QLOOKアクセス解析

◎リタイア精神

2017年04月27日

私、怒る。

皆さんは自身のネガティブな感情をうまく伝えられますか?社会に向ける顔が板についてしまうと感情、特に怒りの感情が顕著に麻痺するのだそうです。元来人間が感じるごく自然な感情なのに、社会ではそれが悪者として扱われるからです。

私も会社で怒るなんて数えるほどしかなかったです。でも内心イラッと来ることは当然あったし、事を荒立てないために流しても結局わだかまりは残るんですよね。親しかった人と距離が生まれる原因って激しい衝突よりもむしろそんなパターンだと思います。



もっと近い人、例えば嫁に苦々しく思う事だって当然ありますが、それが致命的に嫌でもない限り口に出すこともなく「まあいいや」と気にしないよう心掛けることは、やはり多かったです。
 
でそれが積もって、ある何かのタイミングで爆発しそうになるわけです。長年感じ続けた思いってもはやそういう時にしか口火を切る機会がありません。でもその状態で話しても言葉がキツくなり平行線になりそうだから、結局多くの場合は直前で言葉を飲み込むんですね。
 
そして一度飲み込んだら最後、冷静になった頃には今更その話題なんてしたくもないし、何も前に進めることが出来なかった自分にガッカリして、しばらく子供みたいにスネる羽目に・・w


リタイアを機に「まあいいや」や「分かってくれてるはず」はやめて、意識して言葉に出す習慣を身につけようとしているんですが、まだまだ道のりは長そうですねえ。。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(10)TrackBack(0)

2017年04月20日

このテの自己中は俺だけなのか?

男性にありがちな傾向ですがやっぱり私は勝負事が好きみたいで、退職して仕事で勝負することが無くなってからは、他人の真剣勝負を見ることに熱心になっています。

その対象は主にスポーツ観戦です。ただ漠然と見るよりも応援しながら見る方が楽しめますので、詳しくない競技でどの選手を応援すればいいのか分からないような場合も、こじつけてでも誰かの暫定ファンになって応援します。
 

例えば自分と年齢が近い選手とか、体格的に不利な選手とか、出身が関西だとか、ユニフォームのデザインが好きだとか、インタビューでいい人そうだったとか、理由は何だっていいんです。

そうやって贔屓目で見ているうちにだんだん熱が入り、接戦にでもなればまるで自分の事のようにドキドキしっ放しで手に汗握り、これがスポーツ観戦の醍醐味だなあと感じます。


そこまではいいんだけど、応援中の選手が不利になって来ると対戦相手が憎たらしくなって来たり審判の微妙な判定にイラついたり、最悪の場合なんて応援してる選手自身のケアレスミスに怒りを覚える時もあります。いやいや、お前は監督じゃないし、ニワカなんだからw

でふと我に返るんです、ただ思い通り行かない事に立腹してる自分に。競馬で負けて当たりちらすおっさんと同じ次元だし、何て自己中なんだろうと自分に裏切られた気分になる瞬間です。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(14)

2017年04月13日

退屈度チェック

早期リタイアして一年以上が経っても退屈を感じたことは無く、今後とも無いんだろうなと漠然と安心してはいますが、そういった話題にはついつい反応してしまいます。

たどり着いた日々の退屈度チェックというページが面白かったので時間あればやってみて下さい。10の項目にいくつ当てはまるかをチェックするというものです。

 1.歩くのは遅いほうだ
 2.イスに座ると立ち上がるのが面倒だ
 3.最近、笑っていない
 4.カップラーメンができるまで、ぼんやりと待っている
 5.人生思い通りにならないことばかりだ
 6.時計をしょっちゅう気にしている
 7.新聞や雑誌はていねいに読む
 8.2時間もののサスペンスなど、殺人事件を扱ったドラマをよく見る
 9.つい人の悪口を言ってしまう
10.レジわきのコンビニスイーツは、つい買ってしまう

私は全く当てはまりませんでした。しいて挙げれば2と9がたまにあるかな。
0~2個……日々の退屈度20% 夢や目標があるので退屈しない
だそうです。夢や目標なんて特にないんだけどなあ。

でも選択肢、これで適切なのかな?2と6は逆に超忙しい時にも現れがちだし、
7と8と10はそれが好きな人にとっては退屈どころか充足の時間だと思うんだけど。
・・・等といちいちツッコまなきゃ気が済まない性格は、退屈な性格なのかも知れませんがw

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村
 



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(20)TrackBack(0)

2017年04月06日

嫁の留守に思うこと

先日まで嫁が所用で数日間家をあけてとても寂しかったです、嘘です。こんなこと書くとまた後で怒られるんだけど、在職中から嫁の留守という「非日常」はいつも楽しみでしたw


