写会人日記

2017年03月23日

死なば森友

 腹を据えた人間に恐れるものはない。そんな印象のきょうの証人喚問。問題を籠池一人に閉じ込めようとする自民の西田などはまったく空振りで恥をかいただけ。衆院の自民の質問者の上からのカッコつけた尋問に「そんなに畳み掛けられて言われて、失礼じゃないですか」と一喝するなどそもそも役者が違うという印象だ。最後の尋問者維新の下地などは(松井の名を出されたことに)興奮しすぎて、「偽証罪に問われますよ。いいんですか。松井さんが掛けたハシゴからあなたが転げ落ちただけじゃないですか」といいだす始末。自民幹部が「国に逆らったらどうなるかわからせてあげよう」と言ってた証人喚問がとんでもないことになったわけだ。喚問の中で安倍昭恵がどっぷり関与していた証言も出た。わたしや妻が関与していたら総理も議員も辞めると言い切っていた安倍。その日は近い。
証人喚問といえばまさにお白州。ビビるのが普通なのに、籠池、堂々と受け答えしていて逆に尋問者がビビっていたのが印象的。それから知らん間に籠池を応援していた自分に気がついて、複雑な気持ちなのだが、今回、ま、ええかと。
それから、新格言「風前の朋美」を付け加えておく。

ついでに格言ではないけれど菅野完さんによる「全自動忖度機」も。これは流行語大賞候補だな。

psharuky at 19:55

2017年03月21日

「批判疲れ」を超えて

 むしろそれがテキの狙いかもしれないが、こうも次から次へととんでもない攻撃が、しかもいろんなところから飛んでくれば打ち返すことなどできやしない。以前はこのブログでも橋下維新や安倍政権に対して結構書いていたのだが、あまりの数の多さに反応すら追いつかず、怒りの持続にも体力が必要で、永田町界隈の低レベルな人間に対する怒りは体調のの異変を招き、さらにアホ政権が覆い尽くしたこの国の現状に気力体力を奪われてしまっているといったところだ。だが倒れている場合ではない。「「どうでもいい」と思った瞬間に民主主義はおしまい」(平野啓一郎)なのだから。
ちょうど芥川賞作家の平野啓一郎さんが「批判疲れ」という文を書かれていて、全くその通りなのでちょっと拝借してわが意見としておきます。すみません、平野さん。「日蝕」で芥川賞をとられた時に京都でブランコに乗ってもらって撮影したもんね。(だから?っていうことですが)でありますから(?)引用許してくださいね。

【森友学園問題】 平野 啓一郎さん
2017年03月20日11時00分 (更新 03月20日 11時17分)


◆「批判疲れ」と政治腐敗

 森友学園の土地取得を巡る不正疑惑が報じられた際、明治時代の開拓使官有物払い下げ事件に言及した人がいた。歴史の教科書にも載っている有名な疑獄事件で、北海道開拓使長官の黒田清隆が、官有物を同郷の政商に安価かつ無利子で払い下げようとして世論の激しい非難を招いたというもので、黒田は辞任し、払い下げも中止となった。が、事件はそれで収まらず、政府内で黒田を批判した大隈重信(肥前出身)が、伊藤博文ら薩長系参議によって追放される明治十四年の政変へと発展する。元々、憲法制定を巡って、イギリス型の議院内閣制を主張していた大隈と、君主大権を持つビスマルク憲法に範を取るべきと主張していた伊藤らは対立していたが、前者が失脚したことで、明治憲法体制は、後者の人々により担われることとなった。

 安倍晋三首相が、所謂(いわゆる)「押しつけ憲法論」に立って、日本国憲法の改正を悲願としているのは周知の事実だが、その政権が、大日本帝国憲法を決定づけた疑獄事件を連想させる今回の一件で窮地に陥っている状況には、首相が「長州」出身であることに時代錯誤な矜持(きょうじ)を抱いているだ
けに、皮肉な因縁を感じる。

   −−−◆−−−

 森友学園問題は、徹底した真相解明が求められるが、実のところ、本稿で書きたいことは他にもあった。その第一は、警察の捜査権限を極度に膨張させ、国民の基本的人権に深刻なダメージをもたらす共謀罪(「テロ等準備罪」)の新設への批判だった。しかし、それにとどまらず、南スーダン派遣部隊の「日報」の隠蔽(いんぺい)防衛相の国会での教育勅語擁護発言沖縄・高江で逮捕された沖縄平和運動センター山城博治議長の不当な長期勾留五輪費用の増大待機児童問題の未解決原発再稼働最大で「月100時間未満」の時間外労働という過労死ラインに設定された政府の長時間労働規制案インフレ率2%など夢のまた夢のアベノミクスの行き詰まり、……と、書くべきことは、ここ最近だけでも枚挙に暇(いとま)がない。

 しかし、これだけいっぺんに問題が噴出すると、どこか感覚がマヒしてくるところがある。防衛相の教育勅語擁護発言などは、「昔なら一発で罷免の大問題」という声が多く聞かれ、私もそうなるべきだと強く思うが、あれもこれもという中で、国民の注意力も散漫になり、批判疲れも見える。恐るべき政治腐敗が蔓延(まんえん)し、独裁者の近親者が国有財産を食い物にしているような他国の事例などを見るにつけ、どうしてそうなるまで国民は黙っていたのかと疑いたくなるが、むしろ問題の数が増えれば増えるほど、一種の政治的無気力に陥ってしまう、というのは、日本の現状がもたらす一つの教訓である。

   −−−◆−−−

 私自身、毎日、SNSでこれらの問題について批判したり、情報を共有したりしているのだが、気がつけば投稿の大半が政府批判で埋められてる日もあり、正直、ウンザリもしている。私もそんなにヒマではないが、「どうでもいい」と思った瞬間に民主主義はおしまいである。そして実際に、多くの人が、日々の生活の傍ら、根気強く政治的関心を維持し続けている。

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀による株の大量購入によって株高こそ演出されているものの、経済格差の拡大は深刻化している。結局は、マスメディアの支持率調査の結果が、現在の内閣を支えているが、その理由の多くは、「他の内閣より良さそうだから」という消極的なものである。本当にそうなのか? 森友学園問題は、異例の長期政権となった現内閣の是非について、いま一度立ち止まって考えるべききっかけだろう。

 【略歴】1975年、愛知県蒲郡市生まれ。2歳から福岡県立東筑高卒業まで北九州市で暮らす。京都大在学中の99年にデビュー作「日蝕」で芥川賞。近刊は作品集「透明な迷宮」、長編小説「マチネの終わりに」。


=2017/03/19付 西日本新聞朝刊=

psharuky at 23:55

2017年03月04日

発狂宰相(バカ過ぎ編)

もう狂ってるとしか思えん。安倍の答弁。
野党からの「森友学園に利用されたというのなら訴えたらどうですか」という質問に「裁判というのは時間がかかるんですよ。わたしは総理大臣ですから、忙しいんです。時間がない。それでも菅さんに訴えられましたよ。菅さんに。それでも勝ったんです。菅さんに裁判に勝ったんですよ。完全勝利です。裁判に勝ったんです、裁判に」「??」
万事こんな調子だ。安保法制の時の答弁などでは、
「その上において、その上においてですね、その上において、進めていくという中において、その中においてですね、その中において、またその上で、さらにその上においてですね、やっていこうということでごじゃます」(※)どんだけおくねん。お前は月亭可朝か。(師匠すみません。可朝さんは「ほんまでっせ。いやほんま。ほんまにほんま。いやほんまです。ほんま。ほんまにほんま。いやほんま。そらぁほんまです。いやほんま。…………」”ほんま”だけで15分の高座を務めたという逸話がある)。可朝さんのは見事な芸。ほんまもんのバカは笑えんのです。いやほんま。
(※)多少脚色しています。いやしかし、安倍の答弁、筒井康隆の小説を超えたかもね。

psharuky at 23:55

2017年03月01日

ABA (Anybody But Abe)

C50TE0_WQAEkr5K大統領2期目のジョージ・ウォーカー・ブッシュに対してあまりのアホさ加減に反ブッシュ陣営からなげられたスローガンにABBというのがある。Anybody But Bush、つまり「ブッシュ以外なら誰でも」ということだ。それにあやかればいまの日本の状況ならさしずめABA、ということになる。Anybody But Abe、「安倍以外なら誰でもええわこの際、発狂してるし」というような意味を含んだスローガンが成立する。見たものが天を仰いで2時間ほど茫然としてしまうほどアホすぎる安倍。切実なのだ。すぐに政権交代できないなら自民党のなかでも誰かましなのがいるはず。そいつでいい。安倍以外なら誰でも。いや、もう一人、“何調子のいい事言ってやがんだ〜”麻生がいた。その2人以外なら、ちったあましだろう。その時はABAAになる。何しろこの二人の国会での行儀の悪さは凄まじく、足を組んで質問者を指差しておちょくったりおよそ国民の代表とは思えない態度で、そんなんで教育語るなんて10億光年はやいわ。なんやったら奥さんが仲良しの塚本幼稚園で勉強させてもらったらどうか。論理的に反論できないからそういう態度で虚勢を張っているのはわかるのだが、腹がたつ。とにかく今の国会は品位のかけらもなく、長いこと見てきているけれど、崩壊した学級さながら、見るに聞くに耐えない代物になっている。でもそれも、もう少しの辛抱、かな。と希望を胸に眠るきょうこのごろなのである。
psharuky at 23:50

