Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

熊野純彦

本「マルクス 資本論の哲学 (岩波新書1696)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本♪♪♪ に参加中!
マルクス 資本論の哲学 (岩波新書)
○著者: 熊野純彦
○定価: 本体880円+税
○ISBN: 978-4004316961










もし三度目の《世界革命》が起こりうるとして、今なおこの世界の枠組みを規定している資本制について、最も行きとどいた分析を提供しているこの書を踏まえる事なしにはあり得ないだろう。マルクスの原理的な思考の深度と強度、そして「資本制が圧しつぶしてゆくちいさな者たちへの視線」に寄り添いつつ語る、本格的入門書。


≪目次: ≫
まえがき――世界革命と世界革命とのあいだで――

第I章 価値形態論――形而上学とその批判
 テクストの「書きはじめかた」について/マルクスは『資本論』をどのように書きはじめたか/商品の二面性(一)――使用価値としての商品/商品の二面性(二)――交換価値としての商品/「アリストテレスの靴」/商品の二面性(三)――交換価値と「価値」/交換の不可能性について――ふたたびアリストテレス/いわゆる「価値実体」=「抽象的人間労働」?/価値形態論の課題――交換関係への帰還/価値形態と貨幣形態、あるいは「貨幣形態の生成」/第一形態――「単純な価値形態」/第一形態の謎、第二形態への展開/第二形態――「展開された価値形態」/差異と反覆――第二形態の特質/第二形態から第三形態へ?/第三形態(一般的価値型体と第四形態(貨幣形態)の成立/第二形態と第三形態の関係・再考(一)――シベリアの狩猟民族による例解/第二形態と第三形態の関係・再考(二)――「逆転の論理」の実際/価値形態論の読みかたについて/「実践理性の優位」――かれらはそれとは知らずに、それをおこなう

第II章 貨幣と資本――均質空間と剰余の発生
 商品と貨幣のフェティシズムについて/普遍的なものと個物とのあいだの論理的な攪乱について/ミダス王の呪い――貨幣商品の成立/貨幣の価値尺度機能とその倒錯/商品の貨幣への転化――「命がけの跳躍」/商品流通の単純なモデル――リンネル、聖書、ウィスキー/商品流通と貨幣流通――貨幣がひらく空間/「諸商品の神」としての貨幣と、貨幣蓄蔵/貨幣蓄蔵と、支払手段としての貨幣/「錬金術」の登場と資本成立の条件/資本制の構造的危機とその原型/商品流通、世界市場、商業資本/初期商業資本における利潤の発生/マルクスによる「資本の一般的定式」/資本の「一般的定式」としてはどれが適切か?/「資本の一般的定式」の矛盾とその解決/予備的考察――空間と時間について(一)/商人資本・金貨資本による空間的/時間的差異の利用

第III章 生産と流通――時間の変容と空間の再編
 不変資本と可変資本、労働力の商品化/絶対的余剰価値と相対的余剰価値――近代資本制を特徴づけるもの/「労働日の限界をめぐる闘争」/協業の一般的意識について/協業の具体的形態について/マニュファクチュアの登場とその意味/マニュファクチュアにおける時間の変容と空間の再編/マニュファクチュアから機械制大工業へ/労働、道具、機械/「自然力」の利用としての機械制大工業/機械による労働過程の変容――労働する身体の資本への従属/資本の「本源的蓄積」論・再考/資本制の「人口法則」・瞥見/中間考察――空間と時間について(二)/資本の循環と流通過程の問題へ/流通過程としての資本の意味/資本にとっての運動、空間、時間をめぐって/運動と生成としての「資本」――当面のまとめとして/資本の二局面――生産期間と流通期間/流通局面の困難――回帰する「命がけの跳躍」/「運輸費用」をめぐるマルクスの説明について/「時間によって空間を絶滅すること」/「近さへの傾向」と「距たりを取りさること」/集積と集中――時間操作による空間の再編

第IV章 市場と均衡――近代科学とその批判
 「科学的社会主義」と「マルクス(主義)経済学」/マルクスの「科学」観・瞥見/マルクスと古典派経済学との関係について(一)――ペティ、ケネー、スミス/マルクスと古典派経済学との関係について(二)――リカード「地代」論との関係/マルクスと古典派経済学との関係(三)――経済学と経済学批判/マルクスと古典派経済学との関係について(四)――経済学的批判と経済学の批判/「再生産表式」論の前提――単純再生産と拡大再生産/単純再生産過程と「領有法則の転回」/単純再生産の前提とその脆弱性/商品資本の循環と「再生産表式」論への移行/市場経済の制覇と「支配を正統化する世界像」/再生産表式論の前提をめぐって/単純再生産の表式論的分析/単純再生産から拡大再生産へ/問題の所在――蓄積と拡大再生産/拡大再生産の考察――設例の分析/再生産表式論の意味(一)――マルクスの「経済表」/再生産表式論の意味(二)――市場経済への批判的視点/「再生産表式論」から「一般利潤率」をめぐる問題群への移行/問題の前提(一)――「費用価値」カテゴリーの問題/問題の前提(二)――「利潤」カテゴリーの倒錯/問題の前提(三)――「利潤率」カテゴリーという神秘化/問題の所在――資本の構成と回転の利潤率に対する影響/マルクスによるアポリアの解決(一)――一般利潤率と生産価格の導出/マルクスによるアポリアの解決(二)――残された個別的問題/マルクスによるアポリアの解決(三)――残された一般的問題?/擬似問題としての「転形問題」と科学批判の視点

第V章 利子と信用――時間のフェティシズム
 「座りこむ者」と「放浪する者」――個人資本、商業資本、金融資本/産業資本に寄生する存在としての商業資本/商業資本の産業資本への寄与はなにか/商業利潤の不可避性、ならびにその可能性への問い/商業利潤、生産価格、一般利潤率/商業資本と市場経済の脆弱性――恐慌はまずどこで生起するか?/貨幣資本取引(貸付資本)の問題への移行/資本の運動、貨幣取引資本、利子生み資本/利子生み資本の概念と「資本の商品化」/利子生み資本の合理と不合理(一)――時間のフェティシズム/利子生み資本の合理と不合理(二)――利子率、地代、土地の価格/資本のフェティシズムの完成形態としての利子生み資本/イギリス経験論とスコットランド啓蒙――利子と地代をめぐって/貨幣経済、支払手段、信用経済/資本制的生産と信用制度の展開/手形の発生をめぐって――原型としての「商業信用」/商業信用の限界と銀行信用の登場/銀行とは信用制度自体であり、その欠陥自身である/銀行制度という賭博と詐欺のシステム/信用恐慌と「はじけ散るバブル」/擬似資本から架空資本への転換(一)――銀行信用と銀行券の意味/擬似資本から架空資本への転換(二)――架空資本における「原蓄」/擬似資本から架空資本への転換(三)――株式制度と証券市場の成立/イデオロギーとしての「市場経済」/資本制のかわらぬ合言葉――「わが亡きあとに洪水は来たれ」

終章 交換と贈与――コミュール主義のゆくえ
 「自由な人間の連合体」と「アソシエーション」/『経済学・哲学草稿』の「私的所有」批判/問題の転換――「交換」概念の問題性/『ゴータ綱領批判』冒頭部について/『ゴータ綱領批判』における「コミューン主義の第一段階」/『ゴータ綱領批判』における「コミューン主義の第二段階」/「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて!」/交換の原理を超えるもの――コミューン主義のゆくえ

あとがきにかえて――資本論研究の流れにことよせて―― (二〇一八年 瑞月 熊野純彦)


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの すみひこ) 1958年 神奈川県に生まれる。1981年 東京大学文学部卒業。専攻、倫理学、哲学史。東京大学教授。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書) 『レヴィナス』(岩波書店) 『ヘーゲル』(筑摩書房) 『カント』(NHK出版) 『差異と隔たり』(岩波書店) 『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版) 『メルロ=ポンティ』(NHK出版) 『西洋哲学史 古代から中世へ』『西洋哲学史 近代から現代へ』『和辻哲郎』(岩波新書) 『埴谷雄高』(講談社) 『マルクス 資本論の思考』(せりか書房) 『カント美と倫理とのはざまで』(講談社)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス) 『共同存在の現象学』(レーヴィット) 『存在と時間』(ハイデガー) 『物質と記憶』(ベルクソン、以上4点岩波文庫) 『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』(カント、作品社)。


佐藤康邦/清水正之/田中久文 編著 『甦る和辻哲郎 人文科学の再生に向けて』(片山洋之介/熊野純彦/高橋文博/窪田高明/李梨花/卞崇道/マーク・ラリモア/湯浅泰雄 執筆、叢書=倫理学のフロンティアV、ナカニシヤ出版、1999年) '13/07/27 , '12/11/16
イマヌエル・カント 『純粋理性批判  Kritik der reinen Vernunft, 1.Aufl., 1781, 2.Aufl., 1787 』(熊野純彦 訳、作品社、2012年) '13/02/24
熊野純彦 『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波人文書セレクション、2012年) '12/12/30
熊野純彦 『カント 世界の限界を経験することは可能か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '12/09/28
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに』(講談社選書メチエ、2012年) '12/07/15
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '12/06/17
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '12/06/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13



人気ブログランキングへ








本「純粋理性批判  Kritik der reinen Vernunft 」イマヌエル・カント、熊野純彦 訳5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
純粋理性批判
純粋理性批判  Immanuel Kant: “Kritik der reinen Vernunft”, 1.Aufl., 1781, 2.Aufl., 1787

○著者: イマヌエル・カント熊野純彦
○出版: 作品社 (2012/1, 単行本 863ページ)
○定価: 8,400円
○ISBN: 978-4861823589
クチコミを見る



……「きみがそれによって幸福であるにあたいするようになることを為せ」。……(p772)


理性の働きとその限界を明確にし、近代哲学の源泉となったカントImmanuel Kant, 1724-1804)の主著Kritik der reinen Vernunft)。厳密な校訂とわかりやすさを両立する待望の新訳。
ひとが学びうるのは、ただ哲学することのみである。すなわち、理性の才能を、その普遍的原理を遵守しながら、目のまえにある或る種の試行にそくして訓練することだけである。それでもつねに留保されているものがある。そのようなこころみ自身をその源泉について探求し、確証し、あるいは拒否する、理性の権利なのである。――本文より


≪目次: ≫
エピグラム
献辞
凡例

第一版 序文
第二版 序文
第二版 序論
 I 純粋認識と経験的認識の区別について
 II 私たちはある種のア・プリオリな認識を所有し、通常の悟性ですらだんじてそれを欠いてはいない
 III 哲学は、あらゆるア・プリオリな認識の可能性、原理ならびに範囲を規定する、一箇の学を必要としている
 IV 分析的判断と総合的判断の区別について
 V 理性のすべての理想的な学には、ア・プリオリな総合的判断が原理としてふくまれている
 VI 純粋理性の一般的課題
 VII 純粋理性批判という名の、特殊な学の理念と区分
―――――――――――――――――
第一版 序論
 I 超越論的哲学の理念
  分析的判断と総合判断の区別について
 II 超越論的哲学の区分
―――――――――――――――――

I 超越論的原理論
 第一部 超越論的感性論
   §1
  第一節 空間について
   §2 この概念の形而上学的究明
   §3 空間概念の超越論的究明
      右の概念からの結論
  第二節 時間について
   §4 時間概念の形而上学的究明
   §5 時間概念の超越論的究明
   §6 これらの概念からの結論
   §7 解明
   §8 超越論的感性論に対する一般的註解
      超越論的感性論の結語

 第二部 超越論的論理学
  序論 超越論的論理学の理念
   I 論理学一般について
   II 超越論的論理学について
   III 一般論理学を分析論と弁証論に区分することについて
   IV 超越論的論理学を超越論的分析論と弁証論に区分することについて
  第一部門 超越論的分析論
  第一篇 概念の分析論
   第一章 すべての純粋悟性概念を発見する手引きについて
    第一節 論理的な悟性使用一般について
    第二節 §9 判断における悟性の論理的機能について
    第三節 §10 純粋悟性概念すなわちカテゴリーについて
          §11
          §12
   第二章 純粋悟性概念の演繹について
    第一節 §13 超越論的演繹一般の原理について
          §14 カテゴリーの超越論的演繹への移行
    第二節 純粋悟性概念の超越論的演繹〔第二版〕
          §15 結合一般の可能性について
          §16 統覚の根源的‐総合的統一について
          §17 統覚の総合的統一の原則はいっさいの悟性使用の最上の原理である
          §18 自己意識の客観的統一とはなにか
          §19 いっさいの判断の論理的形式は、判断にふくまれている概念が統覚によってうる客観的統一のうちに存する
          §20 いっさいの感性的直観はカテゴリーのもとに立ち、カテゴリーとは、直観の多様なものがそのもとでのみひとつの意識のうちに総括されうる条件である
          §21 注
          §22 カテゴリーは経験の対象に適用される以外には、事物の認識のために使用されることはない
          §23
          §24 感官の対象一般へのカテゴリーの適用について
          §25
          §26 純粋悟性概念の、一般に可能な経験論的使用にかんする超越論的演繹
          §27 悟性概念のこの演繹の成果
             この演繹の簡単な総括
―――――――――――――――――
  〔第一版〕
    第二節 経験の可能性のア・プリオリな根拠について
          予備的な注意
          1 直観における覚知の総合について
          2 構想作用における再生の総合について
          3 概念における再認の総合について
          4 カテゴリーがア・プリオリな認識として可能であることの予備的説明
    第三節 対象一般への悟性の関係と、対象をア・プリオリに認識する可能性について
         純粋悟性概念のこの演繹が正当であり、ただひとつ可能なものであることの要約的な呈示
―――――――――――――――――
  第二篇 原則の分析論
   序論 超越論的判断力一般について
   第一章 純粋悟性概念の図式的機能について
   第二章 純粋悟性のあらゆる原則の体系
    第一節 あらゆる分析的判断の最高原則について
   第二節 あらゆる総合的判断の最高原則について
   第三節 純粋悟性のあらゆる総合的原則の体系的呈示
         1 直観の公理
         2 知覚の予科
         3 経験の類推
           A 第一の類推 実体の持続性の原則
           B 第二の類推 原因性の法則にしたがう時間的継起の原則
           C 第三の類推 交互作用あるいは相互性の法則にしたがう、同時存在の原則
         4 経験的思考一般の要請
           経験論の論駁
           原則の体系に対する一般的注解
   第三章 あらゆる対象一般をフェノメノンとヌーメノンに区別する根拠について
   付録
     反省概念の多義性について――経験的な悟性使用と超越論的な悟性使用の取りちがえから生じるところの
         1 一様性と差異性
         2 一致と対立
         3 内的なものと外的なもの
         4 質量と形式
         反省概念の多義性についての注解
  第二部門 超越論的弁証論
  序論
   I 超越論的仮象について
   II 超越論的仮象のありかとしての純粋理性について
     A 理性一般について
     B 理性の論理的使用について
     C 理性の純粋な使用について
  第一篇 純粋理性の概念について
   第一章 理念一般について
   第二章 超越論的理念について
   第三章 超越論的理念の体系
  第二篇 純粋理性の弁証論的推論について
   第一章 純粋理性の誤謬推論について
         たましいの持続性についてのメンデルスゾーンの証明に対する反駁
         心理学的な誤謬推理の解決の結論
         合理的心理学から宇宙論へと移行するにあたっての一般的注解
―――――――――――――――――
  〔第一版〕
         実体性にかんする第一誤謬推理
         純粋心理学の第一誤謬推理に対する批判
         単純性にかんする第二誤謬推理
         超越論的心理学の第二誤謬推理に対する批判
         人格性にかんする第三誤謬推理
         超越論的心理学の第三誤謬推理に対する批判
         観念性(外的関係の)にかんする第四誤謬推理
         超越論的心理学の第四誤謬推理に対する批判
         以上の誤謬推理にしたがった、純粋なたましい論の総体をめぐる考察
―――――――――――――――――
   第二章 純粋理性のアンチノミー
    第一節 宇宙論的理念の体系
    第二節 純粋理性の背反論
          超越論的理念の第一の抗争
          第一アンチノミーに対する注解
          超越論的理念の第二の抗争
          第二アンチノミーに対する注解
          超越論的理念の第三の抗争
          第三アンチノミーに対する注解
          超越論的理念の第四の抗争
          第四アンチノミーに対する注解
    第三節 これらの抗争における理性の関心について
    第四節 端的に解決されうるはずであるかぎりの、純粋理性の超越論的課題について
    第五節 四つの超越論的理念すべてをつうじて生じる宇宙論的問いの懐疑的な表象
    第六節 宇宙論的弁証論を解決するカギとしての超越論的観念論
    第七節 宇宙論における、理性のじぶん自身との抗争の批判的判定
    第八節 宇宙論的理念にかんする純粋理性の統制的原理
    第九節 あらゆる宇宙論的観念にかんして、理性の統制的原理を経験的に使用することについて
     I 世界全体という現象の合成における、全体性にかんする宇宙論的理念の解決
     II 直観において与えられた全体の分割にさいしての、全体性にかんする宇宙論的理念の解決
       数学的−超越論的理念の解決に対する結びの注、ならびに力学的−超越論的理念の解決への予備的注意
     III 世界のできごとをその原因からみちびき出すさいの、導出の全体性にかんする宇宙論的諸理念の解決
       自然必然性の普遍的法則と統合された、自由による原因性の可能性
       普遍的自然必然性と結合された、自由という宇宙論的理念の解明
     IV その現存在一般という面での、現象の依存性の全体性にかんする宇宙論的理念の解決
       純粋理性のアンチノミー全体に対する結語
   第三章 純粋理性の理想
    第一節 理想一般について
    第二節 超越論的理想(超越論的原型)について
    第三節 最高存在者の現存在を推論する思弁的理性の証明根拠について
          思弁的理性にもとづいて神の現存在を証明する方法はただ三種類のみが可能である
    第四節 神の現存在にかんする存在論的証明の不可能性について
    第五節 神の現存在にかんする宇宙論的証明の不可能性について
          必然的存在者の現存在にかんするいっさいの超越論的証明において、弁証論的仮象を発見し説明すること
    第六節 自然神学的証明の不可能性について
    第七節 理性の思弁的原理にもとづくすべての神学の批判

 超越論的弁証論への付録
     純粋理性の理念の統制的使用について
     人間理性の自然な弁証論の究極的意図について

     
II 超越論的方法論
  第一章 純粋理性の訓練
   第一節 理説的使用における純粋理性の訓練
   第二節 論争的使用にかんする純粋理性の訓練
     自己矛盾のうちにある純粋理性に懐疑論的満足を与えることが不可能であるしだいについて
   第三節 仮説にかんする純粋理性の訓練
   第四節 証明にかんする純粋理性の訓練
  第二章 純粋理性の基準
   第一節 私たちの理性の純粋な使用における究極的目的について
   第二節 純粋理性の究極的目的を規定する根拠である、最高善の理想について
   第三節 思いなすこと、知ること、信じることについて
  第三章 純粋理性の建築術
  第四章 純粋理性の歴史



訳者あとがき (二〇一一年盛夏 熊野純彦)

人名索引
事項索引


[訳者: ] 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県生まれ。1981年、東京大学文学部卒業。東京大学文学部教授。著書、『レヴィナス』『差異と隔たり』『西洋哲学史 古代から中世へ』『西洋哲学史 近代から現代へ』『和辻哲郎』(以上、岩波書店)、『レヴィナス入門』『ヘーゲル』(以上、筑摩書房)、『カント』『メルロ=ポンティ』(以上、NHk出版)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『埴谷雄高』(講談社)、『日本哲学小史』(編著、中央公論新社)ほか。訳書、レヴィナス『全体性と無限』、レーヴィット『共同存在の現象学』(以上、岩波書店)。

イマヌエル・カント 『道徳形而上学の基礎づけ  Grundlegung zur Metaphysik der Sitten, 1785 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2012年) '12/09/10
カント 『純粋理性批判 7654321  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2010〜2012年) '10/02/21〜'12/02/13
カント 『永遠平和のために』(宇都宮芳明 訳、ワイド版岩波文庫、2005年) '08/11/25
カント 『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/09/02

