、2007年) '09/09/16
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之 訳、河出文庫、2007年) '09/09/13
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963 』(國分功一郎 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  Nietzsche aujourd' hui?, 1973 』(林好雄/本間邦雄/森本和夫 訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23


松本潤一郎/大山載吉 『ドゥルーズ 生成変化のサブマリン』(哲学の現代を読む2、白水社、2005年) '09/11/21
宇野邦一 『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ、2001年) '09/10/30
篠原資明 『ドゥルーズ ノマドロジー  Gilles Deleuze: nomadologie, 1997 』(現代思想の冒険者たちSelect、講談社、2005年) '09/10/25
江川隆男 『存在と差異 ドゥルーズの超越論的経験論  Être et Différence: De l'empirisme transcendantal chez Deleuze 』(知泉書館、2003年) '09/10/21
檜垣立哉 『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/10/04
檜垣立哉 『ドゥルーズ入門』(ちくま新書、2009年) '09/09/24
小泉義之 『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年) '09/06/10
ライダー・デュー 『ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007 』(中山元 訳、新曜社、2009年) '09/07/03


合田正人 『レヴィナスを読む 〈異常な日常〉の思想』(NHKブックス、日本放送出版協会、1999年) '09/04/14
合田正人 『サルトル『むかつき』ニートという冒険』(理想の教室、みすず書房、2006年) '09/04/11 , '09/03/06



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本「クォンタム・ファミリーズ (河出文庫)」東浩紀5

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クォンタム・ファミリーズ (河出文庫)
クォンタム・ファミリーズ  AZUMA HIROKI: “QUANTUM FAMILIES” (河出文庫)

○著者: 東 浩紀
○出版: 河出書房新社 (2013/2, 文庫 440ページ)
○定価: 798円
○ISBN: 978-4309411989




ゲーム、虚構の/現実の、ゲームのプレイヤー
 35歳問題、もんだい、モンダイ


人生の折り返し、三五歳を迎えたぼくに、いるはずのない未来の娘からメールが届いた。ぼくは娘に導かれ、新しい家族が待つ新しい人生に足を踏み入れるのだが……核家族を作れない「量子家族」が複数の世界を旅する奇妙な物語。ぼくたちはどこへ行き、どこへ帰ろうとしているのか。三島由紀夫賞受賞作。


≪目次: ≫

クォンタム・ファミリーズ』 QUANTUM FAMILIES 

物語外 1
 資料A
 資料B
 資料C

第一部
 1 父 I
 2 娘 I
 3 父 II
 4 娘 II
 5 父 III
 6 娘 III
 7 父 IV + 娘 IV
 7' 父 V → 母

第二部
 8 家族 I
 9 家族 II
 10 家族 III

物語外 2
 i 汐子



解説 現代思想としての多元宇宙/筒井康隆


※本書は、「新潮」二〇〇八年五月号、八月号、一二月号、二〇〇九年二月号、四月号、七月号、八月号に掲載された「ファントム、クォンタム」を大幅な加筆修正および改題のうえ、新潮社より二〇〇九年一二月に単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ 東 浩紀 (あずま・ひろき) 1971年、東京都生まれ。作家、批評家。株式会社ゲンロン代表取締役、『思想地図β』編集長。93年、批評家としてデビュー。『存在論的、郵便的』でサントリー学芸賞を、初の単独長編『クォンタム・ファミリーズ』で三島由紀夫賞を受賞。著書に『動物化するポストモダン』、『ゲーム的リアリズムの誕生』『一般意志2.0』他多数。

東浩紀 『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』(講談社現代新書、2001年) '13/04/04
東浩紀 『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』(講談社、2011年) '13/03/31






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本「喜ばしき知恵  Die frohliche Wissenschaft: la gaya scienza (河出文庫)」フリードリヒ・ニーチェ、村井則夫 訳5

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喜ばしき知恵 (河出文庫)
喜ばしき知恵  Friedrich Nietzsche “Die fröhliche Wissenschaft: la gaya scienza” (河出文庫)

○著者: フリードリヒ・ニーチェ村井則夫
○出版: 河出書房新社 (2012/10, 文庫 491ページ)
○定価: 1,260円
○ISBN: 978-4309463797
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……初版が1882年、大幅な増補を含む第二版が1887年に刊行されているということは、その間に主著『ツァラトゥストラはこう語った』(1883-85年)をまるまる挟み、さらには『善悪の彼岸』(1886年)をもまたいで成立していることになる、際立って特異な位置を占める


ニーチェの最も美しく、最も重要な著書が、冷徹にして流麗な日本語によってよみがえる。「この書物の言葉は、氷晶を融かす春風にも似ている[…]。いまだ冬の圏内にありながら、冬を打倒する勝利が予感されるのだ。」「神は死んだ」と宣言しつつ永遠回帰の思想をはじめてあきらかにしたニーチェ哲学の中核をなす大いなる肯定の書。


≪目次: ≫
喜ばしき知恵――華やぐ知恵 la gaya scienza 』 Die fröhliche Wissenschaft

序文 第二版に寄せて (ジェノヴァ郊外ルータにて 一八八六年秋)

「戯(たわむ)れ、企(たくら)み、意趣返し」――ドイツ語韻文の序曲
1 招待/2 わが幸福/3 尻込みせずに/4 対話/5 徳ある人びとに/6 処世訓/7 汝が汝の指南役/8 三たび脱皮して/9 わが薔薇/10 軽蔑する者/11 箴言に曰く/12 光の愛好者に/13 舞踏者にとって/14 豪気な者/15 錆/16 上へ向って/17 傑物の言葉/18 狭い心/19 意図せざる誘惑者/20 一考の余地/21 傲慢の戒め/22 男と女/23 解釈/24 ペンシミストへの特効薬/25 願い/26 私の非情さ/27 彷徨(さすら)い人/28 初心者のための慰め/29 天体のエゴイズム/30 隣人/31 聖者の変装/32 奴隷/33 孤独者/34 セネカとその知友―― Seneca et hoc genus omne /35 氷/36 青年期の著作/37 用心/38 敬虔な者は語る/39 夏に/40 嫉みをもたない/41 ヘラクレイトス主義/42 気位の高すぎる者の原則/43 忠告/44 底を究める者/45 永遠の来訪者/46 疲弊した者の判断/47 没落/48 法則に逆らって/49 賢者は語る/50 頭脳流出/51 真摯な願い/52 足で書く/53 『人間的な、あまりに人間的な』――ある著作/54 わが読者に/55 写実主義の画家/56 詩人の虚栄心/57 選り好みの趣味/58 曲がった鼻/59 筆が進まない/60 高等な人間/61 懐疑論者は語る/62 この人を見よ―― Ecce homo /63 星のモラル

第一書
1 生存の目的の教師/2 知的良心/3 高貴と低俗/4 種を維持するもの/5 無条件の義務/6 威厳の失墜/7 勤勉な者たちへの忠告/8 無意識の徳/9 われわれの噴火/10 ある種の隔世遺伝/11 意識/12 学問の目標について/13 権力感情の理論に寄せて/14 愛と呼ばれる一切のもの/15 遠方から/16 橋を渡って/17 自分の貧しさに理由をつける/18 古代的な誇り/19 悪/20 愚劣さの品格/21 無私無欲を説く者に/22 国王のためのタイムテーブル/23 頽廃の特徴/24 あれこれの不満/25 認識に不適格/26 生きるとは何か?/27 世棄て人/28 最善のもので害をなす/29 嘘であとづけをする者たち/30 著名人の喜劇/31 商業と貴族/32 望まれざる弟子/33 講演を立ち聞きして/34 隠れた歴史―― historia abscondita /35 異端と魔術/36 末期の言葉/37 三種の誤謬にもとづいて/38 爆発する人びと/39 趣味の変化/40 高貴な外見の払底/41 後悔することなく/42 労働と退屈/43 法律が語るもの/44 思い込まれた動機/45 エピクロス/46 われわれの驚嘆/47 情熱の抑圧について/48 苦境の知識/49 寛大さとその同類/50 孤立という論証/51 真理感覚/52 他人がわれわれについて知っていること/53 善が始まるところ/54 仮象の意識/55 最後の高貴な心映え/56 苦悩への欲求

第二書
57 現実主義者たちに向けて/58 ただ創造する者のみが/59 われわれ芸術家/60 女性たちと遠隔作用/61 友情を讃えて/62 愛/63 音楽における女性/64 疑い深い者たち/65 献身/66 弱者の強み/67 自らを演じる/68 意志と受諾/69 復讐の能力/70 英雄を圧倒する女傑/71 女性の貞淑について/72 母たるもの/73 聖なる残酷/74 もてない女性たち/75 第三の性/76 最大の危機/77 悪びれることのない動物/78 感謝すべきこと/79 未熟さの魅力/80 芸術と自然/81 ギリシア的な趣味/82 非ギリシア的なエスプリ/83 翻訳/84 詩の起源について/85 善いものと美しいもの/86 劇場について/87 芸術家の自惚(うぬぼ)れについて/88 真理への熱意/89 今と昔/90 光と影/91 要注意/92 散文と詩/93 ところで一体、なぜ君はものを書くのか/94 死後の成長/95 シャンフォール/96 二人の弁論家/97 文筆家の饒舌について/98 シェイクスピアを讃えて/99 ショーペンハウアーの信奉者たち/100 尊敬を学ぶ/101 ヴォルテール/102 文献学者たちに一言/103 ドイツ音楽について/104 ドイツ語の響きについて/105 芸術家としてのドイツ人/106 仲介者としての音楽/107 芸術に対するわれわれの究極の感謝

第三書
108 新たな闘争/109 用心しよう!/110 認識の起源/111 論理的なものの起源/112 原因と結果/113 毒物学/114 道徳的なものが及ぶ範囲/115 四つの誤謬/116 集群本能/117 集群の良心的呵責/118 好意/119 利他主義にあらず!/120 魂の健康/121 生は論拠にあらず/122 キリスト教における道徳的懐疑/123 手段に甘んじることのない認識/124 無限なるものの地平で/125 狂乱の男/126 神秘的な物言い/127 最古の宗教性の名残り/128 祈りの価値/129 神の条件/130 剣呑な決意/131 キリスト教と自殺/132 キリスト教への反感/133 原則/134 犠牲者としてのペシミスト/135 罪の由来/136 選ばれた民/137 比喩で語ると/138 キリストの誤り/139 情熱の色合い/140 あまりにユダヤ的な/141 あまりに東方的/142 香の薫り/143 多神教の最大の効用/144 宗教戦争/145 菜食主義者の危険/146 ドイツ的希望/147 問いと答え/148 宗教改革が起こるところ/149 宗教改革の挫折/150 聖人の批判について/151 宗教の起源について/152 最大の変化/153 詩人たる人間―― homo poeta /154 人生のさまざまな危険/155 われわれに欠けているもの/156 影響甚大な人物/157 嘘を吐く―― mentiri /158 厄介な性格/159 すべての徳に時節あり/160 徳との交流に際して/161 時代の讃美者に対して/162 エゴイズム/163 大勝利のあとで/164 安らぎを求める者たち/165 諦念者の幸福について/166 いつも同じ仲間のうちで/167 人間嫌いと愛/168 ある病んだ者について/169 公然たる敵/170 大衆とともに/171 名声/172 趣味を台無しにする者/173 深遠であることと、深遠に思われること/174 はぐれ者/175 雄弁について/176 同情/177 「教育制度」に関して/178 道徳的啓蒙について/179 思想/180 自由思想家の絶好の時代/181 追随と先行/182 孤独の中で/183 最良の未来の音楽/184 司法/185 貧しさ/186 良心の疼き/187 実演に際して気分を害するもの/188 労働/189 思想家/190 賞讃者に抗して/191 多くの弁護に抗して/192 最良な人びと/193 カントの機知/194 隠し事のないひと/195 笑止千万/196 われわれの聴覚の限界/197 ゆえに用心を/198 気位の高い者の不快/199 気前の良さ/200 笑い/201 賛同/202 浪費家/203 この男は腹黒い―― Hic niger est /204 物乞いと礼節/205 必要/206 雨が降る日に/207 嫉妬深い者/208 偉大な男!/209 理由を尋ねるやり方/210 勤勉さの節度/211 隠れた敵/212 見損なわないよう/213 幸福への道/214 信じる者は救われる/215 理想と素材/216 声の危険/217 原因と結果/218 私が嫌悪するもの/219 刑罰の目的/220 犠牲/221 思いやり/222 詩人と嘘吐き/223 感覚の代理/224 動物たちの批評/225 自然に従う人びと/226 疑い深い者とその話法/227 考え損ない、撃ち損ない/228 調停者に対して/229 強情と忠誠/230 沈黙の欠如/231 「徹底した」人たち/232 夢を見ること/233 最も危険な観点/234 音楽家への慰めの言葉/235 精神と人格/236 大衆を煽動するために/237 礼儀正しい人/238 嫉み知らず/239 楽しみを知らない人/240 海辺に/241 作品と芸術家/242 各人にその持ち分を―― suum cuique /243 「良」と「劣」の起源/244 思想と言葉/245 選択における賞讃/246 数学/247 習慣/248 書物/249 認識者の溜息/250 罪/251 苦悩する者への誤解/252 むしろ負債を/253 どこでもわが家に/254 苦境に逆らって/255 模倣者/256 皮膚性/257 経験から/258 偶然を否定する者たち/259 楽園から/260 九九/261 独創性/262 「永遠の相の下に」―― sub specie aeterni /263 虚栄心ではなく/264 われわれの行い/265 究極の懐疑/266 冷酷さが必要なところ/267 偉大な目標をもつと/268 英雄になるには/269 あなたは何を信じているか?/270 あなたの良心はどう語るか?/271 あなたの最大の危険はどこにあるか?/272 あなたは他人の何を愛するか?/273 あなたは誰を劣っているとみなすか?/274 あなたにとって最も人間的なものとは何か?/275 事由が達成された証とは何か?

