Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

角川書店

本「逆接の民主主義 格闘する思想 (角川oneテーマ21 A-81)」大澤真幸5

ブログネタ
読んだ本♪♪ に参加中!
逆接の民主主義  ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)
逆接の民主主義 格闘する思想 (角川oneテーマ21 A-81)

○著者: 大澤真幸
○出版: 角川グループパブリッシング (2008/4, 新書 236ページ)
○定価: 760円
○ISBN: 978-4047101302
クチコミを見る




ハーバーマスデリダ


未来を諦めるな! グローバリゼーションと対峙する「新しきユートピア」
止まらない貧困と暴力の連鎖…… グローバリゼーションは地獄へと進み続けている。本当にこの道しかないのか? 断じて違う! 気鋭の社会学者が北朝鮮や歴史認識問題の解決策を示し、「新しい共同体」を示す!!

行き詰った社会問題を解決し、未来をつくる!
▼いまある民主主義を壊す
▼北朝鮮を民主化する
▼自衛隊を解散させる
▼歴史問題に決着をつける
▼「みんなのルール」はこうやって立て直す
▼根拠なき不安を解消する
本書のテーマ: 日本社会


≪目次: ≫
まえがき

第一章 北朝鮮を民主化する――日本国憲法への提案1
アメリカを映す、二大哲学者のケンカ/ヨーロッパが見ている世界、アメリカが見ている世界/「始まらない」代わりに得た、「終わらない」最終戦争/アメリカへの好感度が高くあり続ける国、日本/他者との共存方法を示す日本国憲法/北朝鮮問題の解決は、北朝鮮の民主化/死んだことを知らない「北朝鮮」/難民の受け入れこそ、決定的行為/「王様は裸だ」が叫ばれるとき/日本は難民を受け入れ、死を宣告せよ

第二章 自衛隊を解体する――日本国憲法への提案2
資本主義は「他者との共存」を妨げる究極原因/倹約は資本主義の産物である/市場の商品交換も贈与の一種/資本主義を内側から切り崩す贈与/絶対的貧困者への援助は完全義務である/支配―従属関係をつくる贈与の罪/人間に無限の負債を担わせる世界宗教/キリストの磔刑は罪の「贖い」ではない/自衛隊解体に向けて/援助は直接的でなければならない/自衛隊を解体し「部隊X」をつくれ!/遠くの他者ほど遇しやすい

第三章 デモクラシーの嘘を暴く――まやかしの「美点」
憲法非改正こそ、徹底的な実践である/他者を赦すとは、他者と〈同じ〉になること/神(キリスト)は普通の人間/普遍的共同性の鍵は、自/他の葛藤にあり/有効性を失いつつある民主主義/国連の常任理事国は歴史的使命を終えた/民主主義の公式見解は嘘/多数派の意見が真理を創造する/くじ引きの効用と問題

第四章 「正義」を立て直す――「みんなのルール」のつくり方
民主主義が機能しない現代社会/「正義」を導く二つの原理/無力な『正義論』/民主主義を超克する媒介者/共同体への参入は、常に自己否定を伴う/「共同体」も「性格」も選択の結果である/「開かれた研究」はつまらなく、「偏狭な研究」は面白い/単に可能なことは不可能なこと/選択を生む投射のメカニズム/猥褻な問いという形式/可能性の排除は、選択の結果でなく前提である

第五章 歴史問題を解決する――隣国とのつきあい方
歴史認識をめぐるギャップを解消する/歴史の運動を停止する反復強迫/神学の繰り人形としての歴史/歴史は「最後の審判」の視点から描かれる/敗者の歴史は可能性に富んでいる/敗者を救済しなおす〈歴史〉/〈歴史〉を逆撫でせよ!/最後の審判が〈歴史〉に革命を起こす/〈歴史〉とは不定性の体験/不徹底な民主主義は、権力者が「国民」をつくる/〈歴史〉の回復=〈民主主義〉の構築

第六章 未来社会を構想する――裏切りを孕んだ愛が希望をつくる
イメージが分裂する/現代の「生政治」は恐怖の政治/恐怖の原形はテロへの恐怖/極端な他者とどう付き合うか/見田宗介の〈公響圏と公共圏〉/内なる葛藤と闘う理論/多文化主義は原理主義に通じる!/愛は自由だが選択できない/人びとの困難を体現した少女/理想的で完璧なキリストの愛/普遍的な人類愛は原理的に不可能/愛は憎しみを孕む/逆接的民主主義―民主主義の否定こそ本義

あとがき (二〇〇八年三月 京都北山にて 大澤真幸)


※本書は、季刊誌「演劇人」(財団法人舞台芸術財団演劇人会議)に連載された「状況2004 社会・思想」「状況2005 社会・思想」を大幅に加筆修正し、再構成したものに、新たに第六章を書き下ろしたものです。


≪著者: ≫ 大澤真幸 Masachi Ohsawa 1958年、長野県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。京都大学大学院人間・環境学研究科教授(を歴任)。専攻は社会学。2007年『ナショナリズムの由来』(講談社)にて第61回毎日出版文化賞(人文・社会部門)を受賞。ほか、著書に『身体の比較社会学I・II』(勁草書房)、『戦後の思想空間』(ちくま新書)、『文明の内なる衝突』(日本放送出版協会)などがある。本書は10年ぶりの新書となる。

見田宗介/大澤真幸 『二千年紀の社会と思想』(atプラス叢書、太田出版、2012年) '12/05/21
大澤真幸 『不可能性の時代』(岩波新書、2008年) '12/04/20
大澤真幸 『近代日本思想の肖像』(講談社学術文庫、2012年) '12/04/17
大澤真幸 『「正義」を考える 生きづらさと向き合う社会学』(NHK出版新書、2011年) '12/04/07
大澤真幸 『夢よりも深い覚醒へ 3・11後の哲学』(岩波新書、2012年) '12/04/03
大澤真幸 『社会は絶えず夢を見ている』(朝日出版社、2011年) '12/03/10
橋爪大三郎×大澤真幸 『ふしぎなキリスト教  Wonders In Christianity 』(講談社現代新書、2011年) '11/11/11
大澤真幸 『近代日本のナショナリズム』(講談社選書メチエ、2011年) '11/07/08





人気ブログランキングへ




本「日中韓はひとつになれない (角川oneテーマ21 A-91)」小倉紀蔵5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
日中韓はひとつになれない (角川oneテーマ21)
日中韓はひとつになれない (角川oneテーマ21 A-91)

○著者: 小倉紀蔵
○出版: 角川グループパブリッシング (2008/12, 新書 197ページ)
○価格: 740円
○ISBN: 978-4047101722
クチコミを見る



半島(韓国、朝鮮)を、大陸(中国)と列島(日本)との関係を、古代以来綿々と継がれてきたような一筋縄ではゆかないような関係を、それを単独できりはなして考えることはできないだろう。そもそも「国民国家」(近代以降の西洋的な?!)といったような枠組み(システム?!)自体が、すでに、なかなかそれだけでは応対しきれない矛盾をはらんで解決することが応対することに、どうなんだろう、限界があるのかもしれない、グローバリゼーション??!、列島(日本)は、大陸(中国)に陸つづきではないことから、よくもわるくも距離をおいて対応することが可能になるんだろうけれども、陸つづきの半島にあっては、その緊張感というのか距離感を考えるには、近い遠いの距離的な親近が同異が



日本とアジア諸国をへだてる大きな溝とは?
▼不確定要素の塊“中国” ▼“韓流ファン”とは何だったのか ▼東アジアを通る“性善説ライン”とは ▼知識人の姿勢の根本的な誤り ▼歴史認識問題をどう考えるか ▼日本の政権と東アジア外交


≪目次: ≫
はじめに 本書で語りたいこと    理解しあえない東アジア/性善説が東アジアを破壊する/中国……鍋の蓋が危ない/韓国……上も下も性善説の危険/日本……「メタ」から「ベタ」へ/「韓流(かんりゅ)ファン」という名の「幻想と誤解の主体」/「東アジア共同体」の危険性/「未来志向」という誤解/「東アジア共同体」ではなく「東アジア共異体」を
第一章 東アジア化する日本    1 この十年は何だったのか? (「日本的な」日本の時代/時代遅れの森内閣/アンチ戦後日本的な首相/東アジア的な首相/新しいアジア)/2 東アジア化する日本 (小泉政権の性格/「韓国に学べ(ルックコリア)」/日本の東アジア化とは?)
第二章 中国・・・・・・鍋の蓋が危ない    1 性善説がわからない日本人 (カビくさい「性善説」/東アジアへの無知と誤解/知識人の姿勢の根本的な誤り)/2 性善説はダイナミックな思想 (思想的ダイナマイトとしての性善説/性善説とは何か)/3 東アジアの性善説ライン (「性善説エリア」とは/性善説と性悪説)/4 中国における「性善鍋」の構造 (性善説・性悪説の発祥の地として/政権と国民の相克/ほころびの兆候/鍋の蓋が噴き飛ばされるとき/日本との違い)
第三章 韓国・・・・・・上も下も性善説の危険    1 李明博大統領の時代 (韓国とは……/時代は変わった)/2 韓国はどこに向かっているのか (韓国社会を読み解くためのヒント/餃子と牛肉/携帯とネットの意味/これは民主主義なのか?/これはマルチチュードなのか?/儒教との関係/韓国に何を学ぶ?)/3 「性善説国家」の危うさ (上も下も性善説の国家=韓国/韓国の周囲の状況/北朝鮮/南北の関係)/4 日韓関係は善意の競争へ (未来志向の競争関係/互いに学びあう関係へ)
第四章 日本・・・・・・「メタ」から「ベタ」へ    1 安倍政権と東アジア (東アジアを意識する日本/安倍政権の隠された性格/安倍政権と盧武鉉政権の共通点/東アジアの一員へ/「韓国化」する日本)/2 価値のずれ (民主主義の転換/「価値」の二重性)/3 「ベタくさい人間」と「メタくさい人間」 (メタからベタへ/ベタからメタへ)
第五章 「韓流ファン」と日本の変化    1 ペ・ヨンジュン人気の意味 (知的な真摯さ/特別なペ・ヨンジュン/聖別されるペ・ヨンジュン/プレモダン、モダン、ポストモダン/「韓国」という記号)/2 小泉元首相との連関性 (ペ・ヨンジュンと小泉純一郎)/3 韓流ファンの誤解 (久しぶりの「断固」/もういちど整理すると……/多様な韓流ファン/成長する韓流ファン/韓流ファンは自信を持つべき)/4 歴史認識問題をどう考えるか (小泉首相の韓国観/竹島問題について/歴史教科書問題について/おかしな図式)/5 これからの韓流は (もっともっと成長しなくてはならない/在日のこと/これからは韓流への批判も)
第六章 「東アジア共異体」へ    1 東アジアをなぜつくるのか? (東アジアはつくれるか?/中国と東アジア)/2 誰が東アジアを構築するのか (「誰が」という問いの意味/切羽詰った問い/新しい人間観を持った人が東アジアを構築すべき/「右」も「左」も古い人間観の持ち主/東アジアへの敬意はあるか/倫理性の問題)/3 「東アジア共同体」ではなく「東アジア共異体」を (「共同体」から離れる/「共同体」ではなく「共異体」)/4 「未来志向」という誤解の種 (未来志向というあいまいさ/未来志向的な「未来志向」を)/5 「東アジア共異体」の中心は韓国 (韓国が中心となるべき理由/日本や中国が中心であることの危険性/歴史的文脈から/韓国は自国の相対化をすべき)/6 「ずれ」から「創造」へ (摩擦と議論/東アジア市民とは誰か/どのような人間観が必要なのか?)
終わりに (二〇〇八年十一月十日 小倉紀蔵)


≪著者: ≫ 小倉紀蔵 Kizo Ogura 1959年、東京生まれ。東京大学ドイツ文学科卒業。電通勤務の後、韓国に留学。ソウル大学哲学科大学院博士課程単位取得。東海大学助教授を経て、京都大学大学院准教授。専門は韓国哲学。NHKテレビ・ラジオ「ハングル講座」講師、外務省「日韓友情年2005」実行委員をつとめる。著書に『韓国は一個の哲学である』(講談社現代新書)、『韓国語 はじめの一歩』(ちくま新書)、『心で知る、韓国』(岩波書店)など多数。

小倉紀蔵 『韓国は一個の哲学である 〈理〉と〈気〉の社会システム』(講談社学術文庫、2011年) '11/06/22





人気ブログランキングへ



本「一字一話 日本語をめぐる45の話 (角川oneテーマ21 B-133)」船曳建夫5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
一字一話  日本語をめぐる45の話 (角川oneテーマ21)
一字一話  日本語をめぐる45の話 (角川oneテーマ21 B-133)

○著者: 船曳建夫
○出版: 角川書店 (2010/6, 新書 169ページ)
○価格: 760円
○ISBN: 978-4047102415
クチコミを見る





[ 本書のテーマ:日本語 ]
言葉を使って考えることは 人間にとって究極の快感である
▽人間は考えるから「人間」である ▽言葉は考えるための「道具」であり「材料」 ▽大きくても複雑でも言葉にすれば頭に入る ▽一字に表れるこの20年の日本の変化 ▽各話を彩る書家が書いた題字 ▽「古」「今」「東」「西」の45のエピソード


≪目次: ≫
はじめに
第一章 「古」    祝/生/酒/飛/音/同/懐/白/波/字/若
第二章 「今」    知/欲/球/犬/夢/声/対/忙/裏/穴/試
第三章 「東」    恋/峠/歌/裸/正/桜/鮨/季/○/夏/悲/髪
第四章 「西」    国/花/茶/舟/島/深/旅/天/雲/零/富
あとがき


題字:植木一空

※本書は「AGORA」(株式会社日本航空インターナショナル発行)2004年4月号〜2010年3月号に連載された「言葉とこころ」の中から45編を選び、加筆・修正し、再構成されたものです。


