2017年03月27日

ひとりひとりの働き方改革 (PF656)

4feff524.jpg会社の社員としてではなく、自営業者として働くいわゆるフリーランスが米国では現在五千万人以上いるという。米国の労働年齢人口の約3割に匹敵するともいう。米国人は生涯で平均3回程度転職するとも言われているので、数回の転職のあとに自営業つまりフリーランスになるというのはひとつの選択肢なのかもしれない。

筆者もフリーランスで自営している人と初めて親密に仕事をしたのは米国駐在中のことである。米国の邦銀支店で米国人の人材を探すとなると、在米日本企業の事情を熟知した人材紹介会社にお世話にならざるを得ない。米国内には人材紹介会社が数多くあるが、在米日本企業の事情に精通した担当者を探すのは容易ではない。そこで伝手を辿ってゆくと、米国人A氏の存在を知るに至った。A氏は年齢50代後半である。

A氏は昔大手人材紹介会社に勤務していたことがあり、人材紹介業の経歴が長い。もっとも、筆者が出会ったときには既に独立していて、一人で切り盛りしていた。A氏に電話をすると、渡りに船の対応で、早速ランチをはさんで打ち合わせをすることになった。当方が要望を伝え始めると、一を説明して十を理解する要領の良さで、当方の手間が省ける。なるほど在米日本企業の評判が良いはずだと感じた。結局数年間のあいだにA氏斡旋の人材を数名採用した。A氏がいなければ、米国での社員採用にもっと苦労していたはずである。

米国駐在中に筆者の下でリザーブ・エンジニア(石油・ガスの埋蔵量評価のエンジニア)として働いていたB氏は、筆者が帰国してまもなく独立した。独立したときの年齢は40代半ば。ファイナンスが分かり、かつ埋蔵量のことも分かるという人材は米国内でもけして多くはない。B氏は「自分よりも年上の世代にはファイナンスと埋蔵量の両方の知識を持つ人が随分いたが、最近は仕事の専門化・細分化が進み、両方の業務をまたぐ仕事をする人が減っている」と言う。大手の金融機関であればリザーブ・エンジニアを社内に雇用しているが、中小になると案件ごとに外注することが多い。B氏は中小金融機関の外注ニーズを拾い上げる狙いで独立したわけである。

日本にももちろん自営業として働く人が筆者の周りにもいる。例えばC氏は銀行員から人材紹介業の世界に転じ、大手人材紹介会社での活躍を経て50代初めに独立した。爾来20年余、いまでも金融界で人材の斡旋を続けている。特に外資系金融機関に強く、特定の分野についてのネットワーク力は群を抜いている。「自分が納得する人材でなければ、人に紹介はしない」というモットーは素晴らしい。「自分は会社員に向いていない」と忌憚なく言えるのも、現在の仕事が安定しているからであろう。

今日本で働き方について改革の議論が活発である。長時間労働、有給休暇が取れない、さまざまなハラスメントがある等々日本の会社員が抱えている問題は尋常ではない。では会社員をやめてフリーランスになれば良いのかというと、そう単純なものではない。会社員をやめるのか、フリーランスになるのかという二者択一的な話は、おそらくあまり問題の解決にはならない。なぜなら、フリーランスでやってゆくには相応の専門性、技量、信用、人脈などが必要だからである。

そもそも会社員としてずっと定年退職までやってゆくにしても、専門性や技量は必要である。「この分野については社内で一番詳しい」「居ないと困る」といったような存在感のある社員になってゆくことが望ましい。さもないと、若手から疎まれ会社にしがみつくような会社員になりかねない。現在議論されている働き方改革はどちらかというと外部環境に重きが置かれていて、社員ひとりひとりの在り方があまり俎上に乗っていないように感じられる。

専門性や技量をしっかり身に付けたうえで、会社員として最後まで会社に残るのか、別な会社に転職するのか、それとも独立して自分の夢を追いかけるのか、というのがひとりひとりの働き方改革なのではないかと思う。
  
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2017年03月21日

人事異動の季節 (PF655)

109440d7.jpg春は人事異動の季節である。日本企業の定期的な人事異動はいまや海外の企業人も知るところとなった。会社内で異動し職務が変わるということは、実は先進国の外国企業でも起こる。そういう意味では外国企業にも人事異動はある。しかし、日本企業の人事異動は定期的に大規模に行われている点が特徴である。

さらに、日本企業の人事異動には決定的な違いがある。それは異動する本人の意向はほとんど斟酌されていない点である。筆者が30代前半のときにニューヨーク支店赴任の内命を受けた。海外勤務を希望していたので嬉しかった。しかし、ニューヨーク支店でどんな仕事をするのかは結局東京にいる間は分からず仕舞い。内命から赴任まで約2か月あったが、新しい職務が分からないまま「ニューヨーク支店長が判断するから」と東京で説明されて、機上の人となった。

ニューヨークで仕事をするということは分かったが、果たしてどんな仕事をするのか。ニューヨーク支店に出勤して、支店長から発令を受けて初めて自分の職務を知った。事務部門の課長職である。課員は米国人ばかり8名。事務部門のためか、課員の出自はさまざまで勤務態度の芳しくない課員もいた。毎朝必ずやらなければいけない課長の仕事は、課員全員がちゃんと出勤していることを確認することである。他課の人が同課を揶揄して、「動物園」と呼ぶのを聞いた。

筆者の経験は日本企業では珍しいことではない。日本企業における人事異動とはそういうものである。しかし、外国企業では到底考えられないことである。外国企業での社内異動は、本人と上司が事前によく話し合う。そして、最終的に本人が納得し了解した異動だけが実現する。異動の機会は上司から持ち出されることもあるし、本人がポジションを見つけてきて上司と相談を開始することもある。

最終的に本人が納得し了解したうえで異動が行われるので、勤務地、職務内容、期待されていること、待遇などの情報は事前に本人に共有されている。本人の最終決断までには、異動先で上司となる人とも数回話し合う。異動先の上司も本人の受け入れに同意する。つまり、現在の上司、異動先の新上司そして本人の3者が最終的に合意してはじめて異動は実現する。

こういうやり方で異動が行われるので、外国企業では定期的にかつ多数の社員を同時に異動させることは現実的に無理である。そして、外国企業での人事異動は正直に言って時間も手間もかかる作業である。

時間も手間もかかるのを承知の上で、外国企業がこういう人事異動の方法を励行するのはどうしてだろうか。それは、人事異動は本人のキャリア形成のうえで極めて重要だからである。そして、本人の希望するキャリア形成を支援し本人の希望する職務を担ってもらうことが、本人の満足度を上げ働くモチベーションを引き上げる。延いては本人のパフォーマンスが上がり、会社の業績に貢献する。

外国企業も昔は日本企業と同様の定期的な人事異動を行っていたところもあったに違いない。企業にとっては手間暇がかからず効率的だ。社員ひとりひとりの希望を聞いていたら、組織運営がやりにくい。しかし、人間は将棋の駒ではない、機械の一部品でもない。人間はひとりひとり異なるし、それぞれが自分の希望や夢を持っている。感情や感性を持った生きものでもある。

やりがいを感じる、モチベーションが高まると意気揚々と仕事に取り組む人がいる一方で、仕事の意義が見いだせない、こういう仕事は自分には合わないと愚痴をこぼしながら仕事をしている人もいる。どちらの方が仕事上で良い結果を出すかは明らかである。その集積が企業としての業績にもつながる。

日本企業はいつまで現行のような人事異動を続けるのだろうか。日本人社員の感情や感性はいつまで現行の人事異動に耐えられるのだろうか。
  
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2017年03月13日

閑話休題のビジネス英語(40) (PF654)

fa99ce2d.jpg●ビジネスの現場で「情報交換する」という意味の英語はexchange informationでもいいけれどもcompare notesという表現の方が英語らしい、という趣旨のことを以前書いた。Compareという言葉はなかなか便利で、他の文脈でも使用される。例えば、取引先から面談の要請を受け、日時を決めるに当たって同席する上司や同僚のスケジュールを確認したいという場面があったとする。このときの「上司や同僚のスケジュールを確認する」という意味で、compare diaries と言う。diariesはスケジュール(帳)のことを指す。つまり、上司や同僚のスケジュール(帳)を比べる、確認するということである。「上司や同僚のスケジュールを確認のうえ、折り返しご連絡します」と言う場合には、I will compare diaries and then get back in touch などと言えば良い。

●ファイナンスの世界で tenorといえば、融資期間のことである。The loan has a tenor of 10 years (その融資は期間10年)などという言い方をする。しかし、一般の英和辞典やWebsterなどの英語の辞典でtenorを引いても、「期間」という意味は説明されていない。なぜだろうか、不思議だ。Websterなどにはquality, character, conditionなどの意味もあると説明されているので、そこから融資の条件のひとつとしての「(融資)期間」という意味が生まれたのかもしれない。
もっとも、ファイナンス用語を解説したものにはThe length of time between the creation of a Credit Facility or Bond and its final facility (Latham & Watkins Glossary of Corporate and Bank Finance Slang and Terminology, 1st Edition)と明確に説明されている。融資期間を意味するtenorは一般的な言葉ではなく、専門用語に属するということになろうか。
因みに、男性の歌声でバスとアルトの中間をテナー(テノール)と言うが、英語では同じくtenorと綴る。

●Minuteはもちろん時間の単位「分」のことである。社内会議の場などではAnyone can take the minutes? などと上司が若手に依頼することがある。Take the minutesとは、議事を記録する、議事録を作成するという意味である。minutesと複数になっているところに注意したい。時間の単位「分」も議事録も、品詞は名詞である。
ところで、minuteという単語には形容詞が存在することをご存知であろうか。Minute changes(わずかな変化)とかin minute detail(事細かに)というように使用される。しかも、発音が変わる。あえてカタカナで表記すると、「マイヌート」という発音になる。音声だけ聞いていると、時間の単位「分」を意味する名詞のminuteとは、まったく別の単語のようである。
余談になるがさらに付け加えると、米国ボストンで史跡を見て回ると、Minutemanという言葉に頻繁に接する。Minutemanは独立戦争当時緊急招集された兵士のことである。召集をかけるとまたたく間に集まってくるので、その名があるという(they were known for being ready at a minute`s notice, hence the name [Wikipedia])。

  
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2017年03月06日

ひとつのことを続けてやらない (PF653)

6c7ccf28.jpg3月になったが、まだ朝晩の気温は低い。筆者は冬場就寝の際に湯たんぽを使っている。就寝する数時間前に布団の中の足元辺りの位置に熱湯の入った湯たんぽを入れておく。布団に入るときに湯たんぽを隅に移動するが、布団の中の足元付近が温まっているのは甚だ気持ちが良い。気持ち良く就寝できるので、睡眠の質を向上させる気がする。

家内が湯を沸かしてくれることが多いが、自分で湯を沸かすこともある。やかんに水を入れて湯を沸かす間、万が一のため台所から離れる訳にはいかない。台所に立って湯の沸くのを待つ。待っている時間は長く感じる。なかなか湯が沸かないと感じる。外山滋比古氏のエッセイに「見つめる鍋は煮えない」というのがある。ずっと鍋だけを見ていてもなかなか煮えないと感じる人間の心理を表現したものである。やかんの湯がなかなか沸かないと感じるのと同様であろう。

同じ作業を続けていると、作業能率が落ちる。集中力が低下する。本題から横道にそれて何か他のことに興味が移ってしまうこともある。人間の集中力は長く続かないものだと観念する方が良いようである。さもないと、集中力が足りないのはどうしてだろうと自分を責めたり、集中力を引き上げるにはどうしたら良いのかとやみくもに悩んだりする。人間の集中力は時間の経過とともに低減してゆくものだと諦観した方が精神衛生上良い。

そういう前提で仕事のやり方を工夫する。トータルの作業効率を向上させるには、むしろ複数の作業を行うのが良いようである。もっとも、文字通り同時には複数の作業はできない。皿回しのような曲芸の話をしているわけではない。例えば、本を読むのなら2冊か3冊の本を用意しておく。1冊目の本に集中力が無くなってきたら、2冊目の本を読む。2冊目の本に一息入れたら、3冊目の本を読む。こうすると、1時間ずつ3時間の読書も集中力の水準を落とさずに行える。おそらく1冊の本を3時間読むより、総合的な収穫や効用は大きくなるのではないか。

仕事についても、ひとつの作業ばかり長時間やらないで複数の作業を織り交ぜた方が良い。例えば、報告書の骨格を考えたら、次は顧客向け提案書の仕上げをする、その次は稟議書のための資料作りをする、といった具合である。最初の報告書だけに何時間も費やしても、おそらく単位時間当たりの作業効率は落ちる。下手をすると嫌気が差してしまうかもしれない。精神的心理的な飽和状態を起こさないようにしたい。

学校時代の時間割を思い出す。1日6時間の授業だとすると、たいがい6教科の授業が行われる。けして1教科を6時間続けて行うということはしない。先生も生徒も同じ教科を長時間も続けて行ったら集中力が続かない。学校の授業の時間割作成には、ひとつの教科の授業ばかり何時間も続けて行わないという考え方が存在している。教職員の方々の優れた経験則だと思う。

本を読むにも仕事をするにも、学校の時間割の考え方を参考にしたいものである。トータルで作業効率を上げるためには、ひとつのことばかり続けてやらない。
  
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2017年02月27日

経済成長は必要か (PF652)

793de7fb.jpg独立して仕事を始めてから知り合いに会うと、面白い質問を受ける。「人の採用はしないんですか」筆者の仕事が成長して人手不足になるのではないかという老婆心から出た質問であろう。「3年くらいはひとりでやってゆきます」と体よく答えたが、内心は何年経ってもひとりでやっているに違いないと思っている。ひとりであっても仕事が続けられるだけで御の字だと思う。業務を拡大したいという野心はない。

「あの有名ブランドのコーヒー店のチェーンに参加したらいかがですか」とも言われたことがある。確かにそのコーヒーチェーン店は繁盛しているようである。しかし、飲食店の経営に興味はない。ましてやお金儲けが主たる目的だとしたら、なおさら興味はない。

吉川洋氏の近著『人口と日本経済』の中に「経済成長は必要か」という議論が出てくる。ある程度豊かになったら、もはや経済成長を目指さなくとも良いのではないかという考え方は昔から存在していたようである。老荘思想なども経済成長否定派であろう。人間の欲望は無限なので、その欲望を追いかけてもキリがない。足るを知る必要がある。足るを知れば、経済成長はある時点で必要なくなるものなのかどうか。

経済成長の話を個人のレベルに当てはめて考えてみる。個人のレベルに当てはめて考えると、経済成長はさしずめ所得の増加と読み替えられる。個人の所得は増加し続けるものであろうか。運が良ければ会社員は50歳くらいまで所得は増えるかもしれないが、いつか所得の増加は止まるときが来るであろう。ある程度豊かになったら、もはや所得増加を目指さなくとも良いかもしれない。もっとも、その「ある程度」の豊かさの水準が人によって異なることは承知している。

営業部門で仕事をしていると、収益目標というものがある。日本の金融機関にも外資系金融機関にも、期毎の収益目標がある。それを達成するために懸命に働く。その達成度合いが当人の人事評価につながる。外資系金融機関ではボーナスの算定につながる。だから、収益目標は蔑ろにできない。しかし、毎期収益目標が来るので、次第に疑問に思うようになる。どうして成長を続けなければいけないのだろう。先期まで随分業績を伸ばしてきたではないか。この辺で一休みというわけにはいかないものか。

資本主義社会における民間企業というのは、どうも成長が義務付けられているようである。収益を伸ばし続けることが善、さもなくば優良企業ではないと。株主の期待が云々という説明もされる。しかし、筆者はいまでもあまり腹落ちしていない。人間の無限の欲望を追いかけているような気がしてならない。

経済成長や所得増加を否定するつもりはない。また、老荘思想のように世を捨て厭世的になるつもりもない。しかし、これからはお金や数字に換算できないものにもっと目を向けて行きたいとは密かに思っている。


  
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2017年02月20日

東芝から学ぶもの (PF651)

788d3466.jpg歴史ある大手企業が危機に瀕している。従業員はグループ企業を入れると十数万人にのぼる。三洋電機やシャープのケースを見てきたので、日本の総合電機業界は一時代を終わったのかとつくづく感じる。

東芝の経営についてどうしても腑に落ちないのは、原子力事業を会社の中核事業としたことである。原子力発電所の新設が新興国等で多数計画されてはいる。しかし、果たして本当にどれだけの原子力発電所がこれから新設されるのだろうか。原子力事業は成長著しい産業なのであろうか。民間企業として原子力事業に伴うリスクをどう考えていたのであろうか。

東芝は少なくとも過去2回原子力事業を見直す機会があった。1回目は福島第一原子力発電所が事故を起こした2011年である。2回目は不正会計が発覚した2015年である。

2011年3月東日本大震災のため福島第一原発が被災した。被災規模は米国のスリーマイル島原発事故(1979)やソ連のチェルノブイリ原発事故(1986)に匹敵する。これを機にドイツでは国内の原子力発電所を順次廃炉にすることを決めた。ドイツのシーメンス社は原子力事業からの撤退を決めた。また、米国では原子力発電所についての安全規制が強化された。建設費は上昇する。

さらに、米国のショー・グループは東芝がウエスティングハウス社を買収した際20%共同出資したが、2012年オプションを行使して同20%の持ち分を東芝に買い取らせた。つまり、ショー・グループはウエスティングハウス社から完全に手を引いたのである(ショー・グループは翌年CB&Iに買収される。東芝が2015年に買収したストーン&ウェッブスター社はショー・グループ配下の会社である。)。

東芝がウエスティングハウス社を買収したのが2006年だから、福島原発事故は買収から5年目の出来事である。母国で発生した原発事故を目の当たりにして、原子力事業に見切りをつけるという英断があっても良かった。シーメンスやショー・グループは同時期に英断しているのである。この時に原子力事業を切り離していれば、後刻大規模な不正会計をする必要もなかったかもしれない。

原子力事業を見直す2回目の機会は、その不正会計が発覚した2015年である。虎の子の医療事業を売却し6千億円余を捻出する。このときに売却すべきは成長が期待できる医療事業ではなく、将来の成長が見通せない原子力事業ではなかったのか。さらに悪いことに、この2015年末に原子力発電所の建設等を行うストーン&ウェッブスター社を買収した。原子力事業を売却しないどころか、買い増ししたのである。

今般の多額の減損はこのストーン&ウェッブスター社買収に関わるものだ。わずか1年前に買収したものが、7千億円余の減損を発生させるとは一体どういうことであろう。買収を決めた東芝の経営陣はどこを見て買収したのだろうか。貧すれば鈍するとは、こういうことを言うのであろうか。

見切り千両という言葉がある。ときに思い切って見切ることは千両の価値がある、という意味である。ビール会社のキリンは6年前に約3千億円で買収したブラジルのビール・飲料会社スキンカリオール(現ブラジルキリン)の売却を先般決めた。売却金額は770億円。2千億円以上の損失となったが、勇断だと思う。見切りを付けるのは、買収を決めるのと同じくらいに、あるいはそれ以上に、重要だ。

事業ポートフォリオを大胆に入れ替えるのは、社長をはじめとした経営陣の重要な仕事である。東芝は運が悪かった、ということではないと思う。歴代社長が経営を誤ったのである。いわば人災と言わざるを得ない。

同情を禁じ得ないのは当社で働く従業員の方々である。
  
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2017年02月13日

独立開業事始2 (PF650)

dd0fceb8.jpg会社員から自営業になって、その存在の重要性に気付かされるのは社会保険である。会社員は健康保険料、年金保険料、雇用保険料(さらに40歳以上であれば介護保険料)を給与から天引きされている。税金と社会保険料の天引きが行われているので、いわゆる手取り金額は額面の給与金額より少なくなる。社会人になりたての頃は、この天引きに少々不満を感じたものである。

社会保険料の中で相対的に金額が大きいのは健康保険料と年金保険料である。前者は本人と家族の医療費出費に備えた健康保険制度に関わる保険料である。健康保険に加入していなければ、医者にかかったときの費用は現行の3倍以上になりかねない(健康保険加入者の自己負担額は30%なので)。また、高額療養費制度というのがあるので、仮に高額の医療費が発生するようなことがあっても自己負担の上限が定められている(実はこの高額療養費制度があるので、民間保険会社が勧める医療保険には無暗に加入する必要はない)。病気や事故が発生するリスクは避けられないので、健康保険制度は有難い。

後者の年金保険料は退職後の生活費を補う年金制度に関わる保険料である。保険料と呼ぶものの、なにかのリスクに対する保険料というよりも、高齢になったときの収入保障である(強いてリスクと言えば、高齢になることのリスクか)。会社員であれば通常本人と配偶者(所得が一定水準以下の場合)が加入している。保険料の半分は勤務先の会社が負担している。社会人になりたての頃は天引きに不満を感じたと先に記したが、年齢を重ねると年金制度の存在に有難味を感じる。こうやって天引きのかたちで半強制的に保険料を積み立てていなかったら、老後の生活費に難渋するかもしれない。

誰でも年を取って、いずれは仕事ができなくなり収入を得られない日がやってくる。収入が得られなくても生活費はかかる。年金制度は最低限の生活費を賄う制度である。しかも、公的年金の支給は終身なので、生きている限り何歳でも受給できる。もっとも、日本の年金制度は賦課方式といって、自分の積み立てた資金だけで自分の年金受給を賄っているわけではない。若い世代の年金保険料と税金の投入によって、年金支給額を補っている。

