February 05, 2008

何が何でも祝う更新 (1)

中島早貴さん、お誕生日おめでとう。


14歳。

そうか。もう14歳なんだね。


大切にしてね。
今の君の時間はすごく濃い。あとはずっと薄くなるだけ。



早く、みんなに会いたいです。
そのために、今頑張れます。  

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October 31, 2007

課外授業 「ありがとうの国/すみませんの国」 後編

講師: (ドアを開けて入ってくる)こんにちわー。

全員: (!お土産が来た!)(←おい)

講師: 何とか帰ってきましたー。一緒に台風が来ましたが(苦笑)。
    でもまあ、うーむ、2度目だし大した感動はないよね(笑)。
    
    よし、今日はもう全員いるし(岡井さんを見てニヤリ)、早速解説しようか!

全員: イェーイ!

講師: MCのゲームコーナーっぽいノリだな(苦笑)。
    問題は、写真を撮る間待っててくれた夫婦に日本人の男性が言った言葉は、
    
    日本語の「ありがとう」、「すみません」、「ごめんなさい」
    英語の"Thank you"、"Excuse me"、"I'm sorry"
    ドイツ語の"Danke (schön)"、"Entschuldigung"、"Entschuldigen Sie bitte"
    
    の9つの言葉のうちどれでしょう?って内容でしたね。大丈夫ね?

全員: (うなずく)

講師: まずね、僕の思う正解を解説します。

萩原: 先生の思う正解?

講師: そう。この場面はこう言うべきでしょうってことね。
    
    僕はですね、"Danke (schön)"が一番いいと思うんです。
    ほとんど差はないけどその次にいいのが"Thank you"かな。
    だから鈴木さんが正解!

鈴木: え、当たり?やった〜。いぇ〜い!
    おみやげ独り占め?とか言って!

講師: 僕の思う正解ね。
    おじさんの言葉が不正解だったから驚いたんですけど(笑)。

鈴木: え?(数秒固まる)がぁぁぁーん!

講師: ま、僕的には100点ですよ。
    「ありがとう」ではなくて"Thank you"であったことも含めてね。
    いや、実は「ありがとう」だとちょっと変なんだけど・・・って意味わかります?

全員: ???

講師: ここすっごく大事なところだから説明しましょう。
    「ありがとう」と"Thank you"は違うんですよ。"Thank you"と"Danke"も違う。
    中島さん、どう?納得いく?

中島: えっ、学校では"Thank you"は「ありがとう」って習ったんですけど、違うんですか?

講師: 日本語で一番近い表現が「ありがとう」であって、僕は同じとは思わない。
    例えばね、「りんご」は英語で"apple"でしょ?でもさ、日本の「りんご」と例えばアメリカの"apple"って本当に同じものだろうか?みんなが「りんご」って聞くと、形とか色とか味とか連想すると思うんだけど、アメリカの人はみんなと多少違うことを考えると思うんです。何より日本の「りんご」とアメリカの"apple"は味が違う。気候や種類が違うからね。ドイツにも「りんご」、いやドイツ語だと"Apfel"がたくさんあったけど、日本の「りんご」より小さくて、歯ごたえがあった。
    ほら、さくらんぼもそうじゃん、矢島さん?日本のさくらんぼとアメリカンチェリー、全然違うでしょ?

矢島: あ〜確かに!色も味も全然違います。

講師: でも、アメリカの人はアメリカンチェリーしか知らなかったとすると、"cherry"と聞くとあの紫っぽくて大ぶりなあれを思い浮かべるしかないわけです。そしたら「さくらんぼ」と"cherry"はもはや同じとは思いにくいでしょう。あ、ちなみにアメリカで"American cherry"なんて言わないよね、きっと。日本で「日本のさくらんぼ」とか言わないのと同じように。産地とかはパックに書いてあったりするけどね。
    そういえば、ドイツのさくらんぼ"Kirsche"(キルシェ)もだいぶ日本のとは違いました。季節が違ったから生のものは食べられなかったけど、ジャムとかコンポートにしてから食べる種類の"Kirsche"はよく食べました。ハルシュタットに行く前にザルツブルクで食べたKirschtorte(キルシュトルテ、さくらんぼケーキ)はおいしかったなぁ。

矢島: !!!(甲高い声で)いいな〜さくらんぼケーキ!

講師: (ま、君に自慢するためだけに食べたようなものだけど(笑)。)
    ドイツあたりでは、一番基本のケーキなんだって。日本のいちごのショートケーキみたいな感じでしょうか。
    
    で、話を戻しますが(笑)、モノによっては国々でほぼ完全に同じこともあるんだけど、それ以外にもっと違いが出てくるのが、文化的な背景です。桜の花は古くから日本人にとって特別なものだし、炊いたお米を「ごはん」とか「めし」というけど、それがそのまま「食事」を意味したり、などなど。英語やドイツ語にもいろいろイメージがあると思うけど、ネイティブじゃないからよくわからない(苦笑)。
    だから、文化が違うと、その国の言葉ってのは他の国の言葉では「完璧には」言い表すことは出来ないと思うんです。どんなに見かけもイメージも同じものでも、99%、いやそれ以上は同じかもしれないけど、決して100%にはならない。モノ自体のイメージも違う場合もあるし、今考えているのは挨拶についてだけど、「ありがとう」と"Thank you"と"Danke"では使う場面も微妙に違うんです。


 ◇ ◇ ◇


講師: どうかな、ここまで何かわからないところある?有原さん。

有原: たぶん・・・大丈夫だと思います。今まで訳してきたものって言うのは、完璧じゃないってことですよね?

講師: うん。厳密に言うと、そもそも訳するということは完璧を目指していないんだ。意図するところがある程度正確に伝わればコミュニケーションはできるわけだから。
    そうだ、意訳って知ってる?直訳とは違って、日本語だとこのような表現をするということを考えて訳する方法。高校生・・・梅田さんは知ってるよね?

梅田: え、あ、うーん、はい(あやふや)。

講師: まあ英語の勉強で一番難しいところだからね。でもさ、そもそも"Thank you"もある種意訳じゃない?だって、直訳したら「あなたに感謝します」になるんだろうけど、日本語にそんなお礼の言葉はないから、「ありがとう」にしてるんです。

梅田: あーそう言われるとそっか。

講師: で、「ありがとう」と"Thank you"や"Danke"は、意味は近いんだけど結構違うってのは何となくイメージついた?
    それで考えてほしいんだけど、問題の場面で「ありがとう」って日本語で言ったら実は変なんだよね。日本で写真撮ってるのを待ってて「ありがとうございます」って言われたのを想像してみて。鈴木さん、どう?

鈴木: あー、確かに何か変です。
    たぶん「すみません」とか、あとは会釈とかが普通かなぁ。
    でもなんで私"Thank you"だと思ったんだろ?

講師: そこが言葉と文化の違いだね。
    僕も確かに日本語では「すみません」が妥当だと思う。だから「すみません」を選んだ人も僕の思う正解ですよ。

梅田: あれ、うちら合ってるんじゃん!

講師: まだ「僕の思う正解」ですが(笑)。
    でも、「すみません」と思っても、それを英語でいつも"Excuse me"と訳してはいけないってうのが今まで話した内容でしたね。実際「すみません」と"Excuse me"はかなり違う。例えば、"Excuse me"は人の前を横切る直前とか人にぶつかった「瞬間」とか周りに人がいる静かな場面でくしゃみをした「直後」とかに言う言葉なんだけど、「すみません」はだいぶ前に起こったことでも別に使えるよね。
    
    で、日本語では「すみません」が一番普通だとして、どうして「すみません」なんでしょう?じゃー周りに乗っかった感のある萩原さん。

萩原: わたし?えっとぉ・・・わかんないんですけどぉ(やや投げやり)、普通に道があって歩いているの邪魔したら「すみません」じゃないかなと思って。 

講師: うん、非常にいいね。邪魔したなら謝んないとね。でもそんなにあらたまって丁寧に謝るほどじゃないから「ごめんなさい」じゃなく「すみません」ってわけだ。

萩原: (うなずく)

講師: さて、これからこの授業で言いたいことに近づいてくるから、よく聞いてね。
    「邪魔をした」と萩原さんは言った。それを軽く謝るという考え方は、僕ら日本人にとってごく自然なことだと思います。でもね、本当に邪魔したのかな?待っててくれた人は、別に道幅が全くないわけではなかったんだよ。完全に一人しか通れない道ってあんまりないでしょう。別に強引に通り過ぎることもできたわけです。
    でもその夫婦は「待っててあげた」わけです。これは、完全に親切心からきた行動だよね。きっとこの夫婦は「ここで通り過ぎるとまたこの人たちは私たちが通り過ぎるのを待たないといけないな。じゃあ少しなら待ってて全然構わないよ」って気持ちで待っていたんじゃないかなと思うんだけど、どうだろう?

岡井: 私が夫婦の立場だったら、普通待つと思う。

講師: うん。別に特別に嫌なことでもないもんね。
    その時「うーわ、この写真撮ってる人たちうざい!」とか思う?

岡井: ・・・もしかしたらほんのちょっとは思うかもしれないけど、私たちも観光客なんだからお互い様ですよね。それに、自分達が通って邪魔したらそっちの方が悪い気がします。

講師: いやーいい回答だ(笑)。また「邪魔をする」という言葉が出ましたけど、日本の人はそういう考え方をする傾向にあるみたいだ。ものすごく漠然と言うと、「自然に流れているものを遮ったりすることはよくないことだ」って考え方ね。待つ人にとっては、この場面では写真を撮ってもらうことが自然ってことなんだね。結構感覚的にわかるでしょ。

全員: (うなずく)

講師: だから、その自然な状態を保っただけなのに「ありがとう」とか言われたらちょっと違和感があるわけ。いや、お礼を言われることは何もしていないですけどって。だからこの場面では「ありがとう」は別に不快じゃないけど変な気がするんだろう。
    逆に写真を撮られていたおじさん側としては、自然な人の流れを遮ったと感じているから、「すみません」と思う。それを待っている人が聞いて「いえいえ、このくらい別に構わないですよ。気にしないで。」と思って通り過ぎていくと日本的にすごく自然だよね。


 ◇ ◇ ◇


講師: えっと、感覚的にすることを言葉で説明しているから混乱するかもしれないけど、大丈夫?

有原: じゃ先生、どうして答えが"Thank you"とか"Danke schön"になるんですか?

講師: シンプルに考えてみて。
    だってさ、「待っててくれた」のは何も義務じゃなくてただ親切にしてくれただけですよ。親切にしてくれたんならそれにお礼を言うのが普通じゃないかな?

