モノクロのブルー

Ann Knows the Ray.Blues.改題。コンテスト参加作品でした。

インデックスをご利用くださいませ。
順番に読めます。

「あつい」

と私の声が言った。
今よりも高く澄んだ声。
懐かしい。
すっごく。

「ブルー、元気だった?」

わたしは頭ひとつ分低いところにある私の頭に言う。

「荷物、持つよ」

中学生の私が言って駅のホームをずんずん歩き出す。
わたしはその背中を追いかける。

駅の広場に出た。
噴水があって、大きな地下街に続く階段があった。

「すごーい」

すっかり変わった広島駅にわたしは興奮する。

「ミキ」

私が呼ぶ。

「ん」

駆け寄ってみると、気まずそうに顔をそらす。らしくないじゃない、ブルー。

「お父さん、死んじゃった」
「お父さん?ブルーのパパ」
「ううん、違うの」

わずかな違和感は最初から感じていた。
姿はまだしも、話し方までが女の子で・・・

ということは。
お父さんって、
この子の・・・

「私が生まれてから、お父さんはミキのことをよく話してくれたよ」

ブルーが、死んだ?

「半年前にミキからもらった手紙もなんども読み返してた」

簡単なことだった。
人間と猫ではそもそも寿命が違う。
この街を離れて五年経った。
ブルーが自分と同じように年を取って元気にしているなんて保証はないんだ。
そんなことに気付かなかった。

「お母さんもね、ちょっと前に死んじゃったんだけど、お父さんはどうしてか年を取らないみたいだったらしいの。見た目もずっと変わらず。それが私が生まれてから・・・もっと言えばね、私が『化けられるように』なってから急に老いていって」

それでついひと月前に。

ブルー。
ブルー。

記憶は色褪せない。
あの頃のことを何度も思い出して励みにして今日まで頑張ってきた。
わたしはアイドルにはとうとうなれなかったけど、今の自分には胸を張れるんだ、ねえ、ブルー。

「ミキ、悲しまないで。お父さんはずっと幸せそうだったよ」

私が穏やかな顔でわたしの頭を背伸びして撫でた。
涙。
あの頃は泣いてばっかりでブルーや太郎さんに怒られたっけ。

「うん、そうだよね。ブルーにまた怒られちゃう」

両目のふちに溜まった涙を指で拭う。
今日から新しい生活が始まる。
ここヒロシマで。
終子さんが作った芸能事務所で一緒に働かないかと誘われたんだ。
新しいわたしの夢。
泣いてちゃ、だめ。

「ミキ」

笑顔で応えようと顔を向けるとそこに私の姿はなく。

足元に居た一匹の猫が口を開いた。

「そういうわけで私、身寄りがないの。私のお姉ちゃんに、なってくれる?」

きれい、と思った。
毛並みが薄いゴールドで。

「よし!ミキ姉さんに任せなさい」
「やった!嬉しい!」

くるくる長い尻尾を回して喜ぶ姿は、さっきまでの落ち着いた印象を脱ぎ捨てた、かわいい女の子そのものだった。
妹、できちゃった。
くふふと笑う。

「行こ」

新妹といっしょに元気に歩き出す。
久しぶりにみる皆の顔が楽しみだ。

「そういえば、名前聞いてなかったね」

妹は顔を持ち上げて

「ユカ」

と誇らしげに名乗った。




End.

騒動はなんとか収まった。

音が止んで、猫ちゃん達が動かないままなのを確認した警察が通りに侵入してくると、猫たちはあっさり逃げていった。


それから色んな人に囲まれた。
最初に葉子パパママ。友達。テレビの人。警察の人。
目がぐるぐる回って、なんだか自分のことではないみたい。

ちょっと空けてくれ。
と。
人だかりを割って太郎さんが来てくれた。
まわりの皆は太郎さんの風貌をみて二三歩、間を取る。
それをちっとも気にしない様子で太郎さんが携帯電話を手渡してくれた。
話してみろ、って。
太郎さんのケイタイにもしもし、と言ったら、向こうから『もしもし』と女の子の声が帰ってきた。

「誰?」
『僕だ。ユカ』
「僕?」
『ブルーだ』
「ブルー!?今どこ?会いたいよ!!」
『近くにいる。・・・平気だったか?』

声のおかしいブルーが電話越しに聞いてきた。

「うん。見ててくれた?」
『すごかった』
「・・・ほんと?」
『よくやったな』

褒められなれていないせいか妙にくすぐったい。

『このままアイドルになれるんじゃないのか』
「ううん。これで終わり」
『どうして?』
「『由香』は今夜ちゃんと夢を叶えたの。私はもう『由香』がいなくても頑張れるってわかったから」
『ああ』
「『由香』はここで終わって、自分自身で。水野幹でもう一回やってみるつもりだよ」
『ユカ』
「今日からはミキって呼んで、ブルー。」
『そうか』
「ほらミーキ!言ってみて」
『ミキ』
「よし・・・それより!どこに居るのって聞いとるじゃん!」
『いやな、近くには』
「どこ!?」
『いつか僕が太郎に化けたあの路地だ』




