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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

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本「国体論 菊と星条旗 (集英社新書0928A)」白井聡5

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国体論 菊と星条旗 (集英社新書)
○著者: 白井 聡
○定価: 本体940円+税
○ISBN: 978-4087210286











――天皇とアメリカ 誰も書かなかった日本の深層!――
明治維新から現在に至るまで、日本社会の基軸となってきたものは「国体」である――。
象徴天皇制の現代社会で「国体」? それは死語ではないのか? 否、「国体」は戦後もこの国を強く規定している。一九四五年八月、大日本帝国は「国体護持」を唯一の条件として敗戦を受け容れた。ただし、その内実は激変した。「戦後の国体」とは、天皇制というピラミッドの頂点に、アメリカを鎮座させたものなのだ。
なぜ、かくも奇妙な「国体」が生まれたのか。「戦後の国体」は、われわれをどこに導くのか。『永続敗戦論』の白井聡による、衝撃作!


≪目次: ≫
序――なぜいま、「国体」なのか
年表 反復する「国体」の歴史

第一章 「お言葉」は何を語ったのか
 1 「お言葉」の文脈
 2 天皇の祈り
 3 戦後レジームの危機と象徴天皇

第二章 国体は二度死ぬ
 1 「失われた時代」としての平成
 2 史劇は二度、繰り返される
 3 戦前国体の三段階
 4 戦後国体の三段階
 5 天皇とアメリカ

第三章 近代国家の建設と国体の誕生 (戦前レジーム:形成期)
 1 明治維新と国体の形成
 2 明治憲法の二面性
 3 明治の終焉

第四章 菊と星条旗の結合――「戦後の国体」の起源 (戦後レジーム:形成期 
 1 「理解と敬愛」の神話
 2 天皇制民主主義

第五章 国体護持の政治神学 (戦後レジーム:形成期◆
 1 ポツダム宣言受諾と国体護持
 2 「国体ハ毫モ変更セラレズ」
 3 国体のフルモデルチェンジ
 4 征夷するアメリカ

第六章 「理想の時代」とその蹉跌 (戦後レジーム:形成期)
 1 焼け跡・闇市から「戦後の国体」の確立へ
 2 政治的ユートピアの終焉

第七章 国体の不可視化から崩壊へ (戦前レジーム:相対的安定期〜崩壊期)
 1 戦前・戦後「相対的安定期」の共通性
 2 明治レジームの動揺と挫折
 3 「国民の天皇」という観念
 4 天皇制とマルクス主義者
 5 北一輝と「国民の天皇」

第八章 「日本のアメリカ」――「戦後の国体」の終着点 (戦後レジーム:相対的安定期〜崩壊期)
 1 衰退するアメリカ、偉大なるアメリカ
 2 異様さを増す対米従属
 3 隷属とその否認
 4 ふたつのアイデンティティ

終章 国体の幻想とその力
 1 国体の幻想的観念
 2 国体がもたらす破滅
 3 再び「お言葉」をめぐって



≪著者: ≫ 白井 聡 (しらい さとし) 1977年、東京都生まれ。政治学者。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。京都精華大学人文学部専任講師。『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)で、石橋湛山賞、角川財団学芸賞、いける本大賞を受賞。


白井聡 『未完のレーニン 〈力〉の思想を読む』(講談社選書メチエ、2007年) '12/02/16



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本「いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書0899B)」橋本治5

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いとも優雅な意地悪の教本 (集英社新書)
○著者: 橋本 治
○定価: 本体760円+税
○ISBN: 978-4087208993











上質な意地悪が足りないから、日本人は下品になった。
夏目漱石から舛添要一、メリル・ストリープまで。身につけておきたい「嗜み」としての意地悪論

 意地悪は単なる悪口や暴力とも違って、洗練を必要とする「知的かつ優雅な行為」である。だからこそ、意地悪には人間関係を円滑にし、暴力的なエネルギーを昇華させる効果がある――。
 他者への罵詈雑言やヘイトスピーチといった、むきだしの悪意が蔓延する現代社会。橋本治は、その処方箋を「みなが意地悪になること」だとして、古今東西の例を挙げてその技術を具体的に解説する。
 読めば意地悪な人になりたくなる社会・文芸評論!


≪目次: ≫
第一講 意地悪とはなにか
 はじめに
 一 意地悪と暴力
 二 なぜ現代人はたやすく暴力表現に走るのか
 三 意地悪教育をすればいいのに
 四 なぜ「意地の悪い課長」は存在するのか

第二講 メリル・ストリープに学ぶ意知悪の意味
 一 教育的見地から見たる意地悪
 二 教育に於ける意地悪の意味
 三 なぜ女性ファッション誌の編集長は恐ろしいか
 四 『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープは果たして意地悪なのか

第三講 樋口一葉は頭がいい
 一 頭がよくなければ意地悪にはなれない
 二 いきなり啖呵を切る樋口一葉
 三 見返り柳と溝の関係
 四 名分とは
 五 なぜ樋口一葉は朝ドラの主人公になれないのだろう?
 六 意地悪な樋口一葉

第四講 紳士は意地悪がお好き
 一 マスゾエくん
 二 「人格攻撃をするなと言ったって、問題は人格なんだからさ」問題
 三 知性とモラルが分離して
 四 「慇懃無礼」の構造
 五 意地悪で自己回復する夏目漱石
 六 《智に働けば角が立つ》云々は人生訓じゃない

第五講 紫式部に陰険さを学ぶ
 一 紫式部は意地悪だ
 二 名前を書く人、書かない人
 三 自分全開の清少納言
 四 人の悪口を言う紫式部
 五 自慢をする紫式部

第六講 男と女はどっちが意地悪か
 一 男の嫉妬
 二 ともかく男はもてたがる
 三 「凡人の悲劇」という高級な悩み
 四 文学の賞は才能に微笑まない
 五 意地悪は女の方がおもしろい

第七講 悪を考える
 一 悪役と爆発
 二 悪役とインテリジェンス
 三 悪役がいなくなる
 四 正義のヒーローに余分なことを考えさせないでくれ
 五 最悪の敵は「ウチの上司」

第八講 それで、この話はどうまとめればいいのだろう
 一 「悪とは正しくないことである」と考える国
 二 江戸町人のふざけ方
 三 日本の善悪対立
 四 日本の悪は「悪」じゃない
 五 民谷伊右衛門はなにをした?

あとがき 天才は意地が悪い


※本書は『すばる』2016年5月号〜12月号に連載されたものに加筆・修正しました。


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、小説、評論、戯曲、エッセイと幅広く文筆活動を行う。『古事記』『源氏物語』『枕草子』『平家物語』といった古典の現代語訳も多い。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。『上司は思いつきでものを言う』『性のタブーのない日本』『たとえ世界が終わっても』『知性の顛覆』など、著書多数。




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本「たとえ世界が終わっても その先の日本を生きる君たちへ (集英社新書0870B)」橋本治5

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崩壊に近づくEU、トランプ、伝々総理・・・・・・
「世界がバカになっている」時代に染まらないために

“イギリスのEU離脱決定”と“ドナルド・トランプのアメリカ大統領選当選”を見て、成長と拡大を求め続ける資本主義経済の終焉を確信したという橋本治。資本主義の終わりとは何か? その後を我々はどう生きるべきなのか?
「昭和の終わりと同時に日本経済は飽和した」「貿易なんて西洋人の陰謀に過ぎない」「国民はクビにできないので、企業経営感覚の政治家は容易に差別主義者になる」など、政治や経済といった枠を超えて次世代に語りかけるメッセージ。


≪目次: ≫
まえがき

序章 イギリスのEU離脱を見ながら考えた
 大きなものの終焉/紀元前から続く拡大志向/大国ソ連の崩壊の仕方/貧乏人の互助会になってしまったEU

第一章 バブルになるとどうなるのか
 「あの時代」の気持ち悪さ/消費税導入と同時に消えた「贅沢品」というカテゴリー/「貿易の自由」とは、貿易面での「戦争の自由」/「押し売り」にお茶を出して迎えた日本

第二章 「ヨーロッパ」という謎を解く
 帝国ってなんですか?/ヨーロッパは一つにまとまれない/ヨーロッパを取り囲む、自分自身の壁/十九世紀帝国主義とは、「高圧的なセールスマン」/ヨーロッパは怯えていた/「大航海時代」はなぜ、始まったのか/新大陸が「発見」されてしまう意味/「異文化は遅れている」の始まり/ユダヤ人の軌跡がヨーロッパの覇権の軌跡/ナチスを生み出した「闇金ウシジマくん」的構造

第三章 経済は飽和したら終わるものだ
 昭和とは「復興経済の時代」だった/経済と欲望は「飽和」に達したら終わる/飽和を覆い隠す「技術革新」という幻/金融経済はゾンビだ/「小さなもの」で生きてゆく可能性

第四章 バブルを経て「社会」が消えた
 寄りかかる規範がなくなった/「社会建設」が死語になった時代/天動説になり社会が消えた/「バブル景気」で日本から「金持ち」が消えた/「個室」が生まれて「個性」が消えた/失われた「金持ち」の幻影を求めて/「食」しか豊かにならなかった日本

第五章 なにを言ってもムダな人たち
 「心のある論理」と「心のない論理」/「心の論理」はきれい事/「個性のない数学は、内容のない観念だ」/天動説から生まれた「ニューアカ」/金融経済は「心のない論理」/日本の「保守」は本当に保守主義なのか?/講談の流行が「特攻」を作った/心理はなくて、道理がある

第六章 世界が終わった後に
 なんだかカチンとくるんですよねえ/国家としての優先順位/「廃墟同然の惑星で、産業だけが発達する」/成長が雇用を奪う、ウロボロスの蛇/「人はバカになっている」とはどういうことか/正義とは「損得で判断しない」ということ/「正義」で経済を回す/トランプ大統領の最大の謎/バブル前に、もし日本が「経済から撤退」していたら/「必要なものは必要なときに現れる」

終章 不思議な王子様のモノローグ――私は中学生のときにバブルを見た

あとがき 「ハシモト・ミステリーツアー」を旅して/川喜田 研 (二〇一七年一月)


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、小説、評論、戯曲、エッセイと幅広く文筆活動を行う。『古事記』『源氏物語』『枕草子』『平家物語』といった古典の現代語訳も多い。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。『上司は思いつきでものを言う』『性のタブーのない日本』『ひらがな日本美術史』『いつまでも若いと思うなよ』など、著書多数。




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本「幸いは降る星のごとく (集英社文庫)」橋本治5

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幸いは降る星のごとく (集英社文庫)
○著者: 橋本 治
○定価: 本体580円+税
○ISBN: 978-4087454147








「芸能界」は光り輝いてみえるものだった──。ときは高度成長期。明確な目標もなく、流されるままに“女芸人”となった女性の悲喜こもごもを描く。時代を切り取る名手による長編小説。

ときは1990年代前半、“女芸人ブーム”前夜。東京の国立大学に通う真名子は、幼なじみの貴子とお笑いコンビ「モンスーンパレス」を結成した。自らの不美人を認識しない真名子と、世間ズレしたOL志望の貴子。笑いとは縁遠い生活を送ってきた彼女たちが、なぜその世界に入り、どう生き延びていったのか。時代によって作り出された“女芸人”の先駆者となる四人の女性の悲哀と幸福を描いた長編小説。


≪目次: ≫
第一話 欲望という名の電気ゴタツ
 一 ツァラトゥストラはまだ語らない
 二 芸人の夜明け
 三 モンスターパレスの女
 四 お笑い探査計画
 五 愛の錯誤
 六 さまざまな試練
 七 無限の彼方(ビヨンド・ザ・インフィニティ)
 八 「化物の宮殿(モンスター パレス)」ではなくて

第二話 セックス・アンド・ザ・シティ
 一 シンデレラのための略式地図
 二 舞踏会への階段に立つ二人
 三 禿鷹(はげたか)と石子詰(いしこづ)めの女
 四 一体なにが「おもしろい」んだ?
 五 ないものはない、なにもないったら本当になにもない
 六 神と信者の間(はざま)で
 七 「なんだかへんだな」と思いつつ、全能感だけはしっかりとある女達
 八 金坪真名子が「処女ではないもの」に変わる場所
 九 進化するモンスーンパレス
 十 本篇の数少ない「セックスアリ」のシーン

第三話 電気ゴタツは安楽椅子の夢を見るか
 一 そして作者はあることに気がついた
 二 中身のないシュークリーム
 三 金坪真名子の回心(かいしん)
 四 マザー・テレサへの道
 五 笛を吹く金目鯛(きんめだい)
 六 綿菓子製造機と一本の割り箸(ばし)
 七 安井貴子の帰還
 八 もう電気ゴタツに足は突っ込まない

第四話 すべての人に幸福な未来を
 一 「阿蘭陀(おらんだ)おかね」という女
 二 なに不自由のない貧しさ
 三 阿蘭陀おかねの芸風
 四 「いつか分かる日が来るわ」と言うこともなく――
 五 とみざわとみこもやって来る
 六 夢見る三十代を過ぎても
 七 そして奇跡が最後にやって来る


※初出 「小説すばる」
 第一話 欲望という名の電気ゴタツ 2010年9月号
 第二話 セックス・アンド・ザ・シティ (前編)2011年5月号 (後編)2011年9月号
 第三話 電気ゴタツは安楽椅子の夢を見るか 2012年2月号
 第四話 すべての人に幸福な未来を 2012年5月号


※本書は二〇一二年九月、集英社より刊行されました。


カバーデザイン/中島かほる
イラストレーション/ジョルジュ・バルビエ


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと・おさむ) 1948年東京都生まれ。東京大学文学部国文科卒。1977年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作入選。以後、小説・評論・古典の現代語訳・エッセイなど、あらゆるジャンルで執筆活動を行う。幅広い活動を続ける。2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、05年『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、08年『双調平家物語』で毎日出版文化賞受賞。近著に『日本の行く道』『小林秀雄の恵み』『ひらがな日本美術史7』『菅原伝授手習鑑』など。

橋本治 『幸いは降る星のごとく』(集英社、2012年) '12/10/25


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本「性のタブーのない日本 (集英社新書0810B)」橋本治5

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性のタブーのない日本 (集英社新書)
○著者: 橋本 治
○定価: 本体780円+税
○ISBN: 978-4087208108







――タブーはないが、モラルはある。――
『古事記』『源氏物語』から、春画、あぶな絵まで。
丸出しの肉体表現から浮かび上がるもの。

 「目が合う」ということと「セックスをする」ということの間に大きな一線がなかった古代。「優雅な恋物語の世界」と思われがちな平安時代ですら、文学や絵巻物からは、強烈な「人間生理」とともに世界を認識していた日本人の姿が浮かび上がる。
 歌舞伎や浄瑠璃の洗練されたエロチック表現や、喜多川歌麿の錦絵に見られる独特な肉体観など、世界に類を見ない、性をめぐる日本の高度な文化はいかに生まれたのか? 西洋的なタブーとは異なる、国民の間で自然発生的に理解されていた「モラル」から紐解く、驚天動地の日本文化論。


≪目次: ≫
タブーはないが、モラルはある
Introduction――現代の日本に性表現のタブーはあるのか?
 「性表現の自由」をうっかり語ると笑っちゃう/「性表現の規制」の中の自己規制/エロスの経済事情/成人映画と一般映画の違い/思春期的な問題/「芸術か、猥褻か」という下らない論争/逆にその方が煩わしい/「猥褻でなぜ悪い!」という問題ではない

