yogurting ヨーグルティング

2005年08月07日

わかばのころ

   令さまの剣道の交流試合が終わって間もなくのこと。

乃梨子「祐巳さま、ここで最後です。」

 祐巳「ありがとう、ごめんね、付き合ってもらって。」

乃梨子「それは、かまわないですけど。祐巳さまも律儀ですね。」

 祐巳「そうかな。」

乃梨子「そうですよ。由乃さまなんて、手伝っている間にクビにされましたし。」

 祐巳「まあ、でも由乃さんの方が正解かも。今回は。」

乃梨子「それもそうですね。」

    妹オーディションの後、一年生が薔薇の館を手伝ってみると言うことできてもらった

    けれど、結局一人も祐巳や由乃さんの妹になることは無かった。

 祐巳「乃梨子ちゃんは優秀だね。そつなく仕事してるし。」

    最後の一人に手伝いに来なくてもいいと告げた後、文句も言わず付き合ってくれた
    
    乃梨子ちゃんに心からそう思えた。

乃梨子「祐巳さまだって、去年は一年生でいらしたでしょう?」

 祐巳「私の場合は、ほら、もう、志摩子さんと由乃さんがいたから。」

    平均点の祐巳に比べて、それこそ二人は優秀だったと思う。

 祐巳「おかげで私は続けていられるんだと思う。」

乃梨子「祐巳さま、頑張ってきたと思いますよ。」

 祐巳「どうして、そう思うの?」

乃梨子「しばらく付き合ってそんな方だと思いました。」

 祐巳「ははは、ありがとう。」

少なくとも努力は認めてもらえてるらしい。








    ……後輩にだけど。







乃梨子「それよりも、私としては由乃さまが一年生の時が想像できません。」

 祐巳「......と言うと?」

乃梨子「妹にしたい一年生ナンバーワン。」

 祐巳「ああ、それね。」

    今の由乃さんからは考えられない、過去の称号。

    地が今の由乃さんだから、乃梨子ちゃんには理解できないだろう。

 祐巳「確かにイメージはガラリと変わったね私から見ても。」









 由乃「今更、そんなこと言わないでよ。」

    由乃さんに一年生時代の話を振ったらこうして拒絶された。

 由乃「せっかく、私がそのイメージを払拭しようとしてるのに。」








    もう、十分だと思うけど......。











乃梨子「私はピンと来ないですね。」

 祐巳「だ、そうですけど?」

 由乃「別に私が病弱だったころなんて、面白いことなんてないわよ。」

 祐巳「でも、先に言ったのは由乃さんだよ?」

 由乃「確かに、過去の栄光を口にしちゃったけどさ。」

乃梨子「具体的にどんな感じだったんですか?」

 祐巳「人当たりが柔らかくて、穏やかで可愛いってのが第一印象。」

乃梨子「本当に?」

 由乃「何よ、その疑わしそうな目は。」

乃梨子「いえ、別に。」




    乃梨子ちゃんは、指摘されてじとーっとした視線をそらした。




 由乃「何だったら、やって見せようか?」

乃梨子「いいえ、結構です。」

    本性を知らない時ならともかく、今そんな由乃さんを見るのは怖い。

 由乃「猫被るだけだから、いつでも出来ないことはないわよ。」

 祐巳「ここ最近、被ってるとこを見ないだけ?」

 由乃「そうよ。体が良くなってからは無理が利くし、必要ないの。」

 祐巳「そういう問題かなぁ......。」

    由乃さんの激しさは手術まで不自由だった自分から来る反動なのはわかるけど

    それは猫被るのとは関係ないんじゃ......。

志摩子「ごきげんよう、みなさん。」

 由乃「あら、志摩子さんごきげんよう。」

    柔らかな笑みを浮かべて挨拶する由乃さん。

志摩子「由乃さん、何かあって?」

 由乃「いいえ、何か問題ある?」

    志摩子さんが由乃さんの変化に戸惑っている。

 祐巳「よ、由乃さん。」

 由乃「一年前は違和感無く話してたのにね......。」

志摩子「一年前?」

    話がわからない志摩子さんは問い返した。

乃梨子「お姉さま、気になさらないでください。」

 由乃「ごめんね。志摩子さん。」

    いつもの志摩子さんに戻って由乃さんは謝った。

 由乃「どうだった?乃梨子ちゃん。」

乃梨子「結構って言ったじゃないですか。」









    乃梨子ちゃんがちょっと睨んで呟いていた。









 祐巳「志摩子さん。今日はクラスで何かあった?」

志摩子「いいえ、特に無かったけれど。」

乃梨子「それにしては遅いですね。」

    確かに掃除やホームルームが問題なかったなら少し遅い。

志摩子「そろそろ、季節だから少し寄り道させてもらったの。」

乃梨子「寄り道?お姉さまが?」

志摩子「ええ、ごめんなさいね。」

 祐巳「あれ?季節、寄り道っていうと。」




    この季節にある物といえば。





 祐巳「豊作だった?」

志摩子「祐巳さんたら、声に出して言わなくてもいいでしょう?」




    はずかしいから、と志摩子さん。




 祐巳「ごめん......。でも。もうそんな時期なんだ。」

志摩子「ええ、先ほど、迷惑にならないところに置いたから、安心して。」




    念入りに手を洗う様を見て思うことは一つだった。




 由乃「何のこと?」

    由乃さんが小声で今の会話について訊いてきた。

 祐巳「何でもないって、こっちのこと。」

    白薔薇さまが楽しく銀杏拾いだなんて言えない。

 由乃「気になるな。」

 祐巳「よしなって。」

 由乃「ちょっと、訊くだけ。」

   こっちの話を聞かずに由乃さんは志摩子さんに訊ねた。

 由乃「志摩子さん。ちょっといい?」

志摩子「何かしら?」

 由乃「祐巳さんが話してくれないから訊くけど、どこへ行ってたの?」

    あいかわらず、遠慮なしに訊くなぁ、由乃さんは。

志摩子「少しだけ銀杏並木を見てきたの。」

乃梨子「銀杏の葉も見に行かれるんですか?」

志摩子「ええ、その時期にしか見られないものだし。」

    志摩子さんもやっぱり言いにくいのかな。

 由乃「祐巳さんが何か隠してるみたいだけど?」

    ちょっと訊くだけって、これは尋問じゃないだろうか

志摩子「祐巳さんが?そう......。」





    志摩子さんは少し笑って祐巳の方に声をかけた。





志摩子「祐巳さん、ごめんなさい。気を遣わせてしまったわ。」

 祐巳「え。そんな、わたしは。」

志摩子「いいの、たいした事ではないわ。」





    志摩子さんは改めて、由乃さんに事情を説明した。





志摩子「前から銀杏並木に落ちている銀杏を拾って持ち帰っていたの。」





    いいのかなぁ、と心の中で祐巳が呟く。





志摩子「今年は白薔薇さまになったから、人の目につかないように気をつけたのよ?」  





    あくまで収穫には行くんだ。志摩子さん。





 由乃「志摩子さん、変わってるね。」

志摩子「祐巳さんと同じことを言うのね。乃梨子もそう思う?」

乃梨子「やっぱり、私も驚きますよ。」





    志摩子さんはそんなに変かしら、なんて首を傾げていた。





 祐巳「まあ、由乃さん。そういうわけなの。」

 由乃「気持ちはわからなくもないわね。志摩子さんの立場じゃ。」





    由乃さんも察してくれたようで、溜息をついた。





 志摩子「でも祥子さまたちには、知らせないでもらえる?さすがに叱られてしまいそう。」









     当の志摩子さんはこう言ったけど、言えるわけないじゃない。









 祐巳「妹ねぇ......。」

    一年生が来なくなったので、また振り出しに戻ってしまった。

 由乃「もう、そんな声ださないでよ。」

 祐巳「よく言うよ。由乃さんが追い込んだんじゃない。」

 由乃「人聞きの悪い、私はちゃんと候補を見つけてきただけよ。」

    確かに進展がないのは私のせいですよ。

 由乃「それに一年生の人気があるんだからいいじゃない。私も、焦ったんだから。」

 祐巳「そうだね。やっぱり、私のせいかな。」

    人気はあるけれど、それを生かせないのがいけない。

 祐巳「どうしよう。期末試験過ぎて三学期になったら、もう選挙だよ。」

 由乃「何とかそれまでには見つけたいわね。」

    時間が経つのは早いものだ。もう、二学期も終わる。
 
 祐巳「これからの行事といえばクリスマスか。」

 由乃「聖さまの一件があったから、あまり印象のある思い出がないな。」

 祐巳「そう?」

    私や由乃さん以外にもクリスマス直前の事件がやっぱり強いかな。

 祐巳「そういえば。私も祥子さまとあまり会えなかった時期だった。」

 由乃「そう、でも選挙になってまで妹がいないのは避けたいな。」

 祐巳「由乃さんがそれを言う?」

    さっき言った妹候補は四月までここには来ないんだぞ。

