1. From the Undertow(波)
2. Lucky Me 
3. The Lie 
4. After the Lie 
5. A Curious Feeling 
6. Forever Morning 
7. You 
8. Somebody Else's Dream(他人の夢) 
9. The Waters of Lethe(忘れ川) 
10. For a While 
11. In the Dark  

「そして3人が残った」発表後のツアーの後、Phil Collinsの家庭問題によって一時活動休止になったGenesis。 
その間隙を縫ってMike Rutherfordのソロ作「Smallcreep’s Day」に先駆けて1979年に発表された、Genesisのキーボーディスト、Tony Banksの1stソロアルバムが本作じゃ。 
メンバーは、Genesisにおいてヴォーカルと兼任するCollinsのサポートとしてGenesisのツアードラマーを務めておったChester Thompson、ヴォーカルにKim Beacon、そして残るほぼ全てのインストルメンツをBanks自身が担当、まさにソロアルバムという看板に偽りなしじゃ。 
一曲目の「From the Undertow」は1978年の映画「The Shout」のサントラとして制作された内の一曲だそうじゃが、サントラ自体未発表だそうじゃ。 
またこの曲は「そして3人が残った」の中の「Undertow」のイントロとして構想されておったそうじゃ。 
ジャケットはオーストラリアの画家Ainslie Robertsの作品「Wuluwait - Boatman of the Dead」が使われておる。 
オーストラリア先住民の神、三途の川の渡しのような存在をあらわしており、アルバム全体のストーリーを象徴する忘却の川レテに繋がっておる。

1. From the Undertow(波) 
ピアノの和音で始まる冒頭のインストルメンタル曲じゃ。 
続くピアノの流麗なソロが盛り上がるとストリングシンセがまさに波が押し寄せるようにドラマチックにかぶさる。 
そして中盤で「Undertow」のメロディが引用され、再びストリングシンセの洪水が去り、しっとりとピアノでフィニッシュじゃ。 
ちなみにundertowとは単なる波ではなく、水面下の引き潮、底流、逆流の事じゃ。 
砂浜とかに行くと表面で岸に向かって波が打ち寄せるのと同時に底の方で逆に沖に向かって流れがある。 
よく足を取られそうになるアレじゃからよい子は注意じゃ!
おそらくそれを転じて水面下、見えない潜在的な意識、運命を象徴しとるんじゃろうね。 

2. Lucky Me 
ゆったりとしたリズムと12弦ギターのアルペジオで始まる流れるようなメロディの歌じゃ。 
ウッドブロックのようなパーカッションもかすかに鳴っておるのう。 
しかしなんと言っても特筆はBeaconの温かみのある歌声とメロディじゃ。 
物語の主人公の孤独で、しかしどこか軽やかな現在をよく表現しておる。 
特にブリッジからのシンセと歌メロの絡み、サビへの展開の美しさはBanksのメロディメーカーとしての才能を感じさせるのう。 
プログレ的に特筆すべき点はないんじゃが、個人的にさりげないメロディ、アレンジが気に入っており、隠れた名曲じゃと思うのう。 
特にヴァースからブリッジ、サビへの流れるような展開が素晴らしい。 
フィニッシュも流れるようにごく自然じゃ。 

 3. The Lie 
流れるようなピアノから始まり、タイトなリズムが被さって歌が始まる主人公の少年時代に遡った内容の曲じゃ。 
三連ブギの軽快なリズムに多重に録音されたキーボードがシンフォニックロックらしいのう。 
そして歌詞の内容に合わせてテンポ半分になるあたりは物語の核なのでやはりストーリーを意識してあってGenesisらしい展開じゃのう。 
そこから再びイントロと同様のピアノソロから歌、そしてそこからコーダに移りシンフォニックにフィニッシュじゃ。 

4. After the Lie 
一転してしっとりとした歌と伴奏のピアノで始まる前半のヤマ場的に盛り上がる曲じゃ。 
ストリングス系のシンセや木管系などの音色を操りながらじわじわと盛り上がっていくアレンジが流石じゃ。 
中盤の様々な音色が交錯するキーボードソロはまるでオーケストラのようじゃの。 
翳りを帯びたメロディもBeaconの声質を活かしておる。 
歌が終わった後のキーボードソロは一転してまさにBanksといったGenesisそのままのシャープな音色とフレーズじゃ。 
曲はキーボードソロを繰り広げながらフェードアウトじゃ。 

5. A Curious Feeling 
主人公の感嘆の声で始まる明るくポップなアルバムタイトル曲じゃ。 
3人Genesisに通じる曲調でR&B的なフィーリングを感じるのう。 
内容的には幸運に見舞われた主人公の人生の絶頂を謳歌する歌じゃな。 
Curiousは好奇心をそそる、などと訳されるんじゃが、ポジティブな意味合いでの不思議な気分とでも解釈しようかのう。 
最後はイントロのシンセのフレーズを展開しつつフェードアウトじゃ。 

