15日大河ドラマ「八重の桜」最終話を視聴した。

今回は日清戦争が始まり、八重は広島陸軍予備病院で日清戦争で

負傷した兵士たちを看護していた。

当初は怯む看護婦もいたが、八重の懸命な看護に次第に勇気づけられ

八重は戦後民間女性として初の叙勲を受ける事になる。

そして八重は戦争に向かう日本を危惧しながらも

これまでに生きてきた足跡を辿りながらこれまでの人生を振り返るシーンがメインだった。
ストーリー

1894(明治27)年、八重は従軍篤志看護婦として広島陸軍予備病院で

日清戦争の負傷兵たちを看護していた。

院内ではコレラや赤痢などが発生し危険な状況だったが、

八重は感染にひるむことなく勇敢に看護に従事、若い看護婦たちを見事に統率する。

その功績がたたえられ皇族以外の女性では初となる宝冠章を受章した。

しかし、戦のない世を願う八重は、晴れない気持ちを抱いたまま故郷・会津を訪れる。

そこで、思いがけない人物と再会し…。

以上NHK大河ドラマ「八重の桜」HPより


今回は八重が看護婦として日清戦争に関わっていく姿が描かれていく訳だけれど

私としてはこの頃の八重の姿がこれだけしか描かれない事には正直勿体ない気がしている。

本来なら民間女性初の叙勲を手にした功績はこの赤十字の活動だった訳で、

これがわずか数話しか描かれない事は正直どうなのかな?と感じてしまう次第だ。

それでもここから会津の復権へ向けた動きが描かれており、

会津が復権するのは日露戦争が終結してからだった。

日露戦争は避けて通れなかった戦争であるけれど、

この戦争に勝利していなかったら日本はどうなっていたかわからないのは

色々なドラマや映画で描かれているので振り返る必要性はないだろう。

八重は全ての人を失った後会津を訪れこれまでの人生を回想するのだった。

八重の人生の多くは戊辰戦争と同志社設立の活動に終始されるけれど、

民間女性として初めて叙勲を受けた人という事では

時代を切り開いた女性出逢った事は間違いない。

総評として会津の敗戦からその後の歩みを描いたストーリーだったけれど、

敗れた者たちはその後たくましく会津復権の為に尽くしていった訳で、

その活動がなければ会津の復権はなかった。

八重が初の民間女性の叙勲受章者になった事も会津の人たちが

認められた証しでもあるだろう。

このストーリーの大半は会津の戦いにあって、

その後の敗戦からの復権への長き道のりは1度敗れると

復権は簡単な事ではない事を教えてくれているのかもしれない。

これで5期連続大河ドラマを完走する事になりました。

5年完走し続ける事が続けるだけでも難しい訳ですけれど、

色々な人物の人生を追っていく中で発見できなかった事も知る訳で

また八重という女性の生涯を知る事ができた事は

1つの知識を深めるきっかけになった次第です。

次の大河ももちろんレビューしていきます。

次回は軍師官兵衛という事で戦に勝ち続けるには?

そして生き続けるにはどうしたら良いのか?

そしてNo.2という立場の人ほど力を持っている必要性がある訳で

そのノウハウを見ていく事になるかもしれません。

それではまた来年この枠でお付き合いして頂ける人は

引き続きお付き合いのほどよろしくお願い致します。

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