QLOOKアクセス解析

  ・独自の幸福感/楽しみ

2017年06月27日

昼中心生活の一つのメリット

リタイアしたからには混雑する場所に行くのは当然平日となり、時間も基本的に昼間になります。

私は食べ歩くのが趣味なので町に出たら必ず外食するけど、やっぱり平日のランチってお得です。誰かとじゃない限り、わざわざ高い夜や休日に行く理由がなくなって来るんですよね。

昼から飲むことにも抵抗がないので、飲む場合もやっぱり平日昼はお得です。すかいらーく系列でハッピーアワー、コロワイド系列は飲み放題無料なんてのもやってるので時々利用します。



こういったこととも関係が深いのでしょう、暗い時間帯に外にいるなんてことがほぼありません。自転車にライトすら装備してないくらいです。ちなみに今週は久々に夜飲みに行く約束があって、禁断の夜遊びをするかのようなワクワク感さえあります。

一般的にも退職したら服飾費や交際費が減るから生活コストは下がると言われているようですが、外食好きにとっては昼中心の生活になることによる恩恵もまた大きいです。

但し外食一回のコストが下がるだけで頻度は逆に上がるから、実質的には効率がアップするだけで支出が減るわけではないんだけど。でも趣味に使うお金なんだからケチるなんて選択肢はないし、時間を有効に活用できていることを喜ぶべきではないでしょうか。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2017年06月13日

本当にやりたいことか否か

連ドラの視聴率って大体初回が最も良くて後は下がっていくものだけど、話題になって尻上がりに数字を上げて行く作品も各クールに一本くらいはあって、ずっと疑問に思っています。

私自身も連ドラは割と見ますし、見ていない作品が世間で話題になるパターンもよく経験します。だからって途中から見ようって気にはならないんですよね。縁がなかったものと独自に判断して、またいつか再放送があればその時に見ようと思います。

同様にパート1を見てないドラマのパート2を見るなんてこともまずないし、映画でも然りです。乗り遅れたものを追ってもろくなことがないという、投資家としてのポリシーからなのかな。



でも何でも一から順番にやりたいってのは、大方の人が持っている感覚なんじゃないでしょうか?なのに視聴率が途中から上がるのは、一部の人が話題に乗り遅れまいと必死だからですかね。

入社間もない頃、昼休みを一緒に過ごすメンバーが通信ゲームの話ばかりするので全然馴染めず、かと言って今日から一人で過ごしますとも言い出せず、PS2を買って参戦したことがありました。でも対象ゲームがコロコロ変わるし、金が惜しくなって2ゲーム目で早くも脱退。

周囲が好きなことでなくやっぱり本当に自分が好きなことを趣味とすべきだと感じた経験でした。そこからは自分を確立し他人に全く流されなく・・・はならず、やっぱり周囲の空気を読んで敵を作らない動きに終始してましたけどね。まあそこはリーマンの宿命みたいなもんですが。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(10)TrackBack(0)

2017年06月10日

早期リタイアで満たされなかった何か

毎日楽しいだけでは何か満たされない感覚がずっとあって、その特効薬となるか分からないけど、ボランティア活動を始めています。小さな一歩ながら私の中では割と大きな決断でした。

というのも私は承認欲求が人一倍強かったので、周囲の力になれるよう頑張り過ぎる傾向があり、在職中ずっと自分の気持ちを無視しがちだったとの反省があるからです。リタイア後は好かれたい評価されたいと思うことや、他人のために何かすることは封印して来ました。

だからボランティアも早期リタイア前から考えていたにも関わらず、むしろそんなものから距離を置くようにしていたわけだけど、結局一周して原点に戻って来た感じです。


「嫌われる勇気」で有名なアドラーも他者貢献こそが幸福であると言っています。在職中の貢献は周囲を助けたい気持ちと、自分の立ち位置を守る打算とが入り混じって良くなかったのでしょう。打算なく他者を助ける行動なら、純粋に自分も他人も満たされるはずです。

だからそうする自分を偉いとも思いません。明らかに第一目的は自分の心を満たすためですから。それともう一つ感じたのは、気付かなかったけど実は寂しかった?ということでした。

今後続けて行く活動は多くの人との交流を伴うもので、それは割と苦手なことでもあるんだけど、想定外に積極的に人と交わろうとする自分がいることに驚くんです。その「満たされない何か」とは他者貢献うんぬん以前に、人との関わりだったのかも知れないです。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(18)

2017年05月16日

新しいこと始めます

人生で最も悲しいのは他者の支配下で忙しい生活を余儀なくされ、適応するために自分を抑圧して生きることである。早期リタイアの根本的な思想はこんな感じだと思います。

でも自由ながらに目標や目的が無く退屈に苛まれるのもまた悲しいです。それなら自動的に自分の役割を与えられ、こなせば居場所も与えられる在職中の方がマシという見方もできます。

