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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

草思社

本「銃・病原菌・鉄 〈下〉 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)」ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰 訳5

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文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
銃・病原菌・鉄 〈下〉 1万3000年にわたる人類史の謎  Jared Diamond: “Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies”, 1997 (草思社文庫)

○著者: ジャレド・ダイアモンド倉骨彰
○出版: 草思社 (2012/2, 文庫 432ページ)
○定価: 945円
○ISBN: 978-4794218797




世界史の勢力地図は、侵略と淘汰が繰り返されるなかで幾度となく塗り替えられてきた。歴史の勝者と敗者を分けた要因とは、銃器や金属器技術の有無、農耕収穫物や家畜の種類、運搬・移動手段の差異、情報を伝達し保持する文字の存在など多岐にわたっている。だが、地域によるその差を生み出した真の要因とは何だったのか? 文系・理系の枠を超えて最新の研究成果を編み上げ、まったく新しい人類史・文明史の視点を提示した知的興奮の書。


≪目次: ≫
第3部 銃・病原菌・鉄の謎(承前)
第12章 文字をつくった人と借りた人
文字の誕生と発展/三つの戦略/シュメール文字とマヤ文字/文字の伝播/既存文字の借用/インディアンが作った文字/古代の文字表記/文字を使える人びと/地形と自然環境の障壁
第13章 発明は必要の母である
ファイストスの円盤/発明が用途を生む/誇張された「天才発明家」/先史時代の発明/受容されなかった発明/社会によって異なる技術の受容/同じ大陸でも見られる技術の受容のちがい/技術の伝播/地理上の位置の役割/技術は自己触媒的に発達する/技術における二つの大躍進
第14章 平等な社会から集権的な社会へ
ファユ族と宗教/小規模血縁集団/部族社会/首長社会/富の分配/首長社会から国家へ/宗教と愛国心/国家の形成/食料生産と国家/集権化/外圧と征服

第4部 世界に横たわる謎
第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー
オーストラリア大陸の特異性/オーストラリア大陸はなぜ発展しなかったのか/近くて遠いオーストラリアとニューギニア/ニューギニア高原での食料生産/金属器、文字、国家を持たなかったニューギニア/オーストラリア・アボリジニの生活様式/地理的孤立にともなう後退/トレス海峡をはさんだ文化の伝達/ヨーロッパ人はなぜニューギニアに定住できなかったか/白人はなぜオーストラリアに入植できたか/白人入植者が持ち込んだ最終産物
第16章 中国はいかにして中国になったのか
中国の「中国化」/南方への拡散/東アジア文明と中国の役割
第17章 太平洋に広がっていった人びと
オーストロネシア人の拡散/オーストロネシア語と台湾/画期的なカヌーの発明/オーストロネシア語の祖語/ニューギニアでの拡散/ラピタ式土器/太平洋の島々への進出/ヨーロッパ人の定住をさまたげたもの
第18章 旧世界と新世界の遭遇
アメリカ先住民はなぜ旧世界を征服できなかったのか/アメリカ先住民の食料生産/免疫・技術のちがい/政治機構のちがい/主要な発明・技術の登場/地理的分断の影響/旧世界と新世界の遭遇/アメリカ大陸への入植の結末
第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったか
アフリカ民族の多様性/アフリカ大陸の五つのグループ/アフリカの言語が教えてくれること/アフリカにおける食料生産/アフリカの農耕・牧畜の起源/オーストロネシア人のマダガスカル島への拡散/バンツー族の拡散/アフリカとヨーロッパの衝突

エピローグ 科学としての人類史
環境上の四つの要因/考察すべき今後の課題/なぜ中国ではなくヨーロッパが主導権を握ったのか/文化の特異性が果たす役割/歴史に影響を与える「個人」とは/科学としての人類史


訳者あとがき (二〇〇〇年八月三十日 訳者)
文庫版のためのあとがき (二〇一一年十二月 訳者)

関連文献(下巻)


※本書は、二〇〇〇年に当社より刊行された著作を文庫化したものです。


≪著者: ≫ ジャレド・ダイアモンド (Jared Diamond) 1937年ボストン生まれ。生理学者、進化生物学者、生物地理学者。ハーバード大学、ケンブリッジ大学で博士号を取得。カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、ピュリッツァー賞、コスモス国際賞など受賞多数。長年にわたってニューギニアでフィールドワークを続けている。著書に『人間はどこまでチンパンジーか』(新曜社)、『セックスはなぜ楽しいか』『文明崩壊』(いずれも草思社)などがある。

[訳者: ] 倉骨 彰 (くらほね あきら) 数理言語学博士。専門は自動翻訳システムのR&D。テキサス大学オースチン校大学院言語学研究科博士課程修了。同校で数学的手法による自然言語の統語論と意味論を研究。主要訳書に『マーフィーの法則――現代アメリカの知性』『C言語入門(ASCII SOFTWARE SCIENCE Language)』(アスキー)、『思考する機械 コンピュータ』(草思社)ほか多数。共著書に『怪我と病気の英語力』『英文Eメール文例ハンドブック』(ともに日本経済新聞出版社)ほか。

ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄 〈上〉 1万3000年にわたる人類史の謎  Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies, 1997 』(倉骨彰 訳、草思社文庫、2012年) '13/02/12

日本機械学会 編 『新・機械技術史  A New History of Machine and Technology 』(三津間秀彦/米澤克雄/緒方正則/下間頼一/天野武弘/三輪修三/白井靖幸/佐藤建吉/川上顕治郎/堤一郎/菊池昇/中尾政之 執筆、日本機械学会、2011年) '12/10/12
ウィリアム・H・マクニール 『世界史 〈下〉  A World History 』(増田義郎/佐々木昭夫 訳、中公文庫、2008年) '12/10/05
ウィリアム・H・マクニール 『世界史 〈上〉  A World History, 1967, 2nd ed., 1971, 3rd ed., 1979, 4th ed., 1999 』(増田義郎/佐々木昭夫 訳、中公文庫、2008年) '12/09/29
H・G・ウェルズ 『世界文化小史  A Short History of the World, 1922 』(下田春直 訳、講談社学術文庫、2012年) '12/08/25



Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies
Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies

○著者: Jared Diamond
○出版: W W Norton & Co Inc (1999/4, ペーパーバック 480ページ)
○価格: 1,668円
○ISBN: 978-0393317558







 「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」というヤリの問いかけは、まさに更新世以降の人類史、そして現代の人類社会の核心をついているといえる。人類史の軌跡をそれぞれの大陸ごとに駆け足でたどってきたいま、われわれは、ヤリのこの問いかけにどのように答えるべきだろうか。
 私ならこう答えるだろう。……   (p365、「エピローグ 科学としての人類史」)



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本「銃・病原菌・鉄 〈上〉 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)」ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰 訳5

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文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
銃・病原菌・鉄 〈上〉 1万3000年にわたる人類史の謎  Jared Diamond: “Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies”, 1997 (草思社文庫)

○著者: ジャレド・ダイアモンド倉骨彰
○出版: 草思社 (2012/2, 文庫 416ページ)
○定価: 945円
○ISBN: 978-4794218780





アメリカ大陸の先住民はなぜ、旧大陸の住民に征服されたのか。なぜ、その逆は起こらなかったのか。現在の世界に広がる富とパワーの「地域格差」を生み出したものとは。1万3000年にわたる人類史のダイナミズムに隠された壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など、広範な最新知見を縦横に駆使して解き明かす。ピュリッツァー賞、国際コスモス賞、朝日新聞「ゼロ年代の50冊」第1位を受賞した名著、待望の文庫化。


≪目次: ≫
日本語版への序文 東アジア・太平洋域から見た人類史 (二〇〇〇年七月四日 ロサンゼルスにて ジャレド・ダイアモンド)

プロローグ ニューギニア人ヤリの問いかけるもの
ヤリの素朴な疑問/現代世界の不均衡を生みだしたもの/この考察への反対意見/人種による優劣という幻想/人類史研究における重大な欠落/さまざまな学問成果を援用する/本書の概略について

第1部 勝者と敗者をめぐる謎
第1章 一万三〇〇〇年前のスタートライン
人類の大躍進/大型動物の絶滅/南北アメリカ大陸での展開/移住・順応・人口増加
第2章 平和の民と戦う民の分かれ道
マオリ族とモリオリ族/ポリネシアでの自然の実験/ポリネシアの島々の環境/ポリネシアの島々の暮らし/人口密度のちがいがもたらしたもの/環境のちがいと社会の分化
第3章 スペイン人とインカ帝国の激突
ピサロと皇帝アタワルパ/カハマルカの惨劇/ピサロはなぜ勝利できたか/銃・病原菌・鉄

第2部 食料生産にまつわる謎
第4章 食料生産と征服戦争
食料生産と植民/馬の家畜化と征服戦争/病原菌と征服戦争
第5章 持てるものと持たざるものの歴史
食料生産の地域差/食料生産の年代を推定する/野生種と飼育栽培種/一歩の差が大きな差へ
第6章 農耕を始めた人と始めなかった人
農耕民の登場/食料生産の発祥/時間と労力の配分/農耕を始めた人と始めなかった人/食料生産への移行をうながしたもの
第7章 毒のないアーモンドのつくり方
なぜ「栽培」を思いついたか/排泄場は栽培実験場/毒のあるアーモンドの栽培化/突然変異種の選択/栽培化された植物とされなかった植物/食料生産システム/オークが栽培化されなかった理由/自然淘汰と人為的な淘汰
第8章 リンゴのせいか、インディアンのせいか
人間の問題なのか、植物の問題なのか/栽培化の地域差/肥沃三日月地帯での食料生産/八種の「起源作物」/動植物に関する知識/ニューギニアの食料生産/アメリカ東部の食料生産/食料生産と狩猟採集の関係/食料生産の開始を遅らせたもの
第9章 なぜシマウマは家畜にならなかったのか
アンナ・カレーニナの原則/大型哺乳類と小型哺乳類/「由緒ある家畜」/家畜可能な哺乳類の地域差/他の地域からの家畜の受け容れ/家畜の初期段階としてのペット/すみやかな家畜化/繰り返し家畜化された動物/家畜化に失敗した動物/家畜化されなかった六つの理由/地理的分布、進化、生態系
第10章 大地の広がる方向と住民の運命
各大陸の地理的な広がり/食料生産の伝播の速度/西南アジアからの食料生産の広がり/東西方向への伝播はなぜ速かったか/南北方向への伝播はなぜ遅かったか/アメリカ大陸における農作物の伝播/技術・発明の伝播

第3部 銃・病原菌・鉄の謎
第11章 家畜がくれた死の贈り物
動物由来の感染症/進化の産物としての病原菌/症状は病原菌の策略/流行病とその周期/集団病と人口密度/農業・都市の勃興と集団病/家畜と人間の共通感染症/病原菌の巧みな適応/旧大陸からやってきた病原菌/新大陸特有の集団感染症がなかった理由/ヨーロッパ人のとんでもない贈り物

関連文献(上巻)


≪著者: ≫ ジャレド・ダイアモンド (Jared Diamond) 1937年ボストン生まれ。生理学者、進化生物学者、生物地理学者。ハーバード大学、ケンブリッジ大学で博士号を取得。カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、ピュリッツァー賞、コスモス国際賞など受賞多数。長年にわたってニューギニアでフィールドワークを続けている。著書に『人間はどこまでチンパンジーか』(新曜社)、『セックスはなぜ楽しいか』『文明崩壊』(いずれも草思社)などがある。

[訳者: ] 倉骨 彰 (くらほね あきら) 数理言語学博士。専門は自動翻訳システムのR&D。テキサス大学オースチン校大学院言語学研究科博士課程修了。同校で数学的手法による自然言語の統語論と意味論を研究。主要訳書に『マーフィーの法則――現代アメリカの知性』『C言語入門(ASCII SOFTWARE SCIENCE Language)』(アスキー)、『思考する機械 コンピュータ』(草思社)ほか多数。共著書に『怪我と病気の英語力』『英文Eメール文例ハンドブック』(ともに日本経済新聞出版社)ほか。







……彼はこう尋ねたのだ。「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」。それは単純な質問だったが、核心をつく質問でもあった。……   (p24、「プロローグ」



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本「絵で見る 明治の東京」穂積和夫 絵と文5

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絵で見る 明治の東京
絵で見る 明治の東京

○著者: 穂積和夫
○出版: 草思社 (2010/11, 単行本 240ページ)
○価格: 2,100円
○ISBN: 978-4794217875
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いわゆる明治の近代化における東京の、、、明治維新、文明開化、江戸時代から明治時代へ、近世から近代へ、なんなんだろう?!、徳川幕府が倒壊して担ぎ出された?!明治天皇(慶応4年 明治元年 1868年 当時17歳、京都から江戸・東京へ)、西洋化
ある日突然??!、どうなんだろう?!、それ以前から蓄積されて蓄積されて、変革(明治維新)の動乱(鳥羽・伏見の戦い戊辰戦争)のキッカケをいまや遅しと待ち受けていたかのごとく膨大なるエネルギーの萌芽の



江戸時代から明治維新を経て、急速に文明開化を進めた日本。巨大都市東京は江戸趣味と欧風文化が混在し、日々急激に変貌する空間だった。建築イラスト、都市イラストの第一人者が、160枚のイラストレーションで描きあげた幻影の都市、驚異の全貌。


≪目次: ≫
一 文明開化    明治時代がはじまった/文明開化の音がする/異人さんがやってきた/西洋長屋レンガ街/牛肉食わぬは開けぬやつ/町にクルマが走りだす
二 新しい国づくり    政府がつくった新工場/海運橋の天守楼/徴兵懲役一字のちがい/官員ポリスのなまずひげ/書生、書生と軽蔑するな/汽笛一声新橋を/切手に消印
三 町の施設    鉄道馬車は市民の足/時計台の鐘が鳴る/博覧会は花ざかり/イスラム風の博物館/ランプから電灯へ/鹿鳴館の夜は更けて
四 言論の時代    士族の商法/自由湯をば飲ませたい/新時代のマスコミ/錦絵から写真へ/代議士まかり通る
五 東京の町づくり    火消しから消防へ/ほじくりかえす市区改正/パリをもしのぐ都市計画/ベニスをしのぶ水の町/威信をかけた日本銀行/あいかわらずの水不足/春のうららの隅田川
六 市民の生活    やっと生まれた東京市/浅草のスカイタワー/帝国ホテルニコライ堂/山の手の生活/東京商売往来/長屋の暮らし/陽の当たらぬ町/伝染病とのたたかい/煤煙吐きだす砲兵工廠/チンチン電車が通ります/盛り場の移り変わり/明治の流行/明治犯科帳
七 町の楽しみ    東京十二カ月/芝居見物/歌は世につれ/明治のアイドル、娘義太夫/サーカスと奇術/粋すじの女たち/お歯黒どぶに灯がゆれる/明治の名物勧工場/明治の子供たち/チリリン、チリリンと出てくるは/驚くなかれ税金二百万円/活動大写真蓄音機/野球・ボート・相撲
八 明治のたそがれ    上野は北の玄関口/三菱が原の一丁ロンドン/モータリゼーション事はじめ/日比谷焼き打ち/明治のモニュメント東宮御所/今日は帝劇、明日は三越/飛行機空を飛ぶ/明治は遠くなりにけり

明治の東京・関連年表 (1868年 慶応4年 明治元年〜1912年 明治45年 大正元年)
参考図書
あとがき (二〇一〇年十月傘寿を迎えて 穂積和夫)


≪著者: ≫ 穂積和夫 (ほづみ・かずお) 1930年東京に生まれる。東北大学工学部建築学科卒業。長沢節氏に師事して絵を学ぶ。松田平田設計事務所を経てイラストレーターに。昭和女子大学非常勤講師。日本風俗史学会会員。著書にシリーズ『日本人はどのように建造物をつくってきたか』全10巻(草思社、サンケイ児童出版文化賞)、『日本の建築と街並みを描く』(彰国社)、『大人の男こそ、オシャレが似合う』(草思社)『絵本アイビーボーイ図鑑』(愛育社)、『自動車のイラストレーション』(ダヴィッド社)ほか多数。






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本「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く  Andrew Parker: “In the Blink of an Eye: The Cause of the Most Dramatic Event in the History of Life”2003.」アンドリュー・パーカー、渡辺政隆/今西康子 訳5

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眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く  Andrew Parker: “In the Blink of an Eye: The Cause of the Most Dramatic Event in the History of Life”2003.