岩崎武雄 『カントからヘーゲルへ』(UP選書、東京大学出版会、1997年) '12/12/31
黒崎政男 『カント『純粋理性批判』入門』(講談社選書メチエ、2000年) '12/10/19
石川文康 『カント入門』(ちくま新書、1995年) '12/10/07
熊野純彦 『カント 世界の限界を経験することは可能か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '12/09/28
坂部恵/佐藤康邦 編著 『カント哲学のアクチュアリティー 哲学の原点を求めて』(黒崎政男/松山壽一/渋谷治美/小田部胤久/勢力尚雅/山根雄一郎/滝沢正之 著、ナカニシヤ出版、2008年) '12/09/21
佐藤康邦 『カント『判断力批判』と現代 目的論の新たな可能性を求めて』(岩波書店、2005年) '12/09/17
村岡晋一 『ドイツ観念論 カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲル』(講談社選書メチエ、2012年) '12/09/06
カント研究会 編、石川求・寺田俊郎 編著 『世界市民の哲学 (現代カント研究12)』(晃洋書房、2012年) '12/05/04
中島義道 『悪への自由 カント倫理学の深層文法』(勁草書房、2011年) '11/11/18
竹田青嗣 『完全解読 カント『実践理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '11/01/05
中島義道 『『純粋理性批判』を噛み砕く』(講談社、2010年) '10/10/26
竹田青嗣 『完全解読 カント『純粋理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '10/06/09
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963.』(國分功一郎 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
中島義道 『カントの自我論』(岩波現代文庫、2007年) '09/06/24
中島義道 『カントの法論』(ちくま学芸文庫、2006年) '09/02/09
中島義道 『カントの人間学』(講談社現代新書、1997年) '09/02/07
中島義道 『カントの時間論』(岩波現代文庫、2001年)'09/01/28
中島義道 『カントの読み方』(ちくま新書、2008年) '09/01/23

熊野純彦 『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波人文書セレクション、2012年) '12/12/30
熊野純彦 『カント 世界の限界を経験することは可能か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2002年) '12/09/28
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに』(講談社選書メチエ、2012年) '12/07/15
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '12/06/17
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '12/06/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





人気ブログランキングへ




本「カント 世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
カント―世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)
カント 世界の限界を経験することは可能か (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 熊野純彦
○出版: 日本放送出版協会 (2002/11, 単行本 125ページ)
○定価: 1,050円
○ISBN: 978-4140093030
クチコミを見る




やっぱり主著としては、『純粋理性批判』ということで、おおかたの意見は一致すると思われる、常識的な線にしたがえば、カントの哲学はなによりもまず批判哲学なのであって、いわゆる三批判書と呼ばれるものこそが、カントの実質的な主著であると考えるのが妥当なところであり、なかでも『純粋理性批判』が主著のなかの主著であることについて、、、とは巻末の読書案内において

第一アンティノミー(「二律背反」)において、テーゼ(肯定的な命題、「定立」)を「世界は、時間的・空間的に有限である。」とし、アンティテーゼ(否定的な主張、「反定立」)を「世界は、時間的・空間的に無限である。」として



世界の始まりをだれも見たことはない。だれも世界の果てを見ることはできない。それでもなぜ、ひとは世界の始まりや果てについて考えてしまうのか。そして、思考の限界をのぞきこむ経験とはいったいどんなものなのか。〈境界〉をめぐるカントImmanuel Kant, 1724-1804)の哲学的思考を鮮やかにとらえる。


≪目次: ≫
序章 青ぞらのはてのはて
1 問いの始まりへ

「ビッグバン」の、そのてまえ/問いの始まり、思考の始まり/有限なじぶんを超えるもの
2 世界の始まりをめぐる思考
拒むことも答えることもできない問い/神、自由、魂の不死、世界の始まり/世界の始まりをめぐる思考

第一章 世界は始まりをもつか?
1 世界の限界をめぐる問いへ

アンティノミーとはなにか/四つのアンティノミー/第一アンティノミー
2 世界は有限か、無限か?
背理法による証明をめぐって/テーゼの証明について/アンティテーゼの証明について
3 過ぎ去った永遠、空虚な時間
テーゼの証明・再考/「無限量」という問題をめぐって/アンティテーゼの証明・再考
4 世界は経験を超えている
超越論的観念論という立場/第一アンティノミーはほんとうの「対立」になっているか/「現象の総括」としての世界
5 世界は有限でも無限でもない
「経験的遡源」という視点/第一アンティノミーの「解決」/カント自身による証明――矛盾対当と弁証論的対当

第二章 神は世界のそとにある?
1 〈見ること〉とその形式

超越論的観念論・再考/超越論的感性論の課題/形式と素材の区別について
2 見えるもの、見えないもの
認識は経験から開始される/空間はア・プリオリな形式である/「現象」と「物自体」の区別、あるいは超越論的観念論
3 時間と空間を超えるもの
超越論的感性論の位置について/超越論的感性論がなぜ重要なのか/「一般的注解」について――神は時空を超越する
4 神の存在は証明できるか?
第四アンティノミー/第三アンティノミーについて/神の存在論的証明をめぐって
5 思考の底知れない裂け目
因果律による証明、目的論的な証明、存在論的な証明/最高存在の独語――「理性の深淵」について/なぜ偶像崇拝が禁止されるのか――「崇高なものへ」

第三章 〈不可能なもの〉をめぐる経験
1 感覚と、感覚を超えるもの

道徳神学の問題――「理想」論から「要請」論へ/『判断力批判』の課題――感性的なものと超感性的なもの/『判断力批判』の構成をめぐって
2 美しいことと気高いこと
「感情的判断力」の問題/「美しいもの」と「崇高なもの」/『美と崇高なものにかんする観察』
3 他のすべてを超えて大きなもの
数学的崇高と力学的崇高の区別/数学的に崇高なもの――比較を絶して巨大なもの/大きさの「感情的な評価」という問題
4 無限なものと〈不可能なもの〉
美と崇高の区別・再考――かたちなきかたち/無限なものの影、〈不可能なもの〉の経験/呈示されえないものを呈示すること――構想力にとっての「深淵」
5 〈境界〉をめぐる思考
大きすぎること、近すぎること、遠ざかりすぎること/崇高と不可能なもの――〈境界〉をめぐる経験/〈境界〉をめぐる思考

カント小伝
読書案内
あとがき (二〇〇二年 秋 熊野純彦)


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年神奈川県生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業。同大学院博士課程単位取得退学。東北大学文学部助教授等を経て、東京大学文学部助教授(を経て、東京大学教授)。専門は倫理学。主な著書に『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房)、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)ほか。


神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに』(大西克智、楠川幸子、村上勝三、上野修 著、講談社選書メチエ、2012年) '12/07/15
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '12/06/17
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '12/06/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(乗立雄輝/小田部胤久/滝口清栄/杉山直樹 著、講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(近藤智彦/土橋茂樹/永嶋哲也/周藤多紀/山本芳久/上枝美典/加藤和哉/藤本温/山内志朗 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 著、講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13

イマヌエル・カント 『道徳形而上学の基礎づけ  Grundlegung zur Metaphysik der Sitten, 1785 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2012年) '12/09/10
カント 『純粋理性批判 1234567  Kritik der reinen Vernunft, 2. Auflage, 1787 』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2010〜2012年) '10/02/21〜'12/02/13
カント 『永遠平和のために』(宇都宮芳明 訳、ワイド版岩波文庫、2005年) '08/11/25
カント 『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』(中山元 訳、光文社古典新訳文庫、2006年) '08/09/02

坂部恵/佐藤康邦 編著 『カント哲学のアクチュアリティー 哲学の原点を求めて』(黒崎政男/松山壽一/渋谷治美/小田部胤久/勢力尚雅/山根雄一郎/滝沢正之 著、ナカニシヤ出版、2008年) '12/09/21
佐藤康邦 『カント『判断力批判』と現代 目的論の新たな可能性を求めて』(岩波書店、2005年) '12/09/17
村岡晋一 『ドイツ観念論 カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲル』(講談社選書メチエ、2012年) '12/09/06
カント研究会 編、石川求・寺田俊郎 編著 『世界市民の哲学 (現代カント研究12)』(晃洋書房、2012年) '12/05/04
中島義道 『悪への自由 カント倫理学の深層文法』(勁草書房、2011年) '11/11/18
竹田青嗣 『完全解読 カント『実践理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '11/01/05
中島義道 『『純粋理性批判』を噛み砕く』(講談社、2010年) '10/10/26
竹田青嗣 『完全解読 カント『純粋理性批判』』(講談社選書メチエ、2010年) '10/06/09
ジル・ドゥルーズ 『カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963.』(國分功一郎 訳、ちくま学芸文庫、2008年) '09/08/11
中島義道 『カントの自我論』(岩波現代文庫、2007年) '09/06/24
中島義道 『カントの法論』(ちくま学芸文庫、2006年) '09/02/09
中島義道 『カントの人間学』(講談社現代新書、1997年) '09/02/07
中島義道 『カントの時間論』(岩波現代文庫、2001年)'09/01/28
中島義道 『カントの読み方』(ちくま新書、2008年) '09/01/23





人気ブログランキングへ





本「西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに (講談社選書メチエ513)」神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
西洋哲学史 3 「ポスト・モダン」のまえに (講談社選書メチエ)
西洋哲学史III 「ポスト・モダン」のまえに (講談社選書メチエ513)

○著者: 神崎繁熊野純彦/鈴木泉 編者、大西克智、楠川幸子、村上勝三、上野修 執筆者
○出版: 講談社 (2012/6, 単行本 400ページ)
○定価: 1,890円
○ISBN: 978-4062585163
クチコミを見る



近世、、、近代へと向かい、古代(ヘレニズム、古典古代の文化におけるギリシア的な要素、とか)を呼び戻し、(もちろん?!、中世は暗黒の時代などではなく)、、、(じっさいなかなかとらえがたい、むつかしいなぁ)、「ポスト・モダン」のまえ


神という絶対的な真理と人間の理性をめぐって、多様な思索が交錯する――。近世に呼び戻されたヘレニズム哲学。デカルト、ホッブズ、スピノザ。そして、アリストテレス哲学の展開からヘーゲル、マルクス、ハイデガーへ。近代へ向かう哲学史の脈動を、鮮やかにとらえた論考を収載。また、シリーズ全4巻の人名・書名総索引を附す。


≪目次: ≫
第III巻 「ポスト・モダン」のまえに

序論 アウグスティヌス主義の射程・素描 熊野純彦
1 対照
2 告白
3 自己
4 懐疑
5 超越
6 交錯

1 ヘレニズム復興 大西克智
1 史実としてのヘレニズム「復興」
「天才の世紀」に先立って/宗教戦争という書割/人文主義の系譜/ヘレニズム三潮流の基本的発想と相互の対立
2 解離する力の喪失から、懐疑する意志の力へ――二つのキリスト教的ストア主義
「摂理」と「運命」、そして「不屈」/思想が耐えるもの/「人間の智慧 sagesse humaine 」を求めて/エポケーから、意志による懐疑へ
3 第十トロポスの行方――《Esprit fort》による懐疑主義
時代の鬼子/第六の対話「神性について De la divinité 」/懐疑主義と無神論
4 原子論の行方――ガッサンディによるエピクロス
「真理とは、私の判断するところ、人間の眼には深く隠されたものなのです」/「非質料的な魂」というスキャンダル
5 結語に代えて――モンテーニュ、あるいは「自然」と「責務」に生じた亀裂
『エセー』におけるヘレニズム思想/自然と摂理/《officium/office》の捩れ

2 近世スコラと宗教改革――ルター主義者とアリストテレス哲学 楠川幸子 宮崎文典・訳

ヤーコプ・シェック(1511-1587)
フィリップ・メランヒトン(1497-1560)
結論

3 デカルトと近代形而上学 村上勝三
1 一七世紀の哲学を考えるために
四つの先入見/「である」(本質 essentia)と「がある」(実在 existentia)/「である is」と「べきである ought」/「理由 reason」と「原因 cause」/「智恵」の探究
2 スアレスと形而上学
「形而上学 metaphysica」という名称の広がり/「形而上学の対象」/「理拠的存在」
3 一七世紀の「形而上学」
エウスタキウスの「形而上学」/デュプレックスの「形而上学」
4 一七世紀「存在論」の流れ
ゴクレニウスの「オントソフィア」/クラウベルクの「存在論」
5 クリスチャン・ヴォルフの存在論
「第一哲学」の特質/スコラ哲学との関係と基礎となる原理/存在についての基礎概念
6 デカルト哲学と形而上学
「形而上学」と「第一哲学」/「形而上学」と「抽象」/「ある」と「知る」/デカルト形而上学の確立/デカルト形而上学の革新性

4 ホッブズとスピノザ――われわれは自分の外にいる 上野修
はじめに――問題としたいこと
準備
1 ホッブズ――われわれはしるしを読まれる物体である

言語の物質性/思考そのものの外在性/物体でなければ対象ではない/われわれは計算する物体である/取り消し不可能なもの
2 スピノザ――われわれは自分を知らない真理である
存在としての真理/幾何学的証明/在ることのすべて/存在と思考の同一性/自分を知らない真理/目をあけて見る夢/倫理的・神学的・政治的
3 国家をめぐって――ホッブズとスピノザ
あたかも……/ホッブズの信約の論理/パラドックス/約束の暴力/スピノザ、群集の力能/だれも身体に何ができるか知ってはいない/虚偽意識の物質性/最高権力を超えるもの/神的暴力と神話的暴力

5 アリストテレスの子供たち――ヘーゲル・マルクス・ハイデガー 神崎繁
序論
はじめに――プロテスタントのアリストテレス/知性における能動と受動/理性の悟性に対する優位とその再逆転
I ヘーゲル(1770-1831)
「精神(Geist)」と「知性(nous)」/「自己意識」と「欲望(Begierde)」/「必要の体系(System der Bedürfnisse)」/「主と奴の弁証法」/ヘーゲルの『魂論』翻訳――同一物の二側面としての「能動/受動」
II マルクス(1818-1883)
原子と自己意識/体系の崩壊から見えるもの/原子と個人、そして「相互的交通」/言語/意味と事物/価値――媒介的関係/マルクスの『魂論』読解――「感覚」の社会性/「財獲得術(ktetike)」から「財産獲得術(chrematistike)」へ――『政治学』第一巻八〜九章/「必要(chreia)」と「交換(allage)」――『ニコマコス倫理学』第五巻五章/「労働力」という考え方/スコラ哲学の「労働観」
III ハイデガー(1889-1976)
ハイデガーのアリストテレスとの出会い/「調整者としての神」と「創造者としての神」/栄光の神学(thologia gloriae)と十字架の神学(theologia crucis)/「力」としての「存在」――ハイデガーの勇み足/隠された自然の開放としての労働/「存在・神・学(Onto-theo-logie)」の自己呪縛/結びにかえて

執筆者紹介

附録 人名・書名総索引


≪編者: ≫ 神崎 繁 (かんざき・しげる) 1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専修大学教授。専攻は、西洋古代哲学、西洋古典学。主な著書に、『プラトンと反遠近法』『ニーチェ――どうして同情してはいけないのか』『フーコー――他のように考え、そして生きるために』『魂(アニマ)への態度』など。

≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。東京大学教授。専攻は、倫理学、哲学史。主な著書に、『レヴィナス』『カント』『ヘーゲル』『差異と隔たり』『西洋哲学史』『埴谷雄高』など。

≪編者: ≫ 鈴木 泉 (すずき・いずみ) 1963年生まれ。東京大学大学院博士課程中途退学。東京大学准教授。専攻は哲学、とくに西洋近世および現代フランス哲学。主な論文に、「ドゥルーズ哲学の生成 1945-1969」「スピノザ哲学と『形而上学的思想』」など、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』など。

≪執筆者: ≫ 大西克智 (おおにし・よしとも) 1970年生まれ。東京大学大学院博士課程を経てパリ第一大学で哲学博士号取得。神奈川大学非常勤講師。主な論文に、“Volonté et indifférence chez Descartes (デカルトにおける意思と非決定)”、共著に『哲学への誘いV 自己』『世界の感覚と生の気分』がある。 〔第1章〕

≪執筆者: ≫ 楠川幸子 (くすかわ・さちこ) 1963年生まれ。国際基督教大学卒業。ケンブリッジ大学科学史科学哲学科博士課程修了。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ・フェロー。科学史家、哲学者。主な著書に、Picturing the book of nature: Image, text, and argument in sixteenth-century human anatomy and medical botany (Chicago: University of Chicago Press, 2012)、The Transformation of Natural Philosophy: the case of Philip Melanchthon. Ideas in Context. Cambridge: Cambridge University Press, 1995. など。 〔第2章〕

≪執筆者: ≫ 村上勝三 (むらかみ・かつぞ) 1944年生まれ。東京大学大学院博士課程人文科学研究科哲学修了。東洋大学教授。専攻は、哲学、倫理学。主な著書に、『デカルト形而上学の成立』『観念と存在――デカルト研究1』『新デカルト的省察』など。 〔第3章〕

≪執筆者: ≫ 上野 修 (うえの・おさむ) 1951年生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。大阪大学教授。専攻は、哲学・哲学史。主な論文に、“Spinoza et le Paradoxe du contrat social de Hobbes: ”, Cahiers Spinoza. no.6, 1991. 著書に『デカルト、ホッブズ、スピノザ――哲学する十七世紀』(『精神の眼は論証そのもの』の文庫化)、『スピノザの世界――神あるいは自然』『スピノザ――「無神論者」は宗教を肯定できるか』など。 〔第4章〕


神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、乗立雄輝/小田部胤久/滝口清栄/杉山直樹 執筆 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、近藤智彦/土橋茂樹/永嶋哲也/周藤多紀/山本芳久/上枝美典/加藤和哉/藤本温/山内志朗 執筆 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 執筆 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01





人気ブログランキングへ






本「西洋哲学史 近代から現代へ (岩波新書1008)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)
西洋哲学史 近代から現代へ (岩波新書)

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2006/9, 新書 292ページ)
○定価: 903円
○ISBN: 978-4004310082
クチコミを見る



疑うことができない、たしかな、ほんとうに確実なこと


はたして「神は死んだ」のか。言葉はどこまで「経験」を語りうるか――デカルト以降の西洋哲学は、思考の可能性と限界とをみつめながら、自然科学の発展や世界史的状況と交錯しつつ展開してゆく。前著『西洋哲学史 古代から中世へ』につづき、哲学者が残した原テクストから思考の流れをときほぐしてゆく、新鮮な哲学史入門。


≪目次: ≫
まえがき
凡例

第1章 自己の根底へ
無限な神の観念は、有限な〈私〉を超えている――デカルト
生の拠りどころ、確実なもの、数学的な真理/兵士デカルト、数学者デカルト/『精神指導の規則』における「直観」と「演繹」/数学へのピュロン主義的懐疑――セクストスからモンテーニュへ/デカルト形而上学の出発点――「コギト」と「永遠真理」/「いっさいを根底から覆す」こと/疑いうるものと、疑うことのできないもの/「思考するもの」と「延長するもの」――デカルトの「二元論」?/デカルトの神、ふたたび/「神なし」ではすまされない――全能の神、あるいは神と慣性

第2章 近代形而上学
存在するすべてのものは、神のうちに存在する――スアレスマールブランシュスピノザ
デカルト哲学をめぐる偶然と必然/デカルト、イエズス会、スアレス/スアレス『形而上学討論集』の意味/マールブランシュ『真理の探究』の課題/感覚の次元をはなれること――「観念」と「イデア」/「私たちはいっさいを神のうちに見る」/スピノザの場合――自己原因であるかぎりで、いっさいの原因である神/神とは自己原因である唯一の実体である/哲学史の余白で――デカルト、スピノザ、ライプニッツ

第3章 経験論の形成
経験にこそ、いっさいの知の基礎がある――ロック
イギリスと大陸の交流と交錯/『人間知性論』の問題設定/デカルトとロック/いわゆる「生得観念」の批判/経験にこそ、いっさいの知の基礎がある/「ホワイト・ペーパー」と「タブラ・ラサ」/「単純観念」と「複合観念」、「第一性質」と「第二性質」/実体概念をめぐって/「同一性」をめぐって

第4章 モナド論の夢
すべての述語は、主語のうちにすでにふくまれている――ライプニッツ
コンピュータ、二進法、神/ひとつの挿話――ヘレンハウゼンの庭で/「個体的実体」とはなにか/モナド論の基礎的視点/理由律、予定調和、最善観/ライプニッツ哲学の性格――多元的なものの調和と、微細なものへの視線/ニュートンとライプニッツ――ライプニッツ/クラークの往復書簡/絶対時間と絶対空間をめぐって/バロックの万能人・ライプニッツ

第5章 知識への反逆
存在するとは知覚されていることである――バークリー
絶対時間・再考/イギリス経験論におけるバークリーの位置/バークリーの微分法批判/バークリーの出発点――『視覚新論』について/モリヌークス問題・再考/『人知原理論』の問題設定――ロック批判の視点から/「存在するとは知覚されていることである」/スウィフトとバークリー

第6章 経験論の臨界
人間とはたんなる知覚の束であるにすぎない――ヒューム
ふたつの「同一性」とその破壊/ヒュームの出発点――perception という語の新たな用法/「観念連合」の原則――類似、近接、因果/因果をめぐる観念の分析――「近接」と「先行」/因果関係の必然性とその源泉――「習慣」と「信念」/「人格の同一」をめぐって/「同一性」概念をめぐって/「ル・ボン」と「ル・サクレ」

