12月10日公開の映画「海賊とよばれた男」を鑑賞した。

この映画は百田尚樹の小説で出光興産創業者の出光佐三をモデルにした作品で、

戦後石油を求めて世界と戦った男がここまで戦ってきた生き様を描いたストーリーである。

戦前、そして戦後と巨大メジャー会社を相手にして戦い続けた

日本人の生き様は今の時代にどう映るのだろうか。
実在した人物をモデルにした作品として描かれる訳だけれど、

戦前から戦後にかけて日本の活路を見出した人物として描かれているが、

戦前よりも1番大変だった戦後の復興の方が

このストーリーでは大きなウェイトを占める事になる。

その中で焼け野原から復興を果たした中で欠かせなかったのが石油の存在である。

敗戦国にとって石油を得るのは簡単な事ではなく、

そのための戦争だったという事を踏まえればいかにして

日本は戦後石油を得ようとしていたのかを知る機会でもある。

果たして戦後日本は石油をどう求めていったのだろうか?

キャスト

国岡鐵造演じる岡田准一

国岡ユキ演じる綾瀬はるか

東雲忠司演じる吉岡秀隆

長谷部喜雄演じる染谷将太

武知甲太郎演じる鈴木亮平

柏井耕一演じる野間口徹

藤本壮平演じるピエール瀧

甲賀治作演じる小林薫

国岡万亀男演じる光石研

盛田辰郎演じる堤真一

木田章太郎演じる近藤正臣

鳥川卓巳演じる國村隼

他多数のキャストでストーリーが進行する。

ストーリー

1945年。戦争が終わり、東京をはじめとする主要都市が爆撃され瓦礫の山となり、

これから日本はどうなっていくのかと途方に暮れる中、

銀座歌舞伎座裏に奇跡的に焼け残った国岡商店の店主・国岡鐡造は店員を前に話す。

「愚痴をやめよ、戦争に負けてすべてを失おうとも

日本人がいる限りこの国は再び立ち上がる。

日本は石油を求め、石油をめぐる戦いに敗れた。

今後この国が復活するためには石油が必要になる。

だからこそ我々が働かなければならない!」

主要燃料が石炭だった時代から、

石油の将来性を予感して石油業に邁進してきた鐡造。

戦後、そもそも販売できる石油がない状況にあっても、

誰一人クビにすることなく、ラジオ修理などあらゆる業種に仕事を見出して

店員たちを鼓舞し、復興に向かって突き進んでいく。

結末は劇場で観てほしいけれど、

今回のレビューとして国岡鐡造は国岡商店の店主として

戦後の日本の復興のためには石油は欠かせないと考えていた。

元々鐡造は戦前から石油がこれからの時代に必要なエネルギーとして見定めていた。

戦前の満州で活路を見出したのちに中国で

そして東南アジアで石油調達に貢献したが

戦争はアメリカの圧倒的な戦力差の前に敗れて

戦後日本は復興へと焼け野原から歩み出す。

鐡造は戦後からの復興に向けてこれまでの過去を回想しながら

復興と向き合っていくが、まず1番苦しかったのは従業員が不足したという事だ。

言うまでもないが鐡造はいくら従業員を首にしないと言っても

これまで石油で営業してきた商店にとって石油の確保と営業するまで

何かを仕掛ければならなかった。

そこで鐡造は色々な修理業や事業でその場を凌いだが、

中国などへ渡った従業員の帰国を待たなければならなかった。

そして生き残った従業員が戻ってきた中で日本軍が残した

底にある石油の引き揚げ作業を行う。

その作業は今の時代から見れば本当に人海戦術でしか汲み上げられない状況だった。

それでも鐡造はそこにある石油を汲み上げた事で

GHQに認められて鐡造は再び石油の卸売り営業の許可が下りる事になる。

そしてそこから石油を求めて世界へ向けて石油を輸入するが、

自前の輸送船日章丸で石油を調達していた。

しかしアメリカが日本への石油の輸出を中止するとその活路を中東へ向ける事になる。

当時のイラン最大の製油所を目指す事になったが、

当時の中東は独立してから間もなく不安定な地域であった。

それでも鐡造はこの道を切り開かなければ活路はないと日章丸を中東へ送るのだった。

果たしてこの決断は成功するのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、

この時代だからこそ挑戦しなければ復興はないという時代だった訳で、

これからのエネルギーは石油とにらんでいた鐡造の判断は正しかったと言える。

戦後はアメリカよりも石油は中東からの輸入が殆どになったのは

アメリカからの輸入ができなくなったからであり、

日本も世界で生きていくためには中東に活路を見出すしかなかった。

戦後間もない時代においての航海は非常に大変なものだったと思うし、

何より危険な中東へ行く事そのものが厳しい時代だった。

それでも生きていくためには必要な石油の調達には中東へ行くしかなかったという事で、

これも鐡造の決断力があったから実現できた訳であり、

鐡造の決断力が石油の調達先として活路を切り開いたのだった。

総評として明治、大正、昭和にかけて鐡造は決断力と挑戦で活路を切り開いた。

それが時として海賊と言われるぐらい強引な手法だったかもしれない。

しかし当時はそれ位の決断力と挑戦がなければ日本は世界と戦えなかった。

1人の男の決断力が道を切り開いた事を知る機会になる作品でした。

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