会社員を辞め自営業になると、健康保険も年金保険もそれぞれ国民健康保険、国民年金保険に切り替わる。しかし、健康保険については「任意継続」という制度があり、会社員時代に加入していた健康保険組合で2年間に限り加入を継続できる。保険料水準は国民健康保険のそれよりも「任意継続」の方が安価なケースが多く、会社員を退いたら当面の2年間は「任意継続」をした方が得策だと言われている。

国民年金の加入手続きは市町村役場で行う。手続きに当たり年金手帳を持参するように言われた。筆者の年金手帳は引き出しの奥になんとか見つけることができたが、家内の年金手帳が見つからない。仕方なく、家内については毎年日本年金機構から送付されてくる「ねんきん定期便」の通知書を持参して年金手帳の提示に代えた。

そもそもこれまでの生涯で年金手帳の提示を求められたのは、転職のときと今般の国民年金加入のときだけではなかったか。年金手帳には当人の年金番号が記されている。年金番号は早晩マイナンバーで代替・統一されるはずである。しかし、今のところ国民年金の加入手続きに当たり、30年以上前に交付された年金手帳を提示しなければならない。ひとつの会社だけで会社員生活を全うすればそういう必要もない訳で、転職をしたり会社員でなくなったりすることは、この国では少々不便である。

国民年金の加入手続きを終えると、後日第1回目の保険料納入通知書が自宅に郵送される。「納入通知書はいつごろ送付されますか」と市役所の担当者に訊いたところ、「約1か月後です」と言われた。「ネットでモノを購入すると一両日中に自宅に宅配される時代に、どうして1か月もかかるのだろう」と内心思ったが、余計なことは言わず黙っていた。

会社を退職して国民年金に加入する場合には、退職後14日以内に国民年金の加入手続きをするよう求められている。だから、筆者は1月上旬に国民年金の加入手続きを取った。市役所で国民年金加入手続きを済ませてから、早1か月が過ぎた。納入通知書はまだ届かない。
  
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2017年02月06日

独立開業事始 (PF649)

12d75e53.jpg大学卒業以来会社員(銀行員)生活をずっと続けてきたので、自営業として独立して仕事をしたことがない。独立開業とはいっても、仕事内容は執筆・講演・コンサルティングなどのサービス業なので、事務所は自宅で済む。自宅のパソコンが主な仕事道具で、大きな設備投資も要らない。そうは言っても、当初1か月余不慣れもあってか、立ち上げ準備には少々手間がかかった。

まず、携帯電話(スマートフォン)の新規契約。これまで携帯電話は会社が提供してくれていたもので用が足りていたので、実は個人としては所持していなかった。これまでの主な使い方は電子メールの送受信、インターネットへのアクセス、それからデジタルカメラによる写真撮影などである。携帯電話での通話はあまり行わなかった。しかし、これからは携帯電話での通話も増えるかもしれない。

上記のような使い方を前提に、さまざまな携帯電話会社を調べると、大手携帯電話会社3社はおしなべて料金設定が高い。一方で端末は米国アップル社のiPhoneが使い慣れている。そこで、大手携帯電話会社の1社の子会社が提供している携帯電話通信サービスを利用することにした。米国アップル社のiPhoneが使えるうえに、月々の料金水準が低く抑えられている。

次に、電子メールのドメインを取得。これは少し難航した。そもそもどこに当たればいいのか、費用はどのくらいかかるのか等々当初全く見当がつかなかったからである。しかし、フリー(無料)のメールアドレスで仕事をするのは格好が悪い。信頼性の点からも、独自のドメインを取得したい。あるIT企業が提供するサービス内容が穏当なことが分かり、同社と契約した。自分が当初希望していたドメイン名は既に使われていることが判明し、仕方なく希望したドメイン名に2文字付加したものに修正した。

ドメイン名取得後、メールアドレスを新設。そのあと、自分のパソコンや携帯電話で送受信できるように電子メール管理のソフトウエア(例:マイクロソフト社Outlook)へ設定をしなければならない。しかし、この設定作業が再び難航した。指示書通りに何度設定を試みても、上手くいかない。会社員だったら、社内のIT担当者に一報すればすぐに片付いたに違いない。契約したIT会社に問い合わせること、三度四度。IT会社の担当者がさじを投げるのではないかと心配だった。最後にはなんとか相手の説明が理解できた。結局パソコンや携帯電話で使用できるようになるまでに約一週間を要した。

さらに、名刺の作成。自分の名刺を独自に作ったことなどない。しかし、インターネットで調べると、多数の業者がインターネットで受注し、数日で宅配してくれることが分かった。ひと昔前なら、名刺屋さんに足を運び店頭で注文するところである。便利になったものである。業者によってはサイト上で名刺のデザインを自分で行うこともできる。それなら自らデザインするに如くはなしと思い立ち、自分で名刺のデザインをした。こういう作業は実に愉しい。

名刺の作成コストは白黒一面印刷が一番安価で、白黒両面印刷がコスト約2倍、カラー両面印刷になるとコスト約4倍になる。会社員をやっていると、名刺のコストなど気にしないまま過ごす。

携帯電話、電子メールのドメイン/アドレス、名刺が揃うと、筆者の仕事は対外的になんとか開始することができる。

  
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2017年01月30日

外資系金融機関は日本で成功しているのか (PF648)

a3d6d4db.jpg日本で営業している外資系金融機関にも様々な業種がある。銀行、証券、生損保、運用会社、金融商品開発会社、独立系アドバイザリー会社等々多岐にわたる。外資系金融機関に勤める筆者の知り合いには、銀行か証券会社に勤務する人が多い。

日本で業務を展開している外資系の銀行と証券会社とを見てゆくと、すべてが上手くいっているわけではない。上手く行っているところとそうでもないところがある。一部の外資系証券会社は明らかに日本での地位を盤石なものとしている。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどはその好例であろう。日本で勤務する従業員数も多い。顧客である日本企業からも評価されている。日本で業務を行う外資系証券会社は他にもあるが、認知度の高くないところが多く存在する。従って、在日外資系証券会社は勝ち組とそうではないところとに二分されてきた感がある。

さて、外資系の銀行(商業銀行)はどうであろうか。一昨年米国のシティバンクが日本でのリテール事業を売却し日本のリテール事業から完全撤退した。相前後してHSBC(香港上海)銀行が日本のリテール事業を止めた。英国のスタンダード・チャータード銀行も日本でのリテール事業を止めた。日本での銀行リテール事業では大手外資系はほとんど撤退の憂き目に遭っている。

なぜ日本での銀行リテール事業で外資系は撤退を余儀なくされているのであろうか。最大の理由は個人向け銀行サービスや金融商品で差別化が難しくなってきたからであろう。外貨預金も仕組み預金もそして投資信託も、今は日本の銀行で用が足りる。外資系の銀行でなければ手に入らないサービスや金融商品が少なくなってきている。また、個人利用者が増えているインターネット銀行についても日本の会社が市場を占有している。

日本のリテール事業については外資系証券会社も芳しくない。個人の顧客はインターネット証券会社を利用する人が増えているが、このネット市場も日本の会社が強い。日系大手証券会社でさえリテール分野でのインターネット業務については大きく出遅れた。上記に言及した一部外資系証券会社が活躍しているのは企業向けのホールセール事業である。つまり、外資系の銀行も証券会社も日本のリテール事業では成功していない。

さて、一部外資系証券会社が日本の企業向け事業でビジネスを伸ばしている一方で、外資系銀行の日本企業向け事業の方はどうであろうか。リーマンショック(2008年)発生前の数年間、欧州系銀行のちょっとした日本進出ブームが起こった。狙いは日本企業向けのホールセール事業である。しかし、リーマンショックの発生でこのブームは終わった。次いでギリシャ危機に端を発する欧州危機(2010年)が起こると、既往日本進出済の欧州系銀行でさえ日本での業務縮小に動いた。欧州危機発生から7年目になるが、欧州系銀行の日本での業務は縮小することはあっても、拡大しているところはない。

日本での外資系銀行は今後どうなるのであろうか。リテール業務のように完全撤退ということはないと思う。なぜなら、日本企業の海外進出・海外事業は今後とも伸長してゆくであろうし、その際日本の銀行ではカバーし切れない業務が少なからずあるからである。特に海外進出先での日常的な銀行取引は進出先を本拠とする銀行と行う方が便宜である。

しかし、日本企業の海外進出先での日常的な銀行取引以外に、外資系銀行が日本企業と今後どんな分野でビジネスを拡大させることができるのか。外資系銀行は日本の銀行のように安い資金を提供するのは好まない。また、環境問題には敏感である。在日外資系銀行にとって、日本企業との取引拡大は容易ではなく、大きな経営課題となっている。
  
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2017年01月23日

ビジネス言語、法律言語、会計言語 (PF647)

31645149.jpgプロジェクトファイナンスの話をしていて、弁護士事務所の話しに及ぶことがある。プロジェクトファイナンスの融資契約書(ローンアグリーメント)を作成するには弁護士の協力が欠かせない。業界にはプロジェクトファイナンスに精通した弁護士がいる。そういう弁護士はどこにいるのかと言えば、高名な大手の弁護士事務所に勤務している。そういう大手弁護士事務所の数は10は下らない。

注目すべきことは、そういう名だたる大手弁護士事務所の出自である。英国と米国に尽きる。それはどうしてかと言えば、融資契約書に定めてある準拠法と関連している。準拠法というのは当該契約書がどこの国の法律に基づいて作成されているかを示す。プロジェクトファイナンスに限った話ではないが、多くの銀行が参加するクロスボーダーの大型融資案件であれば、融資契約書の準拠法はまず英国法かニューヨーク州法である。

クロスボーダーの融資契約書はどうして準拠法が英国法かニューヨーク州法になるのか。それはおそらく海外のビジネス世界でどうして英語が最も多く使われているのかという問いに対する回答と一致しているはずである。ビジネス言語のデファクトスタンダード(事実上の標準/ de facto standard)は英語である。そして、商業契約書や融資契約書の多くは英語で書かれている。従って、それらの準拠法は自ずと英国法かニューヨーク州法になる。

使用する言語が英語であるということが契約書の準拠法の選択にもつながり、延いては英国や米国を出自とする弁護士事務所が活躍することになる。さらに付け加えれば、世界的にネットワークを持つ大手会計事務所(accounting firm)の出自はほとんど米国である。つまり、ビジネス言語が英語であるということにとどまらず、法律言語、会計言語も英語が圧倒的な地位にあるのである。

さて、ビジネス言語、法律言語、会計言語を牛耳ってきた国で今異変が起きている。英国は昨年6月の国民投票でEU離脱を決めた。先週メイ首相が方針演説をし、EU離脱手続きを勇猛果敢に進めると説いた。米国ではトランプ氏が今月20日に大統領に就任した。就任演説でProtection will lead to great prosperity and strength ((自国産業の)保護が素晴らしい繁栄と強さにつながる)と明言している。

一介の金融マンにとっても違和感を禁じ得ない。グローバル化を主導し、ビジネス言語、法律言語、会計言語のデファクトスタンダードを作り上げてきた英国と米国がいまや内向きになり、自国優先を声高に語り、保護主義的な色彩を強めている。両国はグローバル化で多くの便益を享受してきたのではなかったのか。ビジネス言語、法律言語、会計言語という観点から見ても、今でも多くの便益を享受しているはずである。

英国と米国で起こっていることを果たしてどう理解すればよいのであろうか。一時的な反動に過ぎないのか。現行のグローバル化への微修正を施すプロセスであって、グローバル化自体の大きな流れに変化はないのか。それとも、グローバル化から、なにか得体の知れない別なフレームワークに移る兆しなのかどうか。前者であれば幸いである。
  
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2017年01月16日

会社退職直後の生活 (PF646)

ede9e13e.jpg年頭のブログに昨年末で会社を退職し独立した旨を記した。そうしたら、何人かの方々から電子メールを頂戴した。存じ上げている方もいるし、存じ上げない方もいた。いずれも激励のメールである。感謝に堪えない。

また、今月になってから、仕事上でお世話になった方々には退職した旨の挨拶状を新年の挨拶に重ねて電子メールで送付した。ひと昔前なら葉書で送付するところであろうが、電子メールとした。驚いたのはほとんどの方々が丁寧に返信をしてくれたことである。葉書での挨拶状だと、なかなか返信は期待できない。

ブログの記事に反応してくれた方々や電子メールの挨拶状に返信してくれた方々の中には、筆者と出会った頃のことを記してくれる方、これまでの交流を振り返ってくれる方、印象に残る出来事を振り返ってくれる方など滋味溢れる記述があって、筆者は少なからず感銘を受けた。そして、当初さほどには感じていなかったが、会社を「退職」して「独立」するというのは世間一般ではエポック・メイキングに捉えられているのかなと感じた。

返信してくれた方々の中には別途一席を設けるとおっしゃってくださる方もおり、筆者は甚だ恐縮している。もっとも、筆者は夜が苦手なので、昼(ランチ)にお願いしている。夜が苦手なのは会社員時代からで、今に始まったわけではない。会社員時代には、そうは言っても仕事の関係でどうしても夜に予定が入ることはあった。これからは会社員ではなくなるので、自分が好まなければ夜予定が入ることはまずなくなるであろう。「退職・独立」のメリットの一つである。

夜が嫌いなのは、夜遅く帰宅するのが嫌いだからである。もうひとつ夜が嫌いな理由は、お酒が伴うからである。飲めないわけではないが、酒席で大騒ぎするのは嫌いである。自分が自分でなくなるような感覚を感じる。酒席で陽気にしている脳天気な自分を好きになれない。また、酒席で盛り上がると、再び酒席に誘われる。そういう酒席をはさんだお付き合いはしたくはない。

先週は独立後の初仕事を行った。都内某所で社内研修会の講師を務めた。初仕事ということで張り切ったせいか、大きな声で話をして喉を傷めた。喉を傷めただけでは収まらず、そのあと鼻水が出たり頭痛がするなど、風邪の症状が現れてきた。今週以降も休養に努めようと思う。平日であっても休養が必要なら休養できるというのも、「退職・独立」のメリットの一つである。

会社員を辞めてから気を付けていることのひとつは、生活リズムである。平日は朝食後ウォーキングをしている。自宅周辺の遊歩道を1時間弱歩く。一日の始まりに欠かせない。ウォーキングをしながらすれ違う会社員と思しき人は少なくない。駅に向かって急ぐ人たちである。そういう人たちを見ながら、ちょっと前の自分と重ねてみる。

会社員でいるということは、朝早くから夜遅くまで会社に時間を捧げる。会社優先の生活が必須である。その対価として給料をもらっている。筆者の中にはそういう感覚が残っている。「退職・独立」の最大のメリットは、会社優先の生活ではなく自分本位・家族本位の生活ができるということであろう。
  
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2017年01月10日

新しい働き方はできるのか (PF645)

a56f1bc1.jpg何のために働くのか。
若い人からこう訊かれたら、どう答えればいいのだろう。仕事をする理由の一つは、間違いなく収入を得るためと答えざるを得ない。もちろん、それ以外にも働く理由はある。仕事を身に付けたい、責任ある立場につきたい、海外で活躍したい、斯界で一級のプロになりたい、将来独立起業したい。

さまざまな理由が考えられるが、働く第一の理由がまず収入を得るためである点は異論なかろう。ある程度の収入がなければ、生活が成り立たない。結婚して家庭ができれば、家族を養わなければならない。子供が育ってくれば、自宅の購入も考えたい。子供が高校、大学に進学するようになれば、教育費もばかにならない。

昭和一桁生まれの筆者の両親は高等教育を受けていない。父はブルーカラーの労働者であったし、母はパートタイマーで生活費を補った。自宅は生涯賃借で購入する余裕はなかった。同級生の家庭が自宅を新築し、あるいは郊外に建売住宅を購入するのを見て、なぜ我が家は違うのだろうと思った。もっとも、両親は自分の子供たちに教育だけは受けさせようと腐心した。筆者も長じて我が家のそういう事情に気付いた。どうしろ、こうしろと両親から言われたことは一切ないが、堅実な生活振りを好んだのはそういう両親の後ろ姿を見ていたからであろう。

貧困は嫌だし、無知蒙昧はもっと嫌だ。しかし、だからといって、お金に執着心を持つのは卑しい。そうではなく、お金に悩まされたくない、振り回されたくないという思いがある。贅沢を慎み無節操な消費を避け、モノを大事に使ってゆけば、生活に必要なお金の額はたかが知れている。生活に必要なお金を確保したら、お金のためだけに日夜働くことはやめにしたい。

「恒産なければ恒心なし」という。健全で充実した精神を保つには、お金に振り回されるようでは駄目だ。お金が人を幸せにするとは思わないが、お金が足りないと人を不幸にするのは間違いない。必要以上のお金は要らないが、お金が足りないのでは困る。

リンダ・グラットン著『ライフシフト』は、お金や会社に支配されない、自分らしい生き方、働き方を提案している。お金や会社に振り回されない生き方や働き方はいつかできるものであろうか。言うは易し行うは難し、ではないのか。筆者は今年から会社員ではなくなったので、会社には支配されなくなった。しかし、お金の問題はまた別であろう。

ソーシャル・ビジネスが徐々に広がってきている。最低限の対価や報酬を受領しつつも、社会貢献を果たすビジネスである。社会貢献とビジネスの両立を目指す。対価や報酬を一切貰わない従来のボランティア活動との違いは、ソーシャル・ビジネスの方は多少の対価・報酬を貰うので持続性が強い点であろう。持続性を保ちながら、社会貢献を果たす。持続性に難なしとしないボランティア活動の欠点を補うところに、ソーシャル・ビジネスの真価がある。

お金のためだけに働くことが一方の極であるならば、無償で社会貢献するボランティア活動はもう一方の極かもしれない。両極を避けつつ、充実感を伴う働き方というのはできるのかどうか。それはソーシャル・ビジネスのような形なのかどうか。自分の場合だったら、具体的にどういう働き方になるのだろうか。最近筆者を悩ませているテーマである。

自分の興味や関心を追求しかつ生活に必要な最低限の収入を得て、何かしらひとさまや社会の役に立つような仕事をすることはできるのかどうか。筆者の新しい働き方の追求は、まだ緒についたばかりである。



  
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2017年01月02日

決断のとき (PF644)

7e28a354.jpg大学進学、就職、結婚、自宅購入、転職、キャリア選択。誰にでも大きな決断をするときがある。そのときの決断が正しかったのかどうか。それは後になってみないと分からない。

後から振り返ってみたときに、後悔はしたくない。後悔はしたくないので、一旦決断したら後ろを振り返らず、前を向いていい結果が出るように奮迅する。真摯に取り組んでゆくと、少しずつ手応えを感じる。少しずつだけれども、これでいいんだという手応えを感じる。そして、さらに前に進む。そういう繰り返しの中で、はじめてあのときの決断は間違ってはいなかったと思えるようになる。

決断それ自体の是非よりも、決断の後にどういう行動を起こせたか、決断した方向にどれだけ尽力できたか、の方が遥かに重要だ。結局、決断したことは物事の方向性を決めただけであって、いわばスタート地点に立ったに過ぎない。もちろん、適切なスタート地点に立つことは重要ではあるが、相応熟慮したのであれば的外れなスタート地点に立つことはあるまい。

スタート地点に立ったら、そこから如何に前に進むかに腐心する以外にない。スタート地点探しを続けていても仕方ない。スタート地点が正しかったのかどうかをいつまでも思い悩んでも致し方ない。スタート地点に立った以上、前に進まなければ、どんな素晴らしい決断も意味がなくなる。

M&A(企業買収)の世界で、買収後の統合作業(post-merger integration)の重要性が指摘されている。買収に至る決断も重要だが、買収後に如何に事業統合を果たし買収の効果を引き出してゆくかがもっと重要だ。買収そのものは始まりに過ぎない。買収後に成果を出してはじめて買収が成功したと言える。

我々の大きな決断も同様であろう。決断内容そのものも重要だが、決断後にどれくらい決断した方向に向かって尽力できたかがもっと重要だ。一旦決断をしたら、いい意味で執着心を持ち倦まず諦めず取り組む。決断が正しかったのかどうかは決断後の取り組み次第で決まる、と言っても過言ではないと思う。

実は筆者も最近決断をした。昨年末をもって11年間勤務した外資系金融機関を早期退職した。外資系金融機関に勤務する前に22年間邦銀に勤務したので、会社員生活は通算で33年になる。還暦まではまだ数年あるが、四捨五入すれば還暦になるような年齢である。

今回の退職後、どこか他の会社に移籍して会社員を続けるつもりはない。月曜日から金曜日まで毎日会社に通うという生活に終止符を打つことにしたのである。会社員生活に終止符を打ったといっても、仕事をしない訳ではない。プロジェクトファイナンスに関わる仕事はこれからも続けてゆく。

独立開業とか起業とか言うほど、華やかで威勢のいいものではない。しかし、会社員という立場を離れ、一個人として自由に仕事ができるのは楽しみだ。一日24時間すべて自分で差配できるのは嬉しい。自分がやっている仕事よりも優先しなければならない仕事(つまり会社の仕事)が無いというのは、社会人になって以来の出来事である。

この決断が正しかったのかどうか。それは筆者の今後の取り組み次第であろう。後悔のないpost-corporate lifeにしたいと、年頭に思っている。


追伸: 明けましておめでとうございます。皆様、良いお年をお迎え下さい。
  
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2016年12月26日

好きな仕事と収入 (PF643)

9e61c0bc.jpg英語でI am enjoying what I am doingという言い方がある。これは例えば仕事仲間に「最近仕事の方はどう?」などと訊かれたときの回答に使われる。あるいは会社の上司に「仕事はどうですか」と訊かれたときの回答にも使われる。本当にこういう風に答えられるのなら、模範的で理想的である。