≪著者: ≫ 船曳建夫 (ふなびき・たけお) 1948年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は文化人類学。フィールドワークをメラネシア(バヌアツ、パプア・ニューギニア)、ポリネシア(ハワイ、タヒチ)、日本(山形県)、東アジア(中国、韓国)で行う。関心は、身体における自然性と文化性、儀礼と演劇の表現と仕組み、近代化というプロセス。主な編著書に、『知の技法』(共編)、『二世論』『大学のエスノグラフィティ』『右であれ左であれ、わが祖国日本』などがある。

船曳建夫 『右であれ左であれ、わが祖国日本』(PHP新書、2007年) '10/12/20
船曳建夫 『「日本人論」再考』(講談社学術文庫、2010年) '10/12/15





人気ブログランキングへ


本「善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21 A-120)」中島義道5

ブログネタ
読んだ本♪ に参加中!
善人ほど悪い奴はいない  ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21)
善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川oneテーマ21 A-120)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2010/8, 新書 221ページ)
○価格: 760円
○ISBN: 978-4047102491
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る



なにが善で善いことでイッパンに善いとされて、なにが悪で悪いことでイッパンに悪いとされて、もっとも、ぼくの考えはイッパンテキではない、どこかズレてるところがあると自覚していることから、ズレを意識した考察に、ズレを前提として考えてみて、見えて分かってくること、一方では明白に、やっぱり見えていない分かっちゃいない理解できていないんだろうなぁ、と思いいたることしばしばしばしば。ものごころついた幼少のころから、ぼくは良い子(オリコウサン)を演じることを常としてきて、親の期待(があったのかどうなのか、ホントのところはよく分からない)に背くことなく?!、身内や親戚のまえで、そう、ぼくはイイ子で、その頃まだぼくよりさらに幼少(4歳差)だった次弟は、互いにオトナになってから、「兄ちゃんはズル賢くて、なぜだかいつも気がつくと、兄ちゃんはイイ子で、ぼく(次弟)はワルイ子で。それは違う、そうじゃないんだ、ホントはね、って言おうと思っても、すでに周りのイメージはできあがっちゃっていて、なんども悔しい思いをした、、、」ようなことを、笑いながら話してくれた、ぼくも否定しない、否定できない、ぼくはぼくなりに必死だったんだよ、でも必死だからと言って周囲の近しい人を力(4年の年齢)の差を悪用して蹴落とすようなことが、ゆるされるものなのかどうかと言えば


≪目次: ≫
はじめに――ニーチェを読む若者たちへ
第一章 善人と弱者    弱者とは何か?/弱者の一変種/弱者=善人/弱者は「弱さ」を生きる理由にする/弱者は悪いことをしない/弱者は人間のうちに潜む「悪」に向き合わない/すぐに仰向けになるイヌ/弱者は加害者である/「優しさ教」の犠牲者/正直者が損をする?/新型の弱者/弱者の好む「強者支配」/弱者は権力と権威を愛する/(公認の)被差別者は弱者ではない
第二章 善人は安全を求める    善人の最高価値は身の保全である/バカ管理放送漬け/後期高齢者/善人はあきらめるふりをする/善人はけっしてあきらめない/ジャーナリズムが善人を指導してきた/善人はすぐに騙される/「くそ真面目な精神」/善人はけっして「没落」しない/野生のイヌ/運命愛と偶然
第三章 善人は嘘をつく    善人が嘘をつくのは必然的である/善人の大好きな「善意の嘘」/善人の示す好意/善人は相手におもねる文章を書く/善人はバカ丁寧な文章を書く/善人はすぐ無礼な態度をとる/善人はすぐ弱い者いじめをする/善人は誠実でありたいと願う/嘘をつく勇気さえない者/女はすぐ嘘をつく/女のところへ行くには鞭を持っていけ!/ルー・ザロメ/女に対する恐れ
第四章 善人は群れをなす    善人は群れをなして権力を握る/善人は公正を求め、法律を遵守する/群れをなす善人は管理されることを好む/弱者は「不正に」扱われることに耐えられない/善人は人間の「平等」を信ずる/「タラントゥラ」という毒蜘蛛ども/テレビ画面という極限的欺瞞空間/善人は例外者を排斥する/善人は自分と異質なものを切り捨てる/善人はエゴイズムを嫌う/群れをなさない弱者
第五章 善人は同情する    善人は誰からも苦痛を与えられたくない/善人は同情されたいから同情する/他人を辛がらせるという権力/同情は自由な人間関係を崩壊させる/同情と羞恥心/噛めば歯が折れるほどの友/ニーチェの「優しさ」
第六章 善人はルサンチマン(恨み)を抱く    道徳の起源/ニーチェとルサンチマン/あまりにも単純な学者批判/身を挺して戦わない男/負け犬の遠吠え?/カエルの遠近法/ニーチェはホモセクシャルか?/ワグナーとの決別/エリーザベト・ニーチェ
おわりに――ニーチェという善人    弱く傷つきやすいニーチェ/卑小な人間たちへの興味/優越者への卑劣な態度/対等な人間関係を結べない/「悪意」のせい?/「ぼくは偉いのだ!」/美しきものは少数者のものなり
あとがき (2010年5月25日 「畜群」にも「超人」にもなりたくないな、と思いつつ  中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 哲学者。1946年、福岡県生まれ。前電気通信大学教授。現在は私塾「哲学塾カント」を主宰。東京大学教養学部並びに法学部を卒業。77年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。専門は時間論、自我論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について 生きるのが困難な人々へ』『醜い日本の私』『ひとを〈嫌う〉ということ』『生きにくい… 私は哲学病。』『ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白』『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?』『孤独な少年の部屋』『ウィーン家族』など話題作多数。





人気ブログランキングへ


本「ひとを〈嫌う〉ということ (角川文庫13048)」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
ひとを“嫌う”ということ (角川文庫)
ひとを〈嫌う〉ということ (角川文庫13048)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2003/8, 文庫 238ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4043496020
おすすめ度: 4.0
クチコミを見る




嫌い!、嫌う(嫌われる)ことについて、すこしまえにいろいろあって。
まずは仕事でね、それまでだったら、ぼくは「仕事だから、報酬を得ているのだから、我慢するのも演じるのもアタリマエのこと」と考えて、可能なかぎりでいろいろな感覚の感知レヴェルをダウン(低下、劣化、見て見ぬふり、聞いて聞かないふり、見えて聞こえていても無関心を装って積極的な関与を避ける)させることを常としているのであって、だから、などと言ってしまうとおかしなロジックなんだけど、わざわざ一緒に仕事をする、仕事をして顔を突き合わせなければならない相手を〈嫌う〉必要がない、とりたてて好きになることもないけれど、もともと深く関与する気などサラサラないのだから、好きも嫌いも関係ない、無関心、といったところが本音のところかしら。まぁプライヴェートでもいろいろあって、ほんとはそのことを整理して考えをまとめておかなければならない、明らかにしておかなければならないのかもしれないのだが、急いては事をし損じる、なのか、にっちもさっちもどうにも、なのか、なんのことやら、ぼくは冷静さを取り戻すことができないでいる(惑い惑わされ)のであって、、、で、生理的にうけつけない、というのかなぁ、その生理的に〈嫌い〉みたいなものを、説明を試みよう!、と考えて、あげてみた理由のひとつひとつはどれも取るに足らない、自分で言うのもなんだけど、はぁ〜だからなんなのぉ??!、といったレヴェルの事柄ばかりで、いわゆる〈チリも積もれば山となる〉!!?、イヤなものはイヤ!、って、こどもじゃないんだから




あなたはひとから嫌い!と言われたら動揺するでしょう? あなたは自分が嫌いなひとからもできれば嫌われたくないでしょう? 日常的にふりかかる「嫌い」の現実とその対処法を、家族にとことん嫌われた哲学者が徹底的に考え抜いた。「嫌い」の要因8項を探りあて、自己嫌悪、嫉妬、軽蔑、復讐の本質をみきわめ、“サラッと嫌い合う”技術と効用を解き明かしていく――。豊かな人生を過ごすために、きちんとひとと嫌い合う、「嫌いのバイブル」誕生。


≪目次: ≫
はじめに
1 すべての人を好きにはなれない    (嫌われたくない症候群/中学生に見る人間本性/「嫌い」に向き合わない人/他人のまなざしの厳しさ/さらっと嫌い合う関係)
2 「嫌い」の諸段階    (日常的な「嫌い」こそ難問である/えせ平等社会/中学生日記『あいつ』/先生の「人間宣言」/みんなから嫌われる生き方もある/「嫌い」の結晶化作用/適度の復讐のすすめ/「嫌い」の効用)
3 「嫌い」の原因を探る    (「原因」とは何か?/原因と自己正当化/真の原因は自覚されない/「嫌い」の八つの原因)/一 相手が自分の期待に応えてくれないこと(家庭の中の期待/いつも他人と感情を共有したい人)/二 相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがあること(自分の弱みを握る人を嫌う/恩をめぐる「嫌い」)/三 相手に対する嫉妬(嫉妬の構造/嫉妬は自尊心を傷つける/正しい嫉妬/嫉妬と自己愛)/四 相手に対する軽蔑(軽蔑は快である/モラヴィアの『軽蔑』/ジッドの『女の学校』/モーリヤックの『テレーズ・デスケイルゥ』)/五 相手が自分を「軽蔑している」という感じがすること(成りあがり者の苦悩/技巧を見破る目/欧米コンプレックス/持てる者と持たざる者との会話)/六 相手が自分を「嫌っている」という感じがすること(人間は理不尽に嫌う/適度に「嫌い」のある人生)/七 相手に対する絶対的無関心(すべての人に関心はもてない/成功者と不成功者)/八 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応(その人だから嫌い/自分の弱点を相手に投影する)
4 自己嫌悪    (自己嫌悪と自我理想/自己嫌悪と「ひきこもり」/「人間嫌い」という名の自己嫌悪/自己嫌悪における自己愛/豊かな「孤独」)
5 「嫌い」と人生の豊かさ    (「嫌い」を抹消することはできない/「嫌い」は自己反省させる/人生を「重く取る」こと/「嫌い」と結婚)
あとがき (1999年9月9日(重陽の節句) 中島義道)
参考文献

解説 岸本葉子


※本書は2000年6月小社刊の単行本を文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに東大法学部を卒業。1977年、東大人文科学大学院修士課程修了。1983年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授(2009年退任)。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『人生を〈半分〉降りる』『愛という試練』などがある。





人気ブログランキングへ


本「「哲学実技」のすすめ そして誰もいなくなった……  (角川oneテーマ21 C-1)」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
「哲学実技」のすすめ―そして誰もいなくなった・・・ (角川oneテーマ21 (C-1))
「哲学実技」のすすめ そして誰もいなくなった……  (角川oneテーマ21 C-1)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2000/12, 新書 220ページ)
○価格: 600円
○ISBN: 978-4047040014
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る



すこし時間を得て。そう、求めて?!、なるべくして
そうそう、ドイツ語の勉強を(10:00から12:50まで)図書館の自習室にこもってしていたときに、「あっちゃ〜やられたぁ〜〜♪」ってしばらくうたれたように考えこまされてしまった例文(例題)があって、「Ich liebe dich, aber du liebst mich nicht.」は、ちなみに、人称代名詞の格変化、ich, du, Sieの格変化がテーマ。「私はおまえを愛するが、おまえは私を愛さない」と訳注にある。もっとも、ここでこの例文から学ぶべきは、dich(君を)がdu(君が。二人称親称単数)の4格であり、mich(私を)がich(私が。一人称単数)の4格であるということであって、愛するとか愛さない(愛されるとか愛されない)とか、ひとさまの揺れ動く不安定な情動(lieben、ich liebe、du liebst)がどうであれ、そんなことはどうだっていいこと(ゴチソウサマ♨)で、さらには、愛されなくても(否定のnicht)、愛されないことを分かっていながら、それでも、それだからこそ?!、健気?!にも「私はおまえを愛する」とは??!、まぁまぁ、その背景にはいろいろと、ときには駆け引きだって戦略だってあるんだろうことは、ぼくだって理解しないわけではない(ホントのところはよく分からない)


≪目次: ≫
はじめに
1 哲学することと生きること
「からだ」で考える
2 健全なエゴイズムを育てる
3 「不幸」を糧にして考える
4 あらゆる「悪」を考える
「ほんとうのこと」を語る
5 「きれいごと」を語らない
6 他人を傷つけても語る
7 身の危険を感じても語る
自分自身になる
8 精神のヨタモノになる
9 偉くならない
10 自分から自由になる
あとがき (二〇世紀最後の真夏 ウィーンにて 中島義道)


≪著者: ≫ 中島義道 Nakajima Yoshimichi 1946年福岡生まれ。東京大学教養学部並びに法学部を卒業するも社会不適応を繰り返しながら、東大人文科学大学院修士課程を修了、33歳にしてウィーンに立つ。1983年ウィーン大学哲学科修了。電気通信大学教授(2009年退任)の傍ら「無用塾」を開いている(現在は「哲学塾カント」主宰)。専攻はドイツ哲学、時間論、自我論。著書に『戦う哲学者のウィーン愛憎』『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『人生を〈半分〉降りる』『私の嫌いな10の言葉』など多数。近著に、妻子との関係をじっくり考えた『ひとを〈嫌う〉ということ』がある。





人気ブログランキングへ


本「生きる歓び (角川文庫)」橋本治5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
生きる歓び (角川文庫)
生きる歓び (角川文庫)

○著者: 橋本治
○出版: 角川書店 (2001/2,文庫 277ページ)
○価格: 559円 (品切れ 重版未定)
○ISBN: 978-4043567010
クチコミを見る



コルクの部屋に閉じ籠もり、音を遮断する目的で、吸音効果に優れるコルクを床に敷き壁に貼り、長編『失われた時を求めて』を執筆した(とぼくの不確実な記憶にある)プルースト
音、音、おと、オト、気になる気になる気に障る。もしかしたら(などと言うまでもなく)、音そのものは問題ではなく、音を理由にかかげて。自覚がないわけではない。問題となる音が解消(消音)したところで、状態(不快、怒り、イライラ)の改善は、ほんの一時的なもので持続しない。時をおかずして新たな不快の源が生じる(気になる気になる気に障る)。