 由乃「そんなこと言わないでさ。期待してるから。」

    ただでさえ祥子さまからプレッシャーがかかってるのに。

 祐巳「わかった。努力するよ、由乃さんもがんばってね。」

 由乃「ありがとう、出来るだけはやってみるつもり。」
 
    もう時間がないのは仕方ないけど、今年最後のイベントに向けて
    
    チャンスを逃さないようにと二人で誓った。                                    
    

premiamucocoa at 15:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

まじですとろいしょうかーい

このサイトもご紹介!!!
マジデストローイ!!
みんな飛んでけ!!
Time's Whisper

premiamucocoa at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

しろばらなつやすみ

志摩子「こんな便りが届いていたの。」

    乃梨子と二人で近場のお寺を見て廻った後、喫茶店で涼んでいた時    

    乃梨子に祐巳さんから届いた暑中見舞いを見せてあげた。

乃梨子「祐巳さまからですか?なかなか趣きのある葉書ですね。」

志摩子「そうね、祐巳さんらしいわ。」

    雑草の葉が押し付けられた葉書を見て二人して感想を呟く。

乃梨子「紅薔薇さまの別荘って今度行こうって言ってたところに近いんですね。」

志摩子「ええ、由乃さんとも話したのだけど、土曜日に様子を見に行こうって話したの

    だから乃梨子がよければ寄っていこうかと思って。」

乃梨子「いいんですか?急に押しかけて。」

志摩子「でも、住所しか連絡先がきていないし、もしかしたら、誘ってくれているのかも。」

乃梨子「私、紅薔薇さまに嫌われてないかな?」

志摩子「この前のことで心配してるの?大丈夫、祥子さまは気にする人じゃないと思う。」

    乃梨子はちょっと迷っているようだった。

    無理もない。自分の為に乃梨子は、何度か祥子さまに反抗していた。

志摩子「乃梨子?今すぐ決めろなんて言わないわ。よく考えた上で乃梨子が決めて。」

乃梨子「志摩子さん......。」

    私の我侭になってしまうなら、仕方ないと思ったけれど、乃梨子は笑って答えた。」

乃梨子「行きましょう。お姉さま。」

志摩子「いいの?」

乃梨子「いいもなにもお姉さまだって、私の趣味に付き合ってくれてるじゃないですか。」

志摩子「それは、私も楽しいから構わないのだけど。」

乃梨子「だったら、なにも言うことないです。お姉さまが行くのでしたら、お供しますよ。」

志摩子「ええ、ありがとう。」

    快く承諾してくれた乃梨子に感謝した。

乃梨子「じゃあ、早速予定立てちゃいましょう。」

志摩子「そうね。日帰りで行けるコースを決めましょう。」

乃梨子「わかりました。」

    土曜日の帰りに祥子さまの別荘に行く予定を加え、乃梨子と予定を立てて過ごした。









   当日の朝、少し早めに駅で乃梨子を待っていた。

乃梨子「お待たせしました。」

    乃梨子が、志摩子に気づいて、小走りにかけてきた。

志摩子「おはよう、乃梨子。」

乃梨子「おはようございます。早いですね。」

志摩子「ええ、元々うちは朝が早いの。」

乃梨子「あ、なるほど。」

志摩子「乃梨子は平気?」

乃梨子「大丈夫ですって、このくらい。」

志摩子「それならよいのだけど。」

乃梨子「それに今頃、黄薔薇さまと由乃さまはもっと大変ですよ?」

志摩子「富士登山だったわね。」

    確かに、それと比べられれば、このくらいの早起きはなんてことないだろう。

志摩子「二人とも大変でしょうね。」

乃梨子「お姉さま、私たちも今日はけっこう大変ですよ。」

志摩子「そうだったわね。午前中には見ておかなければいけないし。」

乃梨子「そうですよ、早く行きましょう。紅薔薇さまの家に行けなくなっちゃいます。」

    急かす乃梨子に連れられて、ホームまで手を引かれて歩いた。









乃梨子「撮影は禁止ですよね。」

    乃梨子が住職に確認するけれど、やっぱり首を縦には振らなかった。

志摩子「いいじゃない、乃梨子。私たちはただ、見に来ただけでしょう?」

乃梨子「ふふ......。」

    突然、乃梨子が笑い出したので、戸惑いながら尋ねた。

志摩子「え?何か変なこと言ったかしら?」

乃梨子「だって志摩子さん、志摩子さんのお父さんと一緒のこと言うんだもん。」

志摩子「そ、そうなの?」

    自分でも驚いて乃梨子に聞き返した。

乃梨子「ええ、ほとんど、おんなじ台詞でしたよ。」

    もう、声に出して笑っている乃梨子を呆然としていた。

乃梨子「そんなに不服ですか?」

志摩子「いいえ、そんなことはないのだけど。」

    あまり、言われたことのない一言だから、意外だった。

乃梨子「でも、そうですよね。残念だけど、見れただけで十分なんですよね。」

志摩子「......ええ、そうね。」

    ちょっと複雑な心境だったけれど、今は喜んでる乃梨子に水を差したくなかった。

乃梨子「お姉さま。次に行きましょう。」  

    楽しそうな乃梨子はお寺の中だというのに、はしゃいで志摩子の前を歩いていった。










乃梨子「黄薔薇さまたちは、もうじき来ますよね。」

志摩子「由乃さんと約束したのは、ここのはずだけれど。」

    日陰になっているけど、今の時期、外でしばらく待つにはつらい季節だ。

志摩子「乃梨子、平気?」

乃梨子「大丈夫だけど、近くに喫茶店とかないんでしょうか。」

志摩子「もう少し行けば賑やかなところに着くのだけど、少し離れてるわね。」

    この辺りの地図を読みながら志摩子は答えた。

乃梨子「もう少しですか。田舎になるとお隣への距離でも結構違いますからね。」

    冷房の無い、駅のホームでベンチに座り、令さまと由乃さんを待つ。

    この辺りの地理には疎いので下手に動くよりはここで待っていた方が確実。

 由乃「おまたせー。」

  令「悪いね。暑い中。待たせてしまったみたいで。」

志摩子「いえ、かまいませんわ。」

乃梨子「私も平気ですから。」

  令「あーだめだめ。こういったところで無理しないの。」

 由乃「そうそう、祥子さまのうちはとりあえず置いといて、早く涼しいとこに行こう。」

    令さまと由乃さんは少し急いで志摩子と乃梨子を冷房の効いた喫茶店まで

    連れていってくれた。

乃梨子「ふー、生き返るー。」

 由乃「いくら避暑地といっても、ずっと外にいるのは辛かったでしょう?」

志摩子「ありがとう。気を遣ってくれて。」

 由乃「何言ってるの、私たちが遅くなったんだから。ねえ?」
     
  令「まあ、そうだね。」

 由乃「でも、さすがに、下山してすぐっていうのハードなスケジュールだったわね。」

  令「由乃が決めたことでしょうが。」

志摩子「令さま、言い出したのは私ですから。」

  令「別に、責めてるつもりは無いよ。志摩子も由乃も。ただ、随分急な話だったしね。」

 由乃「でも、祐巳さんと祥子さまが気になるから、わざわざ、ここまで来たんでしょ?」

  令「それは、そうよ。私も心配だからね。」

乃梨子「やはり、夏休み前に色々ありましたしね。あのお二人は。」

 由乃「ま、ただ退屈してるだけなら、盛り上げてあげましょう。私たちで。」

志摩子「本当にそれだけだったなら、なによりだけれど。」

 由乃「そう心配してたら祐巳さんにも悪いよ。そう何度も深刻なことは起きないでしょ。」

  令「そういうこと。私たちが出来ることは変わらないからね。」

志摩子「そうですね。祐巳さんたちが、頑張ることですものね。」

 由乃「うん、だから今は祥子さまのお宅を探すために、ここで充電しとかないとね。」

    由乃さんは、アイスティーをすすりながらそう言った。









   夕方、祥子さまのお宅をあとにして、四人は駅へと向かっていた。

乃梨子「思ったより元気そうでよかったですね。」

志摩子「ええ、本当に。」

 由乃「でも、祐巳さんもわざわざ敵に突っ込む真似しなくてもいいのに。」

  令「由乃が祐巳さんの立場なら、間違いなく突っ込むと思うけど?」

 由乃「令ちゃん。どういう意味?」

  令「そのままだよ。由乃も引き下がるなんてごめんでしょ?」

 由乃「そりゃあそうだけど。」

志摩子「祥子さまだって思われるでしょうし、祐巳さんもわかった上で祥子さまに

    着いていたいのではないかしら?」

乃梨子「つまり、負けず嫌いなんですね。」

 由乃「......乃梨子ちゃん。一言で締めちゃわないでよ。」

乃梨子「あ、すみません、失礼しました。」

 由乃「いや、謝らなくても。」

