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◎リタイア精神

2018年04月19日

花粉症と医師への疑惑w

花粉症の薬を今年から飲み始めた結果について記事に書いて欲しいとのリクエストがあったので、書いておきます。結論から言えば非常に高い効果がありました。

病院でもらった薬は目薬と点鼻薬で、どちらも朝晩1回ずつ投薬するというものだったんだけど、この点鼻薬が素晴らしく鼻がムズムズしたりくしゃみが止まらない等の症状はありませんでした。この春を通して鼻で少しでも花粉を感じたこと自体が皆無、まさしく百点満点です。

一方目の方も効果はあったけど、外出するとかゆくなる時もありました。医者によると目はあまり強い薬をオススメしないとのことで、我慢できないほどじゃないから薬は変えませんでした。


嫁も全く同じ結果でした。こんなに顕著ならもっと早く始めれば良かったです。しかも今後も毎年投薬を続けて行くと何年かで耐性ができていずれ投薬不要になって行くとのこと。

でもそんな日って本当に来るの?鼻のムズムズはもう二度とイヤだから毎年薬をもらいに行くし、実験的に投薬中止してみて耐性ができたか確認するなんて絶対しないでしょう。ってことは耐性が出来てても、それを知らないまま毎年投薬を続けることになります。

だから医者側で投薬中止の判断をしてくれるしかないんだけど、判断ミスのリスクがあり利益まで減らすような判断を本当にしてくれるんでしょうか?そこは医者の人間性に賭けるしかないなw

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2018年04月14日

はじめてのひとりたび

先日は吉野に一人で日帰り旅行に行って来たんだけど、当初は宿泊を前提として検討してたので、言わば初めての一人旅でした。一人旅こそ本当の旅なのではないかと長年思ってました。

だって自分の行きたい旅行先があって、同行者も偶然そこへ行きたいなんてケースは稀でしょう。たとえあったとしても、行きたいスポットまで完全一致するはずはありません。なのに終始行動を共にするのなら、それは互いにどこかで妥協してることだからです。


たとえ相手が嫁や彼女でも、違う人間なんだから好みも違って当然です。私は目的が不明確なまま何となくそれをやるということが大嫌いなので、自分がしたいことに相手を付き合わせたくないし相手は相手で勝手に楽しんで欲しいとの思いが強いです。

恋愛モノにありがちな「貴方にならどこへでもついて行きます」なんて、ただ鬱陶しいだけです。お互いが目的を明確に持って、それぞれにやりたいことをして有意義な時間を過ごすのがベスト。それこそが家庭円満、いやそれ以前に人生円満の秘訣だと思うんです。


昔からそう思ってたはずなのに、在職中は「何となく付き合いで」「そう決まってるかのように」人と一緒に動き過ぎてな、それが本当の自由に目覚め始めた今、痛烈に感じてることです。

上記のことは嫁とも話し合いました。夫婦で一緒に旅行するのは一緒に行くだけの理由のある旅に限定する方が、一緒に旅する価値も上がると思います。

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2018年04月07日

思いやりと変な遠慮

定期的に爺婆と麻雀してる話を「別れが怖くなる」に書きましたが、そのメンバーの80歳過ぎの最年長爺ちゃんの気遣いが変なんです。仮にAさんとしましょう。

試合会場は駅から遠くて普段はみんな自転車なんだけど、雨の日だけはBさんが車でAさん宅まで迎えに来ます。私もAさんの近所なのでついでに乗せてもらいます。でもAさんはBさんと友達のくせに妙に遠慮深く、「悪いから」と何とか迎えを断って自力で行こうとするんです。


今日なんて試合会場の最寄駅まで電車で行きそこに迎えに来てもらってました。「事前に言っても押し切って自宅まで来よるから、電車に乗ってからBに電話したったわ」とのことw

Bさんは家を出る直前にAさんからの電話を受けて目的地が急遽その駅に変更になったわけですが「駅もAさん宅も10分くらいしか変わらんから一緒やのに」って苦笑いしてました。


どう思われるでしょうか?他人に優しく出来たら誰だっていい気分になれるんだから、その機会を奪わないのもまた相手への思いやりと私は考えてて、よって私がAさんなら最大限に親切を受けて別の形で気持ちを返しますけどね。その考えをAさんに押し付ける気はないけど。

ただこの件のせいで私は雨の中チャリで行かなきゃならなくなったので、着いてから文句言ったら「アンタは若いから大丈夫や」だってさ。この野郎、若造にもちったぁ遠慮せえ!w

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2018年04月03日

自分の檻を自分で壊す

先日ふと思い立ち春のドラえもん映画を一人で見て来ました。あえて週末に行ったので親子連れの客でほぼ満員、体裁を気にする在職中の私ならまず出来なかったであろう暴挙(?)です。

チケットを買う時に自分がヒヨるのかどうか楽しみだったけど、拍子抜けするほど動じずに普通に購入できました。でも「ドラえもん大人一枚」って淡々と言う姿が後から何度も脳裏に舞い戻り、そのあまりのシュールさについニヤニヤしてしまうんだけどね。