全員: (話の内容は理解しつつも少し疑問がぬぐえない表情)

講師: 日本の人はね、心理的に少し奥を読みすぎな気がする。ちょっと人に干渉したら「あ、悪いことしたな」って思って、謝る方に意識が向いてしまう。待っている側としては「ここで通り過ぎたら悪いことしちゃうな」と思って半ば義務的に立ち止まる。どうも、人に悪いことをしないように、もししてしまったらすぐに謝る方向に意識がある気がするんだ。
    
    でもさ、単純な話、親切に写真を撮る少しの時間待ってくれた、それに対してお礼を言うってのは、全然間違っていないよね。むしろこっちの方が僕はいいと感じる。スッキリしてるじゃない。
    これが僕が"Danke schön"と"Thank you"が正しいと思う理由です。この2つは軽くお礼を言う時ならいつでも使える。さらに言うと、オーストリアなんだからできるだけそこで話されている言葉でお礼を言うべきだよね。もちろん知らないなら英語でも構わない。さすがに"Thank you"を知らないヨーロッパの人はほとんどいないからね。そこは英語の強いところです。

    思うに、「ありがとう」は書いて字のごとく「有難い」ことに対して言うらしい。「めったにないことだ」なんて日本人は誰も意識していないと思うけど、それより人に悪いことをしていないかの方に注意が向いて、単純にお礼を言えばいいことまで謝ってしまうんだね。だから、英語やドイツ語に比べて親切の度合いが大きくないと、「ありがとう」は出てこないで、それより自分が悪いことを謝る「すみません」になってしまう。確かに「有難い」。
    例えば、お店で「これください」って言って出してもらって着るなり身に付けてみるなりして、買うとします。お金を払って商品を受け取って帰るとき、日本では普通何も言わないでお店の人が「ありがとうございました」って言うのを聞くだけでしょ?でもドイツでは、お互い"Danke schön. Auf Wiedersehen!"(「ありがとう。さようなら!」)と言うのが普通です。お店の人は商品が売れたんだからもちろんのこと、自分のほしいものを買えたし接客してくれたんだから、お客さん側もお礼言っても間違いじゃないでしょう。
    ほら、国が違って、言葉が違うと、使う場面も結構違うんだ。

全員: (かなり納得した表情に近づく)


 ◇ ◇ ◇


講師: さて、で、だ。おじさんは何って言ったのかが問題ですよ(笑)。
    ここまで来るとかなり考えやすいんじゃないかな。もう一度ヒントを言うと、「僕は驚いた」ということと、「待っていた夫婦も一瞬微妙な表情をした」ということ。

鈴木: あ、じゃあ"Thank you"とか"Danke"じゃないんだ!

講師: そうだね!僕はてっきり"Danke schön"か"Thank you"を言うと思っていたから。
   でも違ったんだ。そこで出てきた言葉は・・・




   アイム ソーリー




全員: (講師があまりにカタカナっぽく言ったのでクスクス)

講師: いやー僕の細い目も中島さんくらい開いたんじゃってくらいびっくりした(笑)。
    だってさ、ちょうど見えたんだけど、待ってる夫婦も反射的にお礼を言われるだろうと思っていてスマイルを用意していたんですよ。で、スマイルしかけた瞬間謝られたわけです。そりゃあれっ?って思うよね。何も悪いことされてないし親切で待っただけなのに、なぜか謝られた、この人悪者を演じているのか?って感じにね。
  
   でもさ、おじさんとしてはたぶん、「すいません」を言いたかったんだろうね。そこで頭の中で英訳の検索をかけたところ、"Excuse me"が最初にぱっと出てきた。だけど、この場面では突発的に失礼なことをしたわけではないので、"Excuse me"が使えるかどうかちょっと悩んだんだろうね。写真を撮るという行為は明確な意思があってやっていることだったから、確かに"Excuse me"とは少し違う。
    このおじさん、そういうことは感覚的に知っていた可能性が高いから、そういう意味ではきちんと英語を知っているんだと思う。で、そこで出てきたのが、真正面から謝る言葉"I'm sorry"だったんじゃないかなと僕は半ば確信しています。そこで"Thank you"に大きく切り替えることができなかったあたりが非常に日本的だなぁと気付いたお話でした。
    と言うことで、有原さんが本当の正解だね!

有原: わっ、ほんとですか?
    やったぁぁーー!!当たり!当たり!・・・(喜びを全身で表現)

講師: でもさ、"I'm sorry"って日本語的に考えるとすごく正しいし自然な発想なんだけど、英語やドイツ語では違和感があるどころか、せっかくの親切をわかってくれなかったって思われても仕方ないことになる。というか僕は聞いててそんな気がした。

有原: ♪おみやげ〜(話を聴いてない)

講師: (笑)何よりも僕が"I'm sorry"が間違いだなと心から思ったのは、そこには笑顔が生まれないことなんだ。一方で、"Thank you"や"Danke"には笑顔が含まれている。お礼の気持ちはスマイルと一緒に伝える方が絶対いいよね。
    もちろん「ありがとう」にも笑顔は含まれていると思う。それに対して、謝る時は申し訳ない気持ちを伝えるわけだから、普通ニコニコして言うべきではないよね。・・・全力で笑顔で謝る人もいますが。

岡井: (周りの視線に気付いて)あれ、わたし?(笑顔で)ごめんなさーい!

全員: (笑)

講師: もしかしたらそれも日本の謝る文化の表れかもしれないね。少なくとも僕は今回の出張で全力の笑顔で"Entschuldigen Sie, bitte"って謝る人を1回も見なかった(笑)。それよりか、謝る言葉をこの1ヶ月半で数えるほどしか聞いてないよ。聞き取れなかったのかもしれないけど。
    
    ただそれは、ドイツ語圏では謝ることが重大ということを示しているとも言えます。本当に自分の責任じゃない限りは謝るべきではないという考え方があるらしい。これは自分の経験じゃないから僕自身完全に納得しているわけではないけれど、確かに"Entschuldigen Sie bitte"の類自体ほとんど聞かなかった。
    自分の責任じゃなくて申し訳ない旨(例:電車が雪で遅れた時の駅員さん)を伝える時は、"Es tut mir leid"(「残念です」「遺憾です」の意味)という別の表現を使うそうです。"I'm sorry"も謝る時以外にも「残念ですね」という意味があるけど、それと似てる。日本語では「すみません」か「申し訳ありません」ですけどね。

中島: 確かに電車が遅れたのは自分のせいじゃないけど・・・でも謝っちゃうなぁきっと。

講師: 日本は積極的に謝るよね。だから謝り慣れている。逆に、お礼を言うのがどちらかと言うとあらたまってしまう気がする。
    英語やドイツ語では、お礼を言い慣れている分、謝る時は慎重。もちろん、英語を話す国ならどこもそうかというとそういうわけでもないみたいだけどね。イギリスでは"Excuse me"の代わりに"Sorry"を多用するそうな。紳士の国だから丁寧なのか、島国だとコミュニケーションの仕方がかなり違うのか、ここは文化的に面白いところですね。


 ◇ ◇ ◇

    
講師: さて、言語の違いというものについて、何かイメージが湧いたかな。
    こう見ると日本語ってどうよ?矢島さん。

矢島: 今まで全然そんなこと思ってなかったんですけど、何かちょっと・・・ネガティブ?お礼を言えばいい時まで謝るとか。

講師: 僕もそう思った。おじさんが「アイムソーリー」って言ったのを聞いて、ハルシュタットからミュンヘンに帰ってきてもそのことを考えてたんだ。後ろ向きで、人の優しさに笑顔で正面からお礼も言えないなんて全然ダメじゃんって。
    でもね、しばらく考えていたらふと思ったんだ。すぐ謝ってしまう癖は、心の細やかさの一部でもあるんじゃないだろうかって。相手がどう思うかということはよく考えているはずなんですよね。相手に申し訳ないことをしたと思って謝るわけですから。
    他の人のミスを自分がかぶるなんてことは、ドイツとかの人たちにしたらありえないんだろうけど、日本人ならあるんじゃないかなぁ。そういう集団意識というか、まとまりをもって運命を共にする人たちだと思うんです、日本の人って。イギリスと同様、海で周りの国と明確に分け隔てられているからかもしれない。
    僕はその考え方の全てが良いとは思わないけど、全て悪いとも思わない。自分の責任じゃないから関係ないって思えない時はたくさんあるもの。それは思いやりや優しさだと思う。

全員: (真剣な表情)

講師: ただ、日本人は「ありがとう」を普段もっと使うべきだとは思うんだ。感謝すべきことを謝るのはさすがによくない習慣だと思う。
    
    あ、そういえばこないだ最初梅田さんに「ありがとう」と「すみません」、どっちを多く使いますか?っていう質問した時、「ありがとう」かもって答えたよね?

梅田: はい。

講師: それに対して僕は「君達は特別なケースだからかも」って言ったんだけど、おぼえてる?

梅田: はい。どういう特別なケースなんだろう?って思いましたもん。

講師: それはね、君達が「ありがとう」をたくさん言う、いや、言える環境にいるからだと思うんだ。

全員: (「ありがとう」を言える環境・・・)

講師: 「ありがとう」をたくさん言えるってことは、それだけ感謝することをたくさんしてもらったってことでしょ。
    そして"Thank you"や"Danke"の同じように「ありがとう」とともに笑顔が生まれる。「ありがとう」と笑顔に包まれるってことは、幸せなことだよね。今回の出張もすごく楽しかったけど、その楽しかった瞬間にはやっぱりたくさんの笑顔があった。その笑顔は、感謝の気持ちから始まったものが多かった。
    
    みんなには、そのことをよく憶えていてほしい。
    感謝の気持ちと、笑顔を生み出す言葉の大切さを。
    ずっと笑顔を作っていてほしいなんて言わない。ただ、感謝の気持ちがあれば、自然に笑顔になれると思うんだよね。
    そして、その感謝からくる笑顔と、君達が日本人として持っている繊細な感性を融合していけば、世界でも十分通用するグループになれると僕は信じています。
    
    それが、この課外授業で伝えたかったことです。

全員: (・・・瞳が輝く)

講師: そして、世界進出した時には、今回やった言葉を適切に使うように(笑)。
    謝ってばかりじゃダメだからね!

全員: はい!

講師: じゃ、これで終わります。質問あれば講師室までどうぞー。

有原: 先生!質問です!(←まだテンション高い)

講師: ん、ここで?

有原: ・・・で、先生、おみやげは?
    私正解したんですけど。

全員: (笑)

講師: ふふ。その台詞、1年ぶりだね。

全員: (静まる)

講師: (背を向けてドアに向かってゆっくり歩きながら)
    そうか。1年かぁ・・・。
    
    みんな立派になったよ。たくさんの人に応援してもらえて、今更ながらすごいなぁって思う。でもみんな、目標はもっともっと上だよね。もっと上にいくために、君たちにできること、君たちにしかできないことを一生懸命磨いていかないとね。
    若いといっても、若い時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
    しっかり前を見据えて、未来の夢のために今を一生懸命生きてください。

矢島: ・・・先生?

講師: (ドアの前で)僕もいつ会えなくなるかわからないから。
    こうやって、話をできること自体幸せでした。どうもありがとう。
    ってか、「も」なんて言っちゃったな(苦笑)。

    有原さん、じゃあ後で取りに来て。

有原: はーい・・・。
    
講師: (ドアを開けて振り返って)もう一言。
    
    この1年、大変だったけど、みんな本当に良く頑張ったね。
    オリコン3位にも入ったことだし、祝わない理由はないです。
    
    だから、オマケとして「すいません」って答えた人にもあげることにしよう!

梅田、矢島、中島、岡井、萩原: やったー!

矢島: ちなみに、かしましさんとひでさんはどうなるんですか?
    (あ、「ちなみに」とか言っちゃった(笑)。)

講師: おじさんの皆無のドイツ語力と微妙な英語力にやられて惜しくも不正解という感じですか。まあ答えてくださっただけでもありがたいのでお会いした時に何か差し上げます(笑)。

鈴木: よかったですね!かしましさん、ひでさん。でも私だけ・・・。
    
講師: (ドアの向こう側から顔だけ出して)最後に。    
    
    鈴木さん、君は間違っていない。
    「ありがとう」は本当に大切な言葉だ。
    身をもって実感したよ。勉強になりました。
    
    なので、「ありがとう」も正解にします。
    じゃあね。(ドアを閉めて講師室へ去る)
    
鈴木: えぇ!よかった〜。私だけないとかどうしようかと思った。
    でもそしたら結局全部正解なんじゃん!何この問題。

有原: 何言ってんの、馬鹿ねノリマツ。
    先生はみんなに言葉の大切さを考えさせてくれたでしょ!
    おみやげだって最初からみんなにあげるつもりで準備してたんだよ!

