2006年02月04日

「ライバル」という伝説。

b1682c0b.JPG 巨人・長嶋と阪神・村山、尾崎将司と青木功、ハイセイコーとタケホープ。およそ世の中のライバルという存在には、人間の言葉による伝説の積み重ねが欠かせない。
そして現代はライバルという伝説を嫌う空気があるのか、象徴的な好敵手の事例が少ない気がする。
「文藝春秋」2月号で元横綱大鵬の納屋幸喜氏が、故柏戸剛を「彼こそ生涯のライバルだった」と述懐している。
大鵬親方だった時代から、納屋氏はしばしばかつての横綱柏戸をライバルと讃えてきた。それはもちろん本心なのかもしれない。実際に2人は、現役当時、柏鵬と称され一時代を築いたことは確かで、対戦成績も拮抗している。しかし、横綱になってからのイメージでは圧倒的に大鵬が上だったし、“巨人・大鵬・卵焼き”世代の私にとって当時の角界はやはり大鵬の時代だった。だからこそ元大鵬が元柏戸をライバルと讃える度に、私はある種の違和感を持っていたのだ。
今回の「文藝春秋」の文章の結びは
「柏戸あっての大鵬。大鵬あっての柏戸だったのです」
私はそこに他ならぬ納屋氏自らが積み重ねてきた“柏鵬ライバル伝説”の神髄と柏戸への敬意を感じた。確かにそれは本心なのかもしれない。しかし私は、これほどライバルを讃え続けたスポーツ選手を他に知らない。

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