この英語は読んで字の如く「自分のやっていることを楽しんでいます」という意味である。この言い回しはややありふれた表現なので、ある程度形骸化あるいは形式化してしまっているのかどうか、日本人の筆者には分からない。耳にすることが多いので、本来の意味が希薄化して社交辞令の慣用表現になりつつある可能性はある。日本語でたとえ「近くにいらしたら、お立ち寄りください」と挨拶状に書いてあったからと言って、本当に訪問したら迷惑だという話しを連想する。

慣用表現であるかもしれないことを覚悟の上で、この英語の言い回しを考えてみたい。なぜなら、この英語表現はやや大袈裟に言えば、仕事と収入について随分示唆的だと思うからである。

会社勤めをしていると、やりたくない仕事をやらざるを得ないということは頻繁にある。「なぜやりたくない仕事をやらなければいけないのか」と青臭い質問をすると、「それは給料をもらっているからだ」と言われる。それなら、「給料をもらっているのはやりたくない仕事をやっている対価か」と訊けば、「給料にはそういう側面もある」と続けて言われる。「やりたい仕事をやって給料をもらうことはできないのか」と畳み掛けると、「じゃあ会社を辞めて、自分で好きな仕事をやればいいじゃあないか。会社を辞めて好きな仕事ができたところで、生活はどうするんだ、世の中そんな甘いもんじゃないぞ」とお説教される。

好きな仕事をやるということと収入を得るということとは、常に二律背反とまでは言わないが、両者を一致させるのは簡単なことではないというのが一般的な通念であろう。そういうことをわざわざ口に出さなくとも分かっている、というのが一応大人なのかもしれない。

そういう社会通念に対して、冒頭の英語I am enjoying what I am doingの意味しているところは画期的だ。「なにも無理に自分のやっている仕事を好きになろうとしたわけではない。本当にこの仕事が好きなんだ。好きな仕事をやらせてもらって給料をもらえるのだから、自分は幸せだ。」この英語にはこんな気持ちが伝わってくる。

スポーツ、音楽、芸術などの世界の人には、I am enjoying what I am doingと言える人が多いのではないか。その代わりと言っては失礼かもしれないが、安定した収入を確保し生活が成り立っている人はけして多くはないようだ。好きな仕事をやるということと相応の収入を得るということとを一致させるのは、これらの世界でもやはり簡単なことではない。

日本の会社員で、I am enjoying what I am doingと言える人は果たしてどのくらいいるのだろうか。給料をもらっているのはやりたくない仕事をやっている対価なのだから、そんな人はほとんどいないということになるのだろうか。

できる限り好きな仕事をやりかつ相応の収入も得る、という難しい課題に誰もが取り組んでいる。好きな仕事と相応の収入を完全に両立させることはできなくとも、両者の適度なバランスを実現してゆく – これが誰にとっても古くて新しいテーマなのかもしれない。
  
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2016年12月19日

20年は長いか (PF642)

b0931132.jpg積立型のNISAが2018年から始まる。期間は20年。現行のNISAは期間5年なので長期的な資産形成の観点からはもの足りない。新設される積立型NISAが期間20年という長期に及ぶのは望ましい。

当初積立型NISA導入に当たって、期間10年が想定されていたという。財務省関係者は「税の論理として、10年を超えるのは考えられない」と主張していた。NISAの収益金は非課税になる。だから、期間が長くなればなるほど、税収入の減少が続くことになる。将来の歳入を考えると、非課税の期間を無暗に長くするのは避けたいという考え方は理解できる。

もっとも、「税の論理」を以って10年を超えるのは駄目だとまで言うと、少々飛躍があるように思える。非課税の期間を長くしたくないという思いは分かる。しかし、長いかどうかの分水嶺が10年という「論理」が本当にあるのかどうか。これは論理の問題というよりも、慣習や感覚の問題なのではないかと推察する。

実は、積立型NISAの期間の議論を知って、プロジェクトファイナンスの融資期間の問題を連想していた。昨今プロジェクトファイナンスの融資期間が長期化する傾向が見られる。融資期間が20年を超えるものも多く出てきた。

プロジェクトファイナンスに限られないが、金融が緩和しているときには融資条件も緩和するものである。融資を利用したい人よりも融資を提供したい人の方が多いのだから、当然融資条件の競争が起こる。貸出金利の水準が低下するのはもちろん、融資条件全般が借主有利に傾く。融資期間が長くなるのも、この一端である。

さて、問題は、プロジェクトファイナンスの融資期間が20年ないし20年を超えるというのは果たして常態なのかどうか。融資を提供するのは主に銀行である。銀行の主たる資金調達手段は預金である。預金の預かり期間はたいがい短い。個人の預金は比較的長く預かることができるが、法人の預金は長くは預かることができない。だから、個人の預金のことを英語でStickyだと称することがある。

銀行の資金運用(主に融資)と資金調達(主に預金)を、それぞれ期間の観点から見ると、どうしてもギャップが生じる。資金運用(融資)期間は長く、資金調達(預金)期間は短い。両者を完全に一致させるのは無理があるが、両者の期間のギャップを無暗に拡大させないようにするのは銀行の経営上重要なことである。通常の企業向け融資であれば、融資期間はせいぜい3年から5年。設備投資資金だとしても、せいぜい7年から8年程度である。

そうは言っても、プロジェクトファイナンスの対象とする事業は規模も大きく、事業期間は長い。そういう事業に対する融資なので、融資期間も長くなる。筆者がプロジェクトファイナンスの仕事を始めた1990年代にも、融資期間15年前後の案件は既に散見されていた。

しかし、昨今見られるようになった融資期間20年ないし20年超の現象というのは、やや常軌を逸しているのではないか。民間銀行がそんな期間の長い融資を行うことは適切なのだろうか。融資期間の適否について確固とした「論理」があるわけではない。その点、先に挙げた税金の場合と同様である。もっとも、融資期間の適否の問題はけして慣習や感覚の問題などではなく、期間に着目した銀行の資金運用(主に融資)と資金調達(主に預金)のマネジメントの問題である。さらに、融資の期間が長くなればなるほど、不確実性は高まり与信リスクは増大する。

ここでさらに指摘しておきたいのは、欧米先進国の民間銀行はこの融資期間の長期化にかなり前から問題意識を持っているようである。その証拠に融資期間20年ないし20年超の案件に積極的に取り組んでいない。そんな期間の長い案件はやらない、という方針を持つに至っているところも少なくない。融資期間が長くなっても旺盛に融資を続けているのは、邦銀とその他一部の銀行だけのように見えるのは筆者だけではなかろうと思う。
  
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2016年12月12日

多読・精読・濫読(39) (PF641)

c5bb6497.jpg●佐和隆光著『経済学のすすめ - 人文知と批判精神の復権』(岩波書店)
2015年6月の文部科学大臣通知に端を発して書かれた本である。同通達は国立大学での教員養成系学部・大学院と人文科学系学部・大学院の廃止や見直しを要請していた。著者によると、後者の人文科学系というのはどうも経済学部のことを指すらしい。本書を読むまで経済学部が廃止・見直しの対象に挙がったとは知らなかった。経済学を学ぶことは有用なのかどうか。これが本書の主題である。
筆者は大学時代法学部に在籍したが、社会人になってからは専ら経済学的な知識や思考が役に立ったと思っている。そういう意味では経済学の有用性に疑問の余地はない。しかし、理論経済学や計量経済学といった分野で数学が多用されているのには閉口している。従って、経済学者の著者が「経済学は数学の僕(しもべ)と化した」と批判するのを読んで溜飲を下げる。また、著者は若い頃計量経済学を専攻していたが、後刻「計量経済学の『底の浅さ』」に失望し、「この道を突き進んでも、達成感を感得するのは至らない」と結論し、他分野の研究に転向したという。副題にある「人文知」とは文学、哲学、歴史学、思想史などの知見を指すが、これを欠いた経済学は片手落ちであるとの指摘にも胸をなでおろす。
本書の指摘でもう一つ興味深く思ったのは、日本のエコノミストは職業団体になっていないという点である。特に大学に籍を置く経済学者と官民のエコノミストとはそれぞれ別の世界に存在しているのだという。例えば日本経済学会に所属しているのは大学・大学院の経済学の先生ばかりで、官民のエコノミストはほとんど所属していない。一方、官民のエコノミストの出身学部は経済学部のほか法学部、文学部、工学部、理学部、農学部など多岐に亘り、経済学博士号を持っている人はほとんどいないともいう。

●外山滋比古著『新聞大学』(扶桑社)
筆者は著者の読者である。著者の文章も思考も気に入っている。著者の著作の中では『思考の整理学』がつとに有名だが、他の著作もそれぞれにいい。
筆者は本書の書名を見た瞬間に、「流石だなぁ」と思った。どういうことかというと、「新聞をしっかり読むことが社会人にとっては勉強になる」ということを言っているのだろうと察しがついたからである。読んでみると、やはりそうだった。新聞を通じて学ぶことを「新聞大学」と名付け、書名にまでしてしまうところも見事だ。
本書も他の著者の著作同様に、興味深いエピソードや著者の鋭い観察眼で溢れている。在野の研究者だった森銑三(1895-1985)が生前著者に言ったという。「読んで面白いと思った記事は切り抜いて分類して袋に入れておく。袋がふくらんできたら、取り出して整理する。それを基に本を書く。」新聞記事だけで本が書けるというわけではないと思うが、新聞記事を手掛かりに、さらに調べるのは有効な方法である。新聞記事がヒントを与えてくれたという経験は、筆者にも何回もある。思いがけない発見にもありつく。
最近の新聞の訃報記事はもの足りないという著者の指摘も得心がゆく。限られたスペースで亡くなれた方の業績や人柄を的確に書くのは、容易なことではない。その人物のことを深く理解していないとできることではない。その点で、月刊誌『文藝春秋』の訃報記事「蓋棺録」は出色で読み応えのあるものが多い、という指摘にも同感である。
著者は1923年生まれでおられるので、御年93歳になられるはずである。高齢になられてもなお著作を発表し続ける創作意欲に、尊崇と憧憬を感じる。


  
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2016年12月05日

退職金運用方法の相談 (PF640)

df84395a.jpg知り合いの中には銀行や金融とは普段縁のない方もいる。メーカーを定年退職した人から、先般退職金の運用方法について相談を受けた。相談といっても雑談の中で出てきた相談なので、深刻さや切実さはない。筆者が金融の仕事をしているのを知って、資産運用についてなんらかの知識や知見があるものと思ったのかもしれない。

金融の世界も細分化・専門化が進んでいる。資産運用を専門的にやっている人ももちろんいるが、それ以外の金融の仕事に携わっている人も沢山いる。従って、金融界にいるからと言って、必ずしも資産運用に詳しいわけではない。

資産運用の話しで思い出すことがある。まだ筆者が銀行員になって3年目か4年目のころのことである。国内支店に勤務していた。支店近隣の高齢者が都内の土地を売って、その代金で預金をしていた。預金額はちょうど1億円。当時銀行の定期預金の金利水準は年率5パーセント。1億円の預金であれば、毎年5百万円の利息が受け取れる。

その高齢者は頻繁に銀行の支店にやってきて、若い行員とおしゃべりして、お茶を飲んで帰る。当時その人がこういうのを何度も聞いた。「わしは預金利息で生活しているんだ」と。年間5百万円の預金利息であれば、当時はもちろん今でも生活できる。20パーセントの源泉税を差し引いても、手取り4百万円である。「預金利息で生活している」というのは冗談でもなんでもなく、文字通り事実である。

低金利あるいはマイナス金利の現在では考えられないことである。現在1億円の銀行預金があっても、メガバンクの定期預金の金利は年率0.01パーセントなので、預金利息は1万円にしかならない。5百万円の預金利息を受け取るためには、500億円の預金が必要になる。預金利息は約30年前に比べて、ざっと500分の1になったわけである。現在は「預金利息で生活」など到底無理な話である。

メーカーを定年退職した人の悩みも低金利にある。退職金をどこに預ければいいのか。銀行の窓口に行くと、投資信託を勧められる。購入時の手数料が3パーセント、毎年の信託手数料が1.5パーセント。果たして、手数料を上回るような利回りが十分確保できるのかどうか。

メーカーを定年退職した人には、「低金利の世の中なので、高利回りを期待しない方がいいです」という話をした。高利回りに目がゆくと、とんでもない金融商品を購入しないともかぎらない。退職金の運用方法として投資信託は比較的優良な選択肢である。リスクが分散されている。インデックス型と言われる投資信託であれば、市場並みの利回りは確保できる。高利回りを指向したアクティブ型と言われる投資信託があるが、信託手数料が高く、感心しない。中長期的に見ると、アクティブ型の投資信託の利回りはインデックス型のそれを上回ることができないという調査結果がある。アクティブ型投資信託の一部には確かに高い利回りを実現しているものがあるが、高い利回りを実現するアクティブ型投資信託は一体どれなのか、事前には誰にも分らないのが実情である(これが事前に分かるのなら、皆が資産家になっている)。

メーカーを定年退職した人には「投資信託を買うなら、上場投資信託(ETF)の方がいいです」という話もした。それは上場投資信託の方が信託手数料が安いからだ。そして、「投資信託にしても上場投資信託にしても、一旦購入したら、長く保有を続けるのがいいです。売買を頻繁に行うのはお勧めしません。」とも付け加えた。

どのくらいの利回りを目指せばいいのかとも訊かれたので、「現在日本の株式の配当利回りの平均値が2パーセント程度なので、その程度の水準かそれを少しでも上回っていれば良しとするのがいいと思います」とも説明した。新興国通貨建ての金融商品をどう思うかとも訊かれた。「表面金利が高いかもしれませんが、その分為替リスクがあります。たとえば表面金利が10パーセントあったとしても、為替が10パーセント悪化すれば利回りはゼロになります。新興国の通貨が10パーセント上下するなんて、日常茶飯事です。」

退職金の運用方法に悩む退職者は意外に多いのかもしれない。
  
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2016年11月28日

規則正しい会社員生活 (PF639)

ff4c6636.jpg会社員生活を長くやっていると、会社員でいることの良い点は見過ごされがちである。つい会社員生活の悪いところばかりに目がゆく。「宮仕えはつらい」「からだの調子が少しくらい悪くても、休むわけにはいかない」「会社での拘束時間が長い」「会社内でのお付き合いや取引先の接待が大変だ」「上司が神経質でうるさい」等々悪いところを上げはじめたらキリがない。

会社員でいることの良い点のひとつは、規則正しい生活が送りやすい点である。それはまず朝決まった時間に起床して、決まった時間に家を出る。また、翌朝のことを考えて、夜はせっせと就寝する。この起居を基軸にした生活のリズムは、会社員生活の良い点である。

もっとも、残業があって思うような時間に帰宅できない、あるいは夜のお付き合いがあって帰宅が遅くなることもある。生活のリズムが崩れるのはつらい。起居の時間が不規則になり、睡眠時間が削られるのは最悪である。朝起きるのがつらくとも、会社に向かわなければならない。こういう状態が続くと、心身共につらい。若い頃はそれでも問題なかったが、歳をとると、回復力が劣ってくる。過度に至ると、からだを壊し健康を損ねることもある。

筆者の住む地域は首都圏周辺の新興住宅街で、筆者も住み始めてかれこれ四半世紀になる。住んでいる人は圧倒的に会社員が多い。40歳以降に移り住んだ人なら、現在65歳以上になっており、すでに定年を迎えている。事実、周辺では定年退職をした人が急速に増えている。住民の高齢化のため、町内会活動なども停滞しはじめている。

こういう地域でみられる光景は、早朝や夕方に遊歩道をウォーキングする人たちの姿である。定年退職済みと思われる男性がひとりで、あるいは奥さんと二人で、早朝や夕方ウォーキングをしている。ウォーキングはからだに良い。特に早朝のウォーキングは一日の生活リズムを整えるのに最適だと思う。

察するに、定年退職をしたあと、生活のリズムを維持するのに腐心しているのではないか。週末を迎えた会社員を想像すると分かり易い。夜更かししてしまう、朝遅くまで寝ているなど、平日の生活のリズムを崩してしまう。そうやって平日にはできない生活振りが平日の疲れを癒すこともあるが、度が過ぎるとかえってからだの調子がおかしくなる。もっとも、会社員の場合は、たとえ週末にそういう生活を送ったとしても、月曜日の朝までには生活を正常に戻す。そういうレジリアンス(回復力)が身についている。

定年退職者の場合には、そうはいかない。いわば毎日が日曜日である。「月曜日の朝」はやって来ない。従って、不規則な生活を送り始めると、規則正しい生活に戻すのが容易ではないはずである。早朝や夕方に遊歩道をウォーキングする定年退職者の人たちは、規則正しい生活を心掛けている人たちではないのか、と感心して見ている。会社員生活を辞めた後、生活のリズムを維持するのは簡単なことではないはずだ。

宮仕えの生活はつらいと嘆く会社員の人たちには、「会社員でいると、規則正しい生活が送りやすい」という、忘れがちな利点を強調したい。もっとも、最近の職場環境は厳しくなるばかりで、起居が規則正しいだけであって残業の多い職場はけして健康的ではない、とお𠮟りを受けるかもしれないが。
  
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2016年11月21日

金銭感覚 (PF638)

b841a06d.jpg今年某雑誌のインタヴューを受けた。話題は海外駐在時代の子育てである。筆者には子供が3人いる。もっとも、海外駐在を開始したときには子供は2人で、駐在中に3人目が生まれた。駐在先は米国で、駐在期間は7年に及んだ。帰国したときに、一番上の子供が小学5年生、二番目が小学2年生、一番下が5歳だった。

インタヴューの話題は海外駐在時代の子育てが中心ではあったけれども、インタヴューの後半ではお金の話題に移った。特に金融マンのお父さんは子供にどういうお金の教育をしてきたかという話題である。この話題は筆者にとっても新鮮である。子供たちの金銭感覚について、特段どのように教育していこうなどと考えたことはなかったからである。そういう意味ではインタヴューで様々な質問を受けて、それに答えることが自分の考え方の整理に役立った。質問や疑問を投げることが、問題点の把握につながることは我々の日常でも多い。ありふれた質問であっても、いざ自分自身が受け止めてみると、けして侮れない。

子供へのお金の教育という話題で盛り上がったのは、現在学生である一番下の息子に対して、飲食代については毎月レシートを提出させて事後的に支払っているという話である。息子はアルバイト等で多少のお金を手元に持っている。一方で大学の学食で食事をするなど日々外食が多い。外食であっても食費は親が負担してあげたい。そこで、必ずレシートを保管するように指示し、そのレシートに基づいて息子に食費を後日たとえば1か月に1回程度支払うようにしている。もっとも、これは会社員の実費精算の慣習を真似しただけのことである。

金銭感覚というのは両親や家庭環境の影響を受けるのは間違いない。筆者自身、社会人になりたての頃両親の金銭感覚を見習うことが多かった。両親や家庭環境の影響を受けるといっても、両親と全く同じ金銭感覚を持つようになるという意味ではない。これは他の事柄と同様に、両親を反面教師にすることもあり得るわけで、従って金銭感覚も両親のそれとは真逆になることもあろう。真逆になることも含めて、両親や家庭環境のなんらかの影響を受けているという事実には変わりがない。

筆者の母親は5人兄弟の長女で、忍耐強く、真面目で規則正しい生活を送る。家計もすべて見ていた(いまでも見ている)。奢侈なものは買わない。支出を抑えていれば、収入が減っても心配ない。贅沢をし出したら、キリがない。人間の物欲は無限だから、無限の物欲を満たそうと思ったら、お金はいくらあっても足りない。お金が足りないと思うと、人は誤った方向に行き、不幸になる。

筆者の母親の金銭感覚を敢えて記すと、こんな感じである。筆者が小さかったころ、筆者の着る服のほとんどが兄のおさがりだったのを覚えている。筆者が社会人になって給料をもらうようになっても、無駄遣いをしなかったのは母親の影響である。知らず知らずのうちに、家庭で堅実な金銭感覚を身に付けていたのかもしれない。外資系金融機関に勤務するようになってたとえ報酬が増えても、無暗に支出を増やさず生活パターンをほとんど変えていない。

もっとも、大人になってからお金の使い方を大幅に変える人もいる。報酬が増えると、なおさらである。ブランドの品を身に付け、高価な飲食店で飲食し、週末はゴルフなどでお金を使う人もいる。しかし、人間の物欲は無限なのだから、金銭を多く使ってそれを満たすという行為は、いくら続けてもキリがなく、結局空しいのではないか。

満たすべきものは、我々の精神や心ではないだろうか、と最近つくづく思う。幸い、精神や心を満たすのには、多額のお金は要らない。
  
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2016年11月14日

閑話休題のビジネス英語(39) (PF637)

d7069241.jpg●先日ビジネス文書でWe would like to provide you this letter of interestという表現に出会った。「興味表明書をご提出したいと思います」というほどの意味である。ちょっと引っかかるのはprovideにwithを付けなくて良いのかという点である。本来provideにはwithが必要である。つまり、この文例で言えば provide you with this letter of interestとするのが正しいのではないか。辞書を調べると「withはあってもなくても構わない」と説明されている。念のため、ネイティブ・スピーカーにも質問してみたら、「withはあってもなくてもどちらも間違いではないと思う」という返事が返ってきた。例えばprovideの代わりにgiveを使用したら、当然withは要らない。ということは、Provideという動詞の使い方がgiveのようにwithを伴わない方向になってきたと解釈できる。簡略化の一例かもしれない。頻繁に使用する言葉は簡略化してゆく。