鈴木: ・・・(泣き崩れながら)ありがとごじゃいますぅ〜〜。

有原: このご恩は一生忘れないです先生!

    
    ・・・さ、もらいに行くか。




講師: (廊下で教室に背を向けたまま)
    しかしまあ、8ヶ月振りの授業はアツくなるもんだ。
    来年はどうなることやら。来年なんて 先のこと・・・か。

    そういや今年も自分の分忘れたな。
    チョコレートはドイツでもスイスでもオーストリアでも買ってきたのに・・・。


※ この授業は999910ppmフィクションです。  
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October 23, 2007

課外授業 「ありがとうの国/すみませんの国」 前編

(電話の呼び出し音)プルルルー、プルルルー・・・



講師: ・・・お、映ったかな?聞こえるー?

全員: 聞こえまーす!

講師: OK、みんないますか?

中島: あれ、茅奈は?・・・じゃなくて千聖は?

講師: え、また岡井さん?別に早い時間じゃないでしょう。
    そっち昼の3時くらいだよね。こっちは朝8時ってのに・・・ブツブツ。

岡井: (ドアを開けて)はーい岡井いまーす!

講師: あ、来た?もーどうしたの、ってか荷物多くない?

岡井: いろいろ持ってきてたら遅れちゃって・・・(笑顔で)ごめんなさーい!

梅田: 地図帳?いろんな辞書?今日要るって言ってたっけ?

岡井: 秘密!

講師: とりあえず席ついて。よし、これでみんな見えたし始めるかな。

萩原: 先生ちょっとまっち!何で今日はいきなり特別授業?

鈴木: そそ、こんなテレビ会議システムとか使ってさ。

講師: いや、そう言われると何と言うか・・・完全に思いつきなんだけど。
    前回が終わってから再開する予定はなかったんだけどね(苦笑)。

矢島: ・・・あっ、(慌てて口をふさぐ)。

講師: うん、そゆこと。で、また僕ドイツにいるんだけど、こっちの会議室にテレビ会議システムが付いていることに気付いたんだよ(本当)。
    それで、いっちょやってみるかって。

有原: ほー、完全に勢いというわけですなぁ。

講師: ・・・有原さん、キャラ変わった?

有原: あっ、すいません。まだ台詞のクセが・・・。

講師: そっか。ま、何はともあれ、接続は問題なさそうだね(笑)。



 ◇ ◇ ◇



講師: 今日の特別授業はね、ズバリ、英語です!

数人: えー!やだー!

講師: というより、ドイツ語です。こっちドイツだし。

全員: ええっ!!

矢島: ドイツ語とか全然知らないですけど、大丈夫なんですか?

講師: だいじょぶだいじょぶ、僕もみんなと同じようなもんだし、語学をみっちりやるつもりはないし、そもそもできないから(苦笑)。
    そうするとそうだな、むしろ国語が一番近いかもしれない。

鈴木: 要するに・・・言葉の勉強ってことですか?

講師: さすが、鋭いね。でも実際はもっと広い分野の話になるかな。
    社会科学とか、心理学とか、医学とかも関わるかも。

萩原: えー、ちょー難しそう。ってかシャカイカガクって何?

講師: そんなに難しいことないと思うけどね。まあ試しにやってみよう。
    では質問。
    みんなは普段、「ありがとう」と「ごめんなさい」、どっちを多く使いますか?
    一応強調しとくと、普段ね、普段。では梅田さん。

梅田: 普段?え・・・どっちだろう?わかんないです。
    どっちも使うと言えば使うし。おんなじくらい・・・かなぁ。
    でも、たぶん・・・「ありがとう」だと思います。

講師: そうかぁ。君たちは特殊なケースだからそうかもしれないなぁ。
    じゃあ「すみません」だったら?

梅田: 「すみません」は結構使うかもしれない。いろんなところで使えるし。

講師: うん。どういう時?

梅田: えーと・・・人にちょっとぶつかった時とか、お店とかで人をちょっと呼ぶ時とか、ネタがちょっとスベった時とか(笑)。

講師: スベった時もなのか。律儀だね(笑)。
    つまりちょっと邪魔をしたり不快な思いをさせたなって思う時に言うってこと?

梅田: はい。たぶん。

講師: なるほど。他の人はどう?(表情をさっと見て)有原さん?

有原: (不意に指名されて焦る)えっ、えーっと、えりかちゃんと同じ・・・です?
    えーわかんないです。

講師: 考えすぎなくていいよ。感覚的にさ。

有原: うーん・・・(考え中)・・・でもやっぱり、「すみません」は「ごめんなさい」を軽く言う時とかに使うと思います。「ごめんなさい」は本当に謝る時に使う感じ。

講師: なるほど。いいね。
    さて、そこでですね、ちょっと聞いてもらいたい話があるんだ。



 ◇ ◇ ◇



講師: この前の週末に、オーストリアに行ったんですよ。・・・ん、反応薄いな。

中島: (怒られそうと思いつつ)先生・・・オーストリアってどこでしたっけ?

講師: まずはそこか(苦笑)。えっと、ドイツの右下、南東。

岡井: (地図帳を開いて指して)・・・まさしく、仰せの通り!

萩原: 千聖すごい!地図帳使った!

講師: おお、それは素晴らしい。みんなに見せてあげて。
    ね、ドイツのお隣なんだよ。言葉もドイツ語だし。

全員: へ〜。

講師: 僕が今いるミュンヘンはドイツの南東の方だから、オーストリアは一番近い外国なんだ。それに僕自身、オーストリアにずっと行ってみたくて、それで右下の方に行ってみたというわけです。

矢島: で先生、オールブラックスの右センターがどうかしたんですか?

講師: いや全然違うし!オールブラックスはオーストラリア代表でもないし!
    (オールブラックスはラグビーのニュージーランド代表)

矢島: あ、そっか。すみません。

講師: うーむ、これでは次のライブのコントコーナーには使えないなぁ。
    って今「すみません」使ったね、そういえば。

梅田: ネタがちょっとスベった時だから(笑)。


(作者的には「ごめんなさい」ですけどm(_ _)m)


講師: こないだは、ハルシュタットっていう町に行ったんです。

萩原: ハルシュ、ハルシュート、ハルシュト、タットでしゅと?

講師: ハルシュタット(笑)。世界遺産に登録されている美しい湖岸の町なんだ。

全員: 世界遺産!?すごーい!

講師: 観光客が多くてねぇ、日本から来た人も結構いたみたいだった。

梅田: どこにでもいるんだね、日本の人って。

講師: 僕も含めて世界遺産とかそういうの好きなんだろうなぁ。
    で、小さくてすっごくきれいな町を歩いてたんだけど、小さな道沿いにレストランがあって、そこを出てきた日本人の観光客3〜4人くらいが、お店の前で記念写真を撮ってたんだ。道が狭いから写真を撮ろうとなると、道を歩いている人は写り込んだら悪いから撮り終わるまで待っててあげたりするじゃない。
    えっと、ここまで想像できる?

全員: (うなずく)

講師: それで、僕はその場からちょっとだけ離れて歩いてたんだけど、近くにドイツ語を話す夫婦がいて、写真撮る数秒間待ってあげてたわけ。
    で、撮り終わって止まってた人の流れが通常に戻る瞬間、写真を撮られていた60歳くらいの日本人男性が、待っていてくれた夫婦にある言葉を言ったんです。

全員: (ある言葉?)

講師: これが今回話したいことなんだけど、何だと思う?ちょっと考えてみて。
    
    あ、その前に、英語とドイツ語の挨拶を知っておこう。
    とりあえず「ありがとう」「すみません」「ごめんなさい」でいきましょう。
    じゃ最初は鈴木さん、英語で「ありがとう」は?

鈴木: "Thank you!"

講師: OK!発音もいいね。じゃ、ドイツ語では?

鈴木: ・・・ドイツ語は知らないですよぉ〜。

講師: "Danke"です。カタカナ的に言うと「ダンケ」かな。

鈴木: へぇ〜初めて知った。先生Danke!

講師: Bitte.(どういたしまして。)
    丁寧にお礼を言う時は後ろに"schön"をつけて"Danke schön"って言います。「ダンケシェーン」って感じかな。発音的には"ö"は「ェ」ではないけどね。あ、英語だと"Thank you very much"ですね。

鈴木: 「ありがとう」と「どうもありがとう」の違いみたいな感じですか?

講師: うん、その通り。
    じゃあ次梅田さん、「すみません」は英語で何?

梅田: "Excuse me"ですよね。

講師: 正解!じゃ、ドイツ語では?

梅田: えーと、・・・○★◇×$℃?(←とりあえず雰囲気で言ってみた)

講師: ま、雰囲気で伝えるのは重要だけど(笑)。
    ドイツ語では"Entschuldigung"(エントシュルディグング)です。

梅田: え?長っ!難っ!舌が回らないです〜。

講師: 何回か言ってれば慣れるよ。でも実際使う時はとっさに口にする言葉というのもあって、「シュルディグング」しか聞こえないことが多いですね。

梅田: シュうディ、シュルディグ?・・・それでも難しいです(苦笑)。

講師: まあね(笑)。でもわりと使うから知っておいた方がいいよ。
    あとは「ごめんなさい」か。じゃあ遅刻してきた岡井さん。

岡井: (笑顔で)"I'm sorry!"

講師: 元気がよくてよろしい・・・のか?(笑)
    じゃ、ドイツ語は・・・あ、岡井さんそれ和独辞書じゃない?

萩原: 千聖すごっ!でもなんでドイツ語の辞書とか持ってるの?

岡井: (持っていることに今気付いた)あ、これか。
    ・・・えっと、たくさんあるんですけど・・・。

講師: そうだねぇ、言い方はいろいろあるけど、ここでは"Entschuldigen Sie bitte"を憶えてもらおうかな。「エントシュルディゲン ズィー ビッテ」って感じで読みます。

岡井: さっきのと似てますよね?

講師: そうだね、最初の単語はどちらも英語の"excuse"に相当するんだ。だから"Entschuldigung"を丁寧に言ったのが"Entschuldigen Sie bitte"ってことね。
    ちなみに"Sie"は「あなた」、"bitte"は「どうぞ」の意味です。

岡井: なるほど。そんなに難しくない。

講師: 難しいことは僕もわかんないから(笑)。
    本当はもっと勉強しなきゃとは思ってるんだけどね・・・。
    
    さてさて、この3つの言葉
    「ありがとう」 "Thank you" "Danke"
    「すみません」 "Excuse me" "Entschuldigung"
    「ごめんなさい」 "I'm sorry" "Entschuldigen Sie bitte"
    のどれかをさっきのおじさんは言ったんだけど、いったいどれでしょう?
    じゃ、中島さん。

中島: うーん・・・ヒントくれませんか?

講師: じゃあ、中島さんだったらなんて言うか想像してみて。日本語でいいよ。

中島: えっと、写真撮って、待っててもらって人にだから・・・「すいません」かな?

講師: うんうん。何で?

中島: 何でって言われても・・・。

    なんか・・・目が忘れられなくて。私に伝えたいことがあったような気がして。

講師: ・・・。(その目で言われると説得力あるなぁ。)

中島: ・・・はっ、またこの台詞言っちゃった。ごめんなさい。

講師: いえいえ・・・って変な受け答えだな(苦笑)。

中島: でも、写真撮る時に待たせちゃったんですよね。
    だったら「すみません」だと思います。

講師: なるほどね。じゃあ矢島さんは?

矢島: 「すいません」です(即答)。

講師: 理由は?

矢島: えっ、・・・雰囲気的に(笑)。

講師: うん、それでいいや(笑)。じゃあ岡井さんは?