  令「とにかく、あとは二人の問題。今度会った時にでも訊いてみましょう。」

    改めて令さまが話をまとめた。

乃梨子「なんか、後ろから誰か近づいてません?」

志摩子「え?どうしたの?乃梨子。」

    後ろを振り向いて、乃梨子はその誰かを捜す。

乃梨子「あ、あの方々は。」

    そう言ったところで志摩子にもわかった。

 由乃「あれって、蔦子さんと真美さんじゃない?」

志摩子「ええ、それにしても、疲れてる様子ね。」

  令「やれやれ、世話の焼ける......。」

    引き返してふらついた二人を支えて、また先ほどの喫茶店まで連れて行くことに

    なってしまった。


premiamucocoa at 00:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年08月06日

聖様、高等部に行く

困ったときだけ現れているわけじゃない。

何も無い日もここにいることがある。

   ちょっと顔出し過ぎかな。

   最近、自分が暇人みたいじゃないかと、思ってきた。

 聖「ま、初めが悪かったのかもしれないけどね......。」

   みんな、最近はよくやってるみたいだし、いい事なんだけど。

 聖「なんか、寂しい。」

   このやるせなさを誰かに聞いてほしい。

リリアン女学園の校門を出てすぐそばで独り、そう思った。









 蓉子「......で、それだけ?」

  聖「そうよ。」

    親友は呆れながら言った。

 蓉子「暇なんじゃない......。」

  聖「失礼ね。こう見えてもいろいろあるのよ。」

 蓉子「そうね、色々あるわよね。」

    真剣に話を聞くのが馬鹿らしいといった所か。

    蓉子は、投げやりに答えた。

 蓉子「で?結局あなたは何がしたいの?」

  聖「んー言ってみれば、金さんかな?」

 蓉子「は?」

  聖「ほら?普段は、遊び人で通ってるあれ。」

 蓉子「今は、遊び人しか演じることが出来ないのが不満なわけね。」

  聖「そのとおり。」

    ようするに、最近自分の出番が無くて、退屈なのだ。

 蓉子「あなたねぇ。私たちは、もう卒業してるのよ。」

  聖「わかってるよ。」

 蓉子「なら、干渉しないのが、いいことも?」

  聖「もちろん。」

    だから、深入りはしない。あくまで。

  聖「私もあからさまなことはしないわよ。」

 蓉子「面倒な話ね......。」

    困った時に現れるのはこれだから難しい。

 蓉子「いいじゃない......。何もないなら。」

  聖「つまんない。」

 蓉子「それはあなたの都合でしょ。」
 
  聖「ちぇー。」

 蓉子「近くにいるから、行きたくなるんでしょう?だんだん、あなたも

    つまらなくなるわよ。」

  聖「そうね。」

    高等部に思い入れがあるのは、自分がいろいろあったからだろう。

    今の山百合会にしても、問題ないし、大丈夫だろう。

    そもそも自分にそんな殊勝な心遣いがあるとも思えない。

  聖「私、何しに行ってるのかな?」

 蓉子「私が聞きたいわ。」

    終始、呆れてはいたが、私の話はちゃんと聞いてくれた。

    そんな面倒見のいい友人には本当に感謝した。









  聖「何て言いながら、こんな所にいたりして。」

   校門を出た通りをなんとなしにブラブラする。

   リリアンから生徒がまばらに行き交う中、校門の中を眺める。

 祐巳「あれ?聖さまじゃないですか。」

    校門の中から見知った二人が出てきた。

  聖「お?姉妹そろってお帰り?ヒュー。」

 祥子「相変わらずですね。お元気そうで何より。」

  聖「そっちも元気そうね。」

 祥子「おかげさまで。」

    皮肉を皮肉で返すあたり、今の祥子は元気そうだ。

 祐巳「どうして、こんなとこに?」

  聖「ここだと、リリアンの生徒をじっくり見れるから。」

 祐巳「それって、ちょっと危ないんじゃ......。」

  聖「なんだとー。」 

    そう言って祐巳ちゃんを締め付ける。

 祐巳「わ、わ、ちょっと!」

  聖「んーこの感触、ひさしぶりー。」

 祐巳「やめてくださいってば!」

    離れようともがく祐巳ちゃんの反応が懐かしい。

 祥子「聖さま。」

  聖「何?」

    祐巳ちゃんを抑えながら、祥子に振り向く。

 祥子「待ってますから。ごゆっくりどうぞ。」

  聖「......ふふ。」

    祥子の台詞に笑いがこみ上げてくる。

  聖「ハハハハハ、いい、祥子、おもしろい。」

    締め付けが緩んだ隙に祐巳ちゃんは抜け出した。

 祐巳「はあ、苦しかった。」

 祥子「もう、よろしくて?」

  聖「くくく、やるようになったわね祥子。」

 祥子「おかげさまで。」

    もういちど、同じ皮肉で祥子は答えた。

  聖「おもしろかったわ。ありがと。」

 祥子「どういたしまして。それでは、私たちはそろそろ......。」

  聖「そうね。それじゃまたね。」

 祐巳「ごきげんよう。聖さま。」

    軽く手を振って二人を見送る。

  聖「あの二人も夏休み前は大変だったのにね。」

    もう、あの時の様にはなりそうに無い。

    当面の問題は祐巳ちゃんの妹ってところか。
    
志摩子「いらしてたんですか。」

    祥子と祐巳ちゃんを見送っていると志摩子にも声をかけられた。

  聖「ああ、ひさしぶり志摩子。」

乃梨子「あ、ごきげんよう。」

  聖「つづけて遭遇するなんて、タイミングいいね。」

志摩子「お変わりないですか?」

  聖「ええ、そっちもそのようね。」

    志摩子の横から、おかっぱ頭が顔を出した。

乃梨子「あの、この前は、ごちそうさまです。」

  聖「気にしないで。それより。」

    突発的に耳を引っ張ってみる。

乃梨子「なんですか。いきなり。」

    眉ひとつ動かさず、抗議してきた。

  聖「相変わらずだな。君は。」

乃梨子「重ね重ね、すみません。」

    何の反応も示さないこの娘にはちょっと、がっくりする。

  聖「最近平和そうね。みんな。」

志摩子「そう見えます?」

  聖「少なくとも、あなたたちはそうでしょう?」

志摩子「そうですね。」

    傍から見て二人はそれといった悩みは無さそうだった。
    
    まあ、今は悩みが生まれる時期じゃないしね。

  聖「さて、私も帰りますかな。」

志摩子「ええ、ごきげんよう。」

乃梨子「ごきげんよう。」

    二人と別れて帰路につく。

乃梨子「志摩子さん。」

志摩子「なに?」

乃梨子「何しに来たのかな?あのひと。」

志摩子「......さあ?」

    二人は、その場で首をかしげた。









    問題ない。ここは私がいなくても、何も変わらないだろう。

  聖「結局、私がここを見ているのは、ただ、見ていたいからかな......。」

    私を最も変えた場所だから、気になり続けるのだろう。

    そう、納得して、バスに揺られていた。









 蓉子「結局、変わる気はないわけね。」

  聖「まあね。そんなの私には出来そうにないわ。」

 蓉子「そう、まあほどほどにね。」

   最初から深く干渉してこないから、蓉子もあまり深く考えていないようだ。

  聖「好きで行ってるだけね。難しいことじゃない。」

 蓉子「あなたがそういうのならいいけど。」

  聖「そ、私が蓉子を呼び出すのと一緒。」

 蓉子「迷惑な話ね。それは......。」

  聖「ごめんなさーい。」

 蓉子「その性格は変わりそうに無いわね。」

  聖「誰に言ってるの?それ。」

    それぞれの道に進んだ後も、こう冗談が言えることを、

    私は確かめに行ってるのかもしれない。

    そんな自分が正しいのか、そうでないかはわからないが、

    今は、このままでいいと思った。


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修学旅行の前に

 瞳子「来週は皆さま、イタリアですよね......?」

    昼休み。学園祭の手伝いとして来ていたある日に、気になることがあった。

 祐巳「そうだけど。言ってなかったっけ。」

 瞳子「修学旅行の件くらい、存じてます。瞳子は来週のお仕事のことを聞いてるんです。」

 祐巳「ああ、なるほど......。」

    二年生が三人揃っていなくなるのだから、手伝いとしては気になるところだ。

志摩子「その件なら、祥子さまが一週間お休みにすると仰っていたわ。」

 祐巳「え?そうなの?」

    相変わらずな反応の祐巳さまはほっておいて、白薔薇さまに尋ねる。

 瞳子「でも、私はお手伝いに来てから、そんなに日が経っていないのですけど。」

志摩子「でも、足りない人手で進む仕事ではないし、何よりお手伝いのお二人は