2017年02月28日

きょうの「わかりやすいです」

 やっぱりね。
府が森友学園の要望により森友学園のために私学設立規制緩和(と断定していい)。

「大阪はいいね。お金がなくてもお願いすれば学校を経営できたりするんだ」
「い、いや、そんなことはない。きっちりした紹介者がないとダメですよ」
という感じかな。
(あくまでも極めて正確な個人の論理的推測です)

psharuky at 23:58

2017年02月25日

疑惑の3日間

疑惑の3日間。2015年9月3日〜5日
国民への説明責任を果たすのに熱心でお忙しい安倍総理が参院での安保法制の議論の真っ只中、それをほったらかしてテレビに出るためとお初天神の牡蠣料理屋に牡蠣食いにくるためだけに大阪に来るか、なんで?と思っていました。
詳しくは森友学園と政府が直接交渉を持ったあの日、安倍首相は国会をサボり大阪に飛んでいました」buzzap

以下は北村哲郎さんのFBからの”まとめ”です。

2015年9月3日14時17分〜27分
安倍首相、財務省の岡本薫明官房長、迫田英典理財局長と会談。

9月4日10時〜12時
大阪市の近畿財務局9階会議室にて森友学園の小学校建設工事を請け負った設計会社所長、建設会社所長が近畿財務局の池田統括管理官、大阪航空局調査係と会合。埋設物の処理内容や費用についてつめた議論をし、業者側が高額な処理費用を提示するなどしていた。

11時58分
安倍首相、全日空21便で伊丹空港着。

12時39分
安倍首相、大阪市中央区の読売テレビ(編集部注:近畿財務局からは大阪城を挟んで車で10分程度の距離)着。

13時30分〜14時29分
安倍首相、番組収録(編集部注:自民党広報のツイートより、9月6日放送の「そこまで言って委員会NP」と思われる)。

15時3分〜45分
安倍首相、「情報ライブ ミヤネ屋」生出演。

16時7分
安倍首相、故冬柴鉄三元国土交通相の次男、大さん、秘書官らと大阪市北区の海鮮料理店「かき鉄」(同店は冬柴大さんが経営)にて食事。

同日
国土交通省「平成27年度サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)の採択プロジェクトの決定について」にて、森友学園の安倍晋三記念小学校の校舎及び体育館が選出され6200万円の補助金交付が決定。

9月5日午前
安倍昭恵夫人、塚本幼稚園にて名誉校長就任の挨拶。

国会が安保法制を巡って白熱していたあの夏、その裏側ではいったい何が起こっていたのでしょうか?迫田英典国税庁長官、近畿財務局の池田統括管理官、大阪航空局調査係、森友学園の籠池泰典理事長、安倍昭恵首相夫人らの速やかな参考人招致が必要です。



愛国心とは、ならず者達の最後の避難所である サミュエル・ジョンソン
psharuky at 23:30

がんばれテレビ東京


 いったいどうしたテレビ東京「ゆうがたサテライト」。他局がビビりまくる中、すごすぎる。やけくそなのか。がんばれ〜〜〜。受信料払いたいくらい。ゴールは近い、かもね。

↑ すぐ消されるやろけど。
psharuky at 23:00

2017年01月11日

今日の一枚:ホグワーツ

image 西宮にあったホグワーツ魔法学校。少なくともわたしにはそう見える(ハリー・ポッターをあまり知らんという前提ね)。中ではハリーポッターが勉強しているかもしれない。「そんなアホな。『ピカソ美化学研究所』という看板が見えんのかって?」さあ、それが怪しい。いかにも魔法でつけたようなネーミング。ホグワーツ魔法学校日本支部西宮分校って書けないからではないのかと思ってるわけで。誰も騒がないのは”夢?”を壊さないようにするため。そのうち「ハリー・ポッターとピカソの美化学研究所」という新作が出るのではないかと、そうすればエマ・ワトソンにも会えるかもしれん。そう思っているからなのだ。 ハハハ( ……大丈夫なのか)。
psharuky at 23:55

2017年01月09日

奥田明日美、ジェド・ドハティ、キャロライン〜Sweet Caroline

日日OMC190-01 大阪モデルコレクションに2016年ミスユニバース大阪代表の奥田明日美さん。外見内面共にハイレベルなモデルさんです。その右には、わっ、捏造ハゲ作家!と思わず新聞を投げ出しそうになりましたが、似てたけど全然違って一安心。映画「アイ・イン・ザ・スカイ」のプロデューサーのジェド・ドハティさんでした。おもしろい映画のようですね。その下にはジブリの鈴木敏夫さんのコラム。今月退任されるキャロライン・ケネディ駐日大使がズタジオジブリを訪れて宮崎駿さんと鈴木さんに会ったという記事。その中で、初の衛星中継の実験放送で最初に飛び込んできたのがケネディ暗殺事件だったという体験が書かれていたが、私も全く同じ衝撃体験をしていて、それをブログに書いているので再掲載しておきます。駐日大使に決定した2013年11月19日、20日のブログ記事です。
JFKJr02Jrとキャロライン01  1963年11月23日は初めての宇宙中継(衛星放送とはいわずこう言っていた)の日で、全国が早朝からテレビにかじりついて、米国から送られてくる映像を待っていました。2回放送があって、わたしは寝ていましたが母親が最初の中継をみていて砂漠の画面ばっかりでようわからんかった、と言っていた記憶があります(確認したら母親はそんなん知らんと言ってた)。たしかその日は休みでしたが、早起きして見た2回目の宇宙中継でケネディ暗殺を知ったのです。とんでもない第一報が最初の宇宙中継試験放送で飛び込んできたわけです。しかもこの日米宇宙中継は米国側はケネディが推進したプロジェクトだったらしく、その最初の放送に自身が暗殺される映像が流れるとは皮肉にも程があるというものです。そして25日のアーリントン墓地の国葬でのジョンジョン(=ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ・ジュニア=JFKJr.)の世界中の涙を誘った敬礼シーンとなるわけです。映像でも写真でも何度も流れて当時、最も有名なシーン。しかもこの日はジョンジョンの3歳の誕生日。絵本を手にして落ち着かない彼にジャクリーン夫人は「お父様に最後のご挨拶をしなさい」とささやきます。すると彼は一歩前に出て棺に向かって敬礼をしたのです。何度見ても胸が痛くなるシーンです。そんなJFKJrも1999年に飛行機を操縦していて墜落死します。そして残ったキャロライン・ケネディさんが駐日大使。この22日でJFKが暗殺されて50年。つまりわたしがあの宇宙中継を見て50年。翌日ケネディ暗殺を興奮してしゃべっていた社会科の先生にも50年、宇宙中継でアナウンスした毎日放送のニューヨーク駐在の前田治郎さんにも50年、そして5歳だったかわいいキャロラインちゃんにも50年の歳月が流れたというわけです。

そしてキャロラインちゃんのこと。
ジャクリーン・ケネディキャロライン01Jrとキャロライン02
マリリンケネディキャロライン01

 そんなこんなで、駐日大使になったキャロライン・ケネディさん。ほんまにかわいかったです。50年前。ニール・ダイアモンドが彼女の曲をつくって歌ったほどで、これは大ヒットして知っている人も多いでしょう。

出だしは恋の始まりを歌っています。わかるわ〜、ですよね。

Where it began   それが どこから始まったのか
I can't begin to knowin'   ぼくには まるで判らないのだけれど
But then I know    だが、それでも、ぼくには
It's growin' strong  それが強まってきてるのがわかるんだ
…………
Sweet Caroline   やさしい キャロライン
Good times never seemed so good  いい時は、その時には決していいように見えないって言うけど
I've been inclined   ぼくの心は 傾き始めている
To believe they never would     そういうふうに思えるようになってきたんだ

キャロラインもこの歌も大好きですが、駐日大使って。アホなテレビは米国が日本を重要に思っているからなどと寝言を言っていますが、まったく逆で、米国は誰を送ってもよくて、すでに安倍日本はアメリカの思いのままだからです。日本軽視の極み。この際ケネディ家を放り込んでおけばケネディ大好きな日本は大喜びで歓迎するだろう、てなもので、なめきっとるわけです。でもそのとおりになっていますね。現にわたしも多少騒いでおるわけなのでして…。ほんまは日本、どえらいことになってきてます。


……ということで、50年以上前の出来事をも鮮明に引っ張り出してこれる(ま、年寄りということだが)のだから新聞、たまには読まないとね。
psharuky at 23:57

2017年01月01日

My Classic Moments:雪と海とテヒニカと

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 ♫ご覧あれが竜飛岬北のはずれと〜(石川さゆり:津軽海峡冬景色) 北国、雪、海とくれば演歌の独壇場。撮影していても口ずさむのは演歌なのだな。そして続いて出てきたのは♫髪が乱れる裳裾が濡れる 風にカモメがちぎれ飛ぶ〜(伍代夏子:鳴門海峡)そんな歌がぴったりな冬の日本海だった。カメラはリンホフ・マスターテヒニカ。レンズはシュナイダーのスーパーアンギュロン(何ミリか忘れた)。フィルムはFujiのクイックロード用の4×5カラーフィルム。重い機材を担いで一枚一枚丁寧にシャッターを切る、そんな時代もあったのだ。20数年前の正月。これは忘却に抵抗する”My Classic Moments=古き良き時”の記録なのである。
psharuky at 23:49

2016年12月31日

日本自撮り大賞決定!

