2005年11月06日

ブロガーの匿名性を保護する州最高裁判決

デラウェア州最高裁が10月6日、ブロガーの匿名性を保護する判決を下しました。ブロガーの匿名性に関するアメリカで初の州最高裁判決。判決文には胸が熱くなります。

大まかな経緯:
2004年9月18日、デラウェア州スミルナ市(Smyrna)が抱える問題についてのネット・フォーラムで、「名無し("John Doe")」氏が市会議員のケイヒル(Cahill)氏の能力と人格を批判します。精神的苦痛を与えられたとして、ケイヒル議員は名無し氏の個人情報開示に必要な州裁判所命令を得ます。ここで、名無し氏が個人情報保護命令のための緊急申請を起こし、判断が最高裁にまで持ち越されました。

判決:
憲法修正第一条で保障された匿名で発言する権利 (First Amendment right to speak anonymously) を守るため、名無し氏の個人情報開示は認めない

判決文の趣旨:→ 
1. インターネット上の議論は、これまでにない極めて民主的なものだ。
 技術的な理由よりも、ひとえに匿名による発言を可能にしたことが、
 その民主性を確かなものにした

2. 匿名性が保障されているからこそ、安心して自由な発言ができる。
 したがって、匿名性は憲法修正第一条が保障する表現の自由と
 切り離せない。特に、それが公人や政治的発言を含む場合には
 匿名性の保障は極めて重要である。それゆえに:
3. 投稿者の個人情報開示手続きをとる者は、事前にそれを投稿者に
 伝えなければならない。具体的には、名誉毀損発言がなされた
 同じ掲示板上にメッセージを書き込むなどして告知する努力
 払わねばならない。
4. 個人情報開示請求の際に、発言が名誉毀損にあたることを証明
 しなければならない(請求者による疎明資料の提示が必要)。
5. 公人はさらに、その発言が虚偽であると証明しなければならない。
6. インターネットでは、中傷発言に対して、同時にそして同じ場所
 同じサイトやブログで反論が可能である。
7. 「嘘を嘘と見抜けない人には難しい。」ブログの書き込みは
 意見表明が主であり、そもそも信憑性は低く、名誉毀損とはなりにくい。
8. ゆえに本件における投稿はそもそも名誉毀損とはなりえず、原告の
 情報開示請求には根拠がない。→原判決差し戻し。ブロガーの勝訴!

以下、判決を一部省略しつつ全文を和訳してみます。詳しくは原文(John Doe No. 1 v. Cahill et. al.)をhttp://courts.delaware.gov/から参照してください。以下、引用は自由ですが、出典を明記してください。また誤訳の可能性に、自己責任で十分に留意してください。太字による強調は訳者によるものです。

判決:
憲法修正第一条で保障された匿名で発言する権利を守るため、名無し氏の個人情報開示は認めない

争いのない事実:ケイヒル議員が名誉毀損だとする名無し氏の発言は以下の2つのみ。2004年9月18日の投稿:
ケイヒル議員がスミルナ市の再興と発展のために、Schaeffer市長と同じようにリーダーシップと精力と熱意を見せてくれさえすればいい! 市長が市民生活の向上に大きな進歩をもたらした一方で、ケイヒルと来たら、協力するどころか妨害することに全力を捧げてきた。ケイヒルと1秒でも一緒にいたら誰でも、奴の人格上の問題に気づくだろうし、もう明らかな痴呆(mental deterioration)であるとわかるだろう。ケイヒルは破綻したリーダーシップの典型例だ---奴を追い出すことがまさにSchaeffer市長に必要なことで、それによってこそ経済的安定と誇りを持って我々コミュニティが前進していけるのだ。
さらに翌日の投稿:
ゲイヒル(Gahill)[原文ママ]はこの町の誰もが思い描く通りの被害妄想家だ。
[訳注:アメリカ社会では同性愛者と書くことがまだ侮蔑になるときがありますので、あえてGahillと書き同性愛者を意味するゲイ(Gay)になぞらえています。]

判決文:[訳注:原告=ケイヒル議員、被告=名無し氏。... は訳者が省略した部分。専門用語の意味も対訳も知らないので、誤訳があるとは思いますが、一応日本語に訳してみました。]