●Without attributionという慣用句がある。「出所を明示しない」という意味である。「出所を明示しない」という意味は分かるが、実際にはどういう場面でwithout attributionが使われるのだろうか。先日好例に遭遇した。それは社内で行われた研修会の場で出くわした。研修会のプログラムの中でこういう作業があった。自分の上司について質問に回答を作ってゆく。たとえば、「上司に何を期待するか」、「上司に注力してほしいことはなにか」、「このチームの強みと弱みは何だと思うか」等々。そして、回答者には念を押した。それぞれの回答は具体的に誰が記載したものかは明かさないから正直に回答してほしいと。この誰が言ったものかを明かさない、という文脈でwithout attributionが使われていた。「回答は匿名扱いにする」というほどの意味である。

●DescriptionとPrescriptionが一対で使われることがある。「事実が良く分からなければ、解決方法は分からない」という意味合いで使われる。どうして、そういう意味になるのか。事実関係が良く描けるのであれば(つまりdescribeできるのであれば)、処方箋(prescription - 解決方法の意味)は自ずと見いだせるということである。原因が分かれば対応策は分かる、という程度の意味であろう。DescriptionとPrescriptionは、韻を踏んでいてリズムがいい。

●とても簡単だという意味で、日本語で「嘘みたいに簡単」という言い方がある。先日deceptively simpleという英語表現に複数回出会った。これはまさに日本語の「嘘みたいに簡単」に匹敵する。あまりに簡単なことだと分かると、人間は「嘘みたい」「だまされたみたい」だと思うのかもしれない。英語と日本語に言語学的な繋がりはほとんどないと思うが、どちらも人間の使用する言語である以上、根底にある発想が似ているという現象は起こる。「嘘みたいに簡単」という日本語とdeceptively simpleという英語は、この一例かもしれない。

●上司の承認を貰う際に、書面ではなくメールで承認を貰うことが増えてきた。日本語なら、上司はメールで「承認します」と手短に返信するであろう。こういうときに英語では手短にどう返信するのであろうか。もちろん、個人差もあるが、一番多いのはApprovedであろう。この一語である。なぜ受身形になっているのか。これは(The request is) approved (by me)という文脈だからである。また、Approvedの一語に代えてSupportedという一語で応える人も少なくない。語感としてはSupportedとApprovedとでは微妙な違いがあるように感じないでもないが、SupportedもほとんどApprovedと同じ意味である。ちなみに、承認という意味ではsign-offという言葉も良く使われる。こちらの方はWe`ve got John`s sign-offという言い方で使用し、この場合「(上司の)ジョンの承認を貰った」という意味になる。
  
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2016年11月07日

邦銀マンのキャリアプラン (PF636)

7275ce20.jpg邦銀マンの現役の寿命は短い。50歳になったら、早晩関連会社か取引先に出る。55歳までの給与水準の保障はあるものの、以後は転籍先の待遇に準ずる。年金の支給開始は65歳からだから、転籍先で10年以上勤務することになる。関連会社にするか、取引先にするか、また自宅から通勤可能な先がいいか、自宅から通勤できなくても構わないか、等々一応本人の希望も聴取される。しかし、必ずしも本人の希望通りというわけにはいかない。ましてや、職務内容や待遇について贅沢なことは言えない。勤務先を紹介してもらえるだけでも有り難い、と思わなくてはいけない。

銀行員の寿命が短いのは日本だけの現象である。他の先進国では見られない。もっとも、他の先進国の会社員は金融マンに限らず、自分のキャリアは自分で作ってゆくという覚悟ができている。終身雇用制度はない。労働市場の流動性は高い。筆者の知り合いで日本で働く40代の金融マンは、「50歳くらいになったら母国(イギリス)に帰って議員(政治家)になる」と真面目に考えている。これは単なる夢ではなく、彼のキャリアプランであろう。これから自分のキャリアをどうしたらいいか、これから何がやりたいのか、ひとりひとりが自分で考えている。もちろん、キャリアを作ってゆくというのは簡単なことではない。しかし、自分のキャリアは自分で作ってゆくという意気込みと、長く勤めた会社に紹介してもらえるという依存心と、どちらが大人の成熟した考え方であろうか。終身雇用制度というのは労働者を保護する制度だと考えられているが、保護され過ぎた者は成熟できず大人になれないのではないだろうか。

先日邦銀から取引先に転籍したばかりの50代の元邦銀マンに話を聞いた。「この会社は…」「この会社は…」と自分の転籍先の問題点を指摘する台詞が何度も出てきたのには少々驚いた。やや上から目線で話をするので、もし転籍先の会社の人たちが耳にしたら、快くは思わないであろう。銀行と同取引先の力関係のせいかどうかは知らない。しかし、これから10年以上お世話になる会社について、上から目線の話し方は早く改めた方がいいかもしれない。

ちょうど50歳になって転籍した邦銀マンの知り合いは、転籍先の会社の経営が傾いて苦労している。その会社はもちろん銀行の取引先なので、銀行が支援する限りは最悪の事態は免れると思うが、知り合いは「残業時間が増え心労激しく、その割にはボーナスが出ないので報われない」と嘆いている。転籍先を自分で選べるわけではないので、致し方ない。

邦銀から子会社のリース会社に転籍した友人は、「リース会社に行ったら、銀行時代の先輩たちが沢山いた」と苦笑いしていた。銀行の100%子会社なのだから、当然であろう。かつて都市銀行と言われた10行余の邦銀は過去20年の間に統廃合を進めたが、それぞれの銀行が保有していたリース会社の統廃合は行っていない。リース会社の統廃合を行わない理由のひとつは、50代の邦銀マンの再雇用先として必要だからだと言われている。50代の邦銀マンの受け皿として機能しているのである。雇用対策の一環でリース会社等関連会社の統廃合を行わないという現実は、終身雇用制度の歪んだ姿の一端である。

いまや日本の終身雇用制度は、「雇用はなんとか守る」という一点だけを辛うじて死守しようとしているだけである。ひとりひとりの社員のキャリア作りや働き甲斐は度外視している。邦銀マンの場合なら、50歳を過ぎたら銀行が次の勤務先を紹介してくれるという依存心が高まるばかりで、多くの邦銀マンの辞書には「キャリアプラン」という言葉が見当たらない。
  
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2016年10月31日

キャリアを選ぶとき (PF635)

a181d4dd.jpg先日セミナーで知り合った20代の金融マンに今後のキャリアについて相談に乗ってほしいと依頼された。真面目そうな青年で好感が持てる。ときどきこういうキャリアの相談について声を掛けられる。おそらく筆者のキャリアが少々特殊だからであろう。

就職したときには漠然と「国際業務」に就きたいと願っていた。学生時代に英語の勉強に力を入れていたので、英語を使用する仕事がいいと思っていた。同じ邦銀に同期入社した者が当時約190名。入社直後に同期入社の者が研修所に集められた。全員がそろった講堂で、「将来国際業務をやりたい人?」と訊かれ、講堂に居る同期入社の者の過半が手を挙げたのを覚えている。筆者も迷わず手を挙げたが、あまりにも手を挙げる人が多いのに少々気負いした。「ここで手を挙げている者全員が、希望通り国際業務に就けるのだろうか」という疑問がふつふつとわいてきた。同期入社の連中は皆優秀に見えた。優秀な連中から国際業務に従事したとすると、自分が国際業務に従事する可能性はけして高くない。

研修所から戻り、勤務する地方の支店での日々の仕事は、国際業務とはなんの関係もない。国内の銀行業務である。もっとも、知らない仕事を覚えるのは楽しく、日々の仕事はまんざらでもなかった。地方の支店から都内の支店に転勤してからも、仕事は面白かった。20代の若い銀行マンでも、中小企業の経営者が対等に相手をしてくれる。そういう経営者の人たちにいろいろ教えてもらい、親切にしてもらい、育ててもらった。

国内支店2か店を経験して、29歳の時に本店プロジェクトファイナンス部に転勤となる。本店勤務は当初緊張の連続だった。支店で勤務していると、本店の人たちは雲の上の人に見える。そういう人たちと一緒に自分は仕事ができるのだろうか。英語力はどのくらい必要なのだろうか。これまでの経験は生かせるのだろうか。そうこうしているうちに、本店プロジェクトファイナンス部での勤務は4年近くが過ぎる。夏休み休暇の間に、ニューヨーク支店転勤の内命が下りた。休み明けに会社に出勤すると、上司から別室に呼ばれた。

当時のニューヨーク支店には同期入社の者が既に10数名勤務していた。そのうち約半数は社費留学を終えてそのままニューヨーク支店勤務となっていた。約190名の同期入社のうち、ニューヨーク支店のような大きな海外支店に勤務している者は先鋭中の先鋭であろう。従って、筆者だけがなにか場違いなところに居る気がした。本店勤務当初に感じた緊張感を再び感じた。ニューヨーク支店ではプロジェクトファイナンスの仕事に携わらなかった。そのため、自分のキャリアを考えずにはいられなかった。優秀な同期の連中と同じようなキャリアを歩んでも、自分は陽の目を見ない、埋もれてしまう。そういう切迫感も感じていた。

自分が面白いと思えることで、人とは違う仕事を徹底的にやるのがいいのではないか。こういう結論に至るのに、そう時間はかからなかった。いわばキャリアの差別化である。本店で4年ほどやってきたプロジェクトファイナンスは恰好の仕事かもしれない。当時同期入社でプロジェクトファイナンスの仕事に関わった同期の者がもう一人居た。しかし、彼はしばらくして別な部署に異動し仕事も変わった。自分がプロジェクトファイナンスの仕事を続けたら、同期入社のなかで自分が唯一の者になるかもしれない。差別化が図れる。

そうこう考え、上司にもプロジェクトファイナンスの仕事に戻りたいと申し入れていると、ニューヨーク支店からヒューストン支店に異動になり、ヒューストンでプロジェクトファイナンスの仕事に戻ることができた。30代半ばになっていた。その後帰国して40代半ばで転職するが、これまでずっとプロジェクトファイナンスの仕事に携わっている。

自分の選んだキャリアが正しかったのかどうか。まだ現役で働いているので、結論を出すのは早い。しかし、幸いこれまでのところ、これで良かったのではないかという思いが強い。もし、プロジェクトファイナンスの仕事をやっていなかったら、退屈な会社員生活が待っていたかもしれない、とは思う。
  
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2016年10月24日

僕と君の関係 (PF634)

b02ee3bb.jpg君は私利私欲を追求したわけでは毛頭ない。誰かを傷つけようとしたわけでも毛頭ない。
常に正しくあろう、正しくふるまおうとしている。なにごとも諦めずに努力を惜しまない。

それでも、いい結果が出ない時がある。思わしくない結果だけを見て云々する人がいる。でも、君は言い訳をしない。僕は凡人なので、結果だけを見て云々する人をいかがなものかと訝る。

結果は出るときもあれば、出ないときもある。残念ながら、努力をしても、いい結果が出ないときがある。

私利私欲を追求したわけではなく、誰かを傷つけようとしたわけでもなく、正しくあろう、正しくふるまおうと努力を惜しまない君は、自分を誇りに思っていいんじゃないか。云々する人には云々させておけばいいんじゃないか。

たまたま結果が出なかったからと言って、これまでの君の生き方を変えてはいけない。ここで生き方を変える人は、人間が曲がってしまう。根性が曲がってしまう。

僕は君を心底誇りに思っている。どうか、これまでの君でいてほしい。君には道を外してほしくない。君を誇りに思うこと、君がこれまで通りの君でいてほしいと願うこと、これくらいしか僕にはできないが、僕はこれからもずっと君を支える。

さあ、また明日から仕事だ。

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(筆者注)不思議なもので、「僕」も「君」も、ひとりの人間の中に同居しているものである。ひとりの人間の中に、気を落としている「君」とそれを励ます「僕」がいる。ひとりの人間の中に、悲観的な「君」と楽観的な「僕」がいる。「僕」は一所懸命に「君」を励ます。「僕」は肯定的で希望を失わない。人が云々しても気に留めない。自分の決めた道をひとりゆく。「君」は周りに気を遣う。人の視線が気になる。繊細で傷つきやすい。一旦気落ちすると、なかなか元気を取り戻せない。つらいとき、悲しいとき、励ますのは「僕」で、励まされるのは「君」だ。「僕」はいつも「君」を元気づけようとする。ひとりの人間は、「君」だけでできていないし、「僕」だけでもできていない。「僕」と「君」とが合わさってできている。
  
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2016年10月17日

なぜ残業は減らないのだろうか (PF633)

4c0cea88.jpg入社2年目の社員が長時間労働の末、うつになり投身自殺した。やるせないニュースである。生真面目な新入社員は、どこまで根を詰めて仕事をやればいいのか、仕事と健康のバランスはどうやって取るのか、よく分からなかったのかもしれない。周りの諸先輩はどうしていたのだろうか。諸先輩が新人に教えるべきことは、仕事だけではないはずだ。長い社会人生活を充実させるために、中長期的な視野からアドバイスすべきであろう。健康管理を含めた生活全般をアドバイスすべきであろう。

うつになったり、自殺に至らなくとも、多くの会社で長時間労働の悪弊が蔓延しているのは事実である。筆者は邦銀の国内支店に勤務していたときに結婚し、その直後、上司から「結婚したら、早く帰宅したら駄目だ」と言われたのを覚えている。理由を訊いたら、「早く帰宅すると新婦が誤解するから。銀行は帰りが遅いということを理解してもらわないといけない。」と言われた。筆者は怪訝に思った。「せっせとやるべきことをやって、早く家に帰ればいいじゃないか」と内心思ったが、当時は口には出せなかった。

プロジェクトファイナンスの仕事をやっていると、海外との電話会議がある。あるとき案件の打ち合わせで、午後9時から電話会議が行われることになった。北米から参加する人がいるので、開始時間が遅いのは仕方がない。上司が「今日は電話会議が終わるまで帰れないな」と言っていたので、自分は午後9時までに帰宅して電話会議は自宅から参加する旨申し出た。そうしたら、その上司が電話会議は会社から参加すべしと言い張る。理由を問うと、上司は言葉に詰まった。思いつきのように、「会社からの参加者の間で身振り手振りでコミュニケーションが取れるからだ」と言った。

筆者は残業は嫌いである。部下にも残業をさせないようにしている。残業が嫌いなのは、仕事が嫌いだからではない。仕事以外の自分の生活を大事にしたいからである。平日夜遅くに帰宅して就寝するだけ、という生活は空しい。そういう生活振りでは創造的な発想はできない。仕事にも生活にも創造性を失いたくない。新しいアイデアや意欲は心身ともに充実してはじめて出てくるものである。

思えば、米国に駐在していた30代の頃に、無駄な残業はしないという意識が強く芽生えた。平均的な米国人から、仕事と生活のバランス感を学んだ。米国駐在中に東京に電話を掛ける際、夜なら自宅から掛ける、あるいは米国の早朝に掛ける(東京の人は遅くまで会社に残っているので)など工夫をした。帰国後十数年経つが、残業は極力しないという仕事のやり方をいまでも続けている。

外資系金融機関に勤務する人は邦銀に勤務する人よりも残業が多いのではないか、と訊かれることがある。確かに邦銀マンよりも、もっと長時間労働の人が外資系金融機関にはときどき居る。しかし、筆者の見るところ、残業をする理由や動機は大きく異なる。どういうことかというと、邦銀で残業している人の多くは、周囲の人や上司も残業しているので自分ひとり早く帰れる雰囲気ではないという。一方、外資系金融機関で残業している人の多くは、単に仕事が終わらないから残業している。従って、仕事が終わり次第帰宅する。仕事が繁忙でなければ残業しない。周囲の人や上司はあまり関係ない。

「周囲の人や上司も残業しているので自分ひとり早く帰れる雰囲気ではない」という残業の理由や動機は、果たして麗しいことなのか、それとも不合理で馬鹿げたことなのか。日本人の働き方を早く見直さなければいけない。
  
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2016年10月11日

理想は水の如く (PF632)

34002372.jpg今年春先から司馬遼太郎の作品を読み続けている。ちょっとしたきっかけで同氏の戦国時代ものの作品に興味を持った。この半年の間にだいぶ読むことができた。『国盗り物語』(斎藤道三、織田信長)、『新史太閤記』(豊臣秀吉)、『関ケ原』、『城塞』(大坂冬の陣、夏の陣)、『覇王の家』(徳川家康)、『豊臣家の人々』、『功名が辻』(山内一豊)、『夏草の賦』(長曾我部元親)、『播磨灘物語』(黒田官兵衛)。

因みに、元首相小泉純一郎氏の好きな小説は『国盗り物語』、『新史太閤記』、『関ケ原』、『城塞』の4作品だという。「権力闘争とはこういうものかと分かる。どんな哲学書や政治関係の本よりも面白く、得ることが多かった。」

信長、秀吉、家康の人物像はそれぞれ興味深い。信長は天才肌で、前例にとらわれず新しいものに目がない。現代風にいえば起業家精神旺盛だ。しかし、人使いが荒く非情で、人徳に欠ける。部下の明智光秀に討たれて非業の死を遂げるのは、その人格の苛烈さのためであろう。現代に信長のような上司がいたら、やりきれない。

秀吉は信長の草履取りから立身した。人たらしの才能は群を抜く。人の機微を察知する能力も高い。家柄や出自が問われた当時でも成功したので、現代でも成功するタイプだ。秀吉のような上司には仕えやすいかもしれない。同僚だったら、要領の良さや芝居掛かった演出に辟易するかもしれない。晩年の秀吉は愚策が多く、醜い。親族に優れた者がなく、豊臣家は実質秀吉一代で終わる。

家康は深慮遠謀がきく。信長、秀吉の時代を凌ぎ、高齢になってから天下を取る。そして、徳川時代の礎を築く。あとから振り返って見れば、信長も秀吉も、家康のために出てきた人物のように見えなくもない。家康のような上司にも仕えやすいかもしれない。信長、秀吉に比べれば常識的な判断をする。同僚としても信頼が置けそうだ。家康は常に健康に留意し、飲食に気を付け、運動のため鷹狩りをし、薬の調合も自分でしていた。もっとも、司馬遼太郎は家康が好きではないようだ。大阪夏の陣冬の陣で豊臣家を滅ぼす過程では、家康の陰気で腹黒いところが露出した。

司馬遼太郎の戦国時代ものを読んでいて、一服の清涼剤のような爽やかな気持ちになるのは信長、秀吉、家康の物語ではない。山内一豊を描いた『功名が辻』、長曾我部元親を描いた『夏草の賦』、黒田官兵衛を描いた『播磨灘物語』などである。特に黒田官兵衛の生き方や人物像は印象に残る。司馬遼太郎は『播磨灘物語』のあとがきで、「黒田官兵衛という人物がかねて好きで、好きなままに書いてきた。」とも「友人に持つなら、こういう男を持ちたい。」とも書いている。

黒田家に関連するエピソードがいくつか知られている。ひとつは現在の福岡(当時筑前)の命名である。黒田家は備前(岡山県)にある福岡というところの出身のため、筑前に封ぜられてそこを福岡と地名を変えた。しかし、現在に至っても博多と福岡の地名が混在している(福岡空港やJR博多駅など)。もうひとつは「酒は飲め飲め飲むならば….」の黒田節は黒田家の子飼い母里(もり)太兵衛という者の酒の飲みっぷりの良さに由来している。さらに、『養生訓』(1713)を著わした貝原益軒(1830-1714)は黒田家の家臣である。

黒田官兵衛は晩年隠遁し、如水(じょすい)と号した。水の如く、という意味である。如水という号については、司馬遼太郎が『「身ハ褒貶毀誉ノ間ニ在リト雖モ心ハ水ノ如ク清シ」(世間からとやかく言われることもあろうが、心は水のように清い[筆者])という古語からとったのであろう。あるいは「水ハ方円ノ器ニ随ウ」(水はいかなる形の器にも合う[筆者])という言葉を典拠にしているのかもしれない』と推察している。

筆者にはもうひとつの古語が思い浮かぶ。「君子の交わりは淡くして水の如し」(荘子)である。人との付き合い方は、べたべたした、愚痴をこぼし合うようなものではなく、水のように淡く、しかも情熱や使命感を共有できるような関係が理想である。

約4世紀前の人物ながら、黒田官兵衛の思考方法や生き方は現代人の我々にも参考になる。水の如く清い心を持ち、いかなる形の器にも合わせることができ、水の如く人付き合いをする。理想である。







  
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2016年10月03日

副業解禁はいつになるのだろうか (PF631)

774d96b4.jpg先日「社外活動申請書」というのを勤務先に提出した。この申請書は、業後、週末、休暇などに社外でボランティア活動や個人で他の仕事(副業)を行っている社員が提出するもので、その内容を会社に申告し承認を得るものである。筆者はときどきセミナーや研修会の講師を引き受けることがあるので、同申請書を提出した。筆者の申請書は首尾よく承認された。しかも、上司からは「会社の社会的評価にもプラスになるので、頑張ってほしい。応援する。」と大いに励まされた。有り難い限りである。

この社外活動申請手続きは、会社の業務と個人の活動の間に利益相反がないか、また個人の活動内容は会社の評判に悪影響を与えるようなものではないか等を確認するためのもので、それぞれに問題なければ原則承認される。筆者のケースのように、むしろ上司から激励され奨励されることも少なくない。日本以外の先進国の企業では、社外活動は報酬の有る無しに関わらず認められるのが普通である。活動内容によっては、社内で喧伝されたり上司から奨励されたりする。