    祐巳さんがお連れになったようなものだし......。」

 祐巳「あ、そうか。」

 瞳子「あ、そうか、じゃありません!私は別に.......。」

   祐巳さまに頼まれたわけじゃない、と抗議しようとしたけれど。

 祐巳「まあまあ。」

   ぽんぽんと祐巳さまは、肩を叩いてなだめてきた。

 祐巳「だったら、今週その分がんばろう。ね?」

 瞳子「......わかりました。」

    我に返り、上っていた血をおさえて、なんとか冷静に答えた。

志摩子「祐巳さん、手馴れたものね。」

乃梨子「というか祐巳さまの前だと、瞳子が単純なんです。」

    横から小さな声で、聞き捨てなら無い会話を耳にしたけれど、

    あえて、何も言わないことにした。









   その日の放課後から、目まぐるしい忙しさになった。

   ただでさえ準備で忙しいのに、一週間のブランクが生じるため、

   ハイペースな作業で、今週過ごしていかねばならない。

 由乃「まったく、どうしてこんな時期にあるのかしら。」

   あまりの仕事の多さから、由乃さまが口に出した。」

  令「人一倍楽しみなくせして。」

 由乃「子供じゃあるまいし、そんなこと......。」

  令「そう?なら、文句なしね?続けて。」

 由乃「......わかった。」

    黄薔薇のお二方も、いつもなら、ちょっとした言い争いをしそうなものだけど

    そんな余裕があるはずないので、グッと抑えているようだ。

乃梨子「あれあれ。ちょうどあんな感じ。」

    乃梨子さんが珍しくクスっと微笑しながら、声をかけられた。

 瞳子「あれって何のこと?」

乃梨子「ほら、さっきの瞳子。今の由乃さまにそっくり。」

 瞳子「......ええ、どうせ、私は単純ですから。」

乃梨子「あら、聞こえてた?それは、失礼。」

 瞳子「失礼?私の前に仰るべき方がいるのではなくて?」

    乃梨子さんが一瞬考えたようだけど、すぐ険しい顔をして、

乃梨子「待った。私が悪かったから、由乃さまには言わないで。」

    言われなくとも、本人に言えるわけないけれど、このくらいの反撃はさせて欲しい。

 瞳子「冗談を言ってる場合じゃないでしょう?」

乃梨子「ごめん。ふざけすぎたわ。」

 瞳子「私が、調子狂って慌てるのが、そんなに楽しい?」

乃梨子「わりと、そうね。」

 瞳子「わりと!?」

    涼しい顔であしらうつもりが、つい声を荒げてしまった。

 瞳子「あ、すみません。瞳子ったら。」

乃梨子「お騒がせしました。」

    仕事中だった皆さまの注目を、浴びて二人は慌てて謝った。

 由乃「ちょっと、忙しいんだから、私語でも喧嘩でも、静かにやって。」

乃梨子「はい、ちゃんと仕事します。」

 瞳子「気をつけます。由乃さま。」

    あまり、説得力のある言葉ではなかったけど、つい今しがた話のたねにしてしまった

    ことが申し訳なかったので、素直に謝った。

 祐巳「おお、由乃さんが、上級生らしいこと言ってる。」

 由乃「茶化さないで、祐巳さん。」

 祐巳「ごめん、ごめん。でも、本人たちも反省してるようだし、続きしよ、続き。」

 由乃「はいはい、時間が惜しいものね。わかったわ。」

    祐巳さまの説得により、由乃さまは作業に戻った。

 瞳子「あの、すみませんでした。大きな声を出して。」

乃梨子「いえ、私が瞳子をからかったのがいけないんです。」

 祐巳「コラッ」

    同時に喋り出した二人に向かって短くそう言った。

 祐巳「だめだよ?二人とも、仕事しないと。」

瞳子 乃梨子『はい』

 祐巳「最近の由乃さんは気が立ってるから、刺激しない方がいいよ。」

瞳子 乃梨子『そのようですね。』

 祐巳「ど、どうしたの?なんか、息ぴったりだけど。」

瞳子 乃梨子『いえ、そんなつもりは......って?』

    二人して顔を見合わせる気づかないうちに、声が重なっていた。

 祐巳「ははは、おもしろいね。二人とも。」

乃梨子「いえ、祐巳さま程では。」

 祐巳「えー?ひどいよ、乃梨子ちゃん。」  

 瞳子「祐巳さま。」

 祐巳「え?なに?」

 瞳子「私は遊びに来たんじゃありません。」

 祐巳「も、もちろん。」

 瞳子「ご自分で、注意をなされるなら、瞳子で遊ばないでください。」

 祐巳「そんなつもり無いって。瞳子ちゃんには感謝してるよ。」

    本当に真面目に答えていそうで、この方は疲れる。

 瞳子「別に、祐巳さまの為じゃありません。」

 祐巳「また、そんなこと言って......。実際助かってるんだから。」

    突き放して、話を終えようとしたけど、しつこく、付きまとうので、

    顔を背けて、これ以上話を聞かないようにする。

 祥子「祐巳、なに遊んでるの。」

 祐巳「お姉さま、遊んでるわけじゃ。」

 祥子「でも、今あなたは瞳子ちゃんの邪魔になっていてよ。こちらの方が手伝いを頼んで

    いるのだから、あなたが進行を妨げては、しょうがないでしょう。」

 祐巳「はい......、ごめんね。瞳子ちゃん。」

 瞳子「わかっていただければ......。」

    やっと開放してくれた祐巳さまはいそいそと仕事の戻った。

 祥子「まったく、今が大切な時なのに......。」

 瞳子「紅薔薇さま......。」

    ありがとう、と言って良いものかと言葉に詰まってしまう。

 祥子「瞳子ちゃん。気にしなくていいわ。」

 瞳子「はい、わかりました。」

    今は作業を続けてと言って、ご自分の仕事に戻られた。

    時間が無い。薔薇の館が学園祭の向けて、忙しなく動いているのを実感した。

    手伝いとして出来る限り、がんばろうとこの時、心から思った。









 瞳子「どうぞ。」

    仕事もひと段落して、休憩ということになり、皆さまにお茶をお出しする。

 祐巳「ありがとう。」

 瞳子「お疲れ様です。」

志摩子「とりあえず、心置きなく一週間留守に出来るわ。」

乃梨子「帰ってきたら、また頑張っていただきますけど。」

 瞳子「そうですね。祐巳さまは特に。」

 祐巳「言わないでよ......。」

 瞳子「ご安心を祐巳さま。演技のことなら、瞳子、頑張って指導しますから。」

志摩子「頼もしいわね。」

 瞳子「ええ、祐巳さまを立派な主役にしてみせます。」

 祐巳「オーケー。でも、とりあえずそのことは、一週間忘れさせて......。」

    たまにこうゆう形で仕返ししてもばちは当たらないだろう。

    何せこの方にはいつも振り回されてばっかりだ。

 瞳子「祐巳さま。」

 祐巳「ん?なあに?」

 瞳子「行ってらっしゃいませ。」

 祐巳「え?どうしたの急に?」

 瞳子「どうしたのって。」

 瞳子「いけないですか?瞳子が行ってらっしゃいと言ったら。」

 祐巳「ううん、そんなことない。ありがとう。」

 瞳子「そんな、お礼を貰うことじゃありませんわ。」

    素直に受け止められると、それはそれで照れる。

 祐巳「では、改めまして......。」

    一呼吸おいてから、祐巳さまは言った。

 祐巳「行ってきます。瞳子ちゃん、帰ってきたらまた、よろしくね。」

    笑顔で答えた祐巳さまに顔を背けて、

 瞳子「はい、こちらこそ。」

    と、照れた顔を見られないよう、短く答えた。

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淋しい薔薇の館

 祐巳「乃梨子ちゃん。」

    急に呼ばれて乃梨子は振り向いた。

乃梨子「何ですか、祐巳さま?」

 祐巳「随分、苦労をかけたね。」

乃梨子「今更そんなことを言われても。」

    祐巳さま復帰から間もない日に突然謝られた。

 祐巳「本当、こんなに閑散としてたとは思わなかったから。」

    そう言ってみんな集まっていない薔薇の館を見渡す。

乃梨子「私が来るようになってから、ずっとこうですよ。」

 祐巳「そうなの?ごめんね、嫌な気分にさせちゃった?」

乃梨子「いいえ、仕事の方はお姉さまが教えてくれますし。」

 祐巳「そう、志摩子さんにもお詫びしなきゃ。」

    しばらく休んでいたことを、よほど悪いと思ったのか、祐巳さまがしつこく

    謝罪の言葉を話す。

乃梨子「そうですよ。私はたいした事はしてないですし。」

    志摩子さんに謝ってくれた方が正解のような気がする。

 祐巳「志摩子さんは?」

乃梨子「まだ来ていないですよ。掃除が長引いてるんですかね。」

 祐巳「今、ふと思ったんだけど、今日みたいに令さまと由乃さんが部活でいなくて

    しかも志摩子さんが委員会なんかあったりしたら......。」

乃梨子「それは、もし祐巳さまが戻っておられなければということですか?」

 祐巳「そうそう。」