第7章 言語論の展開
原初、ことばは詩であり音楽であった――コンディヤックルソーヘルダー
スウィフト、バークリー、ロック/ロック、フランス啓蒙、コンディヤック/ロックとコンディヤック――起源論の困難をめぐって/「恣意的記号」としてのことば/身ぶり言語と音声言語/「モリヌークス問題」別解/コンディヤックとルソー――「欲求」か、「情念」か/南方方言の起源――泉から、恋とことばが生まれた/ヘルダーの言語起源論

第8章 理性の深淵へ
ひとはその思考を拒むことも耐えることもできない――カント
揺れうごくカント像――境界を思考するカント/思考の方向をさだめるもの、カントにおける「前批判期」と「批判期」/『純粋理性批判』の課題設定/素材と形式の区別――時空の超越論的観念性、いわゆる「定言命法」/実体と因果性のカテゴリー――ヒュームとカント/カテゴリーの客観的妥当性の問題/二つの「原則」について――実体と因果性の回復/超越論的弁証法――伝統的な形而上学の解体/最高存在の独語――「理性にとっての深淵」/崇高なもの――「あらわれることなく、あらわれる」ものへ

第9章 自我のゆくえ
私はただ私に対して存在し、しかも私に対して必然的に存在する――マイモンフィヒテシェリング
叡智的なものの困難と、その可能性――カント哲学における物自体と統覚/マイモン『超越論的哲学についての試論』(一七九〇年)をめぐって/意識の自己関係という謎――フィヒテの出発点/反省のアポリアから、知識学の第一根本命題へ/フィヒテの「事行」と、初期ドイツ観念論の出発点/「天才」シェリングの登場/同一哲学の成立――「無差別なもの」の次元

第10章 同一性と差異
生命とは結合と非結合との結合である――ヘーゲル
シェリングとヘーゲルの差異と同一/「同一性と非同一性との同一性」――プラトンとヘーゲル/生命の存在論――ヘーゲル弁証法の原型/同一律と時間性――アリストテレスとヘーゲル/愛という「承認」の原型/他なるものに対する存在/対他存在の謎をめぐって/イエスの運命――ヘーゲルにおける運命観の原型/近代という運命――市場の、無意識で、見とおしえない力

第11章 批判知の起源
かれらは、それを知らないが、それをおこなっている――ヘーゲル左派マルクスニーチェ
ベルリン、一八三一年――ヘーゲル最後の弟子、D・シュトラウス/ベルリン、一八四一年――ヘーゲル左派の「左旋回」と、後期シェリング/フォイエルバッハのキリスト教批判/「天上の批判」と「地上の批判」――青年マルクスの宗教/政治=経済批判/「聖なるもの」をめぐる唯物論――商品論とそのメタファー/かれらは、考えるまえにすでにおこなっていた/関係の存在は意識をあふれ出し、存在が意識を規定する/「神自身が死んでいる」

第12章 理念的な次元
事物は存在し、できごとは生起して、命題は妥当する――ロッツェ新カント学派フレーゲ
ヘンルマン・ロッツェの形而上学/「実在 wirklichkeit」の多義性と「妥当」の次元/新カント学派(西南学派)の出発点――ヴィンデルバント/西南カント学派とグラーツ学派――リッケルトとブレンターノ学派/数学的対象の問題――西南学派の終焉、マールブルク学派の思考/フレーゲ『算術の基礎』の三つの原則/「数の言明は概念の言表をふくんでいる」/一対一対応による基数の定義――0、1、後続

第13章 生命論の成立
生は夢と行動のあいだにある――ベルクソン
ベルクソンの数論について/心的状態の質あるいは強度について/持続の相互浸透――時間、自由、人格/時間という問題、過去と記憶という難問/二種類の記憶、記憶論の二局面――『物質と記憶』をめぐって/レアリテとイデアリテ――生きられた生と、夢みる記憶/「見ること」と生命進化の夢――『想像的進化』・瞥見/ベルクソンの晩年

第14章 現象の地平へ
世界を還元することで獲得されるものは、世界それ自体である――フッサール
フッサールの出発点――「数学」研究者から「数学の哲学」研究者へ/フレーゲとフッサール――理性による構成という視点/『論理学研究』第一巻の登場/『論理学研究」第二巻の問題設定/超越論的現象学の成立――「現象学的還元」について/志向性の意味をめぐって/純粋意識の構造、ノエシスとノエマ/晩年のフッサール

第15章 語りえぬもの
その書は、他のいっさいの書物を焼きつくすことだろう――ハイデガーウィトゲンシュタインレヴィナス
存在と存在者との差異、フッサールとハイデガーとの隔たり/世界内存在と「ひととしての自己」/現存在の情態性――不安、死、無、民族の生起/語りえぬものへの、秘かな共感――『論考』公刊後のウィトゲンシュタイン/思考の限界、言語の限界――『論考』の基本思想/語りうるもののかなた――倫理と神秘/「倫理学講話」、「絶対的価値」、「言語ゲーム」/第二次大戦後のハイデガー批判/存在するとはべつのしかたで――存在論的差異のかなたへ

あとがき (二〇〇六年 逝く夏に 熊野純彦)
関連略年表/邦語文献一覧/人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県に生まれる。1986年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専攻、倫理学、哲学史。東京大学助教授(を経て、東京大学教授)。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『カント』(NHK出版)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『メルロ=ポンティ』(NHK出版) 、『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)。

熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '12/06/14
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





人気ブログランキングへ



本「西洋哲学史 古代から中世へ (岩波新書1007)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)
西洋哲学史 古代から中世へ (岩波新書1007)

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2006/4, 新書 290ページ)
○定価: 903円
○ISBN: 978-4004310075
クチコミを見る



じっさい、あらためて読み直しておきたいと思うような本はいろいろいろいろあるのだけれども、あのときにはピントがあうことがなくって、なんのことやらよく分からないままに、およそ多くの本がいまでもほとんどがそうなんだけれども、ぼくは貧乏性だからね、モッタイナイことは受け容れ難いガマンならない、そう、よく分からないままに文字を追って最後まで一冊の本を読み終えることは、ぼくにとっては重要な意味がある行為で、モチロン分かりたいと思って読むのであって、ぼくがその記述内容を分かりたいと思うような本以外は手に取ることはないのだから、はたまた星の数ほどある数多の本の中からなんらかの縁があって(たまたま偶然、ほぼ奇蹟的とも思えるような確率で)ぼくが読むにいたった引き合わされた本だからね、カンタンに分かっちゃうような薄っぺらな内容の本をチョイスしてしまうことの方が、ぼくはむしろ避けたいと思う、、、で、ひとつには、あと1カ月と少しで7月下旬から8月初頭までの期間にやってくる大学生生活の3年目1学期、ぼくの第5学期目の単位認定試験(全9科目)が、チラチラチラチラビシバシと気にならないものでもなくってね、教科書(テキスト)読んで授業を受講して課題テストを提出して、どうにもそれだけではぼくの理解は満たされることがなくって、ある側面では単位認定試験を合格すればいいのだから、要領よく的を絞って試験対策に注力する方法が考え方があって、また他方では試験の合格をそれだけを目的としたくない、などとどうにもメンドクサイことを考えないことはない


あらゆる思考の出発点に、哲学者そのひとの経験があり、論理を紡ぐ言葉がある――やわらかな叙述のなかに哲学者たちの魅力的な原テクストを多数ちりばめつつ、「思考する」ことそのものへと読者をいざなう新鮮な哲学史入門。本書では古代ギリシアと中世が、続巻ではさらに近代から現代の哲学があつかわれる。


≪目次: ≫
まえがき
凡例

第1章 哲学の始原へ
いっさいのものは神々に充ちている――タレスアナクシマンドロスアナクシメネス
海と空が番うところ/アリストテレスの証言/なにかそれを問うこと/世の移ろいを超えたもの/「たましい」と「無限なもの」/アペイロン(無限なもの)/不生にして不死なるもの/世界への問いと、人間への問い

第2章 ハルモニアへ
世界には音階があり、対立するものの調和が支配している――ピタゴラスとその学派、ヘラクレイトスクセノファネス
輪廻というリアリティ/万物は数である/ピタゴラス数と、フェルマーの最終定理/炎の不可思議/「闇いひと」、ヘラクレイトス/ロゴスをめぐる経験/ひとつの、おなじもの

第3章 存在の思考へ
あるならば、生まれず、滅びない――パルメニデスエレアのゼノンメリッソス
思考を紡ぐ文体/パルメニデスはなぜ哲学詩を残したか/あるとし、あらぬということはありえないとする道/あるならば、生まれず、滅びない/「多」はありえず、「動」もまたありえない/無限と無限とを対応させること/運動は不可分であるか/運動のためには空虚が存在しなければならない

第4章 四大と原子論
世界は愛憎に満ち、無は有におとらず存在する――エンペドクレスアナクサゴラスデモクリトス
おなじものが変化するということのふしぎ/エンペドクレスによる応答/エンペドクレス、アナクサゴラス、ソクラテス/アナクサゴラスによる回答/古代原子論の登場/あらぬものはあるにおとらずある/デモクリトスとエピクロス/「エレアからの客人」――プラトンにおける「無」の問題

第5章 知者と愛知者
私がしたがうのは神に対してであって、諸君にではない――ソフィストたち、ソクラテスディオゲネス
啓蒙思想家としてのソフィスト/「人間は万物の尺度である」――プロタゴラス/戯画化されたソフィストと、哲学者としてのソフィスト/「なにも語ることはできない」――ゴルギアス/野蛮へと反転する啓蒙/ソクラテスというひと/「知らないことを知らないと思っている」/「無知の知」?/エレンコス(論駁的対話)の実例/ダイモン的なものと神/「狂ったソクラテス」――樽のなかのディオゲネス

第6章 イデアと世界
かれらはさまざまなものの影だけを真の存在とみとめている――プラトン
彫像とイデア――あるいは、プラトンと造形美術/いわゆる「イデア論」について――かたちそれ自体は不可視である/「なんであるか」と「まさにそのものである」――ソクラテスとプラトン/「探求のアポリア」と「想起」説/「ひとしさ」であることそのもの/「かれらは、たださまざまなものの影だけを真の存在とみとめている」/中期プラトンの夢と逆説――いわゆる「哲人政治」について/『パルメニデス』篇の謎/「一」(ト・ヘン)、「同」(ト・アウト)、「異」(ト・ヘテロン)/「一」と「多」をめぐって/最後のプラトン――夢は見果てられたか?

第7章 自然のロゴス
すべての人間は、生まれつき知ることを欲する――アリストテレス
「アリストテレスの提灯」と「マンティコラス」/プラトンとアリストテレス、アリストテレスとアレクサンドロス/自然のロゴス/運動の原理としての自然/「質料・形相」論、「四原因」論、「可能態・現実態」論/自然と人為をむすぶもの/目的論的な世界像/「エートス」という第二の自然――もうひとつの「自然と人為」/「存在としての存在」を問うこと――『形而上学』の問題設定/不動の動者――アリストテレスの神と、プラトンへの回帰/「アテナイがふたたび哲学を冒涜することがないように」

第8章 生と死の技法
今日のこの日が、あたかも最期の日であるかのように――ストア派の哲学者群像
ヘレニズム期アテナイの市街図/ストア学派研究の困難をめぐって/ストア学派のゼノン/ストア学派の論理学/「表示されるもの」――意味と指示/ストア学派の自然学/ストア学派の決定論/ストア学派の倫理学/「戴冠せるストア主義者」/生と死の技法――現在という永遠

第9章 古代の懐疑論
懐疑主義とは、現象と思考を対置する能力である――メガラ派アカデメイア派ピュロン主義
「方法的懐疑」(デカルト)のみなもと/哲学そのものとしての「スケプシス」/ドグマティコイとスケプティコイ、体系化と体系批判者/小ソクラテス派、とくにメガラ派について/アカデメイア学派の転回――アカデメイア派の懐疑主義/アルケシラオスのストア学派批判/ピュロン主義者たち――ピュロン、ティモン、アイネシデモス、アグリッパ/トロポイの例――第一のトロポスから第五のトロポス/第六のトロポスから第十のトロポス、新たなトロポス/数学への批判――点は存在するか、二は存在するか?/懐疑論の意義と限界

第10章 一者の思考へ
一を分有するものはすべて一であるとともに、一ではない――フィロンプロティノスプロクロス
「哲学者の神」と「アブラハムの神」/フィロンのプラトン的聖書解釈――「二段階創造説」について/創造論と時間論の交点/キリスト教徒フィロン? 新プラトン主義者フィロン?/「ひとつ」であること/一を分有するものはすべて一であるとともに、一ではない/プロティノスにおける三つの原理――「一者」「たましい」「知性」/一者は存在よりも先なるものである/新プラトン主義とその周辺

第11章 神という真理
きみ自身のうちに帰れ、真理は人間の内部に宿る――アウグスティヌス
ある喪失の経験/存在者への愛、真理への愛/遍歴と回心/修辞、信仰、思考/アウグスティヌスの懐疑論批判/「方法的懐疑」の原型?――アウグスティヌスとデカルト/「ひとしくある」ものと、「ひとつである」もの・再考/内面への還帰と、自己の超越/理性の超克と神への超越/過ぎゆくものと、過ぎゆきはしないもの/アウグスティヌスの時間論/神と永遠をめぐる思考

第12章 一、善、永遠
存在することと存在するものとはことなる――ボエティウス
『哲学の慰め』の特異性について/ポルフュリオス『イサゴーゲー』と、ボエティウスによるその註解/ボエティウスといわゆる「普遍論争」/存在することと存在するものとの「存在論的差異」?/Id quod est の両義性と、トマスの理解/存在者は被造物であることによって善である/時間と永遠――とどまる「いま」が永遠をつくる

第13章 神性への道程
神はその卓越性のゆえに、いみじくも無と呼ばれる――偽ディオニシオスエリウゲナアンセルムス
中世期における複数形のルネサンス/カロリング・ルネサンスの「人文主義」/偽ディオニシオス文書と、いわゆる「神秘主義」の系譜/エリウゲナの『ペリフュセオン』/神はその卓越性のゆえに、無と呼ばれる/神にとっては闇も光もことなることがない/アンセルムスによる言語分析について/アンセルムスによる神の存在論的証明

第14章 哲学と神学と
神が存在することは、五つの道によって証明される――トマス・アクィナス
「純潔」の理性的な価値について/十字軍と、いわゆる「ラテン・アヴェロイスト」/アリストテレス『デ・アニマ』の一論点をめぐって/世界の永遠性をめぐって/神の存在は、証明が必要であり、また可能である/神の存在は五つの道によって証明される/トマスによる神の存在証明一――第一から第三の道まで/トマスによる神の存在証明二――第四の道と第五の道と、異論への反論/改革派トマス、論争家トマス/「比例の類比」から「存在の類比」へ/「存在の類比」から「存在の分有」へ/「存在の分有」から「神による創造」へ

第15章 神の絶対性へ
存在は神にも一義的に語られ、神にはすべてが現前する――スコトゥスオッカムデカルト
永遠という問いについて/スコトゥスのアンセルムス理解について/「存在の類比」と「存在の一義性」/存在の一義性と、超越概念としての存在/存在の一義性の意味/ドゥルーズのスコトゥス解釈/オッカム・一面/「神の予定」という問題と、「未来偶然命題」という問題/人間の時間、神の永遠/デカルトの永遠真理創造説をめぐって

あとがき (二〇〇六年 春三月 熊野純彦)
関連略年表/邦語文献一覧/人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県に生まれる。1986年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専攻、倫理学、哲学史。東京大学助教授(を経て、東京大学教授)。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『カント』(NHK出版)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『メルロ=ポンティ』(NHK出版)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)。

神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道』(講談社選書メチエ、2012年) '12/05/16
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01
熊野純彦 編 『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書、2011年) '11/07/14
熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦 編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦 編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





人気ブログランキングへ





本「西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道 (講談社選書メチエ514)」神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
西洋哲学史 4 「哲学の現代」への回り道 (講談社選書メチエ)
西洋哲学史IV 「哲学の現代」への回り道 (講談社選書メチエ514)

○著者: 神崎繁熊野純彦/鈴木泉 編者、乗立雄輝/小田部胤久/滝口清栄/杉山直樹 執筆者
○出版: 講談社 (2012/4, 単行本 368ページ)
○定価: 1,890円
○ISBN: 978-4062585170
クチコミを見る



ぼくの大学生生活は3年目で、ベンキョウはそれなりに(などというレヴェルではなく、かなり)むつかしい、ジッサイ、哲学の科目をぼちぼち選択しはじめていて、前学期には「功利主義と分析哲学――経験論哲学入門」の単位認定試験を落第して今学期にリトライ、2回まではチャンスは与えられて、しかし3度目はない(そうして「日本美術史」は前前学期と前学期に努力むなしく2回落第して、アウト。悔しいけれども仕方がない、先のオタノシミで卒業するまでにリベンジだ)、さらに今学期は「西洋哲学の誕生」「実存と現象学の哲学」「日本の思想」と、哲学系の科目をちょっと欲張って(ガンバって)選択したことを、その今年2月ころの心意気を(後悔なんかするもんか!!?)、いま課題(単位認定試験の受験資格を獲得するために提出すべき小テスト)に取り組んでいるんだけれども(6月初旬が提出期限、計画的に早目に片づけてしまいたいと思っているんだけれども、遅々として、ある意味では予定通りに、進行しない)、マジ(本気)で頭を抱えている、ちいさくないモンダイ、気が重い、むつかしい、よく分からない(ワラウシカナイ、ハハハハハァアァ)、、、他にも、世界の歴史としては「中国社会の歴史的展開」とか「イスラーム世界の歴史的展開」でしょ(前前学期に「日本古代中世史」を、前学期に「ヨーロッパの歴史と文化――中世から近代」と「北東アジアの歴史と朝鮮半島」を、どうにかこうにか単位認定試験を合格して単位取得している)、古典文学としては「日本の古典――古代編」とか「日本文学の読み方」ね、そして、「初歩のアラビア語」(英語、ドイツ語、フランス語、中国語につづいて3年目にして5つ目、新たには4つ目の外国語は、いずれも中途半端ながら、入門編のIとIIの単位認定試験を合格して単位取得している)、、、そう、とくに近道する気は、ぼくにはそんな要領よく立ち回ることはできないから(これまでながくなんどもなんども上手く立ち回りたいと試みつづけてきて、いよいよもって自覚するにいたった、ものなのかどうなのか)、ヘタクソは下手くそなりに、しかし、他人に相談することが苦手(できない)なのはキツイとは自分でもつくづくイヤになることしきりで、フツーに回り道をして(避けることができない)、他の多くの人よりもスタートラインが明らかに後方からで、余計な行程(作業量)が多くって、なにより歩みは遅い、それがぼく、だれでもなく〈ぼく〉だ


オッカムロックヒューム唯名論と、パースホワイトヘッド実在論カント弁証論ヘーゲルの弁証法。ラヴェッソンベルクソン……。多様な視角から、「哲学の現在」への道標を照射する、シリーズ第IV巻!


