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9日プロ野球阪神タイガースの赤星憲広選手が

怪我のため現役引退を発表した。

赤星選手は2000年ドラフト4位で阪神に入団し、

1年目からレギュラーとして定着し俊足を活かして

1年目から39盗塁で新人王に輝くと、

その年から5年連続盗塁王を獲得した。

2003年と2005年のリーグ優勝にも貢献し

ベストナインに選ばれると2004年にはゴールデンスピリット賞を受賞し、

6度のゴールデングラブ賞も受賞した。

しかし2007年に試合中にダイビングキャッチを試みた際に

首を痛め「頸椎(けいつい)椎間板ヘルニア」と診断されると、

今年の9月12日の横浜戦(甲子園)でも

同様のプレーで悪化させて欠場してリハビリに専念していた。

その後の診断で脊髄損傷と診断されたため現役引退を決意した。

2000年代を代表するレッドスターは

怪我によってその現役生活にピリオドを打つ苦しい決断となった。
首を痛めていた事は報道でも知っていたけれど、

これほど酷いとは思わなかった。

プレー中の怪我とはいえどもやはり万全の体でプレーできない以上に

命の危険があるとなれば苦渋の選択をしなければならなかったのは

赤星選手本人が無念だっただろう。

赤星選手が阪神に入団してからは

阪神は飛躍的に違うチームへと生まれ変わったものだ。

それまでの阪神は打撃のチームを目指していた事や長年の低迷もあり、

走れる選手がいなかった。

しかし赤星選手が入団した年は丁度新庄がいなくなり、

走力重視の野球を掲げた野村監督が赤星選手を抜擢して

1年目から驚異的な走塁で塁をかきまわし、

守っても広い甲子園を縦横無尽に走り守った。

2003年に初の3割とベストナインを獲得し、

金本選手を盗塁でアシストするなど

赤星選手は阪神を変えた男の1人だった。

その後の阪神は常にAクラスを狙えるチームとなり引っ張ったけれど、

2007年の守備機会でのダイビングで首を痛めてから低迷が続いていた。

当時監督だったオリックスの岡田監督の話では

その頃から相当痛みとの闘いだったそうだ。

どんな良い選手でもグラウンドで命を落としたら

何もならないだけに本当に残念だけれど

お疲れ様とプロ野球ファンとして言いたい。

2000年代屈指のスピードスターのプレーは忘れる事はないだろう。

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