7日ドラマ「天皇の料理番」第7話を視聴した。

今回はパリに渡った篤蔵だったが、

当時の時代背景は東洋の人たちは欧州で認められていなかった時代でもあった。

そんな中でパリに渡った篤蔵は見習いで最初は入るも、

実力が認められ、欧州では実力さえ認められれば昇進できる世界でもあった。

これが功を奏して篤蔵は出世するが、篤蔵の大切な包丁を折られて篤蔵は激怒する。

これでクビを覚悟した篤蔵だったが、

勤め先のコックが篤蔵の実力を認めていた事で

篤蔵はクビにならずに料理の修行に専念できる事になったシーンがメインだった。
ストーリー

パリの地に立った 篤蔵は 桐塚の紹介状を手に、大使館の 粟野のもとを訪れる。

篤蔵に働き口として紹介されたのは、オテル・マジェスティックという一流ホテルの厨房だった。

そこで篤蔵を待っていたのは、コックの世界以上に厳しい 「人種」 という壁であった。

そして篤蔵は大切なモノを失うことになる。激しい怒りの中、篤蔵のとった行動は…

そんな中、篤蔵の前に意外な人物が姿を現す。その人物とは…

一方、日本では 俊子が新たな生活を始めていた。そして兄・周太郎は…

以上TBS天皇の料理番HPより


今回は篤蔵がパリに渡ったが、当時はまだ日本が認められていない時代だった事もあるし、

何より植民地時代であり人種差別の偏見が凄かった時代だ。

そんな時代にパリで修業しようとしたのだから篤蔵の勇気は相当なものだったし、

相当な覚悟だったと思います。

そんな中で再び見習いからスタートした篤蔵でしたが、

日本での経験がここで確り活きました。

包丁さばきを観ただけでコックは篤蔵の実力を認めました。

日本なら年功序列になりますが、

欧州では実力が認められたらそのまま昇進できます。

この点では篤蔵にとって恵まれた幸運でした。

そんな中でも差別の壁は大きく、

快く思わない見習いが篤蔵の包丁を折った事で篤蔵の命であるプライドが許さなかった。

しかし篤蔵はやってしまったと頭を抱えたが、

この一部始終を見ていたコックが篤蔵に続けてほしいと頼み込んだのだった。

それは篤蔵の実力を認めたからに他ならなかった。

次回は3年の時を経ていよいよ篤蔵が天皇の料理番となる日が来る。

果たしてどんな経緯で天皇の料理番となったのだろうか?

その経緯に注目だ。

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