ピーター・ドラッカーは、知識労働者(ホワイトカラーと言ってもよい)はある程度の年齢になったら勤務先の仕事とは別に、積極的に社外活動を行うべきだと主張している。社外での活動が、人脈や興味を広げ、本来の仕事にも好影響を与える。自分の活動の幅を広げることが、視野を広げることになり、広い意味でのリーダーシップを養う。会社だけで終始過ごすのは、自分の成長を妨げる。その会社でしか通用しない人間になってしまう。

先般知り合いから、シンジケート・ローンについて研修会の講師をできる人を探しているが、誰か紹介してほしいと相談を受けた。「邦銀メガバンクに現役の適任者が大勢いらっしゃるんじゃないですか。」と答えたら、「現役の邦銀マンは会社から承認を取るのが大変なので、社外で講師をやらない。」と説明された。なるほど、確かに筆者が邦銀に勤務していたときもそうだった。調査畑の人やシンクタンクの人は例外だと思うが、通常の現役邦銀マンは社外活動はしない(実質できない)。

終身雇用を特徴とする日本の会社では、多様な働き方が認められていない。会社員が置かれている状況は過酷なところさえある。終身雇用に起因すると思われる悪弊が随分指摘されるようになった。長時間労働、有給休暇消化率が低い、同一労働同一賃金になっていない、50代中頃以降賃金が激減する等々。さらに、上記のように、兼業や副業が原則禁止されている。中小企業庁の委託調査によると、兼業・副業を容認している日本企業はわずか4%に過ぎないという。96%の企業は兼業・副業を禁止している。日本の企業は原則兼業・副業禁止ということである。

例えば、自宅の空き部屋を宿泊施設として提供する「民泊」も、会社員が行えば副業になる。自家用車で人を運ぶ「ライドシェア」も、会社員が行えば副業になる。「民泊」も「ライドシェア」も、日本での本格導入にはまだ時間がかかりそうだが、仮に導入したとしても日本の会社員は原則副業が禁止されているので、できないということになる。日本の経済全般が低成長なので、会社員の待遇もいまや低成長である。そういう状況にもかかわらず、終身雇用制度の枠組みを温存させ修正をせず、兼業・副業を認めないというのは、どういうものだろうか。

厚生労働省の有識者会議「働き方の未来2035」が8月に兼業・副業の解禁を提言したという。経済同友会も兼業・副業禁止の緩和につき同調したという。兼業・副業の解禁が議論されるようになったのは、日本の会社に勤める会社員には朗報である。もっとも、官庁や経済団体に言われなくとも、兼業・副業の禁止は各会社の就業規則に定めているだけなので、各会社の判断で解禁はすぐにでもできるはずだ。リーダーシップを自負する経営者なら、兼業・副業の解禁を一刻も早く決断すべきであろう。

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日本経済新聞2016.10.2朝刊『けいざい解読 – 相次ぐ兼業解禁論』を参照した。
  
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2016年09月26日

部下を持ったら、マンスリー1:1ミーティング (PF630)

24bc622f.jpg外国人の上司に仕えるようになって10年になる。この間複数の外国人上司と仕事をしてきたが、彼らのリーダーシップやコミュニケーションの取り方には学ぶものがある。外国人上司は日本語ができないので、英語でやり取りする。上司から見れば、部下の母国語は英語ではない。上司と部下の母国語が異なる。それでもコミュニケーションを取り、信頼関係を築き、一緒に仕事を進めなければならない。仕事で成果を出してゆかなければならない。

外国人上司それぞれに個性はあるが、彼らがほぼ共通して行っている職場での慣行がある。それは直属の部下と定期的に1対1で30分ほど面談を持つことである。頻度は1か月に1回ということが多い。従って、これをマンスリー1:1(ワン・トゥ・ワン)ミーティング(Monthly 1:1 Meeting)と通称する。

マンスリー1:1ミーティングで何を話しするのか。実は議題は決まっていない。たいがいの上司は、議題は何でもいいと言う。部下に任せる。そう言われても、業務時間中に行われるので世間話で済ますわけにはいかないと思い、部下は仕事の話しをすることが多い。仕事の話しが過半を占めるが、この機会を利用して仕事上の問題や新しい仕事の相談、あるいは会社の方針や他部署の話し、さらにプライベートな話題に及んでもいい。

マンスリー1:1ミーティングの目的は、上司と部下のコミュニケーションを活発にし、信頼関係を高めるのが目的である。何を考えているのか分からない人と、一緒に仕事はできない。ましてや、いい仕事をしようと思えば、上司あるいは部下のことを良く理解していないといけない。相手を理解し、また自分を相手に理解してもらう。仕事上のことはもちろん、プライベートに関わることであっても仕事に影響を与えるのであれば、その事情を相手に理解してもらった方がいい。

マンスリー1:1ミーティングの効果は極めて大きい。従って、筆者も自分の部下に対して行っている。日本の会社員の多くは、職場のコミュニケーションと言うと、すぐに「ノミニ(飲みに)ケーション」を連想する。酒を飲んで仲良くすることが悪いとは言わないが、ノミニケーションはコミュニケーションの唯一の方法ではないし、けして優れている方法でもない。

マンスリー1:1ミーティングは、他の会社に勤める知り合いにも勧めたことがある。先般そのうちのひとりから、嬉しいフィードバックがあった。いわく、「最初は部下が訝っていたが、2回目3回目になると、効果が出てきた。これはすごい。そして、部下の中にはマンスリー1:1ミーティングをさらにその部下に始めたものも居る。」

上司と部下は、部下の業績評価のために1対1で話し合いを持つ機会がある。少なくとも年に1回ないし2回。業績評価のプロセスの一環なので、この1対1の面談はどこの会社でもたいがい必須である。しかし、上司の側も、そして部下の側も、年に1回か2回面談を持つ程度で、お互いに何が分かるのだろうかと思う。そして、年に1回か2回だけ1対1になるものだから、お互い緊張し、落ち着かない。機微に触れるほど思うように話せはしない。年に1回の健康診断のような面倒臭さも感じる。

しかし、1対1の面談を普段から定期的に行っていると、見えてくる景色はだいぶ異なってくる。上司も部下も、所詮ひとりの人間である。ひとりの人間とひとりの人間との関係ができてくると、仕事の意欲も変わる。お互いに相手を信頼することもできる。コミュニケーションを取るとはこういうことか、という実感を持てる。

「学生が就職するときには会社を選んで入社を決めるが、辞めるときには上司が嫌いで退職する」と聞く。部下を持ったら、マンスリー1:1ミーティングを行い、部下との真摯なコミュニケーションを持つようにするといいかもしれない。
  
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2016年09月20日

やりたいことがあるか、それは役に立つか (PF629)

20dd1373.jpg自分の子供たちが成長してくると、相談内容も複雑になってくる。大学進学の相談はもちろんのこと、就職の相談や将来のキャリア設計の相談になると、答えは単純ではない。答えは一つでもない。そもそも何がやりたいのか、何が好きなのか、何が得意なのか。そういうところから話を始める。

「好きなことをやればいいの?」と聞き返されるけれども、まずは好きでなければ、なにがしか興味がなければ、とても続けられまい。続けられなければ、一人前にはなれない。一人前になるためには苦しいこともあるけれど、これは自分が好きなことだから、自分で選んだことだから、という強い思いがあれば、苦しいことも乗り越えられる。

何がやりたいのか、何が好きなのか、何が得意なのかと子供たちに問うとともに、もう一つ付け加える。それは、そのやりたいこと、好きなこと、得意なことは、人や社会に役立つことができるかどうか。人や社会にいくばくかでも役立つことであれば、やりがいも感じる。きっと報酬を得ることもできる。やりたいこと、好きなこと、得意なことをやるだけでは、いつか壁にぶつかる。そういうときに、人や社会に少しでも役に立っているという実感があれば、壁を乗り越え続けることができる。

先日還暦間もない友人と食事をとりながら話をしていた。友人は金融マンを30年弱やり、50代初めに取引先のメーカーに転籍した。そして、最近転籍先の同メーカーで、還暦後の雇用について説明を受けた。60歳から65歳までの5年間、本人が希望すれば仕事は続けられる。しかし、60歳から61歳までの給与水準は現行の約7割。1年後の61歳以降65歳までの4年間は現行の約4割。

友人いわく、「60歳からの1年間は給与が現行の約7割なので仕事は続ける。しかし、61歳以降は現行の約4割にしかならないから、仕事を続けるかどうか分からない。」友人の悩みは、もし61歳以降仕事を止めたとしても特段やりたいことがないことだという。毎日自宅にいても退屈であろう。旅行は好きだけれども、家内は旅行が嫌いなので、行くなら一人になる。一人で旅行に行っても面白くなかろうともいう。

40年近く会社員生活をやってきて、退職後どうしたらいいか分からないという人は実は少なくない。やりたいこと、好きなことは特にないという人はかなり重症である。仮にやりたいこと、好きなことがあったとしても、自分だけが楽しければいいということでは、退職後の長い時間を過ごすのには物足りない。自分も楽しみ、かつ人や社会にも少しでも喜んでもらえると嬉しい。会社を退職後ボランティア活動に精を出す人は、そういう人や社会からの肯定的な反応が嬉しいからであろう。人は何歳になっても、人や社会からの肯定的な反応が必要だ。自分が生きているという実感が持てる。自分の存在感を感じられる。やりがい、生きがいを感じられる。

大学進学や就職の相談のときに子供たちと話しをしたことは、何がやりたいのか、何が好きなのか、何が得意なのかという点と、それは人や社会に役立つことができるかという点であった。この二つのポイントは、奇しくも会社退職後の生活や人生を考えるときにもそのまま当てはまる。会社退職後の生活や人生を考えるときも、なにがやりたいのか、何が好きなのか、何が得意なのか、そして、それは人や社会に少しでも役に立つのか、あるいは人や社会に喜んでもらえるものなのかを検討してみる。

子供たちに話すときにはいわばキャリア設計という文脈で話をするけれども、退職に近い会社員にとっては退職後の人生設計ということになろうか。基本的な考え方はどちらにも通底している。
  
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2016年09月12日

合法的な独占者 (PF628)

82aa7ca3.jpg先般市役所から通知が届いた。先に郵送した某申請書につき訂正を要する箇所があるので、印鑑を持参して来訪頂きたい由。市役所は一部の部署が昨今土曜日も利用できるようになった。住民票の発行等の比較的簡便な取り扱いは土曜日に利用できる。しかし、筆者の申請書の件は土曜日に対応できないことが分かった。仕方がないので、平日休暇を取って市役所を訪れた。

申請書訂正のため印鑑持参の上訪問した旨伝えると、市役所の担当者は筆者が郵送した申請書を取り出してきた。「ここに訂正用の押印を」と指で書類を示す。指が指し示す場所は申請書右上の日付である。筆者が記載した年月日が翌日の日に訂正されている。妙な気がしたので、「どうして翌日に訂正しなければいけないのでしょうか」と尋ねた。そうすると、市役所の人は「当方で受領したのは翌日だからです」という。申請書下部には翌日の日付の入った市役所の受領印が押印してあり、市役所の人はそこを指で示す。

「ちょっと待ってください。この申請書は郵送したんですよ。郵送受付可とありましたので。郵送している以上、申請書の日付と受領日が一致しないのは普通じゃありませんか」と筆者。市役所の担当者は申請書に目が釘付けとなる。上司を呼んできた。上司が「誠に申し訳ございません。日付の訂正は必要ありません。」と陳謝してきた。

「私は会社の有給休暇を取ってここに来ているんです。印鑑を持参せよという通知を受けたので。一体どういう仕事をしているんですか。申請書の日付と受領日の不一致を探してどうするんですか。もっと中身のある仕事をしてください。」心底腹が立った。一体どういう視点で申請書をチェックしているのだろうか。申請書の日付と受領日の不一致を探すことにどんな意味があるのだろう。

こういうエピソードは公的機関によく起こる。作業者は作業の目的を理解しているのだろうか。何のために、何をチェックしているのか。さらに言うと、彼らは社会の中で独占的存在で、競合者がなく競争に晒されていない。いかに非効率で不合理な仕事振りでも、淘汰はされない。資本主義では放任しておくと独占者を生む弊害があるので、独占禁止法等で独占者を排除している。しかし、公的機関はいわば合法的な独占者で、そのためその仕事ぶりが非効率で不合理であっても、極端にひどくなければなかなか改善されない。

公的機関は国民の税金で運営している。国民の利益のために存在している。同様のサービスを提供する競合者はほぼ皆無で、独占的存在でもある。公的機関にこそ、民間会社同様あるいはそれ以上のカバナンスが必要だ。しかし、残念ながら公的機関のカバナンスは無きに等しい。公的機関の仕事振りを効率的にするのを、各職員個人の規律や意欲に期待するのは到底無理がある。
  
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2016年09月05日

図書館が自宅近くにある幸運 (PF627)

5da838b6.jpg図書館の愛用者である。毎週末には図書館に行く。借りている本を返却し、予約した本を受け取る。時間があれば、そのまましばらく図書館で過ごすこともある。自宅から歩いて数分のところに最寄りの図書館がある。いまから十数年前に新設された。7年間の海外勤務から帰国すると、その図書館が出来上がっていた。生涯での幸運は多くはないが、自宅近隣に図書館ができたというのはそのうちの一つである。

社会人になってまもなく、夏目漱石の全集(岩波書店)と太宰治の全集(筑摩書房)を購入した。給料をもらうようになったら買う、と学生時代から決めていた。しかし、社会人生活は忙しく、買った全集を読む暇はない。海外勤務に赴任する際には、段ボール箱に詰めて国内の倉庫に預けた。帰国後引き取ったが、全集の入った段ボール箱は開けることなく部屋の隅に積み上げたままになった。

自宅に全集を陳列する場所はもはやないと悟り、図書館に寄付することを考え付いた。自宅近隣に新設された図書館に行って相談をした。筆者から寄付の唯一の条件として、寄付した全集を同図書館に置いてほしいとお願いしてみた。市内には複数の図書館があるが、他の図書館ではなく自宅近隣の図書館での保管をお願いした。そうすれば自分が読みたいときに読める。しかし、図書館の人は「条件付きで図書の寄付は受けられない」とにべもない。要らぬ図書を図書館に寄付する人が多いのかどうか知らないが、図書館の人の取り付く島の無い応答には閉口した。

図書館には利用者の声を聞くため、利用者の意見を募る箱がある。もう随分前になるが、筆者も意見した。ワープロで意見書をまとめ、「祝日も開館してほしい」と。近隣には会社員が多く住んでいる。平日より週末や祝日の方が図書館の利用者が多い。利用者の多いときに開館し、少ないときに閉館するのが合理的である。従って、祝日は開館した方が利用者の便宜に叶う。代わりに平日に休館する。

意見書には住所、氏名、電話番号も記したが、図書館からなんの音沙汰もなかった。真摯に提案しているのに、無反応というのは失礼である。それから10年以上が過ぎて、図書館で祝日開館の試行が始まった。つい昨年のことである。昨年祝日に2回だけ開館した。案の定祝日開館の効果は良かったと見え、今年は元旦以外のすべての祝日に開館するという。

もっとも、図書館のお知らせをよく読むと、今年もまだ「試行」だという。元旦以外のすべての祝日に開館すると決めたのかと思いきや、「試行」だという。図書館関係者の過度な慎重さに苦笑する。「試行」だとことさら用心深く強調しなくても、祝日開館の効果がなくなったときには取りやめても構わない。運用は柔軟にすればいい。しかし、筆者の見立ては、周辺の住民に会社員が多い限り、平日より祝日の方が相対的に図書館の利用者が多いはずである。やや大げさに言えば、周辺住民の人口動態が変わらない限り、祝日開館の効果は続くはずである。人口動態は数年では変わらない。

全集寄付の話しといい、祝日開館の話しといい、図書館関係者のお堅い対応には感心しない。柔軟性の欠如や創意工夫の欠落は公営の悪いところである。そういう不満はあるものの、自宅近くに図書館があることを幸運に思う。
  
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2016年08月29日

あきらめたらあかん (PF626)

99ea0b28.jpg東海大学名誉教授の唐津一氏が今月(8月)亡くなられた。新聞が小さな記事で報じていた。享年97歳。唐津氏が逝去されたという報に目を奪われたのは、つい先日唐津氏の文章を読んだからである。それは西堀栄三郎氏の『石橋を叩けば渡れない(新版)』のあとがきの文章である。

西堀栄三郎氏は1989年に亡くなられているが、同氏の発想は豊かだ。肝も据わっている。そもそも書名の『石橋を叩けば渡れない』が同氏の発想のユニークさを表している。新しいことに取り組む際、あまり慎重になりすぎたら着手できなくなってしまう。できる限りの準備はするが、その準備が整ったら果敢に実行する。実行している最中にいろいろな問題にぶつかるのは当たり前。そのときは冷静にかつ臨機応変に対応する。どんな問題にぶつかっても、あきらめるな。「あきらめたらあかん」が口癖だった。西堀氏は京都の出身である。

同氏は昭和30年代日本初の南極越冬隊の隊長を務めた。南極で日本人12人が約1年間滞在し、当地で冬を過ごす。できる限りの準備をして南極に入ったが、長い滞在期間中予期しないことが起こる。車両を1台持って行って、南極で利用した。あるときキャンプ地からその車両で遠出した際に、遠方で車両が突然止まってしまった。見ると、車輪周辺の部品が逸失している。周辺を捜索しその部品を探したが、見つからない。仕方がないので、自分たちで修理を施すことにした。修理ができないとキャンプ地に戻れない。車両に付属していた類似部品を取り外し工具で加工して、逸失した部品の代替にした。「あきらめたらあかん」と隊員達に言い聞かせた。

南極越冬中、燃料としてドラム缶で灯油を持ち込んでいた。灯油の入ったドラム缶を移動させるのは大変だ。男数名で力を合わせて運ぶ。あるとき、隊員達と議論をしていると、ドラム缶の移動は重労働なので、パイプで灯油を運ぶことはできないかと提案する者があった。西堀氏は「それはいい考えだ」と推した。西堀氏いわく、部下の発案は潰すな。まず「それはいい考えだ」と励ます。しかし、パイプに類するものは手元にない。「なければ作ろう」と誰かが言うと、別の者が「氷で作ればいい」と言った。しかし、氷ではすぐ折れる。折れたら、貴重な灯油を失う。「折れないように、氷に繊維を混ぜよう」とまた誰かが言う。「包帯なら沢山ある。幸い怪我人が出ていないので、包帯が余っている」と別な者がいう。こうして包帯を核にした氷のパイプが出来上がった。この氷のパイプはその後大変重宝したという。

西堀氏は強調する。南極に行く前にできるだけの準備をした。しかし、現地で生活を始めると、予想していなかったことが起こる。予想していなかったことが起こるのは避けられない。その際に動じてしまうか、冷静になれるかが重要である。冷静になって、対処を考える。考え抜けば、必ずなんらかの解決策が出てくるはずである。あきらめてしまったら、何も出てこない。だから、「あきらめたらあかんのや」。

西堀氏の著作を教えてくれたのは、実は慶應義塾大学教授清水勝彦氏の近著『あなたの会社が理不尽な理由』である。経営学者の清水氏は、同書で経営学者以外の人が書いた本を採り上げ、経営学者の目で評論している。西堀栄三郎氏に加え、河合隼雄氏の本や増田弥生氏・金井壽宏氏の共著『リーダーは自然体』などを採り上げており、対象にした本は良書が多い。


  
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2016年08月22日

話しを聴いて背中を押してあげる (PF625)

2e1753aa.jpg今から1年ほど前のことである。ある企業に勤める人からメールが届いた。メールの発信人の名前に見覚えはない。メールの内容を読むと、半年以上前に同企業の社内研修会の講師を筆者が引き受けたときに、同社内研修会に参加した方だということが分かった。用件は今度一度面談の機会を設けてほしいというものだった。面談にはメールを発信した方とその同僚と二人で参加するという。面談の申し出は快く引き受けた。

面談の日がやってきた。会ってみても二人の顔にあまり見覚えはない。社内研修会には100名近くが参加していたので無理もない。仮に二人をAさんとBさんとしておく。二人ともまだ20代後半である。面談の目的は社内研修会の内容に関連した質問かと思いきや、そうではなかった。二人とも今後のキャリア形成についていろいろ悩んでいた。二人の話をよく聴いてあげた。そして、参考になるかどうか分からないが、筆者の拙い経験も話した。

二人とも大変優秀な方々で、そして自分のキャリアを真剣に考えている。真剣に考えているからこそ、悩むのかもしれない。二人とも非常に堅実な考え方をしていたので、筆者はただただ二人の話しを聴き、励ましてあげた。「自信を持って自分の思っていることを実行したらいい。仮に少々失敗したとしても、気にすることはない。案ずるより生むが易し。行動してみれば、きっと道が拓ける。自ずと自信も付いてくる。」二人とも明るい表情になって帰っていった。

初めての面談から数か月したころ、またメールが届いた。もう一度面談することになった。たまたま昼食の時間帯になったので、二人に食事をご馳走しながら再び話を聴いた。前回よりも内容が深まっている。二人の考えもより具体的になっている。それでもまだ踏み出す勇気が足りないようだ。二人の話しに耳を傾けたうえで、二人の考えている計画に太鼓判を押してあげた。「それでいいから、精一杯やってごらん。一歩踏み出してごらん。困ったらまた相談に乗ってあげるから。」

