写会人日記

2022年05月06日

📕読まずに死ねるか。瀬戸内寂聴「99年、ありのままに生きて」

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 これはもうね、何をおいても読んでもらいたいです。瀬戸内先生の波乱万丈の一生をいろいろな角度から辿ることのできる決定本「99年、ありのままに生きて」(中央公論新社刊 1760円税込 5月10日発売)。婦人公論と先生は同時代を生きた姉妹のような間柄。「婦人公論はわたしより少しお姉さんなのね」ともおっしゃってましたね。婦人公論に掲載されたエッセイ、対談、評論はすごい数になるけれどその中から厳選しての収録。したがって内容は濃い。そしておもしろい。
 そう、婦人公論がお姉さんだとしたら先生、先に逝ったらあきませんやん、とそういいたい。わたしなんか先生、永遠に生きると思っていました。いや永遠に死なないと思ってました。一緒か。
 この表紙や自撮りの撮影は昨年の6月30日。まさか最後の撮影になるとは思ってもみなかった。このときは来年の5月15日の”百歳祭”はどんな写真(自撮り含む)を撮ろうかなどとと考えてました。まだ信じられないし信じようとすれば泣きそうになる。そんなときは「笑顔はその人の一番いい顔」との先生の言葉を思い出して"いい顔"で対処することにしている。それにしても瀬戸内先生の笑顔は世界一の"いい顔"。みんながこんな"いい顔"ができて対話ができれば諍いや紛争もなくなると思う。とりあえずわたしはいい顔を携えて「切に生きる」ことにします。
 瀬戸内先生ほんとうにありがとうございました。
 この「99年、…」は本年度の「必読書」ですね。

psharuky at 23:18

2022年05月03日

憲法記念日によせて2

12年ほど前の記事だが載せておきます。

(2010.5.3)
 当時の新制中学1年生社会科の教科書に入った「あたらしい憲法のはなし」は読めば涙が出てしまいます。わかりやすく話してくれていますからぜひ読んでみてください。
絹布の法被
憲法記念日がくると思い出すことがある。中学の社会科の授業での先生のはなし。1946年11月、憲法の発布がされると聞いた長屋のおばさんが大喜びをした。やはり、平和憲法が公布されるのを喜んでいるのだなと思ったら、そのおばさん「ところで、その絹布の法被はいつ配ってくれるのかね」憲法の発布を絹布の法被(けんぷのはっぴ)と勘違いしてたんですね。と、こんな楽しい授業をしてくれる先生がいた。当時はまだ理解できたけれど、いまなら絹布も法被もわからないだろうから、話が成立しないけれど。わたしはこの社会科教師からたくさんのことを学んだ。とくに憲法に関して、わたしたちは世界に誇れる憲法を持っているのだと、そう教わったとき、なんか無性に嬉しかったのを覚えている。文部省が配布した「あたらしい憲法のはなし」には漆黒の闇に射す一条の光のように明るい未来と希望が書かれていて、その内容は多くの犠牲と引き換えに手に入れた宝物のようにきらめいています。「みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本国民は、この憲法を守ってゆくことになりました」そして「みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです」「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは、『すててしまう』ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」静かですがすさまじい平和への願いと決意です。これは理想だと、現実を見よという人がいます。けれどもそういう人に言いたいのは、理想を掲げ現実を近づけていくことこそが本当の人間の営みなのではないか、そしておそらくそれ以外には人間の未来はないということなのです。

 わたしは戦争で犠牲になった人々のことを思うとき、人として導き出される答えはこの憲法にあると考えます。この憲法が「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め」(日本維新の会党綱領12年当時)たとする人たちにもう一度よく考えてほしいと心から思います。

psharuky at 23:54

憲法記念日によせて

 憲法は変えたらあかん。多大な犠牲を払って手に入れた光り輝く宝石のような憲法ではないか。人類普遍の原理を説き、「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と結ぶ。変えたらあかんと書いてある。憲法前文を読むべし。基本的人権、国民主権、戦争放棄を柱とする我が国のの最高規範たる憲法を「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」のである。変える必要はまったくない。はなしははまず憲法を守ってからだ。

日本国憲法前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


わたしはこの憲法を毀損するすべての策動に反対する。
psharuky at 22:43

2022年04月10日

日付くんがセンターを奪取

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発掘写真
上沼恵美子モノクログラフ用のアザーカット。やっぱり日付が入ると便利。というわけでNikonF3の裏蓋を日付けが入るのに替えたら…。うんいいね、これはわかりやすいね、ってわかりやす過ぎるやろ。確かフイルムのコマ間に入るようになってたはずが、調子が悪くど真ん中に。2〜3回使って元に戻しました。いまみると、いつ撮影したか一目瞭然で、整理する時とても便利。そのために入れたてことで。
 そんな時代もあったねと〜、でした。
1989年12月11日。
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2022年04月07日

橋下のすり替えと論理破綻

橋下高校生と「やりたかったらあんたが政治家になってやればいい」なんて一番言ったらあかんことだ。橋下、ここでもお得意の「すり替え」と「論理破綻で強行」のワンパターン。
 問題のMBS新年特番の維新3人組(橋下、松井、吉村)放談(正確な番組名は忘れた)でこの時の事を「女子高校生を泣かした事もあった」的な話題の中で笑いものにしてたらしい。こいつらほんまに許されん。こんな偏向番組を放送した毎日放送も許さん。毎日放送といえばどちらかといえば特に報道などは反維新的な姿勢があったのだが、経営悪化で背に腹は変えられんということだったのだろうか。関西メディアの凋落ぶりはすさまじい。


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2022年03月17日

KARAハラちゃん慰霊祭

KARA


この動画はKARAのハラちゃんが亡くなった翌日のもの。つまり2019年11月25日です。加納えみこさんと北垣ゆいさんがちょうど撮影に来ていて、ショックだったハラちゃんの訃報に、この際奉納ダンスをしようということになり、湿っぽいことが嫌いだっ...