カラー挿絵
 東海道五十三次 「大磯駅」 (江戸後期 渓斎英泉作 東京国立博物館蔵)
 「鮑取り」 (江戸中期 喜多川歌麿作 東京国立博物館蔵)
 伴大納言絵巻 (平安末期 常盤光長作? 出光美術館蔵)
 小柴垣草子 (平安末期 作者不詳 東京国立美術館蔵)
 餓鬼草子 (平安後期〜鎌倉前期 作者不詳 東京国立美術館蔵)
 稚児草子 (鎌倉前期 作者不詳 大英博物館蔵)

第一章 それは「生理的なこと」だからしょうがない
 世界は具体的にはじまる/「子供を作る行為」の始まり/「まぐわいしない?」とナンパする/アメノウズメの見せるもの/それをいやがる和泉式部/清少納言の場合/女であることの証明/日本のオッパイ文化/オッパイを描く歌麿の謎/英泉の描く腋毛のある女/晴と褻/自分の身体で世界を把握する/ウンコだらけの平安京

第二章 「FUCK」という語のない文化
 性的タブーとはどんなことか/神様は「まだ早い」と言う/古代日本の性的タブー/タブーはないがモラルはある/率直だが卑語はない/『万葉集』の恋の歌/逢ひ見ての後の心に比ぶれば/強姦する光源氏/強姦と和姦の間の微妙な一線/顔を見せるか見せないか/いいのか悪いのか分からない平安時代/「夜」という時間の持つ意味/「顔を見せろ」は強姦と同じ/自分の肉体を自分で把握しない/丸出しの肉体表現

第三章 男の時代
 少女マンガ的な『源氏物語』/肉体関係以外に他人と関係を結ぶ方法はない/女を介在させる同性愛/男に意味のない時代/藤原頼通の不思議/藤原頼通のストレス/かなりマッチョな少年愛/性的主導権と人事権/武士の時代/恋の至極は忍恋/『葉隠』の武士道原理主義/セックスさえもセレモニー/「遊女」とはなんだ/男の本音はまた違う/和歌の詠めない男達/女から男へ/和歌的日本語の限界/下品を志向する文学/近松門左衛門と女のフンドシ

参考文献


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 一九四八年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、小説、評論、戯曲、エッセイと幅広く文筆活動を行う。『古事記』『源氏物語』『枕草子』『平家物語』といった古典の現代語訳も多い。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。ほかに『上司は思いつきでものを言う』『その未来はどうなの?』『ひらがな日本美術史』『負けない力』ほか。



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本「出家的人生のすすめ (集英社新書0797C)」佐々木閑5

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出家的人生のすすめ (集英社新書)
○著者: 佐々木 閑
○定価: 本体720円+税
○ISBN: 978-4087207972







ほんと生きるのって、あぁなんてタイヘンなんだ、苦しい、辛い、努力は報われず、なのにどうしてアイツは(隣の芝は青く見える)、それにひきかえ、オレは、オレばっかりいつもいつもいっつも・・・
とは、いまでも、じっさい、ちょくちょく思い至る、塞ぎ込む、気が滅入る、で、ひとしきりマイナスのループを逡巡して、そうして、そうしてから、ハハハハハァ、フゥ〜〜
捨てる神あれば拾う神あり、明けない夜はない、雨の日も晴れの日も嵐や台風の時だって、いろいろいろいろいろいろ、ある、ないものではない
目先の損得勘定に、フツーに惑わされて心は揺れ動いて、カッコよくスマートでスタイリッシュに憧れて、どうよ、じっさい、地べた這いつくばって、頭さげて、踏んづけられて、蹴っとばされて、それでも、歯を食いしばって黙って耐えて、嵐の最中には、身を低くして、禍いが通り過ぎるのを、どうにかこうにかのらりくらりと遣り過すに限る、風を読んで状況判断を怠らず、無駄な体力の消耗を控えて、来るべき反撃の時をただただひたすらに待つ


「出家」は僧侶だけのものではない。
好きな道を歩み、生き方を変えるためのブッダの教え

 「出家」は僧侶の特権ではない。そして出家者の集団であるサンガは世俗社会から隔絶された存在ではない。二五〇〇年前、釈迦が本来説いた仏教によれば、出家とは世を捨てることではなく、社会からの支援を前提に同志とやりたいことを一生かけて追求することを意味した。
 そして、この出家の教えは現代の一般社会の様々な職業でも生かせる視点を内包している。南方仏教国のサンガの間で守られてきた釈迦伝来の法律集「律」を通して仏教学者がわかりやすく解説する、精神的成熟を実現するための「出家的」生き方。


≪目次: ≫
はじめに 生き方の多様性を求めて

第一章 自己鍛練で生きる苦しみを消す
 釈迦はこの世をどう見たか
 日本の仏教は「釈迦の教え」ではない
 宗教心がなくても役に立つ釈迦の仏教
 宗教観は時とともに変化する
 科学的世界観と釈迦の仏教
 生きることは苦しみそのもの
 なぜ人間だけが宗教を信じるのか
 インターネットという新たな苦悩

第二章 修行の道――働かずに好きなことだけをして生きる
 修行のノウハウを伝えるために
 釈迦は最高の組織設計者
 サンガが二五〇〇年間も続いている理由
 仏教だけが出家世界ではない
 日本の仏教にはサンガがない
 釈迦の悟り――利己主義者から慈悲の人へ
 サンガの誕生と「律」の制定
 出家を願う女性たち
 施し物だけで生きよ
 布施に値する本物の修行者
 サンガを考案した釈迦の先見性

第三章 「生きがい追求の集団」サンガを組織する
 僧侶の上下関係は完全年功序列制
 仏教には統率者がいない
 驚くべきサンガの再生能力
 サンガのメンバーになる条件
 そして比丘尼はいなくなった
 教育機関としてのサンガ
 仏教の義務教育制度
 修行に成績評価はない
 教育の目標は「人材の育成」ではない

第四章 誰でも出家的に生きることはできる
 出家的世界は無数にある
 真理の発見を目指す科学者たち
 科学者と仏教修行者の共通点
 科学者にも慈悲の道はある
 真理の追究者たちを応援する一般社会
 真の革新は役に立たない研究から始まる
 社会の中で出家的に生きる

第五章 自分の力で自分の生き方を変える
 自分は今の生活に満足しているか
 努力なしで出家的生き方はできない
 幸福の基準を転換して、違う自分になる
 普段の学習も出家の道
 真に充実した人生を求めて
 出家者をどう支えるか
 布施の意味を理解していない国、日本
 「ひきこもり」や「ニート」こそが社会の財産
 大学という価値観転換装置

第六章 出家的人生を実現するために
 出家のために必要な修練
 適切な教育環境が不可欠
 出家者の背負う社会的責任
 ありもしない事柄を「あります」と嘘をつくことは重罪
 会社にもある出家世界
 情報を開示する
 常に謙虚であれ
 自浄作用のない出家組織は滅びる
 多様性がイノベーションを起こす原動力
 出家の自覚が大切
 多様化し、活性化する社会を目指して

おわりに 自分が決めた道を真っ直ぐに歩いていく

あとがき (二〇一五年 六月  佐々木 閑)


≪著者: ≫ 佐々木 閑 (ささき しずか) 1956年福井県出身。京都大学工学部工業化学科、同文学部哲学科仏教学専攻卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。米国カリフォルニア大学バークレー校留学を経て、花園大学文学部仏教学科教授。文学博士。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。著書に『日々是修行――現代人のための仏教100話』(ちくま新書)、『科学するブッダ 犀の角たち』(角川ソフィア文庫)等。



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本「バカになったか、日本人」橋本治5

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バカになったか、日本人
○著者: 橋本治
○定価: 本体1400円+税
○ISBN: 978-4087807455




昨夜(5/30)も、東京は大きく揺れた。
京浜東北線は長く止まって(運転を見合わせて)いたようだ。

まぁ、これからも引き続き時々、揺れるんだろうなぁ・・・ そう考えておけば間違いないだろう。
もともと日本は地震大国だ。
揺れない、地震や火山の噴火が、地球のプレートやマグマの変動が起こることがない、そう考える方が無理がある。
むしろ、揺れる、自然災害は発生する、そういうものだと考えておいた方が、賢明だろう。
もちろん、ぼくだって、災害が発生したら、嫌だ、困る。じっさい、昨夜の地震は入浴中だったから、まずは大きな揺れに「呑み過ぎ」を疑って(苦笑)?!、その後すぐにバランス釜のガス栓を閉めた。裸で、無着衣で死ぬのも格好悪いと思ったが、まぁ死んでしまったら恥ずかしいもヘッタクレもないね、そもそもぼくらは裸でこの世に生まれてきた。


さて、こないだニュース(話題)になってた裁判(東京地裁)で、「枕営業は売春」・・・
まず、銀座のクラブのママが優良顧客を確保するための営業活動の一環として、「枕営業」(性交渉)をすることは公知の事実であり、その枕営業は客の求めに「商売」として応じた「売春」行為にすぎず、その売春行為の対価は顧客のお店での飲み代がそれであり、それを客の妻が不快に思ったとしても、だからすなわち「不法行為」にあたるものではない、と。
ところで、そもそもの裁判の争点は、じつは、社長の奥さんが旦那(社長)の「不倫」行為(性交渉)によって受けた精神的な苦痛に対しての損害賠償として「慰謝料400万円」を請求する訴えを起こし、他方は性交渉の「事実を否定」した。裁判は、どちらの意見をもほとんど聞くことなく進行し、その判決は、社長の奥さんの訴えを斥けるもの(棄却)であった。
裁判官の説明は、双方の争点から逸れたものであったのだが、
まぁ、好きにしなさい、勝手にやってなさい、んなこたぁ知らん(税金を使っちゃぁいかんだろう)、、、と思ったのかどうかは分からないけど、裁判官の気持ちも理解できなくないね(笑)


質問に答えない首相、議論のできないマスコミ……。それは今の私たちを映す鏡かもしれない。作家・橋本治の“鋭くてユルい”視点で、日本人が知性と思考力を取り戻すための処方箋を示す辛口時評集。


“議論の仕方”を忘れた、1億3000万人のために。

説明できない総理大臣、進まない復興と原発再稼働、増税先送りと強引な解散総選挙……
身のまわりの「なんかヘンだな」について、
なぜ私たちは、まともに議論をしなくなったのか?
縦横無尽な創作を続ける著者が示す、ちょっと辛口な処方箋

【本書で取り上げられているテーマ】
・アベノミクス効果はなぜ実感できないのか?
・原発再稼働の是非と“初めに結論ありき"な議論
・島田紳助の引退と“おバカブーム"の功罪
・新聞記事の“むずかしさ"と日本人の“理解力"の話
・集団的自衛権の意味がイマイチよくわからないワケ
・憲法改正の議論には“無関心"でいるほうがいい!?
・被災地の復興がなかなか進まない本当の理由 など


≪目次: ≫
I 大震災がやって来た時
 無用な不安はお捨てなさい
 大雑把なことなら見るだけですぐに分かる
 時間の流れについて
 人の心を勇気づけるもの

II 楽しい原発騒動記
 すべては人のすること
 福島第一原発1号機のメルトダウン
 原発ってお湯を沸かす所だったんだ
 原発よりも厄介な人間たちの問題
 「初めに結論ありき」という考え方
 あ、東大法学部だ
 日本の議論の進め方
 多分忘れる、絶対忘れる
 分からないものを読む能力

III 原発以上に厄介な問題
 大震災までの日々
 菅直人はなんであんなに嫌われるんだろう
 「戦後」は「戦後」のまま立ち消えになって行く
 日本ではそう簡単に独裁者が生まれない
 首相公選制ってなんだ?
 「その他」の人々のために
 アラブから「民主主義の成果」を思う
 杉村太蔵にみる日本の未来
 伝道者の退場
 ある資産家夫婦の事件で思うこと
 話しても分からないような立場の違い
 世界が傾いた十年

IV そして今は――
 みんなの時代
 批判の声はどこへ行ったか
 国民は政治に参加しない方がいいのだろうか
 「議論の仕方」をもう一度
 なぜ集団的自衛権は必要なんだろう
 そんな議論はしない方がいい
 超悲観論者の物思い

あとがき
初出一覧


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本「縄文人からの伝言 (集英社新書0746D)」岡村道雄5

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縄文人からの伝言 (集英社新書)
○著者: 岡村道雄
○定価: 本体720円+税
○ISBN-13: 978-4087207460




新年おめでとうございます
本年も宜しくお願い申し上げます

個人的なことだが、いつもいつも個人的なことばかりなのだけれども、
久しぶり、ずいぶん久しぶりに気ままに本を読み耽って、やっぱり本を読むっていいなぁ、けっして楽ちんなことではない(メンドくさい)けど、かんがえごとして、酒呑んで・・・
あいかわらず、こうしてパソコンに向かうと、書きたい、書こうと思っていたことのほとんどが、す〜っとどこかに消え入ってしまって(苦笑)
あぁやっぱり書けない。あれもこれもまとまりがつかない

昨年すえに盲腸の手術して入院して、生まれてはじめの経験で、病室でよく寝た。草臥れていたんだと思う。で、つづけて、大腸内視鏡検査、前日から下剤を飲んで飲んで飲みつづけて、ケツの穴からカメラつっこまれて、なんともなかったからまぁよかったものの、体調や気分はまだすぐれないまんま、ますますブッ壊れてきてるって感じ、いや、開放と言っておこう、まだまだ解き放たれ方が足りてないかも
昨年のことを振り返ると、とりとめもなくって、なんだったんだろう、わけがわからない、じっさい

で、今年、まもなく大学の卒業研究の口頭試問がある。昨年秋、「人倫的組織における家族」と題して、ヘーゲルと和辻哲郎で書きまとめて放送大学に提出した。いよいよ卒業、5年を要した。大変だった、楽なことではなかった、周りに恵まれて多くの人びとに助けられた、いい思い出、貴重な経験。
そしてなんと、娘はこの春に大学生になる。離れて暮らしているから詳細は分からないのだが、本人曰く「がんばった」と。めでたい。もっとも、推薦入学だから、作文と面接だけで、受験勉強して入試をくぐり抜けた受験組との学力差は歴然としてるだろうから、ついていくのが大変だろうけど、まぁその環境に取り込まれちゃったら、なんとかなるだろう、べつに100点とる必要はない、60点でも大丈夫!、とにかく卒業すること、横浜の相鉄線までの遠距離通学もタイヘンだ、そして「就活」と「婚活」ね、これがなによりもタイセツ、口を酸っぱくして言いつづけるよ
じっさい、ぼくじしんも、ね


縄文・弥生
「日本人の本当のルーツ」はどっちだ?