「どーでもいい」「アホちゃうの?」そんな声が聞こえて来そうですが、私の中では大切にしてるステップなのです。知らぬ間に築いてた自分らしさの檻を一つ壊すたびに、一つ可能性が広がって何とも言えない高揚感があります。あ、この言い回し、一部ミスチルのパクりだけど。


もちろん自分の檻を壊すのだけが目的だったわけじゃないです。私は昔からドラえもんが好きで、劇場で見たのは今回が初めてですが10年くらい前までの作品は全て何らかの形で見てますから。

今回の作品も子供向け映画と言ってしまえばそれまでですが、心動かされるシーンが多くピュアな私はやっぱり何度も泣かされてしまいました。良い子の皆さんには是非こういう良い映画を見て、私のような健全愚直な実力派おっさんに育って欲しいものですw

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2018年03月31日

嫌なことせず好循環

リタイア後は自身の欲求を無視したストイック生活を意識的に止め、その顛末は実践早期豚イヤに書いた通りなんですが、その後も好きなだけ食べ続けてたら体重がとんでもないことに・・・。

BMIの適正体重を何と15年ぶりにオーバー。太っても顔や手足はあまり変わらず腹周りだけが異常に肥大する体質なので、Tシャツやトレーナーだと露骨に目立ちます。

でもそれも望むところなんです。オーバーしたら本気で痩せると最初から決めてたし、自分の腹を見るたび情けなくなって来てて、どうせならとっととオーバーしろって思ってたくらいですから。陸上競技のスタート同様、今か今かと号砲を待つ時より鳴った後の方がむしろ気はラクです。


今は食に制限がかかる悲しみよりも早々に痩せたい気持ちが優勢なので、空腹の時には腹の脂肪が血中に溶けて燃焼されて行ってる感覚になれて、むしろ空腹感が心地よいです。

無性に走りたくなって走りに行ったり、衝動的に腹筋したりもしてます。それは義務感ではなく、他人の目を気にしてでもなく、ただ純粋にこのオレ様がこんな腹という事実が納得できないだけw


だから思うんですよ、リタイア生活が自由過ぎて生活が乱れるなんて全然ありません。自由過ぎる生活を維持したいから、大切なことを疎かにしてしまうのを恐れるし、健康にも意識が向きます。多分人間ってそう出来てます。その自然な好循環が断ち切られる原因はストレスなんでしょう。

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2018年03月27日

自称成功者

リタイア生活をしてる今は日常にイヤなことが何一つありません。そんな生活だと二次的な作用もあるみたいで、在職中イヤだったことまで自主的に楽しめるようになったりします。例えば電車に乗るとか、寒い日に外出するとか、行列に並ぶとか。

義務的に克服を目指すのではなく、自分が嫌いと感じて来たことが本当はどんなものなのか単純に興味がわくからです。まあ8割方は、少しくらい知ったところでやっぱり嫌いなんだけど。

でも苦手に挑戦しようって気になれることは嬉しいですし、改めて自分を見直すことも多いです。そんな満たされた生活を「自称成功者」と呼んでます。ある意味この世で最大の成功者です。


私は世間一般で言うところの「成功者」に比べたら、地位も名声も財産も遠く及ばないでしょう。でも地位や名声がないんだから人の手本となる立派な人間でいる必要もないし、アホなことをして失望されることもなく、社会的な倫理に少しくらい反してもバッシングに晒されません。

つまり「成功者」にはない種類の自由を持ってます。こんなに素敵な環境ある?って正直思うし、それが自分にとっての理想である以上、「自称成功者」を名乗っていいのです。

ただ私の場合は地位や名声に昔から興味が無かったわけじゃなく、社会で生きる中で限界を感じて諦めてしまったというのが実情です。そんな自分がいたことも忘れず、無力に妥協した先に改めて自分なりの二次的な理想が生まれた事実も受け入れたいと思ってます。

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2018年03月24日

ジャンケンで20連勝する

ジャンケンで20連勝するなんて無理だと思いますか?でも確率としては1/1,048,576ですから、1,048,576人でジャンケントーナメントしたら必ずそういう人が1人誕生することになります。


もし初戦からずっとその人に張り付いて見てれば、何を出しても必ず勝つという神がかり的光景を目撃することになるでしょう。イカサマを疑うかも知れません。でも実際には神通力でもズルでも何でもなくて、そういう人が必ず1人いるというだけのこと。いない方が神通力かズルですw

ただ張り付く相手としてその人を偶然選ぶ確率もまた1/1,048,576で、ジャンケンで20連勝する確率と全く同じ難易度だけどね。でも1,048,576台のカメラを用意して全員を録画しておけば、「奇跡」を100%の確率で目撃できたりもします。


確率とはそういうドライなものなので私は運気や占いの類は信じていません。良い事が起きた時もそうでなかった時も、いちいち理由なんてなくて大体は偶然の産物だからです。

そして少なくとも言えるのは、どうしたら1/1,048,576の確率に当たるかなんて不毛な模索より1/95万とかに改善する戦術を確立して機械的に繰り返す方が、理にかなっているという事です。この場合で言えば、例えば統計的に最も勝ちやすいとされるパーを多用するとか。