岡井: たぶん「すいませーん」って言って走って逃げると思います。

講師: 逃げないで(笑)。えっと、じゃ、他に「すいません」の人?

有原、萩原: (周りを見ながらそろそろと手を挙げる)

講師: なるほど。えーと、あと・・・あ、鈴木さんは?

鈴木: 「ありがとう」・・・です、たぶん。

講師: うん。何でそう思った?

鈴木: 待っててもらったんだし、たぶん私"Thank you!"って言うと思うから。

講師: うむうむ。非常にいいですね。
    「ごめんなさい」だけなかったけど、何で違うの?有原さん。

有原: あ、私最初「ごめんなさい」って言うかなって思ったんですけど、今みんなの聞いてたら違うかなぁって思って。

講師: 「ごめんなさい」もアリだと思いますけど。

有原: え、そうなんですか?じゃ、「ごめんなさい」かな。

講師: 僕がそう思うだけだよ(笑)。
    結局、「すいません」が梅田さん、矢島さん、中島さん、岡井さん、萩原さん。
    「ありがとう」が鈴木さん。「ごめんなさい」が有原さんですか。

    あ、そうだ、ただ聞いてみただけで別にヒント出してなかったな(笑)。
    ヒントとしては、「僕は驚いた」ということと、「待っていた夫婦も一瞬あれっ?て表情をした」という2つです。

全員: (余計わかんなくない?)

講師: (全員の表情を見て)まあ正解、不正解は気にしないで。
    はずれた人にはお土産なしだけどね、とかいって(笑)。

全員: !!!

講師: じゃ、正解はまた次回ということで!
    
全員: えぇ〜!!

梅田: テレビ番組かよっ!

講師: 申し訳ない。この先続けるとものすごく長くなるんだよ。
    そしたら読む気なくなるでしょ?

梅田: なるほどね!先生さすが!

講師: どうも、恐縮です(苦笑)。


(書くのが大変なだけですけどね(苦笑))


講師: では、お読みの皆さんも是非この9択問題、考えてみてください!
    回答・正解された方はオーストリアのお土産を差し上げる・・・と思います。自分が無事に帰国したら(笑)。回答はコメントやメール(コメント欄の名前のところにアドレス書いてあります)でどうぞ〜。
    それじゃまた、日本で会いましょう!じゃあね〜。Auf Wiedersehen!

全員: (???)

講師: ドイツ語の「さようなら」ね。「アウフ ヴィーダーゼーエン」って読みます。

全員: Auf Wiedersehen!  
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September 29, 2006

いま、会いにゆきます

波瀾万丈な海外出張が終わろうとしています。


飛行機が遅れてドイツに着いたら宿に向かう途中で終電がなくなって路頭に迷ったり、ドイツ滞在中に国際会議の事務局から登録費を払っていないというメールが来て心底焦ったり、ポーランドからドイツに戻る飛行機が出発20分前にキャンセルされたり、実験装置のあちこちが壊れたり、宿泊代を現金で払えと言われて手持ちの倍くらいの金額だったり、とにかく大小様々なトラブルに見舞われました。悪い意味で毎日が刺激的でした(苦笑)。


しかし、たくさん良い経験もしました。単身での海外、初めての国際会議、実験の日々。その中で、いろいろな人に出会いました。数えてみると、全部で13ヵ国の人と言葉を交わしたことになります。

ポーランドのバーでそれぞれの国際会議について話した聡明なイギリス人。陽気に歌うお祭り好きなイタリア人。実験手順を教えてくれ、また研究所での生活のサポートをしてくれたロシア人。「この友人たちの考え方が好きだ」と日本人の仕事相手について熱く語ったドイツ人。etc.

どれも良い出会いでした。


数々のトラブルに直面し、対処を考える度胸が少しつきました。突発的な出来事に対して前より寛容に、冷静になれたのかもしれません。

人々の親切心に触れました。自分も優しくならないといけないと思いました。
もっと自然に笑顔でいたい。

今回の経験を通して、月並みですが、精神的に一回り大きくなれたかもしれません。そんな気は全然実感しないけど、そういう成長はもっと時間が経ってから感じることなのでしょう。


そして、自分の夢を追いつつ、同じように夢に向かうあの子たちをこれからも応援したいと思いました。応援したいという気持ちばかり書いているけど、支えられていました。毎日聴いていました。会いたくなりました。



明日の朝、帰路につきます。
決意と思い出とお土産をいっぱいに詰めたスーツケースと共に。


いま、会いにゆきます。  
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September 12, 2006

幻想ポロネーズ

ということでショパンの故郷ポーランドからの更新です。
会期中です、すみません(爆)。



9月10日、℃-uteの日。
mixiの日記にふとその時の感情を書き連ねたら、8つの形容詞になりました。


「人のために生きる」とか言いながら、結局自分のことを捨てられない自分自身に対する「悲しい」気持ち。

ずっと前から割り切っていたのに、やっぱり心のどこかで顔をのぞかせる「悔しい」気持ち。

「自分が応援しなくても彼女たちはもう大丈夫かな」とか思うと湧き上がる「さびしい」気持ち。

果てしない(物理的→精神的)距離に対する「つらい」気持ち。



イベントが大成功で終わったことに対する「うれしい」気持ち。

全力で℃-uteと℃-uteファンを信頼できる「あったかい」気持ち。

どんなに遠くても8人の気持ちがすごく近くに感じられる「心強い」気持ち。



これらの感情が渦巻くほどに「大好きな」気持ち。



「二面性」

まっすぐさを、美しさを失った人間。自分もそんなつまらない人間の一人です。

自分における二面性は、「人のために生きたい」という決意と裏腹に、「自分のために生きよう」としてしまう、そんな自己矛盾だと思っています。自分には自分にしかできないことがきっとある。だから、それをしないと、与えられた生命とか能力とか愛とか、そんな一生かかっても返しきれないかもしれないくらいのたくさんの何にも代えられないものを返しきれない。自分にできることを、他の人に少しずつでも与えていかないと。でも、与えたいと思うと同時に、自分の夢も追いかけたい。
驕りと欲望が自分の首を絞めています。

矛盾を抱えたまま生きていると、いつか精神的に破綻してしまうでしょう。だから、その折り合いとして何か工夫が必要だと思っています。その折り合いとして考えていることが、「自分のために生きることが(極力)直接人のために生きることにつながる」そんな生き方を目指すというものです。自分が頑張ることによって、℃-uteの応援につながる、等、都合の良い解釈ができるように環境を整えるというわけです。

ただここでは、何でもかんでも良い解釈にすりかえる、事実を歪めて捉えるということはしたくありません。今は失い、でも憧れ続ける「まっすぐさ」を少しでも忘れずにいたい、保っていたいから。

そのために、自然な、そして自分の求める解釈ができるように自分自身を高め、そして事実自体を動かしていきたいのです。率直な解釈で事実を理解しようとしたい。今はごまかしているけど、いつか本質的にまっすぐになりたい。


前の4つの気持ちは、自分のために生きようとしている、できれば押し殺してしまいたいけどなかなか消せない素直だけど本質的に歪んだ気持ち。

後ろの3つ、そして最後の気持ちこそが、時間的・空間的に左右されない本質的にまっすぐな気持ち。



後ろの4つの気持ちが前の4つを飲み込んでいくのを感じると、また一歩進んだかな、でもまだまだ進まないとな、と思うのでした。


℃-ute、頑張れ!

僕も頑張るよ。
  
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April 29, 2006

入学

紺野さんと小川さんが卒業ということで。知った時まさに目が点になりました。
なんつータイミングだ・・・。


モーニング娘。を見ていこうと思ったのは、5期メンバーが加入したからでした。
それまでも加入とか卒業とかあったけど、自分の(ファンとして)見ていたモーニング娘。にはいつも5期メンバーがいました。
自分にとってのモーニング娘。は5期メンバーでした。


5期メンバーが2人の“モーニング娘。”


そんなのないよ。ありえない。モーニング娘。じゃない。
今までの卒業に対する気持ちと今回は、全く違います。今更ながら、メンバーの卒業がどういうものか分かってきた気がします。何度も見たのに、実際のところちゃんと分かっていませんでした。メンバーが卒業して「もはや今までの娘。ではない」とか散々書いた気がしますが、全く分かっていなかった。次元が違いました。メンバーが卒業しても、加入しても、何か中心に「モーニング娘。だ」というものがあった気がしたのは、5期メンバーの存在があったからだとやっと気付きました。

自分は5期メンバーがどうこうとかとりわけ思ったことはありませんでした。あまりにも4人が自分のモーニング娘。と一体化していたから。月並みだけど、ずっとあるものだと思っていたから。5期メンバーが卒業する時は、高橋さんが卒業する時だと思っていたから。

4人の5期メンバーが見られなくなるなんて、想像できません。想像したくありません。


7日が5期メンバーの最後の娘。コンになるなんて、微塵にも思いませんでした。
最後に見られそうで本当に良かった。不謹慎だけど率直にそう思います。




とはいえ、2人の卒業を知った時、2人の推しの方には本当に申し訳ないですが、自分はうれしい気持ちでいっぱいでした。

2人は、新たな自分の人生を歩み出すのです。自分の意志で、自分の目標に向かって。しかも、その飛び出していく世界が勉学の世界、いわば自分が今いる世界なのです。個人的には、できる人が限られているそっちの世界の方がどうしても価値があると思ってしまうのですが、彼女たちにとってはまた世界の見え方が全然違うのでしょうね。モーニング娘。としての仕事がいかにすごいことか2人は理解している上で、モーニング娘。とは違う「こうありたい」というビジョンがきっとあるはず。

そう思うと、2人と同じ年代の生徒たちの進路とか夢とか目標とかをこの数年間いろいろ話し、その夢へのサポートをしてきた自分としては、2人を心から応援したいと思います。自分の担当生徒のほとんどはそういう意識を多かれ少なかれ持っていて、それこそが自分が今の仕事を続けていられる原動力なのです。「この子たちになら自分を削ってでも協力したいな」と思わせてくれるのです。



毎年授業を持っている受験生たちへ受験本番前に色紙に1人ずつメッセージを書くのですが、今回2人にも贈りたいと思います。


小川麻琴さんへ

語学留学ということで、先のビジョンがどうなっているのかまだ分からないけど、その持ち前の明るさを活かして突き進んでください。娘。にいて十分わかっていると思うけど、自分の良いところを忘れずにいれば、必ず道は続いていくはずです。自分を信じて、最後の最後まで諦めずにやりぬいてください。健闘を祈る!