○著者: アンドリュー・パーカー、渡辺政隆/今西康子 訳
○出版: 草思社 (2006/2, 単行本 384ページ)
○価格: 2,310円
○ISBN: 978-4794214782
おすすめ度: 4.5
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光スイッチ!!
五億四三〇〇万年前のカンブリア紀の爆発、Trilobite!!(三葉虫)、Wonderful Life♪


≪目次: ≫
はじめに
第1章 進化のビッグバン    おなじみの生きものたち/進化と多様性/カンブリア紀の爆発とは/「生命全史」ダイジェスト(第一部から第三部――熱いスープから原始の細胞が生まれた/第四部と第五部――細胞核の出現と細胞の合体/第六部から第八部――真の多細胞動物の出現/第八部続き――エディアカラ動物の謎/第九部――カンブリア紀の爆発)/バージェス化石を発掘現場で見る/バージェス動物研究の一〇〇年/古生物学の至宝/カンブリア紀の爆発はなぜ起きたのか/これまでの説と、その反証/この本のあらまし
第2章 化石に生命を吹き込む    化石――過去への入り口/マンモスが残したもの/古い骨と新しい科学/活動している地球/太古の環境を推測する/古生物学――最初の法医学/生痕化石/骨に肉づけする/見えない化石の立体画像/道具を手にしてカンブリア紀へ
第3章 光明    光る昆虫標本/光のとらえ方――ヴィクトリア時代の新たな好奇心/色素/進化の幕間に/彩色の目的――カムフラージュすと自己顕示/光は動きにも影響する/構造色
第4章 夜のとばりにつつまれて    太陽の光のないところ/夜の地上/深海/洞窟
第5章 光、時間、進化    海のベークトビーンズ/生きた化石/物理の実験室で生まれた「回折格子」/スライドグラスの上で光る貝虫/発光のねらい――防犯、目くらまし、求愛/虹色のサクセスストーリー/自然界にもあった回折格子/空を向くハエ、地面を向くハエ/音をすてて光をとったカニ/異彩を放つウミウシ
第6章 カンブリア紀に色彩はあったか    ピンク色の三葉虫の先には/アンモナイトは光沢を隠していた?/五〇〇〇万年の時をこえてきらめく甲虫/よみがえったバージェス動物の輝き
第7章 眼の謎を読み解く    「完璧にして複雑きわまりない器官」/光を感じることと見えることとは別/見るための光の入り口(単眼/複眼)/祖先の眼(コノドントの大きなカメラ眼/バージェス動物の眼/カンブリア紀のほかの動物の眼)/三葉虫の眼
第8章 殺戮本能と眼    「生命の法則――あらゆる場所で生き延びるために」/眼と「生命の法則」/食べる側の眼、食べられる側の眼/剣と盾と刀傷(カンブリア紀後の直接証拠/再びカンブリア紀へ)/最初の捕食者を求めて
第9章 生命史の大疑問への解答    世界を一新させた大進化/捕食も爆発の原因だったのか/進化の原動力としての視角/「光スイッチ」説/カンブリア紀の爆発は適応までの混乱だった/なぜ視覚だけがスイッチになったのか(ほかの感覚の小進化/借用できた神経ネットワーク/進化史からの証拠/避けようのない光/眼がもたらす新たな挑戦)/五億四三〇〇万円前という意味
第10章 では、なぜ眼は生まれたのか    ひとつだけ答えに窮した質問/再びシドニーの海岸で
訳者あとがき (二〇〇六年一月 渡辺 政隆)


≪著者: ≫ アンドリュー・パーカー Andrew Parker 1967年英国生まれ。オーストラリア博物館研究員を経て、1999年から英国ロイヤルソサエティ大学特別研究員としてオクスフォード大学動物学科の研究リーダーに就任。2005年からは英国自然史博物館動物学研究部研究リーダー。2005年には、2冊目の著書 Seven Deadly Colours: The Genius of Nature's Palette and How It Eluded Darwin (Free Press) を出版。

[訳者] 渡辺政隆 (わたなべ・まさたか) 1955年生まれ。サイエンスライター、文部科学省科学技術政策研究所上席研究官。著書に『DNAの謎に挑む』(朝日新聞社)、『シーラカンスの打ちあけ話』(廣済堂出版)、『ガラガラヘビの体温計』(河出書房新社)、訳書に『生命40年全史』(フォーティ、草思社)、『ワンダフルライフ』(グールド、早川書房)他多数。

[訳者] 今西康子 (いまにし・やすこ) 1958年、神奈川県生まれ。NTTの健康管理所に勤務ののち、現在は翻訳業。共訳書に『保健医療職のための質的研究入門』(ガービッチ、医学書院)、『子どもに伝える父親たちの知恵』(ホフマン、草思社)他。

チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈下〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '10/01/28
ニール・シュービン 『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト 最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅  Neil Shubin: “Your Inner Fish: A Journey into the 3.5-Billion-Year History of the Human Body”Pantheon Books, 2008.』(垂水雄二訳、早川書房、2008年) '10/01/24
スティーヴン・ジェイ・グールド 『ワンダフル・ライフ バージェス頁岩と生物進化の物語  Stephen Jay Gould: “Wonderful Life: The Burgess Shale and the Nature of the History”1989.』(渡辺政隆訳、ハヤカワ文庫NF、2000年) '10/01/20
リチャード・フォーティ 『三葉虫の謎 「進化の目撃者」の驚くべき生態  Richard Fortey: “Trilobite!: Eyewitness to Evolution”2000.』(垂水雄二訳、早川書房、2002年) '10/01/15
リチャード・フォーティ 『地球46億年全史  Richard Fortey: “The Earth: An Intimate History” HarperCollins, 2004.』(渡辺政隆/野中香方子訳、草思社、2009年) '10/01/07
ナイジェル・コールダー 『オックスフォード・サイエンス・ガイド  Nigel Calder: “Magic Universe: The Oxford Guide to Modern Science” Oxford University Press, 2003.』(屋代通子訳、築地書館、2007年) '10/01/05
リチャード・フォーティ 『生命40億年全史  Richard Fortey: “Life: An Unauthorized Biography” HarperCollins, 1997.』(渡辺政隆訳、草思社、2003年) '09/12/29
リチャード・ドーキンス 『進化の存在証明  Richard Dawkins:“The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution”2009.』(垂水雄二訳、早川書房、2009年) '09/12/25
チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈上〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/10/27
サイモン・イングス 『見る 眼の誕生はわたしたちをどう変えたか  Simon Ings: “The Eye: A Natural History”Bloomsbury, 2007.』(吉田利子訳、早川書房、2009年) '09/10/05

北村雄一 『ダーウィン『種の起源』を読む』(化学同人、2009年) '09/03/16
ジャネット・ブラウン 『ダーウィンの『種の起源』  Darwin's“Origin of Species”』(長谷川眞理子訳、名著誕生シリーズ、ポプラ社、2007年) '08/04/24


In The Blink Of An EyeIn The Blink Of An Eye
著者: Andrew Parker
出版: Basic Books (2003/4, English, 352ページ)
ISBN: 978-0738206073
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In The Blink Of An Eye: How Vision Sparked The Big Bang Of EvolutionIn The Blink Of An Eye: How Vision Sparked The Big Bang Of Evolution (ペーパーバック)
著者: Andrew Parker
出版: Basic Books (2004/4, English, 336ページ)
ISBN: 978-0465054381
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本「地球46億年全史  Richard Fortey: “The Earth: An Intimate History” HarperCollins, 2004.」リチャード・フォーティ、渡辺政隆/野中香方子 訳5

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地球46億年全史
地球46億年全史  Richard Fortey: “The Earth: An Intimate History” HarperCollins, 2004.

○著者: リチャード・フォーティ、渡辺政隆/野中香方子 訳
○出版: 草思社 (2009/1, 単行本 576ページ)
○価格: 2,940円
○ISBN: 978-4794216908
おすすめ度: 3.5
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なるほど、古生物学者が説く、「プレートテクトニクス(plate tectonics)がいかに地球に対する認識を変えたかについて」(と「序文」の冒頭に記される)。
地質学発祥の地、イタリア・ナポリ湾から臨むベスピオ山からはじまるアヴァンチュール♪、地球のあっちこっちでの詳細な論考の修得を経て、最終章のボーナス「地球周回の旅」での鳥瞰(ガイド付き!?)は、あぁ〜夢心地。“地球”ってフシギ♪♪


≪目次: ≫
序文
第1章 アップ・アンド・ダウン    地質学発祥の地へ/白く輝く街並みの背後に/ベスビオ山の火口へ/噴火の破壊力/美しき煉獄カンピ・フレグレイ/セラピス神殿が語ること/地球を読み解くための科学/最古の火山観測所/永遠と一瞬
第2章 島――天地創造の現場へ    偽りの楽園/火山が育んだ本物の楽園/今なお続く噴火/女神ペレの涙/エデンの島/噴火の前兆/岩石の種類/砂を見ればわかること/浸食と断崖/地下世界からの使者/島の誕生と死/地下と地上をつなぐホットスポット/プレートの進む速度で
第3章 海と大陸    水没した大陸/海底を探る手がかり/未知なる海底の地図をつくる/海底の失われた都市/大陸と海底の違い/アイスランドにあるホットスポット
第4章 アルプス    地層の投げかける謎/なぜ地層は逆になったか/地層構造を見抜く/二つのつながった地層/二重褶曲説の敗北/アルプス山脈はいかにしてできたか/変成する岩石/圧縮と反発/大地の継ぎ目へ/ヨーロッパとアフリカの衝突/地殻変動のもたらした恵み/大変革説の陥穽/地球収縮仮説/重力滑動仮説/ジュラ山脈を越えて
第5章 プレート    アトランティスの謎/アフリカとインドのつながり/大陸漂移説の登場/賛成派vs反対派/アーサー・ホームズの卓見/極移動の軌跡/真理はあなたたちを自由にする/そのとき海底で何が起きたか/消えた仮説――地球拡大説/磁場の縞模様/海溝と地震の真実/プレートテクトニクスという革命/陸に乗り上げた海のかけら/プレートと富士山
第6章 古代の山脈    地球の歴史を秘めた島/ニューファンドランドを見渡す/ダンネージ・メランジュ(乱雑層)/かつて海底だったところ/ローレンシアのなごり/スコットランドとつながる/カレドニア山地トロール大西洋は二度開く/二つの大陸の衝突/化石化した沈み込み帯/微小大陸片アヴァロニア/ジルコンの時計/大地の傷痕
第7章 ドルと宝石    ドルと銀山とゴキブリ/ラジウムと手引書と年代測定/地中の宝石箱/地球の核、シリカダイヤモンド
第8章 熱い岩    世界最大の溶岩台地/神を彫り出す/隕石、噴火、そして絶滅/花崗岩は語る/風化に耐える力/変成させる力/「不毛の地」/貫入はいかにして起こるか/マグマティストの反論/地球が流す汗
第9章 断層    サンアンドレアス断層マグニチュード震度/海が大陸にのみ込まれる?/デスヴァレーからグレートベースンへ/断層と薄い地殻アフリカ大地溝帯/大陸分断の兆候
第10章 日の老いたるもの    スクーリー脈岩の発見/ルイス片麻岩の出自/ハイランズ論争/眼前に広がる10億年の歳月/最古の岩石?/ねじれにつぐねじれ/始原大陸/地球の進化/古代の超大陸/スノーボール・アース/地球最初の6億年
第11章 カバーストーリー    深い亀裂/峡谷を下る/大不整合/谷底の風景/地層の語るもの
第12章 地球深部    実験室で地球深部を再現する/コアが動かすもの/地磁気が逆転するとき/地殻とコアのあいだに/マントルは個体か液体か/マントル対流のメカニズム/循環する地殻プレート/ほんの45億年
第13章 地球周回の旅    地質の織りなすもの/地球周回の旅――イギリス上空から/大西洋を越えて/北アメリカを臨む/激動の太平洋/古の地、ニューギニアとオーストラリア/プレートをまたぐ島/南太平洋から「火山の並木道」へ/地上最大の川/古代超大陸のなごり、アフリカ/アラビアからインド亜大陸へ/大陸衝突の衝撃/シルクロードを西へ/神話の地を彩る地質構造/再びポンペイへ

謝辞
訳者あとがき (2008年11月21日 渡辺 政隆)
写真・図版クレジット
索引


≪著者: ≫ リチャード・フォーティ Richard A. Fortey 1946年生まれ。古生物学者。2004年に長年勤めた大英自然史博物館古無脊椎動物部門主席研究員を退任。2005年よりロンドン地質学会会長に就任。英国古生物学会会長(1994-96)、ブリストル大学科学技術公衆理解担当客員教授などを歴任。数々の学術賞を受賞。専門はオルドビス紀三葉虫筆石類の進化・生態・体系学。著書に『三葉虫の謎』(垂水雄二訳、早川書房)、『生命40億年全史』(草思社)ほか。