第四書 聖なる一月―― Sanctus Januarius 聖ヤヌアリウス
276 新しい年に/277 人格的な摂理/278 死の思想/279 星の友情/280 認識者向けの建築/281 締め括るすべ/282 馬脚/283 肝の据わった人間/284 自己への信頼/285 いよいよ高く!/286 口を挟む/287 盲目の喜び/288 昂揚感/289 船に乗れ!/290 一事が肝心/291 ジェノヴァ/292 道徳の説論者に/293 われわれの空気/294 自然の誹謗者に抗して/295 短期の習慣/296 定評/297 矛盾しうること/298 溜息をついて/299 われわれは芸術家から何を学び取るべきか/300 科学の前奏曲/301 観想的人間の妄想/302 最も幸福な人間の危険/303 二人の幸福者/304 実行することで諦める/305 自己統制/306 ストア派とエピクロス派/307 批判のために/308 日々の歴史/309 第七の孤独から/310 意志と波/311 屈折した光線/312 私の犬/313 受難図は描かない/314 新たな愛玩動物(ペット)/315 最後の時について/316 預言者たる人間/317 回顧/318 苦痛の中の知恵/319 われわれの体験の解釈者として/320 再会に際して/321 新たな用心/322 比喩/323 宿命の中の幸運/324 生の半ばで―― in media vita /325 偉大さに必要なもの/326 魂の医師と苦痛/327 真面目に考える/328 愚劣さをいたぶる/329 閑暇と怠惰/330 喝采/331 聾者にされるより、聾者になるのがまし/332 魔が差す瞬間/333 認識とは何か/334 愛することを学ばなければならない/335 物理学を讃えて/336 自然の吝嗇/337 未来の「人間性」/338 苦悩への意志と同情する者たち/339 生は女性である―― vita femina /340 死に臨むソクラテス/341 最大の重石(おもし)/342 ここに悲劇が始まる―― incipit tragoedia

第五書 われら怖れを知らぬ者
343 われわれの快活さが意味するもの/344 われわれはなお、どれほど敬虔であるか/345 問題としての道徳/346 われわれの疑問符/347 信仰者と、その信仰の必要性/348 学者の出自について/349 学者の出自について、再説/350 宗教的人間(homines religiosi)を讃えて/351 司祭型本性の人びとを讃えて/352 道徳はどれほど不可欠なものか/353 宗教の起源について/354 「種の守護霊」について/355 「認識」概念の起源/356 ヨーロッパはどこまで「俳優的」となっていくか/357 「ドイツ的とは何か」――この古い問題について/358 精神の農民一揆/359 精神への復讐、および道徳のその他の背景/360 混同されがちな二つの原因/361 俳優の問題について/362 ヨーロッパの男性化に対するわれわれの信仰/363 愛について、両性はいかなる先入見をもっているか/364 隠者は語る/365 隠者はふたたび語る/366 博学な書物を前に/367 われわれは芸術作品をまずいかに区別するか/368 キニク派の徒は語る/369 われわれの内なる並走/370 ロマン主義とは何か?/371 われわれ理解されがたい者/372 われわれはなぜ観念論者(イデアリスト)ではないのか/373 先入見としての「科学」/374 われわれの新たな「無限」/375 われわれはなぜエピクロス主義者に見えるのか/376 われわれの緩慢な時/377 われわれ故郷喪失者/378 「そしてふたたび清らかに澄む」/379 道化が口を挟む/380 「漂泊者」は語る/381 理解の問題について/382 大いなる健康/383 エピローグ

プリンツ・フォーゲルフライの歌
ゲーテに寄せて/詩人の使命/南国にて/信仰深い遊女ベッパ/神秘の小舟/愛の告白/テオクリストス風山羊飼いの歌/「この虚ろな人びと」/絶望に囚われた阿呆/詩的療法―― Rimus remedium あるいは、病んだ詩人はいかにして自己を慰めるか/「わが幸福よ!」/新たな海へ/シルス・マリーア/北風(ミストラル)に寄せて ある舞踏歌


訳者解説 友よ、この響きではなく! (村井則夫)


≪著者: ≫ フリードリヒ・ニーチェ Friedrich Nietzsche 1844‐1900。著書『悲劇の誕生』、『反時代的考察』、『人間的な、あまりに人間的な』、『曙光』、『ツァラトゥストラ』、『善悪の彼岸』、『偶像の黄昏』、『この人を見よ』など。ヨーロッパ思想のありかたを根底から揺るがした哲学者。

[訳者: ] 村井則夫 (むらい・のりお) 1962年生まれ。明星大学准教授。著書『ニーチェ――ツァラトゥストラの謎』、共著『西洋哲学史1』、訳書、リーゼンフーバー『中世における理性と霊性』、ブルーメンベルク『近代の正統性3』ほか。


ニーチェ 『ツァラトゥストラ 〈下〉  Also sprach Zarathustra, III 1884, IV 1885 』(丘沢静也 訳、光文社古典新訳文庫、2011年) '11/02/21
ニーチェ 『ツァラトゥストラ 〈上〉  Also sprach Zarathustra, I 1883, II 1883 』(丘沢静也 訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/12/08
ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈下〉』(竹山道雄 訳、新潮文庫、1953年) '09/09/29
ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈上〉』(竹山道雄 訳、新潮文庫、1953年) '09/09/27
ニーチェ 『道徳の系譜学  Zur Genealogie der Moral, 1887 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/07/08
ニーチェ 『善悪の彼岸  Jenseits von Gut und Bose, 1886.』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/05/10

ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965』(湯浅博雄 訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  Nietzsche aujourd'hui? 』(林好雄/本間邦雄/森本和夫 訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23
須藤訓任 『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ、1999年) '09/04/26
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
田島正樹 『ニーチェの遠近法』(クリティーク叢書、青弓社、1996年、新装版 2003年) '09/04/21
永井均 『ルサンチマンの哲学』 (シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997年) '09/04/20
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/04/12
長谷川宏 『格闘する理性 ヘーゲル・ニーチェ・キルケゴール』(洋泉社MC新書、2008年) '09/01/27

神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01





125 狂乱の男
 諸君はあの狂乱の男の話を聴いたことがないか。日も高い昼日中に提灯を掲げて広場に駆け入り、息もつかずに「神はいないか! 神はどこだ!」と叫んでいたあの男のことを。――そこにはたまたま、神を信じない人びとが大勢集まっていたため、男の振舞いは物笑いの種となった。神が行方不明になったのか? ――ある者がそう言った。神が子供さながらに迷子になったのか? ――別のひとりが応じた。それともみずから身を隠したのか? われわれのことが恐ろしくなったのか? 船に乗っていったのか? 亡命したというわけか? ――彼らは口々に叫んでは笑い合った。狂乱の男が彼らのあいだに割り込んで、彼らを穴の開くほど炯々と見つめた。「神はどこへ行ったかだと?」――彼が叫んだ――「はっきり言ってやろう。われわれが神を殺したのだ。――諸君と私が! われわれ全員が神の殺害者なのだ! しかしどうやってそんな大それたことをやり遂げたのか? 大海を呑み干すようなことがどうしてできたのか? 地平線を丸ごと消し去るような海綿(スポンジ)を誰がわれわれに授けたというのか? この地球を太陽から切り離すようなどんなことをわれわれはやってのけたのか? 地球はいまやどこへ向かっているのか? あらゆる太陽から離れていこうとするのか? われわれはひたすら突き進んでいくのではないか? 後方へ、横へ、前方に、あるいはすべての方位に向かってだろうか? 上と下の区別などまだ残っているのだろうか? われわれは無限の虚無を彷徨(さまよ)うようなものではないか? 空漠たる虚無の息吹がわれわれに吹きつけるのではないか? 冷気がましてくるのではないか? 夜に継ぐ夜が、さらに暗い夜が永遠に続くのではないか? 昼日中から提灯に火を灯さなければならないのではないか? 神の遺体を葬る墓掘り人夫たちのざわめきが聞こえないだろうか? 神の遺体の腐臭はまだ漂ってこないだろうか? ――神々もまた腐敗するのだ! 神は死んだ! 二度と甦ることはない! われわれが神を殺(あや)めたのだ! あらゆる殺害者のなかでも最たる殺害者たるわれわれに、心休まる時があろうか? これまで世界に君臨していた至聖者と至権者――それがわれわれの刃(やいば)にかかって、血の海に浸かっている。――誰がこの血の汚(けが)れをわれわれの手から拭ってくれるだろうか? いかなる水でわれわれはわが身を浄めることができるだろうか? いかなる贖罪の儀式、いかなる聖務典礼をわれわれは作り出さねばならないだろうか? われわれがやり遂げたことの偉大さは、われわれにとって立派すぎるのではないか? それに見合った分際になるには、われわれがみずから神々になるほかないのではないか? かつてこれほど偉大な行いがなされたためしはない。――そして、われわれのあとから生まれてくる者どもはことごとく、この行いゆえに、これまで存在したすべての歴史に残る高次の歴史の一員となるのだ!」――ここで狂乱の男は口を噤(つぐ)み、聞いている者たちの顔をふたたび見つめた。彼らもまた押し黙り、訝(いぶか)しそうに男を見つめた。最後には男は提灯を地面に放り出し、提灯は粉々に砕け散り、灯火は消えた。「どうやら来るのが早すぎたようだ」。そこで男は言った。「まだ来るべき時ではなかった。この恐ろしい出来事の報せは途中で滞ったままのようだ。――その報せはまだ人びとの耳に届いていない。稲妻や雷鳴も時間を要する。星の光にも時間が必要だ。何事かがなされたとしても、それがひとの耳目に届くには、やはり時間を要するのだ。かの行いは、彼らにとってはまだ、最も遠い天体よりもなお遠い。――だがしかし、彼らはその行いをやり遂げたのだ!」――世の噂では、この日、かの狂乱の男は各地の教会に押し入って、「神の永遠なる鎮魂曲(レクイエム)」を歌ったと伝えられている。教会から引きずり出され、問い詰められると、決まってこう答えるだけだったという、「こんな教会など一体何だというのか、――神の霊廟、神の墳墓でないとしたら?」。   (p216-219、「第三書 125 狂乱の男」)


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本「知の考古学  L'Archeologie du savoir (河出文庫)」ミシェル・フーコー、慎改康之 訳5

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知の考古学 (河出文庫)
知の考古学  Michel Foucault: “L'Archéologie du savoir”, Paris, Gallimard, 1969 (河出文庫)

○著者: ミシェル・フーコー、慎改康之 訳
○出版: 河出書房新社 (2012/9, 文庫 435ページ)
○定価: 1,365円
○ISBN: 978-4309463773
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あらゆる領域に巨大な影響を与えたフーコーの最も重要な著作を気鋭が四十二年ぶりに新訳。フーコーが『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』『言葉と物』を生み出した自らの方法論を、伝統的な「思想史」と訣別し、歴史の連続性と人間学的思考から解き放たれた「考古学」として開示する。それまでの思考のありかたに根底から転換をせまる名著が新たなすがたで甦る。


≪目次: ≫
諸言 (ミシェル・フーコー)

I 序論

II 言説の規則性
 I 言説の統一性
 II 言説形成
 III 対象の形成
 IV 言表様態の形成
 V 概念の形成
 VI 戦略の形成
 VII 注記と帰結

III 言表とアルシーヴ
 I 言表を定義すること
 II 言表機能
 III 言表の記述
 IV 稀少性、外在性、累積
 V 歴史的アプリオリとアルシーヴ

IV 考古学的記述
 I 考古学と思想史
 II 独創的なものと規則的なもの
 III 矛盾
 IV 比較にもとづく事実
 V 変化と変換
 VI 科学と知

V 結論


訳注

訳者解説 (二〇一二年七月二十四日 慎改康之)
連続的歴史/解釈/「考古学」の射程

人名索引
事項索引


≪著者: ≫ ミシェル・フーコー Michel Foucault 1926〜84年。20世紀後半における最も重要な思想家。著書『狂気の歴史』『言葉と物』『知の考古学』『監獄の誕生』『知への意志』『自己への配慮』『快楽の活用』など。

[訳者: ] 慎改康之 (しんかい・やすゆき) 1966年生まれ。明治学院大学教授。共著書『法の他者』、訳書、フーコー『異常者たち』『精神医学の権力』『生政治の誕生』『真理の勇気』など。


ミシェル・フーコー 『わたしは花火師です フーコーは語る  Je suis un artificier, in Michel Foucault, entretiens」(中山元 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '08/11/16
ミシェル・フーコー 『精神疾患とパーソナリティ  Maladie mentale et personalité, 1954 」(中山元 訳、ちくま学芸文庫、1997年) '08/11/12
ミシェル・フーコー 『真理とディスクール パレーシア講義  Fearless speech 』(中山元 訳、筑摩書房、2002年) '08/11/09

檜垣立哉 『フーコー講義 現代思想の現在』(河出ブックス、河出書房新社、2010年) '12/01/17
中山元 『フーコー 思想の考古学』(新曜社、2010年) '10/05/30
中山元 『賢者と羊飼い フーコーとパレーシア』(筑摩書房、2008年) '10/05/04
中山元 『フーコー 生権力と統治性』(河出書房新社、2010年) '10/04/14
ジル・ドゥルーズ 『フーコー  Foucault, 1986 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2007年) '09/09/22
神崎繁 『フーコー 他のように考え、そして生きるために』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/06
中山元 『はじめて読むフーコー』(洋泉社 新書y、2004年) '08/11/05
中山元 『フーコー入門』(ちくま新書、1996年) '08/11/01





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本「哲学とは何か  Qu'est-ce que la philosophie? (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ、財津理 訳5

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哲学とは何か (河出文庫)
哲学とは何か  Gilles Deleuze / Férix Guattari: “Qu'est-ce que la philosophie?”, les éditions de minuit, 1991 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズフェリックス・ガタリ財津理
○出版: 河出書房新社 (2012/8, 文庫 406ページ)
○定価: 1,470円
○ISBN: 978-4309463759
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「この時代に逆らって、来たるべき時代のために」書かれたドゥルーズ=ガタリの最後の共著にして、その思想の総決算。内在平面‐概念的人物‐哲学地理によって「哲学」を総括し、カオスに立ち向かう三つの平面として哲学‐科学‐芸術の連関を明らかにする。世界への信をうちたてながら、人間をこえる限りなき生成/創造へと思考を開く絶後の名著。


≪目次: ≫
凡例

哲学とは何か』 “Qu'est-ce que la philosophie?”, 1991
序論 こうして結局、かの問は……

I 哲学
1 ひとつの概念(コンセプト)とは何か
2 内在平面
3 概念的人物
4 哲学地理

II 哲学――科学、論理学、そして芸術
5 ファンクティヴと概念(コンセプト)
6 見通し(プロスペクト)と概念(コンセプト)
7 被知覚態(ペルセプト)、変様態(アフェクト)、そして概念(コンセプト)

結論 カオスから脳へ


原注
訳注
訳者あとがき (一九九七年八月  財津 理)
文庫版への訳者あとがき (二〇一二年六月  財津 理)


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze) 1925‐1995。著書『差異と反復』『意味の論理学』、ガタリとの共著に本書の他、『アンチ・オイディプス』『カフカ』『千のプラトー』他。