≪目次: ≫
にしん
みかん
あんぱん
いんかん
どかん
にんじん
きりん
みしん
ひまん


解説:橋本治と『生きる歓び』

※本書は、1994年12月、小社より刊行された単行本を文庫化したものです。


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。79年青春小説『桃尻娘』で作家デビュー以来、SF『暗夜』、評論『宗教なんかこわくない!』ほか、『窯変源氏物語』『双調平家物語』など、その非常に巧みで多彩な作風には定評があり、幅広く人気を得ている。

橋本治 『TALK 橋本治対談集』(ランダムハウス講談社、2010年) '10/03/14





人気ブログランキングへ

本「ウィーン家族」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
ウィーン家族
ウィーン家族

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2009/12, 単行本 227ページ)
○価格: 1,680円
○ISBN: 978-4048740005
おすすめ度: 3.5
クチコミを見る



夫婦ってなんだろう?、家族ってなに??、フシギ
そう、中学一年生のひとり娘とその母親と、ぼくの父と母と、夫婦として家族としての。


※この作品は「本の旅人」2008年3月号から2009年4月号に連載(2008年4月号は休載)されました。単行本化にあたり加筆・修正をしています。

≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 作家。1946年、福岡県生まれ。東京大学法学部と教養学部を卒業。79年、ウィーンに渡り、83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。2009年、電気通信大学教授を退き、現在は、「哲学塾」の主宰ほか著述業を中心に活躍する。専門は、時間論、自我論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について――生きるのが困難な人々へ』『ウィーン愛憎 正』『醜い日本の私』『哲学の教科書』『働くことがイヤな人のための本』『カイン――自分の〈弱さ〉に悩むきみへ』『孤独な少年の部屋』『カントの自我論』ほか多数。







人気ブログランキングへ


本「怒る技術 (角川文庫)」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
怒る技術 (角川文庫)
怒る技術 (角川文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2006/3, 文庫 203ページ)
○価格: 460円
○ISBN: 978-4043496044
おすすめ度: 3.5
クチコミを見る



そんなに混雑していない会社からの帰りの電車で、車両の端の優先席で本を読み耽るぼくのピタッと隣に座る中年の男女連れは、会社の同僚なのであろう。ぼくが乗車した駅と同じだったか、次の駅だったか、隣の車両から移動してきた。どうやら仕事の話かプライヴェートな話か知らないけれども、話をしつづけるようす。だったら、本を読んでいるぼくの隣ではななく、空いている他の席に座ってほしい。話し声が聞こえると気になって仕方がないから、ぼくはi-Podのイヤホンを音楽を聴かずとも耳につっこんでいる。それでも、外部の音を完全にシャットアウトすることには不安を感じるから、遮音効果の低いヘッドフォンを使っていて、どちらかというと、アピールしている側面がつよい。「自閉傾向があります!」と。ぼくはそのつもりでも、そうは考えない、気がつくことがない、想像することすらできない人の方が少なくないであろう、そんなことに想像だに及ばない人の方がむしろ健全だとも思う。
さすがに「ぼくは静かに本が読みたいので、あなたたち、話がしたいなら別の席に移動するように!」とは言えないことくらい、冷静に考えるまでもない。仕方がないから、ヘタな芝居を試みる。ブツブツブツブツとつぶやいて、ちょっとヘンなオカシナひとを装うものの、どうやら話に夢中らしく、まったく気にする様子もない。仕方がないから、ぼくが移動した。


≪目次: ≫
はじめに――怒らない人々の群れ   怒らない人とキレる人/私も怒れなかった/個人語をつぶす社会/怒ることが必要な人々
1 怒りを感ずる技術   悩む若者たち/怒りを感ずることができない人々/これまではよかった/怒りという感情の麻痺/怒りの芽を摘み取らない/怒りを感じない人は他人にも害悪を及ぼす/社会に公認された怒り/自分自身に対する怒りを突破口にする/逃げないで踏みとどまる
2 怒りを育てる技術   感じた怒りを消さない技術/「共依存」関係/「善人」たちと決別すること/絶対的に正しい怒りはない/怒りをつぶす空気/恵まれた者の負い目/レストランの中で怒りを育てる/直接苦情を言う/「怒りの種」を大切に持ち帰る/感謝の手紙に対する大きな怒り/45時間にわたって怒りを育てる
3 怒りを表現する技術   怒りは放出しなければならない/怒りの噴出/少年臭い怒り/竜二の罪科/キレる少年たち/若者の怒りをとらえる努力/劣等感に裏打ちされた怒り/怒りの腐敗/怒りの硬直化/怒りの延焼をくい止める/人間の暗黒面から目を逸らしてはならない/『忠臣蔵』と『メディア』の怒り/正真正銘の馬鹿
4 相手に怒りを伝える技術   私はだれも救えない/自己開示と自己呈示/黙ってはならない/怒鳴る技術/感情管理の必要性/準言語を活用する/帽子をとってくれませんか?/電気がついています/下品な育ちに感謝する/ウィーンで洋服屋からベルトを盗む/これからパトカーでそちらに行き逮捕する/調布市東部公民館への抗議の電話
5 相手の怒りを受けとめる技術   不愉快を覚悟する/電車の中で注意したら殺される?/注意して聞いてくれなくてもあたりまえ/学長に訴えてやる!/おまえなんか頭悪いから教授辞めろ!/暴力的態度に訴えても伝えたいこと/相手はあなたの思うようにはならない/相手の怒りを発散させる/私はあなたを許しません!/もう来るな!/不愉快なことから逃げない/30分の罵倒しあい/わざわざ波風を立てる/きみたち、うるさいじゃないか!/あなたみたいな人は田舎に行けばいい!/子供が騒ぐのはあたりまえ?/隣近所とは適度の摩擦があったほうがいい
6 怒らない技術   怒りを自由自在に操作する/にせ自己の体系/怒っているふりをする技術/フランクルのロゴセラピー/自分の悪いところを拡大視する/「よく思われたい」というゲームから降りる/『ダ・ヴィンチ』編集部への怒りの手紙/計算ずくめの怒り/怒らない人にも怒らない技術/人生の理不尽を見すえて/みんな死んでしまう/さあ、みんな怒りましょう

あとがき (2003年 正月 今年も何の期待もせず生きていこうと決心しつつ…… 中島義道)
解説――「怒り」の文法 仲正昌樹(金沢大学教授)


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに東大法学部を卒業。77年、東大人文科学大学院修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授(2009年3月退任)。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『愛という試練』『私の嫌いな10の人びと』『ウィーン愛憎』(正続)などがある。







本「生きるのも死ぬのもイヤなきみへ (角川文庫)」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
生きるのも死ぬのもイヤなきみへ (角川文庫)
生きるのも死ぬのもイヤなきみへ (角川文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 角川グループパブリッシング (2009/3, 文庫 210ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4043496075
おすすめ度: 5.0
クチコミを見る



ぼくと娘のあいだの連絡が44日間も途絶えたのは、ぼくが記憶しているかぎりでは初めてのことで(娘は夏休みのときとかにあったと言っていたが)、そのあいだに娘のことを思わない日はいちにちとしてなかった、と言ってしまってもウソにはならないものの、そんなにカンタンにひとことで片付けられてしまうものでもないんだよなぁ、といそいで付け加えてみる。じっさいには、娘のことは気にかけつつも、連絡がないことは悪い知らせがないことの証しでもあろう、などと都合のいいように解釈をして、みずからのことにばかりにかまけていた、のであって、もっと言うならば、みずからのこと以外のことに気が散らされることを忌避した、のであろうことを否定できない。
そう考えてみて、ふと、ぼくと親との関係をふりかえってみた。ぼくの年齢(39歳)を考えるに、そして、すでに独立してからの年月と同居していたときの年月が同じくらいになっている状況を考えるには当然のことではあろうかもしれないけれど、さらにもっともっと疎遠で希薄であり、最近では(いろいろあって恥ずかしながらも)会う度に少なからぬおこづかいを貰っていることもあって、その金額とともに日付もメモしている(忘れるわけにはいかない)ので、その日付の記録をたどると、2006年が1回(10/4)、2007年が2回(1/2と5/13)、2008年も2回(6/11と12/17)、そして、2009年が1回(3/15)。ぼくの自室から実家までの距離を、ウェブ上の便利な「ルート探索」機能で計測してみると、その距離およそ25.5kmと算出される。環八を北上するルートが推奨されていることを考えると(高速走行性が発揮できる)、愛用のクロスバイクでおよそ1時間(まだチャレンジしていない)。電車で行っても同じくらいの所要時間であったはず。なんらかのお願いごと(自室賃貸借の保証人、生活資金や娘の制服などの学用品購入資金の援助など)や報告しておきたいことがあって、必要性に求められなければ一切連絡することもないのだが、その関係がまさに「連絡がないことは悪い知らせがないことの証し」と言われるものなのであったりもする。


≪目次: ≫
はじめに
生きていたくない
世間に従いたくない
働きたくない
ひとから評価されたい
ひとから愛されたい
死にたくない


文庫版あとがき (二〇〇九年二月十四日 バレンタインデー 中島義道)
解説 凡人以上超人未満 (島田雅彦 二〇〇九年二月)

*本書は二〇〇五年九月、日本経済新聞社より刊行された単行本『生きることも死ぬこともイヤな人のための本』を改題の上、文庫化しました。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに法学部を卒業。77年、東大人文科学大学院修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授(2009年3月退任)。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について 生きるのが困難な人々へ』『哲学の教科書』『私の嫌いな10の人びと』『ウィーン愛憎』(正)『醜い日本の私』『孤独な少年の部屋』『カントの自我論』『カントの読み方』『狂人三歩手前』等多数。


月夜見第一駐車場(奥多摩周遊道路)♪




本「孤独な少年の部屋」中島義道5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
孤独な少年の部屋
孤独な少年の部屋

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2008/3, 単行本 199ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4048839891
おすすめ度: 3.5
クチコミを見る



子どものころの記憶をときおり想い起こして、とくに感傷に浸るでもなく、むしろ辛くて苦しかった、できることなら記憶から消し去ってしまいたいような触れたくないようなところをじくじくと、カンタンに結論めいたところに落ち着かせることをしたくない。今のぼくは、ぼくの在り方は、ひとつの考え方として、過去のさまざまな集積であり、ぼくがぼく自身をちゃんと知って理解するためのひとつの方法として(いまさらながらぼくは、ぼくがなにものであるのかちゃんと理解しておきたいのだ)、過去の出来事を記憶をさかのぼり、あらためて整理する作業に意義があるのかどうなのか。
なんでこんなに迷いまくって揺れまくって、考えが落ち着くことがないのか。そもそも落ち着くとは、考えがある程度まとまった状態を示すものであろうか。逆説的ではあるが、いっそのこと考えることを放棄して一切停止してしまうと、迷いや悩みは消えるのだろうとは真剣に考えている。考える主体としてのみずからの在り方を放棄して、他者(社会)に身を委ねて依存する在り方は、とりたてて実生活において不都合が生じることもなく、むしろ社会生活を円滑に営むうえでは必要とされるものであろうかとも。主体として在りたいと希求するから、その在り方に懸命だからこそ悩み迷うのであり、こだわりの度合いが高くなければ悩むことも迷うことも考えることもない、平安。
そんなあ〜でもないこ〜でもないことをつねに考えつづけているぼくだって、平安(のようなもの)を求める気持ちがないわけではない。気がつくと周囲の他人との距離にますます隔たりを感じるのがつねで、な〜にやっちゃてるんだか、たったひとりで、、、と淋しい思いがしないこともない(すぐに淋しさはみずから否定されて表面的には解消されてしまう、根っこの切れ端をより深くに残したままに?!)。しかし、ぼくが考えをまとめたいとつよく希求するぼく自身のことについては、あたりまえだけど考えるのはぼくひとりだ。ぼく以外の他人にはぼく以上に真剣に考えることはできないであろうし、最終的な判断をくだして行動をとるのは、やっぱりぼくひとり。そう考えるぼくがひとりになることは避けられないことであり、ごくごく自然(当然?!、必然!?)なことであるとも。


≪目次: ≫
地図 臣録洵◆娠宙/大豆の観察/昆虫採集・植物採集/紙芝居/歴史年表/理科ノート/製図/小遣い帳/ピアノ/英語/(絵)日記
あとがき (二〇〇八年 二月四日 立春 中島義道)

*本書は、小社のPR誌「本の旅人」(2006年8月号〜2007年9月号)に連載された作品を収録しました。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年、福岡県生まれ。電気通信大学人間コミュニケーション学科教授(2009年3月退任)。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了。哲学博士。『うるさい日本の私』『孤独について』『醜い日本の私』『カントの時間論』『「死」を哲学する』『「哲学実技」のすすめ』『ひとを〈嫌う〉ということ』『生きにくい……私は哲学病。』『怒る技術』『ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白』など著書多数。


だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶだよ♪




本「ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)」中島義道5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!
ひとを愛することができない―マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)
ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2007/2,文庫 215ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4043496051
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る



他者(著者“中島義道”は、ぼくにとって歴然とした他者にほかならない)が書き記した著作を一読して、わかる(わかった気になる)ほどに簡単な事柄ではない。

冒頭からガツン!、
いきなり告白するが、「ひとを愛する」とはどういうことか、私にはよくわからない。私もいままでの人生で多少の男女を愛してきた(と思う)が、それがいかなる種類の愛に属するのかよくわからない。というより、さらに私は懐疑的であり、私ははたしてひとを愛することができるのか、私が愛だと思ってきたもの、体験してきたものは、じつは愛ではなく愛に似たほかの何かではないのか、という疑いを消すことができない。
これは抽象的な懐疑ではない。自分の中の深いところに巣くっている自己愛のおぞましさに悲鳴を上げているからである。  (P.8)