[訳者] 渡辺政隆 (わたなべ・まさたか) 1955年生まれ。東京大学農学系大学院博士課程修了。サイエンスライター。専門は進化生物学、科学史、サイエンスコミュニケーション。独立行政法人科学技術振興機構、科学コミュニケーションスーパーバイザー。日本大学芸術学部、和歌山大学、奈良先端大学院大学の各客員教授を兼務。著書に『一粒の柿の種』(岩波書店)、『DNAの謎に挑む』(朝日新聞社)ほか。訳書にグルード『ワンダフル・ライフ』(早川書房)、ジンマー『「進化」大全』(光文社)、パーカー『眼の誕生』(草思社)ほか多数。

[訳者] 野中香方子 (のなか・きょうこ) 翻訳家。お茶の水女子大学文教育学部卒業。おもな訳書にリンデン『動物たちの愉快な事件簿』(紀伊國屋書店)、エルドリッジ『ヒトはなぜするのか』(講談社インターナショナル)、バーンズ『脳が「生きがい」を感じるとき』(NHK出版)がある。

リチャード・フォーティ 『生命40億年全史  Richard Fortey: “Life: An Unauthorized Biography” HarperCollins, 1997.』(渡辺政隆訳、草思社、2003年) '09/12/29

ナイジェル・コールダー 『オックスフォード・サイエンス・ガイド  Nigel Calder: “Magic Universe: The Oxford Guide to Modern Science” Oxford University Press, 2003.』(屋代通子訳、築地書館、2007年) '10/01/05
リチャード・ドーキンス 『進化の存在証明  Richard Dawkins:“The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution”2009.』(垂水雄二訳、早川書房、2009年) '09/12/25
ジョン・ホイットフィールド 『生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則  John Whitfield:“In the Beat of a Heart: Life, Energy, and the Unity of Nature”Natl Academy Pr, 2006.』(野中香方子訳、化学同人、2009年) '09/12/13
チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈上〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/10/27
坂幸恭 『地質学者が見た風景』(築地書館、2008年) '08/12/31


The Earth: An Intimate HistoryThe Earth: An Intimate History
著者: R.A. Fortey
出版: HarperCollins Publishers Ltd (2004/3, English, 501ページ)
ISBN: 978-0002570114
おすすめ度: 5.0
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本「生命40億年全史  Richard Fortey: “Life: An Unauthorized Biography” HarperCollins, 1997.」リチャード・フォーティ、渡辺政隆 訳5

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生命40億年全史
生命40億年全史  Richard Fortey: “Life: An Unauthorized Biography” HarperCollins, 1997.

○著者: リチャード・フォーティ、渡辺政隆 訳
○出版: 草思社 (2003/3, 単行本 493ページ)
○価格: 2,520円
○ISBN: 978-4794211897
おすすめ度: 4.0
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そう、40億年の生物の歴史の全て!、だなんて、なんとも壮大なタイムスケール♪、人類が登場するのは、全13章の最後からふたつめ、第12章。それだって、全40億年の生物の歴史に比して、たかだか数百万年前のこと。もしも均等な時間配分で語るとしたならば、章を割くことすらオコガマシイ(ままならない)。ところがアタリマエのように時間の配分(流れ)は、進化(変移)の速度は、均等(均質)ではない。語るに足る事柄が無いもの(時代・時間)については語りえない、ことから考えるには、やっぱり最終章の前の章あたりで(そこまでは片鱗さえ見せずとも)、おもむろに登場、じゃじゃじゃ〜ん♪(というほどに立派なものでもない)。で、最終章が「偶然の力」とは??!

ステキな出だし(書き始め)は、著者のタイセツな思い出話から(偶然とか必然とかでかたづけてしまうわけにはいかない、本書のより深い理解を添えるソースとして)。そう言えば、ガルシア=マルケスの自伝著書第一弾『生きて、語り伝える  Vivir para contarla, 2002.』(新潮社、旦敬介訳、2009年)にあっても、あのとき、、、振り返って後(の今)から考えるには、あの出来事、、、さすがに“神さま”の存在を登場させるわけにはいかないけれど、まさか“創造論”を擁護しちゃうわけにはいかないけれども♪


≪目次: ≫
第1章 悠久の海    極北のスピッツベルゲン島を往く/ハンマー一振りの幸運/尽きることのない新発見/壮大な時間の尺度/人生を分けた一枚の紙きれ/目的論という名の化け物
第2章 塵から生命へ    降り注ぐ生命の素/新たなる賢者の石を求めて/原始スープと生命のつくり方/エネルギーを拝借/最初の細胞はどこで生まれたか/生命は宇宙から飛来した!?/世界を変えた小さき者たち/太古からの使者ストロマトライト/共生する生命と地球/たった一度の奇跡
第3章 細胞、組織、体    キノコは野菜か?/動物とはいったい何か/謎のエディアカラ動物群/驚くべき多様性/エディアカラ動物とは何者か/二〇億年続いた世界を襲った大激変
第4章 私のお気に入りと仲間たち    かたい殻の出現/食う者、食われる者/奇妙きてれつバージェス動物群/古生物学界の教皇グールドの功罪/なぜ「爆発的」進化は起こったか
第5章 豊饒の海    たかりの構図/海は今も進化の舞台/礁という生き方/謎の動物コノドントとは/オルドビス紀の世界地図を探して/時を告げる象形文字、筆石類/忘れられた偉人ラップワース/ある無名ナチュラリストの悲劇/氷河時代の運試し
第6章 陸上へ    緑の効能/植物の上陸戦略/古生物学者の聖地で/まず節足動物が上陸した/「歩く魚」のはじめの一歩/デボン紀の魅力と誘惑/詐欺師V.J.グプタの教訓/化石に残らない歴史を求めて/分岐論騒動
第7章 森の静謐、海の賑わい    石炭紀のある森の風景/森の名残/種子と卵――進化の新たな戦略/地上から空中へ/大きなもの、長生きなもの/「化石の森」/海を賑わす生き物たち
第8章 大陸塊    氷河の痕跡/さまよう大陸/超大陸パンゲアの風景/爬虫類の繁栄/史上最大の絶滅劇
第9章 壮大なものと控えめなもの    なぜ恐竜は人気があるのか/恐竜復元への長い道のり/ディズニーとスピルバーグの挑戦/鳥は恐竜か/海の巨大爬虫類たち/恐竜の時代の小さなヒーローたち/花と昆虫の愛憎劇
第10章 終末理論    天変地異をめぐる大激論/物理学者のもたらした驚くべき証拠/隕石衝突説の思いがけない衝撃/その時、恐竜に何が起こったか/K・T絶滅を生きのびた者たち/大量絶滅はわれわれにも訪れる?/恐竜復活計画
第11章 乳飲み子の成功    日陰者の大躍進/歩くクジラと五本指の馬/引き裂かれた大陸に乗って/栄華をきわめたカンガルー/巨大なナマケモノと凶暴なダチョウ/メッセル油頁岩から見えてくるもの/知能という戦略/すべての肉は草
第12章 人類    サルとヒトは何処が違うか・「欠けた環」を探して/足跡は語る/絶滅した類人猿たち/石器を見ればわかること/ホモ・サピエンスvsネアンデルタール人/意識は人間だけのもの?/旅するホモ・サピエンス/かくして歴史は始まった
第13章 偶然の力    無数の幸運と不幸/偶然だけではない/四〇億年、生命が奏でるボレロ

訳者あとがき
索引


≪著者: ≫ リチャード・フォーティ Richard A. Fortey 1946年生まれ。大英自然史博物館古無脊椎動物部門主席研究員。英国古生物学会会長(1994‐96)、ブリストル大学科学技術公衆理解担当客員教授(2002)ほか要職を歴任。数々の学術賞を受賞。いちばんの専門はオルドビス紀三葉虫筆石類の進化・生態・体系学。著書に『三葉虫の謎――「進化の目撃者」の驚くべき生態』(垂水雄二訳、早川書房)のほか、未邦訳の2冊の啓蒙書がある。

[訳者] 渡辺政隆 (わたなべ・まさたか) 1955年生まれ。東京大学農学系大学院博士課程修了。サイエンスライター。奈良先端科学技術大学院大学客員助教授等を経て、現在(刊行当時)、文部科学省科学技術政策研究所上席研究員として、科学技術公衆理解増進に関する調査研究に従事。著書に『DNAの謎に挑む』(朝日選書)、『シーラカンスの打ちあけ話』(廣済堂出版)、訳書に『川が死で満ちるとき』(パーカー、共訳、草思社)、『ワンダフル・ライフ』(グールド、早川書房)他多数。

リチャード・ドーキンス 『進化の存在証明  Richard Dawkins:“The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution”2009.』(垂水雄二訳、早川書房、2009年) '09/12/25
ジョン・ホイットフィールド 『生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則  John Whitfield:“In the Beat of a Heart: Life, Energy, and the Unity of Nature”Natl Academy Pr, 2006.』野中香方子訳、化学同人、2009年) '09/12/13
チャールズ・ダーウィン 『種の起源〈上〉  Charles Darwin: “On the Origin of Species by Means of Natural Selection”1859.』(渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/10/27


Life: An Unauthorized BiographyLife: An Unauthorized Biography
著者: R.A. Fortey
出版: HarperCollins Publishers Ltd (1997/7, English)
ISBN: 978-0002555609
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本「今世紀で人類は終わる? −Our Final Century?」マーティン・リース、堀千恵子 訳5


今世紀で人類は終わる? −Our Final Century?
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書評/社会・政治



基本的には、ぼくは楽観主義なんだろうと思う。

いかした(?!)タイトル「Our Final Century? (今世紀で人類は終わる?)」、とっても刺激的♪
かつて草思社より“本が好き!PJ”経由献本を自腹参画!
カルトな新興宗教の教祖さまが唱えるのならばともかく、宇宙物理学の世界的権威(ケンブリッジ大学宇宙論・宇宙物理学教授、英国王立天文台名誉天文台長)と謳われる著者“マーティン・リース (Martin Rees,1942年生まれ)”が説くからには、単純なぼくなんかは、あっという間に、「そうだよねぇ、今世紀で世界が終っても、ちっともおかしくない。そうかぁ、フムフム、なるほどねぇ、そうだよねぇ・・・」と、まるで世界が終ってしまうかのような、どんよりとした気分に。だって、核兵器とか、テロリズムとか、環境問題地球温暖化エイズ(AIDS)だって、、、どう考えたって、このまんまでいいはずがない。いつ終わりを迎えたって、まったく不思議はない。ポチッと押されてしまったボタンによって、地球が木端微塵に爆破されてしまったり、汚染物質によって生物(当然にヒトを含む)が生息不能となって、やがて全滅してしまったり、、、あるあるあるある、充分に有り得る〜。
と考えを巡らせて、「はて、どうしよう?」と考えるのだが、、、どうやら既に19世紀末(1902年)に、ロンドンの王立研究所の講演にて、
「過去千年の変化とは比較にならないほど、ここ100年の間に世界は様変わりした。新世紀はそれにもまして変化を遂げるに違いない。」(P.19)
と、若きH・G・ウェルズ(Herbert George Wells,1866.9.21-1946.8.13)は語っていて、はたまた、
「人類やその歴史をめちゃくちゃにしておしまいにするようなことが起きたり、暗黒の時代がやがて訪れ、夢や努力がすべて打ち砕かれたりすることはない、とはだれにもいえません。……この世の終わりを招く原因はいろいろ。宇宙からの飛来物、疫病、ひどい大気汚染、すい星の尾に含まれる毒ガス、地球内部からの水蒸気爆発、人間をえじきにする動物の出現、薬物や人心の荒廃などが、その例として考えられます。」(P.20)
とまで。

歴史が繰り返されて、周期があって、倫理論から、はたまた経済的な事情であったり、その理由は簡単にひとつに集約されることなどないのだけれども、何やらどうにか、1902年にウェルズが唱えた最悪のシナリオは回避された。だから、ぼくたちは今こうして存在していられるのだが。
流石に世界的権威の研究者だけあって、「今世紀で人類が終わる」と考え得るシナリオを、多方面からこれでもかこれでもかと列挙する。あまりにも広範すぎる論説に、ただただ呆気にとられて、「へぇ〜〜」ばかりで理解が伴わない。

人類(ホモ・サピエンス)が誕生して約10万年、太陽が生まれたのが約45億年前。
ひとつの種の存続期間は数百万年。約6500万年前に恐竜は突然絶滅して、哺乳類に道を譲った。

それが宿命なのであれば、どんなに抗ってみても、例えば、惑星の衝突でも起これば、人類など(地球だって)一瞬にして絶滅しかねない訳で、その確率は低かったとしても、決してゼロにはならない。
著しく発達しすぎた科学技術によって引き起こされる出来事での、人類の終焉は、避けたいところではあるが、それとて、確率の問題からすれば、やっぱりゼロには成り得ない。

とどのつまりが、倫理観から科学技術の、例えばヒトクローンの開発技術規制など、人道的な観点からも、人類の叡智(簡単には言い切れないが)によって、ギリギリのところで歯止めが掛けられて、保たれるバランス(大丈夫かなぁ?!)。

しかし、変わりそうにないものがひとつだけある―人は間違いを犯す。(P.12)


≪目次:≫
 第1章 プロローグ 二十一世紀に現れる新しい脅威の正体
 第2章 人類を不老不死にする技術が人類を滅ぼす?
 第3章 二十世紀で人類は終わりかもしれなかった
 第4章 だれでも世界を滅ぼせる時代
 第5章 人類滅亡を招くテロを防げるか
 第6章 破壊的技術の誕生を防ぐため科学をやめる?
 第7章 小惑星の衝突で文明が消滅する確率
 第8章 人間の活動は地球に何を引き起こすか
 第9章 科学実験が宇宙を破壊する?
 第10章 哲学的思索が予見する人類の寿命
 第11章 「科学の終焉」はどのように訪れるのか
 第12章 人類は特別な存在か
 第13章 宇宙進出が人類の保険になる?
 第14章 エピローグ 二十一世紀の地球は全宇宙にとって特別だ








本「おいしいハンバーガーのこわい話 −Chew on This」エリック・シュローサー、宇丹貴代実 訳5


おいしいハンバーガーのこわい話 −Chew on This , Everything You Don't Want To Know About Fast Food
Amazonで購入
書評/グルメ・食生活