つい先日Aさんから連絡があった。2回目の面談から半年以上過ぎている。筆者も二人のことは脳裏から離れつつあった。Aさんは現在の会社内で希望の仕事に就くことができたという。報告方々御礼の連絡である。

それから数週間ほど後に、Bさんからも連絡があった。相前後して奇遇だと思った。Bさんは転職を真剣に考えていたが、今般海外勤務の発令を受け海外に赴任することになったという。海外勤務なら成長の機会も沢山あり、転職の考えは一旦棚上げするという。これも報告方々御礼の連絡である。

元来AさんもBさんも優秀で真剣に自分のキャリアと向き合っているので、筆者から見ると当然の結果に思える。筆者はほとんど何もやっていない。ただ二人の話に耳を傾けてやり、二人の計画に賛同し、「やってみたらいい」と背中を押してあげただけである。

20代なら人に話を聴いてもらい背中を押してほしいということはままある。自分が目指していることは間違っていないということを確認したいはずだ。若い人の話に耳を傾け、勇気づけてやり、そっと背中を押してあげる。そういう役割を、これからも果たせるといい。
  
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2016年08月15日

人との関係は物理的な距離ではない (PF624)

f5e53f7f.jpg日々顔を合わせる職場の人でも、会釈や挨拶はするけれども、内容のある話をしたことがないという人がいる。昔近くで仕事をしたことがあるのに、その職場を離れると以後お付き合いをすることはなかったという人がいる。週末にテニスをやっているので、10名余のテニス仲間がいるが、テニス以外の話を深くしたことがないという人がいる。双方共、これ以上立ち入った話はしても仕方ないという推測が自ずと働くのであろうか。他愛のない話で、時間と空間を埋める。

他方、初めて会っても、昔から知り合いだったかのように話しが弾む人がいる。再度会ってみたいと思う人がいる。興味や感情が重なり合う。知的刺激も受ける。同じような考え方や同じような感性に、お互い驚く。しばらく会っていないと、先方が連絡をくれたり、こちらから連絡をしてみたりと、お互い察するところがある。10年以上もそういうお付き合いをさせてもらっている人がいる。

人と人の関係というのは魔訶不思議である。人と人との関係というのは、どうも物理的な距離とはほとんど関係がないようである。毎日顔を合わせていても、興味や感情が重なり合うことがなければ、何年経っても関係が深まることはない。数か月に一度程度しか会うことはなくとも、会うと話が弾み、時間の過ぎるのを忘れてしまうような人がいる。

この両者のケースを分け隔てているものはなんなのだろうか。自分と共感・共鳴する人の特徴はなんなのだろうか。いくつか思い当たるものはある。けれども、言葉に表現してしまうとあまりしっくりこない。言葉に表現しても、第三者に上手く伝わる自信がない。言葉で表現し切れない要素がありそうである。感覚や感性の領域かもしれない。

若い頃はこういう人と人との関係がよく理解できず、物理的に距離が近いのに親密になれないと少々気後れすることがあった。先方に原因があるのか、当方に原因があるのか。当方に原因があるとすると、それはどういうところか。考え込んでしまったりする。考え込んでも、解決の糸口は見つからない。自分の好みが偏っているのだろうかと、ひとり心配になったりもする。

しかし、興味や感情が重なり合わなければ、共鳴・共感するところがなければ、物理的に近い距離にいるからと言って、人は親密になるわけではない。会釈や挨拶、他愛のない話程度で終始してしまうのは仕方がない。人と興味や感情が重なり合い共鳴・共感するのは当人にとっては結果的に必然に感じるが、一方で人と物理的に近い距離にいるのはただの偶然ではないか。そういう風に考えると、無暗に悩まなくてもいい。こういう考え方が正しいかどうかはともかく、世を凌ぐ処世術としてはいくばくかの意味があろう。

熟達した大人たちは、きっとこういうことを理解しているのであろう。おくての筆者は達観するまで随分時間がかかった。
  
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2016年08月08日

石油価格とプロジェクトファイナンス (PF623)

f4752e4a.jpg近年の世界の政治経済の特徴を表現して、VUCA(ブーカ)という言い方がある。VUCAはそれぞれVolatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧模糊)の4つの言葉の頭文字を取ったものである。つまり、世界の政治経済は変動し、不確実で、複雑で、曖昧模糊としていると。

Volatilityの具体的な例のひとつは資源価格の高騰・急落であろう。石油価格(WTI)は2008年に史上最高値147米ドル(1バレル当たり – 以下略)をつけた。その後リーマン・ショックの影響で急落。しかしながら、リーマン・ショック後には速やかに回復し2010年から2014年までの約4年間は100米ドル以上で安定的に推移した。人間の感覚というのは不思議なもので、4年間も継続すると、その状況が「常態」や「常識」だと思えてくる。しかし、石油価格は2014年の夏から急落した。今年(2016年)の第一四半期には30米ドルを一時下回る場面も出現した。「常態」「常識」と思っていた価格水準の、3分の1以下の価格水準である。

石油価格の歴史を見ると、1960年代まではわずか数米ドルと安価であった。いわゆるVolatilityを示すようになるのは70年代に勃発した石油危機以降である。石油危機終息後の80年代後半から90年代末までは石油価格の安定期である。20米ドル前後で推移した。筆者は90年代に7年間米国に駐在し、そのうち4年間は石油ガス産業のメッカ、テキサス州ヒューストンで仕事をしていた。石油ガス産業向けの融資を検討する際に、想定する石油価格は当時18米ドルから20米ドルである。上流の石油ガス開発事業にノンリコースで融資することがあるが(いわゆるリザーブ・ベースド・レンディング)、その際将来の石油価格水準の想定が非常に重要になる。当時業界内で石油価格水準の想定について十分なコンセンサスができていた。それが18米ドルから20米ドルの水準である。90年代の石油ガス業界では18米ドルから20米ドルの水準が「常態」あるいは「常識」であったと言える。時代や環境次第で「常態」や「常識」の中味が変わる。

さて、日本を含むアジアはLNG(液化天然ガス)の最大輸入地域である。LNGの価格は石油価格にリンクしている(近い将来北米から輸入されるLNGの価格は米国内のガス価格ヘンリーハブにリンクするので、この例外である)。石油価格が高騰した際にはLNG価格も高騰する。石油価格が100米ドル以上で推移していた時期にはLNG価格も16米ドル以上(mmbtu当たり – 熱量を示す単位でLNG価格の表示に使用される)で推移した。価格が上昇すると、供給を促す。石油価格の高騰でLNG事業の採算が格段に向上し、LNGの生産設備が陸続と新設される。2010年前後数年間は稀に見るLNG生産設備の建設ブームである。その総投資額は巨額で、一案件で数兆円規模に上る。資金調達手段としてプロジェクトファイナンスが利用されることが多い。プロジェクトファイナンスの融資金額も数兆円に及ぶ。巨大な融資案件になる。

LNG事業向けプロジェクトファイナンスにおいても、将来の石油価格水準をどのように想定するかは非常に重要である。先に言及したとおり、LNG価格は石油価格にリンクしている。将来の石油価格の見通しがLNG事業の採算性を決める。プロジェクトファイナンスを供与する銀行の観点からは、将来の石油価格の水準を見誤ると、債権が不良化しかねない。

石油価格は2010年から2014年まで約4年間、100米ドル以上で安定的に推移していた、と先に記した。また、その時期にLNG事業が多く立ち上がったとも記した。ここで興味深い点が浮かび上がる。それは2010年前後数年間のLNGブームで着工したLNG事業では、将来の石油価格をどのように予想していたのだろうかという点である。すべてのLNG事業でこれを検証するのは至難だが、プロジェクトファイナンスを供与したLNG事業についてはある程度データが取れる。そして、複数のLNG事業のデータをまとめてみると、次のようなことが分かってきた。

1) ベースケースで想定した石油価格は75米ドル
2) ベースケースのDebt Service Coverage Ratioは2.00以上

上記1)から、100米ドル以上の石油価格が「常態」「常識」であった時期にもかかわらず、それを25%以上下回る75米ドルをベースケースの石油価格としていたことが注目される。「常態」「常識」から25%以上差し引くという保守的な価格想定である。
上記2)から、融資の返済が滞るような石油価格水準はおおよそ40米ドル程度であるということが推定できる。これは石油価格のかなりの下落リスクを吸収できる。今年の第二四半期以降、石油価格は40米ドル以上で推移しているので、もはや融資の返済が云々されるような石油価格水準ではない。

石油価格をめぐるVolatilityに対して、プロジェクトファイナンス・レンダーが打っている手立てはなかなか周到である。こういう検証を試みると、プロジェクトファイナンスのリスク管理手法の秀逸さが際立つ。
  
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2016年08月01日

活躍できる帰国子女と活躍できない帰国子女 (PF622)

5f070ece.jpg子供の頃に外国で生活したことのある日本人を一般に帰国子女という。外国のうち英語圏で生活したことのある帰国子女は、英語能力があり、特に発音が上手い。もっとも、子供の頃と一口に言っても、どのくらいの年齢のときに外国に生活していたのか、何年間生活していたのか等々諸条件次第で習得した英語能力は異なる。さらに、外国で通学していた学校では普段どのくらい英語を使っていたのか、家庭では専ら日本語を使用していたのか等々の諸条件も加わってくる。帰国子女が過ごした英語環境は千差万別である。これに個人的な取り組み姿勢や興味度合いも加味される。

帰国子女の多くは親の仕事の関係で渡航する。大手企業に勤務していた父親が海外に赴任することになったので、それに家族で帯同した、という例が多い。日本の経済が成熟してくる時代に、日本の会社員の海外赴任者の数が増えていった。1970代から90年代辺りは、海外勤務者が急増していた時期ではないか。その時代に小学生や中学生で両親とともに海外生活を経験した帰国子女は、いま社会人となっている。

金融の世界で海外業務に携わっていると、帰国子女に出会うことが多い。英語での打ち合わせや電話会議を開催すると、ネイティブ・スピーカーのような英語の話し方と発音で発言するので、帰国子女であることが分かる。言語の発音というのは、若い頃せいぜい中学生や高校生程度の年齢までに習得が終わると考えられている。こういう時期にネイティブ・スピーカーの英語の話し方と発音を身に付けた人は幸運である。大人になってから、ネイティブ・スピーカー並みの英語の発音を身に付けるのは至難のわざである。筆者はずっと苦い経験をしてきた。

さて、帰国子女は社会人になってから得意の英語を使って、どのくらい活躍しているのだろうか。多くの帰国子女を観てきて、実は帰国子女といっても、社会人になってから存分に活躍する人と、そうでもない人が併存していることを知るようになった。後者は「英語がちょっと出来るだけ」と、人に嫌味を言われかねない。

活躍している帰国子女と、そうではない帰国子女との大きな違いはなにか。それは英語以外の能力である。活躍している帰国子女は、仮に当人から英語能力を奪ったとしても、仕事の遂行能力は依然高い。具体的には業務知識、思考能力、対人能力、リーダーシップ、行動力等々、英語以外の能力が人並みかそれ以上である。活躍できていない帰国子女というのは、こういう英語能力以外の部分でなにか足りないものがある。なにか足りないものがあるために、折角の英語能力も生かしきれていない。足りないものを補って余りあるほどの格別の英語能力があるというわけでもない。思うように活躍できていない帰国子女に限って、自分に足りないものが何なのか、何を補っていけば良いのか、それとも英語能力をもっと伸ばして弱いところを補うのか等々、自分の課題が十分自覚できてもいない。

ここ数年で外資系金融機関に勤務していた帰国子女の人が失職したり離職余儀なくされたりする例をいくつも見た。いずれも英語を流暢に話す。しかし、なんらかの理由で仕事振りが芳しくない。仕事そのものを貪欲に身に付けるという意欲も強くはない。英語ができるというプライドや過信のためかどうかは知らない。仕事ができなければ、そもそも自分の得意な英語を生かす機会も失いかねないということを、果たして十分理解していたかどうか。職を失ってから気付くのでは、ちょっと遅すぎる。
  
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2016年07月25日

仕事で培った知識や経験を生かす (PF621)

d5f07779.jpg少し前のことになるが、大学4年生の方から筆者にメールが届いた。「卒業論文のテーマにプロジェクトファイナンスを採り上げるので、ご相談させて頂きたい。」後日面談の機会を設け、相談に応じた。その翌年には、別な大学4年生の方からメールが届いた。「就職活動中で、将来プロジェクトファイナンスの仕事がしたい。ついては一度お話をお伺いしたい。」このときも時間を設け、直接会っていろいろ話をした。数か月後就職先が決まると、改めて御礼の通知を頂いた。

拙著を読んだという読者から先般メールを頂いた。拙著に掲載しているキャッシュフロー表を、この方は自身でエクセルを用いて再作成したうえで、キャッシュフロー表に関わる質問をされた。キャッシュフロー表を見事に再現している点に筆者も驚いた。しかも、筆者が作成したものより緻密だ。丁重に質問に応えて、感謝頂いた。

先般筆者が講師を務めたセミナーの参加者から先日連絡を頂いた。「NPV (Net Present Value)の算出に当たり割引率の水準をどういうふうに考えればよいのか。また、カントリーリスク保険を付保した場合には当該リスクは完全に除去されていると考えてよいのか。」等々の質問だった。電話で説明したうえで、要点をまとめメールでも回答した。本人には喜んで頂いた。

某企業の社内研修会の講師を務めた時には、後刻参加者の方から改めて面談を要請され、面談をしてみるとキャリア開発の話にまで及んだ。筆者の失敗談も交えながら話をし、大いに励ました。優秀な方だったので、あとは一歩を踏み出す勇気だけが必要なのではないかと推察したからである。半年ほど過ぎたら、結果を報告して頂いた。本人の希望が叶ったという。

上記のような話は些細な話に過ぎないが、いずれも会社の仕事とは関係ない。相談にのったり、質問に答えたりしても、会社の業務のように報酬があるわけではない。しかし、報酬よりも素晴らしいものがある。それは感謝してもらえることである。感謝の気持ちはお金では買えない。

相談ごとも質問も、プロジェクトファイナンスに関連している。プロジェクトファイナンスは自分の仕事ではある。その知識や経験をなんらかの形で生かして、仕事以外の目的に役立てることができたらいい、とずっと思っていた。

仕事で培った知識や経験を、仕事以外の目的に役立てるというのは、言う易く行うは難い。その一部分だけでも仕事以外の目的に役立てられたら、通常は上等な方である。それから、仕事以外に役立てるといっても、果たして実際どのくらい役に立つものか。いったいどこに行けば、役に立つのか。これらもまた課題である。

筆者も試行錯誤が続いている。諸先輩の話を参考にするのもいいだろうが、筆者の見立ては諸先輩のやっていることをそのまま真似ても駄目だということ。なぜなら、一人一人が持っている知識や経験は個性があるからである。それから、誰かの役に立っているという手ごたえをどれほど感じられるかも個人差がある。要は、この問題は一人一人が自分で解を見出さないといけない。

仕事で培った知識や経験を生かす方法は、これからも模索が続く。こういうことを模索していること自体が、実はまた愉しくもある。
  
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2016年07月19日

柔らかい母の掌 (PF620)

917029a0.jpg母から電話があった。今年84歳。
「夏彦、申し訳ないが、今度の週末クルマで整形外科医院に連れて行ってくれないか。」 
今でも身の回りのことはほとんど自分でやる母が、息子の筆者に依頼ごとをするのは珍しい。そういう母の性格を知っているので、母からの依頼ごとは二つ返事で受ける。ただ、どういう事情かは訊いてみた。

「先日いつもの内科医の先生に、『最近腰痛がひどい』という話をしたら、『一度O整形外科医院に診てもらいなさい』って言われた。」「O整形外科医院はクルマでなければ行けない。」

母は腰痛持ちである。70代になってから、腰痛との付き合いが始まった。4年前には腰痛がひどくなり、医者からもらった痛み止めを常用した。痛み止めの服用次第では、腰痛はおさまるものの、意識が朦朧とする。痛み止めの副作用であろう。1月の寒いある日、意識朦朧とする中、自宅で深夜トイレに立ち、転倒したことがある。転倒の際、身体が石油ストーブにぶつかり、石油ストーブの上に置いてあったやかんが倒れた。やかんに入れてあったお湯の一部が母の身体に散り、火傷を負った。

この4年前の母の転倒事件がきっかけで、遠方に住んでいた両親には、筆者の拙宅近隣に転居してもらうことにした。暖房はガスストーブとエアコンに切り替え、石油ストーブの使用は止めた。両親が拙宅近隣に住むようになってから、毎週1回両親の居宅を訪問し、様子を見守っている。

整形外科医院の診察の日、約束の時間に母を迎えに行くと、母は外出の支度をして待っていた。なにごとも準備を怠らない母らしい。腰痛のためクルマに乗り込むのが難儀なようだ。思わず母の手を取り、乗車を手伝う。母の掌(てのひら)と筆者の掌が合わさる。母の掌が柔らかい。母がクルマに乗り込むまでの、わずかな時間が、一瞬止まる。

最後に母の手を握ったのはいつのことだろう。よく思い出せない。おそらく小学生くらいのときではないか。再び母の手を握ることがあろうとは、夢にも思わなかった。整形外科医院に到着してクルマから降りるときにも、再び母の手を握った。診察が終わってからの帰路、クルマの乗降で再び母の手を握った。

我慢強く、愚痴を言わず、毎日の単純作業を積み重ねることができる母に、尊崇の思いを抱くようになったのは、いつごろからだったろうか。筆者が小学3年生か4年生のときである。お年玉で蓄えたお金で、指輪を買って母にプレゼントしたことがある。母は「綺麗な指輪が好き」と言っていたのを耳にしていたからだ。指輪を手渡すと母は、「夏彦のお金を私のために使わなくていいんだよ」という趣旨のことを言った。

もっとも、指輪は当時の筆者がおもちゃ屋で買ってきたものである。指輪はプラスチック製の子供向けのおもちゃである。「綺麗な指輪が好き」と言うのを母から聞いたとき、「指輪ならあのおもちゃ屋に売っている」と、当時の筆者はいつものおもちゃ屋をすぐに思い浮かべた。

大人の女性が身に付ける指輪は、おもちゃ屋ではなく宝石店で売っているということを知ったのは、そのあとしばらくしてからである。家族は両親と兄弟二人の4人家族。家族の中で母が唯一の女性だったので、おもちゃの指輪をもらっても使い道に困ったのは想像に難くない。

母の柔らかい掌に触れて、小学生の時に母に指輪をプレゼントしたことを思い出した。
  
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2016年07月11日

軋轢を生む人 (PF619)

0bd23b4e.jpg会社というところは人が集まった組織である。多くの、多様な人が集まる。そうすると、一人や二人変わった人がいる。そういう一風変わった人が、自分の部下や同僚あるいは上司になった場合にはどうすれば良いのだろうか。

先日昔からの知り合いX氏と話しをする機会があった。X氏は元邦銀マンである。もう10数年前の、X氏が体験した奇妙な出来事を伺った。奇妙な出来事はX氏の部下二人の間に起こった。仮に同氏の部下二人をAとBとする。両名はある案件を一緒に担当していた。海外出張にも頻繁に一緒に行った。

しばらくして、二人のうち年下Bが年上Aを難じ始めた。両名は入社年次が3−4年違う。Bは出張中のAの些細な振る舞いを逐一採り上げ、一部始終をメールでX氏に報告してくる。仕事をしている振りをして、実は仕事をしていない。面倒な業務は年下の自分に回す。顧客とのお付き合いと称して会社のお金で飲食する等々。困惑したのはX氏である。報告内容は事実の一面を切り取ってはいるが、穿った視点は明白で、批判するための批判、Aの評判を落とすための悪意が感じられた。

X氏は、両者の間に何があったのか、それぞれに面談するなどして事態収拾に尽力した。その功あって、一応当時収拾はついたかに見えた。背後から襲うように、先輩を批判し続けたBは、その後異動し仕事内容が変わった。その異動を不服としたのか、その数年後に銀行を自主退職した。Bは退職後10数年の間に勤務先を何回となく変えている。どうもBの一風変わった人柄はどの職場でも馴染まなかったらしい。一方、Bに無闇に批難されたAは、50歳を超えると銀行の紹介で第二の職場に移籍し今でもそこで元気に仕事をしている。

筆者はX氏に聞いてみた。「BがAを批判した動機はなんだったんですか。あることないこと批難して、Aを貶めてBにどんな利益があるのでしょうか。」
X氏いわく、「自分も本当のところはよく分からない。そのときのBの感情が抑えきれなかっただけなのか、それともAを批判することによってBは自分の相対的な評価を引き上げようと思ったのか。」
「仮に後者だったとしても、結果は全くの逆効果でしたよね。」と筆者。

X氏によると、Bの攻撃的性格は当時の管理職の顰蹙を買った、Bの仕事をする能力は人並み以上だったが、人間関係構築力はゼロと評価された云々。

大概の会社員は普通に過ごしている。無闇に人の批判はしない。批判する自分が人にどう見られるか、少し考えてみれば分かることである。成熟した大人なら、批判がましい発言は控える。しかし、ごく一部に変わった人が存在するのは事実である。Bはいわゆる軋轢を生む人なのであろう。どういう動機で、そういう行動を取るのか、常人の理解や想像を超えている。軋轢を生む人が近くに来たら、どうすれば良いのか。解決方法は良く分からない。君子危うきに近寄らず、と軋轢が及ばないところまで下がっているに如くはなしというところだろうか。


