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  ・肯定思考

2017年12月09日

ステータスって一体何?

高級車やブランド品を持ちたいのはそれがステータスだからで、お金に余裕があるならその目的で買えばいいと思うのですが、庶民的感覚な人が無理に背伸びして買って意味あるものなの?

そもそも高級品を持ってたらステータスが高いって事に何故なるんでしょう?それだけ稼ぐ能力があると見なされるから?でも少し付き合うだけで能力の有無なんてすぐに見透かされるわけだし、その恐怖と戦うくらいなら初対面から平凡な庶民と思われとく方が楽だと思うんだけど。


何にお金を使うかなんて人それぞれで、目に見えるところに使う人もそうでない人もいるわけで、目に見えるところに使うからってステータスが高いわけじゃないですよね。

自分の生き方はこうだと胸を張れるものを見つけにくい時代だから、目に見えるところを着飾って相手(社会)に判断を委ねざるを得ないということなのかな。

確かに社会は目に見えるもので人を判断するわけだし、見苦しくない程度には身なりを整えるのが最低限のマナーなんだけど、本来の価値以上に着飾ると自分がしんどいだけだと思うんです。


ナンバーワンでなくてもオンリーワンでいいという有名な歌詞があります。オンリーワンなだけで価値を認められるほど世の中甘くないとは正直思うけど、オンリーワンな生き方を目指すことには価値があると思うんですけどね。少なくとも世間でステータスとされてるものに頼るよりは。

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2017年12月02日

自己肯定感が弱いメリット

自己肯定感が弱い」で書いたように、退職してから自己肯定感の弱さに気が付いたわけですが、あまり悲観はしていません。良い点もあると考えるようにしているからです。

例えばお店で店員が些細な親切や機転つまりマニュアル以上のことをしてくれただけでもやたらと嬉しくなります。だから感謝の気持ちはなるべく伝えてます。いい人ぶりたいわけじゃないです、気分良くさせてくれた行動に少しでも報いたいからです。

知り合いならなおさらで、遊びとか飲みに誘ってもらったり、このブログにコメントを頂くのでも本当に嬉しいんです。大げさなようですが、いちいち幸せな気分になれていつも感謝しています。


じゃあそれは何故?の答えは明らかです。少し大げさに書くと「おれみたいなやつに時間や労力を割いてくれてありがとう」つまり自己肯定感の弱さから来る強い感謝なんだと思います。

いつも書いてるように私のリタイア後のテーマは幸福感ですから、こんな些細なことでも幸福感を得られるのって実はすごく得な性格なのかも知れません。それに口先でなく心から喜んでますから誰からも大事にしてもらえます(と少なくとも錯覚はできます)。

事実はどうであれ、自身がそう感じられる事こそが幸福感とアドラー心理学でも言ってますから、自己肯定感が少しくらい弱くても悪い事ばかりではないです。悪い事も結構多いけどw

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2017年11月30日

自己肯定感が弱い

あなたは自己肯定感が強いですか、そう聞かれたらどう答えますか?

在職時代の私に聞けば最強と答えるでしょう。昔から自負心が人一倍強く、自分ほど頑張れる奴はそうそういないから、結果を出せるのも当然との自信が揺らぐことはあまりありませんでした。

でも言葉の意味をはき違えてたようです。自己肯定感とは自分の長所も短所も受け入れる感情で、駄目な自分でも価値ある存在だと感じられるってことみたいなんですよね。


その意味でいうと私の自己肯定感は最弱だったということになります。過去の記事を読んでみても仕事で活躍できなければ職場に居場所なんて作れない、優れていなければ価値なんてないといった主旨のことを何度も書いてます。駄目な自分なんて大っ嫌いで存在を認めてませんでした。

どこでもそれなりに活躍できた理由は努力や自己管理能力という強力な武器があったからだけど、明らかにそれらは自己肯定感の弱さから来る恐怖ゆえに常に存在できたものだったのです。

今ではそのことを理解し、居場所を作るために優れなければという強迫観念は消えつつあります。でも根本的に自己肯定感の弱い人間であることを感じさせられるシーンも多く、変われるにしても長い時間が必要だと感じています。自己肯定に関してはあと一本記事を書きます。

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2017年11月28日

無理に話を聞いて欲しくない

私は酒好きなので20代の頃は毎年100回以上飲みに行ってました。行くのは居酒屋かバーで、スナックやキャバクラは付き合いで何度か行った程度です。もし誰かがオゴってくれるとしても、私が選んで良いならまず居酒屋を希望します。

お店の女性と話すことの面白さがよく分からないんですよね。お金を払って相手をしてもらってる感じがどうも苦手なんです。相手にとってはただの仕事だから大方は聞き流されてるでしょうし、そういう相手と話してると空虚感を禁じ得なくなって来ます。


