2013年09月28日

会社の飲み会と主体性

ここのところ毎月ではありますが、多数の方が業務終了になるのに伴って今月も送別会が行われました。が、私はいつものように行きませんでした。これで連続会社飲み会不参加記録を15ヶ月に更新しました。


お世話になった人への感謝は忘れていないつもりですが、送別会に参加することがそれを表す事になるといったリーマン社会のエセ常識が嫌いです。送別会といっても主賓の最後の挨拶以外は普通の飲み会と何ら変わらず、仲の良いグループでそれぞれ自由に飲んでるだけですもんね。

主賓が忘れ去られた状態になっているのもまま見ますし、主賓と最後の挨拶をせず仕舞いで終わることも多いです。そんなところに参加する事が礼を尽くす事になるとも思えません。一方で、主賓が権力者ならばやたらと気を遣って持ち上げるいった、当たり前のリーマン風習がどうしても受け入れられないんです。

それに背を向ける意味でも今後も一律不参加を貫こうと思っています。主賓がお世話になった人だろうが、偉い人だろうが、それは変わりません。個人的に最後の挨拶をしに行けばそれで良いですし、特別な人の場合は別の機会に私のお金で飲みに行くだけです。


社会人たるもの、休むのも立派な仕事だと思っています。なので勤務時間以外はしっかり時間を確保して休養すべきだと思います。会社の飲み会が楽しくて行くのならそれは立派は休養なので行くべきですが、面倒くさいと感じるのであれば行くべきではありません。

但しこんな理屈はリーマン社会では通用しません。表面上は通用しても査定が下がって評価に響きます。でも私はいつでも辞められる特権を持っていますから、それを生かして自由にさせてもらっています。


行きたくねーとか文句を言いながらいつも会社の飲み会に参加している人もいます。それは会社にしがみつかざるを得ず、そのために自分の気持ちに嘘をつかざるを得ないお前の弱さだろうと思ってしまいます。業務に関してはお金をもらっている以上やりたくない事もやるのが当然ですが、飲み会は違うでしょう。

私はそのような、リーマン社会に毒された主体性のない人間だけにはなりたくないのです。

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2013年09月27日

田舎暮らし

一時期、会社を辞めて農業を志そうと考えていた話を以前書きましたが、そこには田舎暮らしに憧れていたという側面もありました。もし将来そうなれば自宅は売却せずに賃貸経営しようと目論んでおり、マンションを選ぶ際には借り手がつきそうかという条件を重視していたのを思い出します。

退職後の田舎暮らしを考える方は多いようですが、かなり大変なようです。「田舎暮らしに殺されない法」という本を読んで、私の憧れは一気に冷え込み断念する方向へシフトして行きました。


都会にしか住んだ事がないのでわかりませんが、田舎は思った以上に閉鎖的で、都会人は必ずよそものとして認識されるようです。何とか溶け込めれば良いのですが、うまく行かなければ悪い噂を立てられたり、噂の広まる速度が都会とはまるで違ったり・・・。

あと消防団とかに入るのは当たり前で、老人達と酒を飲む機会もとにかく多いようです。田舎の人が悪い人だというのでなく都会人とは根本的に性質が異なるのであって、基本は善良なため事前にその土地の人と話してみてもうまくやっていけそうと思ってしまうのが落とし穴になりやすいようです。


久しく訪れていませんが父の実家はド田舎の農村地帯で、専業ではないながらも農業をやっていました。周辺の方は皆さん親切で、子供の私にも気さくに声をかけてくれた印象がありにわかには信じがたい部分もあるのですが、実際そういうものだと言われると何となく分かるような気もします。

といった事でこの夢はとっくに捨ててしまいました。これは決して田舎暮らしを否定するものではなく、私のように近所付き合いを面倒に感じる人にとっては、気軽にできるものではないですよというだけのお話です。

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