2005年11月06日

「観察」の喪失。

e4efc599.JPGレオナルド・ダ・ヴィンチと聞いて誰もが思い浮かべるのは名画「モナ・リザ」だろう。世界の名画から美人を選ぶとしたら、恐らくはベスト5は外さない作品だ。しかし、モナ・リザの背景に広がる山野と河川に、科学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチのもう一つの顔が隠されていたことを「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」(森アーツセンターギャラリー/11月13日(日)まで)で知った。
社会科の授業で、彼を「天才」という位置づけで学んだ記憶がある。本展示で紹介されている「レスター手稿」とは、晩年に書かれた直筆の観察日記と表現できようが、我々はそこで、“科学者”“天文学者”“地質学者”“物理学者”としての彼の溢れるばかりの才能と遭遇する。
日本で言えば戦国時代とほぼ同時期に、なぜ彼は太陽と月と地球の位置づけと、太陽からの光が地球に届く有様をあたかもコンピュータで計算したかの如く語り描けたのであろうか。また、地球の内部を輪切りにした状態を活写し地中の水脈を語り、河川や湖に溜まった水を地球の重さから説明する術をいかに手にしたのか。そして、平野に見られる貝殻が、決してノアの箱船の際の大洪水によって運ばれたのではなく、太古の時代に海であった跡であると言い当てることができたのか。それらは類い希なる「想像力」であると、5世紀を経た時代の凡人である私は言えるのみである。
また、彼は、岩に当たって方向を変える水の流れになぜあれほど執着し、水面の波紋を楕円形・多円形・同心円と仕分けながら見つめ、小球を水中に発射するという地味な研究を通して“水”の神秘に向かい続けたのであろうか。それは類い希なる好奇心と「観察力」であると、5世紀を経た時代の凡人である私は言えるのみである。そしてさらに、この「レスター手稿」の文字の全てが鏡面文字(鏡で裏返したような文字)で書かれていたという事実に触れるに至り、ただひれ伏すしかない隔たりに唖然とする。
「レスター手稿」という膨大なイマジネーションの産物を前に、改めて「天才」としてのレオナルド・ダ・ヴィンチの底知れぬ頭脳のパワーに圧倒されるのはある意味当然だが、同時に私は、いかに自らが周囲の事象への観察を怠っているかを恥じる。
そして私は、改めて机上のアイビーの葉脈に目を奪われる。駅までの通勤の小道に、見上げた空の雲の流れに、インターネットでは決して得られない情報が眠っている。

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今更ながら、初めて六本木ヒルズに出かけた。 森タワーの中で開催されている「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」を観るためだ。もちろん、ダ・ヴィンチ直筆のレスター手稿と呼ばれるノートの実物を拝む事が最大の目標。  ◆ ◆ ◆ 入場口を抜けてしばらくは、小学生の理科...
レスター手稿【日々礼賛】at 2005年11月07日 01:04
この記事へのコメント
久々の更新ですね。
何日か前に、私もダ・ビンチ展見て参りました。そのときの印象をブログに書いてますので、トラックバックさせてもらいました。
Posted by 日々礼賛 at 2005年11月07日 01:09
日々礼賛様、トラックバックありがとうございました。1カ月以上更新しない間にすっかり廃れたブログになってしまって、早速のメールに驚きました。これからは前とは多少視点を変えたブログにしていきたいと思います。それにしても「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」凄かったですね。こんな私も少しばかり刺激されました。
今後とも宜しくお願い致します。
Posted by 川中紀行 at 2005年11月07日 01:29
先日の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」新たな発見でしたね。
モナリザに代表される絵画の数々。
どれも背景に、水墨画のような風景が広がっていたとは。
今までまったく気付きませんでした。
そして、常識を超える想像力と、その真実、現実性。
やはりこの人は、天才と言うくくりに入れる他はありません。
見終わった後、なんとも不思議な気持ちになりました。
Posted by その吉 at 2005年11月08日 01:54
その吉さん、コメントありがとう。
モナ・リザの背景の「水墨画」、なるほどそんな感じかも
しれない。それにしても、レオナルド・ダ・ヴィンチの
頭脳って一体どうなっていたのだろう、現代の脳外科の技術で
解明してみたいところです。
Posted by 川中紀行 at 2005年11月09日 12:35