かつて、草思社より“本が好き!PJ”経由の献本を、自腹で参画。
たとえば、ふつうの家でいちごのミルクシェイクを作るとき、必要なものは、氷とクリーム、いちご、砂糖、バニラ少々だけ。
いっぽう、ファストフードのストロベリー・ミルクシェイクの原料はというと、次のような感じになる。乳脂肪および脱脂乳、砂糖、スイートホエー、高果糖コーンシロップ、グアルゴム、モノジグリセリド、セルロースガム、リン酸ナトリウム、カラギーナン、クエン酸、食用赤色40号、人工いちご香料。
では、いちご香料には何が含まれるのか。以下のおいしい化学物質だ。酢酸アミル、酪酸アミル、吉草酸アミル、アネトール、蟻酸アニシル、酢酸ベンジル、イソ酪酸ベンジル、酪酸、イソ酪酸シンナミル、吉草酸シンナミル、コニャック油、ジアセチル、ジプロビルケトン、酪酸エチル、桂皮酸エチル、ヘプタン酸エチル、エチルヘプチレート、乳酸エチル、メチルフェニルグリシッド酸エチル、硝酸エチル、プロピオン酸エチル、吉草酸エチル、ヘリオトロビン、ヒドロキシフェニル−2−ブタノン(10%アルコール希釈)、a−ヨノン、アンスラニル酸イソブチル、酪酸イソブチル、レモン精油、マルトール、4−メチルアセトフェノン、アンスラニル酸メチル、安息香酸メチル、桂皮酸メチル、ヘプタンカルボン酸メチル、メチルナフチルケトン、サリチル酸メチル、ミント精油、ネロリ精油、ネロリン、イソ酪酸ネリル、オリスバター、フェネチルアルコール、バラ、ラムエーテル、γ−ウンデカラクトン、バニリン、ソルベント。(P.114-P.115)

単純なぼくは、晩飯(弁当か外食)を食べあぐねて、おにぎりだけに。
ファストフードのフライドポテトやハンバーガーに限られず、大手流通チェーン飲食店は、基本的に冷凍食品を採用して新鮮な食材の調理をしない。弁当だって同じ。コンビニだって、、、保存料やら、化学物質が添加されていない食べ物を探す方が困難だ!

蔓延する“マックジョブ”。ぼくだって、他人事じゃない?!
すでに、マクドナルドは、地球規模のひとつの文化!? ジャガイモだって、牛だって、鶏だって、その流通に及ぼす影響は計り知れない。
あまりにも巨大化しすぎちゃって、企業内に保たれている画一性が、立ち止まることすら許されない。社会的な影響は絶大だから、収益を生みだして企業として存続するためにも、それはそれで過酷な生き残りを賭けた果てしなき闘い。
仮に、ファストフードや清涼飲料水の中毒症状によって、損なわれる健康があったとしたって、“消費者の自己責任”を展開してでも、どこまでも速く(ファスト)駆け続けなければ!

こわい“食”つながりで、成長著しい隣国「中国の危ない食品 −中国食品安全現状調査 (周勍、廖建龍 訳,草思社,2007.9)」が不思議と鮮明に思い起こされる。
人間の三大欲求のひとつ“食”に垣間見る、人間の本質。


≪目次:≫
 第1章 ハンバーガーはこうして生まれた
 第2章 子どもは大事なお客さま
 第3章 マックジョブってなんのこと?
 第4章 フライドポテトの秘密 
 第5章 スカッとしない清涼飲料の話 
 第6章 牛や鶏はどんな目にあってる?
 第7章 ファストフード中毒 
 第8章 きみたちにできること








本「人類の足跡10万年全史 −Out of Eden:the peopling of the world」スティーヴン・オッペンハイマー、仲村明子 訳5


人類の足跡10万年全史 −Out of Eden:the peopling of the world
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書評/サイエンス



かつて草思社より、”本が好き!PJ”経由の献本を自腹で参画、などと呑気に語っている場合ではない!?、208年1月9日に民事再生法の適用を申請したニュースを、ぼくは随分と遅れて知ったのだが、それは既に“結果”でしかなく、「その結果(民事再生法)を受けて、然るべき手続きに基づき、再生の道を歩み始めた」ということであり、生き残りのひとつの選択、苦渋の経営判断、『意義ある出版事業を絶やすことなど、どうしてできようか!!』


10万年の人類(Homo sapiens)の足跡の全史を辿る物語は、そうロードムービー?!
何てったって、物語の最後は、「・・・のかもしれないし、・・・のかもしれない。しかし私たちが知るかぎり、・・・・ことはなかった。」と、確定的な要素は何もないに等しい!?
Y染色体であったり、ミトコンドリアDNAであったり、遺伝子系統樹によって導き出される、「どこから来て、どこへ行ったのかという集団の動き」。化石記録と気候学的証拠をつき合せて、アフリカに始まった人類(ヒト)の壮大な歴史を読み解く!
何度も登場する世界地図には、海があって、山があって。当たり前のことだけど、すべてが数万年前までの出来事だから、飛行機も自動車も船も、家だっても何もない。まさに「Man the Hunted>(ヒトは食べられて進化した、化学同人,2007.6)」の世界。
一所懸命の土地」という概念だってあるくらいだから、その必要がなければ危険を冒してまで新たな土地を切り拓くことをしないのであろう。とはいえ、男たるもの(?!)、いつまでも親の下で安穏と暮らすことなどできようはずもない。自らの家庭を築き、新たな地で自活の道を歩む。生きるためには食べなければならない。食べる物は、どこにも売ってない(笑)! 狩猟(マンモスとか)して、果実を採取して、移動はすべて自力の人力で徒歩、大きな荷物(そんなモノがあったのか?!)だったら簡易な筏や舟でもなければ運べない。
高い山を避けたとしても平坦な土地ばかりではない陸路より、むしろ海沿いのルートの移動が優位かも。浅瀬を進み、決して陸地を離れることなく(動力などないから、外洋に出てしまったらタイヘン!?)、目指す新天地。

やっぱり、文化の中心はヨーロッパなのか?!
著者“スティーヴン・オッペンハイマー(Stephen Oppenheimer)”は、オックスフォード大学で研究に勤しむ。
いまさら言うまでもないのかもしれないけれど、かつて世界中にその栄華を誇ったヨーロッパ(ローマ、スペイン、イギリス、フランス・・・)、そして現在の覇権国家のアメリカだって、ヨーロッパからの移民によって建国された“新しい国家”。人類(ヒト)の起源こそ、アフリカだけど(異説もあろうけれど)、それだって明確な学術的な証拠が存在するから覆すことができない事実として認めざるを得ないのだけれども、、、悔しい?!
アジアやインドに至っては通過点。通過するから、繋がらなくなっちゃうから、語らないわけにはいかない。
最後にアメリカに辿り着いて幕を閉じる壮大な人類の歴史の物語。


海沿いのルートでインドシナを辿り、一気にオーストラリアまで行ったのは、海水面が今現在より100m近く低かった7万年前。
この200万年でもっとも大きい爆発“トバ火山の噴火”によるインドと極東の遺伝的な断絶。
1万8000年前の最終最大氷期(LGM,Last Glacial Maximum)。


≪目次:≫
 第1章 出アフリカ
 第2章 現生人類はいつ生まれたのか
 第3章 二種類のヨーロッパ人
 第4章 アジア、オーストラリアへの最初の一歩
 第5章 アジア人の起源を求めて
 第6章 大氷結
 第7章 だれがアメリカへ渡ったか








本「中国の危ない食品 −中国食品安全現状調査」周勍、廖建龍 訳5


中国の危ない食品 −中国食品安全現状調査
民以何食為天
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書評/ルポルタージュ



どうも僕は、状況を認知するのに時間を要する”鈍い”部分があって、なかなかに理解に至らなかったりする。それは知識や経験など能力不足によるものであったり、はたまた、性格的な部分も多分にあったりする。時に、つい裏側にある(と想像される)”何か”を探って、勝手な想像を巡らせてみたり、「で、ホントのところは?」と疑り深くも、さらにもうひと突っ込みを必要として、あくまでも自分の解釈を自らの言葉にできるところまで辿り着いてから、始めて呑み込むことができる、何とも面倒臭い。
そんな訳で、素直な性格の人を時に羨ましく思うけれど、これが僕、だから上手く付き合っていくしかない。

かつて草思社から”本が好き!PJ”を経由しての献本を逃したため、どうにも気になり自腹で参画!
ボディーブローのように、ジワジワと効いてきそうな不気味さを残す。

中国・北京在住の作家”周勍(しゅう けい)”は、1989年6月4日の六四天安門事件当時、学生たちの民主化運動に対する弾圧行為を実名で非難した張り紙を出した”扇動”の罪状で逮捕され、劣悪な環境の監獄での拷問を受け、歯を六本なくし、手錠をかけられた両腕には18年経った現在も腱鞘炎の後遺症を残す。判決の懲役二年の刑期を延長され、さらに脱獄未遂の出所延長を加えられた後の出獄後には、政府の干渉を拒む”独立ペンクラブ”の会員として執筆活動に励む。現在でも”危険分子”として監視を受けている可能性を否定できない自らを『野良犬』作家と位置付けるも、
自由のために、自分の心の根が張った土地を失うことはしたくないと考えてしまう。私は今、文化大革命時代の造反派や右派などの政治運動に翻弄された人たちのために、オーラル・ヒストリーを書いています。現在の中国では、人心の救済は制度の改革よりも急務だと考えます。(P.194-195、「著者へのインタビュー」より)
近しい親族や友人らの多くが、癌などの健康被害に見舞われ、関心を抱いた”食品安全の問題”。身の危険を感じながらの取材を重ね、膨大な書籍や資料を紐解き、やっとの思いで出版にこぎつけるも、印刷したにも拘らず審査をパスできずに書店に並ぶことがなかったこの本『民以何食為天』が、たまたま、世界中のルポルタージュ文学作品から優秀作を選ぶドイツの”ユリシーズ賞”に入選しちゃうから、この世の中は捨てたもんじゃない!?、それなりには上手くできている。

すでにボロボロの現在の覇権国家”アメリカ”の、次の覇権国家たる地位を虎視耽々と狙う大国”中国”。発展途上の国家であるが故に、我が日本国を含む欧米先進国の高度な技術や知識レベルに到達したいけれども、まだまだ到達していない、ぐちゃぐちゃにもがいてもがいて沢山の歪みを抱えながらの急成長を遂げている混沌。これまでの歴史や民族性なんかも多少はあるかもしれないけれど、急拡大、急発展している中国の現状を考えると、事の善悪を一旦横に置いて、深刻過ぎるほどの被害が明確になっちゃって、烈しい痛みや苦しみを感じて、そしてやっと少しずつまともな方向に歩みが進められる、などと言ったら、あまりにも無責任で能天気がすぎるかしら。


≪関連書籍≫
 「中国の環境問題 今なにが起きているのか
     著者:井村秀文 (化学同人 DOJIN選書,2007.11)
 「中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日 一極主義vs多極主義
     著者:北野幸伯 (草思社,2007.9)


≪目次:≫
 第1章 民族の命運にかかわる「食品汚染」
 第2章 豚の赤身肉が「妖怪」になるまで
 第3章 恐るべき食品危害
 第4章 経済のグローバル化と「食の安全」をめぐる戦い
 第5章 引き裂かれた「天」を修復する −食品の安全は守れるのか
 著者へのインタビュー 悪化の一途をたどる中国国内の食品安全問題
 識別法 中国で食品を買うときの注意と選び方

≪著者:周勍≫ 1964年、西安生まれ。中国作家協会魯迅文学院、西北大学作家コースに学ぶ。1989年の天安門事件に連座し、3年近く獄中に。『口述博物館』誌編集長。中国独立ペンクラブ会員、中国民間文芸家協会会員。北京在住。








本「高校野球が危ない!」小林信也5


高校野球が危ない!
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書評/ルポルタージュ



読書三昧を決め込んだ正月休みに読む本を漁る僕の、ふと目に留まった表紙”太陽に向かって走る高校球児たちの背中”、そう言えば、かつて草思社より、”本が好き!PJ”経由の献本があって、その時には、”高校野球に興味がない僕が献本を申し込む本じゃない”と即断した記憶が思い浮かんだ。これも何かの縁?!、でサラッと読了。

表向きは、特待生問題で揺れる高野連(財団法人日本高等学校野球連盟)、何より”甲子園”というある種の特殊な夢の舞台を巡り「勝てばいい」の価値観に覆われる高校野球界が抱える様々な問題を、プロ野球は勿論、ボーイズリーグ、本場の大リーグなど、多角的に客観的に紐解くルポルタージュ
著者”小林信也”は、1956年新潟県生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。スポーツライター。

で、僕は高校野球に何らの興味を有しないから、「ふぅ〜ん、そうなんだぁ〜」と、客観的に読み進む。多くの人びとが、善良な奉仕者として高校野球界全体の発展であり、少年(高校生)の健全な心身の育成に情熱を注ぎ、自らの時間の多くと、時に私財まで擲つ人びとがいる一方で、一部の監督や部長やコーチやブローカーらが、学校やらの組織をも巻き込んでの拝金主義に傾倒していたり、スポーツマンシップに著しく逸脱するような言動が散見される問題は、特に高校野球界に限ったことではない。決して許されるべきではないけれども、どんな業界においても一定の確率で存在し得るし、今に始まった問題ではない。その問題が発生し得る、それまでの様々な経緯や歴史があり、表面的な規制を加えたところで、なかなか本質的な解決に至らない根深い問題。
だからと言って黙って見過ごす訳にはいかない訳で、誰かが声を挙げなければ何も変わらない。長い時間を経て築かれてしまった現在の状況に急激な変化(改革)を加えることは、必ず何処かでは歪みが生じて、、、時に噴出する、複雑に絡み合った利害関係、人間の欲。
あぁ、、、

そうそう、この本は、高校野球を前面に掲げつつ、実のところ、著者が師と仰ぐ空手家”宇城憲治”を讃え、武道精神論を語る本!?