紺野あさ美さんへ

紺野さんの、確固たる“自分”を持って目標に向かってコツコツと努力していく姿は素敵です。正直何の心配もしていません。自分の目標に向かって、苦しい時もあるだろうけど楽しく勉強してください。そして、大学でさまざまな人に出会い、成長し、娘。の時とは違う形でも、人を幸せにする仕事をしてください。応援しています。
P.S. 勉強で困ったら是非うちの塾に来てください(笑)。



2人の卒業は、“卒業”と同時に新たな世界への“入学”です。
一足先に、入学おめでとう。  続きを読む
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February 27, 2006

近況報告

どうも、長らくご無沙汰しております。


最終結果が締切70時間前に出るという緊急事態が起こった卒論も何とか締切5分前に提出し、発表会も実に平和に終了しました。これからは、2月末(というか明後日)まで卒論の直しをしたり、9月に開催される国際会議(@ポーランド)の予稿(3月下旬締切)を出すために追加データを取る必要があったり、何かの発表が4月にあったり(把握しろよ)するので落ち着いて休めそうもない状況です。時間がかかって大変だし締切が近くてきついけど、今のところ何とか楽しんでます。ちゃんとやんないと間に合わなさそうですが、ぜひポーランドには行きたいなぁ。

とまあこんな感じなので、卒業旅行しつつ『卒業旅行〜モーニング娘。旅立つ人に贈る唄〜』を聴く・・・なんてことをするつもりもありません(笑)。もしかしたら卒論の時よりも忙しいかもしれませんね。何よりも優先すべき1つのことに集中するか、あらゆる仕事を平行してこなしていくかの違いというか。


今年に入って早2ヶ月、もはや遠い昔のような気がします。もちろん精神的な部分がほとんどなのでしょう。ここ1ヶ月、書きたくても時間的に書けなかった話題がいろいろあったのですが、完全に時機を逸したのでまた機会があれば少しずつ書こうと思います。こういうのが積み重なると、またハロプロとの接点が薄れてきて興味を失っていくので気をつけないといけないですね。『レインボー7』とか娘。コンとか全然食指が動かないですけど(苦笑)。


さて、スポフェスには行けるのかな?そろそろ動き出さないと。  
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December 31, 2005

open a future

2005年ももうあとわずか。振り返る暇もなく過ぎ行こうとしています。



今年は精神的に大きく揺らいだ年でした。

好きとは何か、愛するとは何か、少し見失った時期がありました。

将来へ向かう自分と今まで形作られてきた自分が対立し、苦しみの中、過去の自分を徐々に削り、融合させつつ「これが自分の進む道だ」と言い聞かせました。


それが正しいかなんて分からない。

でも進みます。

正しいかどうかは、もっともっと進んだ後で振り返ったときに初めて分かること。



2005年を無事に過ごせたことを感謝します。

2006年が皆さんにとって素晴らしい年になりますように。  続きを読む
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December 24, 2005

小さな幸せ

卒論の指導をしてくださっている先生が、研究室の忘年会に娘さん(7歳)を連れていらっしゃってました。

その娘さん「マヤちゃん」はとても可愛らしくて周りを和ませていたのですが(自分は終始遠くにいたので推測ですが)、配られた出席者リストの名前を見て一瞬固まってしまいました。






漢字が   矢島さん + 松浦さん






先生、一生ついていきますって感じですね(爆)。

さらに、会が終わって店の外に出てまったりしている時に、先生から


「この子にボウリング教えられる?来年専攻のボウリング大会に出たいって言ってるからさ。」

「あ、はい。普段後輩に教えたりしているのでできます。今からやってれば将来スター選手になれますよ!」


必死だなー(笑)。言った後でふと「逆にボウリングのスター選手になっちゃだめか」って気がしましたけど(おい)。

そうとなると、指導者として威厳を保つために自分の技術も磨いておかないといけないですね。ってことで、卒業してもボウリングは続けるつもりです(コラ)。





さて、久しぶりの更新がこんな痛々しいというか割とアブナイ内容だけなのは本意でないので、次回以降の予告でもして話をはぐらかしておきます(無駄)。結構書きたいことは増えてきているのですが、さすがに卒論は片手間では終わりそうになくて。

とりあえずタイトル案だけ書いておきます。
何かリクエストがあったらご一報ください(笑)。


℃-ute×日本酒

醸造酒〜creature〜

ハロコン@中野(仮)



もっとたくさんあった気がするのですが・・・忘れたかも。
更新時期は不明ですが、どうぞお楽しみに!  
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November 09, 2005

I WISH

優勝しました。
打ち上げでは、優勝杯(以下自主規制)。


最終戦は何もできませんでしたが、自分の今の状態を思うと普通の結果でしょう。
むしろそれまでの試合ができ過ぎだったのかもしれません。
集中力と体のシンクロが妙にうまくいったときがあったし、運もよかった。
うまくいかないときは、チームメイトに助けられたり、相手に助けられたり。
何の力が働いたのだろうと思わせる試合がいくつもありました。

と言いつつ、運も実力のうちと思って、まずはこの結果を素直に喜びたいと思います。



でも、この喜びはここで終わってはいけません。
後輩に自分の気持ちが伝わった時こそが本当に喜ぶ時だからです。

自分の今年度の仕事は、自分が得たものを後輩に伝えるということ。
伝えるためには、何よりもまず後輩にモチベーションを持ってもらうことが必要です。
部活と部が好きになってもらわないと、伝わらないのです。

自分たちのチームの試合を見て、後輩がそのチームの中に入ってリーグ戦に出たいと思ってくれたか。それをモチベーションとして、部活全般に参加してくれるか。
それがわかるのは、まだ先のことだと思います。
まだ自分の仕事は終わっていない、いや、始まってさえいないのかもしれません。



晴れの日があるから そのうち雨も降る



「雨が降り続いていても いつか晴れる時が来る」ではないこの一節が、自分に深く突き刺さってきます。近いうちに訪れる雨の日に向けて、備えなければ。



ちなみに、タイトルは上の歌詞とのつながりで『I WISH』としたのですが、もちろんそれに込めた意味は仮定法ではありません。
つまり、「伝わったらいいのに」ではなく「伝わってほしいと祈る」です。  
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November 05, 2005

栄光の架橋

1年秋から今まで56試合157G投げてきた部活のリーグ戦が明日で終わります。

やっと終わります。

もう終わりです。



明日勝てば優勝です。
今まで見る影すらなかった二文字が、遠いようで近いところまで来ています。

今季になってようやく自分の身体と精神がうまく制御できるようになってきた気がします。すぐに逃げていきそうな何かがやっとつかみかけてきた感覚。4年間の集大成として、最後までその感覚をつかんでいたい。


チームを信じること。

自分を信じること。

最後まであきらめないこと。



夢は自分でつかむもの。


自分たちなら、きっとつかめる。  
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October 10, 2005

生業(後編)

生き甲斐のある人生を送りたい。たった一度の人生。

人生をかけがえのない素晴らしいものにしたい。

そのために何をなすべきなのか。



自分の生きる上での信条は、


「人のためになることをする」


というひとつの事柄に尽きます。

いくら世間一般的な「幸せ」をつかんだとしても、それが個人的なもので終わるなら意味がない。人は生まれたときから周りの人に生かされるもの。だからこそ人のために生きようと思うのです。


この生き方は、中学校・高校時代のキリスト教教育が原点になっているのはほぼ間違いありません。自分の通った中学校と高校はミッションスクールだったのです。

教育を受けている当時(特に前半3年間)は、その一見胡散臭さ丸出しかつ滑稽な記述の少なくない聖書の話を煙たがっていたものですが、徐々にその聖書の記述自体よりも、「宗教」とは何か、「信じること」(「信仰」だとちょっと意味合いが変わりそうなので)とは何か、「信じること」はいかに力強いか、といったことを知っていきました。

高校生になった辺りから現在にかけてまで、受験や他の経験を重ねるにつれて、自分がいかに周りの人々に支えられてきたか、生かされてきたか、気付くようになりました。そして聖書の言葉が急に自分の中に浮かぶようになってきました。


『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』
(新約聖書 ヨハネによる福音書15章13節)


自分はクリスチャンでも何でもありません。実際『友のために命を捨てること』はできないと思います。しかし、自分の人生を懸けて人(『友』はそのままの意味ではなくて、もっと広い人々を指していると解釈されます)のために生きることで、この言葉に近づけるのではないかと信じています。



そしてもうひとつ、自分の人生における目標(野望といったほうが正しいかもしれない)として、

「後世に受け継がれるものを残す」

があります。人類の歴史の中に自分という人間がいた証を残しておきたいのです。

いくらお金を得ようとも、高い地位を得ようとも、人生の終焉と共にそれらは価値を失います。富も名声も後継者に受け継がれるかもしれないですが、やはり後継者は後継者、自分とは違います。そう思うと、「人のために」「後世に残る」ことをするためには、「お金を稼ぐ」だけではダメだと思っています。



このようなことを考えて生きていると、松浦亜弥さん、高橋愛さん、矢島舞美さんという人々は、自分にとって本当に憧れる、そして尊敬すべき存在です。

自分にはできない方法で、自分の目指す方向(環境問題の解決など)に寄与しているという点で。音楽という後世に残るものを生み出していると言う点で。

そして何よりも人に幸せを与えている点で。


自分が彼女たちを応援するのは、進んだ道も、才能も、何もかも違うのに、「人のために生きる」という同じ目標を実現するもう一人の自分がいるような気がするからかもしれません。



さて、卒論がいよいよ本格始動です(遅いですが)。
核融合に関連した世界最先端の研究の一部をさせてもらえるみたいなので(というかその分野の研究をしているところが世界でもほとんどない)、何とかまともなものを書きたいです。実験装置がいろんなところにあるので、これから年末まで東奔西走することになりそうです。茨城とか岐阜とかには確実に行くことになりそうです。ドイツという選択肢もありましたが、仕事とか部活とかあるので来年以降に回避しました。


彼女たちに負けないくらい頑張ろうと思います。  
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October 09, 2005

reflection

生業(後編)の前に、最近Web上でいろいろな診断をするのが(ごく一部のコミュニティで)流行っているらしく、その流れになぜか自分も乗って、やったものについて結果を載せたいと思います。

その目的としては、

 ー分がどんな人間なのか、Webを介して伝わる可能性の検討
◆仝什澆亮分がどんな人間であるらしいかの記録

といったところです。(先日の卒論計画の発表の雰囲気が残ってる(苦笑)。)
まあそんな堅苦しいことは置いといて、このサイトの管理人がどんなヤツなのかちょっと見てみよう的なノリで見てくだされば幸いです。



まずは適正・適職診断から。


結果はこちら
数日後、若干凹み気味だった時にやってみたらこちらでした(笑)。


実際に自分を知っている人から見るとどうなのでしょうね。自分としては、まあ大体合っていると思います。研究者に向いてるっていうのはちょっとうれしいですね。後者の結果もなかなか捨てがたいですが(おい)。




次に、男脳女脳診断を。


結果は以下のようになりました。

あなたのポイントは-65ポイントです。(男脳度数:82.5%/女脳度数:17.5%)

※ポイントは-100〜100ポイントで計算され、マイナスが大きいほど男性脳、プラスが大きいほど女性脳。


男性脳が中心

あなたは、強い男性脳の持ち主です。あなたは、論理的で分析力に優れ、言葉を厳密に捉え、几帳面で物事を整然と処理します。また一方では強引に話を進めてしまい反感を買うことも。そして、同時にひとつの事しか集中できず、女性との会話の中では、ついよそ事を考えて曖昧な返事をしてしまいがちです。あなたの努力と同時に、相手の方にも理解を求めましょう。




ということです。実際の診断では男性の結果と女性の結果の分布が表示されるのですが、自分の該当箇所はピークのかなり左で、目盛りが2つ分しかありませんでした。結構レアなのかな?