愛の種類(区分)といえば、なるほどギリシャ語の四つの愛。そう、記憶を辿ると、どこかで目にした覚えがないわけではない(と、いうほどに無知、さらには不注意、、、)、
(一)自然(に見える)親子や夫婦間の愛であるストルゲイ
(二)友愛であるフィリア
(三)異性(あるいは同性)の性愛であるエロス
(四)イエスが「自分自身を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」と言うときの無償の愛であるアガペー
このうち、キリスト教ではアガペーを最高の愛とする。  (P.11)

そして、サブタイトルにある「マイナスのナルシス」とは、
病的な自己愛に身体のすみずみまで手のほどこしようのないほど侵され、そのあげく他人を自然に愛することができな男あるいは女を「マイナスのナルシス」と呼ぼう。
彼(女)は水に映る自分の姿にみとれているのではない。自分の姿はむしろ振り払いたいほど厭である。あるいは、恐ろしいから顔を背け努めて見ないようにしている。だが、自分の視線は他人に向かっていかない。視線は折れ曲がって、常にこの自分を見つめているのだ。とすると、生きていくためには、この惨めな自分を愛するほかない。そこに楔を打って、生き抜くほかない。
マイナスのナルシスの一つの典型は、プラスのナルシスと百八十度異なって、(私の父のように)自然にしていると、誰をも愛さないで人生が過ぎていく人である。しかも、それが当人にはまったく苦痛ではなく、むしろ自然であるような人である。  (P.13)


≪目次: ≫
序章 ひとを愛することは難しい
愛する者のために死ねるか/ストルゲイ・フィリア・エロス・アガペー/マイナスのナルシス/愛することを拒否している男/漱石/マイナスのナルシスと結婚
第一章 「ほんとうの愛」とは
アガペーが「ほんとうの愛」か/アガペーを実現する難しさ/すでに決めてしまった者の傲慢さ/異教徒を愛するということ/私は家庭で愛を学ばなかった/あたかも愛から出たかのような行為/とっさに「どうした?」と言えない/愛をめぐる妻との確執/「ほんとうの愛」を拒否したい
第二章 愛に不可欠の条件
愛を「究明(expositio)」する/かけがえのない個人を愛する/物体を愛することはできない/相手を見たいという欲望/すべてが魅力的/低い価値から高い価値への運動/性愛の条件/愛と嫉妬/自己から脱しようとする快楽/愛する者は何でもする/愛と孤独/愛と死
第三章 愛という暴力
愛のマイナス面/愛している者は「正しくない」/自己犠牲的な態度の完全な欠如/愛を無条件に要求する人の眼/愛されていないもののすさまじい復讐/私は虫けらか/こっちを向いてくれない/あいつを殺してやる!/おかあさん、このまま死んで辛いでしょう
第四章 愛という支配
世界全体の再構成/主人と奴隷/愛する者は、ふたたび奴隷の身に落とされた自分に気がつく/囚われの女/秘密をもつことの大切さ/愛、まさにその名のもとに/感情による支配/「みんな、あいつが悪い」/愛を感じさせない人/性に関する不思議なほどの無関心/怒ることができない人/会話ができない人/無関心のおそるべき自然さ/父の死
第五章 愛という掟
夫婦なのに!/妻信仰/義務からの病院通い/私はかわいい女なの/おかあさん、あなたの人生はみんな夢だよ/叫び疲れて死ねばいい
第六章 自己愛という牢獄
他人の自己愛を愛することはできない/他人との共感を恐れる/誰が死んでも悲しくない/愛されると苦しい/他人に対する恐れ/放っておいてほしい/欲望の対象である自分の身体の発見/ホストのように/ウィーンへの遁走/エスカレートする恋愛ゲーム/大混乱のすえの結婚/愛される技術/陰惨な孤独城/三島由紀夫
終章 私は私でしかない

とても短いあとがき(二〇〇三年六月二日 息子がウィーンのアメリカン・インターナショナル・スクールを卒業した日 中島義道

解説……森岡正博(大阪府立大学人間社会学部人間科学科教授)

*本書は、二〇〇三年七月、紀伊國屋書店より刊行された『愛という試練 マイナスのナルシスの告白』を改題し、加筆・改稿のうえ文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに東大法学部を卒業。77年、東大人文科学大学院修士課程修了。83年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『私の嫌いな10の人びと』『ウィーン愛憎』(正・続)『醜い日本の私』などがある。


クルクル回わせ!!




本「生きにくい・・・ 私は哲学病。 (角川文庫)」中島義道5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!
生きにくい・・・ 私は哲学病。 (角川文庫)
生きにくい・・・ 私は哲学病。 (角川文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 角川書店 (2004/12,文庫 227ページ)
○価格: 500円
○ISBN: 978-4043496037
おすすめ度: 4.0
クチコミを見る



そろそろ二〇〇八年も終わるのかしら(12月24日)、そう考えて気が付いた、忘年会なるものに一度も参加することなく終われる幸福♪、ぼくにはアルコールの力を借りてストレスを解消する意義を見出すことができない(呑んでしまったら本が読めない)し、さらには、吞みニュケーション(飲み会)の有用性に否定的(完全に否定することはできないが、どうあっても有用性を見出しえない)でもある。不景気バンザイ♪(とばかりも言ってられない現実はさておいて・・・)
少し前に、しばらく考え続けていたことがあって、だからなんなんだ!?、ってことなんだろうけれど、「ぼくは間違ってないけど、だからといって正しくない」って。それなりに(たかだか38年だけど)人生の経験を経て、さらには世の中から距離を置いた(隔絶した位置に在って)客観的な判断から、ぼくの言説が間違っていないとの確信を得ている(と自負している)のだけれども、世間に一般の大多数の、いわゆる世論というのか、無難な当たり障りのない一般論からすると、きっと違和感を覚える(人の方が多い)んだろうなぁ、、、などと考えることがあって、そう考えるに、語るべきか語らざるべきか熟慮したうえで、状況に応じて、自己責任において、過激に発言を重ねた時期があって、、、、(かつてそうであった時期があった、と口外している時点で、すでに現時点においては、その時点とは異なる現実が明確なわけで、そに時点においての自己責任における言説には、何の後悔をも残していない!?、が)今は黙する、、、
「哲学病」と言うとみんな笑うが、じつは恐ろしい病気なのである。「ほんとうのこと」が見えてしまう病気なのだから。いや、正確に言い直せば「ほんとうのこと」に至る道が微かに見え、そしてその道をたどってもけっして終点に行き着かないことが見えてしまう病気なのだから。  (P.121、「大森荘蔵と漱石」)
世の中は、口先だけで真実は大事だと語る。幸福にもなりたいと願う。そして、幸福が保証される限りで真実を求める。カントは、それは虫がよすぎると断罪するのだ。真実こそが第一の価値でなければならない。その結果すべての人が不幸になろうとも、真実を目指すことは、それほど危険なことなのだ。だから価値あることなのだ。
哲学に目覚めるとは、真実が幸福よりも絶対的に優先することを学ぶことである。人を傷つけても身の危険があっても。なぜなら、それが真実だから。  (P.192、「普通人たちへ」)

表紙絵「若い従弟」アメデオ・モディリアーニ、今春(2008年3月26日〜6月9日)、国立新美術館(六本木)『モディリアーニ展 Modigliani et le Primitivisme』が開催されて(結局、足を運ぶことはなかった)、橋本治・宮下規久朗 共著『モディリアーニと恋人モディリアーニの恋人(とんぼの本、新潮社、2008/3)』が刊行されて、、、瞳を描かなかった(描くことができなかった?!)画家♪

≪目次: ≫
1 哲学童話
イマヌエルちゃん/この童話を読んでもわからない(ニブイ)人のための解説
2 神経症的時間論
みんな死んでしまった(ル・クレジオ『愛する大地』)/時間という知恵の木の実/「時の流れ」という錯覚/「待つ」ということ/未来は存在しない/異邦人論/「死」を突き抜けて/ミレニアム騒ぎの虚しさ
3 哲学者と文学者
三島由紀夫が自決した日の思い出/非哲学的な卓越した知性/大森荘蔵漱石/なぜ女の哲学者はいないのか
4 生きにくさをかみしめる
個人語・世間語・機械語/騒音倫理学の可能性/京の音環境/合理性の病/管理標語社会/情報の洪水から身を守る/普通人たちへ
5 哲学病的読書案内
神を離れた個人の尊厳とは(フロム『自由からの逃走』、カミュ『異邦人』、フランクル『夜と霧』)/理不尽を生き抜くために(『ソクラテスの弁明』、パスカルパンセ』、ヒルティー『眠られぬ夜のために』) 孤独であった私(中島義道『人生を〈半分〉降りる』『孤独について』)

あとがき(二〇〇一年四月九日 中島義道
解説(香山リカ
初出一覧

*本書は、二〇〇一年七月に小社より刊行された単行本を文庫化したものです。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま よしみち) 一九四六年、福岡県生まれ。東大教養学部並びに東大法学部を卒業。一九七七年、東大人文科学大学院修士課程修了。一九八三年、ウィーン大学哲学科修了。哲学博士。電気通信大学教授。専攻は時間論、自我論、コミュニケーション論。著書に『うるさい日本の私』『孤独について』『哲学の教科書』『人生を〈半分〉降りる』『愛という試練』『ウィーン愛憎』(正・続)などがある。

悪について (岩波新書、2005/2)」
「私」の秘密 哲学的自我論への誘い (講談社選書メチエ、2002/11)」
孤独について 生きるのが困難な人々へ (文春新書、1998/10)

Tokyo Tower




本「考える道具(ツール) ZENO AND THE TORTOISE How to think like a philosopher 2001 by Nicholas Fearn」ニコラス・ファーン、中山元 訳5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!
考える道具(ツール)

考える道具(ツール) ZENO AND THE TORTOISE How to think like a philosopher 2001 by Nicholas Fearn

○著者: ニコラス・ファーン、中山元
○出版: 角川書店 (2003/3,単行本 284ページ)
○価格: 1,890円 (品切れ 重版未定)
○ISBN: 978-4047914414



しばらく“中山元”を続ける♪

25の章ごとに、訳者“中山元”による「訳注」と【読書案内】が記される。案内される著作の数量に圧倒される。手近な著作から一日一冊を読むのがやっとのぼくは、ますます語りえない。

“訳者あとがき”より、
著者のファーンは、イギリスの有名紙に書評などを活発に寄稿しているまだ若い哲学者だが、本書では、哲学の歴史においてこれまで使われてきたさまざまな概念を、道具(ツール)として、どう活用できるかを巧みに描き出している。
この書物のユニークなところは、哲学の理論や体系そのものよりも、こうした理論体系を構築するために使われてきた〈道具〉のほうを重視することにある。仕上がった理論体系よりも、思考のためのツールとなってきた概念や装置のほうが、ぼく達に役に立つし、もしかしたら、理論そのものよりも長生きするのではないかというのが、ファーンの巧みな着眼である。
さらにこの書物では、哲学のさまざまな概念をたんに抽象的にとりだすのではなく、これらの概念が、生まれてきた現場において、どのような背景で生まれてきたかということを考えようとする。だからこの書物を読むと、哲学のさまざまな装置について学べるだけでなく、西洋の哲学がたどってきた歴史についても、おおまかな見取り図が描けるようになっている。まさに巧みな仕掛けだと思う。
・・・   (P.283)


≪目次: ≫
序章
第一章 タレスの水――還元というツール
水こそが万物の原理である (タレス,前六二四頃〜五四六頃、ミレトス生まれ)
第二章 プロタゴラスと相対主義――人間は万物の尺度か
同じ風が、ある者には暖かく、ある者には冷たく感じられる (プロタゴラス,前四八五頃〜四一五頃、トラキアのアプデラ生まれ)
第三章 アキレスと亀――背理法の利用
飛ぶ鳥は飛ばない (ゼノン,前四九〇頃〜四三〇頃、エレアの生まれ)
第四章 ソクラテスの尋問――問いかけで心理を発見する方法
哲学とは死の稽古である (ソクラテス,前四六九〜三九九、アテナイ生まれ)
第五章 プラトンの洞窟――アナロジーとアレゴリーの利用
実在のうちで、もっとも光り輝くものは〈善〉である (プラトン,前四二八〜三四七、アテナイ生まれ)
第六章 アリストテレスの目的論――人生の目的とは
幸福(エウタイモニア)とは、それ自体で望ましい活動(エネルゲイア)である (アリストテレス,前三八四〜三二二、マケドニアのスタゲイラ生まれ)
第七章 ルクレティウスの槍――思考実験
宇宙には境界も限界もない (ルクレティウス,前九四頃〜五五頃)
第八章 オッカムの剃刀――単純性の良さ
必要なしに、多くのものを定立してはならない (オッカム,一二八五頃〜一三四九頃、ロンドン郊外のオッカム生まれ)
第九章 マキアヴェッリの君主――人間の悪しき本性に訴える
君主は愛されなくても、恐れられねばならない (マキアベェッリ,一四六九〜一五二七、フィレンツェ生まれ)
第一〇章 ベーコンの鶏――将来を予測する
最善の論証は経験である (ベーコン,一五六一〜一六二六、ロンドン生まれ)
第一一章 デカルトの悪霊――懐疑の限界
わたしは考える、だからわたしは存在する (デカルト,一五九六〜一六五〇、フランスのラ・エー生まれ)
第一二章 ヒュームの熊手(フォーク)――無意味な書籍を識別する方法
人間とは、動き続ける知覚の束にほかならない (ヒューム,一七一一〜一七七六、スコットランドのエディンバラ生まれ)
第一三章 リードの常識――自明なことの哲学
もしも常識の僕になることを拒むなら、理性は常識の奴隷にならなければならない (トマス・リード,一七一〇〜一七九六、スコットランドのキンカーディン生まれ)
第一四章 ルソーの契約――仮構と幻想から学ぶ
人間は生まれながらにして自由であるが、いたるところで鉄鎖につながれている (ルソー,一七一二〜一七七八、ジュネーヴ生まれ)
第一五章 カントの色眼鏡――人間を宇宙の中心に
わたしの上なる星をちりばめた天と、わたしのうちなる道徳律 (カント,一七二四〜一八〇四、ケーニヒスベルク生まれ)
第一六章 ベンサムの計算――道徳の指針としての数学
最大多数の最大幸福 (ベンサム,一七四八〜一八三二、ロンドン生まれ)
第一七章 ヘーゲルの弁証法――対立のうちの真理
哲学の課題は、存在するものを概念において把握することにある (ヘーゲル,一七七〇〜一八三一、シュトゥットガルト生まれ)
第一八章 ニーチェの槌――ぼくたちの偶像を破壊する
真理とは、人間という生物の生存のために必要とされた誤謬の一種である (ニーチェ,一八四四〜一九〇〇、ライプツィヒ近郊生まれ)
第一九章 初期ウィトゲンシュタインの鏡――示せても語れないもの
語りえないことについては、沈黙しなければならない (ウィトゲンシュタイン,一八八九〜一九五一、ウィーン生まれ)
第二〇章 後期ウィトゲンシュタインのゲーム――蠅取り壺からの脱出
考えるな、見よ (ウィトゲンシュタイン,一八八九〜一九五一、ウィーン生まれ)
第二一章 ポパーの人形――自分の最大の敵になるには
内容のある理論ほど、厳密にテストしやすい (ポパー,一九〇二〜一九九四、ウィーン生まれ)
第二二章 ライルの宇宙――全体が部分の集合よりも大きいとき
心とは機械の中の幽霊であり、幽霊機械である (ライル,一九〇〇〜一九七六、ブライトン生まれ)
第二三章 チューリング・マシン――考えられないことを計算する
機械は考える (チューリング,一九一二〜一九五四、ロンドン生まれ)
第二四章 ドーキンスミーム――観念がぼくたちを思考する
ミームは文化の伝達や複製の基本単位である (リチャード・ドーキンス,一九四一〜ケニア生まれ)
第二五章 デリダ脱虚構――観念を分けて考える
脱虚構は方法ではない (デリダ,一九三〇〜二〇〇四、アルジェ生まれ)