乃梨子「私に何が出来るって言うんですか?」

    そんな状況でひとりポツンとなにをしろと。

 祐巳「そう?色々、やってくれて助かりそうだけど。」

乃梨子「買いかぶりすぎです。」

 祐巳「そんなことないよ。」

乃梨子「だとしても、この少数の人手でできることなんて知れたものです。」

 祐巳「じゃあやっぱり、瞳子ちゃんに頼んでおいてよかったね。」

乃梨子「まあ、部活がある日もありますけどね。」

    今日がまさにその日だった。今は、演劇部のほうに顔を出している。

 祐巳「ところで、乃梨子ちゃん。」

乃梨子「何ですか?」

    祐巳さまが一呼吸置いてから呟いた。

 祐巳「とりあえず、今何してればいいかな?」

乃梨子「......。」

    ブランクのある先輩は新米の頼りにはならなかった。









志摩子「無理に仕事をしていなくてもいいのに。」

    しばらく経って志摩子さんがくるまでの間、ただ待っているのもどうかと思って

    薔薇の館を掃除していた。

乃梨子「確かに私も何もしないよりはいいと思いましたけど。」

 祐巳「普段やらない所だから丁度いいかなと思って。」

志摩子「それはありがたいけど、頑張りが空回りしないようにね。」

 祐巳「もちろん、本番はここからだからね。」

乃梨子「今度こそ、ちゃんとしてくださいね」

 祐巳「ごめんね。不安にさせちゃって。」

乃梨子「いえ、そんなこと無いです。」

    こういう人なんだな、祐巳さまは、と乃梨子は諦めたように認識した。

志摩子「それでは、令さまから聞いたとおり作業に取り掛かりましょう。」

 祐巳「わかった。さぼってた分しっかり働くから。」

    そう言って祐巳さまが書類に集中したところで志摩子さんが声をかけてきた。

志摩子「祐巳さん、大丈夫そうだった。」

乃梨子「すみません。私にはなんとも......。」

志摩子「なにか、気になることでも?」

乃梨子「思った以上に接しやすいんですね。」

志摩子「あら、今更気づいたの?」

    志摩子さんは笑って答えた。

志摩子「祐巳さんのそういうところが戻ったなら、大丈夫ね。」

乃梨子「そうなんですか?」

    失礼ながら、紅薔薇さまの妹って認識しかなかったので、本人と接した時は少々

    面食らった感じがした。

志摩子「乃梨子には、祥子さまが印象強くて、わからなかったかしらね。」

乃梨子「はい、お姉さま以外で会話したとなると紅薔薇さまと黄薔薇さまぐらいですね。」

志摩子「伊達につぼみと呼ばれていないわ。祐巳さんは。」

    見かけによらず、祐巳さまはすごいらしい。

乃梨子「今の祐巳さまが、本来の姿なんですね。」

志摩子「祐巳さん自身は気づいてないけれどね。」

乃梨子「楽しい人ですね、傍から見れば。」

志摩子「乃梨子は苦手?祐巳さんのこと。」

乃梨子「まさか、嫌いになるのが難しいですよ。ああいう方は。」

志摩子「それなら、安心だわ。」

    それだけ言うと志摩子さんも仕事の方に集中した。









 祐巳「去年はこの時期どうだったの?」

    作業も一息入れるためにお茶の用意をしていた時、祐巳さまと志摩子さんが

    現状について話し始めた。

志摩子「何度も言うようだけど、私は手伝いに来た人間に過ぎなかったの。だからやれる事と

    言っても今の作業とあまり変わってないかしらね。」

 祐巳「そうか......。やっぱり、ちゃんとした経験者が欲しいね。」

乃梨子「黄薔薇さまから指示はいただけるんですから、まだいいと思っておきません?」

志摩子「ごめんなさいね。私がもっとしっかりしていればいいのだけど。」

乃梨子「お姉さま、そんな意味じゃありませんから。」

 祐巳「そうだよ。それを言ったら私はどうなるの?」

    慌てて志摩子さんを祐巳さまとフォローする。

志摩子「ありがとう。気を遣わせてしまったわね。」

乃梨子「いいえ、私の方こそすみません。」

 祐巳「今、志摩子さんが一番頑張ってるから感謝してるよ。」

    志摩子さんがへこんでしまったら、それこそ今どうしたらいいのか。

乃梨子「お茶が入りましたから。リラックスしてください。」

志摩子「ええ、そうね。いただくわ。」

 祐巳「ありがとう、乃梨子ちゃん。」

    三人は紅茶に口をつけた後、溜息をついた。

 祐巳「寂しいね、人が来ないと。」

志摩子「祐巳さんが来てくれただけでも心強いわ。」

 祐巳「いや、よく考えたら、お邪魔かなとも思ったし。」

乃梨子「そんな雰囲気でもないですって。」

    祐巳さまの言うとおりこの寂しい空間がネガティヴな考えにつながっているのか

    みんな、悪い方に頭が向く。
 
 祐巳「これじゃ、由乃さんが見たら、お通夜じゃないって言われそう。」

志摩子「ふふふ、言いそうね、由乃さんは。」
 
 祐巳「由乃さんがいたら賑やかなのに。」

乃梨子「そこまで言ったら失礼なんじゃ......。」

 祐巳「そうね。本人が聞いたら賑やかじゃ済まないかも。」

乃梨子「怖いこと言いますね。」

志摩子「本当、早くみんな揃ってくれるといいわね。」

    紅茶を飲み干したカップを置いて、志摩子さんがつぶやいた。

 祐巳「夏休みまでには何とかなるよ、きっと。」

    祐巳さまも、すぐみんなが揃う日がくることを祈って、そう言った。










 由乃「まるで、お通夜じゃない。」

    祐巳さまが予想した台詞をそっくりそのまま口にした。

 祐巳「ドンピシャだとは思わなかったよ。」

 由乃「何が?」

志摩子「気にしないで。たいしたことじゃないわ。」

    笑って志摩子さんが由乃さまをおさえた。

  令「でも、本当、入って来た時は驚いたわ。」

 由乃「入って早々笑いものにされたみたいだけど。」

 祐巳「ごめんね、本当に気にしないで。」

    二人が入ってさっきまでの沈みようが嘘のように明るくなった気がする。

  令「祥子が来れば久々にみんな揃うんだけどね。」

    乃梨子にしてみればほとんど、揃った山百合会はほとんど見ていない。

 祐巳「お姉さまも、またちゃんと来てくれますよ。きっと。」

  令「ありがとう。祐巳ちゃんがそう言ってくれるなら大丈夫でしょ。」

    みんな、紅薔薇さまがはやく復帰して欲しい思っている。

乃梨子「お姉さま。」

志摩子「なに?」

乃梨子「紅薔薇さまが帰ってきたら、もっと活気が出ますかね。」 

志摩子「そうね、乃梨子が妹として改めて歓迎して貰いましょう。」

    そう言って志摩子さんは笑った。   

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OK大作戦裏

 由乃「まさか祐巳さんがこんなこと計画するなんてね。」

    夏休みも後半を過ぎた、八月の第三水曜日。

    祥子さまと花寺の生徒会の人たちを会わせるという祐巳さんの提案を実行する日だ。

志摩子「でも、大丈夫でしょうか?祥子さまは。」

  令「祥子だって、そこまでヤワじゃないでしょう。」

志摩子「そうでしょうか?」

    志摩子さんは随分心配しているけれど、由乃は少し楽しみ。

 由乃「私たちはあまりすることは無いみたいだけど。」

  令「由乃が楽しいことなんてないよ?」

 由乃「わかってるよ。邪魔にはならない。」

    しかし、そうはいっても祥子さまを嵌めるなんて、滅多に無い。

乃梨子「本当に楽しそうですね。」















    ……そんなに、顔に出ているだろうか。













志摩子「息が詰まりそう。」

 由乃「確かに、仕掛け人の立場は辛いわ。」

    一時的に祥子さまが席を外した瞬間、一斉に薔薇の館の空気が緩んだ。

ちゃんと仕事しながらも、みんな、ドッキリを仕掛けることに頭がいってしまう。

志摩子「今日の祐巳さん、やけに冷静ね。」

 由乃「ええ、そうね。もう少し落ち着きがないと思ったけど。」

志摩子「祥子さまを前にしてもいつもどおりですものね。」

 由乃「いつもどおり?そう?」

志摩子「私から見れば、だけれど......。」

 由乃「違和感はあるのよ、微妙に。何かはわからないけどね。」

    祥子さまと話す祐巳さんに一見すると問題ないけど、何か隠してる雰囲気はある。

 由乃「それが、祥子さまに気づかれなきゃいいけど。」

志摩子「うまくいくといいわね。」

    そう言うと志摩子さんは仕事に集中した。内緒話を長引かせるわけにも行かない。

 祐巳「由乃さん、気緩めすぎだって。」

 由乃「仕方ないでしょ、あんな空気じゃ。」

 祐巳「わからなくもないけど、気をつけてよ?」

 由乃「祐巳さんに言われるとは思わなかったわ。」

 祐巳「言い出したのは私だし。」

 由乃「それだけ?妙に冷静じゃない?」

 祐巳「そ、そうかな?」

    お?ちょっと反応したかな?

