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6月10日公開の映画「22年目の告白―私が殺人犯です― 」を観賞した。

この映画は22年前に殺人を犯した殺人犯が時効があった時代に時効を迎えた事で突然現れて事件の真相を著書として出版する事で世間は大きな賛否両論が巻き起こるがその先にはこの事件の真の真相が科されていくストーリーである。この映画を観る前にやはりあの件を語らないといけないのだろうと感じる次第である。

今でこそ殺人を犯した殺人犯に時効はないんだけれど、22年前当時は殺人を犯した殺人犯には時効という制度があり、その時効によって例え時効を過ぎても罪を裁けないという事態になったものである。しかしそういう事件で時効になったからと言って表舞台に登場して書籍を出版するケースはまずないものなんだけれど、2年前にたった1人それをやってのけた人物がいた。それは20年前に神戸連続児童殺傷事件を起こした酒鬼薔薇聖斗である。

2年前の2015年6月10日に突如酒鬼薔薇聖斗(元少年A)は「絶歌」を太田出版から発売されて賛否両論を呼んだ。神戸連続児童殺傷事件を起こした当時は14歳の少年という事で少年法により実名を知る事もできず、少年院で更生プログラムの後に2005年に正式に少年院を退院している。この劇中の作品と違うのは少年法が適応されているかいないかであり少年法では14歳のという年齢の少年を死刑にする事ができないために更生プログラム後に社会に出たという点では時効で逃げ切った犯人と同じようなものである。大人がこれだけの残忍な事件を犯せば間違いなく死刑判決妥当という判決が下っていた訳で恐ろしい怪物を野に放ったという点ではこの作品に近い形である。このストーリーを踏まえながら実際にあった神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗とリンクさせてレビューしていきたい。

キャスト

曽根崎雅人演じる藤原竜也

牧村航演じる伊藤英明

岸美晴演じる夏帆

小野寺拓巳演じる野村周平

牧村里香演じる石橋杏奈

春日部信司演じる竜星涼

戸田丈演じる早乙女太一

滝幸宏演じる平田満

山縣明寛演じる岩松了

仙堂俊雄演じる仲村トオル

他多数のキャストでストーリーが進行する。


ストーリー

阪神大震災、地下鉄サリン事件…混沌とした時代に起きた5件の連続殺人事件。被害者に近しい者に殺人の瞬間を見せつけ、目撃者をあえて殺さずに犯行をメディアに証言させる…そのルールで行われた残忍な犯行は、世間の注目を浴びた。事件を担当する刑事の牧村は、犯人を追い詰めるものの、狡猾な犯人の罠によって敬愛する上司が殺されてしまう。そして犯人は姿をくらまし、事件は未解決のまま時効を迎えてしまうのだった。…22年後のある日。一冊の本が日本中を震撼させる。タイトルは「私が殺人犯です」。それは、あの事件の犯人と名乗る男が書き綴った殺人手記。出版記念会見に現れたのは、曾根崎と名乗る妖艶な男だった。過熱するマスコミ報道、SNSにより時の人になっていく殺人犯。しかしその告白は、新たな事件の始まりに過ぎなかった…。

結末は劇場で観てほしいけれど、今回のレビューとして22年前と言えば当時は阪神大震災に地下鉄サリン事件、そしてオウム真理教と様々な事件ばかりがあった年でもあった。その年に4人が殺される殺人事件があり、その事件を追っていた当時の刑事は時効までに犯人を検挙する事ができずに今から7年前に時効を迎えてしまった事件である。冒頭でも説明したけれどこの事件の15年後のわずか1日足りずに時効を迎えた事件としてこの事件に関わった刑事たちはどれだけ無念だっただろうかという思いがある。当然被害者家族も同じ気持ちである。

そんな中で突如犯人と名乗る人物が事件の真相を綴った著書を出版するという有り得ない情報が流れてきて世間は大きな混乱をもたらす事になる。それは犯人だった人が突然この事件の犯行の一部始終を著書で発表するとなればそれは時効になったとはいえその事件の真相を知りたいというのが人である。その真相を知ろうとお金を払い著書を買うという行為はそれは犯人を支援する行為になるという事を忘れてはならないという事でもある。当然被害者遺族は犯人を捕まえる事すらできずに精神的な苦痛を与える事になる訳だし、警察も動けないという訳である。

ここで冒頭に書いた神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗について戻すけれど、この作品を観賞するに当たりどうしてもこの事件の事が過ったし、何よりも実際に出版されたという事実はありこの劇中で描かれた事件と似ていると言わざる得ない訳だ。2年前の丁度この頃に出版された訳だけれど、偶然にもこの映画が公開された6月10日の丁度2年前に「絶歌」が発売されておりどうしても避けて通る事ができない訳である。