≪目次: ≫
序論 ふたたび、哲学と哲学史をめぐって 熊野純彦
1 文明開化の風景
2 哲学研究の黎明
3 文献学か哲学か
4 哲学史と哲学と
参考文献

1 オッカムからヒュームへ 乗立雄輝
1 存在への問い――ブリティッシュ・ノミナリズムの系譜
ホワイトヘッドが見出したロックの〈形而上学〉/ブリティッシュ・ノミナリズムとアメリカン・リアリズム/認識の起源を問うという「倒錯」
2 アメリカン・リアリズムによる批判と継承――〈習慣〉をめぐる問題
ヒュームとパースにとっての〈習慣〉/オッカムにとっての〈習慣〉(habitus)/オッカムとヒュームの並行関係――〈可知的形象〉と〈必然的結合〉の否定によって要請される〈習慣〉/オッカムとヒュームがともに前提しているもの
3 〈関係〉の実在性をめぐる問題――オッカムの剃刀によるカテゴリーの縮減
ロックの〈関係〉概念/〈関係〉の実在性の否定――〈単意語/併意語〉というオッカムの剃刀/単意語――単純観念――実在性本質/併意語――複合観念――唯名論本質/オッカムによるカテゴリーの縮減――言語の表象能力/バークリ、ヒュームの「代表説」とオッカムの〈単純代表〉の論理/オッカムの「単純代表」――〈個物〉としての概念/バークリとヒュームの〈観念〉とロックの〈観念〉との相違
4 観念の道――〈実体〉への問い
思考を不可能にする異種なるものの集合としての〈観念〉/〈形象〉と〈観念〉――トマス・リードの「観念説」批判/オッカムとロックをつなぐミッシング・リンク――ビュリダンにおける感覚的表象としての〈可知的形象〉/ビュリダンのノミナリズム――代表と併意の変容/ラックスの誤解が与える示唆――ビュリダンが提示しようとした新しい存在のカテゴリー/ビュリダンとロックによる〈実体〉再定義の試み/ブリティッシュ・ノミナリズムの帰趨とアメリカン・リアリズムの生成――〈観念〉から〈記号〉へ
参考文献

2 ライプニッツからバウムガルテンへ――美的=感性的人間(ホモ・エステティクス)の誕生 小田部胤久
一 認識の階梯/二 普遍的記号法/三 思惟と意識/四 微小表象/五 心理学/六 仲介者/七 美学の誕生/八 外延的明晰性と美的真理/九 魂の根底/一〇 残照
註/引用文献/参考文献

3 ふたつの Dialektik をめぐって――カントの弁証論とヘーゲルの弁証法 熊野純彦
1 カントとヘーゲルのあいだ
カントとヘーゲルの距離をめぐって/空間的移動と時間的間隔について/ふたつのDialektikをめぐって
2 論理学の理念と区分
カントの論理学観について/ヘーゲルの論理学観と、カントの「超越論的論理学」/カントの真理観をめぐって/超越論的論理学とその前提/論理学における「分析論」と「弁証論」との区別/「純粋理性批判」の課題と「理性の宿命」
3 現象と物自体、あるいはフェノメノンとヌーメノン
真理の静謐な王国と、荒れ狂くるう仮象の大海/直観とその「形式」をめぐって/「空間」のア・プリオリ性と必然性とについて/「現象と物自体」をめぐる第一の規定/いわゆる「超越論的観念論」の成立/「純粋悟性概念の超越論的演繹」について/「フェノメノン」と「ヌーメノン」の区分にかんして/「知性的直観」の否定と神の存在様式
4 超越論的弁証論の構成と第一アンチノミー
アンチノミーに対するヘーゲルの評価をめぐって/アンチノミーをめぐるカントとヘーゲル/『純粋理性批判』におけるアンチノミー論の位置について/超越論的弁証論の構成と内容/第一アンチノミーをめぐるカントの所論/ヘーゲルの視点(一)――ゴルギアスという原型/ヘーゲルの視点(二)――テーゼ、アンチテーゼの証明をめぐって/ヘーゲルの視点(三)――第一アンチノミーへの包括的認定をめぐって
5 第二アンチノミーと合理的心理学の批判
「条件づけられたもの」と「無条件的なもの」/第一アンチノミーから第二アンチノミーへ/第二アンチノミーをめぐるカントの所論/第二アンチノミーと合理的心理学の「誤謬推理」との関連について/第二アンチノミーへのヘーゲルの視点/第二アンチノミーをめぐるヘーゲルの包括的認定/エレア学派とアリストテレスへの回帰/思考する「私」という問題/合理的心理学の批判と、カントの「誤謬推理」論/カントとヘーゲルをへだてるもの――フィヒテの「第一根本命題」とドイツ観念論の成立
6 第三アンチノミーから神の存在証明へ
「超越論的な対象X」をめぐって/ふたつのXと不可知な次元――ヤコービの批判/「超越論的統覚」と「物自体」をめぐって/「数学的アンチノミー」と「力学的アンチノミー」の区別/第三アンチノミーをめぐる問題/ヘーゲルの視点――自由と必然との交互作用へ/「超越論的自由」から「実践的自由」へ/第四アンチノミーがふくむ論点について/「純粋理性の理想」と神の存在論的証明をめぐって/「人間理性の真の深遠」と神の痕跡/後期シェリングへと架橋するための小括
参考文献

4 同一哲学から積極哲学へ――シェリングの思索の軌跡 滝口清栄
1 青年哲学者シェリングと時代精神
哲学革新の旗手として/隠棲、そして公的舞台へ――積極哲学の構想をかかげて/哲学界の趨勢――カント哲学の完成をめざして/フィヒテの自我論をふまえて――無制約者としての絶対自我
2 自然は内的産出の原理をもつ――自然哲学の創始者
自然は見える精神――自然哲学の創設/自然哲学は無制約者から出発する/進展は根源的な産出性と所産の二面性に生じる
3 同一哲学の構想
主観的なものから出発して、その客観化を扱う――『超越論的観念論の体系』/知識の体系の推進力――純粋生産作用としての自我/感覚から、自分自身の生産作用の直観へ――理論哲学/自由な行為とその実現――実践哲学/絶対的同一性から出発して――同一哲学の構想/有限なものは量的差別による
4 シェリング社会哲学の座礁――マイナス価値としての近代
権利概念は自己解体する、あるいは国家は窮状から生まれる/近代の不在――ヘーゲルとの相違点
5 絶対者と神、宗教的思索への傾倒
神としての絶対者、そして有限なものとの関係――「離反」、「堕落」/有限なものの起源は、絶対者の自己分析(汎神論)ではなく、「対像」にある/みずからの実存とその根底(自然)を同時にもつ神/悪の根は、神のうちなる自然、根底にある/神は受難・悪を通して、最高の人格性となる
6 積極哲学の構想とヘーゲル哲学批判
存在の主としての自由な神――哲学的経験論は超経験的なものへと導く/シェリングのヘーゲル哲学批判――論理的理念の「自己外化」/積極哲学は純粋な現実性=神を出発点とする
7 シェリングとヘーゲル、そしてヘーゲル左派
問題――シェリングとヘーゲル/思想空間の変動――ヘーゲル左派とキリスト教批判
註/参考文献

5 思考と動くもの――「フランス・スピリチュアリスム」をめぐって 杉山直樹
はじめに――問題としての「思考と動くもの」
1 ラヴェッソンにおける「自然」の哲学
「フランス・スピリチュアリスム」(1)/『習慣論』(1838年)/出発点――アリストテレス形而上学/ドイツ観念論とライプニッツの影/メーヌ・ド・ビランの哲学/メーヌ・ド・ビランによるライプニッツ/アリストテレス哲学の力動論的展開/クーザンの「理性」概念/シェリングからの批判と「ディアレクティック」への放棄/『習慣論』――「習慣は第二の自然である」/習慣は何を果たしているのか/自発性としての自然/「実体的観念」としての習慣、そして自然/ラヴェッソン的「自然」と目的論/個体化する力の目的論
2 精神の変貌――ベルクソン
「フランス・スピリチュアリスム」(2)/ベルクソンの「知性」論/人間知性が生み出す形而上学/擬似観念の批判から生成の肯定へ/創造としての自由
結び――あらためて、「思考と動くもの」
註/参考文献

あとがき 熊野純彦 (編者三名を代表して 二〇一二年 春三月)


執筆者紹介


≪編者: ≫ 神崎 繁 (かんざき・しげる) 1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専修大学教授。専攻は、西洋古代哲学、西洋古典学。主な著書に、『プラトンと反遠近法』『ニーチェ――どうして同情してはいけないのか』『フーコー――他のように考え、そして生きるために』『魂(アニマ)への態度』など。

≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。東京大学教授。専攻は、倫理学、哲学史。主な著書に、『レヴィナス』『カント』『ヘーゲル』『差異と隔たり』『西洋哲学史』『埴谷雄高』など。

≪編者: ≫ 鈴木 泉 (すずき・いずみ) 1963年生まれ。東京大学大学院博士課程中途退学。東京大学准教授。専攻は哲学、とくに西洋近世および現代フランス哲学。主な論文に、「ドゥルーズ哲学の生成 1945-1969」「スピノザ哲学と『形而上学的思想』」など、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』など。

≪執筆者: ≫ 乗立雄輝 (のりたて・ゆうき) 1968年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科基礎文化研究哲学専門博士課程中退。四国学院大学教授。専攻は、哲学・倫理学・記号論。主な論文に、「世界はなぜ、このように存在しているのか――不確定性の形而上学」「根拠なく受け入れねばならない事実について」「事物の枯死しない根――ノミナリズムとリアリズムの〈あわい〉」など。共著に『叢書 哲学への誘い』がある。 〔第1章〕

≪執筆者: ≫ 小田部胤久 (おたべ・たねひさ) 1958年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科美学芸術専門課程博士課程修了。東京大学教授。専攻は、美学、芸術学。主な著書に、『象徴の美学』『芸術の逆説――近代美学の成立』『芸術の条件――近代美学の境界』『西洋美学史』『木村素衞――「表現愛」の美学』など。 〔第2章〕

≪執筆者: ≫ 滝口清栄 (たきぐち・きよえい) 1952年生まれ。法政大学大学院博士課程(哲学)単位取得退学。博士(文学)。法政大学、駒澤大学講師(非常勤)。専攻は、哲学・思想史。主な著書に、『ヘーゲル「法(権利)の哲学」』『マックス・シュティルナーとヘーゲル左派』、編著に、『ヘーゲル 現代思想の起点』『共生のスペクトル』、編訳に、『越境する環境倫理学』など。 〔第4章〕

≪執筆者: ≫ 杉山直樹 (すぎやま・なおき) 1964年生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。学習院大学教授。専攻は、フランス哲学・19世紀思想史。著書に『ベルクソン 聴診する経験論』、共著に『哲学の歴史』(第8巻、別巻)、『ベルクソン読本』『西洋哲学の10冊』など。 〔第5章〕


神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、近藤智彦/土橋茂樹/永嶋哲也/周藤多紀/山本芳久/上枝美典/加藤和哉/藤本温/山内志朗 執筆 『西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/05
神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 執筆 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01





人気ブログランキングへ





本「西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯 (講談社選書メチエ512)」神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
西洋哲学史 2 「知」の変貌・「信」の階梯 (講談社選書メチエ)
西洋哲学史II 「知」の変貌・「信」の階梯 (講談社選書メチエ512)

○著者: 神崎繁熊野純彦/鈴木泉 編者、近藤智彦/土橋茂樹/永嶋哲也/周藤多紀/山本芳久/上枝美典/加藤和哉/藤本温/山内志朗 執筆者
○出版: 講談社 (2011/12, 単行本 456ページ)
○定価: 1,995円
○ISBN: 978-4062585156
クチコミを見る



ことばの意味(定義)をおぼえなくっちゃいけないんだろうけれども、短気でメンドくさがり屋で(そんなイイワケってないだろうなぁ)、だからよく分からなくってイライラしながらも、それでもよく分からないままに前後の文脈からのたしょうの分断があったとしても(だから物語はニガテ)、、、たとえば、ホントにタイセツなことがらならば、そのうちにはなんどか登場してきて、たちあらわれて♪、、、また逆にそれ以降にぼくの目前に登場しない(気がつかずに通りすぎてしまうようなことも少なくないだろう)ことがらは、いま(そのとき)のぼくには縁がなかった必要とされないそのレベルにない(お呼びでない、場違い)などとも言い得る(解釈してよい)ものなのかどうなのか

ヘレニズムとヘブライズムとかって、そのことばが登場するときにはもうすでにフツーにみんな知っているでしょ、ってなところからはじまっていて、それってどういうこと(意味、定義)ですかぁ?、などと聞いて質問しようものならば、怪訝な顔をされてさらに難解な言説による解説が展開されてますますドツボにはまってしまいそうな雰囲気をかんじてしまうようなぼくのヘナチョコ腰抜け、コンプレックス、、、
んで、だからそんなモヤモヤした気持ちは、第1章の「ヘレニズム哲学」のタイトルからすでにむくむくと、さらに第2章は「教父哲学」、まさにキョーフおそれおののき腰がひける、が、“はじめに”でいきなり、ルビがふってあって、「ヘレニズム」を「古代ギリシア出自の哲学」、「ヘブライズム」を「キリスト教思想」としてあって(P.98)、とりあえずのとりつく島、足がかり手がかりみたいなところのモノがたちあらわれて、なんとかどうにかこうにか溺れることはなく、ただただぶらぶらゆらゆらとただよう
どうやら、ぼくのめのまえに、このところなんどもなんどもことあるごとにたちあらわれる、中世♪♪



神と存在と言語と…… 哲学史を変える哲学史! 中世哲学を鮮烈に読み直す

中世哲学とは、複数のルネサンスのくり返しであった――。三位一体論とはなにか。一なる神の本質と三つの位格とは。イスラーム哲学とキリスト教世界の交錯とは。アウグスティヌストマス・アクィナスを大きな峰としながら、複数性、脱中心性、多文化性を特色とするその多様な思考の世界を、「再開の哲学」として再構成する、意欲的な試みの第II巻!


≪目次: ≫
第II巻 「知」の変貌・「信」の階梯

序論 再開の哲学  鈴木泉
1 創設の哲学、再開の哲学
2 中世哲学という呼称とその問題性――複数の再開へ――
3 幾つもの「ルネサンス」――再開/媒介の哲学としての「中世哲学」――
4 共有される問い問い、神という装置、そして、あらためて二つの事例

1 ヘレニズム哲学  近藤智彦
序     哲学とその時代/哲学とその分野
1 人物と資料    エピクロス派ストア派アカデメイア派
2 認識論――感覚と知識――    エピクロス派/ストア派/アカデメイア派
3 自然学――神と人間――    エピクロス派/ストア派/アカデメイア派
4 倫理学――幸福と正義――    エピクロス派/ストア派/アカデメイア派

2 教父哲学  土橋茂樹
はじめに
1 キリスト教信仰とギリシア哲学の関係
2 バシレイオス――一つのウーシア・三つのヒュポスタシス    ウーシアとヒュポスタシス/二つのエピノイア論/プロティノスを介して力動的ウーシア観へ
3 ナジアンゾスのグレゴリオス――本性(フユシス)の言説(ロゴス)と〈オイコノミア〉の言説    神の本質・実体(ウーシア)と力(デュナミス)/本性(フユシス)と言説(ロゴス)と〈オイコノミア〉の言説
4 ニュッサのグレゴリオス――一つの力(デュミナス)と一つの意志    「デュミナス」論の展開/固有名の問題/.潺襪らフレーゲへ/▲▲螢好肇謄譽后伸ストア派の固有名理論/ず討咫惱餞福抻鞍へ/神的本性の不可分性と不可知性/意志の統一
5 アウグスティヌス――一つの本質(エッセンティア)・三つのペルソナ    神への述語付けの体系(カテゴリー)/類としてのペルソナ/アウグスティヌスは親ニカイア派か?

3 中世の言語哲学  永嶋哲也(1〜4節)・周藤多紀(5〜7節)
序 中世における言語哲学
1 アウグスティヌス    1.1 アウグスティヌスの言語思想よその背景/1.2 「作為的記号」としての「言葉」/1.3 もう一つの「言葉」:「内的言葉」
2 ボエティウス    2.1 意味論の歴史におけるボエティウスの位置/2.2 ボエティウスの表示理論/2.3 ボエティウスによる「文の部分」の分類
3 プリスキアヌス    3.1 プリスキアヌスの文法理論と彼の言語哲学/3.2 プリスキアヌスの品詞分類
4 総括:中世の言語哲学と三つの伝統
5 八〜一〇世紀    5.1 自由七科と言語系三科/5.2 アルクイヌス
6 一一〜一二世紀    6.1 旧論理学/6.2 普遍論争/6.3 唯名論以前の唯名論/6.4 存在論的態度表明(オントロジカルコミットメント)
7 一三〜一五世紀    7.1 文法学の思弁化/7.2 代表理論と唯名論の内心化/7.3 精妙化と煩瑣化

4 イスラーム哲学――ラテン・キリスト教世界との交錯  山本芳久
序    「西洋哲学」と「イスラーム哲学」/「ファルサファ」/翻訳活動/本章の構成
〔I〕 イスラーム哲学の形成
〔I-1〕 キンディー(801頃〜866頃)――最初のムスリム哲学者    キンディー・サークル/第一哲学/ラテン世界への影響
〔I-2〕 ファーラービー(870頃〜950)――「第二の師」    知性論/宗教論/政治哲学/後代への影響
〔I-3〕 イブン・シーナー(アヴィセンナ)(980〜1037)――イスラーム世界最大の形而上学者    ラテン世界におけるアヴィセンナとアヴェロエス/霊魂論/形而上学/形而上学の主題/「必然的存在」と「可能的存在」/「存在」と「本質」の区別/ラテン・キリスト教世界への影響関係/「東方哲学」
〔I-4〕 ガザーリー(1058〜1111)――哲学批判    哲学的哲学批判/因果律批判/ラテン世界への影響関係
〔II〕 アンダルスの哲学
〔II-1〕 イブン・バーッジャ(1085/90〜1139)――人間霊魂と能動知性との結合    『孤独者の経綸』/『知性と人間の結合』
〔II-2〕 イブン・トゥファイル(1110頃〜1185)――哲学的寓意小説    『ヤクザーンの子ハイイの物語』のあらすじ/寓話の意味するもの――哲学と宗教の究極的一致と現実的分裂
〔II-3〕 イブン・ルシュド(アヴェロエス)(1126〜1198)――クルアーンと哲学の調和    波乱に富んだ生涯/アリストテレス注解/知性論/『決定的論考』――啓示的法と理性との調和/人間三段階説/ファーラービー宗教論との相違/「啓示的法」と「哲学」との交錯関係/ラテン世界のイスラーム哲学受容の問題点
〔III〕 東方イスラーム世界における哲学――哲学と神秘主義の融合
イブン・アラビースフラワルディーイスファハーン学派――ミール・ダーマード、ムッラー・サドラー/トゥーシー

5 盛期スコラトマス  上枝美典
第一動者/不可逆性原理/タイプの遡行/評価/物体/質料形相論/排他原理/質料形相普遍(普遍/個物主義/唯名論/トロープ理論/普遍主義/実在論)/形相の存在論/仮説

6 中世における理性と信仰  加藤和哉
はじめに
大学の成立と新しい神学/托鉢修道会の誕生と大学/「自由学芸」と神学/共有される思考の場としての神学/『命題集註解』と『神学大全』(.▲譽サンデル『命題集註解』1229年以前/▲▲譽サンデル『神学大全』1240年代/アルベルトゥス『命題集註解』1249年頃/ボナヴェントゥラ『命題集註解』1250-1256年頃/ゥ肇泪后Ε▲ィナス『命題集註解』1252-1256年頃/Ε肇泪后Ε▲ィナス『神学大全』1265年以降/Д▲襯戰襯肇ゥ后愎棲愨臍粥1270年以降)/問題方式と神学/問題の共有/アリストテレス哲学と問題意識の共有/神学者の独自の仕事
終わりに

7 志向性概念の歴史  藤本温
Intentio の多義性/1. ブレンターノの脚注から/2. トマス・アクィナス/3. 非アリストテレス的見解――ペトルス・ヨハネス・オリヴィ/4. 独特の存在としての志向的存在とその批判――初期スコティストとオッカム/アスコリのヤコブ/ウィリアム・アニック/ウィリアム・オッカム/5. 現れとしての志向的存在――ペトルス・アウレオリ/6. 実践的文脈

8 様相概念  山内志朗
1. 様相と「充実性の原理」/2. アリストテレスによる様相/3. 様相をめぐる転回点/4. 方法論への注目と様相理論/5. 中世から近世にかけて/6. ライプニッツにおける様相革命/7. ライプニッツからカントへ/8. 最後に


執筆者紹介


≪編者: ≫ 神崎 繁 (かんざき・しげる) 1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専修大学教授。専攻は、西洋古代哲学、西洋古典学。主な著書に、『プラトンと反遠近法』『ニーチェ――どうして同情してはいけないのか』『フーコー――他のように考え、そして生きるために』『魂(アニマ)への態度』など。

≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。東京大学教授。専攻は、倫理学、哲学史。主な著書に、『レヴィナス』『カント』『ヘーゲル』『差異と隔たり』『西洋哲学史』『埴谷雄高』など。

≪編者: ≫ 鈴木 泉 (すずき・いずみ) 1963年生まれ。東京大学大学院博士課程中途退学。東京大学准教授。専攻は哲学、とくに西洋近世および現代フランス哲学。主な論文に、「ドゥルーズ哲学の生成 1945-1969」「スピノザ哲学と『形而上学的思想』」など、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』など。

≪執筆者: ≫ 近藤智彦 (こんどう・ともひこ) 1976年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。北海道大学大学院文学研究科准教授。専攻は、哲学・倫理学、西洋古典学。主な論文に、「『運命愛』はストア的か?」、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』『脳神経倫理学の展望』『西洋古典学の明日へ』。 〔第1章〕

≪執筆者: ≫ 土橋茂樹 (つちはし・しげき) 1953年生まれ。上智大学大学院哲学科博士後期課程単位取得満期退学。中央大学教授。専攻は、西洋古代哲学、ギリシア教父学。著書に『哲学』、共著に『中世の社会思想』『現代社会における倫理の諸相』、共訳書に『中世思想原典集成3』など。 〔第2章〕

≪執筆者: ≫ 永嶋哲也 (ながしま・てつや) 1968年生まれ。九州大学大学院文学研究科単位取得退学。福岡歯科大学教授。専攻は、中世の言語哲学、医療倫理学。主な論文に、「一致の原理と区別のための諸状態――アバエラルドゥスの status と実在論者の status 」「尊厳の変容 卓越、価値そして自尊へ」、共著に『哲学の歴史3』『教養の源泉をたずねて』など。 〔第3章 1〜4節〕