日常でも習慣的に理にかなった選択をし続ければ、大抵のことはいずれ成就し奇跡も起こります、生起確率相応にだけど。神を信じなくても確率を妄信すれば奇跡を信じられます。しかも無料。

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2018年03月22日

ザ・インフルエンザ

週初から咳が出始めて喉が痛かったので病院に行ってみました。痛みが尋常じゃなかったことと、もう10年ほども風邪など引いてない私が普通の風邪を引くなんてちょっと考えづらいことから、何となくだけどインフルエンザを疑ったんです。

そしたら見事に的中、B型インフルでした。でもそう診断されて逆にびっくり、熱こそあるものの大してしんどくないし、関節が痛いとか下痢をするとかも全然ありません。極力安静を意識してはいますけど全然寝込んでないし、毎日散歩程度の運動は普通にしてます。

症状がまだ軽いうちに投薬開始できたのが大きかったのでしょう。珍しく早めに受診できたのは、高齢者と時々絡むため、移して死なせでもすることを危惧したおかげですな。


内科ってほぼ行くことなかったけど、診察は~12時+17時~みたいなのが主流みたいですね。病院に行こうと思い立ったのが昼過ぎくらいだったんもんだからヤキモキしました。

大病院なら一日中やってるのに、紹介状なしじゃ初診料5000円取られるので当然行けません。しかもネット上で調べる限り、どの病院が「大病院」でどの病院が違うのかが分かりにくいです。結局電話で「そちらは大病院なんですか?」なんて変な質問をするハメになる・・・w


在職中は「痛いから」を理由に結局一度も予防接種を受けなかったけど、初めての感染が退職後で本当に良かった~。冗談では済まなくなり以後毎年受けなきゃならなくなるところでした~。

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2018年03月20日

自己肯定を高める方法

最近は生き方に悩むことが減ったから心理学的な世界の話題をあまり書かなくなって来てるけど、生き方を確立する上で大変ためになったと感じてる話を書いておこうと思います。

誰の心にも幼少期に形成された「インナーチャイルド」がいて、自分の本質的な性格はそれにより決まってるそうです。ただその本質的な性格のままでは奔放過ぎて親から受け入れられないため、社会適応のための従順で賢い「アダプティッドチャイルド」も形成されます。

大人になってもこれらは消えませんが前者は通常人前では封印されてますし、最初から自分の中に存在しないかのように無視されることも多く、それが自己肯定の低さにつながるようです。


私は昔から自分の能力を絶対視して来たけど、それは能力以外の部分への自己不信の現れでもあり能力を高めるため努力し続けるしかない恐怖に支配された生き方だったというのが今の見解です。デキない自分など認めない、つまりインナーチャイルドの存在なんて完全無視でした。

だからこの話を知った時から自己肯定の仕方を変えてみたんです。例えば何かがうまく行った時に「さすがにおれは優秀やな」じゃなくて「お前はよくそんな手を思いついたなあ」みたいな感じ。成功に至った思考よりも発想や感覚といった本質的な部分を誉める感じです。

前者は自分なら出せて当然の結果を無理に誉める感覚だけど、後者は人から褒められてる時みたく妙に嬉しいです。こうして自分は複数の人格から構成されてると理解することが重要なのだとか。元々自己肯定の高い人には何の事やら理解できない話だろうけど。

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2018年03月13日

公共マナーと運

平気で道端にゴミを捨てているおっさん(Aとします)を見て嫌な気分になり、色々思案するうちにこういう人がダメで捨てない人が立派という単純な話ではない気がして来ました。


多くの人(B)はそんなことをしたら自分が嫌な気分になるから捨てないと思います。他人に迷惑をかける人間になんてなりたくないから、ゴミ箱がなかなか発見できなかろうがポイ捨てするという選択肢が最初から存在しないわけです。

あと周囲の目があるから捨て辛いだけで、もし周囲に誰もいなければ普通に捨てるという人(C)も一定数いるはずです。私は30歳でも平気で煙草をポイ捨てするCでした、かなりA寄りの。


社会性が低い順はA/C/BですがAは捨てたいから捨てる、Cは「捨てたい」<「見られたくない」だから捨てない、Bは「捨てたい」<「大人でいたい」だから捨てないだけです。自分の気持ちに正直に行動してる点ではどれも同じです。

日常の場面場面でどういう気持ちになるのかは、育った環境や付き合った人に左右されるもので、だとすればそれは自分では選べない、ある程度までは運なのかも知れません。

ポイ捨てしてた頃の自分も悪い人間だったわけではなく、ただそれに罪悪感がなかっただけです。AやCの人間は周囲から注意してもらえることもなく、かつ大切に扱われることもないでしょう。そう考えたら上記おっさんが憎たらしくなくなり、不快さも消えて行きましたとさ。

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