明日を切り拓くインテリジェンス

今は生きづらい時代になってきたと思います
そんな今を生きるためには、人を生かす情報が必要です
希望の見えない世の中で、あえて明るい情報(インテリジェンス)を発信しつづけます!

これで最後にしときます!

 ここで、初めて打ち明け話ですが、私はいつも学校の端末室でこの文章を書いていたりします。

 今日は端末室が込んでいて、ましてやここは学校で唯一の24時間使える施設、ということで、なぜか今日は込んでいます。

 周りに開いている端末を待っている人が列をなしていますので、早めに書こうかな、と思います。








 これまで何回か、私が弦楽器のアンサンブルの指揮者だという話をしてきましたが、このあたりで終わりにしたいと思います。いかんせん飽きますよね。








 ということで、これが私の指揮者としての所信表明演説です。







 さて、まずはあまりに大げさに、私の指揮者としてのモットーを述べさせていただきます。

 これは意外に思う人が多いのではないかと思うのですが、私の指揮者として「座右の銘」と勝手に思っていることは、






 指揮者としての能力とは:


 「音楽性1割、コミュニケーション能力9割」


 というものです。






 その1割の音楽性だって大したことはないだろう、と率直に思いますし、それにしても思い切って言ってしまいました

 加えて、9割の方は・・・・

 私はそこまでの人間性はないですよ。とこれも率直に認めてしまうわけで。







 ならばそんな自分が出来ていないことをなぜここで言ってしまうのか、といえば、それはこれこそが自分の外せない目標だからです。自分が指揮をしている目的はこれ以外にない、といっても過言ではありません。







 これは私が今所属している団体の音楽に取り組んでいる姿勢、ともかかわりがあります。

 うちの団体は、クラシックの曲をメインにやっていますが、運営と指揮者はすべて学生(だから私も指揮者になれたわけですが)、費用面でも未経験者は始めに楽器を購入する費用がかかりますが、それでも他の団体と比べて格安です。

 うちの団体は、「クラシックの敷居を下げる」ということを主な目的として活動しています。できるだけクラシックを楽しんでほしい、また楽しめる人を増やしたい、それが願いです。








 といっても、皆さんにクラシックを楽しんでほしい、という願いがあるからこそ音楽の質はアマチュアながらも保証しなければならない、そうともいえます。

 クラシックのコンサートが初めて、という方もおられるに違いありません。そのような方々に感動していただく機会を提供しなければならない、そのような役割も担っていると思います。








 指揮者というのは、演奏者と最も近い位置にいるオーディエンス(聴衆、観客)、といった気がします。

 その特等席に立つ私としては、目の前の演奏者からどうしても引き出したい音があります

 しかしながら、私が指揮する団体のモットーは、何より演奏者が楽しむこと、そのための練習が優先されます。








 音楽の質と、演奏者が楽しめる環境、この2つは両立しうるのか、これはアマチュアの団体ならば、どの団体でもぶつかる壁だと思います。

 つまり「音楽性1割、コミュニケーション能力9割」という私の指揮者としての目標は、その相反するようにみえる2つの要素を両立させるためにどうしても身につけなければならない能力、それを要約したものです。






 しかし、その点アンサンブル(集団による演奏)の強みを生かしていきたいと思っています。

 つまり、一人ひとりが演奏を磨くために、それを助けてくれる人たちがいること、これこそがアンサンブルの魅力です。

 そこで、周りから多くを吸収しようとする姿勢、そして周りのサポートを受けられる能力(これも人間性ですね)、これさえあればだれでも演奏能力を向上できます。







 ですから、指揮者の仕事、結局それはまずは周りのみんなが、ちょっとした悩みも含めてなんでも言える環境を作ること、これしかないんですね。

 「なるべく練習に出席してほしい」「経験のある人は、他の人たちの練習に付き合ってあげて」、こんなことは誰だって言えます。言って人が動くのなら、逆に指揮者やパートリーダーなど、人の上に立つ役職を務めていて楽しいことは何もないでしょう

 自由意思を持つ人間の集まりとしてのアンサンブル、その自由意思が聴く人を感動させよう、という願いへと結集していくこと、どの団体でもその自由意思の力があると私は信じます。






 演奏する人間たちを、そしてその人間たちが発する音、またはそのハーモニーを最大限に美しくする自由意思というもの、それを最大限に引き出すために、これでこの「座右の銘」を書くのは最後にしたいと思いますが。





 「音楽性1割、コミュニケーション能力9割」

 はどうしても必要なんです。









 それでは最後に、私が聴きたい音、これを実現させているアンサンブルの演奏を紹介します。you tube からです。音質も画像もなかなかですね。

 まずは、日本のバロック演奏のアンサンブル、そして合唱団の「バッハ・コレギウム・ジャパン」の演奏です。私はこの団体の演奏が、世界で一番美しいバッハだと思っています。

 この団体、アンサンブルの方は、バッハの時代に使われていたであろう楽器、「オリジナル楽器」と呼ばれるものを使って演奏しています。

 これは「ヨハネ受難曲」の冒頭で、初めのアンサンブルの音がまだ固い状態でのコラール(合唱による演奏)ですが、それでも冒頭から心をつかまれますね。

 これが合唱16人、アンサンブル20人ほどの演奏なのか、まずは気持ちよく「だまされて」ください







 さて、これだけでは逆にクラシックの敷居が高くなってしまいますね。

 ということで、弦楽器の演奏はカッコいい、ということが伝わる演奏を。

 次には、惜しくも活動休止中の絢香さんと青山テルマさんとのコラボレーションですね。どの番組でやっていたものでしょうか。

 まずは、絢香さんの「CLAP & LOVE」ですね。これはブラス・セクションと弦楽器が入った豪華なアレンジですよ。画質が悪いのがちょっと、といった感じですが。

 最後に、こちらは青山テルマさんの歌ですね、言わずと知れた「そばにいるね」です。これも弦楽器が入ると曲の魅力がまた光りますよ

 では、2曲続けてアップしておきます。



男に惚れるのが恋の始まり?


 ということで、前に書いた時には1週間は更新しないと書きましたが、その通りになりました。

 今日こそ更新、ということで何とか端末に向かっているわけです。




 
 
 では、最初に思いっきり打ち明け話です。






 実を言うと、私はある男性に惚れてるんです。






 「今をときめく女優」とか、そんなことを書いておきながら、実はそんな趣味があったのか、なんて思いますよね。







 いや、もっと言うと、その人は結婚してるんです。






 あれ、さらにヤバい展開になってきましたね。








 では、その好きな男性は誰かというと・・・






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 今回のバンクーバー・オリンピックのアルペンスキーの日本代表、皆川賢太郎(みながわけんたろう)さんです。








 この方は、前の記事で登場した、女子モーグルの代表上村愛子選手のだんなさん、といった方が通りがいいのでしょうか。









 さて、愛するのは女性だけ(当たり前ですね)と決めている私が(別に言うほどのことではないが)、その信念をくつがえして同性に惚れてしまったのか、





 それは、彼の気遣いが文句なしにカッコいいからですよ。





 これは、私が先週ブログを書いてから、読んだ一冊の本に書いてあったことです。

 タイトルは「強く、やさしく、そして正直に」

 といって、著者は上村愛子選手自身なんですけどね。






 実際のところ、思いを伝えたのは皆川さんの方が先のようですが、上村選手にとっては、まったく予想もしていなかったようです。

 2人の種目としては、スキーという共通項があるわけですが、上村選手としては皆川選手に対して、そのスキーの大先輩、といったイメージがあったようです。






 そんな近いようで他人、といった距離だったわけですが、そこで皆川選手が自分の家で開くパーティーに上村選手を誘った、というのがとりあえずのきっかけのようで。

 それから数日経って、また2人で会ったときに、皆川選手が「実は」ということで。

 また数日経って、上村選手の答えは「よろしくお願いします」とのこと。

 このときは、まず2人で食事をして、東京タワーまでドライブ、とその中でいろいろとお話をしたと、書いてありました。







 2人が「おつきあい」を始めたのは、この上村選手の「よろしくお願いします」から始まった、と本人も回想しています。

 そんな形で、今では夫婦となった2人ですが、競技に集中するときは別人である、と上村選手はきっぱりと言っています。






 ということで、私が皆川選手に「惚れた」きっかけは、多分上村選手が2人の距離を明確にしている、そしてそれを皆川さんの方が受け入れている、そんな関係を知ったからだと思います。