訳者あとがき


≪著者: ≫ ニコラス・ファーン Nicholas Fearn ロンドンのキングズ・カレッジで哲学を専攻。Independent on Sunday紙やFinancial Times紙などに寄稿している。本書は単行本第一作ながらウィットに富んだ絶好の哲学入門書として高く評価されている。

[訳者] 中山元 1949年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退。思想家・翻訳家。『フーコー入門』『思考の用語辞典』などの著書のほか、フーコー、フロイトなどを翻訳。インターネットの哲学サイト『ポリロゴス』を主宰している。


Dianthus superbus var. longicalycinus




本「星に降る雪/修道院」池澤夏樹5

ブログネタ
今日の一冊 に参加中!
星に降る雪,修道院

星に降る雪/修道院

○著者: 池澤夏樹
○出版: 角川書店 (2008/3,単行本 232ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4048738385


・・・
やがてもっと明快なメッセージが来る。
それを待てばいいんだ。
・・・   (P.54、「星に降る雪」)

前日にアップする予定が、ライブドアブログのシステム障害により繰り延べに。まあまあ、システムなんてものは、人間の利便性を高めるために開発されるのであろうけれども、それによって高まる利便性は、一方では裏方の人間の人員削減につながり(それを目的として経営者は投資する?!、文句も言わずに休むことなく24時間365日働くシステム!?)、ところが、導入されたシステムは人間がメンテナンスしなければ適正な運用を維持できない、ということは、人間の手に委ねられる(完全に人間が離脱することはない)、システムが運用される24時間365日、って、削減されてしまった人員は?!、さらには残るのも地獄?!、休めないじゃん(怒!)、安息日は何処、、、
おかげ(?!)で、ぼくは安息を獲得♪、じつは次の日が休日で、秋晴れの天気予報とあっては、心はすでに紅葉ツーリング(クロスバイク)♡、「インシャラーアッラー(神の御意志あらば)」♪、ばっちり目覚めて、睡眠たっぷり、お弁当(手作りサンドウィッチ)持って準備万端!、半袖半パン(気合い十分)、いざ多摩川をのぼってのぼって、秋の「奥多摩湖」へ約120km(往復)!!、途中の多摩川サイクリングロードのロード上(府中市四谷近辺)に、白いペイントで手書きされた『クルクルまわせ!』に触発されて、クルクルクルクルペダルを回して、ノンストップ三時間一五分(七時二五分〜一〇時四〇分)、色づきはじめたばかりで、まだまだ緑(ほんの一部黄色と赤色らしきが見えないこともない)の山と木々に、誓っちゃうよ、「リベンジ!、待ってろ、紅葉!、また来ちゃうよん♪」、最後の急勾配を伴走したMTBの男性(運動能力に劣るぼくは最後に抜き去られて、はるかに引き離された)と奥多摩湖を望むベンチでしばし談笑(「奥多摩周遊道路を一緒に走ろう♪」って、「それはムリです、ゴメンナサイ、、、」)し、ぼくはもうひとつの目的、デジイチ(Canon EOS 40D)をデイパックから取り出して(この重量がぼくの体力を奪うと、わかっていながら連れていきたい♡)、山、水、青い空♪♪、「クルクルまわせ!」とばかりに帰路の山(川)くだりは、二時間四五分(一二時二五分〜一五時一〇分)のノンストップ(休んじゃったら二度と立ち上がれないんじゃないかと不安に駆られて)、往復合計六時間(その間に考察したことをそのまま言葉にできたらいいのに、まだまだ書きえない、言い訳)!、クルクルまわしつづけて、、、秋の多摩川♪


初出
「星に降る雪」……『考える人』二〇〇六年春号、夏号
「修道院」……『野性時代』二〇〇七年一月号〜四月号、六月号、八月号


≪著者: ≫ 池澤夏樹 (いけざわ なつき) 1945年北海道生まれ。小説に『スティル・ライフ』『真昼のプリニウス』『南の島のティオ』『マシアス・ギリの失脚』『静かな大地』『きみのためのバラ』、論評・紀行文に『母なる自然のおっぱい』『楽しい終末』『ハワイイ紀行』『言葉の流星群』『叡智の断片』ほか、著作は多数に及ぶ。


Night




本「白夜  Title:Белые ночи 1848 Authou:Ф.М.Достоевский (角川文庫クラシックス)」ドストエフスキー、小沼文彦 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!
本「白夜」ドストエフスキー
白夜  Title:Белые ночи 1848 Authou:Ф.М.Достоевский (角川文庫クラシックス)

○著者: ドストエフスキー小沼文彦
○出版: 角川書店 (1958/4,文庫 118ページ)
○価格: 294円
≫Amazon



ペテルブルクのすばらしい夜♪、ナースチェンカ、ナースチェンカ、、、
「タイプですか? タイプってのはね――変わり者のことですよ、じつに滑稽な人間のことです!」と、相手の子供っぽい笑い声に誘われて、自分もつい大きな声で笑いながら、私は答えた。「つまり、そういう性格があるんですよ。ところで、あなたは空想家ってものはどんなものだかご存じですか?」
「空想家ですって! まあ失礼ね、知らないはずはないじゃありませんか? そう言うあたしも空想家ですもの! お祖母さんのそばにすわっているとき、どうかすると、それこそいろんなことが頭に浮かんでくることがありますわ。そして、いったん空想をはじめると、もうすっかり考えこんじまって――そのまま、支那の王子様のところへお嫁入りでもするような気持ちになるんですの……。でもこれは時によってはいいものですわ――空想するってことは! でもね、ほんとは、どうだかわからないわ! とりわけ、そんなことをしなくても、なにかほかに考えることのある場合は」と今度はかなりまじめな口調で娘はつけくわえた。 (P.30-P.31)

ああ、なんという叫び声! ギクリとふるえた彼女のからだ! そして私の手を振りほどいて、彼のほうへ走り寄った彼女の素早い行動!……。私は打ちのめされたように、じっと立ったまま、ぼんやり二人をながめていた。だが、彼に手をさしのべ、その抱擁に身をまかせるかまかせないうちに、彼女は不意にまた私のほうを振り返り、アッという間にまた私のそばへ戻ってきていた。風のような、稲妻のような早さだった。そして私がハッとわれに返ったときには、彼女はすでに両手を私の首にまきつけ、熱い、息づまるような接吻で私の唇を封じていた。それから、私にひと言も声をかけずに、ふたたび彼のほうへ身を躍らすと、その両手をつかんで、先に立ってずんずん歩きだした。
私は長いことその場に突っ立って、二人のうしろ姿を見送っていた……。やがて、二人とも私の視界から姿を消してしまった。 (P.109)




≪目次: ≫
白夜 感傷的ロマン――ある夢想家の思い出より――
第一夜
第二夜
第三夜
第四夜


あとがき/訳者


≪著者: ≫ ドストエフスキー Ф.М.Достоевский  1821年、モスクワに生まれる。19世紀ロシア文学を代表する世界的巨匠。矛盾に引き裂かれる人間を描き世界の文学・思想に多大な影響をあたえる。「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」などの大作を残すいっぽうで、繊細で叙情的な作品も描いている。



Night




本「ロゴスに訊け」池田晶子5


ロゴスに訊け
著者: 池田晶子
単行本: 229ページ
出版社: 角川書店 (2002/06)




ホントに“善く生きる”ってタイヘン
花粉症のせいにしてみたり、風邪のせいにしてみたり、うつだの神経症だのと、どんなに言い訳したところで、ますます苦しみが増すのは明白なんだけど、ついつい現実逃避ばかりを繰り返して、大事な言葉(ロゴス)を疲弊させてしまう。
そう、どうしても“池田晶子”を読みたい、とは思うんだけど、なかなか手にして読み始めることができないでいて、いよいよ積読書籍に三作品を蓄え、やっと覚悟を決める。覚悟して挑まないと、いや、覚悟して挑んだとしても、ぼくは池田晶子が解き放つ“ロゴス(言葉・論理・真理)”の力に、ヘロヘロの腑抜けにされてしまう。何よりも、ぼくは自らが正しい言葉で語れない不甲斐なさを身に沁みて味わわされることになり、いつも以上に言葉を繰り出すことができなくなる。
これでも、自らが書き記す言葉に対する責任を感じ、無責任な放言を避けているつもり。つもり、と書き記さざるを得ないのは、これまで無意識の内に、散々他者への攻撃の目的で、大事な言葉を繰り出してきてしまった反省から。自らのエゴイズムを剥き出し、目の奥をチカチカさせながら、目を吊り上げて睨みつけて。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。既に起こしてしまった事柄は、どんなに言い訳しても、謝っても、泣いても、喚いても、その事実は何ひとつ変わることがない。時間の経過とともに、仮に記憶として薄れることがあったとしても、決して完全に消え失せることなど有り得ない。何かの機会に想い出されれば、その過去の事実の記憶は上書き更新され、更新された記憶に再び鮮明さが取り戻される。何者にも抗えない、在るままに受け容れるしかない。
・・・風邪をひいたら気が滅入るのは、風邪をひいた「から」気が滅入るわけじゃない。風邪をひくということと、気が滅入るということが、「なぜか」対応しているということなのだ。
説明としては、この方がスマートである。論理的に正しいし、現実の在りようを取り落としてもいない。物質と非物質の無関係の関係、その摩訶不思議を説明して過不足がない。私はこの同じことにもっと動きをもたせて言うために、「物質は非物質の物質的表現である」という言い方をしているが、これは要するに、風邪をひくこと「すなわち」気が滅入ることである。
何を言ったことにもなっていないように聞こえるかもしれない。じじつ、何も言っていないのである。しかし、風邪のウイルスが喉に入り、炎症が起きると、脳内の何じゃら物質が分泌されて気が滅入るなんて説明は、破綻するに決まっている。非物質の気分は、脳内の何じゃら物質ではないからである。
しかし、げんに何らかの薬物によって、人の気分は変わるではないかと、人は言うかもしれない。むろん、それはその通りである。しかしそれは、その薬物が「原因して」気分が変わったのではない。その薬物とその気分が「なぜか対応」しているのだという以上のことを言うことはできない。なぜなら、やはり物質はどこまでも非物質ではないからである。
説明はどうあれ「現実には」同じことではないかと、次に人は言うかもしれない。むろん、それもその通りである。しかし、現実が「なぜか」そうなっているという、この「なぜか」の自覚の有無は決定的に違うことだ。なぜならそれは、身体が死ぬことによって精神も死ぬという、人類永遠のかの難題に直結しているからである。自分とはこの物質的身体であると思い込んで、考えたことのないあなた、さて、死んだらどうなると思ってますか? (P.70-P.72)

≪目次: ≫
 人生の価値は本質にある
 ネットの言葉に自由はない
 サルにだって言葉は書けるぞ
 哲学は誰にでもできます
 ビジネスか、生存か
 責任を取れない言葉を語るな
 主語はいつでも「われわれ」である
 居ながらにして宇宙旅行
 見よ、若者の直観力
 遺伝子であるわけがない
 物質は非物質の物質的表現
 生活すること、存在すること
 まず霊の存在を証明していただきたい
 存在するとは何が存在することなのか
 老犬介護で夜も眠れず
 天与の権利は誰のもの
 わが闘争、革命評議会
 生きている、ただそれだけで価値なのか
 哲学の神髄は逆説にあり
 汝に敵は存在しない
 テロでなくても人は死ぬ
 思弁的名月観賞
 すべての死者は行方不明
 哲学は勉強じゃないのよね
 理性は知性を超えて
 わかると何がわかるのか
 善悪は存在する
 オカルトよりも不思議なこと
 世界は神々の遊戯である
 言葉と書物の厄介な関係
 書けない!
 プラトン的政治
 われわれの永久革命