まず私自身の方針としてこういう殺人を犯した人間が書いた著書をお金を払って著書を購入して読むという行為はそれこそ犯罪に加担する犯人と同じ行為に値すると考えている。要するに相手がどんな人物であるか知った上で買うという事はそれがどういう事なのかを理解して買っているという事になるからだ。もう20年前の事件なので当時生まれていなかった世代や、当時小学生だった世代にとっては知らない事件になってしまう訳だけれど、犯罪心理学を学ぶ上で著書を読むというのであればそういうサイコパスという人物がどういうものなのかを知る手掛かりにはなると思うが、それでも教材として金銭が発生しない事が前提である。これはあくまで犯罪資料であると考えるべきだ。これが0円というのであれば何かの形で内容を読んでみたい気持ちはあるものの、0円というのは無料でない限りは1円でも支払う事になる以上1円でも支払えば犯罪行為になると考えているし、1円でも酒鬼薔薇聖斗に行渡る事は許されないという事だ。それは被害者遺族が全く望まない事であり、望まない事をやれば犯罪者と同じと考えるべきだからだ。ここでの犯罪行為という位置づけは大人であれば死刑判決を受ける人物を指すのであって、また薬物事件になると色々な考えが違うために正当な理由付けは難しい。私は薬物事件についても同様に犯罪が確定した時点でその後の支援は一切しない方針なので絶対に行渡らない事(色々な使用権などで著作に絡む為)は難しいとしても極力避ける事は可能である。

この映画のタイトル通りなんだけれど「私が殺人犯です」という著書を買って読むという事がどういう事なのかを理解するには非常に良い作品なのだと思うし、その中でどう考えるかを示す上では人それぞれになるものの、その考え方でその人の考えが明確になるというものでもある。私は少なくても殺人犯とわかった時点で無料でない限り買いませんし読みませんと一貫している。酒鬼薔薇聖斗の「絶歌」がそれに該当する訳であり私もこの書著を読んでいませんからね。色々内容を読んだ人の感想を目に触れる事はありますけれどそれは一部始終であり、すべて読まない限り評価する事はできない訳である。映画も観た上で評価する訳であり、著書も同じである。読まない著書を評価する事はできない。故に内容についてとやかく言える立場にもない。ここで言えるのはこの著書を買うべきか否か?という部分である事を述べている。

この作品でも4人が殺害されており、4人にそれぞれ被害者遺族が存在する。その4人とも現行の法律では裁く事ができない事に絶望を覚えている訳であるんだけれど、どうにかして復讐をしたいと思っている訳だ。でもそれは復讐した先には殺人犯と同じ事をしたに過ぎないとやった後でわかる事なので被害者遺族は加害者が活きて存在する限りはその恐怖に怯えて暮らしているという現実がある。いつ何時襲ってくるかもしれないという事だ。

ストーリーに移すとこの事件の犯人である曽根崎雅人は不敵の顔をしながら出版イベントや謝罪に登場する。これだけ大胆な犯人も凄い事なんだけれど、この事件を追っていた刑事牧村航は犯人を捕まえられない憤りを覚えていた。そんな中でジャーナリストでキャスターである仙堂俊雄がこの事件について再び調べる事にし22年前の事件の真相に迫る番組を放送する事を決意するのだった。

普通ならこのような放送をすれば間違いなくスポンサーが下りる案件だけにこれを放送するというのがどれだけリスクがあるのか?まあその分視聴率は約束されるだろうけれど、その分失いものは大きい放送となる。放送に登場した曽根崎雅人はこの事件の真相を語る中で事件のごくわずかしか知らない事実が明らかになる。それを知った牧村航は仙堂俊雄キャスターのリクエストに応えて曽根崎雅人と共に番組出演をする。その番組出演で本当の犯人という人物が登場するという事で番組は驚愕の事実を明かされる事になる。そしてその番組のやり取りで衝撃的な事実に辿り着く事になる。果たしてその教学的な事実とは何なのだろうか?

結末は劇場で観てほしいけれど、この先を語ると犯人についての事がわかってしまう訳だけれど、要するにこの事件の犯人は別にいるという部分になる。曽根崎雅人が何者なのかは劇中で観た人にしかわからないけれど、普通に考えてあれだけ私が犯人ですと名乗り出る度胸があるというのは相当な無神経な人でない限りない訳だけれど、事件はこれ以外にも起きていたという訳であり、その事件について知るのは本当に僅かな人物しか知らない事件が明かされた事で犯人は別にいるという事になった。正直なところ逃げ切ろうとするならこの事件について触れるべきではなかった訳だけれど、犯人というのは自分の犯行が事実と違う事が許せない人種がいるという事だ。この事件の先にみる真実はまた驚愕的なものだった。

総評として実際に犯人が著書を出すという事件が2年前に起きているので現実に起きた事件を引き合いにして語ったけれど、やはりどんな形であれ殺人犯が著書を出すという事は許されない訳であり、まして事件について語るというのは余計被害者遺族に危害を与えるものである。表現の自由というのはあるにせよこういうのは事件の資料として警察組織が抱えるのは良いとしても世間に販売するというのはやはり考えなければならないのだと思います。








22年目の告白-私が殺人犯です-
浜口 倫太郎
講談社
2017-04-14