III.A.
インターネットは既存のメディアとは全く異なる民主的なメディアである。インターネットの発明によって、数多くの様々な人々が議論に参加できるようになり、公の議論の質は根本的に変革した。30年前といえば、「経済的社会的地位の不平等がゆえに、多くの市民が公の議論から遠ざけられ、少数の声の大きな者たちが議論をリードしていた」が、現在はインターネットによって電話回線を通じて、誰でもが「広報員になり、みかん箱の上に立ち上がって演説するよりも、ずっと遠くまでその声を届けることができるようになった。」...[後略]

インターネットでの発言はしばしば匿名である。「サイバースペース内の議論に参加する際、多くの人は仮のアイデンティティを使っており、本名を明かしたときでさえ、あくまで匿名の個人でいつづけることもできる。」 したがって、良きにつけ悪しきにつけ、「読者はそれぞれの発言を純粋にその発言内容だけで判断しなければならない。」 「この[インターネットの]ユニークな性質によって、社会階層や差別とは独立に、サイバースペースでは公の議論がなされるようになった」のであり、これはひとえに人種・階級・年齢を明かさずに議論ができるようになったからだ。

明らかに、インターネット上での発言も憲法修正第一条は保護する。その保護の対象は匿名での発言も含まれる。... 連邦最高裁によると、「匿名でいる権利はともすると不正な発言を過剰に保護するかもしれない。しかし、そもそも政治的発言というものは本質的に誰かの気分を害してしまいがちなことを鑑みれば、一般的に言って、我々の社会は発言の自由がもたらす価値に重きをおくべきであって、誰かの気分を害してしまう恐れに過剰に配慮すべきでない。」(訳注:やや意訳)

しかし一方で、修正第一条が誹謗中傷を保護しないのも明らかである。... したがって、我々は、ある個人が匿名で発言する権利と、別の個人が名誉を守る権利とを勘案した基準を採用しなければならない。

III.B.
本件にあたって、本法廷は...そうした「基準」をすべて精査することとなった、(開示請求を認めやすいほうから順に)請求を認めるに足るだけの善意であること (good faith basis)、個人情報保護申立てを棄却するに十分な事実を弁護すること、保護申立てに対抗し略式判決を得られる疎明資料を提出すること、あるいはさらに厳格な規定もあり得る[訳注:訳に自信がありません]。原告のケイヒルは善意基準を採用することを本法廷に求めたが、本法廷はそれを却下する。むしろ、匿名の被告の個人情報を得る前に、原告は「略式判決」基準を満たさなければならないと判断した。

我々が懸念するのは、開示請求を認める基準が低すぎることが、潜在的な投稿者を萎縮させ、修正第一条の匿名発言の権利を行使できなくさせることである。将来の訴訟によって匿名性を失う可能性があることで、投稿者は発言内容を自己検閲するかもしれないし、発言そのものを全くやめてしまうかもしれない。公人である原告ケイヒルは特に、匿名の批判者の個人情報得ることによって(by unmasking the identity of his anonymous critics), ある種の非常に重要な安心感を得る。... もっと簡単にいえば、原告は単に復讐や報復を求めることもできるようになる。

実際、多くの名誉毀損訴訟における原告は、彼らに対する匿名の批判者の個人情報を晒すことだけを目的としていると信ずるに足る根拠がある。Lidskyが述べるように、...「これら一連の名誉毀損裁判は象徴的なものであって、その真の目的は匿名の名無し氏や彼らのような人たちを黙らせることにある。」 この「まず訴訟、質問はあとで」というやり方が、被告たちの匿名性がほとんど保護されない状況と相まれば、公の重要な問題についての議論を抑圧するだろう、なぜならば多くの匿名投稿者たちが個人情報を晒されることを恐れるあまり、オンライン上の発言を自己規制するようになるからだ。

...[訳注:1段落略]

III.C.