 自然と距離感を出せる、これって大切だな、と最近つくづく思います。それは男の役目でしょう。








 でも、皆川選手はパートナーに対する励ましもさりげないですね。

 上村選手が、周りからの期待に不安を感じて、それを打ち明けた時のことですが。そのときの皆川選手のかけた言葉もこれまたカッコいい!
これは本からの引用ですが、






 「怖かったら、怖いと言葉に出して素直に言えば、みんなにも伝わるし、そうはっきり言えるのが、上村愛子という人だ。それに、上村愛子は上村愛子を裏切らないよ」








 私は、そのさりげない気遣いというもの、それは皆川選手が思いっきり集中できるものを持っている、そこから来ている、と思います。つまり皆川選手にとっては、アルペンスキーのことですね。

 個人個人が人生を豊かにするために必要なものとして、「時間とのかかわり」があると思います。

 そんなことを言う私も、重要な他者のために自分の時間を開けておく大切さを知ったのは、つい最近のことです。考えてみれば、このブログを休んでいた期間がそれを気付かせた、ともいえます。

 しかし、人のために時間を使えるようになるために大切なことは、結局のところ、自分のための時間を持てるということ、そしてその時は自分と真剣に向き合うということではないでしょうか。







 人に本気で「惚れる」ということ、そんな人がいるのはうれしいものです。いや、同性でもそうですよ。

 そこで、そんな人を見ならって、相手を気遣うということ、「自分でも出来そう」と少し自信が持てました。









 過去の私を知っている人は、疑わしく感じると思うんですが、気遣える人がいるということ、これに勝る幸福というものはないのではないでしょうか。

 ところで、これは私が看護学校に通っていた時のことですが、「看護学生の必読書」といわれていた書物があります。

 それは、「新フロイト派」と呼ばれた一連の心理学者の一人であるエーリッヒ・フロムの書いた、「愛するということ」という本です。

 私としては、最大の必読書は、まぎれもなく、ナチス・ドイツの迫害を生き残った精神科医、ビクトール・フランクルの書いた「夜と霧」、または彼の精神療法についてまとめられた「死と愛」だと思います。

 私はその「夜と霧」に準ずると思いますが、この「愛するということ」で書かれている警告というもの、これはまさしく21世紀になって現実のものとなった気がします。

 その要点としては、社会が合理性を追求し、効率が求められ、人間の価値をその成果で計るようになったときに、人間は人間としてのもっとも大切な能力を失ってしまう、という主張です。

 つまりそれが、「愛するということ」なんですね。








 そんなことを思っているときに、自分にとって何物にも勝って守りたい存在が出来た、というのは本当にいいタイミングでしたね。

 それは、前の記事で書いた、私が指揮をしている弦楽器のアンサンブルのことです。

 練習がない時でも、アンサンブルのことを考える時間を持ちたい、これが何よりの願いです。といって、これは私が習慣にしたいことなのですが、今日はブログを書くことに集中して楽譜を読み込む時間が持てませんでした。ちょっと悲しいですね。

 いや、指揮者は練習がない時間の方が大切なんです。

 まず、楽譜を読みこむという、これは自分と向き合う時間です。

 それ以上に大切なこと、それは練習時間以外でも、団員を励ますこと。また、その空気を作ることです。

 演奏はつたなくとも、それでも一人ひとりが必死に練習をして合奏に臨んでいるということ、そしてその努力の集合体が一瞬でもうっとりするような響きを奏でられるということ、一瞬でもいいからそこにどれだけ気付けるか、私はこれが指揮者としてのいちばんの資質だと思います。







 ですから、今の私の願いは、このアンサンブルを中心として、私が気遣える人、そして気遣える場所を増やしていきたいということです。そしてそれは達成可能な目標でしょう







 ところで、皆川・上村夫婦は(いや上村選手の本名は今や“皆川愛子”ですよ)、2人がいっしょの時は、食事を作るなどの家事は分担してやっているそうです。

 そこで、2人で夕食にスープなどを作っているときに、2人で一緒に味見をしたりして、「間接キッス!」なんて、私は思いっきり妄想に走ってしまいますが。







 「そんなことするわけないだろ!」なんて、皆川選手に思いっきり怒鳴られそうですね。勝手に妄想に走ってすみません!


たった2日のオリンピック

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 自分のブログを書くのは何ヶ月ぶりでしょうか。

 この前、いつも行っている学校の近くのラーメン屋さんで、ラジオがかかっていて、そこでゲストの方が、

 「私ブログ書いてもすぐにやめちゃうんです

 なんて、言っていましたが、自分のことか? なんて思いましたね。

 といっても、次はたぶん1週間後に書くと思いますが。









 さて、今日はどうしても書かなければならないと思いました。

 久々に書いて、このネタかよ! なんて自分でも思いますが。







 ということで、再開最初のネタは、今が旬のバンクーバーオリンピックの話題です。

 まず、はっきりとここで申し上げます。




 私にとって、バンクーバーオリンピックは2日で終わった




 本当にそう思いますね。




 だって、それは女子モーグルの上村愛子選手が、今回もメダルを逃して、4位に終わってしまった、この衝撃があまりに大きいからですよ。






 では、これからは上村愛子選手のお名前については、敬称略とさせていただきます。





 私は、上村愛子ファン歴6年、と意外と短いですね。

 もちろん、12年前の長野オリンピックから、注目はしてましたけどね。

 では、上村ファンとなった6年前に何があったのか、ということですね。

 そのとき、私はある雑誌の上村選手のインタビューを読みました。

 私がそこで知ったのは、彼女の知られざる苦悩でした。





 上村愛子、といったら誰もがまず思い浮かぶのは、あのスマイルですよね。

 しかし、その笑顔の背後にあるのは、中学生の時にいじめに遭った過去、また長野オリンピックで注目されるようになってからの、過度の期待、そういった本人の悩み、苦しみだったんですね。