霜越 春樹さんの投稿 2022年3月17日木曜日

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2022年03月14日

英智佳の「本気でガラス拭き」

英智佳ガラス磨き


英智佳ちゃんの「本気でガラス拭き」編。
もうね、何してもかわいい。

霜越 春樹さんの投稿 2022年3月14日月曜日

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2022年03月10日

まえだまえだの高速ポージング

まえだまえだの高速ポージング



まえだまえだの高速ポージング。
プレスセブンのハウスモデル的存在だったまえだまえだはポージングがうまく、4年前当時流行っていた?中国のアパレルの撮影での高速ポージングにチャレンジすることに。この動画は初期の練習中のもの。最終的には15秒36ポーズという中華人民共和国もびっくりの記録を出したのでした。

霜越 春樹さんの投稿 2022年3月10日木曜日

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2022年03月06日

発掘写真☆「安奈淳と梅田新道」

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 自分がわかるうちにと昨年末からネガ、プリント、資料整理をやりだした。しかしダンボール20数箱もあり、ネガはスキャンして整理しているため遅々として進まず、この分だと今世紀中には終わらない計算だ。どうしましょうかね。
 というわけで今回の「発掘写真」は、あの安奈淳さん。
 30数年前、婦人公論のモノクログラビアで撮影したもの。
 ロケは梅田新道の北東ブロック。スタジオから近くよく撮影していました。この時はお初天神〜足立宝石店〜大月楽器〜旭屋書店というゴールデンコース。改築したお初天神以外はいまはもうない。
 安奈淳さんはお元気で2ヶ月ほど前の婦人公論のインタビューに登場していました。うれしかった。大病を経て今なお歌い続けてらっしゃいます。
「すべては歌い続けるために」読んでみてください。

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2022年03月04日

神戸市混声合唱団40人とのフォトセッション

神戸市混声合唱団



神戸市混声合唱団40人とのフォトセッション。この大人数、どうなるかと思いましたが、どっこい団員の人たち、皆それぞれ持ち味豊富で、ノリがよくて、従来にない写真が撮れて大セーコー。お子様にも人気の合唱団というのがよく分かりました。楽しい時間でした。
https://www.kobe-ensou.jp/chorus/

霜越 春樹さんの投稿 2022年3月4日金曜日

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2022年03月02日

婦人公論の大入り袋

婦人公論の大入り袋



婦人公論22年2月号完売の「大入り袋」が送られてきました。長いことやってますが雑誌で大入り袋は初めて。これは月刊に戻った第一号目ということもあるだろうけど、瀬戸内寂聴最後の対談が結構引っ張ったのではないかと、手前味噌ではあるけれど思っとるわけです。大きな星を失って迎えた正月。めでたさも中くらいのおらが春、というところなのだ。

霜越 春樹さんの投稿 2022年3月2日水曜日

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2022年02月26日

安倍さ〜ん出番ですよ〜

ウラジミール

 安倍さんは30回近いプーチンとの日露会談を行ったが、最後は3000億円の経済協力金と、北方4島を獲られついにはには「ウラジミール。2人の力でゴールまで駆けて駆け、駆け抜けようではありませんか!」と臭い"詩"を贈ったというとんでもない馬鹿だが、ウラジミールと呼ぶほど親しいなら、2人で駆けて駆けてシベリアあたりを駆け抜けてもう帰って来んといてください。
 ついに来た安倍さんの出番。世界のために一つくらいええことしてくださいね。さようなら。

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2022年02月15日

歌劇団の新しいカタチ「堺少女歌劇団」

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 仙堂花歩さん主宰の堺少女歌劇団の第八回公演はレベルアップ、センスアップして大成功。将来に大きな期待が持てる新しい歌劇団のかたちを示しました。すでに池田少女歌劇団、芦屋少女歌劇団がこの公演に参加してました。ここまで育て上げた花歩さんの指導パワー素晴らしいです。とりあえず集合自撮りを。
by ジッドリー・クーパー
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2022年02月14日

正しい誤変換

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2022年02月13日

大丈夫か大阪

松井市長

「コロナぐらいのウイルスにいべんと潰されてたまるか」とガラのお悪い松井さん。
感染対策なんて全くする気がないのね。やってることはウイルス拡散キャンペーンじゃね。仕事せーよ。いや、やってます。雨がっぱ腐るほどいっぱい集めました。そうでした、それは大変失礼しました、ってゆーわけないやろ。たいがいにせーよ。


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2022年02月12日

レディ・ガガ「二人を忘れない」

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 Instagramのリールとかいう動画セクションでよくバックについてるかっこいいいレゲエ曲がある。どこかで聴いた曲だと調べたらレディガガの「always remember us this way(二人を忘れない)」だった。映画『アリー/ スター誕生』でロックスター役のブラッドリー・クーパーとステージで歌った、一度聴いたら忘れられないほどの名曲だ。ではどうぞ。


これを速度を変えてレゲエにリミックスしてブラジルで大ヒットしたのがこちら。↓

 YouTubeなら速度を変えても音程は変わらないから、リズムを入れればできそうな気がするけど、ええのでしょうか。クレジットはRemix・カーラ・シンティアになってます。まどっちゃにしてもかっこいい。

When the sun goes down
And the band won't play
I'll always remember us this way
陽が沈んで
バンドが演奏をやめても
ずっと忘れない こんな2人を