縄文と弥生は断絶していなかった! 我々の古代観を一変させた縄文研究の第一人者が、居住環境、流通システム、葬送の儀礼他、現代日本と縄文の連続性を全く独自の切り口から考察。
著者は、通説に真っ向から抗い、弥生ではなく縄文に日本人のルーツを求める。今日の日本人にも通じる「自然物に根ざした食生活」や「共同体の祈りや祭り」、そして、一万年も平和が続いた奇跡の時代に我々が教えられることとは? 大胆な論考から、縄文時代に現代人が学ぶべきことを探る。


≪目次: ≫
はじめに――私が目指す縄文的な生活
1 縄文的な暮らし
2 縄文的な心、考え方

第一章 数百年から千年以上も続いた縄文集落
一 縄文人は、どんな場所を選んで住んだか?
1 最近、縄文以来の村社会が終わった?
2 集落設営のための土地選び
 乾燥した、日当たりのよい、風が避けられる平坦な場所を選ぶ/湧水、川や湖沼沿岸、内湾沿いに立地/集落内、近隣にクリ林・ウルシ林を含む里山を設営/安全な場所選び/山を望み、死して山に帰る場所を選ぶ
3 土地造成とインフラ整備
4 縄文的な村と社会の崩壊?
二 祖先が一万年以上住み続けた土屋根の竪穴建物
1 日本の住まいの原風景
2 竪穴建物とは何か
3 焼いた竪穴建物の特徴
4 なぜ竪穴建物を焼いたのか?
 不慮の失火・火災説/戦乱などによる故意の焼きうち説/焼却解体説
5 日本の風土に適した土と木の建物

第二章 海・山の幸と自然物の利用
一 縄文「里山」、「水場」と植物利用
1 解明が進む水と植物の利用
2 クリ林、ウルシ林、里山を育てた縄文人
 クリ林/縄文里山/ウルシ林
3 植物質素材を利用した道具、物作り
 木製品/ザル・カゴなどの編組製品、繊維製品/漆工芸と漆塗り製品
4 水場、水場の施設と水の利用
5 自然との共生の歴史
二 今日まで続いた縄文の海の豊かさ
1 豊かな海と貝塚集落の形成
2 生業の季節性を調べる
3 豊かな内海での魚貝とり
 縄文人の食べカスの調べ方/里浜貝塚人の生業と食生活
4 初歩的な養殖、塩の生産
5 現代にも息づく縄文の漁

第三章 定住を支えた手作り生産と物の流通
一 縄文遺跡間を動いた物
1 装身具やシンボル的な製品
2 道具や資材などの生活必需品
3 原産地に残された採掘場や加工場お、運ばれた集落
二 アスファルトの精製と運搬、利用
1 アスファルトの原産地
2 アスファルトの精製遺跡
3 アスファルトの運搬と流通
 アスファルトの分布から見た流通/アスファルトの運び方/アスファルトの利用
三 河川、湖沼、海で丸木舟が活躍
四 発達していた手作り生産と物流

第四章 縄文人の心と祈り
一 縄文女性の一生
1 考古学による女性史研究
2 縄文女性の誕生から死亡まで
 受胎、出産・誕生、授乳/成長、性徴、成人/お産と育児、乳幼児の死/装身した女性シャーマン/一日の暮らしと役割/疾病、死因と寿命
二 女の願い、祈りの土偶
1 縄文文化を代表する祈りの道具
2 何のために誰が作り、どう使ったか
3 土偶に見られる考古学的事実・特徴
 大きさと使われ方/乳房、妊娠などの女性表現/仮面、装身具をつけたシャーマン/姿勢、ポーズ/赤色顔料を塗る
4 破損、修復、打ち割りなど
5 多量に出土する集落と出土状態
6 盛行した時期と地域、土偶形式と文化圏
7 土偶のその後、オシラサマ
三 シャーマンと祭り
1 シャーマンと巫女など
2 人体文(シャーマン)の登場
四 狩猟文土器などに見られる祭り
五 重要な役割を担った縄文女性

第五章 墓・埋葬とゴミ捨て場・「送り場」
一 送りと送り場
1 循環・送りの哲学
2 「盛土遺構」と貝塚など
3 貝塚・「盛土遺構」などの「送り場」
 貝塚や「盛土遺構」での祭祀の跡/貝塚などで発見される「送り儀礼」の痕跡
二 死者を送る「葬送」
 東日本各地の埋葬法の違いと変遷/乳幼児の埋葬
三 今に伝わる送りの哲学

第六章 縄文的生活文化の終わり
一 昭和三〇年代に迎えた大変革
1 土地の開発と造成、土木工事
2 家族・共同体と住環境の変化
3 交通・物流の発達と経済の活性化
4 道具素材の変化・、機械の大型化・自動化、大量生産
5 エネルギー源の変化
6 生業と食生活の変化
7 情報機器の飛躍的発展
8 環境悪化や精神などの変化
 環境悪化/精神の荒廃/教育の変化
二 今後の方向性

おわりに――歴史に学ぶべき現代 (平成二六年五月二六日 奇しくも父の一〇年目の命日 旅する杉並の縄文人 おかむらみちお)


≪著者: ≫ 岡村道雄 (おかむら みちお) 1948年、新潟県生まれ。考古学者。三内丸山遺跡の発掘調査などに関わり、 縄文研究者として知られる。東北大学大学院史学専攻修了。宮城県東北歴史 資料館、文化庁、奈良文化財研究所などで勤務。現在は「杉並の縄文人」として、 縄文的な生活の実践に務めている。主な著書に『縄文の生活誌』(講談社学術 文庫)、『旧石器遺跡「捏造事件」』(山川出版社)など。

岡村道雄 『縄文の漆』(ものが語る歴史シリーズ20、同成社、2010年) '11/04/10
岡村道雄 『旧石器遺跡捏造事件』(山川出版社、2010年) '11/04/06
岡村道雄 『縄文の生活誌』(日本の歴史01、講談社学術文庫、2008年) '10/12/03



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本「結婚」橋本治5

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結婚
○著者: 橋本 治
○定価: 本体1500円+税
○ISBN: 978-4087715668




そう、「結婚」



――「相手」はどこにいるんだろう?――
誰もが陥りがちな「誤った結婚観」――。不安とためらい、揺れる心情を、冴えわたる筆致で描いた傑作長編小説。

28歳の倫子は結婚を意識し始めていた。卵子老化の話題も気になっている。兄が結婚し、会社の同僚の花蓮が結婚するなか、結婚に結びつかない関係しかなかった倫子はついに具体的に動くことを決意する。


≪目次: ≫

第一章 倫子と花蓮
 一 ミカン箱を抱える性
 二 結婚て、どう考えてる?
 三 後になってから分かること
 四 とうにバブルは過ぎて
 五 私達は「不幸な人達」かもしれない

第二章 故郷の人々
 一 二十八歳
 二 古屋家の人々
 三 母からの電話
 四 千葉へ行く
 五 家族のいる風景
 六 結婚て、どうなの?

第三章 身近な人々
 一 想い出にさようなら
 二 誰かに会いたい
 三 結婚に向かない人々
 四 結婚する花蓮
 五 私は底辺労働者

第四章 倫子の結婚
 一 「おめでとう」ではあるけれど
 二 人はなぜ結婚をするのだろう
 三 岩子さんの結婚
 四 結婚する女、結婚をしてない女
 五 え? 人生を考えなきゃいけないの?
 六 婚活への扉を開く
 七 婚活ではなく、就活かもしれない
 八 レタス畑へ嫁に行く


※初出 「すばる」(二〇一四年一月号〜三月号)
※参考文献 河合蘭 『卵子老化の真実』(文春新書、二〇一三年)


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年東京都生まれ。東京大学文学部国文学科卒業。1977年「桃尻娘」(小説現代新人賞佳作)で作家デビュー。1996年『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、2005年『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、2008年『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。『』『幸いは降る星のごとく』『リア家の人々』『初夏の色』他、著書多数。




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本「ローマ人に学ぶ (集英社新書0627D)」本村凌二5

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ローマ人に学ぶ (集英社新書)
ローマ人に学ぶ (集英社新書0627D)

○著者: 本村凌二
○出版: 集英社 (2012/1, 新書 208ページ)
○定価: 756円
○ISBN: 978-4087206272




紀元二世紀頃、地球上の人類の三分の一はローマ帝国の領土に生きていた。帝国の領土は、北は氷海から南は砂漠まで広がり、多様な自然環境のもとで、さまざまな人種や民族が住んでいた。この人類史上例をみない巨大な帝国を築いたローマ人とは、どのような人びとであったのか。彼らの歴史から、現代人は何を学びうるのか――。伝説上の建国(前753年)から西ローマ帝国皇帝の廃位(476年)まで、千二百年以上の長きにわたって続いた空前絶後の帝国。そこで活躍した人びとに着目しつつ、古代ローマ史の第一人者が分かりやすく論じていく。


≪目次: ≫
はじめに〜世界史のなかのローマ人

「ローマ史」略年表(前753〜476年)
地図「ローマ帝国の最大版図」

1  共和政という祖国
2  カウディウムの頸木
3  王者の集い
4  「ローマの楯」と「ローマの剣」
5  父祖の遺風
6  カエサルという経験
7  ローマ人の死生観
8  「棲みわけ」のための哲人と粋人
9  諧謔と批判の精神
10 賢帝と愚帝
11 ローマ帝国の精神的傑作
12 歴史の宿命とローマ人


おわりに
主要参考文献


※初出/「青春と読書」 2010年2月号〜2011年3月号


≪著者: ≫ 本村凌二 (もとむら りょうじ) 1947年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授(を経て、東京大学名誉教授)。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。博士(文学)。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の研究・編集活動で地中海学会賞を受賞。主な著書に『多神教と一神教』(岩波新書)、『ローマ人の愛と性』(講談社現代新書)、『興亡の世界史4 地中海世界とローマ帝国』(講談社)、『古代ポンペイの日常生活』(講談社学術文庫)、『帝国を魅せる剣闘士』(山川出版社)など。

本村凌二/中村るい 『古代地中海世界の歴史』(ちくま学芸文庫、2012年) '12/12/02
本村凌二 『多神教と一神教 古代地中海世界の宗教ドラマ』(岩波新書、2005年) '11/08/20
本村凌二/高山博 編著 『地中海世界の歴史 古代から近世 '09』(放送大学教材、共通科目;一般科目・人文系、放送大学教育振興会、2009年) '10/12/28
本村凌二 『古代ポンペイの日常生活』(講談社学術文庫、2010年) '10/11/02





……歴史とは、ある意味では、祖先の小言や説教をなにもかもひっくるめたようなものではないだろうか。そこには人類の経験が積み重なっているのだ。いわば人間の経験知の宝庫でもある。でも、それを開いてみる気になるかどうか。……  (p6、「はじめに〜世界史のなかのローマ人」)


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本「幸いは降る星のごとく」橋本治5

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幸いは降る星のごとく
幸いは降る星のごとく

○著者: 橋本 治
○出版: 集英社 (2012/9, 単行本 216ページ)
○定価: 1,470円
○ISBN: 978-4087714685
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おおむね、どうにも生き辛い世の中だなぁ、と思ってみて(子どもの頃からずっとずっといまにいたるまでいだきつづけてきた思いとして)、じゃぁ果たして、生き易い時代というものが、たとえばあったのか、かつてそんな幸福な、などとカンタンに言ってしまっていいのかどうかをともかくとして、ときどきが歴史的に時代的にあったのかどうなのかなんてことは、じっさいのところ、よく分からないのだろうけれども、まぁぼくに想像できることとしては、どんな時代にあっても、そのときどきに、個別固有なモンダイといったようなものが無いなんてことは無い、有り得ないのであろうことは想像に難くない、そもそも楽園はパラダイスはどこにもない、一見して、たとえば遠目に見るにはパラダイスのように見えるようなところがあったとしてみて、果たして近づいてじっくり内実を詳細に検証してみてカジジツにパラダイスで楽園であると判定できるようなモノコトが、どうなんだろう、もしかしたらぼくの考えは悲観的に過ぎるのかもしれないけれども(おおむねそうであろうと自覚していないものでもない)、まぁ、どこかにパラダイスは楽園は、あるのかもしれないね、といったことに、しておいた方が、いい(好ましい)、(なにはともあれ、なにはなくとも)幸福感(みたいなもの)が得られる、ようなものなのかもしれない



こういう女も普通の女。「なにも起こらない人生」を抱えた愉快な女芸人達の物語(A Tale of Onna-geinins)


≪目次: ≫
第一話 欲望という名の電気ゴタツ
 一 ツァラトゥストラはまだ語らない
 二 芸人の夜明け
 三 モンスターパレスの女
 四 お笑い探査計画
 五 愛の錯誤
 六 さまざまな試練
 七 無限の彼方(ビヨンド・ザ・インフィニティ)
 八 「化物の宮殿(モンスター パレス)」ではなくて

第二話 セックス・アンド・ザ・シティ
 一 シンデレラのための略式地図
 二 舞踏会への階段に立つ二人
 三 禿鷹(はげたか)と石子詰(いしこづ)めの女
 四 一体なにが「おもしろい」んだ?
 五 ないものはない、なにもないったら本当になにもない
 六 神と信者の間(はざま)
 七 「なんだかへんだな」と思いつつ、全能感だけはしっかりとある女達
 八 金坪真名子が「処女ではないもの」に変わる場所
 九 進化するモンスーンパレス
 十 本篇の数少ない「セックスアリ」のシーン

第三話 電気ゴタツは安楽椅子の夢を見るか
 一 そして作者はあることに気がついた
 二 中身のないシュークリーム
 三 金坪真名子の回心(かいしん)
 四 マザー・テレサへの道
 五 笛を吹く金目鯛(きんめだい)
 六 綿菓子製造機と一本の割り箸(ばし)
 七 安井貴子の帰還
 八 もう電気ゴタツに足は突っ込まない

第四話 すべての人に幸福な未来を
 一 「阿蘭陀(おらんだ)おかね」という女
 二 なに不自由のない貧しさ
 三 阿蘭陀おかねの芸風
 四 「いつか分かる日が来るわ」と言うこともなく――
 五 とみざわとみこもやって来る
 六 夢見る三十代を過ぎても
 七 そして奇跡が最後にやって来る


※初出 「小説すばる」
 第一話 欲望という名の電気ゴタツ 2010年9月号
 第二話 セックス・アンド・ザ・シティ (前編)2011年5月号 (後編)2011年9月号
 第三話 電気ゴタツは安楽椅子の夢を見るか 2012年2月号
 第四話 すべての人に幸福な未来を 2012年5月号

[装画] ジョルジュ・バルビエ 「真夜中!・・・または、流行のアパルトマン」(アートハーベスト)
[装幀] 中島かほる


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年東京都生まれ。東京大学文学部国文学科卒業。イラストレーターとして活躍後、77年『桃尻娘』で講談社小説現代新人賞佳作入選。以後、小説、評論、戯曲、エッセイ、古典の現代語訳等、幅広い活動を続ける。96年『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、05年『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、08年『双調平家物語』で毎日出版文化賞受賞。






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本「その未来はどうなの? (集英社新書0654C)」橋本治5

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その未来はどうなの? (集英社新書)
その未来はどうなの? (集英社新書0654C)

○著者: 橋本 治
○出版: 集英社 (2012/8, 新書 208ページ)
○定価: 756円
○ISBN: 978-4087206548
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どうなの?、どうなんだろう??
視界不良な、その未来、って、、、


サツマイモ、、、ぼくが駅前の八百屋さんで、一旦はパスしてスルーしておきながらその後に気になって買ったサツマイモは一山130円で、一山に6本盛ってあったから、@21.66円/本。ジッサイ、一旦パスしてスルーしたのは調理方法が分からなかったから。調理方法が分からないぼくにとっては、たしかにサツマイモは美味しそうかもしれないけれど、それでも、蒸すのはメンドウだろうなぁ、蒸すための器具も持ち合わせて無いし、そもそも何分蒸したらいいのか分からない。いや、もしかしたら、サツマイモなんてビンボくさい、と思ったのか思わなっかたのか、、、というわけで、「おイモさん、美味しいですか?、ところで、ぼくはよく分からないので教えて欲しいんですけど、おイモさん、何分蒸したらいいですか?」とは、意を決してお店のお兄さん(たぶんぼくとおなじとし)に尋ねた。他のお客さんの接客を終えたお母さん(八百屋の奥さん)も一緒になって丁寧に教えてくれた、「鍋に水をヒタヒタにして20分くらい茹でたら美味しいヨ。グツグツ強火で茹ですぎないように気を付けて20分くらい。さらに、茹でたおイモは、冷蔵庫で保存して、食べる前にオーブントースターで温めると、これがまた美味しい♪」、アリガトウ。で、ジッサイ、とっても美味しかった♪、モチロン、翌日シッカリお礼を言った、お兄さんとお母さんに、「おイモさん、と〜っても美味しかった♪♪」って、ニコニコ顔で
その後にもういちど一山6本130円で買ったときに気が付いたんだけど、じつは、まるまるふとって紫色がさらに鮮やかなサツマイモは一本150円していた。ぼくはじぶんひとりがひとりで、だれ気にすることもなく空腹を満たすべく食べるだけだから、一本20円強のおイモさんで、もしかしたら一本150円のおイモさんはもっともっとスペシャルに美味しいのかもしれないけれども、まぁじゅうぶんだろう。
何本かのおイモさんは、ちいさなミルクパンで、言われた通りに20分間茹でた。20分間は、みじかい時間ではないけれども、その後に美味しい、素敵な体験が待ち受けているのだから、そう考えるには、20分間は待ち遠しくワクワクする心躍る時間であり、ある意味では美味しい体験に向けてのアプローチとしても機能するであろう、心待ちにするに値しよう。
そう言えば、すこしまえに圧力鍋を買ったままに箱からも出さずに放置してあったことを、ふと思い出した。ひとりで調理するにはすこしおおきいかもしれない、4.5リットルのタイプの圧力鍋が、期間限定の特売で2000円(中古じゃぁなくって新品)だったから、すこし迷って、webでいろいろ調べて、amazonとかでも4000円以上の値をつけていて、しかし評判は悪くなかったから、むしろ好意的なプレビューがおおかったから、んじゃぁ買っておこうと意を決したのだった。
はじめて使った。試しに5分加熱した。美味しくできた。ヨカッタ



「理論」で世界が語れた二〇世紀はもはや遠く、今や世の中は分からないことだらけである。しかも「分からない」の仕組だけがいっそう複雑化し、もはや何が分からないか分からないという事態なのだ。
この分からなさ、視界不良はどこから来るのだろう? テレビ、出版、シャッター商店街、結婚、歴史、民主主義…等、「分からない」が山積する諸問題に「一〇〇%分からないわけではない“余り”みたいなもの」を糸口にして挑む、危険で過激な知の冒険。


≪目次: ≫
まえがき 自分の未来はどうなの?