これもまあ特に外れた気はしないですね。特にひとつの事しか集中できないとか自分の性質が明確に出てますねぇ。同時にいろいろできない分、それぞれの時間ではそれだけに集中できるんですよね。当然手を出すことが多すぎて時間を確保できなくてすごく自分が嫌になるわけですが(苦笑)。いやはや、納得の結果です。




最後に若干投げやりに恋愛能力指数テストを(爆)。


あなたのタイプ:恋は盲目タイプ
相性のいいタイプ:自己犠牲タイプ


LQ要素(標準:100)

A:自己愛情認知力 129
B:恋愛感情制御力 129
C:恋愛前向き楽観力 142
D:恋人共感力 108
E:恋愛関係維持力 132

平均LQ 128


あなたは人並み以上の恋愛能力を持っています。




・・・だそうです。
あー、そう。そうですか。じゃあ何で・・・ブツブツ。


ま、それはさておき(笑)、以上の3つの診断、あるひとつのことが3つとも共通しているのに皆さん気付かれたことでしょう。

そう。相手に共感する力なし。我が道を行くのみ。


いや、自分の人生についてはそのつもりですけど、普段からそうなのか・・・。
改善しなきゃですね。  
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September 20, 2005

生業(前編)

大学院試験、合格しました。
合格発表は見に行かなかったのですが、先日郵便で通知が来て知りました。
9月の頭に非公式の結果として出てはいたんですけどね。


合格通知書に目を通したとき、3年前の大学受験を思い出しました。当時も合格発表は見に行かず、テレックス待ちでした。実家は福岡やけん東京は遠いんよ(笑)。

封筒をあけて合格の2文字が目に入った瞬間の両親の喜ぶ姿、一生忘れられません。今回は東京の自宅でひとりでしたが、つい10秒くらい感慨に浸ってしまいました。


今ここにさっきまでの自分と違う自分がいます。
また少しだけ夢に近づいた自分が。
ハードルを越える前の窮屈さと恐怖感が、ハードルを越えた後に広がる希望の景色と新しい世界に飛び込んだときの不安に変わる感覚、久しぶりに思い出しました。




受験と言えば、『ドラゴン桜』というドラマが先日最終回を迎えました。
自分とかなり関連深い(一応受験業界の人間ですし、むしろドラマのテーマそのものと関わる人間ですし)内容みたいだったので、結構ちゃんと毎週見てました。まあマンガは仕事先に全巻揃っているんですけどね(笑)。


序盤〜中盤では「それは違うよ」と思うことが多かったのですが、最終的に作者の言いたいことはまあ分かった気がするし、そこそこ意見も合うかなといった感じです。

ドラマのテーマとしては、結局「自分の人生を自分で切り拓くためにはどうすべきかを、東大受験を媒体にして高校生が学んでいく」ということだと自分は感じました。どうやって東大に受かるかどうこうというのはあくまで2次的なテーマだと思います。それぞれの回にも全体にもいくつかずつ教訓があり、それは受験だけでなく生きていく上で重要なことであるということを感じたのでそのように捉えたのだと思います。自分としても、受験には単に勉強する以外にも、社会の中で生きる上で必要な力を養う部分があると思っているので、その点ではほぼ同意です。


あえて異論を唱えるとすれば、「受験はそんなに甘くない」ということがまず挙げられるでしょうか。どの教科も(特に英数は)基本の積み重ねがしっかりできている状態が前提です。ほとんど勉強しなかった・理解できなかった状態から1年で合格レベルに達するなんて、はっきり言ってありえません。時間が足りません。どんな効率的・戦略的な方法を使っても。どんなに詰め込んだところで定着が追いつきません。できるとしたら、ものすごい理解力と定着力を持った人でないと。


それから、自分の最も感じたことは「生徒の受験に対する動機付けが弱すぎる」ということです。受験結果の出揃った最終回には全員の進む道がはっきりした気がしましたが、それがスタートラインだと思うのです。大学に入ってやりたいことを探すというのは一応東大ならできるのですが、ドラマの生徒の一人のように進みたいところが理気ら進学しにくい学部だったらどうするのでしょうか。
絶対に理科は物理と地学を勉強しなければいけないのでしょうか。化学や生物を勉強してみたら、違う世界が見えてくるのではないでしょうか。
「タレントになりたい」とか「弟を見返したい」という理由で勉強できるのでしょうか。

生徒たちが勉強自体を楽しんでいたのはよくわかります。でもただ楽しいものだけではないはずです。その苦しいときに支えが生徒一人ひとりにあったとは思えません。どんだけ精神力があるんだよ。


もちろん「ドラマだから、物語だから仕方ない」ことですけどね。それによってドラマがドラマらしくなるわけですし、主題を分かりやすくするための状況設定だと思うので、その点では納得しています。



しかし、あまりにも「東大に受かること」しか考えていないような気がして、個人的にすごく腹立たしかったのです。実際自分が大学に入って感じたことは、テキトーに生きてきた人間がよくもまあたくさんいるものだということでした。将来のビジョンも何もないけど、勉強ができるから受かったという人がかなりいるのです。もちろん大学に入ってやりたいことを見つけたり将来を考えたりするのは人それぞれです。しかし、自分より何倍も能力を持っているのに、それを活かそうとしていない人がいくらでもいることに気付いて、どうしようもない悔しさと憤りを感じました。



自分のためだけに生きて何が得られるのだろう。



かなりトゲトゲした内容になってしまいました(苦笑)。
個人的な気持ちなので、どうぞお気になさらずに。

長くなってきたので残りは後編に書こうと思います。  
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August 21, 2005

重要連絡事項

 .瓠璽襯▲疋譽垢砲弔い

hotmailの前のアカウントが使えなくなったので、メールアドレスを変更しました。
コメントの名前のところに書いてあります。
本サイトの方は直っていませんので、ご注意下さい。(直しました(8/25)。)

それと、8月に入って前のアドレスにメールを送った方がいらっしゃいましたら、もう一度新しいアドレスの方に送り直していただけますでしょうか。お手数おかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

なお、MSNメッセンジャーも同じアドレスで登録し直しました。
お気軽に登録&話しかけてください〜。つないでないことが多いですが(おい)。


◆.▲鵐謄覆砲弔い

本サイト(の雑感)が7月中旬以降アンテナで上がらなくなっています。
雑感をアンテナに登録されている方はぜひチェックを!

それに伴い(?)、トップページに雑感を書くように本サイトを改造したいと思います。
9月末あたりを目処に移動しますので、その際はブックマーク・アンテナの変更をお願いします。


 今後の更新について

8月末〜9月頭に大学院の入試があるため、それが終わって落ち着くまで更新はお休みします。皆さん、ご声援の程よろしくお願いいたします(え)。



実は今、実家から更新していたりします。
サイトを作ってから初めて帰省したみたいです。ずっと仕事と部活で帰れなかったんですよね。ま、忙しくなくても帰る気はなかったですが(爆)。

車窓から見える田んぼに『愛ごころ』をオーバーラップさせつつ、iPodで『ファーストKISS』を聴くというよくわからないことをしたり(笑)。自分が景色と音楽をセットにして記憶していることに今更ながら気付きました。故郷で聴く初めての曲(『初恋』や『YOUR SONG〜青春宣誓〜』)は雰囲気が全く違いました。


いやぁ、PCも回線もマジで使えない、勉強するには抜群の環境です(苦笑)。  
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August 02, 2005

22歳の私

ちょっとでも暇を持て余すと退屈だったあの頃。

水泳と書道は今の実家に引っ越す小学校1年生まで、野球は引っ越してから、ピアノはずっと習っていました。いろいろやっていても、学校が始まる1時間近く前から校庭で遊び始めたり、学校が終わって習い事が始まる直前のたった数十分のために、家まで走って帰って支度をしてすぐに友達の家に遊びに行くという計り知れないバイタリティがありました。単に遊びたかったというのもありますが、1分1秒たりとも時間を無駄にしたくないという思いが強かったのです。あの頃の時間は1秒1秒がゆっくりと、濃密に流れていたような気がします。

習い事は外的要因がない限り、嫌いでもなぜか我慢して続けていました。行くまでは嫌で仕方なくても実際やっている時には忘れてしまう。そして終わって家に帰る。その繰り返しでした。いつも「あ、今日もあっという間に終わったなぁ。」という印象。


その意識のまま、負けず嫌いの性格ゆえか、1秒1秒を一生懸命生きたいというあまりにも高尚な思想があったからか、それぞれについてそこそこの上達や才能の「片鱗」を見せていたようです。

水泳・・・ただ泳いでいるだけできついので、楽しいという気持ちはなかったです。唯一記憶に残っている記録は小1の時50m自由形を48秒。今やすごいのかどうかさえ分からないですが、スイミングスクールで一緒に泳いでいる人に自分より学年が下の人はいませんでした。

書道・・・引越しをしてやめてしまってからは、時間が経つにつれ下手になってきています。今の方が字が下手という噂もあります(苦笑)。そういえば中学の時、書道の先生(書家でお弟子さんがたくさんいるらしい)に「繊細さのあるいい字を書くね」と言われたことがあったような。

野球・・・小さい頃、週末父親と野球で遊ぶことでバッティングセンスを磨いたようです。少年野球チーム時代(小学生)はキャプテンかつエースかつ「最も打席が回ってくる」1番。守備は外野を守らせた方が生き生きしていたものの(苦笑)、打撃は年間約70試合(?)で、小6の時はランニングホームランを30本くらい打ったと記憶しています(実際のホームランは1本ですけど)。中学の時もエースで4番。でも4番だとあんまり打てなくて1番に戻ったという(爆)。手首の柔らかさを活かしたバッティングセンスは甲子園クラス?上で出てきた書道の先生に偶然部活を見られた時に、なぜか「あのバッティングにはセンスが感じられる」と言われた(謎)。

ピアノ・・・練習が面倒で、弾くのはいつも朝学校に行く前の30分のみというパターン。小5の時何だかよく分からないうちにコンクールで全国大会に行きました。譜読みが超遅いが、素晴らしい先生にめぐり合い表現力はなかなかのものに。タッチが弱い分、「気持ちの入った」音を出すのに優れていたと自己分析しています。


ああ、昔はすごい子だったなぁ、って自分に負け惜しみですね。



しかしまあ、好き嫌いはあったにしろ、与えられたものはそれぞれありのまま吸収してきたように思います。しばらく一生懸命やってみると、結構何でも面白くなってくるのでした。学校の勉強も全教科好きでした(不得意な教科はいくつかありましたけど)。ま、「何でもできる」と言われるのをいつも誇りに思ってたから頑張ったのかもしれないですが(笑)。



「若い時の経験は大人になって財産になる。」

親か誰かに言われたような記憶があります。自分自身、実際いろいろ経験してよかったと思うし、その機会を与えてくれた親や関係のある人々に感謝しています。
そして、「多様性」こそが自分の本質だと思います。いろいろやってきたからこそ見えることや感じることが、自分の優れている能力だと自惚れています。


でも、今「多様」な自分ではありたくない自分も出てきているのも事実です。
幼い頃と今は違います。昔の狭い世界ではその世界なりの感覚と努力で処理できていたことでも、今の世界では対処できないのです。昔のような鋭く柔軟な感覚がないし、時間もない。要求されるレベルも高い。

できれば集中したい。何か一つのことに集中して、成果を挙げたい。今の状態では、どんなに全てのことを一生懸命しても、納得はしても満足のいく結果を得るのは難しいと思います。多くのことに手を出しすぎているのですね。
勉強、部活、仕事、趣味、どれももっとじっくり考え、取り組みたい。欲張りなのは分かっているものの、自分ができることは最低限きちんとしたい(あるいはきちんとしたいと思うほどその事柄に思い入れがある)のです。なのに、中途半端にしかできなくて当然うまくいかない。


いっそ捨ててしまいたいと思ったことも幾度となくあります。でも、どれもとても捨てられるようなものではありません。全て今の自分を創ってきたものだし、責任もある。



そんなことを考えていると、やっぱり自分の本質は昔と変わっていないことに気付きます。いろいろなことに情熱を傾けて、それぞれが相互に影響して融合されていくという。昔書道とピアノと野球が関わり合っていたように、今では学業と部活と仕事と趣味がシンクロしているのです。


今まではそれでよかったのかもしれません。しかし、あと数年もすれば社会に出るのです。アルバイトではない仕事をして生きていくのです。仕事という営みは「経験する」ものとは思っていません。今のアルバイトでさえ思えないのですから。仕事をするようになると、今までのように様々なことに時間と情熱を分散させることは到底できないでしょう。