レディ・ガガ最高だ。

そして、もっとレゲエ寄りにリミックスしたのがこちら↓

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2022年02月11日

写真集「たつおみ。」

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一昨夜クイズ番組「くりぃむクイズミラクル9」で久しぶりに濱田龍臣を見た。でっかくたくましくなって、でもかわいらしさは変わってないような気がした。濱田龍臣の写真集「たつおみ」(学研) は10年前。東京で都合7日位一緒にすごして写真を撮った。龍臣は誰もが虜になるくらいかわいらしく、しかもまったくの自然体なのだ。ロケバスの中で当時流行っていたAKBのヘヴィー・ローテーションをまさにヘヴィー・ローテーションしていた。それも変な節で。しらんまに口ずさんでしまうようになったほどだ。しばらく音痴になった。
 2010.10.28のブログには「画伯誕生」と題してこうある。
「才能の一極集中というべきでしょうか、いろんな才能を秘めた「役者」濱田龍臣くん。今回は画才ぶりを発揮して超大作を書き上げました。写真集用集中撮影2days。一日目は天候の関係でスケジュールが入れ替わって恵比寿のパオラスタジオからのスタート。スタイリッシュなスーツ姿からバリエーション豊かなファッション撮影を終え、ラストに挑んだのがこの3m×3mのゲージュツ大作。見事に書き上げた作品の前でのヨロコビのペアジャンプと相成りました」と。
 年寄りにとって10年は、なんの変化もほぼないが、この頃の子たちの変化はすさまじい。10歳が倍の20歳になる。もともと高かった148センチの身長が178センチに。10年といえばこの本の中に「10年後の自分へ」という自筆の手紙がある。「ポケモンと将棋にハマっています。まだ将棋はしてますか。はいゆうさんになっていますか。未来のことがとても気になっています。」とかわいい字で綴られている。大きな声でこたえてあげたい。「たつおみ、俳優さんになっていますよ。それも立派なね」と。なんか泣きそう。時はいつも過ぎてから過ぎたことに気がつくのだ。その時は10年過ぎてこの手紙を読むなんて想像してなかったのにね。未来をイメージして書いておくのがいいのかもしれない。そのとおりになるような気がする。わたしも未来の自分に書いておこう。さしずめ一ヶ月後(短!)の自分へ。すぐに確認できるしね。内容はこれだな。「お元気ですか〜」
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psharuky at 23:50

2022年02月07日

孝三さんよ、永遠なれ

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 孝三さんお気に入りのプロフィール写真を掲載した改訂版「ドラム検定・ドラムを自在に操る新旧ルーディメンツ大全431」(ALFANOTE刊)が届きました。自らのテクニックと理論を惜しみなく注ぎ込んで後進を育てるその熱意には驚愕します。日本のミュージックシーンが失ったものは大きい。わたし自身も含めて孝三ロスはいつまでも埋まることがないように思う。改めて、R.I.P.。
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2022年02月05日

OMC season27-29 MODEL’S SHOWCACE開催

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 大阪モデルコレクションseason27-29。
 現在プレスセブンスタジオ横の横丁ギャラリーで大阪日日新聞「大阪モデルコレクション」でseason27−29 (‘18.11~’19.4)に掲載されたモデルを展示しています。桑原里奈、HANA、希、Asha、石川紗彩、佐々木和、琴音、溝川凛、アレクシス、MIO、加藤アンナ、三宅沙和、工藤菜緒、JIN、岩崎多貴子、花恵、大野礼奈、栗山えみり、須方佳奈、テスの20人20点です。お近くに来られた折にはぜひお立ち寄りください。2月28日まで。日祝水はお休みです。11時〜18時。
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2022年01月27日

"一五一会ギター"ジミーちゃんスペシャル

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撮影やってる? 「やってる、やってるぅ」
というわけで、きょうは作品撮り。といってもモデルのではなくて天才ジミーちゃんの作品。噂に違わず素晴らしい作品ばかり。最後に持たせてもらったのが、ヤイリ+BEGINが共同制作したギター一五一会にジミーちゃんがペインティングした、スペシャル一五一会。もちオンリーワンの非売品。撮影してるだけでパワーアップする感じ。ジミーちゃんの「お前もがんばれよ」の声が聞こえた気がしました。いやまじで。

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2022年01月23日

オルマナー 얼마나(どんだけ〜)

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 なくしたと思っていた「IKKOの済州案内」(韓国観光公社) が出てきた。10年ほど前に3泊4日の済州島大ロケーションしたときのもの。IKKOは日本から「タンス二竿ほど持ってきたわよ」というほどの衣装を持ち込こんだ。韓国側との進行上の齟齬が原因のトラブルほか、まあ、いろんな事がありました。が結果オーライ。楽しい仕事でした。最後の写真は済州空港前でお別れ挨拶をする二人。あいさつの言葉はもちろん「オルマナー 얼마나(どんだけ〜)」でした。
 
結論:むやみな断捨離にはご注意を。

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2022年01月15日

📕読まずに死ねるか 最後の対談「99歳から次世代への遺言 / 瀬戸内寂聴x林真理子」

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📕読まずに死ねるか
本日発売の婦人公論2月号(今年から月刊に戻りました)に特別企画 寂聴さん最後の対談「99歳から次世代への遺言 / 瀬戸内寂聴x林真理子」が掲載されています。昨年6月末の対談時はお元気で、すばらしい笑顔と元気が出る言葉はいつもと同じ。でも違ったのは林真理子さんに託した『残る者への遺言』があったこと。対談も最後なら撮影も最後になってしまいました。林真理子さんの追悼寄稿と、秘書の瀬尾まなほさんのインタビューも載っています。このFB書いていたらまた泣けてきた。瀬戸内先生、ほんとうにありがとうございました。
ぜひお読みになっていただきたいです。
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2022年01月08日

うっとおしいねん、藤岡弘…?

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目線の高さのPRステッカー。うっとおしいねん、藤岡弘。と、よく見れば、暑苦しさが似てるだけで、全くちゃう人でした。読むだけで強運になるらしい。でも、満員電車でこの人と顔が引っ付いてしまう人、不運だと思う。
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2022年01月01日

"happy"なしの年賀状「めでたくもなし めでたくもなし」

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「正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」中学生の時、一休さんの歌を年賀状に書いて、ひんしゅくを買ったのはわたし。ひねくれ者だったのかも。
 今年はその"下"を「めでたくもなしめでたくもなし」に替えたい。そんな気持ちだ。昨年は福原さん、野津さん、菅沼孝三さん、瀬戸内寂聴さん、モデルの優子ちゃん…。たくさんの大切な人が亡くなった。悲しみのズンドコだ。今世紀ずっと続きそうな喪中だ。一晩明けたからと言って、おめでとうございますなんて言えるもんかよ。もう江戸弁だ。金輪際おめでとうございますなんて言わなえんだ。言ってたまるか。おっ、きれいな振り袖のお嬢さん。「先生、あけましておめでとうございます」ミヨちゃんじゃねえか「誰かと思ったぜ。おめでとう。」意思が弱いのバレバレじゃねえか。ていうかネタだよ、ネタ。てことで、よろしくね。