IMG_2688 自撮り写真における最高の名誉、「selfie prize 第一回輝く日本自撮り大賞」が決定いたしました。大賞に輝いたのはカメラマン内絵里さんとの2ショット自撮り作品。6月に上半期優秀作品としてエントリーされましたが、技術面、芸術面ともにパーフェクトで、その後これを超える作品が現れず満場一致で選ばれました。6月当時候補作として選ばれた理由をここに再掲載して受賞解説とさせていただきます。
写真の力というものを感じさせる写真です。写真の力はほぼ被写体の力。内さんがとても可愛いというのはもちろんありますが、カメラを持つ彼女のしなやかな指先がカメラと写真への愛情を示していて、きっといい写真撮るのだろうということが伝わるような奥深い自撮り写真になっていますね。レンズもなにか笑っているような気がしませんか。
大絶賛ですね。おめでとうございます。内さんには委員会の方から何か贈らせていただく予定です。(by Ziddley Cooper)

psharuky at 23:40

2016年12月17日

惜別の歌★伊ケ崎光雄さん

IMG_1942 伊ケ崎光雄さんが亡くなられた。特に関西ではカメラマンやってて知らない人はモグリと言っていい有名カメラマン。訃報が入ったのが上海に出る直前だったため通夜、葬儀には列席できず、現場で痩せられていた姿を見ていたのでああ、ついに来たかという思いでしたが、それでもショックで上海にいたあいだずっと沈んだ気持ちでした。帰国してから奈良のご自宅へお参りさせてもらいましたが、カメラマンとしての長い歴史とその成果が詰まった部屋を見せていただいたのと奥様とゆっくりお話できたのがかえってよかった気がします。
 伊ヶ崎さんを表すなら「すごい」という一言に尽きます。最初にお会いしたのは40年ほど前。できたばかりの夕刊紙の撮影でプロレスの写真展をやっていた彼を取材するために心斎橋のカメラのナニワ本店のギャラリーに伺ったのが最初でした。この取材プランはわたしが出したもので、一枚の写真展の案内状を手にして「すごい」と叫んで、これは取材しないとと思ったからでした。そこには例の頭がスイカみたいに割れたブッチャーがこっちを睨んだ迫力ある写真がありました。そのころもうすでに伊ヶ崎さんはプロレス写真では有名な存在だったのです。
 それからしばらくしてマーメイドで姫路港に帰ってくる堀江謙一さんを撮影に行ったことがありました。カメラマンが集まっていて、その中でひとりぐんぐん前に行くカメラマンがいました。体を揺らしながら撮影しています。おそらくピントは固定して体でピントを合わせているようでした。なんちゅう撮り方。「すごい」。それが伊ヶ崎さんだったのです。
 そしてまたさらに「すごい」のがネットワーク、フットワークによる情報収集能力。いろいろ教えてもらいました。カメラ情報(主にニコン)も早くて新製品などはニコンよりも早いのではないかと思えるほど。今年6月に帝国ホテル大阪でのファッションショーでお会いしたときは「霜越くん、D5ええか。僕もD5買ったけどまだ箱から出してないねん。それから、知ってるか、70−200 F2.8のズーム出るらしいで」「え〜、こないだ出たばかりやん。ピントも描写もいいし、なんでやろ。どこが変わるん?」「知らん。でも出るらしいわ」という会話を交わしましたが、IMG_0902その後ニコンのサイトにもそのレンズの発売情報がなく、ガセかいなと思っていたら、突然11月に発売情報がでた。伊ヶ崎さん、情報収集能力「すごい」。そうなるとそれはもう、伊ケ崎さんのおすすめ(?)、なんやわからんけど買わないかんなと思って買ったわけです。蛍光レンズを使って軽くなっていてピントも早く描写もよくて最短も短くなって相当アップが撮れて最高。伊ケ崎さんありがとう、なのですが、ただ、ただですね、ズームリングとピントリングが従来のズームレンズと逆になっていて、非常に撮影しにくい。これはあかん。どうなってんねん伊ケ崎さん、じゃなくてニコンさん。きけば動画用でリングの位置を変えたとか。ニコンで動画なんか撮らんちゅうねん。ま、それでも使っているうちに慣れてきて、撮影しやすくなってきていて、よかったかなと。そしてこれはおそらく伊ケ崎さんの形見的なレンズとして末永く愛用することになると思われます。
 伊ケ崎さん、お疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。合掌。
psharuky at 23:58

2016年12月10日

鷲田学長の仕事場

IMG_2329 日本で一番歴史のある雑誌「中央公論」。撮影を担当した新連載第一回「わたしの仕事場」が掲載された創刊130周年記念号が発売されました。栄えある第一回は京都市立芸術大学の鷲田清一学長。学長の仕事場は芸大の学長室らしく、学生たちとのコラボによるフレスコ画が壁面いっぱいに描かれているユニークでポップな空間でした。鷲田清一先生は阪大総長、大谷大、そしてこの京都芸大学長と撮影させていただいてて、IMG_2334「そうやね、でももう次の大学はないと思うよ」「そう言わずにも少し行っときましょ、ははは」撮影も和やかに進みます。そしてその都度、ファッションから、ヨーロッパ事情、学問のエクストラオーディナリー、大阪のうどんが一番ということまで幅広く教えていただいています。京都駅の横に芸大を移転させるのがわたしの大きな仕事、とおっしゃっていました。ファッショナブルなすばらしい大学ができそうです。
psharuky at 23:55

2016年12月09日

ミス・アジア・アワード

69887ACE-786D-49A8-84F8-173AEEE6767C 8カ国16人の代表が集い美を競うミス・アジアアワードが8日上海のShanghai Marriott Hotel Pudong Eastで開かれました。写真はミス・アジア入賞の5人 (左からAKIBA ANZU(日本)、HUI HUI(中国)、CHOTKAEW NAPASORN(タイ)、KIM EUN HEE(韓国)、KIM KYUNGAH(韓国)。)グランプリを獲得したのはタイのCHOTKAEW NAPASORNさんでした。
詳細は「MISS ASIA AWORD 2016 PHOTO REPORT」で。



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わたしがプレゼンターとしてトロフィーを授与したのはKIM KYUNGAHさんでした。日本から参加した3人のうちHEIKE NATSUMIさん、KATAYAMA MANAさんはいいところまで行ったのですが惜しくも受賞を逃しました。
psharuky at 23:58

2016年12月06日

惜別の歌★さよならフィデル

フィデルとゲバラ
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  以前にこのブログに書いたけれど、わたしが羨ましくかつ尊敬するカメラマン(大勢いるけれど)は、代表的なのはマリリン・モンローを撮った大竹省二さん。ビートルズを撮った浅井慎平さん、ジョンとヨーコを撮った篠山紀信さんなどですが、そのなかにあまり知られてはいないけれど近藤彰利さんというカメラマンがいます。フィデル・カストロとチェ・ゲバラを撮影したカメラマンです。上左は1963年6月4日ハバナのテレビスタジオでのもの。近藤さんはキューバ政府主催の写真コンテストで1位になって1ヶ月のキューバ旅行に招待され、なんとキューバ滞在最終日ににソ連から帰国したフィデルを撮影できたそうです。素晴らしいカメラマンは引き寄せるのですね、運を。それにしてもバチスタ軍事政権を倒した59年のキューバ革命。世界最終戦争になりかけたいわゆるキューバ危機から1年も経っていないそんな時期によう行けたなと、そしてよう撮ったなと感心する他ありません。国連で4時間演説をしたのも有名ですがこの時のフィデルの演説も夜の8時から夜中の12時まで約4時間(かつて党大会で10時間以上演説したことがあるらしい)。だがその長さをまったく感じさせず飽きさせず、そして人をひきつけてやまない稀有のアジテーター=革命家だったのですね。11月25日90歳で死去。いまごろはあの世でゲバラと50年ぶりの再会をはたしているのではないでしょうか。合掌。
psharuky at 23:57

2016年12月04日

惜別の歌★アンジェイ・ワイダ

img_0 ポーランドの映画監督、巨匠アンジェイ・ワイダさんが10月に亡くなられました。90歳でした。アンジェイ・ワイダ監督といえばワルシャワ蜂起、ナチスと戦ったレジスタンスを描いた抵抗三部作。中でも衝撃的な印象を受けたのが「灰とダイヤモンド」(’58)ですね。若き暗殺者の苦悩をモノクロのスタイリッシュな映像で描いています。イージーライダーよりだいぶ前、これがほんまのニューシネマじゃないのか。と、知ったようなことを言ってますが、思ったのはつい最近で、この映画にしても30年ほど前に講談社の高橋C次長に教えてもらったからで「これを見ておかないとだめですよ」「なんですか、その灰とタイヤ、とかいうの」というやり取りがあったかどうか定かではないけれど、すすめられてビデオを借りて見たのが最初。恋人と入った廃墟になった教会。その壁に掘られた詩がいいんです。当時使っていた文化手帳にメモったほど。

松明のごとくわれの身より火花の飛び散るとき
われ知らずや、わが身を焦がしつつ自由の身となれるを
もてるものは失わるべきさだめにあるを
残るはただ灰と、嵐のごとく深淵におちゆく混迷のみなるを
  永遠の勝利の暁に、灰の底深く
  燦然たるダイヤモンドの残らんことを
チプリアン・カミユ・ノルヴィッド「舞台裏にて」

クリスティーナ「きれいね。灰の底深く、ダイヤモンドの残らんことを。……私たちは何?」
マチェク「君か? ダイヤモンドさ」

…わが青春でもあったな。

psharuky at 23:55

2016年12月03日

「関西死ね」

jpg-large 俵万智が「保育園落ちた日本死ね」を流行語大賞トップテンに入れたら、死ねがいかんたら、つるの剛士とかいうゲーノー人は汚い言葉に悲しい気持ちになったとかうるさかったが、内容わからんと言うんじゃない。インパクトと流行度合いなら年間大賞でもいいくらいだ。なに?年間大賞の「神ってる」って。知らんちゅうねん。それから、ノミネートもされなかったが「関西死ね」というのがあったな。参院選の関西の”惨状”を見て思わずわたしが叫んだ言葉だ。流行らなかったが、素直な気持ちを吐露した”流行語”としてここに記録しておく。
psharuky at 23:57

