2004年11月30日

「し」の謎。

78dca8d6.JPG最近のスポーツ選手はインタビューで盛んに「思うし」という語尾を用いるが、この「し」に隠された意識が興味深い。
叙述の強調を表す副助詞「し」の用法なら強い意志を表すが、私はこの「し」にそれとは違う想像を働かせる。つまり、接続助詞として、もう一つ共存する何かを曖昧化しているような感覚を抱くのだ。
そもそも「思う」は断定を避ける言葉としていまは用いられている。「やります」を「やりたいと思います」という類の用法である。したがってこの曖昧な「思う」に続く「し」には、発言を曖昧にしたい迷いを感じるのである。
  

Posted by present_nori at 09:50Comments(3)TrackBack(6)

2004年11月29日

「鵬」の乱立。

5ac9a00f.JPG大相撲が日常会話の話題に上ることも少なくなったが、最近の四股名(しこな=力士名)で、白鵬・露鵬・旭天鵬・海鵬(以上『幕内』)、琉鵬・千代白鵬(以上『幕下』)と、やたらに「鵬」の付く名が多い(下位番付にもさらに存在する)。
もちろん大横綱「大鵬」にあやかったものだ。もともと四股名には「〜山」「〜海」「〜花」など似たような名は多いのだが、それらとは意味合いが異なる「鵬」の付く名がこれほど番付に並んだことはなかった。日本語のボキャブラリーの貧困が角界にも影響してきたのか。既に偏った食生活の影響は力士の健康面に現れており、相撲界にも時代の波は押し寄せている。
  
Posted by present_nori at 23:44Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月28日

「東寺」と「冬至」。

eb2ce7fc.JPG昨夜の「ブロードキャスター」で京都検定を紹介したナレーターは「東寺」を「冬至」と同じアクセントで語っていた。ここ数年顕著な“アクセントの平板化”の一例だ。
日本語のアクセントは、身近な事象を平板に発音する傾向があると言われるが、昨今の平板化はそれとは違う。自らの位置を判断する思考力が欠落して敬語が話せなくなったように、言葉ごとのアクセントを区別する思考力が現代人から失せている証拠なのである。
話すプロならばアクセントには注意してほしいものだが、アナウンサーやナレーターの大半が平板なアクセントに終始する現状を目の当たりにすると、日本語の崩壊は最早、絶望的な状況にあると言うしかない。
  
Posted by present_nori at 01:51Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月27日

「緊急」という嘘。

28fd3ddf.JPGなぜ、当日のスポーツイベントで優勝した選手がテレビに登場するのを「緊急生出演!」と呼ぶのか。「緊急」とは「事が重大でその対策・処理に至急を要する様子(『新明解国語辞典・第三版』)」を指す。
その日活躍した選手が生出演するのは速報性あるテレビというメディアにとって当然のことだし、緊急事態ではない。
無反省で無秩序で無感覚なテレビが日本語を壊し続けている。
  
Posted by present_nori at 13:07Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月26日

「口どけ」という魔物。

52e4300d.JPGチョコレートは仕方ないとしても食パンのCMにも登場して、世の中いま、この言葉が大流行である。もちろんグルメ番組でも徐々に使用頻度が増してきた。
ハードからソフトへ、食の世界はとろけそうな“やわらか路線”が際限なく定着しつつある。
巷に口をぽかんと開けたまま歩き、待つ日本人が急増とか。その原因もやわらかな食事にある。これらの人種は鼻呼吸ができないから風邪をひきやすい。「風邪がずっと治らない」と、なぜか威張った口調で言う方は、その意味でも食生活に要注意だ。
  
Posted by present_nori at 01:30Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月25日

「総合的」という誤り。

c066c19b.JPG小泉純一郎は、やたらと「総合的に判断」という言葉を使いたがるが、そもそも人が「判断する」とは総合的な行為で、総合的に判断しない時に「早とちり」や「性急」などと言われる。
それに、たとえば自衛隊の派遣延長問題はブッシュだけを見て行われており、判断はしていない。靖国神社参拝も同様で、判断ではなくコミュニケーションを閉ざしているだけだ。
誰かこの人に日本語と外交を教えてあげてほしい。しかし、涙も枯れるほど低能なこの国の首相は、なんとまた支持率を上げている。
  
Posted by present_nori at 01:22Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月24日

「新聞」と言う「テレビ」。

9b1746ce.JPG小泉純一郎の言いたい放題のコメントを何の批判もなしに放映し続ける、自民党広報と化したジャーナリズム精神なきテレビのことだ。何があっても驚かないが、朝から「◯◯新聞の一面です」と新聞記事の垂れ流しをするのはやめてほしい。
資本関係のある新聞社ならまだ分かるが、スポーツ紙に至るまで見境なく羞恥心なき説明に、いやしくも報道機関としての立場をいかに考えるのか質したくなる。
一体、記事の信憑性は誰が判断するのか。情けなさを通り越したテレビの惨状である。
  
Posted by present_nori at 00:50Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月23日

「部分」という病。

df9ef4cc.JPG最近「部分」という言葉を多用する人が増えている。この言葉はそもそも「全体を小分けにした一つ。一部分に限られていて、全体にわたらない様子(『新明解国語辞典・第三版』)」を指す。私が奇異に感じるのは、それが全体的な意味合いを指す場合にも用いられるからである。
最も気になるのは瞬間的な気持ちの表現だ。「もっと間近で見てみたい部分があるんですが。」これは素直な感情表現で、その瞬間は気持ちの100%を占めているはずだ。したがって「部分」という表現はおかしい。
  続きを読む
Posted by present_nori at 12:27Comments(0)TrackBack(0)

2004年11月22日

「通話」という矛盾。

994b6b92.JPG現在、車内における携帯電話マナーは「優先席付近では携帯電話の電源をお切りいただき、それ以外の場所ではマナーモードに設定のうえ、通話はご遠慮ください」が一般的だ。
つまり、この文脈で言えばメールの送受信は許される訳だ。では優先席付近に電源OFFを限定する意図は何か? 当初「心臓ペースメーカー」に対する配慮がメッセージされたが、この優先席付近の記述に「医療用電気機器をご使用のお客様に安心してご利用いただけるように」という意味が込められているのは電鉄各社共通の見解のようだ。
  続きを読む
Posted by present_nori at 11:45Comments(0)TrackBack(1)

2004年11月21日

「紅葉」という警告。

cf346363.JPG昨日、神奈川・西丹沢へ紅葉を見に行く。確かに美しかったが期待した見頃ではなかった。モミジの赤は本当のモミジの赤ではなかった。つまり今年はそれだけ暖かいのだ。付近のガソリンスタンドの主は「例年は11月になれば霜が降りるのに今年はまだ」と言った。
節電に気を付けているとはいえ、紅葉を見るために私も自動車を使った。電気や車のない時代に我々はもう戻れない。しかし、省エネに配慮し二酸化炭素削減に貢献できない人間は現代に生きる資格はないと思う。紅葉の遅れは猶予のない地球温暖化への警告なのだ。
  
Posted by present_nori at 05:21Comments(0)TrackBack(0)