≪目次:≫
 第1章 熱狂の陰で
 第2章 特待生をめぐる現実
 第3章 ボーイズリーグの実態
 第4章 現場の声
 第5章 日本高野連の体質
 第6章 高校野球とフェアプレー
 第7章 最後の夏の負け方
 第8章 人格を育てる高校野球
 第9章 高校球児は泣かない







本「子どもにいちばん教えたいこと −将来を大きく変える理想の教育」レイフ・エスキス、菅靖彦 訳5


子どもにいちばん教えたいこと
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書評/教育・学習



草思社より、”本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!
日々読書による内省を続ける僕にとっては、ヒット作(心にガツンとヒット!?)が続く嬉しい悲鳴♪、ひぇえ〜っ?!
にしても、原題の”Teach Like Your Hair's On Fire (髪の毛が燃えるほど熱中して教えよう)”ってさ、”訳者あとがき”にもあるけど、日米の文化の違いというのか、”割愛した部分がある”って断りを入れてるくらいだから、原題のままで原文のままだったら間違いなく、僕は手にしてなかった。僕は人間的に小さく、打たれ弱いから、どぎついアメリカンジョークだったら勘弁願いたい。だから、日本風に優しくソフトにアレンジされた翻訳作品を手にできた幸せを、僕はじんわりと噛み締める。あくまでも僕の勝手な想像でしかないのだけれど。
副題の”将来を大きく変える理想の教育”であり、主題”子どもにいちばん教えたいこと”、僕にとっての幸せは”穏やか”である状態、特別なことなど何もない、普通に静かに安らぐ心持ち。僕が一番に求めるもの。

僕は自分の人生を、37年(間もなく38歳になる)生きてきて、恥ずかしながら今が一番”学習”(この言葉が最も適切だと思う!?)している。とにかく、時間を惜しんで読書に勤しみ、次から次へと際限なく押し寄せる知識の習得が愉しくて仕方がない。最近では、ちょっぴり難しい”科学”の本なんかも好んで読むようになり、どちらかと言えば非日常的な分野の知識など、日常生活において直接的に有効なことは何もないようでいて、実は意外や意外、物事の成り立ちや普遍的な原理原則を理解することによって、大局的な考察による客観的な判断力の育成に、驚くほどの効果を発揮する。自分で言ってちゃ世話ないけれども(笑)。
しかし残念なことに、僕はこれまでのレベルが低すぎて、本来であれば、たとえば本書においては小学校の五年生レベル(我が娘の世代)でも習得できちゃう学習や能力(六つの倫理レベル)を、37歳にして今さらながらに行っている。そんな僕は不幸なのか?
まぁ確かに、習得すべきことを長年に亘って避けてきたが故に、結果的に積もり積もって支払わされた代償が小さくなかったから、結果として37歳になった今現在に習得している訳だから、中途半端に無為に過ごしてしまった、取り返しのつかない20年前後の歳月をもって”不幸”と看做すか、はたまた、何も知らずに辛いことを経験することなく過ごしてこれちゃった今までを”幸せ”と捉えるのか、いずれにしても今現在が、僕の人生における通過点のひとつでしかなく、今現在の状態が過去の出来事の積み重ねの”結果”でしかなくって、その”結果”は絶対的な”結果”として変えようがないものであって、それでも通過点における”結果”は”結果”としては絶対的な存在なのだけれども、その”結果は永遠に絶対的なものなどではなく、あくまでも通過点における”結果”でしかない。
それ故に僕は今一度、今現在における僕自身の”結果”を、真っ正面から真摯に受け止めて、受け止めて受け容れた上で、はたまた僕はどうあるべきか、どうしたいかをとことんまで内省し、一方では闇雲に抗うことなく自然の流れに身を委ねて、それでも自らの力で、頭で手で足で切り拓いていけばいい!?

僕は元来、無責任なほどの”放言癖”を有していて、周囲の迷惑や、後先のことを深く顧みることなく、言いたい放題やりたい放題、好き勝手に生きてきた。そんな勝手などいつまでも通用する筈もなく、当然に訪れる破綻、自業自得。でも、笑っちゃうけど、何処かホッとしている部分を否定できない、悲哀。
それはある意味では、知らなかったから、何でも言えた、好き勝手なことができた。自らの身の程を知らず、まるで自らが超人の如く全て正しくて絶対に過ちを犯さない、スーパーマン。僕が世間の常識、スタンダード、チャンチャラ可笑しい。
笑っちゃうけど、現実を直視せず一切受け入れることなく、現実から逃避することによって、結構平気で成し得る言動。知らないってことは、ある意味では”幸せ”なこと、表裏一体の”怖さ”を併せ持つけれども。
実は、”怖さ”はまた、”知る”ことによっても強く感じる、それは全く異質な”恐怖”。知らなければ、無責任な言動にも、何も感じることがなかった。何かを考え、判断する術(能力)を有しなかった。知っちゃうと、尋常ではいられなくなる、身が竦む、何もできなくなる、僕のたったひとつの言動が引き起こす周囲への影響の数々を想像するに。
一方では、そんな内省の段階を自らの力で乗り超え、新たな道を切り拓いてしまったら、あとは自らの内に蓄積された経験から導かれる豊かな想像力(思い遣り)と、揺るぎない行動規範の確立は、敢えて語るまでもない。
勝手な想像に、そんな今現在の過渡期を苦しみながら、どこか愉しんでる僕がいる。だって、地道に時間を費やして一歩一歩確実に足を踏み出していけば、方向さえ大きく間違っていなければ、仮にちょっとくらい誤った道を進んだとしても、いずれ僕のオリジナルの道が拓けるって、そう考えると、今がちょっとくらい辛くて苦しくて哀しくたって、不思議とウキウキしてきちゃう、って考えるようにしている、あぁやっぱりちょっと無理があるかなぁ、そんなことはない、愉しいよ〜♪、うん、愉しい!

そんなこんなで、本来すべき時を大きく逃し、今現在がまさに学習の最中である僕(全て自己責任、、、)は、”教育”に対して”いい印象”がない。特に”教師”に対する反感は小さくない。
ぶっちゃけて言っちゃえば(無礼を承知で)、「教育者(教師)なんて、エゴの塊りだ!」とさえ思っている。だって、他者を教育するってことは、自らが他者を教育するに値する確立された存在である、という前提があって、他者を教えて育てる、コントロール(支配)する立場だから、、、と考える僕は、教師には絶対になれない。小さい人間。
そんなくだらない羨望が大いに籠められた戯言などをものともせず、自らの信じる道をひたすらに、心血を注いで私財を投げ打ち、自らの可能な限りの時間を全て費やして、教育に勤しむ姿、その理念。
エゴがなければ、これほどまでに、栄誉ある賞を讃えられるまで成し得ない。強烈なエゴがあったからこそ、そこまでできた。
素直に、素晴らしい!
まさに、”Teach Like Your Hair's On Fire”、悪くない。








本「その痛みは「うつ病」かもしれません −ストレス神話をくつがえす新しい考え方」大塚 明彦5


その痛みは「うつ病」かもしれません
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書評/健康・医学



草思社より、”本が好き!PJ”を経由して献本!、感謝!!
「すっげぇ〜、救われた!」とだけ先に書き記す。

何を隠そう「うつ病」のキーワードに迷わず手を挙げた僕は、躁状態の時と鬱状態の時の感情の起伏が激しいという、”軽度の躁鬱病”の自覚があり、最近では自ら口外しちゃっている。実は時折、感情コントロール不能状態に陥る危険人物!?
今日も真面目な会議で真面目な提言をした僕に対して「提言を支持し応援しますけれども、ひとつだけ気を付けて欲しいこと、、、感情的にならないように!、宜しくお願いします。」などと、僕より年若いメンバーに真顔で言われてしまっては、流石に神妙な面持ちで「ハイ!」と答えざるを得ないでしょ?!、「なに〜!?、うるせ〜な、コノヤロー!!」と目を三角にして睨みつけて、、、とはならないのが平常時。自分でも少しは分かっている。危ない危ない。

ところで、3〜4年前に既に僕は最も近しい人物から「精神科に行った方がいい」と進言されていた。とても残念(?!)なことに、その頃の僕は「認知障害」状態にあって、それはこの著作を読了した今だからこそ、その当時の記憶として振り返っているのであって、その当時は真剣に「何だとコノヤロー!!」としか考えられなかった。だから、もしかしたら当時の僕の場合の「認知障害」は、「能力不足」という表現に置き換えられるのかもしれない?!
そんな訳で、素直に認知できなかった僕は確かその後に、いつだったか新聞の折り込みチラシに見掛けた「うつ病新薬の治験参加者募集」の文字の自己診断HPにこっそりアクセスした。幸か不幸か参加要件には”二週間以上の鬱状態の継続”という項目があり、瞬間湯沸し器的衝動型(?!)で躁鬱状態共に継続性に乏しい僕は、応募資格がないことが判明して、それは即ち、もしも僕が精神科を訪れたとして、仮に軽い精神安定剤などの処方をしてもらえたとしても、具体的な治療が施されることがないであろう、という想定が成立してしまった。という訳で、残念ながら(?!)僕は今日に至るまで、精神科を訪れるに至っていない。それが問題だったのかもしれない、精神科医の門を叩いて適格な治療を受けていたら、もしかして、、、


本書は、千葉県で精神科”大塚クリニック”を開業して25年、精神科医歴40年と経験豊富な著者”大塚 明彦”が解く「治るうつ病」。
そう、「うつ病」は、”心”の病気などではなく、”脳”の病気、機能障害である、という自論を展開する。現実的に治療効果をあげている訳で、非常に明快な解説がなされる、なるほど納得。
多少批判的とも取れなくはないが、多くの精神科医であり心療内科医が、医学という壮大な神話の上に胡坐をかき、充分な社会経験や治療能力を有しないままに行われる、不明瞭な治療がより深刻な病状を引き起こしている現状に警鐘を鳴らす。

僕にとっては正直なところ「うつ病」が、”心”の病気じゃない、って言ってくれたことに、実は大きな安堵感を得た。だってさ、”心の病気”なんて言われちゃったらさ、僕という人間における最も重要と考えられるハート(心)の部分、いわゆる人間性が病んでいて、人間としての人間性の不完全さが明確に証明されちゃうような、そんなどうしようもなく塞ぎ込んだ哀しい気分になっちゃう。
ところが、”脳”の機能障害であって、しかも適切な薬による治療によって治る、って言われたら、僕自身の人間の人間としての人間性の欠陥は、一時的なものであって、しかも誰にでも通常に成り得るもので、然るべき処置によって治るもの、な〜んだ、普通のことじゃん♪、って、あまりにも短絡的過ぎるかしら?!



≪目次:≫
 第1章 患者さんの症例から見えること
 第2章 医師が患者を見捨てるわけ
 第3章 精神科医が語る壮大な神話
 第4章 うつ病の新しい考え方
 第5章 「うつ病」は治る








本「書きあぐねている人のための小説入門」保坂和志5


書きあぐねている人のための小説入門
著者: 保坂和志
単行本(ソフトカバー): 218ページ
出版社: 草思社 (2003/10/31)



うむ〜、そうかぁ〜、そうくるかぁ〜〜

僕が読む本を手にとるきっかけは、深く考えずに何気なく、、、を基本とする。まるで”ドラッグ”の如く”本”に依存しちゃっているから、一番恐れているのは読む本が手元に無くなっちゃうこと。という訳で、調達に常に気を配らなくちゃいけないから、何か引っ掛かりを感じたら、悩んだら、とりあえず手にしちゃう。

実はね、いやぁ〜、少し前にね、うん、思い切って書いちゃおう!
そう、今はその想いから次の展開に進んでいるから、その時にはそう考えた。既に過ぎ去った今現在の時点で振り返ると、その時はそう考えたんだけど、今はまた違う、みたいな軌跡を辿ることができる。真っ只中にあっては、あまりにリアル過ぎて、書くに堪えなかったりする。

前置きばかりがダラダラと長くなってしまうのだけど、
『僕は小説家になれる!』、って少し前に確信したんだ。あくまでも、個人的にだけど、その時にはね。

今の調子(ほぼ1日1冊)で、本を読み続けて、読んだ本から考えたこと、想ったことを書き記す。それは、今年の1月頃からだから、実行して約1年になるんだけど、自らに課したルールがあって、
『本を読み終えたら書いてよし!』
言いたいことがあったら、やるべきことをやってから言え!、と自らに。
実は、映画とか絵画などの芸術作品の鑑賞(本物を出向いて)も含めているので、文化芸術活動ということにしているのだけれども、基本的にそんなスタンスで日常生活に取り組んでいると、必然的に読書量が増える。読書量が増えると情報や知識が増し、興味が広範になり、多少は言葉に幅が生まれてきたような感覚を覚える。まぁ、元々のレベルが低いから、多少はマシになった、という程度でしかないのだけれども。しかも、小説作品にある、必勝パターンとか定番の展開みたいなものも、時折見えちゃったりしちゃう訳ですよ。

で、そんな時期を経て、ふと想い到った。この調子で読書を続けて、書き記し続けたら、「ひょっとして、小説家になれちゃうよなぁ〜」と。
すぐに、とは言わないけれど、この生活を例えばこれから先、五年も続けたら、いや、続けることができたとしたら、その頃には、それなりの文章を世の中に公表しているだろうなぁ、、、などと勝手な妄想を膨らませつつ、でも、世の中そんなに甘くないから、ひっそり誰にも相手にされることなく、恨み辛みを書き汚しているのかも、、、などと寒〜い想像も忘れない。
ところで、”僕は小説家になりたいのか?”、という疑問が浮かぶ。
僕自身の今現在の生活は、サラリーマンとして生活の糧を得ている訳で、その通勤時間と休憩時間、移動時間を読書タイム、帰宅後の2〜3時間を創作(?!)タイムに費やしている。その限られた時間の中で、可能な限り自らの時間を捻出する。元々が人付き合いが得意じゃないから、会社帰りに呑みに行くこともなく、ただひたすらに自分の時間に没頭する。ある意味では自分自身でも、”引きこもり”を自認している。

とりあえず今のところ、「小説を書きたい!」と思うこと(テーマ・ネタ)がない。小説を書きたい!、と思わない訳だから、小説家には成り得ない、今のところ。
そんな時に出会う、小説入門、”保坂和志”流。
そうくるかぁ〜〜



≪目次:≫
1章 小説を書くということ―感じ、そして考えること
2章 小説の外側から―ジャズ、アフリカ文学、哲学…
3章 何を書くか?―テーマからの解放
4章 人間を書くということ―リアリティとは何か?
5章 風景を書く―文体の誕生
6章 ストーリーとは何か?―小説に流れる時間
7章 テクニックについて―小説を書き始めるためのいくつかの覚書









”私たちの言葉や美意識、価値観をつくっているのは、文学と哲学と自然科学だ。・・・”(P.36)

本「途方に暮れて、人生論」保坂和志5


途方に暮れて、人生論
著者: 保坂和志
単行本: 256ページ
出版社: 草思社 (2006/4/21)