聞いて、そこに居た人たちを掻き分けて走った。

ブルーの顔が、なにより見たかった。

パルコが見えて、路地を曲がったところに居たのは。

「あれ?」

見覚えのある顔がそこにある。
見覚えがあるっていっても

「私・・・?」

だった。
どう見ても。
制服姿の自分が、目の前に立っていた。




「あの、誰?」

「ブルーっす」





End??→

ことの中心である胡町通りを広島駅方面に進んだところに、大きな橋が架かっている。

胡町通りの警察による車両封鎖の影響か、道路には車ひとつなく、代わりにネコたちが車道を占拠していた。


「久しぶりだな」
「お前、何しにきやがった?」

勝ち誇ったように言うのは子分十人程とマツリカを伴ったブンタ。
それにひとり相対すウシマル。

「前の喧嘩の決着をつけにきた」
「決着ぅ?ぼろぼろになって逃げ帰ったやつがなに言ってんだ」

子分のネコたちがゆっくりとウシの周りへ移動する。
前回と同じ。
退路を絶たれる。

「あっちの手下共は呆けちまったみたいだがな。それでもおまえとおまえのボスを潰すくらいならこれで十分過ぎんだよ」

あいつはちゃんと責任を果たした。ウシは思う。
だから次は。

轟と風を切る音と共にブンタの太い前脚がウシを直撃した。
殴打によるダメージに留まらず、凶悪ないかつい爪が身体に食い込む。

「弱い弱い」

第二撃を加えようとウシの身体から爪を抉り出しそうとした。
ウシがぐぐ、と力を入れてブンタのほうへ身を寄せた。

「ああん?なんだ・・こりゃあ!抜けねえ!」

ピカの爪を自ら体内に埋め、身動きを封じてからウシはさっと爪をブンタへ突き刺す。
体勢がおかしいのと、食い込んだ爪の痛みでその威力の程は期待できない"軽い"一撃であったが、ウシが狙ったのは、はじめから一点、ブンタの眼球だった。直後激痛に暴れまわるブンタ。弾みでウシは投げ出される。

「あぁっぁあああああ!いてえええっ!!」

転げまわるブンタ。

「弱い弱い」

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騒ぎの中始まった路上ライブ。

音は聞こえたが声はここまで届かなかった。
「なにあれ?」と僕の周りにいたニンゲンが否定的な声を上げた。
「騒ぎに便乗して目立ちたいだけじゃろ」別のニンゲンが言った。

ある時、異変に気付く。

大きな音でかき消されていたネコたちの叫びが、今や一切なくなっていることに。
通りにいたネコたちは一人残さず首だけをユカのほうへ向けて固まっていた。
今のやつらの気持ちを僕はよく知っている。
未知なるものが自分の心に触れる。
身体に入ってくる。
あの不思議な感じの正体を脳が一生懸命検索している。

ユカ。

マイクを持って、服をひらひらなびかせて、その顔はきっと笑っている。
どちらかというと冷ややかな視線が多く集まっている中で、嬉しそうに、楽しそうに。
ユカはひとり、戦っていた。

・・・これが、アイドル。

アイドルは戦う人のことを言うのか、とユカの姿を見て思った。


ユカ。

きみは、すごい。

すごいな。




音が終わる。
きん、と張り詰めた音がした。
それは静けさの音だ。

一切の音が消失していた。


動いている車もいない。
歩いている通行人もいない。
居たのはユカをただ見つめて動かない、ネコとニンゲンだけだ。

歌い終えたユカは反応のない周囲をゆっくり見渡す。
タタタタタタ、とヘリのプロペラの音が遠くから聞こえてきた。
じわりじわり、と聴覚が復活し、風の音が耳を撫でた時。


手を叩く音が静寂を破った。
ぱちん、
ぱちん、と。
少し離れた歩道にいた太郎たちの拍手だった。
太郎、サジ、ノリと有象無象ども、ツイコ、モジャ、ツン、ナガイ、ユカの家族。
ヘリからの丸い光に照らされたタクシーの屋根の上で、ユカは聴いていた。

いつの間にかそこへ移動したツイコが手を振って自分の横を指差しているのに気付く。
そのツイコの横に、ぴょんぴょん跳ねながら拍手している葉子がいた。

「葉子」

妹のその顔を見た途端涙が溢れた。
お姉ちゃん!と精一杯の声で自分を呼ぶ声を聴いて、自分の中に溜まっていたなにかがこぼれだした。

手を叩いてくれたのは、ここにいたニンゲンの数からすればほんのわずかではあったけれど。

自分に向けられた歓声。

自分に釘付けにされたネコの視線。

それらすべてになんとか応えたくて。
ユカは。
腰を直角に曲げて、おじぎをした。
声を、視線を、噛み締めるように身に染み込ませるように受け止めながら。
深々と。
感謝した。



「アイドルだ」

あれが、きっと。
ユカはちゃんとアイドルになれたのだ。

僕は離れたところからその様子をすべて見ていた。

「気がひけたらいいどころじゃない」

ユカの傍でちゃんと見ることはできなかったけれど。

「ネコたちの心をごっそり、持っていかれた」

ユカはやったのだと。

アイドルをやれたのだと。

どこか誇らしい気分で、遠くにひとり立つ彼女を見ていた。

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