8月8日公開の映画「STAND BY ME ドラえもん」を鑑賞した。

この映画は藤子・F・不二雄原作のドラえもんを3DCG作品として

山崎貴監督、八木竜一監督が映画化した作品で

これまでドラえもんで感動のエピソードを取り上げて描かれたストーリーである。

何時かは終わるドラえもんも長きに渡り愛され続けているけれど、

その終わりはまだまだ遠い未来なのかもしれない。
毎年劇場版アニメとして公開されているけれど、

私がドラえもんを鑑賞したのは小学校時代以来であり、

かれこれ四半世紀前の話になってしまう。

その間に声優陣が一斉に世代交代したのが丁度10年前になる。

その時に1度だけ劇場版をお休みした事はあったけれど、

10年も経ると今の声優陣もすっかりおなじみになっているので

長きに渡り続いている作品にとっては

世代交代が上手くいくか行かないかが大きく左右するのは間違いない。

コナンももうじき20年、ルパンは40年、

サザエさんは半世紀を迎える訳だけれど

ルパンも3年前に声優陣を次元以外大幅に交代させただけに

そろそろサザエさんは大幅な世代交代をしないと拙いなとは感じたりもしている。

そんな中でこれまでCG化し、3D化してから

これまで1度も3DCGとして描かれていなかった

ドラえもんが初めて3DCG作品として描かれる故に

やはり見逃せないと思い四半世紀ぶりに劇場でドラえもんを観に行った訳です。

もうストーリーは解り切っていたりするものの大人になってからは

それほど見ている訳じゃないので

昔のストーリーを軸にした中でどんな感動ストーリーが描かれるのだろうか?

ストーリー

何をやらせてもダメな少年・のび太のところに、

22世紀の未来から、孫の孫のセワシとネコ型ロボットのドラえもんがやって来る。

“のび太を幸せにしなければ22世紀に帰れない”という

“成し遂げプログラム”をセットされたドラえもんは、

クラスメイトのしずかちゃんとの結婚を目標に、

「刷り込みたまご」「ガリバートンネル」など様々なひみつ道具を出して

のび太を幸せにしようとする。

ある日二人は、タイムマシンで20年後の未来を見に行くのだが…。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとしてドラえもんとのび太の出会いから別れまで描かれているんだけれど、

原作と違う点としては成し遂げプログラムとプログラムがされているという事だ。

どうしてもゴールがなければ終わりが無くなってしまうので

終わるためのプログラムはある意味自然な流れだと思う。

そんな中でのび太はさえない小学生として過ごしている訳だけれど、

そんな中で22世紀からドラえもんと孫の孫セワシがやってくる。

当然状況を全く飲み込めないのび太はチンプンカンプンな状況になる訳だけれど、

次第にドラえもんが繰り広げる未来の道具によって

ダメのび太から次第に何かができるのび太というより

ドラえもんに頼ってしまうのび太になっていく。

これは何時ものドラえもんを知っていればお約束のシーンではあるんだけれど、

そんな中でもドラえもんはのび太に何かを成し遂げられるように頑張らせていく。

そこでドラえもんはのび太に将来しずかちゃんと

結婚する事を成し遂げさせる事に舵を切っていく。

様々なシーンでのび太はしずかちゃんに振り向いてもらおうとするも

そこには出木杉くんという何でもできる天才少年が立ちはだかるのだった。

小学生では出来すぎでも大人ではそうでもないのが小学生時代だったするもので、

大人になればそんなものだと思うものだ。

そしてのび太としずかちゃんは次第に愛を育んでいく。

そしてその成し遂げた先にドラえもんとのび太の別れがやってくる訳だけれど、

果たしてドラえもんとのび太の別れはどんなものだったのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

ドラえもんはコナンと違って大人になって自然と離れて行ってしまったものだ。

その理由は私もわからないんだけれど、

強いて上げられるとすればコナンは大人も楽しめる事件解決ものというのが大きいと思う。

コナンを観始めた時は既に大人だったけれど、

アニメで唯一毎年観続けているのはコナンとルパン(テレビスペシャル)だ。

共通するのは大人でも楽しめるという点にあると思う。

でもドラえもんは大人で観る作品かな?と思うとやはり違うのだろうと感じる。

その理由は子供の視点から見るドラえもんは

子供の時には色々な夢があったんだけれど、

大人になるとその夢の多くは実現不可能な事を知っていく事になり、

次第に子供の夢のドラえもんから離れてしまうのだと思う。

そんな中でも小さな子供や小学生の子供がいれば

観る機会もあるのだと思うけれど、

そうじゃなければまず観る選択肢はしないだろうと思う。

私も大人になって年齢を重ねて行った事で夢を見る世代でなくなったし、

その夢は若い世代に託す世代になってしまった故に

ドラえもんに助けてもらう事はもうないというのが私なのだと思っている。

ドラえもんの世界で描かれた未来というのは

四半世紀経た今でも多くは実現できていないものが多く、

少なくても車が磁場で浮いて動くというのは

リニアが開通してさらに半世紀も先の話だと感じる。

20年ではそんなに極度に変われないというのが

大人になるとわかるものなんですけれどね。

確かに20年でパソコンで仕事をするのが当たり前になり、

携帯、スマートフォン、タブレットを使う時代になると

20年前にはそこまで想像できたかな?

と思うと想像できていなかったし、

これから20年先にどう変わっているのかは

まだまだわからない事が多い訳だ。

でも想像の世界ではそういう夢が子供たちにある事で

私たち大人の発想では実現できない事が実現できるようになる可能性はあると思うので、

それが藤子・F・不二雄先生が未来に託した思いだと思っている。

そんな未来に誰と結婚しているのか?

それとも結婚していないのかがわかっている未来は

正直私は知りたくないと今では思う。

その本人にとって未来が必ずいい未来とは限らないからね。

それでも子供時代にこんな夢があったとか

こんな夢を見たと回想するには実にいい作品だと思った次第です。

総評として大人になって子供の頃に観たドラえもんが大人の視点ではあった。

子供の視点から見ればどう映るのかは子供たちがどう感じるかだと思うけれど、

大人になってもドラえもんの存在は必要だと思うし、

子供たちがドラえもんを見て夢を抱けるような

未来を描いてほしいと思う作品だったと思います。

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