October 03, 2009

・・・点線―実線

大変ご無沙汰しております。


半年以上放置してしまいました。
はじめに、言い訳を兼ねて最近の気持ちを書きたいと思います。



更新できなかった理由としては、「単純に書けなかった」に尽きます。


「書けなかった」には3つくらい意味があって、
時間的な問題はもちろん、「何か書かせるような出来事がなかった」、
さらには「書く情熱がなかった」という部分も実際あったと思います。

考えていることを文章にして発信するというのは実はすごく余裕が
必要な作業だと今更ながら気付きました。
いつしか、現場で直接友人と話したり、SNSに書くことで考えを
共有・交換したりするので十分になってしまいました。

いわば、「伝えたい人がいるのなら直接伝える方がいい」と
考えるようになった気がします。
裏返せば、知ってもらいたい人以外に伝える必要はないという
気持ちの表れなのかもしれません。


この間、何も書いていなかったというわけではありません。
むしろ全体の書く量はさほど変わっていないと思います。

「伝えたい人がいるのなら直接伝える方がいい」というのは、
℃-uteに対しても同じでした。
実際、いくつかここに書こうと思ったことはあったんです。
しかし、一度伝えたいことを伝えたい人に集中して書いてしまうと、
それ以上の必要性を感じなかった。

全世界に伝えたいことなんて、そうそうあるものではなくて。


そんなスタンスになってしばらく経ちますが、今はより楽しく、
そして純粋に応援できていると感じています。
自分の思いが多少ではあるものの伝わっている実感が生まれ、
℃-uteを応援し始めてから無意識に目指し続けていたファン像に
近づけている気がします。

やはり、思いは伝えないといけないものだと、いつも感じます。



 ◇ ◇ ◇



2009年の℃-uteの日は、例年にも増して大きなステップを感じました。

卒業を間近にした梅田さんと、リーダーの矢島さんの言葉。
旅立とうとしている者と、残る者の言葉。



大きなステップというのは、言葉を聴けたことです。

生きた言葉を伝えてくれたことです。


旅立つ者の言葉と残される者の言葉。
これらの言葉が生きた形で聴かれたことは今までなかったように思います。
旅立ちはいつも突然で、常に終わった後でした。
そのあとに発せられる言葉は生きていなかった。

自分は、もううんざりでした。
何も言わず去っていく子たちも、
終わった後ではもはや何も言えない残された子たちも。
そんなのが見たくて応援してきたわけなんかない。

何の根拠もない邪推が大勢を占めていたことも仕方ないと思います。
これまでの脱退はいずれも宙に浮いていました。


「9月10日、℃-uteの日は、4回目を迎えました。
 3年前は、メンバーが8人だったんですが、今年は6人です。
 めぐと栞菜が℃-uteをやめて、そして、あと、えりも一月半で卒業です。
 メンバーがやめていくのは毎回とても寂しいですが、
 でも、みんなそれぞれの考えや目標があってやめていきます。
 そんなめぐや栞菜を今でも私たちは応援しているし、
 もちろん、えりが早くモデルになる日を楽しみにしています。
 
 11月からは、℃-uteは5人になりますが、
 5人になったからパワーダウンしたとか、
 面白くなくなったとか言われないように、
 そして、えり、めぐ、栞菜の3人にも笑われないように、
 5人で力を合わせて頑張っていきます。」



矢島さんのこの時の言葉は本当に生きていました。
凛としたトーンで、でも耐え切れなくて、途中涙声でした。
メンバーも涙を拭いていました。

こんなに心を震わされた言葉は最近では記憶にないです。
あの極限まで張り詰めた空気、思い出すだけでも目頭が熱くなります。



結局、℃-uteは℃-uteだったんだ。



とっくの昔に失われたと思っていた℃-uteの世界観。
ただ、それは表出しなくなっただけ。

実線が、点線になっていただけでした。

見えないけれど、存在している。



どうして、今まで言ってくれなかったんだろう。
あの時少しでも言ってくれたら、どれだけの人が
やり場のない悲しみを癒すことができただろうに。

そんなことをふと思いましたが、今まではいずれも終わった後しか
言葉にすることができなかったから、どうしようもなかったのでしょう。

また、そういう生きた言葉を伝えられるようになったのは、
年齢的なものもあるように思います。
今までの蓄積があったからこそ、今やっと伝えられた。

そしてやはり、℃-uteの日だからこそ言えたことなのかもしれません。
℃-uteの日とはそういう日だから。
℃-uteのアイデンティティをメンバーとファンで共有し、確認する日。


別に宣言でも何でもなく冷静に見て、自分は℃-uteほど
愛着のあるアイドルグループは一生ないと思っています。
もはやすでに数年前のようなこだわりは自分にはありませんが、
次を探すようなことは数十年の単位でありません。
この気持ちをある意味守っていたいのかもしれません。
今はただ、人として、歌手としてメンバーが好きだから応援しています。

自分はもう以前ほど自分の中にある情熱の大部分を
℃-uteに注ぐことはできなくなりましたが、
核の部分だけはかろうじて残っているのに気づきました。

そして、℃-uteのアイデンティティは、やはり核となる
存在があるからこそ保たれているのだなとも強く感じました。



点線でも、続いている。
二度と実線になることはなくても、それは線。


点線が見えると、なんだか、℃-uteが大きく見えました。

そして、より温かく。  

Posted by pricules at 16:58Comments(2)TrackBack(0)