本当はどうなのか分かりませんが、少なくともそんな感覚がずっとあるから退屈を恐れています。ただ幸いにもやりたいことは次々と出て来て、無理に予定を入れなくても結局忙しくなって退屈を感じる暇などなく一年半が経ちました。



でもそろそろライフワーク的な何か大きなテーマというか、心から自分が満足できるような目標を持ちたいという欲求、心の渇きみたいなものを感じることが増えて来ています。

もちろんそれは社会的な成功ではないし、誰かに価値を理解してもらいたいわけでもありません。毎日楽しければそれでいいはずなんだけど、リスクを取って何かに挑戦するなんて機会とあまりに縁遠い生活が続き、平和で安泰過ぎる日々にやや物足りなくなって来たのかも知れません。

まさかこれが噂の「退屈」じゃないよね?なんて自問自答しながらも、何かと腰の重い性分なので行動を先延ばしして来ましたが、ひとまず感覚でこれかなと思うことから始めることにしました。一ヵ月もすれば何らか形になっているでしょうから、改めて書きたいと思います。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(22)TrackBack(0)

2017年05月13日

休日って忘れる

この前の連休で改めて気付いたけど、平日と休日の区別がいよいよつかなくなって来たようです。いや正確には、区別はついてるのにすぐに分からなくなります。

翌日の相場を意識して毎晩発注しますし、朝番組だって毎朝見てますから、平日か休日かくらいはその都度認識できています。なのに何故か日中は大体忘れてしまいます。

外出先で何か人多いなあとか感じてて、帰宅してから休日だったことを思い出すなんてザラです。そんな感じなんで休日のプロ野球のデーゲームももう何回も見逃してます。18時に鼻歌まじりでTVつけたらやってない時のショックって筆舌に尽くしがたいよ本当に。


こうなった理由は多分「違和感」が消えたことにあります。当初は在職時の有休日と同じ感覚で、平日に家とか表にいること自体に違和感があったんですよね。その違和感がイコール解放感であり喜びだったわけですが、今ではその違和感が完全に消えています。

普通の人は今働いているだなんてことに意識が向くことがほぼありません。そのためオフィス街で昼休み時間帯にランチしようするアホなミスも何度かやってたりします。

つまりだんだん浮世離れして行ってるってことでもあるんだろうけど、時間が自分だけに流れてる感じは他人に影響され易い私にとって何だかとても住みやすい環境のようです。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(10)

2017年05月02日

ラに同情した合唱団イベント

近所で市民合唱団のミュージカルイベントがあったので行ってみました。今回は舞台ではなくて、団員が集まってミュージカルナンバーを歌う感じの内容でした。

五十名くらいいる団員の半分は小中学生と思われる女の子、残り半分はその親世代のおばちゃん。男の子は1人しかいなかったけど今の時代はそんなものなのかな。

私が子供の頃は町の子供会が盛んで、よくこういうイベントにイヤイヤ参加させられたものです。大人数が苦手で人と違うことをしたい性格はそこに由来するのかも。表情豊かで楽しそうな子供とやらされてる感満載の子供に二極化してましたが、後者の気持ちが理解でき過ぎて困る。。



あとウケたのがドレミの歌の英語版歌詞でした。日本版同様ドから順に何かに例えてくんだけど、ラだけ扱いがゾンザイで「ラはソの次の音符~♪」なんですよ!でもよく考えたら日本版の二番も「ラ~ラララララと~♪」ってかなり適当な歌詞なんですよね。ラが可哀想。

他にアラジンの名曲「A Whole New World~」が「アホ言うわ~」にしか聞こえなくなったり、相変わらずズレた楽しみ方ながら楽しかったです。やっぱり音楽っていいですね。来月はいよいよ本格的なミュージカルを見に行ってみようと思っています。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2017年04月20日

このテの自己中は俺だけなのか?

男性にありがちな傾向ですがやっぱり私は勝負事が好きみたいで、退職して仕事で勝負することが無くなってからは、他人の真剣勝負を見ることに熱心になっています。

その対象は主にスポーツ観戦です。ただ漠然と見るよりも応援しながら見る方が楽しめますので、詳しくない競技でどの選手を応援すればいいのか分からないような場合も、こじつけてでも誰かの暫定ファンになって応援します。
 

例えば自分と年齢が近い選手とか、体格的に不利な選手とか、出身が関西だとか、ユニフォームのデザインが好きだとか、インタビューでいい人そうだったとか、理由は何だっていいんです。

そうやって贔屓目で見ているうちにだんだん熱が入り、接戦にでもなればまるで自分の事のようにドキドキしっ放しで手に汗握り、これがスポーツ観戦の醍醐味だなあと感じます。


