2016年09月27日

わざと適当になって楽になる

リタイア後から身について根付きつつある「技術」として、「適当に(ほどほど)にやる」ということがあります。在職中は全力を尽くすことをポリシーとしていて、少しでも手を抜くことを気持ち悪く感じていました。

全力を尽くすこと自体はとても良いことなんですが弊害もあって、それは時に誰かが不真面目に見えたり、無能に見えたりすることです。そして問題が起こったりすると、「おれがこんなにやっとんのに何でコイツはこの程度しかしよらんねん」ってことに、どうしてもなってしまいます。

でもいちいち腹立つのもしんどいので、やがては「自分は好きで全力でやるだけで誰かのためじゃないし、だから人に同じことは期待するまい」になります。こうして良い距離感で人と絡む事でうまく回っていました。仕事においては多少なりともこういった、ある種淡泊な姿勢が必要です(特に部下には)。


でもリタイア後は親しい人としか付き合わないため、そうも行きません。親しいが故に期待してしまったり、それでガッカリしたりもするので、冒頭の方法で自他共に多くを求めないよう修正したわけです。

事前調査なんてせず人に丸投げして全部聞いてみたり、分析をワザと7割方に甘くして手を抜いてみたり、すべきことが残っているのを放置して飲み始めたり、どれも私には抵抗があり心がザワつくことでしたが、自分が楽になるための修行と言い聞かせながらやっていたら意外と簡単に慣れてしまいました。
 
結局は単なる習慣なので、慣れさえすれば頑ななこだわりも薄れて来るものです。在職中からそのように出来ていたらとも思う反面、平気で手を抜ける職場なら退屈だっただろうなと逆に思ったりもします。

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practice_retire at 00:00|PermalinkComments(7)  ・肯定思考 

2016年09月24日

人生初、人並みの家庭人

我が家はリタイアするまで共働きでしたが、家での役割は私が投資で嫁が家事という絶対的な棲み分けが出来ていて、結婚以来10年以上経つけど家事は一切したことがありませんでした。

夫婦揃ってリタイアした後も相変わらず家事にはノータッチだったのですが、嫁が8月から職業訓練学校に通い始めたため、珍しいこともあるもので、ちょっと手伝ってみようかなという気になったんです。

リタイア後も何かと忙しいし、範疇外のことを積極的にやりたかったわけではありません。でも朝食を作って登校して帰宅してから夕食作って洗濯や掃除して勉強もするというまるで二宮金次郎みたいな嫁の横で、私だけウヒョウヒョ言いながら好き放題遊び回っていることに少し気が引けちゃったんですねw 



いや私の方も投資は滞りなくやっていますし、働かなくていいのに嫁が好きで働きたがっているだけなので負い目なんて全く無いんだけどね。なので思いやり・夫婦愛ということにしておこうかな。

手伝っているのは部屋の掃除、風呂とトイレ掃除、洗濯もの取り入れ、買い物の4点です。本当なら料理を受け持ってあげたら楽だろうとは思うのですが、料理はちゃんと腰をすえて学んで趣味としてやりたいので時間がなくて専念できない今はパスすることにしました。


思えば私に一切家事に関わる習慣がないのは、両親が古い九州人で母しか家事をしなかったからです。40年以上もそうやって生きて来た男が新たに挑戦する心境になる、やっぱりリタイアっておもしろいです。

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