≪執筆者: ≫ 周藤多紀 (すとう・たき) 1973年生まれ。セントルイス大学大学院哲学科博士課程修了。山口大学准教授。専攻は、西洋中世哲学。著書に“Boethius on Mind, Grammar and Logic: A Study of Boethius' Commentaries on Peri hermeneias”がある。主な論文に、「ボエティウスにおける論理と文法」「徳と認識――トマス・アクィナスにおける親和性による認識」。 〔第3章 5〜7節〕

≪執筆者: ≫ 山本芳久 (やまもと・よしひさ) 1973年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科(哲学専門分野)博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は、哲学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)。主な論文に、“Thomas Aquinas on the Ontology of Amicitia: Unio and Communicatio”(Proceedings of the American Catholic Philosophical Association, Vol.81, 2008)、「真理の開示の形式としてのスコラ的方法:トマス・アクィナスの感情論を手がかりに」(『イスラーム哲学とキリスト教中世』第一巻所収、岩波書店、2011年)など。 〔第4章〕

≪執筆者: ≫ 上枝美典 (うええだ・よしのり) 1961年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学教授。専攻は、西洋中世哲学。著書に、『「神」という謎――宗教哲学入門』、共著に『応用哲学を学ぶ人のために』、主な論文に、「トマス・アクィナスにおける本質の構造」「文脈主義と懐疑論」など。 〔第5章〕

≪執筆者: ≫ 加藤和哉 (かとう・かずや) 1962年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。聖心女子大学教授。専攻は、西洋中世哲学、キリスト教思想。主な論文に、「トマス・アクィナスの至福論とアリストテレス」「子どもは罪深いか――キリスト教における子どもの道徳性についての一試論」、共著に『自然法における存在と当為』など。 〔第6章〕

≪執筆者: ≫ 藤本温 (ふじもと・つのる) 1964年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。名古屋工業大学准教授。専攻は、西洋中世哲学、倫理学。主な論文に、「アクィナスの規則論」「『原因論』と一三世紀のスコラ学」、共著に『技術者倫理の世界』『中世哲学を学ぶ人のために』。 〔第7章〕

≪執筆者: ≫ 山内志朗 (やまうち・しろう) 1957年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。慶應義塾大学教授。専攻は、西洋中世哲学、スコラ倫理学。主な著書に、『普遍論争――近代の源流としての』『〈つまずき〉のなかの哲学』『存在の一義性を求めて――ドゥンス・スコトゥスと13世紀の〈知〉の革命』など。 〔第8章〕


神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集、納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 執筆 『西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる』(講談社選書メチエ、2011年) '12/01/01





人気ブログランキングへ



本「西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる (講談社選書メチエ511)」神崎繁/熊野純彦/鈴木泉 責任編集5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
本「西洋哲学史I」

西洋哲学史I 「ある」の衝撃からはじまる (講談社選書メチエ511)

○著者: 神崎繁熊野純彦/鈴木泉 編者、納富信留/木原志乃/斎藤憲/中畑正志/金子善彦/丸橋裕/村井則夫 執筆者
○出版: 講談社 (2011/10, 単行本 456ページ)
○定価: 1,995円
○ISBN: 978-4062585149
クチコミを見る




はじまる、はじまるはじまるはじまりました
いろいろな思惑なんかをふんだんに採用した(であろうと思われるのだがその詳細はきっとそうであろうと雰囲気として感じて想像するだけで、ぼくにはなんらか語れるほどにはよく分からない)「哲学史」、とは何かとは何かとは何か??!



待望の「哲学史」、全4巻、ここにはじまる! 「ポスト・モダン」という呼称さえも色あせてきた二一世紀にあって、あえて、「哲学史」の下限をパースやベルクソンあたりにまで押し上げる。 ニーチェやハイデガーは第I巻で論じる。 パルメニデスの「存在」をめぐる思考に西洋哲学の起点があることを再確認し、中世を暗黒の時代ではなく、絶えず再生を繰り返した時代として、とらえ直す――。 従来の固定的な哲学史叙述を排し、「現代哲学への通路」としての魅力ある哲学史を提唱する、渾身の画期的シリーズ、ついに刊行開始!


≪目次: ≫
序文  神崎 繁

第I巻 「ある」の衝撃からはじまる

序論 哲学と哲学史をめぐって  熊野純彦
1 ふたつの事例――ハイデガーウィトゲンシュタイン
2 哲学することへ――カントの場合
3 理性の歴史――カントにおける哲学史の構図
4 プラトンエピクロス――歴史的読解の襞
5 古代懐疑論という源泉――回帰して現在化する過去

1 パルメニデス  納富信留
1 パルメニデスとは何者か?
2 探求の果て、そして始まり
3 「ある」と「ない」    (1) 真理/(2) 人間の想い込み
4 真理の道    (1) 探求の道標/(2) 不生・不滅/(3) 単独者・全体/(4) 不動・完全体
5 想い込みの道
6 パルメニデスの衝撃への応答    (1) 応答の多様性/(2) 一元論の擁護/(3) 自然学の再建/(4) プラトンとアリストテレスの挑戦

2 エンペドクレスアナクサゴラス  木原志乃
エレア派への応答――「新イオニア派」の人々/エンペドクロスの人物伝承/著作断片と新発見――「新しい」エンペドクロス像/パルメニデスとの決別宣言/宇宙論における「四根」の混合と分離/「愛」と「争い」による「二重の生成」/宇宙の円環/生物発生の四段階/『カタルモイ』における穢れと浄化/ダイモーンの輪廻転生/アナクサゴラスの人物伝承/「あらゆるもののうちにあらゆるものの部分が」――事物(クレーマタ)の多元性/宇宙生成論――原初状態としての混在性:「あらゆるものは一緒にあった」/動の原理としての「ヌース」(知性)/目的論的原理と機械論的原理/多元論の展開――古代原子論への連続性と不連続性

3 古代ギリシアの数学  斎藤 憲
1 序
2 数学文献から知られるギリシア数学    2.1 論証数学の規範となった『原論』/2.2 『原論』の概要/2.3 『原論』以外の著作とそれ以降の発展
3 資料の問題点
4 論証数学の起源    4.1 ピュタゴラス起源説/4.2 キオスのヒポクラテス
5 デモクリトスの役割
6 エウドクソス
7 プラトン    7.1 哲学者のカリキュラム/7.2 棟梁プラトン?/7.3 立方体倍積問題とアカデメイア/7.4 器具の使用とプラトンの叱責/7.5 立体幾何学へのプラトンの不満/7.6 円の呪縛?
8 おわりに

4 ソクラテスそしてプラトン  中畑正志
ソクラテス
I 「ソクラテス問題」は存在しない    1 「ソクラテス問題」とは何か/2 「ソクラテス問題」は特別な問題ではない/3 解釈される記号としてのソクラテス/4 プラトンの対話篇の特権性
II 生涯    1 家庭環境/2 ペロポネソス戦争の影/3 個人情報
III 哲学(philosophia)    1 対話する人/2 対話活動の自己理解/3 対話の主題とルール/4 生き方の吟味としての哲学/5 真理と対話の構造的問題/6 問題の深化と思考の選択可能性/7 基礎的信念/8 生の転倒/9 人間のノモス性/10 よく生きることを求めて/11 魂と正義
プラトン
I 生涯    1 政治的意欲とその挫折/2 ソクラテスとプラトン/3 遍歴時代/4 学頭時代/5 アカデメイア/6 晩年
II 著作    1 著作年代/2 書物の限界/3 対話篇という形式/4 対話篇形式の意図/5 対話篇と読者、そして著者
III 哲学    「何であるか」という問い/2 イデアの特徴/3 イデアの実践的意味/4 善のイデア/5 魂論――ソクラテスからの継承/6 知と真理の主体/7 魂の一元性の問題――アクラシアー/8 魂の三区分説/9 三区分と行為

5 アリストテレス  金子善彦
はじめに
1 生成・変化    生成・変化はいかにして可能か
2 実体    実体とは何か/どうしてイデアではいけないのか
3 魂    魂とは何か/感覚とは何か
4 思惟    身体を必要としない魂の能力は存在するか/神は存在するか
5 知    知とは何か/自然哲学への応用
6 人間――倫理・政治    どうすれば幸福になれるのか/最善の国制とは何か
おわりに――アリストテレスの「自然」主義

6 ニーチェギリシア  丸橋 裕
1 ニーチェと古典文献学    古典ギリシアへの愛/言葉への愛(フィロロギー)から知への愛(フィロゾフィー)へ/「星の友情」/音楽からの誕生
2 アリストテレスへの叛旗    ミネルヴァの梟/アッティカ悲劇の宗教的次元/悲劇の音楽的要素/「悲劇的なもの」の概念/価値転換の美学
3 悲劇的なものの考察    ギリシア宗教と悲劇/シレノスの智慧/ドラマの原現象/音楽の復権
4 ソクラテスの問題    理論的オプティミストの原像/音楽文藝をたしなむソクラテス/ソクラテスとの格闘/転倒したプラトニズム

7 ハイデガー前ソクラテス期の哲学者たち  村井則夫
序 哲学の始源と始源の哲学
1 ハイデガーとギリシア哲学    (1) 存在の多義性と存在の問い/(2) 現象学と歴史経験
2 ハイデガーと前ソクラテス期    (1) 構造から歴史への移行/(2) 始源への遡行
3 古代ギリシアにおける存在経験と言語経験    (1) 自然の再解釈/(2) 歴史と解釈/(3) 解釈学の変貌
4 原初の思索者たち    (1) アナクシマンドロス――現出と隠蔽の接合/(2) パルメニデス――存在と襞/(3) ヘラクレイトス――「現」の成立
5 結語

8 「哲学史」の作り方――生きられた「学説誌(Doxographia)」のために  神崎 繁
はじめに
1 「意見(doxa)」と「人生(bios)」・「対話(dialogos)」と「問答法(dialektike)」    doxographiaとは何か?/dialektike と doxographia :アリストテレスの場合
2 プラトンにおけるdoxographia    自伝に埋め込まれた doxographia :ソクラテスの場合/doxographia に埋め込まれた自伝:プラトンの場合
3 「《ある(einai)》ことの指標」としての「力(dynamis)」    「働き掛けること(poein)」と「働きを受けること(paschein)」/「デュナミス」と「エネルゲイア」/巨人族の後裔としてのストア派
4 古代における「哲学者の神」と「生きられた〈学説誌〉」    「イデア」から「ヌース」へ/後の doxographia のなかのプラトン/能動知性と神/結びにかえて


執筆者紹介


≪編者: ≫ 神崎 繁 (かんざき・しげる) 1952年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専修大学教授。専攻は、西洋古代哲学、西洋古典学。主な著書に、『プラトンと反遠近法』『ニーチェ――どうして同情してはいけないのか』『フーコー――他のように考え、そして生きるために』『魂(アニマ)への態度』など。

≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。東京大学教授。専攻は、倫理学、哲学史。主な著書に、『レヴィナス』『カント』『ヘーゲル』『差異と隔たり』『西洋哲学史』『埴谷雄高』など。

≪編者: ≫ 鈴木 泉 (すずき・いずみ) 1963年生まれ。東京大学大学院博士課程中途退学。東京大学准教授。専攻は哲学、とくに西洋近世および現代フランス哲学。主な論文に、「ドゥルーズ哲学の生成 1945-1969」「スピノザ哲学と『形而上学的思想』」など、共著に『ドゥルーズ/ガタリの現在』など。

≪執筆者: ≫ 納富信留 (のうとみ・のぶる) 1965年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て、ケンブリッジ大学で学術博士号取得。慶應義塾大学教授。専攻は、西洋古代哲学・古典学。主な著書に、『ソフィストと哲学者の間――プラトン「ソフィスト」を読む』『哲学者の誕生――ソクラテスをめぐる人々』『ソフィストとは誰か?』など。 〔第1章〕

≪執筆者: ≫ 木原志乃 (きはら・しの) 1969年生まれ。京都大学大学院博士課程修了。國學院大學准教授。専攻は、西洋古代哲学、古代ギリシア医学思想史。著書に、『流転のロゴス――ヘラクレイトスとギリシア医学』、共訳書に『ソクラテス以前の哲学者たち』など。 〔第2章〕

≪執筆者: ≫ 斎藤 憲 (さいとう・けん) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。大阪府立大学教授。専攻は、科学史・数学史。主な著書に、『ユークリッド「原論」の成立』『よみがえる天才アルキメデス』、訳書にチェントローネ『ピュタゴラス派――その生と哲学』『エウクレイデス全集』(共訳)など。 〔第3章〕

≪執筆者: ≫ 中畑正志 (なかはた・まさし) 1957年生まれ。京都大学大学院博士課程修了。京都大学教授。専攻は、西洋古代哲学。主な著書に、『魂の変容――心的基礎概念の歴史的構成』、訳書にアリストテレス『魂について』など。 〔第4章〕

≪執筆者: ≫ 金子善彦 (かねこ・よしひこ) 1964年生まれ。慶應義塾大学後期博士課程単位取得退学。首都大学東京准教授。専攻は、西洋古代哲学。主な論文に、「アリストテレスの思惟論再考」など、共編著に『西洋思想における「個」の概念』など。 〔第5章〕

≪執筆者: ≫ 丸橋 裕 (まるはし・ゆたか) 1954年生まれ。京都大学大学院博士課程修了。兵庫県立大学教授。専攻は、哲学、西洋古典学。主な論文に、「法の支配と対話の哲学――プラトンの政治哲学とソクラテスの精神」など。共著に『イリソスのほとり』『ワーグナー事典』、訳書にプルタルコス『モラリア5』、共訳書に『ソクラテス以前哲学者断片集』など。 〔第6章〕

≪執筆者: ≫ 村井則夫 (むらい・のりお) 1962年生まれ。上智大学大学院博士後期課程終了。明星大学准教授。専攻は、哲学。著書に『ニーチェ――ツァラトゥストラの謎』、共著に『ハイデッガーと思索の将来』、訳書にブルーメンベルク『近代の正統性III』など。 〔第7章〕






人気ブログランキングへ



本「近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊 (中公新書2113)」熊野純彦 編5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
近代哲学の名著 - デカルトからマルクスまでの24冊 (中公新書)
近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊 (中公新書2113)

○著者: 熊野純彦 編著、柿本佳美/古田徹也/城戸淳/宮村悠介/馬渕浩二/勢力尚雅/佐々木雄大/鈴木康則/三重野清顕/小林亜津子/島田由紀/木元麻里/荒谷大輔/宮裕助/麻生博之/柏葉武秀/大熊洋行/山蔦真之/神山紗良/矢島壮平/中野裕考/田島卓 執筆
○出版: 中央公論新社 (2011/5, 新書 297ページ)
○価格: 924円
○ISBN: 978-4121021137
クチコミを見る



♪やっぱりボクはタイヤキさ、すこしコゲあるタイヤキさ、、、♪、あぁ、ぼくは「ふどうさんや」で、ふどうさんやとして生きてメシ食って死んでいくんだろうなぁ、とりあえず、それなりのお金が毎月毎月これからもしばらくは、ぼくがみずからの生活をちいさなものにする努力を怠らなかったとしても、そう、お金が必要なんだよ、お金なしではキレイゴトだけでは生きていけないメシは食えない生活できない(すくなくともぼくはそうオモウ)



デカルトカントヘーゲルなど、近代に活躍した哲学者は枚挙に暇がない。だが、この時代の哲学では何が問題だったのだろうか。「私」の発見や知識の確実性、道徳の起源など、さまざまな議論が重層的に連なる西洋近代哲学。この沃野を一望して、本質をつかむのは容易ではないが、そのための最良の手がかりは哲学者の残した書物にあるのだろう。本書では、24篇の古典の論点を丁寧に整理し、近代哲学の全体を展望する。


≪目次: ≫
編集にあたって――近代哲学を展望するひとつのこころみのために    はじめに(本書の構成)/1 近代形而上学(デカルトと「コギト」/スピノザの「神即自然」/バウムガルテンカント)/2 経験論の内外(ベーコンホッブズロック/ロック、ニュートンボイル/ロック、ライプニッツクザーヌスバークリの知識批判)/3 啓蒙の諸様相(ロックとヒューム――利子と地代/ヒュームとスミス――憐憫と共感/コンディヤックルソー――フランス啓蒙思想の光陰)/4 超越論的哲学(カント――ドイツ啓蒙の完成者/経験と、経験に先だつもの/形而上学批判と実践哲学/人格、貨幣、資本)/5 ドイツ観念論(カント哲学の受容と批判/マイモンフィヒテシェリングヘーゲル――真理の生成と、「他なるもの」の存在論)/6 ヘーゲル以降(大森廣松柄谷――バークリとカント、カントとマルクス/シェリングの再登場/フォイエルバッハシュティルナー、マルクス)/おわりに (熊野純彦)

I 「私」への問い
デカルト René Descartes 1596-1650 『方法序説』 Discours de la méthode, 1637    萌芽期の科学的探究から生まれた「方法」/「私は考える、ゆえに私は存在する」という真理/「考える私」とは誰のことか/デカルトのコギトに内在する問題 (柿本佳美)
バークリ George Berkeley 1685-1753 『人知原理論』 A Treatise Concerning the Principles of Human Knowledge, 1710    世界は物質の集合なのか/「物質」とはどのようなものか/世界はここから眺められる/ここではないところからの眺め、あらゆるところからの眺め/法則性と奇跡――神の存在を示すもの/「神の死」以降――色褪せない思考 (古田徹也)
カント Immanuel Kant 1724-1804 『純粋理性批判』I Kritik der reinen Vernunft, 1781/1787    誤謬推理論におけるデカルト批判/ライプニッツの「意識表象 apperception < a+perception」の概念/「統覚 Apperzeption」と「私は考える」/経験的統覚から超越論的統覚へ/統覚の総合的統一による自己意識/生における多と一 (城戸淳)
フィヒテ Johann Gottlieb Fichte 1762-1814 『全知識学の基礎』 Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre, 1794    諸学の原理へ/事行としての自我/近代哲学としての知識学/合一点としての構想力/絶対者のほうへ (宮村悠介)
シュティルナー Max Stirner 1806-1856 『唯一者とその所有』 Der Einzige und Sein Eigentum, 1845    〈この私〉への問い/唯一者/普遍への抵抗/自由と所有/力と所有/『唯一者とその所有』の射程 (馬渕浩二)

II 知識の生成論へ
ロック John Locke 1632-1704 『人間知性論』 An Essay Concerning Human Understanding, 1690    分類基準の範型としての一般観念/抽象作業は何のために、どのようになされる作業か?/言葉のプライベートな鋳造所/知識と信念/人格・労働・所有/現代は「象徴の貧困」の時代だろうか? (勢力尚雅)
ライプニッツ Gottfried Wilhelm Leibniz 1646-1716 『人間知性新論』 Nouveaux essais sur l'entendement humain, 1704    モナドの不安/タブラ・ラサと大理石/精神、魂、モナド/観念とは何か、真理とは何か/自己の表出から宇宙の表現へ (佐々木雄大)
コンディヤック Étienne Bonnot de Condillac 1714-1780 『人間認識起源論』 Essai sur l'origine des connaissances humaines, 1746    人は学ぶことができるのだろうか/「偶然的記号 les signes accidentels」、「自然的記号 les signes naturels」から「制度的記号 les signes d'institution」へ/「本能」は言語の獲得を説明するか/「天才 génie」と言語の関係/「天才」が出現する条件とは (鈴木康則)
マイモン Salomon Maimon c.1753-1800 『超越論的哲学についての試論』 Versuch über die Transzendentalphilosophie, 1790    知と存在/所与性の起源/「微分 Differential」と諸対象の生成/規定可能性の原則/「経験論的懐疑主義者」として (三重野清顕)
ヘーゲル Georg Wilhelm Friedrich Hegel 1770-1831 『精神現象学』 Die Phänomenologie des Geistes, 1807    魅力を放ちつづける意識の旅物語/自己形成としての意識の「経験」/絶望を乗り越える意識の自己実現/学知から降ろされた梯子/精神のオデュッセイア/歴史と概念 (小林亜津子)