第一章 テレビの未来はどうなの?
地デジの後はどうなるの?/テレビってなんだろう?/向こうからやって来るチャチで下らないもの/テレビは誰にも変えられない

第二章 ドラマの未来はどうなの?
指針のない世に、人はドラマを「生きる指針」とする/講談の中に「挫折」はない/「人生の指針となるドラマ」があった時代/「生きる指針」があるんだかないんだか分らない時代/再現ドラマですべてはOKなのか?

第三章 出版の未来はどうなの?
本とコンピューターは仲が悪い?/「えらい人」のいる業界/大衆化というパラドックス/斜陽化した中央集権

第四章 シャッター商店街と結婚の未来はどうなの?
「商店街」を考える/都市にあって「都会的」ではないもの/生活感のあるところとないところ/労働のある結婚生活/商店街は動けない/「町」のあり方を示す顔

第五章 男の未来と女の未来はどうなの?
小太りの女が火の点いた練炭の入った七輪コンロを持って現れると/「美人」という権利/それはどういう変わり方か?/女は変わることが出来ても、男は譲歩しか出来ない/勃興した新興国は先進国を滅ぼすことが出来ない/「思いやり」もまたむずかしい

第六章 歴史の未来はどうなの?
「大賢は歴史に学ぶ」というけれど/織田信長が天下を統一したとしても/もう歴史が役に立たない/支配者が自分の正当性を確認するためのもの

第七章 TPP後の未来はどうなの?
安政の不平等条約を思い出す/関税率が低くて得をするのは、輸出側と輸入側のどっち?/東日本大震災が起こったので/どうして日本は譲歩を続けなければいけないのか?/どうなるかではなく、どうするか

第八章 経済の未来はどうなの?
エコノミストはなんでも知っていた/世界経済が破綻した後で/どこかに大きな錯覚がある/軍備拡大競争にも似て/日本の選択肢

第九章 民主主義の未来はどうなの?
民主主義は究極の政治形態である/民主主義は独裁体制を生めるのか?/世界中が民主主義を肯定する前例のない世界/民主主義はズルをする/王様ばかりが多すぎる/王様なら王様に学ぶしかない

あとがき


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、小説、評論、戯曲、エッセイと幅広く文筆活動を展開する。『古事記』『源氏物語』『枕草子』『平家物語』といった古典の圧倒的現代語訳を著す。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。






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本「東京大学で世界文学を学ぶ」辻原登5

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東京大学で世界文学を学ぶ
東京大学で世界文学を学ぶ

○著者: 辻原 登
○出版: 集英社 (2010/11, 単行本 368ページ)
○価格: 1,680円
○ISBN: 978-4087753967
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なんだかんだと、すこし体調を崩しながら(夏バテ)、などと言ってしまうほどには不調を感じているものでもいないものでもないのだけれども、まぁゼッコーチョーではないだろう、どこかブレーキを片足を軽くのせて(養生みたいなことなんかを)意識しながら、そう、うつむいててみたり、あしもとを見つめて、空を見上げて、ときに足を歩みを止めて。すこし、ヘタクソはヘタクソなりにヘタクソであることを自覚してヘタクソであることを前提として行動計画を、どうなんだろう、練り直しを図ってみたり、いろいろな方法を具体的な行動を


現役東大生と学ぶ世界文学早わかり講義録
ユダの福音書ゴーゴリ二葉亭四迷村上春樹・・・。世界と日本の文学の歴史を振り返り、その果実を味わい尽くす。東大生と一緒に学ぶ、面白くてためになる世界文学早わかり講義録。


≪目次: ≫
はじめに
【第1講義】 我々はみなゴーゴリから、その外套の下からやってきた
【第2講義】 我々はみな二葉亭四迷から、その「あひゞき」から出てきた
【第3講義】 舌の先まで出かかった名前――耳に向かって書かれた〈声の物語〉
【第4講義】 私をどこかへ連れてって――静かに爆発する短篇小説
【第5講義】 燃えつきる小説――近代の三大長篇小説を読む1 セルバンテスドン・キホーテ
【第6講義】 燃えつきる小説――近代の三大長篇小説を読む2 フローベールボヴァリー夫人
【第7講義】 燃えつきる小説――近代の三大長篇小説を読む3 ドストエフスキー白痴
【第8講義】 物騒なフィクション――ラシュディ悪魔の詩』と冒涜するフィクション
【第9講義】 自作『枯葉の中の青い炎』は、どのようにして書かれたか
【第10講義】 ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』をどう読み、どうパスティーシュするか
あとがき (二〇一〇年九月  辻原 登)

主要参考文献
人名・署名索引


≪著者: ≫ 辻原 登 Noboru Tsujihara 1945年、和歌山県生まれ。1990年『村の名前』で芥川賞、99年『翔べ麒麟』で読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞、2005年「枯葉の中の青い炎」で川端康成文学賞、2006年『花はさくら木』で大佛次郎賞、2010年『許されざる者』で毎日芸術賞を受賞。他の著書に、『百合の心・黒髪 その他の短篇』『発熱』『約束よ』『ジャスミン』『夢からの手紙』『円朝芝居噺 夫婦幽霊』『抱擁』『闇の奥』などがある。


柴田元幸/沼野充義/野崎歓編著、若島正/小谷真理著 『文学の愉しみ '08』(放送大学教材、2008年) '10/12/05
工藤庸子/大石和欣編著、沼野充義/柴田元幸/池内紀著 『世界の名作を読む '07』(放送大学教材、2007年) '10/11/26
国際交流基金企画、柴田元幸/沼野充義/藤井省三/四方田犬彦編 『世界は村上春樹をどう読むか  A Wild Haruki Chase』(文春文庫、2009年) '10/11/14
雑誌 『考える人 2008年春号 [特集 海外の長篇小説ベスト100]』(新潮社、2008年) '08/05/05
池澤夏樹 『世界文学を読みほどく スタンダールからピンチョンまで』(新潮選書、2005年) '08/01/20

フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈3〉  Идиот, 1868.』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/11/11
フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈2〉』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/10/27
フョードル・ドストエフスキー 『白痴 〈1〉』(望月哲男訳、河出文庫、2010年) '10/10/08
セルバンテス 『ドン・キホーテ 後篇三  Miguel de Cervantes Saavedra: “Segunda parte del ingenioso caballero Don Quijote de La Mancha”, 1615.』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/09/20
セルバンテス 『ドン・キホーテ 後篇二』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/09/12
セルバンテス 『セルバンテス短編集』(牛島信明訳、ワイド版岩波文庫、2010年) '10/09/06
セルバンテス 『ドン・キホーテ 後篇一』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/09/02
セルバンテス 『ドン・キホーテ 前篇三  Miguel de Cervantes Saavedra: “El ingenioso hidalgo Don Quijote de La Mancha”, 1605.』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/08/31
セルバンテス 『ドン・キホーテ 前篇二』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/08/26
セルバンテス 『ドン・キホーテ 前篇一』(牛島信明訳、岩波文庫、2001年) '10/08/22






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本「失われた時を求めて 〈13〉 第七篇 見出された時 II [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 13 第七篇 見出された時 II (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈13〉 第七篇 見出された時 II [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Le Temps retrouvé, 1927”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2007/3, 文庫 488ページ)
○価格: 950円
○ISBN: 978-4087610321
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さて、完結♪、全13巻、ぼくにとっては昨年9月からおよそ5カ月の時を経て、、、どうなんだろう、「おわった」というよりは、そう、「はじまった」、あぁやっとはじまりをむかえるんだなぁ、とは、ボンヤリと(ウレシイ)、もちろん、分かった気はマッタクしていなくって、まぁそんなにカンタンなモノじゃないことは、はじめっから分かっていた(容易に想像できた)ことだから、たった一回だけ読んで理解できると思っちゃいない(そんな薄っぺらな軽薄な単純なモノじゃないだろうことは、複雑な構造を成していることは解説されてナルホドナルホド、分かったような分からないような)のであって、ただただ読んだことだけに満足してオシマイにする気はないことから、さぁどうしよう♪


20世紀文学の記念碑。完訳版全13巻堂々完結。
ゲルマント大公夫人のサロンで、「仮装パーティ」の会場に案内された語り手は、時間が人びとの上に押した刻印に胸を打たれる。ゲルマント大公夫人とは、もとのヴェルデュラン夫人であり、オデットは、今やゲルマント公爵の愛人に納まっている。そしてジルベルトの娘サン=ルー嬢こそ「メゼグリーズの方」と「ゲルマントの方」の完全な合体であり、時の生んだ傑作である。こうして語り手は、時の啓示に心打たれ、作品にとりかかることを決意する(第七篇 II)。


≪目次: ≫
見出された時 II  Le Temps retrouvé, 1927.

凡例
はじめに

見出された時(続)


訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 戦争とプルースト/加藤周一

あとがき (二〇〇七年二月 鈴木道彦)

引用された文学・芸術主要作品索引 巻末
登場人物索引 巻末


※本書は二〇〇一年三月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈12〉 第七篇 見出された時 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '11/01/11
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈11〉 第六篇 逃げ去る女 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '11/01/01
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈10〉 第五篇 囚われの女 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/21
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/14
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/12/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25

吉川一義 『プルーストの世界を読む』(岩波セミナーブックス、2004年) '11/01/20
プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉  スワン家のほうへ I』(吉川一義訳、岩波文庫、2010年) '11/01/14

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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失われた時を求めて 12 第七篇 見出された時 I (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈12〉 第七篇 見出された時 I [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Le Temps retrouvé, 1927”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2007/3, 文庫 568ページ)
○価格: 1,100円
○ISBN: 978-4087610314
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なんだかんだと気がつけば(とは、しらじらしくも)、いよいよ最終巻の第13巻を残すのみとなって、そう、見出された時、であり、失われた時を求めて、なのであり、圧倒的な憧れ(の意識)を意識しつつ、たんなる憧れ(の意識)だけでは、なんとも長大な壮大な物語を、物語は、、、まぁそういうことなんだろうなぁ♪

どうなんだろう、ときおり頭のなかをめぐる音楽、メロディー、フレーズ、いろいろあるんだけれども、そのひとつには、「やっぱりぼくはタイ焼きさ、すこし焦げあるタイ焼きさ、、、」、機会をえて、鉄板から(囚われの身から)飛び出して、自由の世界を海のなかを、「とっても気持ちがいいもんさ♪」、などと泳いでみたりするんだけど(お腹のアンコは重いけど)、でもでも、「やっぱりぼくは、、、」タイ焼きなんだよ、そう、タイ焼き以外のなにものでもなく、、、タイ焼きが、本来タイ焼きであるとするならば体験できないような夢のような世界を世間を社会をたまたま経験することができて機会をえて、そして思うことは(体験も経験もしないままでも思いいたることなのかどうなのか)



第一次大戦が始まり、語り手は療養生活にはいる。戦時中のパリで、ヴェルデュラン夫人はサロンを開きつづけ、ドイツ贔屓(びいき)になったシャルリュスの男色癖は嵩(こう)じて、すさまじいマゾヒズムの快楽に耽っている。戦後しばらくして、語り手はゲルマント大公夫人のパーティに赴く。ゲルマント邸の中庭にはいったとき、不揃いな敷石に足をとられてよろめいた感覚が、突如ヴェネツィアサン・マルコ寺院の敷石を思い出させて、言いようもない喜びを覚える(第七篇 I)。


≪目次: ≫
見出された時 I  Le Temps retrouvé, 1927.