 上村選手の書いた本で、




 「だから、いつも笑顔で」



 というタイトルの本があります。






 「だから、いつも笑顔で」
、まさしくこれこそが彼女を物語る言葉ですね。

 人が笑顔でい続けなければならない、そこにはちゃんとした理由がある、そのことを彼女から学ばされます。






 さて、上村選手にとっては今回4度目のオリンピックとなったわけですが、長野オリンピックの7位から順位は1位ずつ上がっていますね。

 でも、1位ずつ上がるのでは、メダルには届かない、オリンピックに関しては、なぜ彼女はメダルが近いようでこんなにも遠いのでしょうか。





 上村選手が最終結果を知ってからの言葉、本当に重いですね。モーグルの決勝から2日たった今でも、この彼女の言葉を思い出すと、私も目がうるみます。





 「私は何でこんなに一段一段なんだろう





 いや、それでも勇気をいっぱいもらってるんですよ、私はそう訴えたい気がするのですが。







 一段一段はい上がっていく、こういった生き方、本当に価値があるよなぁ、つくづくそう思います。







 さて、ここからは私事で恐縮ですが、自分の近況を書かせていただきます。

 ところで、私は今年から、学校の弦楽器のアンサンブルの指揮者になりました。

 思えば道は遠かった、でも今がいちばんいい時だったんだ、そう思います。

 1年前までは、別のサークルに所属していたのですが、そこでは指揮者に選ばれなかった、そんないきさつもあります。

 でも1年間、だれが見るわけでもない、いや誰の前で振るわけでもない、それは分かっていつつも、一人でタクトを振り続けていました。

 今のサークルで「指揮者募集」と書かれたビラを見たのは、去年の10月のことでした。

 一人でタクトを振ってきただけで、実際の経験がないに等しい私の願いは、そこで受け入れられました。







 といっても、指揮者の最初の仕事は、楽譜を読み込むこと、いわゆる「譜読み」で、これが本当に孤独な作業でつらいんです。

 最初のうちは、1日に1回は発狂したくなりましたけど、いやこれは本当ですよ。

 でも最近は、曲の流れを読めるようになってきて、たとえば「ここのビオラには“ミ”の音が入っているはずだ」とか予測して、当たるようになって来ました。

 こうなると、作曲者の意図にシンクロしている気がしてきて、発狂したくなってきたのは最初のうちだけでしたね。








 さて、自分の話になってしまいましたが、上村選手の話に戻りましょう。

 「一段一段」でも、次にはメダルが待っている、そんな確信もあるのではないでしょうか。

 上村選手には、もう1回オリンピックのチャンスはあるはずですよ。

 そんな4年後の最高の喜びのために、上村ファンとしては彼女の涙をしっかりと受け止めたいと思います。







 いや、彼女にはもうカッコいい「生涯の伴侶(はんりょ)」がいるんですよね、ちゃんと分かってます。スポーツが苦手な私はちょっと、やきもちを感じますが。

 でも、陰ながら温かく見守りたいですね。では、4年後の希望に向けてこれからもずっと上村ファンですよ。上村スマイルに勇気付けられる日々はこれからも続きそうです。







 私としては、上村選手とは別のフィールドで、自分に与えられた身に余る立場を全うしたいと思います。

 今回の結果を思い出すと、いまだに目がうるむけども、だからこそ決意が固まるんです。





 「だから、いつも笑顔で」、これが私の指揮者としてのモットーにしたいと思います。

 どんな時でも「だから、いつも笑顔で」タクトを振り続けよう、そうここで意思表示をしておきましょう。






 最後に、やはり私にとってのバンクーバーオリンピックは2日で終わった、そう思います。







 でも、最高のオリンピックでした。

リスクを分かち合える職場環境への取り組み


 いつものことながら、何とか更新できています。






 今回は、民主党のホームページに投稿した意見を掲載します。







 生活に伴うリスクはどう保障されるべきか、といった話題は、このブログでも折に触れて取り上げてきました。

 リスクにもろい社会をどのように改善したらいいのか、その改善策を提案することは、私がこういった記事を書く中での主要なテーマの一つだと思います。

 今回の意見では、個人的な話で恐縮ですが、私がつい先日お会いした方のことも書かせていただきました。

 それにしても、こういう意見を恥ずかしげもなく言う人は、まだいるんだな、と思います。

 皆さんはどう思われますか。






 では、以下が意見の内容です。









 件名: リスクを分かち合える職場環境への取り組み

 たびたび意見をさせていただいております。

 今回は、望まれる労働のあり方、または職場の勤務のあり方について、またより理想に近づけるために出来る取り組みについてです。

 私が提案させていただきたいことは、職場において残業を少なくする取り組みをしている企業、または職場において生活習慣病の予防活動など、そのような保健活動に熱心に取り組んでいる企業に対して、税制の面から優遇し、支援する取り組みです。

 現在の社会は、ストレスの多い社会であると言われるようになりました。また、不測の事態、つまり急な病気や事故、あるいは失業などに対してのリスク(危険性)が測りづらい時代であるとも言われています。特に労働の現場においては、そのような突発的な事態に陥ることで、生産的な活動が困難になった方々が簡単に見捨てられるようになり、それが今元気に働いておられる方の不安をもあおっている、そういった現象も見られるでしょう。「派遣切り」などという状況はその最たるものです。

 そこで、そのようなリスクから来る恐怖が、必要以上に、誰にも重くのしかかっていますが、そのリスクというものを、社会全体で等しく分かち合うことで、特定の個人を襲う過度のリスクを回避する、こういった取り組みが、ヨーロッパを中心とした先進諸国で検討されています。

 ですから、これからの労働政策というものは、このリスクを均等に分配する、といった視点に立って組まれるべきだと思います。

 ところで、これは個人的な話になりますが、先日ある大手の企業の管理職の方とお話する機会がありました。私としては苦手なタイプの方かな、とも思ったのですが、この方のお話を聞いているうちに、現在の労働体制のひずみが見えたような気がしました。

 まずこの方の言われたこととして、企業で新入社員と社長の年収の割合が10倍というのは、差が少なすぎる、という主張がありました。それはなぜかと言いますと、取るべき責任、動かす金額、そのようなものに応じて報酬は決められるべきだ、ということのようです。

 私はこの考えには全面的に賛成は出来ないのですが、一理あると思います。というのは、職場における責任が重くなるということは、そこで取っているリスクが高くなることを意味します。その取るべきリスクと報酬の関係を考えたならば、責任の重さと報酬が対応していない給与体系には不満が生じるでしょう。

 また、この方の言われたことにこのような意見もありました。それは、仕事に対してほどほどでいいと考えている人たちが、より高いレベルを目指している人たちの足を引っ張っている、というものでした。この方の言葉を借りると「モチベーション(動機付け)の高い人の足を引っ張っている」ということになるでしょうか。

 この意見については、この10年ほどの間、繰り返されてきた論議だと思います。10年経ってみるといささか不毛な議論にも聞こえる、そんな印象も持ちます。他にもこの方は「誰も守ってくれないんだから、自分で動こうとしない人はそれなりの扱いを受ける」とも言われていました。

 このような意見は、今となっては少し陰をひそめている感がありますが、逆に職を失った方々を手厚く保護することで、それがふたたび生き生きと働けるようになることに貢献するのか、という疑問も多くの方が持たれていると思います。

 しかしながら、私はいつ職を切られるかわからない派遣労働者の方々と、より多くの時間を労働に費やしつつ、それにより高い報酬を得ている管理職の方々、私は労働に伴うリスク、という点で同じ立場なのかもしれない、と感じています。

 今健康で、人より何倍も成果をあげる仕事をこなしている、といった方々が、先に述べたような不測の事態に陥った時、それでも「誰も守ってくれない」とは決して言えないはずです。やはり、守られなければならない事態、それは人間がそれぞれ同じ可能性で直面するリスクだといえます。

 ならば、そのリスクについて常に警告が発せられ、それに対して対処できる方法がある、そのような職場環境がどこにおいても提供されなければなりません。

 では、そのような職場環境を全国に浸透させるために政府、自治体として取り組めることは何か、やはりそれは第一に税制面からの支援、ということになると思います。

 まず初めに述べた残業を少なくする取り組み、という点に関しては、労働者一人当たりの生産性、ということと同時に、時間当たりの生産性をいかに上げるか、という取り組みでもあります。

 企業という組織を動かすために、実際の製品を作ったり、顧客と対面してサービスに従事する、といった本来の生産とは別に、会計などの事務作業、組織としての方針を決定する会議などがあります。つまり直接生産にかかわる労働と、間接的に生産につながる労働、という2種類に労働の形態は分けられると思います。

 直接生産にかかわる分野については、たとえば製造業ならば同じ時間でより多くの物を、最低限の安全に配慮しつつ作る、ということに尽きます。日本の製造業は、このような効率重視と無駄の排除、といった取り組みで世界に通用する企業を作り上げていった、という歴史があります。

 しかし、現在において重要になるのは、間接的に生産に寄与する分野の方でしょう。「残業ゼロ」に取り組んでいる企業のほとんどは、無駄な会議、慣例としての残業などをチームとして減らしていく、このような取り組みで改善していると思います。特に家庭を抱えていて、残業が難しいという女性の労働者が多く在籍する企業の取り組みは模範的なものがあります。

 そこで政府としては、この「残業ゼロ」に成功した企業を取り上げ、それがより多くの企業で生かせるようにするために、どのように企業にアピールできるのか、これを考えなければなりません。役所の通達に対しては、企業は負担にしか感じていない、というのが現実かと思われます。そうではなくて、職場をより働きやすくするために協力できる分野を考えている、といった姿勢をどう打ち出せるか、これが肝要です。

 また私は先に、企業の保健活動についても述べましたが、「残業ゼロ」は重要な保健活動ともいえます。加えて、余裕のある生活を保障することで、仕事以外の時間を有効に用いる人が増えることにより、社会全体の生産性が向上する、といった可能性があります。

