
「ふぅあ〜〜〜、、、いい湯だなっと、、、」
「はぁ〜こりゃあ、、、さては地獄でなにか良いことがあったなぁ、、、」
温泉でこんな吐息を漏らしたのは私、31歳で無職・職歴なしのプロ失業者。
そしてヨーカドーの利益のためだけに働くサラリーマン、ヤンモト。
無職の私はこの冬でできたコタツが原因の床ずれの治療が目的で、ヤンモトは職場の激務でできた貫通銃創を治すため、ここ北川の黒根岩風呂温泉を訪れていたのである。
「はぁぁあああ、きんもちイ、、、イなぁ、、、」
声が霧散してしまうほど気分の良い我々であった。
ここの温泉は入湯料金を払うだけで誰でも入れてしまう露天風呂がある。
しかも男女混浴で水着不可。
それでいて目の前にアメリカまで続く太平洋を眺める岩風呂なのである。
湯船に腰を入れると、昼間なら水平線の高さが丁度目の高さくらいになり、遠くに汽船の姿を眺めることもできる。
そして夜は波の音を聞きながら、満天の星空の下で入浴を楽しめるのである。
この辺に並べたのが温泉の画像である。

私たち二人が入ったのは夜の部だった。
そしてさっきまでのバカ騒ぎがウソのように、二人は静かに入浴していた。
中年は温泉に浸かるとほとんど無口になって全身を伸ばすのである。
たぶん全身からキタナイ何かが出て行っているのであろう。
アタマをのけぞらせて星空を見上げると、久しぶりに星がよく見えた。
銀河系以外の星まで見えた。
都会では太陽系の星ですらかすんで見えないことが多いのに、ここでは肉眼で見えたのである。私の近所ではアコムの看板がギラギラ輝いていて星が見えないので、なんだかなつかしい気持ちで星を見ていた。
一方ヤンモトは隣の浴槽で、仏像のように目を閉じて座っていた。
口元だけがブツブツ動いていた。おそらくパーティー全体の守備力を上げる呪文でも唱えているのであろう。
とりあえず放っておいても気を使わなくても良さそうでホッとする。
ヤンモトはちょっとの間、無言の時間を過ごそうとした時に同じように願ってくれる時が多い。延々とオシャベリを続けなくてはならない、というプレッシャーがないので非常にラクな旅仲間である。
それどころか1時間も目を離せば新しい旅仲間の輪を作ってしまうだろう。2時間目を離せば旅の恋人だって見つけるだろうし、3時間目を離せばもう子供も生まれるという、ハムスターのような男なのである。
ヤンモトは手がかからないし、お湯はぬるめで長湯が気持ち良い。
私は持ち込んだビールを飲みながら、ひとり黙考を楽しんでしまった。
そのまま30分もしたころ。
それまで私の近くにいた湯治客が2人と、ヤンモトの近くにいた1人が、湯船から上がっていった。
これでこの露天風呂にいるのは我々二人だけである。
ヤンモトもいなくなれば良いのに、なんて思っていた矢先である。
脱衣所の方向から、若いにゃんにゃ(石川県の言葉で若い娘をこう言う。らしい)の集団がやって来たのである。
そして私とヤンモトにこの直後、恐ろしい戦慄が走る。
驚いたことに先ほど出て行った3人の男たちが、慌てて戻って来たからである、、、!