改めて思うと面白いのは、「自分」とは「自らを分かる」ことである。あるいは、「自らを分ける」ことである。全体=根源としての大文字の自己は、自らを分かるために自らを分ける。宇宙の創世とは、要するにこれである。全学問、全表現、全人類の全活動は、これの一環として理解することができる。 (P.178)

本「リクルートのDNA −起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)」江副浩正5


リクルートのDNA −起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)
著者: 江副浩正
新書: 215ページ
出版社: 角川書店 (2007/03)




何故に“江副浩正(1936.6.12- )”は著したのであろうか?!
1988年6月18日に朝日新聞のスクープにより発覚した“リクルート事件”、創業者で前会長の“江副浩正”は、1989年2月13日に贈賄罪容疑で逮捕され、東京地裁での322回もの公判を経て、2003年3月に東京地裁にて懲役3年執行猶予5年の有罪判決が確定した。
(Wikipediaより)


そう、実は平成2年(1990年)6月1日、その時ぼくは20歳で、大学受験に失敗して一浪した後に進んだ情報処理系の専門学校は、既に夏休み前には興味が失せて通学することもなくアルバイトに精を出して遊び惚けていて、「このままではヤバイ!」と思ったのか、はたまた学費(入学金やら授業料やら何やらで相当額の出費があったはず、ゴメンナサイ)を拠出した親に小言を言われたのかどうなのか記憶が定かではないのだが、世間では既にバブルがはじけていたとはいえども、まだまだ何となくバブルの余韻が覚めやらず浮ついた雰囲気が漂っていて、学歴もないのに不勉強で、素直さだって持ち合わせない、お子ちゃまのぼくが、契約社員とはいったって、何故に採用されちゃったのであろうか?、配属先は当時創刊したばかりの国内旅行情報誌じゃらん』事業部、大手町の日本鋼管(現JFEエンジニアリング)ビル(既に昨年、解体された)のオフィスには、“くらたまなぶ”氏がいらっしゃって、同じフロアの海外旅行情報誌事業部には、マラソンの“有森裕子”氏の姿も。ぼくは、日本全国の宿泊施設を始めとする観光関連施設への広告の企画営業部隊の一員として、平日は東京にいることなくず〜っと地方の観光地を泊まり歩いていたので、月曜日の午前中に営業会議を終えたら金曜日の夜か土曜日に戻るまでオフィスに居ることのない生活を送っていたんだけど、新規事業部に集った精鋭(エリート社員)たちの顔ぶれたるや♪、課長のYさんは、まんまサザン桑田佳祐で、直販部隊あがりだったはず。営業スタッフで一番若手のSぴ〜は、東京大学卒業、実家(中国地方だったかなぁ)が老舗和菓子屋のお坊ちゃま。そう、会社の中枢たる経営企画室からやってきた、頭脳明晰、北海道大学卒業の色白なF山さんは、何故か自動車の免許を持ってなくて、他のメンバーは皆レンタカーでの移動だったのに、ひとりタクシーで老舗温泉旅館の営業に。口癖は、「おまえ、あれだよあれ♪、時間はお金で買うものだよ!、その分いい仕事しちゃって、売上をあげちゃえばいいんだよ!」と、いとも簡単に、にこやかに語る素敵で不敵な笑顔♪♪
結局、ぼくは平成4年4月に退職しているので、たったの22か月間、しかも殆ど会社に居なかった。その後に転職を繰り返すことになり、元同僚との付き合いも絶えてしまっているのだから、“リクルート”を語るに値しないことは、誰よりもぼくがいちばん分かっている。


事件から20年、判決確定から4年を経て、70歳を過ぎた江副浩正
戦後の復興と好景気の後押しがあったとはいえ、寝る間も惜しんで人一倍がむしゃらに働いて考えて働いて働いて、新しい産業を生み出した“若き起業家”。とはいえ自らも書き記す通り、絶大なカリスマ性があった訳でもなく、だから多くの周囲の仲間を巻き込んで大きな協力を得ながら共に成長を喜び合い、何よりも成功以上に数多くの失敗を繰り返して繰り返してきた。
こんなにも数多くの失敗と失敗と失敗と失敗の上にあった成功。


≪目次: ≫
 第1章 企業風土について
 第2章 私が学んだ名起業家の一言
 第3章 成功する起業家の条件
 第4章 リクルート創業期
 第5章 生き生きと働く風土
 第6章 情報誌の領域を広げる戦略
 第7章 領域の過大な拡大
 第8章 早過ぎた新規事業の立ち上げ








企業が収益を上げるには、
ー舛旅發ぅ機璽咼垢鯆鷆,垢
▲皀痢Ε機璽咼垢鬟好圈璽妊に提供する
コストを下げて顧客への価格を下げる
という三つの方法がある。
リクルートでは、このうち,鉢△暴鼎を置いた。仕事はできるかぎり外部の一流のアートディレクター、デザイナー、一流のライター、一流のカメラマンに依頼し、経費節減には関心が低かった。
私の現役時代、経費節減をしたのは四十年不況とオイルショックのときの二回だけ。銀座に本社を建てたあと、出入りの古紙回収業者に言われた。
「リクルートさんは白紙の原稿用紙も捨てておられます。古い伝票の裏紙を使われる会社もあるのに、もったいないと思います」
私はモノ不足の時代に育っている。話を聞いて後ろめたい気持ちになったが、情報の価値は時間の経過とともに下がる。原稿用紙を節約するよりスピードを大切にしたのである。
 (第1章 企業風土について、P.20-P.21)

本「マリコ/マリキータ」池澤夏樹5


マリコ/マリキータ (角川文庫)
著者: 池澤夏樹
文庫: 231ページ
出版社: 角川書店 (2006/5/25)




ぼくの中で、“小説”ってトクベツなもの♪

実は、池澤夏樹の「世界文学を読みほどく スタンダールからピンチョンまで(新潮選書,2005.1)」にすっかりやられちゃっていて、ぼくの頭の片隅はドストエフスキーに占められている。占められているんだけど、心の底から愉しめるぼくになるまで、ちょっとお預け♪、フフフ、それさえもが密やかな愉しみ、フフフフフ♪ そうなのだ、池澤夏樹に読み解かれて、憧れの世界文学の難解な長篇文学に、ぼくの理解が及ぶのであれば、喜んで施しを受けたい。
と言いながら、池澤夏樹の長篇小説だって、読み解きたい!「静かな大地(688ページ,朝日新聞社,2003.9)」であり、「光の指で触れよ(521ページ,中央公論新社,2008.1)」。ただ長ければいいって訳でもないけど、長い長い長〜い長篇小説をじっくりゆっくり愉しむ、ってステキ♪
と言いながらも、1994年刊行の短篇集を手にしているのが、ぼくの現実。ハハハ、短いものにだって、短いなりの好さがある。

うん、気忙しい日本を離れた研究者の男が、異境の未開の南の島で出逢った不思議な魅力を湛える日本人女性“マリコ”。
一所懸命とばかりにひとつの場所に居着く人がいれば、一所に留まることを嫌う人だっている。多くは安住を好むのであろうが、どちらがどう、ということではなくって、それぞれの生き方があって、生き方はそれぞれで、同じじゃない。理由がどうとか、何がキッカケでとか、そんなことはどうでもいいことで、ただただそうなんだ、そうだった。
都会の便利な慌ただしいばかりの生活を嫌い、自然に囲まれた未知の土地、利便性と一線を画した昔ながらの生活だって、その選択は人それぞれ。一所に留まらず、放浪の旅に、冒険に挑むからこそ織り成される出逢い、神秘、情熱の記憶の物語。


≪目次: ≫
 マリコ/マリキータ
 梯子の森と滑空する兄
 アップリンク
 冒険
 帰ってきた男
 〜1994年4月、文藝春秋より刊行された文庫。









「どうして、マリキータ?」
「わたしマリコでしょ。でも、こっちだとマリアの方がずっと通りがいい。アメリカの統治は八十年間だけど、スペインは三百三十年だからね。女の子の名前もマリアが多いの。そして、マリアの愛称がマリキータ。最近はどうもこっちの方が本当の名前みたいになっちゃった」(P.28)

本「雨と夢のあとに」柳美里5


雨と夢のあとに
著者: 柳美里
単行本: 283ページ
出版社: 角川書店 (2005/4/8)




濃密な”死”。
堪え切れない。流石に電車の中では、目を潤ませ、時折鼻を啜るくらいに止め、、、自室にも辿り着いた後に、ひとしきり嗚咽をあげて泣く。そういえば、しばらく泣いていなかった。
ぼくは、ときどき”柳美里”を読みたくなる。時にむちゃくちゃにキツイし痛いし、露骨に暴力的でグロテスクな表現を見せる。まぁ、その表現も嫌いじゃない(ちゃんと読んでしまう、ということは興味がある!?)んだけど、あえてその表現をする、せざるを得ない心情というのか、その部分に抱かれる深い興味。
破滅的!?、狂ってる??
そう、きっとぼくの中の破滅的な部分が反応する。目の奥がチリチリと焦げるような衝動、周囲が真っ白になり、ソレイガイニナニモカンガエラレナクナル・・・

死によって、現実の世界での存在は消失する。
死を迎える直前までは、そこに在った。平気でフツーに当たり前に。








本「再婚生活」山本文緒5


再婚生活
著者: 山本文緒
単行本: 285ページ
出版社: 角川書店 (2007/06)



Nov.23
祝日。王子は疲れていて、いきなり「朝ごはん作って」と言った。直球で頼むのは珍しいので、はりきって作った。
疲れているのに、しかも勤労感謝の日なのに王子は仕事に行ったので、夜は牡蠣鍋を用意した。喜んでもらえた。
  〜「今更ですが、ありがとう」より (P.271)

僕はどうやら、根っこがへなちょこで、簡単に弱音を吐く傾向にある。今でも時折思い起こすのが子供の頃、皆が寝静まった深夜に「お腹が痛い・・・」と母親に泣き付いた記憶。何故か冷たい牛乳を飲み過ぎる(分かっていながらも何度か繰り返した)と、決まって深夜に腹痛に目が覚め、眠っている母親を頼って甘えてみたところで何も改善される訳でもなく、しかも睡眠を妨害する行為は、我が子ながらに迷惑であったろうと省みる。極端に痛みに弱く、大したことがなくても我慢することなく、大袈裟に周囲にアピールする、それは今に至っても大勢に変化はない、悪しき傾向!?

ここのところ急速に深刻に(自分自身の中では)、「うつ病」を現実のものとして捉えている。「あぁ〜、このままだと仕事を失うかも!?」とか。まぁ、僕は事務系のサラリーマン(給与所得者)なので、仮に通院し投薬治療を受けたとしても、いきなり失職(最悪の状況を想定すると)ということにはならないであろうが、だからといって安穏とはしていられないのは、この世の常で、そしてまた一方では、焦ってみたところで落ち込んだ気分が回復する兆しが顕れるはずなどない。
だから、会社の同僚とか知り合いを前にすれば、可能な限りに満面の笑顔を浮かべて(きっと目が笑ってないこととか、バレバレなんだろうけど、それでも)、能天気を装って明るく振る舞う。自分自身の感情なんて、自分自身がコントロールするもので、だからこそ、あえて演じるんだ!、などと自らの気分を奮い立たせれば、その時は前向きな気分で居られる。その時は。元々が決して前向きじゃない、どちらかと言えば間違いなく後ろ向きな性格の僕だからこそ、自らの後ろ向きを理解して認知しているからこそ、あえてそれを必要とする!、とかそんなこんなを考えながら。
でも、そんな風に装い振る舞うことも辛くなって、周囲に人が少ないことをいいことに、塞ぎ込むことも少なくなくなってきていた。
小さな原因は幾つも思い浮かぶし、それが簡単に解決されるような問題じゃなく、ある程度は気長に考えて付き合っていかなければならない事柄だと、僕にだってそれくらいは分かっているつもりであっても、気楽に呑気になんて気分には一向になれないし、それについて思い詰めてしまうことが及ぼす悪影響だって、理解してない訳じゃない。
そんな堂々巡りが、ますます僕を追い詰めてしまうことも、一方にはあろうが、それでもやっぱり、「考えない(放棄する)ということはできない!」となってしまって(自らの意思が頑なに選択している)、、、

そんな僕に、自らが随分と前に手配していたことなどすっかり忘れていた頃に、山本文緒の日記(?!)、今まさにこの時に手にした。
正直、ずいぶん楽になった。


僕だって「今更だけど、ありがとう」といずれは言いたいなぁ、、、


≪目次:≫
 人恋しいのか違うのか
 生きるってなあに
 ぐるぐるまわる
 頑張れは禁句でも頑張れ
 今夜、病院に戻りたい
 仕事をするのはもう無理
 ひとつひとつできるようにする
 てゆうか、私、失恋ですか
 まじでありえません
 表現すること問いかけること
 あの頃そうかしてました
 今更ですが、ありがとう








本「二度はゆけぬ町の地図」西村賢太5


二度はゆけぬ町の地図
著者: 西村賢太
単行本: 165ページ
出版社: 角川書店 (2007/11)




きっと次も、うん、間違いなく読んじゃう、”西村 賢太"。
そう、出会いは一年前(2007.1.16読了)、新潮社から”本が好き!PJ”経由にて献本の「暗渠の宿(2006.12)」。すぐに、講談社「どうで死ぬ身の一踊り(2006.2)」(2007.2.7読了)に遡り、何とも他人事とは思えぬ言い得ぬ興味から、次回作を期待しつつも時が過ぎ、つい先日に何かの機会にふと目にした、『芥川賞候補 西村賢太』のニュース。で、「あら、新刊本が出てたのね!?」という訳で、ハハハハハッ(?!)と読了。