6. Forever Morning 
旧A面のラストを飾るインストルメンタル曲じゃ。 
冒頭の曲と同様にBanksのキーボードによるシンフォニーといったところじゃな。 
タイトルは3曲目の歌詞から引用されておって今後の展開において重要なポイントになるわけじゃ。 
朝らしい目覚めるようなシンセのメロディからフルートを模した音色へと続くポリフォニックシンセが全盛になったからこそ活きるシンセのオーケストラじゃな。 
最後はストリングスが盛り上がりフィニッシュじゃ。 

7. You 
ギターのアルペジオを伴奏に歌から始まるラブソングじゃ。 
バックにさりげなくオーボエ風のシンセが鳴り、やはりBanksのクラシックを基調とした素養を感じるのう。 
愛する女性への想いと共に歌に連れ徐々に盛り上がっていく。 
歌が終わるとドラムが入ってきてタイトなリズムに乗ってBanksお得意のシャープなシンセソロが始まる。 
テンポが半分になってからのロングトーンのシンセソロが如何にも、ここでGenesisならHackettのソロパートが入るな、と思わせて興味深いのう。 
そのまま同様にシンセソロが続いてラストは自然な感じで穏やかになりキーボードの穏やかなフレーズでフィニッシュじゃ。 

8. Somebody Else's Dream(他人の夢) 
荒々しいフィルインで始まる3人Genesisそのままな感じのスペクタクルな歌ものじゃ。 
シンセのイントロの後、歌は緊張感を交え破滅に追い込まれた主人公の気持ちを代弁しておる。 
前半の歌が終わると一旦リズムがブレイクし、煌びやかなピアノソロを挟んで再び後半の歌。 
後半の歌が終わるとそのまま演奏を続けながらドラムが重々しくクラッシュシンバルを連発しキーボードは不穏なフレーズを繰り返しながらゆっくりとフェードアウトじゃ。 

9. The Waters of Lethe(忘れ川) 
ピアノの美しいソロを中心としたインストルメンタル曲じゃ。 
それにフルート風のシンセが絡むと、まるで夕暮れのような寂しげで穏やかな雰囲気になるのう。 
そこにお約束の分厚いストリングシンセが絡み、シンフォニックに盛り上がる。 
主人公の人生の栄光の黄昏を象徴するようじゃ。 
最後は日が暮れて闇が迫り来るようにしっとりとフィニッシュじゃ。 

10. For a While 
三連のビートに乗ってちょっとR&Bカラーを感じさせるギターをイントロに始まる歌ものじゃ。 
どこか郷愁を感じさせる歌が主人公の後悔をあらわし、にもかかわらずふっ切れた感じもするのう。 
歌が終わるとクリーントーンのギターソロがしっとりと鳴りながらフェードアウトじゃ。 

11. In the Dark 
どこか穏やかさを感じるピアノのイントロで始まるラストの歌じゃ。 
全ては終わり全てを失った主人公の諦念を感じさせる歌じゃ。 
歌が一旦終わった後ラストらしくドラマチックにシンセによるシンフォニーが響き、続いて後半の歌。 
最後はピアノがしっとりと主人公を眠りに誘うようにフィニッシュじゃ。 