2016年12月02日

郷愁通りのポスター

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 JR垂水駅の山側の一帯は昔ながらの商店が残っていて、一本北の筋が垂水センター街と呼ばれる商店街(わたしが勝手に郷愁通りと名付けた)。その中ほどのお米やさんに色あせた紀香のドアップのポスターが貼られている。10年ほど前にライスプロジェクト・ご飯を食べようキャンペーンで撮影したものだ。気がついたのは最近で、通りがかりに何か視線を感じると思ったらでかい紀香だった。懐かしさにお店の人に事情を言って撮らせてもらった。新聞広告賞をもらった記念すべきポスター。10年間貼られていたのだ。ちょうど紀香が結婚する前で、このポスターが彼の実家に貼られていて話題になったこともあった。この10年、みんないろいろあって、でもこのポスターはずっとここにいたんだね。しばらくそんな感慨にふけりつつ、お店の人に不審がられないうちに立ち去ったが、ひとはただ”時”のあとをずっと追いかけて生きているのだな、などちょっとしんみりしてしまった”郷愁通り”の秋なのだった。
psharuky at 23:54

2016年12月01日

中村主水殿〜

 原発輸出と武器輸出、そしてカジノを成長戦略だというバカをトップにいただく国とそれを支えるバカ。知能レベルが低すぎる、というかレベルというレベルにも達していないバカを支えるバカの国。ほんとに嫌になります。
近所のお坊さんの話。 「非常識でマナーが悪かったり、人道的に明らかにおかしい人、と遭遇した際には、腹立たしく思うのではなく、この人は輪廻転生の世界で、前世は人以外のもので、まだ人としての徳を積む事が浅く出来てない可哀想な人と思いなさい。そう思えば腹立たしさも収まる」と言ってた。(「無駄のない無駄な発想」より)
「が、ですねお坊さん。前世は人以外のもので、まだ人としての徳を積む事が浅く出来てない可哀想な人とそう思っても腹立たしさがおさまらない人が官邸にいるのですが」「うむ、たしかにその御方はかわいそうな人とは思いにくいですな。そんなときはじゃな」「そんなときは?」「中村主水殿に頼みなさい。ゴルゴ13でもいい。いまも生きていてくれればだが」「はいそうします。連絡先ください、って言わへんし」
psharuky at 23:55

2016年11月30日

シュプレヒコールのかなたに

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 NHK9時のニュースですっかり人相が悪くなった鈴木奈穂子アナが長い時間をかけて「朴槿恵大統領の辞任までのスケジュール」(のようなもの)を喜々として放送していた。あのね、朴槿恵なんてかわいいものなんです。自分の国の狂った宰相がとんでもないことをしているのに、それにはまったく触れず、むしろ都合の悪いことは隠しまわって、ほんまなにやってまんねん、なのです。IMG_0986
 それにしても韓国はすごい。メディアもきっちりと伝えるから国民もビビッドに反応して連日のように30万人(全国では200万人)ともいわれる人が集まって声を上げ、大統領を追い詰める。そもそも歴史が違う。学生市民が李承晩独裁政権を倒した’60年の”4月革命”。学生市民が武器を持って全斗煥軍事政権と直接対峙した”光州事件”。人々の熱い行動で民主化を勝ち取ったという歴史と経験がある。そのあたりは友人でフォトジャーナリストが著した「民主化の風・フォトルポ韓国の民主化運動」’92(創森出版)=写真=に詳しい。日本は残念ながらお上には逆らわないという伝統を守りぬいているかのようにおとなしい。国民に戦って何かを勝ち取ったという経験がない。沖縄に象徴されているように、国に逆らうのは犯罪者というとんでもない攻撃が始まっているのに。ひょっとして殺されても気が付かないのではないか、そんな気さえするいまの日本国の現状なのだ。
psharuky at 23:58

2016年11月14日

その朝

2016-11-19-00-13-06 6年前のきょう、親父と別れた。病室の枕元で「六甲おろし」と「釜山港に帰れ」、「傷だらけの人生」を歌って送った。きょうは加川良の「その朝」が流れてきた。原曲は「永久の絆(Will The Circle Be Unbroken)」。♪寒いある朝 窓辺で立ってたら 父ちゃん連れていく天国の車がやってきた…(母ちゃんを父ちゃんに変えてます)やがて俺たち独りになる。でも俺が死んだらまた天国で会えるよね。という猛烈に暗く寂しい歌。むかしこの歌をギターで歌っていたらお袋に「あんたなんちゅう歌、歌ってんの。縁起でもない」と叱られた。そらそうや、母ちゃんが死ぬという歌だからね。その母ちゃんは俺のことも認識できなくなってホームで暮らしている。でもこの歌を歌ったらまた叱ってくれるかな。そんなことを思う親父の7回忌。燃えているような朝焼け空なのだった。

※あまりにDarkでSadなのでリンクしないでおきます。スタンド・アローン形式で。
psharuky at 07:00

2016年11月08日

谷内咲季、吉田拓郎、ボブ・ディラン

日日OMC184-01 大阪モデルコレクションにはアイドル的要素たっぷりな可愛いモデルの谷内咲季ちゃん。その斜め下には吉田拓郎が2年ぶりにツアーを行いボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌ったという記事。わたしもふくめてこの世代はボブ・ディランから多大な影響を受けていて、とくに拓郎はハモニカホルダーにギターで早口言葉のように歌詞をがなりたてるというディランそのままのスタイルだった。影響を受けたといえばスティビー・ワンダーもその一人で、マディソン・スクエア・ガーデンでのディラン30th.記念コンサートで「わたしも若いときにこの歌をコピーして何度も歌っていました」といって「風に吹かれて」を歌ったのだが、誰もがよく歌う「風に吹かれて」だがこの時のスティビー以上のものはわたしは聴いたことがない。それはこの歌が公民権運動を歌ったものだということと無縁であるわけはなく、そして「答えは風の中にある」などいうあやふやなことではなくて「風に聞いてもわかるくらいの自明の理なのだ」ということをディランは歌っているのだと、そう解釈しないといけないのだ。そんなふうに改めてディランを理解したりできるので、新聞、捨てたものではないということなのです。
psharuky at 23:57

2016年11月02日

智穂ちゃん、北の国から、純・蛍

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 大阪モデルコレクションに看護師の資格を持つワールドスケールのモデル智穂ちゃん。パリコレに行く事になったときに飛行機の中で急病人が出て「お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか」的状況にも対応できますね。つーわけでパリコレに呼ぶなら彼女でしょう。そんなときも安心ですから。その横の横、隣の紙面には倉本聰さんの「北の国から」35周年の記事。1981年からの半年間の連続ドラマは夢中になって見ていました。そして忘れられないのが「北の国からスペシャル84夏」のラーメン店でのシーン。
 正吉を送ったあとラーメン屋に入った五郎、純、蛍の3人。店は閉店間際。店員は苛つきながら「店閉めますから急いでお願いします」純はラーメンに手を付けず泣きながら「丸太小屋の火事は、正吉ではなくてぼくがストーブの上にシャツを置いたからで、責任はぼくにあって、それを言えなかったのは僕が卑怯で弱虫だったからで…」店員「すみません急いでくんない」蛍は心配そうに「お兄ちゃん早く食べよ」五郎は純を責めず自らの反省を述べ始める「お前に言われてドキッとした。父さん来た当時みたいな気持ちを忘れていて…」店員また現れ「すみませんもう店閉めますから、1500円」お金をもらうと純が手を付けていないラーメン鉢を下げようとする店員。(さあここです)五郎、その手を払い除けながら「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」 鉢が割れ床に飛び散る。店員驚いて奥に引っ込む。ラーメン鉢を片付ける五郎と蛍。このシーンを見ただけで北の国からがわかるというくらいの感動のシーンだ。
 五郎:田中邦衛
 純:吉岡秀隆
 蛍:中嶋朋子
 ラーメン店の店員は伊佐山ひろ子。のちに京都〜琵琶湖で撮影させてもらうことになる素晴らしいバイプレーヤー。京都の切り通しでおでんも一緒に食べたもんね。それからわたしの弟がこのドラマの大ファンで息子と孫に純と蛍と名付けたほど。ちなみにわたしは蛍役の中嶋朋子の大ファンで、19歳のときに出演した映画「つぐみ」('90)は牧瀬里穂よりよかったな〜なんて、思い出なんかがどんどん広がって収拾つかなくなったりするのも楽しいので新聞は隣の面も読まないとね。
psharuky at 23:55

2016年10月28日

道頓堀川

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 山崎好美さんのお別れパーティーでサヨナラを告げたあと、通りがかった道頓堀川。川面を見ながら、この川の底には悲しみがいっぱい沈んでいるのだろうなと、センチなことを思った途端、この歌が聴こえてきた。"♪相合橋から戎橋 往く人来る人戻る人…涙を沈めたネオン川" ええ歌やなあ…、いや、そうじゃなくて、いやええ歌やけどね、え〜となんでした。ま、聴いてもらいましょう、道頓堀川、都はるみさんです。