≪著者: ≫ フェリックス・ガタリ (Félix Guattari) 1930‐1992。著書『分子革命』『分裂分析的地図作成法』『カオスモーズ』他。

[訳者: ] 財津理 (ざいつ・おさむ) 1947年生まれ。思想研究家(法政大学教授)。訳書(共訳含む)にドゥルーズ『差異と反復』『シネマ1・運動イメージ』『経験論と主体性』『無人島1953-1968』『狂人の二つの体制1983-1995』他がある。


ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈下〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/12/19
ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈中〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/12/04
ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ 『千のプラトー 〈上〉 資本主義と分裂症  Mille plateaux, capitalisme et schizophrénie, 1980 』(宇野邦一/小沢秋広/田中敏彦/豊崎光一/宮林寛/守中高明 訳、河出文庫、2010年) '10/10/18
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ 『アンチ・オイディプス 〈下〉 資本主義と分裂症  L'Anti-Œdipe, Capitalism et schizophrénie, 1972 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2006年) '09/10/25
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ 『アンチ・オイディプス 〈上〉 資本主義と分裂症  L'Anti-Œdipe, Capitalism et schizophrénie, 1972 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2006年) '09/10/19

ジル・ドゥルーズ 『批判と臨床  Critique et Clinique, 1993 』(守中高明/谷昌親/鈴木雅大 訳、河出書房新社、2002年) '09/11/07
ジル・ドゥルーズ 『スピノザ 実践の哲学  Spinoza: Philosophie pratique, 1981 』(鈴木雅大 訳、平凡社ライブラリー、2002年) '09/11/06
ジル・ドゥルーズ 『記号と事件 1972-1990年の対話  Pourparlers, 1990 』(宮林寛 訳、河出文庫、2007年) '09/10/28
ジル・ドゥルーズ 『差異について〈新装版〉 “Henri Bergson, Différence et Différenciation”, La conception de la différence chez Bergson, 1956/Bergson 1859-1941, 1956 』(平井啓之 訳・解題、青土社、2000年) '09/10/26
ジル・ドゥルーズ 『差異について〈増補新版〉  La conception de la différence chez Bergson/Bergson 1859-1941, 1956 』(平井啓之 訳・解題、青土社、2000年, 1992年, 1987年) '09/10/17
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェと哲学  Nietzsche et la Philosophie, 1962 』(江川隆男 訳、河出文庫、2008年) '09/10/11
ジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ 『対話  Dialogues, 1977 』(江川隆男/増田靖彦 訳、河出書房新社、2008年) '09/10/08
ジル・ドゥルーズ 『フーコー  Foucault, 1986 』(宇野邦一 訳、河出文庫、2007年) '09/09/22
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965 』(湯浅博雄 訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之 訳、河出文庫、2007年) '09/09/16
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之 訳、河出文庫、2007年) '09/09/13
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963 』(國分功一郎 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  Nietzsche aujourd' hui?, 1973 』(林好雄/本間邦雄/森本和夫 訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23

フェリックス・ガタリ 『カオスモーズ  Chaosmose, 1992 』(宮林寛/小沢秋広 訳、河出書房新社、2004年) '09/11/01

松本潤一郎/大山載吉 『ドゥルーズ 生成変化のサブマリン』(哲学の現代を読む2、白水社、2005年) '09/11/21
宇野邦一 『ドゥルーズ 流動の哲学』(講談社選書メチエ、2001年) '09/10/30
篠原資明 『ドゥルーズ ノマドロジー  Gilles Deleuze: nomadologie, 1997 』(現代思想の冒険者たちSelect、講談社、2005年) '09/10/25
江川隆男 『存在と差異 ドゥルーズの超越論的経験論  Être et Différence: De l'empirisme transcendantal chez Deleuze 』(知泉書館、2003年) '09/10/21
檜垣立哉 『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/10/04
檜垣立哉 『ドゥルーズ入門』(ちくま新書、2009年) '09/09/24
小泉義之 『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年) '09/06/10
ライダー・デュー 『ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007 』(中山元 訳、新曜社、2009年) '09/07/03





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本「白痴 〈3〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)」ドストエフスキー、望月哲男 訳5

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白痴 3 (河出文庫)
白痴 〈3〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)

○著者: フョードル・ドストエフスキー望月哲男
○出版: 河出書房新社 (2010/9, 文庫 435ページ)
○価格: 987円
○ISBN: 978-4309463407
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かなり真面目に一所懸命にガンバって読み込んでいるつもりなんだけどなぁ、べつに仕事が(報酬を、生活の糧を得るためだけにしている、わ、け、で、は、な、い!?)忙しくも忙しくなくも、忙しかろうが忙しくなかろうが?!、ず〜っとず〜っと長いこと継続しておなじ状態が持続するものでもなく、そりゃときどきは忙しくなきゃ、たまにはちゃんと仕事しておかないと、それはそれで困ったこと(報酬が得られないなんてオソロシイ事態)にもなりかねないのだから、基本的には多くの時間が忙しいことなく、ノンビリと好きなことを、直接的に仕事に関係のないこと(ベンキョウ)に、空いた時間を費やすことを席を外すことを会社には認めてもらっちゃっているのだから(アリガタイ♪)、、、ときたま慌ただしく動きまわって、慌ただしいなかでの(でも移動時間はないものではない、移動時間があるのだから)、なんだか落ち着かないような情況にあって本を読んで、物語の内容に理解がおよばないことがあったとしても、それじゃぁ果たして落ち着いて読みこんだら深い理解が得られるものなのかどうなのか、そんなどうでもいいような(クダラナクモ無意味なような)イイワケ?!なんか聞きたくないや〜ぃ♪



イッポリート自殺未遂の翌朝、エパンチン将軍家の末娘アグラーヤとムィシキン公爵は、互いの好意を確認する。しかし、不可能な愛に悩むナスターシヤの呪縛から逃れられない公爵は、ロゴージンも交えた歪な三角関係に捕われ、物語は悲劇的様相を帯びていく。テンポ良く読みやすい新訳、完結。


≪目次: ≫
白痴 3』 Идиот, 1868.
第3部(つづき)
第4部

解説「ムィシキンの時間」望月哲男    1 複数の時間/2 時間解釈の諸相/3 終わりをめぐる物語/4 死刑囚の時間/5 死刑囚の時間とゼノンのパラドックス/6 終わりはいかに語られるか


※本書は文庫オリジナルの訳し下ろしです。


≪著者: ≫ フョードル・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский 1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。おもな長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、本書『白痴』とともに5大小説とされる。犯罪や政治的陰謀のプロットをベースに、近代社会における個人の自己実現のための葛藤を描き、その後の世界に大きな衝撃を与えつづけている。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。1881年没。

[訳者] 望月哲男 (もちづき・てつお) 1951年生まれ。北海道大学教授。専門はロシア文化・文学研究。編著書に『創造都市ペテルブルグ』『現代思想 総集編ドストエフスキー』、訳書にトルストイ『アンナ・カレーニナ』、バフチン『ドストエフスキーの詩学』、ソローキン『ロマン』など。

フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈2〉  Идиот, 1868.』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/10/27
フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈1〉  Идиот, 1868.』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/10/08

トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈4〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/10/15
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈3〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/10/02
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈2〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/25
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈1〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/22
トルストイ 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ  Смерть Ивана Ильича, 1886./Крейцерова соната, 1889.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/08/20





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本「都市のドラマトゥルギー 東京・盛り場の社会史 (河出文庫)」吉見俊哉5

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都市のドラマトゥルギー (河出文庫)
都市のドラマトゥルギー 東京・盛り場の社会史 (河出文庫)

○著者: 吉見俊哉
○出版: 河出書房新社 (2008/12, 文庫 423ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4309409375
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たしか、アランの『幸福論(Propos sur le bonheur, 1928)』だったと記憶しているのだが(違うかもしれない)、、、急行電車に乗って予定より早く目的地に到着して、早く到着した分だけお茶して駄弁って時間を浪費した、、、みたいな話があって、なにも急ぐ必要などなかろう、とまでは言わないまでも、まぁえてして世の中そういうものだよなぁ、と妙に感心して記憶に残っている。
アタリマエのように世の中は変わりつづけていて、さて、これからどうなっちゃうんだろう、どんな方向に(よきにつけあしきにつけ)向かっていくんだろう、とは、気にならないものでもない。まぁ、なるようにしかならないのであって、なにがよくてなにがワルイことなのかなんてことは、価値観みたいなものはカンタンに転倒しちゃってひっくり返ってみちゃったりするものだから、思い悩んでみたところでどうにかなるものでもない、などといった考え方を仮にしてみたとしても、あまり軽々しく口外しない方がいい。ちゃんと真面目に歴史に学んだ方がいい♪


盛り場を「出来事」として捉える独自の手法によって都市論の可能性を押し広げ、近年の文化研究にも影響を与え続けている新しき古典。「浅草」から「銀座」へ、「新宿」から「渋谷」へ――東京における盛り場の変遷を軸に、そこに群れ集う人々がドラマを織りなす劇場としての都市のダイナミズムを活写する。


≪目次: ≫
序章 盛り場へのアプローチ    問題――都市論ブーム再考/視座――上演論的パースペクティヴ/対象――出来事としての盛り場/本書の構成
I章 盛り場研究の系譜    1 盛り場と民衆娯楽――権田保之助(浅草調査と「盛り場=民衆娯楽」論/民衆芸術・民衆文化論のプロブレマティック/民衆娯楽論のプロブレマティック/「盛り場=民衆娯楽」論を超えて)/2 盛り場とモダン生活――今和次郎(考現学と「盛り場=モダン生活」論/モダン生活論のプロブレマティック/「盛り場=モダン生活」論を超えて)/3 盛り場と都心機能――磯村英一(都心・副都心調査と「盛り場=都心機能」論/都心機能論のプロブレマティック/「盛り場=都心機能」論を超えて)/結 「盛り場=出来事」研究に向けて
II章 博覧会と盛り場の明治    1 原型としての博覧会――上演I(明治国家と博覧会の思想/博覧会の舞台としての「上野」/明治国家と博覧会の演出/明治・大正期における博覧会の上演)/2 盛り場におけるまなざしの近代――上演II・III(勧工場と鑑賞する視線/〈異界〉への窓としての盛り場/明治国家と江戸の盛り場/〈外国〉への窓としての盛り場)/結 一八七〇〜九〇年代の都市空間における「開化」の位相(〈異界=他界〉への窓/〈外国=未来〉への窓/〈触れる〉こと/〈眺める〉こと)
III章 盛り場の一九二〇年代    1 トポスとしての「浅草」――上演II(奥山時代と浅草公園の誕生/民衆娯楽地「浅草」の黄金時代/〈浅草的なるもの〉の上演/「浅草」に群れ集う人びと)/2 「浅草」から「銀座」へ――上演III(関東大震災と「銀座」の抬頭/〈銀座的なるもの〉の上演/〈銀座的なるもの〉をめぐる演出/「銀座」を遊歩する人びと)/結 一九一〇〜三〇年代の都市空間における「モダン」の位相(幻想としての〈家郷〉/増殖する〈未来〉/〈群れる〉こと/〈演じる〉こと)
IV章 盛り場の一九七〇年代    1 トポスとしての「新宿」――上演IV(闇市時代と歌舞伎町の誕生/アングラ文化の拠点としての「新宿」/〈新宿的なるもの〉の上演/「新宿」に群れ集う人びと)/2 「新宿」から「渋谷」へ――上演V(オイルショックと「渋谷」の抬頭/〈渋谷的なるもの〉の上演/〈渋谷的なるもの〉をめぐる演出/「渋谷」を遊歩する人びと)/結 一九六〇〜八〇年代の都市空間における「ポストモダン」の位相(幻想としての〈家郷〉/散乱する〈未来〉/〈演じる〉ことの突出)
結章 近代化日本と盛り場の上演    結論I――都市化の二局面/結論II――「近代」の構造転換/展望――いま、〈演じる〉こと


あとがき (一九八七年四月二十二日――三〇歳の誕生日に 吉見俊哉)
文庫版へのあとがき――二〇年後の『都市のドラマトゥルギー』 (二〇〇八年九月 吉見俊哉)
図版出典


※本書は、一九八七年七月、弘文堂より刊行された。


≪著者: ≫ 吉見俊哉 (よしみ・しゅんや) 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。専攻は社会学・文化研究。著書に『博覧会の政治学』『メディア時代の文化社会学』『カルチュラル・ターン、文化の政治学へ』『親米と反米』など多数。

吉見俊哉/テッサ・モーリス‐スズキ 『天皇とアメリカ』(集英社新書、2010年) '10/10/23
吉見俊哉 『博覧会の政治学 まなざしの近代』(講談社学術文庫、2010年) '10/10/13

桑原甲子雄 『東京下町1930』(河出書房新社、2006年) '10/07/02
池田信 『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』(松山巌 解説、毎日新聞社、2008年) '10/07/01
長野重一 『東京1950年代 長野重一写真集』(川本三郎 解説、岩波書店、2007年) '10/07/01





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本「白痴 〈2〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)」ドストエフスキー、望月哲男 訳5

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白痴 2 (河出文庫)
白痴 〈2〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)

○著者: フョードル・ドストエフスキー望月哲男
○出版: 河出書房新社 (2010/8, 文庫 522ページ)
○価格: 998円
○ISBN: 978-4309463384
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どうやら赤い実がたわわに実っている大きな樹木は、3階の窓からのぞき見て見下ろして境界塀を視認するには隣接する付属高等学校の。久しぶりの、明日からまた天気が下り坂で天気予報に傘マークが並ぶことを考えるには、すこし雲はあるものの、青い空は穏やかに青く高く、肌に感じる風は冷たく1枚多く着用し襟を立てポケットに手が伸びる、貴重な秋晴れの。もちろん授業に講義を真剣に聴講しているのだが、窓の外にあって秋晴れの太陽の穏やかな陽射しを浴びて青空に映える緑の葉をしたがえた赤い実にたいする興味は、これまたベツモノ♪、どうなんだろう??!、狩猟採集生活は、現生人類にいたる以前の樹上での生活(農耕牧畜を営みはじめたとされる、いまから約1万年前より以前)は、あのたわわに実る赤い実を、ぼくは食したことも食べてみようと試みたこともないことから食べられるものなのかどうかも判別できないのだが、一本の樹木にずいぶん沢山赤い実をつけていて、ところであの赤い実をどれだけ食べたら摂取したらお腹いっぱいになるのか想像もつかないのだが、そんなに多く食べられるものでもないだろうが、いまみたいに人口が過密で過多の状況にあったら、あっという間に樹木の果実は採り尽くされて、そのうちにはそれを業として販売する輩も出現したりして、きっと成立しえない、持続可能性?!を満たすことはないのかもしれないのだが、、、話を元に戻すと、赤い実を、捕食者を避けて樹上に生活して、狭い範囲に限定された集団の仲間内でのグローバリズムもへったくれもないような社会生活。をしていたのかどうなのか??!、そう、理想的な人間(みたいなモノ?!を)をテーマにかかげたとされる物語、はたして「しんじつ美しい人」とは??!??



