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8月16日公開の映画「ホットロード」を鑑賞した。

この映画は紡木たく原作の漫画を実写化した作品で、

14歳の少女が小さい時に父親を亡くしてから母親と上手くいかず心の闇を抱えていたが、

青年で出逢った事で生きる希望の道を見つけて行くストーリーである。

30年前の時代背景を知らない世代には新鮮に映るだろうし、

その時代を知る世代はあの頃を思い出しながら

生きる意味を見つけて行く姿をどう見つめるのだろうか?
30年前は暴走族が社会問題化していた時代であり、

携帯もパソコンもない時代だ。

今の時代と比べるのが難しい訳であるけれど、

当時を知る人、そして当時を知らない人が

この作品を観る上でどういう視点で捉えて行くべきなのか?

という部分はある。

世代が違えば考え方も違う訳で、

それぞれの世代の事を理解しつつ観て行くと

この時代背景から感じる心理的な部分、

そしてそういう生き方をしていた人たちの気持ちに入り込んで行けると思う。

行き場を無くし、居場所のない少女が辿り着く生きる道とは何だったのだろうか?

キャスト

宮市和希演じる能年玲奈

春山洋志演じる登坂広臣

和希の母親演じる木村佳乃

鈴木演じる小澤征悦

玉見トオル演じる鈴木亮平

宏子演じる太田莉菜

えり演じる竹富聖花

リチャード演じる 落合モトキ

金パ演じる山田裕貴

リーダー赤根演じる野替愁平

No.2 永山演じる遠藤雄弥

おばさま先生演じる鷲尾真知子

医者演じる野間口徹

高津演じる利重剛

春山の母演じる松田美由紀

他多数のキャストでストーリーが展開する。

ストーリー

亡き父親の写真が1枚もない家でママと暮らす14歳の少女・宮市和希は、

自分が望まれて生まれてきた子どもではないことに心を痛めている。

ある日、学校に馴染めずにいた親友に誘われるまま、

夜の湘南で出会ったのは、Nights(ナイツ)という不良チームの少年、春山洋志。

はじめは傷つけ合っていたふたりだが、和希は春山が身を置く世界に

安らぎや戸惑いを覚えながらも、急速に春山に惹かれてゆく。

春山もまた和希の純粋さに惹かれるが、Nightsのリーダーとなったことで、

敵対するチームとの抗争に巻き込まれてしまう――。

以上ホットロード公式HPより


結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして和希は小さい時に父親を亡くし、

父親の写真もない家庭で育ち、

ママは別の男と出会っており和希の心を見てくれない。

家庭環境だけれど、本来母親が確りしていれば

母子家庭でも和希のような少女でも真っ直ぐ育つものだけれど、

母親が確りしていない和希のママに和希の心は傷つき

自分の存在を見てほしいと万引きに走ったりする。

万引きの動機は色々あるけれど、

和希の場合はママに振り向いてほしいという視点から行ったものだった。

しかしママの反応は冷たかった。

そんな居場所のない和希は不良グループの少女えりと仲良くなり、

暴走族の人たちと交流するようになっていた。

当時の暴走族はそれなりの組織として大きく、

色々な暴走行為を行っている人たちも多く住民にとっては

迷惑以外何ものでもない者たちだったが、

今を思えば当時彼らに居場所が無く、

居場所を失った人たちが暴走族となって

自分たちに振り向いてほしいと行っていた行為だったとも振り返れる。

そんな中で和希が出逢ったのが春山だった。

春山もまた家庭環境に問題を抱え自分の家に

居場所を失い1人暮らしをしていたのだった。

そんな2人の出会いは最悪だった。

和希が春山を平手打ちしてしまった事で最初は印象が悪かった春山だったが、

和希を知る事によってこれまでの女とは違うものを感じていた。

同じ気持ちを春山は和希に感じていたのだと思う。

そんな中で和希はえりとナンパされてしまい追われる事になると、

春山が助けに来てくれた事で2人は急接近した。

そして和希はこれをキッカケに春山と付き合い始めるが、

和希は学校で問題児扱いを受け、さらには家にすら居場所を無くし、

一度は春山の所属するNightsのリーダーの玉見彼女宏子の元へ身を寄せる。

そこで暮らし始めるも今度は玉見が警察に捕まり

証拠不十分で釈放されると宏子も姿を消した。

どうしても警察にマークされるのがリーダーなので

続けるにはリーダーの交代が不可欠だった。

そこで新リーダーに春山が指名されたが、

今度は新宿の暴走族のグループがNightsに喧嘩を仕掛けてきた。

一度は春山1人で立ち向かったが、今度はNightsとして喧嘩する事になった。

一度負傷している春山を心配する和希だったが、

止められないもどかしさを感じる。

そして喧嘩決行の日に和希は春山が事故で病院に運ばれた事を知るのだった。

果たして春山は助かるのだろうか?

そして和希はこの苦しい状況をどう乗り越えるのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

まず和希も春山もそれぞれ家族の中での居場所がなかった。

故に春山は暴走族に入り、和希もそういうところに行く事になった。

当時はどうしてもそういう居場所のない人たちは暴走族へ流れたりするものでもあり、

自分たちの存在意義を探していた結果なのだが、

春山も和希もお互い出逢った事で自分の存在意義を見つけ始めていた。

出逢う前は春山も和希もこの先どういう道を歩んで良いのか

見つけられない中にあった。

しかし春山が喧嘩で負傷した頃から春山自身も和希自身も

お互いの体を心配し始めている事によって意識し始めたと言って良い。

春山の家庭も当初は居場所を失ったけれど、

事故を契機に春山も居場所はあるのだと気付いているし、

和希もまたママに新しいパパを紹介され、

さらにママからこれまで触れてこなかった愛情を最終的に注がれている。

和希のママは当初好きでもない人と結婚した事を後悔している事を語っており、

それが和希に心の傷を負わせていた事に最終的に気づいて

本当に大切にしてくれる人が生きたいと希望を抱いている事を和希に身を持って教えている。

2人にとって居場所がなかった事が出逢った事で居場所を見つけられた。

そしてお互いのために生き続けたいという道を最終的には見つけたのだった。

総評としてこの作品ではエンディングに尾崎豊の曲が使われているけれど、

私はこの曲は20年前にこの世の果てという月9のドラマの印象が強く、

あのドラマとこの映画のラストを振り返るとこの曲の意味はそれぞれ同じなのだと感じたし、

当時を知らない人もお互いが生きて歩みたいという希望を

見つけられれば道は続いていくのだと説いてくれる曲だという事だ。

春山も和希も出逢うまで居場所を失っていたし、道も失っていた。

しかし出逢った事で居場所も見つけ、そして道も見つけられた。

出逢いが道を示してくれるという事があるけれど、

この作品ではこれから歩んでいく希望を見つけられた事は

30年の月日を経た今でも通じる事ができるものであり、

それを今の世代に歩んでいく道を見つけるキッカケになるなら

希望の道は続いていく事だろう。

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