ハハハハハ、、、最後の方を読みながら(その頃には、さて今日は何について書き記そうか?!、などと集中力が散漫になっているのだが)、あらためてタイトルを確認して、もう笑うしかなかった。
『途方に暮れて、』は、まさに、私が読書に勤しむキッカケだった。
これまで、何も真剣に考えることなく、安易に中途半端な結論に逃げ込むことを常として、何となくのらりくらりと過ごして、それでも何とかなってきた日々。でも実は、何とかなっていたのではなくて、何とかなっていると思い込んで、何ともならなくなってきていた現実から、ただただ目を背けていただけだった。直視することも、考えることも、とてもとても怖くてできなかった。で、気が付いた時には、色々な事柄が一気に押し寄せて、混濁の最中に立ち尽くす僕は、すっかり途方に暮れてしまった。これまで、真剣に考えることをしてこなかった”ツケ”は、小さくなかった。
だからといって、今現在の僕が、既にその状態を乗り越えて、何かが変わったのか?!、何かが分かったのか?!、と問われれば、答えは「何も分かっていない、何も変わっていない」。むしろ、「何〜んにも分かっていない」自分自身を分かってしまった。トホホ、、、だ。

でも、僕は何とかしたい、何とかしなくちゃ、と考えた。考えた僕は、既に37歳になっていて、多くの人々が10代で考えるべきことを、およそ20年も人よりも遅くに考えることになる現実を、実はとっても恥ずかしく思う。でも、何とかしたい。このタイミングが、37歳が、僕にとっての来るべき時期だった。その時期は、人それぞれ違うのだから、37歳にして訪れる人間がいてもいいじゃないか!?!、残念ながら、37歳にして気が付いた、というのが、僕の偽らざる現実。それ以外の何物でもない。
まさに、来るべき時期だったのだと思う。烈しく抗ったものの、結局僕は独りになった。独りになってしまったら、考えるしかなかった。良いことも悪いことも、当然にどちらかといえば、マイナスな後ろ向きなことを多く考えた。悔やんだ、恨んだ、憤り、無力さ、孤独、寂しい、無気力、、、何がどうなろうとも、考えなければならなかった。
環境に感謝しなければならない。
僕には本があった。本を読む時間があった。新刊本を献本を受けて書評を書き記すプロジェクト”本が好き!PJ”との不思議な縁があった。最寄りの図書館の蔵書が非常に充実していた。東京には、魅力的な芸術企画展が常時開催されている。興味の赴くままに、次々と貪った。
本当は、最も感謝しなければならないのは、私の身近な周囲の人びと。何だか、感傷的になってきて、何処へと進むのやら訳が分からなくなってきたが、そう、リアルな現実の生活においても、虚構の本の世界においても、僕に考える機会を与えてくれて、僕が考えて考えて考えることに留まることを示唆してくれる。

保坂和志の人生論に共感できる部分は多い。それでも、保坂和志の人生論は、保坂和志のものでしかない。僕の人生論は、僕自身が考えることに留まり続けて、僕自身が見出すもの。
僕は僕でしかない。








本「わたしの声を聞いて」スザンナ・タマーロ、泉典子 訳5


わたしの声を聞いて
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書評/海外純文学



本が好き!PJ”からの献本。

1994年に発表された世界的ベストセラー作品『心のおもむくままに』の待望の続編。
1994年当時、37歳のスザンナ・タマーロは、「心のおもむくままに」を、老女(祖母)が、家を出た孫娘に宛てた手紙のつもりで綴った”日記”を物語に仕立てた。老女の記憶を巡る物語は、長い歳月を経て、脈々と受け継がれる血であり、宿命の連鎖の呪縛が色濃く横たわる。モデルは、著者を育ててくれた祖母。彼女の両親は彼女が幼い頃に離婚。
老女の、豊かに積み重ねられた人生の数々の経験が、人生経験が浅く若い孫娘に宛てた手紙に託され、物語の読者への豊かなメッセージとなった。幾多の苦難を経験して、それでもいまだに迷いを断ち切れない老女が、またしても失ってしまった孫娘を想い、神父に救いを求め、かすかに見出した”道”。老女の心の中に留まり続ける、静かな深い深い想い。

世界的な大ヒットを受けて、当然に続編の要望は大きかったものの、彼女は頑なに拒み続けた。その後にも、小説やらエッセイやらの著作を発表し続けた彼女が、「心のおもむくままに」発表から12年の歳月を経て、49歳にして、一気に書きあげた続編。
続編となる本作では、老女の思いを託された、まだ若い孫娘が語る、”わたしの声を聞いて”と。


若者の叫びは、老人の静かに語る言葉の重みに勝てない。ほとばしる若々しい勢いはあるものの、比較すると、どうしても軽薄に陳腐に感じられてしまう。
だから、37歳だった(まだ若い!?)から老女の語り口を借り、49歳にして(経験を積み重ねたからこそ)若い孫娘を語り口に成し得た。

若い孫娘が、祖母の最期を看取り、亡き母と離れて暮らす父を巡り、故郷の地にルーツを求め、それぞれの”死”を見詰め、死を想う。
遺品のメモや手紙から、次々と明らかにされる事実は、自らの深層の内省の旅に誘う。

若い孫娘には、未来がある。拓くべき道がある。だからこそ、若者は社会に対する想い(メッセージ)を熱く語ることができる。
一方、老女の口から語られるのは、未来の社会に対する想いよりも、むしろ、過去の出来事や記憶、将来を担う若者に託す想いとなろう。


本作が「心のおもむくままに」の続編だから、先に「心のおもむくままに」を読んでから手にするべし!、などとも、実は考えたのだが、連作としての関連性を有するものの、それぞれが独立していながら、互いに深く関わり合う物語であるが故に、どちらを先に読んだとしても、結果的に両方を読むことによって、得られる満足度に相違はない、と思うに至った。
手にするタイミングや、自らの状態や状況によって、新たな角度からの気付きを予感させる、時を経て再読をしたい、と思わせる秀作。








本「心のおもむくままに<新装版>」スザンナ・タマーロ、泉典子 訳5


心のおもむくままに<新装版>
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書評/海外純文学



本が好き!PJ”からの献本。
海外純文学作品で、”あらゆる世代が心を揺さぶられ涙した名作。世界で600万部、日本で30万部の大ベストセラー新装版。”の表記に飛び付いた。
で、”人生でいちばん大切なのは、「心の声」に耳をかたむけること―。”だもんね。
「感動的な映画みたい」と思ったら案の定、映画化されて、日本でも公開されていたらしい。


家を出た孫娘に宛てた手紙のつもりで綴られた老女の日記。
老女は、孫娘との二人暮らしだったから、孫娘が家を出てしまって、悲嘆に暮れている。理解し合えなかったことによって、遠く離れてしまった孫娘には、手紙を書くことすら許されない。身近すぎるから、可愛い孫娘に募る想い。
しかし、孫娘への募る想いは単なる寂寥だけではない。むしろ、それまで決して明かすことがなかった秘密を、直接に語ることなく離別してしまったことを悔やみ、一方では、このまま秘密を打ち明けることなく、宿命の連鎖の呪縛から解き放たれることを心から願い、もはや、老女の手の届かない遠い処へ離れていってしまった現実があって、どうしていいのか分からないような心の迷い。
それは、何が孫娘の人生にとって正しいことで、最善の選択であるのか、果たして私(老女)が身近に居ることによって、彼女を救うことができるのか、はたまた彼女の人生なのだから、彼女自身が切り拓いていかなければならず、身近に私などが居ようが居まいが、そんなこととは無関係に、彼女が自らの意志で選択していく人生。もしかしたら、宿命の連鎖の呪縛は、彼女には引き継がれることなく絶たれ、老女の杞憂に終わるかもしれない。やっぱり、どんなに抗ったところで、逃れられずに、同じような過ちが繰り返されてしまうのかもしれない。それは、誰にも分からない。

それでも、決して安易に秘密を打ち明けることは許されない。同じ過ちは、繰り返してはならない。既に過ちは何度も繰り返されている。だから、絶ち切らなければならない、努力を怠らず、細心の注意を払わなければならない。
心の迷いを晴らすために、慎重に慎重に対処するために、自らの心の深くにそっと語り掛け、これまで心の奥深くに固く固く仕舞い込んでいた記憶の数々、決して明かすことがなかった秘密を、その過去の出来事のひとつひとつを、冷静に冷静に紐解いていかなければならない。じっくりじっくり時間を掛けて、丁寧に紐解いていく作業は、自らの人生を、生き様を振り返り、辛く哀しい記憶をもよみがえらせる、烈しい痛みを伴う作業。

長く生きてきた人生には、それは誰にも言えないような、思い出したくもないような記憶や、思い出すだけでも恥ずかしく、情けなくなるような記憶だって、その数はひとつやふたつではない。孫娘は、孫娘の母親から生まれてきたのであって、その孫娘の母親は、老女の娘。母親から子供が生まれるには、父親が必要。オスとメスの生殖本能によって、生み出される生命体、子供。

哀しいほどの宿命を背負い、長く生きる人生(老人)には、苦難が絶えない。
何のために、何が楽しくて長く生きるのだろう?、長く生きなくちゃいけないのだろう?、と考えたとしても不思議ではない。
早くに死を迎えた方が、ある意味では、楽な人生であろう。生きていれば、苦しいことだけじゃなくって、愉しいことも間違いなくあるけれど、それでもやっぱり、苦しみや哀しみは、できることなら味わいたくない。
そして何より、自分自身だけでなく、身近な愛しい人たちが苦しみや哀しみに打ちひしがれる姿を絶対的に見たくない。

でもね、だからね、神父は語る。
人を成長させるのは、苦脳だけだ・・・」、誰もが心の中だけの静かな葛藤を有する。「・・・生きるというのは、そのことに気づいたり、知ったりするだけのことですよ。・・・」「なにもしないで待てばいいんですよ。・・・不安をなくせば道はおのずとひらけてくる」(P.189-190)

そして、老女の日記は幕を下ろす。
「・・・そして声が聞こえたら、立ちあがって、おまえの心のおもむくままに行くがいい。」
1992年11月16日から12月22日


今現在を生かされている私。いつまで生かされるのか、それは神のみぞ知る。年齢を重ねて、苦悩を重ねて重ねて重ねて、その末にやがて切り拓かれるであろう”道”。
どんなに抗ったところで、それぞれに宿された運命(宿命)を変えることはできない。であるならば、どうしようもないことに、いたずらに不安を抱くことなく、不安を取り除くために、あえて何もしないで”心の声を聞く”という選択。


静かに閉ざされる物語、日記。
静けさは、自らの深い部分への語りかけの始まり。
穏やかな心の安らぎの中。








本「「三十歳までなんか生きるな」と思っていた」保坂和志5


「三十歳までなんか生きるな」と思っていた
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書評/



本が好き!PJ”からの献本。
副題(?!)が、”結論に逃げ込まずに、「考える」行為にとどまりつづけろ!”だもんね。 何の迷いもなく、「これは現在の僕が、まさに今読む”本”だ!」と直感。
あぁ〜、だから本は止められない、だから本に依存しちゃう。

保坂和志は、1956年、山梨県生まれの小説家早稲田大学政治経済学部卒業。1995年 芥川賞、1997年 谷崎潤一郎賞平林たい子文学賞受賞。
 公式HP”パンドラの香箱”(http://www.k-hosaka.com/)

あ〜あぁ、言葉にすることに烈しい葛藤が生じる。
だってね、前半を好調に読み飛ばしていったんだけど、当然だけど徐々に深層に入り込み、第4章(最終章)で、ハイデッガーニーチェプルースト失われた時を求めて」、フーコー「言葉と物」人間の終焉、そして、フロイト、、、で、
私は基本的にフロイトの学説を信じているけれど、違和感をいつも感じている。・・・(P.178)”
と書き記され、理論を展開されても、それらの歴史的な大作家、偉大な哲学者や思想家の名前こそ聞いたことがあるものの、あくまでも、「聞いたことがある」のレベルでしかなく、私は一切手にしたこともない。悲しい現実。悲しいけれども、それが現実であり、どんなに悲しんでも、悔やんでも、嘆いても、どうにもならない。烈しい自己嫌悪に打ちひしがれながら、とにかく文字を追った。当然に、文字を自らの目で視覚として認識して、文章としての情報を得た。得た情報を、私は果たして、「理解した、分かった」と言えるのであろうか?、読んだ、ことは読んだ。読んだことによって、情報は得られた。情報を自らのものとした。しかし、得られた情報は、不完全な断片的なものである。その情報を完全なものとして、自らの血肉(知識・経験)とするためには、不足している情報を必要とする。必要とされる情報を補完するためには、前述の偉大な歴史的思想家、哲学者たちの理解を得なければならない。
立ちはだかる壁の大きさに、暫し途方に暮れる。
前提条件が満たされていないのでは、同じ土俵に立つことすらできない。
ん?!、ということは、己は、同じ土俵に立てると思っている、ってこと?!
保坂和志は、十代の頃から自らの内側に深く問い続け、名門 早稲田大学を卒業し、小説家としても、芥川賞などの文学賞を受賞し、その後十年以上も第一線で活躍されている、しかも、五十年以上の人生経験を積み重ねている。
現実逃避を繰り返し、真面目に勉学に励むことなく、知識も経験も努力して自ら積み重ねることをせずに、何となく過ごしてきてしまった、たった三十七年の人生経験しか有しない僕如きが、ここ一年くらい、ちょっと本を読んだからって、、、、


信じるしかない、自分自身を。
堂々巡りとしか見えない話でも、二度目三度目では必ず自分の中に変化が起こっている。変化のほとんどは劇的なものでなく、堂々巡りの回数を重ねて起こるわずかなものなのではないか。―「劇的なもの」を期待するのもまた自我の働きなのではないか、というのが最近の私の予感だ。(P.212)”









”神の視点”
”この世界には時間がかかることがある。しかしその時間を短縮することはできない。”

本「中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日―一極主義 vs 多極主義」北野幸伯5


中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日―一極主義 vs 多極主義
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書評/社会・政治



本が好き!PJ”の献本を逃したため、自腹で参画。

ロシアモスクワ在住の国際アナリストが解く世界情勢。
著者は、ロシア外務省附属モスクワ国際関係大学(MGIMO)(外交官とKGBなど国家エリートを養成するための高等教育機関)卒業後、カルムイキヤ自治共和国大統領顧問を経て、プーチン大統領の元ブレーンとともに日ロビジネスコンサルティング会社を設立。ロシア国内から、国家レベルまで掘り下げて世界情勢を窺う。