 それは、個人個人が新しい資格を取得したりなど、より付加価値の高い労働に挑戦する機会が増える、ということがまずあります。さらには、消費に向かう時間的な余裕が出来る、ということも挙げられます。

 余裕のない生活を強いられることで、知らぬ間に全体の生産性が落ちてしまっている、このような企業が多くなってきているかもしれません。それに追い討ちをかけるように、今は物の価値が減少する「デフレ」の時代となっています。いくら物を作っても利益が出ない、このような状況を正す手段が講じられるべき状況です。

 最後に、生活に伴うリスクを社会全体でより等しく分かち合う、それが発達した社会のあるべき姿です。しかし、それを政府がすべて請け負うのでもなく、同時にリスクの管理を個人の自己責任として片付けるのでもない、それがリスクの対処の正しいあり方です。ならば、政府、自治体、企業、世帯、個人、これらすべての社会的存在が、起こりうるリスクを当然のものとして受け止め、誰もが自分の担える範囲でリスクを背負えると言える社会、日本がより成熟
した社会となるための第一歩は、ここから始まります。



向こう1年間で最低50兆円の資金の確保を


 何とか、今日も更新できそうです。

 昨日に引き続き、民主党のホームページに投稿した意見を掲載します。





 では、まずは昨日いただいたコメントからです。




>自民党の失政と、公共投資の失敗それに無駄遣いで、800兆の財政赤字とか言っていますが、実際は1000兆を超えている可能性が高いです。
>それは、国民一人当たりの財政赤字が600万円を超えていると言う事を表します。
>赤ん坊を含めてこの凄まじい赤字を背負っています。
>それに、財政赤字には利息が付きますので、もう無駄な財投ではなく実効性のある投資が必要だと思っています、地方の活性化も一つの選択ですね。





 まずは「公共投資の失敗それに無駄遣い」、この点に関してですが、確かに全国の高速道路網はいまだに開発されるべき路線があると思います。

 ですが、その目的が過去20年ほどにわたって、ただ景気を維持するために行われてきたこと、これが問題だったと思います。いわば手段が目的と化してしまったわけですね。

 そこで本当に必要な公共投資だったのか、という視点を欠いたままいろいろな事業が行われていたのだと思います。

 「もう無駄な財投ではなく実効性のある投資が必要だと思っています」

 まったくその通りですね。お金は巡り巡って将来への利益、または恩恵となるように用いなければなりません。政府の予算としてもそれは同じことだと思います。






 ほかにもこのようなコメントをいただきました。



 >シャッター通りは酷いですものね。




 この「シャッター通り」現象は、日本に先立ってアメリカ、イギリスなどの先進国でも見られた現象ですが、それら先進諸国で行き詰まりを感じている状況だと思います。

 ワンストップで何でも買える、こういった習慣が合理的に思えますが、どうもそうではないようです。

 そこで、失ってしまったものの大きさに誰もが気づくのでしょうか。つまり、さびれてしまった街並み、そこにある生命感のなさ、さらにはそれを避けていっそう衰退していく街、そのような街を荒廃したままにさせてはいけない、このような動きも徐々に見られています。









 では、今日の意見についてです。



 今回の意見は、本当に耳を傾けていただけるか、わたしにとっても半信半疑です。

 しかし、最悪のシナリオは起きると思います

 それでも、日本はまだその最悪の状況を切り抜けるだけの力があります。ただ、その可能性も今どのような行動を取るかにかかっているでしょう。

 私としても、より多くの方々に、最悪の事態が生じることについて警告を発しなければならないのでしょうか。









 以下が意見の内容になります。







 件名: 向こう1年間で最低50兆円の資金の確保を

 たびたび意見させていただいております。

 今回の意見は、できれば内々に行っていただきたい事柄です。

 そのような政策といいますと、巨額な資金を動かす政策になります。

 結論から先に申しますと、第2の「リーマン・ショック」、つまり金融恐慌は、最低でももう一度は来年以降起こる可能性があります。

 そこで、その事態に備え、最低でも50兆円の政府として出動できる資金を、向こう1年以内に用意する必要があると私は考えます。

 50兆円は最低の金額です。できれば75兆円が必要かと思われます。50兆円の根拠は、金融恐慌によりGDPが10%下落した場合を考慮して、その10%分を政府で補うことができるだけの資金、という意味です。日本のGDPが500兆円とするならば、それだけの金額が必要になります。

 実際のところはGDP10%下落でも甘くて、15%下落までの備えが出来ていなければなりません。そう考えますと、75兆円が確保できれば安心できます。

 ここでは具体的に氏名を申し上げることは出来ませんが、いくつかの方面より、来年、2010年の終わりから、2011年にかけて、第2の「リーマン・ショック」、いやそれよりも深刻な金融恐慌が発生する、という指摘がなされています。

 さらに申し上げますと、日本政府の外貨準備高(foreign reserve)は100兆円ほど、と言われていますが、今の状態では、この100兆円は戻ってこない、というのが正直なところでしょう。これだけはどうしようもありません。この100兆円を有効活用する道はどれだけあるだろう、と嘆いたところでこの100兆円は捨てざるを得ないお金です。

 現在、アメリカはドル安をひそかに承認する傾向にあります。ドル安によりインフレを起こした方が、現在残高があまりに大量になってしまった米国債の価値も下がり、それを返済しやすくなる、という思惑があるからです。つまり、自国の通貨(ドル)が安くなることで、ドルの価値が下がり、それによってドルによって物を買うときの価格が高くなります。通貨の価値が下がることでこのようにしてインフレが起こるわけですが、そうなりますと、負債を抱えている側としては、負債がそれほど変わらなければ(少なくとも利息が上乗せされるぐらいならば)、インフレになった方が返済がしやすくなります。

 日本の外貨準備については、その分は主に米国債という形で保有されていますので、為替の変動によりその準備高の価値(円に対しての)は下がってしまいます。ですから、100兆円の外貨準備高のたどる運命については、最悪の状況を受け入れざるを得ないと思います。

 ところで、第2の「リーマン・ショック」、これから起こるであろう第2の金融恐慌についてですが、それが警戒される理由としては、アメリカのサブプライムローンの破綻から発生した、今にも続く金融恐慌は、主にデリバティブ(金融派生商品)と呼ばれる金融商品の破綻によるものだからです。

 デリバティブというのは、一言で申し上げるならばいろいろな債権を寄せ集め、それを証券化したもの、そのような金融商品ですが、このような金融商品はいくらでも作ることが出来ます。さらに、デリバティブのデリバティブ、などといった商品もいとも簡単に作ることが出来、それによって元の債権が何なのかもつかめなくなっていきました。

 そこで、不動産などの実体をもったものの価値の総額よりも、何倍もの価値を持った金融商品が世に出回ることになりました。

 逆に不動産の価値が下落したならば、それを基にした金融商品の損失の総額も何倍にもなります。

 結局、デリバティブはどんどん実体とかけ離れたものと化しましたが、それにより残ったものは、いまだかつてない規模の損失だけだったわけです。

 ですから、現在発表されている金融恐慌による損失というのは、何とか帳尻合わせをして損失を最小限に抑えている、そのような金額であると考えられます。いずれにせよ第2の「リーマン・ショック」は起こる、その覚悟が必要です。

 しかし、その深刻な事態が75兆円で切り抜けることが出来たならば、それは将来の日本のさらなる発展を約束する機会ともなります。そのような意味でも、最悪の事態を考慮した備えが必要です。

 有力な財源としては、来年度の予算編成の税外収入の財源としても注目された「霞ヶ関埋蔵金」、つまり特別会計の積立金があるでしょう。特別会計は一般会計とは別に、道路の建設など使途を限定して、それぞれの目的のために幅広く徴収されたものですが、実際に使われている金額よりも多くの資金が積立金として残されています。それが積み立てられたままとなっているため「埋蔵金」と呼ばれるようになったわけです。

 この「埋蔵金」の非常時の活用については、特別会計により権益を確保してきた官僚たちからは反発があると思いますが、緊急でない積立金を切り崩してでも対処しなければならない、緊急の事態があることを理解していただくしかありません。逆に言えば、非常事態のために役人の方々が積み立てておいてくれた貴重な財源なのかもしれない、と「埋蔵金」については感じます。