... [訳注:5段落略。テクニカルな話に興味ある方は原文にあたってください。]

我々は略式判決基準が本件に適した検定であり、それによって、名誉毀損裁判における原告の名誉を守る権利と被告の匿名表現の権利とをバランスできると結論した。従って我々が保留するのは、[裁判所が命令する]強制的な開示手続きによって原告が被告の個人情報を得る前に、原告は略式判決に勝てるに十分な事実でもって、名誉毀損の訴えを証拠づけなければならないことだ。... [訳注:Dendrite検定の4条件を引用・解説]

我々はDendrite検定における告知原則(notification provision)は留保する。すなわち、状況に勘案して妥当で現実的な範囲において、原告は、匿名の投稿者に対して、召還命令または開示請求の対象になっていると告げる努力を払わなければならない。そして、匿名の投稿者が開示請求に対抗措置をとれるだけの妥当な機会を与えなければならない。さらにいえば、インターネット上での件については、原告は、その名誉毀損発言が投稿されたところと同じ掲示板上にメッセージを投稿し、原告が[被告の個人情報]開示請求をする旨を伝えなければならない

この告知原則は原告側にはほとんど負担にならないばかりか、被告となる側にも十分に対応する機会を保障するものだ。 ... 本件では連邦法によって、ケイヒルによる開示請求の事実をComcast[訳注:プロバイダ]が名無し氏に告知したが、将来においてこうした告知義務が存在するとは限らない。したがって、名誉毀損発言が公開されたメディアの種類によらず、原告は匿名の被告に対して個人情報開示請求の意思を告知する努力を払い、かつ被告側が対応できるだけの猶予を与える義務を負う。

... [1段落省略。上記検定の第1(告知原則)と第3の条件のみを採用するための論議。]

III.D.
ケイヒルはデラウェア憲法が名誉回復の手段を保障することに重きを置いていると主張し、したがって、我々州最高裁は、名誉毀損訴訟において匿名被告の個人情報を晒す開示請求を判断するにあたり、善意基準を採用しなければならないとした。我々は同意しない。たしかに我々は最近、Kanaga対Gannett Co. 訴訟において記したとおり、デラウェア権利章典の2つの項は、修正第一条の表現の自由と個人の名誉を守る権利とをバランスする際に適用されるとした:第一条第五項と第一条第九項。... [訳注:同法を引用] しかし、Kanaga事件とは異なり、本件では公人および政治的発言が関わっているという事実を我々は重視しなければならない。さらに、より重要なことは、原告側が法的手続きを通じて匿名被告の個人情報を晒すことによって、修正第一条の表現の自由をおびやかし、原告側が自らの地位を保全することができてしまう。Kanaga事件はこれらの重要な点に言及していないので、Kanaga事件と本件は本質的に異なる。

... [一段落省略, 結論の繰り返し]

III. E.
... [2段落省略]

... 原告は、裁判において立証責任を負う側として、名誉毀損だと主張するすべての要素に対して物証による議論(a genuine issue of material fact)を尽くすための証拠を提出しなければならない。

デラウェア法の下では、公人は名誉毀損訴訟においては、次のことを完全に証明しなければならない:1)被告が名誉毀損発言をしたこと、2)発言は原告に関するものであること、3)その発言が公開されたこと、4)第三者が発言が名誉毀損であると理解すること。さらに、5)その発言が真実でないこと、そして、6)被告が明らかな悪意によってその発言をしたこと。...

... [4段落省略。上記の詳細を述べる。]

... 被告を特定せずに、悪意を証明することは、不可能ではなくとも、困難であろう。従って、我々は公人が名誉毀損訴訟をするに当たり、最後の条件の証明までも要求するものではない。...

...

インターネットで中傷された個人には法的手段に加え、... インターネットによって可能になったコミュニケーションがある。すなわち、誹謗中傷を含む匿名の投稿に対して、まさにその同じサイトまたはブログにおいて、すぐさま反論し、ほぼ同時に、その匿名投稿を読んだ読者に向けて意見を述べることができる。それゆえ原告にとって、虚偽表示や嘘を正したり、人格攻撃に対応したり、発言記録を訂正させたりすることが容易なのである。... [後略]

III.F.
... [1段落省略]

信憑性についていえば、インターネット上にはあらゆる情報源がある。たとえば、チャットルームやブログというのは一般的にWall Street Journal Onlineほどには信頼できるものではない。ブログやチャットルームはどちらかといえば、意見の表明をするための場所であり;それゆえ本質的に、真っ当な人が信頼するような事実やデータの情報源ではない。少なくとも3つ法廷がこのことを認めている。... [過去の事例を紹介]