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23年前の年賀状。
写真はブレッソンのオマージュ。
モデルはYukiko Fukuyama
場所は日本海のどっか。
happyを抜いているのはこの時もなんか意味があったんでしょうね。
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2021年12月31日

"グランプリ"は石川アキラさんの「集合写真を撮る正しい体勢」に

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いやあ素晴らしい作品が年末に飛び込んできました。石川アキラさんの「集合写真を撮る正しい体勢」です。ファッションショーが終わり、モデル、スタッフの集合写真を撮る"わたし"を撮影したものですが、全く気が付かなかった後ろのパノラマミラーが宇宙船を思わせ、脚立に立ったわたしをカーク船長と間違うほどの印象的場面に昇華させた作品になっています。石川さんの素晴らしいセンスに感動いたしました。この作品を今年のプレスセブン写真大賞(というのがあれば)グランプリに決定したいと思います。と、(そんな賞があれば)コメントしておきたいと思います。惜しむらくはディレクターの山田さんに文字がかかってしまったことです。
いずれにしてもいい写真です。かっこよく写してもらったからいうわけではないのですよ。いやほんま。石川さんおめでとうございます。
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2021年12月28日

読まずに死ねるか「田辺聖子十八歳の日の記録」

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 姪の田辺美奈さんから「叔母の十八歳のときの日記が出てきた」と連絡をもらってからずっと本になるのが楽しみだった。「田辺聖子十八歳の日の記録」(文藝春秋社刊 1600円+税)
 日記には悲惨な戦争と、その下で翻弄される女学生の逡巡と失望、悲しみと怒り、そして希望が正直に綴られている。貴重な資料であるとともに、一つの若き文学者の作品になっている。その中で紙に穴が開くほど激しくペンを踊らせた日がある。8月15日。敗戦の日だ。
「何事ぞ! 悲憤慷慨その極みを知らず、痛恨の涙滂沱として流れ肺腑はえぐらるるばかりである。なんのための今迄の艱苦ぞ。サイパン島同胞婦人、日本の勝利を信じて静寂に髪を梳いて逝き、アッツ島守備兵また神国不滅を確信して桜花と散り、沖縄の学童はいたいけな手に手榴弾を握って敵中に躍り込み、なかんずく、特攻隊の若桜はあとにつづくを信ずと莞爾と笑って散った。嗚呼何の為に我々は家を焼かれたか。傷つき、そして死んだか。我ら学徒もまた、美しきまた再び来ざる青春の時代を、惜しげもなく祖国に捧げたてまつり、勉学にうちこむべき精力をすべて生産増強にふりむけて、傍目もふらずひたすらに国想うおとめごころの、赤き一すじの道をひたばしりにあゆみすすんで来たものを」と。軍国少女(自らをこう呼んでいた)の怒りの先は想像するにかたくない。 しかし翌年の暮にはこう書いてある。「日本人は古来、風土の関係もあって、思想を持たない。風土の関係と一口に言えることではなく、それは封建制のしからしむところで、たいていの日本人は、自抑の生活を強いられてきたから、多くは自己表現力を有しない、機械的人間となってしまい、『自分で考える』ということがなくなった」と、現在に通じる日本人論を展開している。
 薄れゆく戦争の記憶を文学性豊かに蘇らせてくれる珠玉の日記文学。ぜひご一読を。
 あの戦争でたくさんの人が亡くなった。田辺聖子さんも空襲でなくなっていたかもしれない。生きていてくれてよかった。運が良かったのだな。だが思う。運がよかったら生きられる国ってなんなのだ。いまのコロナ禍での国の無為無策ぶりを見て強く思う。
psharuky at 00:30

2021年12月26日

ああでコーデ 熊谷まりあ

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ああでコーデ
クリスマスになると撮影しているような気がします。今回ですでに3度目。それもそのはずその名も熊谷マリアさん。彼女の優しく包み込むような雰囲気はまさに聖母。毎回癒やされています。さて今回のコーデのポイントは、鮮やかなイエローが眩しいイレギュラーヘムのリブセーターと、スタースタッズが敷き詰められたJIMMY CHOOのクラッチバッグ。スタンダードな大人カジュアルなのですが、ちょい派手コーデと美しいマリアさんに行き交う人の振り返ること。きっとなんかの撮影だと思ったのでしょうね。…なんかの撮影やん。
psharuky at 23:10

2021年12月23日

これは素敵なちょいとイカス〜

image♫これは素敵なちょいとイカス〜暁伸・ミスハワイのテーマソングが自然と飛び出すくらいの、いい写真だ。石川カメラマンによるこの間のGGBB modeでのわたし。ちゃんと仕事してる感じ、じゃなくてしてるのですが、よく捉えています。さすが写心家、愛を感じます。ありがとうございました。
psharuky at 01:30

2021年12月18日

優子ちゃんが命を賭したショーは明日開催

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明日開催されるファッションショー「GGBBmode」に命を注いだ優子ちゃんの記事がきょうの朝日新聞の夕刊にでました。
「42歳で逝ったモデル優子さん 希望託した『ジジババ モード』
そして、わたしがこの1週間制作に没頭した写真展「YUKO be forever」もロビーで開かれます。生来怠け者のわたしがこんなに何かに没頭することはなく、これは優子ちゃんの魂が乗り移ったに違いない。でも背がのびたわけではない。(念のため)。なわけで、ほんまに来て欲しいです。と、優子ちゃん共々一同伏してお願いする次第です。ほんまよ。

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2021年12月14日

読まずに死ねるか「寂聴さん追悼記事」(婦人公論)