そこまではいいんだけど、応援中の選手が不利になって来ると対戦相手が憎たらしくなって来たり審判の微妙な判定にイラついたり、最悪の場合なんて応援してる選手自身のケアレスミスに怒りを覚える時もあります。いやいや、お前は監督じゃないし、ニワカなんだからw

でふと我に返るんです、ただ思い通り行かない事に立腹してる自分に。競馬で負けて当たりちらすおっさんと同じ次元だし、何て自己中なんだろうと自分に裏切られた気分になる瞬間です。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(14)

2017年04月13日

退屈度チェック

早期リタイアして一年以上が経っても退屈を感じたことは無く、今後とも無いんだろうなと漠然と安心してはいますが、そういった話題にはついつい反応してしまいます。

たどり着いた日々の退屈度チェックというページが面白かったので時間あればやってみて下さい。10の項目にいくつ当てはまるかをチェックするというものです。

 1.歩くのは遅いほうだ
 2.イスに座ると立ち上がるのが面倒だ
 3.最近、笑っていない
 4.カップラーメンができるまで、ぼんやりと待っている
 5.人生思い通りにならないことばかりだ
 6.時計をしょっちゅう気にしている
 7.新聞や雑誌はていねいに読む
 8.2時間もののサスペンスなど、殺人事件を扱ったドラマをよく見る
 9.つい人の悪口を言ってしまう
10.レジわきのコンビニスイーツは、つい買ってしまう

私は全く当てはまりませんでした。しいて挙げれば2と9がたまにあるかな。
0~2個……日々の退屈度20% 夢や目標があるので退屈しない
だそうです。夢や目標なんて特にないんだけどなあ。

でも選択肢、これで適切なのかな?2と6は逆に超忙しい時にも現れがちだし、
7と8と10はそれが好きな人にとっては退屈どころか充足の時間だと思うんだけど。
・・・等といちいちツッコまなきゃ気が済まない性格は、退屈な性格なのかも知れませんがw

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村
 



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(20)TrackBack(0)

2017年04月06日

嫁の留守に思うこと

先日まで嫁が所用で数日間家をあけてとても寂しかったです、嘘です。こんなこと書くとまた後で怒られるんだけど、在職中から嫁の留守という「非日常」はいつも楽しみでしたw


何かと心配性な嫁ですから食事のこととか心配して、あれ作っとこうかとかあれ買っとこうかとか色々提案してくれます。在職中は一人じゃ全然何もできなかったので随分と助かってましたけど、今はもう何もして欲しくない心境に変わっていました。

これを食べなきゃいけないとか、この食材を使わなきゃいけないといった制約が嫌なんですよね。そういう縛りをゼロにして、その時その時の思いつきで行動したいわけです。結果的に二度手間になったとしても二度手間を楽しもう、くらいの感覚でいます。


サラリーマン社会って簡単な件でも自分一人の判断じゃ決められません。また後で責任を負わないためにも自分が決めない方が得という自衛の空気が支配的で、互いに日和見となるケースが多く、他者からの提案があれば基本的に「渡りに舟」だったけど、そんな悪習から脱したのかな。

それとも自由な生活を続ける中で、ちょっとした制約も我慢できないワガママ体質になっただけ?それとも単に時間に余裕があるから効率重視じゃなくなっただけ?・・・等々諸説ありますw

リタイアして一年以上も経つとこうしてふとした出来事を機に、感じ方が色々と変化している事に気付く時があります。改善なのか劣化なのか・・・そんなのはもうどっちでもいいんだけどね。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村



practice_retire at 00:00|PermalinkComments(19)

2017年03月30日

早期リタイア後の理想像

リタイア後は何事にも無理しなくて済む環境になります。でもただアホみたいに楽ばかりしてれば虚しくもなるもので、それは理想を目指したいという本能があるからだと思います。

理想に近づくためにはある程度の自制が必要で、それだけ疲れます。だからってそれのない人生は自己実現を目指さない人生でもあり、幸福感を得にくいでしょう。



でも在職中に確固としてあった理想像なんて、所詮はリーマン社会で協調して無難に過ごす前提の上に作られたものであり、リタイア後にそのまま通じるわけではありません。
 
在職中は「早期リタイア」が強烈すぎるくらい明確なゴールだったので理想像もまた明確でした。その目的のためには資産が第一ですから、会社でソツなく給料を得て投資・節約を上手にこなせる自分こそが理想像であり、それに沿っていれば何の疑問も生じなかったのです。


リタイア後のゴールは言わば「幸福感」と曖昧なため、こうすれば手に入るとか分かりませんし、そのための理想像をイメージしにくく、また当然身近に良いモデルもいません。

目指すものが不明確という状態はしばしば不安を引き起こすものですが、何年もかけて自分自身で作り上げて行くことこそ醍醐味なんでしょうし、色々難しく考え過ぎないようにしています。

↓↓↓↓よろしければクリックをお願い致します。  
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


practice_retire at 00:00|PermalinkComments(14)TrackBack(0)