夜会での奇妙な事件から六ヶ月後、ムィシキンはペテルブルグに帰還した。ナスターシャ、ロゴージンとの愛憎入り交じった関係はさらに複雑怪奇なものとなり、さまざまな階層の人々を巻きこんでいく。自らの癲癇による至高体験や、現実の殺人事件にも想を得た、ドストエフスキー流恋愛小説を、画期的な新訳で!


≪目次: ≫
白痴 2』 Идиот, 1868.
第2部
第3部


※本書は文庫オリジナルの訳し下ろしです。


≪著者: ≫ フョードル・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский 1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。おもな長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、本書『白痴』とともに5大小説とされる。犯罪や政治的陰謀のプロットをベースに、近代社会における個人の自己実現のための葛藤を描き、その後の世界に大きな衝撃を与えつづけている。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。1881年没。

[訳者] 望月哲男 (もちづき・てつお) 1951年生まれ。北海道大学教授。専門はロシア文化・文学研究。編著書に『創造都市ペテルブルグ』『現代思想 総集編ドストエフスキー』、訳書にトルストイ『アンナ・カレーニナ』、バフチン『ドストエフスキーの詩学』、ソローキン『ロマン』など。

フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈1〉  Идиот, 1868.』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/10/08

トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈4〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/10/15
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈3〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/10/02
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈2〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/25
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈1〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/22
トルストイ 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ  Смерть Ивана Ильича, 1886./Крейцерова соната, 1889.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/08/20





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本「馬のような名字 チェーホフ傑作選 (河出文庫)」チェーホフ、浦雅春 編訳5

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馬のような名字 チェーホフ傑作選 (河出文庫)
馬のような名字 チェーホフ傑作選  А. П. Чехов; “Лошадиная фамилия. Рассказы и водевили” (河出文庫)

○著者: アントン・チェーホフ浦雅春 編訳
○出版: 河出書房新社 (2010/3, 文庫 341ページ)
○価格: 798円
○ISBN: 978-4309463308
おすすめ度: 5.0
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解説されて、「なるほどぉ〜、そういう読み方をするのか、なるほどなるほど♪」、ということは、いかに読みこみ(読解力?!)が不足しているか、といったようなことを如実に示されちゃっているわけで、まぁ、しかたがない。じっさい、ぼくは圧倒的に読書量が不足していて(自認しちゃってる)、いわゆる文学作品のたぐいを、これまでに、ほんらい読むべき若年期に、まったく読んでこなかったのであって、そのツケというにはあまりに大きな欠損を、いまさらながらに埋め合わせるべく。まるで嗤うに嗤えない



名作『かわいいひと』『いいなずけ』『ロスチャイルドのバイオリン』などのほか、激しい歯痛に苦しむ元将軍が〈馬のような名字〉に悩まされる表題作や、スラプスティックな喜劇『創立記念日』など、生誕一五〇周年を迎えた作家チェーホフの多彩な魅力を詰めこんだ傑作集。深刻かつナンセンスかつ笑いに満ちた18編。


≪目次: ≫
馬のような名字  Лошадиная фамилия, 1885
小役人の死  Смерть чиновника, 1883
太っちょとやせっぽち  Толстый и тонкий, 1883
カメレオン  Хамелеон, 1884
かき  Устрицы, 1884
ふさぎの虫  Тоска, 1886
悪ふざけ  Шуточка, 1886
ワーニカ  Ванька, 1886
ねむい Спать хочется,1888 
恐怖(私の友人の話)  Страх, 1892
ロスチャイルドのバイオリン  Скрипка Ротшильда, 1894
学生  Студент, 1894
箱に入った男  Человек в футляре, 1898
ある往診での出来事  Случай из практики, 1898
かわいいひと  Душечка, 1899
いいなずけ  Невеста, 1903
結婚披露宴 一幕の悲劇  Свадьба, 1890
創立記念日 一幕の非劇  Юбилей, 1892

この声を届けてほしい――編訳者解説    1 届かない手紙/2 コミュニケーションへの餓え/3 聞くこと/4 呼びかけること/5 笑うこと


≪著者: ≫ アントン・チェーホフ (Антон Павлович Чехов, 1860-1904) 1860年生まれ。19世紀末ロシアを代表する作家。ドストエフスキートルストイなどの「大きな物語」崩壊後の意識を反映した小説と劇作に新境地を拓き、44年の生涯に600編あまりの作品を残す。主な作品に『かもめ』『三人姉妹』『桜の園』『かわいいひと』『犬を連れた奥さん』『いいなずけ』など。

[編訳者] 浦雅春 (うら・まさはる) 1948年生まれ。東京大学教授。専門はロシア文学・表象文化論。著書に『チェーホフ』、訳書にチェーホフ『かもめ』『ワーニャおじさん/三人姉妹』、ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』、ブローン『メイエルホリド 演劇の革命』(共訳)など。

チェーホフ 『ワーニャ伯父さん/三人姉妹  Дядя Ваня, 1897/Три сестры, 1901.』(浦雅春訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/08/03
アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ『チェーホフ 短篇と手紙』(神西清・池田健太郎・原卓也訳、山田稔編、大人の本棚、みすず書房、2002年) '09/07/25
浦雅春『チェーホフ』(岩波新書、2004年) '08/12/04
ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』(浦雅春訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/04/04





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本「白痴 〈1〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)」ドストエフスキー、望月哲男 訳5

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白痴 1 (河出文庫)
白痴 〈1〉  Фёдор Михайлович Достоевский: “Идиот”, 1868. (河出文庫)

○著者: フョードル・ドストエフスキー望月哲男
○出版: 河出書房新社 (2010/7, 文庫 395ページ)
○価格: 788円
○ISBN: 978-4309463377
おすすめ度: 5.0
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なるほど、「しんじつ美しい人」とは、訳者望月哲男による解説にて、作者ドストエフスキーがその創作ノートでそう呼んだとされる、理想的な人間のテーマ、としての『白痴(イディオット)』
この「美しい」とは微妙な複雑な表現で、イッパンに「善い」とほぼ同義語とされるのかしら、ほぼおなじような意味合い?!でありながら、明らかにおなじではない。ストレートにストンと「善い」人でかたづけてしまっては、いけない(モッタイナイ)、もっと本質的な普遍的なところでの問いを、ぼくとしては提示したい問いつづけたい、問いつづけるに考えつづけるにあたいしよう、などと。
だいたい他人の判断(噂や評判)なんていい加減なことが少なくない(しかし気にならないものでもない)、なにをどこまでどれだけのことを理解した上で判断を評定をくだしているというのか?!、たしかにそう思われたことについて、わざわざ否定するまでもない(カンゼンには否定できない)、そう判断されたことは判断されたこととして明白な事実であり、実際に真実がどうであれ、なにかをなんらかを根拠としてキッカケとして、他人をそう思わせるに至らしめた、という事実は事実として事実(真実)だろう。なんらか外的な意図的な要素がバイアスが加わっていたとしても、そこに悪意があったとしてもその悪意の根源まで含めて、判断の範囲は限定されない、さまざまな要素が要因が、いまやさっきにかぎられず時間をも超越して(あのとき)、もちろん相手の勝手な思い込みや勘違いだってフツーに大きく作用したりなんかして




初冬のペテルブルグに姿を現した外国帰りの青年ムィシキン公爵。莫大な遺産を相続した彼をめぐり、高慢な美女ナスターシヤ、誇り高き令嬢アグラーヤ、血気盛んな商人ロゴージンなどが織りなす人間模様。ドストエフスキー五大長篇中もっともロマンとサスペンスに満ちた傑作、新訳決定版!


≪目次: ≫
白痴 1』 Идиот, 1868.
第1部

『白痴1』解説/望月哲男    1 ドストエフスキーの人生、創作と『白痴』/2 『白痴』の世界――風変りな訪問者/3 旅する作家、変わるロシア/4 神秘的な時空間


※本書は文庫オリジナルの訳し下ろしです。


≪著者: ≫ フョードル・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский 1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。おもな長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、本書『白痴』とともに5大小説とされる。犯罪や政治的陰謀のプロットをベースに、近代社会における個人の自己実現のための葛藤を描き、その後の世界に大きな衝撃を与えつづけている。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。1881年没。

[訳者] 望月哲男 (もちづき・てつお) 1951年生まれ。北海道大学教授。専門はロシア文化・文学研究。編著書に『創造都市ペテルブルグ』『現代思想 総集編ドストエフスキー』、訳書にトルストイ『アンナ・カレーニナ』、バフチン『ドストエフスキーの詩学』、ソローキン『ロマン』など。

トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈3〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/10/02
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈2〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/25
トルストイ 『アンナ・カレーニナ 〈1〉  Анна Каренина, 1877.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '10/09/22
トルストイ 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ  Смерть Ивана Ильича, 1886./Крейцерова соната, 1889.』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/08/20





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本「絵本 徒然草 〈下〉 (河出文庫)」橋本治・文、田中靖夫・絵5

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絵本 徒然草 下 (河出文庫)
絵本 徒然草 〈下〉 (河出文庫)

○著者: 橋本治・文、田中靖夫・絵
○出版: 河出書房新社 (2005/6, 文庫 285ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4309407487
おすすめ度: 5.0
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そう、「40歳は老人!」だなんて、若くないだけではなく、老人とまで言われてしまうと、それでも、あぁそうなんだぁ、そうかもしれないなぁ♪
いまから700年前のこと、病気になっても手術するでもなく、よく効く薬があるわけでもなく、アタリマエのように神頼み!、いまより身近に“死”があって、カンタンに!?と言うのもヘンだけど、いつ死んでもフツーの日常茶飯事?!、ある意味では、生きて在るってことは、死んでないということで、死から逃れて回避して、結果的に“生”を得て。


人生を語りつくしてさらに“その先”を見通す、兼好の現代性。花や樹木、奇談、色恋、友情、仏教、老病死…… さまざまな話柄のなかに人生の真実と知恵をたたきこんだ変人兼好の精髄を、分かり易い現代文訳と精密な註・解説で明らかにする作家橋本治の筆づかいに奇才田中靖夫の傑作イラストが応える、新古典絵巻の下巻。


≪目次: ≫
絵本 徒然草 〈下〉兼好鎌倉時代末期、1330年頃?
第六十段 真乗院に盛親僧都とて/第六十二段 延政門院いときなくおはしましける時/第六十九段 書写の上人は/第七十二段 賎しげなるもの/第七十三段 世に語り伝ふる事/第七十五段 つれづれわぶる人は/第七十六段 世の覚え花やかなるあたりに/第七十九段 何事も入りたたぬさましたるぞよき/第八十段 人ごとに/第八十一段 屏風・障子などの絵も文字も/第八十四段 法顕三蔵の/第八十九段 奥山に猫またといふものありて/第九十段 大納言法印の召し使ひし乙鶴丸/第百五段 北のや屋かげに消え残りたる雪の/第百六段 高野の証空上人/第百七段 女の物言ひかけたる返事/第百十三段 四十にもあまりぬる人の/第百十六段 寺院の号/第百十七段 友とするにわろき者/第百二十七段 あらためて益なき事は/第百三十七段 花はさかりに/第百三十九段 家にありたき木は/第百四十二段 心なしと見ゆる者も/第百四十五段 御随身秦重躬/第百四十八段 四十以後の人/第百五十一段 ある人のいはく/第百五十二段 西大寺の静然上人/第百六十一段 花のさかりは/第百六十八段 年老いたる人の/第百七十二段 若き時は血気うちに余り/第百八十八段 ある者、子を法師になして/第百八十九段 今日はその事をなさんと思へど/第百九十段 妻といふものこそ/第百九十一段 夜に入りて物のはえなし/第百九十五段 ある人久我縄手を通りけるに/第二百三十段 五条内裏には/第二百三十二段 すべて、人は無智無能なるべきものなり/第二百四十三段 八つになりし年
あとがき (平成二年 雨の降る水無月吉日 橋本治)


※本書は1990年8月に小社より単行本として刊行されたものです。


≪文: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年、東京生まれ。東大文学部卒業。『桃尻娘』で作家としてデビュー。主著に『桃尻語訳枕草子』『窯変源氏物語』『双調平家物語』他多数。

[絵] 田中靖夫 (たなか・やすお) 1941年、茨城県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、カーデザイナーを経てイラストレーターとして独立。主著に『滑走する足』『COUNT DOWN』などがある。

橋本治・文、田中靖夫・絵 『絵本 徒然草 〈上〉』(河出文庫、2005年) '10/06/21
兼好 『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫、2010年) '10/05/17
島内裕子 『徒然草をどう読むか』(放送大学叢書、左右社、2009年) '10/03/29





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本「絵本 徒然草 〈上〉 (河出文庫)」橋本治・文、田中靖夫・絵5

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絵本 徒然草 上 (河出文庫)
絵本 徒然草 〈上〉 (河出文庫)

○著者: 橋本治・文、田中靖夫・絵
○出版: 河出書房新社 (2005/6, 文庫 271ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4309407470
おすすめ度: 5.0
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なるほど、“中世”を、ざくっと“坊主とサムライの時代”とは。洋の東西を問わず、“宗教の時代”とも。


名づけて「退屈ノート」。退屈で退屈でしょーがないから、心に浮かんでくるどーでもいいことをタラタラ書きつけてると、ワケ分かんない内にアブナクなって……退屈だからこそ見えてくる時代と人生の真実。古典の定番をこれ以上なく分かり易く鋭く現代に甦らせる、天才橋本治と鬼才田中靖夫による新古典絵巻の上巻。


≪目次: ≫
絵本 徒然草 〈上〉兼好鎌倉時代末期、1330年頃?
青年篇    序段 つれづれなるままに/第一段 いでやこの世に生れては/第三段 よろづにいみじくとも/第四段 後の世のこと/第五段 不幸に愁へに沈める人の/第六段 わが身のやんごとなからんにも/第七段 あだし野の露消ゆる時なく/第八段 世の人の心まどはす事/第九段 女は、髪のめでたからんこそ/第十一段 神無月のころ/第十二段 同じ心ならん人としめやかに物語して/第十三段 ひとり燈火のもとに/第十四段 和歌こそなほをかしきものなれ/第十九段 折節の移りかはるこそ/第二十段 なにがしとかやいひし世捨人の/第二十一段 よろづのことは/第二十五段 飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば/第二十六段 風も吹きあへずうつろふ人の心の花に/第二十九段 しづかに思へば
坊主篇    第三十五段 手のわろき人の/第三十六段 久しく訪れぬころ/第三十九段 ある人、法然上人に/第四十段 因幡国に何の入道とかやいふ者の娘/第四十三段 春の暮つかた/第四十五段 公世の二世のせうとに/第四十六段 柳原の辺に/第四十八段 光親卿/第五十二段 仁和寺にある法師/第五十三段 これも仁和寺の法師/第五十四段 御室にいみじき児のありけるを/第五十九段 大事を思ひ立たん人は

