内藤達郎のコラム「たっちゃんの関連法規」

日本補綴構造設計士協会・相談役の内藤達郎のコラムです。

●たっちゃんの関連法規
その1~58までのバックナンバーは下記ページをご覧下さい。
http://www.kawashima-world.com/regulations/top.html

●日本補綴構造設計士協会
http://www.psd-denture.org

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あじさい

自民党は集団的自衛権の行使容認の件で、現行の「自衛権発動3要件」に代わる新3要件を示した。他国への武力攻撃でも「我が国の存立が脅かされ、国民の権利が覆されるおそれ」があれば武力行使を認めるという内容だ。「おそれ」があると政権が判断すれば武力行使が可能になり、行使の範囲が広がる懸念をはらんでいる。


現行の3要件は(1)日本への急迫不正の侵害がある(2)侵害を排除するために他に適当な手段がないという両方を満たした場合、(3)必要最小限度の実力行使として武力行使できると定めている。新解釈によれば集団的自衛権の行使を可能とするには「日本への侵害」がなくても武力を使えるようにする必要があるというもの。現行の3要件の(2)と(3)はそのまま残し、(1)だけ書き換えている。1972年の政府見解の「国民の権利が根底から覆される急迫、不正の事態」を参考にして「急迫、不正の事態」という緊急避難的な法用語を「おそれ」に変更したものだ。


憲法解釈変更の考え方には「国民の権利が覆される事態」が実際に起きた場合のみ、集団的自衛権の行使を認めるという狭義の解釈がある。これに対し政府は「国民の権利が覆される事態」が現実には起きていなくても、そうした事態が起きる「おそれ」があると政権が判断すれば行使が認められる。いわゆる拡大解釈の根拠がここにあるのである。


政府は「米国へ向かうミサイルの迎撃は『国民の権利が覆された』後では意味がない。未然に防ぐには『おそれ』の段階で自衛権を発動すべきだ」と指摘している。テロの脅威のように国民の権利が覆されるおそれがあると認定すれば、米国の「テロとの戦い」などに集団的自衛権行使で参加できることになるとの見方もあり、これでは極めて危険な状態を迎えることになる。


このままだと集団的自衛権を行使する判断の幅が無制限に広がりかねない。新3要件では不十分であり全然歯止めにならないのである。この場合の「おそれ」という用語には為政者によって幅があり過ぎることに留意すべきだ。首相の言う「積極的平和主義」とは武器を取ることか、血を流す平和主義なのか。日本が平和憲法を守ってきたことこそ積極的平和主義であって、そもそも平和主義に積極も消極もないのである。国民は総理の言葉遊びに惑わされてはならない。アベさんは原発を推進し、集団的自衛権は発動し、ギャンブルを推奨しようとしている。次は憲法を改正し「国家総動員法」の発令ですか?


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運動会

政府は中長期的なエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」を決定した。原子力発電所を「重要なベースロード電源」と位置づけ、民主党前政権が掲げた「2030年代に原発稼動ゼロ」施策から大きく転換した。原子力発電所については、発電(運転)コストが安く安定的に発電することができ、昼夜を問わず継続的に稼働可能な「ベースロード電源」として、地熱、一般水力、石炭とともに重要電源とする。また、原子力規制委員会が安全と判断した原子力発電所は再稼働を進め、国も前面に立ち、立地自治体に理解と協力を得るよう取り組むとしている。


「ベース電源」と「ベースロード電源」はどちらも「電気を安定的に供給する電源」という意味で、大きな違いはない。もともと海外では「ベースロード電源」と呼んでいるため、海外にならって文言を揃えただけとも言える。しかし、これまでと今回の案では、ベースロード電源の「説明」に違いが見られる。これまではベース電源を単に「安定供給を行える電源」と説明していたのに対し、今回の案では「発電コストが安い」ことを説明に加え、原発がベース電源として必要であることに説得力を持たせているのだ。


原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより「可能な限り低減させる」とした一方、エネルギーの安定供給やコスト低減、温暖化対策などの観点から「確保していく規模を見極める」と表明。また、東京電力福島第1原子力発電所事故の教訓を踏まえ、リスクを最小限にするために万全の対策を尽くすとともに、万が一事故が起きた場合には国が「責任をもって対処する」としている。