♪あしたも流れる さだめ川〜 まあ、そういうことなんですよね 人生。
psharuky at 23:57

2016年10月24日

久米瞳、大阪、映画、ボブ・ディラン

日日OMC182-02日日OMC182-01 大阪モデルコレクションに映画「デスノートーLight up the NEW World」にも出演してマルチな活躍目覚ましいモデルの久米瞳ちゃん。その左には映画鑑賞の発祥は大阪だという記事。ずっと神戸だと思っていたのにちょっとショックで、しかもこれまでは京都が映画発祥の地だったと書かれていて二重にショック。そうだったん? "映画発祥の地神戸"はどうすりゃいいのさ。
 そしてその右にはボブ・ディランにノーベル文学賞という記事。発表されてからにわか評論家が増えて、やれふさわしいだのふさわしくないなど喧しいが、ノーベル賞なんて商業主義的、政治的思惑で選考されるしょうもない賞で、特に文学賞、平和賞などは基準があやふやで、なにしろ沖縄をアメリカに売り渡した佐藤栄作が平和賞をもらっているくらいのその程度のもの。選考委員会とボブ・ディランとの連絡がとれていないらしいが、ノーベル賞授賞式の12月10日のスケジュールを空けているという情報もあって、出席するかどうかわからないけれど、そんなもの気にせんともらっとけばいいのではないかと思うのである。どちらにしてもボブ・ディランを知らない若い人に興味をもたせた功績は大きく、ノーベル委員会に話題賞をさしあげたい、とそんなことも思ったりするので、新聞たまには、読まないとね。
psharuky at 23:59

2016年10月20日

平尾誠二さん 逝く

平尾誠二さんの訃報、ほんまにショックでした。4年前の記事を再掲してお悔やみに代えさせていただきます。合掌。
2012年04月26日平尾誠二01-2
 平尾誠二さんを神戸製鋼本社で撮影。運動能力抜群で、かっこいいし頭もいいという三拍子も四拍子も揃った我ら男子憧れの存在です。いまはそれに渋さも加わって向かうところ敵なしの存在となっているようです。かつて彼の言った「日常生活でいい判断ができないやつに、グラウンドでいい判断ができるわけがない」という言葉、グラウンドを撮影現場に置き換えて使っていたこともありました。わたしが日常生活できちんとしている(?)のは、平尾さんのおかげです。また、彼、平尾本01−2ほかにもいっぱいええこと言うてるんですね。ほんま。「理不尽に勝つ」(PHP)は平尾さんの最新著作です。売れてます。


psharuky at 23:57

2016年10月18日

大阪モデルコレクション9th.season写真展

20160819_151009-01 スタジオ横のギャラリーで「大阪モデルコレクション9th.season写真展」を開催中。展示されているのは、中村鮎実、青山そのみ、前田よしみ、久保日登香、晶、岸愛、島田沙也加、浜田由紀、み眞え、山崎好美の10人のモデルさんです。お近くに来られた際にはぜひお立ち寄りください。11月末まで。
psharuky at 23:50

2016年10月05日

きょうの一冊

PhotoGrid_1475772472694…で、前回是枝監督の「海街diary」や「歩いても歩いても」のことを書いていたらこの本が届きました。是枝裕和対談集「世界といまを考える3」(PHP文庫 980円)。写真で協力しているから勧めるわけではないですが、おもしろいです。映画監督、漫画家、学者、演出家との対談集で、なかでも映画「海街diary」の原作の漫画を書いた吉田秋生さんとの対談は広瀬すずをオーディションで選んだのは“声"だった。とか、庭で長女幸がすずの髪を切っていて、それを妹2人が見つめているすごくいいシーンを泣く泣くカットしたはなしとか、この映画を見た人はもちろん、見ていない人にも興味が湧くようなそんな話もたくさんあります。ちなみにわたしが撮影したのは野田正彰先生との対談。15年前に京都で撮ったものですが、この時は「DISTANCE」を発表したあとでもありわたしは是枝監督をドキュメンタリー系の監督さんだと思っていました。いまや超のつく人気映画監督。幅広い知識と卓越したセンスを持った大好きな監督さんの、おもしろくてためになる本の紹介でした。

psharuky at 23:54

2016年10月02日

自撮りマイスタイル#31(辺り)映画俳優編

劇団ひまわり女優男優を巡る自撮り旅〜〜

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なっかよしの女優永津真奈。中谷美紀主演、神戸が舞台の映画「繕い裁つ人(つくろいたつひと)」では美しいお姿を見せてくれていました。惚れてまいます。



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眞木めい(19)は、是枝裕和監督の「海街diary」広瀬すずの同級生を演じていましたね。それにしても綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずの美人四姉妹。ありえんだろ、なのですが、鎌倉と海と是枝監督が合わさるとあるんですよね。ほっこりしたいい映画です。






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で、是枝監督といえば田中祥平くん。たくさんの賞を獲得した映画「歩いても歩いても」('08)で阿部寛の息子を演じてその可愛らしさが評判となりましたね。是枝監督がうちの娘(当時2歳)と祥平を結婚させる、と言ったとか。







20161002_150322おは朝レポーターとしても活躍中のかっわいい英智佳ちゃん。ほんまにええ子です。










20161002_172821このまま萬田金融にいてもおかしくない、むしろいてほしい超個性派俳優の新井聖騎くん。高校生からこんな感じでした。









20161003_012920若手女優(卵)たち。真ん中がわたしお気に入りの足立莉華ちゃん(12)、右が新美智留ちゃん(7)、左が黒川絢乃ちゃん(10)です。よろしく〜なのです。






psharuky at 23:58

2016年10月01日

自撮りマイスタイル#30(くらい)

復活したジッドリー・クーパー。今回は劇団ひまわりを巡る自撮り旅〜〜💕

20161001_12473820161001_125454あす誕生日を迎える女優田中良子と。おめでとうございます。









20161001_104619映画「黄金を抱いて翔べ」にも出た中村美弓稀(18)ちゃん。









20161001_111909身長180センチ近く、将来はパリコレ(?)も狙えるほどの素材、漁野裕花ちゃん(18)。








CYMERA_20161001_150927映画「ウルルと森の物語」から6年、美少女になりました。北村沙羅ちゃん(15)。








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俳優田中尚輝くん。キャリアは長いけどまだ21歳だったのね。








20161001_153348美人の2ショット。清水美沙ちゃん(22)と大川湖葉ちゃん(6)。








20161001_172703かわいい川口調ちゃん(9)川口奏ちゃん(13)姉弟。









20161001_175140このお二人について書けば長くなるけど、漫才「さおりしおり」のあとを継がせるべくお願いしている桜井歌織、詩織(かおりしおり)のご両人(7)。そのせいかバラエティ寄りの仕事が増えているとか。ふふふ。







20161001_195204現在注目中の中村紗麗ちゃん(15)。ほんとにかわいいです。








20161001_200456売れっ子美人ツインズ谷川美月(右)、里桜菜姉妹(18)。









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いろんなところで出会ってなかよしの平山彩子さん。
psharuky at 23:55

2016年08月15日

母の青空

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忘れまじ8月15日を。
その空の青さを。


1945年8月15日。いまは何も伝えられぬ母ではあるが、森ノ宮近くに住んでいて女学生だったその母から、前日まであった空襲のこと、防空壕に入りそびれ逃げまどったこと、近所の人が何人も亡くなったこと、翌15日の終戦の日の空が抜けるように青かったことなど、幾度となく聞いていて、8月15日を迎えるとその日の青い空のことを想起するのです。

大竹しのぶさんが言ってました。「ずっと戦後でいいんじゃないの?」と。ほんとにそう思います。
psharuky at 15:56

2016年08月12日

福永リナ、永六輔と中村メイコ

日日OMC170-01-2 大阪日日新聞「大阪モデルコレクション」にとくに神戸方面で美人高校生として名を轟かせていた福永リナちゃん。その斜め下には中村メイコさんの先月亡くなられた永六輔さんへの追悼記事。驚いたのが、メイコが神津善行と結婚すると告げた時に永が涙をこぼし、困ったメイコが父親に相談したら「永くん、きょうは上を向いて帰りなさい。涙がこぼれないように、とでもいうかね」というので、彼女が永にそのまま伝えて、数年後に永が「上を向いて歩こう」を書き大ヒットしたというはなし。知りませんでしたね。くわえて、ああ永六輔、中村メイコに惚れてたんだなというちょっとせつない事実も知ることができて、これから「上を向いて歩こう」はちょっと違う気持ちで歌うことになるのだろうなと、歌う気持ちまで変えてしまうのですから、新聞、たまには読まないとね。

坂本九さんの命日に記す。
psharuky at 23:50

2016年08月01日

FP100Cとの別れ

FP100C-2 何事にも最後があって、かならず別れの時が来る。最近では永六輔、大橋巨泉と立て続けに昭和をつくられた方が鬼籍に入られ、別れることになりましたが、わたしの近くでも別れがありました。それは人間ではなくてFUJI GX680+FP100Cとの別れなのでした。FUJI GX680は30年ほど前に出たアオリが効くブローニーフィルム用のカメラで、フィルムを使わなくなってからはもっぱらポラ専用機となって活躍してくれていました。ポラと書きましたが、ポラはポラロイド社のフィルムのことで、フジの場合はインスタントフィルムというのですが、そう言う人は皆無でみんなポラと言ってました。デジタル時代に入ってからは"ポラを引く"必要性はなかったけれど、すぐに見れて書き込めて喜ばれるので続けてきました。2枚撮って1枚は置いておきます。結果ポラ展ができるほど貯まっています。写真家の渡辺達生さんもポラ専用機で使っていました。達生さんのはGX680靴任錣燭靴里曚Δ古いわけですけれどね。そう、ところが、ついにこの2月、FUJIのポラ=FP100Cが製造中止になったのです。オークション系で手にはいらないこともないですがいままでは10枚2000円だったものが5000円で出ています。これを手に入れたところでいずれは切れると。そういうわけで長く連れ添ったFUJI GX680+FP100Cとお別れをしたという報告でありました。涙を見せず陽気に別れます。♪サヨ〜ナ〜ラ サヨ〜ナラ 好き〜だったポラ〜。
psharuky at 23:56