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📖読まずに死ねるか
きょう14日発売の婦人公論に先ごろ亡くなられた瀬戸内寂聴さん追悼の緊急特集が掲載されています。この婦人公論を手にして、お亡くなりになったのだなとぼんやりと思いはするけれど、まだ信じられません。瀬戸内先生はずっと死なないと思ってました。いや、死なないとも思ってなくて、存在するのが当然でいなくなることなど考えたことがなかった。6月30日に撮影した時はすごくお元気で、来年の5月15日には百歳祭ですね、なんて言ってたのに。
追悼特集は、南果歩さん、横尾忠則さん、澤地久枝さんら長く深くお付き合いのあったお三方の追悼文。そして婦人公論で語った名言金言をまとめた「希望を与えてくれる瀬戸内寂聴さんのことば」が掲載されています。その言葉のほとんどを直に聞けたのは何ものにも代えがたい自分の宝です。そのなかで選べばやはりこの言葉です。
「大切なのは、笑顔でいること。
仏教では『和顔施』という言葉があります。
相手に笑顔を施すというのが一つの徳になる。
幸せというのは笑顔に集まってくるもの」
と、わたしが先生の笑顔を世界一と名付けた所以です。先生の笑顔で救われた人はどれだけいるか数え切れないでしょう。もちろんわたしもその一人。願わくば先生のようにいい笑顔ができるようになり、幸せを集めそれを返せるような人間になりたい。道はまだまだ遠いけれど。
6月30日撮影時の2ショットを追加させていただきます。
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2021年12月11日

ああでコーデ らいち

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ああでコーデ
「使いたいと思って使えずにいるセリフ」シリーズ。
韓国ドラマ「相続者たち」で、イ・ミンホがパク・シネに「お前にききたいことがある。おれはお前が好きなのか」と尋ねる場面があった。自分を守りながら相手の気持を探るコスい手だが、使ってみたい誘惑に駆られる。そんな話とはまったく関係ないのだが(関係ないんかい!)、らいちはモデルらしくなりましたね。最初に会ったときは黒ずくめのロックな女の子でした。その中に才能を見出したわたしの眼力も大したものだという自慢は置いといて、いまや売れっ子モデル。ご覧のように生成り的カジュアルコーデをナチュラルに着こなしてサマになるモデルになりました。さらなる成長が期待されます。そんなコーデ。
psharuky at 15:00

2021年12月10日

ああでコーデ 真穂

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ああでコーデ
使いたいと思って使えずにいるセリフがたくさんある。その中の一つ。「君と出会えたのは不幸中の幸いだ」。幸いと呼ばれた人はこの人にどんな不幸があったのだろうと興味を持って…。とかそういう話とはまったく関係ないが(関係なかったんかい)、あえて真っ直ぐな真穂さんにいうとしたら”幸福中の幸い”というストレートな言い回しが効くと思います。(って、なんに効くのん?)。今回は太ゲージのざっくりニット。幸せの黄色いセーターコーデ、ということでいかがでしょう。可愛らしいし。
psharuky at 00:30

2021年12月04日

ある愛の角度

imageたぶん「愛」。わたしは優子ちゃんを人混みの中でもすぐ見つけることができた。
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2021年12月02日

悲しいときは抗わず ゆうこちゃんとの別れ

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優子ちゃんのお通夜。狭くはない葬儀場はすでに一杯。その三倍くらいの弔問客は外で待つことになったが、多くの人に愛されていた優子ちゃんの存在の大きさを改めて知らされた。抱き合って泣きじゃくる生徒さんや、先輩講師たち。気丈に振る舞うお母様と眼鏡を曇らせて涙を流すご主人の西森さん。寒さと悲しみに震えながらもまだ信じられないわたし。集ったそれぞれの人の悲しみで覆い尽くされた会場の重さに押し潰されそうになりながら、悲しみに抗わずあえて浸る以外に生きる術はないと悟った夜でした。

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2021年12月01日

鬼平との別れ

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どうなっているのだ、この訃報の嵐。中村吉右衛門さんがお亡くなりになった。ずいぶん昔に鬼平〜歌舞伎役者の姿を京都〜東京で撮影させていただいた。撮影現場はピリピリだったようですが、ご本人は勉強熱心で温かくて優しい人でした。「火付盗賊改方である、おとなしく縛につけぃ〜」って言われりゃ、そらわたしなんか「はい〜」って言ってしまいそうです。”男が惚れるいい男”でした。77歳。早すぎます。歌舞伎役者としてはこれからなのに。写真はもっとあったけれど、保管しているネガにアクセスできずでした。なんかもうつらい日々が続きます。結論。いい人は早い。
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2021年11月30日

或る落陽

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 生きるということはこんな強烈な悲しみにも耐えなければいけないのか。きょうがん闘病中のモデルの優子ちゃんが亡くなった。大阪コレクションでのコシノヒロコのショーで出会って以来20余年。一番古く一番親しいモデルだった。もうほんとにしんどい。
 いつもアグレッシブな姿勢を崩さなかった彼女。ヘタった姿など見たことがない。がん闘病中も弱音を吐いたのを聞いたこともない。辛くないわけはないはずなのに、いつも明るかった。みんなを元気にさせてくれた。
 毎年作っていたね。干支にちなんだ年賀状用の凝った写真。来年は寅年だからトラを借りてこようかな。11月中にはトラないといね。なんて言ってた。そんな約束もしていたのに。それから撮り足してgirls2をつくる約束もしたね。これに関してはなんとか約束を果たそうと考えている。
 そして「池田」愛の強い彼女でした。池田市をPRするウディ・アレンみたいなかっこいい動画をつくろうと結構日にちをかけてやりました。がそれも未完(これは怠惰なわたしのせいですが)。やり残したことが多いのになんでやねん、なんでおらんようになるねん。と叫びつつ、ま、未完成でもそれはそれで作品だ。ということでここにアップして優子ちゃんを偲びたいと思います。


 考えてみれば、太陽が沈むのは昇るためなのだな。そう考えると、多少は胸の痛みもやわらぐ、かなと思ったけれど、そう浅くはない、この気持ちの空洞。埋まる日はもう来そうにないが、悲しみを携えて生きていく以外にはわたしらに道はないのだ。