※本書は1990年8月に小社より単行本として刊行されたものです。


≪文: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年、東京生まれ。東大文学部卒業。『桃尻娘』で作家としてデビュー。主著に『桃尻語訳枕草子』『窯変源氏物語』『双調平家物語』他多数。

[絵] 田中靖夫 (たなか・やすお) 1941年、茨城県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、カーデザイナーを経てイラストレーターとして独立。主著に『滑走する足』『COUNT DOWN』などがある。

兼好 『徒然草』(島内裕子 校訂・訳、ちくま学芸文庫、2010年) '10/05/17
島内裕子 『徒然草をどう読むか』(放送大学叢書、左右社、2009年) '10/03/29





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本「道徳は復讐である ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)」永井均5

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道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)
道徳は復讐である ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)

○著者: 永井均
○出版: 河出書房新社 (2009/11, 文庫 177ページ)
○価格: 620円
○ISBN: 978-4309409924
おすすめ度: 4.5
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ぶっちゃけ、かなしいかなよくわからない
なんとなく共感できるようなところどころを感じていないわけじゃないんだけど、なんとなく感じたレヴェルをして、それをそれでよしとするのもどうか?、などと


≪目次: ≫
序章 『星の銀貨』の主題による三つの変奏   最初のお話/二番目のお話/最後のお話/あの世での少女たちの会話
第一章 ルサンチマンの哲学――そしてまたニーチェの読み方について   ルサンチマンの本質/ニーチェの真価について/善悪の起源/キリスト教的内面の成立/今日におけるルサンチマン自己罪責化とニヒリズム/ルサンチマンの「克服」
第二章 幸福・道徳・復讐
新新宗教
見えないヨーロッパ――その原点の点描
   見えないヨーロッパ/道徳と狂気/告白/忘恩の要求/信仰と忘却/フィロソフィア/犯罪――Once and for all/差別と愛/試練は存在しない/見えるヨーロッパの逆襲
よく生きることヤテ、そらナンボのもんや?   1 道徳の理由と哲学史/2 ソクラテス、プラトン、アリストテレス――概念の変造(『クリトン』のソクラテス/プラトンの『ゴルギアス』/アリストテレス)/3 カント、そしてヘーゲル――変造の完成(カントの道徳フェティシズム/カントにおける「ホワイ・ビー・モラル?」の問い/ヘーゲルの「人倫」学説)/4 概念変造の一つの帰結――結びに代えて
怨恨なき復讐――われわれの時代のルサンチマン
第三章 永遠回帰の哲学――あるいはまたニーチェへの問い方について   永遠回帰概念の不整合性/永遠回帰思想のルサンチマン性/私の解する永遠回帰/ニーチェにとっての永遠回帰/空間の被界・選別と躓き
単行本へのあとがき

付録対談 「ニーチェと、ニーチェを超えた問い」 川上未映子×永井均   ルールに罰則があると罰を覚悟の上ならルールを破ってもいいということが暗に示されてしまう/死刑ではなく、死ぬこと自体が極刑である/カント的意味で絶対にしちゃいけないことが存在するなら「してはいけない」ということそれ自体がそれをする動機になりうる/プレイヤーがプレイしながらそのゲームのルールを問題にすることはできない/人間社会に属していない者にしか見えない真理の一面がある/人が普通の幸せを求めるということもそうであるべき道徳の一部である


※本書は一九九七年五月、単行本として小社より刊行されました。対談は語り下ろしです。


≪著者: ≫ 永井均 (ながい・ひとし) 1951年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程単位取得。現在、日本大学文理学部哲学科教授。著書に、『〈魂〉に対する態度』(勁草書房)、『〈私〉の存在の比類なさ』(勁草書房)、『これがニーチェだ』(講談社現代新書)『倫理とは何か――猫のアインジヒトの挑戦』(産業図書)『なぜ意識は実在しないのか』(岩波書店)他がある。

永井均×小泉義之 『なぜ人を殺してはいけないのか?』(河出文庫、2010年) '10/02/07
永井均 『子どものための哲学対話  Philosophy for children, 40 Dialogue, 1997.』(内田かずひろ絵、講談社文庫、2009年) '09/09/23
トマス・ネーゲル 『コウモリであるとはどのようなことか  Thomas Nagel: “Mortal Questions”1979.』(永井均訳、勁草書房、1989年) '09/06/20
永井均 『なぜ意識は実在しないのか』(双書哲学塾、岩波書店、2007年) '09/06/05、 '09/02/24
永井均×小泉義之 『なぜ人を殺してはいけないのか?』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998年) '09/05/30
永井均 『マンガは哲学する』(岩波現代文庫、2009年) '09/05/16
永井均 『転校生とブラック・ジャック 独在性をめぐるセミナー』(双書・現代の哲学、岩波書店、2001年) '09/05/15
永井均 『倫理とは何か 猫のアインジヒトの挑戦』(哲学教科書シリーズ、産業図書、2003年) '09/05/14
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/12
永井均 『私・今・そして神 開闢の哲学』(講談社現代新書、2004年) '09/05/07
永井均 『〈子ども〉のための哲学』(講談社現代新書、1996年) '09/05/03
永井均 『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書、1995年) '09/04/30
永井均 『翔太と猫のインサイトの夏休み 哲学的諸問題へのいざない』(ちくま学芸文庫、2007年) '09/04/28
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
永井均 『ルサンチマンの哲学 Ressentiment』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997年) '09/04/20







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本「なぜ人を殺してはいけないのか? (河出文庫)」永井均×小泉義之5

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なぜ人を殺してはいけないのか? (河出文庫)
なぜ人を殺してはいけないのか? (河出文庫)

○著者: 永井均×小泉義之
○出版: 河出書房新社 (2010/1, 文庫 197ページ)
○価格: 599円
○ISBN: 978-4309409986
おすすめ度: 4.0
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ことばの言語の限界というのか矛盾というのか。きょうみぶかいテーマとして。
よくもわるくも、いったん発せられたことばは、すでに発した時点において、みずからの意思や意図とかかわりなく、ひとり歩きをはじめる。するりするりと、まさか逃げてるわけではなかろうが、意図せぬ方向あらぬ展開へと、往々にして。それゆえに、論理的に、逃げ道や抜け穴を塞ぐべく画策するんだろうけれど。ますますもって明白に


≪目次: ≫
第一章 道徳は殺人を止められるか?――対話
自己決定で何でも許されるのか/傷が残らないように/学校での殺人と道徳的支配/僧侶はどこにいるのか/ニーチェなら何と答えるか?/殺さない趣味/おまえは殺されていいのか?/答えはあり得るのか?/それでも殺したいのなら/殺人は偶然か?/内面のプロセスに殺人を閉じ込める/道徳的狂信者がいない/殺す・殺さないとは関係のないところで ――1998.3.11
第二章 きみは人を殺してもよい、だから私はきみを殺してはいけない――永井均
一 はじめに (1 対談について/2 話題について)/二 対談における個々の論点についての補足 (1 「自己決定で何でも許されるのか」と「傷が残らないように」について/2 「学校での殺人と道徳的支配」について/3 「僧侶はどこにいるのか」について/4 「ニーチェなら何と答えるか?」について/5 「殺さない趣味」について/6 「おまえは殺されていいのか?」について/7 「答えはあり得るのか?」について/8 「それでも殺したいのなら」について/9 「殺人は偶然か?」について/10 「内面のプロセスに殺人を閉じ込める」について/11 「道徳的狂信者がいない」について/12 「殺す・殺さないとは関係のないところで」について)/三 きみは人を殺してもいい (1 人は人を殺してはいけない/2 私は人を殺してよい/3 きみは人を殺してよい/4 私はきみを殺してよい)
第三章 なんで殺ったらいけないのかだって? 殺ってもイケルしイケテルのに――小泉義之
0 問う者を問う (どうしてお前を殺してはいけないのか/奴らが殺したいのは、殺されないことを願う人間だ/どうして殺してイケルのか?)/1 生きるために殺す(死体化する) (生きるためなら何をやっても構わない/飢えたる者は殺してもよいのか?/殺さなくてもイケテイル)/2 生きるためにではなく殺す(死体化する) (殺人は何の役にも立たない殺生である)/3 殺人の相対的価値(悪) (こんな自分でも大学へ行けるでしょうか/世間は、殺人を一律に悪いと評価していない/舞台を破壊するか、舞台から降りるか)/4 殺人の絶対的価値(罪) (殺人は罪である/罪の償いは、罪を犯せなくなることだ)/5 〈殺してはいけない〉というルールはない (わたしたちは殺さないルールに従っているわけではなく、ただ殺さないのだ/「殺してはいけない」というルールは存在しない/学校化された思考法)/6 最初の後知恵 (人類最初の言葉は「これは食物である」だった)
第四章 主客逆転の問題からの再考――文庫版によせて――永井均
第五章 罪の感触――文庫版によせて――小泉義之

※本書は一九九八年十月、単行本として小社より刊行されました。第四章と第五章は文庫版書き下ろしです。


≪著者: ≫ 永井均 (ながい・ひとし) 1951年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程単位取得。現在、日本大学文理学部哲学科教授。著書に、『〈魂〉に対する態度』(勁草書房)、『これがニーチェだ』(講談社現代新書)『倫理とは何か――猫のアインジヒトの挑戦』(産業図書)『なぜ意識は実在しないのか』(岩波書店)他がある。

≪著者: ≫ 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程哲学専攻退学。現在、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。著書に、『ドゥルーズの哲学――生命・自然・未来のために』(講談社現代新書)『生殖の哲学』(河出書房新社)『病いの哲学』(ちくま新書)『デカルトの哲学』(人文書院)他がある。

永井均 『子どものための哲学対話  Philosophy for children, 40 Dialogue, 1997.』(内田かずひろ絵、講談社文庫、2009年) '09/09/23
トマス・ネーゲル 『コウモリであるとはどのようなことか  Thomas Nagel: “Mortal Questions”1979.』(永井均訳、勁草書房、1989年) '09/06/20
永井均 『なぜ意識は実在しないのか』(双書哲学塾、岩波書店、2007年) '09/06/05、 '09/02/24
永井均×小泉義之 『なぜ人を殺してはいけないのか?』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998年) '09/05/30
永井均 『マンガは哲学する』(岩波現代文庫、2009年) '09/05/16
永井均 『転校生とブラック・ジャック 独在性をめぐるセミナー』(双書・現代の哲学、岩波書店、2001年) '09/05/15
永井均 『倫理とは何か 猫のアインジヒトの挑戦』(哲学教科書シリーズ、産業図書、2003年) '09/05/14
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/12
永井均 『私・今・そして神 開闢の哲学』(講談社現代新書、2004年) '09/05/07
永井均 『〈子ども〉のための哲学』(講談社現代新書、1996年) '09/05/03
永井均 『ウィトゲンシュタイン入門』(ちくま新書、1995年) '09/04/30
永井均 『翔太と猫のインサイトの夏休み 哲学的諸問題へのいざない』(ちくま学芸文庫、2007年) '09/04/28
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
永井均 『ルサンチマンの哲学 Ressentiment』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997年) '09/04/20

ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈下〉  Gilles Deleuze: “Logique du sens”1969.』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/16
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈上〉  Gilles Deleuze: “Logique du sens”1969.』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/13
小泉義之 『デカルトの哲学』(人文書院、2009年) '09/08/04
小泉義之 『病いの哲学』(ちくま新書、2006年) '09/06/18
小泉義之 『「負け組」の哲学』(人文書院、2006年) '09/06/15
小泉義之 『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年) '09/06/10
小泉義之 『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996年) '09/06/09
小泉義之 『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995年) '09/06/08
小泉義之 『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003年) '09/06/06
小泉義之 『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003年) '09/06/03
小泉義之 『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997年) '09/06/02
小泉義之 『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998年) '09/05/30







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本「ハプスブルク帝国 (河出文庫)」加藤雅彦5

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ハプスブルク帝国 (河出文庫)
ハプスブルク帝国 (河出文庫)

○著者: 加藤雅彦
○出版: 河出書房新社 (2006/9, 文庫 299ページ)
○価格: 683円
○ISBN: 978-4309408132
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なるほど『ハプスブルク帝国と現代欧州』とは、著者が巻末の「文庫版に寄せて」において掲げるに相応しい内容。
ヨーロッパ史最大の王朝『ハプスブルク帝国』の歴史は、13世紀(ルドルフ1世、在位 1273-1291)にはじまり、20世紀初頭の第一次世界大戦の敗戦(カール1世、在位 1916-1918)まで、645年。文化、宗教、戦争、結婚、、、たとえば、多民族国家としての在り方とその変遷は、現代の欧州(EU)情勢の理解に欠かせない。


≪目次: ≫
第1章 ライン上流「鷹の城(ハビヒツブルク)」から    ハプスブルク家神聖ローマ皇帝/マルヒフェルトの決戦/「オーストリアよ、結婚せよ」/欧州最高のブルグント文化
第2章 日没なき世界帝国    マクシミリアンの結婚政策/世界帝国の光と影/戦いに明け暮れたカール五世スペイン系オーストリア系
第3章 オスマン・トルコ来たる    ボヘミアハンガリー三〇年戦争(dreißigjähriger Krieg, 1618-1648)/形骸化する「帝国」/トルコ軍、ウィーンを包囲スペイン系の消滅
第4章 花開くバロック    オイゲン公/オーストリア・バロック/バロックとハプスブルク
第5章 マリア・テレジアの時代    王家廃絶の危機/躍進するプロイセン権謀術数外交の渦中で/人間的なマリア・テレジア/皇子ヨーゼフの「上からの革命」
第6章 会議は踊る    ハプスブルクとブルボンフランス革命(Révolution française, 1789)ナポレオンの登場/ウィーン会議(1814-1815)
第7章 プロイセンに敗れる    メッテルニヒ体制/ビーダーマイア(Biedermeier)産業革命と労働者の生活悪化/ウィーン革命イタリア独立へ/統一ドイツに加われず
第8章 多民族ドナウ帝国    多民族・多言語国家/オーストリア=ハンガリー帝国スラヴ・ナショナリズム/バルカンでロシアと対立(ベルリン会議 1878)/ボスニア・ヘルツェゴヴィナを占領/
第9章 夢の都ウィーン    帝都大改造/リング・シュトラーセ/バブル崩壊/反ユダヤ主義ヒトラーへの影響
第10章 世紀末精神の輝き    平和と繁栄/歓楽の都/憂愁のペシミズム/革命と創造/ユダヤ人の活躍と文化的混血/
第11章 サライェヴォの銃声    王家にあいつぐ不幸オーストリア大公暗殺(サライェヴォ事件, 1914)第一次世界大戦勃発/敗戦、そして帝国崩壊/最後の皇妃ツィタ/ハプスブルク家長命の秘密
エピローグ 中欧(ミッテルオイローパ)の復活    後継諸国家の悲運/第二次世界大戦後の「東欧」/見直されるハプスブルク帝国/中欧の復活/帝国の遺産――「汎ヨーロッパ」運動