何かと心配性な嫁ですから食事のこととか心配して、あれ作っとこうかとかあれ買っとこうかとか色々提案してくれます。在職中は一人じゃ全然何もできなかったので随分と助かってましたけど、今はもう何もして欲しくない心境に変わっていました。

これを食べなきゃいけないとか、この食材を使わなきゃいけないといった制約が嫌なんですよね。そういう縛りをゼロにして、その時その時の思いつきで行動したいわけです。結果的に二度手間になったとしても二度手間を楽しもう、くらいの感覚でいます。


サラリーマン社会って簡単な件でも自分一人の判断じゃ決められません。また後で責任を負わないためにも自分が決めない方が得という自衛の空気が支配的で、互いに日和見となるケースが多く、他者からの提案があれば基本的に「渡りに舟」だったけど、そんな悪習から脱したのかな。

それとも自由な生活を続ける中で、ちょっとした制約も我慢できないワガママ体質になっただけ?それとも単に時間に余裕があるから効率重視じゃなくなっただけ?・・・等々諸説ありますw

リタイアして一年以上も経つとこうしてふとした出来事を機に、感じ方が色々と変化している事に気付く時があります。改善なのか劣化なのか・・・そんなのはもうどっちでもいいんだけどね。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(19)

2017年04月01日

自分を知るためのヒント

心に関する内容の多いこのブログですが、大方の人に理解されないのではないかと思われる主張やええ歳こいて恥ずかしいような話をあえて正直に書くことは多いです。

リタイア後は人の目を気にし過ぎない点で劇的に改善したとは言え、やっぱり上記のようなことを書くのって勇気がいることだし、頂いたコメントを読む時に緊張したりしてますw

なのに何故わざわざ書くんでしょうね。何もブログに限った話でなく現実世界でも、自分の弱さや恥をさらけ出していい心境になる時って誰にでもあると思います。人は何故そういう心境になる、もしくは何故そんな勇気が出るのでしょうか?


それは偽らざる自分をさらすことで心を解放できるとか、自分の駄目さを先に見せてしまった方が楽に人と接せるというのが当然あるわけですが、もう一つあると思うんですよね。

自分をさらせば相手も相応の反応を示してくれて、どう感じたかを率直に教えてくれやすいです。その繰り返しにより自分が人とどう違うのかが分かり、それによって自分がどういう人間なのかを知るヒントを得るということです。


自分が本当はどういう人間なのか知りたい、それは全ての人にとって永遠のテーマだと思います。でもそれを直視するには勇気が必要なので、その気持ちが高まった時にだけ弱さをさらして正直になれるんだと思っています。皆さんはどうお考えでしょうか?

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(18)

2017年03月30日

早期リタイア後の理想像

リタイア後は何事にも無理しなくて済む環境になります。でもただアホみたいに楽ばかりしてれば虚しくもなるもので、それは理想を目指したいという本能があるからだと思います。

理想に近づくためにはある程度の自制が必要で、それだけ疲れます。だからってそれのない人生は自己実現を目指さない人生でもあり、幸福感を得にくいでしょう。



でも在職中に確固としてあった理想像なんて、所詮はリーマン社会で協調して無難に過ごす前提の上に作られたものであり、リタイア後にそのまま通じるわけではありません。
 
在職中は「早期リタイア」が強烈すぎるくらい明確なゴールだったので理想像もまた明確でした。その目的のためには資産が第一ですから、会社でソツなく給料を得て投資・節約を上手にこなせる自分こそが理想像であり、それに沿っていれば何の疑問も生じなかったのです。


リタイア後のゴールは言わば「幸福感」と曖昧なため、こうすれば手に入るとか分かりませんし、そのための理想像をイメージしにくく、また当然身近に良いモデルもいません。

目指すものが不明確という状態はしばしば不安を引き起こすものですが、何年もかけて自分自身で作り上げて行くことこそ醍醐味なんでしょうし、色々難しく考え過ぎないようにしています。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(14)TrackBack(0)

2017年03月23日

袋麺百円って安くない?