2016年07月28日

事件でわしも考えた

 相模原事件についての意見は、悪魔の仕業。信じられない。人間じゃない。考えられない。残虐極まりない。すぐ死刑にしろ。一人の人間が一番多く殺した事件…などが代表的なもので、コメンテーターなどもほとんどこの域を出てなくて、居酒屋の会話かと思うような薄っぺらい意見が多かったように思う。そんな中、竹中ナミさんが紹介してくれた盲聾の障害を併せ持つ福島智東大教授の「相模原事件を受けて考えたこと」が、深く分析をされた極めて的確な意見なのでここに転載させていただきます。突発的、突然現れた悪魔と捉えるのではなく、確実にいまの政治と社会が生み出した事件だという視点を欠いてはダメだということなのです。それは今回の犯人を英雄視する意見や賛同する多くの意見がネットを中心に見られることからも明らかです。

「相模原事件を受けて考えたこと」福島智
今回の事件報道からまず連想したのは、ナチス、すなわち、ヒットラーによる優生思想にもとづく障害者抹殺という歴史的残虐行為です。ホロコーストにより何百万人ものユダヤ人が抹殺される前に、ナチスは精神障害者や知的障害者らをおよそ30万人殺したと言われています。
その優生思想に「科学的」根拠をあたえたのは、優生学の首唱者である英国のフランシス・ゴールトンであり、アメリカの優生学者、ヘンリー・H・ゴッダードです。ゴッダードは、『カリカック家――精神薄弱者の遺伝についての研究』という著作で悪名高い「偽科学者」ですが、20世紀初頭の当時では、たいへんな影響力を持った研究者です。
科学(研究)が持つ功罪両面の「罪」の側面を痛感します。
なぜなら、こうした優生思想は、ナチスにより最悪の形で具現化されたからです。
こうした歴史的経緯からの連想として、たとえば現在、ISの過激思想に感化された若者によるテロ事件が海外で頻発しているように、今回の容疑者はなんらかの理由でナチズムに思想的感化を受けたのではないかと想像します。
そこに麻薬による妄想や狂気が加わっての蛮行ではなかったのか、と。
被害者たちのほとんどは、容疑者の凶行から自分の身を守る「心身の能力」が制約された
重度障害者たちです。
こうした無抵抗の重度障害者を殺すということは、おそらく二重の意味での殺人です。
一つは、人間の肉体的生命を奪うという意味での「生物学的殺人」。
もう一つは、人間の尊厳や生きる権利と存在価値そのものの抹殺であり、これらの尊厳や価値を、優生思想と究極の能力主義的思想によって否定すると言う意味での、いわば「実存的殺人」です。
前者は人間の個別の肉体を物理的に抹消する殺人ですが、後者は、人々の思想・価値感・意識に浸透しむしばみ、社会に伝播・波及するという意味で、「脳にとってのコンピュータウイルス」のようなとんでもないしろものだと思います。
こうした思想や行動のオリジンがどこにあるのかはさだかではありませんが、今の日本をおおう「新自由主義的な人間感」と無縁ではないでしょう。
人間を労働力の担い手としての経済的価値や生産能力で価値付け、序列化する社会では、
重度の障害者の生存は、本質的には軽視され、究極的には否定されます。
しかし、それは障害者に対してだけのことではありません。
人間に対する経済的価値にもとづく序列化、人間の存在意義の軽視・否定の論理とメカニズムは、徐々に拡大していき、最終的には大多数の人を覆いつくすでしょう。つまり、極ひとにぎりの「勝者」、「強者」だけがむくわれる社会になるということで、すでに、日本も世界も、本質的にその状態にあると言えます。
障害者の価値や存在が軽視・否定される思想とは、すなわち、障害の有無にかかわらず、
すべての人が軽視・否定される潜在的危険にさらされる社会にいたる思想的傾向でもある、
という認識が重要だと思います。
今回の事件から、私は、このように感じています。

psharuky at 23:55

2016年07月04日

横田美憧、近藤正臣「コンドーです」

日日OMC167-01-2 ハーフっぽい顔立ちがエキゾチックな印象をさらにアップさせます。大阪モデルコレクションに美憧ちゃん。そのずっと斜め下には大河ドラマ「真田丸」で徳川の軍師本多正信を演じている近藤正臣の記事。いまは白髪のおじいちゃんみたいになっているけれど、かつてはキザな男前の代表で、鶴太郎が長髪の頭を振りながら「コンドーです」というものまねが流行ったほど。難波にあった新歌舞伎座の新派の舞台に出演していた近藤正臣を撮影したことがある。25年ほど前。たしか婦系図(おんなけいず)で座長はもちろん水谷八重子。南海サウスタワーホテル(現スイスホテル)のラウンジでけっこう長い時間2人で話をした。婦系図といえば湯島の白梅の場面「お蔦、俺と別れてくれ」「別れろ切れろは………私にゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、と」で有名ですね。あのころは恋も命がけ。いまはくっついたり離れたりのはやいこと。そんな話があったり。なんの流れからか忘れたけれど覚えているのが「いますごい健康ブームですよね。とくにアメリカ人なんかはね、健康のためやったら死んでもええと思ってる。ははは。ほんまにそうなんよ」といわゆる近藤調で喋ってはったこと。気持ちの良い人でした。な〜んてむかしのことを思い出させてくれるんだから、新聞も読まなあきませんね。
psharuky at 23:54

2016年06月27日

小田唯、サーカス、野村萬斎

日日OMC166-02-2日日OMC166-01-2 大阪日日新聞「大阪モデルコレクション」に期待される大型新人の小田唯ちゃん。その下には若手の入ったサーカスがボサノバアルバムを出したという記事。40年ほど前に大ヒットした「ミスター・サマータイム」を出した時は兄弟親戚の4人組だったけれど、2人が抜けていままたメンバーの娘と若い男子が入っての4人組。メンバーの出入りはちょっとややこしくて追い切れないが、記事はハーモニーの美しさはピカイチと結んでいる。その斜め上には狂言師の野村萬斎が「マクベス」を上演するという記事。野村萬斎はこの春に現代能で撮影しているが、萬斎に関してはまた特別な思い出がある。遡ること25年ほど前、東京の乃木坂スタジオで芝居のパンフ用か何かでの撮影があった。ところがわたし朝の新幹線に乗り遅れてしまい1時間も遅れてスタジオに着いてしまったのだった。当時すでに人気の萬斎。彼をこんなに待たすなんて信じられんと、プロデューサーに怒られたが、当の萬斎はいいですよ時間は大丈夫ですからとにこやかに迎えてくれた。わたしその時思いました。この人のためなら死ねると。そう思えば強い。のんびり男のわたしがどこにそんなチカラがあるかと思うほどに超特急で撮影しまくって、ちゃんとケツに間に合わせたのだった。やればできる男なのである。そんなくだらない自慢はともかく、野村萬斎という大きな心を持ったすばらしい男がいて、彼に救ってもらったな、とそんな記憶が蘇ってくるのだから、新聞もたまにはね、読まなあかんね、という話でありました。
psharuky at 23:55

2016年06月14日

ああでコーデFB保存版#25 <ANNA、reina、森エレナ、山下梨歩、吉岡結紀>

b38f8f09「ホワイト&インディゴブルーなANNAの夏がもうそこまでコーデ」
人気モデルのANNAちゃんは夏が大好き。でも本番までもう少し。♪梅雨のあとさきのトパーズ色の風に〜〜(※)吹かれながら大好きな季節を迎えに行くところでしょうか。ホワイトリネンシャツの裾をロールアップしたクラッシュドジーンズにルーズイン。スタンダードなカジュアルスタイルを引き締めている甘辛ミックスのレースアップシューズ。肌寒い時必携のチェックのロングシャツ。ブルー&ホワイトの定番カラーにピンクのバッグとジュースのグリーンの差し色が効いています。そうなると今度は彼女の真夏のコーデ、見たいですよね。こんどお願いしてみますね。
ホワイトシャツ/UNIQLO、ジーンズ/ZARA、ロングシャツ/FOREVER21、シューズ/HARUTA、バッグ/SEE BY CHLOE、ジュース/B.up Cleansing Juicery (JUPITER)
(※)さだまさし「つゆのあとさき」から


10399932_1063602870364809_6998451970466020522_nreinaちゃんの冬の散歩道コーデ。
もう春が来るのに冬のコーデはどうなのと思いながらも、まだ寒いからいいよね。でもどちらにしても出すなら今。出さずに死ねるか、はやくはやく〜というわけで、とってもキュートなreinaちゃんの冬の午後、老松通りお散歩からのゼミ出席します的コーデ。わたしらの若い時代からずっと定番のキャンパススタイル。彼女がこれまたぴったりで、見てるとサミュエル・ウルマンの「青春とは心の持ち方を言う」を思い出させてくれまして、つまりわが青春を蘇らせてくれたりするのであります。キューンとね。キャンパスを感じさせているのがGUのダッフルコート。ユニクロの薄手のニットタートルにLOWRYS FARMのチェックのスカート、attagirlのエナメル短靴と流行りのAVVENTURAの大きめリュックでわれらがあすなろ白書的学園スタイルの完成なのです。いやあ、こ〜でなくっちゃね。噂のノスタル爺、ドンコニシキでした。
モデル reina(レイナ:パーソンズイノベーション)