このアルバムはBanksによるストーリーに沿ったトータルアルバムで、アルバム全体を通して一人の主人公の数奇な人生を描いておる。 
2曲目で登場する一人称の名も無き主人公、「俺氏」とでも言おうかの、彼はこの6〜7年以前の記憶がなく、平凡な労働者として孤独に暮らしておる。 
3曲目で彼の30年前、少年時代のある出来事が描かれる、夢想癖のある俺氏はいつも頭の中で賭け事をしており、例えば走ってくるウサギが通り過ぎれば吉、穴に入れば災いが起こり、負けた彼は裂けた大地に飲み込まれる、と言った想像をしておったが、まあそんなわけないのう。 
たわいも無い空想なんじゃが、ある日別のやり方をする。 
たまたまやってきた女の子を見つけ、その子と恋に落ちなければ全ての望みが叶い、逆に恋に落ちれば全ての幸運と記憶を失う、という法則を自ら妄想する。 
じゃがそれは現実となる。 長い夜が明けて永遠の朝が来たかのように俺氏の人生は一変する。 
俺氏の頭脳は突然明晰になり、様々な分野で成功を収め、人々に賞賛され有名人になるんじゃが、この辺りが経緯が3曲目じゃな。 
そして4曲目で、まさに人生の絶頂を迎えるんじゃ。 
しかし5曲目のインストが以前の誓い、自らに課した「呪い」を想起させるフィードバックとして演奏される。 
そして6曲目ではそんな中、徐々に大きくなってきたある女性の存在、「君」に対してのラブソングが歌われる。 
しかし破局は7曲目で訪れる。 
その女性、「君」こそが以前の誓いで、「成功と引き換えに、恋に落ちない」と誓った女性、その成長した姿だと判明する。 
彼は自らの呪いの囚われ、破った誓いの見返りとして、自らの名声を失い、破滅、凋落し、記憶を失う。 
その過程が8曲目の「忘れ川」、現タイトルは「レテの水」という意味で、レテとはギリシア神話に登場する冥界と現世の境の川であり、その水を飲むと現世の記憶を失い、冥界の住人となるという伝説の川じゃ。 
そして9曲目で名残惜しみつつ記憶を失い、10曲目で無明の闇に沈み、ストーリーは終わりを告げる。 
ここまでの流れが1曲目の持つ、「底流、表面にはわからない流れから」やってくる運命という意味じゃ。 
そして俺氏の知り得ない運命を背負って2曲目の現在の俺氏にループするわけじゃ。 
そうやって一巡して再び2曲目を聴くとその明るく軽やかな歌が実のところは全てを失った俺氏の数奇な運命の結果である事を知り、より感慨深く心に響くじゃろう。 

音楽的には時代的にも全盛期を迎えるポリフォニックシンセを活用した交響曲的なインストルメンタルと、3人Genesisや80年代に流行ったシンセポップを先取りするようなポップな歌ものが合わさってトータルなストーリーを演出しており、流石としか言いようがないのう。 
特にBanksの考えたストーリーに沿ったアルバム展開は、怪奇でシニカルでファンタジックで、そしてやはりロックらしく愛をテーマとして愛によって滅びるという完璧なものじゃ。 
それを驚くべき作曲能力、メロディメーカーのセンスで演出して描き出しておる。 
それを考えるとGenesisの音楽的な核というのはやはりこの人じゃったんじゃなぁと思い起こさせるばかりじゃ。 
ただ、このアルバムはその自分の資質を100%発揮しつつ、キーボードのみならずギター、ベースまで一人で演奏し完璧なんじゃが、その分意外性がないんじゃ。 
ThompsonのドラムもBeaconの歌も上手いし味もあるんじゃが、Banksの指揮から離れることなく、弾け飛ぶような瞬間が欠けておる。 
ロックバンドというのは多かれ少なかれプレイヤー同士のエゴのぶつかり合いみたいな部分があり、それが時折作曲者の意図とは違う方向に向かいつつも作曲者の意図を越える作品になったりするもんなんじゃな。 
Genesisにおいてもそういったバンドとしてのケミストリーは作用しており、故に5人Genesisの体制の頃は作曲そのものも5人の共作になっておったんじゃ。 
じゃがこのアルバムにおいてはBanks以外の2人とも意外とおとなしいところを見ると、ライブでの演奏の時のようにしかめっ面で指示を出すBanksに遠慮して弾け飛ぶのを躊躇したんじゃろうか?とも思わせるのう。 
なのでやはりこの作品は作曲、コンセプト、演奏においてはやはりGenesisに匹敵するポテンシャルを持っておるんじゃが、演奏、アレンジにおいてはGenesisの五分の一を越える出来にはなっておらんところが惜しいところじゃのう。 
特にインストナンバーは曲としてのポテンシャルは感じるがやはりリズムが弱い分ちょっとメリハリがない部分があるのは否定できず、これがGenesisならCollinsやRutherfordが放って置かんのじゃが、やはりサポートメンバーなのでそこまでのしゃしゃり出る権限はなかったんじゃろう。 
まあそんな作曲に対するワンマンかつ独善的な姿勢が近年GabrielがBanksをして「最大の親友で最大の敵」と評した所以じゃろうな。 
じゃが面白さも五分の一というわけではない。 
Banksのメロディメーカーとしての一流のセンスは素晴らしいし、クラシックに影響を受けたインストの作曲センス、そしてプログレらしいコンセプトとストーリーは全盛期のプログレの各名作に匹敵するといっても過言ではないし、それは以降急速にポップになっていくGenesisの成功の要因の一つにもなっておる。 
まあそんなBanksのポテンシャルの高さと限界を同時に垣間見る事の出来るこのアルバム、その部分も含めて三倍界王拳としたが、すでにポップ化が始まっておった当時の状況を踏まえるとBanksが取り組んだ最後の正統プログレ作品としてGenesisファン必聴である事は間違いないじゃろう。

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