 由乃「祐巳さん、祥子さまは感づいてない?」

 祐巳「うん、大丈夫。」

    やっぱり、何か隠してるのか?祐巳さん。

  令「由乃、そろそろ仕事しな。祥子がそろそろ戻るよ。」

 由乃「わかったわよ。」

    時間切れか。もう少しだと思ったのに。

 祐巳「じゃあ、頑張ろう。由乃さん。」
        
 由乃「ええ、それにしても気が重いわね。」

    祐巳さんが乾いた笑いを出した後、祥子さまが戻ってきた。

 祥子「何か問題あって?」

 由乃「いいえ、何もありません。」

  令「ああ、うん。」



    それじゃ、ばれちゃうでしょう。令ちゃん。



 祥子「そう、ならいいけれど。」

    本人が目の前にいると。しなくてもいい緊張感が襲ってきてしまう。

    その後はみんな口を開かずに仕事に没頭していた。










 由乃「どう、思う?志摩子さん。」

志摩子「私にもわけがわからないわ。」

    祥子さまが予定より早く帰ろうと言ったので、みんな内心慌てていた。

 由乃「やっぱり、祐巳さんは何か知ってるわね。」

乃梨子「だとしたら、午後からの落ち着きようも何かありますね。」

志摩子「二人とも、祐巳さんに悪いわ。」

 由乃「疑うのは悪いけど、今日の祐巳さんも祥子さまもおかしいでしょ?」

志摩子「ええ、それはね。」

    祥子さまが今日は切り上げようと言って、今校門へと向かっている。

乃梨子「何にしろ、このまま花寺の方々と鉢合わせすれば問題ないのでは。」

志摩子「そうね。由乃さん、やっぱり今、事をややこしくするのはまずいわ。」

 由乃「わかった。様子を見てる。」

    元々、脇役なので口を出しても出さなくても、変わらない。

 由乃「でも、面白くない。」

乃梨子「由乃さま。抑えて、抑えて。」

    背中をさすって乃梨子ちゃんがなだめようとしていたが、イライラは消えなかった。









 祐巳「ごめんね。みんな。」

 由乃「まったくよ。」

    祥子さまが倒れてしまった後、改めて、祐巳さんが謝罪してきた。

志摩子「それより、祥子さまは?」

祐巳「大丈夫。今、保健室で休んでもらってる。」

 令「花寺の方々も、また後日ってことでお引取りしてもらったよ。」

 祐巳「すみません。令さま。」

 由乃「はい、祐巳さん?お次は先ほどのことをご説明して欲しいのだけど。」

 祐巳「なんか、怖いよ?由乃さん。」

    結果オーライと納得出来るものではない。裏切りを許すほど甘くはないのだ。

志摩子「祐巳さん、話してあげて。」

乃梨子「そうですよ。この場を収めるためにも。」

 祐巳「わかった話すよ。」

    なんだ、その言いようは。まるで私が駄々こねてるみたいじゃない。

 祐巳「言ってみれば、私が非情に成りきれなかったわけなんだけど。」

 由乃「祐巳さんが非情?いくらなんでも無理があるでしょう。」

志摩子「そうね。向き不向きがあると思うし。」

乃梨子「同感です。想像できませんね。」

 祐巳「……そこまで言われるとちょっとへこむんだけど。」

  令「黙ってようね。話が進まないから。」



    その一言でとりあえず、静まり返る。



 祐巳「お姉さまと一緒にいたら、罪悪感で居たたまれなくなってしまって、つい自分から

    今日のことを自白してしまったんです。」

  令「なるほど。そしてさっきの祐麒さんの掛け合いは、祥子が言ったことね。」

 祐巳「はい、その通りです。」

 由乃「つまり、早く楽になりたくて吐いてしまったと。」

志摩子「随分な言われようね、祐巳さん。」

 祐巳「やっぱり怖い。」

 由乃「コラ、人聞きの悪いこと言わない。」

乃梨子「いつの間にか、由乃さまが仕切ってますね。」

  令「由乃がこうなったら、手がつけられないのよね。」

乃梨子「他人事みたいですね。」

  令「祐巳ちゃんに任す。」

    勝手なやり取りが後ろで行われていたけど、ひとまず置いとこう。

 祐巳「だって、黙ってられなかったんだよ。」

 由乃「こっちは黙られたんだけど。」

 祐巳「うまくいってたじゃない。」

 由乃「今、祥子さまが保健室じゃね。」

志摩子「祐巳さんまで興奮しないで。ね?」

 祐巳「うん、ごめん。」

    エキサイトしてきた二人に志摩子さんが待ったをかける。

乃梨子「お姉さま、一番そんな役引き受けていません?」

志摩子「そんなことないわ。ありがとう、大丈夫だから。」

    志摩子さんは乃梨子ちゃんに笑っていたが、気を遣っているのは明らかだった。

 由乃「......わかった。いつまでもこうしてるのも悪いし、祐巳さん?一言ある?」

 祐巳「え?はい、みなさん、祥子さまとのこと黙っていてすみませんでした。」

    深々と頭を下げて、祐巳さんは謝罪の言葉を述べた。」

 由乃「よろしい。じゃ。この話は終わり。」

  令「今日はあっさり引き下がったわね。」

 由乃「まあ、志摩子さん見てたら、本当に私が悪者じゃない?って思ったの。」

    自分で始めておきながら、止めに来た志摩子さんに気を遣う羽目になった。

 由乃「それにわざわざまた気まずい空気を作りたくないでしょう?」

 祐巳「うんうん、それは言えてる。」

  令「もう、勘弁したいね。」

志摩子「耐えられません。」

乃梨子「御免ですよ私も。」

    みんなが声を合わせて、自分の気持ちを口にした。

 由乃「でしょう?ならいいじゃない。」

乃梨子「終始勝手ですね。」

    志摩子さんに口を抑えられた乃梨子ちゃんは置いてかれ、一連の騒動は幕を閉じた。

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いたりあみやげ

 祐巳「何かいいのあった?」

    修学旅行にて、お土産を見て廻っていた時。

 由乃「何か......って、何よ?」

 祐巳「ほら、みんなで食べられるお土産とか。」

 由乃「あら?ローマ饅頭とフィレンツェ煎餅があるんじゃないの?」

 祐巳「わかってるけど、見つからなかったら困るなって......。」

 由乃「つまり、保険ね。」

    正直に言うと諦め掛けてはいるのだけど、引き受けてしまった手前引き下がるのも

    祥子さまに悪いし、だからといって何も買えないのはもっとまずい。

 由乃「だから、そんな物、どこにもないって。」

 祐巳「でも、お姉さまは真剣そうだったよ。」

 由乃「まあ、祥子さまから頼まれたんじゃ、見つけないとね。」

    由乃さんは無いと考えて、他人事みたいに言った。

 祐巳「でさ、何かない?」

 由乃「わかったって。とりあえず志摩子さんにも言って他のものも探しておくから。」

 祐巳「......うん、お願い。ごめんね。」

    情けないけど、どこを探しても見つかりそうにない。

    それならば、事前にこの事を告げておくべきだろう。

 祐巳「まあ、頑張って探してみるよ。」

 由乃「期待しないで待ってるわ。」

    そう言って二人とも店内の散策を再会した。









 蔦子「祐巳さんは、何をさがしてるの?」

    蔦子さんが棚を見る祐巳の姿をレンズ越しに見ながら訊いてきた。

 祐巳「ローマ饅頭とフィレンツェ煎餅。」