2d035c25へ、また見てもらいます。ああでコーデ。
森エレナちゃんの「わたしをスキーに連れてって的コーデ」
冬に撮ったものをいま出すか、ということだけれど、出さずに後悔するよりも出して後悔する方がいい。ということで。ていうか後悔せんしね。でも時期を大きく逸したことをおわびしつつすすめます。ああでコーデは予告なしの無茶ぶり撮影。なので完オフコーデ。正味のセンスが問われます。日本人離れした容姿で人気のモデルのエレナちゃん、コーデを紹介しておくと、ニットのインナーがUNIQLO、デニムのスカートがGU、それをすっぽりと包むMOUSSYのロングカーディガン、tutuannaのソックスとシューズが赤のCONVERSE。肩にはWEGOのバッグ。で、なんというのですか、料理で言えばフツーの素材も組み合わせと調理の仕方でこんなに美味しくできるという見本ですね。いいですね。青春が歩いていやって来れるならきっとこんな感じです。
モデル:森エレナ(SOS大阪)


13151422_1102707799787649_596477955197049744_n★山下梨歩ちゃんのフェミカジコーデ。
待ち合わせの時間に余裕があれば地下鉄一駅歩いてもいいですね。♪送りましょうか送られましょか せめて難波の駅までも…(坂本スミ子「たそがれの御堂筋」1966)そんな流行歌を口ずさんで歩きたくなるようなさわやかな季節。h&mの白セーター、GUの白ロングカーディガンにいま人気のAmerican Apparelのホワイトキャンバスバッグ。真っ白コーデをその手前で引き締めているのがBANANA REPUBLICのピンクのパンツです。足元には定番のCONVERSEのスニーカー、それとDanielWellingtonの大きなウォッチでフェミニンカジュアルコーデの完成です。この”ああでコーデ”、天候と気分によってムチャぶり撮影していて、したがってモデルさんの完全なオフコーデ。それでもきっちり決まるのですからさすがです。今回の梨歩ちゃんも決まっていますね。そしてなによりもキュートです。



7ef7ca71吉岡結紀の思いやりコーデ
ファッション、とりわけオシャレというものはそれに接する"他者への思いやり"だと、結紀ちゃんのコーデを見ているとつくづくそう思います。見ているだけで優しい気持ちになれます。日本でも人気急上昇のL.A.発ブランド、ロンハーマンのオフショルダーのトップスに、彼女自身がイメージモデルを務めているキラキラショップのチュニックスカート。ナインウエストのエナメルパンプスにプラダのバッグ。見ているだけで癒やされます。もちろんファッションはなんでもあっていいと思います。が、これ好きです。単に好みといえばそうなのですけれど。そういう世界なのですからね、いいんです。


psharuky at 23:51

2016年06月13日

日本自撮り大賞(仮)候補作品決定(仮)!

image 以前は「自撮りマイスタイル」とか言ってブログにアップしていたのですが、とにかく数が多すぎて時間もなく追っつかないのでお休みさせてもらっていました。もちろん自撮りは続けていて、しょっちゅう自撮るもんだから"自撮りの先生"とか言われたりして、わたしも半ばやけくそ気味に「そうです、自撮りはうまいんです」とか答えていました。そんななか、わたしが流れの中で撮り、FACEBOOKにアップした自撮り写真の中に反応が集中したものがありました。6月5日に神戸で開催されたイベント、ヘアスタイリストの神と呼ばれる松尾俊二さんの「MAKE OVER MAGIC」で「自撮り旅〜〜」として撮った中の1枚。イベントのオフィシャルカメラとしてきていたカメラマン内絵里さんとの2ショット自撮りです。写真の力というものを感じさせる写真です。写真の力はほぼ被写体の力。内さんがとても可愛いというのはもちろんありますが、カメラを持つ彼女のしなやかな指先がカメラと写真への愛情を示していて、きっといい写真撮るのだろうということが伝わるような奥深い自撮り写真になっていますね。レンズもなにか笑っているような気がしませんか。そんなわけで日本自撮り大賞(さっき考えた)上半期最優秀作品としてエントリーさせてもらっておきます。いやあ、写真ってすごいですね。
psharuky at 23:58

2016年06月08日

「KEEP ON ACTOIN」フォトブース・リポート

フォトブース01
Facebook以外の方用にもアップしておきます。
5月28日中之島バラ園で開かれたチャリティイベント「KEEP ON ACTION」にたくさんのご来場ありがとうございました。ワンコイン撮影ブースのチャリティご協力者の写真はこちらのサイト「KEEP ON ACTION」にアップされています。ご確認ください。ありがとうございました。
psharuky at 19:06

2016年06月04日

きょうの座布団

初対面の妙齢の美女とのお見合いの席風やりとりがありまして……。

美女「ご趣味は何でらっしゃいますか」
わたし「スティーヴ、ですかね」
美女「スティーヴ?」
わたし「スティーヴ・ムシュミ」
美女「あら、それもいうならブシュミ、でしょ。スティーヴ・ブシェミ。面白いお方…」MTIwNjA4NjMzNTY5NjQxOTk2
このようにスティーヴ・ブシェミで見事にツッコんでくれる人は結構知識レベルが高くて、なかなかいない。わからない人にはハリウッドの個性的な俳優で最近は監督もやっているこんな顔の人、という説明を小一時間かけてしないといけなくなるので、けっこう危険なボケなのだ。
ツッコミ美女に座布団。"お見合い"は大成功な感じなのだな、このぶんだと。
psharuky at 23:57

2016年06月02日

吉岡結紀、有森也実、蜷川幸雄…

日日OMC162-02-2日日OMC162-01-2 大阪日日新聞「大阪モデルコレクション」にスチル系の人気モデル吉岡結紀ちゃん。その右にはその昔トレンディ女優でグラビアもやっていた有森也実がいまやすっかり実力派舞台女優となっていて、今回は大阪松竹座の浅野ゆう子主演「七変化 ねずみ小僧捕物帳」(19日まで)に出演しているという記事。左下には、舞台といえばこの方。先月12日に亡くなられた蜷川幸雄さん追悼の記事。蜷川さんといえば稽古の厳しさには定評があり、気に入らなければ容赦なく灰皿や靴を投げつけるなどというエピソードは枚挙に暇がないほどで、1988年だったか、新神戸オリエンタル劇場で「仮名手本忠臣蔵」の稽古をつけられている蜷川さんを撮影に行ったことがあって、さんざん怖い方だときかされていたわたしはビビりながら撮影させてもらったのだが、役者さんにはきついけれどわたしにはめっちゃ優しくて拍子抜けしたことがあったが、それはそうだ、初めて会うカメラマンに灰皿投げんわね。それに前にも書いたけれど、後に蜷川さんはこう言ってはったそうです。「娘がカメラマンだからカメラマンにはやさしいのかも」と。カメラマンでよかった〜。と、そんなホッとする気持ちにもさせてくれるので、新聞たまには読まんとね。
psharuky at 23:54

2016年05月25日

28日の「KEEP ON ACTION!」ワンコイン・チャリティ撮影のお知らせ

intro_logo-120160525_170711みなさ〜〜〜〜〜ん!。28日(土)は中之島バラ園で開かれる熊本/九州へのチャリティイベント「KEEP ON ACTION!」(12時〜19時)へ(時間のある方もない方も)来てくださいね。ファッションショーありライブ、オークションありの楽しい企画が盛り沢山です。わたしとこはドネーションフォトブースでワンコインチャリティ撮影をします。ポラ1枚+協力者コラージュ大ポスター製作用撮影&(+SNS用撮影)で500円(全額寄付)です。モデルさんはもちろんそれ以外の方どんどんきてくださいね。お待ちしております。撮影は13時〜17時までです。詳しい内容は 「KEEP ON ACTION!」をチェックしてください。
psharuky at 19:28

2016年05月24日

読まずに死ねるか「あの日」

c832cf89  とにかく読んでもらいたい。小保方晴子「あの日」(講談社刊1400円)だ。メディアの情報は疑ってかかるわたしでさえ、そして寂聴先生でさえ「報道を信じてあなたの企てたことだと思っていた」(婦人公論「寂聴小保方対談」より)という思い込みと予断があり、寂聴先生をして「この本を読まなければ真実を知りえなかったと、ぞっとしました」(前出)と言わせるほどの真実に裏打ちされた迫力ある一冊だ。専門的な研究に関する部分もよく整理されていて、STAP細胞の記者会見〜反響と羨望〜嫉妬と裏切り〜ハシゴが外され〜研究者の道が閉ざされるまでの後半部分はスリリングで一気に読ませてしまうほどの、素晴らしい筆力。寂聴先生が小説家になれると絶賛するほどだ。そしてその内容は相当な覚悟で書いたと思われる衝撃的なもので、「これを書かなかったら、死んでも死に切れない」(前出)と小保方さん。つまり「書かずに死ねるか」である。決死の覚悟で書かれたものを前にするなら、こちら読み手も相当な覚悟で対峙する必要がある。そうまさに「読まずに死ねるか」なのである。ぜひ。
psharuky at 23:55

「読まずに死ねるか」スペシャル

婦人公論614表紙-2 本日発売の婦人公論の「瀬戸内寂聴-小保方晴子対談」はまさに「読まずに死ねるか」です。ぜひご一読を。(撮影を担当しています。)
psharuky at 13:25

2016年05月22日

一枚の写真、かくかかわれば

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20160522_154239
 image長きに渡る塔和子さんとの熱き交流から生まれた、川崎正明先生渾身の一冊「かかわらなければ路傍の人/塔和子の詩の世界」の出版記念会。塔さんの弟さんや歌手の沢知恵さんなど、塔さん、川崎先生ゆかりの人たちが集い、なんというか愉快に盛り上がった楽しい時間となったのでした。“かかわること”の大切さ素晴らしさを塔さんを撮影した一枚の写真を通じて改めて学ばせてもらいました。ー 場所: 大阪新阪急ホテルで。