角川書店HPの詳細情報には、”これが平成最上のエンタメ私小説だ。 読んだ者を爆発的な共感と笑いの渦に落とす、現代文学に彗星のごとく現れた私小説の救世主。”と。


そうだよね。僕だって「こいつキッツイなぁ〜」から入って、当然に全くの他人事。自分のことなどすっかり棚に上げて、「最低最悪!、どうしようもないクズだ、カスだ!」と扱き下ろす。でもね、すぐに気が付く、「あっ、似ているかも・・・やべっ、もしかして俺と変わらないじゃん!?」って。気が付いちゃった瞬間に、思考回路は高速回転する。既に最低最悪と扱き下ろした対象イコール自分自身となっちゃう現実に直面して、迫られる判断。
「果たして、自分は最低最悪なのか?」、「最低最悪な自分」、求められる究極の選択!、認めるも地獄、認めぬも地獄!?
最低最悪な自分はカッコ悪い、恥ずかしい。それを自ら認めてしまうのは、さらに耐え難い屈辱。であるならば、仮面を被って、見せ掛けだけでも無関係を装って、他人事で通せばいい。表面を取り繕えば、大丈夫、ばれない、ばれるはずなどない。とりあえずは、どうにも気になって仕方がない最低最悪な輩なんぞ、直視するのは止めてしまおう。目に入らなければ気にならない、考える必要もなくなる。スイッチオフ、意識レベル低下、プツン、ツゥ〜〜〜。
ねぇねぇ、あれどうなったのかなぁ。気になるなぁ。
ちょっとだけ、こっそり覗いてみようかぁ。ちょっとだけ、ちょっとだけ、ホントにちょっとだけだよ、そ〜っとちょっとだけ見たら、そのまま元に戻しておけば、誰にもばれないばれない、分かりやしないよぉ。



≪目次: ≫
 貧窶の沼         「野性時代」平成19年7月号
 春は青いバスに乗って 「煉瓦」29号(平成16年1月)
 潰走            「野性時代」平成18年2月号
 腋臭風呂         「野性時代」平成18年12月号








本「キップをなくして」池澤夏樹5


キップをなくして
著者: 池澤夏樹
単行本: 293ページ
出版社: 角川書店 (2005/7/30)




最近は、スイカ(Suica)だのパスモ(PASMO)だの、電車に乗るのにキップを買わない。
あの小さなキップの、たかだか小さな紙片だから、すぐに行方が分からなくなる。電車に乗るという行為自体が、どちらかといえば非日常的で、何かの目的があって移動の必要に迫られなければ電車などに乗ることはないのであって、電車に乗ることが主目的ではない以上、さらに手続きとして付随するキップなど、その存在を忘れ去ったとしても、それは仕方がないことなのかもしれない。購入したキップを改札を通し、その次の瞬間には目的地までの電車に乗ることに移る意識。目的の電車に乗ったら、次は主目的へ馳せる想い。そうこうするうちに目的地(駅)に辿り着き、改札を前にして、ポケットを探り、財布を広げ、「無い・・・、あの時に改札を抜けて、、、その後どうしたっけ??!」不確かな記憶、キップに対する意識は何処。
毎日慣れ親しんだ通勤時にさえ、改札を前に慌てることがあるくらいだから、幼い子供がひとり、小さな手に固く握りしめられたハズの、”キップ”の悪戯?!
そもそも、電車に乗って行われる”移動”という行為に伴う興奮。興奮によって覚醒される意識。一所懸命の言葉に宿る、人間がひとつの場所を、他へと移動することなく、命を懸けて護り抜く、みたいな本能に反する行動。

繰り広げられる子供たちだけの不思議な共同生活、東京駅。子供とはいえ、立派に人格を有するひとりの人間だから、それぞれに個性や考えがあり、それぞれの事情を抱えている。大人の干渉を受けることなく子供たちだけで営まれる共同生活は、毎日顔を合わせて長い時間を共にするだけに、欠かすことができない思い遣り。相手を思い遣り、理解を示すことによって、共に感じる痛みが、大人への階段の一歩一歩、また一歩。
明かされる仲間のひとりの、痛ましい電車事故、そして”死”。既に死んでしまっている少女との共同生活、という、一種異様な状況が、子供たちの連帯感であり思い遣りを育み、仲間全員で見送る天国への旅立ち。死と生の垣根を飛び越えて、語られる死生観。死を見詰め、受け容れるからこそ、生きる意義を見出せたりする。








本「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦5


夜は短し歩けよ乙女
Amazonで購入
livedoor BOOKS
書評/国内純文学



純愛物語、青春恋愛小説 森見登美彦バージョン。
そう、”本が好き!PJ”でも、2/1受付開始にて献本されていた。その後、2007年4月 本屋大賞第二位、5月 第20回山本周五郎賞受賞、7月 第137回直木賞候補と、何かと話題になった作品。
直近の9月には、新作「有頂天家族」が刊行され、Amazonでは、何と12レビューが、全てオール星5つの高評価。人気の程が窺える。

黒髪の乙女への純愛を画策する男子大学生。
若者男子ならば、恥も外聞もかなぐり捨てて、ただただ弾ける若さと勢いで、真っ正面から猛烈アタック!
とは行けない若者だっている訳です。自分自身の身の程を知れば知るほどに、未熟さ、経験不足、で、愛とは?!
突き詰めていくと、
”私は性欲に流される、私は世の風潮に抗えない、私は一人の淋しさに耐えられない―”(P.294)
に尽きてしまう。
伝えたい想い、伝えることができない想い、気付いて欲しい、募る想いは、あくまでも偶然を装って、憧れの乙女の記憶に入り込みたい。「奇遇ですね」、とサラリと言い退ける心中は穏やかではないけれども、だからといって、他に何が言えようか。
二人を巡る仲間たちとの騒動の中、乙女の心に変化が顕れ、いつしか・・・
何とも、奇妙な展開の馬鹿馬鹿しさ。
日本の古都、京都を舞台に繰り広げられる、奥ゆかしき若者の、男女の清い純愛。想いのストレートさに反して、とっても回りくどい作戦は、当然に予想通りにいかないことの方が多い。思いもよらぬ馬鹿馬鹿しい展開に、気が付けば、運命の糸が手繰り寄せられ、、、

ごちそうさま。








本「そんなはずない」朝倉かすみ5


そんなはずない
著者: 朝倉かすみ
単行本: 303ページ
出版社: 角川書店 (2007/07)




朝倉かすみは、1960年、北海道小樽市うまれ。北海道武蔵女子短期大学卒業後、様々な職を経験。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞、2004年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞受賞。
145センチ41キロ。たぶん、日本一小さい小説家。札幌在住。
 〜ブログ「アサクラ日記


「そんなはずない」のであるが、リアルな現実は、そんなもの、だったりしちゃう。
節目である三十歳の誕生日を挟み、婚約者に逃げられ、勤務先の信用金庫が破綻しちゃった”鳩子”の物語、”大型新人による極上の恋愛小説”と評される、長篇小説。
過去に交際した男たち八人と、新たな恋愛関係を展開させたい年下の男を巡る恋愛小説であり、その交際を始めた年下の男が、鳩子の三歳下の妹が好きな人だったりして、近しいだけに姉妹の間にドロドロと絡み付く、嫉妬、羨望、愛憎、複雑な関係が描かれ、そんなことのために、そこまでしちゃうのか、ってくらいの、女性の強かさ。そう、女性は強い。
三十歳という、何となく区切りとなる節目に、ちょうど大きな動きがあって、過去を振り返ってみたりする。そう、「そんなはずない」ほどに、大したことをしていない。結構頑張って、それなりに一生懸命生きてきた、つもりでいたけれど、、、あぁ、

仲の良い四人家族は、平穏無事に見えて、何を何を、それぞれ、それなりに色々ある。父親の存在感が薄すぎるのが気になるが、それとてリアルな現実なのかもしれない。確実に存在があって、否定はできないけれども、具体的な印象がない、父親。男の私にしてみれば、「そんなはずない」と思う一方、そうだよね、と妙に納得。
幼少の頃に、2〜3日帰ってこなかった日、深夜の暗いダイニングテーブルに帰らぬ父をひとり待つ母のうなだれた後姿。問いただしても、当然にはぐらかされる。誰にも言えない秘密があって、絶対に言っちゃいけない出来事は、誰にだってある。聞かされたって、困っちゃう。言う方は、それで解放されて、聞いちゃった方は、聞いちゃったことによって、その負担が押し付けられちゃう。

失業した鳩子は、図書館司書の臨時職員の職を得る。
そう、私が日々活用させていただいている”図書館”。
本来の現代資本主義経済の社会通念上は、本は購入すべきであり、その経済効果は絶対的に必要とされるものであるが、一方では、社会的弱者にも均しく文化に触れて学習する権利があり、経済的利益とは別の側面から、出版という文化活動が安定的に備蓄される機能及び施設が求められよう。
ところが当然に、図書館に経済効果は発生しない。民間施設(企業)であれば、仮に資産家の道楽であったとしても、最低でも固定費(人件費、光熱費など)くらいは、利用料金等の徴収による売上が見込めなければ、施設を開放することも困難になってしまう。
公共サービスだからといって、財源には限度があり、文化活動は継承されなければならないが、理想論ばかりを展開する訳にもいかない。
恩恵に預かっておきながら言うのも何ではあるが、何とも悩ましい。








本「神田川デイズ」豊島ミホ5


神田川デイズ
著者: 豊島ミホ
単行本: 275ページ
出版社: 角川書店 (2007/05)




神田川”と言えば??
かぐや姫”!?、♪あなたは、もう、忘れたかしら〜♪、
って旧いかしら。
1973年9月、シングル「神田川」を発売、1975年4月に解散。とあるから、リアルタイムで目に耳にした記憶はないハズ。青春チックで、貧乏臭さが好きになれなかったけど、不思議と歌詞を全て暗記している。

ちなみに、河川としては、東京都三鷹市の”井の頭恩賜公園”内にある井の頭池を源として、隅田川に注ぐ一級河川。(Wikipediaより)

実は、十数年前に、西早稲田の住所の地に居住していた時期があり、神田川を眺めた微かな記憶がある。
当時、既にサラリーマン(契約社員)をしていて、地方出張を常とする営業マン。平日は地方を泊まり歩き、金曜日の夜か土曜日に東京に戻って、週末だけ自宅に寝泊りして、月曜日の会議を終えたら、一週間分の荷物を抱えて、そのまま大手町(東京駅)から新幹線に乗ってGo!、みたいな生活。実家が埼玉県の東京寄りにあって、弟たち(男三人兄弟の長男だった)は学生で、ひとり暮らしをする明確な理由はなかったけれど、それなりの給料を貰って、ちょっともったいないかな?!、とか思いながらも、とにかく独立したかった、20歳前後の私。サラリーマンを淡々と勤め上げる父親のようにはなりたくない!、「絶対に俺はビックになってやる!!」、と何の根拠も、具体的な夢もビジョンもないままに、ただただ息巻いていた。
大隈講堂の角を曲がった、当時たしかファミリーマートの二階のワンルーム。マイ神田川デイズ♪


豊島ミホは、早稲田大学第二文学部卒業。1982年に、秋田県に生まれ育つ。大学在学中の2002年、「青空チェリー」で新潮社主催の公募新人文学賞「R-18文学賞(読者賞)」を受賞してデビュー。今年(2007年)、既に三作品(本作、ぽろぽろドール、東京・地震・たんぽぽ)を刊行。

そう、秋田県の高校生時代、保健室に籠っていた豊島ミホ。豊島ミホ自身と、その周囲の友人知人たちとその関係をベースに、心の内の深い部分を丁寧に描く物語。
他人事に思えない、近しさを隠せない。
父親の転勤で、地方都市を転々として育ったとはいえ、高校卒業時には、首都圏に居住していたから、特に、田舎(地方)を飛び出して、憧れの”東京へ”という意識は無かった、と思っていた私。ふと、いただいたコメントに、甦った記憶。
”親兄弟を忌避して、逃げた”

そろそろいい加減いい歳をして、それなりの人生経験を積み重ねさせているのに、それでもまだまだ”自分”というものを見出すことができない。
最近は、不摂生から人生75年かな?、などと気弱になっているものの、元来100年生きると勝手に考えていた私にとって、37歳という現在の私は、やっと1/3を経過したに過ぎない。だから、何も分からなくっても、ある意味では「当然だ!」と、開き直る。今現在で理解し得てしまったら、残りの2/3の人生はあまりにも長すぎる?!