  
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2016年07月04日

マズローの欲求階層説と会社員の自己実現 (PF618)

be2a0b7b.jpgマズローの欲求階層説は有名である。我々の持つ欲求を5種類に分類し、その5種類は階層を成しているという考え方である。5種類の欲求は、1)生理的欲求、2)安全の欲求、3)所属・愛の欲求、4)承認・自負心の欲求、5)自己実現の欲求と並ぶ。この順序が大切である。まず、衣食住のような基本的な欲求(生理的欲求)を満たしたい。そして、生命や身体が危険にさらされないという安心・安全の欲求を満たしたい。ここまでは基本的な生存の欲求といえる。そして、就職する、結婚する、などによって所属・愛の欲求を満たしたい。ここまでは分かり易いし、達成することが特別難しいわけでもない。

さて、ここから先は難易度が上がってくる。承認・自負心の欲求というのは、例えば会社員の例で言うと、上司、同僚、部下などに認められる、仕事ぶりが評価される、信頼されるということである。その結果、自負心も満たされる。この承認・自負心の欲求は誰でもが必ず十二分に満たされるというわけではない。仕事ぶりを評価されず、陰口を叩かれ、部下からも馬鹿にされたりすれば、この欲求は満たされない。会社に行くのが憂鬱になる。会社での人間関係がギクシャクし、悪循環を起こしかねない。悪循環の末、承認・自負心の欲求はおろか、所属の欲求も充足されないことになってしまうかもしれない。

上司、同僚、部下などに仕事ぶりが評価され、信頼され、この承認・自負心の欲求は相応満たされているとしよう。こういう会社員はもちろん営業成績優秀な会社員のはずである。若いときであれば、将来を嘱望され、それを自分でも意識し、仕事にも力が入る。40代あるいは50代であれば、ベテラン社員として周囲からも信頼される。後輩の指導にも余念がない。要職に就き、忙しい日々を送る。

50代以上のケースに注目してみると、仕事ぶりが評価され周囲に信頼されている、というところから、果たしてどうやって次の段階つまり自己実現の欲求を満たすところまで行けるのだろうか。役員に昇進し、さらに社長就任にまで到達する人は、おそらく自己実現を果たしていると言えるかもしれない。問題は役員への昇進や社長就任などの会社員としての栄達まで達していない人である。そういう会社員も自己実現は図れるものなのであろうか。

役員にまで昇進した人のうちでも、社長にまで昇進する人はごく僅かである。従って、仮に社長まで昇進した人(副社長や専務でもいいかもしれないが)は自己実現が図れたものと想定したとしても、それ以外の圧倒的多数は自己実現がなかなか図れないということになる。自己実現の達否はどうしても主観に拠るところが大きいので、他者が判断するのは容易ではないが、ここでの問題意識は会社員の自己実現というのは果たして会社内で達成できるものなのか、という点である。

ピーター・ドラッカーは「知識労働者は会社の外に興味を持て」と言っている。どうもこの指摘は、自己実現のための要件と関係がありそうである。会社員である限りは、社長にでもならない限り(副社長や専務でもいいかもしれないが)、自己実現は図れないのではないか、と筆者は訝っている。そうすると、自己実現を図るためには、会社以外のところで自分の得意なところを発揮し、自分の興味を横溢させる必要があるのではないか。

なぜ筆者がそういう風に考えるようになったのか。それは拙著を出版したり、講師をしたりする中で、会社員生活だけでは味わえないような充実感、充足感、達成感を感じることがあるからである。会社員の自己実現は(社長にでもならない限り)会社の中にはない、という気がしてならない。

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マズローの欲求階層説や自己実現については、金井壽宏著『働くみんなのモチベーション論』「第8章自己実現」に触発された。金井氏は神戸大学大学院経営学研究科教授。組織行動論がご専門で、『リーダーシップ入門』も名著である。




  
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2016年06月27日

日記とブログ (PF617)

3bc0fd2d.jpgしまおまほ(島尾真帆)というイラストレーターがエッセイの中で面白いことを書いていた。中学生の頃、日記に恋愛のことばかり綴っていた。純真で「好き」一色の気持ちが充満している。時々「好き」一色の気持ちを思い出したくなるので、当時の日記はいまでも手の届くところに置いてある。こんな内容である。

中学生といえば、筆者も日記を書いていた。毎日几帳面に書いていたわけではない。文字通りに「日記」とはいえないが、週に数回自分の気持ちをノートに綴っていた。今でも覚えている。初めて書いたのは中学2年生の11月である。授業が一コマ休講となり、課題の載っているプリントが配られ自習になった。しばらくすると、近くに座る運動好きの活発な女子生徒が、自分では一切解かず、クラスメートの解答を写し始めた。筆者も何問か解答を訊かれた。気前よく解答を見せるべきなのか、それとも女子生徒の不当を難じるべきなのか、思い悩んだ云々。これが初めて筆者が書いた日記の内容である。

中学2年生のときに、なぜ日記を書き始めたのか。それは良く思い出せない。はっきり覚えているのは、自習時間に配られたプリントの問題を自分では一切やらずクラスメートの解答を写すのは不当ではないかという憤懣やる方ない気持ちである。そういう気持ちが充満して暴発を防ぐために、ノートに書き殴った。そして、ノートに綴ってゆくうちに高ぶる気持ちが少しずつ落ち着いてきた。そういう精神の高ぶりと沈静の記憶である。

このほか、中学生時代に書いていた日記の内容は、友人のこと、異性のこと、クラブ活動のこと、勉強のこと、受験のこと等々、平凡な中学生の関心事に尽きる。実は高校生になっても、大学生になっても、日記を書き続けた。社会人になっても1年余書いていた。通算10年ほどの間、日記を綴っていたことになる。大学ノートにして全部で8冊。冒頭のイラストレーターの話ではないが、実は筆者も8冊の大学ノートは今でも身近なところに置いてある。

もっとも、なにかを思い出したくて手元に置いてあるわけではない。8冊の大学ノートを見るだけで、中に書いてあることを読まなくても、萎えているときの自分を元気づけてくれたことが何度かあった。中学生のときも、高校生のときも、そして大学生のときも、なにかしら思い悩むことや迷うことがあって、その都度なんとか乗り越えてきたんだという内省が、自分自身を励ます。

20代初めに日記を書くのを止めた。止めようと大きな決断をしたわけではない。大学ノートを開かない年月が自然と流れ、書かない間隔が長くなり、気が付いたときには日記を書かない生活の方が常態になっていた。今思い返してみると、日記を書くということは一種の通過儀礼だったのかもしれない。日記を書いていた約10年間は、自分のさまざまな思いを言語化することによって、暴発を防ぎ精神の不安定を押さえていたような気がする。

それから約20年後つまり40代半ばのときに、性懲りもなくまた文章を書き始めた。それがこのブログである。ブログを書き始めたときの動機は興味本位だった。ブログが普及しだした時期で、どういうものか試してみようといった軽い気持ちである。それが今日まで10年以上続いているのは、自分でもちょっと不思議な感じがする。日記をつけていた期間を既に超えている。

このブログは通過儀礼でもなければ、精神の不安定を緩和するものでもない。書くことが楽しいから書いている、というのが真相である。書くことが楽しいうちは、まだまだ続けられそうである。

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しまおまほ氏のエッセイ: 日本経済新聞夕刊2016.6.18プロムナード『中学生日記』
  
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2016年06月20日

社内交流サイト (PF616)

67ddd42c.jpg交流サイト(SNS)といえばフェースブック(Facebook)やリンクトイン(LinkedIn)が良く知られている。筆者もフェースブックを4年前から、頻繁ではないがときどき使っている。リンクトインはつい先日マイクロソフトが買収を発表した。

筆者の勤務先で最近社内用の交流サイトが立ち上がった。社員間のコミュニケーションを向上させようという狙いである。仕組みはフェースブックやリンクトインと同じである。参加者が社員に限られている点だけが一般の交流サイトと異なる。

社員は海外拠点に分散しているので、普段の仕事では電話やメールでコミュニケーションをとっている。そういう中で、社内交流サイトを立ち上げるというのは、電話ともメールとも一味違う効果や機能があるからである。一味違う効果や機能のひとつが、多数の社員と同時にコミュニケーションがとれる点である。それから、社内交流サイトは個別具体的な話題や事案を採り上げるのは不向きだが、大きな話題を取り上げるのには向いている。

例えば、先日アジアインフラ投資銀行(AIIB)について短文を投稿したら、シンガポールに駐在する調査部門のアナリストがコメントしてくれた。筆者は会ったことも話しをしたこともない方である。一人知り合いが増えたような、ちょっと嬉しい気持ちになる。電話やメールではけして起こり得ない現象だ。また、一般の交流サイトでも起こり得ない。なぜなら、一般の交流サイトでは予め「友達」登録をして交流を開始するので、そもそも見知らぬ人から自分の投稿にコメントを貰うということは起こらない。社内交流サイトならではの現象で、この点一般の交流サイトと大きく異なる。社内の不特定多数の人に発信することができるので、社内の思わぬ人が反応する。こういうことの積み重ねが社内全体のコミュニケーションを向上させるのか、と筆者は思わず膝を打った。

しかし、社内交流サイトは開始してまだ日が浅いせいか、いまのところあまり利用者が増えていない。一部の社員は熱心に投稿しているようだが、過半の社員はそもそも社内交流サイトにアクセスすらしたことがないようである。そこで、社内交流サイトの利用を促進させようということになった。総社員数は約5万人に及ぶ。そう簡単なことではない。

筆者も社内交流サイトの利用促進に一役買おうと思い、定期的に投稿することにした。社内共通言語は英語である。自ら課したこととはいえ、言うは易く行うは難し。まずは週に1回の投稿を試みることにした。先日は孔子の言葉(『論語』)を引き、ユーモアを交えて、業務戦略における差別化(Differentiator)の重要性について短文を載せた。書き出しは次のような調子である。

Confucius (551-479BC) says, "Learning without thinking is a waste and thinking without learning is dangerous." We could make a small change here; "Working without thinking is a waste and thinking without working is no pay." 
Thinking in business means building a strategy. A strategy is there to win business. To win business in the current environment, we need a differentiator. How can we get business from clients in competition? I am always thinking about this WITH working (otherwise no pay!). A differentiator is the answer.

期せずして、意外と反応が良かった。ちょっと堅い話題でも、ユーモアを交えて採り上げると興味を持ってもらえる。これは交流サイトの場合だけではない。人前で話をする時も、ユーモアを交えて話ができるといい。堅い話題ほど、ユーモアが必要だと言っても過言ではない。
  
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2016年06月13日

飲酒をやめる (PF615)

ad02351e.jpg先日某企業でプロジェクトファイナンスの社内勉強会の講師をした。勉強会のあと夕食に招待された。食事の席で参加者は「とりあえずビール」を注文する。筆者は炭酸水を注文する。「飲まないんですか」と訊かれたので、「お酒はやめました」と答えた。「お医者さんに止められたんですか」と続けて訊かれたので、料理を食べながら事情を説明した。

筆者の父も兄もアルコールはけして弱くない。筆者も社会人になってから、お付き合いで飲んでいた。独身の頃、飲みすぎて前後不覚になり同僚の家に泊めてもらったことがある。二日酔いで翌日終日気分が悪く仕事どころではなかったことがある。それでも、アルコールを飲みながら親しい友人と本音で話をするのは楽しい、人間関係作りにも役立つ、若い頃はそう思っていた。

結婚をして家庭を持ち、子供を持ち、大人になるにしたがって、果たして飲酒は必要なのだろうか、人が言うほど楽しいものなのだろうか、と訝るようになった。訝るようになっても、お付き合いの飲酒は続いた。夜の集まりに参集すると、アルコールが出てくる。乾杯にはアルコールの入ったコップを片手に持つ。乾杯の掛け声の後、その片手で口に注ぐ。ほろ酔い気分で帰りの電車に乗る。

仕事には熱心だったが、誘われると断らず、結果的に暴飲暴食の生活を送った実兄は50歳を前に亡くなった。なぜそこまで飲まなければならないのか。飲まなければ仕事がもらえないのか(兄は公認会計士で独立していた)。飲まなければストレスを発散できないのか。亡くなった実兄に詰問したかったが、応えてくれるはずもない。飲みすぎて身体を壊し、さらに命まで失ってしまった。仕事どころではない。ストレス発散どころではない。

アルコールを飲まなくても仕事はできる。ストレスは溜めなければ、発散する必要もない。第一、夜のお付き合いは時間とお金の浪費が激しい。夜のお付き合いがあると、その日はもう何もできない。とりとめのない話に盛り上がるのもいいけれど、それを何度繰り返してもおそらく何も生まれない。創造的でもない。自分の弱さが、酒宴に誘うのではないか。なんとなく人と一緒に過ごしたい、自分の話を聞いてほしい、共感してほしい、なんていう気持ちは自分の弱さの表れに過ぎないのではないか。

ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は、午前7時から午後4時までの勤務が基本で日没前に軽く運動をして風呂に入るという。伊藤忠商事社長の岡藤正広氏は、商社マンでも夜は一次会で十分、早朝に集中的に仕事をこなす方が効率的で健康にもいいという。いずれももっともな話である。やるべきことがある人は夜のお付き合いで時間を浪費しない。

本当にいい仕事をコンスタントにしようと思えば、平日の夜、管を巻いている場合ではない。お酒のつきあいは人づきあいに必要だという人がいるが、お酒の好きな人が作った理屈であろう。お酒なしでお付き合いをしている人を何人も知っている。

責任感ある、成熟した大人は居酒屋でくだらない話に時間を浪費しない。やりたいことがある、希望に満ちた大人も居酒屋に集まって時間を浪費しない。そもそもいい歳をした大人が集ってお酒を飲みながら騒いでいる姿は、甚だ見苦しい。

そうこう考えを巡らし、「お酒はやめたんです。」と話を結んだ。そうしたら、数名の人が炭酸水を注文し始めた。
  
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2016年06月06日

休暇日数の多い職場 (PF614)

01381d0d.jpg日本は先進国で最も祝日の多い国である。昨年まで年間15日の祝日があり、既に先進国中ダントツ1位の地位を確保していたが、今年から「山の日」が加わり年間祝日日数は16日に増える。英国が8日、米国が10日、ドイツ、フランス、イタリアが11日なので、日本の祝日日数における先進国第1位の地位は揺らぐことがない。

昨年のカレンダーを見ると、日本で祝日の無い月が2つあった。6月と8月である。ところが今年から8月に「山の日」が新設されたので、いよいよ祝日の無い月は6月だけになる。今月は稀有な、祝日の無い月である。当初「山の日」は山開きが行われる6月を想定していたという。いずれにせよ、新しい祝日は、まだ祝日の無い月に設けようという思いが働いていたことが分かる。

近年設定された日本の祝日は、外国人に由来を訊かれて説明に窮する。「みどりの日」、「海の日」、「山の日」などがその例である。祝日名を英語に直訳すること自体は難しくないが、その由来や理由を訊かれて説明に難渋する。国民の祝日に関する法律にはそれぞれ「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」、「山に親しむとともに、山の恩恵に感謝する」とある。この伝でゆくと、親しんで恩恵に感謝さえすれば、さらに10個くらい祝日を創れそうである。

しかし、祝日の多いことを喜んでばかりはいられない。日本は休暇が多いのかというと、必ずしもそうではない。なぜなら、週末以外の休暇の日数は、本来祝日の日数と有給休暇の日数とを加えたものになるはずだが、日本は後者つまり有給休暇のうち実際に取得する日数が圧倒的に少ないからである。日本人は1999年以降平均有給休暇取得率が50%を超えたことがない。仮に年間有給休暇日数を20日持っているとして、10日取れるか取れないかという水準である。日本では夏休みに1週間(休暇取得5日)、それから個別に数日取得するのが典型的な有給休暇取得パターンのようである。かつて異業種の人たちが集まる場で、有給休暇取得状況をヒヤリングしたことがあるが、やはりその程度だった。

筆者がかつて勤務していた邦銀もそうだった。有給休暇取得率を上げようとして「誕生日休暇」という制度を設け、自分の誕生月に有給休暇を1日取得してくださいという運動をしていたが、暖簾に腕押し、ほとんど効果はなかった。夏休み1週間と誕生日休暇は取れたとしても、それ以外は休めないという雰囲気だった。従業員ひとりひとりは実は休暇を取るのが嫌いな訳ではない。しかし、職場の人が休暇を取らない、上司も休暇を取らない、自分だけ休暇を取ると他の人に迷惑を掛ける、休暇を取れる雰囲気ではない、評価に響く等々お互いにお互いを縛りあっているようで、結局有給休暇が取れない。

ちなみに、先進国の外資系企業の従業員は有給休暇をしっかり消化する。休暇は残さずしっかり取って、家族と過ごし心身共にリフレッシュして、オフィスに戻ったら再び仕事に精を出す。皆がそうしているので、同僚の休暇取得を迷惑だとは思わない、お互い様、という感覚である。筆者の場合、夏休みに2週間(休暇取得10日)、年末に1週間(休暇取得5日)のほか、必要に応じて休暇を取っている。有給休暇取得率は毎年90%前後である。

こうして見てくると、本当に週末以外の休暇日数(祝日日数プラス有給休暇取得日数)が多いのはどこの国のどこの職場なのだろうか。例えば、欧米先進国の企業の社員が日本勤務になると、休暇日数はかなり増えるはずである。従前どおり有給休暇を消化するのに加え、日本の祝日も休む。また、有給休暇の消化が難なくできる在日外資系企業の日本人社員も同様かもしれない。幸い筆者の職場もその範疇に属する。働きやすい職場である。
  
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2016年05月30日

閑話休題のビジネス英語(38) (PF613)

49e8378f.jpg● Would you know a Martin Smith? と、先日メールで質問を受けた。メールの発信人は他社の人である。Martin Smithというのは筆者の会社の同僚である。この英文で見逃してはならないのはMartin Smithという人の名前(固有名詞)の前にaが付いているところである。「マーティン・スミスをご存知ですか」という通常の意味とは少し異なる。正しい意味は「マーティン・スミスという方(とおっしゃる方)をご存知ですか(自分は会ったこともなく良く存じ上げないが)」というニュアンスになる。通常の英和辞典にもこういうaの用例が載っている。文法知識としては知らないでもなかったが、実務の現場で目の当たりにしたのはおそらく筆者も初めてのことである。

● 名前にまつわる話ではもう一つ思い出すことがある。Paul Fallsという同僚を取引先に紹介した。しばらくして、同じ取引先にPaul Jonesという別な同僚を引き合わせた。そうしたら、先方が「今度の方もポールさんですね」と発言した。そうしたら、Paul JonesがすかさずAll Pauls are good(ポールは皆いい人ですよ)と冗談を言った。絶妙な冗句である。ところで、このときのPaulsという表現に注目したい。固有名詞のPaulにsが付いて複数になっている。通常固有名詞を複数にすることはない。複数にするのは可算の一般名詞が原則だ。しかし、こういう場面では固有名詞にsを付けて複数にするのが正しい。固有名詞が複数になる興味深い例である。
因みに、Paul FallsとPaul Jonesが仮に同じ会議に出席していたとすると、We have two Pauls today (今日はポールが二人います)と言っていい。このときも、PaulsとPaulにsを付ける。

● 日本の某地方都市のホテルに宿泊した時のことである。チェックインをすると、受付で翌朝の朝食券を渡された。翌朝この朝食券をホテルのレストランの入り口で手渡すと、朝食を摂ることができる。朝食券の裏側には英文の説明が書いてあった。その英語の説明文の中に次のような妙な英文があった。
During the peak hour, please be patient to show you to the table.
どこが妙かというと、後半のplease be patient to show you to the tableの部分である。言わんとしていることは分かる。「ご案内するまでご辛抱ください」という意味であろう。しかし、この英文はそういう意味にはならない。何故ならないかというと、この英文ではpatient(辛抱)しなければならない人(宿泊客)とshow you to the tableの主語つまりテーブルに案内する人(これは当然レストランの人)とが同一になってしまっているからである。英文としてはトンチカンな文章である。
「ご案内するまでご辛抱(お待ち)ください」という本来の意味にするためには、次のような文章に書き改めないといけない。
Please be patient until we show you to the table.
ところで、つい先日同じホテルに再び宿泊した。思わず、朝食券の裏面を見てみたが、英文はそのままであった。

● 米国のオバマ大統領が広島を訪問した(5月27日)。米国の現役大統領が原爆投下先の広島に訪問するのは初めてのことである。オバマ大統領が広島で行ったスピーチの中にWe must pursue a world without nuclear weapons(核兵器なき世界を追求しなければならない)という表現がある。広島平和記念資料館でも同趣旨の記帳を自筆で行っている。ここでworldという言葉に付いた冠詞が、我々に馴染みのある定冠詞theではなく不定冠詞aであることに注目したい。通常はin the world等、worldには定冠詞theが付く。しかし、オバマ大統領のスピーチではaになっている。これはどうしてか。オバマ大統領のスピーチの文脈では、核兵器の溢れる世界もあれば、核兵器の少ない世界もあれば、核兵器の全くない世界などもあると考えられるからである。そういういろいろな世界が考えられる中で、あるひとつの世界すなわち「核兵器のない世界」を目指そうと言っている。従って、この文脈ではa worldとして不定冠詞aが適当だということになる。

  
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2016年05月23日

同一労働同一賃金の初の判決 (PF612)

c246ae27.jpg5月13日東京地方裁判所で「業務内容が同じなのに賃金が異なるのは不合理」とする判決が言い渡された。日本には定年後の再雇用の際に賃金水準が引き下がる慣行があるが、この賃金引下げについて労働契約法違反とする裁判所の判決は初めてのものである。