凡例
はじめに

見出された時


訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 熊野でプルーストを読む/辻原 登


※本書は二〇〇〇年九月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈11〉 第六篇 逃げ去る女 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '11/01/01
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈10〉 第五篇 囚われの女 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/21
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/14
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/12/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈11〉 第六篇 逃げ去る女 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈11〉 第六篇 逃げ去る女 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: La Fugitive(Albertine disparue)”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2007/1, 文庫 648ページ)
○価格: 1,200円
○ISBN: 978-4087610307
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そんなに深く突き詰めて考えるまでもなく、すこし頭を冷やして冷静な判断力と想像力をもってしてみれば、そう、やっぱりどうしたってムリがある(実現かつ持続の可能性に比するに不可能性が勝る)。いやいや、なんとかしてみせるのが、無理難題をどうにかこうにか(こともなげに?!)遂げてしまうのが男の醍醐味、心意気、若さ?!の特権♪、だったんだろうなぁ、とは、よくもわるくも、わるいことなどなにもない、やってみなけりゃ分からない、やらずになにが分かるものか、シッパイしたっていいじゃないか、そんなにカンタンにはじめからなんでもかんでも上手にできるものでもないだろう



アルベルチーヌ失踪後の語り手の苦しみ。帰って来てほしいと願う気持と、帰らぬことを望む気持が渦巻く。やがて、彼女の死亡通知を受けとると、彼女のことが生き生きと蘇って、語り手を苦しめる。また、彼女の隠された過去も報告され、苦悩をいっそう深くする。一方、スワンはすでに死に、オデットはフォルシュヴィル伯爵と再婚し、ジルベルトはサン=ルーと結婚している。語り手はヴェネツィア訪問の後、彼らの住むタンソンヴィルに滞在する(第六篇)。


≪目次: ≫
逃げ去る女  La FugitiveAlbertine disparue) (消え去ったアルベルチーヌ)(『ソドムとゴモラ III 第二部』)

凡例
はじめに

逃げ去る女


訳注
主な情景(シーン)の索引
参考資料 ヴェネツィアのヴィルパリジ夫人とノルポワ氏
本巻の主な登場人物

エッセイ 下手くそな絵描きでありつづけたい/堀江敏幸


※本書は二〇〇〇年三月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈10〉 第五篇 囚われの女 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/21
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/14
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/12/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈10〉 第五篇 囚われの女 II [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 10 第五篇 囚われの女 II (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈10〉 第五篇 囚われの女 II [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: La Prisonnière, 1923”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2007/1, 文庫 472ページ)
○価格: 950円
○ISBN: 978-4087610291
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さて、本巻のカバー画は「アルベルチーヌとアンドレ」(キース・ヴァン・ドンゲン、1947年版『失われた時を求めて』挿絵より)、囚われの女、のII、なのであり、ソドムとゴモラ、のIII、なのでもあり、アルベルチーヌ、アルベルチーヌ、あぁ、アルベルチーヌ

かぜひきまして。ユックリ養生してます、ハイ。午後は自室の布団の中でオトナシクも暖を惰眠を貪り。なによりも、まずは、ジョウブなカラダにぼくを生んでくれた親に、急な高熱や突発的にヒドイ症状に陥ることがないような遺伝子?!をぼくに受け継いでくれた父と母に感謝をささげつつ、もっともこの点「ジョウブなカラダ」については、そうシンプルにストレートに語ってしまえるようなモノでもないような気がしていて、後に語るとするならば〈他人の痛みが分からない〉であり、また一方では〈ガンバリが足りない、ガマンの限界レヴェルが耐性が低い、ジブンに甘い〉などと、、、で、節々の痛みを全身に感じながら、咳とくしゃみと鼻水に悩まされながら。午前中には面接授業と称される、放送大学の講義の受講予定が2コマあって、貧乏性のぼくは受講料(全8コマ 金5,500円也)を先払いしていることもあるし、単位が貰えなくなっちゃったら(出席率を厳しく問うとの事前説明あり)、モッタイナイなぁと思った、そう思った、だから出席しないという選択肢はなかった。さらには、午後か夕方か夜には、もしかしたら仕事が、契約(不動産売買契約)立会いが、宅地建物取引主任者としてのぼくが生活の糧を得るべく従事している不動産会社における、ぼくに与えられた唯一無二?!のオシゴト、重要事項の説明、そのために物件調査をして契約書類を作成して契約に立会う、予定が、面接授業を終えた後に急きょ対応しないといけない可能性が示唆されていた。で、すでに何日も前から体調が優れないなぁとなんとなく感じていて、しかし一向に改善される傾向を見せることなく、むしろ悪化する気配ばかりが色濃くて、それでも、高熱が出て身動き不可能なほどにはヒドクはない、すこしボ〜っとすることから、なにごとにも余計に時間がかかるものの、それさえみずから把握して自覚していれば、なんとか周りに(ぼくに与えられる仕事の関係者には)迷惑をかけないレヴェルで対応できるだろう。ということで、朝、いつもより少し早めに時間に余裕をもって自室を出て電車に乗って、マスクして、周囲に迷惑をかけちゃいけない。もしかしたら、がんばればなんとかなったかもしれない、たぶん、これまでだったら、無理をしてでも耐えて耐え忍んででも(周囲に菌を撒き散らして迷惑をかけてでも)、早退することなど、じつは過去にはほとんど経験がない、記憶がない、のだが、講義の1コマ目を終えたところで「体調が悪いので帰ります」と白旗をあげた、ギブアップ。むしろ、契約を、生活の糧を得るためのオシゴトは、なんとしてでも遂げないわけにはいかない、それを欠いてはオハナシにならない、とばかりに苦渋の選択(ただただ甘い?!)、その足で会社に向かう(同路線2駅先)、電話で済ませる方法も、オシゴト(契約)の状況を確認して状況(体調不良)を報告する選択も考慮しなかったわけではないのだが、重いカラダをユックリ運ぶ、足を向ける。案の定?!、残念ながら!?、契約立会いの予定は今日の今日のところはないようだ、社長から「具合悪そうだから、早く帰るように」との指示を得た、もちろん?!ぼくのコメントは「気合いが足りなくてスミマセン」。ところで、ぶっちゃけぼくには「体調不良」などといった概念を、どちらかというまでもなく持ちえないのだが、そう、「気合いが足りない」であり「自己管理がなってない」で一蹴、チ〜ン。そもそも「体調を崩すほどに大した仕事しているのか?」を問わずにはいられない、間違いなくぼくは、みずからに問うには(問うまでもなく)大した仕事などしていない、もっとも、仕事ばかりしているわけでもない(プライベートが、家族や趣味や地域の仲間との関係だってイッパンテキにある)のだし、直接的に目に見えて判定される成果や働きばかりに拘泥するのも、どうなんだろう?!、もちろん、成果をあげることは大前提(成果をあげられないとなると別の問題、適性とかが問われよう)としても



語り手はシャルリュスの主宰するヴェルデュラン邸での夜会に赴く。この夜会でヴェルデュラン家の人びとは、シャルリュスとモレルを引き離すための陰謀を企み、シャルリュスは追われるようにヴェルデュラン家を去ってゆく。語り手とアルベルチーヌの、嫉妬と倦怠の交錯する生活。語り手は、アルベルチーヌと別れて憧れのヴェネツィアに行きたいという気持を強めるが、そんなある日、突然、アルベルチーヌは失踪する(第五篇II)。


≪目次: ≫
囚われの女 II  La Prisonnière, 1923. (『ソドムとゴモラ III 第一部』)

凡例
はじめに

囚われの女(続)


訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 魂の越境/姜尚中(カン サンジュン)


※本書は一九九九年九月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2007年) '10/12/14
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/12/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 9 第五篇 囚われの女 I (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈9〉 第五篇 囚われの女 I [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: La Prisonnière, 1923”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2007/1, 文庫 480ページ)
○価格: 950円
○ISBN: 978-4087610284
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そう、1922年11月18日に51歳で他界したプルーストの、死後に刊行された、いわゆる未完の第五篇以降。書き残され、遺されたテクスト(物語)は、大判ノートに20冊、1922年の春には20冊目の最後のページを書き終えて「完」の文字を記して全体の一応の完成をみたとも



語り手はアルベルチーヌをパリに伴って行き、二人の同棲生活が始まる。しかしアルベルチーヌを他の女から引き離してしまうと嫉妬は鎮められ、あとには倦怠しか残らない。アルベルチーヌは真実を語らず、語り手は彼女の行状に疑惑の目を注いで、ありとあらゆる可能性を想像してはひとり苦しむ。そんななかで、語り手はヴェルデュラン夫人のパーティに出かけようとして、ごろつきのような若者を従えてやってくるシャルリュス男爵に出会う(第五篇I)。


≪目次: ≫
囚われの女 I  La Prisonnière, 1923. (『ソドムとゴモラ III 第一部』)

凡例
はじめに

囚われの女


訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ イリエとコンブレーと『失われた時を求めて』/加賀乙彦


※本書は一九九九年五月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/12/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
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失われた時を求めて 8 第四篇 ソドムとゴモラ II (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈8〉 第四篇 ソドムとゴモラ II [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Sodome et Gomorrhe, 1922-23”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/10, 文庫 696ページ)
○価格: 1,250円
○ISBN: 978-4087610277
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カバー画は、キース・ヴァン・ドンケン「化粧するアルベルチーヌ」(1947年版『失われた時を求めて』挿絵より)。バスルームと思しき明るい空間で、大きな鏡のある化粧台に向かう全裸の女性の後ろ姿、鏡に映る顔と上半身。不自然なほどの細身、ひょろなが〜い腕。
どうなんだろう?!、華麗な衣装を身にまとい、社交にいそしむ貴婦人。華麗に装うのは、ある意味では相手にたいする配慮であったり敬意を示して、そこで相手にたいして示される敬意や配慮みたいなモノは、そのうちの割合の如何を問わずして、トウゼンに相手に要求する(相手から提供されるべき)敬意や配慮の提供であり、すくなくとも(本意であるか否かをを問わずして)演じられる敬意や配慮の相互の交換をも前提として、いるのかどうなのか、互いを持ちあげて(すくなくとも表現上は表面上はマチガッテも貶めることなく)、アタリマエのように素のまま自然に(装い演じることなく)本意を示して表意しちゃぁイケナイ、装い演じることを求められて、装い演じなければならない(装わず演じないことはゆるされない)、まぁそれを窮屈と思うのか、プレイヤーとして舞台の上でスポットライトを浴びるために必要不可欠のコトと考えるのか、たしかに舞台から降りてスポットライトを浴びないのは(最初からそうであるならともかく、いちどでもその快感を経験し得たなら、その地位にポジションの可能性があるならば)



ヴェルデュラン夫人が、連日のように晩餐会を開いている(第四篇II 第二章・続)。語り手は運転手つきの自動車をやとって、アルベルチーヌとバルベック効外を散策する。一方、シャルリュスは、ヴァイオリニストのモレルに会うために、ヴェルデュラン夫妻のサロンの常連になっている(第四篇II 第三章)。アルベルチーヌの同性愛への疑惑と嫉妬。彼女を隔離しなければならない。語り手は母親に、アルベルチーヌとの結婚を告げる(第四篇II 第四章)。


≪目次: ≫
ソドムとゴモラ II  Sodome et Gomorrhe, 1922-23.

凡例
はじめに

II
第二章(続)
第三章   シャルリュス氏の悲哀――彼の偽りの決闘――「大西洋航路」の各駅――アルベルチーヌに飽きた私は、彼女と別れたいと思う。
第四章   アルベルチーヌへの急旋回――夜明けの悲嘆――私はただちにアルベルチーヌとともにパリに発つ。

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ ヴィスコンティを通ってプルーストへ/菅野昭正


※本書は1999年1月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/24
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 7 第四篇 ソドムとゴモラ I (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈7〉 第四篇 ソドムとゴモラ I [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Sodome et Gomorrhe, 1922-23”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/10, 文庫 616ページ)
○価格: 1,200円
○ISBN: 978-4087610260
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ときどきフッと、中学二年生(だからたしか14歳でいいハズだ!?)の別に暮らすぼくの娘のことを考えないものでもない。ことし六月のはじめのころに会おうとして、いろいろあって(そう、いろいろあったなぁ、ホントいろいろあるものなのだよ)会えなくって、それ以降はますます連絡が疎遠になっていて、それ以前がいつに会ったのか、たぶん三月ころなんじゃないのかなぁとは思うのだけど(春休みに美術館に行って弟の店で夕飯を食べて以来かなぁ)、そう考えるには八カ月近く会っていない顔を姿を見て目にしていない、ということのようだ。いまさらながらに、この期におよんで?!、父親ヅラするのもなんだかオカシイ、対話もないのだから父親らしいことのなにができようか?!(じつはそもそも父親らしいってなんなんだろうとの疑義がないわけではないのだがそれはさておき)、などと明白に意識しないものでもない。だから、なにを話していいものやら、なにを考えて(興味や関心があって、ときに悩んでいたりして)いることやら、マッタク見当もつかない、想像できない分からない、などと考えながら、ボンヤリと。
おもむろに、中学生のころのぼくは、それが二年生のころだったのかどうか記憶が定かではないのだが、卒業するまでつづいたんじゃないかなぁ、はげしくいじめられていた、んだけど、誰にもそのことを、もちろん両親にも先生にも、そもそもぼくにはトモダチが、いわゆる親友なんて言ったような存在がいなかったことから(それはいまでも変わらない)、誰かにうちあけたり相談することはマッタクなかった、ひとりで考え悩んで、どうにかこうにかやりすごして。よく覚えていないんだけど、ってことは、そんなレヴェル(大したことではないコト)でしかないなんだろうけれども(いまとなっては、なのか、そのときもそうだったのか、よく分からない)、そのときの多数派勢力に、いわゆる不良グループに標的(ターゲット)にされて、もともとぼくは、どちらかと言えば、などとは言うまでもなく目立たない存在ではなかった(まぁ明らかに目立つ存在だった)から、存在を存在感を消すことに苦心した、いろんなモノ(上履きとか衣類や文具など?!)が、故意に隠されたり、とんでもないところに放置されたり、、、ん〜、でも、思い起こしてみるには、具体的になにをどうイジワルされたのか、どんないじめを受けたのか、その詳細をどうにも思い出せないなぁ、なんとなく、辛く苦しかったような印象だけが残っているのだけど、じゃぁ果たしてなにがどうして辛く苦しかったのかと考えてみるには、そう、誰にも話すことができなくて、それはまた、周囲にたいしてフツーを、なんにも変りなく、なにも変わったことなどないかのようにふるまって演じて、でももちろんなんにもないわけじゃない、だからといって、なにがどうしたと言いえるものでも抵抗するでも対抗するでも主張するでもなく、そう、ある意味では、ハッキリと分かっていたことのひとつとしていまでも明確に覚えているのが、ぼくが小学校のときに先頭に立って意地悪くバカにして、結果的に周りも同調したのかどうなのか(までは覚えていないが)、きっと彼はぼくにたいする恨みというのか少なからぬ憎悪の感情を抱いていたんだろうなぁと容易に想像できた相手が、中学生になって、いわゆる不良グループにコネクションをもつようになって、なにがキッカケか、まぁぼくの性格は褒められたものではない(底意地悪く歪んでいる!?)ことから、それでいて存在的には目立たない方ではなかったことから、標的になる可能性は低いものではなかったのであろう、とは。で、いじめられちゃっていることを、みずから認めちゃうのも悔しかったし(なんだかよく分からないプライドみたいなものがそれを、ぼくが他人からいじめられている、などという忌々しき事態を、みずから認めることを許さなかった?!)、そもそも、その原因のひとつには過去のぼくの悪行に起因するものであることなんかを考えるには、他人に助けを求めるのもオカシナ話でスジチガイで都合がよすぎるだろう(自業自得!?)とはモチロン考えないわけにはいかない、もっとも彼(それ以前にぼくに意地悪されて、それゆえにのちに機会を得てぼくに意地悪を仕向けた彼)はそんなことを、ぼくからいじめられたからいじめ返しているんだよぅ、などと他人に言うことはきっとないのだろうけれど、、、


シャルリュス男爵と仕立屋ジュピヤンの出会いをきっかけに、同性愛(ソドムの世界)の主題がくっきりと姿をあらわす(第四篇I)。ゲルマント大公夫妻のサロンでの、ソドムの男たちの描写とドレーフュス事件の影。章末の一節「心の間歇(かんけつ)」では、祖母を巡る過去が突然に蘇る(第四篇II 第一章)。アンベルチーヌとの交際の深まり、そして彼女と女友だちの関係への疑惑。ここから、ゴモラすなわちレズビアンの世界が、徐々に始まってゆく(第四篇II 第二章)。


≪目次: ≫
ソドムとゴモラ I  Sodome et Gomorrhe, 1922-23.