天然ガスやLPガスなどについては、発電コストがベースロード電源の次に安く、電力需要の動向に応じて出力を機動的に調整できる「ミドル電源」として、石油や揚水式水力などについては、発電コストは高いが、電力需要の動向に応じて出力を機動的に調整できる「ピーク電源」として、それぞれ位置付けた。高速増殖炉原型炉「もんじゅ」については、高レベル放射性廃棄物の減容・有害度の低減や核不拡散関連技術等の向上のための「国際的な研究拠点」と位置付け当面存続させる。とした。全く持って懲りない面々ではある。国の原子力政策から利潤を吸い上げる大企業のエゴが見え隠れするからである。


昨日のNHKクローズアップ現代、東北「最終処分場はどこへ 原発と指定廃棄物」では、東北5県に予定されている最終処分場。8000㏃/kg超の「指定廃棄物」を県内一か所に集めて埋め立てる計画は、各地で猛反対が起き一向に進まない現状を報告している。政府は「国が責任を持って処分する」というその処分場とは、まず処分するもののうち可燃物は焼却し、放射性物質を「特殊なフィルター」で取り除いて灰を埋め立てるというものだ。六ヶ所村では低レベル放射性廃棄物埋設地で同じような形で処分されているという。日本原燃は「漏えいすることなく安全に管理できる。処分場の崩壊というのは徐々に起こるので、十分対処できる」というが、その保証はどこにもない。出口のないトンネルとはまさにこのことをいう。

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空中給餌

黄禍論(イエローペリル)とは、黄色人種が白色人種を凌駕(りょうが)するおそれがあるとする考え方。アジアに対する欧米諸国の侵略,黄色人種の圧迫を正当化するために用いられた。とくに日露戦争以後広まり,中国系移民や日系移民の排斥にもつながった。19世紀半ば、カリフォルニア州で金鉱が発見されゴールドラッシュに沸きかえっていて、多くの中国人労働者が受け入れられた。少し遅れて日本人がハワイに移住を始める。ハワイが米国に併合され、また、カリフォルニア開発の進展などにより農場労働者が必要になると、日系移民の米本国への移転が増加する。それが社会問題化し、黄禍論が唱えられるようになった。


それは白人国家において現れた、黄色人種脅威論のひとつであり、人種差別の一種なのである。アメリカから見ると対独戦より対日戦の方が、はるかに「人種戦争」という面が濃厚であったという。アメリカ側の日本人に対するステレオタイプの典型は「猿」であり、野蛮人、劣等人間、人間以下、害虫、と続いた。それは、個性もなく次々と湧いてくるものであったという。ところがアメリカのヨーロッパでの敵は、ドイツ人自体ではなくヒトラー一派であり、ジャーナリズムも、日本軍の残虐行為については盛んに報道したという。このような相手を人間以下とみなす発想は、日本人に対して初めてではなく、歴史上繰り返してきた非白人に対する蔑視、具体的にはインディアンと黒人に投げつけてきた表現が噴出したものにすぎないとしている。原爆投下は人間以下の動物とみなされた日本人の大量虐殺が目的だったのである。



トルーマンは、原爆を使わずに戦争を終わらせるなどとは考えもしなかった。

トルーマンは誕生したばかりの超兵器=原爆を使用したくてたまらなかった。人間のいない荒野で爆発させるのではなく、人間が密集する大都市の上で爆発させて、その破壊力を試してみたい気持ちに駆られていたのだ。人体実験をしたかったのだ。トルーマンは日本から提示された降伏条件をはねつけ、日本への原爆投下を命じた。しかも無警告で2発も。その上で降伏条件を認めたのだった。トルーマンは、子供の頃からひ弱い坊やと言われ、ルーズベルトが急死した後を継いで大統領になった時は頼りないと言われた。


本人も当初は自信が持てないと日記に書いている。だから、男らしいところを見せようと思って努力しているところへ原爆完成の報告がきたので、早速、原爆投下を決定したのだ。トルーマンは自分の行動を正当化するために、「原爆投下により100万のアメリカ兵の生命が救われた」とする「原爆神話」を積極的に広めた張本人でもある。トルーマン大統領は原爆の惨状についての報道を一切禁止し、被爆治療を徹底的に妨害した。そして、被爆者を「治療」せず「実験動物」のように観察する組織「ABCC」(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置した。



マンハッタン計画」をスタートさせたフランクリン・ルーズベルト大統領は、日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られている。一般のアメリカ人の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。 当時のアメリカの雑誌にはこう書かれていた。

「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。

普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない」と。


以上の検証から太平洋戦争は「人種戦争」が主要なテーマであったと言える。だからこそそれは「恥ずべき行為」の証として歴史に記すべきである。原爆ドームが「負の遺産」と明示されるゆえんはここにある。

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