2005年09月06日

「ザクロと洋梨のあるショウガ壺」の化学変化。

3a272a83.JPGすべての言葉は触媒になり得る。不似合いな組み合わせにこそ、思いの外印象的で刺激的な効果が生まれ、興趣あふれる感覚が創りだされていく。
4日に終了した「フィリップス・コレクション展」(森アーツセンターギャラリー)に展示されていたこの絵画のタイトルの何気ない言葉の組み合わせも、たまらなく艶やかな響きを醸し出す。昔見た、久留幸子の写真集タイトル「野菜から見た肉」がもたらした言葉の化学変化の魅力をなぜか唐突に思い出した。
ザクロと洋梨とショウガ壺。それらが雑然と置かれたポール・セザンヌの絵画の世界は、暖色と寒色の合間に横たわる壺に果物、布やふきんやテープルの配置に、色彩が触媒となって新たな力を放つ独特の創造力で酔わせる。そしてそれは、言葉という触媒がつくり出す不思議にうっとりとするタイトルの陶酔と似ているのである。
もしこの絵画に見られる物の配置がセザンヌの挑んだ構図の冒険であったとしたなら、私はこのタイトルに彼の冒険はなかったかとの興味を抱かずにいられない。
タイトルの言葉の組み立てではショウガ壺が主だが、絵画から伝わる存在感はどちらかと言えば従だ。しかし、ここでテーマとなるのは個々の役割というよりも全体である。つまり彼は、ザクロと洋梨とショウガ壺、そしてそのほかの小道具を一つひとつのエレメントに静物画の全体を緻密に仕立て上げたのと同じように、3つの言葉のエレメントを組み合わせた時のタイトル全体の効果を知っていたのではないか、との想像にたどり着く。
それは、エミール・ゾラとの交友関係がもたらした言葉への興味なのだろうか。あたかも言葉と絵の具の相関関係を見つけたような不思議な感覚に、私の想像力はふくらんだ。

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この記事へのコメント
すべての言葉は触媒になり得る。
言葉が触媒!?
凄いフレーズすね〜。
なんだかドキドキしてきました。
さすが物の見方が違う。
そして川中さんは、美術にとても詳しいんですね。
非常に感心いたしました。
私も「踏み外す美術史」なんて読んでないで、正統派の作品をお勉強したくなってきました。

それから、先日はコメントのお返事ありがとうございました。
はてさてところで、私のブログは濃いんでしょうか?
何だか毎日、美味しそう〜!旨〜い!素敵〜!ばっかり言ってますね。
そして、私は案外おしゃべりだったんだと言う事に気付きました。

ところで、何だか呼び慣れないんですが、こちらではあえて「川中さん」と呼ばせて頂きますね。それではまた。
Posted by その吉 at 2005年09月09日 22:30
その吉さん、コメントありがとう。私は美術に全く詳しくありません。ただ、書く仕事をしている割に書くことは褒められず、昔、私がサムネール(アイデアの下書き)に描いたイラストをよくアートディレクターに「味がある」と褒められた記憶があります。セザンヌ、好きです。
Posted by 川中紀行 at 2005年09月10日 01:51