<グローバル・ファンド・アップデート第1号掲載記事>

<連載>
ポスト「ミレニアム開発目標」時代の国際保健への資金拠出機関を目指して
=世界エイズ・結核・マラリア対策基金の「大改革」とは?=



第1回 「世界基金改革」とは何か

 「ミレニアム開発目標」(MDGs)の達成期限である2015年末まで、あと3年半を切りました。国連は今月、2016年以降の開発目標を検討する「ハイレベル賢人委員会」のメンバーを発表し、ポストMDGsに向けた検討を加速化しています。

 こうした動きの1年も前に、「ポストMDGs」に向けた援助のあり方を射程に入れて、大きな改革を始めた国際機関があります。それが「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(世界基金)です。世界基金が現在取り組んでいる「改革」は、これまでの世界基金のあり方や仕組みを大きく変え、ポストMDGs時代におけるエイズ・結核・マラリア対策に適した資金拠出機関のあり方を模索しようというものです。改革の背景には何があったのでしょうか。また、改革は何を目指し、どんな段階にあるのでしょうか。長らく世界基金に日本の市民社会の立場から関わってきた稲場雅紀氏に聞いてみます。

「事務局長」の代わりに「事務局統括代表」を設置:本腰を入れた改革



=まず、現在行われている世界基金の改革の全体像について簡単に説明してください。

稲場:改革が行動に移されることが決まったのが、昨年11月に西アフリカのガーナで開催された第25回理事会です。ここでいくつかの改革案を実施計画としてまとめた「統合的移行計画」(Consolidated Transformation Plan)が採択されるとともに、理事会の下におかれていた小委員会の名称・役割が変わりました。

また、これまで世界基金の事業の実施を統括していた「事務局長」(Executive Director)の代わりに、1年の任期で改革を担う「事務局統括代表」(General Manager)が置かれることとなり、中南米の銀行業界の大立者であったブラジル国籍のガブリエル・ハラミーヨ氏が就任。まずは事務局改革を行い、戦略部門などを統廃合し、職員の75%を現場の案件管理業務に集中させるなど大規模な事務局改革を行いました。現在、焦点となっているのが、これまでの「ラウンド制」に変わる新規案件募集のメカニズムの構築です。また、世界基金のガバナンスを担う理事会の改革なども今後の大きなテーマとなっています。

世界基金はこれまでも何度となく改革を繰り返してきましたが、今回の改革は、それらとは次元の違うものと認識されています。それは、今回の改革が、2011年8月に開始されていた「第11次新規案件募集」(ラウンド11)の中止や、上層中所得国のうちG20メンバー国である中国、ブラジル、メキシコなどを拠出対象国から外すという、いわば「ショック療法」とともに打ち出されたものであることからも明らかです。これらの措置は、特に案件実施国(援助対象国)に大きな憤激を呼びましたが、一方で、「今回の改革は不退転のものだ」という印象を世界に植え付ける上で大きな効果を持ったことも事実です。

2これまでとは次元の違う改革:ポストMDGsを睨んで



=世界基金は、これまでも数多くの「改革」を行なってきたと思いますが、どんなものがありますか?

稲場:世界基金は、90年代後半以降の三大感染症、特にエイズの急増という「緊急事態」に対応して出来た資金拠出機関であり、緊急事態に適切に対応できるように、「走りながら改革する」ことを常態としてきました。私たち市民社会に関係するものとしては、実施案件の資金受領機関(Principal Recipient)をどの案件でも原則二つ以上とし、政府に加えて市民社会のPRを増やすことで腐敗を防ぎ、成果を増やすこと、感染症対策のための現場のコミュニティの能力を強化するための「コミュニティ・システム強化」への資金拠出などがあります。

また、当初のプロジェクト・ベースの案件に加えて、援助協調の文脈で、感染症に関する国家計画に直接資金を出す「国家計画申請」(National Strategy Application)、民間ベースで効果の高いマラリア治療薬の安価なアクセスに資金を出す「安価な治療薬ファシリティ=マラリア」(AMFM)の設置なども行われました。さらに、近年ではプロジェクトベースの案件の本数が増えて管理コストがかかることから、幾つかの案件を統合してマネジメントすることを原則化していくなど、理事会ベースで様々な改革が行われてきました。

世界基金には、定期的に自らのパフォーマンスや業績を評価し、改革を提言していく仕組みが一応、備わっていました。例えば発足5年時には、「技術的評価・提案グループ」が専門家により組織され、包括的なレビューがなされました。このうちの幾つかは改革に生かされています。

=今回の改革は、こうした通常の「改革」とは全く位相が違う劇的なもののように思われますが、なぜこのような根底的な改革が必要になったのでしょうか。

稲場:幾つかの理由があります。区切りとしては、世界基金が今年、2012年で設立10年を迎えるため、大きな見直しを行う上で適切な時期だったということがあります。そこで世界基金は、「世界基金の新戦略2012-16年:インパクトのための投資」と題する新戦略を策定し、世界基金のこれまでの仕組みを見直し改善することでこの期間に1000万人の命を救い、1.4-1.8億人の感染(エイズ・結核・マラリア)を予防するという目標を打ちたてました。

中・長期的に、より重要な理由は、途上国開発や感染症対策のトレンドの大きな変化を捉え、これを先取りすることが、特に世界基金のような、常に最先端にいることを要求される機関には必要だったということです。