そう思うと、仕事は自分の最も情熱を傾けられるものでありたいという気持ちが強くなります。今に至るまで数々のことに情熱を注いできたものの、仕事として、一種のプロとして成り立つところまで来たものは未だ何一つありません。環境の変化で途切れたり、達する前に挫折したり、自らその道を断ったり、思えばいろいろな時期に少しずつ何かを捨ててきました。もう少し頑張れば、もう少し踏み込めば、もう少しそれだけに集中すれば、きっとそれぞれの道で生きていけたでしょう。もしかしたらその道の方が今の道より断然良い選択だったかもしれません。厳しい道を選ばずに、結局一番安全なレールの上を歩いてきたのも事実です。けれど、何かの運命があって、何かの使命があって、最後に残った今の自分がいるのだと確信しています。


今こそ現在まで培ってきた多様性をひとつに紡ぎ上げる時です。これから少なくとも数年、長いとおそらく十年以上集中しようと思うものは見つかりました。幼かったあの頃からずっと心の中で夢見てきた、そして他の何よりも実現に向けて着実に一歩一歩を踏みしめてきた夢です。



核融合に関わる研究をして、エネルギー問題の恒久的解決を目指したい。
人類に貢献したい。



なぜかこの夢だけは、何があろうと揺らいだことがありません。
「自分に与えられた能力で、人の役に立てる仕事をしたい」そう思い続けてきて辿り着いた、ひとつの近似解だと思っています。

その夢を実現するために、新しいプロジェクトを立ち上げようと思います。自分の本質を捨てずに他のものを統合して、時間と情熱を夢の実現に向けるプロジェクトを。



小さい頃に 描いてた
理想の大人とは 違うけど
あの頃よりも 自信がある
22歳の夢に  
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April 20, 2005

リーダー

今やコメントすることもない気もしますが、考えたことを書いておきたいと思います。
情報が公式サイトくらいしかないので、かなりの部分が推測です。
そして、あくまで一個人の感想であることを断っておきます。



今回の矢口さんの娘。脱退の件、どうも煮え切らないところがあります。
脱退の理由は、

「自分自身の自覚の無さからファンの皆さんを失望させる結果になった。もう『モーニング娘。』のリーダーとしてメンバーをひっぱっていく資格はありません。また、こうなった以上『モーニング娘。』としてファンの皆さんの前には立てません。」

ということですが(公式サイトより引用)、ひどいですね。


とりあえず、ハロプロは過去にも似たようなことは起こっているわけですから、そのときに矢口さんは何も考えていなかったんでしょうかね。何か考えていたら、自分のときはどうするか参考くらいにはすると思うのですが。年齢的にもあって当然の状況ですし。

それとも、(矢口さんとしては)「自覚の無い」「ファンを失望させる」ことと理解した上で、確信犯的にしたのでしょうか。“(矢口さんとしては)”と書いたのは、本当に「自覚の無い」「ファンを失望させる」ことかどうかさえ全く持って分からないからですが(それぞれファンの気持ち次第でしょう)、有無を言わさず自己完結。ファンとの関係は完全に一方通行。

事務所がどうであれ、はっきり言って、こんな身の引き方は最低だと思いました。



それで思ったのが、「矢口さん、娘。辞めたかったのかなぁ。」ということでした。
自分でしてはいけないと思っていることをわざわざしなくてもいいと思うのです。
そもそも全国にその名の知れ渡ったモーニング娘。のメンバーなんだから、隠し通すなんて至難の業でしょう。あれだけ即座に周りの雰囲気とか感じて発言できる才能のある彼女が、そんなことさえ読めなかったなんて思えません。

実際「恋愛で周りが見えなくなった」んだったらまあつじつまが合いますけどね。
まあその時は、単純にまだ子どもだったってことでしょう。



いろいろ不満もあったのかもしれませんね。
結成の発起人となったユニットを脱退させられ、脱退の理由となるキッズとの活動も一瞬で終わり、馴染みのメンバーはみんな卒業していって。
責任ばかりが重くのしかかってきて。




自分はつい最近まで、大学の部活で一応リーダーとなる立場にいました。
個人的な考えですが、リーダーはその集団のことを誰よりもよく考えていないといけないものだと思っています。やるべきことが他にもたくさんあったし、大学自体がどうしようもなく忙しかった時期もありました。でも、その1年間は基本的にとにかく何よりも部活を最優先にして考えてきたつもりです。

途中で相当つらい時期もありました。
リーダーとして競技面でも引っ張っていかなければと思っていても、忙しくて最低限しか練習に時間は割けず、結果が全く振るわない。経験年数は周りよりも相当長いはずなのに、去年より全然進歩しない。むしろ退化している。自分でどうしていいのかわからない。
部で論議が起こっても、どのタイミングでまとめればいいのかわからない。意見がどんどん発散していく。
OBの先輩から冷たい言葉を言われる。


それでも何とか任期終了までやってこれたのは、「部が好きだ、部の仲間が好きだ」「部がこれから先ずっと続いていってほしい、先につなげたい」という思いが原動力になっていたように思うのです。
部ではある程度同じ目標を持って真剣に取り組めるし、かといってガチガチの雰囲気ではなく笑いが絶えないし、趣味の合う部員も結構いるし(笑)。
試合なんかでは強い団結力を感じたり、同じ達成感を共有できたり。
ファミレスで何時間でも駄弁っていられるし、家に呼んだり呼ばれたりして飲みながら話したりして楽しく過ごせるし。



大学の部活とモーニング娘。は違うでしょう。
仕事だし、厳しい世界だし、事務所もあるしプロデューサーもいる。
そしてファンという大きすぎる存在がある。


でも、なぜか分からないけど、自分たちと似たようなものを娘。たちも得ているんじゃないかなぁと思うんです。
団結力だったり、達成感だったり、悔しさだったり、笑いだったり、友情だったり。
それも自分達より何十倍も、何百倍も大きい。

だからこそ、彼女たちは輝くと思うのです。



そんなモーニング娘。を“リーダー”の矢口さんはどう思っていたのだろう。

「裏切る」こととわかって(解釈して)とった行動。
その時、メンバーのことを思ったりしなかったのかな。
そして、ファンを思ったりしなかったのかな。

それとも、彼女にとってのモーニング娘。はもうないのかな。
かつての仲間はみんな巣立ち、今や年下の後輩しかいない“アイドル”グループとしか思えないのかな。



どちらにしても、残念です。自分には到底理解できない。

事実なんてどうなのか知ったこっちゃないし興味さえ全くありませんが、どのようなケースを考えても納得できるものは未だ見つかっていません。




でもファンの方々は、許すのでしょう。応援し続けるのでしょう。

それが愛なのかな。  
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March 05, 2005

Next Stage

3年という期間は、何かの節目を感じます。


あらゆる新しい出会いに恵まれ、また翻弄された1年目。
冷静さを取り戻しつつ、自己のスタンスを探し始めた2年目。
自分を見つめ直し、未来へ思いを馳せる3年目。


自分にとってこの年度、そして特に新しい3年を迎えようとしている今が大きな節目であるような気がしています。(大学は4年制ですが、理系的にはB1〜3とB4+M1〜2に分けると結構しっくりくるように思います。)


大学に入ってからの3年間は、大きな成長があったと自分でも言えます。
いろいろ失敗もしました。
生活が終わっていた時期もありました(笑)。

特に大きかったのが、まず部活だと思います。
OBとの交流や主将を任されることになったりで、誠意ある行動とは何か、リーダーとしてどうしなければいけないか等、社会性が大きく養われたように思います。
それから、師匠との出会いから実質的に始まったヲタ活動(笑)。
現場でいろんな人にお会いしたり、インターネットでいろんな人の考え方を吸収したり、サイトで自分の思いを書き始めたりしました。
音楽への情熱も呼び起こしてくれました。

部活と同じくらいに自分が何かを得たのは、仕事ですね。
人に何かを伝えるとき、いかに分かりやすくするかをじっくり考える貴重な機会でした。プレゼンテーション能力(アドリブとも言う)も養われました。
また、教える立場としての人間的振る舞いを考えたり、学問への情熱をかきたてられたり、夢へ向かう強い力に刺激されたり。
何かを与えようとすることから自分が得たことも相当多かったように思います。



さあ、もうすぐ新しい3年間が始まります。
この3年間は、自分の人生を考える3年間のように思います。
気を引き締めていかないと。

前の3年間に負けないくらい、成長していきたいですね。
失敗もするでしょうが、後悔だけはしないようにしたいです。  続きを読む
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January 21, 2005

ほしいもの

高価な順。



 .團▲

ベーゼンドルファーというオーストリア製のピアノが一番好きなんですね。


10年前、コンクールの本選で弾いたピアノがこれでした。
弾き心地といい音といい感動的に素晴らしかったので、その頃から。

緊張しかすることがないと思っていたコンクールで、まさかピアノに感動するなんて思ってもみませんでした。ピアノが(弾くことも聴くことも)好きになったのは、このピアノがあったからかもしれないです。


全国大会では、Steinway&sonsというこれもまた素晴らしいドイツ製のピアノを弾くことができたのですが、自分はほんの少し柔らかい、何となく哀愁を感じさせるベーゼンの方が好きです。
スタインウェイの華麗な高音も素晴らしかったですけどね。


そんないきさつでほしいのですが、まあ値段は7〜15Mってところですか(爆)。

というかグランドピアノを置くスペースなんてない(笑)。


宝くじでも当たれば考えるようなものですね。もしくは数十年後の話。


ということで、とりあえずは電子ピアノにしたいのですが、これも悩みますね。
なまじピアノらしくないよりは、この際PCでいろいろできそうなものがいいかなぁとか思ったりしています。まあ今の電子ピアノなら大体リンクしているでしょうけどね。

予算かぁ・・・(苦笑)。




◆.廛螢鵐拭

ここ2年くらい印刷物は大学で我慢してきたのですが、そろそろほしくなりました。
この前大型電器店に行ったところ(名前は出しますまい)、店員にキャノン製のをゴリ押しされました(笑)。

いや、素晴らしいのはよく分かった。むしろ知ってた。
だからそんなに亜弥ヲタをいじめないでください(笑)。

ま、前のプリンターがエプソンで全然使えなかったので、初めからキャノンからしようと思っていましたけどね。


こっちは近いうちに何とかなるかも。公的資金投入すれば。




 iPod

WAVEもちゃんと使えるんですね。
てっきりMP3とか圧縮したものだけしかダメだと思っていました。
当たり前といえば当たり前ですけど。

いまや高周波成分をカットした曲なんて聴けないので、CDそのものしかダメなのかと思っていましたが、そうとなれば話は早い。
もうすぐ買うと思います。もう少し安くなってくれないかなぁ。




ぁDVD-Rドライブ

2年の使用期間を経て、CDしか読めなくなりました(爆)。

明日買いに行きます。  
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January 15, 2005

ほたるの星

昨日DVD買って今日見ました。

そういえば映画館で見たときの感想も書いていなかったな。



本物の蛍(の群れ)を見たことのある人ってどのくらいいるのでしょう。

何だろう。自然な形というか。虫かごとかに入ったやつじゃなくて。



自分は十数年前に一度だけ見たことがあります。
人生の中でほんの数十分だけ。
見た場所は実家から車で数十分、いわゆる田舎に入り込んだところでした。


その数十分間は、強烈に、鮮明に脳裏に焼き付いています。
この世にこんなに幻想的なものがあるのかと思いました。


蛍同士で光るタイミングを合わせているんですよね。
何もない静かな闇の中に、ふと数え切れない小さな光が自分の周囲を包み込む。
手で光を集めようと思っても、遠近感が分からないから空を切るだけ。
と思った瞬間光が消えて、もとの闇に戻る。