 蔦子「何?なぞなぞ?」

 祐巳「やっぱり蔦子さんも無いって思う?」

 蔦子「というか、祐巳さん、そのまま取るのがいけないんじゃない?」

 祐巳「え?それって?」

 蔦子「つまり、饅頭、煎餅とは名ばかりで本当は別物ってことよ。」

 祐巳「あ、なるほど。」

    そう言われてみれば、その方が納得がいく。二つが謎かけだとすると、祥子さまも

    その答えが見つけられなかったわけで......。

 祐巳「だとして、私にみつけられるかな?」

 蔦子「さあ?見当もつかない。」

 祐巳「えーここまで、言っておいて?」

 蔦子「生憎だけど、私が考えるのはここまで。」

 祐巳「そんな、一緒に考えてくれないの?」

 蔦子「祐巳さんに出された問題なんだから私が解くわけにはいかないでしょう?」

 祐巳「そりゃ、そうだけど。」

    答えを知っているのは、去年、祥子さまにその二つを頼んだ人だろう。

    祥子さまが問題を出したわけじゃない。

 祐巳「もう少しヒント欲しいな。」

蔦子「真美さんの意見はどう?」

 真美「え?呼んだ?」

    不意をつかれた真美さんが、振り向いて答えた。

 祐巳「ローマ饅頭とフィレンツェ煎餅。」

 真美「はい?」 

 蔦子「だから、そのままじゃだめだって。」

    真美さんに今までの考察を話してみる。

 真美「そんなこと言われてもね。」

 祐巳「何かわからない?」

 真美「わたしだって、ローマとフィレンツェのお土産なんてよく知らないわよ。」

 蔦子「へえ、情報通な真美さんがそんな事言うなんてねえ。」

 真美「私だって何でもかんでも、ネタをさがしてるわけじゃないわ。イタリアまでなんて

    さすがに、わからないことだらけ。」

 蔦子「あらあら、お手上げね。」

 祐巳「少しは期待していたんだけど。」

 真美「悪かったわね。」

    そういった真美さんは少しむくれていた。

 祐巳「とりあえず、振り出しに戻っちゃったね。」

 蔦子「ま、闇雲に探すよりはいいと思うけど?」 

    今は、その収穫だけで満足することにした。









志摩子「やはり、見つからない?」

    志摩子さんも探してくれているらしいけど、手がかり無しだそうだ。

 祐巳「うん、ごめんね。変なことにつき合わせて。」

志摩子「気にしないで、私も、あるならこの目で見てみたいしね。」

 祐巳「気になるんだ。志摩子さんも。」

志摩子「ええ、祥子さまがそんな面白い注文をなさるなんて意外だから。」

    そりゃ、妹の私でさえ、驚きましたもの。

志摩子「でも祐巳さん、大変よね。」

 祐巳「ははは、まあ、やれるだけのことわね。」

志摩子「お疲れ様、頑張ってね。」

 祐巳「あ、志摩子さんはこの難問は解けそう?」

志摩子「ごめんなさい。私もわからないわ。」

 祐巳「それにしても祥子さまに買ってくるように頼んだのって誰だろうね。」

志摩子「え?祐巳さん、気づかない?」

 祐巳「志摩子さん、わかるの?」

志摩子「わかるというか、ひとりしか思いつかないわね。」

    その後、水曜日の午後にこの言葉の意味を理解することになった。









 由乃「結局、見つからなかったわね。」

    由乃さんが冷静に答えた。

 祐巳「うう、何て言おう?}

 由乃「正直に無かったでいいじゃない?祥子さまだって見つけられなかったんだし。」

 祐巳「そうだけど......。」

 由乃「だったら、祥子さまだって強くは言わないって。」

    そうは言うけれど、具体的なお土産の意見を訊いたのは祐巳自身だった。

 祐巳「言いづらいなあ。」

 由乃「こらこら、沈まない。ちゃんと三人でお土産も買ったじゃない。ねえ?」

志摩子「そうよね。祐巳さんがそんなに落ち込むことは無いと思うわ。」

 祐巳「そうかな。」

 由乃「問題ないって、だから修学旅行の最後をそんな顔で締めないでよ。」

 祐巳「うん、わかった。」

志摩子「気休めかもしれないけど、このチョコレートおいしかったから、みなさんにも

    不満はないと思うわ。」

 祐巳「そう、志摩子さんがそう言ってくれるとホッとするよ。」

 由乃「私の言葉は何も感じないって言うの?」

 祐巳「そんなことないよ。」

    二人に励まされて気分がずいぶん楽になったのは本当だ。

 祐巳「ありがとう、由乃さん、志摩子さん。」

 由乃「どういたしまして。帰ったらしっかりね。」

志摩子「私の方も、気にしなくていいのよ。」

    それでも、二人にはきちんとお礼を言いたいと思った。









 祐巳「冗談だって......。」

    修学旅行から帰ってお土産を配り終えたときに由乃さんに声をかけた。

 由乃「......当たり前じゃない。」

    由乃さんは、ホッとしたようで残念そうな複雑な顔をしていた。

 由乃「あんなに騒いだのに真相はあっけないものね。」

 祐巳「すみません。」

 由乃「誤らなくていいよ。祐巳さんは頑張ったし。」

 祐巳「うん、ありがとう。」

 由乃「それで?祥子さまは何も言わなかったでしょ?」

 祐巳「逆に信じたことを驚かれた。」

 由乃「まあね、祥子さまが冗談なんてめったに聞くことじゃないし」

 祐巳「でしょう?」

 由乃「でも、元が聖さまの言葉なんだからわかる気はするね。」

    まあ、インコの声を聞いたとき気づいたんだけど。

 祐巳「やっぱり、こういうこと、想定していたと思う?」

 由乃「日程を調べてれば、先回りも出来ると思うけど。」

    普通そこまでするか?って思うけど、やりきれない事はしないだろう

 祐巳「やめよう。推測に過ぎないし。」

 由乃「放課後に、あのチョコレート持って行こう。ほんとにおいしいから。」

 祐巳「うわあ、楽しみ。」

    この日は、そのおいしさを思い浮かべながら、残りの授業を受けていた。




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白バラ学園祭

乃梨子「志摩子さん、そろそろ?」

    11時を過ぎて少し経った時間、もうすぐ志摩子さんが自由時間のなるらしい。

志摩子「ごめんなさいね。もう少し待ってて。」

乃梨子「いいよ。時間まで縁日を見てるから。」

    少し早く来すぎてしまったようだ。

乃梨子「フランクフルトください。」

    瞳子から祐巳さまからの奢りで貰った食券を使わせてもらった。

    まだ、お昼前だけど今の小腹のすき具合にちょうどよかった。

乃梨子「開会後が一番忙しかったかな、私。」

    クラスの方は、基本的に展示だから、あまり問題にならなかったけれど

    午前中に瞳子と少し見て廻って、中学の同級生に挨拶して、と分刻みで用事を済ませた。

乃梨子「ま、個人的な理由だから文句は言えないけど。」

    フランクフルトを食べながら、縁日をゆっくり見て廻っていた。

 由乃「乃梨子ちゃん、いらっしゃい。」

乃梨子「由乃さま。お疲れ様です。こちらの係でしたっけ。」

 由乃「ちょっと、こっちに用があっただけ、すぐ戻るわよ。」

    客の波は引いてるようだけどもやはり、忙しいらしい。

 由乃「そういう乃梨子ちゃんは志摩子さん待ち?」

