写会人日記

2016年12月17日

惜別の歌★伊ケ崎光雄さん

IMG_1942 伊ケ崎光雄さんが亡くなられた。特に関西ではカメラマンやってて知らない人はモグリと言っていい有名カメラマン。訃報が入ったのが上海に出る直前だったため通夜、葬儀には列席できず、現場で痩せられていた姿を見ていたのでああ、ついに来たかという思いでしたが、それでもショックで上海にいたあいだずっと沈んだ気持ちでした。帰国してから奈良のご自宅へお参りさせてもらいましたが、カメラマンとしての長い歴史とその成果が詰まった部屋を見せていただいたのと奥様とゆっくりお話できたのがかえってよかった気がします。
 伊ヶ崎さんを表すなら「すごい」という一言に尽きます。最初にお会いしたのは40年ほど前。できたばかりの夕刊紙の撮影でプロレスの写真展をやっていた彼を取材するために心斎橋のカメラのナニワ本店のギャラリーに伺ったのが最初でした。この取材プランはわたしが出したもので、一枚の写真展の案内状を手にして「すごい」と叫んで、これは取材しないとと思ったからでした。そこには例の頭がスイカみたいに割れたブッチャーがこっちを睨んだ迫力ある写真がありました。そのころもうすでに伊ヶ崎さんはプロレス写真では有名な存在だったのです。
 それからしばらくしてマーメイドで姫路港に帰ってくる堀江謙一さんを撮影に行ったことがありました。カメラマンが集まっていて、その中でひとりぐんぐん前に行くカメラマンがいました。体を揺らしながら撮影しています。おそらくピントは固定して体でピントを合わせているようでした。なんちゅう撮り方。「すごい」。それが伊ヶ崎さんだったのです。
 そしてまたさらに「すごい」のがネットワーク、フットワークによる情報収集能力。いろいろ教えてもらいました。カメラ情報(主にニコン)も早くて新製品などはニコンよりも早いのではないかと思えるほど。今年6月に帝国ホテル大阪でのファッションショーでお会いしたときは「霜越くん、D5ええか。僕もD5買ったけどまだ箱から出してないねん。それから、知ってるか、70−200 F2.8のズーム出るらしいで」「え〜、こないだ出たばかりやん。ピントも描写もいいし、なんでやろ。どこが変わるん?」「知らん。でも出るらしいわ」という会話を交わしましたが、IMG_0902その後ニコンのサイトにもそのレンズの発売情報がなく、ガセかいなと思っていたら、突然11月に発売情報がでた。伊ヶ崎さん、情報収集能力「すごい」。そうなるとそれはもう、伊ケ崎さんのおすすめ(?)、なんやわからんけど買わないかんなと思って買ったわけです。蛍光レンズを使って軽くなっていてピントも早く描写もよくて最短も短くなって相当アップが撮れて最高。伊ケ崎さんありがとう、なのですが、ただ、ただですね、ズームリングとピントリングが従来のズームレンズと逆になっていて、非常に撮影しにくい。これはあかん。どうなってんねん伊ケ崎さん、じゃなくてニコンさん。きけば動画用でリングの位置を変えたとか。ニコンで動画なんか撮らんちゅうねん。ま、それでも使っているうちに慣れてきて、撮影しやすくなってきていて、よかったかなと。そしてこれはおそらく伊ケ崎さんの形見的なレンズとして末永く愛用することになると思われます。
 伊ケ崎さん、お疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。合掌。