非現実感と現実感の振動にただただ魅了されていました。


この映画、ラストはかなり現実離れしてきて、つまりロマンティックになるのですが、現実にあった話を基にしているという事実が何だか色褪せてきてしまう感じもします。ですが、そんな「幻想」も蛍が光っている間は起こってもおかしくないように思います。

そのくらい蛍の光、特に群れで発しているときの光は夢のようなものだから。



蛍の光に包まれていたことのある人ならば、この映画が格段に素晴らしく感じることでしょう。そう思うと、この映画を多くの人に見てほしいと思うと同時に、蛍自体もできるだけ多くの人に見てほしいなぁと感じさせられました。


あんなに美しいものを滅ぼしたくないと誰もが思うはず。  
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December 26, 2004

第49回有馬記念

着順は1-9-6-8ですか。


もう少しで1986だったのに。おしい!
って四連単は日本にないですけどね。

しかしまあ、三連複でさえ考えもしなかったのは不覚です。
まだまだ推し方が足りないんだなぁ。来年は頑張ろうっと(何を?)。


まあ10番がアレだったのは某氏がDD過ぎるからだろうということで(おい)。


ハーツクライもひどかったなぁ。あの流れについていけなさっぷりが。

さすが『初恋』(爆)。  
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December 11, 2004

神隠しと環境問題

『千と千尋の神隠し』をテレビでやっていたので思わず見てしまいました。


今回で見るのは2回目になるのですが、前回見たときは「難しい話だなぁ」という印象が強かったように思います。
何というか、難しく取ろうとすればいくらでも難しくなりそうな感じ。

今回は割とすっきり見られたような気がします。
2回目だから少々偏見ができてしまったのかなぁ。


で、そのすっきりと見られた中で思ったのが、この映画って、環境問題をかなり強く意識させるんですよね。
人間のゴミによって腐れてしまった川の主が出てくるシーンは、その中で最も明確なエピソードだと思います。

しかし今回、自分はむしろクライマックスの方が印象的でした。
千尋がハクの本当の名前を思い出すシーン、ハクは元々は「マンション建設のため埋め立てられて今はない」川だったというところですね。


このセッティングは、「昔のこと」ということをイメージ付けるためかもしれません。
千尋が元の世界に戻る時、ハクとの別れのシーンで「またきっと会える」という内容の会話を聞くと、「もう元の世界にはないのに」という事実を強く連想させ、その別れをより大きくする意味で非常に効果的になってきますし。

ところが、見る人に環境問題へ意識を向けるためのセッティングと考えることもできそうな気がしたのです。
見る側に「大人たちの都合でコハク川は埋められた」という印象を残すのは確かでしょうし、話が急激に展開した後だから、印象に残りやすいのはなおさらのこと。


その他にも環境問題を意識させる点としては、すごく映像が美しいということが挙げられます。あんなきれいな世界では、汚いものは余計目立ち、過剰に汚く見えてしまいます。



自分の楽しみ方はともかく(楽しみ方だったんかい)、いろんな楽しみ方ができるというのは名作の証だと思います。
見る人の背景(年齢や性別など)によって感じ方がかなり違っていて何度見ても面白い。

実際自分も1回目とは違う感じ方をしましたし。
・・・環境問題に過敏になっただけな気もしますが(苦笑)。



カオナシって何を象徴しているのか考えたりすると結構難しいですね。
(全然話違いますけど)  
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December 03, 2004

懸けるもの

まず初めに、内容が非常にプライベートになっていることを先にお詫びします。
よく分からない方は、読み飛ばしてしまってください。



今だからこそ、自分の気持ちを書き残しておこうと思って。





気付いていたら入部していた今の部活。
よくわからないままもう3年が経とうとしています。



初めは何を思って部活に行こうとしていたのでしょうか。
ただ優しくて面白い先輩たちといるだけで十分楽しかったのは確かです。
人のつながりってすごい。
大学に入って世界が何十倍にも広がった気がしました。


今こうしてモニターに向かってキーボードを叩いているのも、部活の先輩方なしにはありえません。
PCを休日返上で作ってくださった先輩がいなければこのPCはないですし。
自分を“この”世界に引き込んでくれた先輩がいなければ、ここで書くこともないでしょうし(笑)。



正直に言って、大学1年の秋から自分は時間面、体力面、精神面、経済面のかなりの部分を部活に費やしています。


ついこの間まで、「そこまで犠牲を払って何を求めて部活をしているのだろう?」と思っていた時期が続いていました。

そのスポーツ自体が面白いから?それだけでここまでしない気がする。
健康のため?本当に健康のためになっているのかなぁ。


とまあこんな感じでこの1年間、部の責任者をさせてもらってきたわけです。
ひどい話ですね。

任期はあと2ヶ月弱。



部の最高責任者になろうと思った動機。
それはごく利己的な理由で、「部活を続けていきたいから」。

責任の重い仕事をしないと、生半可になってしまいそうだったのです。
興味が無くなってしまったら、行かなくなるだろうと(当時は)思っていました。
興味が無くなりそうな要因はたくさんありました。
他に興味のわきそうなものもたくさんありました。


極端な話、自分という人間は生来、肩書きとか自分にプレッシャーがかかるものがないと本気にならないみたいなのです。
意識しなくても、自分の心を占めているものを勘案して、他の情熱を傾けているものに心を向けてしまうのです。
認めたくない気もするけど、それが本質なのでしょう。



でも、自分に任せてくれる同期のみんながいた。
信頼されているんだ。それに応えないと。

こんな感じに自分を鼓舞すると、隠された力が出てくることは知っていました。
気負いすぎるとうまくいかないことも知っていました(最近まで忘れてましたけど)。


2年前の今頃、サブキャプテンを決める時「君がテキトーな気持ちなら自分がやる」と毅然とした態度で言ってくれた同期の1人に今でも感謝しています。
あれで吹っ切れました。




今は2年前とは違います。
部活が楽しい。部活の仲間といることが楽しい。
嫌なことも少なからずあっても、それをはね返せるだけのものがあります。


そして、そんな愛着のある部を守っていきたいという気持ちが出てきました。


今のままでは次の世代に渡せられない。渡したくない。

きちんと引き継ぎをするのが自分の仕事だと思っています。




今日から、自分が4月から目標にしていた大会が始まります。
試合で見せる、主将としての最後の仕事だと思っています。


みんなを信じること、自分を信じること。
リーダーはどうあるべきか、それを見せること。


この大会が最後になるチームメイト。
最後のつもりで臨むチームメイト。
練習の成果が出せず、挽回を目論むチームメイト。
エースとしての意地をぶつけてくるチームメイト。


全員信頼できるチームメイトです。
だから自分は頼ろうと思う。
自分の力は余りにも小さすぎるから。



今のチームが、部創設以来最高のチームだと思います。
最初で最後の、かけがえのないチーム。



楽しんできます。  
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October 03, 2004

今日が記念日

こんばんは。昨日は新横浜にいたにもかかわらず横アリは完全スルーで茅ヶ崎に行った亜弥ヲタです(爆)。


初参戦かぁ。・・・緊張したなぁ。
彼『S君』(ネタにするな(笑))も今緊張の真っ只中でしょう。

さあ、どんな反応が返ってくるのか。楽しみ楽しみ。


いい感じだったらここを教えることにします。  
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September 29, 2004

参戦効果

今まで参戦後何かに良い影響を与えるというのはなかったのですが(むしろ悪い影響を与えているように思われた)、今回初めて“参戦効果”なるものが出ました。
まあ部活で少々いい結果が出ただけなのですが(笑)。

実際精神的にすごく充実していました。
大げさですが、パワーが全身に漲っているという感じ。
ここぞというときの集中力の高まりも近来なかなかないものでした。
メンタル面が一番重要なスポーツだけあって、目に見えて効果が出るんですね。


やはり福井、そして代々木から“何か”を持って帰ってきたのでしょう。
思うところはいくらでもありますが、一番の“何か”は

パワー

のように思います。

先の3日間で、高橋愛、モーニング娘。、松浦亜弥という人達からパワーを感じ、もらった。そのパワーが心の中にすっと入っている、そして自らパワーを新しく作り出している状態なのだと思います。
参戦しても精神的に充実しないこともありますが、それはパワー自体がないか、パワーを発していても知覚できないか、発しているのは分かっても吸収できない何か内的・外的な要因があるのでしょう。

つまり今回の遠征、そして代々木では、理想的な「パワーのキャッチボール」が(少なくとも自分に関しては)出来たのではないかと思っています。
アーティストは観客にパフォーマンスでパワーを与え、観客はそのパワーを受け取る。観客は声援でアーティストにパワーを返し、アーティストは鼓舞される。

今回パワーを受け取れたのは、良い場所(座席ではなく)で、良い雰囲気で、良い気分でライブを見ることができたからでしょう。
いつもそういう状態になることは難しい。
とても貴重な時間を過ごしたということになります。


いつまでもこの貴重な記憶、そしてパワーをなくさないようにしたいものです。  
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September 22, 2004

サイトのコンセプト

本サイト『笑顔に涙』は、松浦亜弥応援サイトです。
松浦亜弥さんの歌が好きで、その素晴らしさを伝えたいという、意図としてはただそれだけです。

そもそも自分は音楽大好き人間で、松浦さんを応援するようになったのも、もちろんその歌の世界に惹かれたからでした。


開設当初から、本サイトの雑記には松浦さん以外にもいろんな人の話題を書いていました。話題も多種多様で、ハロプロと関係のないことも結構あったりしました。

最初は別にいいか、と思っていましたが、どうも最近は分けた方がいいかなぁと思うようになりました。
松浦さんの話題全然書いてなかったひどい時期もありましたし(苦爆)。


自分には応援するきっかけというか、何を基礎にして応援し始めるかというのが2タイプあるようで、

,修凌佑硫痢∪爾好き
△修凌佑離ャラクターが好き

の2つなのですが、松浦さんはもちろん 一方高橋さん・矢島さんは△箸いΔ錣韻覆鵑任垢諭もちろん,世辰燭薀ャラは嫌いとか、△世辰燭蘋爾老いというと断じてそうではなく、根本としてどちらが好きか、初めて興味を持ったのはどちらかと言われると、という話です。

で、松浦さんの話題を本サイトに集め、高橋さんと矢島さんは主にこちらに書くことで分離して個人的にわかりやすくしようと思ったわけです。
本サイトの音楽色を強くしたいという希望もかないますし。
松浦さんの話題を書いていれば、自然と音楽の話が集まるという構図ですね。

まあ高橋さんや矢島さんに関して音楽的な話をしないわけではないので何ともいえないところですが、それは例外として。


あとここを作った原因としては、矢島さんについて書くスペースを確保したかったというのも結構あります。現状では矢島さんメインのサイトはほとんどなく、他のメンバーの応援サイトでちょくちょく言及されているくらいで、魅力はかなり伝わり始めたようですが、まだまだこれからという感じです。
正直自分には必死さが足りませんが、少しずつ矢島さんについて書き溜めていきたいなぁと思っています。


何はともあれ、ここでは主に高橋さんと矢島さんについて、そして音楽以外の話題について書いていきます。ハロプロ以外のこともいろいろ書いちゃうつもりです。

ということで無駄に長く書きましたが、皆様よろしくごひいきにお願い致します!  
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September 18, 2004

とりあえず

作るだけ作っておきます。
デザインは少しずつ変えていこうかな。

サイト名ですが、本当は『Yeux Mémorables』です。
「é」がどうやら出ないんですよね。


名前の由来は・・・まあお約束ということで。

一応日本語に訳すと「忘れられないまなざし」というような意味になります。
ちょっと強引ですかね(苦笑)。  
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