乃梨子「ええ、ちょっと早くきてしまったので、もう少し待つ予定です。」

 由乃「そう、私たちはもう少し後だから羨ましいな。」

乃梨子「お先に楽しませていただきます。」

    軽い挨拶を交わすつもりで、話していたけど、そろそろまずい。

乃梨子「お邪魔しては悪いので失礼しますね。」

 由乃「あ、気を遣わせてごめん。」

乃梨子「後で、祐巳さまにこれのお礼に伺います。」

    フランクフルトの串をちょっと掲げてそう言った。

    手を振って答えた由乃さまを見送っていると、その後ろから近づく影があった。

乃梨子「あれは新聞部の......。」

    山口真美さま。由乃さまに声をかけたかと思うとそのまま強引に連れてってしまった。 

乃梨子「まずいな......。」

    下手をすると志摩子さんまで巻き込まれそうだ。

     ちょっと志摩子さんに知らせようか、と、ヨーヨー売り場に急いだ。









乃梨子「遅かった......?」

    由乃さまの件を知らせようとしたけど、その二人が、屋台側に来ていた。

志摩子「乃梨子?どうかして?」

乃梨子「志摩子さん。さっき由乃さまが真美さまに連行されて。」

志摩子「由乃さんと真美さん?ああ、そういえば蔦子さんも祐巳さんを連れてたわね。」

乃梨子「まだ、終わらないんですか?」

志摩子「もう、終わるけれど。」

乃梨子「なら、さっさと、抜け出せないかな。」

志摩子「いいのかしら。あの、二人に任せてしまって。」

乃梨子「志摩子さんは自由時間だから、気にしないでいいんじゃない?」

志摩子「でも、悪いわ。」

    志摩子さんに、知らないふりして抜け出そうなんて提案は却下されるだけだ。

乃梨子「でも......。」

    今の志摩子さんの姿は贔屓目に見なくても、写真に収めたくなるだろう。

志摩子「わかったわ。じゃあ、私が必要ないのなら一緒に行きましょう?」

    そんなわけないじゃない。志摩子さんはれっきとした白薔薇さまなのだから。

    案の定、真美さまに捕まって、ポーズを取らされていた。









志摩子「すっかり待たせてしまったわね。」

    真美さまから開放されて、祐巳さまにお礼を言った後。

乃梨子「別にいいですよ。今思えば出かけた先で会うよりは、ましでしょうし。」

志摩子「ありがとう。」

乃梨子「それより、そろそろ、何か食べておかない?」

志摩子「お昼には早くはない?」

乃梨子「でも、今のうちに入っておかないと、お昼には間に合わないんじゃない?」

    昼時の忙しさは、飲食関係すべてに例外なく訪れる。
    
    今のうちに席なり、食べ物なりを手に入れておかないと、かなり時間が取られる。

志摩子「何か食べたいものはある?」

乃梨子「特にリクエストはないけど、縁日に戻るのはどうかと思うよ。」

志摩子「いくらなんでも、時間がもったいないわね。」

乃梨子「桜亭って、ランチメニューもあったっけ?」

志摩子「喫茶店でしょう?学園祭のとしては難しいわね。」

乃梨子「とりあえず、中に入っちゃいません?このまま待ってるよりはいいと思う。」

志摩子「そうね。そうしましょうか。」

    まだ客足がひいている時間なので二人はスムーズに入ることが出来た。









   桜亭で無事お昼を取ることが出来たので、そのまま、志摩子さんとコーヒーも

   頼んで、ゆっくりとしていた。

桜組の生徒「志摩子さん......。悪いんだけど、ずいぶん込み合ってきたから、その。」

志摩子「あら、本当。ずいぶん長居してしまったのね。」

乃梨子「そのようですね。そろそろ、お暇しましょう、お姉さま。」
 
桜組の生徒「ごめん。助かるわ。」

志摩子「ちょっとまって。この会誌続き読めないかしら?」

桜組の生徒「ああ、それ?希望者に抽選で差し上げるのだけど、図書室にも寄贈していたから

      読みたいなら、そちらを当たったほうが確実かな。」

志摩子「ありがとう。探してみるわ。」

    どういたしまして、と答えてもらってから桜亭をあとにした。

志摩子「つい、読み耽ってしまったわ。今度、一緒に図書室で探してみましょう。」

乃梨子「そうだね。今度行こうか。」
 
    お昼も済ませたので、今後どう廻るかまた相談する。

志摩子「乃梨子はクラスの仕事は平気?」

乃梨子「うん、元々当日はそんなに忙しくないし。」

志摩子「では、今度は乃梨子のクラスに行ってみたいわ。」

乃梨子「わかった。それじゃ行こう?」

    二人は一年椿組目指して、歩き出した。

志摩子「あなたの趣味が役に立ったそうじゃない?」

乃梨子「ははは、取材なら夏休み中、志摩子さんとけっこう行ったしね。」

志摩子「うれしいわね。役立っているのなら。」

乃梨子「まあ、志摩子さんには協力してもらったし、退屈させないようにしなきゃね。」

    そうして、椿組の展示を案内してまわった。









乃梨子「そういえば、和尚さんは来ているんですか?」

志摩子「ええ、チケットは渡したし楽しみにしていたから。」

乃梨子「でも、またあんな格好してくるのかな。」

志摩子「その点は心配ないと思うわ。父には強く言ってきたから。」

    あの人が志摩子さんに説教されている図は、なかなかシュールだ。

乃梨子「私もまだ、タクヤ君と会っていないから、一緒にいるのかもね。」

志摩子「でも、それならひとりで歩きまわれるより安心ね。」

    そう言って私に笑いかける志摩子さんの後ろを、妙に存在感のある二人組が通る。

志摩子「どうしたの?乃梨子?」

乃梨子「あ、何?」

志摩子「固まっていたけど。」

乃梨子「そうだった?」

志摩子「ええ、もしかして、お知り合いでもいた?」

乃梨子「うん、まあそんなところ。」

志摩子「だったら、ご挨拶しなきゃ。」

乃梨子「いや、すれ違っただけだし、もう見えなくなってるよ。」

志摩子「そう?残念ね。」

    むしろ、志摩子さんにとってよかったかもしれない。

乃梨子「まさか、あんな格好してくるなんて......。」

志摩子「何か言って?」

乃梨子「何でもない。」

    いずれわかることかもしれないけど、今は、余計な気を遣わせることはないだろう。

乃梨子「志摩子さんって、大変だよね。」

志摩子「どうしたの?急に?」

    本人は首を傾げるばかりだった。
 








乃梨子「そろそろ時間かな。」

    もうそろそろ劇の時間が近づいてきた。

志摩子「よかったの?瞳子ちゃんの劇、見に行かなくて。」

乃梨子「無理に来て欲しくないんじゃないかな。」

志摩子「それでも、行ってあげたら喜んだと思うけれど。」

乃梨子「大丈夫ですって、私よりうれしい人が行ってるはずです。」

志摩子「そうね。」

    もう少し、余裕があれば考えたけど、志摩子さんと廻っていたら

    時間がなくなってしまった。

乃梨子「さてと、私たちはこれからですから、がんばろう。」

志摩子「そうね。出来る限りのことはしましょう。」

    そう言って二人は体育館につづく廊下を歩いた。


premiamucocoa at 23:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)