III.G.
...
... 名無し氏は名誉毀損に該当しうる2つの記述を行った。... 予備審判の裁判官は「ケイヒル氏が既婚男性であることに鑑みれば、名無しのケイヒル(Cahill)氏を『ゲイヒル(Gahill)』と書いたコメントは、ケイヒル氏が同性との婚外交渉をしたと解釈させるにたる。こうした発言は名誉毀損の訴えに根拠を与えうる。」 州最高裁はこれに同意しない。ケイヒル氏の第一文字目の「C」の代わりに「G」を使ったことは、誹謗を意図したものであるかもしれないと同時に、単なるタイプミスでもあり得る。略式判決基準の下では、これをケイヒルが同性との婚外交渉を持ったと解釈するわけにはいかない。名無しの別の発言について、予備審判の裁判官は:[意訳:「ケイヒル氏の特徴について、名無しは断定的に述べており、読者に過った印象を与えかねない有害なものである。] 州最高裁は、発言が断定的になされたものであることには同意するが、全く異なる結論に達した。議論の流れからすれば、真っ当な人間ならば、名無しの発言が意見の表明でしかないことはわかるであろう。ブログの上部にも、そのフォーラムがスミルナ市の問題についての「意見」のために設けられたと書かれている。もし別の証拠が必要ならば、そのブログへの別の書き込みが名無しの発言に返信して「Proud Citizen [訳注:名無しのハンドルネーム]よ、同意を求めているようだが、ここでは賛同を得られるとは思わないよ。両面を読めば、あなたの口調と言葉の選び方は私が信頼できるようなタイプの人間のものではないからね。君は怒りと敵意に満ちているだけだよ。」

少なくとも読者の一人は名無しのコメントが根拠も信憑性もない意見にすぎないとすぐに結論づけている。... したがって、名無しのコメントは誹謗中傷とはなりえない。ケイヒルは彼の主張の本質を証明することができず、彼は事実上(ipso facto)、名誉毀損の第一番目の要件を満たす疎明事実を提示できなかったのであり、それゆえに、我々が本日要求する略式判決基準を満たすことは出来なかった。名無しの発言は単に名誉毀損となりうるに十分でない。

IV.
以上の理由により、州最高裁は上級裁判所の原判決を破棄し、原告の主張を(with prejudice)棄却するよう要求しつつ上級裁判所に判決を差し戻す。

以上

protectmona at 21:19

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2. ブロガーの匿名性を保護する州最高裁判決  [ Daryl's HomePage ]   2005年11月07日 12:34
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3. 匿名は保護されるべきとの判決  [ Diary in Idleness ? ]   2005年11月07日 21:59
先日アメリカのデラウェア州最高裁がブロガーの匿名性を保護する判決を下した。 詳細な経緯、判決については情報を頂いたモナーを守る具体的な方法 - のまネコ問題さんのこの記事参照 この判決によると、匿名発言した人の個人情報を公開する事は認められないのであり、匿

この記事へのコメント

1. Posted by Protect MONA   2005年11月06日 21:26
エイベックスの知財戦略室がそういえば、本名を明かした上で批判しろとか。自分は「知財戦略室」を名乗りながらやったそうですね。柴さんでしょうか。
2. Posted by ぶどう   2005年11月06日 22:46
5 管理人さん、和訳、乙です。
また勉強させてもらいました。

デラウェアってぶどうのことじゃなかったんだ。
3. Posted by 真っ当な判決ですね!   2005年11月06日 23:06
5 アメリカ、見直しました。
新聞もこういう話題を取り上げればいいのに・・・。
管理人さん、テラテラGJです!
4. Posted by unison1   2005年11月07日 11:31
トラックバックありがとうございました。
大変勉強になりました。
5. Posted by 774RR   2005年11月07日 12:39
5 非常に勉強になりました。

>我々が懸念するのは、
>開示請求を認める基準が低すぎることが、
>潜在的な投稿者を萎縮させ、
>修正第一条の匿名発言の権利を行使できなくさせることである。
>将来の訴訟によって匿名性を失う可能性があることで、
>投稿者は発言内容を自己検閲するかもしれないし、
>発言そのものを全くやめてしまうかもしれない。
まさに。といった感じです。
開示請求のラインが低ければ
批判、批評は今以上にやりにくいものになるでしょう。

>我々は、ある個人が匿名で発言する権利と、
>別の個人が名誉を守る権利とを勘案した基準を採用しなければならない。
これ、日本で参考になる判例などないですかね?
6. Posted by とみくら   2005年11月07日 19:43
5  トラックバック、ありがとうございました。貴重なニュース、勉強になりました。