III 多様性の存在論
クザーヌス Nicolaus Cusanus 1401-1464 『知ある無知』 Docta Ignorantia, 1440    設計図のある世界/クザーヌスの生涯/知ある無知と数学/「否定的に無限なもの」である神と「欠如的に無限なもの」である宇宙と「縮限」/一性と多性/イエス・キリストと人間性 (島田由紀)
ライプニッツ 『形而上学叙説』 Discours de métaphysique, 1846    この世界は最善である?/個体的実体と完全概念/ルビコン河を渡らないカエサル――事実の真理と可能性世界論/身体の実体的実在性――個体的実体からモナドへ/存在の問いと、思考可能なものの多様性 (木元麻里)
ヒューム David Hume 1711-1776 『人性論』 A Treatise of Human Nature, 1739-40    世界は実在しないのか?――極端な懐疑論/感覚的印象の実在/蓋然性と習慣/人為的徳と自然的徳/情念における「印象」の連合 (荒谷大輔)
カント 『判断力批判』 Kritik der Urteikskraft, 1790    特異な個物としての自然への眼差し/判断力とはなにか――規定的判断力と反省的判断力/自然の合目的性という根源的フィクション/「快」の謎――目的論的判断力から美的判断力へ/『判断力批判』という多様性 (宮裕助)
ヘーゲル 『論理学』 Wissenschaft der Logik, 1812-16, 1832    『論理学』を導く課題/「ロゴス」の体系知/「或るもの」と「他なるもの」/同一性と非同一性との同一性 (麻生博之)

IV 近代と形而上学
デカルト 『省察』 Meditationes de Prima Philosophia, 1641    「哲学の木」の比喩に見る形而上学の位置/「欺く神」と「考える私」/神の存在証明と神の誠実さ/感覚的認識の復権/心身の分離から心身合一へ (柿本佳美)
スピノザ Baruch de Spinoza 1632-1677 『エチカ』 Ethica ordine geometrio demonstrata, 1675    世界と真理/超越から内在へ/決定論を超える必然主義/精神の永続性/世界の真理と私の真理 (柏葉武秀)
バウムガルテン Alexander Gottlieb Baumgarten 1714-1762 『形而上学』 Metaphysica, 1739    美学の「創始者」/美学の定義/外延的明晰性/徴表と無限/調和をもたらす技術/美学がうながすもの (大熊洋行)
カント 『純粋理性批判』II Kritik der reinen Vernunft, 1781/1787    「理性批判」の終極点へ/魂、世界、神/世界から神へ/概念、存在、実在性/理性の深淵へ (宮村悠介)
シェリング Friedrich Wilhelm Joseph Schelling 1775-1854 『人間的自由の本質』 Philosophische Untersuchungen öber das Wesen der menschlichen Freiheit und die damit zusamennhängenden Gegenstände, 1809    神の概念/全能の神/神の内なる「根拠」/さかさまの神/受難する神 (山蔦真之)

V 共同性の倫理学
ルソー Jean-Jacques Rousseau 1712-1778 『言語起源論』 Essai sur l'origine des langues, 1781    理想的な言語のあり方とは/自然状態の孤立の原理/真の言語は家庭に起源を持たない/言語の起源は情念にある/南方言語の賛美/精神の自発的な結びつき (神山紗良)
スミス Adam Smith 1723-1790 『道徳感情論』 The Theory of Moral Sentiments, 1759    道徳判断とは何か?/行為の適切さと不適切さ/行為の功績と罪過/「称賛への愛 love of praise」と「称賛に値することへの愛 love of praise-worthiness」/道徳の一般規則 general rules of morality/なぜ道徳判断を下すのか? (矢島壮平)
カント 『実践理性批判』 Kritik der praktischen Vernunft, 1788    義務、必然性、自由/意思の実質、確率の形式/道徳性と自由/理性の事実/行為の動機と目的/人間にとっての道徳性 (中野裕考)
フォイエルバッハ Ludwig Andreas Feuerbach 1804-1872 『将来の哲学の根本革命』 Grundsätze der Philosophie der Zukunft, 1843    神学という人間の疎外/理性主体という新たな自己喪失/存在するものへ/「このもの」への眼差し/「わたし」と「きみ」/三位一体の神 (田島卓)
マルクス Karl Marx 1818-1883 『経済学批判要綱』 Grundrisse der Kritik der politischen Ökonomie, 1857-58    社会中心的思考へ/ロビンソン物語の批判/イデオロギー的な取り違え/社会から説明する/マルクスと現代 (馬渕浩二)

あとがき (二〇一一年四月 熊野純彦)
関連年表
執筆者一覧


≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958(昭和33)年、神奈川県に生まれる。81年、東京大学文学部卒業。北海道大学助教授、東北大学助教授を経て、東京大学文学部教授。著書、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『西洋哲学史全2冊(岩波新書)、『和辻哲郎』(岩波新書)、『現代哲学の名著』(中公新書、編)、『日本哲学小史』(中公新書、編著)、『埴谷雄高――夢みるカント』(講談社)など。訳書、『全体性と無限』全2冊(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)。

熊野純彦 『埴谷雄高――夢みるカント』(再発見 日本の哲学、講談社、2010年) '11/04/15
熊野純彦編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





人気ブログランキングへ




本「埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)
埴谷雄高――夢みるカント (再発見 日本の哲学)

○著者: 熊野純彦
○出版: 講談社 (2010/11, 単行本 308ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4062787635
クチコミを見る





本書では、しかしそうした論点はしばらく措き、埴谷雄高の思考、わけても『死霊』のそれを、カントの思考とのかかわりをときに意識しながら読みといてゆくことにしよう。そのくわだては、『死霊』の作者の思考を、この国の近代が生んだ、ある特異なかたちでの哲学的思考のひとつとして問題としてゆくこころみともなるはずである。 ――本書より


≪もくじ: ≫
はじめに――カントとの出会い
序章 存在の不快――《霧》――    1 途絶/2 情死/3 泣き声
第一章 宇宙的気配――《夜》――    1 原型/2 感覚/3 背景/4 虚体(一)
第二章 叛逆と逸脱――《闇》――    1 経験/2 一人狼/3 謀叛型/4 逸脱/5 臨死
第三章 存在と倫理――《夢》――    1 死者/2 存在/3 根源悪(A 白日夢/B 審判/C 自己)/4 深淵(A 可能性/B 無出現/C 絶対無)/5 希望/6 虚体(二)


附録:埴谷雄高 年譜 1910(明治43)年〜1997(平成9)年
おわりに――読書案内をかねて (二〇一〇年十一月  熊野 純彦)


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学文学部教授。主な著書に、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『西洋哲学史』全2冊(岩波新書)『和辻哲郎』(岩波新書)『日本哲学小史』(中公新書、編著)ほか、訳書に『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)がある。

熊野純彦編 『日本哲学小史 近代100年の20篇』(中公新書、2009年) '10/02/04
熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13





人気ブログランキングへ



ジッサイあぁなにやっちゃってんだかなぁと凹むことふさぎこむことしきり


本「日本哲学小史 近代100年の20篇 (中公新書2036)」熊野純彦 編著5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
日本哲学小史 - 近代100年の20篇 (中公新書)
日本哲学小史 近代100年の20篇 (中公新書2036)

○編著: 熊野純彦
○出版: 中央公論新社 (2009/12, 新書 333ページ)
○価格: 945円
○ISBN: 978-4121020369
おすすめ度: 3.5
クチコミを見る



「この国のことばで明治以降に展開された哲学的思考の流れに対してひとつの概観を与えてみようとするこころみ」(P.148「近代日本哲学の展望」)


≪目次: ≫
第一部 近代日本哲学の展望――「京都学派」を中心にして (熊野純彦)
はじめに――本書について (「日本」「哲学」とはなにか/企図と構成)/ 前史――西田幾多郎まで (前史以前――キリシタン時代のアリストテレス受容/幕末から維新へ――福沢諭吉の場合/朱子学の影――佐藤一斎と西田幾多郎/「哲学」ということばのはじまり――西周の場合/フランス思想の移入――中江兆民の場合/フランス的思考のゆくえ――西田、九鬼大杉栄/「有て無きは、東洋哲学ならん」――三宅雪嶺の場合/外国人教師たち――フェノロサの場合/文献学の導入――ケーベルの場合/東京帝国大学哲学科主任教授――井上哲次郎の場合/文学者たち――漱石鴎外の場合/西田幾多郎の背景――没落した旧家の息子の、青春の蹉跌/『善の研究』の登場――西田の「夢見る」思考/「悪戦苦闘のドッキュメント」――田中美知太郎埴谷雄高/アカデミズムでの地位の確立――高橋左右田の評価)/ 学派――下村寅太郎まで (西田のもとにあったひとびと――波多野精一の場合/西田の後継者から批判者へ――田邊元の場合/経験と個人――西田と田邊をつなぐもの/「歌のわかれ」――和辻哲郎の場合/「学界の為慶賀」――西田と和辻/「人と人との間柄」――和辻論理学構想/ヨーロッパ体験の問題――九鬼周造の場合/九鬼周造の主著――『偶然性の問題』をめぐって/形而上学的な偶然性――九鬼周造の「実存哲学」/中世哲学史研究の草分け――岩下壮一の場合/時代に抗して――『中世哲学思想史研究』について/中世哲学研究の意味――古代ギリシアと近代への視線/京都学派における歴史研究――中世哲学の場合/京都学派における三宅剛一――『学の形成と自然的世界』の問題設定/三宅剛一の歴史研究――『学の形成と自然的世界』の見とおし/歴史研究から体系的哲学研究へ――三宅剛一の場合/西哲叢書の登場――下村寅太郎『ライプニッツ』/近代科学の背後にある「精神」――下村寅太郎の問題意識/「近代の超克」の光と影――下村と高坂)/ 転回――マルクスの衝撃 (ヘーゲルと西田――高橋里美への応答の文脈で/「絶対無」と「弁証法」――高橋里美の立場/マルクスへの応答と身体性の問題――昭和初年の田邊/現実への問い――田邊による西田批判の開始/「種の論理」――田邊哲学の成立/表現的行為の問題――西田と田邊の分岐点/人間関係の錯綜――西田、田邊、三木/「論理と生命」――西田の応答/身体論と表現論の展開――和辻哲郎の場合/交通と通信――「拡大された身体」あるいは「生きられた空間」/哲学的人間学の構想――高山岩男の場合/身体論と芸術論の展開――木村素衞の場合/「一打の鑿(のみ)」――詩人哲学者の才能と不運/昭和六年から昭和十二年へ――京都学派成熟のその背後/三木清の人間学構想――遺稿『人間学』をめぐって/京都学派の「左転回」――三木の遍歴の開始/三木、その後――昭和思想史の一断面/解釈学的イデオロギーとしての京都学派――戸坂潤の批判/方法論と空間論――戸坂のもうひとつの可能性)/ 終焉――田中美知太郎へ (『現象学と弁証法』――本多謙三の場合/戦前のマルクス研究の可能性とその忘却――本多の死と、加藤正の死/戦後主体性論の意味――和辻哲郎から梅本克己へ/主体性論の前提と展開――梅本理論の意味/哲学における「人民戦線」――中井正一の場合/機械美と機能美の問題――美学の戦線拡大1/映像美と「スポーツ気分」――美学の戦線拡大2/週刊『土曜日』――エッセイストとしての中井正一/戦時体制における哲学者たち――京都学派の内外で/戦時期のもうひとつのありかた――出隆と田中美知太郎の場合/ソクラテスの「哲学」――ギリシア文化の精華とはなにか/「哲学を殺すもの」――ソクラテス死後の哲学/哲学の政治性と政治の哲学性――出にとっての戦中と戦後/「勝者は阿諛の言葉を信じて、現実を見のがしている」――田中美知太郎の慧眼/『ロゴスとイデア』――現実を見る眼の背後にあるもの/京大への招聘――戦後の田中美知太郎/京都学派の終焉――田中、梅原、辻村)/おわりに――戦後について (分析哲学とその転回――大森荘蔵の場合/身体論の登場とその転回――市川浩の場合/マルクス理解の更新と、戦後日本哲学の達成――廣松渉の場合/文体という思想――坂部恵の場合)

第二部 近代日本哲学の名著――五つの問題群を中心にして
ことばへの視線
和辻哲郎日本語と哲学の問題」1935年    日常語で思索することは可能か/言語の構造は国民の精神的特性をあらわす/いかにして日本語で思索するのか/「ある」ということはどういうことであるか (須佐俊吾)
田中美知太郎イデア」1943年    個体と述語づけ/アリストテレスの視点から/イデアは観念、あるいは記号なのか/イデアに対する態度 (高橋雅人)
大森荘蔵ことだま論」1973年    心的一元論という隘路/表象の抹殺――立ち現われは相貌を持つ/意味の抹殺――言葉は事物をじかに立ち現わす (古田徹也)
坂部恵しるし」1976年    しるしと生/根源としての「差異」/「生死往来の場」としての境界/「つみとがのしるし」と近代/しるしとイメージ (森田團)
身体性と共同性
木村素衞 「身体と精神」1939年    表現と身体/身体の本質、その形成性について/「理想主義」者フィヒテとの対決から「表現愛」へ/機械からの呼びかけ (大熊洋行)
三宅剛一人間存在と身体」1956年    身体性の意味への問い――世界の現れ方という視角/「ここ」という中心――感覚/私の身体は道具か?――行動/私は手を使う私である――私と私の身体の独特な統一/世界の現れ方を規定するもの――身体性の意味 (平岡紘)
市川浩精神としての身体と身体としての精神」1968年    身体という問題を論じる困難/身体の多層的構造――向性的構造から志向的構造へ/知覚・情動・気分――志向的構造の諸層/構造変換と位相転換/〈錯綜体〉としての身体 (屋良朝彦)
廣松渉人間存在の共同性の存立構造」1972年    身体的な共存の次元/自己意識あるいは対自的な意識とはなにか/サルトルとの対決と「役柄」論の提起/「ロボットの嫌疑」とその解決 (熊野純彦
具体性の思考へ
戸坂潤空間論」1931年    日常的空間と科学的空間/カント空間論をこえて/日常的空間/空間の唯物論 (馬渕浩二)
本多謙三 「貨幣の存在論」1923年    貨幣について問うこと/二重の創与作用/理念としての貨幣/経済と数量化 (佐々木雄大)
九鬼周造驚きの情と偶然性」1939年    ぐらつく敷石/偶然性の種類とその平板化/世界そのものの偶然性/ライプニッツの「可能世界」論/哲学的思考を開始させるもの (木元麻里)
中井正一スポーツ気分の構造」1933年    スポーツとその空間/ハイデガーによる現存在分析の継承とその発展/スポーツにおける共同性としての「気分」(情態性)/スポーツと人間の「疎外」(鈴木康則)
社会性の構造へ
田邊元社会存在の論理」1934年    経験は相対的か/絶対媒介としての世界図式/種の論理による社会への批判的考察/種を媒介とした類の論理 (荒谷大輔)
西田幾多郎人間的存在」1938年    極限に見る人間存在/「作られたものから作るものへ」として自己を超越する人間存在/「歴史的世界」の現実をとらえる西田的弁証法/人間中心主義の否定 (上原麻有子)
三木清人間学のマルクス的形態」1927年    「基礎経験」への立脚/基礎経験‐アントロポロギー‐イデオロギーの相互制約の原理/マルクス研究との断絶/連続 (西塚俊太)
梅本克己 「人間的自由の限界」1947年    知に支えられた自由の限界/背後としての主体的根拠/行為主体としての自由/「限界自覚」の課題と現実の人間への視線 (麻生博之)
哲学史への視点
出隆ソクラテスの哲学とその死」1937年    世界の変容のなかでの哲学の営み/ソクラテスはなぜ死刑になったのか/ダイモニオンの諫止(かんし)/ソクラテスの死と哲学の営み (田中伸司)
岩下壮一新スコラ哲学」1932年    霊と智性/生命の完全性/天使の群れ/神秘主義との接触/「有と其の特性乃至関係の学」としての哲学 (島田由紀)
高橋里美ヘーゲルの弁証法の論理的構造に関する考察並に批判」1931年    「はじまり」について/はじまることはいかにして可能か/差異と連続性/「無」としてのはじまり (三重野清顕)
下村寅太郎近世における幾何学の生成」1941年    一六三七年、ライデン――コギトと解析幾何学/ライプニッツ、無限小――モナドと位置解析学/リーマン、n次元多様体――精神(ガイスト)と非ユークリッド幾何学/一九四一年、東京――「日本的科学」の時代に (宮村悠介)

あとがき (二〇〇九年 極月 熊野純彦)
索引
関連年表
執筆者一覧


≪編著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958(昭和33)年、神奈川県に生まれる。86年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。北海道大学助教授、東北大学助教授を経て、現在、東京大学文学部教授。著書『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『西洋哲学史』全2冊(岩波新書)『和辻哲郎』(岩波新書)『現代哲学の名著』(中公新書、編著)など。訳書『全体性と無限』全2冊(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)。

熊野純彦 『差異と隔たり 他なるものへの倫理』(岩波書店、2003年) '10/01/08
熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ

本「差異と隔たり 他なるものへの倫理」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
差異と隔たり―他なるものへの倫理―
差異と隔たり 他なるものへの倫理

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2003/10, 単行本 256ページ)
○価格: 3,150円
○ISBN: 978-4000230087
おすすめ度: 5.0
クチコミを見る



ひがのびていると感じるのは気のせいではなく、すこし前までは4時をすぎるとうす暗いかんじがしていたのが、5時でも西の空には明るさがのこる。
自室ではなく図書館でありマクドナルドにあしをのばして本を読むのは、ヒトをかんじたいからなのか。
やくそくをかわしたくないのは、反故にされることをきらってのことだけど
たとえば、じかんにおくれてきにならないことは、ぼくには理解ができないのだが、そう、ぼくの親も兄弟もじかんに厳格でね、神経質なところがある父のえいきょう?、あるときには、たしかいとこの結婚式だったと記憶しているのだが、遠方だったからとはいえ参列者はもちろん新郎新婦の親もそろっていないようなじかんに、すでにぼくたち親兄弟はせいぞろいしていて、ぼくにはそれが、じかんより早めに着いて相手を待たせないことがアタリマエだった。じかんでありやくそくをまもらないことは、ほめられたことではないけれど、じゃぁなんでもかんでもまもることがスバラシイことで善いことで、まもらないことがすなわちワルイことで咎められることかとかんがえたときには
おやは、みずからのこをきょういくできるのか、おしえてそだてるとはいかなることか。おやってなんだ、なにものか
ただ(無料)でなんじかんもいられる図書館をいごこちがいいとおもうのはぼくだけじゃないだろう。あきらかにしんぶんなんか読んじゃいなだろうに、バサバサバサバサとめくるおとがきにさわる、イライライライラ。たしかに、さんこうしょなどをもちこんでの自習がだめで、ほんやざっしやしんぶんを、とのちゅういがきがめにはいる。ひが沈んだらさけのんでねちゃばいいけど、ひがあるうちからさけはちょっとなぁ、とおもうのかどうか、なかなか干渉されずにじかんをつぶせるばしょってなかったりする、ぼくだってそう、、、あっ、なんだぁおなじなかまじゃないか


≪目次: ≫
まえがき
第吃堯―衢と非所有との〈あわい〉で――自己所有論をめぐる思考    第一章 所有の始原――いのちあるものの占有をめぐって (1 所有の定義/2 生命の所有/3 支配と制御)/第二章 身体と所有――はたらく身体と痛む身体とのあいだで (1 道具と身体/2 身体の所有/3 固有な身体)/第三章 所有と贈与――不可能な〈贈与〉としてのいのちの始まり (1 所有の諸相/2 死の所有?/3 生命の贈与)
第局堯‖昭圓隼間性との〈はざま〉で――歴史と他性をめぐる思考    第一章 他性の諸相――〈他なるもの〉から〈他者〉へ  (1 非知の次元/2 知覚の深層/3 現前と痕跡)/第二章 時間と他者――和倫理学における〈信頼〉の問題をめぐって (1 身体と空間/2 信頼の根拠/3 時間と他者)/第三章 歴史と他者――〈過ぎ去ったもの〉をめぐる思考のために (1 追想の物語/2 傷痕の過去/3 歴史と他者)
第敬堯仝譴襪海箸ら呼びかけることへ――言語と他者をめぐる思考    第一章 言語の経験――〈語ること〉の経験をめぐって (1 言語と記号/2 規則と転用/3 発話の連鎖)/第二章 言語の生成――ことばと意味の発生をめぐる思考のために (1 言語と交流/2 表情と表現/3 表現と意図)/第三章 言語と倫理――〈語ること〉と〈呼びかけること〉とのあいだで (1 指示と贈与/2 記号と主体/3 言語と他者)


あとがき (二〇〇三年 九月 熊野純彦)
初出一覧
人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。北海道大学、東北大学を経て、現在(刊行当時)、東京大学文学部助教授(を経て、東京大学教授)。専攻、倫理学。著書に、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)、『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房)、『カント 世界の限界を経験することは可能か』(NHK出版)等がある。

熊野純彦 『ヘーゲル 〈他なるもの〉をめぐる思考』(筑摩書房、2002年) '09/12/30
熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ

本「ヘーゲル Georg Wilhelm Friedrich Hegel  〈他なるもの〉をめぐる思考」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
ヘーゲル―“他なるもの”をめぐる思考
ヘーゲル Georg Wilhelm Friedrich Hegel  〈他なるもの〉をめぐる思考