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2021年11月28日

読まずに死ねるか 「ガンバ大阪 30年のものがたり」

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読まずに死ねるか
「ガンバ大阪 30年のものがたり」(ベースボールマガジン社刊)が届いた。著者は高村美砂。
Jリーグが発足した年、「GAM(ガム)」というガンバ大阪応援誌も創刊された。翌年、その撮影全般を担当していたわたしのところに撮影アシスタントとしてやってきたのがこの高村美砂である。写真スタジオでアシスタント経験があるということで出版社が採用した。人懐っこいスレンダー美人。やる気も十分。翌年の大震災で水浸しになった事務所の床の水を延々と掻き出していた健気な姿が記憶に残っている。この雑誌自体はほどなく休刊するのだが、彼女はそれを引き継ぎ、ガンバ大阪を中心としたサッカー関係のメディアに残り、編集&ライターとしていままで頑張っていたのだった。この本は彼女の性格を表したように真正面から選手に向かい、コツコツと仕上げたインタビュー本となっていて、ガンバ大阪のみならず、Jリーグ史としても貴重な資料となっている。ぜひご一読を。
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2021年11月20日

わたしの好きな場所「須磨−塩屋」

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My favorite place
わたしの好きな場所

JR神戸線 須磨と塩屋の間。
右手は廃墟となった海釣り公園。
それも景色の一つとなるブルーアワーの須磨の海。
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2021年11月13日

📖読まずに死ねるか「喋りの天才上沼恵美子」

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📖読まずに死ねるか
事実をこうも面白く表現できるのか。いつも感心する。現在発売中の婦人公論で喋りの天才、上沼恵美子がパワーアップして登場。夫婦の別居。25年続いた「快傑えみちゃんねる」突然の降板。叩き割ったハチエモントロフィー、など6ページに渡って喋ってくれました。ただ面白いだけではなく「思い通りにいかないことが、きっと自分を磨いてくれる」「私が世界で一番不幸だと思っている人、そう思う人はがんばっているひと。わたしもそうだったからわかります。懐かしくなるときがかならず来る」など上沼流箴言も散りばめられていて元気がもらえます。構成はおなじみ敏腕ライター社納さん。「上沼さんの喋りはそのまま文章になる。エピソードの一つ一つに起承転結がある」(社納さん)では、誰でも書けるかというとそんなことはなくて、そこには社納さんの構成力が加わることでさらに喋りが生きてくるのです。怒り、笑い、そしてペーソス。人生そのもののような深い読み物になっています。ぜひお読みください。
psharuky at 23:50

2021年11月12日

いわゆるひとつの愛情表現

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センセ、ご飯食べましょ。と、かいらしい顔をのぞかせたのはセブンスのななみん、米田奈々実さん。お昼はしゃぶしゃぶランチをご馳走になり、修理のレンズをとりに車で心斎橋ニコンへ往復してもらったりと、至れりつくせり。
「きょうは何から何まで世話になりました。いいの?ほんまに」
「いいよ、元気でよかった。これから働いてもらわなあかんもん。辞めさせへんよ」
「え!」
そういう裏理由があったのね。というかこれ愛情表現の一つなんよね。たぶん。
遠くで「ちゃうよ」
照れ屋なんだから。
ま、どっちゃにしても、でもほんまにうれしいです。
だいぶ遠くで「安く撮影してもらうためやよ」
またまた照れて。
というとこでキリがないので終わっときます。ありがとうねななみん。
psharuky at 23:55

2021年11月11日

巨星墜つ 瀬戸内先生よ永遠なれ

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もう何も考えられません。一つの大きな時代が去り輝いていた大きな星が墜ちたという感じです。来年の5月15日で百歳。百歳祭をしましょうと言ってたのにね。でも一つ少ない白寿でというのが瀬戸内先生らしいかもしれません。いらんかもしれないけど今年の6月30日に撮った2ショット自撮りを添えて追悼の意を捧げたいと思います。それにしても先生の笑顔は最高です。わたしの知る限り世界一です。「笑顔はその人の一番いい顔」と先生。わたしは”いい顔”ができているでしょうか。今はとてもいい顔はできないけれど、いつか先生に追いつくいい顔ができるように精進したいです。ほんとうにありがとうございました。
寂庵で。
同じ日に撮った自撮り写真を追加しておきます。先生やっぱり最高の笑顔です。
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2021年11月05日

維新を大阪全勝に導いた「テレビ&お笑い&維新」の醜悪タッグ


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 吉村知事がイソジン会見でデマ飛ばそうが、大阪発のワクチンが9月(昨年の)にできますとデタラメ言おうが、単なる通天閣のイルミネーションを大阪モデルと言おうが、東京からくる人間を新大阪駅で中途半端に検温してそれをコロナ対策と呼ぼうが、時短の飲食店見廻り隊に税金無駄に使おうが、コロナの死者が世界一になろうが、医療崩壊しようが、テレビメディアは全く非難しないどころか、ただ延々と吉村知事を出し続け、やってる感を演出していたのはなんでなん? その答えの一つがこれです。
 市が管理している大阪城公園を電通、テレビ局が入った大阪城パークマネジメント株式会社に貸し出し、そこに吉本、在阪テレビ局などで構成されるクールジャパンパーク大阪株式会社が参加して利益を享受するというわかりやすい利権構造が構築されているからだ。
町山さんはさすが「テレビ&お笑い&維新」が元凶と見抜いておられて、大阪の民度のせいではないと書いてられるが、わたしは、そこはちょっと疑問なのです。
 先日の衆院選。維新が大阪で全勝した翌日の夜、御堂筋にイルミネーションが灯された。夜は見えないけれど電線を巻かれた昼の並木たちはそれは悲惨なものだ。大阪城公園の木々の伐採といい、維新はよほど樹木が嫌いなのかと思うほどだ。なるほど木はお金を産まないからね。その寒々とした青白い光を大阪の人は無邪気に撮影していた。それを民度とは関係づけたくはないが、もともと大阪には「お笑い100万票」という”民度”の塊のような層が存在する。それが西川きよし参院議員や横山ノック府知事を生んだ土壌となっていて、お笑いの街の大阪人はなんでも面白がってやってしまう傾向がある。面白かったらええやん、なのである。橋下徹、吉村知事もお笑いタレントなのだ。まったくおもしろくないが、おもしろがってたらとんでもないことになってしもたというのが今回の結果なのだ。どないしてくれるねん”おもしろない笑いの王国” 大阪! というのが”周辺諸国”の正直な気持ちなのである。





