2006年02月01日

「映画屋」という賛辞。

d9edb753.JPG「有頂天ホテル」の監督、三谷幸喜さんが朝日新聞1月25日付「ありふれた生活」で次のように語っている。
「今回は(エンドクレジットの監督名を)出来るだけ目立たない形で出してもらうようにした。プロデューサーたちの名前が出た後、さり気なく『脚本と監督』として僕の名前が出る。撮影の山本さんや照明の小野さん、美術の種田さん、録音の瀬川さんたちと同じグループだ。(中略)彼ら生粋の『映画屋』と一緒に自分の名前が並ぶ。それこそが僕の誇りなのだ」
これを読んで、三谷監督の監督ぶりを知りたくなった。エンドクレジットでは目立たなくても、現場では監督以外に決定を下す者はいない。「映画屋」としての監督術とはどんなスタイルなのだろうか。
大晦日のホテルに限定した、たった1日の物語に、血も、裸も、不治の病も、爆破も、ゴーストも、モンスターも、カーアクションもないこの作品に、私はうなって、笑って、そして泣いた。過去2作も観ているが、それを遙かに上回る傑作。
俳優がみんなよくて、脚本が細やかで、「自分らしく」というテーマが嫌みなく表現されていて骨もちゃんとある。登場人物たちのキャラクターが鮮明で、だからこそ少しずつ誰にも見せ場が用意されていて奥深い。
この朝日新聞の記事を見たのは、本作鑑賞のあとだった。これからご覧になる予定の皆さん、ぜひとも監督名と、ちょい役の俳優達の名前を、エンドクレジットで確かめてほしい。

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