写会人日記

2017年01月09日

奥田明日美、ジェド・ドハティ、キャロライン〜Sweet Caroline

日日OMC190-01 大阪モデルコレクションに2016年ミスユニバース大阪代表の奥田明日美さん。外見内面共にハイレベルなモデルさんです。その右には、わっ、捏造ハゲ作家!と思わず新聞を投げ出しそうになりましたが、似てたけど全然違って一安心。映画「アイ・イン・ザ・スカイ」のプロデューサーのジェド・ドハティさんでした。おもしろい映画のようですね。その下にはジブリの鈴木敏夫さんのコラム。今月退任されるキャロライン・ケネディ駐日大使がズタジオジブリを訪れて宮崎駿さんと鈴木さんに会ったという記事。その中で、初の衛星中継の実験放送で最初に飛び込んできたのがケネディ暗殺事件だったという体験が書かれていたが、私も全く同じ衝撃体験をしていて、それをブログに書いているので再掲載しておきます。駐日大使に決定した2013年11月19日、20日のブログ記事です。
JFKJr02Jrとキャロライン01  1963年11月23日は初めての宇宙中継(衛星放送とはいわずこう言っていた)の日で、全国が早朝からテレビにかじりついて、米国から送られてくる映像を待っていました。2回放送があって、わたしは寝ていましたが母親が最初の中継をみていて砂漠の画面ばっかりでようわからんかった、と言っていた記憶があります(確認したら母親はそんなん知らんと言ってた)。たしかその日は休みでしたが、早起きして見た2回目の宇宙中継でケネディ暗殺を知ったのです。とんでもない第一報が最初の宇宙中継試験放送で飛び込んできたわけです。しかもこの日米宇宙中継は米国側はケネディが推進したプロジェクトだったらしく、その最初の放送に自身が暗殺される映像が流れるとは皮肉にも程があるというものです。そして25日のアーリントン墓地の国葬でのジョンジョン(=ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ・ジュニア=JFKJr.)の世界中の涙を誘った敬礼シーンとなるわけです。映像でも写真でも何度も流れて当時、最も有名なシーン。しかもこの日はジョンジョンの3歳の誕生日。絵本を手にして落ち着かない彼にジャクリーン夫人は「お父様に最後のご挨拶をしなさい」とささやきます。すると彼は一歩前に出て棺に向かって敬礼をしたのです。何度見ても胸が痛くなるシーンです。そんなJFKJrも1999年に飛行機を操縦していて墜落死します。そして残ったキャロライン・ケネディさんが駐日大使。この22日でJFKが暗殺されて50年。つまりわたしがあの宇宙中継を見て50年。翌日ケネディ暗殺を興奮してしゃべっていた社会科の先生にも50年、宇宙中継でアナウンスした毎日放送のニューヨーク駐在の前田治郎さんにも50年、そして5歳だったかわいいキャロラインちゃんにも50年の歳月が流れたというわけです。

そしてキャロラインちゃんのこと。
ジャクリーン・ケネディキャロライン01Jrとキャロライン02
マリリンケネディキャロライン01

 そんなこんなで、駐日大使になったキャロライン・ケネディさん。ほんまにかわいかったです。50年前。ニール・ダイアモンドが彼女の曲をつくって歌ったほどで、これは大ヒットして知っている人も多いでしょう。

出だしは恋の始まりを歌っています。わかるわ〜、ですよね。

Where it began   それが どこから始まったのか
I can't begin to knowin'   ぼくには まるで判らないのだけれど
But then I know    だが、それでも、ぼくには
It's growin' strong  それが強まってきてるのがわかるんだ
…………
Sweet Caroline   やさしい キャロライン
Good times never seemed so good  いい時は、その時には決していいように見えないって言うけど
I've been inclined   ぼくの心は 傾き始めている
To believe they never would     そういうふうに思えるようになってきたんだ

キャロラインもこの歌も大好きですが、駐日大使って。アホなテレビは米国が日本を重要に思っているからなどと寝言を言っていますが、まったく逆で、米国は誰を送ってもよくて、すでに安倍日本はアメリカの思いのままだからです。日本軽視の極み。この際ケネディ家を放り込んでおけばケネディ大好きな日本は大喜びで歓迎するだろう、てなもので、なめきっとるわけです。でもそのとおりになっていますね。現にわたしも多少騒いでおるわけなのでして…。ほんまは日本、どえらいことになってきてます。


……ということで、50年以上前の出来事をも鮮明に引っ張り出してこれる(ま、年寄りということだが)のだから新聞、たまには読まないとね。