だからいいんだ(?!)、青春小説♪









本「感傷コンパス」多島斗志之5


感傷コンパス
著者: 多島 斗志之
単行本: 231ページ
出版社: 角川書店 (2007/08)



小説家 多島斗志之 が描く、懐かしく温かく、哀しい、心に沁みる、遠い記憶の物語。

物語の舞台は、1955年、伊賀の山奥の分校。全校生徒18名の小学校に赴任した、新任女性教師と子供、村人。
新しい生活への期待と不安は勿論、断ち切りたい想いや、煩わしい世間や人間関係(家族)から逃れたい、逃れることができてホッとしていたりする複雑な想い。
唯一の同僚の女性教師は独身ながらも、何処か翳のある、思い詰めた様子を漂わせる。
当初担任した五年生と六年生の男女六名も、共にそれぞれの家庭環境に、それぞれの複雑な事情を秘めている。
狭い山里の村の中は、皆が知り合い、顔見知り。親戚縁者だったりするから、複雑な事情は、全て筒抜け。プライバシーなど、へったくれも無い。生まれた時から現在に至るまでの全てがお見通し。善いことや、褒められたことだけじゃなくって、ふとした出来心から起こした事件や情事だって、言葉にしないまでも、いつまでも村人たちの胸の内にしっかりと在る。

面倒臭い、煩わしい、人間関係。だから、現在においては、とかく敬遠される地域社会のコミュニティ(共同体)
高度に発達した経済社会、不自由の無い豊かな生活。会社勤めをすれば、比較的容易に手に入れることができる経済力。誰かに頼ることなく、自らの力で営むことが可能な生活。面倒臭い、煩わしい人間関係を避けて、生きることができてしまう現実。ある意味では、コミュニティが失われるのも、当然の成り行き。

病に臥した母親と遠く離れ、最愛の母の回復を祈り、元の家族での生活を夢見て、祖母の元に身を寄せる兄弟。母への想い。
村の呉服屋の妖艶な女将は、常に村の男衆の視線を集め、デレデレする男の妻からのやっかみを受ける。その母を持つ娘は、しっかり者で級長をつとめるも、ホントは母親に甘えたい。母の化粧を真似て覗き見た鏡に映る自分の姿に感じる女。
朝から農業に勤しむ父母に換わって、幼い弟妹を背負い、家事をこなし、面倒を見る女児。

子供だけじゃなくって、大人たちだって、心の内に抱えている何かが在る。
お医者さんの家庭持ちの先生との逢瀬を重ね、その末の自殺未遂事件。社会的地位の高い、常識を持ち得た人物なのに、それだけに動転する姿。駆り立てる衝動の非情なチカラ。
過去に犯した過ちによって、心に深い傷を負い、心を閉ざして漫然と生きる男。誰にも心を開くことなく、猪の研究に没頭する。
最愛の妻を亡くした心の痛手を拭い去れず、妻の命と引き換えに生まれ出た娘とのふたり暮らしを続けるも、10年以上の歳月が経過してもなお、自らの殻に閉じ籠り、育児を放棄し、自らの薬草の研究のみに没頭する男。
何も抱えていない者など、この世の中には存在しない現実。抱えているモノが、大きいか小さいかだけの違いでしかない。必ず誰もが心の内に何かを抱えて生きている。

そんな心の内に何かを抱えている彼らも、何食わぬ顔で淡々と送る日常生活。時折垣間見える異変や、奇異な行動だって、事情を知らぬ者には、ただの変な人、困った人、病んでる人でしかない。関係ないから、無視して、近付かないようにしよう。巻き込まれたくない。無関係を装う。

人間は過ちを犯す生き物である。
過ちを犯さぬ人間など存在し得ない。
過ちを犯してしまった人間を、何も言わずに全てを受け容れる包容力、コミュニティ。
人間ひとりの力は、弱く儚い。往々にして過ちを犯す。
過ちは決して許されるべきではないけれども、犯してしまった過ちは、どんな償いをしたとしたって、決して消え去ることは無い。たとえ死をもって償ったとしたって。心の内にいつまでもいつまでも深く刻み込まれて残る想い。一生背負って生きていかなければならない。








「裁縫師 -小池昌代」読みました。5


裁縫師
著者: 小池昌代
単行本: 178ページ
出版社: 角川書店 (2007/06)




小池昌代、初読み。
キッカケは、新潮社「旅 2007年09月号」にて。

官能(かんのう)”という言葉の意味を調べる、
1.生物の諸器官、特に感覚器官の働き。
2.感覚器官を通して得られる肉体的快感。特に、性的感覚を享受する働き。

骨に響く、臓器の深い部分に沁みる感覚。

いきなり表題作「裁縫師」に受けた烈しい衝撃。
本能が赴くままに起こした行動は、「タタド」と「ルーガ」の手配。
小池昌代を知りたい!
短篇小説五篇では物足りない。

何であろうか?!、人間という生き物が、世間一般に言われる”常識”などという、窮屈なのもの ― それでも、現代の日本国に暮らす多くの人々(当然に私を含めて)は、そんな”常識”といわれる概念を、拠り所にして生きている訳なんだけれども、― 静かに、それでもしっかりと叩き壊される。完膚なきまでに。


特設HP「裁縫師」 −Web KADOKAWA









「つばめの来る日 -橋本治」読みました。5


つばめの来る日
著者: 橋本治
単行本: 273ページ
出版社: 角川書店 (1999/07)



「人間は、誰でも独りだ」と、信一は、落ち込むことなく実感した。人が点在する干潟の上に光を落としている太陽が一つしかないのと同じように、アヒルのようにあちこちを掘り回している雄太を見る信一も、独りだった。
 〜「潮干狩」

やっぱり好い!、橋本治の短篇小説、全九篇。
オビに「本当の私を誰かに打ちあけたいあなたに −優しくて切ない男たちの物語」とある。

考えてみたら、”男”の物語は少ない。
喜久雄の服に対する感覚は、女性に対するそれと似ている。喜久雄はもちろんそんなことに気がつかないのだが、「相手の気持ちを考えない」という点で、喜久雄の接し方は、服に対しても女に対しても同じなのである。若い女を目の前にしたら、胸の谷間かその辺りを見て、「やれるか、やれないか」しか考えない。服も女もおんなじなのである。
 〜「歯ブラシ」

とどのつまりが、多くの男たちは、普通に「相手の気持ちを考えない」。
だから、男はその存在自体が物語として描き難い。
心が烈しく揺れ動くから、その揺れ動く様が物語として成り立つ訳で、どんなに特別な事態に陥ったとしても、心が揺れ動くことが無ければ、物語になり得ない。

だから、「あじフライ」で、
高校生のときから”同性愛”に目覚めてしまった大学生の息子。彼は、
「始末の悪い、へんな気持の悪い生き物かもしれないんだ」
と、自らを恥ずかしく思う。
それが思春期に特有の自意識過剰現象だということを、保が誰からも教えてもらえなかったのは、保がそうしたことを決して口にしようとしなかったからだ。
でも、そんなことは口にできないよ〜。
やっぱり、口にできないのは、相手の気持ちを考えない、からに他ならない。
それでも、保は、その相手を愛する想いを否定しない。相手の存在であり人間性の素晴らしさに、その事実に間違いは無いから。だからこそ、相手の気持ちを、真剣に真剣に考える。考えれば考えるほど、気持ちは高まるものの、思考は自らの内側に揺るぎ無いものとして構築される。で、
「嫌われてもいいけれど、でも好きになってもらいたくない」
になってしまい、
「僕がゲイとかなんとかということとは関係ないことで高峯くんに嫌われるならいいけど、でも、僕がゲイだという理由で高峯くんに嫌われるのは絶対いやだ」
と、16歳にして潔癖は誓ってしまう。それでもやっぱり、誰にも苦悩を打ち明けられない。苦しい、苦しい、苦しすぎる。ひとりぼっちを自覚して、決して誰にも素顔を見せることなく、さりげなく生きていく。
もう、いいとか悪いとか、そんなレベルじゃなくって、
「人とは違う」という思い込みの負い目が、「人とは同じでいたくない」というプライドを保の中に育てていた。
ホントに、男って生き物は、特に”若い男”は、そんなくだらないプライドにでも縋ってでもいないと、生きていけないほどに”弱い”。でもね、”弱い”から、その”弱さ”を自覚するからこそ、強くなりたいと思い、強くなるための努力によって、強くなっていくのだから、その経験が絶対的に必要で、その経験を乗り超えることが、本物の”男”になるための絶対条件とも。
大学生の保は、若い男であり、まだ、本物の男ではない。だから、つらく苦しい。冷たく凍えるような想い。寂しい。
「自分を好きになってほしい」
という、一番肝心な言葉が自分の中で凍りつく。寒い。
だから、
「自分は男が好きだと言いたい」と、保は思った。それだけが、自分のすべてを凍りつかせているのだと思った。「それを口に出来ない」と思うことが、すべての寂しさの元凶なのだと思った。
だから、「言いたい!」と思ってたまらなくなって、家に帰る保。
父親は居ない。居なくて良かった。父親も男。男は「相手の気持ちを考えない」から。
母親は、黙って聞く。母親は女であり、男じゃないから、黙って聞いて「相手の気持ちを考える」ことができる。目の前で、自分の息子が理由も言わずにポロポロ涙を流す、不思議な光景。
「一体、何があったんだろう?」と、母親は思う。「一体どんなにつらいことがあってこの子はこんなにも激しく泣いているのだろう」と思って、母親の良子は、呆然とした。
「もしかしたら、ホモであることは、そんなにもつらいことなのだろうか・・・」
保は声を上げて泣いていて、その泣き声の激しさが、母親の直感に対して「そうだ」と言っているとしか思えなかった。
だから、
「あんた、そんなにつらかったの?」
でしかなく、
息子はうなずいて、母親の目から涙が溢れ出て来るのを見た。
それは怒っているのでもなく悲しんでいるのでもなく、息子の感じてしまった悲しさを知って、それで一緒に慰めてくれている涙だった。










この期に及んでも、
「誰か”いい子だ”と言ってよ」
 〜「角ざとう」
男の哀しい性・・・

「クジラの彼 -有川浩」読みました。5


クジラの彼
著者: 有川浩
単行本: 245ページ
出版社: 角川書店 (2007/02)




仕事は段取り八分。
闘いに挑む心構えであり、具体的な戦術(シュミレーション)など、実は準備段階で既に物事の成り行きは容易に想像できちゃったりする。当然に、現実的な結果は、どんなことをしたっても覆すことができない訳で、ある意味では、真剣勝負であり、斬られたら死す!?
最近、不思議と大好きな物語から離れてしまっていて、リアルな現実”ビジネス書”の類いが続いてしまったからか、ビジネスモードに入っていたりしてしまうんだけれども。

正直、泣いちゃう程に好かった♪
実は、著者の名前”有川浩(ありかわ ひろ)”から、連想されるイメージが皆無で、女性であることもなかなか理解できずに、何をどんなジャンルの本を書かれる方かも知らず、何故かオタクな印象だけがあって、それでも、名前を目にする機会が何度かあって、興味があった。だから手にした。
シチュエーション(筋を展開させるために設定された状況)の勝利かな?!、などと分析する。


収められた全六篇の短篇小説が描かれる舞台は、自衛隊
知っているようで、身近なようで、ちょっと考えてみたら何も知らなかった。
何も知らなかったので、”Wikipedia”で調べてみると、
1954年7月1日に設立された日本の防衛組織。法令上では国軍(軍隊)と位置付けられていないが、実質その能力を備えている。「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」ことを任務とする。
そうか、存在的にも、歴史的経緯など小さくない矛盾を含んでいて、何かと微妙な立場であったりする、日本国における由々しき問題、でもあったりしちゃう”自衛隊”。 その”自衛隊”という存在自体が特異なのに、さらに、その任務の、勤務形態の特異さ。
海上自衛隊の潜水艦乗りは、一度”潜った”ら(間違っても”沈む”のではなく!?)最後、国家機密ということもあり、次回がいつ海上に出れるのか、いつ何処に辿り着けるのか、家族にさえも伝えられない。何も伝えられることなく、3ヶ月も逢えないなんて、嫌だ嫌だ、絶対に嫌だ、我慢できない、くない?! 鉄板の潜水艦が、更には深い深い海の下では、携帯電話の電波が、仮に愛の力を得たとしたって、辿り着くことは有り得ない。
陸上の駐屯地の勤務だって、男ばっかりのむさ苦しい集団に、極少数の女性という異性の存在。その特異な状態での共同生活は、駐屯地がある人里離れた僻地で営まれる。国防を志し、日々の厳しい訓練に勤しみ、閉ざされた空間で規則正しく営まれる共同生活は、例えは悪いが、刑務所と見間違わんばかりであり、当然に、”脱走”ならぬ、”脱柵”が企てられることも、その気持ちも、理解できない訳ではない。俗世間から閉ざされた共同生活にあったって、人間の本能として、男が女性を求め、女性が男を求める衝動は、決して抑えることができない。だって本能だから仕方が無い。共同生活の中での恋愛も、歪んだ高い倍率(男女比率)と、私欲や羨望まで複雑に絡み合って、その障害は小さく無いけれど、それでも、俗世間との恋愛に至っちゃっては、その機会の壊滅的な確率論と、住む世界の現実的な違い、任務の特殊性を考えちゃうと、ほぼ絶望しちゃう。しかも、男も女も関係なく、厳しい訓練に鍛え上げられた肉体は、その精神は、時に世俗に塗れた民間人の失笑を買っちゃったりもする。異動だって定期的に必ずあるから、結婚していなければ”超遠距離恋愛”で、結婚して子供がいたり、共働きだったら”単身赴任”が当たり前。嫌だ嫌だ、絶対に嫌だ、耐えられない、でしょ?!
それがまた、航空の、”ファイターパイロット”になんてなっちゃったら、空に憧れて、超難関を潜り抜けて、無茶苦茶厳しい訓練に耐えて、やっとやっと叶った長年の”夢”だったりしちゃう訳で、それが例えば、女性であって、恋愛の末に結婚して、出産を経ても、夫の両親や親戚からの冷たい仕打ちを受けたって、単身赴任で、夫や子供と離れて暮らしたっても、それぐらいの障害は、、、 辛いよね。

そんなそんな超特異さを、恋愛小説の舞台にしちゃう訳だから、”シチュエーションの勝利”、とか考えちゃう。

あとがきにて、
”いい年した大人が活字でベタ甘ラブロマ好きで何が悪い!”
と、いきなり捲くし立てられても、素直に『好いよ!』と呟く。


やっぱり、シチュエーションの勝利、などではない。
とっても熱い熱い、正直な素直な女性の気持ちが、男の気持ちが、心の揺れ動きが、とっても自然に、それでいて、深い部分までじっくりと丁寧に描かれている、その才能に深く感嘆した。
だって、移動の電車の中でだって、込み上げる想いを堪えるのに、溢れそうになる涙を抑えるのに、こんなに困難を伴う小説は、久し振りに出逢えた気がするから。









		
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

since 2007.11.19

Categories
じゃらんnet 宿・ホテル予約

Amazon
honto
TagCloud
本が好き!
本が好き!
記事検索
管理人・連絡先
管理人 Gori が書き記しています。 不適切な表現及び解釈などありましたら連絡ください。
ppdwy632@yahoo.co.jp
livedoor プロフィール

Gori

主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

‘表 BLOG (since 2006.8)
▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

Archives
Recent Comments
Recent TrackBacks
父が子に語る近現代史 (本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館])
本「父が子に語る日本史」小島毅
BlogRanking
  • ライブドアブログ