本裁判の原告は定年後に嘱託社員として運送会社に再雇用されたトラック運転手3名で、被告は横浜市の運送会社。原告らは2014年に60歳で定年を迎え、同運送会社に1年契約の嘱託社員として再雇用された。運転手としての業務内容には一切変更がなかったが、給与水準は2−3割引き下げられた。

判決は「定年前と同じ立場で同じ仕事をさせながら、給与水準を下げてコスト削減の手段にするのは正当ではない」としている。被告の運送会社は「会社が定年前と同じ条件で再雇用しなければならない義務はなく、不合理な賃金ではなかった」と主張していたが、この主張は退けられた。もっとも、判決は「定年後の賃金を引き下げることが合理的な場合もある」とも示唆している。

この判決は定年後(60歳以降)の給与水準のあり方について、同一労働同一賃金の考え方が司法の場で支持されたという点が注目される。高年齢者雇用安定法の改正(2013年4月)で日本では定年後の雇用が企業に義務付けられた。企業は同法の規定に従い定年後の社員の雇用を続けてはいるが、給与水準については企業に決定権があり、実態は同じような仕事を続けても給与水準が引き下がるという慣行が蔓延している。この点、60歳以降仕事を続ける会社員の憤懣やるかたない。

上記運送会社も「会社が定年前と同じ条件で再雇用しなければならない義務はない」と主張していた。この主張はおそらくこの運送会社だけのものではなく、多くの日本企業が持っている考え方である。「雇用は継続するが、給与水準は下げる」というのが高年齢者雇用安定法改正以降の企業の運用実態である。「60歳以降も雇用しろ」というなら雇用するが、給与水準は下げる。同じような仕事であっても給与水準は下げる。こういう考え方は日本企業が広く持っている。この考え方が一部否定された点がこの判決の目新しい点である。

さて、問題はこの判決の考え方はこれから日本に定着するのだろうか。いくつか課題がある。
ひとつはまだ本判決が地方裁判所の段階であるという点である。被告の運送会社が控訴して争うかもしれない。判決はまだ確定していないという点でしばらく見守る必要がある。

もうひとつは本事案が中小企業の運送会社と運転手の間の争いであるという点である。日本は中小企業と大企業との間に雇用慣行や雇用条件に大きな格差がある。中小企業で起こったことが即座に大企業にも起こるとは限らない。さらに本事案では原告が運転手であったが、定年後にも運転手を続け仕事内容は変わっていないという事実を確認することは困難ではなかったであろう。これがスーツを着た会社員の場合だと、定年を機に所属部署が変ったり関連会社に転籍したりするであろうから、「仕事内容が同一」と立証するのが困難になる。「仕事内容が同一」でないのなら、給与水準が下がることの不当を争うのが難しくなる。

よく考えてみると、日本で同一労働同一賃金が成立していないのは、なにも定年後のところだけではない。日本の終身雇用制度では若年時にはやや過度に給与水準が低く、40代50代では仕事ぶりの割には給与水準が高い。そして、50代半ばから給与水準の下方修正が始まり、60歳(定年)でもう一段の給与水準の下方修正が行われる。こういう慣行が厳然と存在している。だから、高年齢者雇用安定法の改正でも「雇用を継続せよ」とは定めたものの、給与水準については敢えて言及しなかった(できなかった)のである。

同一労働同一賃金を徹底できるかどうかは、司法の場ではなく立法の場にかかっている。そして、立法の場で同一労働同一賃金の徹底を図ろうとすれば、日本の終身雇用制度の中にビルトインされた給与制度を抜本的に見直さなければならない。これは相当の覚悟が要る。

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東京地方裁判所の判決については日本経済新聞2016.5.14付朝刊の報道に拠る。
  
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2016年05月16日

与えられた仕事にベストを尽くせるか (PF611)

851be5f2.jpg古くからお付き合いいただいた大手商社の方が関連会社に出ることになった。この方は海外現法の社長を歴任し執行役員に昇格、今般関連会社社長に転出する。年齢50代後半。大企業の会社員としては恵まれたキャリアである。仕事振りは的確で、芯の強いところを持ちながらも人柄は温和。いつお会いしても気持ち良く人に接する。

お祝い方々メールでご一報差し上げると、返信を頂いた。返信メールの中にあった一言が印象に残る。「会社の人事は何があるか分かりませんが、引き続き、与えられた持ち場でベストを尽くすのみです。」

終身雇用制度の枠組みの中でひとつの企業で勤め上げるとすれば、「与えられた持ち場でベストを尽くす」以外にはない。それを実行している方の、何気ない発言がなんとも清清しい。「与えられた」仕事が一概に悪いとは思わない。特に若いときはさまざまな仕事の経験が、自分自身を磨く。この方のように、与えられた仕事に都度ベストを尽くし、常に相応の結果を出す人がいる。これはこれで素晴らしいキャリアだと思う。

もっとも、問題は、「与えられた」仕事をやってきたが、会社の処遇に不満を持つ人もいることである。誰もが執行役員になれるわけではなく、ましてや関連会社とはいえ社長になれるわけでもない。「与えられた」仕事は相応遂行するものの、生活のためであって、心底愛着を持つことはできず、愛着を持つことができないので周りの期待するような結果も出ない。そういう中途半端な会社員生活を送ってしまう人は少なくない。こういう人は「与えられた」仕事をやるだけの会社員生活だった、と悔やむに違いない。

筆者の場合、就職して10年程度が経過した30代前半に、「与えられた」仕事を淡々とこなすことに限界を感じ始めていた。定期的な異動にも違和感を感じる。社会人になりたての、修業時代はいざしらず、30代になっても仕事は会社から与えられるものだという考え方に馴染めない。異動するたびに仕事内容が変わり、自分のキャリアはどうなるのだろうという不安感は尋常ではない。生活のため、家族のため、という割り切りをするには若すぎる。

就職してから最初の10年のうちには、「自分が選んだわけではない、やりたい仕事ではない」という思いを当初抱きながらも、仕事に慣れてくると後日興味が沸いてきたという経験もある。しかし、10年も過ぎると、後日興味が沸いてくるかどうかが事前にある程度判別できるようになってきた。

伝統的な日本企業の終身雇用制度の中で自分のキャリアを全うするのか、それともなにか志を持って新天地に出てゆくのか、これは最終的には個々人の考え方の問題である。自分のキャリアをどう考えるかという、キャリア観の問題である。

「与えられた」仕事でも常にベストを尽くせる人は、筆者にとってはある意味羨ましい。なぜなら、筆者にはできなかったから。仕事は与えられるものではなく、自分から探し求めてゆくものではないか。若気の至りと言われても青臭いと言われても、いまでもそう思っている。

  
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2016年05月09日

外資系金融機関での働き方 その2 (PF610)

9f219c7f.jpg前回外資系金融機関に勤務していると日本企業に勤務している知り合いから質問されることがある、質問内容は勤務条件と英語に関わるものが多い、という話をし、前回は勤務条件に関わる質問を採り上げた。今回は前回の続きで、英語に関わる質問を採り上げる。

【英語に関わる質問】
●「社内の書類はすべて英語か」- 社内の書類はほとんど英語である。社内で日本語の書類を見つけるのは難しい。たとえ日本で使用するものだと言っても、業務上の書類は悉く英語である。さもないと、なにか手違いや問題があったときに本部等社内主要関係者が判読できないという事態に陥ってしまう。これは避けたいと考えている。もっとも、在日拠点は日本の顧客と取引をしているので、顧客と取り交わす書類には日本語のものもある。

●「会議は英語か」 - 基本的に会議も電話会議も英語で行う。日本人だけしか出席しない会議であれば日本語で行う。ひとりでも日本語を解さない同僚が参加すれば、会議は英語で行う。こういうときに進行役(あるいはファシリテーター)を務める日本人は少ない。やはり英語だと抵抗がある。進行役の場合、参加者の発言を促し、あるいは参加者に質問して発言内容を確認してゆくなど、英語での高いコミュニケーション能力を要する。英語で行われる会議で、進行役を立派に果たせる日本人は本当に希少である。

●「そもそも英語が得意でない人も勤務しているのか」 - 勤務している。事務部門などに比較的英語が得意でない人が多い。事務部門といえども上司が日本語を解さない外国人だと、英語でコミュニケーションする必要がある。上司が日本人で、かつ日本で事務部門の仕事をしていると英語を使う機会は圧倒的に少なくなる。それゆえ英語の上達の機会も失われてしまう。仕事の環境が英語能力向上の機会を増減させることは不思議なことではない。英語能力を向上させようと思えば、英語を使う仕事環境を自分から求めてゆくことが肝要である。「習うより慣れよ」とはまさに英語の習得に当てはまる。

●「日本人社員の英語能力は平均どのくらいなのか」- 外資系企業の日本人社員の平均的な英語能力は日本企業の日本人社員のそれよりももちろん高いと思う。しかし、その差は普段仕事で英語を使っているかどうかに起因しているに過ぎない。外資系企業に勤務する日本人社員は英語に慣れているというのは事実だが、文字通り慣れている程度に過ぎない。上記で英語の会議を主導できる日本人は少ないと指摘したが、英語に慣れてはいても会議の席上で主導できるほどの英語力を備えている人は極めて少ない。また英語の文章を書く場面でも、格調高い大人の文章を簡単に書けるわけでもない。つまり、英語に馴染んでいるかどうかという程度の差であって、高度な英語運用能力を外資系企業に勤務する日本人すべてが身に付けているわけではない。筆者自身の反省も込めて言うのだが、外資系企業に勤務する日本人は、もっと英語力の質の向上に尽力すべきだ。折角英語に囲まれた仕事環境にいるのだから、もっと英語の文章を読み、教養ある大人の英語を少しでも身に付けるべく精進すべきである。なんとか通じているので、これでいいと観念してしまうと、もうそれ以上成長はしない。先般筆者は社外向け広報誌に英語の記事を投稿した。原案に随分修正を入れられたが、ジャーナリストの人に英語の文章を修正してもらったことは貴重な経験になった。
  
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2016年05月02日

外資系金融機関での働き方 その1 (PF609)

60c764ff.jpg外資系金融機関に勤務してちょうど10年になる。10年間同じ勤務先に勤めている。邦銀から移って以来、転職はしていない。外資系金融機関に勤務していると、日本企業に勤務している知り合いから質問されることがある。質問内容は勤務条件と英語に関わるものが多い。勤務条件に関わる質問は多岐に亘る。残業は多いのか、雇用契約は1年毎に更新しているのか、営業成績が悪いと解雇されるのか、60歳を超えて雇用してくれるのか、上司は外国にいるのか等々。また英語に関わる質問は、社内の書類はすべて英語か、会議は英語か、そもそも英語が得意でない人も勤務しているのか、日本人社員の英語力は平均どのくらいなのか等々。

勤務条件と英語に関わる質問を分けて、実態を整理してみたい。もっとも、日本で営業している外資系金融機関は米国系、欧州系、その他の先進国およびアジア系等々出自はさまざまである。従って、外資系金融機関の実態はそれぞれ異なっており、総括するのは実は困難である。以下は筆者自らの経験と外資系金融機関に勤める知人を通じて知った事実である。

【勤務条件に関わる質問】
●「残業は多いのか」 – 多いところもあるし少ないところもある。所属する部署による違いも大きい。因みに筆者の所属する部署は残業が少ない。筆者自身が残業は好きではないので、日中作業効率を上げ残業をしないように心掛けている。日本の金融機関との違いはおそらく、上司や同僚が帰らないから帰れないというような「雰囲気」や「空気」で残業が常態化していないところではないかと思う。もっとも、在日拠点は日本人社員が多いため、残業常態化の悪弊が出ている在日外資系金融機関や部署もある。

●「雇用契約は1年毎に更新しているのか」 – 外資系金融機関でも社員は原則期限の定めのない雇用契約を結んでいる。1年毎の更新ではない。もっとも、在日代表の職だけは2年程度の契約になっている。以後適宜更新される。外資系金融機関では雇用契約は1年毎に更新しているのではないかと思っている人は多く、この質問はよく受ける。なぜそのように認知されているのか分からない。外資系金融機関に対する誤解のひとつである。

●「営業成績が悪いと解雇されるのか」 – 格別に営業成績が悪いと解雇されることはある。この点米国系の金融機関がもっとも厳しいと言われている。欧州系はそれほど極端ではない。ちなみに筆者の勤務先では1年間に100人中1人解雇されるかどうかというレベルである。まじめに働いて相応貢献している人はまず突如解雇されることはない。他方、不真面目な人や貢献がない人が解雇されるのは健全だと思う。日本企業にはほとんど仕事らしい仕事をせず居座っている人がときどき居るが、周囲に対する悪影響は計り知れない。

●「60歳を超えて雇用してくれるのか」 – 雇用してくれる。欧米先進国にはそもそも「定年(retirement age)」という制度や概念は存在しない。それに類する制度や概念で存在するのは年金の支給開始年齢である。年金の支給開始年齢を念頭に置いて、会社の退職を考える人は少なくない。一定の年齢になったら(本人がもっと働きたいと望んでも)解雇される「定年」という制度・概念は、年齢によって人を一律に取り扱うもので、理不尽で残酷に思える。人は多様でひとりひとり異なるのに、どうして一律年齢で判断するのか。日本の雇用制度の大きな問題点だと思う。さらに日本企業では60歳を超えて雇用を続けられたとしても、給与水準が大幅に引き下がる。外資系企業では60歳を超えたからと言って給与水準の引き下げは起こらない。なぜなら、「仕事と給与」が関連しているのであって、「年齢と給与」が関連しているとは考えていないからである。60歳を超えても従前の職務を全うできるのであれば、給与を引き下げる理由はない、と考える。経済合理的な考え方で、意欲と能力のある人にとっては幸いである。年齢で一律の扱いをする日本企業は、この点意欲と能力のある人にとって不幸ではないだろうか。

●「上司は外国にいるのか」 – 通常部門の上司は外国にいる。筆者の直属の上司はシンガポールにいる。直属の上司が米国や欧州にいると、時差があってコミュニケーションをとるのが難渋する。また在日代表にも間接的にレポートするので、上司は外国と日本の両方にいることになる。しかし、部門内の上司(外国にいる上司)の方が重要である。

英語に関わる質問は次回採り上げる。
  
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2016年04月25日

英語の広報誌に投稿する (PF608)

411aba46.jpg勤務先が社外向けのオンライン広報誌を定期的に発行している。勤務先は外資系なので同広報誌は英語で書かれている。同広報誌は1回の発行で5件前後の記事を採り上げる。1つの記事の分量は英語で500文字から600文字程度で、グラフなどが添付されていることが多い。記事が採り上げる話題はビジネスの話題が中心である。記事の執筆者は社内と社外でだいたい半々くらいの割合である。編集長は元プロのジャーナリストで、この広報誌を運営するために外部から採用された。

オンライン広報誌はこれまで2年ほど運営されてきた。興味深い記事が多く、筆者も愛読者である。しかし、日本に勤務する社員が記事を投稿したことはない。外資系とはいえ日本に勤務する社員はほとんど日本人である。同広報誌はすべて英語で書かれている。日本人社員には敷居が高い。

在日代表と編集長との間で最近やり取りがあった。要は同広報誌に日本人社員から投稿してもらえないか。在日代表は最近着任したばかりで何事も意欲的である。編集長は記者をやっていたときに東京駐在の経験がある。日本人社員による記事投稿で両者が意気投合するのに時間はかからなかった。

両者が意気投合すると、東京の広報担当者が速やかに英語の記事を広報誌に書いてくれる日本人社員を探し始めた。筆者が同広報担当者から電子メールを受け取ったのはその頃である。こういう依頼を受けると、筆者は安請け合いをする性質(たち)である。二つ返事で安請け合いした。

さて、どんな記事を英語で書けば良いのか。依頼されて、思い浮かぶテーマがあった。日本の電力自由化の話題である。今年(2016年)4月から日本では電力自由化が始まっている。欧米先進国では既に電力自由化が行われている国が多い。いよいよ日本でも始まる。日本で電力自由化が行われると、どういうことが起こるのか。火力発電所の燃料は99%海外から輸入している。そして、燃料の価格は現在10年来の安い水準である。日本の電力自由化と燃料価格の低下が同時に起こっているので、日本の電力会社は海外に存する燃料(LNGや一般炭)の山元の上流権益を取得する絶好機ではないだろうかという論旨にすることにした。

書き出しは一捻り入れてみた。4月1日の朝、東京に住む主婦が居間の照明のスイッチを入れると無事点灯して一安心する場面から書き出すことにした。主婦の名前はミセス・ワタナベがいい(ミセス・ワタナベは為替取引に参加する日本の個人投資家を指す言葉として英語圏の人たちの人口に膾炙している)。原稿が出来上がると、早速編集長に送付した。編集長は原稿が真っ赤になるほど赤ペンを入れてきた。学生時代の英作文の授業のようである。

編集長の修正は文章の表現を向上させるものがほとんどである。「さすがにプロのジャーナリストの書く英語は違うな」と感服した。修正箇所のうち、2か所記載内容がわずかに修正されていることに気付いた。1つはミセス・ワタナベが主婦ではなく、東京の住民に修正されている。もう1つは居間の天井の照明を点けると原稿には書いたが、単に居間の照明に修正されている。

2か所の修正とも文化的習慣的な背景の違いに起因しているものと察せられた。前者は、欧米では仕事を持つ婦人が増えているので「主婦」との記載よりも「東京の住民」の方が読者に受け入れられやすいと考えたのであろう。後者は、欧米と日本の家屋の照明の違いに関連する。どういうことかというと、欧米の家屋では居間の照明は必ずしも天井には設置されていない、むしろ部屋の隅に照明を置く。一方、日本の家屋では居間の照明は天井に設置されているのが普通である。

日本語を母国語としないが、日本で日本語で小説を書いているリービ英雄という米国出身の作家がいる。同氏は日本語で書くには日本に居住して書くのがいいという趣旨のことを言っている。これは、言葉は文化、習慣、生活と切っても切れない関係にあるからであろう。

ミセス・ワタナベの書き出しは良かったと言ってもらえたが、「主婦」や「天井の照明」を修正されたことに、読んでもらえる英語を書くことの難しさを改めて痛感した。

  
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2016年04月18日

春の風を感じて走る (PF607)

58d51403.jpg愛車はPeugeot(プジュー)、と言っても自転車。8年前から乗っている。8年前のある日、遠方に住む家内の母から電話があり家内が出ると、「自転車を送る」という。「ある懸賞で当たったけれど、自分は使わないから宅急便で送る」という。それを聞いた筆者は家内に「うちも自転車は要らないだろう」と言った。さらに「どうせママチャリみたいな自転車なんか、誰も乗らない、子供だって乗らない、第一どこに置いておけばいいのか」等々ひとくさり文句を言った。

義母は既に自転車を宅急便会社に引き渡していた。義母は行動が早い。数日後筆者の自宅に到着する。仕事から帰宅すると、玄関の横に大きな段ボールに包まれた物体が目に入った。「自転車だ」とすぐに分かった。「こんな大きなものはやっぱり邪魔だなぁ」と思った。

しかし、段ボールの外観から察すると、組み立て式の自転車のようである。組み立て式のママチャリ、というのは聞いたことがない。段ボールの表面の記載をよく見ると、Peugeotと書いてある。「Peugeotの自転車」だと気付いた。

週末に段ボールを開け、自転車を組み立てた。早速試乗してみた。なかなか乗り心地がいい。見た目もいい。試乗から戻ると、迷わず家内に宣言した。「これ、ボクが乗るから」
もちろん、家内から痛烈な皮肉が飛んできた。「『ママチャリみたいな自転車なんか、誰も乗らない、子供だって乗らない』って言っていたのはどこの誰でしたっけ」目元は笑っている。
「お義母(かあ)さんに御礼言っといてくれよ」と筆者。

週末テニスをする際、テニスコートに自転車で行くようになった。ちょっと近隣に所用で出掛けるのにクルマを使うのを止め、自転車を使う。クルマに乗る頻度が断然減ってきた。「クルマは国産車だけど、自転車は外車」とテニス仲間に軽口を叩いている。

クルマを頻繁に使うのはむしろ家内。家内は少し前に軽微な交通違反を犯してしまい、運転免許証の更新の際にゴールド免許を失った。筆者はゴールド免許保持者である。これはクルマの運転が上手いからではなく、そもそもクルマを運転することが少なくなったからである。クルマを運転する機会が減れば、自ずと交通違反の機会も減る。これからも筆者は自転車派で行こうと思う。そうすれば、難なくゴールド免許を保持し続けることができる。

さて、筆者の愛車Peugeotの自転車は長く乗っているので、やはり故障もする。昨年はサドルが壊れた。サドルとサドルを支える鉄パイプとが一体となっていたものが、なにかの拍子に音を立てて両者が突然分離してしまった。これから乗ろうとした矢先だったので、幸い怪我などせずに済んだ。溶接箇所が金属疲労したのかもしれない。壊れたサドルを持って鉄パイプの直径が同じサイズのものを探し出し、買ってきて自分で交換した。先般は後輪のタイヤの摩耗が進み、中に入っているチューブが露出し始めた。そして遂にチューブから空気が漏れ始めた。仕方なく、タイヤとチューブを新しいものに交換してもらった。

長く乗ると自転車も維持費がかかる。サドル交換に約2千円、タイヤ交換に約5千円。しかし、クルマの維持費に比べたら、自転車の維持費は桁違いに少ない。しかも、自転車は足腰を鍛えることができて、からだにいい。この季節、春の風をからだに感じて走るのはすがすがしい。自然と一体になれる。燃料も要らず、環境にも優しい。

  
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