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4日ドラマ「同期のサクラ」第8話を視聴した。

今回はサクラが自分の島に橋を架けられたい事で夢破れ、じいちゃんも亡くしてしまった事で生きる意味を失ったサクラは生きる意欲を失い会社を休職してしまう。2016年から3年間サクラはアパートに引きこもる生活を送り続ける中で葵、百合、菊夫、蓮太郎の4人はサクラを元気づけようと何度も訪れるも尽く失敗していた。

そんな中でサクラはAIデバイスを購入して自分に自問自答し続けるも答えが見つからない。そんな中で2019年3月31日にサクラの誕生日に4人がじいちゃんが送っていたFAXでサクラにかつて自分たちに告げた言葉を書いて送ったが、それを見たサクラはじいちゃんが生きていた時代を思い出して4人に会いに行こうとするもその途中で隣の子供がバイクに引かれそうになったところを助けてサクラは脳挫傷の重傷を負って昏睡状態に陥った事を知った4人は2019年12月にサクラの今後を相談している中でサクラは目を覚ましたシーンがメインだった。

ストーリー




今回はじいちゃんが亡くなってから夢も破れ、生きる意味も失ったサクラは3年間の引きこもり生活を送る事になる。私も夢こそなかったが生きる意味を失っていた経験があるので誰かの死がある訳じゃないが生きる意味を見つけられなかった時代を経験しているからこそ言うんだけれど、夢を追い求めてもその夢が叶ってしまった後ってその先って現実しかないんですよね。

私は常に現実無くして夢はなしという事を常に言っているけれど、夢の先には当然続きがある。完成したら終わりじゃないし、なれたから終わりじゃない。例え橋が架かってもそれを維持していかなければならない訳で、サクラが橋が架かった後の夢の続きをおそらく描けていなかったのだと思う。

漠然と橋を架ける事をゴールにしてしまった人ってその先を描けないのだと思う。よく子供に大人は夢を持て!と言うけれどその言い方って本当に正しいのだろうか?と大人になって良く感じる。夢を実現するにはその目標値を立てなければ到達できないし、そこまでのプロセスは長いものにしないと続かない。それが橋が架かって終わりの夢ならサクラにとっては橋が架からなかった時点で目指すものは何もなくなる。

私の年齢になってしまうと正直夢なんて何もない。自分がやって現実にならないものは夢を語っても夢物語で終わりだからね。だから目指す目標値というのが本当に大切なのだと大人になって感じる。目指す目標値が低いと目指す意味合いが低くなってしまうが、目指す目標値が高いと意味合いが高くなる。

時々言われる事は何を持って成功とするかだ。夢がかなった先に続くその先の成功って何なのか?そういう立場になってわかる事って本当にあるのだと私自身の経験で知ったものだけれど、そういう経験をできただけでも人とは違った経験だからこそ夢の先というのが重要だという事だ。

サクラがどうしてじいちゃんが亡くなった後に生きる意味を失ったのか?と問われたらサクラにとって橋を架ける事がゴールだったからだ。ゴールできずに今後ゴールができる可能性もないとなった時に次に目指す道をサクラは持っていなかった。私も生きる意味を失っていた期間って色々な趣味を持っていたけれどそれってなにも救ってくれなかった経験をしているから時と時間が解決する以外にないんですよね。それ以上に働けていなかった時期と重なると生きる意味を更に失う。

一時期の時を経て夢ではなく現実を生きると割入れた時に初めて生きる意味というよりも生き続けるという事を感じるようになったものだ。

それでもサクラを救ったのは4人の同期だったのがサクラにとってじいちゃんがサクラを託した4人だからこそサクラは救われていくのだとは感じている。半年以上に渡る意識不明の中でサクラは目を覚ますのだが、ここからサクラは生きる現実と向き合っていくのだと感じる。

次回はサクラが8か月ぶりに目を覚ましたが花村建設を解雇され、更にはこれからどう生きるのかを見つけなければならなかった。サクラはこれからどう生きていく道を見つけるのか?その道標に注目だ。