 また、第2の「リーマン・ショック」が起きなかったらどうするんだ、という笑い話にしかならない反論も聞かれるかと思いますが、それに対しては、政策決定の基本は最悪の事態を考慮することである、と申し上げるしかありません。「埋蔵金」の活用については、今すぐに用いるわけではありませんので、最大限に活用できる金額がどれだけか、それを試算するだけでも今時点では十分だと思います。しかし、すぐに用いられる態勢は整えなければなりません。

 それでも、この「埋蔵金」だけでは50兆円にもほど遠いかと思われますので、残りは国債などの負債に頼るしかありません。国債発行については、来年度の予算編成だけを見ても、多くの方々が過敏に反応するようになっています。ですから赤字国債や建設国債などとは別枠で発行できる、使途を限定した新たな債券の発行を考えなければなりません。

 深刻な事態が起きてから事態に対処するならば、損害も大きくなります。しかし、最悪の事態を予測してその備えをしておくならば、損害はより軽く抑えられます。それが一時的な「借金」で済むならば、その対策がもっとも安全な、事態への有効な対処法だといえます。加えて、最悪の事態が起きた場合の、それを補う75兆円の「有効需要」をどう生み出すのか、そのための対策、いわゆるシミュレーションを今すぐにしておかなければなりません。

 最後に、私がこのような意見をさせていただいたきっかけとなったのは、このままでは国民の大半は貧困層、またはそのすれすれの状態に転落する、という危機感からでした。それを回避したいのならば、今その危険性に気づいた者が行動を起こすことでしかそれは出来ない、それが私の信条です。曲がりなりにもこの3ヶ月間、意見をする機会を持てたことをうれしく思います。

 ですが、その危機的な状況に陥らないために、国家としての判断がこの向こう1年間で問われると思います。警告を発しているのは私だけではありません。数は少ないながらも、悲観的な事態を警告している方々の声に耳を傾けていただきたく思います。

 佐野吉一


「都市縮小」の時代の先に


 また更新が1週間滞ってしまいました。

 それにしてもランキングも下がってますね。ここまで下がると逆に気持ちがいいというのか・・・






 今回は久しぶりに、民主党のホームページに投稿した意見を掲載します。

 と言っても、1週間前に投稿したものですが。







 今日に入って、やっと端末に向かえるようになった感じですね。

 将来豊かな日本を築くことは、自分の行動にかかっている、そんなことを言っては大げさですが、そう感じます。








 そういえば、私は年末年始に帰郷します。

 田舎に帰るたびに、田舎がさびれていくのをひしひしと感じます

 「地方の疲弊」という現実は、もしかしたら私は目を背けたい、または自然と見ずにすんでいるものかもしれません。

 今は東京の都心と呼べるようなところに住んでいますしね。








 私の田舎の商店街では、実を言うと日曜に商店街のシャッターは全部閉まっているんです。

 もうそうなると「商店街」とは言わないでしょう。

 その理由はと言うと、週末には誰もが近隣のショッピングセンターがあるような街に買い物に出かけるからです。

 ですから、地元の商店街にとっては、店を開いていても稼ぎがない状態なんですね。







 それでも、地元にはとっても魅力的なところがたくさんあります。

 また、地域密着でがんばっておられる、都会から越してきた方々がいらっしゃるのは心強いです。

 少しずつの努力でもいい、そんな魅力的な場所が少しずつでも広まること、それだけが今の私の望みです。








 では、以下が意見の内容です。









 件名: 「都市縮小」の時代の先に

 たびたび意見させていただいております。

 今回は、今年度の2次補正予算についても議論の対象となった、地方への対策、特にこれからの地方都市のあり方と取るべき対策についてです。

 率直に申しまして、先週連立与党で合意を見た2次補正予算については、期待7割、不安3割といった感想を持っています。

 前者の期待についてですが、単なる大盤振る舞いではない規模の額で、しかも有効な需要を生み出すのに必要な額が示されたことがあります。「ドバイショック」など、景気の先行きへの不安をさらに高めるような事件が起きる中で、その不安を解消するための景気対策の予算は、ある程度の規模が必要だったと思います。

 次に後者の不安についてですが、2次補正予算が当初想定していたよりも大きな規模の予算を確保せざるを得ない流れとなりましたが、逆に規模を優先させるあまり、本当に将来のさらなる成長にかなう形で予算を用いる、という視点がおろそかにならないだろうか、という不安が残ります。確かに今現在の需要を生み出すことが緊急の課題ですが、それがより大きな経済効果を生み出し、さらに将来へとつながるような「賢明な出費」が求められています。

 そのさまざまな出費の中で、今もっとも賢明に用いなければならない分野は、地方の再生に関する予算だと思います。

 私は地方への対策として、特に見た目にも衰退ぶりがうかがえる都市部において、必要な対策があり、またそれは景気対策としても有効であると思っています。

 私がここで提案させていただきたいことは2つあります。それはまず郊外から中心市街地への移転を促す種々の対策、次に市街地周辺のよりきめの細かいバス路線の新設です。

 最初の中心市街地への移転の促進についてですが、昨今の不況により、主要な移動手段である自家用車の維持管理が厳しくなっている世帯が増えている状況で、必要性は増してきていると思います。

 また、市街地の住宅も供給過剰になってきているでしょう。特に高層住宅では、高齢者が生活しづらい上層階に若年世帯が入居し、高齢者世帯はより下部の階へと移転するような対策により、空室率を下げる対策を取ることが出来ます。

 自治体や、また地方を援助する政府は、市街地への移転を考慮している方々に対して、税制での優遇、家賃補助などの助成、または引越し支援などで中心市街地への移転を促すことが出来ます。さまざまな都市で、すでにいくつかの措置は取られているかと思いますが、より手厚い、誰もが利用できる援助に向けての取り組みはまだあると思います。

 また、自家用車を手放して中心市街地へ移転した方が、経費の面からもメリットがある場合があると思います。多少の不便は感じるかもしれませんが、日常の買い物は徒歩の圏内で済ませるなどして解消できるはずです。さらに通勤に自家用車を使う場合、雇い主の企業の側から見ても、自前の駐車場の確保、燃料費の支給などの経費より、電車代などの交通費を支給する方が安上がりな場合がかなりあると思います。

 次に、市街地を中心としたバス路線の新設についてですが、これは高齢者や障害者が安心して街中に出かけられる交通手段の整備、という目的がまず挙げられますが、加えて環境にやさしい街を作る、という観点からも必要性があります。

 つまり自動車がなくても気軽に外出が出来る手段を備えることで、行き過ぎた自動車の利用を防ぐことが出来ます。

 そこで、取りうる対策としては、狭い道路も通れる、経費のかからない小型バスを中心としたコミュニティバス路線の開発があります。特に最近では、高台にあるニュータウンの高齢化(オールドタウン化)が問題となっています。そのような市街地周辺の住宅地への路線も新設出来ると思います。蛇足ですが、このようなコミュニティバスの例として東京都武蔵野市の「ムーバス」が有名です。「ムーバス」の料金は一律100円です。

 このコミュニティバスは自治体としては経費がかかる場合がありますが、それと引き換えても、市街地の活性化という地域への効果があります。全国レベルで見ても、高齢者層の消費を促すという経済効果が見込めるでしょう。

 あとは市街地周辺の活性化としては、商店の少ない住宅地にある小型小売店の助成、または出店への援助などもあります。さらにはトラックに野菜や魚を乗せて所々立ち止まって対面販売する、移動販売の可能性も見逃せません。

 加えて、中心市街地の再生は、地域の観光業の促進においても重要です。最近では地方の大型テーマパークの経営難が多く報じられていますが、そのような観光施設を中心とした観光には魅力がなくなっています。それよりも、地域独特の味覚、または街並み、そのようなものが観光に求められているのではないでしょうか。