最近はインスタントラーメンが驚くほどおいしくなっています。それなりに腹も満たされますし、この内容で定価百円って本当に安いなって思うんですよ。でも百円で買うことはまずありません。店やタイミングを選べばもっと安く買えることを知っているからです。

もし一刻も早く食べたい危機的状況でも多分買わないはずです。でも欲しいかどうかのシンプルな判断のはずなのに、こうして知識や合理性が欲求に優先されるのって変な話です。


購入を決断するためには何らかの免罪符が必要で、少なくとも私はそれ無しでは何も物を買えず、自分の好みなんて二の次だった時代を私は随分長く過ごしました。

なおその免罪符の代表格が価格です。数字上で少ないんですからこれ以上明確な基準はないです。日本一〇〇とか、牛肉がA5ランクとか、米が魚沼産とかも同じく免罪符ですね。


免罪符を基準にしてしまうのは社会に情報があふれ過ぎなことと、他人に合わせるのが当たり前の社会の中で自分の欲求がかき消されがちなことです。でもそんな合理的な判断ばかりではいよいよ自分の本心すら見失ってしまいます。

だからって社会を批判しても意味がないし、合理性より欲求を基準にし、無駄遣いより機会損失を恐れる思考を養うのみです。それでも冒頭の袋麺は極端な例だから多分買わないと思うけどw

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(12)

2017年03月18日

手抜き論

在職時代の私は仕事もプライベートも常に全力でしたし、そういう姿勢で生きる人が好きでした。逆にすぐ手を抜く奴は軽蔑していたというのが本当のところです。

でもリタイアしてからはそれが一変し、誰もが精一杯生きているんだなと事あるごとに感じます。ミスの混入リスクの徹底排除だとか、より効率の高い方法の模索といった、論理的に正しい手段を取り続けることだけが「精一杯」ではありません。
 

個人には能力や適性等に差がありますし性格の差だって大きいんですよね。それらは本人のせいというよりも天性とか生まれ育った環境の影響です。元々無気力な人とかのんびり屋の人は手抜きに見られがちだけど、でも気力のわく範囲で精一杯やっているはずです。

「徹底的に全力を尽くすことが自分の信条だから」ってな自負から他人がやたらと手抜きに見えて職場でピリピリしたり時には攻撃することもあったけど、今考えたらただの横暴ですね。


考えが変わったのは、無職という立場における生き方を自分なりに精一杯模索しているからです。自分の気持ちを常に最優先できて、だから不平不満なんて感じないような生き方が理想。

そうなるため日々努力してますとか言っても、無職なんてただのお気楽にしか見えないでしょう。それと同じですね。一見お気楽に感じる他者の言動にも理解を示せる人間でいたいです。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(12)

2017年03月14日

誰でも本音でいたい

自分という人間のこと、分かっているようで分かっていないものです。私もリタイアして間もなく自分がよく分からなくなり迷子になった時期がありました。

リーマン社会では必然的に多くの人と接するから、そしてうまくやって行かないといけないから、自分以外の誰かが決めたルールに日常的に従い、そんな中で自分の心を見失ってしまうんですね。自分らしさを奪う犯人は間違いなく対人関係です。

リタイアしてからそんなことに気付き、対人関係の是非を振り返るために図書館でたくさんの本を借りて読み漁ったものでした。そんな中で色々なことが見えて来ました。


職場の人たちとの広く浅い関係は割と得意で、それ以上深くは関わりたくないと思っていたけど、本当は誰とでも本音で付き合う自分でいたいのにそうできなくて、そんな自分を認めたくないから深く関わろうとしなかったんだって気付いたんですよね。

社交的に見えた人たちだって立ち振舞いが私よりも上手だったってだけで、同じようなモヤモヤと戦っていたのだろうと思います。リタイア前提なんだし、もっと恐れずに本音を吐いてたら自分も周囲ももっと楽だったのになと今更ながら思います。


対人関係が必然でない環境になって読書したり気付きを得るなんて順番が逆ですが、自分にとって重要でないものにほど目が届くという皮肉な展開はよくあることですよね。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(12)

2017年03月11日

自分の未来を知りたいか?

どんな心境からなのか嫁が「5年後の自分を知りたい?」と聞いて来ました。大人になってからもそういった非現実的な想像をすることは多かったはずが、いつしか全く考えなくなっていました。そしていざ考えてみても、知りたいなんて全く思いませんでした。

未来を知りたくなる理由って単純で、例えば就職前ならどんな会社に就職するのか分からないし、入社後も会社や自分自身の業績がどうなるかが分からなくて不安だからです。

何故分からないかと言えば、それらが自身の頑張りだけでどうにかなる類の事ではないからです。つまり他者や市場からの評価によって決まる部分が大きいため、高い業績を上げるためには競争に勝つ必要があり、勝敗には不確定要素が大きく寄与するからです。



その一方でリタイア後の世界においてはそういった要素の影響が極小です。だから5年後の自分がどうなっているかは、自分がどうしたいと思ったかとほぼイコールなわけです。

思いつきで自由に行動する非建設的な日々は思いのほか楽しいので、当分続けるつもりでいます。でもいずれそれにも飽き、新たに興味を持った何かを形にしたいと思う日が来るかも知れません。それが何かを今知りたいとは思わないんですよね、楽しみが減るだけだから。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(14)TrackBack(0)