もちろん誰かに話を聞いて欲しい時だってありますけど、興味の無い話を聞かされることが苦痛で仕方がない性格である以上、相手が興味ないであろう話を聞かせることも苦痛なんです。

そんな不毛な会話をするより、趣味趣向や考え方の近い相手とその話題で楽しむ方が楽しいです。共通する話題だからこそ相手も聞きたいだろうし、こちらも相手の話を聞きたいです。そこに変にお姉ちゃんが加わったら同じ話題ばかりすることに気を使ってしまうだけです。


独善的な話題でもブログには平気で書ける理由は、興味無い記事は読まないという選択肢が読者の方々に与えられてるからです。だからただただ一方的に発信しても良いわけで、その点においては日常会話より遥かにラクですね。

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2017年10月26日

心で見聞する

映画を見るたびに「YAHOO映画」に書いてるレビューが1200本を超えました。最近になってようやく映画を見る目が少しは培われて来た気がします。

昔は理屈でストーリーを追って、製作者の意図を無駄に読みながら見てました。そして先の展開を先読みして当たれば勝った気になってました。もちろんそんな見方じゃ印象にも残りません。

映画って多分そうやって左脳で見るものじゃなくて、感情を動かすために見るものだと思います。リタイアしてからは自然とそうなって来て頻繁に泣くようになりました。それが目的だからTVで映画を見ることはほぼ無くなり、映画館専門になって来てます。


同様のことでもう一つ思うのが歌詞です。リタイアしてから自分自身を見つめなおす機会があって心の世界に興味を持ったんだけど、心の在り方を描いた歌詞って多いんですよね。

ミスチルや尾崎豊はその典型例だと思います。昔から好きなので歌詞まで覚えてる曲は多いけど、どこか自分とは無関係に思っていて、歌詞が心に響くことなんて感じることはありませんでした。カラオケでメロディを正確に追うために覚えてただけだったからですね。

だから昔からよく知ってる歌詞でも、今改めて意味を考えながら聴くと妙に心にしみたりします。客観的事実や論理的正解にしか興味を持たなかった時代が何だか勿体なく感じてやみません。

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2017年10月10日

金の払い方が気持ち悪い

会計680円で1180円出す男は気持ち悪いって感じる人が割と多いみたいで、少し前に話題になってたようです。私?私はその理屈で言えば最高に気持ち悪いおっさんですよ。


元来が効率至上主義なうえに、子供時代から今に至るまで小銭はポケットで持ち歩く習慣なので、可能な限り枚数を減らすのは至上命題みたいなもんです。だからもっと細かくて687円に対して742円出すくらいのことを日常的にやってます。

金額が出たら即座に払えるように、店員のレジ打ちの間にポケットの小銭を一旦全部手に出して、合計値を頭に入れて待ち構えてますから。どうだ気持ち悪いかこの野郎!

きめ細かく準備万端なことをむしろ誇りに思ってたから、この記事を読んでそんな見方もある事に驚いたんだけど、価値観の違う人に何を思われても仕方ないから変える気もないです。


それと印象的だったのは一人だったらするけど連れがいたらしないとか、セルフレジならするけど対人だったらしないといった意見です。キミたち、心をどこかに置き忘れてるよ!

なーんて偉そうに言ってるけど実はとても理解できます。ちょっと前の私は人目を気にして行動を曲げるのが普通でしたからね。だからそういう人達が実は嫌いじゃないんだけど、今はそこからの脱却を意識してるからか、せっかく持ってる強い感受性の無駄遣いに感じてやみません。

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2017年09月12日

思考し続けるのも良し悪し

出歩いてる時もドラマとか見てる時もそうなんだけど、もっとよく観察して色々感じ取りたいのにいつの間にか別のことを考えてて、無意識行動になってしまってることが多いです。つまり意識が外の世界よりも自分の内側に向いてしまう、内向的な傾向が強いようです。

「今ここ」への意識を重視するマインドフルネス的観点でもそれはまさに幸福感を逃す習慣だし、この中毒的な思考癖を何とか低減したいです。でもググっても、もっと考えて行動したいといった逆の悩みばかりヒットするし、悩みまで少数派で天邪鬼なんだなあと痛感します。

思考し続ける習慣はむしろ称賛されてて、その習慣さえあればまず退屈することはないとのこと。なるほど確かにその通りです、そんな性格も早期リタイア向きだったのですね。


なのに何故思考し続けるのをやめたいのか?を改めて考えてみると・・
1.思考が先走ることでリスクばかり意識し過ぎ、怖くなって行動力が鈍る。
2.感じたままでなく考えて話すので、会話中に言葉で出て来ず頭が真っ白になることがある。