凡例
はじめに

I
II
第一章   社交界のシャルリュス氏――ひとりの医者――ヴォーグーベール夫人の特徴ある顔――アルパジョン夫人、ユベール・ロベールの噴水と陽気なウラジーミル大公爵――アモンクール夫人、シトリー夫人、サン=トゥーヴェルト夫人など――スワンとゲルマント大公のあいだに交わされた不思議な会話――電話でのアルベルチーヌ――最後となる私の二度目のバルベック滞在までのいくつかの訪問――バルベック到着――アルベルチーヌに対する嫉妬――心の間歇。
 心の間歇
第二章   アルベルチーヌの秘密――彼女が鏡のなかに見ている少女たち――未知の婦人――エレベーターボーイ――カンブルメール夫人――ニシム・ベルナール氏の快楽――モレルの奇妙な性格の最初のスケッチ――シャルリュス氏、ヴェルデュラン氏の晩餐に出る。

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 過激にして明晰/三木 卓


※本書は1998年9月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/16
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ II [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ I [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 6 第三篇 ゲルマントの方 II (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈6〉 第三篇 ゲルマントの方 II [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Le côté de Guermantes, 1921-22”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/8, 文庫 712ページ)
○価格: 1,250円
○ISBN: 978-4087610253
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さて、今日もまたうつうつとルーチンワーク、前日または前々日あたりから読む本の順番をなんとなく決めて、なんとかどうにかこうにか時間の遣り繰りをつけて(まずは時間と労力を費やす以外に方途はない)、生活の糧を得るための仕事を最優先したうえで、毎日一冊の本を読み終えるべく(そのことに読了になんの意味があるのかなどと問うことなかれ、自己満足以外のなにものでもない)。なんだかんだと手当たりしだいに本を読み進めているのだが、もちろんそれなりに読む本の選定には苦心しているのだが、読めば読むほどに知れば知るほどに、ますますなんら語りえない思いばかりが募り、とにかく(どうなんだろう??!)イメージとしては、穴の開いた底の抜けたバケツ(コップほどに器として小さいものではないと思いたい!?)にジャブジャブと注ぎ込む!!?、注ぎ込む、注ぎ込む、とにもかくにも注ぎ込む、もちろん注ぎ込まれたモノが溜まることはない、しずくが壁面にへばりつくことはあったとしても。すでに若くないと自覚しているよそ(40歳)のぼくは、フツーに考えるならば意味があるのかどうなのか?!などと迷いが生じて行動をストップ(stop、停止)してもオカシクないような状況を、それなりに意識して、意識して、意味があるかどうかは分からない、もしかしたら意味があるかもしれないけれど、またもしかしたら意味などまったくないかもしれない、成果をなんら得られないかもしれない、、、などと♪、そう、20代のころ、営業職に従事していたころ、卵が先か鶏が先か的に悩んで迷って、さんざん悩んで行動停止状態(機能不全)に陥って、すっかり自信を失して営業職を辞した。20代で若いぼくは、結果であり実績が、もちろんなにもない。なにごとも、はじめから自信があったり、ましてや実績があることなどありえない。実績も経験もなにもない状況のなかで、とにかく実績を経験を積み重ねるべく、盲目的にガムシャラに(それが若さの特権なんだろう)なにも余計なことを考えずシッパイをも恐れることなく(知らぬが仏??!)遣るしか行動して突き進むしかない、実績も経験もないのだから、トウゼンに失うモノもなんにもない、のだから。そう、ある意味では、考えちゃったら、考えすぎたらダメだ、不適格。なんのことやら、祖母の死へとむかう病床の詳細な描写から、医者にたいする不信の念



発作を起こした祖母が、まるでうら若い娘のような姿で息を引きとる(第三篇II 第一章)。パリのアパルトマンに、以前とくらべて明らかに変化し成熟したアルベルチーヌが、不意に語り手を訪ねて来る。このころ、語り手は夜会でゲルマント公爵夫人と言葉を交したり、また夕食に招かれたりするようになる。こうして、パリの社交界で最も輝かしい存在に近づいた語り手に、華やかだが滑稽で醜い上流社会の人たちの生態が見えてくる(第三篇II 第二章)。


≪目次: ≫
ゲルマントの方 II  Le côté de Guermantes, 1921-22.

凡例
はじめに

II
第一章   祖母の病気――ベルゴットの病気――公爵と医者――祖母の衰弱――その死。
第二章   アルベルチーヌの訪問――サン・ルーの友人たちにとっての金持の娘との結婚の見通し――パルム大公妃を前にしたゲルマント家の才気――シャルリュス男爵への奇妙な訪問――私にはますます彼の性格が分からなくなる――公爵夫人の赤い靴。

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ わが友ブロック/四方田犬彦


※本書は1998年5月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/11/07
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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社会化不全


本「失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 1 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 5 第三篇 ゲルマントの方 I (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈5〉 第三篇 ゲルマントの方 1 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Le côté de Guermantes, 1921-22”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/8, 文庫 736ページ)
○価格: 1,300円
○ISBN: 978-4087610246
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そう、固有名詞?!としてたびたび登場するから気になった「ドレーフュス事件」、読了したら調べてみようとはボンヤリと思っていたのだが、あんのじょう巻末の「訳注」に詳しく説かれていた、さらには読了してから巻頭の「はじめに」をなにげなく読み直していたら、じつは「はじめに」にも詳しく説かれていたことに気がついた。しかし、全736ページはヘヴィーだ。それなりにペースをあげて読み進めないと、詳細の理解よりも、そのレヴェルがバランスが難しいのだが、もっとも必要であるならば何度でも読み込む覚悟で、たった一読で理解できるとは思っちゃいないのであって、そんなカンタンな薄っぺらな内容の作品ではないだろう、だから?!、大きく流れをつかむことを、詳細の理解よりも優先して(が正しい?!読み方であるのかどうか確信はない、なによりも読了を、まずはとにかく読了することを最優先としたい)。話の流れが展開が切れ目なく、とらえどころのないような、だらだらとさえも感じさせるような(感じてしまう)どこまでつづいていくのか、どこで場面が展開したのか



語り手の家族は、パリのゲルマント家の館の一角に引越し、「ゲルマントの方」の扉が徐々に開かれる。ラ・ベルマの演ずる『フェードル』観劇のさいに、ゲルマント公爵夫人を見かけた語り手は、プラトニックな愛情を抱くようになり、夫人に近づくため、同じ一族のサン=ルーを訪ねる。やがてヴィルパリジ夫人のサロンでゲルマント公爵夫人を見かけるが、現実の夫人には、彼女の名前を通して思い描いていた神秘的なものを見出すことができない。 (第三篇 I)。


≪目次: ≫
ゲルマントの方 1  Le côté de Guermantes, 1921-22.

凡例
はじめに

I

訳注
主な情景(シーン)の索引
系図――ゲルマント一族の人びと
本巻の主な登場人物

エッセイ ゲルマントという主題/鈴村和成


※本書は1998年1月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/22
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「天皇とアメリカ (集英社新書0532C)」吉見俊哉/テッサ・モーリス‐スズキ5

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天皇とアメリカ (集英社新書 532C)
天皇とアメリカ (集英社新書532C)

○著者: 吉見俊哉テッサ・モーリス‐スズキ
○出版: 集英社 (2010/2, 新書 252ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4087205329
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ほんとフシギだとつくづく思う、〈天皇〉であり〈アメリカ〉であり、日本?!における近代以降の。ぼくとしては、本を読みながら読み進めながら、ついつい本日の書き記しの出だしの書きはじめの文句はセリフは、、、などと画策しちゃっていたりするんだけど(などと言ってしまうほどのモノでもないのだが)、「天皇とアメリカと」などと幾つもあるテーマのうちの、より上位のふたつをあげるとするならば、といったようなニュアンスで捉えて考えていたんだけど、どうやらあくまでも「天皇とアメリカ」なのであり、そのふたつの限定されたふたつだけのandに導かれる関係、テーマとしての



日本の近現代史を振り返ったとき、天皇は、伝統、宗教、土着、愛国心などを表象し、アメリカは、近代、合理主義、外来文化などの代名詞であったことがわかる。しかし、両極端であるはずのこれら二つのキーワード――「日本的なものの象徴・天皇」と「帝国・アメリカ」は、複合的に絡み合いながら日本と東アジアの二〇世紀に関与し続けてきた。時に、天皇こそ近代であり、アメリカこそ宗教であるという矛盾の中から、果たしてどのような歴史像が浮かび上がってくるのか? 二つの奇妙な力の場を拠点に、歴史的想像力の可能性を切り開く!


≪目次: ≫
プロローグ/テッサ・モーリス‐スズキ    うずもれた歴史を発掘する/昭和天皇エリザベス二世女王の責任/タブーによって枷を嵌められた議論と想像力
序章 天皇とアメリカの二〇世紀    天皇とアメリカは均等ではない/転換期――そして帝国の終焉?/さまざまな時間の枠/七〇年代前半における危機感の高揚/ネオ・ナショナリズムとアメリカへの依存/引き継がれた帝国/アメリカとの癒着による過去の忘却
第一章 近代    天皇は近代的であり、アメリカは宗教的である/なぜ近代化のなかで、天皇と神道が結びついたか/国家神道形成過程における三つの側面/国家宗教について/宗教的儀式の代用物としての博覧会/明治前半期の皇居/国家神道と明治のキリスト教信者の意外な関係/古い帝国と新しい帝国の差異/技術こそ近代/欧米から見た日本の植民地主義/占領地域から天皇はどう見られていたか/アジアにとっての神道/天皇像のアジアへの流布/「見てください」から「見ちゃいけない」へ/男性性と女性性/神社が観光名所に――豊原の都市構造/メディアによる国家シンボルの浸透/神聖ではない日の丸?/アメリカのアイコン
第二章 現代    平和天皇の復元/消えたマッカーサー/隠された真の支配者/マッカーサー二世――受け継がれた占領体制/天皇巡幸のレポート/ナショナリズムの許容/自由の女神/自由とアジア/基地の連続性/立川・砂川/代々木・表参道・六本木・赤坂・横須賀・福生/南の島の楽園のイメージ/在日米軍の不可視性/沖縄やアジアにおける戦後の天皇報道/日本は孤立して、帝国を忘れた/戦後民主主義と植民地主義の忘却/アジアへの賠償/五〇年代に大衆化した天皇のイメージ/アメリカの眼差しのなかへ/風流夢譚事件/自主規制/言論の自由/欧米でもメディアの自己検閲が厳しくなっている/親米・反米・愛国/三島由紀夫/反知性主義/敗戦によって日本は一度男性性を失った/ジェンダーバッシングとアジア嫌悪
第三章 現在    「民主主義のアメリカ」と「帝国のアメリカ」/日本のオバマは沖縄から?/「もうひとつのアメリカ」と「もうひとつの日本」/あらゆるものの空洞化/未来の民営化/天皇秩序の揺らぎと新興宗教/オウムが象徴するもの/自己語り/天皇制のブランド化/他者蔑視/皇室典範はなぜ男系主義であり続けたのか/女帝/ジェンダーバッシングと週刊誌/「天皇とアメリカ」という問題設定の限界/アメリカ依存/中南米・東アジア・中近東/共和制論議/想像力の解放/少しずつ、少しずつ……
エピローグ/吉見俊哉    兄妹の引揚げ/神々の引揚げ/越境する人々/対談を超えて
人物・用語解説

※本書では、‘the United States of America’を「アメリカ合州国」と訳した。


≪著者: ≫ 吉見俊哉 (よしみ しゅんや) 1957年生。東京大学大学院教授(情報学環)。専攻は社会学、文化研究、メディア研究。著書に『万博幻想』『親米と反米』『ポスト戦後社会』など。

≪著者: ≫ Tessa Morris-Suzuki (テッサ・モーリス‐スズキ) 1951年生。オーストラリア国立大学教授(アジア太平洋学院)。専攻は歴史学。著書に『辺境から眺める』『過去は死なない』『北朝鮮へのエクソダス』など。


吉見俊哉 『博覧会の政治学 まなざしの近代』(講談社学術文庫、2010年) '10/10/13





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本「失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 2 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 4 第二篇 花咲く乙女たちのかげに II (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈4〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 2 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: A l'ombre des jeunes filles en fleurs, 1919”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/5, 文庫 608ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-978-4087610239
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根競べ、よろしく♪、明白に好戦的であるんだけれど、体力には力で争って他人に勝てる気がしない、力と力で直接的にぶつかりあうことなく、ジリジリネチネチとハッキリと意識していながらもまるで意識していないふうを装って、根気強く粘り強く、瞬発力ではなく持続力での、負けたくない、負けてなるものか。。。
さて、全13巻の長大な物語を読み進めるには、どうなんだろう、それなりの作戦やら戦略をもって挑んだ方が、中長期的な展望をもたずしてペース配分を考えることなく読了することは、まぁ中途で挫折してもそりゃアタリマエだろうなぁとはみずからの経験から。
ぼくがおよそ月に一度のペースでみずからに課しているクロスバイクでのトレーニング約88km峠越えランで考えるには、それはたとえばマラソンとかの長距離走でもいいだろう。まずは、それなりの目標タイムであるとか所要時間とかペース配分を考えてイメージして、入念な準備運動の後にスタートする。じっさいに走ってみなければ、スタートしてから気がつくこともいろいろある、はじめての経験だったり、二度三度の経験ではなかなか分かりえない、なんだろう、なんかいつもと違う感じ。みずからの身体器官をつかってみずからの意志による主体的な行動は、いまの便利で快適な世の中において、じっさいにその機会はあまり多くない。フツーに電車やバスや自家用車に乗って、他力による動力によってまさに客体として運搬されて、その間は移動すること以外のことに注力して、たとえば読書とか携帯メールとか携帯ゲームとか音楽を聴くとか。
話を戻して、クロスバイクランをスタートすると、いろいろなことが気になる。スタートするのはゴールを目指してのこと。いちどスタートしたら、あとはただひたすらゴールすることを最終の目標として。最終の目標が決まっていて、その過程においては小さな数限りない目標のクリア(達成)の積み重ね、ときに失敗しながら失敗をリカバーして軌道修正したりして。あぁ、体が重い、足が速くまわらない、腰が膝が股関節が、、、ぶっちゃけ「走るの止めた方がいいのかなぁ?!」(ヘナチョコ)などと思うことも少なくない、「じゃぁなんで止めた方がいいと思うのか?!、その理由は原因は??!」などと考える時間は、ゴールするまでに残された時間の分だけタップリある。最終の目標をゴールと定めて、最終の目標であるゴールすることを断念することを画策する、やってることと考えていることが矛盾しちゃっていることはニチジョウテキによくあることではあるのだけれども。体が重い理由や原因が、体調不良によるもので、すぐに運動を止めるべきものであるのか?!、それとも、単なる運動不足で辛いシンドイだけなのか?!、すこし考えればすぐに分かることだ。ときどきは快調にスタートから順調にスピードが乗って乗って乗りまくることだってないわけじゃない、調子いいときに行けるところまで行っちゃうことも、あとからバテルことを承知してチャレンジすることも、ある意味では必要な経験だろう、後半でバテバテになって止めたいと思っても、じつはゴールがすでに間近であると考えたときには、仮にゴールが近くなくても自力でゴールに辿り着きたい、とっととさっさと終わらせたい、などと考えるには。なるようにしかならない。
さて、どちらかと言えば、などと言うまでもなく、ぼくにとっては単調でオモシロミに欠けると感じなくもない、でも読んでおきたい読了したい本書『失われた時を求めて』、もっとも、みずからの意志においていちどはじめたものを途中で止めるというような考えがない(考えたくない、負けたくない)、などと、本末転倒かもしれないなぁとの疑いや迷いがないわけでもない、いろいろ余計なことを考えながら読むと、アタリマエのように読書スピードは低下する。スピードが低下すると、所有時間は長大になり、そのうちには飽きを感じて(フツーにヨワイ、ツヨクナイ)、、、と考えているからなのか、意識して加速を、アップビートをアップテンポなリズムを意図してきざみながら♪



ノルマンディ海岸バルベック、そこにはじめて赴いたときの語り手の幻滅と発見。「ゲルマントの方」の人物、ヴィルパリジ侯爵夫人やサン=ルー、シャルリュス男爵などが登場してくる。また、画家エルスチールのアトリエを訪ねた語り手は、普通に人が考えている現実とはまるで違った独創的な芸術家の表現する真実に惹かれる。そして画家の紹介で、「花咲く乙女たち」と知合いになり、そのなかのアルベルチーヌに心が傾いてゆく(第二篇第二部・続)。


≪目次: ≫
花咲く乙女たちのかげに 2  A l'ombre des jeunes filles en fleurs, 1919.