今日紹介された拙ブログから「読まずに死ねるか『かかわらなければ路傍の人/塔和子の詩の世界』」を再録しておきます。
20160217_014342_001-1 引き続き塔和子さん関連で、塔さんとその詩がわかりやすくまとめられた一冊「かかわらなければ路傍の人・塔和子の詩の世界」(編集工房ノア刊 )。豊中市の牧師川崎正明さんが塔さんとの26年の交流の歴史と「読者」として詩と解説(感想)をまとめたものだ。帯には「苦悩を越えて、希望よあなたに近づきたい。ハンセン病隔離の島で一生を終えた詩人 命の根源を求める魂の詩の成りたちを、身近にかかわった著者が伝える、人間賛歌」とある。塔さんの魂と川崎さんの熱い思いが伝わる素晴しい一冊だ。

隔離の島の生活が伝わる詩を抜き出して紹介させていただく。20160217_014754-1

 証
深い目で / 今日生きていたのかと問われると / どうも生きてはいなかったようなのです / では / 死んでいたのかと問われると / どうも死んでもいなかったようなのです / 足跡を探しに出かけたけど / どこにもなかった / ふと暗い庭を見ると / 洗濯物がひらひらしていて / やっと今日のアリバイを思い出した / 私はたしかに / 洗濯をして干したのでした / それはこの洗濯物がわずかに証明してくれます / 信頼する私の神様 / どうか / 生きていたのだという証明書を / 一枚だけ私にください / それがないと / 私はこの過剰な時代に / うすいうすい / 存在のかげさえ / 残すことができないのです
(『エバの裔』より)

そして著者が(わたしも)大好きだという詩を紹介しておきます。

人の匂い

行きたいところへ行くことでもない
遊びほうだい遊ぶことでもない
好きな宝石やブラウスを
手に入れることでもない
私の欲しいのは
  ちょっとしたこころづかい
  ちょっとした親切
  ちょっとした思いやり
  私はそこへ 
  野生の馬のようにつっ走る

それは
あたたかい希望だ
なつかしい匂いだ
私は人の匂いをかぎにゆく
そしてほんのりあたたかくなって
ほんのり優しくなって
どんなことでもできそうな勇気が湧いてくる
  人は
  幸せを湧き上がらせる泉だ
  喜びをつむいでくれる糸だ
  それから
  ちょっぴり意地悪い
  かなしみだ          (『時間の外から』より)


意地悪ささえ愛おしいのです。かかわらないよりも。かかわれないよりも。
 2016−2−7 

psharuky at 23:56

2016年05月14日

カーネギーホール

image  ニューヨーク大学の院を出た実力派美人フルート奏者北村美奈さん。初リサイタルを開いたのがなんとカーネギーホール。すごいことです。カーネギーホールといえばその名を聞いただけでわたしら古い人間は平伏してしまいそうな、それほどのまさに音楽家達の最高の殿堂。カーネギーホールの名前を最初に聞いたのは中学生の時で、何で知ったかといえば誰か忘れたけれど漫才のネタからだった。大体こんな感じでした。
「この間ね、わたしのね、音楽の実力が認められたんやね。出てくださいという要請が来たわけです」
「ほう、きみが音楽やってたいうのも初耳やけどね。どこから?」
「知ってるかな、ニューヨークのカーネギーホール……」
「え〜、知ってるもなにも、すごいね。よっぽどの実力がないと出れんよ。カーネギーホールって」
「あのね最後まで聞きや。カーネギーホールのね…」
「カーネギーホールの?」
「横のタマネギーホール」

 いま聞けば今一つのネタだが当時のわたしには大ウケで、このネタわたし、いまでも使っているような塩梅で、聞いたことがある人もいるかもしれないけど、若い時に受けた影響は年いっても残ってるんですよね。…えと、そういう結論ではなくて、当時なんでカーネギーホールが漫才のネタになったかというと、アイジョージが日本人で初めてカーネギーホールのステージで歌ったということがすごいニュースになったからなのですね。
 ウィキによればカーネギーホールの凄さを表す話にこんなのがある。
ピアニストの巨匠ルービンシュタインがホールの近くで道を尋ねた「カーネギーホールに行くにはどうやったらいいんですか」すると聞かれた人はこう言ったという「練習して、練習して、さらに練習してください」
すごいんです。カーネギーホール。


psharuky at 23:40

2016年05月07日

上沼恵美子_悲しみとの向き合い方

20160507_154219
 現在発売中の婦人公論に最愛のお母様を亡くされた上沼恵美子さんのインタビュー「母亡き後の寂しさを、定年夫では埋められなくて」が掲載されています。悲しみを笑いに変えて、だがどうしても笑いに変換できずにはみ出す部分の多さがその辛さを偲ばせます。上沼恵美子流表現が胸にきます。お母様の形見のネックレスを付けての撮影でした。ぜひご一読を。
psharuky at 23:56

2016年05月03日

TOKIKO生誕50th.パーティPhotoReport

5月2日に行われたトキコクリニックのトキコ先生の生誕50年を祝う大パーティのレポートです。解説なしです。ご了承ください。
image_DSC0800_DSC0802_DSC0815_DSC0820_DSC0830_DSC0832_DSC0836_DSC0838_DSC0851_DSC0856_DSC0860_DSC0861_DSC0864_DSC0870_DSC0874_DSC0877_DSC0880_DSC0884_DSC0887_DSC0889_DSC0890_DSC0891_DSC0906_DSC0907_DSC0910_DSC0913imageimageimageimageimageimage
psharuky at 23:50

2016年04月25日

アニータ、小曽根真、キース・ジャレット…からの秋吉敏子&ルー・タバキン

日日OMC158-02-2日日OMC158-01-2 大阪モデルコレクションに、わたしら一部の通の間でアニータ・チア・セガワ・ケンペネールと呼ばれているアニータちゃん。見た目のかわいらしさだけではなくてシャベリのおもしろさも魅力のモデルです。最近はIIJのCM(※)で大人な部分をアピールして話題になっています。その下には小曽根真とチック・コリアが共演するという記事。小曽根真に関してはあの小曽根実の子で小さい時から地元神戸では天才と呼ばれていたということくらいしか知らなくて、チック・コリアはちょっと退屈でスイングしないピアニストという印象しかなく、「スイングしなけりゃ意味が無い」(by デューク・エリントン)のであまり興味が無いな〜なんて思ったけれど、聴かんと決めつけてはいかんと反省中。それはそうと、ピアニストの田中宏子さんのFBで知ったのですが、秋吉敏子とルー・タバキンが来てて、コンサートをやってるらしいのですね。秋吉敏子といえばアメリカで初めて認められた日本人ジャズピアニスト。もう80歳は越えているはず。すごいです。彼女がデビューした’60年当時はジャズがいまよりもっと庶民の間に浸透していて、そば屋の出前のにいちゃんが自転車に乗って秋吉敏子の「ロング・イエロー・ロード」を口ずさんで走っていた、とジャズ評論家の相倉久人だったかが書いていた。ジャズは秋吉敏子が、大リーグは野茂英雄が切り開いて、いま活躍しているスターたちもそのあとに続いただけなんだな。するとハリウッドは早川雪洲ということになるのですかね。パイオニアの苦労にも思いを馳せる必要がありますね。と、そんな殊勝な気持ちになったりするので、新聞もたまには読まんといかんのです。

(※)アニータが出演しているIIJのCM「もしもインターネットがなかったら」

psharuky at 23:51

2016年04月19日

空港別れ歌(完結編)

 さて空港別れ歌で忘れてはならないのがフランク永井の「羽田発7時50分」(昭和32年・1957年)。おそらく空港を歌った歌謡曲はこれが初めてではないかと思います。数年前に米軍から返還してもらい、旅客ターミナルができたばかりの羽田空港。で、さっそく別れの歌。空港には別れがつきものだということなのです。
 7時50分発の最終便で飛び立つ男。見送り来るかもしれない女を待っている。離陸の時間が迫りもう会えないことを覚悟する。ロビーの赤い灯が濡れる瞼でうるむ。さよなら。見果てぬ夢を捨てて旅立つよ。さよなら。最終便に涙をのせて。

で、どこへ旅だったかということですが、わたしは伊丹空港あたりだと思っていたのですが、映画「羽田発7時50分」では主人公の岡田真澄はカーレーサーでマニラに向って飛ぶわけです。海外旅行も自由化になってない折、いきなりマニラって。作詞家の宮川哲夫さんに聞きたいところですがそれもかなわないので。勝手に解釈すると、伊丹だと映画は成立しにくいのでマニラにしたと。そういうことにしておきます。それが証拠(?)に約10年後返歌のような形で青江三奈が大阪(伊丹)国際空港が舞台の「国際線待合室」を歌っています。青いランプの誘導路が心にしみる。逢えばつらいと知りながら一人でやってきた。別れ言葉のその先に見える滑走路。長い別れの尾を引きながら空に消えてしまった人。わたしはひとり大阪空港の待合室に残されて…。


 たくさん空港が出てきましたけれど、こうして見てきてわかったのは総合的な見地からテレサ・テンの「空港」にまさるものはないということですね。ということで「空港別れ歌大賞」はテレサ・テンの「空港」に決定いたしました。おめでとうございます。では受賞曲「空港」を聴きながらお別れしたいと思います。

psharuky at 23:52