自分がイメージする「理想的な自由」に対して、この2つが阻害要因になってるってことですね。そう言えば在職中からずっとこれらの恐怖に行動を制限されて来た気がします。

思考し続けることは長所でもあるようだし、変えようと意識し過ぎると自己否定じみて来るので、これまで通り目先の自己満足を第一に意識しつつ、でも諦めずに理想を目指していたいです。

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2017年08月26日

不快になれる唯一のこと

在職中は全力を尽くさないと気が済まず結果が出ないことも許せず、自分に厳しい生き方でした。リタイア後はギアチェンジして常に緩やかさを意識し続けて来た成果で、自分にも他人にも随分と甘くなれたという実感、ある種の感慨みたいなものがあります。

でも野球観戦の時だけは昔に戻るみたいです。ファンである阪神タイガースが負けることには割と寛容なんだけど、ある大嫌いな球団が相手の時は異常に厳しい自分が登場します。

リードされてる時はずっとイライラしてるし、すぐにチャンネル変える、敵チームの選手は普通にディスる、審判の微妙な判定は罵倒し、つまらないミスが続くと味方選手さえも批判し始めます。真面目な性格ゆえ全力で見るため、どうしても許せなくなるのです。



所詮娯楽なんだしどんな負け方をしようが、さらに言えば勝とうが負けようが自分の幸せな生活は何も変わらんやん、そう言い聞かせてもどうしても気持ちが入ってピリピリしてしまうんですね。

よく考えたらその球団を嫌う合理的理由もなく、ただ少年時代から悪の枢軸扱いしてるだけです。何でここまで心から読売を憎んでるんでしょうねえ?あ、結局言ってもた。

ピリピリしたり誰かを憎んだり、今の穏やかな日常にそのテの不快な感情なんてほぼありません。在職中と違って今は勝つことに価値を置いた人生ではないんだし、唯一不快な気分になれることに惰性で多くの時間を費やし続けるより、再編の検討時期が来てるんですかねえ。

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2017年08月22日

雑談が苦手な理由

在職中にも何度か書いてたけど、私は仕事上の対人関係は得意なのに雑談することは苦手でした。後から知った話では、同じように感じてる社会人って実は多いみたいです。

何故苦手かと言うと感情を人前で出すのが苦手だからです。だからスマートで冷静に振舞う意識が習慣づいてたし、逆のタイプつまり明るく元気で楽しい人が苦手でした。そういう人と雑談すると冷静過ぎる自分がつまらん奴に思えて来るからです。

だから私が心を許せるのは、あまりオープンではなく冷静さや落ち着きが前面に出てる人でした。そんな人が相手なら背伸びも無理もせずに、恐怖感なく雑談できたからです。



だけど当時の私レベルに冷静な人なんていませんから、親しくなれば徐々に感情も出して来ます。友達じゃあるまいしそんなの見たくない、不浄な一面のように感じることもありました。

素の自分を出してくれ始めたわけだからむしろ喜ぶべきことだと今なら思います。でも当時の私はそんな感じ方をしてなくて、雑に扱われたような感覚すらあったんですよね。つまり他人との間に心の壁を築き、感情のやり取りを拒んでたんだなと思うんです。

最近は新たな出会いも多いので、そうならないよう意識してます。それでもまだ冷静過ぎる自分に時々気が付いてしまいます。いい意味でもっとアホになりたいんですけどねえ。

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2017年08月12日

ロボットに見える通勤風景

通勤時間帯の都心の駅に行くといつも驚くんだけど、異常なくらい歩くのが早い人波が出来てて、みんな無表情でスマホいじったり音楽聞いたり、少しくらい何か起きても無関心で見もしないし、まるでロボットの大群みたいに見えて来ました。

互いに目も合わせず、ぶつかりそうになったり、時にはぶつかったりしても基本的に謝りません。相手に関わらない事こそ最高の気遣いといった、乾いた雰囲気があります。


とても愛想のいい店員さん達だって通勤時はやはりあの無表情な集団の一員と化すんでしょうね。逆に言えば大半の人は普段は親切で優しいんだろうけどそうは見えず、よく言われる「大都会ほど誰もが孤独を抱えてる」ってのが透けて見えてるような気がします。

早足もスマホもイヤホンも、僅かしかない自分の時間を少しでも無駄にしたくないからだろうし、そうやって今の生活を守ることにみな必死なんでしょうね、大きなお世話だけど。

そんな多忙な毎日の連続なら自分を見つめ直す暇なんてのも無いでしょう。私の場合はラッシュが大嫌いで引越とチャリ駆使で徹底回避したけど、もし電車通勤してたら似た感じだったでしょう。在職中は今より遥かにせっかちで無関心で孤独を抱えていた実感もありますから。


今は時間を多く持てて、また守るべき自分のイメージとか責務がないから対人関係も楽になって、無防備になれたからこそ通勤者がロボットっぽく見えたのかと思うと、少しホッとしました。

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