 そこで、市街地の中に地場産品の小さなギャラリーを設置する、ちょっとした小物も置いてあるカフェを開く、安くで地元の新鮮な旬の素材が楽しめる食堂がある、といった地域ならではの、心配りのある街づくりが必要です。地元の人たちも集い、なおかつ観光客も気軽に足を踏み入れられる、そのような街がこれからの地方都市に求められる市街地です。

 ところで、その地方への対策を考慮する上で重要な示唆を与える書物が最近出版されました。「『都市縮小』の時代」(矢作弘、角川oneテーマ21)というタイトルの新書です。

 日本も人口減少の時代を迎えるようになりましたが、その時代にあって「都市縮小」という言葉は、地方都市の未来を考える上でのキーワードとなると思います。

 この書物の中では、地方都市の人口がこれから増加することはほぼ期待できず、都市が縮小することを受け入れつつ、それを新たな機会ととらえて、豊かで持続可能な街を作る必要があるという主張が全編を通じて述べられています。

 日本においては、大きな駐車場を有するワンストップのショッピングセンターや、幹線道路沿いの大型店や飲食店が次々と建てられるものの、それと同時に中心市街地は高齢化が進み、衰退していき、その中には街中に若者や子供の姿を見かけることがない、といった市街地も多くなってきています。

 しかしその大型ショッピングセンターも、この不況で業績が悪化しています。郊外の大型店と市街地の商店街が両方とも共倒れする、そんなことが現実となりつつあります。ならばその前に、小さいながらも人が常に行き来している、そしてそこで人の交流がある、そのような活気のある小さな街、これこそが地方都市を再生するために求められている街だといえます。



見捨てられない、日本の惨状


 更新するのは2週間ぶりになるでしょうか。

 コメントもいただいていたのですが、お返事ができなくてすみません。





 まずは、再開に向けての所信(初心?)表明演説です






 この2週間、個人的にいろいろと情報収集に努めていました。

 とはいえ、体調を崩してしまい、その中でブログをアップするのが苦しかったですね。

 10月から新学期に入り2ヶ月、良い情報を発信するための情報収集がおぼつかなくなり、みずからの情報が枯渇するなかで発信している状況を正しておきたいと思いました。

 ちょっと、長い休暇になってしまいました。







 それでも、私がこのようなブログを書き、意見を述べている動機というか、その初心を確認することができたと思います。

 思えば半年前、自分が日本に対して抱いた危機感は間違っていなかったと思います。







 それは、あまりに絶望的な観測ですが、やはりここで述べておきましょう。

 その観測というのは、日本がこのままではより大部分の人々が貧困層に、または貧困層すれすれの状態に転落する、という不安でした。

 このすれすれの状態とは、子供のいる世帯ならば、おもな扶養者が年収300万円以下、夫婦共働きでも年収が400万円以下、といった状況でしょうか。







 年末になり、「今年は派遣村の必要がないようにする」といった政府関係者の発言が話題になっています。

 また、ハローワークで生活保護、住居の援助などの申請ができるようにする「ワンストップサービス」が検討されるようになりました。

 家計を支える者の急病、事故、解雇による失業、このような不測の事態は誰にでも訪れる、生活に伴う危険性、つまりリスクです。

 しかし、そのリスクが何らかの社会的な援助で保護される、または自分自身の経済力でカバーできる、そのような方々の割合は年々減少しています。

 特に低所得者であればあるほど、そのリスクに対する影響力はあまりにひどい状況です。








 つまり、低所得者層にとっては、いったんそのような状況に転落してからが苦痛のはじまりであるといえます。

 月々の収入が低いのに、さらにそれから身ぐるみはがされるような事態になる、これが低所得者のたどる運命です。










 ところで、昨年のリーマンショックを招いたサブプライムローン、またはそれから派生する金融商品(デリバティブ)の破たんは、現在低所得者が見捨てられている状況にあることを物語っています。

 サブプライム、とは「プライム」に準ずるという意味ですが、ここでいう「プライム」とは、「プライムレート(優遇金利)」のことを指します。

 「プライムレート」というのは、ローンの貸付に際して、そのローンを完全に返済する能力が高いと見られる者に対して課せられる、もっとも低い金利の水準です。

 逆に「サブプライムローン」とは、その返済する可能性が低い低所得者向けの、金利が高いローンのことを指します。これは主に低所得者が住宅を購入する際に利用されました。

 これを貸し付ける側(債権者)から見ますと、「プライムローン」は債権の回収が焦げ付く、つまり貸し倒れのリスクは低いですが、それに対する金利による見返りは少ない、そのようなローンです。ローリスク・ローリターン、といったものですね。

 その逆はハイリスク・ハイリターンですね。「サブプライムローン」は、そのローンが証券化され、債権を切り売りするような形で金融商品として売りに出されました。

 アメリカは2000年代に入ってから不動産バブルの様相を見せていました。

 そこで、借りる側からすれば、住宅不動産価格が上昇することを前提にして、高い金利のローンを受け入れます。

 また「サブプライム証券」を買う側からすれば、これからも土地の値段が上がるだろう、という見込みがあれば、「ハイリスク」にはあまり考えが及ばず、「ハイリターン」の方に目が奪われてしまいます







 しかし、この「ハイリターン」だけが強調され、それが疑いもなく信じられるのは、不動産価格が上昇するという前提があるからです。

 では、その前提がひとたび狂ったならばどうなるのでしょうか。

 それが、2007年より明らかになった、サブプライム崩壊だったわけです。







 しかも、このサブプライム崩壊の問題をより深刻にしたのが、そのローンを証券化した金融商品をかき集めて作られた、デリバティブ(金融派生商品)と呼ばれる金融商品です。

 このデリバティブはいくらでも作れます。はっきり言えば、金融商品の肥大化、または自己増殖ですね。

 そこで、デリバティブは、まずはサブプライムローンを切り売りした証券をかき集めて金融商品が作られて、

 そこからさらに、その金融商品をかき集めた、いわゆるデリバティブのデリバティブが生まれていきます

 またさらにそのデリバティブも生まれて、こうなると抑えがきかなくなりますね







 一般に、さまざまな証券、またはさまざまな銘柄を組み合わせて購入したならば、全体のリスクは低くなります

 というのは、仮にその中の一つの価格が下落したとしても、全体に与える影響は少ないからです。リスクを減らす(リスクヘッジ)の基本は、やはりこのような銘柄を組み合わせて購入すること、つまり分散投資です。

 しかし、このリスクを考察する金融工学を駆使して作られたといわれるデリバティブのなれの果ては、何でもかき集めればいい、というとんでもない証券、あるいは金融商品でした。







 このように自己肥大を続けたデリバティブが破たんした時の影響は、これまで例を見なかったようなものだったでしょう。

 「100年に一度の不況」といわれるアメリカ発の金融恐慌については、私は「100年に一度」というのは、まだ甘いと思います








 さて、いまだに世界を覆う金融恐慌で見えたものは何かと言うと、貧しい者たちがさらに搾取される、といった世の中の現実だったといえるでしょう。

 それをいかに食い止めるか、それを考えていきたいと思います。







 すみません、続きは明日にでも書きます。

 今日はここまで、ではまたよろしくお願いします。

「マイナス金利」を誘導する金融政策が必要


 2日間、記事を更新できずにいました。

 今回は、民主党のホームページに投稿した意見を掲載します。

 今回も奇策、といえばそうなるかもしれませんが、ここで述べた「マイナス金利」の必要性を訴えておられる方は、他にも何人かおられます。







 私の意見もこの1ヶ月、景気対策をどうするか、といった論調になってきていると思います。それにしても不況の根は深いと思います。

 ひとたび泥沼につかった状態をどう立て直すのか、これが景気対策だと思います。

 「溺れる者はわらをもつかもうとする」ということわざがありますが、それこそ溺れる者にわらを差し出すような形で、小出しに景気対策をし、また金融緩和をする、これでは立ち行かない状態です。