○著者: 熊野純彦
○出版: 筑摩書房 (2002/3, 単行本 291ページ)
○価格: 3,360円
○ISBN: 978-4480847119
おすすめ度: 3.0
クチコミを見る



ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770-1831)をかかげて(テクストとして)。めぐるめぐる〈他なるもの〉(⇒他者≒〈わたし・ぼく〉)についての思考、思考、しこう。


≪目次: ≫
凡例
まえがき    一通の消息/生への視線/本書の視線

第一章 生成する真理――ヘーゲルにおける「意識の命題」をめぐって    実体と主体/主体と真理/本章の課題
一 存在と真理――〈尺度のアポリア〉について    1(真理と存在/存在の背後/存在の運動)/2(真理と運動/真理の生成/尺度の難問)/3(循環の困難/一致の困難/反省の困難)
二 意識の命題――〈自体のアポリア〉とその解決    1(意識の命題/序文と諸論/自然な意識)/2(真理の現前/関係と区別/難問の確認)/3(自己の吟味/内部と外部/困難の解決)
三 真理と経験――〈生成する対象〉が意味するもの    1(対象の生成/錯覚の問題/真理の生成)/2(対象の生成/経験の問題/経験と運動)/3(自然の桎梏/意識の超越/意識の経験)

第二章 歴史 理性 他者――ヘーゲルにおける「理性と暴力」をめぐって    暴力の問題/現代の思考/本章の課題
一 悲劇の誕生――〈理性の狡智〉の背後にあるもの    欲望の暴力/死との関係/本節の課題/1(人倫的自然/悲劇の解読/悲劇と正義)/2(自己と運命/宗教の批判/市場の法則)/3(道具の狡智/歴史の暴力/狡智と理性)
二 啓蒙の弁証法――理性の貫徹という名の〈テロリズム〉    道具と機械/人倫の喪失/分裂の時代/1(国家の死滅/信仰と存在/原罪の現在)/2(神人イエス/啓蒙と信仰/信仰の批判)/3(純粋な物質/色褪せた神/啓蒙の反転)
三 存在とはべつのしかたで――〈自己関係〉とイデア論のアポリア    
自己の構造/承認の概念/生命の構造/1(盟友の思考/差異と同一/時間の問題)/2(論理の構想/〈イデア論〉/定在の問題)/3(即自と対他/〈或るもの〉/限界の問題)

第三章 他者という問題の次元――ヘーゲルにおける「承認」論の意味をめぐって    思考の迷路/他者の存在/本章の課題
一 生命と所有――承認論のてまえから    自己同一性/論理の核心/論理の原型/1(生命の構造/生命と他者/愛のモデル)/2(理論と実践/認識と所有/性愛と所有)/3(愛の身体性/身体と所有/他者と所有)
二 支配と他性――承認の挫折のただなかで    イエスの死/自由と共同/承認の挫折/1(商人の構造/構造の例解/自己と他者)/2(欲望の概念/欲望の意味/欲求と欲望)/3(視線の欲望/主人と奴隷/他者の意味)
三 作品と歴史――承認論のかなたへ    欲望・再考/現前と痕跡/問いの設定/1(定在の分析/関係の原型/対他の問題)/2(作品の意味/作品の逆説/作品と他者)/3(個別と普遍/行為と運命/承認の成立)

補論一 ヘーゲル反省論の位置――超越論的哲学の流れのなかで    理性の批判と自己の認識
一 「知の知」と「自己の知」――カントにおける「超越論的なもの」    「知についての知」をめぐる難問/「超越論的」な次元とはなにか/超越論的統覚の問題/自己の意識と自己の存在
二 「自己の知」と「自己の存在」――ドイツ観念論における問題の展開    反省と自己関係/フィヒテの立てた問題/「主観―客観」という始原/ヘーゲルによる反省論の展開/反省の回帰と自己意識の構造
三 「流れる自己」と「立ちとどまる自己」――現象学における反省理論    カントとフッサール/現象学における反省の問題/問題の回顧と展望

補論二 差異という始原について――ヘーゲルにおける論理の原型と廣松哲学の原理

あとがき (二〇〇二年 春 熊野純彦)
参考文献
索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年神奈川県生まれ。東京大学文学部倫理学科卒。同大学院博士課程単位取得退学。東北大学文学部助教授等を経て、現在(刊行当時)、東京大学文学部助教授(を経て、東京大学教授)。専攻は倫理学。和辻倫理学の学統に属しながらも、故・廣松渉の哲学からも深く学んだ若い世代の俊英。「他者とは何か」という本質的なテーマ追求し続けている。著書に『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)、『倫理の現象学』(世界書院)、『倫理学を学ぶ人のために』(世界思想社、共編著)ほか。

熊野純彦編 『現代哲学の名著 20世紀の20冊』(中公新書、2009年) '09/12/26
熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ


2009; 444 (12-36,11-36,10-42,9-37,8-39,7-36,6-35,5-39,4-40,3-33,2-32,1-38).

本「現代哲学の名著 20世紀の20冊 (中公新書1999)」熊野純彦 編5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
現代哲学の名著―20世紀の20冊 (中公新書)
現代哲学の名著 20世紀の20冊 (中公新書1999)

○編者: 熊野純彦
○出版: 中央公論新社 (2009/5, 新書 245ページ)
○価格: 819円
○ISBN: 978-4121019998
おすすめ度: 3.5
クチコミを見る



そう、「哲学」に連関する本からすこし離れていて、、、なかなか手がのびない。
アタリマエのことながら「学」と名のつくジャンルであってカンタンなものではなく、それは「哲学」に限られないのだが、なんとなく習慣的に読み進めることは行為として可能であったとしても、さすがにわからないままに読み進めにも限度があると思うのかどうなのか、不安におそわれないものでもない。
あんのじょう、現代哲学、20世紀の哲学の名著と謳われる20冊の論説をたのしむ余裕など。考えるまでもなく、あげられた20冊を、あぁ、まったく読んでない。そういうことだ。


≪目次: ≫
編集にあたって――現代哲学を展望するひとつのこころみのために(熊野純彦)
数理・論理・言語
フレーゲ算術の基礎』    数とはなにか? 単位とはなにか?/『算術の基礎』の位置――基数とはなにか?/フレーゲの解答――数と概念/一対一対応と基数列/自然数列の定義/論理主義とその蹉跌(熊野純彦)
ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』    語りえないことがあることを語ることは可能か?/有意味な命題の限界/私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する/語りえないものたち/沈黙という倫理(古田徹也)
オースティン言語と行為』    どうして約束をすることが出来るのだろうか?/言語行為という発想/約束は信念によって生じる?/不適切性の理論/発言の持つ「力」(山蔦真之)
大森荘蔵言語・知覚・世界』    世界は科学的描写によって尽くされるのか?――クオリア問題/最後の砦――クオリア問題の成り立ち/クオリア問題の手前で/現象主義のすじを通す/科学的描写は何を語るのか(古田徹也)
供仝従檗β減漾身体
フッサールイデーン』    自己認識という課題/自然的態度、エポケー、還元/還元とその狙い/ヒューレー、ノエシス、ノエマ/ノエマ的意味とその構成/還元のゆくえ(宮村悠介)
ハイデガー存在と時間』    「存在する」とは/存在をめぐる思考/「存在」を問うことの困難/「存在の意味」への問い/現存在の存在了解/現存在の存在=「気遣い」/存在と時間/(三重野清顕)
メルロ=ポンティ知覚の現象学』    怪物キュクロプス、あるいは知覚の謎/二元論を超えて――〈受肉〉した主体/諸感覚の交流と知覚世界/両眼視の総合――幻影の解消と注視運動/知覚的総合と知覚の主体/世界の豊饒性と現象学の試み(屋良朝彦)
西田幾多郎西田幾多郎哲学論集』    哲学における実践の問題/西田哲学への批判と実践の問題/「身体」の構造/論理と生命/哲学という「行為」(荒谷大輔)
掘〇間・反復・差異
ベルクソン時間と自由』    時間は質の等しい均一な流れなのか?/時計は時間ではない/「純粋持続」とは何か/持続から自由へ/選択の有無は自由の存在を証明するか?/自由と表現(鈴木康則)
ドゥルーズ差異と反復』    「同一性」の基準/同一性なき反復としての哲学/時間の第一の総合――現在/時間の第二の総合――過去/時間の第三の総合――未来(荒谷大輔)
ルーマン社会システム』    「とてもありそうにないもの」が「ある」ことへの驚き/人間ではなく、ただコミュニケーションだけがコミュニケートする/コミュニケーションと「主体」の問題/差異と同一性との差異/世界の観察不可能性/ミネルヴァの梟(ふくろう)は夜間飛行する(佐々木慎吾)
坂部恵仮面の解釈学』    夢と現実/おもて、おも-て/仮面(おもて)、人格(ペルソナ)/うつる、うつつ/かげ、ゆめ/まどろみと目ざめ(宮村悠介)
検\こΑδ怯曄β昭
レーヴィット共同存在の現象学』    共同性への問い/周囲世界と共同世界/関係の第一次性、あるいは個人の解体/個人からペルソナへ/ふたたび「本当のじぶん」(馬渕浩二)
バタイユ宗教の理論』    哲学は何を考え語るべきか?/可能なものとは何か?――生産/不可能なものとは何か?――贈与/可能なものから不可能なものへ/考え語ることの不可能なもの(佐々木雄大)
レヴィナス全体性と無限』    「ある」ということ、「一」なるもの/『全体性と無限』の位置――全体性批判/所有と意思/原初的な超越の経験/エロス的な関係――所有への異議/存在するとは別の仕方で(木元麻里)
和辻哲郎倫理学』    個人か共同体か/間柄/共同性と個人との関係/人間存在の二重性/他者との関係/人間存在の空間性・時間性/他者をめぐる思考へ(三重野清顕)
后/析叩λ塾蓮社会
ベンヤミンドイツ悲劇の根源』    文学研究書として/理念、根源、自然史/モナドとしての言葉/アレゴリーと歴史性/モナドとして(の)読むこと(清水一浩)
アドルノ否定弁証法』    同一化の強制/非同一的なもの/交換原理としての同一化原理/暴力・法・アウシュヴィッツ/同一化の地平を超える(伊藤剛)
デリダ法の力』    正義とは何か/アポリアに住まう正義と脱構築/絶対的な他性の経験としての正義/法/権利に内在する(暴)力/『暴力批判論』の脱構築/脱構築と正義の「構造」(冠木敦子)
廣松渉世界の構造主観的存在構造』    「主観−客観」図式の超克/ひとは物を「より以上の或るもの」として見る/行為すること=役柄を演じること/アポリアに対する答え――共同主観的なあり方/自然としての歴史/歴史としての自然(佐々木雄大)

あとがき (二〇〇九年 春三月 熊野純彦)
関連年表
執筆分担


≪編者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958(昭和33)年、神奈川県に生まれる。86年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。北海道大学助教授、東北大学助教授を経て、現在、東京大学文学部教授。著書『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『西洋哲学史』全2冊(岩波新書)など。訳書『全体性と無限』全2冊(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)。

熊野純彦 『レヴィナス入門』(ちくま新書、1999年) '09/12/09
熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ

本「レヴィナス入門 (ちくま新書200)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
レヴィナス入門 (ちくま新書)
レヴィナス入門 (ちくま新書200)

○著者: 熊野純彦
○出版: 筑摩書房 (1999/5, 新書 221ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4480058003
おすすめ度: 4.0
クチコミを見る



エマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas, 1906-1995)

むふ、3部9章で、各章は3項に6つの小見出し、162。
部は2文字で、章は5文字で、項は7文字で、小見出しを5文字相当に。


≪目次: ≫
はじめに
序論 個人的な経験から――ばくぜんと感じた悲しみ    個人的経験/存在の余剰/裸形の風景/芸術の意味/存在の裸形/本書の狙い

第吃堯仝況 じぶん自身を振りほどくことができない――『存在することから存在するものへ』を中心に
第1章 思考の背景――ブランショ・ベルクソン・フッサール・ハイデガー   1 ユダヤ人として(歴史の辺境/記憶の陰影/流民の群れ/ロシア革命/遊学の開始/ベルクソン)/2 現象学者として(フッサール/論理学研究/ハイデガー/思考の魔力/存在の意味/不安と先駆)/3 生涯の軌跡から(05年〜28年/29年〜44年/45年〜60年/61年〜73年/74年〜95年/本書の構成)
第2章 存在と不眠――私が起きているのではなく夜じしんが目覚めている   1 大戦の終結まで(秩序の崩壊/帰化と状況/逃走と嘔吐/羞恥と孤独/捕虜収容所/奇妙な戦争)/2 復員の光景から(偶然と僥倖/世界の終末/存在の問い/存在の驚き/存在の贈与/意味の剥奪)/3 イリヤの夜から(不在の形態/存在の災厄/空虚の密度/沈黙の呟き/イリヤの夜/永遠の不眠)
第3章 主体と倦怠――存在することに耐えがたく疲れてしまう   1 存在への倦怠感(睡眠の意味/存在の気分/倦怠の意味/存在と疲労/劇場の空虚/疲労の意味)/2 定位と瞬間から(問いの方向/疲労と不眠/睡眠と位置/定位と身体/覚醒の瞬間/主体と現在)/3 未-来の他性へ(主体と反省/現在の逆説/主体の存在/主体の悲劇/同一性の檻/時間と他者)

第局堯‥験 〈他者〉を迎え入れることはできるのか――第一の主著『全体性と無限』をよむ
第4章 享受と身体――ひとは苦痛において存在へと追い詰められる   1 主著の公刊まで(未来と他者/戦後の履歴/イスラエル/一通の消息/著書の反響/了解と包摂)/2 享受することへ(具体的思考/価値の志向/目から手へ/道具の連関/道具と資源/手から口へ)/3 身体であること(世界と超越/原始的世界/〈同〉と〈他〉/享受と身体/苦痛と身体/労働と労苦)
第5章 他者の到来――他者は私にとって〈無限〉である   1 世界のなりたち(享受と労働/口から手へ/労働の意味/手から目へ/エコノミー/時間の観点)/2 全体性と無限性(欲求と満足/欲求と労働/欲求と渇望/観念と渇望/標題の意味/無限と他者)/3 エロスの現象学(渇望と満足/握手の逆説/性愛の行為/愛撫の錯乱/愛撫の意味/他者の退引)
第6章 世界と他者――他者との関係それ自身が〈倫理〉である   1 他者のあらわれ(衣装と裸体/裸形と他性/アレルギー/世界の外部/他者の顕現/他者の煌き)/2 他者という問題(他者の問題/「第五省察」/他我の構成/二つの論点/問題の所在/倫理的関係)/3 到来する他者へ(構成の錯誤/外部の他者/世界と他者/世界の亀裂/他者の到来/私の唯一性)

第敬堯‥床 他者にたいして無関心であることができない――第二の主著『存在するとはべつのしかたで』ヘ
第7章 問題の転回――自己とは〈私〉の同一性の破損である   1 デリダとの交錯(時代の情況/思考の動向/試論の登場/倫理と暴力/パリの五月/他者の価値)/2 主体性のゆくえ(第二の主著/困難の所在/他者の歓待/家政と女性/主体の構造/主体の綻び)/3 身体性のかたち(自己の所有/身体と所有/大気と身体/自己の喪失/老いる身体/受苦と受動)
第8章 志向と感受――顔はいつでも皮膚の重みを課せられている   1 感受性の次元へ(論点の確認/享受と愛撫/享受と消費/享受と「傷」/志向と感受/関係の懐胎)/2 他者との近接へ(内部と外部/傷つく身体/触覚と味覚/近さの意味/愛撫・再考/愛撫と皮膚)/3 他者と死の脅迫(現前の撤回/二つの場面/他者の未来/退引と他性/皮膚と痕跡/現前と痕跡)
第9章 他者の痕跡――気づいたときにはすでに私は他者に呼びかけられている   1 老いという現前(顔の異邦性/寡婦と孤児/老いゆく顔/死の不可測/死にゆく顔/他者への咎)/2 現前という痕跡(弱さと強さ/現象の欠損/〈顔〉と〈声〉/声でない声/召喚する声/無条件の諾)/3 非-場所の倫理(責めと責任/ヨブの運命/責めと借財/メシア主義/倫理の意味/ユートピア)

あとがき (一九九九年 桜花の季節に 熊野 純彦)
※レヴィナスを読むためのブックガイド


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年生まれ。東京大学文学部倫理学科卒。同大学院博士課程単位取得退学。。現在(刊行当時)、東北大学文学部助教授(を経て、東京大学教授)。倫理学専攻。和辻倫理学の学統に属しながらも、故・廣松渉の哲学からも深く学んだ、もっとも若い世代の俊英。「他者とは何か」という本質的なテーマ追求し続けている。著書に『レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)、『倫理学を学ぶ人のために』(世界思想社、共編著)ほか。



熊野純彦 『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、2006年) '09/12/04
熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13

小泉義之 『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003年) '09/06/06
合田正人 『レヴィナスを読む 〈異常な日常〉の思想』(NHKブックス、日本放送出版協会、1999年) '09/04/14







人気ブログランキングへ

本「西洋哲学史 近代から現代へ (岩波新書1008)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
西洋哲学史―近代から現代へ (岩波新書)
西洋哲学史 近代から現代へ (岩波新書1008)

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2006/9, 新書 292ページ)
○価格: 861円
○ISBN: 978-4004310082
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る



そう、なんとなく目にして手にして、なんとなく読んでしまった、(時間を費やして経過して)読み終えてしまったのだけれども。
西洋の哲学史。哲学、哲学者たちの思考の動き、流れと連関を説く。
もっとも、新書版の2巻組にあっては収録できる情報量に限りがあることからも、また一方ではだからこそ、ぼく(能力不足)が手にすることができて(ぶ厚い本には抵抗がある)読了しえたのであろうことを考えるには♪