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2021年10月30日

キャノンとニコン、一眼レフの底力

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 東京2020オリンピックが遂に開幕しました。果たして東京2020でプロに選ばれたのはどのメーカーなのか?そしてミラーレスはスポーツ報道の現場でどのくらい普及しているのか?
分かりやすくするために、上の画像はカメラマンの顔を色分けしています(カメラが見えず不明な人は無着色)。
* キヤノンユーザー→赤色
* ニコンユーザー→黄色
* ソニーユーザー→水色
上記のようになっており、カメラメーカーが判別できるカメラマンが計43人、メーカーシェアはそれぞれ、キヤノン(30人)、ニコン(11人)、ソニー(2人)でした。
となります。
 a-graphさんの記事から

オリンピックのカメラが全部ソニーのミラーレスに変わってしまいそうな事前の雰囲気はたしかにありましたが、もちろんそんなことはなくどうやらこれはソニー側のメディアを動員した大PR戦略だったようで、蓋を開ければキャノン、ニコンの一眼レフが並んでいたという状況。スポーツカメラマンが頑固というのもあるけれど、ソニーのミラーレスはスポーツ撮影に適したカメラだとは到底思えず、結局スペックの問題ではなく、操作性、堅牢性、信頼性において優れている一眼レフをスポーツカメラマンは手放さなかったということなのでしょう。

またこのa-graphさんは
東京2020オリンピックを撮影したプロフォトグラファー、のべ352人の使用カメラを調べたところ、
* キヤノン:210人(59.7%)
* ニコン:110人(31.2%)
* ソニー:32人(9.1%)
という結果となりました。
※全てのフォトグラファーをチェック出来ているわけではないので、ある程度誤差はあると思っておいて下さい。
スポーツカメラマンは今もキヤノン・ニコンが主流
相変わらず強かったキヤノンとニコン
最多はやはりキヤノンで、ニコンは粘り強く健闘した。

 と結論づけています。
 となるとスポーツ撮影を知り尽くしたキャノンとニコンの出すミラーレスカメラR3、Z9への期待がおおいにたかまるところであります。
psharuky at 23:30

2021年10月15日

カメラ=ニコンだった

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カメラといえばニコン。♫そんな時代もあったねと〜である。この写真は1966年あたりのニコンFのカタログに掲載されていた一枚。日本シリーズのカメラマン席でなんとニコンF率100%。"カメラはニコン"を見事に証明している。多分これは甲子園の一塁側のカメラマン席だと思われる。だとすると、1964年の南海ー阪神の日本シリーズだ。南海はスタンカ、杉浦、皆川。阪神はバッキー、村山という超強力ピッチャーが投げあった大阪シリーズで、結果は4−3で南海の優勝。最終7戦目はなんと10月10日。東京オリンピックの開会式とかぶり、甲子園の観客も1万5千人というシリーズ最低記録だった。考えられませんね。ん? 日本シリーズはニコンFだらけなのはわかったけれど、オリンピックのカメラは?まさかってことはないでしょうね、というわけで調べてみました。やっぱりニコンFでしたね。ニコン最強だ。IMG_0810このあたりから20年ほどはニコンの天下です。キャノンのキの字もありません。特にスポーツ、報道系はニコン以外考えられなかったですね。その時代の洗礼を受けたわたしは、カメラはニコン。以来40余年いまだにニコン。いわば長年連れ添った古女房。そうそう取っ替えるわけにはいきません。♫ 冬の木枯らし笑顔で耐えりゃ 春の陽も射す夫婦坂〜てなもんです。でもここにきて一眼レフの製造終了、ミラーレスの出遅れなどでニコンの苦境が伝えられだして、いや本当にどうなるのか心配してました。2020オリンピックはソニーのミラーレスで埋め尽くされるという事前の予想PRでしたが、ところがどっこい、一眼レフの大活躍。キャノンはもちろんニコンも大健闘、という話を次回。
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2021年10月08日

読まずに死ねるか「美しいお経」

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読まずに死ねるか
「寂聴厳選 美しいお経」(本日10月8日発売 中央公論新社刊 1320円税込)
 ページを開けばそこにある示唆に富んだ美しき言葉たち。寂聴さん厳選のお経が心を豊かにしてくれます。「心暗きときは、すなわち遇うところことごとく禍なり 眼(まなこ)明らかなれば、途に触れて皆宝なり」(空海)
プラス思考で明るく生きなはれ、てことですね。
 また、唐の詩人白楽天が木の上で座禅をしている禅僧道林(=鳥窠上人) に「仏教とはなんぞや」と尋ねます。道林は「言うは易く行うは難し」と答えます。白楽天がっかりして「そんなことは三歳のこどもでも知っている」と言うと道林はすかさずこう答えます「「しかし八十歳の老人でも行えない」
とかね。
ぜひ。
(帯写真を撮影しています)

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2021年09月27日

大谷翔平 2012

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この年の実績から言えばダントツで藤浪だが、人気、注目度ともに上回っていたのは大谷翔平だ。このときは160キロの投手大谷。誰もいまのメジャーでの"ホームラン王"を予想する人はいなかった。超絶的実力があっての現在の大谷なのだが、会う人をまたたくまにとりこにする人懐っこく可愛い性格が、いまのメジャーでの大活躍大人気ぶりに全く関係ないとは思えないのだな。球場の外にはすでに大谷目当てのソウルっ子が待っていた。気づけばわたしも大ファンになっていた。
2012年9月8日 第25回AAA世界野球選手権大会の会場、ソウル木洞野球場(モクトンやきゅうじょう、목동야구장)で。


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2021年09月24日

OSAKA RAINY BLUES

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OSAKA Rainy Blues
雨はその人の行き先ををより明確に示してくれる。
待つ人のもとに急ぐ人。人を待つために急ぐ人。ただ雨をしのげる場所に向かう人。雨で涙を隠す人…。
昨夏、雨が降るたびにスタジオ前の通りを行き交う人を撮影した。
それぞれの人にそれぞれの行き先があり、それぞれのドラマがある。喜びや悲しみもそれぞれの人にある。みんな一生懸命に生きている。
そんなことを確信した撮影だった。



