5
11月12日公開の映画「この世界の片隅に」を鑑賞した。

この映画はこうの史代原作の漫画をアニメ映画化した作品で

第2次世界大戦時に少女が軍港の呉に嫁ぐ事になり

そこで一般人として普通の生活を送るも戦争の影が

次第に呉に忍び寄り戦争に巻き込まれて色々なものを失っていくストーリーである。

一般人から見る戦争は本当に戦争の悲惨さを感じる事になり、

普通の生活がいかに幸せなのかを最後に痛感する事になるだろう。
色々な戦争映画が描かれているけれど、

普通の生活の視点から描かれる事はそれほど多く感じない。

もちろん描いている作品もあるけれど、

その多くは職業的に描かれていたりする。

ここで登場するすずという少女は本当に一般人であり、

一般人として軍に属する夫とその父親が戦争の接点となっているが、

この時代において普通の生活ができる時代ではないという現実を突きつけられる。

戦争で一般人は色々なものを失ったという現実を71年経て忘れ去られようとしている。

その中で一般人から見た戦争を私たちはどう感じどう見る事になるのか?レビューしたい。

キャスト

北條すず演じるのん

北條周作演じる 細谷佳正

黒村晴美演じる稲葉菜月

黒村径子演じる尾身美詞

水原哲演じる小野大輔

浦野すみ演じる潘めぐみ

北條円太郎演じる牛山茂

北條サン演じる新谷真弓

白木リン演じる岩井七世

浦野十郎演じる小山剛志

浦野キセノ演じる津田真澄

他多数のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。

良いも悪いも決められないまま話は進み、

1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。

呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、

世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。

見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。

夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、

その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。

隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。

配給物資がだんだん減っていく中でも、

すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、

時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。

ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。

またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、

すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。

1945(昭和20)年3月。

呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、

すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。

そして、昭和20年の夏がやってくる――。

以上この世界の片隅にHPより


結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして浦野すずは小さい時からどこかのんびりした感じの少女で

絵を描くのが好きなごく普通の女性だった。

この時代は両親が決めた縁談で結婚していた時代でもあるので

すずは19歳になった1944年に広島から呉に嫁ぐ事になった。

その嫁ぎ先の青年北條周作とは過去に出会った事があるらしいが

すずはあまり覚えていない。

しかし対面してすずは周作との結婚生活が始まり、

足が悪い周作の母親に代わって家事全般をやる事になった。

この時代は嫁ぎ先の嫁は家の事を色々やるのが当たり前だっただけに

これがこの時代の当たり前の光景だった。

だからこれが当たり前じゃない時代じゃないという事は念頭に置きたい。

その中で周作の姉径子が実家に戻ってきた事で

すずは肩身の狭い思いをする事になる。

しかしそれでも周作の優しさや径子の娘晴美がすずに懐いていた事もあり

次第に径子とも打ち解けるようになる。

しかし戦争の影はすずの身近に近づいていた。

この時代は戦時中は配給制であり、

その配給も戦争悪化により次第に物資が不足していった。

その中ですずは初めて闇市で物資調達に出かける。

そこで出会ったのはかつて親戚で出会った事のあるリンという少女だった。

遊郭で働くリンと親しくなったがそれほど会えるような状況じゃなく

時代は次第に悪化していく。

そして初の空襲から呉は毎日のように空襲の嵐に晒される。

どうしても呉は軍港だったから狙われるのは当然であるけれど、

山から砲撃する地形となっていた事ですずの家も次第に空爆の脅威に晒される。

この映画でも描かれているけれど、

アメリカ軍は軍人だけでなく民間人も射撃している。

攻撃する軍人にとっては相手が民間人か軍人かわかる訳がなく、

人影が見えたら攻撃せよというのが戦争なのだ。

戦争に民間人も軍人もないという事がこの作品でははっきりする。

最も戦争は相手の施設全てを狙うのが本来戦争なので

ここでも戦争の本当の現実が描かれている。

1945年になるとほぼ毎日空襲警報が続く訳で、

大和が奄美大島沖で沈められた後も呉は標的となり空爆は更に悪化した。

そして1945年の6月に周作の姉の径子が下関へ行く事になり

汽車に乗車しようとして訪れた軍病院の帰りに今度は街中で空爆に遭遇してしまう。

そしてそこですずは径子の娘晴美を不発弾によって失い、

さらにみずからも右腕を失うのだった。

右腕を失ったすずはそれでも生きていかなければならない。

その中で今度は広島に戻る当日の1945年8月6日に原爆が落とされて

すずは両親を亡くすことになる。

そして終戦を迎えたすずはこの現実をどう受け止めるのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

冒頭ではすずが10歳から19歳まで駆け足で描かれるんだけれど、

まずすずの育った生い立ちがわからなければ呉でのすずの行動は理解できないものだ。

その上で冒頭から10歳〜19歳までを描いたのは正解だ。

そしてそこから呉でのすずの日常が描かれる訳だけれど、

この日常はこの時代には当たり前で普通の日常だった。

特に戦時中という事もあり贅沢はできないし、

食料も配給制だったのは戦時中では当然のことだ。

その中で普通の暮らしをしていたすずにとって戦争は空から降ってきた

災い以外に何ものでもない。

戦争に行かなかった人々にとって戦争は災い以外何ものでもないというのが普通なのだ。

そしてその普通が次第に普通じゃなくなる。

あれだけ毎日のように空襲があればそれは人々は常に怯えて生活する事になるし、

それが次第に人々の命を奪っていく事になる。

すずもまた径子の娘晴美を不発弾で失い、自らも右腕を失った。

すずにとって右腕は生活はもちろん大好きな絵を描く事もできなくなったことを意味する。

すずにとってこれから生きていく上でどう生きていけば良いのか?と考え込んでしまう。

その上で周りは助かって良かったねという言葉が

すずの心は晴美を失った事で大きく塞込む事になる。

それでも時は待ってくれない。

次にはすずは両親を原爆で失い、

さらに妹のすみは原爆によって原爆症の後遺症を残す事になる。

この現実はやはり戦争という悲劇がもたらしたものであるという事であり、

一般人から見れば戦争ほど悲劇はないという事だ。

それにより数多くの家族、そしてかけがえのないものを失った。

しかしその中ですずにとって新たなる希望も手にする事になった。

すずにとって失った晴美を思うところと、

その幼い娘が原爆で亡くした母親とすずが重なった部分がある。

それもすずにとって運命だったと思うし、

何より子供にとってあの地獄のような光景は生涯忘れられない

トラウマとして残るだろうけれど、

それでもこの世界の片隅に生きていく中ですずと出会えたのは救いだったと思うし、

すずもこの幼い娘によって生きる希望を持てるようになったと思います。

総評として戦争の日常を普通の人から描く事で

戦争の本当の残酷さを実に上手く描いていました。

普通の人から見た戦争という視点は本当に描かなければならない視点であり、

その残酷さを知る上でよく描いたと思います。

そしてそういう経験をしたからこそ生きるという大切さも知る事に

繋がっていった事も良く描いています。

戦争を知らない世代が多くなった今だからこそこういう作品を観る事で戦争を知り、

普通の生活、普通の幸せとは何なのかを考えさせられますし、

是非考えてほしいと思います。

ブログランキング・にほんブログ村へ

Rankingブログランキングに参加しております。










この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集
「この世界の片隅に」製作委員会
双葉社
2016-11-02