中国では平然と、”戦争、第三次世界大戦”の可能性が語られている。
60年もの間、戦争のない状態を続け、覇権国家アメリカの僕(しもべ)として仕えることによって、自国に軍事力を有しないでも安全が保障されてきた、独立国家としての機能が劣り”平和ボケ”してしまった”日本”には、全くピンとこないような話しが、隣国では日常会話である現実。日本だって、第二次世界大戦で敗戦国となる前までは、富国強兵を掲げる、ふつうの国家だった。長い歴史の中の国家の在り方を考えると、現状が”ふつうではない”状態。
それでも、やっぱり戦争のない平和な状態は素晴らしいことに間違いはない。
憲法第九条があるおかげで、他国から馬鹿にされようが、けちょんけちょんに貶されようが、自国の軍事力(自衛隊)を直接的に戦争に遣わないことによって、護られる平和。戦地となってしまう悲惨な状況は、絶対的に避けたい。報復テロの不安は、同盟国にも及ぶ。

世界情勢の法則に垣間見える”ライフサイクル”。
”成長”の後に必ず訪れる”衰退”。どんなに抗っても、決して避けることはできない。
そして、歴史的には、一度その座を奪われた覇権国家に、復活はない。
長く覇権国家を務めてきた”アメリカ”も、その実情はボロボロで、いつ倒れてもおかしくない状態。だからといって、世界のトップの座を、簡単には手放すことはできない。アメリカドルが基軸通貨として機能していることによって、世界最大の赤字を抱えていても、国家破綻を何とか逃れている現状。基軸通貨がドル以外に移行した瞬間に、世界の経済は大混乱に陥る。それは世界中の全ての国家の損失であり、経済不安へと直結する、由々しき事態。
そして、世界のエネルギー供給を支える石油、天然ガス。限りある資源は、アメリカ自国では、およそ10年後に底が尽きると予測される。代替エネルギーの開発は、盛んに進行していても、まだまだ石油への依存度は高い。多くの埋蔵量を誇る中東との関係。時に武力行使の理由がでっち上げられる。理由は幾らでも後から作れる。力ずくでも奪わばければ、自らの立場が危ない、必死の戦略。

プーチン大統領のKGB仕込みの手腕の元に、息を吹き返してきた大国ロシア。それでも、覇権国家には成り得ない。多極の一拠点を担いたい。
急速な経済成長の下、隣国ロシアに資源と武器の供給を頼り、関係を深める中国。覇権国家に成り得るけれど、まだまだ軍事力も経済力も足りない。虎視眈々と機会を窺う。
かつて栄華を誇った欧州各国も、今さら単独での覇権国家に成り得ない、EUとして、多極の一拠点を担う。

さぁ、我が国”日本”は、アメリカと共倒れするのか、独立国家として一拠点が担えるだけの権能を備えることができるのであろうか?
上手くしないと、日中戦争も、絵空事ではなくなっちゃう!?


≪目次:≫
 第1章 アメリカ幕末時代
 第2章 アメリカの恐怖
 第3章 石油は民主主義より大事
 第4章 アメリカを憎み、中国を恐れるロシア
 第5章 ロシアが握った勝利のカード
 第6章 米中対立、中国が有利
 第7章 大いにありうる日中戦争


余談になるが、
私はタイミング的に、著者の前作『ボロボロになった覇権国家(アメリカ)』(風雲舎,2005/01)を先に手にする機会に恵まれたのであるが、併せて読むことをお勧めする。そして、世界情勢に全く疎く、欧州も中東も、宗教も民族も、その歴史も地理も、分からないから興味が持てない状態の私を、ここまで引き込むキッカケとなったのが、本書と同じ草思社の『地図で読む世界情勢 第1部 なぜ現在の世界はこうなったか』であり、『地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか』。
多くの本は、著者の経験や知識だけでなく、過去の多くの書物(参考文献など)が紐解かれて構成されている。
幾ら分かり易く説いてくれてるとはいえ、これ一冊で全てが理解できる、そんな上手い話しはなかろう。








本「よくわかる慰安婦問題」西岡力5


よくわかる慰安婦問題
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書評/社会・政治



娼婦”が、人間社会における、最初に発生したの職業である。という記述を、とある書籍(記憶が定かではないが、橋本治か?!)にて触れて、深く納得した記憶が鮮明に浮かんだ。
人間本能に、欠くことのできない性(セックス)オスメスという性別、性差、そして、性交(Sex)の保存。溜まるものは放出しなければならない生理的欲求
今は亡き、歴史小説を得意とし、史実にこだわった偉大な小説家 吉村昭(1927.5.1-2006.7.31)は、晩年のエッセイ集で「日本は優秀だった。江戸時代に鎖国をしたのは、異国に頼ることなく、自国で全てが賄えてしまい、交易の必要がなかったから。」と説いていた。

そして、最近の訪問者数カウントが30カウント台と低迷していることをいいことに、ぶちまけるいい機会であろう、などとほくそ笑む私。
ちなみに、私の生活に、テレビや新聞、雑誌などのメディアは存在しない。インターネットのトップページニュースをナナメ読みするのみ。読書に没頭し、社会と断絶した生活。それでも、サラリーマンとしての日常生活に不都合は無い。安倍晋三が、内閣総理大臣を辞する正式な理由も知らない、興味が無い。
そんな状態の私の発言に、一般性の欠片も無く、無責任な、あくまでも現時点での個人的な意見である点を考慮されたい。

という訳で、”慰安婦問題”についても、知り得なかった。
参画している”本が好き!PJ”の書評に、不思議と深く抱かれた興味。深く抱いてしまった興味に、何の責任も無い。本能の赴くままに行動(読書)するのみ。

なるほど、
国際基督教大学(ICU)を卒業後、筑波大学大学院地域研究科を修了し、韓国・遠世大学国際学科に留学。1992年〜84年、外務省専門調査員として在韓日本大使館に勤務。1990年〜2002年、月刊「現代コリア」編集長。そして、現在は東京基督教大学教授を務める、著者”西岡 力”(1956年生まれ)、日本の現代朝鮮研究者。が説く、日本の歴史的事件”慰安婦問題”。確かに、分かり易い、よく分かった。

歴史的事件”慰安婦問題”を軸に、日本の国際社会における外交に苦言を呈する。
敵対心を露わに、特定の個人を団体を、痛烈に批判する。


社会生活から脱落している私にしてみれば、
プロ(専門家)として、歴史的事実の裏付けによる論証に、納得させられる部分は多いが、それでも、著者自身が語る通り、社会的な理解や支持が得られない現実。
ひとつには、軽薄なメディア戦略があって、メディアが追い求めるものに、事実として絶対的に正しいことよりも、多くの支持を得られること、そこに経済活動(利潤)が見出せること。が重視される資本主義経済社会の原理原則があろう。過去の歪曲された歴史的証言の数々も、元を辿ると、メディアが焚き付けたニュースや論述に端を発していたりする。”討論会”と称されるショービジネスに参画するのは、基本的知識を有しないままに、登場するエンターテイナー(職業討論士)、正当で的確な難解な理論を求めない軽薄な視聴者。
一方では、”喧嘩両成敗”的な見方が時に必要とされ、相反する論理を展開する片方の意見だけを盲目的に採用する訳にはいかない。そして、歴史的事実が、歴史的事実として取り上げられるまでに至る、歴史的な背景をも、無視することはできない。そこには、然るべき必然を垣間見ることができる。火のないところには煙は立たず、仮に全く事実無根の誤認であったとしても、煙の存在を感知してしまった、感知させてしまった現実を否定することはできない。そこに含まれる、何らかの意義や必然。

あえて、軽薄に言い切る。
1993年(平成5年)8月4日に、宮沢改造内閣河野洋平内閣官房長官が発表した”慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(河野談話)”の全文に、日本の優秀さと、美学を感じた。と。
戦時下の日本軍に、”セックススレイブ(性奴隷)としての強制連行”の事実は、どんなに調査をしても、調査をすればするほどに、確認できなかった。のである。絶対的に存在し得なかった、捏造されたと推測されて然るべき歴史的な事実。
それでも、その圧倒的な事実を、とりあえず一旦横において、その「慰安婦とされ、肉体的、精神的な苦痛を味わった」と切実に訴える女性の存在。反日感情であろうが、メディアが焚き付けた事件であろうが、捏造であろうが、何であろが、固有の人格を有したひとりの人間という尊重されるべき人格が、尊厳が、深く傷付けられたと、涙ながらに訴え、責任を問う姿。その真偽を問うことに、何の意義を有しよう。ひとりの人間が、目的の如何を問わず、真剣に訴え掛ける姿に、その切実な背景をも鑑みて、真偽を問うことをせずに、深い慈しみの心を示す。真意を別にして、自らの恥を曝け出し、身を呈している、か弱き存在に対して、声を荒げて真偽を問うことが、正論を貫くことが、真に実力を有した、優秀な国家民族に求められる姿であろうか?!

真実を語ることが、時に多くの人を傷付けることにもなる事実。
自らの主張によって、多くの大きな傷を負わせることが明確であるとき、賢者が取るべき行動。

国家間の問題が、歴史的・政治的な背景から複雑であり、計り知れない影響を含む現実。
はっきりと明確な姿勢が求められる反面、それをしない優しさと勇気を有する国家があってもいい。
我が愛すべき、誇り高き”日本”。









本「地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか」ジャン-クリストフ ヴィクトル/ヴィルジニー レッソン/フランク テタール、鳥取絹子 訳5


地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか
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書評/教育・学習


”本が好き!PJ”からの献本。
分かり易い地図で読む”世界情勢”の第二弾。第一弾”なぜ現在の世界はこうなったか”で、広く浅く得た世界の歴史、文化、宗教、民族などなどの知識を基に、「で、どうなっちゃうの?!」を説く。でも、答えは無い。世界全体が、その答えを求めて、それぞれが良かれと思う行動を画策中だから、その結果など誰にも分かり得ない。

第二部のスタートは、戦争紛争
60年以上もの間、戦争と無縁で、”平和”と謳われる日本国。それでも、世界に目を移せば、何処かで必ず絶えることが争い、紛争、戦争。ある意味では、戦争が日常的なもの、とも言える現実。平和が持続している現在の日本国の異常さ?! 第二次世界大戦の手痛い敗戦、その後の連合軍(アメリカ)の統治による政治経済の復興、勤勉さと時流に乗った急成長。経済活動のみに注力したが故に、貿易による摩擦や軋轢こそ生じさせたが、武力抗争(戦争)にまでは至ることが無かった。
それでも、その後に再度、戦争をすることが無かったが故に、60年以上の歳月を経た今もって、何処かに”敗戦国”としての、肩身の狭い思いを拭い去ることができない。経済の急発展に後押しされて、他国との戦争をする機会を得ることも無かったのであろうし、戦争という行為自体を肯定するつもりも無いのではあるが。

多くの人命が失われる戦争は、そこまでする相当な必要に迫られなければ、決して起こり得ない。誰だって、戦争はしたくない、無為に死にたくないから。一部の、戦争によって莫大な利益を被る特別な人びとを除いては。最近では、メディアが加担することも少なくないが、それでも、文化や、宗教、領土、民族の確立、経済格差が引き起こす紛争。必要に迫られた行動であろうから、それを否定することはできない。否定することに意味を有しないし、否定したところで、本質的な問題が解決されなければ、形を変えた問題が必ず噴出する。
だから、テロ行為が決して許されるべきではないものの、その存在だって必然に導かれて生じているとも。

とどのつまりが、地球というひとつの惑星に共同生活を営む人類が、異なる文化を有して、個別の主張を繰り広げている以上、紛争が無くなることは有り得ない。誰だって、自己主張したい。自分が正しいと信じたいし、自分が正しいことを証明したいし、正しいと信じた行動によってのみ得られる幸せを絶対的に信じたい、獲得したい。
欲望の塊である人間の哀しい性。

誰かが勝てば、一方は負ける。得る者がいれば、必ず失われる者の存在がある。富める者がいれば、貧困に苦しむ大勢の人々が絶対的に存在する。不均衡こそが、絶対的な現実。
全体を均せば、大きな括りで見れば、均衡は保たれる。限られた富める者と、多くの貧しい民。数%の富める者が貪る益と、多くの貧困に苦しむ者大勢が纏めて授かる益。
絶対的な現実を前に、否定しても何も始まらない。現実を直視して、不均衡を受け容れなければならない。
まずは、その現実を知り、理解する。文化や宗教や民族が異なり、それぞれの主義や思考が、絶対的に異なり、相容れない別個のものであることを。人間ひとりひとりの個性や人格が、同一ではないことと同じように。

高度に発達した情報化が、国家という括りを超越して、「非対称戦争」であるゲリラテロリズムの活発化を生む。

地球という、ひとつの大きな共同体に、限られた空間、領土、資源を共有して生活を営む人間という同種の生き物。文化が異なるのは当然。絶対的な融和は図れなくても、無為な諍いに、何の意義をも有しない。失われるモノと、得られるモノのバランス。
ある意味では、だからこそ紛争が必要とされて、紛争によって得られる(?!)、失われることによって保たれるバランスがあるのかもしれない。失われることが無ければ、増加の一都を辿り、それによって乱されるバランスだって否定できない。一定量の喪失、消滅の必然!?