ハプスブルク帝国年表
ハプスブルク家略系図
主要参考文献
あとがき
文庫版に寄せて (二〇〇六年七月 加藤雅彦)

※本書は、小社より刊行された、ふくろうの本『図解 ハプスブルク帝国』(1995年)をもとにしたものです。


≪著者: ≫ 加藤雅彦 (かとう・まさひこ) 1927年、名古屋市生まれ。東大法学部卒業後、NHKに入局。ベルリン自由大学に留学。NHKベオグラード、ボン支局長、解説委員などを歴任。現在、欧州問題研究家。主な著書に、『ドナウ河紀行』(日本エッセイスト・クラブ賞)、『中欧の崩壊』『中欧の復活』『ライン河――ヨーロッパ史の動脈』『ウィンナ・ワルツ』『図解 ヨーロッパの王朝』など。



企画展 『THE ハプスブルク  Treasures of the Habsburg Monarchy - 140th Jubilee of the Friendship Treaty between Austria - Hungary and Japan』 2009/09/25-12/14、国立新美術館



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本「感情教育〈下〉  Gustave Flaubert: “L'Éducation sentimentale”, 1864-1869 (河出文庫)」ギュスターヴ・フローベール、山田𣝣 訳5

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感情教育 下 (河出文庫)
感情教育〈下〉  Gustave Flaubert: “L'Éducation sentimentale”, 1864-1869 (河出文庫)

○著者: ギュスターヴ・フローベール山田𣝣
○出版: 河出書房新社 (2009/9, 文庫 375ページ)
○価格: 893円
○ISBN: 978-4309463254
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そうかぁ、フランス共和国(République française)なのかぁ。
1789年のフランス革命王政が倒されて、共和政に落ち着きました、と言ってしまうほどにカンタンなものではないようだ。現在のフランス第五共和政は、1958年から。


感情教育――ある青年の物語 下 』

解説「小説はいかにして潜在的な「姦通」と「共和主義」を描くのか」工藤庸子


≪著者: ≫ ギュスターヴ・フローベール (Gustave Flaubert, 1821-1880) 1821年ルーアン生まれ。19世紀を代表するフランスの小説家。「自分の文体の力によってのみ成り立つ」小説を目指した『ボヴァリー夫人』は、現代小説のさきがけとして高い評価を得ている。他の著書に『感情教育』『サラムボー』『聖アントワーヌの誘惑』『ブヴァールとペキュシェ』『紋切型辞典』など。1880年没。

[訳者] 山田𣝣 (やまだ・じゃく, 1920-1993) 1920年東京生まれ。母は森茉莉。祖父は森鴎外。無類のフローベール好きにして、東京大学名誉教授。著書に『フランス文学万華鏡 ECRITS DIVERS』、訳書にフローベール『ボヴァリー夫人』『紋切型辞典』、『狐物語』など。1993年没。

ギュスターヴ・フローベール 『感情教育〈上〉 L'Éducation sentimentale, 1869.』(山田𣝣訳、河出文庫、2009年) '09/11/08
小倉孝誠 『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』(理想の教室、みすず書房、2005年) '09/05/30






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本「感情教育〈上〉  Gustave Flaubert: “L'Éducation sentimentale”, 1864-1869 (河出文庫)」ギュスターヴ・フローベール、山田𣝣 訳5

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感情教育 上 (河出文庫)
感情教育〈上〉  Gustave Flaubert: “L'Éducation sentimentale”, 1864-1869 (河出文庫)

○著者: ギュスターヴ・フローベール山田𣝣
○出版: 河出書房新社 (2009/9, 文庫 438ページ)
○価格: 893円
○ISBN: 978-4309463247
おすすめ度: 5.0
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そう、このところ河出書房新社のHPをチェックする機会が多いのは、“ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-1995)”の著書を読みすすめている(多く刊行している)ことに起因するかと思われるのだが、なにかの機会に(なんでなんだろうか、記憶が曖昧で、なにがぼくを衝き動かしたのだろうか)、文庫版の本書の刊行を知り、勤務先近くの図書館に予約リクエストを出した。もっとも、文庫版の予約リクエストは、却下されたことが何度かあって、確かに単行本の蔵書がすでに在庫する著書について、さらに文庫版を重複して備える必要があるか?と問われたら、「あってもいいかもしれないけれど、なくてもいいだろう」との意見はトウゼンにあろう。予算の問題もあるだろう、優先順位がつけられてしかるべきだ。そもそも無理を強いる考えはない。ぼくの要求を通すことによって、他人の要求が却下されてしまうのであれば、ぼくが辞退を申し出たい(偽善?!)。などと考えているうちに手元にあるということは、縁があったということなのであろう。どうやら(読み始めた後にいろいろ調べていて気がついたのだが)、みすず書房の「理想の教室」シリーズ『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』(小倉孝誠著)にあって、テクストとして説かれていたようだ(こちらの記憶も曖昧だ)。

1840年、パリ。
1789年のフランス革命を経て。
共和主義者(君主制に対立?!)。


感情教育――ある青年の物語 上 』


≪著者: ≫ ギュスターヴ・フローベール (Gustave Flaubert, 1821-1880) 1821年ルーアン生まれ。19世紀を代表するフランスの小説家。「自分の文体の力によってのみ成り立つ」小説を目指した『ボヴァリー夫人』は、現代小説のさきがけとして高い評価を得ている。他の著書に『感情教育』『サラムボー』『聖アントワーヌの誘惑』『ブヴァールとペキュシェ』『紋切型辞典』など。1880年没。

[訳者] 山田𣝣 (やまだ・じゃく, 1920-1993) 1920年東京生まれ。母は森茉莉。祖父は森鴎外。無類のフローベール好きにして、東京大学名誉教授。著書に『フランス文学万華鏡 ECRITS DIVERS』、訳書にフローベール『ボヴァリー夫人』『紋切型辞典』、『狐物語』など。1993年没。

小倉孝誠 『『感情教育』歴史・パリ・恋愛』(理想の教室、みすず書房、2005年) '09/05/30







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本「ロベルトは今夜  Pierre Klossowski: “Roberte ce soir, 1953” “La Révocation de l'Édit de Nantes, 1959” (河出文庫)」ピエール・クロソウスキー、 若林真 訳5

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ロベルトは今夜 (河出文庫)
ロベルトは今夜  Pierre Klossowski: “Roberte ce soir, 1953” “La Révocation de l'Édit de Nantes, 1959” (河出文庫)

○著者: ピエール・クロソウスキー、若林真 訳
○出版: 河出書房新社 (2006/5, 文庫 296ページ)
○価格: 924円
○ISBN: 978-4309462684
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解説からの引用となるのだが、
歴史上の出来事《ナントの勅令破棄》を表題に掲げて、展開される妻ロベルトと夫オクターヴとの関係、ドラマとは?
※《ナントの勅令破棄》(旧教徒と新教徒の争いに終止符を打つために、1598年アンリ四世によって発布された勅令が、1685年ルイ十四世によって破棄され、ふたたび旧教徒と新教徒の対立の激化を招いた歴史上の事件) (P.270)
夫婦の抗争の材料としての、カトリシズムの原罪の観念、カルヴィニズムの自由検討の精神。


≪目次: ≫
『ナントの勅令破棄  La Révocation de l'Édit de Nantes, 1959
『ロベルトは今夜  Roberte ce soir, 1953

クロソウスキー氏会見記遠藤周作、一九六〇年五月)
解説(単行本版、一九八七年盛夏 若林 真)

虚構にけりをつけるために――解説にかえて(鈴木創士


挿絵画 ピエール・クロソウスキー

※本書は、1987年、小社から刊行された、ピエール・クロソウスキー著『歓待の掟 Les lois de l'hospitalité, 1965 』所収の「ナントの勅令破棄」と「ロベルトは今夜」をまとめ、文庫化したものです。


≪著者: ≫ ピエール・クロソウスキー (Pierre Klossowski) 1905-2001年。フランスの作家、思想家、画家。小説に『ナントの勅令破棄』『ロベルトは今夜』『プロンプター』『バフォメット』、評論に『わが隣人サド』『かくも不吉な欲望』『ニーチェと悪循環』などがある。

[訳者] 若林真 (わかばやし・しん) 1929-2000年。新潟県生まれ。慶応義塾大学名誉教授。訳書にバタイユ『C神父』、クロソウスキー『歓待の掟』、ロブ=グリエ『快楽の館』、ドリュ・ラ・ロシェル『ジル』など多数。

ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?』(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23







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本「ニーチェと哲学  Gilles Deleuze: “Nietzsche et la Philosophie” PUF, 1962 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、江川隆男 訳5

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ニーチェと哲学 (河出文庫)
ニーチェと哲学  Gilles Deleuze: “Nietzsche et la Philosophie” PUF, 1962 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ、江川隆男 訳
○出版: 河出書房新社 (2008/8, 文庫 465ページ)
○価格: 1,260円
○ISBN: 978-4309463100
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うぐぐぐぐぅ、なにをどうして書きえようというのか♪