 そんな中、自分の意見は奇策でありながらも、それでもアイデアを汲み取ってほしい、自分も今わらをもつかむ思いでいる状態です。









 今回は、コメントのお返事ができなくてすみません。







 以下が意見の内容です。






 件名: 「マイナス金利」を誘導する金融政策が必要

 たびたび意見させていただいております。

 今回は、現在求められている政策の中で、景気対策がもっとも優先度が高いと思われますが、有効な景気対策のひとつの選択肢について書かせていただきます。

 さて、現在昨年からの不況に加えて、円高、そして「ドバイ・ショック」という新たな景気に対する不安材料が生まれ、そのためより大規模な追加の景気対策と同時に金融緩和が求められています。

 金融政策の面では、今日に入って日銀が10兆円規模の追加の資金供給オペレーションを発表しました。しかし私は、金利水準は日銀が想定しているよりも一段低い水準に誘導しなければならないと思います。実質的な「マイナス金利」にまで持ち込まなければ、有効な金融政策とはならないでしょう。

 「マイナス金利」とは、インフレ率が貸し出し金利を上回る状態のことを指します。しかし、物価も下落傾向のいわゆるデフレが進行していると見られる現在において、この状況を作り出すこと自体が困難です。

 また「マイナス金利」とは、貯蓄していると損をし、その逆に資金を借りると得をする、といった状況を指します。というのは、インフレの進行によって、通貨の価値が落ちたならば、同じ金額でも、インフレが起きた後に資金を返済したほうが返しやすくなるからです。

 仮に 1,000円 を借り入れたとして、インフレ率が年5%ならば、1,000円の商品は1年後には 1,050円 になります。それと同じく、1,000円 の利益が得られる商品の利益は、1,050円 となります。

 それに対して、貸し出し金利が2,5%ならば、 1,000 円借りたとして、1年後には 1,025年 になります。しかしながら、1年前に 1,000円 利益が得られたものが、1年後には 1,050円 の利益となりますので、インフレの効果を考えますと、実質的に借入金は25円減ったのと同じことになります。

 逆に 1,000円の貯金を持ち続けたならば、この貯金の価値も25円減ったことになりますので、貯蓄し続ける状況はこの場合は損になります。

 インフレ率が5%というのは極端な例ですが(今の日本ではそうでしょう)、この例で分かることは、今の金融政策においては、このように、手許にお金を持ち続けていたならば損になる、そのような状況を作り出さなければならないということです。この状態にならなければ、それこそ日銀が常に主張しているような、資金が市場に潤沢に提供されたとしても、市場の需要がなければ景気の刺激にはならない、そのような効果しか生まないでしょう。

 そこで、私が前に意見しました、エコポイントのようなポイント通貨を、何回も使えるような形にすること、このような政府保証のついた補助的な通貨も検討の対象に入ります。というのは、このような通貨が、実際の通貨に、ある程度の期間を経なければ換金されない場合には、その補助的な通貨は使うしか方法がないからです。

 つまり、なかば強制的な形でお金を使うように仕向けること、これこそが今必要な金融政策であるといえます。また、市場に出回るお金の量を何とか増やすというよりも、それをいかに回せるような体制を作るか、こちらの方が重要度が高くなっています。

 ただ資金が供給されただけでは、景気は上がらない、またはデフレも解消されない、今の日本の状況はこのような状況だと思います。しかし、解決の道はあるはずです。景気対策によって、有効な、将来につながる需要を喚起した上で、金融面から安心してお金を使える、または消費できる体制を作り上げること、景気対策と金融政策が効果的に結びつくことが、今の景気回復のために、最低限必要な政策であるといえます。

佐野吉一





CO2排出権を循環させる政府出資ファンドを


 今回は民主党のホームページに投稿した意見を掲載します。





 では、まず前の記事でいただいたコメントからです。




 >NHKの大河ドラマも歴史検証が本当に
 >いい加減になって来てますので、あまり
 >テレビの歴史ドラマを見ないのですが、
 >天地人は久し振りに、半分以上を見ました。
 >直江兼続と上杉景勝は主従逆なら、天下を
 >取ったであろうと言われています。
 >20年前米沢に行って以来、兼続のファンですが
 >真田幸村といい、仰るとおり軍師のブームかも
 >知れません。





 20年来の直江兼続のファン、という方もあまりいらっしゃらないのではないかと思うのですが、それだけ人を心酔させるものを持っていますよね。

 真田幸村に関しては、実は最後の戦い、大阪夏の陣では徳川家康の本陣に斬り込んだそうです。家康もこれで命運が尽きたと一時思った、というほどの攻撃だったそうです。

 今回の「天地人」での真田幸村役(城田優)はなかなか魅力ある演技でしたね。城田優さん、将来が期待できます

 ところで、直江兼続についてですが、彼の地元米沢での評価を高めたのは、彼を師と仰ぐ人物が、後の上杉家に登場したからだそうです。

 その人物は上杉治憲(はるのり)、江戸時代中期の上杉家の大名ですが、彼は上杉鷹山(ようざん)という名の方で知られています。

 その上杉鷹山ですが、当時上杉家が莫大な借金を抱え、上杉家の存続が危ぶまれていた時に、新たな産業を興し、武士も農業に従事させ、そして財政を健全化させた人物として有名です。

 上杉鷹山については、その功績は、米沢の町を一から作り直して発展させた直江兼続に似ているといえます。

 






 そういえば、今回の「天地人」の見どころの一つは、直江兼続と真田幸村の信頼関係にスポットが当てられていたところでしょうか。

 信州上田(長野県)の弱小な大名として、武田信玄などの近隣の戦国大名と手を結ぶことによって何とか生き延びていった真田家ですが、真田幸村は上田の周りの大名家に次々と人質に取られる、といった生い立ちを持っています。

 その中で、人間として信頼を寄せたのが直江兼続とその主人上杉景勝だったという、戦国の世にまれに見る信頼関係、これも「天地人」の主要なテーマのひとつだったかもしれません。







 さて、今回の意見は、もし直江兼続か上杉鷹山が今の世に生きていたら、もしかしたら思いついたかもしれない、そんな思いをこめて書きました。

 いつの時代も、可能性のある機会はあります。その時代とともに移り行く勝機をとらえ、それを最大限に活用すること、この21世紀にあっても時代を生き残る戦略は、変わらないのではないか、そう思います。

 いつの日か、その思いが日本のみなさん全体の思いとなることを願って、意見をアップします。






 では、以下が意見の内容です。








 件名: CO2排出権を循環させる政府出資ファンドを

 たびたび意見させていただいております。

 今回は、日本の将来への先行き不安を解消するための景気対策が待たれていますが、景気対策の重要な選択肢の一つである、環境分野の産業への投資を排出権取引と組み合わせて、より大きな経済効果を得る方法についてです。

 この着想は、日本のあるエアコンメーカーが、中国で合弁会社を設立し、中国でのインバーターエアコンの大量生産に乗り出す、という新聞記事を読んだことから生まれました。確か1ヶ月ほど前の記事だったと思います。

 また、中国をはじめとした新興工業国にて、製鉄所を建設する際に、日本の技術を用いた製鉄所が作られていますし、計画中のものも含めると多数あるでしょう。

 これらは一例に過ぎませんが、日本の技術が、外国におけるCO2の排出量の削減に貢献している事例となっています。

 そこで、このような日本の技術の普及によって、仮にその技術を用いなかった場合のCO2排出量と比べて、排出量の削減が確認されるならば、これを通して、CO2排出権が取得できるかもしれません。

 さて、これらの排出権を政府として借り受け、この排出権を元手にして、新たなCO2削減効果が期待できる事業にその元手を振り向ければ、何度でもビジネスを行うことが可能で、なおかつ排出権を取得した企業の利益となり、さらに政府としてもわずかながら財源が生まれる、いわば政府出資のCO2排出権を中心としたファンドを作る事ができます。これは政府系ファンドを用いて将来の財源を獲得しようという、攻めの財源捻出の方法でもあります。

 これに対しては、今アラブ首長国連邦(UAE)の政府系企業の信用不安が深刻な問題となっていますが、政府系ファンドを設立するに際しては、資産運用の方針を明確に示すことで、信用不安を解消することが先決です。あくまでCO2排出権を土台として運用する方針を貫かなければなりません。