それでもやっぱり、私も強く願う、
ウミガメの生き残りを選択して、発展の可能性よりも、経済の生き残りを選択したい。地球上で住民がもっとゆっくり、もっと自然と調和した生活をしたい。”
問われる、幸せの本質。









本「いつまでも、いつまでもお元気で―特攻隊員たちが遺した最後の言葉」知覧特攻平和会館 編5


いつまでも、いつまでもお元気で―特攻隊員たちが遺した最後の言葉
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書評/歴史・記録(NF)



8月15日朝、靖国神社に足を運んだ。
真夏のジリジリと照り付ける太陽を遮る雲ひとつない晴天。
蝉の声。

「靖国神社」について、Wikipediaには、
近代以降の日本が関係した国内外の事変・戦争において、朝廷側及び日本政府側で戦役に就き戦没した軍人・軍属らを、顕彰・崇敬などの目的で祭神として祀る神社である。
とある。関係の有無を問わず、賛否両論、様々な想いがあろう。

論争に加担する気は無い。よく分からないから、無責任なことは口外できない。
戦争があった。戦争によって多くの命が失われた。
それでも、そういう時代があった。ある意味では戦争をする必然があった。その戦争を経て、今現在の戦争をしていない日本がある。
人の命を奪う戦争の無い、平和な社会を維持したい。

だからあくまでも、「足を運んだ」であり、頭を下げることも、手を合わせることもしない。
ますますよく分からない。
とりあえず、現在の平和を祈ればいいのか?
戦争で命を落とし、祀られている故人を偲べばいいのか?
きっとそうなのであろう。
深く頭を垂れ、手を合わせる人々の姿。


美しい風景写真に彩られて綴られる六十篇の手記。

戦争末期、特攻隊員として、飛び立つ若者六十名、最期の言葉。
自らの死を覚悟した上で書き記す言葉、その想い。

隊員プロフィールとして、六十名分の顔写真と氏名、出身地、戦死日、隊名、階級、年齢が記される。白黒の写真に納まる顔、その表情。小さく、不鮮明な写真。手記と照らしながら、その想いに浸る。
手記に表れる人柄、個性。
限られた時間の中、使命の重大さ、高まる気持ち、記す言葉に走る緊張。
短い言葉の中に籠められた想い。

美しい風景写真が、その想いに彩りを添える。
美しい自然、大切な生命、責務。


永久に語り継ぐべき感動の記録








「地図で読む世界情勢 第1部 なぜ現在の世界はこうなったか -ジャン-クリストフ・ヴィクトル/ヴィルジニー・レッソン/フランク・テタール、鳥取絹子 訳」読みました。5


地図で読む世界情勢 第1部 なぜ現在の世界はこうなったか
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書評/教育・学習


すべては地図によって
驚くほどくっきり見えてくる。
だから、
世界を見る目が変わる地図

本が好き!PJ”からの献本。
現代の世界が、それぞれの国家が内包する矛盾に満ちた均衡に保たれて、形作られている現実が、地図というビジュアルによって解説される。とっても分かり易い構成。
フランスで異例のベストセラーを記録、の評にも納得。

世界情勢、歴史、文化などに充分な知識を有している方には物足りないのかもしれないが、、、不勉強で世の中の情報に疎い私にとって、正直読むのが辛かった。だって、学習(知識を習得)することは、自らの無知を認識する作業から始まるから。地理も歴史も苦手として、勉強を避けてきた。地理や歴史の知識が無くても、日常生活において困ることはない。興味を持たなければいい。ただそれだけだった。
それでも、読書に勤しみ、絵画や映画などの文化芸術作品に触れ、興味を抱き始めると、実は非常に不都合が多い。今さら人に聞くのも恥ずかしい。やっぱり、深層部分の理解が得られないのは悔しい。インターネットの発達のおかげで、知りたい情報をピンポイントでピックアップすることはできるが、それでもブツ切れの情報でしかない。知れば知るほどに、高まる興味。どんなに悔やんでも、時間は巻き戻すことができない。学生時代に戻って、勉強し直したいと思ったところで、残念ながら、「今の時点で興味を有した」が現実であり、後悔する暇があったら、現実を生きたい。今現在に、現実として興味を抱いた知識をコツコツと身に付けたい!
という葛藤が、「旅 2007年08月号 -クロアチア特集」のクロアチアが、国家ユーゴスラビアの解体によって誕生した共和国であることを知った。であり、「仏教的生き方入門 チベット人に学ぶ「がんばらずに暮らす知恵」 -長田幸康」で、チベット仏教であり、仏教の歴史、そしてチベット民族が、中華人民共和国によって実効支配されている事実を知った。であった。
この二つの歴史的事実は、やっぱり小さなことではなかったようで(恥ずかしながら、私はそれまで知り得なかった)、本書においても、歴史的事件前後の出来事や、周辺国家との関係、民族的・宗教的背景まで、地図を用いた詳細な解説がなされる。納得、点と点が線で繋がった!?
そして、「獄中記 -佐藤優」で、キリスト教徒で元大蔵省元主任分析官がロシアに精通していた理由も氷解。本書における、ロシアの宗教的側面からの解説に、キリスト教カトリック典礼とビサンチン典礼(東方正教会)があって、ロシアは「正教会」である「正しい教義」のキリスト教徒を多く抱える国家とあった。なるほど宗教と民族を知ること無く、世界への理解は有り得ない。

それでもやっぱり、現在の世界において、絶大な影響力、発言力を有する国家は、”アメリカ合衆国”。だから、本書においても、第1章で一番最初に取り上げられる。アメリカを語らずして、現在の世界を語ることはできない。それでも、そこから垣間見える歴史的事実として、世界的歴史の浅い(約250年)若い国家であること。名もなき先住民たちを大航海時代侵略・征服して確立された国家は、自国内における戦争の経験が四度と極端に少ない。だからこそ、1861年から65年の南北戦争以来、136年ぶりのアメリカ国内の戦争と解釈される2001年9月11日の同時多発テロの衝撃。強いアメリカの終わり!?
高度に情報化が発達した現在においては、武力の抗争である”戦争”が非現実的なものとなりつつあろう。それでも、内戦であったり、テロ攻撃は、決して無くなることがない。情報化が発達していない時代であれば、民族、宗教、国家機能を守るために、隣国との武力抗争が、最も有効だった!? 何の情報も無いのだから、自らの国家を維持するためには、攻められる前に攻め込んで、力を誇示する必要があったであろう。
現在の高度な情報化によって、瞬時に世界情勢が一目瞭然となってしまう現実、であるならば、国家(民族・宗教)などという単位に縛られることなく、大きな世界という視点での共存共栄が望まれるのも当然であろう。求められる均衡は、例え矛盾に満ち溢れているとしても、武力抗争以外の方法の選択。

で、世界の歴史は、やっぱり”欧州”であり”ロシア”、第2章。近年における欧州連合(EU)の動き。そして大国ロシアとの関係。異民族と異文化が大陸に共存するが故に繰り広げられてきた歴史的出来事の数々。地図という目で位置関係を確認できるから、その民族であり、宗教であり、国家の勢力図の変遷が興味深い。何度も舞い戻って確認して、読み進める作業。だって、国家の名称と位置関係の理解が、欠落していたのだから仕方が無い、であり、好機を得た、である。

で、現在の世界的経済活動は、石油やガスの天然資源に依存しているから、その資源の多くを握る”中東”が第3章。限られた天然資源という利権を巡る権力抗争。天然資源が資産となり、潤沢な資金が国力を高め、国際政治的な力を有する。そこに、民族や宗教的な要素が加味されて勃発する争い。

と、基本的な歴史的な知識を、地図で確かめながら習得できる効果は大きい。
それでも、現在の世界が抱える諸問題の内、著者らが重要であろうと判断した歴史的出来事の、部分的な側面でしかない。
現在の世界情勢を語るに、地図入りで159ページでは、絶対的に限界がある。全てを網羅して膨大な情報量とすることよりも、基本的な知識への理解を目的としているからこそ、私のような不勉強な人間にも理解ができるのだから。

だからこそ、世界全体を網羅した最後に、アジアの極東の小国”日本国”が、客観的に評されている記述に、この著作の意義を感じた。
日本が、領土を全て海に囲まれている特異性。








「これでもけっこう幸せだ。」読みました。5


これでもけっこう幸せだ。
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書評/ルポルタージュ



”障害をもっていることは、たしかに大変なことである。 しかしたんにそれが不幸なのではない。 理解されないことが苦しいのだ。
だれもがみんな、輝く命の持ち主なのだということをわかってほしい。
理解の輪が広がることを心より願って。”



深く考えさせられる。
参加させていただいている”本が好き!プロジェクト”からの献本でなかったのであれば、私の視点は一点のみに絞られる。 自らの心の痛い部分についてのみの記述となったであろう。 しかしそれが故(?!)に、自らに広い視点を課す。

著者は、自閉症児を抱える母親であり、ひとりの人間である。 幾多の困難を乗り越え、そして与えられた限られた残された僅かな時間を、その一瞬一瞬を必死に、いまを生きている、現在進行形。
著者も一人の人間であるが故に、自らの存在の意義や、その幸せを、”婚姻”や”子育て”に期待を抱く。 旧い風習が色濃く残るであろう徳島県に生まれ育ち、田舎の農家の長男に嫁いだとなれば、その親戚関係や家系や血筋などの煩わしいとすら思える人間関係にも、強く拘束されることが容易に想像できる。 父(義父)が家長であり、絶対的な権力者であり、その主君に叛くことなく、服従を誓うことによって保たれる家族のバランス。 むしろ失われて久しい、人間本来の有り方でもあるかもしれないので、一方的な否定はできない。 そのひとつとして、義父からの溺愛と相互理解が、子どもの間に確立されていた事実。
一方では、自らの意思を持つこと、考察すること、表現することを放棄する、そういう意味では、大人に成り切れていない、そして絶対的な父性に強いコンプレックスを抱く夫。 そのコンプレックスが故に、弱者(妻である著者や子供)に対して、その心の歪みや葛藤から、自分本位に振舞ってしまう、ある意味では、可愛そうな夫。 しかも、肝心なときに、愛する者に手を差し伸べることも、言葉を掛けることすらできない、現実に背を向けてしまう、不甲斐ない夫。 逃げるなんて卑怯だ!、などと当然に思う訳ではあるが、それでもそれすら、悲哀に満ちた現実、そして宿命?!

また、人間が生きていくうえでは、周囲の理解や協力が絶対的に必要であろう。
それでも、時に周囲の無理解や無神経に、深く傷付けられる現実。
一歳半の検診で医者の口から不用意に漏れた「ああ、いま自閉症の子どもさんを診てるから」・・・ 受話器を手にした医師のその言葉で、愛する我が子が自閉症であることを知ることとなる。 有り得ない(怒)!、それでも、それすらも医療現場の圧倒的な現実なのであろう。

そして、無責任な物言いを承知で記述させていただくと、現実的な社会生活において、自閉症者の特異な行動は、時に私たちの平穏(?!)な生活をも脅かす。
映画化もされた「モーツァルトとクジラ」にみられる、高機能自閉症(アスペルガー症候群)の天才的な能力に、驚かされることもあろうが、実際的な日常生活における電車の中や街中で時折見受ける障害者(この表現でいいのか不安ではあるが・・・)の、行動を私たちは予測し得ない。 自らの身に、何らかの害(?!)が及ばぬことのみを本気で願って、素知らぬ顔をして、距離を置く現実。
その予測不可能な、理解を超えた行動の全てを、自らの保護責任において見守ることの困難は、想像に難くない。 多動であれば尚更であり、常に抱いたり背負ったり、手をつないでいる訳にもいかないであろうし、人間の目は前向きに二つしかないし、体力にも限度がある。

ところで、最近では、身体(脳)機能に障害を有する方々への配慮としてであろうか、「しょうがい」や「障がい」と平仮名表記や、「障碍」と表記されたものを目にする。
意識としての表れではあろうし、その意識が時に大切なのであろうが、お役所的体質が見られ、戸惑いを感じる。 それでも、ひとつひとつの意識や行動からしか変わり得ないことも事実、言葉でしかないけれど、それでも言葉の有する力は小さくない。
また、法制度は、良くも悪くも実体主義で理論的。 離婚後の親権争いでは、当然に養育に伴う金銭的な経済的な要件が優先されてしまう現実。 どうしたって、法律に完璧を求める訳にはいかないけれど、それを運用する人間(役人)の人間性すら不確実な世の中。 現場を知らない高級官僚が、利益優先の企業体や、その企業体の顔色を伺う政治家たちの私利私欲にまみれた法律を定める側面もあろう。 規制緩和の旗印の下に、弱者保護の法律が改悪されている現状には、怒りすら感じる現実。

そしてまた、障害者(著作内での表記にあわせて)と、いわゆる健常者(?!)との境界線についても考えさせられる。
何をもっての”健常”であろうか?!
ある意味では、私も自らの性格的な人間的な問題を内に抱え、精神的に病んでいる部分を有していると自認している。 最も懸念すべきは、自らの本能や欲求や意思に基づく自然な行動を取ることができないことであろう、とも。 それが故に、その不自然ではあるものの、自律(?!)が働くからこそ、無難(?!、そればかりが良いとは到底思えないが・・・)に社会生活が送れている現実もあろうが。
人間の本来有する本能や欲求に、何処までも素直に正直な行動を取る彼ら(自閉症者ら)を、異質なものと捉えること自体に、おごりやエゴを感じる側面も否定できない。

さて、”自閉症”についてであるが、先天性の脳機能障害によるとされており、多くの遺伝的因子が関与すると考えられているが、いまだに原因も予防策も確立されていない。 日本では、1000人に1〜2人の割合で生じており、社団法人日本自閉症協会によると現在日本国内に推定36万人、知的障害や言語障害を伴わない高機能自閉症など含めると120万人いるといわれ、現段階では増加傾向にあることだけがはっきりしている。(Wikipediaより)
増加傾向にあり、予防策が無いという現実を捉えるに、これは確率の問題でも有り、1000分の1〜2という低い確率ではあるが、それでも決してゼロではない。 誰しもが、少なからず可能性を有している、他人事ではない現実。


現在、養護学校小学部卒業までの期限付きでの、愛する我が子との二人だけの生活を送る著者。 離婚によって経済的にも体力的にも負担は増えたであろうが、それでも失われるもの以上に、自らが得られるものが小さくない、その生活。
決して『勝ち組』には成り得ないけれど、経済的な面での得られるものは少ないかもしれないけれど、精神的な面での失わないものは決して小さくない。 本当に失いたくない大切なものを失わないためには、本当の自分自身の人生を自らが自らの意思をもって歩むためには、得られないことを怖れることなく、本質を見失わない信念こそが必要なのであろう。
何が”幸せ”なのか、何をもって”幸せ”とするのか?!
誰もがみんな、それぞれに輝く生命の持ち主であり、それぞれの”幸せ”を手にする権利を有している。 それぞれの”幸せ”の形は、それぞれ異なるものであり、また、その”幸せ”は決して誰かから与えられるものではない。 そしてまた、ある意味では、自らの心の有り様でもあろうし、自らの心の有り方次第でもあろう。
金銭的経済的な欲求の満足が、決して”幸せ”をもたらすとは思えない、”幸せ”の本質・・・


とどのつまり、「これでもけっこう・・・」というのが、著者の本音でもあろう。
受容れざるを得ない圧倒的な現実を、突き詰めて突き詰めて考え、その現実のいまを生きるうえでの、まさに漏れ出るが如き”生の声”。
それでも、与えられた宿命を、それすら自らのものとして真正面から受容れて、その意義や必然に導かれた末に得られたであろう、「これでもけっこう」な”幸せ”。


どうか、神様のご加護がありますように・・・
 〜 May the grace of God be with you.








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本「父が子に語る日本史」小島毅
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