≪目次: ≫
第一章 悲劇的なもの
1 系譜の概念(価値と評価――批判と創造――系譜という語の意味)/2 意味(意味と力――多元論――意味と解釈――「高次の度合だけが重要である」)/3 意思の哲学(力と力の関係、すなわち意思――根源と序列)/4 弁証法に抗って(差異と矛盾――奴隷が弁証法に与える影響)/5 悲劇の問題(悲劇的なものについての弁証法的な考え方と『悲劇の誕生』――悲劇の誕生についての三つのテーゼ)/6 ニーチェの進化(悲劇の誕生における新たな諸要素――肯定――ソクラテス――キリスト教)/7 デュオニュソスとキリスト(生に賛成するか反対するか――弁証法的思考のキリスト教的性質――弁証法的思考とディオニュソス的思考との対立)/8 悲劇的なものの本質(悲劇的なものと喜び――ドラマから英雄へ――実存の意味と正当性)/9 実存の問題(罪ある実存とギリシア人たち――アナクシマンドロス――偽りの実存とキリスト教――無責任の価値)/10 実存と無垢(無垢と多元論――ヘラクレイトス――生成と生成の存在、〈多〉と〈多〉の〈一〉――永遠回帰あるいは戯れ)/11 骰子の一擲(二つの時間――偶然と必然、すなわち二重の肯定――骰子の一擲と機会の計算との対立)/12 永遠回帰のための諸帰結(偶然の煮物――混沌と循環運動)/13 ニーチェの象徴主義(大地、火、星――アフォリズムと詩の重要性)/14 ニーチェとマラルメ(類似――対立、すなわち偶然の消滅か肯定か)/15 悲劇的思考(ニヒリズムに抵抗する悲劇的なもの――肯定、喜び、創造)/16 試金石(ニーチェと他の悲劇的哲学者との差異――パスカルの賭け――ニヒリズムと怨恨(ルサンチマン)の問題の重要性)
第二章 能動的と反動的
1 身体(身体は何を為しうるか――意識に対する身体の優越性――身体を構成する能動的諸力と反動的諸力)/2 諸力の区別(反動――有機体についての反動的な考え方――可塑的な能動的力)/3 量と質(力の量と質――質と量の差異)/4 ニーチェと科学(量についてのニーチェの考え方――永遠回帰と科学――永遠回帰と差異)/5 永遠回帰の第一の側面――宇宙論的で自然学的な理説としての永遠回帰(最終状態への批判――生成――生成の総合と永遠回帰)/6 力能の意思とは何か(力の差異的(系譜的)要素としての力能の意思――力能の意思と諸力――永遠回帰と総合――カントに対するニーチェの位置)/7 ニーチェの述語法(能動と反動、肯定と否定)/8 起源と転倒した像(イマージュ)(反動と否定の組合せ――ここからどのようにして差異の転倒した像(イマージュ)が生じるのか――能動的力はどのようにして反動的になるのか)/9 諸力の測定問題(「強者はつねに弱者から擁護されなければならない」――ソクラテスの誤解)/10 序列(自由思想家と自由精神――序列――〈能動的〉と〈反動的〉という言葉のさまざまな意味)/11 力能の意思と力能の感情(力能の意思と感性(パトス)――諸力の生成)/12 諸力の〈反動的-生成〉(〈反動的-生成〉――人間への嫌悪――悲痛な思想としての永遠回帰)/13 意味と価値の両面性(反動の両面性――反動的諸力の多種多様性――反動と否定)/14 永遠回帰の第二の側面――倫理的で選択的な思考としての永遠回帰(慰めの思想としての永遠回帰――第一の選択。中途半端に意思することの排除――第二の選択。ニヒリズムの完成、否定的なものの価値変質――反動的諸力は回帰しない)/15 〈永遠回帰〉の問題(〈能動的-生成〉――全体と契機)
第三章 批判
1 人間諸科学の変形(諸科学の反動的モデル――能動的科学のために。言語学――医者、芸術家、立法者としての哲学者)/2 ニーチェにおける問いの定型表現(〈とは何か〉という問いと形而上学――〈誰が〉という問いとソフィストたち――ディオニュソスと〈誰が〉という問い)/3 ニーチェの方法(〈誰が…〉=〈彼は何を意思するのか…〉――差異的、類型学的、系譜学的なドラマ化の方法)/4 先行者たちに抗って(意思の哲学における三つの誤解――力能を表象の対象にすること――力能を現行の諸価値に依拠させること――力能を闘争と戦闘の掛け金にすること)/5 悲観主義とショーペンハウアーに抗って(どのようにしてこれらの誤解は、哲学が意思を制限したり否定さえしたりするように仕向けるのか――ショウペンハウアー、この伝統の到着点)/6 意思の哲学のための諸原理(意思、創造、喜び――力能は、意思が意思するものではなく、意思のうちで意思するものである――贈与する徳――差異的で批判的な要素)/7 『道徳の系譜』の構図(真の批判をおこなうこと――『道徳の系譜』における三つの論文。誤謬推理、二律背反、理想)/8 ニーチェとカント――諸原理の観点から(カント的批判の不十分さ――カント的批判は、どのような意味でまったく「批判」ではないのか)/9 批判の実現(批判と力能の意思――超越論的原理と系譜学的原理――立法者としての哲学者――「カントの成功は神学者の成功にすぎない」)/10 ニーチェとカント――諸帰結の観点から(非合理主義と批判の審級)/11 真理の概念(〈ドラマ化の方法〉の行使――思弁的態勢、道徳的対立、禁欲主義的矛盾――生に優越した諸価値)/12 認識、道徳、宗教(二つの運動――「もっとも恐るべき結論」)/13 思考と生(認識と生との対立――生と思考との親和性――生の新たな可能性)/14 芸術(意思することの刺激剤としての芸術――偽なるものの高い力能としての芸術)/15 思考の新たな像(イマージュ)(真理の理説における諸要請――思考の諸要素としての意味と価値――下劣さ――哲学の役割。〈哲学者-彗星〉――反時代的なもの――方法と文化との対立――文化はギリシア的か、ドイツ的か――思考と三つの逸話)
第四章 怨恨(ルサンチマン)から疚しい良心へ
1 反動と怨恨(ルサンチマン)(反撃としての反動――反動的に活動する無力能としての怨恨(ルサンチマン))/2 怨恨(ルサンチマン)の原理(フロイトにおける局所論の仮説――ニーチェによる刺激と痕跡――反動はどのようにして活動を受けるのをやめるのか――すべては反動的諸力の間で生成する)/3 怨恨(ルサンチマン)の類型(怨恨(ルサンチマン)の二つの側面――位相学的と類型学的――復讐の精神――痕跡の記憶)/4 怨恨(ルサンチマン)の諸特徴(感嘆することへの無力能――受動性――糾弾)/5 彼はよいか、彼は悪いか(私はよい、ゆえに君は悪い――君は悪い、ゆえに私はよい――奴隷の観点)/6 誤謬推理(パラロギズム)(子羊の三段論法――怨恨(ルサンチマン)における虚構のメカニズム)/7 怨恨(ルサンチマン)の展開――ユダヤ教の僧侶(位相学的側面から類型学的側面へ――僧侶の役割――ユダヤ教的形態における僧侶)/8 疚しい良心と内面性(自己との敵対――内面化)/9 苦痛の問題(疚しい良心の二つの側面――苦痛の外的意味と内的意味)/10 疚しい良心の展開――キリスト教の僧侶(キリスト教的形態における僧侶――罪――キリスト教とユダヤ教――疚しい良心における虚構のメカニズム)/11 歴史以前の観点から考察された文化(調教と選択としての文化――人間の類的機能性――言葉の記憶――負債と罰の方程式)/12 歴史以降の観点から考察された文化(文化の産物――主権的個人)/13 歴史の観点から考察された文化(文化の方向転換――火の犬――疚しい良心という虚構はどのようにして必然的に文化と結びつくのか)/14 疚しい良心、責任、有罪(責任の二つの形態――反動的諸力の連合)/15 禁欲主義的理想と宗教の本質(多元論と宗教――宗教の本質あるいは親和性――反動的諸力と無への意思との結合。ニヒリズムと反動)/16 反動的諸力の勝利(要点一覧表)
第五章 超人――弁証法に抗って
1 ニヒリズム(「ニヒル」が意味しているもの)/2 同情の分析(否定的、反動的、受動的という三つのニヒリズム――神は同情によって死んだ――最後の人間)/3 神は死んだ(ドラマ的命題――「神は死んだ」という意味の複数性――ユダヤ教的意識、キリスト教的意識(聖パウロ)、ヨーロッパ的意識、仏教的意識――キリスト教と仏陀)/4 ヘーゲル主義に抗って(弁証法における普遍と個別――諸対立の抽象的性質――弁証法に抗った〈誰が〉という問い――弁証法における虚構、ニヒリズム、反動)/5 弁証法の諸転身(弁証法の歴史におけるシュティルナーの重要性――再所有の問題――〈自我〉の理論としての弁証法)/6 ニーチェと弁証法(超人と価値変質(トランスミユタシオン)の意義)/7 高次の人間についての理論(高次の人間の多様な人物像――高次の人間の両面性)/8 人間は本質的に「反動的」であるか(人間は〈反動的-生成〉である――「君たちは出来損ないである」――能動と肯定――高次の人間との関係におけるニーチェの象徴主義――二匹の火の犬)/9 ニヒリズムと価値変質(トランスミユタシオン)――焦点(それ自身によって完成され克服されるニヒリズム――力能の意思。認識根拠と存在根拠――滅びることを意思する人間、あるいは能動的否定――否定的なものの転換、転換点)/10 肯定と否定(驢馬の〈然り(ウイ)〉――ツァラトゥストラの猿、悪魔――積極的なものの否定性)/11 肯定の意味(驢馬とニヒリズム――現実のいわゆる積極性に拠りかかって――「現代の人間たち」――肯定することは、担うことでも、引き受けることでもない――存在の理論に抗って)/12 二重の肯定――アリアドネ(肯定の肯定(二重の肯定)――アリアドネの秘密、迷宮――肯定される肯定(第二の力能)――差異、肯定、永遠回帰――ディオニュソスの意味)/13 ディオニュソスとツァラトゥストラ(選択としての存在――ツァラトゥストラと価値変質。獅子――価値変質から永遠回帰へ、また永遠回帰から価値変質へ――笑い、戯れ、舞踏)
結論

原注

訳者解説『ニーチェの批判哲学――時間零度のエクリチュール――』 江川隆男
機仝畍紊反震訝罅奮タГ猟垢じ畍紊鯣稟修垢襪海函\妓瓩覆靴謀来する午後を受容している感性を破壊すること)/供/爾た震訝罅並減澆琉豕狙――人類におけるニヒリズムの極限形式 〈神の死〉と〈自然の死〉の総合)/掘‖腓い覆訐妓瓠宗愁妊オニュソスの意思
訳者あとがき (二〇〇八年五月 江川隆男)


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『シネマ』『襞』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』などがある。

[訳者] 江川隆男 (えがわ・たかお) 1958年生まれ。哲学。(首都大学東京都市教養学部助教授)。著書に『存在と差異』、『死の哲学』、訳書にプレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』、ドゥルーズ『狂人の二つの体制 1983-1995』(共訳)などがある。

ジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ 『対話  DialoguesIALOGUES, 1977 』(江川隆男・増田靖彦訳、河出書房新社、2008年) '09/10/08
ジル・ドゥルーズ 『フーコー  Foucault, 1986 』(宇野邦一訳、河出文庫、2007年) '09/09/22
ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965 』(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/16
ジル・ドゥルーズ 『意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969 』(小泉義之訳、河出文庫、2007年) '09/09/13
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963 』(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?』(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23

檜垣立哉 『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '09/10/04
檜垣立哉 『ドゥルーズ入門』(ちくま新書、2009年) '09/09/24
小泉義之 『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000年) '09/06/10
ライダー・デュー 『ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007 』(中山元訳、新曜社、2009年) '09/07/03

フリードリヒ・ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈下〉 Also sprach Zarathustra, 1883-1885』(竹山道雄訳、新潮文庫、1953年、改版 2007年) '09/09/29
フリードリヒ・ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈上〉 Also sprach Zarathustra, 1883-1885』(竹山道雄訳、新潮文庫、1953年、改版 2007年) '09/09/27
フリードリヒ・ニーチェ 『道徳の系譜学 Zur Genealogie der Moral, 1887』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/07/08
フリードリヒ・ニーチェ 『善悪の彼岸 Jenseits von Gut und Böse, 1886』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/05/10

須藤訓任 『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ、1999年) '09/04/26
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
田島正樹 『ニーチェの遠近法』(青弓社、1996年、新装版 2003年) '09/04/21
永井均 『ルサンチマンの哲学』 (河出書房新社、1997年) '09/04/20
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(日本放送出版協会、2002年) '09/04/12
長谷川宏 『格闘する理性 ヘーゲル・ニーチェ・キルケゴール』(洋泉社MC新書、2008年) '09/01/27

江川隆男 『死(Mort)の哲学』(シリーズ・哲学の系譜、河出書房新社、2005年) '09/09/18







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本「フーコー  Gilles Deleuze, FOUCAULT, 1986 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、宇野邦一 訳5

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フーコー (河出文庫)
フーコー  Gilles Deleuze, FOUCAULT, 1986 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ宇野邦一
○出版: 河出書房新社 (2007/8, 文庫 263ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462943
おすすめ度: 4.0
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あぁ〜だめだめだめだめ、はげしくオチコム。ウマクとりつくろってみたところで、とりつくろっている時点ですでに。「シンイガツタワラナイ」そう言われて、ぼくの性格の問題だろうか、などと考えていたのだが、熱く必死になれない、物事を多角的にさまざまな側面から見るには、どうしてつよく言い切ることなどできようか、いや、チガウ。そんなキレイゴトではない。もっとドロドロなことを考えていたのではないか。どこかにオゴリやタカブリはなかったか。そもそも、当初は異なるストーリーを用意していた。そう、ドロクサク、カッコワルク。


ミシェル・フーコー(Michel Foucault, 1926-1984)


≪目次: ≫
前書き

古文書(アルシーヴ)からダイアグラムへ
新しい古文書学者(『知の考古学』)
新しい地図作成者(『監獄の誕生』)

トポロジー、「別の仕方で考えること」
地層あるいは歴史的形成物、可視的なものと言表可能なもの(知)
戦略あるいは地層化されないもの、外の思考(権力)
褶曲あるいは思考の内(主体化)

付記――人間の死と超人について

訳註
訳者後書

※本書は、一九八七年に河出書房新社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『意味の論理学』『シネマ』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『カフカ』『哲学とは何か』がある。

[訳者] 宇野邦一 (うの・くにいち) 1948年生まれ。京都大学をへて、パリ第8大学でドゥルーズのもとに学ぶ。著書に『アルトー 思考と身体』『反歴史論』など多数。訳書にドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』、ドゥルーズ『襞』『消尽したもの』などがある。

ジル・ドゥルーズ「ニーチェ  Nietzsche, 1965」(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之「ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために」(講談社現代新書、2000)
ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)

ミシェル・フーコー「わたしは花火師です フーコーは語る  Je suis un artificier in Michel Foucault, entretiens」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2008)
ミシェル・フーコー「精神疾患とパーソナリティ  Maladie mentale et personalité, 1954」(中山元訳、ちくま学芸文庫、1997)
ミシェル・フーコー「真理とディスクール パレーシア講義  FEARLESS SPEECH」(中山元訳、筑摩書房、2002)

神崎繁「フーコー 他のように考え、そして生きるために」(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006)
中山元「はじめて読むフーコー」(洋泉社、2004)
中山元「フーコー入門」(ちくま新書、1996)







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《TREK7.3FX》; Tm 3:25'24 (6:56〜10:26), Dst 88.09km, Av 25.7km/h, Mx 58.7km/h, Odo 153.6km, (cateye cyclocomputer CCRD300W since 2009/9/17).
※web上のmapサービスによる計測で、約90kmと表していたトレーニングコース(→甲州街道 大垂水峠→相模湖→津久井湖→関戸橋→多摩サイ)。タイムアタック?!するも、終盤バテバテヘロヘロ。西八王子〜高尾のイチョウ並木はホンノリ色づきはじめ、銀杏の実が路面をオイリーに。大垂水峠近くのタマアジサイは、まだまだ薄紫色の花を咲かせていた。

本「意味の論理学 〈下〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、小泉義之 訳5

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意味の論理学 下
意味の論理学 〈下〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ小泉義之
○出版: 河出書房新社 (2007/1, 文庫 286ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462868
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世の中には要らないルールが多いなぁ、と思うことが少なくない。しかし、社会生活における社会規範というのか、法律、道徳、イッパンジョウキシみたいなものを無くしては、、、うん〜ん、やっぱり一定のレヴェルで必要とされてしまうのであろうと思う。
なんでこんなクダラナイ、どう考えても訳がわからない、ゼッタイに不必要でしょ、と思われるようなルールも、そう、その制定の時点における必要に求められて、その当時にはルールを必要としたなんらかの出来事があったのであろう。一般的に法律をはじめとするルールには、事後に制定される性格がある。あらかじめ予測して制定されるものではない。社会の変化であったり、人間の悪知恵であったり、発生の要因はさまざまであろうが、予測しえないような事態が生じて問題が露見して、生じた問題に対処するなかから、再発を防止する目的もあって。確認しておくべきは、ルールが制定される以前に発生した事柄にたいして、事後に制定されたルールを遡及して適用することができないこと。予測できなかった事柄にたいして、ルールは無力であること。また、道徳やイッパンジョウシキみたいなものにも限界があり、解釈は一定ではなく、個人の裁量に委ねられる部分が大きい。なにをもってして、社会生活一般における問題にたいして、歯止めをかけるべきであろうか、などと考えてみるには、はたして歯止めというのか、一定のルールはホントに必要なのか、それがなかったら、どうしようもなくヒドイ状態に陥ってしまうのか、、、う〜ん、ハハハハハハハハ、Take it easy、モノには限度ってものがあろう。ある一定のレヴェルまで、自動車や自転車のハンドルのアソビのようなものがあらかじめ備わっていて、その振り幅のなかでの変動は、許容されるというのか黙認されるのは、大勢に影響が表れることがないからであり、だれにでも間違いや気の迷いだってあろうことから、寛容の精神みたいなものが機能するのかもしれない。真っ直ぐに進むためには、微動だにせず真っ直ぐの状態を保ちつづける必要もなければ、そのようなことは、能力的にも身体的にも現実的に不可能でもあろう。振り幅を超えるような事柄が生じた場合には、ハンドルだったら、重大な事故が起きる可能性が一気に高まる。重大な事故が起きないまでも、身の危険を感じることにもなるであろう。危険を我が身に実感して、注意力を取り戻すことだって、必要とされることで、その場で注意力を取り戻すことができない場合には、いずれ事故が発生することにもなろう。実際に事故を起こして、具体的な痛みを感じて、そこでハタと気がつくこともあるかもしれない。そう考えるには、いくつのもハードルというのか、さまざまな種類の危険信号のようなものが発せられているんだろうけれど、気がつくかどうか、いつ気がつくかは本人次第で、当然のように気がつかないことの方が多いのであろうと思う。
んんんん、意味がなく不必要と思われるルールの話に、強引に戻す。無意味で不必要と思われるからと言って、制定されているルールを守らなくていいものなのかどうなのか。すでにルールがある以上、それを気にして遵守している人が居ないわけではないであろう。少なくともぼくは、ルールがある以上は気になって仕方がない。ぼくが窺い知らないところで、かつてなんらかの必要に求められて制定されたものであろうこと、ぼくのように気にかけて、ときにはそれを拠り所としている人だって居るかもしれない。ぼくがそんなさまざまについて、背景や歴史を含めたすべてを理解しているわけではないことは、わざわざ考えるまでもなく明白であろう(大袈裟にすぎるかもしれないなぁ)。考えすぎるとなにも行動できなくなってしまうのだが、許容される振り幅があることから、あまり厳格に考えすぎる必要はないのであろうけれども。


