2006年01月22日

「大器晩成」の努力。

dc100c99.JPG優れた器量の人は往々にして遅れて大成する(『新明解国語辞典』第三版)
という意味の「大器晩成」は、
「老子」の「大器は晩成し、大音(たいおん)は声希に、大象(たいしょう)は形無し=大きな器は完成に時間がかかり、大きな音は聞き取れぬほどかすかで、大きな象(かたち)はその姿が目に映らない」にもとづいている。

この大器晩成を春秋時代の覇権争いを通して語ったのが
「韓非子」にある次の話だ。
その昔、楚の国の荘王は即位して3年経つというのに、
めぼしい功績をあげられないでいた。
ところが3年を過ぎたあたりから進んで政務を執るようになり、
晋と覇権を競うまでに国力を上げた。
しかしそこには、3年間じっと内外の情勢を観察し
自らの方針を模索した時間があった。
そんな説明を、成人の日の前日に「日本経済新聞」漢字コトバ散策で読んだ。

その昔(と言っても30歳は過ぎていた)、ある女友達に
「ずっといままで、何をするにも時間がかかっていたから、
大器晩成を信じているよ」と言ったら、
「人間、そう考えるしかないものね」と一蹴された。
新年のちょうど芥川・直木賞が決定した日、
私宛に一通の封書が届いた。
内容はある小説の賞の入選を知らせるものだった。
ちっぽけな賞だけど、やはり、
人間、そう考えるしかないから、
なお、まだまだという思いで、
模索という名の努力を続けていくしかない。
※写真は「ブルータス」付録の「世界一小さい芝生の庭」(栽培中)です。

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