凡例
はじめに

第二部 土地の名・名(続)

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 未知のガリア――夢想のほとりで/吉田加南子


※本書は1997年7月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇「スワン家のほうへ1」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2010年) '10/10/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/10/06
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて 3 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈3〉 第二篇 花咲く乙女たちのかげに 1 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: A l'ombre des jeunes filles en fleurs, 1919”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/5, 文庫 624ページ)
○価格: 1,100円
○ISBN: 978-4087610222
おすすめ度: 5.0
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まさに、巻末のエッセイで野崎歓がタイトルにかかげているとおり、あこがれ♪、ただただ「あこがれ」を原動力として、雰囲気を、ストーリーの詳細まではなかなか理解がぶっちゃけおよばないのだけれども、ときおり飛び出す展開される芸術論的な呼称は名称は、それだけでもピピッと反応を示して、ぼくがなんとなくこれまでに聞きかじって知っていると思しきキーワードが出現するたびに思わず漏れちゃう感嘆のタメイキ♪、知らないコトバには反応のしようがない、後で調べるか、そのまま読み飛ばすか、いずれにしてもあまりに知らないチンプンカンプンなコトバばかりが連続すると、知らないこと(無知)を自覚させられることは、あんまりタノシイことではないことからも、いろいろな理由をつけて(イイガカリ)、そう、読むのを止めてしまう、そんな気持ちを理解できないものでもない(ぼくはフツーに理解能力に秀でていない、フツーよりも劣る、と自覚している)。幸運なことに、と言ってしまうほどにカンタンなものでもないのだけれど、ぼくは貧乏性でモッタイナイモッタイナイが根底にあるからなのか、読みはじめた本を途中で止めるなんて、放り出しちゃって読み終えることがないなんて(選定からはじまり中途までに費やした労力をも含めて)モッタイナイ、そんなにカンタンに分かって理解できちゃうようなモノ(本)ばかり読んでいても仕方がない(拡がりが得られない)ではないか!?!、分からないから読むんだ、いまは分からないから、いまからのちには(いずれ、いつか)分かりたいから、将来に分かるようになるためには、いま分からないことを明白に自覚して!?、さて



ところで、光文社古典新訳文庫から高遠弘美訳が全14巻の予定で2010年9月から(じつは第1巻がすでに手元にある)、岩波文庫からは吉川一義訳が同じく全14巻の予定で2010年11月より刊行予定と、にわかに(なぜいま??!)、新訳ラッシュ。とりあえず読みはじめたもの(鈴木道彦訳、集英社)は最後まで読みきらないと読み終えないと、ぼくの気が済まない(あくまでも個人的な性格的な)ことから考えるには、なぁ〜んだ、繰り返し読んで、あの手この手で、手を変え品を変え、どうせいちど読んだだけでは分からない理解できないでしょ??!(苦笑)、ってことなんだろうなぁ、と妙に納得♪



語り手はシャンゼリゼ公園でジルベルトと戯れながら、快楽の目ざめを覚える。彼女の両親スワン夫妻とも近づきになるが、二人のあいだに食いちがいが生じ、交際は中断される。別れていることの苦悩と恋の相手に対する忘却の始まり。やがて語り手にとっては、ブーローニュの森でスワン夫人の散歩のお供をするのが楽しみになる(第二篇第一部)。語り手が祖母とともに、かねてから夢見ていたノルマンディ海岸バルベックに到着する(第二篇第二部冒頭)。


≪目次: ≫
花咲く乙女たちのかげに 1  A l'ombre des jeunes filles en fleurs, 1919.

凡例
まえがき

第一部 スワン夫人をめぐって
第二部 土地の名・名

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ 「あこがれ」のプルースト野崎 歓


※本書は1997年5月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/10
マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016

ジャン−ポール・サルトル 『嘔吐 〔新訳〕  Jean-Paul Sartre: “La nausée”, 1938.』(鈴木道彦訳、人文書院、2010年) '10/09/15





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本「失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて〈2〉第一篇 スワン家の方へ〈2〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈2〉 第一篇 スワン家の方へ 2 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Du côté de chez Swann, 1913”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/3, 文庫 570ページ)
○価格: 980円
○ISBN: 978-4087610215
おすすめ度: 5.0
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おもむろに、「幸福」について。
全570ページもの厚みのある本を、前夜から読みはじめて(前夜のうちに約100ページ)、通勤の往復やら、移動やら、なにやらかにやらで都合をつけて読書時間を捻出して労力(集中力)を費やして、自室最寄りの駅のホームのベンチで最後に時間調整して読了(夕飯を自炊して、ひとりで食して、ひとりで安い酒を飲みながらウツウツと書き記す)。全13巻の長大な物語の第2巻だから、まだまだ序盤(はじまったばかり)の、もっとも、その後に重要なモチーフとして欠かせない有意な要素を多く含んでいるであろうことから、注意を怠ることをしないながらも、読む(文字を追う)スピードをゆるめることなく緊張感を保ったままに、いつもにも増して読むスピードをあげる。ぶっちゃけ、どうやらぼくのなかでは、時間をかけてゆっくり丁寧に読んでも、ある程度読む速度をあげて詳細な理解を多少犠牲にしたとしても、その後の結果に大差はない(少なからぬ差はあろうが)、むしろ、じっくり時間を費やして読んだからといって理解がより深まるものでない(変わらない)ことから考えるには。さらには、全13巻の大著で難解と謳われる名著なのであって、その初読みで、どのレヴェルまでの理解がえられるのかと考えるには。で、たぶん細切れながら1時間に100ページ+αくらいの読書スピードだったであろうと想定するに、それでもおよそ5時間くらいを費やしていようか。もっとも、ぼくの自室にはテレビもラジオもないから見ることも聞くこともない、新聞も雑誌も読まない(興味も関心もない)、家族も友人も仕事仲間とも積極的な付き合いを避けて(絶って)いることから、フツーの人よりも読書に費やせる時間は多いのだが、このあたりは価値観の問題にもなろうことから、ましてやぼくの感覚などというものは(性格や人間性まで含めて)レギュラーにあらざるイレギュラーで、ズレていると自覚しちゃっていることから、トクベツに誇るようなことをする気はないのだれども、、、そう、ときに苦しくて辛くて悲しくて、なんで生きちゃっているんだろう?!とか、ぼくなんか存在しない方がいい邪魔者(余計者)なんじゃないか??!とか、考えはじめると、たまには涙がじわっとにじむことだってないわけじゃない、たびたびよくある。じゃぁ、なにがぼくをこんなにも苦しく辛く悲しくさせるのかと考えるには、あぁ考えたくもない、現実を直視したくないという抵抗と闘って、すこし考えるには、みずからになんらかのかたちではすくなからず(おおきく)起因することがらによるものなのであって、みずからの過去の積み残し、本来であれば、立ち向かって乗り越えて克服すべきことがらを、逃避して回避して適切にクリアすることなく遣り過ごしてきてしまったことが少なくない、のかも、との自覚があって、だったら仕方がないなぁ、受け容れるしかないんだろうなぁ、受け容れないわけにはいかないよなぁ、で、苦しくても辛くても悲しくても、不幸ではない、だろう。おまけに、ぼくの過去の不作為によって、ぼく自身がみずからが苦しく辛く悲しいだけならともかくとして、あろうことかぼくは、ぼく以外の、ぼく周囲に存在していた、本来ぼくが守るべき庇護してしかるべき(みずからの勝手なオモイコミなのかもしれない、分からない)、すくなからぬ他人にまで、苦しく辛く悲しい思いをいだかせてしまっているのかもしれない、そうではないかもしれない、よく分からない。よく分からないけれど、可能性は否定できない、なによりぼくとしては(勝手なオモイコミ、自己満足?!)無自覚ではいられない。あぁ、ぼくは、ぼくには、幸福になる権利なんかないだろう、どうしてぼくが(周囲の他者を差し置いて)幸福になることなどできようか。そしてまた、不幸を嘆く権利さえもないだろう、トウゼンに苦しく辛く悲しい思いをみずからうけとめて受け容れるべきだろう、、、こうしてぼくは(かなり展開にムリがあるけど)、不幸ではなくなった。不幸でも幸福でもなくなった。すくなくとも、不幸ではないのだ。そう、ささやかな読書という友!?を得て



語り手が生まれる前後に起こったスワンの恋の物語。ブルジョワ階級のヴェルデュラン夫人のサロンが舞台。スワンは、高級娼婦オデットに関心を持ち、彼女の通うこのサロンにやってくるようになる。やがて二人のあいだに好意が目ざめ、スワンはオデットを通して、恋の喜びや嫉妬を経験する(第一篇第二部)。二人は結婚し、ジルベルトという娘が生まれている。語り手はシャンゼリゼ公園の遊び仲間として彼女を知り、夢中で幼い恋をささげる(第一篇第三部)。


≪目次: ≫
スワン家の方へ 供Du côté de chez Swann, 1913.

凡例
まえがき

第二部 スワンの恋
第三部 土地の名・名

訳注
主な情景(シーン)の索引
本巻の主な登場人物

エッセイ「それぞれのプルースト工藤庸子


※本書は1997年1月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]』(鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006年) '10/09/07
鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016





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本「失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版] (集英社文庫ヘリテージシリーズ)」マルセル・プルースト、鈴木道彦 訳5

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失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
失われた時を求めて 〈1〉 第一篇 スワン家の方へ 1 [完訳版]  Marcel Proust: “À la recherche du temps perdu: Du côté de chez Swann, 1913”, 1913-1927. (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

○著者: マルセル・プルースト鈴木道彦
○出版: 集英社 (2006/3, 文庫 495ページ)
○価格: 930円
○ISBN: 978-4087610208
おすすめ度: 4.5
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ハジメマシタ、ハジマリマシタ、、、ダカラドウシタ、ソウイウコトナンデス、ナンノコトヤラ、、、無意志的記憶、プチット・マドレーヌ、、、冒頭の“長いあいだ、私は早く寝るのだった。ときには、蝋燭を消すとたちまち目がふさがり、「ああ、眠るんだな」と考える暇さえないこともあった。……”


語り手が眠りに引き込まれてゆく描写から、小説は始まる。夢現(うつつ)の状態、目ざめ、そのときに思い起こすコンブレーでの幼年時代、母が与えてくれた「おやすみ」のキス……。しかしこれらの記憶は断片的で、本当に生きた過去を返してはくれない。ところが後になって、ある冬の日に、何気なく紅茶に浸したプチット・マドレーヌを口に入れたとたん、幼年時代に味わった同じマドレーヌが思い出され、それと同時に全コンブレーの生きた姿が蘇る(第一篇第一部)。


≪目次: ≫
スワン家の方へ 機Du côté de chez Swann, 1913.

まえがき
文庫版の出版にあたって
凡例

第一部 コンブレー

訳注
主な情景(シーン)の索引

失われた時を求めて』全七篇のあらすじ
系図
登場人物100人

エッセイ「プルーストから吉田健一へ」松浦寿輝


※本書は1996年9月、集英社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ マルセル・プルースト (Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871.7.10-1922.11.18) フランスの作家。パリ近郊オートゥイユに生まれる。若い頃から社交界に出入りする一方で、文学を天職と見なして自分の書くべき主題を模索。いくつかの習作やラスキンの翻訳などを発表した後に、自伝的な小説という形で自分自身の探究を作品化する独自の方法に到達。その生涯のすべてを注ぎ込んだ大作『失われた時を求めて』により、20世紀の文学に世界的な規模で深い影響を与えた。

[訳者] 鈴木道彦 (すずき・みちひこ) 1929年生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒。一橋大学、獨協大学教授を経て、獨協大学名誉教授。1954年に渡仏。パリにて三年余りの研究生活を送るあいだに、プルーストの自筆やタイプ原稿を検討する機会を与えられる。それらにもとづいて帰国後にフランス語で発表した「プルーストの“私”」(1959年)は、語り手の無名性を最初に立証する論文となった。プルースト研究のほかに、サルトル、ニザン、ファノンなどの研究・紹介を行う。また1960年代から70年代にかけて、数年のあいだ、反戦運動、在日朝鮮人の立場を擁護する運動などに従事。著書には『プルーストを読む』、『プルースト論考』、『異郷の世界』、『サルトルの文学』、『アンガージュマンの思想』、『政治暴力と想像力』などがあり、編著には『サルトルの全体像』(共編)ほかがある。また翻訳には、プルースト関係のものとして『失われた時を求めて』全13巻、同抄訳上下、同文庫抄訳全三巻、『プルースト文芸評論』(編訳)、『ジャン・サントゥイユ』(共訳)ほかがあり、またそれ以外にニザン『陰謀』、ファノン『地に呪われたる者』(共訳)、サルトル『家の馬鹿息子』(第一・二巻、共訳)その他がある。

鈴木道彦 『プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界』(集英社新書、2002年) '10/08/25
プルースト 『消え去ったアルベルチーヌ』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '08/12/016





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本「プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界 (集英社新書0175F)」鈴木道彦5

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プルーストを読む―『失われた時を求めて』の世界 (集英社新書)
プルーストを読む 『失われた時を求めて』の世界 (集英社新書0175F)

○著者: 鈴木道彦
○出版: 集英社 (2002/12, 新書 247ページ)
○価格: 777円
○ISBN: 978-4087201758
おすすめ度: 4.5
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あぁいよいよ来たみたい、まだ分からない、いつのことだったか、なにの機会でだったか、記憶はまったく不鮮明ながら、そう、ず〜〜〜〜っと、この大作プルースト『失われた時を求めて』(鈴木道彦訳版は全13巻、集英社刊、2006年〜2007年文庫化)を読みたい触れたい感じたい、と憧れ(じつは、かつて上下二巻の抄訳版を自室最寄りの図書館で借りて、ぼくが記憶しているかぎりでは右手で足りる読了せずに返却した本のうちにカウントされている、挫折の苦い記憶)、、、なんだか目の前には比較的ページ数が多い本ばかりが数冊積んであって、もっとも、準備運動(大作の、解説本や関連するであろう周辺の本から、まずは予備知識を得てから本丸に挑むことにしているのは、理解能力に自信がないことと、やっぱり準備運動「さぁいくぞぉ!」との気分をみずから高揚させる効果もあるだろう)をはじめたら、ある意味では自動的に検索して予約ボタンがピッと押されて(便利な時代だなぁ♨、図書館の恩恵を享受)、そうそう読む(挑む!?)人はいないだろうことから在庫はある(あぁホントに在庫があるんだよなぁ、翌日には準備完了のメールが届くだろう、まだ踏みきれない)。読みはじめたばかりのセルバンテス『ドン・キホーテ』全6巻(岩波文庫、牛島信明訳)を、まずは読み終えてからにしようかなぁ、などと考えた直後に、みずから「なんの必要があって先延ばしにするのか、いま読まない理由はない、トウゼンのように併読(そう、橋本治の「双調平家物語 全16巻」と「窯変源氏物語 全14巻」の両大作はまさに併読しながら読了したばかり)だろう」、混同や混濁で理解を妨げるリスクと、一見して関連性を有しないように思われるところ(著書)に意外な連関があったりなかったり、一点集中して根を詰めて読み込んでみたところで大した理解には及ばない、がショウジキなところなのだが、、、無理をせずとも、抗うことなく、流れに、流されるままにただただわが身をゆだね♪



プルーストValentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871-1922)は20世紀西欧を代表する作家で、世界の文学に絶大な影響を与えた。フランスでは彼を読まずに文学に志す人はいないと言っていいほどで、その評価は時代とともにますます高まってきている。19世紀末から「ベル・エポック」にかけての社会を華やかに描き上げた作家であるとともに、現代文学の先駆者でもある。彼の扱った意識や夢、記憶、愛、スノビズム、ユダヤ人、同性愛、文学の意義などは、今日の問題であり続けている。本書は、大作『失われた時を求めてÀ la recherche du temps perdu, 1913-1927)』の個人全訳を完成した著者が、重要なテーマをスケッチしながら作品を紹介・解説する、贅沢な入門書。密度が濃く、大部な作品を堪能した充実感で、入門者も研究者も満足できる。


≪目次: ≫
凡例
本書と関連のあるパリ(地図)
はじめに 私はどんなふうに『失われた時を求めて』を読んできたか
第一章 プルーストの位置    現代文学における特権的地位/マルセル・プルーストの生涯/二十世紀文学の先駆者/最後の十九世紀作家/主観を通して描く
第二章 虚構の自伝    伝記への関心/一人称主人公/自伝と虚構/無意識的記憶
第三章 初めにコンブレーありき    読書する少年/「書く」という行為/二つの「方(ほう)」
第四章 憧れのゲルマント公爵夫人または想像力と知覚    教会/固有名詞と想像力/想像力と知覚
第五章 フォーブール・サン=ジェルマン    フォーブール・サン=ジェルマンとは何か/名前の時代/オペラ座/水族館のイメージ/サロン/神話の解体その一(才気)/神話の解体その二(芸術)/神話の解体その三(社交の快楽)
第六章 社交界とスノブたち    ヴェルデュラン夫人のサロン/スノビスム/ルグランダン/カンブルメール侯爵夫人/スノビスムと他者/なぜスノブを描くのか/凡庸なる人物の時代
第七章 スワンまたは世紀末のユダヤ人    シャルル・スワンのさまざまな顔/世紀末のユダヤ人/シャルル・アース/ブロックまたは下層のユダヤ人/ドレーフュス事件
第八章 シャルリュス男爵または孤高の倒錯者    タブーへの挑戦/ソドムとゴモラ/ユダヤ人と同性愛者/性愛の殉職者/シャルリュスの孤立
第九章 アルベルチーヌまたは不可能な愛    海辺の美少女たち/「所有」ということ/嘘/囚われの女/眠る彼女を見る/逃げ去る女/主観的な愛
第十章 芸術の創造と魂の交流    エルスチールと隠喩(メタフォール)/ヴァントゥイユの音楽/調子(アクサン)/魂の交流/記憶と印象/ふたたび無意識的記憶/知性の悲惨と栄光/知性と普遍性/時の発見
終章 読書について
あとがき (2002年11月15日 鈴木道彦)
年譜


≪著者: ≫ 鈴木道彦 (すずき みちひこ) 1929年、東京生まれ。東京大学文学部仏文学科卒業。一橋大学教授、独協大学教授を経て、独協大学名誉教授。『プルースト論考』(筑摩書房)、『異郷の季節』(みすず書房)など著書訳書多数。プルースト研究では国際的にも知られる。『失われた時を求めて』(全13巻、集英社)の訳業で2001年度の日本翻訳文化賞と読売文学賞を受賞。同書の抄訳上下(集英社)と三巻本抄訳(集英社文庫)も刊行されている。





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本「明日は昨日の風が吹く (ああでもなくこうでもなく インデックス版)」橋本治5

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明日は昨日の風が吹く
明日は昨日の風が吹く  (ああでもなくこうでもなく インデックス版)

○著者: 橋本治
○出版: 集英社 (2009/9, 単行本 286ページ)
○価格: 1,890円
○ISBN: 978-4087814200
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「終わり」だってカンタンなものじゃない、のかもしれない。
ナシクズシ、というのか、世の中のことはよく分からないのだが、ぼくの周囲でたびたび見みかけて目について気になっている(気になって気になって仕方がなくて、そのたびに烈しい憤りを感じちゃったりする)ことのひとつとして、いちど決定して始まったこと(その決定の仕方に問題がなくはないのであろう)が、いつのまにか反故にされて、まるでなにごともなかったかのように。持続できないことを、すこし考えれば想像できないことではないであろうことを、その決定の必要性や意義を全面的に否定するものではないけれど、もうすこし考えてから決めようよ、もう少し想像してみようよ、なにごとかを決める前にさまざまな場面を、多角的に多方面にわたる影響を。もっとも、ことこまかに考えすぎちゃうと、なにごとも決めることができずに、推進力というのか、勢いを欠くことになるデメリットというのか、マイナス効果がないわけじゃないだろうけれど、そもそも、ソンナニイソイデドコヘイク?、などと考えるぼくは(年をとってしまったのかもしれない)、いちど始めたことを、始まってしまったことを、アタリマエのように継続させて、それは時間の経過とともにその当初にいだいた違和感を薄れさせて慣れる効果を生じさせちゃう不思議もあったりして、むしろ停止すること、終わりをむかえることに、困難を生じさせたりしちゃったり。


≪目次: ≫
「終わってしまったもの」にまえがきを書いても仕方がないんじゃないか、と思いつつ  橋本 治

第一部 昨日の中の明日
一九九七
  中学生でも子供ぐらい作れる/そんなに現在は絶対か?/死ぬかもしれないのはあなたの責任です/「ターミネーター」と「バットマン」、あるいはそれと「ダイ・ハード」/ダイアナ――あるいは松田聖子の時代/貧乏な人間にとっての幸福は、「まだまだ働ける」と思うことだ/バブルの根っこ
一九九八  昭和の正体/オウム国家、その傾向と対策/逝く年、来る年/女は心で妊娠する
一九九九  恥ずかしいCM/「SMAP×SMAP」/愛情は投資である/「文民統制(シビリアン・コントロール)」ということ/それは「手抜き」じゃなくて「無知」でしょう/国際競争力に対抗するのは、「大型化」じゃなくて「小型化」でしょう/シロートに寄り添って、文化は死滅する
二〇〇〇  男の不在/近代日本の都市文化は、すべて関西から来た/家庭内暴力としてのバスジャック/「親子」とはいかなる関係か/グレーゾーン/屈託のない顔
二〇〇一  本当に結婚する必要はあるのか?/その時、きみはいくつだったか?/「党派性」とはなにか/小泉ショックの意味/なにが「問題」なのか?/テロは終わりの始まりである
二〇〇二  交渉能力のない外交官/誰が「有事」を作っているのか/夕陽が二つ沈む世界に住んでいても/「国家権力」という言葉は、かなりの度合いで死語だ/「理想の楽園」なんて話は聞いたことがない
二〇〇三  フランチャイズド国家/「どうしたらいいのか分からない」という犯行動機/イケメン政権/「日本の未来は自分の未来」か?/キャスティング・ヴォート
二〇〇四  年金問題が分からない/組織に拠る男達の孤独と迷走/勝ち負けが分からない/「顔」と言えば/禁欲的(ストイック)が好き
二〇〇五  そういう先進国性/危険な国/あれは本当に「戦争」だったのか?/たとえば女性ファッション誌について/「右でも左でもなく」という考え方
二〇〇六  ああでもなくて、こうでもなくて/抒情性/「現代」って、ホントにそんなにたいしたもんなの?/「分かんないからずるをする」を当たり前にしてしまう人達/すべてはそこから始まった/いやな世の中だな
二〇〇七  「信用する」という大問題/それでなにが言いたいのか/憲法第九条第一項/憲法第九条第二項/阿久悠が死んだので思うこと/プランBのない男
二〇〇八  世界経済はやっと日本に追いつくのかなァ、などと――/『大脱走』ショック/ものは考えようで/「貧しい老人」と「貧しくない老人」/一体この話は、中国のチベット問題四川大地震や世界的な原油高と、どう結びつくんだ?/その理解は正しいのか?

第二部 明日の中の昨日
ごはんとおカズを考える
(二〇〇八年九月号)  「ああ、そういうことだったのか――」という漁業問題/「原価」を持てない産業/米本位制と商品経済/近代工業化の前で、農業は勝てない/だからなんなんだ?
飽き来ぬと目にはさやかに総理辞す(二〇〇八年十月号)  相変わらず無意味に前置きの長い野郎だ、と思いつつ――/飽きていた……/『ハムナプトラ3』でワクワクしちゃう私の頭は――/偉大なる収穫祭/日本で最初の「等身大の首相」/「勢い」と「実力」
ついに来ちゃったリーマンショック(二〇〇八年十一月号)  それはまだリーマンが破綻する前だった/しょうがないから「三年前に書いた本のことを繰り返すのかな」とかを思いつつ――/突然こんなところにメリー・ポピンズに出て来られてもなァ、と思いつつ――/「必要なことは何度でも言う」は分かってんだけどさ/それで私は「金融のことなんかなんにも分からない」と言って、一向に恥じる気もない
こういう状況なのでついつい「膨大なこと」を考えてしまう(二〇〇八年十二月号)  結局そういうことなのか――/「金貸しから物作りへ」という単純な話でもない/二十年前の十二月に私は『'89』を書いていた/「バブルの後」に続けるのか、「バブルの前」からやり直すのか
分析しても分析しても、それは「過去」しか指し示さない(二〇〇九年一月号)  さっぱり分からない/「昭和が終わる」と思った時/「どうなるか」ではなく、「どうするか」/「物を作って儲ける」と「物を作らないで儲ける」の間にあるもの/そしてやっぱり、「どうなるんだろう?」と「どうするんだろう?」
これはきっと「前回の続き」だ(二〇〇九年二月号)  そんなの分かっていたはずなのに/「国際競争力」という名の呪縛/それは本当に「必要」か?/「持ち堪える」ということ
しょうがないので英語を読む(二〇〇九年三月号)  We, America――/greed and irresponsibility/our collective failure/Yes, he can (perhaps)/世界はもろくも巨大なゴミの山/「greed」という表現は、やっぱり少し宗教的すぎるんじゃないだろうか?
これでもうおしまい(二〇〇九年四月号)  きっと、こういう終わり方ではないはずだがな――/なぜ「チームプレイ」が私には分からないのだろうか?/「家」はなくても「組織」はあるのか?/もう、こういうことはやらないんだ

説明する人――橋本治  内田 樹(うちだ・たつる、神戸女学院大学教授)

橋本治 『最後の「ああでもなくこうでもなく」 そして、時代は続いて行く――』(マドラ出版、2008年) '09/01/19







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本「日本の女帝の物語 あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 (集英社新書0506B)」橋本治5

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日本の女帝の物語―あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 (集英社新書 506B)
日本の女帝の物語 あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 (集英社新書 0506B)

○著者: 橋本治
○出版: 集英社 (2009/8, 新書 216ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4087205060
おすすめ度: 4.5
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まさに物語として、日本の古代飛鳥時代から奈良時代)、院政の前史?!、権力者としての六人の女帝女性天皇)達。
象徴としての天皇、歴史的には君主として、世襲により古代から継承されてきた、125代。


女帝女性天皇 : 8人10代 】 ※wikipediaより
推古(すいこ)天皇  第33代:在位592年〜628年、生554年〜628年没
皇極(こうぎょく)=斉明(さいめい)天皇  第35代:在位642年〜645年、第37代:在位655年〜661年、生594年〜661年没
持統(じとう)天皇  第41代:在位686年〜697年、生645年〜703年没
元明(げんめい)天皇  第43代:在位707年〜715年、生661年〜721年没
元正(げんしょう)天皇  第44代:在位715年〜724年、生680年〜748年没
孝謙(こうけん)=称徳(しょうとく)天皇  第46代:在位749年〜758年、第48代:在位764年〜770年、生718年〜770年没
明正(めいしょう)天皇  第109代:在位1629年〜1643年(江戸時代)、生1624年〜1696年没〕
後桜町(ごさくらまち)天皇  第117代:在位1762年〜1770年(江戸時代)、生1740年〜1813年没〕


≪目次: ≫
はじめに
第一章 「女帝」とはなんなのか?
1 「女帝」とはなんなのか?
    「女帝」がたつ理由/推古天皇の即位/皇極天皇の即位/「中継ぎ」として存在する女帝達/「二度の即位」をする女帝/いたって現代的な女帝達/それで人は納得したのか?
2 「中継ぎの女帝」の背後にあるもの    「女帝」の資格/たとえば、「中小企業の社長夫人」/壬申の乱に勝った天武天皇とその妻/最強の女帝持統天皇の背景/女達も平気で戦場に行く/進んで「中継ぎの天皇」になる持統天皇/母親のメンタリティ/日本で最初の上皇は女性だった

第二章 「皇」の一字
1 もう一人の天智天皇の娘
    文武天皇が譲位をした女帝/その天皇はどの天皇の血筋か/消される「天武天皇の血筋」/「天武天皇の血筋」が消される理由/「最有力」だったかもしれない天武天皇の皇子/天智天皇の孫の声/「一人前の女性の天皇ならいいが、子供の天皇はだめ」という正論/元明天皇の「背後」にあるもの/皇太后になれなかった(?)内親王持統天皇の異母妹で持統天皇の嫁/聖武天皇よりも有力な皇位継承候補者/「女」であることに対して、どこからも文句は出ない/天皇家だけの「特別」
2 「皇」の一字    天智天皇の妻は誰?/「天皇家の娘」しか后にはなれない/「半ば伝説」の天皇達/外の一族の娘よりも、天皇家内の娘/葛城一族と天皇家の一族/側近官僚の時代/その皇統が途絶えたら――/入り婿の天皇と正嫡の皇子/どうして推古天皇は「厩戸皇子の子」を推さなかったのか?/「本流」という考えが生きていた時代/弟から「天皇のあり方」を学ぶ前女帝/天皇を「絶対の権力者」にした最初の天皇/「天皇だったことがある女性」の強大さ/聖武天皇の困惑

第三章 聖武天皇の娘とその母
1 聖武天皇の母と妻
    臣下の母と皇女の妻/女帝の時代のねじれ現象/奈良時代は「女帝の時代」で「女の時代」/天平の后/誇り高い聖武天皇に、長屋王が言ったこと/頑固で誇り高い聖武天皇の「特別」/元明天皇のお諭し/聖武天皇のもう一人の女性/「長屋王の変」という陰謀/「絶対者」になった聖武天皇/その後の聖武天皇
2 孝謙天皇とその母    天皇になる教育を受けた唯一の女性/「結婚」という選択肢を持たないままの女帝/時代はひそやかに「爆弾」を抱える/橘奈良麻呂という人物/藤原仲麻呂光明皇太后皇太后の時代/女帝も皇太后も悪くはないのに、陰謀ばかりはひそかに進む/藤原仲麻呂の権力掌握/廃太子事件と橘奈良麻呂の乱/女帝の時代の無残/破局の到来/たとえば「安禄山コンプレックス」というようなもの/戦う女帝の孤独/女帝の時代の「その後」は――/女帝の時代はなぜ終わったのか

おわりに


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと おさむ) 1948年、東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、小説、評論、戯曲、エッセイと幅広く文筆活動を展開する。『古事記』『源氏物語』『枕草子』『平家物語』といった古典の圧倒的な現代語訳を著している。そのほか、『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞を受賞。

橋本治 『院政の日本人 (双調平家物語ノート)』(講談社、2009年) '09/10/18
橋本治 『権力の日本人 (双調平家物語ノート)』(講談社、2006年) '09/09/12







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