≪目次: ≫
第25セリー 一義性   個体と出来事/永遠回帰再論/一義性の三つの意義
第26セリー 言葉   言葉を可能にするもの/言葉の組織の要約/動詞と不定法
第27セリー 口唇性   動的発生の問題:深層から表面へ/メラニー・クラインによる「態勢」/分裂病と抑鬱、深層と高所、シミュラクルとイドラ/第一段階:雑音から声へ
第28セリー 性   性感帯/動的発生の第二段階:諸表面の形成と諸表面の接続/イマージュ/オイディプス・コンプレックスの本性、性器帯の役割
第29セリー 善意は当然にも罰せられる   表面の構成との関係におけるオイディプスの企画/修復することと帰還させること/去勢/カテゴリーとしての意図/発生の第三段階:物理的表面から形而上学的表面へ(二重のスクリーン)
第30セリー 幻影   幻影と出来事/幻影、自我と特異性/幻影、動詞と言葉
第31セリー 思考   幻影、移行と開始/夫妻と思考/形而上学的表面/心的生活の方角決定、口と脳
第32セリー セリーの種類   セリーと性:結合的セリーと性感帯、結合的セリーと接続/性的セリーの第三形態、分離と発散/幻影と共鳴/性と言葉:三つのタイプのセリーと対応する語/声から話し言葉へ
第33セリー アリスの冒険   ルイス・キャロルにおける三種の秘教的な語の再考/『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の比較概要/精神分析と文学、神経症的な家族小説と芸術の小説‐作品
第34セリー 第一次秩序と第二次組織   幻影の振子構造:共鳴と強制運動/話し言葉から動詞へ/動的発生の終わり/抑圧、一次と二次の/風刺、イロニー、ユーモア

付録機.轡潺絅薀ルと古代哲学
プラトンとシミュラクル   プラトンの弁証論:分割の意義/請求者の選別/コピーとシミュラクル/シミュラクルの特徴/表象の歴史/プラトニズムを転倒すること:現代芸術作品とシミュラクルの報復/永遠回帰の顕示内容と潜伏内容(プラトンに対抗するニーチェ)/永遠回帰とシミュレーション/モデルニテ
ルクレティウスとシミュラクル   雑多なもの/自然と全体化不可能な総和/〈存在〉・〈一〉・〈全〉の批判/因果原理の異なる相/方法の二つの姿形/クリナメンと時間理論/真の無限と偽の無限/魂のトラブル/深層からの流出、表面からのシミュラクル、神学的・夢幻的・官能的な幻影/時間と方法の統一性/偽の無限の起源と魂のトラブル/自然主義と神話批判   

付録供仝険討噺渋緤験
クロソウスキー、あるいは、身体‐言葉   身体の観点と言葉の観点からの選言三段論法/ポルノグラフィーと神学/見ることと話すこと/反射像、共鳴、シミュラクル/破棄通告/身体と言葉の屈折/交換と反復/反復とシミュラクル/停滞の場面の役割/両刀論法:身体‐言葉/神と反キリスト:二つの秩序/選言三段論法のカント理論/神の役割/クロソウスキーにおけるカント理論の変形/反キリストの秩序/意図:強度と志向性/幻影としての永遠回帰
ミシェル・トゥルニエと他者なき世界   ロビンソン、元素と目的/倒錯の問題/知覚における他者の効果/ア・プリオリな構造としての他者/時間における他者の効果/他者の不在/分身と元素/他者喪失の三つの意味/ミシュラクルから幻影へ/他者と倒錯
ゾラと裂け目   裂け目と遺伝/本能と本能の対象/二つの遺伝/死の本能と本能/人間の獣/幻影化される対象/悲劇と叙事詩

訳者後書
人名・学派名索引


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze, 1925-1995) 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『シネマ』『襞』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』などがある。

[訳者] 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年生まれ。現在、立命館大学教授、著書に『ドゥルーズの哲学』『兵士デカルト』『弔いの哲学』『生殖の哲学』『病いの哲学』他、訳書にドゥルーズ『無人島 1969-1974』他がある。

ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009)
小泉義之『病いの哲学』(ちくま新書、2006)
小泉義之『「負け組」の哲学』(人文書院、2006)
小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000)
小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
小泉義之『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003)
小泉義之『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
小泉義之『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)

ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)








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本「意味の論理学 〈上〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、小泉義之 訳5

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意味の論理学〈上〉 (河出文庫)
意味の論理学 〈上〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ小泉義之
○出版: 河出書房新社 (2007/1, 文庫 307ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462851
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サラサラッと読めてしまうんだけど、サラサラッと読み終えてしまって、すでに次のあらたな著書を読み始めているからか、記憶の混乱が生じちゃっているかもしれない。もっとも、記憶の混乱状況は、ある程度は意図してやっちゃってることで、一冊読み終えた瞬間に間髪をいれずに次の本を読み始める。混乱を自覚しているぼくは、では果たして混乱していない状態とは?、と考えて、混乱することのなにが問題なのか?、を考えて、もしかしたら、混乱状態が理解を妨げて、混乱していない状態であれば理解が得られる、かしら?、そもそも、ぼくがどれだけ理解が得られているかを考えるには、たいした理解が得られていないなぁ、たいした理解が得られていないぼくは、たいした理解を得られるだけの能力を有していないことが、理解を得られないいちばんの理由なのであろうことを考えるには、たしかに混乱していない方が、比較するには理解度は高まるかもしれないけど、そうそう大きな理解度の高まりの差異を得ることができるとも考え難い、深い理解が得られないことの理由のひとつの大きなところでは、基礎的な知識や情報の不足があろうことから、同時並行的に知識や情報を補完していかないことには、精読してみたところで効果は得られないであろう、などと考えるには、深い理解よりも知識や情報を得ること、インプット、いかに多くの情報を取り込むかに重点を置いた手法を採用してみようかと、とりあえず。


≪目次: ≫
序文 ルイス・キャロルからストア派
第1セリー 純粋生成のパラドックス
   計測される事物と狂気/生成のプラトン的区別/無限同一性/アリスの冒険、あるいは、「出来事」
第2セリー 表面効果のパラドックス   物体・事物の状態と非物体的効果・出来事のストア派の区別/因果関係の割れ目/表面へ上昇させること……/ルイス・キャロルにおける表面の発見
第3セリー 命題   指示、表出、意義:三者の関係と循環性/命題の第四次元はあるか/意味、表現、出来事/意味の二重の本性:命題の表現可能なものと事物の状態の属性、存在と外‐存在
第4セリー 二元性   物体‐言葉、食べること‐話すこと/二種類の話/命題の二つの次元:指示と表現、消費と意味/二つのセオリー
第5セリー 意味   無際限な増殖/不毛な複製化/中立性、あるいは、本質の第三身分/不条理、あるいは、不可能な対象
第6セリー セリー化   セリー形態と異質なセリー/異質なセリーの構成/セリーは何に収束するのか/ラカンのパラドックス:奇妙な要素(空虚な位置、あるいは、位置なき占有者)/雌羊の店
第7セリー 秘教的な語   セリー上の縮約の場合(連結)/二つのセリーの調整の場合(結合)/分離の総合、あるいは、セリーの分岐の総合:カバン‐語の問題
第8セリー 構造   レヴィ=ストロースのパラドックス/構造の条件/特異性の役割
第9セリー 問題性   特異性と出来事/問題と出来事/楽しい数学/無作為抽出点と特異点
第10セリー 理念的なゲーム   通常のゲームの規則/異常なゲーム/時間の二つの読み方:アイオーンクロノスマラルメ
第11セリー 無‐意味   パラドックス的要素の特徴/無‐意味とは;無‐意味の二つの姿形/無‐意味から派生する不条理(意義なし)の二つの形態/無‐意味と意味の余現前/「効果」としての意味
第12セリー パラドックス   良識の本性とパラドックス/常識の本性とパラドックス/無‐意味、意味、言葉のいわば第二次組織
第13セリー 分裂病者と少女   アントナン・アルトーとルイス・キャロル/食べること‐話すこと、分裂病的な言葉/分裂病と表面の破綻/語‐受動と破裂する文字の価値、語‐能動と分節しない音調の価値/深層の無‐意味と表面の無‐意味の区別、言葉の第一次秩序と言葉の第二次組織の区別
第14セリー 二重の原因性   非物体的な出来事‐効果、原因と準‐原因/非情と発生/フッサールの理論/真の発生の条件:〈我〉なき、個体化の中心なき、超越論的な場
第15セリー 特異性   戦争/超越論的な場が形態を守ることはありえない/非人称的で前‐個体的な特異性/超越論的場と表面/個体の言説、人格の言説、底なき言説:第四の言説はあるか
第16セリー 存在論的な静的発生   個体の発生:ライプニッツ/世界の「共可能性」の条件、あるいは、セリー収束性の条件(連続性)/出来事の述語への変換/個体から人格へ/人格、特性とクラス
第17セリー 論理学的な静的発生   命題の次元への移行/意味と命題/意味の中立性/表面と裏地
第18セリー 哲学者の三つのイマージュ   哲学と高所/哲学と深層/哲学者の新たなタイプ:ストア派/ヘラクレスと表面
第19セリー ユーモア   意義から指示へ/ストア派と禅/古典的言説と個体、ロマン的言説と人格:イロニー/底なしの言説/特異性の言説:ユーモア、あるいは、「単独者の第四人称」
第20セリー ストア派のモラル問題   モラルの二つの極:事物の物理的占いと表象の論理的使用/表象、使用と表現/出来事を把握すること・意思すること・表象すること
第21セリー 出来事   出来事の永遠真理/実現と反‐実現:役者/出来事としての死の二つの面/出来事を意思することとは
第22セリー 磁器と火山   『裂け目(崩壊)』(フィッツジェラルド)/二つの過程とその区別の問題/アルコリスム、躁鬱/サイケデリアに献げる
第23セリー アイオーン   クロノスの特徴と深層の生成によるクロノスの転覆/アイオーンと表面/アイオーンから派生する組織、アイオーンとクロノスの差異
第24セリー 出来事の交流   非論理的な共立不可能性の問題/ライプニッツ/肯定的隔たりと分離の肯定的総合/永遠回帰、アイオーンと直線:最も怖ろしい迷宮……



≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze, 1925-1995) 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『シネマ』『襞』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』などがある。

[訳者] 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年生まれ。現在、立命館大学教授、著書に『ドゥルーズの哲学』『兵士デカルト』『弔いの哲学』『生殖の哲学』『病いの哲学』他、訳書にドゥルーズ『無人島 1969-1974』他がある。

ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009)
小泉義之『病いの哲学』(ちくま新書、2006)
小泉義之『「負け組」の哲学』(人文書院、2006)
小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000)
小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
小泉義之『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003)
小泉義之『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
小泉義之『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)

ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)








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本「後悔と自責の哲学 (河出文庫)」中島義道5

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後悔と自責の哲学 (河出文庫 な 24-1)
後悔と自責の哲学 (河出文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 河出書房新社 (2009/5, 文庫 198ページ)
○価格: 704円
○ISBN: 978-4309409597
おすすめ度: 5.0
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あぁ、ぜんぜんぼくはカンタンになにごとも書き記しすぎてしまっている。もっともっとことばを尽くして、ていねいにていねいにあるべきなのに。前提とされるものを、あたりまえと思ってしまって、ちゃんと考えることもなく、なにげなく書き記しているそのことば、その概念は、はたして「真実」であろうか??!、そんな真実を追究する姿勢を採用しつづけることによって、失われるものも少なくないのであろうけれど(その筆頭としての「幸福」!?)、そもそもそこで失われてしまうものは、ホントに必要としているものなのか?、失ってホントに困るものなのか?。なにも失うことなく、得ることだけをつづけることには限界があろう。なんらかを得ることは、その一方で失われているものが少なからぬあろう、気がついている場合もあれば、気がついていないところで行われている場合もあろう。
まさにタイトルにあるとおり『後悔と自責の哲学』について。


≪目次: ≫
A 後悔
1 意図的行為に対する後悔
   なぜ後悔するのか?/「そうしないこともできたはずだ」という根源的思い/自由の「認識根拠」としての後悔/無差別均衡の自由/自由と偶然とを区別するものとしての「意志」/他行為可能性をめぐる理論/過去における自由/過去における自由と現在における自由とのあいだ
2 非意図的行為に対する後悔   「思わずしてしまった」ことに対する後悔/「気がつかなかった」ことに対する後悔/いかなる理論も後悔を打ち砕くことはできない/後悔と過失/人格形成責任/「可能な」私の範囲/「投げ込まれていること」と「企て」
3 後悔と偶然   鯖の味噌煮/エピクロスの斜行運動/九鬼周造ライプニッツの最善説/根本的疑問/充足理由律と微小表象/偶然否定論/目的論的観点は消えない/意図的=目的論的行為/意図の重層的構造/目的的消極的偶然/賭けと偶然/元寇のさい台風が来襲したことは偶然か?/マックス・ウェーバーの適合的因果性の理論/「そうでないこともありえたはずだ」/阿部一族/状況における自由/超越論的無差別均衡の自由?/自由による因果性の正体/偶然起こったことを後悔する
4 後悔と運命   運命は「あとから」意味づけられる/運命の要件/台風は神風であった?/日常の「しきたり」に組み込まれた「もう一つの要因」/運命と決定論/すべての真剣な恋愛は運命を感じさせる/意図と記述/「異質なもの」の一回的な継起と「同一のもの」の繰り返し/「同一のもの」と関心/「同一のもの」と確率/どんなに確率が小さい出来事も現に起こる/偶然と運命/『ドナウよ、静かに流れよ』/運命とニヒリズム/後悔することによって見えてくるもの

B 自責
5 苦しみあえいでいる人に対する自責
   「どこかおかしい」/後悔と自責/幸運な人の不運な人に対する義務/同情と自責/成田空港のレストランで/報われていない人・与えられていない人の立場/なんで、私ではなくこの人が?

あとがき (二〇〇六年三月十五日 ウィーン郊外にて 中島義道)
解説 (大崎善生

*本書は、二〇〇六年一〇月、河出書房新社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年生まれ。哲学者。著書『カントの自我論』『〈時間〉を哲学する』『悪について』『孤独について』『人生に生きる価値はない』『哲学者というならず者がいる』『「死」を哲学する』など多数。


淡い色合い・・・




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