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2021年09月11日

山口智子1988

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 東梅田の喫茶店。アシスタントの尾上くんとファッション雑誌ViViをみていた。夏前の水着特集ページで何人かのモデルのなかに、とりたてて美人ではないが好みド真ん中のかわいい子がいた。「この子いいよね。撮りたいね」なぜか江戸弁。尾上くんは「牛ましょ、じゃなくて鳥ましょ」ノリよく賛同する。いいコンビでした。ページをめくってモデル名を確認する。そうしてこの日われわれは山口智子を発見することに成功したのだった。
 撮りたいといっても手立てがあるわけでもなくそのまま忘れていた。次にその名前を見るのは翌1988年。NHKの朝ドラ「純ちゃんの応援歌」のヒロインに山口智子という新聞記事だった。「尾上くん、これ、あのときの山口智子やな」「そうですそうです。ViViの、水着の、丸顔の」「わしらすごいね」「すごいです。去年から見つけてましたから」「NHKより先に見つけてたからな、文句ゆうてもええくらいや。先にわたしらが見てけてたんですいうて、ハハハ」。盛り上がるのには理由があった。この朝ドラは大阪放送局JOBK制作。2年前の「はっさい先生」で若村麻由美を撮影させてもらっていて、NHKの広報の人とは繋がりがある。「撮りたいね」がにわかに現実味を帯びてきた。
 大阪、道頓堀、法善寺、たこ焼き、自転車というなにわアイテムを並べて企画を通す。いまでこそ山口智子といえば知らん人はいないほどだが、当時は全くの新人女優、紹介しながらのロケ撮影となる。たしか法善寺の正弁丹吾亭、ここでは着替えの場所を借りるのに「今回のNHKの朝ドラのヒロインの山口智子さんで…」と紹介し終わらないうちに「へ、どうぞ使ておくれやっしゃ。ま、かいらしい子」と、いつもながらの大阪のノリの良さに助けられるロケ隊なのでありました。大たこで買ったたこ焼きをほうばってもらったり、「顔もたこ焼きとよう似てるし(ええ意味で)」(心の声)と思ったり、念願の山口智子撮影はえべっさんと天神祭がいっぺんに来たかのような幸せな時間なのでした。
 このあと複数のメディアでも山口智子を撮影させてもらった。旧NHK大阪放送局、これがまたええ味の建物で増築がかさなって迷路みたいになってて、大好きだったのだが、そこの地下の購買部で撮影したり、食堂では共演者の松本友里と仲良くランチしているシーンを撮ったり、この年はまさに山口智子イヤーとも言うべきで、わたしにとってはハッピーイヤーとなったのでした。めでたしめでたし。

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2021年09月05日

ゴクミの助手席

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わたしの3大トチリ(遅刻)は先に紹介した益川敏英先生撮影、東京での野村萬斎撮影、そしてこの後藤久美子撮影だ。
 28年前の京都…。
 京都全日空ホテルに着いたのは約束の40分遅れ。それまでのわたしの焦り方は尋常ではなく大阪からの道中何度か吐きそうになった。なんせ撮影相手は当代きっての美少女後藤久美子=ゴクミ(19)だ。それになかなか難しい性格と聞いていて、これは撮影は諦めないといけないかもしれない。婦人公論のモノクログラフ5Pどうするのだ。平身低頭でロビーに着いたわたし。出迎えるかのようにゴクミとマネージャーが立っていた。とりあえず謝ろ。「ほんまにほんまにすみません」するとゴクミは優しい声で「どうしたんですか」えっ、怒ってない。こ、これは菩薩にちがいない。拝むような気持ちで、いや実際拝んでいたかもしれない。返した言葉が「お、遅れました!」そんなんわかっとるわというツッコミもなく、寒い思いをしていたわたしに「時間がないので撮影しましょう」とマネージャーの声。そうだこのあと東映京都撮影所で日本テレビ年末時代劇「鶴姫伝奇」('93)の制作発表の会見があったのだ。ホテルの裏庭に回ってフィルムを2本撮ったところで、「一緒に車で行きましょう」とマネージャー。ホテル前に停めてあったプレジデントの助手席のドアを開けて座らされる。運転席には、え、え、え、え、ゴクミ!。後ろの席からマネージャーが「後藤は運転免許とったばかりで、助手席に座るのもあなたが初めて。撮影したいでしょ」したいとかしたくないとか、したいですよそんなもん。まったく。君らなんてええ人なん。ゴクミの運転はうまいもので三条通の狭い道をスイスイ走る。さすがジャン・アレジ、とは思わなくて、それはそう、彼女がジャン・アレジと知り合う2年前のことだ。しばらく「ジャン・アレジより先にゴクミの助手席に座った」と意味わからん自慢話をしてました。
 撮影所手前で運転をマネージャーと交代して、森繁久彌、西郷輝彦、三浦友和らお歴々の待つ会見場に。この日いろんなパターンがいっぱい撮れて、穴開けるどころか編集も大喜びの結果となった。この出来事はわたしをして生涯後藤久美子の大ファンになることを決意させるに十分なものだった。2年後アレジにさらわれるんですが、なんの、この間の『男はつらいよ お帰り寅さん』(2019)までね、ずっと。

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2021年09月04日

エレキの若大将

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君といつまでも01


若大将シリーズ全17作の中でもわたしの一番好きなのは「エレキの若大将」(’65)だ。大ヒット曲「君といつまでも」が挿入歌として使われていて、勝ちぬきエレキ合戦での若大将率いるヤングビーツの「夜空の星」を演奏するステージは出色。ヤングビーツのメンバーは加山雄三、黒沢年男、寺内タケシ、田中邦衛、二瓶正也で、先の二人以外は鬼籍に入られている。脇にいる出場バンドの「シャークス」のジェリー藤尾、司会の内田裕也、客席で応援していた星由里子も”夜空の星”になった。
みかえすのもちょっとつらい。
つらいけれどこれが避けられない人の行く道。とはいえ耐えられない悲しみもまた人も心なのだな。

 今朝、友人の訃報が入った。またひとつ、星になった。


psharuky at 08:11