 ところで、このCO2排出権中心のファンドの運用方法を示します。まず、CO2削減効果の見られた企業にCO2排出権をできるだけ取得していただきます。次にこの企業の取得した排出権を政府として借り受けます。これについては、まずは企業が排出権を売却して資金を得て、その資金を政府として借り受けるという方法もあります。

 次に、この企業から得た排出権を元手にして(まずは排出権を売却しなければなりませんが)、新たなCO2削減効果が得られる事業を興します。それによって、その事業によってもCO2排出権が得られます。さらに、新たな事業によって得られた排出権を元手にして、新たな事業を興すことができます。CO2排出権を用いることによって、少ない元手によって、何度でも行える、持続可能なビジネスが可能になります。

 ここで重要なことは、これは言うまでもありませんが、できるだけ事業への出費を、その事業から生まれるCO2排出権の価値が上回っている、そのような事業を選ぶことです。これならば効果的な事業を、世界中のさまざまな地域で行っていくことにより、事業を何度でも繰り返すことができ、かつ事業を興した回数に比例して、確実に利益が得られる、このようなビジネスを展開することができます。また、元手のCO2排出権を運用している政府が、その運用によって得られる利益の一定の割合を獲得できるようにすれば、これが政府の財源となります。

 今時点で考えられうることは、発展途上国の都市基盤の整備、より省エネ効果が得られるような都市設計の改良、さらには植林や、農地の開拓などでしょう。

 加えて初期投資として、またはこのファンドの原資として、景気対策に用いる予算の一部を充てておけば、CO2排出権を取得した企業が、政府にその排出権を貸し出しやすくなるかもしれません。

 仮にCO2排出権の取得によって得られる利ざやがわずかなものであっても、繰り返し事業を行うことでより大きな利益が得られます。ですから、CO2排出権価格が安定して上昇基調にあるならば(それはこれからもある程度の期待は持てます)、確実に利益の得られるビジネスといえます。

 最後に私は、2ヶ月ほど前の意見で、NHKの番組「プロフェッショナル」に出演した、ある環境金融コンサルタントの方を紹介させていただきましたが、この番組の中でもここで私が取り上げたものと同じような手法のビジネスが紹介されています。もしよろしければ、こちらの番組も参考になさってください。

 佐野吉一




参謀を待つ声をどうとらえるか


 昨日の意見を書くのは本当に時間がかかりました。





 さて、今回は少し気を楽にして、最近ふと感じることを書いて見ます。





 では、その前に、いただいたコメントからです。このようなコメントをいただきました。



 >足湯!今度やってみますね(^^)
 >でも寒くなると、たまにはしっかり湯船に浸かりたくなるんですよね〜。
 >そんなときは、残った湯を洗濯機に活用します☆





 ここで書かれている「残り湯を洗濯に使う」という取り組み、じつはこれもCO2削減効果がある、とあるサイトに書かれていました。

 これは、1日7gのCO2削減になるそうです。

 いつものように、この取り組みを1年間、ある特定の割合の方々が取り組んだならば、という仮定を立てて、削減効果を計算してみますと。

 1000万世帯で取り組んだ場合ですが、





 2万5550トン、の削減効果になります。


 現在のCO2排出量の0.01%が13万トン、ですので、その13万トンの20%ぐらいの割合になります。

 やはり、0.01%といえども、かなり高い壁ですね。

 いや、でも「小さなことからコツコツと」、無駄な努力だ、などと片付けてはいけないかな、と思います。





 このCO2削減効果に関するデータは、次のサイトにいろいろと書かれています。こちらを参考になさってみてください。

 「チーム・マイナス6%」地球温暖化防止のため、楽しくエコライフを実践しましょう!







 では、今回の記事です。





 今週の日曜に、NHKの大河ドラマ「天地人」が最終回でした。

 最終回は、視聴率が20%を超えたようですね。

 このドラマは、上杉家の家臣直江兼続(なおえかねつぐ)を主人公にしたものでした。

 ところで、2年前の大河ドラマも戦国時代を舞台にしたものでしたが、こちらはタイトルは「風林火山」、武田信玄の家臣である山本勘助を主人公にしたドラマでした。

 あと、昨年の大河ドラマは、江戸時代終わりに、衰退の一途をたどる徳川幕府を陰で支えた女性、天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)を主人公にしたものでした。

 今となっては懐かしいですね。宮崎あおい、りりしい!




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 なぜ大河ドラマの主人公が戦国大名ではなく、家臣が主人公になってきたのか、ひとつの理由としては、主だった戦国大名についてのドラマは、大体出尽くした、ということがあるでしょう。

 しかし、今の時代、主君を陰で支える参謀の存在が脚光を浴びてきている、そんな気がします。








 あと、これと関係があるのでしょうか、来週から日曜のNHKの大河ドラマの枠で、1ヶ月にわたって、スペシャルドラマ「坂の上の雲」が放送されます。

 この物語の主人公は3人いまして、1人は、高校の国語の時間に読んだ記憶のある、俳人正岡子規、残りの2人は兄弟ですが、兄の方は明治の陸軍の参謀秋山好古(よしふる)、もう一人の弟の方は日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた、海軍の参謀秋山真之(さねゆき)です。

 物語は、この3人が愛媛県松山市出身の幼なじみで、この3人が明治の激動の時代にそれぞれの道を歩む、そのようなエピソードを題材にしたものです。

 このドラマは制作に3年、また実際にドラマ化されるまでの関係者との交渉にも10年近くの歳月を要したというもので、長く映像化が待たれていたものです。原作者は戦後の国民的な作家、司馬遼太郎です。





 ただ、やっと映像化されることになった「坂の上の雲」ですが、いざ映像化された時代の風潮を考えると、今閉塞感を感じさせる時代の中で、より脚光を浴びるようなものになる気がします。









 とにかく、何かが変わらなければならない、これは今誰もが感じていることかもしれません。

 その声を反映してか、動乱の時代には必ずといっていいほど、新しい時代を切り拓こうとする人物が現れます。これが歴史のおもしろさ、ということにもなりますが。






 思えば、来年の大河ドラマは「龍馬伝」ということで、主人公は坂本龍馬ですね。彼も、普通ではありえかったであろう薩長同盟を成立させ、それが江戸幕府を倒す原動力になりました。

 彼はまさしく「時代を切り拓いた人」の代表ですね。

 坂本龍馬が幕末の時代に生きていなかったら、平和な時代に生きていても、商才を生かして事業家になっている、そんな感じの人物にはなったでしょう。

 しかしながら、歴史に名を残す人物になったのかどうかは分かりませんよね。








 知恵を用いて新しい時代を築く、そのような知恵が今の時代に求められています。

 知恵があれば困難は乗り切れる、これは私がここでずっと主張してきたことです。

 とはいえ、多くの方は過去のしがらみを断ち切ることができない、これが正直なところだと思います。いや、別にそう思う人が悪いわけではなく、生きていく中で身に着けてきた処世術のようなものは、そう簡単にはぬぐい去れないのです






 それでも、日本の歴史の中で、知恵に長けた人物が大勢いたこと、これだけは信じたいのではないでしょうか。

 これは、外国人参政権が今議論されていますが、日本に永住することを決意した方々も同じように感じていると思います。

 そのような方々は、自分の母国と同じくらい日本を愛しているはずです






 日本に住む、日本を愛する人たちが、知恵を発揮する人物を待ち望んでいるように思えてなりません。

 過去の英雄たちと同じような、現代の「参謀」を待ち望む声が強くなっている気がします。

 私は、知恵が大切だ、と言いながら自分がそんな人物なのか、といつも不安に思っています。

 それでも、今日本に住む方々を勇気付けるメッセージを発しなければならない。今ひしひしと感じることです。





 このメッセージに賛同される方は、コメントをいただけるとうれしく思います。何でもかまいません。意見をお聞かせください。





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地域を旅する

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地域を味わう−地域の特産品

【楽天市場】まち楽
くずまきワイン(葛巻高原食品加工株式会社)
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(礼文島のうに販売)


これは深い!−ご当地B級グルメの世界

B級ご当地グルメの祭典!「B-1グランプリ」in横手 公式サイト
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盛岡じゃじゃ麺ファンクラブ
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農業はもうかる!

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