男たちはのぼせて出て行ったのを、私もヤンモトも横目で確認していた。
そして男性用の更衣室(ここは丸見え)で完全に着替え終わっていたのも見ていた。
しかしにゃんにゃたちが石の階段をキャッキャと降りて来るのを見るや、彼らは突然着ていた服を脱ぎだしたのである。
それも火のついた服を脱ぐかのようにすごい慌てた様子だったので、私もヤンモトも脅威に対抗するために臨戦体勢となった。
男たちは再びタオル一丁になると、勢い良く露天風呂に舞い戻ってきた。その間、この3人は一言も口を聞かないし、いかなる意思の伝達もしないのである。完全にシュミレーションが完了している、まるでプロのような動きなのである。
この3人の極めて奇異な行動を目にして、ヤンモトから私に鋭いアイコンタクトが送られてきた。
「おい、気をつけろ相棒」
「ケ・パサ(何だ)? ケ・パサ・ヤンモト、ケ・パサ?」
「しっ! バモス・ア・ベール(腕を見てやろうじゃないか)、、、」
ヤンモトが理想の父ジョナサンのような鋭い眼光で、私に戦いが近いことを告げる。そしてさっきまで飲んでいたビール瓶にお湯を入れ始めた。イザとなればアレで殴る気であろう。中身が入っているビール瓶には人を殺せる力があるので、彼は本気のようである。
私も手近な岩を持って、その手を浴槽の中に潜めた。イザとなればこれをヤンモトにぶつけて3人の男と友達になる作戦である。
戻ってきた3人は先刻までの姿と違っていた。
彼らは突然温泉を楽しむ気分を失ったのか、不思議なことにソワソワしてキョロキョロばかりしている。
そして3人の視線だけは一点に集中していた。女子更衣室である。
遂には露天風呂から這い出て、更衣室の板壁に直接顔をつけ始めた。そこには板と板にスキマがあって、中の様子が伺えるようになっていた。彼らは迷い無くそこを目がけて集まって、必死で中を覗いていた。
まるで世界を破滅させる指輪でも探すかのような勢いであった。
「ははあ、ノゾキかぁ、、、」
と、私が独り言をつぶやくも、まったく微動だにしない3人。
良いキャバ嬢になれそうな集中力である。
そして何よりも驚いたのが、この3人が元々居た場所についてである。
彼らはこの板と板のスキマを、誰よりも先に覗いて独占できるように考えて配置されていた。どうりで同じ場所からまったく動こうとしない連中だと思っていたのだが、3人からすると私とヤンモトは同じノゾキ穴を狙うライバルだったのである。
ヤンモトの側にいた2名は女性客の来浴を知らせる係と、露天風呂の階段側を独占するための要員である。もちろん階段で何かスゴイものでも覗こうという算段である。
そして私の側の一人は、このノゾキ穴まで一番近い位置にポイントしていた。
合衆国大統領警護課も関心するような完璧な人員配置だったのである。
ヤンモトもこの3人の位置が計算されたものだったことに気づいたらしく、目を見開いて驚いていた。さすがのヤンモトもこういう手の込んだ陰湿な覗きは気持ち悪いらしい。
「May the Force be with you、、、」
ヤンモトがあきれ返って唱えたのがジェダイの祈りだった。
気持ち悪い連中と一緒にいて、摘発される時だけ一緒ではたまらない。
彼らはノゾキのプロたちなので、捕まればタダではすまないはずである。おまけに私とヤンモトはすごく仲間みたいに見える風体である。
さっさと風呂から出ることにした。
そして脱衣所で着替えている時、3人組の荷物が置いてあることに気づいた。
ちゃんと脱衣籠があるのに、三人の荷物が一つのザックにまとめられていた。
おそらく逃げるとき、一人で全員の荷物を素早く持ち出すためである。
どこまでもぬかりのない連中である。
私がこの荷物の中に巨大な岩を入れておいてやろうとしたものの、普通の社会人のヤンモトに止められてしまった。
何でもキチガイは関わると想像を越えるバカなことをしでかすそうだ。
いまのオマエを見ればわかるだろう、とまで言ってくれた。
着替え終わって露天風呂を去る時、私たちはチラリと浴槽に目を戻してみた。
あーあ、最後はなんだか気分悪ぃなあなどと感じながら、名残り惜しくて振り返ったのである。
その時、私たちは残酷な真実を目撃した。
さっき若いにゃんにゃだと思っていた集団が、実は結構なオバハンの群れだったのである、、、!
がはははは、と3人に向かって笑う私とヤンモト。
それにしても混浴の露天風呂にはこういうヤカラが多いと聞く。
きっと日本の民度はもはやこういう風情を楽しめるほど、高いものではなくなってしまったのだ。
失われたものを嘆くより、はやくこういうヤカラに対応した露天風呂を作るべきではなかろうか。
そうでないと私が気分良く知らない女性と混浴を楽しめないのである。
最後にノゾキの前科者であるヤンモト氏に、ノゾキ対策を伺ってみた。
ノゾキの天敵は「監視」でもなければ「厳罰」でもない。ズバリ、「怖そうなカレシ」だそうである。
この生き物がそばに居ると、女性が例え素っ裸だろうとノゾキ魔たちは視線を向けることすらなくなるそうである。
その怖そうなカレシの定義であるが、単に髪の毛がちょっと茶色いだけで十分だそうである。かなりハードルが低いので助かってしまう。
「でもなあ、ヤンキー彼氏より恐ろしいモノもある、、、」
「それはな、犬なんだ、、、」
「ノゾキ対策に犬を使う温泉があってな、、、、本当に恐ろしいんだぞ、、、」
まるでガダルカナル島の思い出話を語るかの如く涙声になるヤンモトだった。
私はそれ以上尋ねることができず、犬に散らされたノゾキ魔たちに無言で杯を捧げることしかできなかった。
勇敢なデバガメたちに乾杯。
にんともかんとも、、、。