昨年6月の国連エイズ対策ハイレベル会合で、エイズ対策は、エイズの拡大をとにかく食い止めるという「緊急」フェーズから、中長期的にエイズの克服をめざす「持続」フェーズに移行した(from emergency to sustainability)とされ、「新規感染ゼロ、差別ゼロ、エイズ関連死ゼロ」の「3つのゼロ」を目指す方針が示されました。エイズを始めとする感染症対策も、とにかく資金を積んで最大限の対策を行うというやり方から、中長期的な持続性を踏まえた対策に変えて行かなければならない状況が生じたわけです。

一方、リーマン・ショック以降、MDGs対策への資金拠出に実質上の責任を負ってきた先進国の経済が悪化し、保健への援助も減少が予測される中、途上国の中でも大きな経済力を持つ新興国や、国民の保健向上に資金を振り向ける余裕が客観的にはあるはずの中所得国(特に上層中所得国(Upper Middle Income Countries: UMIC))への拠出をどうするかという課題が出てきました。ポストMDGsは、旧来の援助対象国の多極化にどう対応するかということが大きな課題です。こうした課題を睨んだ時、世界基金の現状の仕組みを包括的に見直し、いち早く、「ポストMDGs」に向けた三大感染症対策、国際保健対策の一線を担う資金拠出機関として自らを再編することが必要だったわけです。

3改革に向かう世界基金の「強力な意思」



=今回の改革の直接の引き金は、案件実施国側の資金不正流用の問題だったと聞いていますが、どうなのでしょうか。

稲場:たしかに、その問題は、今回の改革の「引き金」としては最大の要因となっています。経緯を見てみましょう。

2011年のダボス会議の前に、AP通信が、世界基金から拠出された資金のかなりの部分が幾つかの国で不正に流用されていたという報道を大々的に行いました。この報道は、2010年11月にブルガリアで行われた第23回理事会で発表され、ドナー諸国も含めて認識・承認されていた、世界基金内部に設置された独立監察機関である「総合監察官」(Inspector General)の報告書をベースとしたものですが、実際の所、かなり誇張された表現やレトリックを使い、ショッキングさを演出したものとなっていました。これをきっかけに、経済的に行き詰まりを見せていた欧州諸国の多くが、世界基金への資金拠出を凍結したり、世界基金への拠出誓約額を見直すなどの動きに出て、世界基金は急速に資金不足に陥ったのです。

世界基金は、ドナー諸国の資金で成り立っており、ドナー諸国の信頼を失っては存続できません。早急な信頼回復のためには、不正流用を起こさないような仕組みを早急に見出す必要があります。そこで、世界基金は米国の元連邦保健省長官のマイケル・リーヴィット氏とボツワナのモハエ元大統領を議長に「受託者監理に関する独立ハイレベル検証委員会」を立ち上げ、案件の拠出資金の適正管理のための仕組みを検討し、勧告書を出しました。

「緊急対策から持続可能性にページを開く」(Turning the page from emergency to sustainability)と題されたこの勧告書は、単に資金受託者の監理のみならず、世界基金のあり方を大きく変えることを提言する包括的な内容となっています。特にその時代認識は極めて明確です。「各国のリーダーが世界基金に拠出競争をするような時代はもう終わった。各国は国内問題で手一杯となり、財布の紐を締めるのに余念がない」。市民社会から見れば、この勧告書は、感染症対策を行う途上国を、世界基金と、そこに資金を拠出するドナー側がどう「監理するか」という観点が中心となっています。極めつけは、この報告書の別添1(Annex 1)に付された、実施国の資金不正流用リスクの表です。これは、幾つかの指標に従って、案件実施国の資金不正流用リスクを数値化したものです。この勧告書では、このようなリスクにしたがって、案件実施国における資金受託者の監理を徹底する仕組みを提案しています。

世界基金はこれまで、「需要主導の資金拠出」を原則とし、案件実施国と資金拠出国の対等なパートナーシップをベースとしてきましたが、この勧告書は、現代という時代と、世界基金の資金の不正流用という問題に照らして、この原則を棚上げにしないまでも、実質的に大きく踏み越える方策を大胆に提案しています。

現在、世界基金で行われている「改革」は、明確にこの勧告書をベースにしたものです。昨年の歴史的な第25回理事会では、この「勧告書」を中心に、世界基金の2013-16年の「新戦略」を加味した「統合的移行計画」を承認し、その実施のために、これまでの事務局長体制を1年間停止し、改革のための「事務局統括代表」の設置、およびショック療法としての第11次案件募集の中止およびG20メンバーの上層中所得国の資金需給資格剥奪によって、「時代に対応する新たな世界基金」作りに大きな一歩を踏み出したのです。

今までに見てきたように、もちろん、資金の不正流用は改革の大きな「きっかけ」となっています。しかし、この改革を、「不正流用防止」という趣旨を踏み越えて世界基金の原則の大胆な読み替えに基づき、全体的な組織改革にまで結びつけたのは、内容の是非や適切性、事の善悪とは別に、これからの時代の途上国開発、感染症対策のあり方をめぐるダイナミックな政治に対応しなければならないとする世界基金、そして世界基金を舞台にそれを追求する一部諸国の並々ならぬ政治的意志である、ということができます。(続く)

<次号では、上記「ハイレベル委員会」の勧告書を読み解き、現在、事務局や理事会の改革がどのように進んでいるか、また、新しい資金拠出メカニズムの検討状況について紹介していきます>

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