≪目次: ≫
まえがき
凡例

第1章 自己の根底へ  (無限な神の観念は、有限な〈私〉を超えている――デカルト)    生の拠りどころ、確実なもの、数学的な真理/兵士デカルト、数学者デカルト/『精神指導の規則』における「直観」と「演繹」/数学へのピュロン主義的懐疑――セクストスからモンテーニュへ/デカルト形而上学の出発点――「コギト」と「永遠真理」/「いっさいを根底から覆す」こと/疑いうるものと、疑うことのできないもの/「思考するもの」と「延長するもの」――デカルトの「二元論」?/デカルトの神、ふたたび/「神なし」ではすまされない――全能の神、あるいは神と慣性
第2章 近代形而上学  (存在するすべてのものは、神のうちに存在する――スアレス、マールブランシュスピノザ)    デカルト哲学をめぐる偶然と必然/デカルト、イエズス会、スアレス/スアレス『形而上学討論集』の意味/マールブランシュ『真理の探究』の課題/感覚の次元をはなれること――「観念」と「イデア」/「私たちはいっさいを神のうちに見る」/スピノザの場合――自己原因であるかぎりで、いっさいの原因である神/神とは自己原因である唯一の実体である/哲学史の余白で――デカルト、スピノザ、ライプニッツ
第3章 経験論の形成  (経験にこそ、いっさいの知の基礎がある――ロック)    イギリスと大陸の交流と交錯/『人間知性論』の問題設定/デカルトとロック/いわゆる「生得観念」の批判/経験にこそ、いっさいの知の基礎がある/「ホワイト・ペーパー」と「タブラ・ラサ」/「単純観念」と「複合観念」、「第一性質」と「第二性質」/実体概念をめぐって/「同一性」をめぐって
第4章 モナド論の夢  (すべての述語は、主語のうちにすでにふくまれている――ライプニッツ)    コンピュータ、二進法、神/ひとつの挿話――ヘレンハウゼンの庭で/「個体的実体」とはなにか/モナド論の基礎的視点/理由律予定調和、最善観/ライプニッツ哲学の性格――多元的なものの調和と、微細なものへの視線/ニュートンとライプニッツ――ライプニッツ/クラークの往復書簡/絶対時間と絶対空間をめぐって/バロックの万能人・ライプニッツ
第5章 知識への反逆  (存在するとは知覚されていることである――バークリー)    絶対時間・再考/イギリス経験論におけるバークリーの位置/バークリーの微分法批判/バークリーの出発点――『視覚新論』について/モリヌークス問題・再考/『人知原理論』の問題設定――ロック批判の視点から/「存在するとは知覚されていることである」/スウィフトとバークリー
第6章 経験論の臨界  (人間とはたんなる知覚の束であるにすぎない――ヒューム)    ふたつの「同一性」とその破壊/ヒュームの出発点――perceptionという語の新たな用法/「観念連合」の原則――類似、近接、因果/因果をめぐる観念の分析――「近接」と「先行」/因果関係の必然性とその源泉――「習慣」と「信念」/「人格の同一」をめぐって/「同一性」概念をめぐって/「ル・ボン」と「ル・サクレ」
第7章 言語論の展開  (原初、ことばは詩であり音楽であった――コンディヤックルソーヘルダー)    スウィフト、バークリー、ロック/ロック、フランス啓蒙、コンディヤック/ロックとコンディヤック――起源論の困難をめぐって/「恣意的記号」としてのことば/身ぶり言語と音声言語/「モリヌークス問題」別解/コンディヤックとルソー――「欲求」か、「情念」か/南方方言の起源――泉から、恋とことばが生まれた/ヘルダーの言語起源論
第8章 理性の深淵へ  (ひとはその思考を拒むことも耐えることもできない――カント)    揺れうごくカント像――境界を思考するカント/思考の方向をさだめるもの、カントにおける「前批判期」と「批判期」/『純粋理性批判』の課題設定/素材と形式の区別――時空の超越論的観念性、いわゆる「定言命法」/実体と因果性のカテゴリー――ヒュームとカント/カテゴリーの客観的妥当性の問題/二つの「原則」について――実体と因果性の回復/超越論的弁証法――伝統的な形而上学の解体/最高存在の独語――「理性にとっての深淵」/崇高なもの――「あらわれることなく、あらわれる」ものへ
第9章 自我のゆくえ  (私はただ私に対して存在し、しかも私に対して必然的に存在する――マイモンフィヒテシェリング)    叡智的なものの困難と、その可能性――カント哲学における物自体と統覚/マイモン『超越論的哲学についての試論』(一七九〇年)をめぐって/意識の自己関係という謎――フィヒテの出発点/反省のアポリアから、知識学の第一根本命題へ/フィヒテの「事行」と、初期ドイツ観念論の出発点/「天才」シェリングの登場/同一哲学の成立――「無差別なもの」の次元
第10章 同一性と差異  (生命とは結合と非結合との結合である――ヘーゲル)    シェリングとヘーゲルの差異と同一/「同一性と非同一性との同一性」――プラトンとヘーゲル/生命の存在論――ヘーゲル弁証法の原型/同一律と時間性――アリストテレスとヘーゲル/愛という「承認」の原型/他なるものに対する存在/対他存在の謎をめぐって/イエスの運命――ヘーゲルにおける運命観の原型/近代という運命――市場の、無意識で、見とおしえない力
第11章 批判知の起源  (かれらは、それを知らないが、それをおこなっている――ヘーゲル左派マルクスニーチェ)     ベルリン、一八三一年――ヘーゲル最後の弟子、D・シュトラウス/ベルリン、一八四一年――ヘーゲル左派の「左旋回」と、後期シェリング/フォイエルバッハのキリスト教批判/「天上の批判」と「地上の批判」――青年マルクスの宗教/政治=経済批判/「聖なるもの」をめぐる唯物論――商品論とそのメタファー/かれらは、考えるまえにすでにおこなっていた/関係の存在は意識をあふれ出し、存在が意識を規定する/「神自身が死んでいる」
第12章 理念的な次元  (事物は存在し、できごとは生起して、命題は妥当する――ロッツェ、新カント学派フレーゲ)    ヘンルマン・ロッツェの形而上学/「実在wirklichkeit」の多義性と「妥当」の次元/新カント学派(西南学派)の出発点――ヴィンデルバント/西南カント学派とグラーツ学派――リッケルトとブレンターノ学派/数学的対象の問題――西南学派の終焉、マールブルク学派の思考/フレーゲ『算術の基礎』の三つの原則/「数の言明は概念の言表をふくんでいる」/一対一対応による基数の定義――0、1、後続
第13章 生命論の成立  (生は夢と行動のあいだにある――ベルクソン)    ベルクソンの数論について/心的状態の質あるいは強度について/持続の相互浸透――時間、自由、人格/時間という問題、過去と記憶という難問/二種類の記憶、記憶論の二局面――『物質と記憶』をめぐって/レアリテとイデアリテ――生きられた生と、夢みる記憶/「見ること」と生命進化の夢――『想像的進化』・瞥見/ベルクソンの晩年
第14章 現象の地平へ  (世界を還元することで獲得されるものは、世界それ自体である――フッサール)    フッサールの出発点――「数学」研究者から「数学の哲学」研究者へ/フレーゲとフッサール――理性による構成という視点/『論理学研究』第一巻の登場/『論理学研究」第二巻の問題設定/超越論的現象学の成立――「現象学的還元」について/志向性の意味をめぐって/純粋意識の構造、ノエシスとノエマ/晩年のフッサール
第15章 語りえぬもの  (その書は、他のいっさいの書物を焼きつくすことだろう――ハイデガーウィトゲンシュタインレヴィナス)    存在と存在者との差異、フッサールとハイデガーとの隔たり/世界内存在と「ひととしての自己」/現存在の情態性――不安、死、無、民族の生起/語りえぬものへの、秘かな共感――『論考』公刊後のウィトゲンシュタイン/思考の限界、言語の限界――『論考』の基本思想/語りうるもののかなた――倫理と神秘/「倫理学講話」、「絶対的価値」、「言語ゲーム」/第二次大戦後のハイデガー批判/存在するとはべつのしかたで――存在論的差異のかなたへ

あとがき (二〇〇六年 逝く夏に 熊野純彦)
関連略年表/邦語文献一覧/人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県に生まれる。1986年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専攻、倫理学、哲学史。現在(刊行当時)、東京大学助教授(を経て、同大学教授)。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『カント』(NHK出版)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『メルロ=ポンティ』(NHK出版)、熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)。

熊野純彦 『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書、2006年) '09/12/01
熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ


本「西洋哲学史 古代から中世へ (岩波新書1007)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
西洋哲学史―古代から中世へ (岩波新書)
西洋哲学史 古代から中世へ (岩波新書1007)

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2006/4, 新書 290ページ)
○価格: 861円
○ISBN: 978-4004310075
おすすめ度: 5.0
クチコミを見る



思考の運動


≪目次: ≫
まえがき
凡例

第1章 哲学の始原へ  (いっさいのものは神々に充ちている――タレスアナクシマンドロスアナクシメネス)    海と空が番うところ/アリストテレスの証言/なにかそれを問うこと/世の移ろいを超えたもの/「たましい」と「無限なもの」/アペイロン(無限なもの)/不生にして不死なるもの/世界への問いと、人間への問い
第2章 ハルモニア  (世界には音階があり、対立するものの調和が支配している――ピタゴラスその学派ヘラクレイトスクセノファネス)    輪廻というリアリティ/万物は数である/ピタゴラス数と、フェルマーの最終定理/炎の不可思議/「闇いひと」、ヘラクレイトス/ロゴスをめぐる経験/ひとつの、おなじもの
第3章 存在の思考へ  (あるならば、生まれず、滅びない――パルメニデスエレアのゼノンメリッソス)    思考を紡ぐ文体/パルメニデスはなぜ哲学詩を残したか/あるとし、あらぬということはありえないとする道/あるならば、生まれず、滅びない/「多」はありえず、「動」もまたありえない/無限と無限とを対応させること/運動は不可分であるか/運動のためには空虚が存在しなければならない
第4章 四大と原子論  (世界は愛憎に満ち、無は有におとらず存在する――エンペドクレスアナクサゴラスデモクリトス)    おなじものが変化するということのふしぎ/エンペドクレスによる応答/エンペドクレス、アナクサゴラス、ソクラテス/アナクサゴラスによる回答/古代原子論の登場/あらぬものはあるにおとらずある/デモクリトスとエピクロス/「エレアからの客人」――プラトンにおける「無」の問題
第5章 知者と愛知者  (私がしたがうのは神に対してであって、諸君にではない――ソフィストたち、ソクラテスディオゲネス)    啓蒙思想家としてのソフィスト/「人間は万物の尺度である」――プロタゴラス/戯画化されたソフィストと、哲学者としてのソフィスト/「なにも語ることはできない」――ゴルギアス/野蛮へと反転する啓蒙/ソクラテスというひと/「知らないことを知らないと思っている」/「無知の知」?/エレンコス(論駁的対話)の実例/ダイモン的なものと神/「狂ったソクラテス」――樽のなかのディオゲネス
第6章 イデアと世界  (かれらはさまざまなものの影だけを真の存在とみとめている――プラトン)    彫像とイデア――あるいは、プラトンと造形美術/いわゆる「イデア論」について――かたちそれ自体は不可視である/「なんであるか」と「まさにそのものである」――ソクラテスとプラトン/「探求のアポリア」と「想起」説/「ひとしさ」であることそのもの/「かれらは、たださまざまなものの影だけを真の存在とみとめている」/中期プラトンの夢と逆説――いわゆる「哲人政治」について/『パルメニデス』篇の謎/「一」(ト・ヘン)、「同」(ト・アウト)、「異」(ト・ヘテロン)/「一」と「多」をめぐって/最後のプラトン――夢は見果てられたか?
第7章 自然のロゴス  (すべての人間は、生まれつき知ることを欲する――アリストテレス)    「アリストテレスの提灯」と「マンティコラス」/プラトンとアリストテレス、アリストテレスとアレクサンドロス/自然のロゴス/運動の原理としての自然/「質料・形相」論、「四原因」論、「可能態・現実態」論/自然と人為をむすぶもの/目的論的な世界像/「エートス」という第二の自然――もうひとつの「自然と人為」/「存在としての存在」を問うこと――『形而上学』の問題設定/不動の動者――アリストテレスの神と、プラトンへの回帰/「アテナイがふたたび哲学を冒涜することがないように」
第8章 生と死の技法  (今日のこの日が、あたかも最期の日であるかのように――ストア派の哲学者群像)    ヘレニズム期アテナイの市街図/ストア学派研究の困難をめぐって/ストア学派のゼノン/ストア学派の論理学/「表示されるもの」――意味と指示/ストア学派の自然学/ストア学派の決定論/ストア学派の倫理学/「戴冠せるストア主義者」/生と死の技法――現在という永遠
第9章 古代の懐疑論  (懐疑主義とは、現象と思考を対置する能力である――メガラ派アカデメイア派ピュロン主義)    「方法的懐疑」(デカルト)のみなもと/哲学そのものとしての「スケプシス」/ドグマティコイとスケプティコイ、体系化と体系批判者/小ソクラテス派、とくにメガラ派について/アカデメイア学派の転回――アカデメイア派の懐疑主義/アルケシラオスのストア学派批判/ピュロン主義者たち――ピュロン、ティモンアイネシデモスアグリッパ/トロポイの例――第一のトロポスから第五のトロポス/第六のトロポスから第十のトロポス、新たなトロポス/数学への批判――点は存在するか、二は存在するか?/懐疑論の意義と限界
第10章 一者の思考へ  (一を分有するものはすべて一であるとともに、一ではない――フィロンプロティノス、プロクロス)    「哲学者の神」と「アブラハムの神」/フィロンのプラトン的聖書解釈――「二段階創造説」について/創造論と時間論の交点/キリスト教徒フィロン? 新プラトン主義者フィロン?/「ひとつ」であること/一を分有するものはすべて一であるとともに、一ではない/プロティノスにおける三つの原理――「一者」「たましい」「知性」/一者は存在よりも先なるものである/新プラトン主義とその周辺
第11章 神という真理  (きみ自身のうちに帰れ、真理は人間の内部に宿る――アウグスティヌス)    ある喪失の経験/存在者への愛、真理への愛/遍歴と回心/修辞、信仰、思考/アウグスティヌスの懐疑論批判/「方法的懐疑」の原型?――アウグスティヌスとデカルト/「ひとしくある」ものと、「ひとつである」もの・再考/内面への還帰と、自己の超越/理性の超克と神への超越/過ぎゆくものと、過ぎゆきはしないもの/アウグスティヌスの時間論/神と永遠をめぐる思考
第12章 一、善、永遠  (存在することと存在するものとはことなる――ボエティウス)    『哲学の慰め』の特異性について/ポルフュリオス『イサゴーゲー』と、ボエティウスによるその註解/ボエティウスといわゆる「普遍論争」/存在することと存在するものとの「存在論的差異」?/Id quod est の両義性と、トマスの理解/存在者は被造物であることによって善である/時間と永遠――とどまる「いま」が永遠をつくる
第13章 神性への道程  (神はその卓越性のゆえに、いみじくも無と呼ばれる――偽ディオニシオスエリウゲナアンセルムス)    中世期における複数形のルネサンス/カロリング・ルネサンスの「人文主義」/偽ディオニシオス文書と、いわゆる「神秘主義」の系譜/エリウゲナの『ペリフュセオン』/神はその卓越性のゆえに、無と呼ばれる/神にとっては闇も光もことなることがない/アンセルムスによる言語分析について/アンセルムスによる神の存在論的証明
第14章 哲学と神学と  (神が存在することは、五つの道によって証明される――トマス・アクィナス)    「純潔」の理性的な価値について/十字軍と、いわゆる「ラテン・アヴェロイスト」/アリストテレス『デ・アニマ』の一論点をめぐって/世界の永遠性をめぐって/神の存在は、証明が必要であり、また可能である/神の存在は五つの道によって証明される/トマスによる神の存在証明一――第一から第三の道まで/トマスによる神の存在証明二――第四の道と第五の道と、異論への反論/改革派トマス、論争家トマス/「比例の類比」から「存在の類比」へ/「存在の類比」から「存在の分有」へ/「存在の分有」から「神による創造」へ
第15章 神の絶対性へ  (存在は神にも一義的に語られ、神にはすべてが現前する――スコトゥスオッカムデカルト)    永遠という問いについて/スコトゥスのアンセルムス理解について/「存在の類比」と「存在の一義性」/存在の一義性と、超越概念としての存在/存在の一義性の意味/ドゥルーズのスコトゥス解釈/オッカム・一面/「神の予定」という問題と、「未来偶然命題」という問題/人間の時間、神の永遠/デカルトの永遠真理創造説をめぐって

あとがき (二〇〇六年 春三月 熊野純彦)
関連略年表/邦語文献一覧/人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県に生まれる。1986年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専攻、倫理学、哲学史。現在(刊行当時)、東京大学助教授(を経て、同大学教授)。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『カント』(NHK出版)、『差異と隔たり』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『メルロ=ポンティ』(NHK出版)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)。

熊野純彦 『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書、2009年) '09/11/13







人気ブログランキングへ


本「和辻哲郎 文人哲学者の軌跡 (岩波新書1206)」熊野純彦5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 (岩波新書)
和辻哲郎 文人哲学者の軌跡 (岩波新書1206)

○著者: 熊野純彦
○出版: 岩波書店 (2009/9, 新書 246ページ)
○価格: 819円
○ISBN: 978-4004312062
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る



家族論、国家論、共同体、戦争、天皇制、、、倫理学

観察者、
和辻哲郎 (わつじ・てつろう, 1889-1960)


≪目次: ≫
まえがき
序章 絶筆    (生のはじまり、生のおわり/『自叙伝の試み』/「黄道」/「理解の海」への驚き)

第I章 ふたつの風景
第1節 故郷
   1 村落の追憶(仁豊野という土地/村の生活――観察者としての少年/村の現実と、村落の理念) 2 父母の影響(和辻の父――仁術としての医学/私塾の師――父の受けた教育/母の日常――「おいえはん」の暮らし/「主婦」という特異な存在) 3 家族論から(和辻家族論の原像/エコノミーのはじまりとしての「家」/伝統的家族観と近代的家族像/和辻家族論の屈折)
第2節 離郷    1 亀裂の記憶(小村の出身者――和辻の特異性/「土下座」/「帰郷」と「回帰」の物語/「回帰」の陰影) 2 少年の日々(意識の下積み/意識のはじまり/「現実よりも強い存在を持ったもの」/楽園のおわり) 3 地縁共同体(同時代人の幼年時代/土地の意味/遊びと労働――和辻の回想の質について)
第3節 帝都    1 都市の生活(東京の桜/魚住折蘆との出逢い/哲学への関心――ケーベル、魚住、和辻) 2 空間と交通(一高生の作文/ふたつの風景――和辻の空間・交通論の形成/空間、交通、通信――村落の原型から/「道」の拡大――歴史的視野から/「生きられた空間」――都市の風景から) 3 歌のわかれ(和辻の大学時代/和辻の処女作/和辻の資質について)

第蕎蓮_鶺△垢詢冤
第1節 回帰
    1 夫婦と信頼(疾風怒濤の時代のおわり/二人共同体/夫婦、信頼、真実/夫婦間のただ一度の危機――阿部次郎事件について) 2 日本古代へ(回帰の軌跡/『日本古代文化』と単一民族神話/清明心の道徳/『日本古代文化』の魅力) 3 原始仏教へ(藤岡蔵六事件/京都へ――西田と和辻/『沙門道元』/『原始仏教の実践哲学』)
第2節 渡航    1 風土論から(『風土』の視点/自然と文化――風土の意味/戸坂潤の和辻批判) 2 カント解釈(ヨーロッパ経験の遺産/誤謬推理論の解釈/和辻のカント解釈の特徴/カント解釈のかなた) 3 日本語論へ(「日本語と哲学の問題」/「道」を「知る」こと/「有る」ことの意味/日本語論の陥穽――回帰する倫理)
第3節 倫理    1 マルクスへ(時代の転機/「日本語と哲学の問題」から『人間の学としての倫理学』へ/和辻のマルクス理解――「間柄」としての「物質」/自然、間柄、風土) 2 倫理の意味(「倫理」への問い、ことばへの問い/「ひと」「世人」「われ」/他性とその抹消/回帰としての倫理学) 3 関係と身体(コギト命題への批判/「問う」ということ/関係と身体/身体、感覚、言語/「他者への関係」としての「倫理」)

第珪蓮〇代のなかで
第1節 時代
    1 思考の文脈(西田の応答/西田幾多郎「論理と生命」について/京都学派の人間学構想――三木清の場合/民族という「躓きの石」) 2 時代の課題(「日本精神」/「外国崇拝」の「伝統」/「現代日本と町人根性」/帝国主義戦争と「大義」の喪失/「町人根性」批判と「経済的組織」論) 3 経済的組織(経済現象の「模型」――マリノウスキーの報告に依拠して/クラ交易について/経済現象一般の意味/ホモ・エコノミクスの克服)
第2節 国家    1 日本の運命(「文化的創造に携わる者の立場」/「東西文化の総合」/戦時体制への参与/日米開戦と戦前版『倫理学』中巻) 2 国家と戦争(「戦争美化」の哲学?/地縁共同体から文化共同体へ、民族から国家へ/国家とはなにか/国家と戦争/回帰の場所/国家の起源と解体/) 3 紀年と国境(和辻の時間論/王権――時間を分節化し、歴史を編むもの/歴史によって物語られる国家/風景――土地の共同のひとつのすがた/国境――風土を国土とするもの/終戦工作から戦後へ)
第3節 戦後    1 天皇の問題(丸山眞男の回想から/『尊皇思想とその伝統』/和辻の「アマテラス」像/現人神としての天皇) 2 文化と言語(王権の原型――人民主権としての王権/文化の問題/ことばの問題/和辻倫理学における言語の位置/言語観、文化観、天皇制) 3 晩年の和辻(「松風の音」/停年退官/和辻の芸術論/最晩年/和辻の資質・再考/和辻の死)

終章 文人    (文人哲学者/「自己発見」の書/弥勒像との出逢い)

参考文献
あとがき (二〇〇九年 死者たちの季節に 熊野純彦)
略年譜
人名索引


≪著者: ≫ 熊野純彦 (くまの・すみひこ) 1958年、神奈川県に生まれる。1986年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専攻、倫理学、哲学史。現在、東京大学教授。著書、『レヴィナス入門』(ちくま新書)、『レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波書店)、『ヘーゲル』(筑摩書房)、『カント』(NHK出版)、『差異と隔たり――他なるものへの倫理』(岩波書店)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『メルロ=ポンティ』(NHK出版)、『西洋哲学史 古代から中世へ』『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書)ほか。訳書、『全体性と無限』(レヴィナス、岩波文庫)、『共同存在の現象学』(レーヴィット、岩波文庫)。

和辻哲郎 『人間の学としての倫理学』(岩波文庫、2007年) '09/04/07
和辻哲郎 『風土 人間学的考察』(ワイド版岩波文庫) '09/02/25
和辻哲郎 『孔子』(ワイド版岩波文庫) '08/11/29







人気ブログランキングへ

訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

since 2007.11.19

Categories
じゃらんnet 宿・ホテル予約

Amazon
honto
TagCloud
本が好き!
本が好き!
記事検索
管理人・連絡先
管理人 Gori が書き記しています。 不適切な表現及び解釈などありましたら連絡ください。
ppdwy632@yahoo.co.jp
livedoor プロフィール

Gori

主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

‘表 BLOG (since 2006.8)
▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

Archives
Recent Comments
Recent TrackBacks
父が子に語る近現代史 (本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館])
本「父が子に語る日本史」小島毅
BlogRanking
  • ライブドアブログ